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御夢ではっきりと故・桐壺院の御姿を見てしまった後には、
『故・院が、悪道に沈み惑いたまえる罪から、お救いたてまつるべき仏事をしなくては』
と切に思っていらっしゃいましたので、こうして帰京なさってからは、
急いでそのご準備をなさいます。
神無月に、法華八講をなさいます。
今では世間の人々も以前のように源氏の君にお仕え申し上げます。
弘徽殿大后は病が重くおわしますうちにも
『ついに源氏の君を失脚させることができなかった』と、腹立たしくお思いでしたが、帝は
「私がこの世にあった時と変わらず、事の大小にかかわらず、
何事も大将を帝の御後見とお思いなさい。私のその意向に背き給うな」
との故・桐壺院の御遺言を思い出していらっしゃいます。
源氏の君を苦しめた報いがきっとあろうとお思いになりますので、
もとの通りに御戻しになって、御心内が清々なすったようでした。
時々お悩みあそばされたおん目のご病気も快方に向かわれたのですが、
『私はとても長生きできそうにもない。心細いことよ』とばかりお思いになって、
いつも源氏の君をお召しになります。
世の政なども隠し立てせず仰せになり、
また今では帝が望んでいらした通りになりましたので、
世間の人々も言いようもなく嬉しい事としてお喜び申し上げるのでした。
御譲位のご覚悟をなさるにつけても朧月夜の尚侍の君は心細げで、
その後のことを思い嘆いていらっしゃいますので、
帝はたいそう可哀想にお思いになります。
「そなたの父・右大臣もすでに亡くなられ、
姉宮・弘徽殿大后も今では病が重くなるばかり、私の命も残り少ないような気がします。
私亡き後、あなたは今までと打って変わった境遇でこの世にお残りになるでしょう。
あなたは以前から私を源氏の君よりも軽くお思いだったけれど、
私はいつもあなたをこの上なく大切に思ってきたのですよ。
だから私の死後、ただあなたのことだけが心配なのです。
私よりも勝れた源氏の君が、あなたの望み通り再び我が物になさるとしても、
『並々ならぬ情愛のほどは、私に及ぶまい』と思うと、胸が詰まるのです」
と、仰せになってお泣きになります。