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第十三回「世界統一国開天日」記念礼拝の御言成約八年 2000年10月3日中央修練院 きょうは、何の日ですか? (「『世界統一国開天日』です」)。世界……。(「統一国」)。統一国……。(「開天日」)。「世界統一の国が開天した」、「天地のすべてのものが開かれた」と言うのならば、平和の世界が来なければなりません。喜びの世界が来なければならないのです。 皆さん。今から十二年前ですから、満十二年になりました。十二年後の今回のオリンピック大会ですが、それは、北半球の韓国でのオリンピック大会と南半球のオーストラリアでのオリンピック大会は対比するものなのです。ですから、オーストラリアでのオリンピック大会の閉会式のときには、国境がなく、国もなく、全員が自由に入ってきた、そのような閉会式が行われたのを見ました。 国連を中心として見れば、また、先生が国連に行って語った大会を中心として見ても、天地が一つになった立場で、国連は一つにならなければなりません。国連は、行くべき道を捜し出すことができずに一方的な方向に進んでいますが、一方的な方向に進んだまま戻ってくることができません。 それゆえに、進んでいったとしても帰ってくる道がないので、それでは“おしまい”になってしまうのです。ですから、行って帰ってくることのできる道を教えてあげなければなりません。それで、先生は国連に行って、み言を語ったのです。 どのようなみ言を語ったのかというと、「国境線撤廃」、「平和の世界をつくりなさい」ということです。それは、「国境線が生じることによって、このような世界が始まったので、このような世界を終えようとすれば、国境線をなくさなければならない」という、このような問題になるのです。 ですから、今、戦いの中にあるすべての国、また、先進国と後進国との間には、とても大きな国境線があるのです。東洋と西洋には文化の差があり、精神文化と物質文明の間にも障壁があり、南北間には貧富の差があります。北側の世界は豊かに暮らし、南側の世界は貧しく暮らしているのです。 このように、すべてのものに谷間が生じたのです。あちらにもこちらにも谷間が生じたのですが、“谷間”というものは、必ず二つの山があって生じるものです。ですから、谷間は平行線ではなく、必ず山に挟まれているので、このような国境線をどのように平地にするのかというのです。 今日、統一教会では、「世界平和統一家庭連合」と言っています。世界です。この世界のことを言うのです。世界をどのようにして一つにするのかというと、(まず)平和にならなければなりません。何よりも「平和」というものは、“平坦な和”にならなければならないということです。 北の方に暮らす人も、南の方に暮らす人も、東の方に暮らす人も、西の方に暮らす人も、先進国であれ後進国であれ、優劣、男女、老若にかかわらず、すべて水平にならなければなりません。水平から始まり……。 しかし、水平にだけなればよいというのではありません。それだけでは、平和の世界はできません。必ず相対がいなければなりません。「(世界)平和統一の世界」。このようになります。世界が何を願うのかというと、平和になることを願い、統一されることを願うのです。 それでは、世界平和統一してから、何をするのでしょうか? 世界を平和統一してから進むべきことは、天地統一平和ではありません。天地統一が定着するのではありません。世界平和統一家庭が定着しなければならないのです。分かりますか? 統一教会で直視していることは、すべての世界が水平となることであり、水平となった後における統一というのは、統率して一つになるということです。「統一」という意味は、そういうことです。「統率の“統”」です。このように見るとき、水平世界に何がなければならないのでしょうか? 何が支配するのですか? 軸です。縦的な基準、縦的な中心がなければなりません。 今日のアメリカが、いくら先進国だ、何だと言っても、アメリカには縦的な思想がありません。すべてが相対主義であり、そこには全体が一つになることのできる標準的中心がありません。国の形態はありますが、国の中に入っていけば、民主主義の与党と野党、上院と下院というように……。 縦的には、上院と下院を立て、横的に党が立ちます。そして全体を見れば、個々人が立つのです。個人主義を中心として、両党制を中心として、両院制を中心としてすべてが闘っているのです。このような所ではどこでも、国境ができているということです。 そのような世界においては、平和を成し遂げることはできず、統一を成し遂げることもできません。 さあ、それでは、なぜこのようになったのでしょうか? なぜこのようになったのですか? 人は本来、心と体が一つになるべきですが……。わたしたちが、そうではないですか? この人間を見れば……。万物世界を見ても、すべてペアシステムです。鉱物世界もペアになっており、植物世界もペアになっており、動物世界もペアになっており、人間世界も男女のペアになっており、天地も、天と地が、それぞれ主体と対象のペアシステムになっているのです。 では、なぜそのようにペアシステムになっているのでしょうか? ペアシステムにおいては、一つにならなければ存続することができなくなるのです。継続して生きていくことのできる道がなくなるのです。 それゆえに、プラスならプラス、主体なら主体、対象なら対象、マイナスならマイナス、それぞれ一方だけがあるときには、自分が生まれて死ぬまでの自分一代で終わってしまうので、ペアシステムからなる存在世界においては、すべてなくなってしまうのです。そのことを知らなければなりません。 皆さんが、統一教会に入ってきたときに聞いた、「この宇宙はペアシステムになっている」という話も、偉大な宣言であり、偉大な発見なのです。ですから、ペアになっていない世界は、滅びるか、なくなってしまうのです。 それゆえに、男性と女性も、いかなる団体を見ても、必ず主体と対象関係になっており、その関係というものは、二つが共に動き、共に暮らすということを意味するのです。ですから、この世界を見れば、政治関係、外交関係、すべて“関係”に関連しているのです。しかし、その主体と対象がなければ、関係という言葉は成立しません。分かりますか? 父子関係、夫婦関係、師弟関係、外交関係、経済関係、すべてが「関係」という言葉でつながっているのです。 これが継続するためには、必ず授け受けすることができなければならず、“それが、どのくらい永遠に続くことのできる内容になっているのか”という問題について見てみなければなりません。そうして見てみたとき、永く続くことのできる内容が十分であるとき、その関係は永く続いていくのです。分かりますか? (「はい」) この「開天日」は何かというと、天地に門がなく、すべてが通じることのできる時代に入っていくということを記念する日なのです。それは何かというと、国境を整備して、国境がなくなった自由な環境を持ち、思いどおりに天上世界や、世界のいかなる所でもすべて……。 今日の韓国や、日本の社会でも、ビザが必要であり、数多くの国があって……。このビザというものは、だれがつくったのでしょうか? 神様がつくられたのでしょうか? 一つの心臓を中心とした四肢五体が、血液を授け受けすることのできる循環路を持つことができなければ、病気にかかって長く生きることはできません。授け受けすることのできる動脈を中心として、運動することのできる関係が途切れれば、そこから“死亡”が入り込んでくるのです。終わってしまうのです。分かりますか? このように見るとき、永遠の主体と対象関係を結ぶことができるものとは、何でしょうか? これが問題なのです。それでは、「地球星の年齢はいくつか?」と言うとき、それはいくつでしょうか? 四十五億年くらいです。 では、四十五億年間存続するときに、ひとりでそのように四十五億年の長い歳月を過ごしたのでしょうか? そうではありません。地球星を中心として、星と太陽と月と、すべての宇宙とともに関係を結んで存続してきたのです。そして大宇宙を見れば、太陽系と同じようなものが数千、数万とあるのです。 この宇宙が、どのくらい大きいのかというと、先ほどもその話が出ましたが、二百十億光年の大きさです。二百なのか、二千なのか、二億なのか、“それをだれが分かるのか?”と思いますが、そのようなことを言っているのです。 宇宙の大きさは、二百十億光年です。光年とは何ですか? 一秒間に三億メートル進む速度です。秒速三億メートルという速度は、どのくらいですか? 一秒、チクタクと進む間に、地球の七周半分の距離を進む速度です。地球の七周半分の距離を行くのですが、それほど速い光が、ここから「よーい、どん」といって出発し、一日たてば、どのくらい進むでしょうか? 天文学界では、そのような光の速度で一年かかって進む距離を一光年というのです。 それをもって宇宙の大きさを「二百十光年」と言っても、“ああ、まったく、狂ったことを言う”と思いますが、二百十光年ではなく、二百十億光年です。今、そのような存在が連続しているとすれば、ただそのままひとりで大宇宙に浮かんでいるのですか? 違います。これは、すべて授け受けしながら……。 二百十億光年の大きさの大宇宙すべてが、そのような関係を持っているのです。ですから、空中世界の大きな星が落ちてぶつかれば、大変なことになるのですが、バランスを取って、変わらずに回っていくのです。 太陽系の太陽を中心として、地球はその周りを一年間かけて回るのですが、誤差があったとすれば、何億年、何千億年たつとどのようになっていたでしょうか? とてつもない破綻が起きていたことでしょう。 さあ、関係の世界というものを見れば、一人では関係を結ぶことはできません。わたし一人でいくら関係を結ぼうとしても、お母様がいなければ夫婦関係を結ぶことができるでしょうか? それから、関係というものは、授け受けしなければなりません。一つが昼ならば、一つは夜になり、一つが夜ならば……。それから、低い所から上に行き、上にいた人は今まで豊かに暮らしていたので、循環運動で回っていくのです。夜になり、また回っていくのです。回っていくとき……。地球が回っていくときに、何千年、何万年、このようにだけ回るのでしょうか? それで、三百六十度が必要なのです。分かりますか? 回る起点を中心として、三百一度で一回り、三百二度で一回り、一年に一度ずつだとしても三百六十年かかると見なさなければなりません。そして、このように長い時間がたてば、地球星はどのようにならなければならないでしょうか? 人類の歴史は、どのくらいになると思いますか? 皆さんは、「人類歴史は六千年」と言うのですが、そうではありません。何千万年です。「人類歴史は二百五十万年である」とも言われているのですが、それ以上かもしれません。 なぜ、このような話をするのかというと、そのような存在が宇宙に満ちあふれているのですが、その授け受けしている存在の間には、絶対に境界線がありません。それゆえに、この手ならば手を中心として、手の細胞や筋肉は(他の部分とは)違うのですが、それでも全体が和合することができ、一つの構造を持った人格体が形成されるということを思うとき、“自分の生命というものは、(それ自体だけでは)人格体を構成することができない、さまざまな分野における作用のバランスを取ることのできる主体的な力を持っている”と思うのです。 大宇宙が運動を継続することのできる原因となる根本の力は、どこから出てくるのでしょうか? このようなことが問題になるのです。これを見ると、李相軒氏もそう言ったでしょう? 霊界に入っていって夫婦が愛するのですが、八年目に霊界に訪ねてきた李相軒氏と妻が二人で、きれいな礼服を着て神様の前に行ってあいさつをし、それから何をしたというのですか? 「踊りを踊った」と言いましたか、愛し合ったと言いましたか? (「『愛し合った』と言いました」) 愛とは何ですか? キスすることをいうのですか、神様にあいさつしたことをいうのですか? 服を着て愛し合ったでしょうか、服を脱いで愛し合ったでしょうか? (「服を脱いで愛し合いました」) アダムとエバの時代にも、堕落する前のときに服を着ていましたか? そのときも「服を脱いで愛し合う」という、その「服」という言葉があったでしょうか? (「ありません」)。それでは何ですか? 裸で暮らしながら、裸で愛し合ったということです。動物が愛し合うときに、服を脱いだりするのですか? (笑い) 服というものは、堕落によって境界物になっているのです。それゆえに、最高に愛し合うときは、男性と女性が服を着て愛し合いますか、どうですか? わたしには、よく分かりませんが。(笑い) それでは、服を着て愛し合いますか、服を脱いで愛し合いますか? (「服を脱いで愛し合います」)。胸に着けるものは何ですか? (もし)それをつけたまま生まれて、夫は、それを右側の胸に着け、妻は左側の胸に着けていれば、それをはがして愛し合うでしょうか、そのままにしておいて愛し合うでしょうか? はがして、また着ければよいではないですか? そこには、ぞうきんはもちろんのこと、空気中のほこり、ナイロンの紙一枚でもくっついていてもはがしてしまうでしょうか、そのままにしておくでしょうか? (「はがしてしまいます」)。ついたてがあれば、“そのままにしておきたい”と思うでしょうか、“すべてをなくしたい”と思うでしょうか? それはどういうことですか? 本当に愛し合う二人の夫婦の間に、ついたてが必要ですか、必要ありませんか? (「必要ありません」)。どのくらい必要ありませんか? 「絶対に必要ない」という言葉を受け入れますか? (「はい」)。「受け入れない」という人は、手を挙げてください。 儒教の両班たちは、「ああ、教主様が座って、夫婦で愛し合う話をなぜするのか? ああ」と……。(「はい」)。「はい」とは、また何ですか? (笑い)何も分からないので、「はい」と言うのでしょう? (笑い) 「絶対に境界線が必要ない」というものは、何でしょうか? 絶対に境界線が必要ないもの。永遠に、永遠に、絶対、唯一、不変に境界線が必要ないものとは、何でしょうか? それは、真の愛しかありません。それが真の愛です。 夫婦で愛し合うにしても、ありとあらゆることをして、まだらの皮ぶろしきをかぶったり、何階建てのビルの屋上に立って愛するような(間に距離をおいて愛するという意味)あらゆる者たちがたくさんいるのです。 そのように、ありとあらゆることをしながら、境界線を間に置いて愛するのが真の愛ですか、偽りの愛ですか? (「偽りの愛です」)。何ですか? (「偽りの愛です」)。偽りの愛なのかどうか、どうして分かるのですか? 手で触ってみても分かります。五官で分かるのです。手で触ってみても、かちかちにこわばっているのです。 女性は柔らかいのです。柔らかいので、強いものを願います。男性は頑丈でなければなりません。それで、ひげが生えるのです。握るにしても、ぎゅっと握ってこそ刺激が来るというのです。女性は、手の骨も細いので、どんな刺激が来るでしょうか? ですから、ぎゅっと握らなければなりません。そうなのです。わたしは、よく分かりませんが。(笑い) それゆえに、大きい発電所、何十万ボルトを発電する発電所があります。そこで心棒というものが回っているのですが、心棒とは何か知っていますか? バビットメタル(錫を主成分とし、アンチモン・銅・鉛などを含む白色の合金)のような鉛のかたまりです。回る軸自体は、鋼鉄の中の鋼鉄です。鋼鉄の中の鋼鉄なのですが、それを支えているのは鉛なのです。バビットメタルというものです。分かりますか? 鉛のかたまりや真鍮というものは、反対のものです。そこに油が入って……。油が調和させるのです。それがシャフトと軸受けをくっつかないようにしてくれるのです。それで、シャフトは空中に浮かんでいるのです。これがくっついていれば、燃えてしまいます。すぐに燃え始めるのです。あっという間に問題が起きます。 それは、何がそのようにするのでしょうか? これが一度関係を結べば、お互いに譲歩し、お互いに助け合うことによって、すべてのものが支えるのです。高いものと低いものが和合しなければなりません。右側と左側が授け受けしなければなりません。 前と後が授け受けしなければなりません。上下、左右、前後が授け受けすれば、球形になるのです。球形の中心骨が生じます。見えませんが、三つの力が一つに合わさったので、骨が生じたというのです。ですから、骨があり、肉があり……。 骨は堅いのですが、肉まで堅ければ、どのようになるでしょうか? どのようになりますか? 骨と肉が、ぴたっとくっついて離れなければ、どのようになりますか? 皆さん、動物も焼けば、骨も肉もさっと抜けるでしょう? 落ちてしまうでしょう? それは何のためですか? 油があるからです。そのようになっていることを見ると、そこにはそのようなものが必要だというのです。 それでは、愛を中心として、完全に境界線がなければ、どのようになりますか? どのようになるでしょうか? 男性と女性の間隔がなければ……。男性は骨を象徴し、女性は肉を象徴するので、これが一つになるのです。だからといって、骨は骨であり、肉は肉なのであって、骨と肉が一つのものになってしまうのではありません。それらは、どのような力によって、一つに連結されているのでしょうか? 父母から受けた愛の力によってです。このようになるのです。分かりますか? 韓国の歌でもそうではないですか? 父親を通して骨をもらい、母親を通して肉をもらって生まれるというのです。心と体が完全に一つになれば、強弱を中心として一つになるのです。男性が“強”であり、女性が“弱”なのですが、その強弱を中心として一つになれば、これが人間世界における完全な人間なのです。 また、霊界にいらっしゃる見えない性相と形状の神様は、人間の見えないモデルでいらっしゃるのですが、そのような神様を中心として、骨に当たる神様と肉に当たる人間とが一つにならなければなりません。どのようなものによって一つになるのでしょうか? 間隔があってはなりません。一つの体になるためには、愛だけが、愛だけが一つにすることができるのです。 それゆえに、皆さんが、自分という存在を見れば、骨を中心として……。自分がこのような姿をしているのは、肉がこのような姿にしたのですか、骨がこのような姿にしたのですか? 骨がこのようにして、そこに骨が構成した……。 最近、実感することは、それはコンピューターのプログラムと同じだということです。目には見えませんが、小さなチップに数千数万の思想を入れることができるのです。それと同じように、プログラムとして形成されたものが、骨なのです。そのようなモデルが骨となり、その骨がプラスになっているので、プラスがそのモデルの形態を成せば、そのモデルの形態を備えたマイナスを吸い込んで、体になるのです。 ですから、人が“おいしい”と感じるものは、自分のプラス成分に対してマイナスの物が吸収され、それが一つになって、より大きくなる立場に立つことができれば、“おいしい”と感じるのです。それがマイナスとなり、小さくなり、なくなる立場に立てば“おいしくない”というのです。すべて、このようになっているのです。 では、愛するのは良いのですか、悪いのですか? (「良いことです」)。良ければ循環運動します。循環運動が起きるのです。ですから、愛は、自分を愛する愛、夫婦が愛する愛、家庭を愛する愛、そのように大きくなるのです。 個人、家庭、氏族、民族、国家の中心は、自分を中心とした、この一点です。皆さんも、自分を中心として主体になりたいでしょう? そうですか、そうではないですか? そうですか、そうではないですか? (「そうです」)。耳が腐ってしまったのですか? 尋ねたら答えなければならないでしょう。韓国の人たちは、両班のようなふりをして、悪口を言って初めて目をぱっちり開くのです。(笑い)それは、幼稚園児よりも劣ります。 では、皆さんを中心として、“わたしの心と体が一つになって、わたしは主人になりたい”という思想がありますか、ありませんか? (「あります」)。夫婦でも、“わたしが主人になりたい”と思うのです。女性もそうでしょう? (「はい」)。それは何かというと、球形になるので、男性が前面ならば、女性は後面になるのです。そうして球形になり……。 それでは、男性と女性が球形になれば、男性も半分で、女性も半分でしょう? (「はい」)。その二つが一つになった完全なものは、何というのですか? そのような言葉はないでしょう? 半分と半分が合わさったものなので、「統一分」。(笑い)そのような言葉はありません。「円分」でしょうか? 何と言うのでしょうか? それは、皆さんがよく知っていることです。ですから、男性と女性は凸凹になっているのです。 凸凹を見て笑う人は、狂った人ですか、正常な人ですか? (「狂った人です」)。なぜ狂った人なのですか? (笑い)知らないときは分かりませんが、知ってから、それを見て「嫌だ」と言うのも狂った人であり、“おかしい”と考えるのも狂った人です。 その凸凹が、完全に一つになってウグイスのような声を出すのを聞くでしょうか、聞かずに逃げるでしょうか? (「……」)。きちんと答えてください。(「聞きます」)。何ですか? (「聞きます」)。何ですか? (「聞きます」)。 歌を歌うのを見ても喜び、訪ねて行って、それをするのを見て喜ぶでしょうか、悪く思うでしょうか? (「喜びます」)。そうですか? おじいさんとおばあさんが、それを見て喜べばどのようになりますか? お父さんとお母さん……。皆、隠れてしようとするのです。今まで、そのように暮らしてきたでしょう? ところが、わたしも霊界を知っていますが、李相軒先生の霊界報告書を見れば、神様の所にあいさつに行き、そこで夫婦で愛し合うのです。愛し合うや否や、どこからともなく色彩に覆われ、一筋に輝く明るい光が自分の心と体を包み込んで、恍惚と神秘の境地に至り、無限の喜び、無限の充満、無限の衝動を受けることができる境地に入っていくのです。 では、だれが愛することを喜ぶのでしょうか? この地上で、愛することを最も喜ぶ大王陛下、その王、チャンピオンがいるとすれば、それは一体、だれでしょうか? 統一教会の文先生でしょうか? 愛の哲学を世界的に発表し、そして、すべてからこのように崇拝される文総裁が、最も喜ぶでしょうか? 「文総裁以外に、もっと喜ぶことのできるかたがいるだろうか?」と言えば、わたしは、それをねたんで、「切り捨ててしまえばよい」と言うでしょうか? どうでしょうか? 文総裁がどうやっても、もっと大きな主人がいれば、そのもっと大きな主人のために反対するのではなく、吸収されなければなりません。大きいものが育つためには、小さなものを吸収しなければなりません。分かりますか? (「はい」)。分かりますか? (「はい」) 最も高い人間が生きるためには、この地上に生きている、すべての小さな万物を吸収し、のみ込んでしまわなければ、大きいものは生命を存続させることができますか、できませんか? (「できません」)。できます。(「できません」)。この者たち。(「できません」)。気分を良くしていますね。(笑い) そして、そのようにしてこそ回るので、植物が鉱物を捕食します。大きいものが生きるためです。もっと大きい愛の実体を成し遂げるための器は大きいので、それを満たすためには、小さな器は十個でも、百個でも、千個でも入っていくことができるのです。 それは、どういうことかというと、それを満たして存続する万物を生かすためには、生きている万物を消化して吸収してこそ……。よく吸収して、接ぎ木することができるようにしてこそ、人間も幸福な人になるのです。分かりますか? (「はい」) 鉱物を見て、「おい、鉱物。おまえたちは、何のために醜く、でこぼこな姿をしているのか?」と言えば、「それを言わないでください。固まった私の体が何百年、四十億年以上、億万年過ぎてみると、天地に大変化が起き、気候の変化や風化作用によって砕かれ、つぶれ、そして土になり、砂になり、このようにして万物が、すべて吸収するのです」と言うのです。 それでは、鉱物が「この宇宙め。なぜ植物が生まれたのか? こいつ、攻撃して撃破しよう」と言えば、どのようになるでしょうか? 大変なことになるでしょう? そこには順応するのです。ですから、鉱物の元素が植物の元素に吸収されるからといって、鉱物は反抗しません。反抗しないのです。 それでは、植物は「良い」と言わなければならないでしょうか、何と言わなければならないでしょうか? 「良い」と言わなければならないでしょうか、「悪い」と言わなければならないでしょうか? (「『良い』と言わなければなりません」)。「良い」ということは、何かというと、「おいしい、おいしい」ということです。 皆さん。おいしい食べ物を食べてうれしいときは、「おいしい」と言いますか、「おいしくない」と言いますか? (「『おいしい』と言います」)。では、人間だけが「おいしい」と言うのでしょうか? 鉱物の元素が植物を育ててあげるとき、植物は、それ自体のプラス性稟がそれを引き込もうとして、とても興奮するので、「おいしい」と言わないでしょうか、「おいしい」と言うのでしょうか? 人間のように、動物のように「おいしい」と言うでしょうか、「おいしくない」と言うでしょうか? (「『おいしい』と言います」) それから、この動物たちは何を吸収するのですか? (「植物です」)。植物です。動物たちは、植物も吸収し、自分よりも小さな万物(動物)を吸収します。分かりますか? 猫は、自分よりも小さいネズミを吸収して食べるのです。小さいものが吸収されるとき、「ああ、わたしは死ぬ」と言えば、どのようになるでしょうか? さあ、このように話していたら、一日たっても終わりません。分かりますか? (「はい」)。「愛するのを見ることを最も喜ぶかたは、だれだろうか?」というとき、皆さんの人類先祖のアダムとエバが一代の先祖です。 彼らが本当に一代の先祖なのかというとき、彼らは愛が分かりませんでした。愛を知っていましたか、分かりませんでしたか? 堕落した愛は知っていましたが、本当の愛を知りませんでした。神様の前から追い出されて愛することはできましたが、本当の愛は知りませんでした。神様が待ち焦がれ、早く花を咲かせなさい、早く香りを漂わせなさい、ちょうが飛び回るように、その香りを求めて天使が飛び回り……。 天使たちが皆、降りていったので、王である神様も飛んでいかれるのですが、そのとき、見物するために、アダムとエバが愛し合う所に来ていた天使たちは、道を開けてくれるでしょうか、開けてくれないでしょうか? (「……」)。ああ、話を聞いているのですか、聞いていないのですか? (「開けてくれます」)。開けてくれるのなら「開けてくれる」と言わなければならないでしょう? 尋ねているのに、なぜ答えないのですか? 真の父母も何も、すべて関係ないようですね。真の父母と関係がありますか、ありませんか? (「あります」) わたしは、何の話をしようとしたのですか? あなたたちを、死の境地から生きることのできる人にしようとしているのですが、生きようとすれば、死の境地において、死ぬ力よりももっと力を使ってこそ、生きることができるでしょうか、より小さく使ってこそ生きることができるでしょうか? (「もっと使わなければなりません」)。それが分かれば、よいというのです。 「世の中のどこに、そのような先生がいますか? 力を使わずに生きることができるようにしてくれるべきでしょう?」。そのような道理はありません。しかし、この世の中で、死の境地よりも、もっと力を使おうというかたを捜してみれば、それはだれかというと、世の中では統一教会の文先生という人しか存在せず、天地では神様しかいないのです。そのように言うとき、それでも(神様と真のご父母様が)必要ですか? (「はい」) 見てください。今まで、このように一緒に歩んでいたのですが、百八十度“回れ右”してこそ……。黄金の塊を差し出して、それを手でつかもうとしているのに、「“回れ右”するのが最も福がある」と言うとき、どのようにするつもりですか? (「“回れ右”します」) 「最も福がある」と言うのも、(見える)人ではありません。神様は、言葉が聞こえるだけです。言葉しか聞こえなければ、これ(黄金の塊)をつかんで“回れ右”しますか、つかまずに“回れ右”しますか? (「つかまずに“回れ右”します」)。なぜですか? どうしてですか? (「それよりも、もっと大きな福があります」)。もっと大きな福があるかどうかは分かりません。 “神様が必要だ”と思って、“回れ右”すればよいのです。神様とは、だれですか? わたしたちのお父様です。自分よりもお父様の大きなふろしき包みに入っていないものがないので、お父様がそのように言われれば、“回れ右”して損害を受けるでしょうか、受けないでしょうか? (「受けません」) 「ああ、お父様。その宝の山はどのようになりますか?」 「宝の山がどうなるも何も、ここにあるではないか? ここにあるものは何か? どろぼうのような男性の所に行って何をするのか? 『それよりも、もっと良い宝の山を上げよう』と言えば、それを受け取るか、受け取らないか?」 「受け取ります」。「では、あなたは、その宝の山よりももっと愛するのか、愛さないのか?」。「愛します」。そのようにして与えてくれるものが、何でしょうか? 独り子です。その独り子は、神様の何千万代の独り子です。七代の独り子が病気になっても、道知事が訪ねてくるし、国の殿様が訪ねてきて、あいさつをするというのですが、何千代のひとり息子がそのようになれば、そのひとり息子に対する贈り物は何でしょうか? 答える人は早く手を挙げてください。(「真の愛です」) なぜ、真の愛なのですか? 真なる女性でしょう? (笑い)女性に出会って、愛はそれからでしょう? (拍手)愛は、一人でするという道理はありません。そうですか、そうではないですか? そうだというなら拍手してください。後ろの方は聞こえますか? (拍手)では、じっとしていてください。このようにしないでください。(拍手) 「宝をどうするのか」と言うとき、“宝というのは何だろうか?”と思って……。それでは、“もっと良いものとは何だろう?”と思って、神様に「もっと良い礼物とは何ですか?」とお尋ねすれば、「それは、おまえが最も喜ぶ……」と言われるのです。 それゆえに、何千代の男性から何千代の女性、すぐそばで育てば、よく分かりますが、何千代も過ごしてから宝物として女性を与えられれば、女性を見て“変だ”と思うでしょうか、思わないでしょうか? 女性の目を見ても普通でなく……。違うというのです。目を見ても普通でなく、ひげがあるでしょうか、ないでしょうか? そのときに脱いで現れるでしょうか、着て現れるでしょうか? すべてを触ってみれば、目も同じで耳も同じですが、何か出っ張っていて、おしりが大きく、そして自分には袋のようなものがぶら下がっていて、“これは何だ?”と思うのです。(笑い) 不思議で“触ってみたい”と思うでしょうか、“触ってみたい”と思わないでしょうか? (「“触ってみたい”と思います」) それでは、どこから触ると思いますか? 上から触っていったでしょう? なぜですか? 手は高いものを好むからです。てっぺんから、ああ、髪の毛はこうで、耳がこのようになっていてと、このようにするようになっているのです。そして、「ああ、また女性のこれは何だ? 前の南ナム山のようなものが二つある。わたしが必要なのは一つなのに、なぜまた二つあるのか?」あらゆることを考えるというのです。 そして、「おしりは、なぜまた、このように男性よりも大きいのか? 男性は肩のほうが大きいのに、なぜまた、下のほうが大きいのか?」と、このように思いながら、手探りする手をとめて、おしりを触ってみたでしょうし、また前の方も触ってみたでしょうか、触ってみなかったでしょうか? 触るときに、女性が驚いて「あっ」と声を張り上げるでしょうか、どのようにするでしょうか? じっとしているでしょうか、騒ぎ立てるでしょうか? (「騒ぎ立てます」)。(笑い)研究してみてください。 しかし、その女性が、男性よりももっと男性を慕い、何億万代のひとり娘だとすれば、男性がやってきて触るのをびくびくするでしょうか? 血管が引っ張られ、へそが引っ張られ、「ああ、心臓が大変なことになった」と言うでしょうか? 気分が良いでしょうか、気分が悪いでしょうか? (「良いです」)。わたしは分かりません。 女性たち、答えてみてください。気分が良さそうですか、悪そうですか? (「良さそうです」)。「何々そうだ」というのは、「そうではない」ということと変わりません。それでは、良くなければならないでしょうか、悪くなければならないでしょうか? (「良くなければなりません」) では、女性が男性を見れば、関心が行くでしょうか? 男性が千代の独り子であれば、女性は万代の独り娘として、千代の男性を何千代慕ってきたとすれば、その男性を見ただけでも、ぼうぼうと火が燃え上がるはずですが、頭を触るからといって、さっとするでしょうか、びくっとするでしょうか? (ジェスチャーされる) “早く、早く触ってください”と、このように体が行くでしょうか、行かないでしょうか? ああ、女性が答えてください。そのようにすれば、わたしが面白い話をするのです。(笑い)「悪くない」ということが、全体公論なのです。 男性は、どうでしょうか? 「おかしい、おかしい、一度触ってみても、嫌がらない、おかしいな……」。“一度喜んだから、二度目は嫌がるだろう”と思って手を握ると、手をぎゅっと握って放しません。そのようにすれば、どのようになるでしょうか? 放さずにじっとしていれば、どのようになるでしょうか? 女性は、引っ張られて触ってくれることを願うのです。 では、結婚したかたがた、仲睦まじい夫人は、夫の手がすっと背中に来れば、自分の胸に手を引き寄せるでしょうか、引き寄せないでしょうか? それを悪く言う者たちは、地獄に行く人々です。(笑い)堕落する前の世界のことを話しているのですが……。分かりますか? そのような女性は、手を引いてきてどこを触らせようとするでしょうか? 最初に唇を触らせようとするのです。女性は唇を愛するでしょう? 愛しますか、愛しませんか、この者たち。(「愛します」)。悪口を言って初めて正気に戻りますね。唇を愛して、口に手を当てるのです。それから、下っていけば、……。 さあ、これを話すのは、わたしも申し訳ないと思います。しかたなく話すのです。(笑い)話さなければ、悪い教材になるので、しかたなく話をするのですから、悪口を言ってはいけません。悪口を言えば、悪口を言う口がくっついてしまい、体の貴いものが故障するように神様が罰を与えるとすれば、どのようにしますか? 目を見開いて、舌をかみながら我慢しなければならないでしょう? 考えてみてください。それならば、頭を触り、唇で……。(「吸います」)。 さあ、このくらい話をすれば分かったでしょう。それでは、その後はどうなるでしょうか? 女性は、男性がどのような男性なのか分かれば、自分の一番の密室に連れていくでしょうか、連れていかないでしょうか? そして、男性が逃げていったらどうしますか? 逃げていったら、ついていきますか? (「はい」) それでは、追っていっても、追いつけなくなったらどうしますか? 座って死にますか、泣きますか? (「泣きます」)。男性は、それほど悲しんで泣く女性を見たことがないので、女性が泣きやめば、“死んだのか、生きているのか”と思って戻ってくるでしょうか、そのまま行ってしまうでしょうか? (「戻ってきます」) 戻ってきて、女性がじっとしていればどうしますか? (「揺らしてみます」)。座り込んでいるのを見ると、“自分よりも重いだろうか……。この三倍くらいの石でも持ち上げられるが、動かないのを見ると死んだのかもしれない。持ち上げてみよう”と思い、さっと持ち上げてみて軽ければ、ほうり投げるでしょうか、抱き抱えるでしょうか? (「抱き抱えます」)。抱き抱えれば、女性が顔を真っ正面に向き合わせるでしょうか、どのようにするでしょうか? キスしますか、しませんか? (「キスします」)。にこにこ笑いながら「ああ」……。(笑い)もう、やめましょう。(笑い) ですから、神様が贈り物を下さるときに、最も貴い贈り物として黄金の山やダイヤモンドの平原を男性に下さったとしても、それが何になるというのですか? それを必要としますか、それとも女性をもっと必要としますか? (「女性を必要とします」)。どうしてですか? 黄金の床や、ダイヤモンドの平原、色とりどりの宝石でできた大きな山があるとしても、「ぺっ」。(つばを吐かれるジェスチャーをされる)なぜですか? 女性がいれば、息子、娘を生んで育てることができるのです。分かりますか? (「はい」) 皆さん、息子、娘が必要ですか? (「はい」)。男性がこのようになっていて、女性がこのようになっているのは何のためですか? 愛ゆえにこのような形になっているのです。愛が喜び、男性と女性の生命が喜び、すべてが喜び、血統が喜ぶのですが、それは何のためですか? 息子、娘を持つためです。 血統を連結させなければ、血統を通さなければ、おじいさんと息子、娘、父と孫、三代から何千代へと代が連結されません。分かりますか? 何代もの世代が連なっていくのです。それゆえに、女性がいなければ愛も問題ですが、息子、娘を永遠に持つことができますか、できませんか? できますか、できませんか? (「できません」)。ダイヤモンドがあったとしても、何をするのですか? 「ああ、良い」と、千年万年愛しても、何も残りません。 息子、娘を持ち、それから何をするのですか? (息子、娘を持つ前に)自分が妻を迎えることのできる人、夫人を愛することのできる人にならなければなりません。夫人を愛することのできる人になり、それから、息子、娘を持ち、息子、娘を愛することのできる主人になるのです。それで終わるのですか? 自分が四十、六十、七十歳になれば、息子、娘が成長して孫を生み、さらに孫が大きくなって三代、四代までが一つの家で暮らすことができるようになるのです。八十歳を超えれば、三代が問題ではありません。四代の子孫が連結されるのです。分かりますか? 先生もそのような時が来ました。八十になると、聖進の息子、娘も赤ん坊を生むようになり、四代になるのです。そのように家庭を愛することができるのです。上下を愛することができ、左右を愛することができ、前後を愛することができる一つの球形の形態を備えて定着するようになったものが、家庭なのです。分かりますか? (「はい」) 家庭です。いくら優秀な男性でも、女性という怪物と出会わなければ、永遠に妻を持つことができるのですか、できないのですか? (「できません」)。できません。自分が百回、千回死んだとしても、愛したい息子、娘は永遠に生むことはできないのです。息子、娘に、与えて忘れ、与えて忘れるという愛を行うことはできません。そしてさらに、息子、娘を中心として孫……。 愛を必要としない人は手を挙げてください。愛が必要な人は手を挙げてください。それは、だれが手を挙げなさいと言ったのですか? (笑い)だれが手を挙げなさいと言いましたか? いくら愛を願って手を挙げたとしても、相対がいなければ愛は永遠に現れません。 男性が男性であるのは女性がいるからであり、女性がいるがゆえに主人の名をもって生きることができるのです。分かりますか? 女性がいなければ何ですか? それは、男性でもなく、女性でもありません。なぜですか? 女性が女性でありうるのは、男性という動物がいるからであり、男性がいるがゆえに“女性主人”の名をもつようになったのです。 それゆえに、父母は、りっぱな息子、娘を持って初めて父母になるのではありません。父と母のふたりが、息子、娘を生むことができなければ、永遠に子女を愛することのできる心を見いだすことはできません。それは、正しい話ですか、正しくない話ですか? (「正しい話です」)。正しい話ですか、正しくない話ですか? (「正しい話です」) 父と母の愛が生じるようにしてくれるのは、父と母自身ではありません。できが悪くても、息子や娘がいるがゆえに、父と母は父母の愛の主人となることのできる資格者になるのです。それは正しい話ですか? (「はい」) だれが父と母に愛の主人の資格をつくってあげたのかというと、できの悪い息子であっても、病気の息子であったとしても、愛する心を持つことができるようになったのはその息子ゆえなのです。父母が千年万年、子女を愛する心を持っていても、子女がいなければ、与えて忘れ、さらに与えてももっと与えたいという愛の心には永遠に出合うことはできません。 息子、娘を願わない女性は手を挙げてください。息子、娘は願っても、嫁には行かない、という女性は手を挙げてください。最近、風変わりな女性がたくさんいるではないですか? 「どうして男性が必要なのか?」と言う女性です。それは、原則的な法に背いて“どろぼうをしよう”という女性たちです。 最近では、フリーセックス時代が来たので、「自分がだれの子を宿したのか分からない」と言うのです。「その中で、馬賊団の一番の親分のような、マフィアの大将のような者と関係……。その子供がわたしのおなかの中で育つということを考えると夜も眠れない」と言って、神経質になり、堕胎したり、産むや否や目をつむってごみ箱に投げ捨てる母親も出てくるというのです。 これは、どれほど悲惨なことでしょうか? 自分の純潔な血筋によって神様の愛の代を受け継いで、真なる男性、真なる女性、愛は永遠なものなので……。(一部録音されていない) ……中心として愛の関係を結ぶようになるとき、妻を愛することのできる主人の資格をだれが夫にもたらしてくれたのでしょうか? 夫が千回、万回死んだとしても、女性を愛することのできる主人になることはできません。このことを知らなければなりません。 夫人たち、分かりますか? 「この男 女性を愛することのできる愛の主人の立場をだれがつくってあげたのか分かっているのですか? わたしだということを知っていますか? この男は」ということです。このことを知りませんでした。分かりますか? 愛の平準化の価値がどのようなものなのかを今、分かったのです。 男性が女性を愛することができ、主人になることができるようにしてくれた者は、初愛によって因縁を結んだ女性であり、それゆえに女性を愛することができるようになったというのです。わたしの心と体に女性の愛が染み込むように、それがどれほど必要なのかということを……。分かりますか? 女性も、同じことです。天下の花の中の花であり、香りの中の香りが漂い、千年万年、酔いしれて歌を詠じることのできる美人だったとしても、また美人でなかったとしても、目鼻がなく、すべてがない、それらが一つしかないような男性であったとしても、男性がいて初めて愛を感じることのできる衝動が発動するのです。失礼ですが、それは正しい話ですか、正しくない話ですか? (「正しい話です」) いくら死んだ男性がうつ伏せになっていても何も感じませんが、生きている男性であれば女性は動じるのです。分かりますか? (「はい」)そして、人は家庭を愛します。おじいさんがいなければ、おじいさんのことは分かりません。おじいさんがいなければ、おじいさんが孫を愛することはできません。その味がどのようなものなのか分からないのです。 お母様が赤ん坊をたくさん生みましたが、昼間、活動して夜十二時を過ぎて帰ってくると、子供が十二歳になるまではキスして祈祷してあげました。しかし子供たちは、疲れていびきをかいて寝ているのに、どうしてそれが分かるでしょうか? お父さんがキスしてくれているのかどうか分からないでしょう。寝ていれば、背負子で背負って何十里を行っても気がつきません。「ああ、そんなものか」と言っていたのです。 ところで、孫を見ると、孫は息子、娘とは違います。その足元から……。足元から何ですか? 足元から波動が来るのです。どういうことか、考えてみてください。お乳も飲ませてあげ、このようにして見てみれば、母親とおばあさん……。おばあさん(真のお母様)がわたしに「お父様がおっしゃったことは本当でした。自分の子供よりも孫がどうしてこれほどかわいいのでしょう? どうしてこれほど美しいのでしょう?」と言うのです。 どこかに行って帰ってくると、孫の名前を呼んで「だれだれ、いるの?」と言い、孫がこのようにするの(=よちよち歩く姿)を見ると、お母様も一緒にこのようにしながら抱き抱えてためらわずにキスしてあげるとき、“わたしをあのように一度でもキスしてくれたことがあっただろうか、覚えていないが……”と思うのです。(笑い)ですから、おじいさんが孫を見れば、老いても孫をさらに愛していかなければならないので、愛がどんどん深くなるのです。 それゆえに、年齢が八十になれば、痴呆症になって町内にうわさが立つこともありますが、自分が愛する人は忘れません。自分の夫の名前もすべて忘れてしまいます。自分の母を、「お」と言って「かあ」という言葉を忘れてしまい、「かあ」という言葉がどこに行ったのか捜すのです。自分の妻の名前が金キム某ならば、「金」と言って次の言葉を捜し回るのです。忘れてしまうのです。思い出せそうで、思い出せません。 そのようになったとしても、愛する息子よりも愛する孫は、いつでも訪ねていくことができるというのです。ですから、おじいさんの愛を受けることが幸福であり、おばあさんの愛を受けることが幸福なのです。おじいさんとおばあさんに侍ることができず、一緒に暮らすことができなかった人は、不幸な孫、孫娘であり、不幸な男性、女性なのです。 おじいさんとおばあさんの愛を受けることができなかった人は不幸な人であり、おじいさんとおばあさんの愛を受けて暮らした孫、孫娘は人の中心として使うにふさわしい人になるのです。(「アーメン」) アーメンと言ったら感謝しなければならないでしょう。(「感謝します」)。「アーメン」という言葉は「み言のとおりに成されます」ということです。おじいさんの所に礼物が包んでおいてあれば、おじいさんを見てにこっと笑って、それを見て「感謝します」と言うとき、おじいさんが何と言うでしょうか? 「こいつめ」と言うでしょうか? 「感謝です」と言われたときには、その礼物をくれるのです。 さあ、それでは、男性の前に女性がいることによって、自分が父母の前に夫婦として家庭を持つことができるのです。父と母の前に孝行の道を行くことのできる関係的相対の位置に立つのです。おじいさんとおばあさんが二人でいるのに、一人だけでよいでしょうか? 分かりますか? (「はい」) 父と母が夫婦で暮らしているのに自分一人だけでよいでしょうか? 楽しく暮らす父母の前に、もっと楽しく暮らす息子、娘の夫婦が来てあいさつするとき、気分が良いというのです。分かりますか? 三代まで、孫までいればどれほど……。それが家庭です。三代が一緒に暮らし、四代が連結されて家庭を成すようになるとき、それが幸福な家庭なのです。 それでは、自分の家におじいさんとおばあさんがいなければならないでしょうか、父と母がいなければならないでしょうか、自分たち夫婦がいなければならないでしょうか、息子、娘がいなければならないでしょうか? すべて必要でしょう? (「はい」) それが世の中において、上下関係、左右関係、前後関係、すべてが必要なのです。三段階です。このようなことを中心として、四番目というものは何かというと実であり、そこから新しい出発です。孫、三代以降から枝が出始めるので、種の中にこの三つが、上下、前後、左右が連結された家庭的土台の中で実を結ばれたものが……。これがすべてを表しているのです。 これを見て、動機と同じように実を結んだので、この実の作用によって種が増えれば、それを蒔いて赤ん坊が生まれ、大きくなってその種と同じようにおじいさんとおばあさんになり、父と母になり、それから夫婦になって息子、娘を生むのです。そのような種ができ、一つの種から数十、数万の種が広がっていくのです。分かりますか? 上、中、下です。 この上、中、下の上下関係の中心が空いているのです。それから左右です。左右と言いますか、右左と言いますか? 左右というのは夫婦関係ですが、反対になっています。上下と言えば順序が合い、本来、右左と言うべきですが、なぜ左右と言うのですか? 反対になっているのです。それから、前後です。後前ではなく前後が正しいのです。男性と女性が堕落したので反対になりました。上下、左右、前後です。 高等学校を出た人は分かるでしょう。設計をするときに、点を打って、そこから線をこのように引けば球形になります。りんごのように丸くなるのです。これを半分に割って、さらに割って数えてみれば十二切れになりますが、十二切れはどの角度に合わせても合います。上弦、下弦、前弦、後弦はもちろん、右弦、左弦のどこにはめてもぴたりと当てはまるのです。相克がないので、電気を例にあげればロスがかからず、負荷がかかりません。愛によって平和がなされたところは、損害を受けないというのです。分かりますか? ですから、上下、左右、前後の中央の位置に神様がいらっしゃるのです。サッカーボールで言えば、サッカーボールがすべてこのようになって交差し、お互いに押し合っているのです。表面は丸くなっているのですが、いつどのように置いても九十度です。九十度の角度です。球形を成すのです。そのような球形的形態のモデルがなければなりません。神様は、そのモデルを中心として定着しようとするので、男性だけでも、女性だけでもだめなのです。 男性と女性、凸凹が必要なのは何のためですか? (「愛のためです」)。男性と女性はほとんど同じですが、一つだけ違うのです。そのことを、生理的に否定する道理がありません。女性の所有物に自分のものは一つもありません。地があれば、地からはあらゆるものが出てきますが、地自体には何もありません。 女性として息子、娘を育て上げますが、母親自体には何もありません。骨と肉と血だけがあるのです。そこに必要な付加条件とは何かというと……。胸は女性のものではありません。だれのものですか? 赤ん坊のものです。なぜお尻が大きいのですか? 骨盤を押し広げて出てくる赤ん坊のためではないですか? 赤ん坊が住む家があるでしょう? それを何と言うのですか? 子宮というでしょう? 子宮は女性のものですか? 子宮は自分のものですか? 胸は自分のものですか? なぜかわいらしい顔をしているのですか? 女性が自分で見るためですか? 女性は、化粧をしながらいろいろなものを塗ります。昔は薄赤い色を塗っていましたが真っ赤な色を塗るようになり、最近では青い色を塗るようになって、まるで死んだ血のような色を塗るのです。真っ黒なものを塗りますね。(笑い) 春の季節にはピンクに近い赤が春の園を美しく彩るのですが、これは何ですか? たたかれてあざになったような青い色を唇に塗っています。そして、最近では、死んだ色を塗るのです。真っ黒にです。それで、「これが良い」と言います。女性がすべての時代相を現すのです。 着ている服を見れば、亡国の僕なのか、興国の僕なのか分かります。原色は何種類ですか? 三種類です。男性を見れば、白か黒いもの、そうでなければ青です。男性はそうではないですか? 反対なのです。 女性は、まだらのあらゆるものを……。そのようにきれいな服を着た人で、部屋で昼寝するためにきれいな服を着る人を見ましたか? 休むために別荘に行けば、寝巻を着たり、動きやすい服を着るのであって、そのような所できれいな服を着る女性を見ましたか? さあ、風が吹くままに行ったり来たりする人が幸福な人ですか、不幸な人ですか? (「不幸な人です」)。木はどうですか? 台風が吹き荒れて激しく揺さぶられ、そのような中で生き残ろうとすれば、根が深くならなければなりません。 枝も折れてゆらゆらすれば、自分でも気分が良いでしょう。気分が良いと同時に、根が浅くなりますか、深くなりますか? 女性たち、どうですか? 風が吹くままに歩き回れば、根が深くなりますか、浅くなりますか? (「浅くなります」)。木と人間は反対です。 さあ、それでは、きょうは何の日だというのですか? (「世界統一国開天日です」)ええ、何ですか? (「世界統一国開天日です」)。開天といっても、水が流れていく開川ではありません。(韓国語では「天」と「川」の発音が同じ)開天しようとすれば、一人でできますか、できませんか? (「できません」)。夫婦だけでできますか、できませんか? (「できません」)。何ができるのですか? 開天節に開天することができるのは、家庭です。 それで、「世界平和統一家庭連合」なのです。世界平和統一した家庭を集めて、連合の体制を備えなければならないということです。分かりますか? 開天節の目的は何かというと、神様の本然的愛を中心としてどこに行っても妨げるものがなくなることです。 アメリカのすずめが春の季節に韓国に移ってきて、一週間過ぎた後に卵を産んでひなが生まれるでしょうか、生まれないでしょうか? (「生まれます」)。人種差別がありますか? (「ありません」) すずめはそうであり、アメリカのきじと韓国のきじは結婚しますか、しませんか? (「します」)。しますか、しませんか? (「します」)。三八度線から上の北朝鮮の鳥と韓国の鳥、また動物は行ったり来たりしませんか、しますか? (「します」)。“地雷があって爆発するかもしれない”と思い、危険を知って行ったり来たりしますか、危険なのかどうか分からずに行ったり来たりしますか? (「分からずに行ったり来たりします」) 「以前、母親が(地雷を踏んで)死んだ。自分と同じおなかから生まれた兄弟が死んだ」と言って、それで終わるのですか? それでも行ったり来たりするのです。蛇も行ったり来たりし、いちばん嫌いな虎でも何でも、思い通りに行ったり来たりするのです。人間はどうですか? それは、だれがそのようにしたのですか? (「サタンです」)。ええ、何ですか? だれがそのようにしたのですか? (「サタンです」) 国境線をだれがつくったのかというのです。(「サタンです」)。それを知らなければなりません。国境線がある所にはサタンがいます。怨讐がいる所には悪魔がいるということを知らなければなりません。だれが国境線を守っているのかというと、悪魔です。 皆さんの心の中には、国境(境界)線がどのくらいありますか? 自分たちの目を中心として、良いものと悪いものを見分けることができなければなりません。良いものだけを見ることを心は願うのですが、体は悪いものを見なさいと言うのです。自分を破壊するもの、国を否定し、家庭を否定し、自分を否定するものは破壊的なので、それを見てはならないはずですが、それを見ようとするのです。 いちばん破壊的な、危険物の中の危険物とはどのようなものですか? 爆弾は、爆発すれば一度その環境に被害をもたらすだけですが、最も恐ろしいものは間違った愛の遊びです。それは、一代だけではなく、国を滅ぼしうるのです。永遠にです。このようなことを考えるとき、人類始祖が堕落したというのは何によって堕落したのでしょうか? 愛の問題です。愛の問題なのです。 きょうは、「世界統一国開天日」ですが、先ほど訓読したように、多くのことを経てきました。先生がそれらを越えるために苦労したのです。結論は何かというと、今、修練をしていますが、先日、清平で何をしたといううわさを聞きましたか? (「入籍祝福式です」) 「三時代大転換四位基台入籍統一祝福式」です。すべてが含まれています。世界統一国開天日を宣布したのはオリンピックを……。これが今年のオリンピック大会です。わたしが国連に行って演説したときも、皆、価値観を放棄していましたが、今年の国連総会ではすべての国々の指導者が集まり、「価値観を設定する時になった」と言うのです。 自分勝手に暮らし、放縦に近い生活をしていた者が全員……。それは、そのようにせざるをえません。そして、文先生が語ったことをすべて知っているのです。すべて知っています。わたしは見栄えが良くはなく、それほど大した男でもないのですが、文総裁は有名です。有名ですか、有名ではないですか? (「有名です」)。どれほど有名ですか? どれほど有名なのか知っていますか? わたしが何か一言、失言しただけでも、世界が騒ぎ立てるのです。今まで、わたしがこのような凸凹の話をすると、「この教主」という言葉も聞きました。それで、「最も愚かな教主」というネームバリューがつきました。 郭錠煥会長がロンドンに行って、今日の世界で我こそはと飛び回るネームバリューをもった人を四十か国から約五百人集めて大将の振る舞いをするのですが、それは大したことだというのです。 優秀であるという人が統一教会に来ると、顔を上げることができずに帰っていきます。ここにいる皆さんは優秀ですか? 優れていますか、愚かですか? (「愚かです」)。ここに愚かな女性たちが来て大きなことを言っています。今では、そのくらい有名なのです。 現在アメリカでは、町内の教会ごとに統一教会の家庭連合旗を掲げる超宗教的な運動が広がっています。それから何ですか? 文総裁夫妻の写真を自分の家に掲げるのです。それから何ですか? 連合教会です。アメリカには教派が多く、宗派が多いがゆえに、家庭が破綻したのです。 一つの家に十人いれば、十宗派、十教派の人々がいて、義父の教会、義母の教会、嫁の教会、夫の教会、息子、孫の教会と、すべて違うのです。このようにして、聖日になれば、ひそひそと、「お父さんの教会に行こう」、「おじさんの教会に行こう」と言いながら引っ張っていくのです。ですから、教会も定着することができません。 教会も問題なのです。一か所だけに通っても定着できるかできないかなのに、歩き回りながら宣伝し、うわさを聞いてさまよい歩くので、何の財産もなく、根本もなく、のらりくらりとイナゴのようにさまよい……。そのようなことをしているのですから、家で息子、娘が育って青少年になっても関心を持つことができますか? このような牧師たちを追い出さなければならないというのです。 また、その峠を越えれば、宗教団体を中心としてある教派が霊験あらたかだと言えば、こそこそしながらこちらに引っ張ったり、あちらに引っ張られたりして、どちらが本物なのか分かりません。分かりますか? ですから、家庭を中心として、青少年たちが定着すべき学校を見てもその闘いであり、社会に出ても宗教の闘いなのです。それゆえに、思想でも何でも、若い人々が一つのところに定着して自分の生き方を考え、行くべき道を築こうと考える人は一人もいなく、毎日のように奔走し、我知らず複雑なところにどんどん追い込まれていくのです。それで価値ある人になることができるでしょうか? 最近それを知って、私が訓示したのですが、「このようですから、アメリカは間違いなく、家庭と青少年の破綻によって滅びるようになりましたか、なっていませんか?」と言うと、全員が「そのようになりました」と言うのです。「そのようにならない道を教えてあげましょうか?」と言うと、「教えてください」と言うのです。 すべての教派闘争を撤廃しなさい 拍手しなければならないでしょう。(拍手)それから、宗派闘争を撤廃しなさい。 (「アーメン」)。(拍手)人種闘争を撤廃しなさい。 (「アーメン」)。(拍手)主義闘争を撤廃しなさい。 (「アーメン」)。(拍手) 闘わずに一つにする、そのような本質的で、方向的で、目的的な存在はお一人だけいらっしゃり、千年前も一万年後でも同じでありつづけることのできる主人がいらっしゃるのですが、その主人とはだれですか? “一人しかいない王”という意味で“ハナニム(神様)”しかいません。ノーメン。(「アーメン」)。(拍手) すべては神様が分からないため、そうなっているのです。神様が分かるようになるときには、教派闘争が停止し、宗派闘争が停止し、人種闘争が停止し、文化格差がなくなり、闘争というものはなくなり、国境はなくなるのです。(「アーメン」)。(拍手) さあ、きょうの総結論を下しましょう。神様が必要であるということを考えてみた人……。ここにいる人は皆、知っているでしょう。神様を知らない人、手を挙げてください。神様を知っている人、手を挙げてください。分かりますか? 男性にとって、神様は女性よりも貴いですか、貴くないですか? (「貴いです」)。女性にとっては、男性よりも貴いですか、貴くないですか? (「貴いです」)。なぜですか? どうしてですか? 神様は男性が生まれることができる父親であり、女性が生まれることができる父親なのです。いくら息子、娘が貴いと誇っても、父親がいなければ息子、娘は存在できません。分かりますか? いくら「息子、娘が良い」と言っても、父親が生まれた後でこそ、息子、娘が生まれるので、息子、娘よりももっと貴いのです。 ですから、男性は女性よりも、女性は男性よりも神様がもっと好きでなければなりません。そうですか、そうではないですか? (「そうです」)。このことは、すべて整理されましたか? (「はい」) それでは、どのくらい好きですか? また、息子、娘を中心として、神様は息子、娘の何を好まれるのですか? 男性の前に女性が一つになることです。分かりますか? 女性の前に何ですか? 男性が一つになることです。何によってですか? 手段によってですか? お金によってですか? 知識によってですか? 権力によってですか? 強制的にですか? 何によって一つになることを願うのですか? 自然的、自然にです。そこでは、強制は通じません。自然にです。朝、太陽の光がさせば、眠っていたすべての山川草木の芽までも太陽の光を歓迎するのです。枝や木はもちろんですが、葉や芽までもすべて……。 神様の願いは何でしょうか? 神様はどのようなおかたでしょうか? 父母の中の父母であり、それから師の中の師であり、それから何ですか? 主人の中の主人です。(「王の中の王です」)。そうです、王の中の王です。(ですから)主人の中の主人ではないですか? 神様は、そのようなおかたです。それでは、神様というおかたは、どのように暮らされたいでしょうか? 父母の中の父母として暮らしたいと思われ、師の中の師として暮らしたいと思われ、王の中の王として暮らしたいと思われるのです。 それでは、その神様とはだれですか? 人類のだれですか? お父様というおかたです。そのお父様が息子、娘を生み、「神様の家庭をつくろう」と言われるのです。そうですか? それは間違いないでしょう? 神様の家庭をつくり、心の底から心全体まで、どこでも自由に通じるのです。体の底からどこでも自由に通じるのです。 それで、男性の神様、女性の神様、男性である息子、女性である娘が愛を中心として、孫と孫娘まで縦的に編成して家庭をつくろうというのです。それは、大ざっぱな計算でできたでしょうか、公式的にできたでしょうか? (「公式的にできました」) ですから、愛には秩序があります。第一段階、二段階、三段階、四段階、五段階、六段階、七段階、八段階の公式的な道があるのです。ソウルに訪ねていこうとすれば、一番の直短距離の道は二つありますか、一つありますか? (「一つです」)。一つしかありません。愛は直短距離を通るのです。 レバレンド・ムーンが最も苦労したことは何でしょうか? 真理の本宮を訪ねていかなければならないのですが、その真理の本宮とは理想的な本宮のことを意味するのです。では、人間にとって理想とは何でしょうか? お金ですか? 神様はお金をつくることができます。知識は、全知全能であられるので知識の王です。全能であられる神様なので権力の王です。神様は、必要なものはいつでもつくることができます。 しかし、神様お一人ではつくることができないものとは何でしょうか? 愛というものです。分かりますか? (「はい」)。お一人でつくることができないものが何だというのですか? (「愛です」)。絶対愛という言葉は、相対関係を備えなければ、授け受け……。授け受けするものの中でも最高であり、最高であると同時に唯一であり、不変、永遠の授受というものは、一人ではできません。絶対、唯一、不変、永遠であることのできる相対が、神様に合わせることのできる資格者とならなければなりません。 愛の相対として自分よりも劣る相対を願う、そのような男性や女性がいますか? (「いません」)。自分の相対は、自分よりも何百倍、何千倍、何千倍で終わりません、何億万倍です。 そうだからといって、愛の相対が「ああ、かわいそうだ」と痛哭するでしょうか、うれしいと言うでしょうか? 「おお、よしよし、わたしの愛する人よ」と言いながら踊りを踊って喜ぶところにおいては、千里万里を越えに越えて、さらに喜ぶことのできる道を行くことができるのです。分かりますか? (「はい」) それでは、神様の目に愛が見えるでしょうか、見えないでしょうか? それを考えてみましたか? 神様ご自身が愛されるとき、神様の目に愛が空気や火のように現れるでしょうか? どうでしょうか? (「見えません」)。息子が現れてこそ、息子が見えてこそ、息子の愛を捜し出すことができるのです。そうではないですか? 娘が見えてこそ、娘の愛を捜し出すことができ、自分の相対が……。 神様も男性格主体であられるので、男性に似ていらっしゃるでしょうか、似ていらっしゃらないでしょうか? (「似ていらっしゃいます」)。それでは、神様が男性格主体であられるならば、女性格主体がなくてよいでしょうか? 最近では、天の父母という言葉を言うのですが、……。 今まで天主教(カトリック)では、独身生活をしていますが、夫婦生活をしなければ、すべてなくなってしまうのです。それは、天地合徳時代になったからです。天地の調和が花咲くときに、花が咲かなければ種がなくなって枯れてしまいます。なくなるというのです。 さあ、そのように考えるとき、神様において、最も見たいと思われるものとは何でしょうか? おじいさんとおばあさん、国があればその国の王と王妃が愛し合うのを見たいと思われたでしょうか、見たいと思われなかったでしょうか? (「見たいと思われました」) 国の王と王妃が愛し合うことのできる位置は、まずだれが先に始めなければならないでしょうか? アダム・エバが先でなければならないでしょうか、神様が先でなければならないでしょうか? (「神様です」)。愛の主人はアダムではありません。(それは)神様なので、根であられる神様に根となる夫婦の内縁がなければならない、という論理が天地の道理です。 ですから、すべての存在世界の実情は、ペアシステムになっているのです。宇宙の出発の起源は何でしょうか? 雄と雌の概念から始まりました。分かりますか? それゆえに、雌として雄を追求せず、雄として雌を慕い求めない存在はないのです。ですから、お釈迦様までもどうだと言うのですか? 女性の話をすれば、笑うと言うでしょう? 文総裁はどうですか? 最近、世の中では「過ぎていった聖人よりも、生きている聖人といえば文総裁しかいない」と言うのですが、皆さんはそのように信じますか? (「はい」)。わたしは、アメリカでそのような話をたくさん聞きました。 生きている聖人は、目が二つでしょうか、三つでしょうか? (「二つです」)。わたしも目が二つですが、皆さんはどうですか? 同じですが、皆さんはどうですか? 聖人になることができますか、できませんか? できますか、できませんか? (「できます」)。真の父になることができますか、できませんか? 真の母になることができますか、できませんか? (「できます」) ところが、なぜなっていないのですか? 方法は知っているのに、そのようにしないので、なることができないのです。分かりますか? 皆、分かるでしょう? 真の父母になる方法を知っていますか、知りませんか? (「知っています」)。知らない人は手を挙げてみてください。あれほど、真の父母は何であるかということを数万回聞いたでしょう? 耳にたこができるほどです。真の父母とはだれですか? “わたし”のお父さんとお母さんです。一度言ってみてください。真の父母はだれですか? (「わたしのお父さんとお母さんです」) あなたたちを生んでくれたお父さんとお母さんは何ですか? あなたたちを生んでくれたお父さんとお母さんは何かというのです。(「偽りの父母です」)。偽りの父母です。なぜ偽りの父母ですか? 僕の血を受けたというのです。僕とくっついたので下女になりました。分かりますか? 真の父母とは何かというと、天の皇室を中心として天の国の血筋を受け継いでいるのです。それでは、その血筋を中心として、その血を買って自分の血と取り替えれば血筋が変わるのですか? O型の血を買って入れ替えても、変わりません。骨と血と肉が一つになっています。 それを取り替えようとすれば、死ななければなりません。なくしてしまわなければなりません。なくしてしまえば、(新しくまた)生じるところがありますか? 何を中心としてこれを改造しなければなりませんか? 根本となる愛です。偽りの愛によって始まったものを打ちのめし、真の愛を中心として……。 六千年、何万年たったこの古びた体は、偽りのオリーブの木と同じです。下を切って芽が出ないようにして、真のオリーブの木の枝を接ぎ木したり芽接ぎをして、これが出てこなくなれば、ここからあっという間に大きな木が出てくるのです。分かりますか? (「はい」) それゆえに、あなたたちを生んでくれたお父さんとお母さんは何ですか? (「偽りの父母です」)。なぜ偽りと言うのですか? 堕落した血筋だからです。堕落した父母とはだれかというと、神様の愛の姦夫です。天使長がエバを蹂躙し、根であるアダムまで抜いてしまい、偽りのオリーブの木をつくってしまったのです。 ですから、神様が宗教を立てて、この偽りのオリーブの木の畑の半分以上を神側にしようということです。それが半分以上にさえなれば、よいのです。そして、半分以上になれば、そこに真のオリーブの木……。 それゆえに、キリスト教文化圏が半分以上になれば……。イエス様も言ったでしょう? 自分の名前が全天下に広がれば主が来られるということと同じように、偽りのオリーブの木の畑の主人が偽りのオリーブの木を愛し保護する以上に、真のオリーブの木の畑の主人が真のオリーブの木を二十四時間愛すれば、偽りのオリーブの木がその主人に対して恨みを抱き、「この主人を捕まえろ。何が何でもあの真のオリーブの木の主人の懐に帰りたい」と言って……。 人には比較する知能があるので、偽りのオリーブの木よりも真のオリーブの木のほうが価値をもつようになれば、それと入れ替わろうとするので、自分の環境を捨てて他の世界に移っていくことができるのです。比較してより価値のあるものを求めていくのです。 統一教会においても、偽りの父母と真の父母を中心としてそれを比較してみれば、その暮らしにしても、何をするにしても、理想的な生活環境を見ても、すべて真の父母が勝り、神様に対しても、地獄に対しても、天国に対しても明確に分かるので、ここに接ぎ木されなければならないということが、見なくても、考えなくても完全に分かるのです。 ですから、しかたなく切ってしまわなければなりません。切ってしまうことによって、(偽りの)父と母の血筋を断ち切ってしまい、その国の血筋を断ち切ってしまい、国境がたくさんある取るに足らない血筋を断ち切ってしまうのです。 そのようにして、統一され神様の血筋に接ぎ木して、地獄にいた人々を統一教会の新しい天国に解放して連れていき、解放された天の国の一族をつくるということが統一教会員たちの一大所願なのです。(「アーメン」)。(拍手) 昔から多くの宗教が総結論をどのように下していたのかというと、国を捨て、家庭を捨てて出ていきなさいという出家の命令をしていたのです。「それは偽物なので、偽物を捨てて、地獄を捨てて、百八十度反対である神様の懐に帰ってきなさい」ということです。 ですから、世の中を捨てて出家し、最後は何まで断ち切ってしまうのかというと、血筋です。おじいさん、父と母から自分の体の中にサタンの血が連結されており、それを歴史に残してはいけないので、それを一代で終わらせるために独身生活を強調したということを知らなければなりません。分かりますか? 神様が宗教に対して注視される中心的な観点はどのようなことだったでしょうか? 国を捨てて出家し、男性が世の中の人と同じように女性と暮らしてはならず、女性も世の中の人のように男性と暮らすことはできません。神様が最も見ることを嫌われ、天宙を破壊した行動を再び受け継ぐのではなく、断ち切ってしまうのです。 いつまでですか? いつまでなのですか? この人類が汚したものをすべて清算し……。真なる宗教を通して真の父母が生まれ、天下に宗教統一を完成することができる内容をもって来るときまで、それを継続するのです。ですから、天主教もそうであり、仏教も、仏教の尼僧も、すべてそのように生きていくのです。終わりの日になったので……。 終わりの日とは何かというと……。(人類歴史は)祝福家庭を成すことができない歴史になったのです。神様は家庭を成すことができませんでした。神様はわたしたちの先祖の中の先祖ですが、家庭を持つことができず、人類の真なる父母が結婚できなかったのです。その代わりに堕落した悪なる父の後孫たちが結婚して暮らすようになったというのです。 神様は、このようにひっくり返ってしまった世界を救おうとされ、嘆息と悲痛な歴史を経てきましたが、それだけでは終わらず、兄弟同士で殺戮戦を展開しながら今まで歴史は発展してきたということが今日の世界的な実情であることは間違いありません。そうですか、そうではありませんか? (「そうです」) それで、統一教会を信じる人々はすべて追い出されたのです。今は、統一教会が世界化されたので歓迎されるようになりました。アメリカでは、旧教でも何でも、宗教という団体はすべて連合して、「統一教会の旗を掲げよう」と言っているのです。先ほどわたしが話したとおり、教育をして各教派がそのようになりました。 青少年を教育する時間がたくさん必要なのです。おじいさん時代からおばあさん、お父さん、八代の堕落圏を越えるために、民族と全体を愛して境界線をなくすようにしなければならないのです。 まず先に、だれから真の結婚生活をして息子、娘を生み……。八段階の愛の主人のモデル型の基盤をすべて失ってしまったので、その息子、娘がそのことを学んで天の国に直通することのできる道を築き、自分の後孫が行くことのできる道を開いてあげ、これは切ってしまうというのです。分かりますか? 入籍修練会で終わるのです。 これからは南北統一です。南北統一ができていないので先生は……。今ではもう南北がわたしの言うことを聞かなくてもかまいません。先生は、天の国の主権を立てることのできる能力があり、天の国の祝福家庭によって天の国の民の家庭をつくることのできる能力があるのです。分かりますか? 神様が治めることのできる天の国の主権と天の国の家庭的民の数が数億を超えました。人類の半分の家庭を超えることのできる基盤を築いたので、ここで入籍が始まるのです。国が必要です。それが祖国光復です。真のご父母様が生まれた祖国が神様の祖国を成すことのできる出発の基準になることを願ってきたのですが、今まで四十年……。(録音が一部途切れる) そして韓国は、そこに反対し、統一教会の文先生に反対して、追い出せば滅びると思ったのに、自分たちが滅びるようになりました。国の主権が八代を過ぎるまでにあらゆることが起きました。全斗煥の時からが問題なのです。この者たち。盧泰愚、金キム泳三サム、この三代を中心として、国のすべてを完全にまきあげられて問題になったのです。それを保護したのが文総裁です。 それで今は、どのような時かというと、宗教がしてきた過去の個人的接ぎ木時代が過ぎ去り、今の時は……。旧約とは何ですか? 神様の愛を中心として家庭定着することができませんでした。分かりますか? 旧約は、結婚式ができなかったのです。アダム・エバが神様のように一つの体になり……。 その堕落以降の旧約は、メシヤを送ってこれを再び修復するためのものです。四千年間、メシヤが来ることを約束し、イエス様の家庭になることができ、氏族になることができ、民族、国家になることができるところを……。サタン世界が国家(基準)なので、サタン世界の国家を越えれば神様がともにある中心国家が生まれるのです。数百の国家があるとしても、サタン世界はこの中心国家という鉄槌を倒すことはできません。 しがみついて、どのようにしたとしても自分たちが壊れるようになっているのであって、天の中心家庭は壊れないのです。ぶつかればぶつかるほど、天の国が吸収するようになっているのであって、壊れる道理がありません。 今から、南北統一されれば、統一教会の文先生のみ言を中心として南北統一されたその国は、いくらぶつかっても壊れません。なぜですか? 壊れるのをすべて防ぐことができます。壊れない内容を知っているのです。知らないから壊れるのであって、教えてあげれば、防備することのできる内容が目の前に明確になります。 五千人であれ、五万人であれ、五十万人であれ、五千万人であれ、五億人であれ、全員がその道を行くのです。朝日が昇ってくるのに、「夜が良い」と言って朝日に背を向けて夜を訪ねていきますか? それは、ありえないというのです。 それゆえに、今から何かというと、家庭を接ぎ木して国家を乗り越え……。天でも地でも、すべて祝福してあげて家庭に接ぎ木したでしょう? 皆さんは十四代の先祖まで祝福したでしょう? 二十一代まで終えれば、世の中は平準化されるのです。それ以上は、死ぬなら死に、やめるならやめ、関係ないというのです。分かりますか?そして、霊界にいる先祖、聖人たち、イエス様、孔子、釈迦、マホメット、ソクラテス、この有名な人たちをわたしが全員、祝福してあげました。 祝福とは何ですか? 男性一人だけでは天国に入ることはできません。家庭が入っていくようになっているのが天国です。分かりますか? 天国とは何ですか? 家庭が入っていくのが天国なのです。 イエス様も、天国のモデル基盤にパスできなかったので楽園にいます。天国の待合室で二千年間待ち、あらゆる屈辱を受けました。イスラエル民族が滅んでしまい……。イエス様が結婚して一族が一つになっていれば、天下が統一される起源が開かれたのですが、祭司長と選民たちが反対することによって、その六百年後にイスラム教が現れて占領してしまったのです。 中東に十二支派が分派して、すべてがイスラム教……。マホメットがそうです。これはサタン側の宗教だというのです。物質を中心とした外的な問題を中心として、力と暴力で……。それが最も問題であり、アメリカにおいてイスラム教を中心とした黒人の勢力が強いのです。アメリカや自由世界を破壊することができ、共産世界と一つになって世界に問題が起きるので、しかたなく先生は消化運動をしているのです。 今、ワシントンで百万家庭の行進を中心としてわたしが指揮をしています。それで、他の宗教とともに、キリスト教の怨讐のような宗教であるにもかかわらず、兄弟よりもっと近い兄弟……。派が争っている中で、自分たちがそれを解決しようと努力するより以上に、わたしがもっと協助し、それを一つにすることができるように投入しているのです。 こうして先生は、怨讐の教派が世界的に発展しようとするのを協助しているのです。三つの教派を協助し、四つの教派を協助し、十二の教派さえ協助すれば、すべて終わるのです。そのような準備をしながら、世界の超宗教的な教団を通した祝福までしてきました。 超共産主義、超民主主義、貴族の息子、娘、その骨髄の息子、娘まで祝福圏内にすべて入れました。それは簡単なことですか、難しいことですか? 何によってするのですか? 先生が手段や方法を通してするのですか? み言を通してするのです。 そのみ言には天が共にあるので、み言の量にしたがって霊的な発展をすることによって、神様が分かるようになり、天の国の定義を完全に分かるようになるのです。ですから、「来るな」と言っても……。皆さんは、すべて教えてもらっているでしょう? そうですか、そうではないですか? (「そうです」) ですから、地の果てにいる宣教師たちは、先生がいなくても、今もその地の果てで教育を受け、指示を受けて活動しながら開拓しているのです。統一教会でしているこのような活動は、歴史上初めて地上に現れたのです。分かりますか? (「はい」) では、何千年前に死んだ聖人と統一教会の教会員が結婚式をしましたか、していませんか? (「しました」)。イエス様を結婚させましたか、させていませんか? (「させました」)。今、アメリカのベルベディアでイエス様が生活していますか、いませんか? (「しています」)。 すべての宗団長を集めて、自分たちの宗主が統一教会の文総裁から天国に入っていくことのできる特許権を受けたので、その特許権を再び公認される再祝福のサインさえあれば天国に入っていくことができるのです。ですから、「やめなさい」と言っても、分かる人たちはそれを受けたいと思い、どんどんと列が長くなるのです。 歴史以来、霊界で願う配給をもらったとしても、地上で最も願うもので、これ以上のものはありません。何千万年、待ったのです。ここに解放の天国の門を開き、入ることのできる資格証を上げるというので、死んでいるのか生きているのかも分からないほど多くの人々の心に火がついて、統一教会の門が破裂しそうです。 ここに、愚かな人たちが集まりましたか、優れた人たちが集まりましたか? 愚かな人ですが、ハーバード大学に幼稚園児が行けば愚かな人のようですが、そのまま出れば優れた人になるのです。統一教会の人たちは愚かだと皆が反対しましたが、それは知らないからそのようにするのであって、知れば問題の大きい教会なのです。分かりますか? どのような問題ですか? 神様まで解放しようというのです。そのような宗教を見ましたか? 神様から福を受けようという男性、女性たちはたくさんいますが、「神様をわたしの手で解放し、王宮を建てて王子の職位を守る」と言うのです。どうですか? 今、神様が死んでいるではないですか? 「神様は死んだ」と言うのですが、それを見つめながら行動できない神様は、どれほど悲惨ですか?この大宇宙をつくられたその主人であられるおかたが……。分かりますか? 今、皆さんは、清平で三時代の入籍です。三時代とは旧約時代、新約時代、成約時代です。三時代を大転換するのです。完全にひっくり返しなさいというのです。何によってですか? 旧約時代に真の父母がおらず、新約時代にも真の父母がおられませんでした。成約時代に真の父母が定着し、解放の入籍を行うことができるようにするためには、サタン世界の人間をすべて屈伏させなければなりません。そして、そのうえで支持を得て、障害なく上がっていかなければなりません。その前に解放天国を成すことはできません。そのときまで働き、そしてそれがすべて終わったので大転換式を行うのです。 再臨主とは何ですか? サタン世界で言えば、最後の人間です。最後の人間。それですべての先祖が……。霊界に行った先祖たちが協助を受けようとすれば、後代の人々が精誠を尽くしてあげなければなりません。霊界にいる先祖たちは天使長の位置であり、地上にいる者はアダムの位置なので、天使世界にいる霊たちはいくらでも地上を協助しなければならないのです。 ところが、地上でアダム完成を成すことができなかったので、血筋がひっくり返ってしまいました。このことが問題です。ですから、地上の後孫たちが天使世界を救うためには、反対に協助してあげなければなりません。祈祷してあげなければならないのです。 しかし今、そのような復帰時代は過ぎ去り、先祖が後孫を引っ張っていくことができるのです。今までは、天使世界がそのような立場で利用すれば、地獄に行きました。強制的に引っ張って地獄に行くようになりましたが、今では強制的に引っ張って天国に行く時になったのです。分かりますか? (「はい」)。天国に連れていく時が来ました。 それゆえに、今回、入籍した祝福家庭の皆さんは、金キム氏なら金氏夫婦はアダム完成者です。堕落する前、第四次アダム圏内に入ってきたので、解放……。天下に障害なく、サタンの痕跡のない解放的天国に入籍したので、霊界にいる祝福を受けた先祖たちは、金氏なら金氏の後孫で入籍した人のところに降りてきて協助しようとするのです。 ここで先鋒の位置に立って、それを整備しなければならない責任の遂行が待っているということを知らなければなりません。分かりますか? (「はい」)。分かったら拍手してください。(拍手) エジプトのイスラエル民族は、四百三十年目に神様の還故郷の命令を受けて、祖国光復のために出エジプトをして国を建てようとしましたが、失敗しました。メシヤとともに国を建てることができませんでした。 しかし、今日の統一教会員は、四十年を中心として家庭的荒野の受難の道を行きましたが、祝福家庭を率いて地上天上天国の王圏を樹立したのです。分かりますか? (「はい」)。統一教会の祝福家庭は、どこに行っても迫害を受けました。どこに行ってもつばを吐かれ、縛られ、ありとあらゆる屈辱を受けました。歴史以来、神様が非難を受けたすべてのことを、統一教会がこの地球上の数多くの民族を通して条件的にでも蕩減しなければ、越えることができません。 その中心の位置で、文総裁はそのすべての条件を清算してしまわなければなりません。個人で清算し、家庭的に、氏族、民族、国家、世界、そのサタンの頭をすべて自然屈伏させなければなりません。愛することによってです。分かりますか? 怨讐を愛すれば国境はなくなります。 ですから、先生は監獄に行っても国境(境界)を考えず、わたしの行く道においては、監獄の国境もわたしを制御することはできないということです。ありとあらゆることをしました。机の四本の脚を抜いてたたいても、その机の脚が折れてしまうのであって、わたしの骨は折れませんでした。強い人なのです。分かりますか? 今でも丈夫でしょう? (「はい」) きょう、今ここで相撲をとっても、わたしが三分の一の人はひっくり返すことができます。(笑い)だからといって、一度に列をなしてするのではなく、年齢別に代表してすれば間違いないというのです。 数十年前に統一教会の信者を集めて漢江の川辺に行き、「わたしに勝てる人は出てきなさい」と言ったとき、出てきて皆、わたしに負けたでしょう? 負けましたか、勝ちましたか? (「負けました」)。わたしは勝ったことはないと思いますが? (笑い)相撲をしても、運動をしても、釣りをしても、何をしても……。一日中、連れ回して投網打ちばかりするので、「先生の足が折れたらよいのに」とまで言った人がいるという話を聞きました。(笑い) 一日中会いたくて、一年ぶりに、二年ぶりに来て先生に会えば、聞きたくない話も聞き、悪口でも一言、言ってくれれば解怨されると思うのに、一日中釣りをし、投網打ち……。一日中するのです。どれほどおなかがすき、どれほど疲れるでしょうか? 一度、自分で投網を持っていこうとしても十メートルも行くことができないほど重いものを使って一日中するのですから、力も強いでしょう? 女性たちは、もちろん同情もしますが、後で「ええい、足でも折れればよいのに」と言うかもしれません。(笑い)ですから、わたしは女性から悪口をたくさん言われ、「理解してくれない」と悪口を言われ、あらゆることをされたのです。 この女性というやっかい者が、どれほどわたしを困らせたか分かりません。そうなのです。そうですか、そうではないですか、女性たち? (「そうです」) 大転換四位基台。四位基台を知っているでしょう? 入籍統一祝福式です。すべてが完了します。今やサタン圏は屈伏するのです。ルーシェルは、神様と真のご父母様と人類に降伏しました。問題は、その残兵たちです。それをどのように処理するのですか? すでに霊界大祝福以降にサタンまで屈伏したのですが、その敗残兵が問題なのです。敗残兵を整理するために、聖子たちが持っている宗教圏の三分の一を祝福しました。その三分の一が地上に降りてきて一つになることによって、家庭の周囲にいるすべての手下を追放してしまうのです。 今からそのように理解してください。周辺に数多くの先祖たちが来て自分の囲いになるのです。今までの宗教圏を中心として、地上の自分の特別な宗教団体に降りてきて協助することができるのです。上下が一つになり、左右が一つになり、前後が一つになるのです。皆さんの決心いかんによって、環境条件は整備されます。ですから、信じて命令すれば、サタンの残兵たちはすべて退いていくのです。分かりますか? (「はい」) 大胆に、強く雄々しくあれ、というのです。天下にわたしたちを妨げる者はいないので、わたしたちに勝利できる者はいません。理論ならば理論的に、力ならば力、体制なら体制を備えた訓練が、世界のいかなる国より……。 アメリカ国務省も、アメリカ国防総省も、わたしたちを凌駕することはできません。訓練したのです。一年に百十三回、他の国が二年かかってすることを一週間に二度ずつして十分にやってのけました。統一教会には、そのような組織力があるのです。分かりますか? (「はい」) そこに及ばない自ら自身を初めて知ったのなら、そのまま追い込みなさいというのです。そのような位置の基準に到達しなければなりません。エバの国……。母親は、何回も死んで、骨までも削って子女たちを育てることができるように食べさせて、生かさなければなりません。分かりますね? (「はい」) それでは、神様と真の父母とは、だれですか? 真の父母とはだれですか? 天のお父様です。真の父母というよりもお父様です。分かりますか? 真の父母の血が、神様の血がわたしの心に入っていて、神様のみ言と真の父母のみ言は「最も貴いものは真の愛だ」ということであるがゆえに、真の愛という言葉を聞けば、体が大きくもなり、小さくもなるのです。 喜んで大きくもなり、神様のことを思えば悲しくて小さくもなるということです。どこに行っても拍子を合わせられないものがない、という人にならなければ、神様と真の父母の血筋を受け継いだ直系の息子、娘になることはできますか、できませんか? (「できません」)。できますか、できませんか? (「できません」) それでは、「できない」と言うことのできる人になりますか、「できる」と言うことのできる人になりますか? (「できない」と言える人です」)。「できない」と言うことのできる人になろうと決心する人は両手を挙げてください。わわわわ。拍手しましょう。(拍手)どれだけ美しいか写真を撮ってください。 神様は、わたしたちのだれだというのですか? 真の父母であり、真の師であり、真の王です。アダムとエバが堕落しなければ、アダムの一生において何をするのかというと、真の父と母の役割をするのです。 それから祝福をして、国が行くべき道を代身して代を受け継ぐようにし、それからアダムは何かというと、師の責任を果たし、それから王の責任を果たすのです。国を導くことのできる立場に立ち、地上天上天国の道理を明らかにする生活をしなければなりません。 縦的な真の父母であられる神様と横的な真の父母であるアダムが一つになり、一生を通して真なる父母の道を見せてあげ、真なる師の道を見せてあげ、真なる王となる道をアダムの一代において見せてあげていたならば、その後孫たちは、そっくりそのままその伝統を受け継ぎ、アダムが見せてくれた家庭完成、国家完成、天宙完成、ために生きる道理の道が歴史的伝統としてこの地上に現れていたはずです。ところが、堕落によってすべてが失われてしまったのです。 ですから、先生がこのことをしなければなりません。生まれて成長すれば、家庭完成しなければならず、国を取り戻さなければならず、世界……。言い換えれば、長子権復帰、父母権復帰、王圏復帰の責任をアダム一代において完成できなかったことを、数千万年の歴史を通じてこれを合わせて神様の前に納品するのです。アダムだけを納品することはできません。 旧約時代に失敗したことを修復しなければならず、新約時代の失敗、成約時代に失敗したことを……。旧約は万物をサタンと分け合って所有しました。天は十分の一です。それは無念なことなのです。イエス様は、一から始めてすべて分かれてしまいました。 真の父母は、家庭理想を中心として、すべて崩れてしまいました。大韓民国の民族が分かれたことも、既成教会の旧教と新教が先生を迎えて侍ることができなかったことによるのです。それゆえに、先生の家庭も壊れていき、聖進の母親を中心として一つになることができるはずだったものが、すべて壊れてしまったのです。 家庭も壊れていき、息子、娘も壊れ、離婚という悲惨な歴史を再び復帰しなければならないという……。それを再び取り戻し、十四年目に新しいお母様を立てて、四十年間の歴史を経て蕩減してきたのです。九五年までです。分かりますか? 六〇年を中心とした四十年間を中心として、家庭的蕩減路程を抜け、地上天上天国……。モーセが八十歳で出発したのと同じように、先生の代でも八十歳代を中心として、分かれたすべての地上世界と天上世界を整理し、今からは行く道の前にサタンの反対もなく、ジグザグもなく、カーブもなく、完全に高速道路として一方通行で行くことができるのです。皆さんは、そのような観を持っています。 個人がどのように完成し、家庭がどのように完成し、氏族と民族、国家がどのように完成し、世界がどのように完成し、神様がどのようにして王の王となられるのでしょうか? 解放された千年万年の太平、盛大の時代における愛の主権の前に、愛の父母となり、愛の師となり、愛の王となり、愛の王の位置に立ち、個人的にできなかったことを天地全体を代表して、そのような価値をもった位置に立ててさしあげるのです。 そのことによって、そこで初めて神様の埋められた歴代の恨を越えて、解放された愛の勝利の王となられ、夫婦の代身、師の代身として、すべてのものを完成して初めて、そこで解放され、安息され、千年万年、永遠に永続する解放の地上天上天国が永遠に定着するのです。アーメン。(「アーメン」) それゆえに、アダムが家庭を通して真の父母となって、国を建て、国を建てることを教え、天地を立てることを教えてくれるのです。この真なる父母、真なる師、真なる王の位置をすべて見せることができなかったので、来られる主はこの三大使命である長子権、父母権、王圏を一代で整備し、地上天上天国を成し遂げ、兄弟とともに列をなして天国に入っていくのです。 そして、神様をお迎えし、天の国の建国を中心として、皇族とその権限を中心として、この万世、万宇宙、万物まで共に和合しながら、愛の主権の懐に抱かれ、永遠の福楽を享受することのできる解放された民族が暮らす所が地上天上天国だったのです。アーメン。(「アーメン」) 金日成の三大主体思想は、何ですか? 自主性、創造性、意識性です。それを三大主体思想と言うのです。しかし、それは人間を中心とした思想的内容であって、血統を中心とした愛の内容ではありません。それは過ぎ去っていくのです。分かりますか? この永遠不変の真の愛を中心とした、真なる父母、真なる師、真なる王の位置をアダムとエバが相続することができませんでした。ですから、真の父母が来て長子権復帰するためのものが、共産世界と民主世界です。唯心論と無神論であり、それから国家時代を中心として南北に分かれているものです。これらを統一するのです。国のためにです。この峠を越えていくのです。 それから、国連を通して世界天国、天上天国の天国民となることのできる道をすべて示してあげました。この国さえ一度に……。国が受け入れなければ、以北や南韓は切ってしまうのです。わたしは、韓国(韓半島)で生まれたということも言わないでしょう。韓国の代わりの国をすべて準備しているのです。分かりますか? ですから、文総裁が与えたすべてのものを、この国が受けることができなければ、国連に行って、さっとつくり……。今、この十月から教育が始まるのです。 超宗教超国家連合は、神様を意味するのです。宗教を超越し、国家を超越するのです。超宗教超国家連合の唯一的な統一思想を中心として、国連の名とともに教育します。国連の名で「教育を受けなさい」という命令が来るのです。分かりますか? そのとき、あなたたちは、世界のどこにでも行くことができるように国境を解体してしまわなければなりません。国境がない……。祝福家庭は、どこにいてもその場所で教育しなければなりません。十か国か、二十か国を集めて教育してみなさい。すべて溶けて一つになります。 そのような解放の世界のために、前進する、そのための準備の日を十二年前に立てたのですが、それを実践することができる定着の時代を迎えたことを感謝する時間が、開天節を祝賀するきょうのこの日だったのです。アーメン。(「アーメン」) 「わたしは真の父母にならなければなりません」。言ってみてください。(「わたしは真の父母にならなければなりません」)。さらに、「わたしは真の師にならなければなりません」(「わたしは真の師にならなければなりません」)。「わたしは真の王にならなければなりません」(「わたしは真の王にならなければなりません」) 天の皇族の継承者であり、師の継承者であり、真の父母の継承者が“わたし”なのです。天下にだれも妨げる者はいません。分かりますか? 神様の直系であり、アダムとエバの直系の息子、娘なので、わたしたちが行く道には天上天下のどこにも妨げる壁はなく、自由解放天国を率いて暮らさなければなりません。 その主人の歴史を皆さんの環境に残して、環境さえ消化すればよいのです。国家的メシヤです。分かりますか? 家庭的メシヤ、氏族的メシヤ、国家的メシヤの三段階さえすれば……。今ではもう、国家的メシヤも定着して暮らしているので、家庭的メシヤになることによって、金氏なら金氏一族が祝福を受けていなければ……。 年を取った人はやめてください。五十以上の人や結婚している人はやめて、若い人をつかまえて「三日だけ教育を受けなさい」と言うのです。(教育をしておいて)「祝福を受けますか?」と言えば、全員「受けます」と答えるのです。 強制するのではありません。耳で聞こえ、目で見ることができるのなら、「見てみなさい」と言うのです。鼻でにおいをかぐことができ、手で触ることができるのなら、「触ってみなさい」と言うのです。間違いなく、統一教会の夫婦がりっぱであり、統一教会の家庭制度がりっぱであり、統一教会の理想が神聖なのです。神聖なものに従っていくべき人生の本性的な本能がある限り行かざるをえないので、だれもがその道を行って天の国にすべて帰属することができるということを知らなければなりません。万民救援です。それで、宗教がなくなります。宗教が必要ありません。生きている間に大きなオリンピックをするのです。 今回のシドニー・オリンピックのマラソンで韓国人が勝つと言っていたのに負けてしまったのですね。何ですか? 二十四位ですか? ビリと同じことです。気分が悪いです。わたしが走れば、二十四位よりもっと早く走るかもしれません。(笑い) わたしはこのことを悔しく思いました。わたしが統一教会の人たちにマラソンの訓練をすれば、三分の一の人は、世界の人々の中で賞を取ってくるかもしれません。そうではないですか? それで、ブラジルにサッカーチームを二つつくりました。それを誇るのです。それからヨーロッパに二チーム、ロシアに二チーム、アフリカに二チームです。六大州にそれぞれ二チームずつつくって十二チームを持てば、世界のどこでもチャンピオンをつくることができます。このような準備をしているのです。分かりますか? (「はい」) それだけではありません。学術世界もわたしたちに残っています。一九四五年から六十年を過ぎて七十年間さえ越えれば、韓国に天才的な人々がたくさん現れるのです。天が送ります。 今後、新世界を創建して、すべての分野において世界を指導することができます。韓民族が世界的になるのです。それゆえに、皆さんが精誠を尽くしてそのような息子、娘を生むのです。そのような父と母になることができるように精誠を尽くしてください。 何もないのです。すべて否定しなさいというのです。否定して、あるものはひとえに神様だけであり、真の父母だけであり、神様の愛、真の父母の愛です。真の愛を中心として、ために生き、ために生き、さらにために生き、投入して忘れてしまう、そのように精誠を尽くす生活をする夫婦が暮らす所には、何もありません。 エデンの園で布団を敷いて寝ましたか? 裸でごろごろと寝たのです。そのような立場でも、それ以上に天を……。そこで天の国の王宮を代身して神様に侍り、真のご父母様に侍ることのできるわたしたちの家になります。このように約束するでしょう? (「はい」) 間違いなく約束する人は、きょうの開天節を中心として、両手を挙げてください。立ってください。宣誓する人は力いっぱい宣誓してください。三回です。お誓いいたします。 (「お誓いいたします」)。お誓いいたします。 (「お誓いいたします。」)。お誓いいたします。 (「お誓いいたします。」) 神様の祝福があることを願いながら、きょうの祝賀記念式に代えさせていただきます。(「アーメン。」)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.12.10
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三時代大転換四位基台の入籍統一祝福式二〇〇〇年九月二十六日、韓国の天宙清平修錬苑にある天城旺臨宮殿で、真のご父母様は第一次の「三時代大転換四位基台の入籍統一祝福式」を挙行なさった。祝福式に参席した祝福家庭は、すべて入籍に向けた祝福家庭婦人の二十一日特別修練を終えた家庭で、三六家庭から順番に全祝福家庭に四位基台の入籍統一祝福式の恵みを下さった。 きょうの主題は何ですか? その内容は何ですか? 三時代大転換四位基台祝福家庭の入籍祝福統一式です。心と体の統一、夫と妻の統一、父母と子女の統一、家庭と氏族の統一、氏族と民族の統一、民族と国家の統一、国家と世界の統一、世界と天宙の統一、天宙と神様の統一です。天宙統一です。国境という国境がすべてなくなったというのです。 皆さん自身が心と体のうちで一つになりましたか? なっていないでしょう? 個体が撤廃されていません。この国境線を誰が引いたかというと、神様ではありません。サタンが引きました。国境線があるのは、誰のゆえかというと、サタンのゆえにできました。ですから、国境線を撤廃しなければ、サタンはいなくなりません。 心と体の国境線、夫婦同士の国境線が多いでしょう? また、父と母、息子・娘を中心としてすべて自分を中心として愛せよと言います。反対になっています。ですから、二人がともに自分のためにと言えば、国境線ができます。自分のためにと言うところには、必ず国境線ができますが、その国境の主人がサタンなのです。 ですから、国境線のあるところには、サタンが生まれてくるので、サタンが生まれてくるところには、神様がいらっしゃることができないのです。それでは国境線が先にできましたか? 神様が国境線のないときに、愛を中心として住まわれたことがあるかというのです。神様が愛することのできる人は誰ですか? アダムとエバの万人息子・一人娘ですが、一人息子・一人娘を抱いて神様が愛してみたことがありましたか? 愛することができなかったのです。 アダム、エバの結婚式は、その主人が誰ですか?堕落しなかったならば神様となります。では、アダム、エバが初夜に愛するその愛の主人は誰ですか?神様です。そうであるなら、私たち人類の堕落しない先祖は何ですか? 主人ではありませんか? これをはっきりと知らなければなりません。神様は縦的な主人です。私たち人類の先祖は横的な主人です。人間が絶対に必要とする愛も、神様が絶対に必要とされる愛も、同じ愛ですが、絶対に必要とする愛を抱くには、神様を除いては絶対愛がありません。 神様の属性には絶対性・唯一性・不変性・永適性があります。ですから、神様が人格者といえば、どれほど長く生きられますか? 絶対的に生き、唯一的に生き、永遠不変的に生きることができるのです。 ですから、その愛の相対が誰かといえばアダム、エバです。アダム、エバは何をする人ですか? それを知らなければなりません。父母は息子・娘がいなければ、父母として息子・娘を愛することのできる主人の立場を永遠に見いだせません。それでは、神様を父にしてさしあげられる、主人にしてさしあげられるその者は誰ですか? 神様ではなくアダム、エバだったのです。息子・娘だったわけです。 絶対的な神様を主人にしてさしあげられる、そのような愛を築ける主人が誰かというとき、それは神様ではありません。誰ですか? お母さん、お父さんを主人にしてさしあげられるのは、お母さん、お父さんではなく、息子・娘がそうしてあげるのです。どんなにお母さんになって、お母さん、お父さんの愛を感じたくても、息子・娘がいなければ、永遠に愛を感じることのできる道がないというのです。 三時代とは何ですか? 三時代は旧約時代・新約時代・成約時代です。その三時代が失敗してきましたか、成功してきましたか? イスラエル民族が、旧約時代に旧約を中心として信仰生活を出発したその時代が、いつの間にか四千年が過ぎました。四千年が過ぎて約束したのが何かというと、メシヤを送ることです。 話の結論をつけるべきでしょう。三時代大転換四位基台の入籍統一祝福式です。祝福統一式と言ってもかまいません。それはどういう意味ですか? 三時代が何かというと、旧約時代・新約時代・成約時代です。それが四位基台になっていないので出てきました。人類先祖が旧約時代に、宗教が出てくる前に、神様だけが知るその時代において、夫婦となって真の父母になるのが、神様が創造した目的でした。 アダムが真の父母になりましたか、なれませんでしたか? 真の父母の家庭に父母が現れなかったので、国を相続して神様の国を建設できる氏族がなくなりました。氏族がなくなったので、氏族と民族と国民がなくなったというのです。これは神様が願われないことなのですが、その駄目な結果をもたらしたのは、アダム、エバが時ならぬ時に火遊びをしたからです。火遊びという言葉を知っているでしょう? 男性、女性たちが火遊びすることを何と言いますか? 愛は火より恐ろしいですか、恐ろしくないですか? 愛を誤まれば血族が曲がってしまいます。すべて壊れていきます。いくら国が素晴らしくても、国の伝統がすべて崩れてしまうのです。神様の立てた伝統、真の父母の伝統、真の家庭と真の血族の伝統が崩れたのです。 三時代大転換四位基台の入籍祝福統一式です。旧約時代に真の父母がいませんでした。新約時代に真の父母がいませんでした。成約時代に真の父母がいませんでした。すべて失敗したのをつづり合わせて三時代を転換、引っくり返して打ち込むのです。転換四位基台の入籍統一祝福式です。統一です。天地統一、夫婦統一、心と体の統一、民族統一、神様と真の父母の統一です。これが最後です。 祝福が問題ではありません。アダム、エバが入籍するときは、一つの家庭を中心として入籍しましたが、今は数千万年の歴史時代にからまった、失ってしまった天国のすべてのものをいっぺんに探すのです。一代、二代、三代の先祖から縦的に失ってしまったものをずーっと探して、横的にはめ合わせるのです。(二OOO年九月二十九日、天城旺臨宮殿) 三時代大転換四位基台の入籍統一祝福式というのは、何の祝福式かよく分からないでしょう。霊界を知らず、霊界の伝統を知らず、神様を知らず、また天の国がどうだということを知らなくては、何のことか分からないでしょう。皆さんがこの内容をすべて知るには、多くの精誠を尽くさなければなりません。このような日が到来するまで、神様がどれほど精誠を尽くされたかを知らなければなりません。 アダム、エバの夫婦は、誰の夫婦ですか? はっきりと知らなければなりません。神様が家庭を持ちたくて、天地万物を創造されたのを知っているでしょう? 神様は霊界に行っても見えません。皆さんが霊界に行けば、相軒氏が送ってきた内容を見ると、見えないというのです。先生のみ言の主題別精選十一巻、十二巻の『地上生活と霊界』の内容を見ても、神様は見えないと言っているのです。 また、そこで語った全内容について、地上で生きて何も知らずに逝ったのです。先生が教えてあげた内容もよく信じて逝けませんでした。相軒氏も一〇〇パーセント信じられなかったのです。先生が「右手は霊界をつかんで、左手は地上をつかんで一八〇度回しておかなければなりません」と言いましたが、そのような言葉をいかに信じますか? 信じられなかったのが、行ってみると間違いのない事実なので、どれほど驚いたことでしょう? 霊界論を解決するために苦心したのです。国際科学統一会議(ICUS)八分科の委員長として哲学者、宗教家、すべての者たちが質問すれば、(相軒氏は)答弁する立場ですが、いちばん難しい質問が何かというと、霊界についての質問なのです。霊界について聞かれたら、知らないので、もどかしかったというのです。 ですから、彼が考えたのは、何としてでも地上にいるときに霊界論を調査してから、霊界に行ってその内容が合っているか否か検証して残そうとしたのです。それが生涯の目的であり、自分が研究した出発、過程、目的のすべてがそれでしたが、その仕事を明かせないのでどれほどもどかしいでしょうか。はっきりしないので、明かせなかったというのです。ところが、行って先生の教えと霊界のすべての内容を対照すると、間違いなくそれが一つになっているので、どれほど忙しかったか分かりません。 それで四十日間……。皆さんもそうです。死ねば四十日間は場所を定めて定着できません。地上世界と天上世界を行き来しながら、先祖たちや自分の師匠とか、宗教を信じた者は、教主とかその方の案内を受けながら、地上に合っているか、天上世界に合っているかと言って、数か所を巡るのです。上・中・下と同じように中間にいれば、上を知り、下を知らなければなりません。 天・地・人で、人が真ん中にあるので、真ん中にある人が天の国を知り、地を知らなければなりません。死ねば故郷に、祖国の地に戻っていくのです。祖国に戻っていくにあたり、天の国と今現在と未来の世界が関係を結ぶには、霊界のどの位置に行く身分なのか、地上でいかなる立場だったかというのを付き合わせ、その位置に行くようになっているのです。それで四十日期間は絶対に必要なのです。 ですから、救いの摂理、復帰摂理の歴史においては、四十数がいつも問題となっています。イエス様も四十日後に復活、昇天しました。誰も霊界の四十日過程を経なくては、永遠なる世界に定着できないのです。そのためには四十日間の定着できない期間に霊界、肉界を自在に往来します。四十日後に決定して霊界にまさに行くようになると、地上に来られません。ですから、四十日間にこうした霊的な現象とか、地上で自分が研究できなかった霊界の総概論を紹介して、骨髄的な内容を最小限の期間内に伝達しようとするので、どれほど忙しかったか分かりません。 霊界というのは、小さな韓国の地や地球星ではありません。数千万倍の無限なる世界です。膨大なる世界です。人が住むのも、地獄から天上の宝座のてっぺんまで連結されていますが、必要な段階をすべてチェックしなければなりません。どれほど忙しかったかというのです。忙しく比較検討した結果が間違いないので、先生に報告したのです。また、先生もその仕事を命令しました。霊界に行くなり、四十日間を中心として、霊的世界と地上世界の総評を中心として、報告するように命令しました。 報告を受けてから、神様の承諾を受けなければなりません。報告したからといって勝手にはできません。神様を中心として霊界に知らせながら、地上の真の父母も知って、すべて知っている中で、その事実を記録して送ったのが『霊界の実相と地上生活』のメッセージであることを知らなければなりません。 ですから、これは経書の中の経書です。世の中に多くの経書がありますが、これは経書の中の経書なのです。歴史以来、堕落した人間が誤ったその日から、これまで霊界の事実を伝授された所がありません。その教えを解くことのできる宗教がなかったのです。また、それを教えるには、地上の上で勝利的な基盤があり、その勝利的な基盤を中心として、天の不完全な部分を正さなければならないのであって、勝利的な基盤なしに天の不完全な部分を知っても、それを正す道がありません。真の父母が来られて、地上の上ですべての不完全なものを蕩減し、整理しておいたので、それを中心として霊界が合っているか、合っていないかと言って、正さなければなりません。 霊界を見ると、これまで先生が教えてあげた理想天国の内容はありません。天国に祝福された家庭がないのです。神様を近くに侍って暮らす家庭がありません。イエス様までも楽園にいます。楽園が何かというと、天国に入るための待合室です。天国に入っていく待合室ですが、行って暮らす者が、男性ならば、男性として分かれて住むようになっています。夫婦というのはいません。 なぜでしょうか? 神様の血統を中心として、神様と一体となって夫婦の関係を結び、息子・娘を生んでいたならば、神様の血族なので、天の国、アダム家庭から一代先祖、二代先祖、三代先祖としてこれまで数多くの先祖たちを通じて生まれた人類のすべての先祖が、天の国に定着して占領したことでしょう。ところが、堕落することにより逆になっているので、天の国は完全に空になっています。 楽園を中心としてすべて保留にしておいたのを、真の父母が来られて地上整備した基盤を通じて、地上が完成してこそ、霊界が完成するのです。地上個人完成、地上家庭完成、地上氏族・民族・国家・世界・天宙まで完成した基盤になってこそ、神様の理想天国が成就するわけです。 堕落したので、万人の家庭から、一つの家庭から氏族・民族、すべてがサタンの一族になりました。血筋が異なりました。血筋が異なったのです。例えば今晩、結婚しようとするのに、結婚式を挙げられる準備をしておいたのに、宴の準備と生活ができるように完全に準備しておいたのに、新婦が別の男とくっついて堕落したのです。 絶対愛・絶対純潔を願われた神様が「ああっ!」と言われたのです。考えみなさい。天使長によって堕落したのです。この地上で韓国の民どうしで娼婦になって体を売るとしたらまだましです。人の数にも入らない、霊的な一面だけ持った天使長と堕落したので、これは何と言いましょうか? 相手もできない血筋を受けたというのです。それを神様が来られて、「私の愛とか何とか、私と約束したから」と言われるでしょうか? ぺっ! つばを吐いてしまうのです。地獄に逆に投げ入れてしまったのです。それで、神様は堕落した世界の者を愛することができません。 そのような人間像が、何かの理想とか、何かの天国とか、夢のような話をしてはいけません。そのように故障して、ひっくり返ったのをどうやって正しますか? 三六〇度、円形的にひっくり返して打ち込んだのに、東西南北が異なったのに、東西南北を合わせて、三六〇度を合わせる者は誰かいますか? 神様のほかには知りません。サタンもよく知りません。ですから、神様の秘密を悟る前にはサタンを屈服させる道理がありません。 それでは文総裁は、何をする人でしょうか? 神様の秘密をもって、サタンを叩きつぶす大王様です。本当に、自分が大王様だと言う者は本物でしょうか、偽者でしょうか? そうしたみ業をすべて成就したので、偽者と言っても、どうすることもなしに本物になるのです。私の言っていることが分かりますか? 世の中が違うと言って、世の中がどうこう言っても、偽者だと言っても、全部偽者をいちばん以上にやれば、本物の中心になるのです。 文総裁がこれまで統一教会をつくって称賛されましたか、反対されましたか? 反対されました。統一教会をつくらなかったならば、文総裁は監獄に行くような真似をしませんでした。何度、監獄に行ってきましたか? 六回です。とんでもない! それでは前科何犯ですか? ざっと六犯以上になります。出たり入ったりしたのは数百回になります。 できがよくてそうしましたか、できが悪くてそうしましたか? できがよくてそうしたのです。どれほど立派でしょうか? 神様より立派だというのです。なぜですか? 神様はご自身が定着できません。どんなにお父さん、お母さんが孝行者に孝行されたくても、お父さん、お母さんが孝行者の立場を果たす道理はありません。お父さん、お母さんが孝行者のお父さん、お母さんになっても、お父さん、お母さんが孝行者の主人たる資格を持つのは、永遠に不可能なのです。これは何のことか、はっきり知りなさい。 入籍とは何かというと、神様が私たちの本当のお父さん、お母さんにならなければならないということです。神様を本当のお父さん、お母さんだと思いますか? 神様が何をして暮らされるか知っているかというのです。皆さんは、耳が不自由で、外見は見えるようで実際には目の見えない人なのです。そのような人たちに私がどれほど「私に似なさい、私に似なさい」と言って、苦労して教えてあげましたか。それで、耳が通じて、目が開いて、聞くことができ、見ることができるのです。 統一教会の信徒は、先生の顔を見ると笑いますか、泣きますか? 道すがらに先生に突然会えば「あっ!」と言って泣きますか、嬉しくて笑いますか?(「嬉しくて笑います」。)嬉しくて笑いますが、会った後には、泣きますか、続けて笑いますか? 泣くときは、神様が離れるということを知らなければなりません。泣くときは、神様が離れて、先生と離婚するのと同じです。永遠に離別するのと同じです。 笑うときには、神様が訪ねてきて再会、再び会うのです。夫妻どうしでけんかした後には、和睦して会えば、その朝は気分が良く、その晩はさらに気分が良いのです。祝福した群れなので、そのような話をすれば、皆分かるでしょう? 晩にはなぜ、気分が良いですか? 新郎新婦として会うからそうです。ですから、二度目に会うときは、うれしくて純白の蒼い影が差しますが、その翌朝になると次第に深まっていくのです。 神様には妻がいますか、いませんか? 神様はあの世でも見えないのに、いるかどうかどうして分かりますか? 中継者が必要です。自分が知らないのをそのようにうまく取り合わせて、事実かどうか分かりませんが、暮らしてみると自分の秘密がすべて詳しく分かります。金孝南長老にきのう、何と名前をつけましたか?訓母と言いました。訓母、教えるお母さんです。 何を教えますか? 地上でのことはすべて知っていますが、霊界のことは知らないので教えてあげるのです。そうすれば、大母様なり忠母様なり、中間の立場に立って、天の国の便りしか伝える道がありません。伝えようとするので、心的な世界は通じますが、肉的な世界は通じません。心の世界を見て、聞いて、触って、そのようにできますが、体の世界は別の世界に落ちていったので、二つの世界に通じる者がいないのです。 精誠を尽くして道通するという、道通できる立場なので、聞いて、見て、触ってみて知るのです。五官が通じるので、臭いを嗅いでみると、臭い臭いかよい香りか分かり、触ってみるので、とげだらけか、すべすべか分かるのです。感じのよい五官の感触を感じることができ、すぐに良し悪しを判断して、教えてあげるのです。 教えるというのは、み言を中心として流れていくのです。谷間さえ見つければ流れていくのです。「み言の言」に「川」という字なので、流れていくのです。み言も流れていくのです。訓読! 訓読するときは、み言を売るのです。訓読会、み言は流れていき、み言は売らなければなりません。売るのに、人のものを売るなというのです。人のものをもって売れば泥棒です。 お父さんのものであっても、お父さんの承諾なしに持ち出して売れば、泥棒になるのです。お父さんの承諾を得たならば、それをどこに持ち出して売っても泥棒ではありません。承諾をもらわないで売れば、贓物罪となって刑務所に行きます。それは分かるでしょう? 訓読という言葉、み言は流れるものですが、自分を中心として静止してはなりません。四方に流れていかなければなりません。水が流れるようにするのです。「読」という字は何かというと、み言を売るというのです。これが「売」という字です。み言を売ります。売るのに泥棒して売るなというのです。私が実践して私のものとなってから売らなければなりません。 訓読会! 世の中で訓読会というのは、統一教会だけが備えている会なのです。何を教えてあげるのかというのです。天理のすべての秘密を備えた真なる真理を教えてあげます。真理を教えてあげるのに、真理は天のてっぺんから天下のどこにでも及ばない所がなく、すべて潤さなければなりません。水は低いところにはどこにでも流れていきます。 水はてっぺんからあの深く深い地獄の底、また底、千道、万道、億道も流れて下っていき、満たして上がってくるのです! 偉大なる占領をすることを知らなければなりません。空気がいくらなくても満たしに満たして、すべて満たしきったら休みません。世界を旅行するのです。水もそうです。水もすべて満たした後には蒸気となって、雲となり、世の中を遊覧するのです。 日光も同じです。深いところから満たすと、「世の中の天地に私が通じない所がない」というのです。空気も語り、水も語るのです。「世の中の天地に私が占領しない所がない! 私にすべてが占領された! アーメン!」と言うのです。「アーメン」と言うとき、「神様、私の心の畑に降りてきてくださいませ!」と言うのです。 神様はそうしなければなりません。神様は地に対して祈祷されるのです。地に対して孝子を探すのは、精誠を尽くす息子・娘たちが忠臣と孝子の道を行くのと同じです。真なる父母になるため、真なる夫、妻の立場で地に対して祈っています。「お祈りいたします、お祈りいたします。地上天地に孝行息子の家庭、孝行娘の家庭が現れるようにしてください」。それが父なる神様の願いではないでしょうか? そういうときは「はーい!」と言わなければなりません。 「よし、そうだ! 喜ばしい! そなたたちの懐には食べ物がないであろう? 手を広げてみなさい!」と言って、無限に与えてくれるのです。その心がいくら疲れて、空になっていても「広げて!」と言って、愛の風呂敷にぎっしりと詰め込んで、越えに越えて、世の中を覆い、白頭山、ヒマラヤ山脈のエベレスト山頂までもすべて埋めて余りあるのです。 それで雲と雨は空中から来るのです。高気圧は高いところから低いところに来るので、流れていき、深い谷間を飛ばさないで一様に分け与えるのです。太陽の光も同じです。このように流れる中で、速度がいちばん遠く、何と言いましょうか? 水がざらざらならば、油というのはどれほど滑らかでしょう? 愛が波のように流れるのに、滑らかなのがいちばん、絶対ナンバーワンです。 ナンバーワンと言うときに万人だけやってはいけません。私たちの家庭はナンバーワンと言うとき、女性は右側にナンバーワンと言い、男性は? 相対にならなければならないでしょう? 男性が左側になれば女性は右側になり、女性が右側になれば男性は左側になるのです。男性が右足ならば、女性は左足ですが、「男性が行くとおりに行く」と言って、右足を出せばどうなりますか? 十里も行かずに足が折れて死にます。足を傷めて死ぬのです。それがすべて調和しなければならないのです。 調和できない人は、かわいそうな人です。軸に差し込まれますか、軸に差し込まれませんか? 軸に差し込まれなければ、どんなにかわいそうか分かりますか? これは動的に平たいのに、このようになって、どれほど大変でしょうか? どれほど損害でしょうか? いくら上がっていきたくても、中心がなければ上がっていく道理がありません。ちょうど真ん中では中心があって、つかんでこそ定着するのであり、中心がなければ、どのようになりますか? 永遠に正す道がないのです。世の中の道理が、中心を中心として、東西南北に回るか、行ったり来たりするのであり、中心がなければ行ったり来たりするのは、すべて無駄なことです。千里万里を行ったとしても、行ったのか、行かなかったのか解決できません、中心がなければ。 統一教会も中心がなければなりませんか、あってはならないですか? なければなりません。中心が誰ですか? お父様ですが、お父様の中心は誰ですか? 神様です。神様の中心は何ですか? 真の愛です。 真の父母の入籍家庭に対する訓示です。教示は教える学校、教室で必要なものです。み言というのは訓示です、訓示。永遠に守るべき言葉です。主題が「真のご父母様の入籍家庭に対する訓示」です。指示事項、訓示の内容なのです 一つ目は何だと思いますか? 堕落以後の恨が何かというと、血統を汚しました。それで一つ目は純潔なる血筋をいかに永遠に千代、万代に残すかということです。もう二度と女性の三角地帯、男性の三角地帯に堕落があってはなりません。その影も見たくないというのです。それが愛のセンターです。本宮です。生命のセンター、本宮です。血統の本宮であり、良心の本宮です。国の、世界の本宮です。天地の、神様の解放をできる本宮! それを汚しました。恥を知らなければなりません。 すべて地獄の底に逆さまに打ち込まれているのを、先生がありとあらゆることをして引き出したのです。それを引き出すため、どれほど興進君が苦労したかを知らなければなりません。 一つ目が何ですって? 純潔なる血統を死守しなければなりません。皆さんは今や、息子・娘の教育を徹底してやらなければなりません。そんな姿を見せるなら、飢え死にするほうがましです。揺れ動く世界に足をかけて、目をかけて、五官が内外にすべてかかっています。それをやっと断っておいて、解放された家庭という立て札を打ち込んだのに、この周囲には千層万層のサタン世界が張り巡らされているのです。小さな隙間でもあったら、サタンの愛が入ってきて、サタン世界の空気が入ってきて、サタン世界の光が入ってきます。サタン世界の愛が入り込んでくるのです。 これを絶対に防御しなければなりません。防御する方法は為に尽くす愛です。自分を考える愛は必ず侵食されます。絶対に尽くす愛! 男性が生まれたのは男性のゆえに生まれたのではありません。女性のゆえに生まれたのです。男性は半分なのです。女性も半分です。二つが共に合わさって、でこぼこが一つになり、完全な輩となるのです。男性が未完成品であり、女性が未完成品です。男性が存在するのは、女性のためであり、男性のためではありません。なぜ? 愛は自分のために始まりませんでした。 相対が愛の主人をつくってくれます。妻が男性に何をあげますか? 男性となって、女性を愛せることを妻が教えてあげるのです。主人です、主人。愛を与えた主人です。また女性も同じです。愛を抱いたのは、女性として男性を愛することのできる主人の立場に立ったのは、男性のためです。愛を見いださせた主人です、主人。夫というものです。 それを勝手にやれば、人のものを勝手にやれば泥棒でしょう。泥棒です。それは村であれ、どこであれ、追放されるようになっています。五官が生じたのは、目が目を見るため生じたのではないのです。全体を、相対を見るために生じたのです。鼻があるのが、自分の鼻を嗅ぐためにあるのではないのです。環境要件を、自分の周囲を保護するためにあるのです。口が語るのも自分のために語るのではありません。自分の利益のために語ってはならないのです。そうするのは天地の原則に背くのです。 語るときには慰労の言葉、教訓の言葉、忠告の言葉、勧告の言葉は必要ですが、自分の利益とするための詐欺の言葉、侵食の言葉、圧力の言葉はサタン側に属するのです。そのようなことをすべて知っているでしょう、原理が分かれば? そのようなことができないと言う者は、どうしますか? ご覧なさい。神様がどれほど悲惨かというのです。エバが誰かというと霊的、肉的に縦横に連結されていたならば、神様の夫人です。心の父である神様の夫人が誰かというと、エバとなり、体の父の夫人もエバです。それでエバも心があり、体があります。心は縦的であり、体は横的です。二重になっているのです。 天地創造の原則が二重になったというのです。それは避けられないことです。この世で対になって愛を慕う存在は、すべて二重になっています。鉱物世界もすべてがそうです。分子ならば分子もプラス分子とマイナス分子に対になっています。植物もおしべとめしべになっており、動物も雄と雌、人間も男性と女性、天地も天と地という具合に対になっています。 五官もすべて対になっているでしょう? 手も対になっています。対応的な対をなすのです。こうして天地の調和がなされます。男性がここに左足を出せばどうなりますか? 右手が交差するでしょう? 交わってこれが一つになります。内外が、上下が合わなければなりません。 相対がなくなれば、行動の結実が現れません。役に立ちません。それが天地の道理です。無鉄砲に言っているわけではありません。先生は数学を勉強した人です。科学を勉強した人です。数理に天才的な頭脳を持っている人なのです。頭が悪くはありません。良すぎて心配です。 私が摂理の願いを成就するため、苦労をご飯よりも美味しく食べてきました。自己主管するには食を断たなければなりません。その次には眠りです。その次には何ですか? 性欲! 美人たちが誘惑すれば、かいば切りで首を切ってしまわなければなりません。私一代に私がプロポーズした女性のほかには、女性に引っ張られていきません。エバが男性を引っ張って堕落しました。ですから、男性がお尻を追っかければ、国を売るのは容易なのです。文総裁にはそれが通じません。 日本にいるときも、そのような歴史が本当に多かったのです。それを話せば日本民族がどんなに操について関心がないか恥じるでしょう。私は女性たちのありとあらゆる悪賢い手にかかってもなびきませんでした。独身の美男が万人で寝ていると、女性が裸で入ってきて「私、死ぬ」と言うのです。「五分だけ話をすれば、死ぬ女性を助けてあげられるのに、それもできないのがどうして男か?」こう言うのです。そのように言うでしょう? しかし、そのようにしてあげれば、どうなりますか? 日本、エバ国家に入り、怨讐の国で独立のために地下運動するチャンピオンなのに。私が下ポのたまりにどれほど行ってきたか分かりません。そうしたことを言わないから知りませんが。 それをいかにしますか? 深刻です! 神様がそのような立場でいかにされるかというのです。修行の世界は、最後に行くと女性と愛の問題で闘わなければなりません。後には何かというと、陽部に陰部をあてがうのです。笑いながら自分の首に力を入れて引っ張るのです。それをいかにすべきですか? そこで男性の生殖器が立ってはいけません。死ななければなりません。そうでなければ神様の息子になれません。それを否定しなくては、天に接ぎ木できる素質がないのです。(二〇〇〇年九月二十六日、天城旺臨宮殿) 真のご父母様の入籍家庭に対する訓示、指示事項 一つ目は純潔なる血筋を、純潔なる血統を永遠に、その下は何と言ってもかまいません。要は純潔な血統を死守せよというのです。「純潔な血統の死守」でもよく、「絶対守護」でもよく、純潔な血統は説明しなくても皆分かります。どんな修飾語をくっつけてもかまいません。 二つ目は何かというと、「一心定着!」一心、神様も一つの心です。心と体が一つの心でなければなりません。そうしたお父さんの心を中心として、男性の心も女性の心も一つの心にならなければなりません。心、体が闘いましたが、一つの心となって、家庭も一つの心です。 お父さん、お母さんも一つの心、息子・娘も一つの心、孫も一つの心、そのようになって定着しなければならないのです。一心定着! 分かるでしょう? 一心、心!「心」という字です。定着! 神様も息子・娘の心が一つになった家庭で定着しようとされたのです。 宇宙が一つの心に定着しなければなりません。夫、妻、息子・娘が一つの心です。きのう、何と言いましたか、先生が? 正午定着と言ったのです。一心、中央にぴったり縦的に立てば、影がありません。そのことです。これは家庭が今から必ずや守るべき訓示です。 三つ目は子女に対することです。子女に対する真の愛の実践教育! 父母が教えてあげなければなりません。子女たちに真の愛を実践することを教育しなければなりません。今やすべて家庭に対する話です。夫婦が純潔を守り、一心が定着しなければならず、その次には子女に対する真の愛の実践を教育しなければなりません。嘘ではありません。教えてあげてこそ従っていくでしょう? 父親は酒を飲んで帰り、母親を怒鳴りつけおいて、父親の言葉に従えと言えば従いますか? 母親は父親をだまして嘘をつきながら「私の言うことを聞きなさい!」と言って聞きますか? それで子女に対する真の愛の実践教育なのです。教育ではなく実践教育です。実践して教えてあげるのです。これを標語にして、字がうまい人に書かせて、かけておかなければなりません。自分がうまく書けるならば書いてみなさい。私が一つ書いてあげたらいいのですが、皆さんの精誠が込められないので駄目です。皆さんが精誠を尽くして書くのです。 その次に四つ目が何ですか? 今から言うことをよく聞かなければなりません。切に願ってこそ記憶するのであり、尋ねてよいものでしょうか? 国境撤廃と交差結婚! 偽りの愛をすることによって、相対結婚が交差結婚になったのです。ですから、反対となる者と結婚してこそ、正されるわけです。引き離して、反対にくっつけなければなりません。ですから、国境線がなくなります。より尽くして怨讐を誰よりも、自分のお父さん、お母さんよりも愛さなければなりません。先祖よりも愛する心がなければ不可能です。神様の心を抱かなければいけないのです。 ですから、四つ目は「国境線の撤廃と交差結婚」です。今や皆さんが結婚するにあたり、霊界においてこれまで結婚させるにあたり、三代怨讐とか、自分の先祖が知っている歴史的な怨讐とか、そうでなければ三時代の国の怨讐となる者と結婚させてあげました。それで柳寛順が日本人と結婚したのを知っていますか? 柳寛順が日本の警官たちによって六つにちぎられて死んだのに、なぜ、その日本人と結婚させてあげましたか? これです。怨讐を愛さなければならないのです。 その国の怨讐の父母が、その息子・娘が結婚すれば、「私たち父母は、怨讐を互いに憎んで、夫妻どうしでお父さん、お母さんを憎んで、皆怨讐視した。多くの国境を抱いて怨讐視したが、君たちは国境撤廃である。縦横にどこでも、その影にでも怨讐に復讐するという心があれば、天国にならない。平和の足場とならない」と言うのです。それで交差結婚しなくてはならないのです。三代を交差結婚させなければなりません。 血筋を交差させて接ぎ木した野生のオリーブの木に真のオリーブの木が接がれ、そこに実を結んだのを三年以後に摘み取って、その後に種を植えてこそ、真のオリーブの木が芽生え始めるのです。どれほど難しいことでしょう。そうした基準を中心として、まさに家庭で本郷の地を探そうとするこの課題の前にどれほど厳粛でしょうか。 もっと深刻な話をしなくてもよいでしょう? どのような怨讐ですか? 自分の国における三時代の皇族たちを、サタンたちがすべて王たちを捕まえて殺すのです。縦的な三代と横的な三代を中心として、三×三=九を中心として、未来の十二人の女性たちをその夫たちが見ているのに、体を汚して、刀で腹を裂いて殺してしまったわけです。そのような怨讐なのです。 そのようなことを見て口も開けられず、涙だけ流したのです。口もきけずに行動もできずに、見て一人で涙を流される神様の心情を誰が知りえますか? 滅びた国の事情を誰が知りえますか? それを知る者たちが自分の血族の血筋を汚すことができますか? 後に男性たちはすべて殺してしまうのです。三十五歳、三十六歳以上、四十歳を越える者たちは。皆殺してしまい、若い赤子と妻たちは僕にするのです。それがサタン世界の伝統的な歴史であることを知らなければなりません。 血統の因縁が、サタンを中心として、怨恨の歴史が絡まっているという事実を知っています。それを解かなければならない文総裁の心、一言だけ話せば慟哭します。天下が壊れうるのです。そうした心を抱いたご父母様の前に孝行娘となる自信がありますか? 孝子となる自身がありますか? 私はないものと見ます。この聖人・聖子の道理を果たさなければなりません。私がそのように自信がないと見て、皆さんには望みをかけません。私がまだ行く道が残っていると、生命をかけて死の場を求めて、峠を越えに越えてみたら、ここまで来ました。 父母を失ってしまい、王権を失ってしまい、天下を失ってしまった王者の姿のどこが楽ですか? 死んで埋められたとしても、地に逆さに埋められなければなりません。願いは何ですか? 惜しいことがありますか? 私は何もありません。お金を一銭でも集めて、昼ご飯を食べずに夕ご飯を削りながら、地を買うために皆さん以上に努力したのです。日本の皆さんの血肉を売ってやったとしても、良心の呵責がありません。 祖国光復、国連の国を私が築いています。私が再整備して汚さない地を築いて、神様に侍り、聖殿を建て、天下を解放して、その場に行って敬礼を捧げて霊界に行くというのです。そこがどこですか? 原初聖地・根源聖地・勝利聖地です。そうした言葉を聞きましたか? 南北が聞かなければ、切ってしまい、国の領土をつくってあげなければなりません。今、手続きしているわけです。 孝子にならなければならないのに、何だかんだと言ってどこにいますか? お父さんの前では同じです。昔、事故が起こり、戦争が起こって逃げて避難して、養子に行った者ですが、知ってみると血筋が同じなのです。兄弟と考えなければならないのです。顔が同じで生活が同じなのです。そのようなことを見るとき、私が夜を徹しながらも教育しなければならないのです。 国境撤廃と交差結婚! 交差結婚は何ですか? 来年から祝福するときは、日本人どうしでは結婚できません。怨讐の国、アメリカの国、それから中国の国と結婚して、ソ連の国と結婚するのです。これをしてこそ……。第二次世界大戦以降に日本の女性や日本の男性たちが損害賠償をしませんでした。敗戦国として土地を売って、女性を売らなければなりません。国が四方に裂かれるのです。しかし、私が防備しました。蒋介石に日本を助けるように言ったのです。それを知っていますか? 死んでからこのような私を好きになるでしょう。 日本を分割しないように言ったのです。なぜですか? 私に守るべき責任があるからです。そのようにしなかったならば、四か国に分割されて、四つの島の女性と男性たちが異国の地に行きますが、男性たちは僕の子になるのです。ですから、戦争で滅んだものを再建させるのに、血の汗を流しながら働くのです。妻たちは流れ行く天の川を眺めるのです。外国に行って月を眺めながら故郷を忍んで、涙を拭いて、その息子・娘が恨を抱いて住むところを、文総裁が防備しました。 損害賠償しなかったので、第二次世界大戦以降の損害賠償を請求して、再び平和基金を集めるべき時が来るのです。私が国連を通じてやるでしょう。 戦勝国家も敗戦国家も同じです。兄弟どうしで闘うのは、堕落の報いです。同じ価値と見るので、世界平和のために真の父母が教育できるように国の基盤を整備して、新しい心情文化を創建する費用として各々が出し合うのです。それが足りなければ二次戦争三次戦争のような戦争をして、死ぬのを見たとしても、神様の勝利を讃美して、その墓まで花が咲けと祝祷して言ってこそ、兄弟が生まれて国が祖国の領土になることを知らなければなりません。それを見てこそ、神様の前にすべてを捧げるべき真の父母の召命的な使命が終わるのです。深刻です。 その次に五つ目が何ですか? 国境撤廃と交差結婚の次は、何だと思いますか? 祖国光復! その次は何だと思いますか?(「天国建設」)天国建設ではなく、天国創建です。建設はあるものをくっつければいいですが、創建はつくってやらなければなりません。何ですって? 祖国光復と祖国創建! 祖国を見いだせなければ天国が創建されません。必死なる召命的な責任です。 今、国を見いだしてこそ入籍ができます。王様が椅子に座って手続きしておいたのを、印章を押して国庫に貯蔵しておいてこそ、初めて国に入籍するのです。国がなければなりません。それが大きな峠です。イスラエル民族が出エジプトするときの峠と同じです。ですから、自分の長子権を犠牲にしなければなりません。長子の血を流すには、羊の代わりに誰かが犠牲にならなければなりません。家庭的な羊の代わりに血を流さなければならないのが統一教会です。 サタン世界が一つ目であり、二つ目が結婚でしょう? これらが血を流さなければなりません。血を流すのに純潔なる血を流さなければなりません。お母さんが汚れなかったお母さんとして赦しを受けるのです。汚れなかった息子・娘、カイン、アベルが一つになって血を流さなければなりません。そうして汚れたお母さんたち、汚れたお父さんたち、汚れた息子・娘のために血を流して、犠牲にならなければなりません。あらん限りの精誠を尽くすのです。願いがあるとしたら、それしかありません。残したすべてのものが、今、故郷にいるお父さん、お母さんが問題ではありません。出征した兵士です。 天の国が初めて願いに願った、待望した家庭的な出征命令が出ました。祖国を家庭からひっくり返して打ち込んだので、家庭を再び探すべき神様的な運命、堕落した世界から復帰する運命……、ご父母様がこの地に来られて失ってしまった失敗の因縁をすべて解消させて越えていくべき最後の進撃命令が、天国創建であることを知らなければなりません。そうするには祖国がなくてはいけません。祖国の上に天国を築くべきでしょう? そうですか、違いますか? 運命をかけた生涯の使命です。 自分の一族が滅びるとか、妻が死ぬとか、自分が死ぬことが問題ではありません。ただ、この心が先立って、「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ。自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」とありますが、このことを言っているのです。 隣り人は誰ですか? 共産党です。カインです。カイン! 神様のように愛さなくては、祖国光復が実現しません。地上・天上天国に神様を解放できる国が生まれません。国を連結させて民族を克服して、伝統と文化を克服する天国創建の使命は、国を抱いた者たちの責任です。日本の国は、天国創建できる召命的な責任を絶対に負うことができません。その国が天の側ではありません。 ですから、祖国光復と天国創建です。祖国光復は何ですか? 全世界の人たちが南北統一運動をしなければなりません。それが終われば、自動的に国連を通じて天国創建時代が到来します。それを背後ですべて準備しているのです。今や教育が終われば、皆さんのように教育すれば、カインの国とアベルの国が一つになるのです。国連の名前で教育するでしょう。 北朝鮮と韓国が文総裁によって一つになるのです。神様主義と頭翼主義を持ったので、父母によって一つになるのです。それで超国家超宗教圏、絶対・唯一・不変・永遠なる神様の真の愛を中心とした、水平なる平和理想的な真の愛だけをもって一つにできるので、国がある限り天地創建は問題がないのです。 祖国光復と天国創建! いつでも、ご飯を食べても、寝ても、一日のうちにトイレに行って大きいの、小さいのを出すときも、力を入れながら祖国の地に小便をして、大便をするのだと考えなければなりません。食べて消化して力が余れば天国創建に……。 祖国を失ってしまい父母を探せないのが恨です。本然の地、本然の父母、本然の血族を失ってしまったその恨を知らなければなりません。はっきり知らなければなりません。この女たち! 母の国です、母の国! その血肉を抜いて、世界の若者たちに食べさせてあげなければなりません。骨を削って若者たちの足場に、農土にまいて肥料をつくってあげるのだと考えなければなりません。ところが、生きた供え物の総献納基金を……。 先生に捧げるようにというのではありません。この前の演説文の中に国連の名前ですべて持ち合って結束させるよう宣布しました。ですから、これからは過去をつかんで日本の国に入っていき総生畜、すべての国の家と所有を神の国の建国に捧げなければなりません。堂々と今や国連の名前をもって教育を施して、文総裁の代わりに語ってあげます。やらないときは気合を入れる時が来るのです。 女性が堕落しました。荒野となって石ころ畑しか残らず、東京都がすべて崩れました。自分が、日本人が努力しましたか? 文総裁がエバ国家として選んであげたことを最近になって知るのです。皆さんは知っているでしょう? 知っていますか、知りませんか? 知っているならば実践しなさい。皆さんの血を私は吸いません。千万、万倍、世界が皆さんの懐に抱かれるのです。種です、種! そのようにしても私が忠告するほど、すべてやりました。天地をかけてその条件に引っかからないため、あらん限りの忠誠を尽くしました。飢え死にして生きられないようになったら、私の買った地、南米に来なさい。土地がないですか、畑がないですか、果物がないですか、穀物がないですか、米がないですか? 牛がいないですか、羊がいないですか、豚がいないですか? ないものがありません。今、買っておいた土地だけでも済州島の十二倍です。ソウルの二十倍です。 (六番目は)訓読経原理の暗記! 本を暗記せよというのです。暗記! 経です、経! これは本のことです。聖書、仏教の経典と同じです。 皆さんの家庭にこれを贈り物としてあげますが、今からはこれをすべて記憶するように。韓国語ですべて記憶して、ここにある言葉を、ご飯を食べるときも使い、祭祀に行ったり、学校に行ったりしてもこれを使い、知らないことがなくなれば、韓国語を自動的に学ぶため、毎日一時間、一時間はできなくても夕方に帰ってきてやることがなければ、これを暗記しなさいというのです。 訓読会する時間がないと言ったら雷が落ちます。ご飯を食べるより美味しくなければなりません。死んでいた自分の息子・娘が生き返ります。お父さん、お母さんがご飯より美味しく食べるようになれば生き返るというのです。教えてあげなければなりません。千年の内情が溶けるので、夫婦もふさがっていた壁がすべて、また父子関係でふさがっていた壁がすべて、ガラガラと崩れるのです。それを嫌がるならば滅びなければなりません。 それで訓読経原理を暗記完成せよというのです。原理暗記、暗誦せよというのです。暗記して暗誦するでしょう? 暗記する前に暗誦できますか? 暗記したら暗誦、一人であってもすらすらと読むことができます。 皆さんの家庭が読むべきこれが、先生の八十歳の生涯を中心として語ったみ言です。祖国光復を中心とした八十歳の記念演説とともに国連で語ったこのみ言は、私たちの家庭に与えることのできる最後の礼物です。それで訓読経原理の暗記完成なのです。 真の父母の八十歳の生涯に対することは、やらなくてもかまいません。新千年祖国光復に対するすべてのみ言、ここにすべてが含まれているのです。祖国光復するのに、新千年の先生の誕生日を記念する全国大会を再び行ったのです。これさえ分かれば、新千年のうちに先生の八十生涯に対することがすべて入るというのです。 その次は何ですか? 七つ目は何ですか? 家庭盟誓の実現化! そこにすべて入っているのです。家庭盟誓を皆知っているでしょう? 一つ目は何ですか? 祖国創建! 二つ目は孝子・忠臣・聖人・聖子の道理をすべて立てよう! 三つ目は天の国の四大心情圏と三代王権と皇族圏を完成することです。天の国の王宮法がないので、王宮の伝統を立てていかなければなりません。 それが三つ目であり、四つ目は「神様の創造理想である天宙大家族を形成して、自由と平和と統一と幸福の世界を探そう」というのです。それから六つ目は「真のご父母様の代身家庭として天の祝福を周辺に連結させる家庭を完成することをお誓い致します」です。今やすべて成就したので神様の代わりに福を祈ってあげなければなりません。福を祈ってあげて、祝福してあげて息子・娘が天の法度を守っていくお手本になるのです。 その次に何ですか? 「私たちの家庭は真の愛を中心として、本然の血統と連結した為に生きる生活を通じて心情文化世界を完成することをお誓い致します」です。それが何かというと、純潔なる血統です。七つ目です。本然の血統というのは、堕落しない神様の純潔なる血統です。純潔なる血統を守って、その純潔なる血統は為に生きる生活をしなければいけません。自分に尽くせといっては駄目なのです。 男性は女性のため、女性は男性のために生まれてきたので、そうしなければなりません。父母は子供のために生まれ、子供は父母のために生まれてきました。お兄さんも弟のために生まれ、弟もお兄さんのために生まれました。国も私たち家庭のために生まれ、家庭も国のために生まれたのです。同じです。為に生まれたものは、為に生きる心情がなくては統一天下を大成することができません。投入して忘れてしまう原則、多く投入して忘れてしまい、一つになるために努力した者は、神様のもとに行けるのです。 影のない正午定着と愛の第二創造主になれということ、これは今回の大会のみ言の骨子です。ですから、正午定着という言葉! 正午定着と神様の代わりに第二創造主の愛を残していこうというのです。 最後に八つ目です。最後が何かというと、影のない正午定着、天宙的な正午定着と神様の第二の愛の創造的な主人になろう! 相続したので、主人になってこそ天上天国に愛を築いて捧げる者になるので、天国の民となり、天の国を相統するのは間違いなし、アーメン! 天宙的な正午定着と第二創造主の真の愛の責任を完成しようというのです。愛を完成できなかったでしょう? 神様が創造してくださったすべてのものを壊して、公害問題、環境を破壊してしまい勝手にやったのです。動物もたくさん死んでしまいました。神様の息子・娘に最高の贈り物として与えたもの、私たちの家庭生活の糧としようとしたものをすべて殺してしまったので、神様の第二創造主となって、神様が贈り物として下さったものを、神様の代わりに愛していきながら暮らして、天国に行こうというのです。 愛することができなかったでしょう? 村にやってくるカササギ、最近、韓国ではカササギが害になるからといって、捕まえて殺すでしょう? 心配しないで、国でカササギが一年食べていける穀物を準備してよく育ててみなさい。漢南洞ではハトの餌、鳥の餌を準備していつでも与えるのです。ですから、その村を通り過ぎるときは、鳥たちも腹がふくらんで通り過ぎるときにはカササギも「キャッ、キャッ、キャッ」、ハトも「クッ、クッ、クッ」、スズメも「チッ、チッ、チッ」と鳴いてから行くのです。挨拶するのです、挨拶! 主人がいるとしたら、そのまま通り過ぎずに挨拶して行くのです。ありがとうと考えるのです、毎日のように食べ物を与えるので。 ですから、カササギを見たければ漢南洞に来なさい。朝早く来れば、カササギを見ることができます。ハトもお腹が空いたときには豆畑にいるのです。食べ物をあげるので、すべて関心があるのです。動物たちもそのようにしつけるのです。人もそのようにしつけるのではないですか? 赤ちゃんに乳を飲ませたら皆、「オンマ(お母さん)、オンマ!」と言うでしょう? オンマしか知らないではないですか? 同じことです。 それでは、今や思いどおりに行くのに、これを標準として家宝のように考えなさいというのです。純潔なる血統、一心定着、真の愛の実践教育、国境撤廃と交差結婚、それが重要なのです。今や姻戚関係を結ぶには好きな人と結婚したらいけないようになっています。私たち統一教会は、とても面白いのです。姻戚になるのを互いに嫌う者どうしが、間違いなく姻戚になりました。そうか、そうでないか探してみなさい。あの家とは絶対に死んでもやらないというと、絶対に姻戚になるのです。調べてみなさい。そうか、そうでないか? 最後が何ですか? 家庭盟誓の実践完了。アーメン! それでは、万歳してみましょう。「万歳!」万歳。「万歳!」死んでも万歳!「万歳!」生きても万歳!「万歳!」死んでも万歳!「万歳!」生きても万歳!「万歳!」死んでも生きても感謝万歳!「万歳!」統一万歳!「万歳!」(拍手)(二○○○年九月二十六日、天城旺臨宮殿)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.12.08
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どこに行くべきか2000年9月25日 第一次「三時代大転換四位基台入籍統一祝福式」が天宙清平修錬苑において、二〇〇〇年九月二十四日から二十六日にかけて挙行されました。二日目の二十五日の夜八時からの御言です。 皆さんが帰る前に一つ伝えたいこと 明日、出発する人は手を挙げなさい。全員、明日行くのですか? なぜもっとここにいないで、明日行くのですか? 皆さんが帰る前に、私が一つ伝えたいことは、「どこに行くべきか」ということです。それを決めてから行かなければなりません。 一生を経て、全員が行かなければならない所が霊界です。全員が一つの所に行かなければなりません。ここにいる人たちが、それぞれ自分勝手に生きたとしても、全員が霊界に行かなければならないのです。 霊界があるということを知っていますか? (「はい」)。霊界があるかどうか分からない人、手を挙げなさい。そのような人は人間ではありません。(地上で)いくら人間のような姿をしていても、霊界に行けば、人間の姿で生きることはできません。 人間の姿で生きようとすれば、主人がいなければなりません。皆さん、男性でも女性でも生まれる時には、絶対に自分勝手に生まれたのではありません。主人がいて生まれたのです。それがだれかというと、父母です。 そうだとすれば、父母がいる所がなければなりません。父母が暮らす家がなければならず、父母が暮らす国がなければならないのです。それが私たちの故郷であり、自分たちの祖国なのです。この地球は広いですが、みな故郷が違います。また、数多くの国があり、みな(国が)違うのです。地上での暮らしは瞬間だというのです。 私たちは霊界に関してよく知っているでしょう。神様に関してよく知っていて、だれが何と言おうと、「自分が行くべき所がどこなのか」をはっきりと知っている人たちです。分かりますか? (「はい」)。世の中が反対し、天地がごった返したとしても、自分が行くべき所を知って歩んでいく人は、かわいそうな人ではなく幸福な人です。皆さんは幸福ですか? (「はい」)。 どこに行くのか、分かりますか? (「はい」)。だれかが大きな声で答えたので、私が一つ尋ねてみましょう。霊界を知っていますか? (「はい」)。聞いて知っているのですか、行ってみて知っているのですか? (「御言を聞いて知りました」)。御言を聞いて知ったとは、どういうことですか? 御言を聞いて、行い、「事実がそうだ」と思い、「そのようなことを見たので、(御言のとおりに)行えば、そのとおりにすることができる」と、こうならなければならないでしょう。そのことが明確でなければなりません。 先生の生涯において、たくさんの迫害を受け、多くの苦労をしたということを皆さんは聞いたと思いますが、そのすべての苦労と迫害を一つに合わせても、それよりも自分が大きくなければいけません。のみ込まれてはいけません。のみ込まれるときには、自分が知っている世界と関係を結ぶことができません。結んだとしても、そこまで行くことができないというのです。 今現在、自分が暮らしている環境、自分の価値、それをすべて加えて合わせたとしても、「自分が行って暮らす所と比較すれば何でもない」と思うときには、世の中が何と言おうと、「何でもない」と思い、そこに行くことができるのです。そこに行くことが間違いないとすれば、彼は幸福な人です。 さあ、皆さん、今からどこに行きますか? 明日の朝には出発するのですが、どこに行くのですか? 行く前に、自分が行くべき所を決めてから行かなければなりません。 御言を訓読して、「間違いなく行く。生涯において暴風雨が吹き荒れ、受難の道にぶつかり、一生を嘆息と絶望の中で終えるとしても、私が行くべき所はここだ」と決定して行く人は、かわいそうな人ではありません。分かりますか? いくら困難な環境にいたとしても、「困難な環境にいる私を、真のご父母様が見守ってくださっている」と思う人は幸福な人です。真のご父母様が見守ってくださることは、幸福なことです。自分が真に行くべき所があることを知り、また、それを見守ってくださる真のご父母様がいるということまでも分かったとすれば、どれほど幸福でしょうか。真のご父母様だけではありません。自分の兄弟、妻子、一家、一族、一つの国までもがそうであるとすれば、どれほど幸福だろうかというのです。分かりますか? (「はい」)。 それでは、そのように行くうえで、だれもが分からない環境で、そのようなことをはっきりと知っていて教えてくれる方がいるとすれば、その方はその国の精神的中心存在になります。希望をもって行く人たちは、そのことを考えるたびに、ご飯を食べていても、寝ていても、仕事をしていても、それを教えてくれた方のことを考えるというのです。 その方が十年前、百年前に行ったとしても、その方の教えを自分が記憶して、その方が指定した所に行くことを決めたとすれば、そこに行ってその方と会えるという希望が、どれほど大きいだろうかというのです。 そこに行って全員が出会うようになるのです。今日、この地上に生きながら何も知らない人と比較してみれば、どれほど幸福でしょうか。では、地上でそのようなことを知り、「自分が行く所はこのような所だ。そこが霊界の中心だ」と思うとき、それがどれほど価値あることでしょうか。そのことを考えてみなさい。 希望をもって行く人は、「自分は未来に、このように成功する」という目標を決めれば、その目標のためには、それ以上の内容を投入しなければならず、それ以上の価値を自分自身が投入しなければなりません。そうしなければ、到達することはできません。 未知の世界である、そのような所に向かって行くという事実をはっきりと知らなければいけません。世の中でそれを分からずにいる人よりも、どれほど幸福でしょうか。統一教会の教会員はそうだというのです。今現在、先生の生涯を知らなかったとしても、何度も何度も、見れば見るほど、だんだんとはっきりとしていきます。 信じない人に話すことが、どれほど苦しいか 私は今疲れています。疲れていても、「どこに行くのかを決めよう」と言ったので、話をすべて終えなければならないでしょうか、話の途中でやめなければならないでしょうか? (「続けなければなりません」)。このような話やあのような話を長くしている時間はありません。今からまたソウルに行ってこなければなりません。 金孝南長老! 「孝南」という言葉はよい言葉です。「南方の国から訪ねてきた孝女」という意味です。南方の国といえば、暖かくて希望があるのです。北方では家を建てるとき、いつも南向きに建てます。すべてそうです。南方といえば、「新しい知らせを伝えてくれる客人が訪ねてくる」と考えるのです。 金孝南、どこに行きましたか? 先生が御言を語れば、座って、どのような指示があるかと待っていなければなりません。(「あちらから出てきます」)。(拍手)ここに来なさい。名前を何というのですか? (「金孝南です」)。何をするおばさんですか? 姜賢實、何をするおばさんですか? (答える) 何が霊界ですか、その話がうそなのか事実なのか、だれが分かりますか? 興進を見ましたか? 興進とはだれの息子ですか? (「真のご父母様です」)。どうして先生の息子なのですか? 神様の息子でしょう。天の国の司令官として任命したのは、神様が任命されたのでしょうか、先生が任命したのでしょうか? (「神様です」)。神様が任命されたのですが、それが事実かどうか、だれが分かりますか? 見たのですか? (「感じています」)。感じることがすべて正しいのですか? (「正しいです」)。なぜ正しいのですか? 考えてみてください。皆さん、興進君が霊界に行ってから、すでに十五年を越えたでしょう。十五年前のその時に、先生は間違いなく「興進君を霊界の総司令官として送る」と宣布しました。その時に、信じた人がいましたか? 一人もいませんでした。 では、先生がそれを宣布する時、自信をもってしたでしょうか、震えながら仕方なくしたでしょうか? 宣布! 「宣布」と言ってみてください。宣布! (「宣布!」)。宣布したのに、信じる者は一人もいませんでした。それが人ですか、何ですか? 信じるべきことを言ったのに信じないのですから、それは人間ですか、獣ですか? それ自体が矛盾です。 学校に行って勉強する人は、数学であれ、何かの公式であれ、自分でそれが分かるのですか? 学校に行けば、先生の言う話を一〇〇パーセント信じなければなりません。先生のことを、小学校の先生ほどにも信じることができない者たちではないですか? 「自分の息子がどうだこうだ……」。 興進君を霊界に送るための手続きが、どれほど複雑だったか知っていますか? 知っているのかというのです。(「知りません」)。知っていたら、拍手して歓迎していたでしょう。(拍手)今ではなくその時にです。今は、仕方なく機嫌を取るためでしょう。そのような拍手は嫌いです。その時に拍手していれば、どれほどよかったでしょうか? 一人もいませんでした。 ここにいるおばさんも信じることができなかったでしょう。信じるのは、私しかいませんでした。知っているのも、私しかいませんでした。そのようなことをするのも、私しかいませんでした。神様はご存じでしたか、ご存じなかったですか? (「ご存じでした」)。ご存じなのかどうか、あなたたちは調べてみたのですか? 今は、知っていますか、知りませんか? (「知っています」)。どうして知っているのですか? (「お父様の御言を聞いて知りました」)。ですから、その時には信じることができずに、どうして今になって信じるのかというのです。 興進の顔を見て、先生のように(興進君が)こうして座り、「話を聞きなさい」と言う姿を見たり、その声を聞いたりしたのですか? (「清平に来て知りました」)。清平に来て、どのようにして知るのですか? 今でも、お父様の御言を信じないではないですか? 信じる人は、この中で三分の一にもなりません。 信じない者たちが集まって座っているのです。そのような者に、信じることができるように話をするのがどれほど大変か分かりますか? 信じない者たちを集めて、信じられない話をする人が、どれほどかわいそうか分かりますか? しなければよいのですが、そうもいきません。一回して、二回して、三回して、四回して、十回して、百回なら百回しなければならないのです。 私が教えてあげた「興進君が霊界の総司令官だ」ということを、一つも理解できず、信じもしない人に、話すことがどれほど苦しいかというのです。その時に話をしておかなければ、どのようになっていたでしょうか? その時に、興進君の役事を分別しながら立ててあげなければ、天の国の総帥として、地上に伝達できる責任者がいたでしょうか、いなかったでしょうか? 李相軒が霊界に行って報告した「霊界の実相」を見れば、私が任命したそのとおりの内容です。うそでしたか? (「そのとおりでした」)。 千六百三十年前に生きていたキリスト教の旧教世界の聖人と言うことのできる聖アウグスティヌスが、姜賢實女史の夫です。それを信じますか? (「はい」)。千六百年前に霊界に行った聖アウグスティヌスが、現在ここに生きている姜賢實女史の夫だということを信じますか? (「はい」)。頭が狂ったのでしょう。(笑) 姜賢實、立ちなさい。この女性は間違いなく、千六百三十年前にこの地上で生き、イエス様をよく信じ、天主教(カトリック)では聖者だと呼ばれる人の夫人です。信じますか? (「はい」)。狂った者たちです。(笑、拍手)じっとしていてください。 では、賢實はそれを信じますか? (「信じます」)。信じるのですか、知っているのですか? (「知っています」)。どうして知っているのですか? 夫が来て、キスをして、愛してくれましたか? これを見てください。そのとおりだそうです。(笑、拍手) 夫が年を取っているとは思わないでしょう。祈祷すれば、来て、すべて教えてくれるので、どれほど素晴らしいでしょうか? その人たちが暮らす天国があるでしょうか、ないでしょうか? (「あります」)。その天国に一度行ってみたいと思いませんか? 賢實、行きたいでしょう。(「行ってみたいです」)。この女性は正しい女性ですか、どうにかなってしまった女性ですか? (「正しい女性です」)。 さあ、興進君が霊界に行ってイエス様のお兄さんとなり、全霊界の大将となっているということを、信じるのではなく、知っているという人は手を挙げなさい。手を挙げなさい。なぜ、手を挙げたり下げたりするのですか? 自信がないのですね。 歴史を整えて導いていくには聖人が必要 ですから、歴史を整えて導いていくには聖人が必要なのです。預言者が必要だというのです。先覚者が必要だということを知らなければなりません。先覚者たちはその時代に来て、一般の人が理解できない話をするのです。それを理解できずに冷遇すれば、その部落なら部落が滅び、国民なら国民が滅び、国なら国が滅び、世界なら世界が滅ぶというのです。 今、韓国の人たちは文総裁のことを「文総裁は、我が国の歴史にない愛国者だ」と言うでしょう。「世の中がそのように言うので、その人の歩んできた歴史を調べてみると、世の中のだれもできない事実がたくさんあり、一代で、なそうとしたことをすべて成し遂げた。それは、うそではなく事実である。世の中の人がそのように言うのは事実だ」と、こうなるのです。 「今から百年後、千年後はこうなる」と言えば信じますか? 十五年前に言ったことも信じることができないのに、「千年後、百年後にこのようになる」と言えば、信じることができますか? その時に訪れる福の環境が、どれほどとてつもないものでしょうか? 「百年後にこうなる」と真実を言えば、百年ではなく、何百年後までも待つことができる民族は、世界を指導することができるのです。 言ったことが間違いなく事実であるならば、それを信じていった人たちは、どこに行こうと、確定したその世界が(その人たちを)主人として迎え、侍るようになるのです。このような時は拍手し、「アーメン」と言わなければなりません。(拍手)(「アーメン!」)。 「三時代転換一体圏祝福」。それが何だか分かりますか? 「三時代」とは、旧約時代、新約時代、成約時代です。先祖が三度失敗しました。「神様の御旨とは何か?」。神様の御旨に関して、神学的に尋ねてみると、「簡単のようであるが難しい」と言うのです。そのような答えがどこにありますか? 統一教会はそうではありません。「神様の御旨」といえば、「創造理想完成。創造理想完成は四位基台完成」と、明確なのです。 李相軒が霊界に行って記録したものを見ても、間違いありません。数多くの聖人、聖者たちが報告したものを見ても、間違いないのです。神様もご存じなので、文総裁を守ってくださったのです。それが間違っていれば、守ってくださったでしょうか? 聞き耳を立てて、つんとした目で見つめないでください。私も若い時には、美男子だと評判になった人です。ああ、本当です。(「信じます」)。 女性の中で、今でも私を愛している人は手を挙げてみなさい。この女性たち! 夫を横にして、手を挙げてどうするのですか? (笑)このように大変なことになりました。何かの薬を飲ませたわけでもありません。心がそうなのです。強い磁石は鉄を引き付けるように、良心が鉄のように、無性に先生を好むのです。 世の中には、無性に憎い人がいるでしょう。何かをくれと言ったわけでもないのに、憎いのです。ところが、「ください」と言えば、あげたいと思い、もっとあげたいと思い、さらにもっとあげたいと思う場合もあるのです。そのような心があります。たとえ法によって首を切られるとしても、手を切られるとしても、それでも会いたいと思うのです。 ここにいるこのおばさんもその時は、二十六歳の若々しい女性でした。夫もいなく、神学校に通いながら伝道師として、一人で私のところに伝道しに来たのです。しかし、私に引っかかって転びました。(笑)どれほど既成教会の熱血分子だったか分かりません。 私があなたのために、高麗神学校の総長と副総長に会ったではないですか? 「神学校で最も優秀な女性を、どのようにして惑わしたのか?」と言うのです。たくさん悪口を言われました。先生に狂っていると言うのです。毎日のように訪ねてくるので、「凡一洞の美男子に狂った」と、近所の人がどれほど指を差したでしょうか? 「到底信じることができないことを言うのに……。あの女性は狂った」と言うのです。この人は、二十一歳から復興会の講師でした。その世界で名前の通った人です。話が上手なのです。今、(この人を)立てれば、私が恥をかきそうなので立てないのです。(笑)本当です。 さあ、それでは、興進君が霊界の司令官だということは間違いありませんか? (「間違いありません」)。イエス様が興進君に侍るのですか、興進君がイエス様に侍るのですか? (「イエス様が興進様に侍ります」)。見たのですか? ここにいるおばさんは、霊界から電話をしてくるのも聞き取ることができます。神様に尋ねれば、答えも聞き取ることができるのです。聞き取るだけではありません。見ることもできなければなりません。 普通の人は音声を聞いて、「ああしなさい。こうしなさい」と言うのですが、音声だけを聞くならば、いくらでもサタンは詐欺的な電波を送ることができるのです。私は、そのことに関して専門家です。それゆえ、見なければいけません。見るだけでもいけません。鑑定しなければならないのです。 向かい合えば、「角度がどのくらいなのか」ということをすぐに鑑定できなければならないのです。見下ろしているのか、見上げているのかということです。恥ずかしいと思っている人の目をのぞき込んでみると、目が下のほうに向いていきます。自信満々ならば、上のほうに上がっていくのです。直感が鋭くなければなりません。そして、四方を測り、「どのようになっている」ということを鑑定し、処理できなければなりません。何も分からずに、狂った者のようにしていては、人を死に至らせ、町内を滅ぼしてしまうのです。 先生はこのように座っていますが、今後世の中がどのようになるか、ということを明確に知って生きている人です。しかし、言葉では言いません。体をもって霊界を占領しなければなりません。イエス様の体をサタンがもっていったゆえです。祈祷もしません。 そのような何かがあるので、世の中が滅ぼそうと、狐を追い込むようにあらゆることをしましたが、私を捕まえることはできませんでした。死ぬと思ったのに、死にませんでした。滅びると思ったのに、滅びませんでした。なぜですか? 天運が保護するのです。滅ぼそうとした人は、自動車事故が起きて死ぬこともあり、あらゆることが起きました。神様が保護してくださったからです。分かりますか? (「はい」)。それゆえ、数百回死ぬところでしたが、死にませんでした。滅びると思ったのですが、滅びませんでした。 はっきりと通告しなければならない先生の責任 五色人種がさまざまな国から、世界の果てから訪ねてきました。文総裁が「来なさい!」と一言言えば、このようにみな訪れ、では「行きなさい!」と言えば、どうなるでしょうか? 「行きなさい」と言えば、残るでしょうか、全員行くでしょうか? 「どこどこに行きなさい」と言えば、全員がそこに行くのです。それで、「行く所を決めているのか?」と尋ねたのです。どこに行くのか知っていますか? 今から一か月、二か月、十年後にはどこに行くか分かりますが、百年後にどこに行くか知っているのか、というのです。十年後に行くべき所を決めて、そこを訪ねていく人はいるかもしれませんが、「千年、万年後に行くべき道を知るために行く」と考える人が、どこにいるのかというのです。いないではないですか。 それゆえ、明日、出発するのですが、間違いなく……。ここに男性が来ましたね。妻を取り戻しに来たのですか、妻を手伝うために来たのですか? 思いどおりに妻を連れていくことはできません! なぜかといえば、連れていけば、霊界に行くことができる道、霊界に行こうとする道が、ピタッとふさがってしまうのです。 それゆえ、連れていかなければならないでしょうか、連れていってはいけないでしょうか? いくら夫婦で決めたとしても、私が「行ってはいけない」と言ったにもかかわらず帰ってしまえば、道がピタッとふさがるのです。ですから、はっきりと通告してあげなければならない先生の責任があるのです。 それでは、未来に訪れてくる世界、神様が喜ばれるそのような所、そこは天下も(そこに行く道を)ふさぐことができず、天下すべてが希望とする所なのです。皆さんの数多くの先祖たちが、そこに行くことができず、地獄に行って嘆息しているのです。そのことが分からないので、この暗く乱れた世の中で戸惑いながら暮らしているのです。 私は地獄へも、自分の親戚の家に出入りするように往来しましたが、地獄に入っていっても心配したことはありません。行くべき道をすべて定めて生きているからです。分かりますか? いかなる所に行くか、間違いなくすべて知っているというのです。 だれがその道をふさぐのですか? イエス様もふさぐことはできません。イエス様は私の弟子であり、弟子は私の息子です。そのことを知らないでしょう。釈迦もそうであり、孔子もそうです。孔子の妻、立ちなさい。拍手してください。(拍手)座ってください。それから、ソクラテスの妻。(拍手)それから、マホメットの妻。来ていないのですか? 四大聖人の妻たちを全員、私が育てて嫁ぎ先に送りだしてあげました。それを信じますか、信じませんか? (「信じます」)。(拍手) 今、霊界に通じる人は、うそかどうか尋ねてみなさい。「文先生が結婚させてあげた人を妻だと思っているか、そうでなければ、マホメット自身が選んで暮らした妻を妻だと思っているか」と尋ねてみなさいというのです。 ですから、文総裁は不思議でしょう。不思議な先生だというのです。また、知れば知るほど、分からないことが多いのです。四十年侍っていても分かりません。分からないことが泰山のように積まれています。 先生は、知っていて分からないふりをするのですか、知らずに分からないふりをするのですか? (「知っていて分からないふりをされます」)。知っていて、なぜ分からないふりをするのですか? 間違っている人を通して、天の機密が漏れるのです。どろぼうが天の国の秘密を聞けば、その道を汚してしまうのです。そのようなどろぼうたちを片付けてしまうためには、例えで話し、象徴的に比喩で話すのです。預言書のような秘書は、そのようになっています。 「どのような時なのか」ということを、先生はよく知っているのです。それだけは間違いないでしょう。それゆえ、他の人ができないことをすることができ、他の人ができない業績を残すことができるのです。 さあ、このくらい話せば、統一教会の教会員は、信じまいとしても信じざるを得ません。先生を霊的に見た人は手を挙げなさい。この者たち! 全員、見るようになっているのです。下ろしなさい。どこにいても、地上にいる先生が教えてくれるのです。 キリスト教では、イエス様を四十年信じて祈祷し、あらゆることをしても、イエス様が現れて教えてくれることはありません。しかし、文総裁は地上のここに立っていながら、霊界の霊人たちのように、それ以上の事実を指導しているのです。それが恐ろしいことです。地上にいながら、未知の世界、地の果てにいる人を指導しているのです。それを信じますか? ここには西洋の女性、あらゆる人たちがいます。そのような何かがあるので、「来なさい」と言えば来て、「行きなさい」と言えば行くのです。それは本当ですか、うそですか? (「本当です」)。では、拍手しなければならないでしょう。(笑)それは、どれほど大変でしょうか。 マイク装置が必要 さあ、それでは、興進様! 「興進様」と言いますか、「興進君」と言いますか? (「私たちは興進様と言います」)。皆さんは「興進様」と言わなければならず、先生も「興進様」と言わなければなりませんか? (「いいえ」)。何と言わなければなりませんか? (「興進君と言わなければなりません」)。あなたたち全員が「興進様」と言うのに、一人で「興進君」と言えば気分が悪いではないですか? そのように思って、先生も環境に拍子を合わせるためには、息子であっても仕方なく「興進様」と言うのです。それが一般社会的な礼法となっているのです。 興進も、地上にいる新婦と結婚させてあげたでしょう。以前、興進の霊界の実相に関する報告を聞いてみると、「私も肉身をもっている新婦のもとに、どれほど訪ねていきたいか分かりません。しかし、忙しくて行くことができません」と言うのです。その話を聞きましたか? (「はい」)。それは、事実ですか、うそですか? (「事実です」)。地上から霊界に行って五十日目に、霊的結婚をさせてあげたのです。世の中が、どれほど悪口を言いましたか? それが今では、すべて事実として受け入れるというよりも、知っているというのです。 「大母様」という名前は、だれがつけてあげたのですか? では、先生の母親の名前は何ですか? (「忠母様です」)。忠母です。また、先生の兄は何と言うのですか? (「大兄様です」)。大兄です。全員、見ましたか? お母様の母親、自分の母親、自分の兄。これは先生の家のための教会ですか? 天国ですか? 複雑です。そのようにしなければならないようになっているのです。内容がそのようにならなければならないので、そうしたのです。その内容は、あなたたちには分かりません。千年精誠を尽くしても分かりません。 そのようにしたことに対して、神様は静かに「よくやった。私が後援してあげよう」と言われます。そのような神様は、狂っていますか、賢いですか? (「賢いです」)。なぜですか? あなたたちは盲人のようなので、どうなるか分かりませんが、神様はサッと千里を見渡して明確に知っているので、「よくやった」と言われるのです。理解できましたか? 盲人でもなく、耳が聞こえない人でもないのに、先生が教えることを理解できなければ、人の部類に入れません。 アメリカの各州がすべて教育を受け、アメリカの上院下院、今の大使たち、アメリカを指導するトップクラスの人たちが、文総裁の御言を聞き、頭に鉢巻きをしながら争って御言を研究する時代が来たのです。韓国で優秀だといって頭を振りながら、肩をいからせ、おなかを突き出して、行ったり来たりしている者たち! 井の中の何ですか? (「蛙です」)。蛙にもならないでしょう。井の中の蝿のように威張り散らしながら、尻尾を振っているのです。これからはもう、滅びる運命になっています。 国連もそうです。国連が文総裁の言うことを聞かなければ滅びるのです。国連の責任者や部署の責任者たちに、「国連の名前で集合しなさい」と言えば、どうするのですか? 大統領をしている人たちも、国連の名前で「教育を受けなさい」と言えば来ないでしょうか? その教育する内容が文総裁の御言です。 何も知らずに自分勝手に生きるようにはなっていません。私は自分勝手に生きる人ではありません。自分勝手には生きません。道理に合わせ、天理に合わせ、行くべき道を正々堂々と来たので、神様の保護を受け、天運の保護を受けたのです。それゆえ、滅びざるを得なかった統一教会は滅びず、発展せざるを得ない統一教会になったというのです! (「アーメン!」)。 興進様を信じる時代ではなく、知る時代が来ました。それがうそだと思う人は、言ってみなさい。また、「大母様」という言葉も、私たちはうそではないということを知っています。知っているでしょう。(「はい」)。この中でそれが分からない人は、人の部類に入りません。 夫の言うことを聞いてはいけません。聞けば滅びます。私の言うことを聞いてこそ、天国に行くのです。うそかどうか、祈祷してみなさい。なっていない夫たち! 酒を飲み、あらゆることをしながら……。今回は、刀やカミソリの刃を持って約束をしなければ帰ることはできません。 興進君には体がなく、大母様にも体がなく、神様にも体がないので、マイク装置が必要なのです。中間で連絡するマイクが必要なのです。そのマイクは、良いマイクが必要でしょうか、悪いマイクが必要でしょうか? (「良いマイクが必要です」)。どのくらい良いものですか? いちばん良いものです。では、この女性は顔が良いですか、悪いですか? (「良いです」)。(拍手)何が良いのですか? 鈍そうに見えるのに、何が良いのですか? 牝牛のようですか、牡牛のようですか? 牡牛のような女性です。 鈍く見えるというのです。見てみれば、目も鈍く、耳も鈍く、行動も鈍いのです。ですから、どれほど苦労したでしょうか。食事もせず、眠らず、目を開き、耳を開き、体を飛ばすために、どれほど祈祷したでしょうか。それで、このようになったことは間違いありません。精誠をたくさん尽くしたでしょう。見なさい。(拍手)この人は立派なマイクになるために、目もかすみ、耳も……。 すべてが鈍く、それでは生きていくことができません。統一教会には、大学を出て、賢くさっさっさっと振る舞う者たちがたくさんいるのに、このようなのろまな人が生きていけるのですか? あまりにも岩にしがみついているので、岩も一緒に泣いてくれ、あまりにも木にしがみついているので、木も一緒に泣いてくれ、木と語り合い、岩と語り合ったので、このようになったのです。 そのようにして目を開けてみると、天の国がすべて見え、聞いてみると神様の命令が聞こえたのです。「体が行くべき一つの峠を越えれば、千里離れていた父母が来て待っている」というので行ってみると、父母に出会ったのです。ですから、躊躇せずに行動しますか、しませんか? (「します」)。 ここを保護する 考えてみてください。生きている人を紹介することも大変なのに、死んだ人を紹介するのは、どれほど大変でしょうか? 簡単なことですか、難しいことですか? (「難しいことです」)。この者たち! そのように苦労して、他の人が見ることができないものを見て、他の人が聞くことができないものを聞き、他の人ができないことをしてきたのです。この家はだれが建てたのですか? 先生が建てたのですか、このおばさんが建てたのですか? (「大母様が建てました」)。大母様ではなく、だれが建てたのですか? (「金孝南長老様です」)。 統一教会を発展させるために、大母様、興進君、私の一族、精誠を尽くした人たちが、この婦人を通して、天地の貴い宝のような御言を浴びせてくれたのです。それは、よくやりましたか、間違っていましたか? (「よくされました」)。(拍手) 百分の一にもならない者たちが、「金孝南執事、執事であり長老ではないか。私は牧師なのに、金孝南長老の言葉を聞くのか」と思っています。首を切ってしまうべき者たちが大勢います。私にそのようなことを言ってみなさい。激しくたたくのです。郭錠煥! (「はい!」)。なぜ、責任を果たせないのですか? ここは、だれでも入ってきて、めちゃくちゃにできる所ではありません。ここに来て、「ああ、三十六家庭が来た。部屋をくれ」と言っています。「先生の横の部屋」……。 天の国の宮殿を代身した所です。だれでも来て、ご飯をもらって食べるようにはなっていません。座ることもおそれ多い場であるにもかかわらず、「ご飯をくれ。私をきちんと待遇しなければならない」と言っています。ここに来てご飯を食べ、ご飯代も出さずに逃げていく者たちが大勢います。私は、そのような乞食の群れを育てたことはありません。正しく生きなければなりません。 さあ、そのように苦労して、天の秘密を聞くことができ、見ることができ、測定することができ、十数年経験したことは間違いないと……。 賢い興進君、立派な大母様が、私を愛しているのです。顔かたちのよくないおじいさんを愛しているのです。皆さんよりももっと愛しています。大母様も、自分の娘よりも私を愛しているのです。だれよりも愛しています。 また、忠母様もそうです。どれほど私を愛したか分かりません。世の中の父母の中で、一等賞をあげなければならない方です。それは言わないだけです。いい加減に対するようにはなっていません。また、大兄様とは私の兄のことですが、この人は、すでに八月十五日に解放されることを知っていて、弟がどのような人物になるのかは知りませんでしたが、「天下の兄弟の中で歴史にいなかった弟だ」ということは知っていたのです。 そのように立派な息子であり、立派な弟だというのです。母親がだれよりも誇ることに恥ずかしくなく、弟として誇ることに恥ずかしくないのです。跳ぶときに跳び、這うときに這い、走るときに走り、できない運動がありません。できないことがないのです。座りながら、話をずっと続けることもできました。監獄に入っても、上官のように座って話し、食べ、そのように暮らしました。それほどならば、統一教会の教主になるべき資格があると思いますか、思いませんか? (「あって余りあります」)。それゆえ、先生が千辛万苦の果てに、統一教会がこのくらい大きくなりました。 霊界に宮殿がなく、霊界に国が定着していないので、秩序を立てるために先生と拍子を合わせ、上下がぴたっと一つになるようにしていかなければなりません。そのようにするために通訳(=金孝南長老)を使っているのに、なぜそのように問題がたくさんあるのですか? 三十六家庭、手を挙げなさい。史吉子! この者たち! この修錬苑で特別なものを食べようと、家から飛んできたのですか? だれが特別待遇をしなさいと言ったのですか? 修練生です。軍隊です。部屋を別にして休み、何がどうだこうだと言い、別のものを食べるのですか? 私もそのようなことはしません。しっかりしなければなりません。 どこに行っても、自分の威信を立てなければなりません。分かりますか? 死にたくないのですか? 李相軒氏(を通してあなたの夫)が、「先によい所に来て、申し訳ない」と言っているではないですか? それを信じますか、信じませんか? (「信じます」)。あなたは霊界に行って夫と一緒に暮らそうと、考えたことはないのですか? 死ぬかと心配ですか? この肉の 塊 は腐っていくのです。 上手に気合を入れるでしょう。これが統一教会の文先生のやり方です。神様式です。正しいことを正しく教えてあげるのです。正しく理解できるように、分からなければ気合を入れて正してあげなければなりません。 かわいそうな女性が座っています。今までいい加減に接してきた人たちは、帰る前に悔い改めなければなりません。そのようにしなければ、霊界に行く道を協助できません。解放された者として、どこに行くのかを決めてから行かなければなりません。分かりますか? すべてここにかかっています。自分勝手にしています。頭(=位置または立場)が大きいから……。牧師だ何だと言い、修練所の所長だ何だと言い、金孝南執事がどうした、長老がどうしたと言いながら、「ああしろ、こうしろ」と言っています。 興進様を代身して、大母様と忠母様を代身して語っているとすれば、あなたたちが「ああしろ、こうしろ」と言うことができますか? 通訳官に対して「ああしろ、こうしろ」と言うことができるのですか? 修錬苑の権威を立てなさい。涙を流す時が何度もあるそうです。分からない人が、いい加減に対しているのです。天の国の法を知っている大母様と興進君が、司令官として命令しているのに、自分勝手にしているのです。 泣いてばかりいるのですか? 泣くなというのです。命令するのです。頬を激しくたたくのです。しっかりしなければなりません。私の言うことが分かりますか? なぜ、おかしな目をしているのですか? 私は、統一教会の何かの責任者ではありません。教主様です。堂々とするのです。 そのようなことがあれば、すぐに郭錠煥に報告しなさい。そのような人は、ここに来ることができないようにしなさい。完全に名前を公表して、顔も出せないようにしなければなりません。全員、分かりましたね? (「はい」)。この時間に、そのように決めなければなりません。そのようにしてこそ、天の国に恥ずかしくない伝統が立つのです。不可避的にそのようにするのです。 私は知っている者として、このように決定するのです。願わない人は立ち上がって回れ右して出ていき、願う人は座ったまま拍手しなさい。(拍手)拍手だけではなく、両手を挙げて、ペアの拍手をしなさい。立ちなさい。敬礼しなさい。礼をしなさい。さあ、拍手してください。(拍手) 私がここに来てそのような報告を聞き、きのう、一度見回してみました。そのような話を聞いて、私はあぜんとしました。孝子の息子になることができていません。父母になることができていません。弟になることができていません。それを知らなければなりません。ここに来れば、興進様を自分たちの兄として侍らなければならないでしょう。(「はい」)。 大母様とはだれですか? お母様の母です。話が聞こえただけでも、あの門の前からあいさつをしなければなりません。この人たちは全く自分のなすべき責任を果たせていないのに、霊界に行って接待を受けようというのですか? この亡国の僕たち! 私がほっておきません。私はそのように教えていません。自分勝手に生きてきた者たち、しっかりしなければなりません! さあ、ここを保護することができなければなりません。分かりますか? 訓示すべきことはすべて終わりました。すべて終わったというのです。膨れっ面をしている顔を解きなさい。一度、笑ってみなさい。声を出して笑ってみなさい。この男性たち、笑ってみなさいというのです。(笑)ハハハと笑ってください。(「ハハハ……」)。これで解けたでしょう。あなた、立ちなさい。歌を一曲歌ってみなさい。大きな声で上手に歌いなさい。(日本の食口が歌を歌う) きょうは、この金孝南長老様に、尊敬できる特別な名前を一つつけてあげようと思います。拍手しなさい。(拍手) 訓えるの「訓」という字で、「訓母様」です。一度言ってみなさい。「訓読会」の「訓」の字です。その次は「母」という字です。訓える母です。分かりますか? (拍手)不平を言おうとする人は、「訓母様」という名前をつけてあげた先生以上に知ることができなければ、批評してはいけません。絶対信仰をもって絶対に信じ、絶対行動しなければなりません。分かりますか? (「はい」)。そのようにすれば、福を受けるのです。福を受けるというのです。 もしそのようにせずに、今後もそのようなことをしていけば、よくありません。先生の先祖も黙っていませんし、すべての霊界が黙っていません。分かりますか? 自分勝手に生きる世の中で、霊界も分からずに、ああだこうだと、盲人のようになり、耳の聞こえない人のようになってはいけません。 一度言ってみなさい。訓母様! (「訓母様!」)。訓! 母! 様! (「訓! 母! 様!」)。大母様! (「大母様!」)。忠母様! (「忠母様!」)。善母様! (「善母様!」)。善母様とは、だれのことか分かりますか? 統一教会の母親たちのことです。御言どおりに伝えるために、どれほど苦労し、御言を抱き……。御言を抱えた母たちです。分かりますか? そのような意味で教えてあげるのです。中間で正しく教えてあげるためにどれほど……。間違えば、その一身が溶けてしまうのです。一族が溶けてしまうのです。滅亡するというのです。恐ろしい位置に立っているということを知らなければなりません。うそをついてはいけません。詐欺を働いてはいけません。 統一教会の教主も同様です。言葉だけで実践しないようでは駄目です。私はすべて実践した後に教えてあげました。 続いて言いなさい。訓母様! (「訓母様!」)。ありがとうございます! (「ありがとうございます!」)。これからは、一つの過ちも絶対に犯しません! (「これからは、一つの過ちも絶対に犯しません!」)。きれいで美しい声を出す息子・娘を、神様が祝福してくださることを願います。神様、かわいそうな群れを祝福してくださいますように。アーメン! (「アーメン!」)。(拍手) 決めた所に間違いなく行って永生する息子・娘になることを願う さあ、きょうの話を通してよく理解し、侍るべき人に侍るのです。このように生きるのは、自分が行くべき所に行くための準備です。このことを知らなければなりません。 そして、その方たちがいる所に間違いなく行くのです。分かりますか? その方たちがどのような所にいるのか分からなくても、現在、ここでこのようなことに精誠の限りを尽くすのです。自分の父母や師のだれよりも、懇切な心、忠節な心、至誠を尽くす心をもって生きれば、その方たちがいる所に行って、一緒に暮らすことができるのです。分かりますか? (「はい」)。 ですから、ここから離れても、離れたと思うなというのです。ここで願ったその所を自分の故郷のように思うのです。 「霊界の実相」で紹介された所を中心として、「私は間違いなく、そこに行って暮らす」ということを決め、ここにいる人よりももっと精誠を尽くせば、ここよりももっと立派な所に行くのは間違いありません。先生は皆さんが、そのように決めた所に間違いなく行って、永生する息子・娘になることを願い語っているのです。分かりますか? (「はい」)。そのようにするという人は、拍手で歓迎しなさい。(拍手)ありがとう、ありがとう。 全員、明日出発するので、このことを語っておかなければならなかったのです。 清平に出入りすることが習慣になり、上も下も見分けられずに汚し、ほこりをまきちらしたりしてはいけないと、天が警告するのです。金孝南長老を、これからは何ですか? (「訓母様」)。訓母です。訓える母として、大母様、忠母様、お母様と同じように侍るのです。 また、それ以上に忠誠を尽くして努力すれば、間違いなく皆さんの故郷と、皆さんの祖国光復を相続することができます。それを知っているがゆえに忠告するのです。どうか、すべての人がそのような所に行くことができるようにと願っています。もう先生は帰らなければなりません。忙しいのです。 一緒に敬礼を受けるのです。(真のご父母様と訓母様が一緒に敬礼を受けられる) 霊界にいる母たちが生きている訓母様に教えてくれれば、(そのごとくに)伝達することができる母なので、そのような名前をつけてあげました。そのことを知らなければなりません。分かりますか? (「はい」)。そのことをよく記憶し、今までここに来て修練を受けたことを感謝し、故郷に行き、このおばさんを通して学んだ以上、一生懸命に御旨に対して忠誠を尽くさなければなりません。分かりますか? (「はい」)。それでは、神様の祝福があることを願いながら、さようなら。(拍手)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.12.08
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「祝福移譲」宣布二〇〇〇年九月二十四日、午前十一時三十分、韓国の天宙清平修錬苑にある天城旺臨宮殿にて、第一次「三時代大転換四位基台入籍統一祝福式」に参加するために修練中であった約四千名が参加する中、天上の興進様に真のご父母様の祝福権を移譲する「祝福移譲宣布式」を挙行なさった。 式典準備 祝福家庭の子女十二歳から十六歳までの男女それぞれ十二名(信元様、信愛様を含む)を、女性を前、男性を後ろにして横に並べられた後、その次に順に二世祝福家庭十八歳から三十歳までの男女それぞれ十二名、一世祝福家庭三十歳から四十歳までの男女それぞれ十二名、一世祝福家庭の女性六十歳から八十歳まで十二名、一世祝福家庭五十歳以上の男性十二名等、総勢九十六名を十二名ずつ八列に並べて立たせ、その前に薫淑様と信哲様を立てられた。(自称ルポライターtomy4509の註:三男・文顯進氏はその列の中には入っていませんでした。) み言 復帰摂理の中では、九十六数の九数も悪い数で、六数も悪い数です。それを蕩減しなければなりません。ですから、七十二数に十二を合わせたのです。十二を合わせたので……、七十二数は七十門徒を代表し……、イエス様の十二弟子を代表したその対を中心とした十二支派を代表するのです。七十二派、七十二門徒、モーセの七十二長老も代表するのです。九十六は、七十二に、対にすると十二対を合わせたものですから、十二支派の前に七十門徒と同じです。ですから、七十二数も十二支派を中心とした七十長老の数です。これが蕩減の基本数です。 ですから、霊界にいる三歳以上で死んだ人たちのうち、十六歳以下の人たちもすべて祝福してあげました。その数と、その次に十六歳以上から二十四歳、三十歳、四十歳以上、こうしてすべての祝福を受けた霊界の数を地上と合わせたのです。 地上は真の父母によって祝福を受けた群れであり、天上は興進君によって祝福を受けた群れですが、父と息子が霊界と肉界で別々に祝福したものを一つにしなければなりません、一つに。 地上の真の父母を中心として、息子が霊界でしたことを引き下ろし、真の父母が祝福したこと、すなわち、皆さんが祝福を受けることができた基盤と霊界で祝福を受けた基盤を連結して一つにしなければなりません。真の父母が地上で息子、娘を祝福した代わりに、霊界は天使長の立場で地上のアダムが完成することのできる祝福基準の前に素直に従わなければなりません。そのために、興進君が地上に降りてきて真の父母と、父と息子が一つになった立場で祝福をしたという条件を立ててあげ、真の父母がしたことをすべて興進君も再び共に行ったということができる価値を認めるのです。 ですから、天使長圏となった今までの長子圏が次子圏にならなければならない立場ですが、長子圏の天使世界が……長子の立場を得て出てくるものが、地上の兄が祝福を受ければ、弟の立場に来て立つのです。霊界へ行くようになれば、父が兄になり、息子が弟になるというそのような原則から、天上世界に行った息子が父の前に来て、息子になると同時に弟の立場にも立つのです。両面の価値を連結させて一体圏をつくって一つにするのです。 今後、祝福は、地上で先生がしてあげなくてもかまいません。お父様がしてあげなくてもかまわないのです。兄さんたちがたくさんいるので、お父様が老いて死んだとしても、兄さんたちが祝福してあげられるのです。それと同じように、お父様の祝福を今後長子圏の立場にある興進君が、地上でも祝福を行うことができ、霊界でも行うことができるのです。 お父様も、地上でも祝福してあげることができ、霊界でも祝福してあげることができるのと同じように、同等な価値を一体化させるために、地上のお父様が霊界の息子の前に伝授式をしてあげるのです。霊界にいる息子は、父の家に思いどおりに行くことができ、地上の真の父母も父の家に思いどおりに行くことができるのです。 天地父母である縦的な神様と横的な神様が分かれて、サタンの一族として中間霊界を満たしていたものをすべて連結させることによって、父と息子が一つになった家庭的一体圏が、霊界と肉界に落ち着いていくので、今後は真の父母が祝福してあげなくてもかまわないというのです。八十の老人が、世界を回りながら祝福できる時代は過ぎ去ったのです。皆さんが真の父母に代わって……、興進君も霊界で真の父母に代わって祝福してあげる時代を設定するのです。 先生が地上にいる父の立場で、息子である霊界にいる興進君の前に、お父様が祝福することのできる権限も伝授し、霊界で祝福したすべての基盤も……、先生が行っていつでも祝福してあげることができる、それと同等な価値を設定するのです。お父様の前に息子たちを立てて祝福しても、お父様が天上世界、霊界の息子の下に行って祝福しても、同じ価値として統一された祝福家庭の意味を立てるために、お父様が息子の前に祝福の権限を相続してあげるのです。それを知らなければなりません。 父親は霊界に行けばお兄さんになります、お兄さん。また、息子は弟になるのです。ですから、父が天のお父様と呼ぶのも、息子が天のお父様と呼ぶのも同じなのです。神様の前では、だれもが息子になるのです。それゆえ、同じ息子ですが、父が先に出てくるので、横的面においては兄の立場に代わることができるのです。 ですから、真の父母が真の父母の立場を完成したということは、息子の立場の完成にもなるのです。霊界に行こうが、地上に行こうが、同じ価値的内容を伝授、一体化させる役事をするのです。真の父母が霊界の長子である興進君を呼んで、このように祝福を受けた家庭を立てて共に統一的宣言をすることによって、先生が祝福してあげず、今後、興進君が祝福するのですが……。興進君がいなくなれば、顯進君がお父様の代わりに祝福をしてあげることができる時代に入るのです。 二世が真の父母に代わって、祝福してあげることができる時代に入るのです。霊界では兄にあたる興進君が行い、地上では弟が行うのです。同じ立場から見れば、興進君がお兄さんで顕進君が弟です。ですから、弟にあたる顕進君が地上世界の皆さんを祝福してあげることもできるのです。 そして、おじいさんとおばあさん、お父さんとお母さん、自分がいれば、この家庭で縦的基準においては、現在三代圏にあたる息子、娘たちが、おじいさんとおばあさんを祝福してあげ、お父さんとお母さんを祝福してあげ、その次には自分たちの祝福の権限を息子の前に渡してあげることができるのです。 旧約時代も堕落したアダムが祝福によって完成し、新約時代も完成して、成約時代も完成することができるのですが、完成の天地の内容について完成、解決することのできる方が真の父母であるというのです。そのような基準が設定されることによって、歴史的に数多くに分岐した天上世界の先祖たちが、すべて一つの立場に立って、この三時代の先祖たちが、祝福を受けたことを代表した立場である三代の孫の前に祝福を受けることができるのです。 孫はおじいさんの愛を受けて、お父さんの愛を受けるのです。二つの世界の愛を受けます。おじいさんは天国を代表し、お父さんはこの地上の国を代表する王たちです。おじいさんの愛、そして現在のお父さんの愛、二つの愛を受けたのが三番目の孫の祝福家庭です。ですから、この祝福家庭は天国を相続し、地上の国を相統した、二つの国を相続した「実」の立場なのです。それゆえ、孫がお父さん、お母さんを祝福してあげることができ、おじいさんとおばあさんを祝福してあげることができる立場に立つのです。 そうして、孫にあたる人が先祖に代わって、蘇生・長成・完成、旧約時代・新約時代・成約時代の完成の立場にあるため、霊界の先祖たちまでをも真の父母の代わり、興進君の代わりとして祝福することができる時代へと越えていくのです。 このようになるとき、天使長圏が長子圏で天側がアベルとなっていたものがひっくり返るのです。天側が長子圏となって、天使長圏がアベルの立場に立つのです。それゆえ、霊界の先祖たちが弟の立場に立ちます。先に霊界に行って、祝福を受けたので……、彼らは地上の真の父母から後になってから祝福を受けたので、弟の立場に立って真の父母に従って天上世界の天国に入ることができるのです。 境界線がないように、先生も霊界と肉界を祝福してあげることができ、興進君と顕進君も、先生の代わりに霊界・肉界を祝福することができる統一的な一つの道を中心として、だれもが共に行うことができるものを伝授してあげる式がこの式なのです。今後、祝福を行うときには、先生が祝福してあげなくてもかまいません。 皆さんにおじいさんとおばあさんがいて、お父さんとお母さん……、こうして三代が祝福を受けた後には、先生の息子である興進君から霊界ですべての祝福を受けたので、それをする必要はないのです。すべてが三代となる孫の時代に、堕落しない立場で祝福することができるのです。神様が一代であり、アダムとエバが二代、その息子、娘が三代です。三代かけてサタンの前に血筋を汚したことを再び復帰して、祝福を受けた家庭となったので、再臨主、真の父母の立場を代身して、自分の地上の一族、親戚がいようがだれであろうが、おじいさん、親戚の何代目の孫まで連結しているすべての人を祝福してあげることができるのです。ゆえに、霊界も系列にそって祝福を受けることができる祝福解放圏時代に前進する! アーメン! その内容をよく知らなければなりません。 今、この場には興進君を中心として、喜進君、榮進君、その次に恵進嬢夫妻がみな参加して、このように並んでいます。祝福家庭の中で皆さんのような……乳児に……祝福を受けたこの数が、相対的な面で一つになって、統一的な家庭理想の実体として天国に向かって、すべてが父母を代身した、兄を代身した、これを絶対信仰・絶対愛・絶対服従する天理の道理を伝授したその家庭は、いつであれ、どのような立場であれ、天国に直行することができる! アーメンだと言うのです。 ですから、先生が伝授式祝福をしてあげなければなりません。先生が行った権限、また興進君が行った権限、弟が行うことのできる権限もすべて興進君を通じて……、神様の許しを得て、真の父母の許しを得ることによって……、この祝福の方向が……。これからは、おじいさんになることができる……、先生はおじいさんです。三代になるのです。そうではないですか?祝福を受けた家庭の二世その息子、娘は三代目にあたるため、おじいさんがしてあげる必要はありません。 そのような時代になったので、次子の立場と三代の先祖となることができる人として、真の父母の祝福を受けて、真の父母の直系の息子の立場に立った興進君と弟にあたる顕進君を立てたならば、顕進君が真の父母の代わり……、兄弟がその先祖たちを解放することができる! これが原理観です。はっきりと知って、このような面を転換する伝授式が………天地が創造されて以降の恨の歴史を蹴飛ばすこのような役事を行うのです。 では皆さんが、三代になるこの息子、娘……祝福を受けた家庭は、祝福を受けてからは、絶対に堕落してはなりません。堕落するようなことになれば、どのようなことが起きるのでしょう。今までのように、真の父母が来て救うことのできる道理の時代は過ぎ去ったのです。 血筋が違ったために……、血筋を完全に転換した、三時代の先祖を代表する王権を受け継いだ、祝福することのできる大将たちとなった夫婦のその血統は、千年万年経ったとしても汚れた血筋を受け入れてはならないのです。純潔を守らなくてはなりません。 祝福家庭の三世たちは絶対に堕落してはなりません。堕落すれば、その血統にサタンが侵犯するのです。そうすれば、神様が唾を吐いて背を向けることによって、メシヤ、真の父母の立場に立つことはできなくなるのです。救いの道がなくなるのです。救いの時代は過ぎ去るのです。 三世が祝福を受けたならば、真の愛の血統を守らなければなりません。堕落した血統をつくってはならないのです。そのようなことは、神様は喜ばれません。一度、堕落すれば、救いを受けることはできません。皆さんが血統を汚せば、先祖たちが降りてきて罰を与えるようになるはずです。直ちに霊界に連れていってしまうこともあるのです。これ以上、そのようなことは許されません。 よく知らなければなりません。深刻です。「真の父母の名で許してください」このように先生に許しを請うことはできないのです。自分の先祖と自分の愛する兄弟たちを犠牲にすることなくしては、救う道理がありません。それでも、その血筋はきれいな血筋ではないため、表面をはがしてあげなければならないのです。純潔な血筋を残さなければならないというのです。深刻なのです。どんなことがあっても血統を守らなければなりません。 そのように知って、ここには霊界の先生の息子、娘である四人の兄弟姉妹、恵進嬢と三兄弟が霊界で祝福を受けて、それら家庭がすべて参加しています。真の父母のお父さん、お母さん、先祖たちもみな祝福を受けて参加し、その次に、皆さんの先祖十二代、二十四代が解放されて、総注目する立場にあるのです。真の父母による地上の祝福は、途方もない内容です。この祝福を、天地の平面基準で同等な価値を伝授するからには、真の父母が行ったすべてのことを長男である興進君が行うことができ、興進君が行うからには弟である顕進君も行うことができる、そのような時代になったのです。そして、皆さん三代になるときには、皆さんが興進君、顕進君の祝福を受けなくても、皆さんの家庭自体で祝福を行っていくそのような時になるのであるということを知らなければなりません。その時を神様は願っているのです。 そのような意味で、天地の創造主である神様も臨席して、全体が地上にきて自由自在に祝福家庭を中心として、いつでも統治、主管し、行動できる時代になるのです。恐ろしい時代になるのです。 皆さんが誤ったときには、昔は、悪魔の天使長が病気にしては薬をあげていたのです。罪を犯せば蕩減させて天側に導いたのです。しかし今後、皆さんが堕落するようなことがあっても、救ってくれる人は永遠にいません。自分の父母、自分の先祖たち、自分の兄弟が犠牲になって、肥やしの山になって育ててやるしかないのですが、相当な歳月がかかるのです。 一度引っかかってしまえば、神様は引っかかったその一族を、アダムとエバに接した以上に憎まれるのです。完成した子孫の血筋を汚した人は、アダムとエバが堕落した数百倍も汚れているという事実を知らなければなりません。 三代圏内にある祝福を受けた家庭たちは、何があろうとも堕落の悲しみを味わうような血族になってはならないということを警告するのです。 では今から、天地が共にある中でこの式を挙行します。ですから、私たちが記念の礼式を代わりに行い、そのような式を経て、「祝福移譲宣布式」を行います。これから式典を準備するプログラムを進行します。 今回、式を行うのですが、霊界と肉界です。悪魔は天上世界にはいません。祝福を受けた先祖たちが天上にぎっしりと詰まっているのです。今では、地上でも悪魔の勢力は失われつつあります。ルーシェルが降参したために、ルーシェルの手下たちの影はあるのですが……、宗教圏にいる祝福を受けた聖人たちをして三三パーセントのすべてを……祝福してあげた彼らを中心として、一〇〇パーセント祝福してあげるため……。蘇生・長成・完成まで……三三パーセントです。それは、天が干渉できる勝利の基盤を中心として祝福してあげたために、それを中心としてイエス様の失敗、国家的基準を立てられなかった失敗、その次には、アダム家庭的メシヤ圏を逆さに半田付けして修理するための転換式です。 天上世界の祝福と地上世界の祝福がこのようになっていたものが、相対的立場に立てられることによって、父母が主体なので主体である立場で息子の前に平面的に連結させるのです。真の父母が縦的に八段階を連結させて完成することができるようにしておいたものを、霊界の司令官である興進君が家庭的司令官となってこれを管理し、相対的基準を……、世界の境界線を合わせることができる時代がきたので、祝福移譲をして呼吸を合わせるのです。 このように呼吸を合わせることのできる、そのような家庭平面縦的な統一完成時代に進入するのです。先生が地上の勝利圏を霊界の勝利圏に代えて、霊界の勝利圏を地上の勝利圏に代えることができる同等な価値を宣布することによって、サタンはこの圏内に入ってくる道理はありません。 それゆえ、ルーシェルの手下たちが服従しなければ、宗教圏を中心として追い出すのです。一〇〇パーセントまで、三三、三三三パーセントですが、蘇生・長成・完成の三分の一は天の圏であるため、天の圏を中心として逆に……。イエス様と聖霊を中心として、孔子、釈迦、ソクラテスを祝福しました。それで、三三パーセントの功労のある人たちを自分たちが祝福したのです。それ以下のすべては、旧約時代・新約時代にアダム家庭、イエス様家庭の失敗を完成的立場に立ってすべての責任を負い、蕩減してあげたために、祝福を同じ立場で受けて、一つの先祖の立場を埋めて行くことができるために、縦的、横的に先祖の責任を継承することによって、どこでも祝福自由化圏を相続、伝授することのできる統一的時代が来た! アーメン! そのように知って、今、霊界の数千億の祝福を受けた人と数億の祝福を受けた人がここに霊的な基準で集まって、象徴的な幼い十六歳以下の少年時代-霊界もそのようになっています-と十六歳以上の祝福を受けた霊界がすべて連結され、相対的な圏が一つになってこの式を進行するということを知らなければなりません。 では、式順を代わりにしなさい。私たちの家庭を中心として……。「ところで、薫淑はどうしましょうか?(お母様)」薫淑! 薫淑はそこに座るように言いなさい。では、薫淑と信哲は、ここに来て立ちなさい。真ん中に来て立ちなさい。 立ち上がって、次にこの人たちはこちらにいてもかまいません。彼らを前にして敬礼して、その次には宗教の代表者たち、今まで行っていたように真ん中に代表者、霊界、肉界があれば統一的にして、それらがすべて終わったら、先生が立ち上がって祝福をしてあげなければなりません。 「では、興進様の家庭と霊界にいらっしゃる榮進様、恵進様、喜進様の家庭……」興進の家庭、榮進、喜進、三人は皆ここに参席して、真の父母の一族がすべてここにぎっしりと集まっていると考えればいいのです。韓国の歴史的な忠臣烈女たち、祝福した人々のすべてがここに参席し、聖人の一族も完全にびっしり集まっていると考えればいいのです。統一です、統一。 天地父母、天国の縦的な神様と地上国の横的な真の父母が一体となって、祝福行事の完成基準を準備したすべてが地上世界の完結と共に天上世界の完結……。天上世界の完結は、地上世界の完結のためであり、地上世界の完結は、天上世界を完結することができる、共に祝福してサタン世界を蕩減解消することができる祝福の権限を、今、天地間において対等な価値として宣布します。 真の父母が行ったことを、天上世界の興進君が行ったすべてを地上世界に直接連結して、神様を中心として頂上にあてて水を注ぐようになれば、真の父母を通じて興進君と顕進君を中心として、霊界の祝福家庭と地上の祝福家庭の統一的環境を配置したこの場で、全体が一か所に前進することができる、真の父母の勝利圏、真の長子、真の次子の勝利圏ですべての祝福を受けた家庭たちも家庭でそのような勝利圏に代替することができる一つの覇権的式を伝授するこの場であることを知るものである! アーメン、アーメン、アーメン! 敬礼式 (1)興進様の家庭が真のご父母様に敬礼 (2)霊界の榮進様、恵進様家庭、喜進様家庭、地上の顕進様をはじめとする真のご子女様、祝福二世と祝福一世、そして祖父母を代表した年長者たち全体を代表して九十六名が真のご父母様に敬礼 (3)この式典に参加した天上の聖人たち、祝福を受けた家庭をはじめとする全祝福家庭の代表と地上の全祝福家庭を代表してすべての参席者が敬礼した後、家庭盟誓の斉唱 み言 金孝南長老! 皆さんが知っていなければならないことがあります。それは、金孝南長老は個体ではないということです。興進君と大母様を中心として、そして忠母様と大兄様を中心として、先生の直系家庭とお母様の直系家庭のあらゆる家庭的な内容、この地上に真の父母の家庭が忠告し、教える、その内容を伝達してくれる一つの中間的媒介体としての役事を行っているのです。ですから、金孝南長老というときには、必ず興進君、大母様、忠母様、大兄様家庭の代表であると考えなければなりません。祝福家庭を代表した万人の女性ではありません。この人は先生の家族、直系の兄と真の父母の家庭の代役者として使っているのです。ですから、尊敬して仕えていかなければなりません。 軽挙妄動してはなりません。ここに入るときには常にそのような天と天国家庭に仕える厳粛な環境に立って、自分が立っている立場をすべて守って、天の威信と体面を失うことがない礼を実行することのできる群れにならなければなりません。 そして、今日このような式をするのは、第一次入籍特別修練会に女性たちが入籍することによって、その息子、娘に責任を持ち、その次に母と息子、娘が一つになって父を完全に悔い改めさせ、理想的な、堕落していない父母の立場を立てて、真の父母の後ろに従って、神様を宝座に侍り、天宙のすべてを喜びの心で旧約時代・新約時代・成約時代、万物と息子、娘と自分たち夫婦をすべて捧げるという、そのような立場に立たなければならないのです。 そうして、愛の実権を再び相続するその場が、初めて故郷の地を持つ出発の場であり、祖国光復の出発の場なのです。ですから、今や、この全体の歴史時代に願っていた祝福家庭たちが持ちえなかったすべてを蕩減して、初めて南北統一のこの混乱時代に責任を負い、私たちの手で祖国光復を実現しなければならないのです。国を求め、本郷の地を求めるこのような厳粛な課題をもって出征した兵士の母たちであり、息子、娘たちであるのです。ですから、これら天地のすべてが協力し、この道の完成に向かって一方通行することによって、勝利の一路、一路に前進していくためのこのような出征命令であるということを知らなければなりません。そして、兵士となって天の威信と伝統に汚点を残すそのような家庭、一世、二世、三世となることなく、霊界の先祖たちの前に恥ずかしくない、誇らしい家庭になることを天地父母は願いながら、祝福を受けた長男の興進君、顕進君、一族全体がこぞって願う場です。ゆえに、その目的達成に少しの間違いもなく、一体理想完結完成を……解放し、天地の勝利的王子王女となることができるよう願います! アーメン そのような意味で、これから先生が興進君を中心として父子一致理念と、その兄と弟を中心として顕進君が父子一致理念を中心として、祝福行事を天地で、どこでも、思いのままに行うことができる解放時代となります。ですから、天が頭となったので、頭に水を注げば、頭の先から足元まで流れるようになっています。空気は隙間さえあればすべて入り込み、太陽の光も入り込み、水も隙間があれば毛細管作用によって頂上まで上がっていくのです。 愛はそのようなものの中でも最も高貴な力を持っているため、隙間があるところには愛が訪ねて入っていき、低気圧となったところには空気が流れていくように、愛が流れ込んでいくのです。サタン世界に穴が開けられたところがあれば、愛で埋めなければなりません。そのような隙間があるところは、太陽の光と空気が通じるように、天上世界に隙間が生じたものをすべて埋めて、統一的な天の所有権を完全な物として前面に押し出すことができる責任を果たすのが祝福を受けて解放された、天国に向かった忠臣忠孝の道理……、真の孝子、孝女の勝利的家庭となるのです! アーメン! そのような内容を知って、そのような目的達成に総進軍することを願って祝福してあげるのです。 祝祷(※祝祷からは三男・文顯進氏の名は一つも聞かれませんでした。文興進様に「祝福権委譲」されていたものと思われます。) (最前列に信哲様、その後ろに薫淑様、薫淑様の左側に金老南長老、その後ろに九十六名を立たせられてから祝祷される) 天上天下の大主宰なる天のお父様、地上世界の大主宰なる横的な真のご父母様、縦的なお父様と真のご父母様が一体となって、天地父母の血統的因縁を九〇度の角度で四方に平準化したこの平面時代と立体世界、前後の世界の前に、共通的な価値を満たしても余りある愛の理想を中心として、家庭においては上下関係、夫婦においては左右関係、前後においては兄弟一体圏の愛を中心として、神様を標準として、全体的標準に相対圏を三六〇度の方向を備えて、存在価値に一元的な、全体球形的な内容に、いかなる二部分でも完全な完成の内容を備えないものはなく、地球星全体と天上世界全体となることを願われる、父の所願成就のこの日が来ました。 ですから、天国のすべての組織編成を新しく地上の真の父母の勝利的組織編成に合わせ、万民を解放的祝福で解放させたのと同様に、ここにも興進君を中心として祝福を受けたそのすべてが父と息子、娘の関係であるために、祝福を受けた家庭が今まで四十年間失敗したすべての傷があったとしても、父と息子、娘、天地父母に代わった地上の父、天上の息子が一つとなって責任を持つことができるようにしてくださいませ。そうして神様の前に、真の父母の立場に真の息子、娘の立場が連結し、祝福家庭も真の家庭的勝利の基準を伝統として受け継ぐことによって、旧約時代に蕩減に不備であった事実、新約・成約時代に不備であった事実を、今回三時代を通じる立場で、勝利の覇権者の立場で、天地父母を代表した地上の真の父母の勝利圏を天上世界の勝利圏に、真の父母の長子圏勝利、天上世界が一体化し、ご父母様の祝福圏を縦横に天宙の三六〇度の球形世界に伝授して、一体圏のどこかで祝福することは天の中心を中心として天地父母の地上・天上の完成を通じて祝福を受けた一意的基準を完全に越えて、統一的な中心の核の立場に可能な存在として立つことができる特権を与えるこの時間であるということを知っております。 地上の父母の祝福の実権行使を、天上の長子の使命を担った興進君、イエス様以下の数多くの聖人たち、数多くの氏族、解放の民族を中心とした祝福を全体の自分の一族の枝を過ぎ、葉まで導いて、地上完成の祝福基準の前に一致して、天上世界の解放的な天国完成の出動出発を宣言するこの時間であり、祝福の継代継承を伝授するこの場でありますゆえ、お父様……、喜びの心で歴史的な恨のすべてを蕩減清算してしまい、解放の喜びと勝利の栄光の賛美、喜びの太鼓の音と歌声で、天地を覆い尽くしても余りある天が「おお、私の愛、私の天国になった」と言って踊り、喜びの日が出発することができますように。そして、祝福完成完了の地上・天上天国完成の天地大道の高速道路に進行、自主的権限を自らの意によって主管することのできる特別な期間に立てた地上・天上世界へ勝利と栄光が億千万世にぎっしりと詰まった愛の純潔な血筋を通して開拓することができるように、祝福、祝福、祝福して下さいませ。 このように、権限の内容を地上にいる真の父母は、天上世界の長子の権限をもって今まで蕩減と苦労の歴史の旗手となるすべてと地上統一と天上統一に平準化する立場で、聖人と殺人鬼の兄弟の友愛に、サタン世界に汚した血を清算して、純潔な血筋を残すことができる統一的な一体一元化時代を迎えることによって、地上解放は天上解放であり、天上解放は地上解放、共に勝利の自主的な地上・天上天国として、あの天国の名が地上、あの地の名が天上の保護者と連結するようにしてくださることを切に請い願います。天地が死に行く中で、今、父子の因縁と兄弟の因縁を通じて、一体的理想祝福の幸福の天宙史的地上・天上天国の泉となって、復活の天上保護者と一体となるように、特権を許しますゆえ、お父様の思いのままに主導主管行使、前進されることを切に請い願います。 真のご父母様の御名で勝利したすべてを天上世界で神様の創造理想の名前と一体となった解放的創造圏を祝福で受け継いできた興進君の解放的祝福をご父母様が直接的に継承し、伝授の呼び掛けと宣言をこの時間にいたしますゆえ、宣言通りに、ご父母様が願うままに成就してくださいますことを願いながら、この時間、今から実践躬行する実績基準が、万天地にあふれて、あふれて、あふれ出て残るのである! 真の父母の御名で切に願いながら、勝利的な内容で報告いたします。アーメン、アーメン、アーメン! 祝祷後のみ言 では、柏手しましょう。地上世界の真の父母の勝利圏を、天上世界の長子権に代わった興進君を中心とした勝利の伝統で、一体的理想で伝授したことを宣布しますゆえ、天地の存在たちは感謝の心で永遠不滅の愛の国と愛の地上・天上天国を抱いて、あらゆる精誠、孝子・孝女・烈女・忠臣・聖人の道理、聖子の道理を果たすべし! お誓いいたします! お誓いいたします! お誓いいたします! お誓いいたします! 興進君は真の父母の望んだみ旨を受け継いで、今後その目的達成に前進全力を尽くすことを地上にいる真の父母と兄弟たちの前に宣布いたします! アーメン! 今、霊界にいる興進君が、好きに分けて食べるように言いましたから、皆さんと一緒に食べるという意味で、これをすべて分けて食べましょう。一つずつ手にして、あそこにいる人たちも、ここに栗もあり、餅もあります。少しずつちぎって食べなさい。あるいは、ここの飲み物、コーラならコーラを十人ほどで分けて飲んで、少しでも飲んだという条件を立ててから帰っていくようにしなさい。 では、さようなら。式を称賛する意味で、神聖なお祝いの食卓を配すべし! アーメン! (万歳三唱)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.12.08
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二〇〇〇年総解怨秋夕記念式二〇〇〇年九月十二日(陰暦八月十五日)、午前七時から八時まで、アメリカのイーストガーデンで真のご子女様たちと教会の指導者ら百二十二名が参席した中で、二〇〇〇年総解怨秋夕記念式を挙行なさった。 記念式の準備 (前面には祭壇が準備されており、右側にはろうそく七本と聖酒が置かれている。聖酒は大きな杯に四杯がひし形におかれ、その間に小さな杯に四杯ずつ十六杯、合わせて二十杯が準備されている。) み言 (ろうそくに点火の後)「二〇〇〇年総解怨秋夕」とは何ですか?これまで韓国では、秋夕(旧盆)には、自分の先祖たちを崇拝してきました。本来ならば、自分の先祖たちを崇拝して、先祖の運勢を受け、それを横的に展開することが創造理想なのです。これが堕落して逆さまになったのです。ですから、何が生じたかというと、墓ができました。平面的な立場のふたが生じたのです。 聖書を見ると、終りの日には「すべての墓が開いて死人が起きる」と記されているでしょう? 彼らが解放されなければならないのです。この式がまさにそれなのです。 霊界も上・中・下の層からなり、地獄も上・中・下からなって、横的にすべてが分かれていますが、堕落することにより壁ができたわけです。この壁をすべて撤廃してあげなければなりません。それで先生が八十歳になって初めての秋夕に、この全体の先祖たちを解放してあげなければなりません。 再臨主は何かというと、サタン世界から見ると、いちばん最後に出てきた天の人なのです。アベルの中で長子権・父母権・王権を抱いたいちばん最後の人だというのです。このお方がすべてのみ旨を果たしたので、霊界から肉界に至るまで、墓のようなものを除去してしまわなければなりません。 縦的にもそうであり、横的な八段階について八定式を中心として、ふさがっていたすべてのものを総体的に開いて、除いてしまわなければなりません。それで八十歳の八月の秋夕、全体を代表できる一つの限界線を抱いて、祝福家庭を中心に連結するのです。 偽りの結婚によって覆われたものを、真の父母の祝福された恵沢圏を中心として、個人時代・家庭時代・氏族時代・民族時代・国家時代、旧約時代・新約時代・成約時代を過ぎて、地上・天上統一的な祝福圏を完成させて、解放圏を展開しておきました。それで、この全体を開いておいてあげてこそ、祝福された家庭を中心として、本来の第四次アダム圏心情世界が、ご父母様から出発するのです。 ですから、皆さんは、真のご父母様の勝利圏を祝福により受け継いだ誰それの名前で祈祷するでしょう? 祝福を受けることにより、そのように祈祷するのです。そうした祈祷をしたのが、今後はどうなります? 第四次アダム圏時代は、祈祷時代ではありません。報告しなければなりません、報告! 報告するには、自分の一生において、きのうよりもきょう、きょうよりもあす……。個人生活から永生生活です。ですから、人生は地上で短期間だけ暮らしてから、永遠なる世界に行って暮らすのです。永遠なる世界に行っても、自分が生きた生活においてすべてを完成できなかったので、あの世に行っても発展していかなければならないのです。 あの世に行っても過去のすべての誤りを……。また、これまで発展過程の蘇生段階から長成・完成段階を越えて、神様まで行くのに、残された明日に向かって、今日のすべての生活をプラスにしていかなければならないのです。一日に一つずつ、一年に一つずつ、さらにプラスとなる善なる働きをしなくては、神様のおられる所に行けないのです。 ですから、すべてのものが妨げとならずに、この道が高速道路とならなければなりません。蕩減復帰歴史を見ると、旧約時代は霊形体級の世界、新約時代は生命体級の世界です。霊界がそのようになっているのです。それから生霊体級の世界となりますが、この段階的になっているすべてを撤廃してしまうのです。 今や、ルーシェルが降伏しましたが、ルーシェルの一族たちが歴史過程で自分たちのとどまった基盤を中心として、離れようとしません。離れようとしないのです。このような門を開いてあげることによって、善なる霊たちがどこに行っても、サタン世界のサタンを追いやることができるのです。サタンを追いやって、これまでサタンが汚したものを浄化できるみ業が、これから始まるのです。ですから、大変革が始まる時が到来するのです。 今回も、先生が国連で国境撤廃を宣言したのです。統一をなすには、国境地帯に平和機構を設けて、すべての国境は天の国に属さなければならないのです。国境を中心として、相反するカイン、アベルの境界線となっています。闘ったのです。ですから、国境を撤廃して、これらが一つにならなければなりません。一つになるには、国境を撤廃した後、互いに衝突していたカイン、アベルどうしを祝福してあげなければならないのです。 これから第四次アダム圏時代に入ってきたら、韓国人は韓国人どうしでは結婚できないのです。国境地帯と、日本人と韓国人が結婚するのです。国境の妨げにあって通じなかったものを撤廃して、一つにならなければなりません。カイン、アベルが一つにならなければなりません。 それで第四次アダム圏、兄弟圏時代に入っていくので、東西南北、東と西、南と北、遠くから結合させてこそ、中央となるのです。ここに境界線があっては、中央が設定されないのです。ですから、真の父母が来てサタン世界を蕩減してから戻り、入ってきて境界線のない立場となり、中央にぴったり立って全体の中心、個人完成、家庭・氏族・民族完成、東西南北の主体的な世界の完成圏をすべて開いてあげなければならないのです。 この地上で生きてから霊界に行ったすべての人たちが、自分の程度に相応する限界のうちに墓のようにすべて覆われているため、自在に往来できません。ですから、これを除去してあげるのが、きょうの式なのです。 それで第四次アダム圏時代を準備して、そのような時が到来したので、こうしたみ業を先生が八十歳の秋夕を迎えるこの場で行うのです。先生もこれまで蕩減復帰歴史をなしてきたので、先祖たちをすべて後にしてきました。先祖たちが霊界に行って、サタン側に立って反対する立場で来たのであり、協助できなかったのです。しかし、これからは反対する時代ではなく、協助できる時が来たので、父母としては墓のようなふたを開き、めくらなければならないのです。そして、祝福家庭を柱として氏族的で、民族的で、国家的な使命を果たすべき時が来ました。 それで国連を中心として……。国連には国がありません。国の基地をつくってあげれば南北統一は……。韓国と北朝鮮の統一にあたって、信じなくてもかまいません。 それならば南北朝鮮の統一の代わりに私が土地を築いて、国連に寄付するのです。先生が百二十万ヘクタールを準備すれば、韓国が百二十万ヘクタール、日本が百二十万ヘクタール、アメリカが百二十万ヘクタール、ドイツが百二十万ヘクタールを準備するのです。四か国を中心として六百万ヘクタールをやれば、二億から三億の人を食べさせていけます。地上でいちばん大きいという国の基準を越えて立てるのです。それで国連に国の基地を私が築いてあげるのです。そうなれば、南北が統一できない場合には切ってしまいます。 国連の基地があるので、先生を中心として祝福家庭が民となり、神様を中心として神様の主権世界に代わりうる国家となるのです。国連国家の基地をつくらなければなりません。ですから、これまで準備したのは何ですか? 超宗教圏、超国家圏、超青年圏、超学生圏、超女性圏をすべて設けておいたのです。これさえ携えて連結させれば国になるのです。 そうすることで、どうなりますか? 人類には神様を中心とした故郷がありません。神様を中心とした祖国がありませんでしたが、故郷の地が設定され、祖国光復が地上に成就することで、万国は一つの国家形態として進展できる時代に入っていくのです。 ですから、先生が平和地区を設定しようと提案するのです。国境地帯は間違いなくサタンが設けたので、これを神様が主管しなければならないのです。国境には必ず悪魔が居座っています。その悪魔とは民族的な怨讐たちです。国境を間にはさんで敵対視していたすべてのものがサタンを中心として……。これは悪魔の実体なのです。これがみ言の中に出てきます。悪魔たちの居座るこの国境線を撤廃して、和合の基盤を連結させることによって、天下が平準化されて、水平になって、天の国に直行できる道が開かれるのです。 そのようなことを普遍妥当化させるため、真の父母が勝利の基盤の上でこうしたことを宣布してあげなければならないのです。そのような式が、きょうのこの秋夕です。先生が八十歳を迎える八月の秋夕なのです。 ですから、来るべき再臨主というのは、神様の側において出発であると同時にサタン世界においては、いちばん最後です。それで、これまで先祖として生まれては死んだカイン世界のすべての者に誰が責任を負うべきかというと、真の父母なのです。偽りの父母は責任を負えません。偽りの父母に属していたものは、サタン圏にあったので、すべて勝利して引き継いで、これを真の父母が前面に立て入っていった後に、境界線があってはならないのです。 旧約時代・新約時代・成約時代、そして人々が暮らして埋められている墓、各個々人が生活していた所にすべて境界線となっていましたが、これを完全に開いてしまわなければならないのです。それは真の父母だけがやるのであり、神様もできません。勝利した真の父母だけができる特権です。 こうすることによって、霊界と肉界の同化時代に入っていくのです。ですから、今後、悪なる人々、み旨に反した人々は、自分たちも知らずに徐々に天が整理していくのです。直接的な蕩減時代です。蕩減がありません。今は即決時代に入ったので、過ちを犯せば、その誤ったことを中心とし、代価を中心として、自分たちが蕩減を受けて、自分の限界圏内にとどまるのです。霊界の監獄に行くのです。 霊界の監獄に行って限界圏に残されたものをすべて清算しなければなりません。その門を開いてあげなければなりません。このような式をしてあげることで、今から死後に行くべき霊界までも門が開かれるので、絶対信仰、その次には絶対愛・絶対服従しなければなりません。 神様が天地を創造するとき、神様ご自身が語られたことを絶対信仰したのです。「私が語ったことは絶対的に成就する!」と言ったのです。その成就したもの自体は、愛しうる相対のためのすべての元素になったのです。相対を創造しうる要素となるので、絶対信仰をもってつくったのは、絶対愛の存在ですが、絶対愛する存在を神様のように偉大にするには、蘇生・長成・完成の段階を中心として、神様が投入しなければなりません。 投入して忘れてしまい、投入して忘れてしまうというのが、最後まで上がっていけば、終わりまで投入しようとすれば交代するのです。息をはーっと吐き出せば、吸うなと言っても、吸うようになっているのです。吐き出した後には、いちばん後には、あちらの反対側から息を吸い始めるのです。そうではないですか? 高気圧圏が生じれば、低気圧のいちばん弱い場にシューッと高気圧が移っていき、弱い場がプラスになります。プラスとなったマイナスの立場の上に上がっていき、下に押すときには、地がプラスですが、こうしてさらに強く下に押すので、次第に大きくなりうる運動となるのです。 絶対温度というのがあります。摂氏マイナス二七三度とかになりますが、その度数を越えると戻ってくるようになっているのです。ですから、最後まで投入して忘れれば、自動的に運動が永遠に継続して大きくなっていくのです。そのような原則と原理観的な面から投入して忘れてしまい、投入して忘れてしまう立場に立とうとするので、神様は自己中心的な概念を抱くことができないのです。愛の相対が完成するときまで、投入して忘れてしまうのです。 アダム、エバを祝福して、自分の相対理想圏に絶対統一しうる場まで行けば、自動的に与えていた価値は還元されて戻ってくるのです。戻ってくるのに、その相対的な価値がプラスになることによって、与えていたものより大きくなるので、これを授受することによって、永続的な運動を開始することができるのです。この運動を今からするのです。 さあ、そのような意味で、これは重要な式なのです。誰でもここに参席できるというわけではありません。この場には、神様のために天の国におけるすべての中心支部の代表者から、地上を代表しうるすべての教祖たちが参席しなければなりません。そのような人たちを代表して、この場に参席したことを知らなければならないのです。本来は七百名、八百名を越えなければなりません。八数です、八数。(祭壇に聖酒かおかれている所を指されて)この東西南北を中心として、四つを中心として一つにならなければなりません。それはいくつですか? 四×四は十六と東西南北の四を足せば二十です。二十個なのです。手足を合わせれば二十個です。人が立って、歩いて、働いて、すべての活動をする所には手足が動くのです。もちろん体も頭も動きますが、主に動くのは手足です。手足が動いていくで ですから、天地の度数を見ると、(右手を親指から一つずつ折られて)鉱物時代それから植物時代、それから動物時代、それから人間時代、それから神様です。五数なのです。五数を中心としてこの四数です。四肢を通じた二十数が私たち人間の二十数です。男性、女性を合わせることによって四十数です。四十数を中心として定着するのです。 相軒氏もそうではないですか? 霊界で定着したのも、霊界と肉界の四十日間を中心として定着するというのです。それで四十数を中心として連結しているのです。男性も女性もすべて二十数です。 そのような意味で、四方が、東西南北がふさがったら、すべて開いてあげなければならないのです。五段階を中心としても、ふさがるものなく、開いておかなければなりません。その中心の立場に神様と真の父母が立てば、宇宙を代表した五段階となって、全世界が通じることのできる道が展開されます。 ですから、人を中心として見れば上下・前後・左右です。電気でいうと、ここに電気一つさえ通じれば、すべてが百ボルトになるのです。負荷がかかりません。真の愛はどんなに立体が大きくても、負荷がかからないのです。消耗が起こらないというのです。 そのような意味で、今回、墓を、死亡圏を解体させるこのような時代になったので、二〇〇〇年総解怨秋夕節です。総解怨秋夕です、秋夕! 秋夕は韓国人の名節ですが、主流国家に神様が礼物として与えた、先祖を崇拝できる日です。後孫たちが先祖を崇拝してあげてこそ、先祖たちの道が開けるのです。ですから、韓国人たちが先祖に侍ってきた伝統により、いくら難しい立場に立っても、自主的な国家形態を四十年以上、踏みにじられずに歩んできたのです。それで、きょうの式が重要なのです。 それでは、皆さんがこの場で敬礼するとき、全体がご父母様に三度敬礼して、それから東西南北に向かって、一度ずつ敬礼するのです。四方に敬礼するのはどうしてでしょうか? 地上世界と天上世界に満ちているすべての霊人たちと人類を代表して、四方に連結させなければなりません。連結させて先生が祝福をしてあげなければならないのです。 天地が一か所に焦点を合わせて、宣布するこの式が全体を代表する儀式であるとわきまえ、そのような場に参席したので、皆さんの責任が重要なのです。皆さんの行く道も、そのような責任を担当するため、生きなければなりません。統一教人たちが、そのように生きるのです。霊界を解放したその場において、神様の息子・娘の権威を抱ける家庭を成立しなければならないのです。 祈祷 (前面に向かってご父母様が手をつながれて)愛するお父様! きょうは韓国が歴史を通じて秋夕として記念する日でございます。この日は、先祖たちに侍って、刈り入れたすべての収穫物を奉献すると同時に、一年のすべてを共に暮らし、共に協助された先祖たちの恩徳と天の恩徳を考えながら、先祖を崇拝する日として記念する秋夕の日でございます。 このような日を数千年、数万年、数十万年と経てきた蕩減の歴史をたどりながら、主流民族である韓民族を立て、この伝統的な思想を中心として、いかなる民族の前にもなかった先祖崇拝の一つの本国たる国を立てられました。歴史的な蕩減の一つの標本的な基準を残された、この国を中心として、真の父母を立て、全宇宙の全体解放圏を立てようとされる、あなたがいらっしやいますことを心から感謝申し上げます。 歴史時代に数多くの私たちの先祖が先祖たちを崇拝してきたすべての恵みにより、先祖たちが天上世界で発展して、神様に侍ることのできる代表的な民族の足場を地上で備えてあげることで、天上で連結させうる恵沢圏を受け継ぎ、その足場の上に真の父母をこの地に送られました。 韓国の領土が裂かれたすべて凶悪な環境にもかかわらず、これを収拾して、解放的な天の所有権に連結させうるこのような伝統の歴史を識別するため、南北が分かれて悲惨なる環境に立っている世界情勢の中にあって、これを越えて、国連を中心とした新しい建国理想を中心として、主権が必要であり、民が必要であり、国土が必要になりました。 すべてが南北の統一基地を中心に築こうとした国家的な基準を越えて、世界を代表したアメリカの地において、キリスト教と政治の境界線を埋めて、これが一つとなり、宗教間の境界線を埋めて、教派間の境界線を埋めて、家庭間の境界線を埋めて、各個人の良心基準である体、心の境界線を埋めて、天の祝福された国として、神様を中心とした第一イスラエル選民圏を受け継いだ第ニイスラエル圏となりました。 第二イスラエル圏になると同時に、第三イスラエル圏である韓国と結束し、世界的な途上に越えていける国連に天の国の祖国光復を一体化させ、総体的な定着基地を願われて、すでにかなり前からこうした国連工作のため、歩んできたすべてが、み旨が忙しいことによって、今回、国連において新たに天が志向できる、国連の行くべき道をすべて指示いたしました。 ここで国境線を撤廃することにより、平和の基地をつくることが、統一教会の使命であり、統一教会の絶対義務であり、この責任を担うため、新しい決心をいたしました。私たちが日常生活において、国境撤廃とこれを愛により水平化させるという生活哲学を中心として、サタンと神様が反対していたものを埋めて、愛により一つの一族圏を中心として……、天使世界もアダムのための本然基準に定着させるべき、アダム解放圏を立てることにより、アダムが失敗して墓の道をふさいでいたすべてのものを真の父母の立場に立って、解放圏を立てることにより、これを除去できるすべての特別なる恵みの時代を迎えることとなりました。 第四次解放圏の心情世界を迎えるためには、すべての民族が兄弟であり、すべての国家が兄弟であり、天地の全体が神様の血統を受け継いだ一族となって、一切一族の名前を中心として統一的に地上・天上化しうる世界に前進する決意を固めなければなりません。民族の精気を集中させて、歴史的な摂理路程において、あなたが苦労されたすべての恨の歴史を踏み消して、これを掃除して、浄化できる解放的な土台を宣布するこの時間となりました。 ですから、神様、この日を覚えてくださり、真の父母と一心一体となり、新しい心、勝利的な解放の心情を持って、すべてを神様が自主的な立場で自由通路、上下・前後・左右立体世界のどこでも自由権限を備えられるよう、サタン圏の死亡のこの墓場を撤廃して、生命の復活の場として元返すこの時間となったのでございます。 この場に自ら、あなたと真の父母が一体となられて、願われるままに成就、勝利、すべての整備を完成して解放的な地上・天上天国、自主的な勝利の人間の権威を持って、主人の行使を、生まれながらにして、生きながら、永遠なる天の国まで神様と共に代身できる家庭的な理想を拡大した地上・天上世界となるよう、許諾してくださることを切にお願いいたします。 きょう、この式により霊界のすべての霊人、地上のすべての境界線……、自主的な立場に立てなかった神様が自由に顕現なさることで、天のために絶対信仰・絶対愛・絶対服従する子女たちが、被造万物とともに一つとなり、あなたの愛の主権を拡大させる義務と責務を急速に完成させる総動員協助協力時代に前進することを願って、この式を挙行しますので、「二〇〇〇年総解怨秋夕節」を奉献いたしますので、お受けくださいませ。 喜ばしいこの日を定められ、新しい世界に向かって前進できる総被造世界とならせてくださいませ。真のご父母様の御名によりご報告申し上げます! アーメン! アーメン! アーメン! 敬礼 (1)真のご父母様が神様に一拝された後、「敬礼は三拝して、立ちあがり、東西南北にそれぞれ一杯ずつ、四拝するのです」と語られた。 (2)真のお母様が、真のお父様に一拝された後、「先生が八十歳を迎える秋夕を通じて、旧約時代・新約時代・成約時代、霊界から見ると、霊形体時代・生命体時代・生霊体時代をすべて越えていくのです。これを四方に展開させる式なのです」と語られた。 (3)参席者全員が真のご父母様に三拝し、 (4)参席者全員が東西南北に向かって、それぞれ四拝した。 聖酒によって宇宙を聖別 (アベル圏を代表して孝進権、顯進様、國進様、亨進様が大きな杯に入った聖酒を手に持たれて、カイン圏を代表して郭錠煥、朴重眩、黄善祚、梁昌植会長が小さな杯に入った聖酒を四杯ずつ持って外に出た。 このとき真のお父様は、中にいる参席者たちに「ここでは祈祷する心でいなければなりません。あの聖酒によって宇宙を聖別するのです」と語られた。 外ではアベル圏とカィン圏を代表した八名が、それぞれ二名ずつ東西南北に向かって立ち、聖酒をまくことで宇宙を聖別した)。 祝祷 愛するお父様! きょう、二〇〇〇年陰暦八月十五日、この日は韓国民族が秋夕として先祖たちを仰ぎ見る日です。秋の季節を迎えて、新たに実りを刈り入れ、神様を中心とした先祖たちに侍ることのできる伝統を守ってきた、記念の名節を代身した日でございます。 陽暦では九月十二日、陰暦と陽暦を合わせて、祝賀するこの日を東・西洋が合わさり、祝賀する日として立て、天地が合わさって、祝賀する日として立て、先祖たちとその後孫たちが合わさり、一体となって、天の父母に侍らなければなりません。 天理大道の伝統的な歴史を、天の大道に代わって祝福された家庭が、家庭を中心として定着させるには、天地父母に代わり、天地に代わって、東西南北のあらゆる万有の存在と人類に代わって祝福されて立てた家庭であることを考えるのでございます。全天宙の万有の存在、霊・肉界を合わせた存在全体が、私たちの家庭により、永遠なる世界に誇りとする地上天国の基盤があることを後代に誇りうるようになったことを感謝いたします。 天上に行っている聖人、聖子からこれまで恨の歴史を持って、地上に理想的な家庭標準を一つも残すことができず……、この地上に真の父母が臨在し、定着することをどれほど待望されたでしょうか? そして、定着した家庭基盤が世界の頂上を越えて、天地白昼に宣布するのに、反対されず、歓迎されうる時代まで、開拓の道を歩ませてくださった天のお父様がおられることを知り、地上にお父様がおられたことを知りうる祝福家庭が、天上世界と地上世界に数十億、数百億ございます。 この数十億、数百億の人たちが、今はみ旨を中心として、鉄の城のごとく擁護して、一つの目標達成の撃破に向けて、前進しているこのとき、これまで地上世界と天上世界にふさがったすべての壁、心の世界と体の世界、肉的な五官と霊的な五官のそのすべての隔たりにあった数多くの境界線を撃破してしまわなければなりません。 これらの境界線を一つにするには……、怨讐を愛するにおいて、自分の息子・娘を犠牲にして怨讐を救おうとされるお父様の愛を中心としてきた、その愛を実践できる家庭の結実体を、地上と天上世界の生涯に残さなくては、地獄の門を開いて死亡の世界を撃破し、生命圏に連結できないことを知っております。 それを知っている統一教会の祝福された群れ、霊界の祝福された真の父母の一族を合わせて、今日、この時間にすべての境界線、縦的な八段階と横的な八段階でふさがっている壁を清算して、一つの主体的な愛の主権を中心とした世界祖国光復、故郷光復のためにこれまで闘ってきたすべてを、今や世の中の前に発表し、実践できる時代を、行動により展開していくようになりました。 統一教会の全体を代表して霊界にいる全体の祝福家庭を代表して、真の父母は天地父母を代表して、自由自在に東西南北、中央のどこでも、縦的世界のどこでも次元を異にする場で、これを克服して、すべてを思いのまま主管できる愛の統一天国に向かって、すべてが同じ生命力を抱いた一つの方向と目的に向かって、天の前に忠孝の道理を果たせる道を開放するため、このようなきょうを中心とした「二○○○年総解怨秋夕節」を記念する時間を持ったのでございます。 きょう、記念式の説明を通じたすべての内容が、一切お父様の心情の下に宿り、地上の真の父母と一体となり、天地万物が願ったすべての障壁を、墓のようなこの障壁を取り払ってしまい、自主的な解放圏を中心として忠孝の道理を誓いながら、絶対信仰・絶対愛・絶対服従する群れを、悪魔までも天の一族に所属させようとするお父様の愛の前に、すべてのものが統一的な解放圏の懐に抱かれるよう、この日から全霊界を出動させて、動員されることをお父様、切にお願いいたします。 少数の群れがこれを記念する時間となりましたので……、人類全体、天上世界と地上世界の全体に代わった祝福家庭と霊界全体が一つの責任を中心として、ここから四方に拡散できる、祝福の恵沢圏を……、真の父母の血統的な因縁を連結させうる、すべてを拡張するこの時間でございます。ですから、神様と真の父母は平面を通じて、このみ業が万世に地上・天上いかなる環境を越えても、適用されうるよう、命令してくださいませ! 命令一下に一切がその目的に向かっていく方向に妨げなしに、悪魔たちまでも順応できる道理を備えるよう許諾してくださいませ。 宗教圏で祝福したすべての霊界の人々をすべて地上に送られて、彼らを監督してサタンが支配するのを分別し、堕落圏以下の立場に立てるとともに、祝福された家庭は堕落圏以上の世界で解放天国に前進、前進、前進できる光明の天国に連結されるようにしてくださいませ! 真の父母の御名によりこのみ業を報告して、このみ業を宣言いたしますので、み意のままに成就してくださいませ。真のご父母様の御名により報告して宣布いたします! アーメン! アーメン! アーメン! 真のお父様のみ言 (万歳三唱の後)今から八月の秋タになれば、統一教会の信徒は、善なる先祖たち、自分の一族、また聖人の名前とともに、忠臣の名前とともに、彼らにすべて侍り、民の前にそのような伝統を連結させる働きをしなければなりません。 今までキリスト教では、「先祖をまつることは偶像崇拝である」と主張しましたが、それは知らないからそう言うのです。霊界を見ると、先祖たちが発展するには後孫たちが精誠を尽くさなければならないのです。それが霊界の実相であり、皆がよく知っている内容です。今までそのようにしてきたのです。 今まで先祖たちが、後代の後孫たちを助けてあげるのではなく、利用したのです。それが今や真の父母が現れて、行く道を整えてあげたので、先祖たちが解放された恵沢に該当する恵みを中心として、地上にそのような圏内にある後孫たちを訪ねてきて、助けてあげるのです。 カイン、アベル、天使長圏とアダム圏関係で地上に天使長圏の先祖たちが合わさり、祝福を受けても、受けなくても、個人・氏族・民族の全体がそのような関係に進展することで、霊界の被害を受けずに、霊界の助けを受けられる時代になっただけに、自分たちが地上生活でためらうなというのです。自信を持って絶対信仰・絶対愛・絶対服従により、為に生きる生活をしなさいというのです。自分に重きをおいた生活は、今から消え去っていくのです。 今から自分のためにという者は、国境をそのまま残すという者なのです。私たちはこれを全廃させるためのものです。墓となりうる、暗闇の影を解放させてあげるこの式であると知って、自信をもってどこでも発表しなければなりません。統一教会を誇らなければなりません。真の父母を誇り、統一教会で主張する国境撤廃、その次に国連国家、一つの国を築くために歩んでいかなければなりません。そのような側面から今、教育するわけです。 国境とは何ですか? 今まで宗教圏と政治圏が国境でした。そして宗教と宗教が国境です。教派と教団が国境です。それから家庭と家庭がすべて国境です。為に生きる愛さえ抱いていけば、このすべては撤廃されるのです。為に生きる生活をすることで、地上に天国が拡大されるのです。核を拡大する生活をもって、皆さんの一生にどれほど影響を及ぼしたかということで、あの世に行って天の愛の圏内に抱かれうる位置が決定されるということを、はっきり知らなければなりません。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.29
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第十二回「八定式」における御言成約八年 2000年8月31日アラスカ州コディアク、ノースガーデン 真のご父母様は、第十二回「八定式」をアラスカのコディアクにあるノースガーデンで祝われました。朝六時からは敬礼式が行われ、式典には主に「真のご父母様ご聖婚四十周年記念・第二回アラスカ国際釣り大会」の参加者が臨み、その後「訓読会」が行われ、第一回「八定式」の際に語られたみ言を訓読。「訓読会」に続いて真のお父様が語られたものです。 今回、初めてここに来た人は、手を挙げてください。初めて来た人が、こんなにたくさんいるのですか?。田舎者ですね。(笑い) 「八定式」という言葉を初めて聞く人もいるでしょう。第一回のときに、摂理史の全般的な内容をすべて包括して語っておきました。どのくらい成し遂げられたのですか?。十二年前であり、満十一年になりますが、十二年目の今日と比較してみれば、アメリカも、キリスト教文化圏がすべて反対する最高の怨讐だったのですが、今では怨讐自身が、国家自体も宗教自体も、先生に自然屈伏する段階に入りました。そうして、今では自分の位置を立て、世界的な代表の位置で責任を持とうとする基準を立てるようになりました。と同時に、国連は本来、アメリカが立てたものです。 国連は、一九四〇年代につくられ、戦勝国が敗戦国を解放させたのです。そのようなことが歴史上に起きたのですが、それは何かというと、カインとアベルの兄弟が闘い、兄がサタン側となって弟を殺したことを蕩減復帰して弟が勝利し、アベル的覇権主義国家の代表であるアメリカを中心として、全世界が弟の位置で保護を受けることのできる立場に立つべきであったということです。 しかし、それにもかかわらず、統一教会に反対しました。キリスト教が真の父母を迎えるための責任を果たすことができずに反対したのです。ですから、統一教会の一番の怨讐はだれかというと、キリスト教なのです。キリスト教の背後では、共産党と一つになり……。その思想的な基準を見れば、人本主義思想、そして享楽主義に陥った肉体派思想までが一つになって、キリスト教を中心として共産党が活動を展開し、今まで統一教会のレバレンド・ムーンを撃破する運動をしてきたのです。 個人的に撃破しようとし、家庭的撃破、氏族、民族、国家、世界的に総合して撃破しようとしましたが、撃破できませんでした。それは、神様が許しません。今まで、迫害して死ぬ境界線まで引いていきましたが、生命に対しては、自分の自主権限がないので、手を出すことができないのです。 生命権限には天が干渉しているので、困難な個人的世界迫害時代を通過し、家庭的、氏族、民族、国家、天宙的迫害、すべての迫害の環境が先生の一身を中心として攻撃し、先生を打倒しようとしましたが、果たせませんでした。そうして、天の側が失敗したのではなく、サタンの側が失敗し、先生はアメリカを超えて国連の頂上まで上がってきたのです。分かりますか?(「はい」) 国連が行くべき方向は、世の中のだれにも分かりません。今からは、先生の言うことを聞かなければ、国連は立ち行かなくなるようになっているのです。アメリカもそうであり、全世界がそうです。日本もそうであり、共産党もそうです。 中共とロシア、アメリカ、日本、その十二歳から二十四歳までの若い二世たちを再教育しなければ、世界には未来像がありません。それ以外のすべての人々、家庭を持ったすべての民族、国家に未来はないようになっているのです。これを防御すべき責任が統一教会にあるので、祝福というものを中心として、今から未婚男女の祝福時代に入っていくのです。 今までは、自分勝手に堕落した家庭まで収拾してあげました。それから、契約結婚をして修羅場になったフリーセックスの群れたちを、すべて抱き込んであげました。しかし、そのような使命をしなければならないのが真の父母ではありません。 真の父母は、純潔な善男善女、宗教で言えばカトリックの神父と修道女、東洋では僧と尼僧、彼らを祝福してあげなければならないのです。しかし、宗教圏が一つになって先生を迎えることができませんでした。そうして、堕落したアダムとエバは、愛を一度失敗して地獄に差し込まれたのですが、その何百倍も醜悪で堕落した群れを収拾し、虫がわいているようなものを、先生は四十年間、肥だめに入って生かしてあげてきました。しかし、それは、統一教会の先生がすべきことではありません。分かりますか?(「はい」) 今から、四億三千万双の善男善女の結婚が完全に終われば、すべてが終わるのです。 すべて病気にかかってしまいました。家庭問題です。青少年の淪落と家庭破綻の問題を、いかなる政府も手を出すことはできません。神様も、堕落していくアダムとエバに手を出されることができなかったので、これに手を出して治めることのできる存在はいないのです。 いくら政治的な理念を持っていても、教育理念や思想理念を持っていたとしても、青少年の淪落と家庭破綻を防備する道はありません。これを防備する防備策は、ひとえに真の父母にしかないのです。 偽りの父母がこのようにしたのであり、法がそのようになっているので、神様も創造理想を破壊したものを治すことはできません。人間が過ちを犯したのですから、人間が蕩減しなけれならないのです。それゆえに、偽りの父母が堕落することによってなされたものは、真の父母が来て、すべての歴史的な病巣を手術して治してあげなければ、これを治すことはできません。治すことはできないのです。解放圏はありえません。ですから、それを成すことが統一教会の中心的使命なのです。 統一教会は、若い青少年を新しい天の国に必要な「愛国忠臣烈女」にするという使命を果たさなければなりません。そして、あなたたちが祝福を受けて神様の血統を受け継ぎ、どこであろうとも、その植えられた万物は、種ができれば、その種はいつでも天の側に属し、天国に属する種となるのです。ですから、家庭破綻と青少年の淪落を防止することはだれにもできませんが、これは真の父母だけが可能なのです。それは、どうして可能なのでしょうか? 真の父母は、神様の秘密を知り、サタンの秘密を知っているのです。どうして病気になったのかという、その動機を知っているので、逆さまに持っていって合わせることによって、解放されるのです。それが統一教会で言う祝福なのです。 祝福の中には、個人的な祝福圏、家庭祝福圏、氏族祝福圏、民族祝福圏、国家祝福圏、世界祝福圏、天地を完結した祝福圏があり、それを真の父母がサタン世界と闘って再び捜し立てたので、その基準が個人から、さっと、ピラミッドのように立っているのです。ここに、相対基準として個人時代、家庭時代、氏族時代、民族時代、国家時代、世界時代があります。そこに歩調を合わせ、絶対愛を中心として絶対信仰し、絶対服従する、このような起点さえ一致すれば、その時代の恵沢を受けるのです。 今、世界時代に入ってきました。そのために、聖人と殺人鬼を一緒に祝福してあげたのです。その聖人はだれであり、殺人魔はだれですか?。殺人魔とはだれなのかというと、お兄さんのカインです。聖人はだれかというと、アベルです。 これが今まで、歴史時代において闘ってきたのですが、終わりの日に、共に神様の前で、あるいは堕落していない真の父母の前で祝福を受けることができたのです。偽りの父母によって破綻させられたものを、すべて縫い合わせて修理し、水平線をつくって祝福をしました。 潮水で例えて言えば、入ってきた水が再び出ていくときに、先頭の水が聖人であるとすれば、最後に出ていく水はだれかというと、それは悪なる者たちなのです。それでは、水が帰ってくるときには、先に出ていった水が先に入ってくるのですか?。どちらが先に入ってくるのですか?(「最後に出ていった水です」)。最後に出ていった水が、先に入ってくるのです。最後の水が先に入ってきて、水平になるのです。 堕落していなければ、水平は、家庭的水平であると同時に氏族的水平、民族的水平、国家的水平、天地の水平基準となるべきであったのですが、堕落してしまったので、これをすべて埋めてしまいました。家庭水平基準を破壊し、氏族、民族、国家、世界、天宙まで、すべての水平を破壊して、悪魔の天下となってしまったのです。そして、一番の問題は何かというと、男女の愛の問題をことごとく蹂躙したということです。何のことか分かりますか?。総結論は、サタンが終わりの日に何かというと、男女が愛すべき……。 愛は、生命の源泉です。永生の源泉なのです。神様も愛を中心として存続していかれるのですが、この愛の理想の根本となる男女の生殖器が、すべてぼろ切れのようになってしまったのです。分かりますか? フリーセックスとは何ですか?。フリーセックスだけではありません。近親相カン関係です。おじいさんが孫娘と暮らしています。義理の父と嫁が暮らし、孫とおばあさんが暮らしています。近親相カン関係だというのです。すべてのものが、めちゃくちゃになってしまいました。ですから、サタンはこれをつくり、「神様。あなたの創造理想は、愛の理想を通して成される世界であり、それが天国であるというとき、いくらそれがあなたの創造原則であるとしても、このようにめちゃくちゃになったところに、あなたの理想を実現することは可能なのですか?」と讒訴するのです。サタンは、それが永遠に不可能だと思いました。 しかし、これが偽りの父母であるサタンがつくったものであるがゆえに、内外すべてのことを知っている真の父母が手術をし、薬を製造して飲ませることによって、治すことができるのです。反対です。反対に行くことができるのです。 個人的な水平圏破壊、家庭的な水平圏、氏族、民族、国家、世界、天地の水平をすべて破壊しました。そして、地獄と天国を分けたのです。何ゆえに分かれたのでしょうか?。それは、結婚を誤ったからです。分かりますか? 聖人と殺人鬼が(誤って)結婚したので国境ができました。国境は、そのようにしてできたのです。ですから、真の父母が来て聖人と殺人鬼とを同じ位置で祝福してあげ、堕落していない……。 アダムとエバも、自分の家庭においてカインが弟のアベルを殺すことは願っていませんでした。それでは、何が願いだったのでしょうか?。共に祝福してあげ、共に神様と一致することのできる家庭理想を成すことだったのです。それを再び取り戻すという願いが、その位置に残っているので、それを知っている真の父母は、その特権を持って聖人と殺人鬼を同じ位置で祝福したのです。それで、地獄の門が撤廃され、境界線が撤廃されてしまったのです。境界線を撤廃したのです。分かりますか?(「はい」) 李相軒氏の報告を聞けば、そこに聖人たちが先生にあてて書いた報告の内容があるので、それを聞いてよく知っているでしょう?。そのように、サタン世界、共産党の頭、第二次大戦を引き起こした頭であるヒトラー、ムッソリーニ、東條、それから共産世界のマルクス、レーニン、スターリン、彼らを九八年六月十三日を中心として聖人と一緒に祝福しました。歴史的事実です。 それは、神様が公認されなければならず、サタンが公認しなければならず、真の父母が公認するのです。それゆえに、地獄と天国の国境を撤廃して水平をつくっておいたのです。ですから、国の国境もすべて撤廃してしまわなければなりません。文化の国境もです。 世の中はそうではないでしょうか?。世の中で一番の問題とは何かというと、東西文化の格差です。東洋は精神文明、西洋は物質文明、ここに格差があるのです。それから南北の格差の問題です。それはだれがつくったのでしょうか?。堕落のゆえに、そのようになったのです。サタンのゆえに、そのようになったのです。これを撤廃してしまわなければなりません。 万物の世界に国境がありますか?(「ありません」)。雀が飛んでいって国境で止まり、ビザをもらいますか?。虫一匹でも、あり一匹でも、そのような関係は持ちません。ところが、万物の霊長の人間が、なぜこのようになっているのですか?。ですから、国境線を撤廃しなければなりません。分かりますね?(「はい」) ですから、先進国が「わたしは日本人、わたしはアメリカ人」と言ってはなりません。それは野良犬たちです。地獄の底に落ちるということを知らなければなりません。今は、そのようになっているのです。 だれにもアメリカを収拾することはできません。アメリカを助けようとすれば、レバレンド・ムーンにお願いしなければなりません。腐敗した家庭破綻、青少年の淪落の治療方法、その薬の調合方法は、文総裁にしか分かりません。その注射薬を持っている人は、文総裁しかいないのです。その注射薬は「祝福注射薬」です。分かりますか?(「はい」) 先生の家庭迫害時代は、すべて過ぎていきました。氏族迫害時代も、すべて過ぎていきました。民族迫害時代も、すべて過ぎていきました。国家迫害時代も、すべて過ぎていきました。世界と国家の代表がアメリカではないですか?。アメリカ自体が……。 キリスト教が反対し、宗教圏が反対し、主権が反対しましたが、今では間違いなく、生きるためにはレバレンド・ムーンのお尻にしがみついていなければならないようになりました。分かりますか?(「はい」) 国連で、GO(政府組織)が国を滅ぼし、寄生虫のようになっています。国連をすべて食いちぎってしまいました。それで、NGO(非政府組織)を通して、国家の代表が集まって、小さい自国の利益を追求する寄生虫を追放してしまうのです。NGOを中心として統一するのです。分かりますか?(「はい」) それで今回、「アッセンブリー二〇〇〇」を中心としてNGOの二〇〇〇年総会です。それを新しく結成して国連の手入れをし、新しく上院と下院に編成して国の形態をつくってあげるのです。国の形態をつくってあげるのですが、土地がありません。土地がないので、わたしが準備してあげたというのです。分かりますか?(「はい」) 南北が統一教会の方策に反対すれば、打たれてしまうのです。その国や、その土地にしがみついていくレバレンド・ムーンではありません。準備した土地は、それ以上に大きいのです。それゆえに、韓国の反対側に当たる最南方の南米四か国を中心として連合し、その土地を代わりとするために今まで準備してきたのです。 韓国動乱というものは内乱なのですが、その内乱に世界の国家が加担したのは、それが神様とサタンの闘いだったので加担したのです。「板門店」という言葉ですが、天の国に入っていく「金門店」となるものが、なぜ「板門店」になったのですか?。これを取り払って「金門店」をつくらなければならないという責任があるのです。 それゆえに、この戦争は神様の戦争なのです。神様を否定する唯物論と神様を絶対視する唯心論が、世界史的な運命を懸けて闘ったのです。ここに、十六か国からなる国連軍が入ってきて、血を流しました。十六数なのです。冷戦時代における韓国でのオリンピック大会でも、両分されていた百六十か国が初めて一つになることによって、冷戦時代が過ぎていったことを意味したのです。 ですから、韓国は重要な所だというのです。天地を中心として、神様とサタンが占領して闘っていましたが、それは、すべてのものを神様が引き継ぐための闘いであったのです。それにもかかわらず、アイゼンハワーの時代の一九五三年に休戦したのです。 わたしは、アイゼンハワー大統領に会って話したことがあります。その当時、中国でのダライ・ラマ事件が起きていました。全世界の宗教圏が、彼を支持している時であり、それがアイゼンハワー大統領の時だったのです。 例えば、お金を十億くらい預けて、宗教圏の結束を誓って体制を整えていたならば、共産党は出てこないのです。そのような話をしましたが、政治というものは、そのようにできないのです。それで、アイゼンハワー自身が、歴史に汚点を残す大統領になったのです。 問題は、水平時代において、怨讐に復讐するのではないということです。一つにならなければなりません。国境を撤廃して、交差結婚しなければなりません。今まで、日本と韓国は歴史的な怨讐でした。一九八八年でしたか?(「はい」)。数千人の交差結婚をしたでしょう?。日本の政府も信じず、韓国の政府も信じなかったのです。しかし、信じなくてもするのです。当時、韓日の交差結婚をするために、善男善女たちが成田空港に集まって問題が起きました。 それは、久保木会長も信じませんでした。「今後、交差結婚をするので準備しなさい」と言ったのですが、信じなかったのです。ところが、すぐにそれが行われるようになったので、問題が起きたのです。問題が起きたので、飛行機を待つ行列をつくったすべての人たちのチケットをお願いして……。譲歩してもらうのです。「あなたの息子、娘ならば、父親が行くチケットをあげないのか?」というのです。このようにしてお願いして……。 こうして、日本から交差結婚するために来た人たちが韓国の副教会長にもなり、日本の教会長の中では韓国人が責任を持っている人もいるのです。今、そうなっているでしょう?(「はい」)。それが正常なのです。入れ替わらなければなりません。 また、アメリカと怨讐の国家同士で結婚しなければなりません。国境を撤廃し、怨讐国家同士で結婚する日には、平和の世界が自動的に成し遂げられ……ません?(「成し遂げられます」)。られません。(「成し遂げられます」)。この者たち。できません。(「成し遂げられます」)。このようなときは、「この先生め」と言わなければなりません。できますか、できませんか?(「できます」) ですから、神様の戦略戦術は驚くべきものです。「怨讐を愛しなさい」というのです。「怨讐を愛する」ということは何かというと、怨讐の息子、娘に対して、「刀で刺し、のどを切って殺すことのできる怨讐の息子、娘に、あなたの国の王よりももっと神様のように侍りなさい」という教育をすれば、天下は統一されるのです。分かりますか?(「はい」) 自分たちは、怨讐同士で闘っていた父母のような人には、絶対になってはいけない、ということです。それが分かったので、神様が願う最高の家庭になりなさい、というのです。 怨讐同士を祝福した家庭に対して、そのように訓示すれば、平和の世界は自動的に?(「できます」)。できますか、できませんか?(「できます」)。そのようなことをしていますか、していませんか?(「しています」)。何家庭、何か国に影響を与えていますか?(「全世界、すべてにです」)。あなたたちがですか?(「お父様です」) そのような基盤はお父様が築いたので、「絶対信仰」、「絶対愛」、「絶対服従」を成してこそ、それが伝授されるのです。今では、世界ですべて実験済みです。民主世界でも実験済みです。両院制の打破です。野党は野党の利益、与党は与党の利益を追求して、国がめちゃくちゃになっています。上院と下院も、縦的基準において闘っています。横的な面では、野党と与党に分かれています。これを撤廃してしまわなければなりません。 それでは、どのようにするのですか?。一つにならなければなりません。父子の関係において「父子一身」です。分かりますか?。それから、「夫婦一身」です。東洋思想は、「父子一身」、「夫婦一身」しかありません。統一思想では「子女一身」まであるのです。 三つが一つになるのです。一身になるのですが、「一身になることのできる、その一つの中心とはどこなのか?」というのです。父子の愛であり、夫婦の愛であり、兄弟の愛です。三大愛の一致圏を成し遂げなければならないということです。ですから、父親と母親を分けることはできません。 ここに、母親が二人になることを願う、ろくでもない人がいますか?。父親が二人、母親が二人になることを願う人は手を挙げてください。そのような者は、腕を切ってしまうか、首を切ってしまわなければなりません。 母親が一人であることを願い、父親が一人であることを願うという事実は、離婚することができるということですか、できないということですか?(「できません」)。できます。(「できません」)。この者たち。「できる」と言ったのに、なぜ、そのように言うのですか?(「できません」) これは、いくら「できる」と言っても通じません。いくら「分けることができる」と言っても、通じないというのです。いくらサタンがデモをしたとしても、統一教会では通じないでしょう?(「はい」)。フリーセックスが通じますか、通じませんか?(「通じません」)。「離婚を支持しない」という人は、手を挙げてください。聞いていることはきちんと聞いているのですね。血筋が変わってしまったのです。分かりますか?。 きょうは、どのような日ですか?(「『八定式』です」)。「八定式」ですが、十二年目となる日において、皆さんを集めて、先生の聖婚四十周年を中心として、コンクールを行うのです。ところで、コンクールを行うことで国境ができるのではないですか?。コンクールは、国境を中心として闘うのではないですか?(「違います」)。一つになるのです。わたしたちは、闘っても、闘う前よりももっと一つになることのできる喜びを知っているのです。 ここに来る前までは、日本人も韓国人もアメリカ人も、五十年前には怨讐同士であったので、「怨讐だ」という心を抱いてきましたが、ここでフィッシング・コンテストをした後は、もっと親しくなるのです。分かりますか?(「はい」)。そうして、そのようにして進めていくにつれて、行う場所はアメリカの地でするのではなく、世界のどこであっても、世界百八十五か国にある、わたしたちの基地でしなければなりません。 それは、一か所で四回するのです。よく聞いてください。きのう、簡単に話しましたが、春夏秋冬で四回行うのです。春が違い、夏が違い、秋が違い、冬が違うでしょう?。ですから、そこに生息する魚の種類が気候によって違うのです。このアラスカでも違います。ハリバットのようなものも、サーモンのようなものも、すべて違うのです。季節によって違うというのです。ですから、それぞれの国においても魚が違うのです。それゆえに、統一教会では、一年に四回ずつコンクールをします。一つの国ではありません。東西南北の四つの国が、一つになって行うのです。 春夏秋冬の季節に従って行うのですが、その中で三回は自分の国で行い、一回は、世界のどこにでも移動して行うのです。南極にある国と行い、南極にある国全体が……。一か所ではありません。趣味です。 一つの国を中心として、北極に国があれば、北極から南極、東西南北百八十五か国のどこにでも行くことができるので、百八十五か国すべての国民が、コンテストに参加することができるというのです。一年、二年、三年、四年、十年くらいすれば、……。分かりますか?。行ったり来たりしながら、その国の良いものを紹介するのです。その国は兄弟国家になるのです。 一つの国を中心としてみれば、その国に故郷は数多くありますが、その国を中心として良いものを平準化させなければなりません。そのようにしてこそ、その国が発展するのです。それと同じように、世界に出て参戦して戻り、勝った国を称賛するのです。 そして、そのコンテストに参加して一等になった人は、その分野のどこであってもチャンピオンです。すべての分野がそうです。オリンピック大会のように、技術分野から学術分野、すべての分野で世界オリンピック競技と同じことをするのです。 そのようにして、世界の国家全体が公認する場においてチャンピオンになるのです。その人は、死ぬまで国境の制裁を受けません。分かりますか?。どこの国に行っても、「第何代のチャンピオンである」と言えば、存命中の人であるならば、すべて記録されているのです。分かりますか?(「はい」) 一代、二代、三代と……。ここでもし、三代でチャンピオンになった人は、世界的に三代のチャンピオンです。どこに行っても、三代として待遇されるのです。それゆえに、自分の国に一代のチャンピオンがいたとしても、一代と同じ待遇をするのです。分かりますか?(「はい」) いかなる分野でも、その分野のチャンピオンは、その世界では王です。生きた王になるのです。死んだ人は、どのようになるのですか?。霊界で先祖になるのです。チャンピオンの先祖です。 それでは、もし地上で日本人が八代のチャンピオンになったとすれば、霊界には数十代のチャンピオンがいるのですが、「ああ、わたしは日本人なので、日本の国に行こう」というのは通じません。分かりますか?。チャンピオンのグループで暮らすのです。分かりますか?(「はい」)ですから、世界のすべてが混ざり、専門要員の世界チャンピオンシップを中心とした訓練があるということです。 労働といえば、地を掘ることも労働です。苦労して、「どれほどたくさん地面を掘ったのか」ということにおいて、世界のチャンピオンになろうとするのです。普通、一日に一坪掘るとすれば、何坪掘るのかというのです。そして一代、二代、地を掘ることにおいて先祖になるのです。王になるということです。 このようなことを中心として国家観念を超越し、自分の専門的な趣味の分野において同価値に該当する権限を天下、天と地に平準化することのできる時代になってこそ、地上、天上天国が一つになるのです。(「アーメン」)。分かりますか?(「はい」) それは、釣り大会だけではありません。フィッシング大会があれば、それからハンティング大会です。なぜですか?。今、食糧問題が大きな問題なのです。水のある所で人は暮らすのです。そうでしょう?。動物も暮らし、魚も暮らし、植物もよく育つのです。水がなければなりません。ですから、水域に対する管理をするのです。 それで先生は、海洋世界を神様に還元し、「陸地還元式」をしたのです。そして、「創造世界の還元式」です。それから、第四アダムとして「心情圏還元式」をしたのです。すべて終わりました。 ですから、「八定式」も縦的な八段階、横的な八段階……。個人完成、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、すべて撃ち抜いてしまったのです。これ以上経ていくものはありません。アメリカや日本が、国連で大きなことを言えば、わたしは激しく攻撃しようと思うのです。わたしほど国連を中心として憂慮した人が、どこにいるでしょうか? 言うのは簡単ですが、百二十万ヘクタールが一日でできますか?。食べず、遊ばず、休まずに準備したのです。大韓民国の地を捨てることがあるとしても、代わりの土地を用意し、国家の代わりに国連の名をもって、神様のみ名によって、統一された全天下の名によって、その国土をつくるために準備をしたのです。 ここで、今後、反対する国が問題になるのです。日本は、(先生や統一教会に対して)「お金をもって何がどうだ」と言い、白人は、「ああ、白人を奴隷化し、吸血鬼のようによく食べて豊かに暮らす」というのです。日本もそうでしょう?「レバレンド・ムーンの思想で日本を滅ぼそうとする」と言っています。しかし、国境を守って復讐を好む者は、地獄に行くしかありません。そうなるか、そうならないか見ていましょう。先生は、だれよりも霊界のことをよく知っているのです。分かりますか?(「はい」) 「八定式」は、十二回になりました。十二回になったので、世界の頂上にいるすべての人々も、アメリカも行く所がありません。国連も行く所がないので文総裁……。南北統一も、金正日氏も、金大中氏も、いくら大きなことを言っても、わたしの言うとおりになるのです。 北韓も今、自動車工場で生かしてあげようとしているので、「文総裁が一番だ」と言っているのです。(北韓は)先生の還暦の日も、誕生日にも、いつも礼物をささげてくるのです。十年前から送ってきています。あなたたちよりも優秀です。 あなたたちよりも優秀だというのです。この者たち。あなたたちは、誕生日に先生にわかめの一つでも送ってきましたか?。ここに来たのに、会費も出さずに参加している者もいるでしょう?。神聖な場所に参加するためには、一年間、血と汗を流して条件を立てなければなりません。分かりますか?(「はい」) ここは、だれでも参加できる所ではありません。先生が、十二年間を中心として、天下のすべてを元返して打ち込むとき、その背後で、どれほど苦労の功績を積んだのかということを天は知っているのです。万民が、万国が、万宇宙が公認する実績基盤を中心として施す祝宴の日に、ただそのまま来ることができますか? さあ、ですから、きょう、この十二回の「八定式」は、貴い日です。分かりますか?(「はい」)。そのみ言(第一回「八定式」のときのみ言)をじっと聞いてみると、わたしが、そのように話してあげたとは思いませんでした。訓読したものを聞いて、驚きました。最初から終わりまで、すべて話しているというのです。その中で、ソ連、中国、アメリカが一つになることを話しているというのです。さあ、すべて終わりました。そうでしょう?。 ですから、皆さんは今から……。今から宗教圏が入ってくるのです。宗団が入ってくるのです。このぼーっとしている者たち。すべて奪われてしまいます。今からは、公式的な集まりであると宣布したのにもかかわらず、参加しない人は奪われてしまうのです。 今まで、(入籍修練会は)二次の千八百家庭を教育しているでしょう?(「はい」)。いつ終わるのですか?。明後日ですか?(「九月四日に終わります」)。九月三日でしょう?。四日は、六千家庭が来る日です。この三つのグループの教育が終わるのは九月の何日ですか?(「二十四日です」)。二十四日です。九月二十五日から一週間です。二十五、二十六、二十七、二十八、二十九、三十です。一週間目に十月一日を迎えるのです。 十月一日は、解放して三千里半島の「面」まで責任者として配置して「統班撃破」です。「統」や「班」の主人にもなれない者は、氏族的メシヤにもなることはできません。自分勝手に引き連れて、「息子だ」、「夫だ」と、大きなことを言ってはいけないというのです。母親、自分の妻もそうです。 それを知らなければなりません。先生は、自分の家庭を破綻させてまで、息子、娘をほうっておいて、以北(北朝鮮のこと)に行ったのです。なぜですか?。国を取り戻すためです。三年、四年間できませんか?。訪ねていくのです。何度も、故郷に行ったり来たりするのです。分かりますね?(「はい」)。深刻です。 本来は、今回の第二次の修練会が終わるときには、行く必要もないのですが、行くのです。すべて話しました。今回の第十二回「八定式」とともに因縁があるのです。分かりますか?(「はい」) 家庭を配置します。すべての家庭を「班」に配置するのです。配置されない人は知りません。十月一日が解放の日です。ここで、第一次に参加していない妻、参加していない人は手を挙げてください。大体参加しているのですね。分かりますね?(「はい」) これから、九月二十五日から二十六、二十七、二十八、二十九、三十日に、三代が清平に集まって教育を受けるのです。旧約時代、それから何ですか?(「新約時代です」)。新約時代、成約時代です。血統を汚したのです。数十年間歩んでくる過程において、あらゆる問題がすべてあるのです。一度にすべて溶鉱炉に投げ込んで、再び出てこなければなりません。 このようにして、再び何ですか?。再び、何ですか?(「整備です」)。整備しなければなりません。ろ過装置を通過しなければなりません。これが、真のご父母様の責任です。真のご父母様と霊界の興進の責任です。地上は、真のご父母様の責任です。再び、るつぼに入れて再生することのできる式をするのです。分かりますか?(「はい」)。一代、二代、三代が一つになるのです。 三時代。旧約時代、新約時代、成約時代です。成約時代が、何よりも重要なのです。すべてのことを赦してあげ、第四次アダム圏の出発を宣言することのできる、悲壮な瞬間が地上にやってきたということを知らなければなりません。何のことか、分かりますね?(「はい」)第十二回「八定式」です。(テープ録音状態不良) これを総決算しなければならない時になりました。ですから深刻です。分かりますか?(「はい」)明朝九時に、わたしは出発します。そのようにすれば、二日になりますか、三日になりますか?(「二日の十二時です」)。話をしてあげて、三日の朝、清平で修練している人たちの所に行くのです。ですから、時間がありません。分かりますね?(「はい」) 皆さんが、フィッシング・コンテストを行うにおいて、先生の何倍、先生以上に一所懸命にしなければなりません。「波よ立て。 わたしは行く。風よ吹け。台風よ吹いてこい。わたしは行く」。何をするために行くのですか?。海の深い所に落ちて死ぬためです。ですから、死なんとする者は何ですか?(「『生きる』です」)。生きんとする者は何ですか?(「『死ぬ』です」)(テープ録音状態不良) 高い山の頂上を占領し、低い谷間を占領するのです。七〇年度からは、何かというと海上です。水産事業です。六〇年代、七〇年代までは狩猟です。先生は、韓国の高い山で、行ってみなかった所はありません。そのような逸話がたくさんあるのです。復帰して、海洋を還元するのです。 それゆえに、わたしは、水上世界におけるすべての技術を持っているのです。また、陸上世界の技術もすべて持っています。分かりますか?(「はい」)。国がなくても、北極に行って、そこに滞在してでも、すぐに国をつくることができます。南極は、オーストラリアよりも大きいのです。わたしに任せれば、一瞬のうちにオーストラリア以上に発展させることができます。分かりますか?(「はい」) 他人の国で行き当たりばったりの生活をし、作男暮らしをすることがあるとしても、主人の国をつくってあげるのです。今までは、神様が、そのような八段階の受難の道を来られたのです。その倉庫に入っていけば、ないものがありません。僕の世界のすべてのもの、養子の世界のすべてのものを備えているので、統一教会はだれであっても、地獄に行く親玉までも消化して、天国に連れて行くことができるように、すべての準備が備わっているのです。そうですか、そうではないですか?(「そうです」)。しっかりしなければなりません。 教派が駆け込んできます。「三十六家庭を再手入れしましょう」。このように言って、入ってくるというのです。祝福は、教会祝福、それから何ですか?(「国家祝福です」)。国家祝福を受けましたか?(「受けていません」)。国家祝福を受けていないので問題なのでしょう?。ですから、国家祝福を受けるために入籍を許すのです。 そうなのですが、入籍するやいなや結婚するのですか?。国に対する忠孝の道理を果たさなければなりません。それゆえに、先生のようにすべてを投入して、国の土地、世界の土地、国の人、世界の人、天の国を解放するために投入しなければなりません。「そのようにすることができる伝統がない」などということがあってはなりません。分かりますか?(「はい」) 帰れば、総生畜……何ですか?(「献納祭です」)。「祭」と言えば、「得たり手放したり」という条件なので、サタンの取り分があります。総生畜……献納物です。「物」でなければなりません。万物を天の前にささげなければならず、息子、娘を割いてささげていたものをまとめて、そのままささげなければならず、真の父母が追い出されたことを、そのまま家庭全体……。 成約時代は夫婦であり、新約時代は子女であり、旧約時代は万物をささげるのです。それを自分の家庭を中心として、歴史を懸けて横的に蕩減しなければならないということを知らなければなりません。その蕩減を果たす前には、所有権というものはありません。今の所有は、堕落圏の所有です。 本来は、祝福を受ける前に所有権を移転しなければなりません。そのような準備をしなさいということです。先生は、百二十万ヘクタールを用意しました。韓国が百二十万ヘクタールを準備するのです。それから、日本が百二十万ヘクタールです。アメリカも百二十万ヘクタールです。ドイツも百二十万ヘクタールです。 これらは皆、怨讐の国家です。韓国と日本が怨讐国家であり、日本とアメリカも怨讐国家であり、アメリカとドイツが怨讐国家です。しかし、怨讐を愛さなければなりません。この国々で交差結婚です。韓国と日本が結婚するのです。アメリカと日本が結婚し、ドイツとアメリカが結婚するのです。それをしましたか、していませんか?(「しました」)。そのようになれば、平和の世界になるのです。 国境撤廃です。それから何ですか?。その国境の二つの国が交差結婚すれば、平和の世界は成し遂げられるのです。分かりますか?(「はい」)それゆえに、真の父母が家庭、氏族、民族、国家、世界の編成をすべて成したので、絶対信仰しなければなりません。絶対信仰、絶対愛、絶対服従しなければなりません。そのようにしてこそ、平行線になるのです。分かりますか?。自己主張すれば、このようになるのです。それをはっきりと知らなければなりません。 説明する時間がありません。今、十二時になりますね。何時ですか?(「十二時十分前です」)。分かりますか?。先生が家庭編成し、神様を中心として、心の世界の相対的平面を中心として一つになっているというのです。分かりますね?。そこに皆さんが一つにならなければなりません。そのようにしようとすれば、家庭的に絶対信仰、絶対愛、絶対服従するのです。今が国家時代ならば、国家を基準として絶対信仰、絶対愛、絶対服従です。国家において相対基準にならなければなりません。 神様が創造するときに、創造される万物には「自分」というコンセプト(概念)はありませんでした。日本ならば、「日本」という言葉や、日本語や、日本の名前というものはありません。完全に「無」です。絶対信仰です。絶対信仰には、自分なりの信仰的内容があってはなりません。絶対愛です。愛することにおいては他の何もありません。愛国心も何もありません。サタンの痕跡が残っていてはならないのです。 先生は、個人圏から闘ってきて、今では国連までも超えました。分かりますか?(「はい」)。さっと垂直に来ました。今では、先生が世界的基準において八段階です。八段階でしょう?。個人的時代、家庭的時代、氏族的時代、このように八段階を同じ水平で原型を描いてきたのです。それゆえに、サタンはこれを占領することはできません。分かりますね?(「はい」)ですから、皆さんに個人的な家庭があれば、その上に先生が上がって座っているのです。あなたたち祝福家庭は、ここにいます。これに乗ってついてこなければなりません。 先生が、このように上がっていくためには、世界全体が連結されていなければなりません。分かりますか?。反対していたものが、地の果てまで歓迎することによって、このようになったのです。分かりますね?(「はい」)それでは、あなたたちが統一教会を知らないときには、地獄の果てにいるのです。外に出ているのです。しかし、信じることによって、この圏内に入ってきます。そして末端にいるのです。世界の六十億の人類の中で、いくらにもならないこの果てのびりの位置から、平行線に合わせていかなければなりません。自己主張していては、蕩減にならないというのです。ですから、この境界線というものは、なくてもよいのです。堕落によってできたものです。 六十億人類において、個人ならば、個人において上がっていくためには、上に上がっていかなければなりません。断ち切って上がっていかなければなりません。分かりますか?。何のことか分かりますね?(「はい」) 先生が築いてあげたものを、びりの位置から、この垂直というものはこれしかありません。(手で指し示しながら語られる)そのままでは、できません。蕩減しなければならないのです。そのまま行けば、相克ができるのです。分かりますか?(「はい」)。蕩減しなければなりません。それよりも高い所に上がっていこうとすれば、垂直です。否定して蕩減しなければなりません。そのようにしてこそ、上に上がっていくのです。 このようにして、世界的蕩減路程を経なければなりませんが、世界的蕩減路程は、すでに真のご父母様が築いておいたので、「真のご父母様こそ、真のお父様だ」と言わなければなりません。分かりますか?。「わたしのお父様だ」と、このように言わなければなりません。そのようにすれば、真のご父母様が築いた縦的な勝利圏が自動的に相続され、横的な勝利圏も自動的に相続されるのです。いつでも願えば、相続されるのです。 蕩減条件を撤廃させることのできる、福のある内容を持った三大格言とは何かというと、「絶対信仰」、「絶対愛」、「絶対服従」なのです。神様ご自身も、天地を創造されるときに絶対信仰を持たれたのです。「わたしが言えば、絶対的に成される」ということです。「そのできた万物は、流れていくのではなく、永遠に愛の相対物として残る」という、このような絶対信仰、絶対愛の心を持って創造されたのです。 そして、絶対服従というものは、神様ご自身が、存在意識までもすべてなくなった位置のことです。「自分」という意識がありません。「愛の相対は、自分よりも価値がある」ということを知っており、相対が自分より何千万倍も素晴らしくなることを願うので、百パーセント投入しても、また「何千万倍投入したい」と思う心があるというのです。分かりますか?。絶対信仰、絶対服従です。服従には、「自分」という意識概念はありません。 先生が「来なさい」と言えば、ここに来るときに意識概念を持って来ましたか、意識概念を持たずに来ましたか?。持って来ましたか、持たずに来ましたか?(「持たずに来ました」)。何も分からない者たちが自己主張するのは、すでにサタン的です。 先生もそうです。賢い先生が、神様の願いをすべて批判していたら、この道を来ることができたでしょうか?。ばか正直に信じ、ばか正直に行動し、「死になさい」と言われれば死に、すべてそのようにしたのです。水に溺れて死にそうになりながらも、泳いで生き延びてこそ、その願いが理解できるのです。 それゆえに、絶対信仰、絶対愛、それから何ですか?(「絶対服従です」)。神様が、そのようにしてこられたのです。世界と歴史を代表した文総裁であるということを知らなければなりません。信仰者の中の絶対信仰の代表者、絶対愛の代表者、絶対服従の代表者です。異議がありません。その息子、娘たちが、「わたしは信じることができないので、先生、少し待ちましょう」と言うことが通じますか?。それは利己主義です。(「通じません」)それゆえに、ここに立って八段階を行けば、この蕩減がなくなるのです。さっと上がっていきます。 父親が大統領であるならば、その息子は大統領官邸に入っていくことができますか、入っていくことができませんか?(「できます」)。少し、浮気したらどうですか?。国法が浮気をすることを規制していなければ、それに引っかかったと刑務所に入れますか?(「それはできません」)。今まで先生は、刑務所であるとか、憲法を教えてあげませんでした。その前までは通じますか、通じませんか?(「通じます」)。わたしは分かりません。(「通じます」)。この者たち。(「通じます」) 国法が定められていなければ、その責任は神様が持たれるのです。それを、わたしたちが何だかんだと言うのですか? 今、先生が発表することも、自分ですべて成してから発表しているのです。成していなければ発表しません。成してから発表しなければ、しない人がたくさん出るのではないでしょうか?。分かりますか?。世の中を知らず、世の中が太平の世だと思っていたら、いつの間にか天下が変わってしまったというのです。夜に世の中が引っ繰り返り、国が変わったのかどうか、分からずにいます。しっかりしなければなりません。 では、先生に関心がありますか?(「はい」)。どのような関心がありますか?。目に関心がありますか?。鼻に関心がありますか?。先生の足のにおいに関心がありますか?。香水の香りだけをかぎたいと思うでしょう?。足のにおいが好きですか?。耳にも、寝ていてもさっと目が覚めるような音を好みますか?。分かりますか?。 絶対信仰と言ったので、「ああ、わたしを赦してください。絶対信仰、ああ、今、分かりました」。この八段階を一度に乗り越えていくというとき、股が裂けるのを我慢していかなければならないのであって、「嫌だ」と言ってはなりません。「死ぬのなら死のう。死ぬのなら死に、生きるのなら生きよう」と思ってみなさいというのです。そうすれば、ひゅっと飛んでいくのです。そのようになれば、宇宙の力と天運の力が保護して、正確に正しく行くことができるのです。 その三つの代表語は良いのですか、悪いのですか?。わたし(お父様)に損害がたくさんあるのです。このいいかげんな者たち。どれほど利己的ですか?。ああ、見ただけでもうんざりして、蹴飛ばしたくなる人がたくさんいます。ぼろぼろの服を縫い合わせて着せてあげ、古いものを縫い合わせて、前よりも良くなったものを見て喜び、また縫い合わせて、縫い合わせて、何百回も磨いて縫い合わせて、この位置を復帰したのです。 それで、霊界に行って、「ああ、絶対信仰、絶対愛、絶対服従してきたのに、今、(霊界に)来てみると、このようになっているので、先生の絶対信仰の基準が違うではないか?」と、このように言うつもりですか? 「絶対に愛しなさい」と言って愛したのに、なぜ、このようになったのですか?。あなたが行く所にわたしが行かなければなりません」という、そのような条件を地上に残していきなさいというのです。それをだれが認定しなければなりませんか?。父親が認定し、母親が認定し、おじいさんが認定し、おばあさんが認定し、自分の妻が認定し、四代が認定するのです。息子、娘も認定するというのです。 天下が否定したとしても、神様が否定したとしても、「わたしの父と母はこうです」、「わたしの母は、おじいさんもおばあさんも愛し、絶対信仰しました。曾祖父も曾祖母も愛し、絶対信仰、絶対服従してきました」と言えば、それでも神様が何だかんだと言われるでしょうか?。目をぱちぱちしているのをのぞき込まれるでしょうか、のぞき込まれないでしょうか?。 絶対信仰すれば、パンをあげれば、そのパンが絶対に嫌いでも、「絶対に好きだ」と言わなければならないでしょう。好きなものを「好きだ」と言って、どうして「絶対」と言えるのですか?。嫌いなものを好きにならなければなりません。分かりますか?(「はい」) 天が、特権的な恵沢によって下さった三大標語とは何ですか?(「絶対信仰、絶対愛、絶対服従です」)。それをアダムに対してされたのが、神様です。神様が創造されるとき、アダムのことを絶対信仰しました。わたしの息子はこうでなければならない」と思えば、そのようになるのです。その息子は、適当にできたのではありません。自分のすべての絶対信仰の頂上の愛を投入してあげたのです。そうすれば、間違いなく、自分の愛の友人になるのです。分かりますか? それから、その愛の対象が、自分の愛の友人になれば、自分は真空状態になるというのです。分かりますか?。マイナスです。温度と同じです。すべて、なくならなければなりません。なくなれば、どのようになりますか?。すっと息をはいて吸い、このように与えていくと、愛の相対はどんどん大きくなっていくのです。分かりますか? 投入して忘れ、忘れて水平線になれば、どのようになるのですか?(お父様が深呼吸をされる)水平になります。水平になれば、倒れるのです。倒れていくので、あちらに行っていたものが引っ張られます。このようになれば、あちら側が主体となって、わたしに与えるようになるのです。何のことか分かりますか? 飽和状態を超えるときには、与えていた力が一度に押し寄せてきて、自分を押してくれるので、昔よりももっと深い所に降りていき、上がっていくのももっと高い所に上がっていくのです。ですから、そのような原則によって、被造大宇宙は形成されたのです。 さあ、一度、ふーっとしてみてください。(「ふーっ」)。上がっていきますか、下がっていきますか?。上がっていけば、一つになっているので引き下げられて、あちら側がひゅっと押してくれるのです。ここが真空状態になるのです。ひゅっと押してくれるので、速度が倍になるのです。そして、激しい勢いで落ちるので、自分が立っていた所よりも深く落ちますか、浅く落ちますか?(「深く落ちます」)。深く落ちて、また激しく上がっていくので、ひゅっ そうして、どんどん大きくなっていくのです。 それでは、「絶対服従」は、良い言葉ですか、悪い言葉ですか?(「良い言葉です」)。天運までも神様までも、わたしにそのようにするのです。わたしが日本人を愛しましたか?(「はい」)。見たのですか?(「はい」)。愛しているのに、なぜ苦労させるのですか?。なぜ、苦労させるのですか?。ふー 死ぬ、死ぬ……、死なんとすれば、何ですか?(「生きる」)。生きるのです。最高の真空状態には、最高の台風が押し寄せるのです。分かりますか?(「はい」)。与えたものは、そのまま水平にはなりません。受けなければなりません。分かりますか? そのような原則において、無限に投入するところに無限な水平線ができ、無限に高い水平線ができていくのです。先生は、そのようなことを知っているので、統一教会の教会員は、無限に投入して忘れ、永遠無窮を中心として投入すれば、その相対世界を占領することができる相対圏となり、主体圏となるのです。分かりますか?(「はい」) それでは何ですか?「アーメン」と言わなければなりませんか、「感謝します(カムサハムニダ)」と言わなければなりませんか?(「感謝します」)。「アーメン」とは、「そのみ言のとおりに成されます」ということですが、そのように成されたので、「感謝します」と言わなければなりません。分かりますか?(「はい」) 今では、自由世界の代表、民主世界の米国をつかんで国連を生かしてあげ、国を中心として天の国……。(録音状態不良)統一教会は、勝利の版図だけが連結されるのです。(「アーメン」)。(「感謝します」)。感謝は、表彰されてこそ感謝でしょう?(録音状態不良) 各国で、このようなことをして、写真を飾って祝賀しなければなりません。さあ、そのようなことが水平段階で国家と国家が……。(録音状態不良)その国家の前に、皆さんがメシヤ的使命を果たさなければなりません。真のご父母様を代身して、接ぎ木してあげることのできる責任を果たさなければなりません。各国の名を持った民族として、成すべき歴史的な責任を果たさなければならないということを知らなければなりません。分かりますか?(録音状態不良) 日本の島はいくつですか?(「四つあります」)。四つですか?。それも四数です。この、一つ、二つ、三つ、四つ、すべて動員して、島国をつかみ、半島をつかみ、大陸をつかみ、島嶼国家連合、半島国家連合、大陸国家連合をすべて、つくっておきました。天宙国家連合までです。何をつくっておいたのですか?。天宙、何ですか?(「国家連合です」)。天宙平和統一家庭堂です。天地父母統一勝利連合です。すべてつくっておいたというのです。 信仰の限界は、どこで終わるのですか?。愛の限界は、どこで終わるのですか?。犠牲の限界は、どこで終わるのですか?。その程度によって、天上世界、天の国の憲法を中心として、皇族が入っていくことのできる位置が決定するのです。(「アーメン」) それで、今から三時代です。(録音状態不良) 旧約、新約、成約、これを終えてこそ、入籍が可能なのです。分かりますか?(「はい」)。そして、入籍が可能なのは、女性を中心として、青少年を教育させ、夫までも……。息子と娘が一つになってこそ、夫が完成することができるのです。 堕落することによって、堕落したアダムがエバを失ってしまい、息子、娘を失ってしまいました。近い母親が二人を一つにし、そして夫と一つになってこそ、天の国に入っていくことができるのです。 それゆえに、今、女性時代が到来しました。分かりますか?。男性ばかりの国会議員のうち、三分の一が女性議員になれば、すべて終わるのです。三分の一は女性、三分の一は男性、三分の一は息子です。分かりますか?。最初はだれですか?(「女性です」)。女性です。三分の一を女性にするのです。それから、息子、娘を先頭に立てます。そして父親が……。 カインとアベルが一つになり、上院と下院を母親党が引き連れていくのです。そのようにすれば、父親がその国の王になるでしょう?。そうすれば、息子が主権復帰です。母親の責任は、このように重要なのです。 ですから、鮮文大学の総長も女性を立てました。良くやりましたか、悪かったですか?(「良くなさいました」)。一度、立ってください。美人の総長です。拍手してください。(拍手)(録音状態不良) 三分の一が女性になり、それから何ですか?(「息子が三分の一です」)。長子と次子、兄弟が三分の一です。それから何ですか?(「父親が三分の一です」)。父親が三分の一です。国を収拾すれば、回っていくのです。アダムとエバの家庭が、世界版図の上で国を備えて勝利し、堕落がない時代です。血を流す犠牲の時代がなく、統一された環境で国を献納することによって、天の国の版図となるのです。(録音状態不良) 分かりますか?(「はい」)。ですから、今、国連とアメリカを先頭にするのです。四大国です。四つの国の青年たちの出世の道を、国連を中心として、私が開いてあげるのです。分かりますか?(「はい」)。あなたたちは、祝福を受けて貧しく暮らしました。国連でNGO(非政府組織)が、すべての責任を果たすのです。 では、あなたたちは、そこで脱落者になりますか、合格者になりますか?(「合格者になります」)。合格者は、絶対信仰、絶対愛、絶対服従しなければなりませんが、国にそのようなものがないので、どのようにするのですか?。国がそのようになっていないではないですか? それは、ローマ教皇庁が中世に堕落したからです。統一教会は堕落がありません。絶対、何ですか?(「信仰です」)。絶対信仰です。絶対信仰なので、絶対男性です。このようになるのです。絶対、何ですか?(「女性です」)。絶対、何ですか?。絶対愛、唯一愛、不変の愛、永遠の愛です。(録音状態不良) 今からは、地獄の撤廃です。それゆえに、霊界も楽園にすべて……。(録音状態不良) 三三・三パーセント、霊界のすべて……。四大聖人と霊界に行ったすべての神側の霊人が祝福を受けました。三三・三パーセントの祝福が、すべて終わったのです。終わったので、地上世界の各宗団の責任者に、「あなたたちの一族を連れてきて、祝福させなさい」と言いました。天使長側の霊界を動員して、「アダムが完成する道を助けなさい」という指示を受けて、地上に再臨するのです。 ですから、統一教会の運勢圏を防ぐ道理はありません。強く、雄々しくあれということです。分かりますか?(「はい」)。一度言ってみてください。強く雄々しくあれ。(「強く雄々しくあれ」)。先生は、このような信念を持って歩んできたのです。「どれ、一度打ってみなさい。わたしを打てば、あなたが崩れていくのであって、わたしは崩れない」。このように思ってきました。 先生は、そのような信念を持ってきたのですが、世界は一つにまとまって、文総裁を滅ぼそうとしました。しかし、今では、「文総裁がいなければならない」と言うのです。今や、文総裁が言うとおりにし、「こっちに来なさい」と言えば、自分たちのほうでやってきて、「ここに来なさい」と言えば、来るようになっているというのです。「あっちに行きなさい」と言えば、行くのです。 入れ替わっても不平は言いません。交差結婚したのです。どこに行っても安心であり、自分の故郷で暮らすように解放的な生活ができるので、地上、天上天国の民族に間違いないというのです。分かりますね?(「はい」)その目的のために前進 言ってください。(「前進」)。前進(「前進」)。前進(「前進」) アラスカといえば、前進です。前進し、また前進し、また前進して蘇生、長成、完成圏を超えていかなければならず、勝利を勝ち取るコンテストを始めなければなりません。(「アーメン」)さあ、フィッシング・コンテストを一度してみなさいというのです。 ここに来て、良かったのですか、悪かったのですか?。毎年、このように来なさいというときは……。しかし、いつでも先生がいるのではありません。いなくても、先生の代わりに海の主人にならなければならず、陸地の主人にならなければならず、空中の主人にならなければならず、「地上と天の国の主人に間違いない」という自負心を持たなければなりません。分かったでしょう?(「はい」) それで、今……。海の風は吹いていますか?(「きょうは、天気が良いです」)。なぜ、天気が良いのですか?(笑い)それでは、昼食を食べて、朝食は食べたでしょう?。昼食を包んであげてください。その代わり、夜の十二時前には戻ってくることはできません。ここは、二時になっても明るいのです。(笑い) 先生が六時に送り出してくれると思ったのに、十二時に送り出したのですから、それを蕩減しなければならないのではないですか?。蕩減して、それは損害を受けることですか、福を与えられることですか?(「福を与えられることです」) 十二時前には、ここに戻ってきてはいけません。分かりますか?(「はい」)。夕食が食べたいと思っても、ほうっておくのです。十二時を過ぎたら食べさせてあげます。その代わりに、大きい魚を捕まえるのですか、小さい魚を捕まえるのですか?(「大きい魚を捕まえます」)。大きいハリバットを捕まえますか、小さいハリバットを捕まえますか?(「大きいハリバットを捕まえます」)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.28
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国境線撤廃と真の愛の実践この講演文は2000年8月18日、ニューヨークの国連本部で挙行された「万国平和賞」受賞祝賀晩餐会で語られたみ言です。 尊敬する内外貴賓の皆様。きょう、私は、世界平和の殿堂である国連において名誉ある万国平和賞を受け、この受賞の栄誉を皆様と共に分かち合う意義深い場をもつことができたことに対し、心から感謝の意をお捧げいたします。私は、この場を借りて「国境線撤廃と真の愛の実践」という題目でしばらくお話し申し上げ、それをもってあいさつの言葉に代えたいと思います。 サタンは国境をたくさんつくる大王 皆さん。私たちが、この世界にあるすべての国境線を撤廃すれば、平和の世界は自動的に到来することでしょう。ところで、私たちが記憶すべきことは、国境線の主人が誰であるかというと、それが神様ではないという事実です。国境をつくり始めた主人はサタンなのです。 国境のある所には、必ずサタンが潜んでいるということを知らなければなりません。悪魔と悪魔の実体が潜んでいるというのです。東洋と西洋についても、文明圏を中心として、互いに大きな国境線ができていますが、そこに誰が潜んでいるのかというと、悪魔が潜んでいるというのです。文化の背景、伝統の背景、人種の差別、このようなあらゆる種類の差別をつくって国境線をつくったのは、神様ではありません。 神様が願われるのは、統一の世界です。すなわち、一つの世界なのです。その世界は、国境のない世界です。神様には国境がないので、「恨みを晴らしなさい」と言うことはできません。なぜならば、その言葉の中には国境が内在しているからです。しかし、怨讐を愛して一つになれば、国境が崩れていくのです。 それゆえに、神様の戦略戦術は、「怨讐を愛しなさい」という言葉になるのです。「怨讐を愛しなさい」という言葉は、偉大な戦略であり、偉大な戦術的な内容であったということを、今日までの人類歴史を通じて分からずにいて、今現在、生きている人間たちも分からずにいます。 しかし、このように歴史上分からず、現在も分からずにいたことを、今、統一教会の教会員たちは歴史を代表し、現在を代表して神様の戦略戦術を知ることができるようになり、また、これを相続して実践することのできる人となったのです。ですから、彼らは、自動的に平和を成し遂げることのできる主人公になったというのです。 皆さんは、どのように思われますか。国境は、皆さんの心が好まないところにも生じ、体が好まないところにも生じ、自分の行動を好まないところにも生じ、自分の言葉を好まないところにも生じるのです。私たちが、五感を通して心と体が一つになることができなければ、各種各様の国境が生じるのです。私たち全員が、どれほどたくさんの国境を内に秘めて生きているのかということを考えてみなければなりません。 また、「怨讐を退治しなさい」、「国境をつくったものを処断しなさい」と言えば、目を抜いてしまわなければならない場合もあるでしょう。目も二種類から成っています。「これも良く、あれも良く、何であっても見えるものは歓迎だ」と言えば、その目には巨大な国境ができるのです。聞くことも同様です。善なる良いみ言や、真理のみ言を聞くことを好むかと思えば、世の中の邪悪な言葉を聞いて、そこに同調することもあります。しかし、そのようになれば、皆さんの耳にも国境が横たわるようになるのです。 統一教会では、流行歌を歌うことを禁じてはいません。一般のキリスト教では、それも禁止事項になっていることでしょう。しかし、問題は、名曲を歌おうと流行歌を歌おうと、その歌の内容を消化できるのかできないのか、ということにかかっているというのです。 それは、その歌を歌って国境をつくるのか、さもなくば国境を撤廃するのかということが問題であるという意味です。「国境をなくして、神様が喜ばれる無制限の橋を架けることができる」と言える人は、流行歌を作ったとしても、悪い言葉を言ったとしても、何をしても問題にならないというのです。 それゆえ、自分のすべての五感を通して感じる感覚や、あるいは歴史的な伝統を通して残された、今、生きているこの生活環境に国境があるというときには、サタンの一門に属するようになります。反面、「どこにも国境がない」というときには神側になるのです。サタンが国境をたくさんつくる大王であるならば、神様は国境をなくすための大王です。すなわち、神様は国境を最も嫌われる大王陛下であられるということです。 皆さん! それでは、韓半島に三十八度線があることを歓迎する人がいれば、その人は神様が好まれる人でしょうか。その反対に、三十八度線をなくそうという人がいれば、彼は神様が最も好まれるチャンピオンになるのです。韓半島のすべての人、すなわち七千万人が、「私は、死んでも三十八度線を残しては死なない」という覚悟をして生きれば、韓半島の統一は自動的にやって来るのです。 しかし、それは決して易しいことではありません。三十八度線を好む人は、悪魔の側、サタン側であるということを知らなければなりません。言い換えれば、三十八度線がある所ではサタンが主人となっており、三十八度線がなくなった所では神様が主人となられるのです。そこで、統一教会の教会員たちは、三十八度線を消化してなくしてしまい、国境線を撤廃させる改革運動を展開してきたのです。 皆さん! 怨讐の一族、怨讐の国民同士がお互いに「姻戚関係を結んで、息子の嫁にもらわなければ生きていけない」というほどの間柄にさえなった日には、統一天下は自動的に形成されるのです。これが、私が今晩、皆様に差し上げる贈り物です。 国境がある所には、必ず悪魔の同族が暮らしているのであり、三十八度線がなく、お互いに愛し合って和睦する所には、間違いなく神様の血統をもって生まれた血族が暮らしているのです。 イエス様が来られなければならない理由 今日、統一教会の人々は、「趣味産業」という言葉にとても大きな興味をもっています。誰もが、そこに行って暮らしたいと思う所、「そこは、興味をもって見つめることのできる『喜望峰』だ」と言うことのできる所があれば、そこは今後、新しく国連を中心とした超国家連合ができれば、国境地帯でもどこでもすべて超国家的主義の国連の名のもとに隷属されなければなりません。 聖書を見れば、旧約時代には、人間の代わりに万物を象徴する物を割いて血を流すようにしました。そうして、割いた祭物の左側はサタン側、右側は神側として分けておき、二つの群れが「得たり手放したり」という闘いを続けてきました。 ところが、旧約時代が失敗することによって、サタンと神様は、昔のように物を割いてもつということを超えて、息子を割いてもつ闘いをするようになったのです。その結果、神様の長子であられるイエス様が、この地に降臨されて血を流され、結局、イエス様の肉身はサタンがもっていき、イエス様の心は霊界にと、このように分けられることになりました。 しかし、霊界に行かれたイエス様は、その実体を再び取り戻されなければならないので、「再び来なければならない」と言われたのです。このように、息子であられるイエス様が割かれることによって、霊界と肉界がすべて分けられたので大変なことになりました。 男性と女性が分かれ、心と体が分かれたので、これをすべて統一させるために、霊界の所有権を訪ね求めていかれたイエス様は、地上の肉身の所有権を合わせて一つにするために、地上に再び来られなければなりません。 それでは、地上に再びやって来て、何をしようというのでしょうか。それは、結婚して家族を成そうというのです。長子として来られたイエス様を中心として、その方の肉身を占領したサタンは地上世界を占領し、天上世界は天が占領するようになったので イエス様は、霊界に行かれてから二千年間、道を築かれながら天上世界、すなわちすべての心の世界の方向を一つにする一方で、地上でもキリスト教を立てて役事してこられました。しかし、キリスト教は、再びカインとアベルに分かれ、カトリックとプロテスタントが闘ってきたのです。怨讐となってしまいました。サタン側と天側に分かれて闘ったのです。長子はサタン側となり、次子はアベルとして天の側になったのですが、その裏面では、必ず国境的な内容、すなわち闘争的な概念を抱いて闘い、そのようにして歴史が発展してきたのです。22 これを解放しなければなりません。それで、来られる主は、天の国を統一し、地上のユダヤ教選民圏のごとき統一圏を中心として、数千年間、分かれて闘ってきた天と地、男性と女性を一つにする結婚式をするようになるのです。これが、正にキリスト教でいう「小羊の婚宴」だったのです。 このように、天の国と、地上のキリスト教の国が統一される道を取り戻した時が、正に第二次大戦の直後でした。このときは、キリスト教文化圏が全世界を統一した立場にあったのです。それで、霊界の統一的主導権をもたれたイエス様が、霊界の勝利的覇権者となられ、さらに地上のキリスト教文化圏も統一されるという、そのような時が来たので、イエス様と聖霊が地上に来て、実体の夫と相対である聖霊が新婦となり、二人が一つになって結婚式をすることができたのです。そうすることによって、心と体が分かれて闘っていたこと、男性と女性が分かれて闘っていたこと、それらのすべてのことを解決して、天下を平和の王国にすることのできる絶好の機会を迎えていたのです。漠然とした話ではありません。 国境線を撤廃できる方案 神様の創造理想について見るとき、誰から先に結婚式をしてあげるようになっていますか。アダムとエバです。しかし、人類の国境線となっている壁は、エバの堕落によってつくられたので、その壁を崩して平地をつくり、堕落する前のアダムとエバの立場を復帰して結婚させれば、私たちのすべての先祖はもちろんのこと、神様までも喜んで歓迎され、小躍りされるのです。このような世界が成し遂げられれば、それが正に地上天国になるのです。 しかし、人間の歴史上、そのような日はありませんでした。そのような日がなかったので、今まで無数の境界線が絡まって苦しみ、呻吟し、苦痛を受けながら、そうしてここまで来たのです。したがって、この境界線の打破をどのようにすべきなのかという問題に対する答えさえ探し出せば、それが平和の起源になるということを、人類は分からずにいたのです。 それを人類歴史上初めて、レバレンド・ムーンが真の父母の資格をもってこの地に顕現し、その打破方法を提示して、万天下の善男善女を神様の前に祝福させてきたのです。 たとえ国境線が百万個あったとしても、私は問題なく撤廃することができます。どのようにしてでしょうか。真の愛があるので可能なのです。そしてまた、撤廃するためには、神様のように「知ること」ができなければ、それをなすことはできません。つまり、神様を一〇〇パーセント以上知らなければならない、ということです。 皆さん! 霊界を見れば、天国と地獄があります。天国が昼ならば地獄は夜ですが、昼と夜が分からない人が、天国の境界線を主管することができるでしょうか。とんでもないことです。分かる人だけが、自動的に主管することができるのです。地獄の内容まで明らかに知っているので、暗やみを撤廃することができるのです。 神様は、全知全能であられる方なので、それを撤廃することができます。したがって、問題は「神様を知らなければならない」ということになります。それでは、皆様は神様を知っていますか。知っているとすれば、どのくらい知っていますか。神様は、お金を好まれる神様だと思いますか。そうでなければ、権力を好まれる神様ですか。さもなくば、知識しか知らない神様ですか。そのような神様では、人類の解放をもたらすことはできません。 私たちが神様を完全に知ってこそ、サタンを完全に追放することができるのであり、完全に解消することができるのです。神様を知ったとしても、神様が何をもって数千年もの間、放置されていた国境線を撤廃することができるのでしょうか。それが重要なのです。 神様が、この宇宙の主人であられるのならば、その主人が暮らす町があり、国がなければならないのではないでしょうか。神様を知ろうとすれば、神様の相対圏の立場に立って、その環境となる国を取り戻さなければなりません。 しかし、すべての環境圏が国境でふさがれているので、この国境を撤廃することによって、神様が喜ばれる世界をつくるのです。そのようになれば、すべての被造万物は「神様に主管されたい」と思わないでしょうか。国境線のもとで悪魔と共に呻吟し、苦痛を受け、迫害を受ける、そのような支配から解放されたいと思うのです。 皆さん! 私たちは、何よりも神様をはっきりと知り、また、天の国をはっきりと知らなければなりません。そのようにすれば、どこに行っても、またいかなる状況になったとしても、その国の伝統とその国の文化内容に対して、どのように対処して生きていくべきなのかということに対する答えが自然と出てくるのです。 天の国には、明らかに神様がいらっしゃいます。しかし、今日の世界は、千々万々の国境によってふさがっています。それでは、どうしてこのようになっているのでしょうか。神様を知り、天の国を知る人がいませんし、天の国の伝統的生活の内容を知っている人がいないので、このようになったのです。その内容さえはっきりと知れば、霊界にも地上世界にも解放圏が展開するのです。「そうなれば、おい、サタンよ」と言えば、サタンは、どうすることもできずに従わざるを得ません。そのような位置に立てるようになりさえすれば、天の国と神様の心が一体となることのできる文化背景と伝統的思想をもって暮らす方法を知ることができるようになるのです。そのような人が、正に、「ため」に生きる愛をもった人です。 自分のために生きる愛をもった人ではなく、相対を愛の主人にしてあげ、相対が愛を通して小躍りすることができるようにしてあげようという人は、神様を知り、天の国を美しく装い、保護する生活をすることができる後継者となるので、神様の後継者をサタンは妨害する道がなくなるのです。 死ぬ目に遭って憤りを感じる以上の立場を超えて怨讐たちを愛すれば、怨讐の世界を支配することができるようになり、サタンが退くことによって、怨讐の世界がかえって皆様を尊敬するようになるということです。「ため」に生きることにおいても、自分の父や母よりも、誰よりも町内の人を愛すれば、サタンは逃げていき、代わりに神様が訪ねてこられて、千倍万倍報いてくださるのです。 神様を知り、天の国を知って、その伝統的骨髄思想、サタンが八方に逃げていかざるを得ない秘法とは何だと言いましたか。「ため」に生き、「ため」に死に、「ため」に愛そうとするならば、サタンは、間違いなく国境線を捨てて逃げていくのです。逃げていくとしても、そのまま行くことはできません。国境線を崩してから行くようになっているのです。そのようになれば、どのようになるでしょうか。サタンが離れていくことによって、死亡の地獄に直行していた生命が、天の国に上昇することができるという永生の道理が訪ねてくるというのです。そこにおいて初めて「永生」が生じるのです。 神様を知り、天の国を知り、天の国の伝統的思想である「ために生きる愛」のために、千年万年続けたいと切に思う群れになることによって、そこから主体であられる神様をお父様と呼ぶことができるのです。それゆえに、そこにおいて永遠の血筋を通して、血統を通して「永生の論理」と「永生の伝統」が自らと共に決着するのです。それは、間違いのない真理です。 愛の属性 永生というものは、本質的な愛の属性です。神様も、宇宙を創造されるとき、自ら絶対信仰、絶対愛、絶対服従の基準を立ててなされたのです。 永遠に、永遠無窮に、世の中は過ぎていったとしても自らの愛がもっと大きくなるようにと投入することのできる、そのような心をもって生きていらっしゃる方が神様です。ですから、神様の前に主管を受けたくないと思う存在や、相対的な理念をもった存在でありながら、神様に絶対、唯一、永遠、不変の主人として侍らずにいることのできる存在はない、ということを知らなければなりません。 永生不滅の位置で創造された息子、娘が、その位置に立てば、神様の国が自らの国となり、神様が自身の神様になるのです。神様と天の国の伝統的主人としての生活方法と自分が一致すれば、神様の息子、娘であることは間違いないので、「永生不滅」ということは自動的な結論なのです。それで、「生きんとする者は死に、死なんとする者は生きん」という逆説は、真理です。 国境撤廃にも国連の国境撤廃、宗教の国境撤廃、民族の国境撤廃、地獄と天国の国境撤廃があります。また、撤廃するにおいては、偽りの父母がそれをつくったので、真の父母以外にはそれを成す人はいない、というのが事実です。神様もできず、サタンもできません。 サタンと神様が闘う戦争を誰が止めることができるのでしょうか。それは、偽りの父母がそのようにさせたので、ひとえに人類の真の父母として来られた方だけが、このことを成すことができるのです。 皆さん! 皆さん全員が、このような解放的な決心をもって帰ってくださることを願います。ありがとうございました。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.27
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世界平和超宗教超国家連合(IIFWP)共同創設者 韓鶴子女史の講演文「アセンブリ2000」の開会総会2000年8月18日ニューヨークの国連本部第二会議場 高名なる貴賓、各国からお越しになられた指導者、そして、紳士淑女の皆様。 きょう、このように世界平和理想のための精誠が込められ、威厳あるこの殿堂において、二度目の演説の機会を持つようになったことを光栄に存じます。 一九九二年四月十日、韓国・ソウルのオリンピックスタジアムにおいて、私と私の夫は、国際連合の非政府機構として世界平和女性連合を創設したことがあります。当時、世界七十二か国から十五万人の女性が殺到して、本連合の創立の熱気をより高めることとなりました。 世界平和女性連合は、創立以来、世界百八十五か国において活発な活動を展開しており、平和文化と文明間の対話を指向する国連の方針に積極的に協力してきました。 女性連合は、すべての女性が皆、一緒に神様の娘としての本質的な価値を持っていることを覚醒させることができるように、多様なプログラムを支援してきました。そして、後進国家の女性たちに奨学の恵沢とともに、教育の機会を提供してきており、国際的な姉妹結縁の行事を通じて、人種と宗教間の和解を追求してきました。 AIDSの予防活動を通じては、婚前純潔と夫婦間の貞操の重要性を強調してきました。 世界平和女性連合と世界平和家庭連合の創始者として私は、国連の加盟国家の大部分を巡回し、その国の国民と直接に対話と交流を分かち合うことができる機会をもってきました。また、国際救援親善財団の総裁として、数十年間救護奉仕活動を世界的に展開してきています。 世界各地を見て回った私の経験として、道徳性の喪失、戦争、飢餓、貧困、劣悪な教育環境、疾病等、世界を苦しめている諸問題が、ますますより深刻化していることを感じています。世界が抱いているさまざまな問題の中で最も深刻なものは、神様のことが分からない霊的無知と家庭の崩壊であると言えます。 神様は、存在します。そのおかたは、世界を創造された後に、これに背を向けて遠くに行ってしまわれたおかたではありません。普通の親と同じように、神様は、ご自身の子女たちが苦痛を受けるときに嘆息されるおかたなのです。 神様が受けておられる最も深い苦痛というものは、正に人類が神様の心情を感じることができる能力を喪失したということにあります。 このような理由によって、私たちは、神様が親であられ、すべての人類は神様の子女であり、互いに兄弟姉妹であるということを感じることができないのです。 神様と普遍的な真の父母の理想なくしては、真の兄弟姉妹の理想は成されえません。私は、真の愛による夫婦の揺るぎない軸を中心とした、真の家庭を打ち立てる運動に専念しています。そのような家庭の中においてのみ、真の父母像、真の夫婦像、真の子女像が定立されるのです。 平和世界も、繁栄する国家も、真の家庭を基盤とすることによってのみ可能です。 私の夫である文鮮明牧師は、このような善の目標を成し遂げることができるように、私を理念的に指導し、全幅的に支援してくれており、常に感謝しております。 文鮮明牧師は、一生を神のみ旨と平和世界実現のために献身してまいりました。幼少のころより、神様と特別な関係を結んできつつ、人生の目的、悪の根源等、人生の根本問題に対する答えを得るために、神様と深い祈祷の交感を続けました。 私の夫を知っている人はだれでも、夫がこの上なく真摯で深刻な人物であるということを感じるようになります。 夫は、自身のすべてのものを投入する人生を通じて神様に仕えてきたのであり、捜し出した真理のみ言は、世界百八十五か国にいる数多くの人々と若者たちの人生を転換させてまいりました。 夫の一生は、決して平穏ではありませんでした。夫は、あらゆる無理解と試練に耐えなければなりませんでした。背信と拷問、収監生活、数回にわたるテロによる威嚇を甘受しなければならなかったのです。 しかし、そのいかなる障害も、六十余年前、韓半島の山上で神様とイエス様にささげた約束を成し遂げるための、夫の決心を防ぐ術はなかったのです。 私の夫の献身的な人生は、個人的な安楽と衣食住を超越するものであったということを、私は妻として、だれよりも近くで見守ってきました。自らの家庭をおいて、民族、国家の因縁を犠牲にしてでも、神様の心情を慰労してさしあげて、神様が願われる平和理想世界を地上に実現するための一筋の道を生きてきた人こそ、正に私の夫であるということを証しいたします。 私は、今回の大会に参加してくださった皆様に深く感謝を申し上げる次第です。国連は、神様の心情奥深くに宿る理想を実現すべき代表機構であると考えます。私は、このような摂理史的な組織が、神様から賦与された責任を全うして、平和時代を率いる団体として祝福を受けることができるように祈祷いたします。 神様の祝福が、皆様すべてと今回の大会とともにありますよう祈願いたします。 ありがとうございました。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.26
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真の父母様、国連非政府組織世界連合「万国平和賞」受賞(2000.08.18,ニューヨーク、国連本部)世界と国連が行くべき道この講演文は、2000年8月18日、ニューヨークの国連本部第二会議場で開催された「世界平和超宗教超国家連合」主催、「アセンブリ2000」の開会総会で語られたみ言です。 満場の貴賓、そして高名なる各界指導者の皆様! 私は、きょう、このように美しく厳粛な国連会議場で、皆様と共に、世界と国連の行くべき道に関する私の熱情と所見の一端を紹介できるようになったことに対し、深い感謝の礼をお捧げいたします。 世界平和実現のための国際機構の再編が必要な時 過去四十年余り、私が展開してきた超宗派超国家の活動と組織の目的は、すべて神様と人間が共に望んできた平和世界の実現でした。平和世界に対するヴィジョンは、超宗派運動の核心でした。 人類は、二十世紀に凄惨な世界大戦を二度も経験し、そして七十年の間、無神論共産思想の横暴と冷戦時代を経ながら、先鋭な対決と藤を経験しました。冷戦時代が終息し、世界はつかの間の平和のための祝杯を挙げることができました。しかし、すぐに人類は、その冷戦の終わりが自動的に平和時代に連結されるのではないことに気づきました。世界の至る所で激烈な戦争が継続し、今も様々な所で殺戮戦が展開されています。これらの諸紛争は、主要宗教間の根深い藤が背景になっていることは、周知の事実です。「宗団」間の対話と和合が、いかに重要であるかを悟らせてくれる事例です。 現代における宗教的な理想の実現は、往々にして世俗権力と一定の距離を置いて活動してきました。今日の一般的な認識は、これを当然なこととして受け入れています。しかし、世界平和理想に寄与する諸々の国際組織は、世界の偉大な宗教的伝統と自分たちとの関係を再検討すべき時になったと考えます。 そのいかなる国際機構よりも、国際連合が良い例になることでしょう。多くの人々は、国連が、世界平和のための人類の理想が制度化された組織であるとみなしており、これに期待をかけています。国連には世界の問題を解決し、平和と人類繁栄を促進するために共に働く、すべての国の代表者たちが集まっています。 しかし、国連で国家の代表者たちが世界平和を実現しようとする努力に対しては、相当な諸障害があります。国連を通して得た諸々の実績と成果を否定してもいけないのかもしれませんが、国連自体が改善すべき点も多いと考えます。世界の政治家たちと宗教指導者たちが、国連を中心として互いに協力し、尊重する関係が、切実に必要な時となりました。 本然の人間は、心と体が神様の真の愛に感応しながら、一体を成して生きるようになっています。心と体が闘わずに真の統一の起源を成すのは、人が神様に似た神様の息子であり、娘であるからです。神様の心と体が闘うことはありません。絶対者であられる神様においては、自体内に矛盾や藤はあり得ません。 レバレンド・ムーンが展開してきた超宗派、超国家組織と活動の目的 心と体が統一体となる人間の理想は、神様の真の愛を完全に所有するときに成し遂げられるのです。「平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう」(マタイ五・九)という聖句も、神様を中心として心身一体理想を成したことを前提とします。 ところが、人間は堕落によって、心と体が統一調和の基準を失ってしまい、藤を引き起こしながら自己矛盾の中に生きてきました。そればかりでなく、個人の中で起こる心と体の藤と闘争は、家庭、社会、そして国家と世界に拡大されてきました。兄であるカインが、弟アベルを殺害する犯罪もここに由来します。 有史以来、この地球上で展開されるすべての対決と戦争は、本質的に、より悪であるカイン側と、より善であるアベル側との間の闘いでした。このようなカイン側、アベル側の闘いは、必ず終息し、原状に復帰されなければならず、心と体の対決も終わって、調和一体として復帰されなければなりません。 個人の心と体が統一されなければならない原理を、世界的な次元で適用、実践しなければならないのです。この目的のために私は、世界平和を具現する、心の世界を代表する「世界平和宗教連合」と、体の世界を代表する「世界平和連合」、「島嶼、半島、大陸国家連合」、そして、二つの世界の調和のための「世界平和超宗教超国家連合」などを創設しました。 人間社会での諸般の問題は、根源的に、単に政治的な問題ではないために、社会的、政治的解決のみでは、常に不十分なのです。大部分の人間社会が、政治的に統治されていますが、反面、大部分の国家的、文化的「正体性」の根底には宗教があります。事実、大部分の人々の心の中には、宗教的な忠節が、政治的な忠誠よりはるかに重要性をもっています。 今、宗教が、この世でその真の指導力を発揮する時が来ました。宗教者たちが、この時代の状況と様々な不正に対して責任を感じ、深い自己省察が先立たなければならないと考えます。宗教者たちは、愛の実践で手本になることができませんでした。自分個人の救援や宗派の利益に汲々とするあまり、世の中の救援に尽力できなかったことを悔い改めなければならない時です。今こそ、信仰生活ばかりでなく、愛の実践生活が要求されている時です。 国連の両院制構成を提案 神様は、私たち指導者、特に宗教指導者を召命していらっしゃいます。世の中の不義と罪悪に挑戦し、真の愛を施すことを望んでいらっしゃいます。すべての宗教者が心を一つにして、神様の人類に対する熱望を代弁し、実行しなければなりません。 体と外的な世界を代表する、政治家や外交家たちの経綸と実践だけでなく、心と内的な世界を代表する宗教指導者たちの知恵と努力が合わさってこそ、平和世界を完全に成し遂げることが可能なのです。そのような点で、国連を再構成する問題まで深刻に考慮すべき時です。おそらく、両院制の形態を備えた国連を想像することもできるでしょう。 国家の代表たちによって成された既存の国連を、各国家の利益を代弁する下院に代えて考えることができます。一方、著名な宗教指導者など、精神世界の指導者たちによって宗教議会、あるいは国連の上院を構成することを深刻に考慮するようお願いします。このとき、超宗派的な宗教議会は、地域的な個々の国家の理解を超えて、地球星と人類全体の利益を代弁すべきでしょう。 両院が相互尊重し、協力することによって、平和世界を成し遂げるうえで大きく寄与することができることでしょう。世界の指導者たちの政治的経綸は、世界の偉大な宗教指導者たちの知恵とヴィジョンによって効果的に補完され得るのです。 すべての国境地帯に平和地区建設を提案 世界は、今も国境線を中心とした衝突地域が増えつつあります。このような諸々の紛争地域によって、世界は途方もない人命被害と、数十億ドルに達する戦争費用と平和維持費を注ぎ込んでおり、あまりにも多くの資源と努力を消耗しています。これに比して、ただの一箇所として満足に解決の進展を見せる場所はありません。 私はこの場で、国家を代表する国連と宗教指導者が心を合わせ、すべての国境地帯に平和地区をつくることを提案するものです。山や川、あるいは平原であると海であるとにかかわらず、国境線と紛争地域の付近一帯を緩衝地区、すなわち平和地区にするという案です。 この場所は、国連の直接的な統治と管轄下にあるようになり、ここで全世界から平和定着のために集まってきた人々が暮らせるようにするのです。国連は、ここが国連の創立趣旨と、引き継がれてきた平和宣言の内容に符合する最も模範的な地域になるよう指導しなければなりません。このような平和地区は、平和と繁栄、和解のための安息所です。そして、人種と性の差別がなく、人権の侵害と戦争から解放された典型的な地域です。さらに、ここは生態学的にも環境的にも、万象にとって楽園のような場所とならなければなりません。 このような平和と自由、生態学的な調和を追求する地域を確定するためには、該当国家が国土の一部を提供しなければならないという問題があります。私は、この提案にとって障害になり得る実質的な問題点を解決するため、少なからぬ努力を傾けてきました。 私は、「冷戦体制の犠牲になった韓半島の分断と戦争には、摂理的なみ旨がある」と教えてきました。朝鮮戦争は、平和守護のために、世界十六カ国の若者たちが国連の旗のもとで血を流した、歴史上類例のない聖戦になりましたが、まだ平和統一は、未解決の課題として残っています。私が、摂理観に立脚して、平和世界実現のための国連の厳粛な使命を考えるのも、このためです。 去る六月から進展した南・北韓の和解と協力のムードが、このまま続いていくことを切に願います。南北が対峙してきた、韓半島の百五十五マイル軍事境界線周辺の緩衝地帯全部を、国連管轄下の平和地区にし、そこに、人類が教訓を得ることのできる展示館と博物館、教育の場と平和公園などをつくることにおいて、国連が率先してくださることをお願いします。 私は、これまで南米のメルコスル地域に、約百二十万ヘクタールに達する肥沃な土地を購入しつつあります。国連平和地区設定によって喪失した国土の代わりに、これを補償するためです。韓半島の南北指導者たちに、その一部を寄付すると通告もしました。 私は、このような内容を明らかにすると同時に、心ある世界の指導者たちが、私が提示した趣旨に同参してくださるよう訴えるものです。そして、私と共に、国連管轄区域となる平和地区確保のために、自らの土地と基金を喜んで寄付できるようにお願いします。平和地区は、国連の指導下で、自然と人間が共存する理想的な道義社会として建設されることでしょう。 私は、既に二年前の一九九八年十二月に、「対話を超えて実践に進む超宗教的理想の実現」という主題で開催された国際会議の席上で、世界の宗教指導者たちが集まった中、世界平和基金の創設を提案したことがあります。この時に参加したすべての宗教指導者たちは、世界の宗教者が、まず世界平和のための基金の募金に率先する意味で、七数に該当する寄付金を出す運動を展開するように決議しました。各個人と国家ごとに、各々経済的な状況が違うために、ある人は七ドルを出すことも無理かもしれませんが、七百万ドルを寄付する人もいることでしょう。 この世界に生きている、すべての宗教者が心情的に一つになるならば、基金の募金に積極的に同参するばかりでなく、このように集められた基金によって平和地区を造成し、平和に対する理想と知恵を教えるのに用いることができることでしょう。国連は、宗教者だけでなく、すべての国々に対して毎年、自発的に平和基金(例えば「白十字会費」という名前で)を納付するように指導することができるでしょう。 富裕な博愛主義者や経済界指導者、企業人をはじめとして、各界各層の指導者と団体、そして個々人たちも国連平和地区建設に積極的に加担し、世界的な平和ムードの造成と募金運動をする上で、率先しなければならないのです。 私は、国連の上院の使命を果たす超宗教的な宗教議会の基礎とするために、「世界平和超宗教超国家連合」を創設しました。各国家から超宗教的な大使が、既存の大使と共に国連に派遣され、宗教議会、すなわち国連の上院を構成するのです。 超宗教的な理解と修練をした、超国家的な平和理想を指導すべき国連の上院議員たちが担当する任務は、狭い視野で特定の国家の利益のみを代弁しようとすることとは、正反対になるのです。彼らは、絶対者のみ旨に従って、世界と人類全体の平和理想のための任務を遂行するようになるのです。 国連の上院議員となった超宗教大使は、いったん派遣された以後には、国連の世界的なヴィジョンと議題を代弁することのできる、全地球星的な業務を遂行しなければなりません。このような意味で、国連の国際大使とも言えます。このような国連国際大使は、既存の国連大使と共に、世界のどこに赴いても、平和と福祉社会具現のための共同運動を代表するようになることでしょう。また彼らは、地球上のすべての国で正義、安全、平和の高い理想を守る、良心の守護者の役割をするようになることでしょう。 このような措置は、世界市民たちと青少年たちに、希望とともに、愛と平和を追求する理想的家庭の安着を、直接に確認する機会を提供することでしょう。選出された超宗派超国家的な大使は、各国ごとの後援のもとに展開している健康、教育、福祉厚生事業などの理想的なプロジェクトが、積極的に遂行されているかどうかも点検することができることでしょう。 私は、様々な団体と組織を通じ、宗派と国籍を超越して、真の愛の教育を絶えず展開してきました。このように絶えず投入し、対話と和解の努力を展開した、過去数十年の歳月を通し、人類が一つになるための最も堅固な基礎は、正に真の家庭の理想から始まる普遍的、かつ核心的な愛であるということが明確なものとなりました。 世界的な記念日を制定することを提案 このような内容を土台として、私は、今から国連に属するすべての機構、および組織の活動を促し、三つ目の提案をしようと思います。国連を率いている上位の政策決定権者たちが、決まった規定に従って、世界的な公認の日を制定するのです。私は、国連が児童の年、または平和文化の年のような多様な宣言的な日と、十年周期の記念日を制定することを知っています。私が勧めようとするのは、意義のある国連公認記念日を制定して、世界が毎年、この日を記憶し、記念するようにしようというものです。 すなわち、「真の父母の日」を制定し、世界的な祝祭日として記念し、同時に、「真の家庭の日」を二つ目の世界的な記念日として制定することを提案するものです。人種と宗教、文化を超越して、誰でも愛することができ、大切に思うことのできるこのような日を、みな一緒に慶祝することによって、私たちは、人間としての共通した真の根を確認し、真の家庭の大切さを確認できるようになるのです。併せて「国連軍の日」を制定し、国連の正義と平和維持軍の神聖な使命を宣揚するようになることを願います。 尊敬する指導者の皆様! 私たちは今、一緒に心を合わせて努力し、宗教と世の知恵の中にある諸々の高貴な内容が、緊急で深刻な問題が存在する世界で援用され、適用され得るよう、体制と組織を補完していかなければなりません。 このような体制は、超宗教指導者で構成された協議体が、国連の政治指導者、および外交官たちと協力し、共同の歩調を取ることで成され得るのです。「世界平和超宗教超国家連合」は、絶対者と超越の世界(霊界)、そして、永生と霊魂の問題に対する正しい指導とともに、このような目標のために献身していくことでしょう。さらに、平和のための国連の努力に添って、ひいては、神様を父母として迎える人類が一兄弟となって、宇宙一家庭を成す、そのような永遠の愛と和楽の天国、神様の祖国を成していくことでしょう。 私は、専門識見と経験、そして知恵を備えた世界の指導者たちと国連関係者たちが、私が提示したこのような理想をいかに補完していくべきかについて、よく御存じであると信じます。国連をはじめとする政府機構等が、これを成し遂げられないときは、NGO(非政府組織)等、民間組織を通してでも、このことを必ず成すようになることでしょう。私たちが継続的な努力で協力していくならば、必ずや地上に平和と幸福の理想が実現されるはずです。 神様の祝福が、皆様の携わる仕事と国連の上に、共にありますよう祈願いたします。ありがとうございました。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.26
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「お母さんだから大丈夫だと思っていました」詩の朗読2023/11/23「お母さんだから大丈夫だと思っていました」詩人:심 순덕参照:https://uc-itsumokamisama.seesaa.net/...一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.26
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[旧統一教会] スペインに住む二世信者が受けた神様と天使からのメッセージ2023/11/25先日 団トクで素晴らしい証を見つけました。ああ、これで動画を作ったら きっと多くの兄弟姉妹が希望を感じて元気が出るだろうなあと思い ご本人に許可を取りたくて転送 転送を繰り返して私の元に届いた証だったので沢山のシックの協力を得てカカオとラインを遡りながら ついにこの神様からのメッセージを受けたご本人の二世信者さんと連絡を取ることができました。その方はスペインの田舎に住むとても素敵な方でした 私の証を通して希望を感じて頂けたら嬉しいです!と喜んで許可をして下さいました このメッセージを通して多くの方が神様の愛を感じ取って下さったら幸いです。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.25
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第四回「七・八節」記念礼拝の御言成約八年 2000年8月6日(陰暦七月七日)天宙清平修錬苑 天城旺臨宮殿 天宙清平修錬苑の天城旺臨宮殿 大聖殿で行われた第四回「七・八節」記念礼拝語られたもの。 きょう、この「七・八節」は、善い日ですか、悪い日ですか? (「善い日です」)。なぜ善い日なのですか?。理由があって「善い」と言うのならば、なぜ善いのかというのです。天地父母天宙安息圏、安息できない所がどこにもありません。安息圏宣布の日です。ですから、どれほど善い日でしょうか? 「天地父母」とは何でしょうか? (「……」)。答えなければならないでしょう? 「天地父母」とは何ですか? 「宇宙父母」です。そうではないですか? 「天地父母」とは何かというと、根源的な父母であると同時に、いつでも永遠に父母であることをいうのです。 「天地父母」、それから何ですか? 「安息圏」です。安息とは何ですか?。平安の「安」という字は、ウかんむりの中に「男」という字を書きますか、「女」という字を書きますか?。ウかんむりは「家」を意味するのです。ですから、「家の下の女性」のことを「平安」だというのです。 ですから、わたしたち人間が生まれた根本自体を分析してみるとき、父親の骨髄の種を受けて母親の腹中に入っていき、その赤ん坊が母親の体を安息所として、配給を受けながら大きくなって息子になり、娘になり、その家庭の孝子、孝女になるのです。(胎中で)体全体を育ててくれたのは、父親の体ではなく、母親の体なのです。分かりますか? 「十月(とつき)目に生まれる赤ん坊の体は、百パーセント近く母親の骨と肉と血をそっくりそのまま配給され、分配されて生まれたのが息子であり、娘ではなかった」のです。「ではなかった」のです。(「だったのです」)。「ではなかった」のです (「だったのです」)理解していることは理解しているのですね。 それでは、神様は平和を好まれるかたでしょうか、嫌われるかたでしょうか? (「好まれるかたです」)。嫌われないでしょう?。好まれますね?。神様は平和を好まれます。どれくらい好まれるでしょうか?。絶対です。一度言ってみてください。「絶対」(「絶対」)。最々高々ーに好まれるというのです。(「最々高々ー」)。限りなく好まれるというのです。 ですから、神様が平和をごらんになることができなければ、神様は死んでしまわれるでしょうか、生きていかれることができるでしょうか?。つまり、神様も死ぬことを好まれるでしょうか、好まれないでしょうか?。好まれないので、しかたなく神様も平和の世界をつくらざるをえません。 それでは、神様おひとりで平和の世界をつくることができるでしょうか? (「できません」)。平和というものは、一人を前提として言う言葉ではありません。非常にたくさんのものが水平を成した、そのことを前提として言うのです。均等になったということです。千人、万人が暮らしていても、全員が同じ資格であり、同じ内容を備えた、そのようなことを言うのです。 「平和」がよいですか、「和平」がよいですか?。言葉をきちんとしなければなりません。「和平」がよいですか、「平和」がよいですか? (「『平和』がよいです」)。「平和」が始まって「和平」をつくることができるのですか、「和平」を通して「平和」が訪れるのですか?。どちらですか? 万事を成してこそ平和になりますか、平和になってこそ万事が成されるのですか?。万事が成されて、すべてのものが「和」してこそ「平」になるのです。「和する」ということですが、化学の「化(ファ)」という字は、本質が変化することです。木が石のような別の物になることを化学作用というのです。しかし、「和する」の「和(ファ)」という言葉は、そっくりそのままで形が変わることをいうのです。(注:韓国語で「和(ファ)」と「化(ファ)」は発音が同じことから、そう言われる) ここにいる人は何人ですか?。七千人ですか?。何人ですか? (「七千人です」)。七千人が集まったので、座っている人たち各自の価値は、七千分の一の価値しかありません。そのように言えば、気分が良いですか? 「七千分の一」と言えば気分が悪いのです。それでは、「七千人がわたし(真のお父様)に似た」と言うときはどうですか? 「わたしに似たので、わたしのものだ」と言うときは、気分が良いというのです。 自分を中心として「同じだ」と言うときには、すべて自分のものになるのです。それでは、一人一人違うというときはどうでしょうか?個体は朴パク氏、金キム氏、あらゆる人がいます。日本人も来て、西洋人も来て、ありとあらゆるさまざまな人々が集まっていますが、これが和合しましたか、平和になりましたか?。和合もせず、平和にもなっていなければ、どのようになりますか?。和合がなければ平和になりません。分かりますか? (「はい」) それでは、今朝、食事をするときに、ここでパンを食べましたが、パンを食べずにおかゆを食べようという人は、和合する群れですか、和合しない群れですか?。そのような者がいれば、おなかがすいて、どのような病気になるのですか?。盲腸になって、手術しなければならないというのです。分かりますか? 自分が食べなければ、自分が食べなかったものを(他の人が)食べたとしても、それを「ありがたい」と考えなければならないのであって、おなかが痛い人は罰が当たっていなくならなければなりません。天もそのように考えるのです。分かりますか? 文総裁を好むならば、皆さんも好んでこそ「和する」というのです。わたしが「良い」と言えば、皆さんは「悪い」と言いますか、「良い」と言いますか? (「『良い』と言います」)。文総裁、良い (「良い」)。(拍手) 七千人が、「私も良い」と言って、拍手しなければならないでしょう?。拍手して何も言わないというのは、どういうことですか?。文総裁、良い (「私も良い」)。(拍手)そして拍手するのです。拍手の音が、「良い」という声よりももっと大きいですね。文総裁、良い (「私も良い」)。(拍手)そのようにしてこそ、調和するのです。 さあ、それならば簡単です。神様が平和を好まれるのですが、どのようにすれば、平和が成し遂げられるのでしょうか?神様が嫌われる怨讐という群れは、すべて追放……。しかし、神様は殺すということをしてはなりません。追放するにおいても、しかたなく逃げていくことができるようにしておけば、平和になるのです。簡単でしょう? (「はい」)。 若い人たちは、答えがはっきりしていなければなりません。朝食は食べましたか? (「はい」)。それでまた、昼食を食べるのですか?。答えることもできない群れが、座って昼食を願うのですか?。はっきりと答えなければなりません。「私は平和の王子、王女になりたい」と思う人は、手を挙げてください。やあ 皆、わたしより優秀ですね。 さあ、簡単です。問題は、「国境線を撤廃すれば、平和の世界はやってくる」ということです。(「アーメン」)。国境線がなくなれば、平和の世界は自動的に成し遂げられるのです。(「アーメン」)。ああ、わたしたち統一教会は「アーメン」と言ってはいけません。「感謝します(カムサハム ニダ)」と言うことにしたのです。(「感謝します」)。(拍手)分かりますか? 国境線がなくなるときには、平和統一の世界が自動的にやってくるのです。(「感謝します」)。「アーメン」と言わずに「感謝します」と言わなければなりません。「アーメン」と言うのは、神様のみ旨成就は千年万年願ってきたことであり、神様から歴史的にずっと、過去、現在、未来のために長い間待っていたことなので、それが「み言のとおりになりますように」という意味で「アーメン」と言った、そのときの言葉を中心として答えた言葉ではないですか?しかし、今のこのようなときには「アーメン」では合わないので、「感謝します」と言わなければなりません。分かりますか?。感謝しましょう。(「感謝しましょう」)。 鄭壽源氏 (笑い)「感謝します」の歌を一度聞いてみましょう。出てきてください。(拍手)きょうは、わたしがこのようにプログラムを組んでいきながら進めていくことが良いのか、悪いのか分かりません。神様が喜ばれれば、万事がオーケーです。歌ってください。(鄭壽源先生が「感謝の歌」を歌うが、声がかれていて、歌詞がよく聞き取れない) そのまま立っていてください。わたしは、それが何の歌なのか、一言も聞き取れません。(笑い)静かにして、はっきりと歌う言葉を注意して分析しながら、心の世界の門を開いて、拍子を合わせてください。分かりますか? (「はい」)。分からない人は、居眠りしてもかまいません。さあ、はっきりと歌ってください。(笑い) 「感謝の歌」 感謝します 感謝します 生命の自由を取り戻したので感謝します 生命の自由を取り戻したので感謝します 愛情の自由を取り戻したので感謝します 愛情の自由を取り戻したので感謝します 自由にふるまう元のサタンを葬ったことを感謝します 自由にふるまう元のサタンを葬ったことを感謝します うれしく感謝だ 新しい主人が来た うれしく感謝だ 新しい主人が来た サタンに勝利したことを感謝します サタンに勝利したことを感謝します 栄光 栄光 私が享受できる栄光を感謝します 世の中のサタンの権勢がすべてなくなり 天の主の御声 が聞こえてくる 新しい天地に 顔を上げてみると 光明のさすエデンの 園が開かれているなあ エデンの園 善い私の体の中に 無窮な生命の川の水 が流れていく 新しい天地に 新しい主の役事で死んでいた霊魂が復活 したなあ さあ、もうみ言の内容はすべて聞いたでしょう?。時間がずいぶんたちました。「先生が代わりにしてくれた」と思って終わりにしましょう。終わりにしようというのです。なぜ答えないのですか?。八十歳になった老人を、まだこき使おうということですか? 先生がみ言を語らなくても大丈夫です。きょうは善い日なので、少し休まなければならないでしょう。それとも、まだ汗を流さなければならないのですか?。簡単なのです。国境線を撤廃すれば、平和の世界は自動的にやってくるのです。(「感謝します」)。(拍手) 皆さんが記憶すべきことは、国境線の主人はだれかというと、それは神様でもないということです。国境をつくり始めた親分は、サタンです。国境線のある所には、必ず悪魔が潜んでいるということを知らなければなりません。 三十八度線がありますが、三十八度線にだれが潜んでいるというのですか? (「悪魔です」)。悪魔と悪魔の実体が潜んでいるというのです。東洋と西洋の文明圏を中心として、お互いに国境線を大きくつくっているのですが、ここにだれが潜んでいるのですか? (「悪魔です」)。悪魔が潜んでいるのです。 文化の背景、伝統の背景、人種の差別や、あらゆる差別を生み出して国境線をつくったのは、神様ではありません。神様は統一の世界、一つの世界です。国境のない世界を……。 神様には国境がないので、「怨讐を愛しなさい」ということを言われるのです。「恨みを晴らせ」と言えば、国境は存在し続けるのですか、なくなるのですか?。怨讐を愛して一つになる所では、国境が崩れていくのです。 それゆえに、神様の戦略戦術である「怨讐を愛しなさい」ということには、偉大な戦略的な内容と、偉大な戦術的な内容があったということを、今日の人類歴史は知らず、今現在、生きている人間たちも知りませんでした。 そのような、歴史が知らず、四大聖人も知らなかった神様の戦略戦術を、今、統一教会の教会員たちは歴史を代表して、全体を代表して知ることができるのです。と同時に、これを相続して実践することができる人になったので、自動的に平和を成し遂げることができる親分になるのです。アー、アー。(「メン」)。「アー、メン」ではありません。アー、「感謝します」。(「感謝します」)。(拍手)そのとおりですか? 皆さんの心が喜ばないところには国境ができ、体が喜ばないところにも国境ができ、自分の行動が喜ばないところにも国境ができ、自分の言葉が喜ばないところにも国境ができ、自分の見るものが喜ばないところにも国境ができるのです。また、五官を通して一つにならないところに、ありとあらゆる国境がどれほど多いかということを考えてみてください。 また「怨讐を退治しろ、国境をつくったものを処断しろ」と言えば、目も抜いてしまわなければなりません。目は二つのものを見ることができます。これもよく、あれもよいのです。聞くものも、善なる善いみ言、真理のみ言を聞くことも好み、流行歌、踊る姿もすべて好むのです。 それでは、どちらが事実なのですか?。ですから心配なのです。統一教会では「流行歌を歌うな」と言いながら、「文総裁、絶対に流行歌を歌うことに反対した」、それとも「歓迎した」、どちらですか?。尋ねているではないですか? 名曲を歌おうと、歌謡曲を歌おうと、どのような曲を歌ってもよいということです。「それを消化することができるのか?」、「良くすることができるのか」ということが問題です。国境がなくなるように、神様が喜ばれることのできる無制限の橋を架けることができるという人は、流行歌を歌おうと、どのような悪い言葉を言おうと、何も問題にならないというのです。 それゆえに、「自分には、すべての五官を通して感じる感覚、あるいは歴史的伝統を残して暮らしている今の生活環境において国境がある」というときは、サタンの身内になるのです。それでは、「国境がない」というときは、どのようになるのでしょうか?。神様の側になるのです。 サタンは、国境をたくさんつくるためのチャンピオンであり、大王陛下です。神様は、国境をなくすための大王陛下です。国境を最も嫌う大王陛下であられるということを知っていますか、知りませんか?。知っているのなら、こちらのほうだけ拍手してください。(拍手)そのとおりに拍手するのですね。 今度は、知らなければ、こちらのほうだけ拍手してください。(何人かの人が拍手する)(笑い)知らなかったのですか、この者たち? (笑い)(「分かりました」)。直ちに審判されています。話を理解しなければなりません。 さあ、それでは「神様は、絶対に国境を好まれない大王陛下であられる」ということを意を決して理解する人は、四本の手足をたたいてください。「このように四本の手足をたたかなければならないでしょう?。このように、「七・八節」の記念行事の中で、四本の手足をたたいたということは、夢にも忘れられない」と思えば、偉大な人になるのです。分かりますか? (「はい」) それでは、三十八度線があることを歓迎する大韓民国は、神様が好まれる者たちですか、嫌われる者たちですか? (「嫌われる者たちです」)。嫌われる者たちです はっきりと知らなければなりません。 それでは、「三十八度線をなくそう」という人は、神様が最も好まれる悪い者ですか、チャンピオンですか? (「チャンピオンです」)。知っていることは知っているのですね。あなたは、チャンピオンになりますか、悪い子女になりますか? (「チャンピオンです」) わたしがいくら悪口を言っても、「自分とは関係ないので、悪口を言われたとは思わない」というのです。「あの文総裁、公的な席で牧師が、教主があのようにいいかげんに話してもよいものか?。えへん。儒教の観点ではいけないのだが」と考えるならば、その人はだめな人です。 悪口を言うならば、讒訴する人がいなければならないでしょうが、そんな人はいません。神様は、ごらんになって喜ばれるのです。わたしは、死ぬとしても三十八度線を残しては死にません。(拍手) 韓国人が南北韓を合わせて七千万なら、七千万国民のだれもが「三十八度線を絶対に残すことはできない」と思う人になればよいのですが、それはやさしいことです。「三十八度線を好む人は悪魔の側、サタン側だ」ということを知っていればよいのです。間違いありません。 分裂を造成することは、悪なる大王、悪なる悪魔のチャンピオンが願うことです。三十八度線を嫌うことは、善なる大王陛下が好まれることです。そうですか、違いますか? (「そうです」)。分かりましたか、分かりませんか? (「分かりました」)。これ以上、話さなくてもよいでしょう?。話そうとすれば、何十年間話しても終わらないので、このくらいでやめましょう。 三十八度線がある所は、サタンが主人になっているのです。なくなった所には神様が主人になるので、統一教会の教会員は三十八度線を消化して、三十八度線をなくして国境線を撤廃させるのです。 そうして、怨讐たりうる者同士のふたりが、お互いに「結婚しなければならない、息子にし、嫁にしなければ生きていけない」という人にさえなる日には、統一天下が自動的に形成されるのです。(「アーメン」)。(拍手) それでは、「七・八節」にわたしが贈るプレゼントは何かというと、間違いなくプレゼントを贈るのです。三十八度線がある所には、必ず悪魔の身内が暮らしているのであり、三十八度線がなく、「お互いに愛そう」というときは、間違いなく神様の身内、血族、血筋です。神様の血族が暮らしているのです。拍手しなければならないでしょう? (拍手) それで今回、わたしが国連に提案しようとしていることは、国境線地帯は超国家の立場に立った国連の所有にしなければならないということです。(「アーメン」)。(拍手)そうすれば、三十八度線をつくり、そこで背を向けて暮らしている国の民も、国連の国として吸収されなければなりません。(拍手) それで、そのような地域を見れば、今日の統一教会で「趣味産業」と言えば、興味津々で「それは何か?」と言うのです。趣味産業は、景色のいい所、だれもがそこに行って暮らしたいと思う所、そのような所は、趣味として願う喜望峰です。 そのような所は今後、超国家連合ができれば、その超国家連合を中心とした国連が、その所有主となり、あらゆる国境地帯全体は、超国家的主人である国連の名によって従属しなければなりません。分かりますか? それで統一教会の文先生は、頭が悪くてそのようにするのか、知恵があってそのようにするのか分かりませんが、「統一教会の教会員たちは、総生畜献納をしよう」と言ったのです。 それでは、超国家国連の所有にするためには、昔のように、旧約時代、新約時代、成約時代のように、割いて神側とサタン側に取り分を分けて、祭祀の供え物をささげていた時代はなくならなければなりません。 旧約時代は万物を割いて血を流し、左側はサタン側であり、右側は神側というようにして、二つの側が得たり与えたりという闘いを続けてきました。そのようなことを完全否定して、一度に旧約時代は物質世界……。 わたしたちの家に関して見れば、夫婦がいて、子供がいて、物質があるので、旧約時代とは、わたしたちの神様の家庭において、物質を分けてサタンの取り分まで分けてあげた時代が旧約時代です。そのような旧約時代のみ旨を信奉したのは、子供が祭物にならないようにするためでした。 ところが、旧約時代が失敗することによって、サタンと神様は、「昔のように割かれた万物を持つのは嫌だ」と言うのです。サタンもそのように言うのです。万物を割くことにおいて失敗すれば、息子を割かなければなりません。 それゆえに、神様の長孫であられるイエス様が、この地に来られて血を流され、イエス様の体はサタンが所有し、イエス様の心は霊界に行くようになったのです。それで、再び体を取り戻さなければならないので、再び来られなければならないのです。それは、息子を割いて立てるということです。 それで、その息子が割かれることによって、霊界をはじめとして、このようにすべてのものが分かれて大変なことになったのです。男性と女性が分かれ、心と体が分かれたので、これを統一させるために、霊界の所有権を持たれたイエス様が、地上の所有権を再び合わせて一つにするために地上に来られなければならないのです。 地上に来て、何をなさろうというのでしょうか?。結婚しなければならないというのです。子供を分けた立場においては、男性であるひとり子を分けてあげたならば、娘まで分けてあげたいと思うでしょうか、首を切って分け、それを持とうとするでしょうか? 長子であるイエス様の体を中心として、地上世界はサタンが所有し、天上世界は神様が所有するのです。そのように分けて所有するために、サタンがイエス様の体を捕らえて殺したのです。思いどおりにしました。サタン側は死亡です。 それで霊界に行かれて、二千年間基盤を築かれ、天上世界の、すべての心の世界の方向が一つになって、地上でも一つになってカイン・アベルとなり、旧教と新教が闘うのです。怨讐になるのです。一つは神側であり、一つはサタン側です。長子はサタン側になり、次子は息子の側になります。 このように、常に国境的な内容、闘争的な概念を抱いて歴史は発展してきました。これを解消するのです。それで、来られる主が天の国を統一し、地上のユダヤ教と選民を中心として、その統一圏を中心として初めて天と地、男性と女性、分かれていたものが地上に来て初めて結婚式を行うというのが、キリスト教で言う「小羊の婚宴」なのです。(「アーメン」)。(拍手) 天の国と地上のキリスト教の国が統一されたのが第二次大戦後であり、キリスト教文化圏が全世界を統一しました。そして、霊界の統一的主導権を持たれたイエス様が、霊界の勝利者となられたので、地上に統一されたキリスト教の時が訪れたのです。 そのことによって、イエス様と聖霊が地上に来られて、体である実体の夫と聖霊の相対である新婦が一つになって結婚式をすることによって、二つに分かれて闘っていた心と体、二つに分かれて闘っていた男性と女性がすべて……。 世の中のよこしまな問題が何かというと、男性と女性の闘いであり、心と体の闘いです。心と体の闘いと男性と女性の闘い、これを解決すれば、天下は平和の王宮に入っていくことができるのです。(拍手) これは漠然としていますが、具体的な問題を中心として考えてみれば、宗教の目的とは何でしょうか?。男性と女性が神様を中心とし、神様の愛を中心として、神様が直接に呼ばれて、「おい、息子、娘よ」と言われて結婚式をしてあげられたというとき、「十双をしてあげる」と言われたでしょうか、最初に一双をしてあげなければならないでしょうか? 答えるべきでしょう?。十双を一度にまとめてしてあげられるでしょうか、一双をしてあげてから十双をされるでしょうか? (「……」)。そのようなことを知らずに、ここに来て座っているのですか? 神様の創造理想から見るとき、だれから先に結婚式をしてあげるようになっていますか? (「アダム(アダム)です」)。今言った「ア ダム」ですが、その「タム(韓国語で「垣根」の意味)」が、どれほどたくさんあるでしょうか?。国境線がたくさんできたというのです。エバ(ヘェワ〔韓国語で「してきた、つくってきた」の意味〕)です。それを崩して……。 それは、だれがつくったのですか?。エバ(ヘェワ)がつくったので、それを崩して平らにし、新郎新婦……。アダムが堕落して壁ができる、その前から出発し、平地をつくり、エバがすべての壁を崩したその前で、エバを先頭に立てて踊りながら世の中に登場し、個人から世界の果てまで歓迎される道を行くのです。 そうして、天の国にいるすべての先祖も、神様までも歓迎することのできる環境において、地球星を行く所まで行き、海を渡って反対側に帰ってくれば、夜も昼もない地上天上天国になるのです。アーメン。(「アーメン」)。(拍手) 人類歴史において、そのような日はありませんでした。そのような日がなかったというのです。そのような日がなかったので、今まで無数の境界線にからまり、苦しんで呻吟し、苦痛にあえいできたのです。この境界線をどのように打破するのかという問題が、平和の起源にかかわるということを知らずにいます。 どのように打破するのかということは、真の父母の名を持った文総裁だけが初めて先に知り、それを教えられて祝福を受けた群れがここに来て座り、「七・八節」の祝賀に参加している者たちだったのです。「感謝します」と言わなければならないでしょう? (「感謝します」)。(拍手) さあ、「自分は、国境線が百万個あったとしても、問題なく撤廃することができる」、「できない」、どちらですか? (「できます」)。どのようにしてですか?。どのようにしてですか? (「真の愛でします」)。真の愛で。 真の愛は、どこにありますか?。これが問題です。「どのようにして、することができるのか?」と言うとき、それはできないのです。なぜでしょうか?。神様でもできないのです。(「お父様がされました」)。お父様がどのようにするのですか?。神様でもできないのに、お父様がどのようにしてするのですか?。したのかしていないのか、うそかどうか分かりますか? 「神様のように知ることができなければ、撤廃することはできない」。これは合っていますか、合っていませんか?。合っていますか、合っていませんか? (「合っています」)。神様を一八〇パーセント以上知らなければなりません。知っていますか?。知っていますか? (「……」)。なぜ黙っているのですか?。どれほど分かっていないことでしょうか? 昼と夜も分かりません。昼が分からなければ、夜だけでも分からなければならないでしょう。二十四時間、昼のように(はっきりと)分からなければなりません。そして霊界を見れば、天国は昼であり、地獄は夜ですが、天国と地獄が分からない人が、天国の国境線を主管することはできません。分かる人は自動的に主管することができるのです。 ですから、地獄までも分かり、分かっている人は主管することができるので、撤廃させることができるというのです。分からなければできません。分かりますか?。神様は、毎日のようにごらんになって分かっているので、だれでも分かるので撤廃することができるのです。分かりますか? ですから問題は、「神様を知らなければならない」ということです。神様を知っていますか? (「……」)。なぜ黙っているのですか?。さっき皆、「知っている」と言ったではないですか?。神様を知っているのですか、知らないのですか? (「知っています」)。どのくらい知っているのですか? 「神様はお金を好まれるので、私もお金しか知りません。神様は権力を好まれるので、私も権力を好みます。神様は知識を好まれるので、私も知識を好みます」という教会は、分かっていないのです。いくら慕っていたとしても、絶対に解放することはできません。 それでは、神様をすべて知り、サタンを完全に追放することができ、完全に解消させることのできる能動的な内容とは、一体何でしょうか?。神様を知ったとしても、神様の何をもって、国境線を撤廃することができるのだろうかというのです。重要でしょう?。そうですか? (「はい」)。そうですか? (「はい」) 神様が主人であられるのならば、主人が暮らす町があり、その国がなければならないということです。そうですか?。神様を知ろうとするならば、神様が暮らす国には中心と環境がありますが、その場合、神様が中心ですか、国が中心ですか? (「国が環境です」)。国が環境ですか?。尋ねているではないですか?。はっきりと答えなければならないでしょう。神様が中心ですか、環境が中心ですか? (「神様です」)。間違いありません。 環境とは何ですか?。相対圏です。何の相対ですか?。神様が必要としている万物を国境が妨げているので、その国境を撤廃して解放することによって、神様がすべてを愛されることができるのです。分かりますか?。神様がどうなさることができるというのですか?。すべてを愛されることができるというのです。 それでは、すべての被造万物は、「神様の主管を受けたい」と思うでしょうか、「境界線によって分けられて呻吟し、苦痛にあえぎ、迫害を受けながら、悪魔に支配されたい」と思うでしょうか?。自己主張する立場で、「解放されて喜んで暮らしたい」というのが万物なので、「神様の主管圏内に入っていきたい」というのが願いの中の願いであり、希望の中の希望であり、「懇切に、懇切に願います」という祈祷をしているのです。そのような内容になるのです。そうですか、そうではないですか? ですから、神様を知り、神様が暮らす環境を知らなければなりません。環境とは何ですか?。天国のことです。天国のことを知っていますか?。天国のことを知っているのですか、知らないのですか? (「知っています」) 何も見えない目になって、神様も分からず、神様が暮らす家も分からず、故郷も分からず、国も分かりません。ですから、分からない世界はすべてサタンのものなので、サタンがふさぎ、神様に苦痛を与え、神様の自主権を崩そうとするのは間違いなのです。 それゆえに、国境撤廃というものは、神様を自主的で解放的な神様にする近道なのです。分かりますか?「そのようにすることのできる自分になればよい」と思う人は、両手を挙げ、拍手して歓迎しましょう。わあ、拍手している光景は本当に良いので、一度見てみてください。 さあ、前の列だけ立ってください。前列、起立 前列、起立して回れ右。今、拍手した人、もう一度、両手を挙げて元気よく拍手してください。(拍手)わあ 本当に良いですね。雨ならば、夕立の中の王の雨であり、和動ならば、和動の中の王の和動であり、それ以上に素晴らしいものはありません。 ここにいる人たち、全員見たでしょう?。気分は良いですか、悪いですか?。良かったですか、悪かったですか? (「良いです」)。「一度、踊ってみたい」という思いはしませんか? (「します」)。ああ、(本当に)踊ったら困ります。思いだけでもそのように過ごしてこそ、きょうの記念日が名節を守る日として記憶されるのです。 さあ、これからは、神様をはっきりと知り、天の国をはっきりと知らなければなりません。それでは、神様をはっきりと知り、天の国をはっきりと知れば、その国の伝統と文化の内容、生活の行動はどのようなものなのでしょうか?。分かりますか?。国境を撤廃することのできる……。 神様がおられ、天の国があるとしても、千々万々の国境によってふさがっているのはどうしてなのでしょうか?。神様を知り、天の国を知っている人がいないからであり、天の国の伝統的生活の内容を知っている人がいないので、それが不可能だったのです。その内容さえ知れば、霊界も地上世界も解放圏が展開するのです。(「アーメン」)。はっきりと知らなければなりません。分かりますか? サタンが身動きできず、「おい、サタンよ」と言えば答える位置に立てば、サタンは呼ばれれば、答えるべき主体をはっきりと知っているのです。それが、どのような主体なのかというと、天の国と神様の心に一致することのできる文化的背景を持った、伝統的思想によって生きる人です。その方法を知っているので、そのように生きるのです。その方法とは何でしょうか? 「ために生きる愛」です。そのような愛を持った人(が主体)なのです。分かりますか? (「はい」) 自分のために生きる愛を求める人ではありません。相対を愛の主人にしてあげ、相対が愛を通して踊りを踊ることができるようにしてあげようという人が、神様を知り、天の国を美しく装って保護することができ、(そこで)生活することのできる後継者となるので、サタンは神様の後継者を防御する道がないのです。(拍手) さあ、二人の人がけんかをしているとします。そして二人の人がけんかをして、「こいつ」と言ってなぐって、相手のあごを外してしまったというのです。なぐられた人は、どれほど悔しいでしょうか? しかしそれで、なぐった人が、あごを一発なぐっておいて、「ああ、気分が良い。こいつめ」と言うのではなく、なぐった相手に対して痛哭して、「ああ、なぐってしまったが、これはかえって、自分の息子があごを外されるよりももっと悔しく、親があごを外されるよりももっと悔しく、自分の愛する妻があごを外されるよりももっと悔しいなあ」と言いながら、「千回、万回なぐって、私のあごを百回外してください」と言ったならば、なぐられた人は、どのようになるでしょうか?。どのようになるのか考えてみてください。 このようなとき、あごを外された人は、なぐった人を怨讐のようになぐるでしょうか?。どのようにするでしょうか? 「これはどうしたことか?」と思うのです。なぐった人が、「自分の息子があごを十回外されることよりも、愛する父母や愛する妻が、十回あごを外されることよりももっと心が痛み、もっと悔しい」と言うとき、あごを外された人は、「それでも恨みを晴らしたい」という気持ちがあるでしょうか、ないでしょうか?。気持ちがありますか? 相手のあごを外したのならば、その相手の涙を止め、悲惨な姿を感動させることができなければなりません。相手の涙を止めることができなければなりません。危害を加えてしまった相手に対して、自分の子供以上に愛する立場でそのようにすれば、被害を受けたほうも、「ああ、この人は私よりもできた人だ」と思うようになるのです。 ですから、ために生きなければなりません。ために生きる心を持ち、自分が誤ったことの何十倍、「もっとために生きよう」という心を持ってこそ、その過ちが取り消しになり、ために生きて何十倍の環境を天国化させることのできる「占領力」がその場に拡大されるのです。そのような事実があるので、国境は自動的に撤廃されざるをえません。(「アーメン」) それゆえに宗教では、終末には「自分の身内の者が敵となるだろう」と言ったのです。自分の家族が、いっぺんにめちゃくちゃになって死ぬ、そのこと以上に怨讐を愛しなさいというのです。死ぬことを悔しく思う以上に怨讐を超えて愛すれば、怨讐の世界を支配することができ、サタンが退くことによって怨讐の世界まで占領することができるのです。ノーメンですか、アーメンですか? (「アーメン」) こういうときは、一緒に大きく「アーメン」と言ってください。「アーメン」。(「アーメン」)。大きく、「アーメン」(「アーメン」)。七千人が、わたし一人の声にも満たないですね。もう一度、大きく力いっぱい言ってみてください、この者たち。(「アーメーン」)。息が切れましたか? (皆のまねをされる)(笑いと拍手) 池承道ハルモニが祈祷の中で「懇切に(カンジョリ)」と言うときは、町内の鳥たちが飛んできて「見物したい」と思うのです。「カン(懇)、カン(懇)、カン(懇)」と鳴きながら、カン(肝〔注:韓国語では「懇」と発音が同じ。ここでは、「気持ち」や「心」の意味〕)が一言一句ごとに引かれていくのです。最後まできちんと締めくくらなければならないでしょう。分かりますか? ために生きるにおいても、父や母、町内の人、とても愛している一族であっても、それを火で燃やしてしまい、他の町内、怨讐をだれよりも愛して、そのまま祭壇をささげるほどであるならば、サタンは、そこに座ってそれを食べるでしょうか、逃げていくでしょうか?。座って食べることができますか、逃げていきますか?。答えてください。逃げていきますか、座って食べますか? (「逃げていきます」)。逃げていくのです。間違いなく、逃げていかなければなりません。そのようになれば、神様が来られて千倍万倍、報いてくださるというのです。 さあ、そのようなことが分かれば、そのように生きなければならないでしょうか、生きてはならないでしょうか? (「生きなければなりません」)。手足を挙げて拍手したでしょう?。さあ、もう一度しますか?。十回でも千回でもしなければなりません。「したい」と思う気持ちがありますか、ありませんか?。ありますか、ありませんか? (「あります」)。「ある」と言うので、したこととして認めましょう。本当にしたならば、どれほど時間が逃げていくでしょうか? (笑い) 神様を知り、天国を知り、その伝統的骨髄思想、サタンが八方に逃げていく秘法とは何かというと、ために生き、ために笑い、ために愛そうとすることです。そのようにすれば、間違いなくサタンは国境線を捨てて逃げていくのです。逃げていくにしても、そのままでは行くことができません。「ああ、国境線を崩してから来い」と言って、手下の者たちが残って崩していくのです。 それでは、手下の者たちに出会えば、たたき殺さなければならないでしょうか、どのようにしなければならないでしょうか? 「ああ、手下の者たち。夕食でも食べていき、朝食でも食べていきなさい、ご飯をあげるから」と言うのです。 そのようにして、「いいえ、もう二度と来ません。もう二度とお世話にはなりません」と、最後のあいさつまでしてから行くようにしたならば、そのとき初めて地上に平和の世界が到来せざるをえなくなるというのです。(「アーメン」)。(拍手) それから、どのようになりますか?。サタンが出ていくことによって、地獄に直行していた死亡の生命が、天の国に上昇できるという「永生の道理」が訪れてくるのです。そこで永生するというのです。神様を知り、天の国を知り、天の国の伝統的思想である「ために生きる愛」を「千年万年、万々年、続けていきたい」と切に思う群れとなることによって、主体であられる神様を「お父様」と呼ぶことができるのです。 ですから、そこにおいては、「永遠の血筋を通して、血統を通して永生の論理と永生の伝統が、「私」とともに結実するということは、間違いない真理だった」というのです。(「アーメン」)。(拍手) 永生というものは、神様の本質的な愛から(始まるのであり)、創造されるときに、神様ご自身が絶対信仰、絶対愛、絶対服従され、「世の中は縮小していっても、わたしの愛は永遠に永遠に永遠無窮に、より大きくなっていく」という心情を持って投入されたのです。 そのように投入される心情を持って生きるかたが神様であられるので、「神様の前に主管されない存在や、神様を絶対、唯一、永遠、不変の主人として侍らずに相対的な理念を持った存在は、絶対にない」ということを知らなければなりません。明確でしょう?。分かりますか? 永生不滅の息子、娘が生まれるのです。それで、神様の国が自分の国になるのであり、神様が自分の神様になるのであり、神様と天の国の伝統の主人となる生活方法に自らが一致し、神様の息子、娘であることが間違いないので、永生不滅は自動的な結論なのです。「はい」ですか? (「はい」)。ありがとうございます。(「ありがとうございます」)。感謝します。(「感謝します」)。(拍手)さあ、それで「ああ、きょうのような大きな記念日は、大祝賀の日なのに、皆が知って余りある話をまた蒸し返す先生が、私は好きだ」、「嫌いだ」、どちらですか? 漢方薬を飲むときに、二番煎じを好む人がいますか?。絶対にいません。文総裁の二番煎じの話を「その話も皆、知っている話なのに、このように話すのは初めて聞くが、みんな知っている話を、またそのように誇らしく話すのか?。きょうの記念すべき日に記憶できる内容でもないなあ」という人は、引っ繰り返って死んだほうがよいかもしれません。このような者たちは、間違いなくサタンが担いでいって地獄の祭壇で殺し、自分の祭物にするのです。 「死なんとする者は……」、何ですか? (「『生きる』です」)。「生き、生きんとする者は……」、何ですか? (「『死ぬ』です」)。これが嫌だと思うならば、引っ繰り返って死んだほうがよいというのです。分かりますか?このようにすることによって、国境がなく、どこでもこのような心、このような心情を持って対する世界は、神様とともに対することのできる、勝利の覇権の王圏に超えていくことができる場であるので、サタンは跡形もなく自動的に屈伏せざるをえないというのが、天理大道の原則だったのです。(「アーメン」)。(拍手) さあ、一幕は終わりました。一幕が終われば、やめなければなりませんか、二幕までしなければなりませんか? (「……」)。一幕が終わったのですが、二幕を始めようというのですか、やめようというのですか?。すべて知っている人たちです。何を聞こうというのですか?。やめてもよいでしょう。 すべて知っている人が、何を聞こうというのですか?。知らない人は知らないようですが。(「第一幕でたくさん恩恵を受けたでしょう?」(郭錠煥会長が皆に向かって言われる)(「はい」)。終わろうということですか? (笑い) これを知らなければ、神様の前に行っても、「わたしがあなたを祝福した」という証書は、受けることができなくなるのです。天国に入っていくことのできる環境的条件にはなりますが、神様に出会って、神様が「あなたが、わたしの息子であり、わたしの天下を相続させてあげる」という証明書を受けることができなくなるのです。それでも終わろうというのですか? 証明書がないのに、天の国に行って何をし、天国に行って何をし、ために生きて何をするのですか?。証明書がないとき、サタン側に行けば、受け入れてくれるのですか?。足で蹴飛ばされるのです。そのような人は、ここでも信じられず、あそこでも信じられないというのです。 地獄に行く道もないという、そのような寂しい人になるのですか、ならないのですか? (「なりません」)。もう答えてしまって、「先生のみ言が嫌だ」と言ったので、その責任をすべて執らなければならないでしょう? さあ、二幕です。二幕を出発するのですか、しないのですか? (「します」)。(拍手)二幕は簡単です。神様がいくら優れたおかたであるとしても、今まで愛の主人になってみたことがあったでしょうか?。真の愛というものは、一人ではできません。愛というものは、一人では成すことができません。男性の前に必要なものは女性であり、女性がいることによって、男性が女性を愛することのできる主人の資格を決定することができるのです。驚くべき話です。 女性がいなければ、男性がいくら優秀な男性であっても男やもめ……。「男やもめ」とは何か、知っていますか?。一人で暮らす父親です。かわいそうでしょう?。男やもめというのは、神様と同じです。一人で暮らす父親です。それは幸福ですか、不幸ですか? (「不幸です」) その男性には愛があります。愛があるでしょう。神様から伝授された愛があり、生命があるのです。血統もあるのです。精子を持っています。それから良心があります。すぐにかっとなりますが、水平を取る良心があります。 このように、すべてあるのですが、それが「ある」と言える価値を現すのは、いくら優れているといっても、一人では永遠に現すことはできません。なぜですか?。男性は頭半分の存在であり、いくら優れているといって頭を振り回し、総裁になり、王になり、大統領になったと大きなことを言いながらも、それは半分にしかなりません。 男性のかたたち。あなたたちは何ですか? 「半分」の反対は何ですか? 「分」というのですから、「完分」ですか、「一分」ですか?。何でしょうか?。わたしには分かりません。 「半分」と言えば、その反対語は何というのですか? 「完全だ」ということなら「完分」ですか?。それとも「完全分」ですか? 「半分」の相対といえば、「完分」になるのかというのです。「えん分」ですか? 「えん」というのは丸い「円」という字ですか? 「オン(韓国語で『すべて』の意味)」と言えば、「半」と通じますか? 「オン」は韓国語ですね。男性が半分だということは、間違いないでしょう? では、なぜ男性は半分なのですか?。男性には凹と凸がありますか?。尋ねているではないですか?。男性は凸凹を両方とも持っていますか、凹だけ持っていますか? (「凸だけ持っています」)。凹が必要なのですが、その凹を必要とするものは何ですか? (「凸です」)。凸です。凸が必要とするものが何ですか? (「凹です」) それを「絶対に必要ない」と言う人は、絶対にさんざんな恥をかくのです。存在することができません。それは、絶対的に明瞭なことです。「凸凹を絶対的に一つにすることで絶対的な理想圏が連結される」という論理を否定して生きる人々が、この地上には多いのですが、儒教思想であれば絶対に反対です。 この郭錠煥氏は、わたしが凸凹の話をするので、五年間くらい膨れ面をして、「先生は、どうしてあのような話をするのか?。しなかったらよいのに」と、そのように思って暮らしていたのではないですか? (「はい」)。ところが、凸凹の専門内容を世界に発表してから、「ああ、今、分かりました」と言うのです。 他の人たちは、太鼓をたたいてらっぱを吹き、祝宴をしながら飲み食いし、皆、旅行に行ってだれもいないのに、「今、分かりました」というのは、「理解した」といえるのですか?。その分、差があるので、欠点になるのです。 ですから、男性という動物は半分にしかなりません。半分のかけらである男性というものは、もう半分のかけらである凹が絶対に必要なのです。それがたとえ醜いものであったとしても、自分の生命や財産をすべてはたいてしまい、生命を売ってでも、それを持ってこそ、男性として生き残ることができるのです。正しい話ですか、正しくない話ですか? (「正しい話です」) この男性たち 今まで、半分のかけらであるということを知りませんでした。この女性たち、その半分のかけらを「完分」の価値にする権限が自分にあるということを知らずに生きてきました。今からは女性解放だということは、半分のかけらの女性が半分のかけらの男性を敷いて座り、引っ張っていかなければ完全にすることはできないということです。それが神様の堕落した人間に対する解決秘法です。女性たち、分かりますか? (「はい」) ために生きる女性の本性があるので、僕のために生きて居着いてしまったというのです。本来は、女王にならなければなりませんでした。その女王の中には、伝統的先祖がついており、先祖であるお父様が一つになっているのです。お父様が一つになっているのですが、お父様の位置は心の位置であり、息子の位置は体の位置であり、二つが真の愛によって接ぎ木されて永遠に一体となることができるはずだったのですが、それが接ぎ木することができませんでした。 神様が、人間の肉身を愛することのできる理想的な九十度の愛の焦点の位置において、ハンダづけしようとしていたのが、成長して祝福結婚式を行うことのできる日なのです。アダムとエバの結婚式は、平面的に神様の「内的な結婚式」と「外的な結婚式」であったという事実を知りませんでした。神様が内外ともに一つになり、外的な神様の血筋が混ざって連結されなければならず、神様の孫を生んで三代になるべきでしたが、そのような孫がいないのです。 そのような血が三代かけて混ざって、この地上に繁殖し、間違いなく神様が願われ、アダムが願う息子、娘の種となり、どこに行って植えておいても、本然の息子として天国に行くことができるようになります。それは、修養の道や宗教が必要なく、天国に直行することのできる息子、娘の位置であり、父母のお乳を飲み、父母の後についていけば、自動的に天国に行くことができるようになっているのです。 しかし、堕落することによってお父様が来られる血筋をふさいでしまい、天使長が入ってきてしまいました。天使長の血筋をアダムの体に連結して繁殖させたので、皆さんの体には、サタンの血統がうごめいているという事実です。それゆえに、かみそりで動脈を切り、十回、十二回と血を抜いて死んでも生き返る、そのようなことをしなければならないというのです。しかしそれでも、血液型がO型ならO型で変わらないように、そのサタンの血統は変わりません。これは大変なことです。 皆さんの体が、そのようになっているということを考えれば、考えただけでも……。億千万世の怨讐の血が、自分の骨と肉を包んでうごめいているという事実です。このようにして体が心を占領し、蹂躙しているという凄惨な自らであるということを知りませんでした。しかし統一教会は、理論的にはっきりと知っています。 二十世紀の科学文明では、理論的な事実を実験によって証明することは、だれでもできるのです。理論に合うので、そっくりそのまま実践躬行(実際に自分自身で行為に表すこと)することができ、そのようにすることによって解放され、「半分のかけら」が「完成品」になることができるのです。 それゆえに、これを誤って合わせたというのです。南北に合わせるべきなのですが、東西に合わせてしまいました。これが堕落です。東西に合わせてずれてしまったものを、どのように南北に合わせることができるのでしょうか。それを再び離して合わせる修理方法が、再び祝福し、再び血統を転換する統一教会の結婚式であったのです。(「アーメン」)。(拍手) そして、神様がごらんになるとき、アダムとエバが堕落しなかったならば、間違いなくアダムとエバは、神様の愛を中心とした血筋が連結された立場に立っていたのであり、そうすれば、内的お父様、外的お父様となったものを……。 絶対的な神様の愛と一つ所で暮らす人類の肉的な先祖が一つになって、外的なお父様と内的なお父様が愛の焦点で一体となることができ、接ぎ木することのできる時間が、アダムとエバが神様を中心として一つの体となる結婚式の初夜の愛の時間だったのです。それを失ってしまいました。 ですから、神様は、人間に対して夫婦の愛を植えようとされたのですが、植えることができる場を持つことができずに失敗した神様であられるのです。分かりますか、分かりませんか? (「分かります」) 堕落して追い出してしまったので、神様はおひとりで愛を成すことができるでしょうか? (「できません」)。女性がいくら素晴らしい美人だとしても、醜くても男性の形態はなければなりません。女性の心の中に愛があり、生命があり、血統があり、良心があるとしても、男性の形態が現れる前には激動しません。愛が発動せず、愛を中心として生命が発動せず、そして血統が沸きたたず、そして良心が相対に立ちません。 相対が現れることによって、女性によって初めて男性の愛がぼこぼこと、男性の生命がぐらぐらと、このようにして血統が沸きたつというのです。それゆえに、熱が出て……。頭に熱が上がって、心が迷い乱れるほどになるのです。 初愛を慕っていくうちにそれに出会えば、胸がさわさわとしますか、どきどきしますか?。どうですか?。なぜどきどきするのですか?。男性の胸もどきとし、女性の胸もどきとし、それでどきどきです。さわさわでもかまいません。男性の胸はさわさわで、女性の胸はふわふわです。そのように相対語をくっつけてこそ、言葉の調和が取られるのです。分かりますか? 「どきどき」と言ってみてください。(「どきどき」) それでは、純潔な処女が「男性はどうなのだろう?。神秘の王宮であり、目を見ても不思議で、鼻を見ても不思議で、体を見ても私と違う、どれほど神秘的だろうか?」と思いながら、自分でも知らないうちに男性の手をさっと触ってみれば、電気が通りますか、通りませんか?。わたしには分かりません。女性たち 電気が通りますか、通りませんか? (「通ります」)。通りませんか、通りますか?。この女性たち (「通ります」)。悪口を言えば、気持ちがしゃきっとしっかりするのです。 アダムとエバが、十六歳を超えて十八歳になれば、どうなるでしょうか?。神様がじっとごらんになっていると、それまでお互いの顔をそれぞれ九十度、違う方向に向けて伸びていき、男性は男性の方向に向かい、女性は女性の方向に向かっていたものが、十四歳、十五歳、十六歳になると、女性は男性の肩を見詰め、男性は女性のおしりを見詰めるのです。分かりますか? ですから、電車の中で男性と女性が整然と並んで座れば、おしりのほうが大きい女性と、肩幅のほうが大きい男性を交互に合わせるようにすれば、ぴたっとはまるのです。それで、女性は男性の肩を好み、男性は女性の何ですか?。何ですか? (「おしりです」) 女性たちは、男性の肩が好きですか?。肩の大きい男性が好きですか、女性のようにおしりの大きい男性が好きですか?。どうしてそれを尋ねることがありますか?。バスに乗っても四角になるのです。これが大きいので、これが大きく……。 男性の絵を描くのは簡単です。逆三角形にして二本の足を書けばよく、女性は何かというと、三角形に二本の足をさっと書けばよいのです。これをぴたっとつければ、ちょうど四角にあてはまるようになっています。合うようになっているのです。 男性と女性は、合うようになっていますか、合うようになっていませんか?。いくら事故が起きても、病気になった男性と女性を合わせたとしてもぴたりと合い、赤ん坊を生めない人はいないというのです。 この中で、赤ん坊を生んだことのある女性は、手を挙げてみてください。喜んで生みましたか、嫌々生みましたか? (「喜んで生みました」)。どれほど喜びましたか?。天地の森羅万象が踊りを踊ることができるので、天地の調和を成すことのできる息子、娘が自分の家門にもたらされるのです。 子供を生むときは、うれしいですか、悲しいですか? (「うれしいです」)。天下がすべて訪問するのです。それは、何がそのようにさせたのですか?。口がさせたのですか、目がさせたのですか、おしりがさせたのですか、胸がさせたのですか、凸凹がさせたのですか? (「凸凹です」)。いいえ、いいえ、おしりがさせたのでしょう。凸凹がさせたのですか、おしりがさせたのですか?。では、おしりが喜びますか、凸凹が喜びますか? では、男性と女性が愛するとき、堂々とした肩の男性がぞくぞくさせて、上からしっかりと抱いてあげて、おしりから押し上げるのです。そして、ふたりが一つになって息を詰まらせて、ハトも「クククク」と鳴き、猫も「ニャオーン」と鳴くでしょう?。男性が、砕けるほどに抱いてくれるのがよいですか、そのままほうっておくのがよいですか?。おかしいと思ってはいけません。そのように思うのは、下品な人です。先生が話すことが、正常なのです。 女性は、自分が女性になることを願って生まれましたか、男性は、自分で願って男性として生まれましたか?。男たる者、りっぱな男性が「自分は男性として願って生まれたので、女性は必要ない」と言えば、死んだほうがましです。行けば行くほど地獄です。滅亡だというのです。 「結婚を喜ぶ群れは、滅びなければならない」。そうですか?。滅びなければなりませんか?。結婚するのが嫌いなら、それを切ってしまわなければなりません。女性は、セメントで埋めてしまうのです。男性は切ってしまうのです。それをぶら下げてまわって、何をするのですか? それでは、女性の前で「愛する男性のものを切ってしまう」と言えば、喜ぶ女性がいるでしょうか、いないでしょうか?。答えてみてください。女性たち (「いません」)。「早く切ってください」と、そのように言うことのできる女性がいますか? 「ああ、死んでもいけません」と、そのように言うでしょうか、「好きなようにしてください。早く切ってください」と言うでしょうか、どちらですか?。どちらなのですか?。この女性たち 文総裁は、悪口を言う「世界チャンピオン」です。「あの人は優しそうで男らしく見えるが、女性の悪口もよく言い、女性に対して気合もよく入れる」と言うのです。それでもしきりに「文総裁が好きだ」と言うので心配です。あのヒマラヤの山頂、エベレストの頂上でろうそくをともして座っていても、女性たちが橋を架けて訪ねて来るというのです。 さあ、「そこに訪ねて行かない」という女性は、手を挙げてください。一人もいませんね。「訪ねて行く」という女性は、手を挙げてください。手を挙げてください。事実か、そうでないか、調べてみましょう。手を挙げてください。全員が手を挙げるのですね。 それでお母様は、お母様の立場なので、そのような女性に悪口を言うのではなく、祝福してあげるのです。「だれが、より良く先生のために生きるのか?。お父様のために生きるのか?」と思うのです。父親のために生きるのではないですか?。娘は、父親のために生きなければならないでしょう?。そうでしょう?。お母様の前では、女性たちは娘なのです。(録音がしばらく途切れる) お母様は、それを称賛します。「お母様のほうが、お父様よりもよい」と言うような女性たちが多いのです。女性は本来、父親を愛するようになるものです。分かりますか?。愛していますか、いませんか? (「愛しています」)。愛しているという女性は、一度拍手してください。(拍手) さあ、愛が良いのか悪いのか、わたしも分かりませんが、あなたたちは皆、愛が好きでしょう?。ところで、皆さんは奥の間が好きですか、書斎が好きですか? (「奥の間です」)。何ですか? (「奥の間です」)。奥の間は、母親がいる部屋ではないですか? 「奥の間の女房」と言い、「書斎の父」と言うではないですか? それは、子供を生んで育てる部屋を「奥の間」と言うのです。愛する部屋というのは、いくら女性が赤ん坊を育てるのに苦労しているとしても、奥の間でなく、書斎を訪ねていってこそ、暖かい懐に抱かれて愛を受けることができるのです。ですから、書斎(注:韓国の伝統家屋で、客間を兼ねた主人の書斎のことをサランパン〔「舍サラン房バン」、あるいは「斜サラン房バン」〕と言う)のことを「愛の部屋(サランパン)」と言うのです。分かりますか?。豊かに暮らす名家はそうなのです。 さあ、このように見るとき、神様も「「奥の間」の愛」、「書斎の愛」をしたいと思われたでしょうか、思われなかったでしょうか?。神様は、奥の間で赤ん坊を連れて、母親と一緒に愛してみたでしょうか、できなかったでしょうか?。してみましたか、できませんでしたか? (「できませんでした」) 神様が、なぜかわいそうなかたであられるのかというと、愛の大王陛下であられるのに、「人類始祖とともに、一つの体となって愛したい」と思っていた位置を失ってしまわれたからです。一人でいくら愛を欽慕したとしても、それは「男やもめの愛」であり、寡婦の愛なのです。ですから、愛の心を持った相対を失ってしまった神様がどれほど、どれほど、どれほどかわいそうでいらっしゃったでしょうか? その神様の家庭において理想的な相対となり、愛の主人の位置の烙印を押して解放させるべき責任が、アダムとエバにあったのですが、そのようなことができなかったのです。ですから、一生の希望が何かというと、神様の前において、夫婦として愛の主人の位置に立つことができるようになることなのです。そうして、夫婦を愛することのできる主人の位置に神様を迎えてさしあげなければならない責任が残っているということを知らなければなりません。 それでは、統一教会の祝福というものは、最初の条件が何であるのかというと、神様の新郎新婦の位置で愛することのできる伝統を失ってしまったことを、自分たち夫婦によって、これを満たしてさしあげることです。そのことによって、神様が自分たち夫婦を愛することのできる主人の位置に立たれるので、その愛を否定しない限り、永遠万年、私は神様の子女となり、神様の血族になるということは間違いない、ということを知らなければなりません。分かりますか? (「はい」) 神様が、男性と女性を愛することのできる血統的関係の因縁を結ぶ愛の主人の位置を、だれがつくってさしあげるのかというと、その息子、娘以外にはいないのです。しかし、神様はその息子、娘を失ってしまわれたのです。 ですから、今まで神様は、神様の息子、娘が結婚して新郎新婦となる、その愛の主人になってみることができなかったという事実を、真の父母が来て主人の位置を蕩減してさしあげるのです。「アーメン」です。はっきりと知らなければなりません。 それで皆さんは、先生の前で祝福を受けて血統転換式をしました。そして、皆さんの夫婦も先生夫婦と同じ価値であり、種は同じなのです。千代、万代を経たとしても、父母が子女を愛する愛は同じであり、子女が父母を愛するのは同じなのです。 その愛の伝統の種となる真の父母の愛の伝統を分けてあげることができるのが、全世界の数億の祝福家庭です。ですから、祝福家庭は、神様が夫婦の愛を成すことができなかったすべての恨を解いてさしあげる主人の資格を、自らの家庭の夫婦によって蕩減復帰して解放してさしあげなければなりません。 そうすることによって、自分たちの家とともに永遠に暮らすことのできる因縁を設定してあげることができるのです。そのためのものが、祝福家庭の夫婦の生活であったのです。(「アーメン」)。(拍手) その生活は、一日ではありません。千年万年続き、その愛を中心として解放された愛圏を持つようになるのです。そこで自分の妻が妊娠するようになるときには、神様が妊娠した腹中の赤ん坊に対する愛の主人になります。今まで、それができなかったのです。そのことを知らなければなりません。分かりますか? 神様は二性性相なので、自分の妻を通して息子と娘を妊娠して生むのは、未来の神様の性相が分立されて生まれただけであって、息子と娘の価値は同等であるということを知らなければなりません。(「アーメン」)。(拍手) 息子と娘の価値は同等であることを知って、神様が愛していた夫婦の愛を自分たち夫婦によって代わりに満たし、神様が腹中の赤ん坊を愛することができなかったことを代わりに愛し、自分たちの家庭に生まれる赤ん坊を通して息子の主人、娘の主人、そして、乳児時代の主人となるのです。 今まで、兄弟の主人になることができず、思春期の主人になることができず、結婚の主人になることができず、息子、娘の主人になることができませんでしたが、自分たちが息子、娘を見ることによって初めて、神様が孫を見ることができるようになるのです。 神様が一代であり、アダム・エバが二代なのですが、三代に当たる孫を悪魔が奪っていったのです。ですから、神様の代わりに愛の主人の立場で蕩減条件を完成し、結婚して息子、娘を生んで愛さなければなりません。そのようになれば、そこから神様が第二次的な父母として認定されるのです。 それは、アダムとエバを愛していた位置と同じ「父母の位置」です。同じなのです。価値は同じです。このようにして三代を経て初めて、子孫万代に完全な種となり、三代目の種として神様の孫をおじいさんが愛し、父親が愛し、二代を合わせた愛を受けるようになるのです。 おじいさんは霊的世界の代表であり、第二代となるアダムは精神世界の王圏の代表です。二つの国の王の愛と血筋を受けて生まれたので、孫は未来における天の国の霊界と地上の王圏を代身した、結実の価値を備えて余りある者となり、そのようになることによって初めて、息子の代において三世代から万世代に至るまで、すべてが地上天国に直行することのできる実として結ばれるのです。そして刈り取るままに……。 そこでは、宗教は必要ありません。父母の言葉だけを聞いて、一つになって生きていけば、すべての人が天国に行くようになっているのが、創造理想の愛の八段階理想における本然の形態だったのです。 これを再び取り戻してあげてこそ、天上世界の十二真珠門、地上世界の国境を超越して統一的な一族となり、地上の解放世界と天上の解放、統一の王国、地上、天上天国が開門するのです。(「アーメン」)。(拍手) 腹中時代、乳児時代、思春期時代、結婚時代、子女時代、それから母親時代、祖母時代、女王時代の八段階です。その八段階の愛の盤石な伝統基盤を備えられなかったことが、神様の恨なのです。それでは、どのようにして八段階の愛の主人になることができなかった恨を解いてさしあげるのでしょうか? それは、真の父母がサタン世界の秘密と天の国の秘密をすべて知り、これを教えてあげ、これを満たしてあげることによって可能なのです。八段階に穴がぽかんと開いていたとしても、サタンが出入りする門が完全に閉ざされ、天国だけが開かれて愛の門が開かれるのです。分かりますか?。血筋の門だけが天国に行くのです。 サタンが八段階に穴を開けておいたものを埋め、神様の愛の伝統的血筋を連結させることによって、その一つの系代を通して天国に入っていくことができるのであって、八段階に穴を開けた者たちは、天国に行くことはできないというのです。分かりますか?。分かりますね? (「はい」) あなたがた一人の男性をとってみれば、それはアダム完成者です。腹中で神様を主人にしてさしあげ、そして乳児時代においても神様の愛の相対となり、約婚時代にも神様の相対となり、結婚時代にも、父母時代にも、祖母時代にも、女王時代においても、「私」は神様の愛の相対的実権を持ち、それを成して完成してきた「半分のかけら」なのです。 そのような者は、見える実体圏と見えない神様の実体が一つになり、心と体が一つになった愛の伝統の血筋を受け継いだ者なので、それは天上世界と地上世界の統一圏の世界に自動的に連結されて天国の民となり、天国の家庭とならざるをえません。そのような解放的な息子、娘であり、天国の解放的な主人だったのです。アーメン。(「アーメン」)。(拍手) それゆえに、男性と女性は、神様の相対的実体として、妻を中心としては、無形の性相と有形の実体の形状的な相対となっています。そのことを中心として、「私」は実体的な形状の実体であり、形状的な実体を抱いて愛さなければならず、霊肉が一つになって愛さなければならない、というのが、統一教会の祝福家庭が暮らす生活の伝統であったのです。アーメン。言ってみてください。(「アーメン」)。アーメーン。(「アーメーン」)。アーメーン。(「アーメーン」) その「アーメン」の声には、天下、過去、現在、未来のすべての宇宙の存在が「感謝します」と言うのです。そのような伝統的血筋が連結される主人となることが、妻の道であり、子女の道です。 そのような氏族が連結され、国と天宙が連結される血筋が重要であるということを知らなければなりません。愛というものは横的です。一世は横的です。血筋が連結されています。それゆえに、血筋に従って民族が形成されるでしょう? 大韓民国は、檀君の血筋に従って国ができたのです。血筋が通じてこそ、家庭と氏族、民族に統一された血筋が連結されるのです。この血筋を通して神様とも連結されて初めて、天の国に行くことのできる家庭となるのであり、天の国の一族が地上に連結されれば、天の国を連結させる一族となり、天の国を受け継ぐことのできる一族になるというのは理論的なのです。分かりますか? (「はい」) それゆえに、なぜ結婚するのかというとき、半分のかけらの男性と、半分のかけらの女性が出会うことによって、完全なかけらになるのです。神様は、半分のかけらを取ることはできません。完全であられるからには、神様も性相と形状が一つになって入って来られ、愛の関係を結ぶことによって、縦的な愛の伝統が生まれるのです。 ですから、先祖を尊重しなければなりません。そして、その民族を愛し、その王圏を中心として民族と一つにならなければなりません。その王というものは、民族を失ってしまってはならないのです。そのような王は詐欺師です。悪魔の後継者だというのです。国境をつくる王になるのです。はっきりと分かりましたか? 祝福家庭は、神様が八段階の愛の主人になることができなかったすべての事実を、自分の息子、娘を中心として一次息子、二次息子、三次息子……。それでできなければ、十回、百回、息子、娘を生むとしても、そのような基準に合わせようとするので、生きていくにおいては一人息子ではいけません。 何双かを経て、そのような心情圏に到達し、不完全な兄、あるいは姉がいるとすれば、それを備えて弟妹と一体となることのできる祝福をして、天の国に登録しなければならないのです。このような時があるということを知らなければなりません。分かりますか? ですから、統一教会も入籍登録時代が来るのです。今や、入籍……何ですか?。入籍……何と言いましたか?。入籍修練会ですか?。これは家庭入籍ではありません。分かりますか?。一族ではありません。個人です。女性たちの入籍です。エバである女性が問題です。女性が問題だというのです。 女性がサタンと組んでサタンの血筋を通して子供を生み、その血が動じ、その血が混ざったものを残しているというのです。それを革命しなければなりません。分かりますね、修練生たち? (「はい」)。修練生、分かりますか? (「はい」)。革命をしなければなりません。 愛の門を破壊したことを、自分の家庭を通して解怨することによって、すべて築いておいたものを皆、開くためには、その愛の絶対主人である神様が……。自分たちが主人ではありません。根本ではありません。結果的存在は、原因に対して絶対信仰、絶対愛、絶対服従する道しかありません。それゆえに、そこにおいて完成があるのであって、自分が異議を提示するときには二つの主体が生じることになるので、破壊的な国境が生じるということを知らなければなりません。 今から皆さんは、愛の道において国境をつくるようなことをしてはならないというのです。「夫も私を愛しなさい。息子、娘も私を愛し、父は愛するな」と言う女性は、死ぬほかはありません。分かりますか? 女性は、子供を抱いて、父親の愛を受けなければなりません。女性は、男性とともに、母とともに、子供を大きく育てて、夫の愛に報いてこそ、神様に属するようになるのです。 今日の女性たちは、離婚すれば、「子供は自分のものであり、夫は必要ない」と言うのですが、夫が中心です。種が女性から生まれるのですか?。根本的に逆さまに打ち込まなければなりません。女性たち、分かりますか? (「はい」)この女性のために、神様の八段階の愛の起源が破壊されたので、女性が何よりも精誠を尽くして男性を再創造し、息子、娘を再創造しなければなりません。 そうして、祝福を受けた家庭において、八段階の愛の主人を神様の前に完成させ、天下のどこに行っても、天国の十二の真珠門に行っても、地上、天上天国の個人から家庭、世界、天国まで歩いて回っても、誇って余りある愛の王子、王圏を備え、神様の血統を完成させて余りある資格者とならなければなりません。そのような者にならなければ、天上世界と天の国の民となることはできないということを、はっきりと知らなければなりません。分かりますか? それゆえに、「七・八節」とは何かというと、「天地父母天宙安息圏」です 国境があってはならず、愛の主人となってこそ、安息圏が生じるというのです。二つの条件を知っているでしょう? 「国境」。言ってみてください。国境 (「国境」)。真の愛の主人 (「真の愛の主人」)。神様をそのようにしてさしあげ、自分も主人の相対的存在にならなければなりません。一体とならなければならないのです。そのようになることによって解放され、天地父母天宙、どこであっても休息することができるのです。 「安息」のことは、先ほど話したでしょう?。平安の「安」という字は、「家の中に女性がいる」ということです。そして、女性は赤ん坊の家です。「息をする」の「息」という字は、「自由な心」がそこにあるということです。安息です。分かりますか? 女性が赤ん坊を抱いて愛することのできる位置において、赤ん坊も自由であり、母親も自由であり、夫まで自由なのです。自由な心で平安に休息することのできる位置が、福地安息所なのです。アーメン。(「アーメン」)。(拍手) この二つです。最初は何ですか? (「『国境撤廃』です」)。国境撤廃 二番目は何ですか? 「八大愛の主人になることができなかったお父様を、八大愛の主人にすることのできる孝子、孝女の家庭になること」です。それが、わたしたち家庭の、わたしたち夫婦の願いだったのです。そうですか、そうではないですか? 「そうだ」と思う人は、目を見開いて、口を開け、耳を開き、五官をさっと開いて、四本の手足を空中にぷかぷかと浮かべて一周回ってください。回れないので、このように、このように、このように。(ジェスチャーをされる) さあ、きょうの「七・八節」に、国境撤廃、国連の国境撤廃、宗教の国境撤廃、民族の国境撤廃、地獄と天国の国境撤廃ということを忘れてはいけません。それは、偽りの父母がつくったので、それを撤廃するのは、真の父母以外にはだれもできる人がいないというのです。神様もサタンもできません。分かりますか? それゆえに、国境撤廃と真の愛の完成は、真の父母以外には絶対にできません。神様もできず、サタンもできず、だれもできないということを知っています。ですから、真の父母をどのくらい尊重するのかということは、お父様をどのくらい愛しているのかという基準と通じるので、万世において限りない愛と限りない福を受け、限りない祝福の解放世界に行くことができるのです。愛してもまた愛し、また愛し、また愛し、また愛し、また愛しても損害を受けることはないのです。万国、万民がそこにおいて万々世の歴史が継続し、地上、天上解放圏が永遠に継続するのです。(「アーメン」)。(拍手) きょうの最初は、「国境撤廃」 (「『国境撤廃』」) 世の中には、「自分は美男子(美人)だ」と自慢する愚かな人と、国境がどれほど多いでしょうか? 「自分は大学を出て、英語もでき、UTS(統一神学校)を卒業し……」。そんなことを、ぺらぺらとしゃべるなというのです。それは、野良犬のような者たちが言うことです。分かりますか? 見てください。いくら美人や美男子であっても、霊界に行けば関係ありません。そこでは、差別を受けている黒人であっても、霊界に行けば、神様の愛を受けて愛した人は、美人の中の美人だというのです。光彩が明るいのです。この電灯を見れば、そこにフィラメントという真っ黒なものがあります。電気が通れば、それは黒いままですか、明るくなりますか?。同じことではないでしょうか? 見かけが醜くても、醜女であっても、み旨のために霊的な神様の愛を受けていけば、美人の中の美人になるのです。それゆえに、このような愛を一生の間続ければ、醜女、醜男たちが美人、美男として天の国の宝の倉庫に記録され、そこに入っていくようになるのです。何のことか分かりますか? (「はい」) 最初は何ですか?。先ほど何と言いましたか?。撤廃です。神様を知り、霊界を知り、その内容である真の愛を知り、永生することができ、ために生きる人は、国境が撤廃されるのです。そこには国境がありません。分かりますか? そして、天の国の王宮と関係を結び、神様と垂直関係を結ぶためには、愛の血筋を中心として、八段階の愛の主人の位置を決定することによって、内外の二重的……。国といえば、国には国法があり、王宮法があるのです。そうでしょう?。それと同じです。地上世界でもそうならば、天上世界でもそうなのです。霊界の国と霊界の国法があります。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓ それゆえに、自分の国の国法を通じて解放的な行動をするためには、そのような国境撤廃の訓練をするためには、ために生きる人と愛の主人であられる神様とともに一致して血統的関係を備えた種とならなければなりません。どこであっても、そのような種にならなければならず、完全な木となって……。 最近、細胞繁殖をするではないですか?。木の葉を取っても、そこに木が生えてきて、枝を接ぎ木することもできるということを知らなければなりません。分かりますか?。そのような本体、神様を代身した本体が、この地上で暮らすのです。ですから、神様が「私」とともに暮らされるのです。 そのようになれば、祈祷もする必要がありません。自然と、神様が来られて導いてくださるのです。さあ、そのような解放的な決心を、きょうの「七・八節」において忘れず、心の深い所の骨と肉に記憶してくれることを願いながら、先生が勧告のみ言を終えようと思います。 これは、勧告です。(「はい」)。勧告のみ言と、忠孝のみ言を大切に守ってくれることと思い、安心しながら終わりにしようと思います。(「感謝します」)。(拍手)
2023.11.24
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還元式の全体奉献祈祷二〇〇〇年八月三日、真のご父母様は、韓国・南済州郡の地帰島で二十六名の指導者が参加した中で、海洋還元式・陸地還元式・天宙還元式・第四次アダム心情圏の還元式など、全体を神様に奉献する祈祷をなさった。 祈祷 愛するお父様、きょう二〇〇〇年八月三日、十二時二十五分を期して、この地帰島を訪問いたしました。 韓半島、三千里を背にして、今や済州島南端のこの地帰島において、この漫筆山と白頭山と天聖山、ヒマラヤ山脈とヨーロッパを中心としたモンブラン山とロッキー山脈を中心として、六大州、五大洋を連結させ、恨に満ちた歴史的なすべてのものを清算するため、大洋還元と陸地還元と天宙還元と四大心情圏を中心とした還元に……、祝福をこの地上に終結するための歴史を経てきました。 そうして、これらすべてを清算して、今や祝福家庭が、三六家庭から四億双まで、全体の祝福された群れを中心として再整備し、生きた供え物の総献納を約束して修練するその集いとともに、歴史的なすべてに連結させてくださいませ。還元宣布とともに摂理史の終着と南北統一の終着のためのすべての家庭が、整備されることを中心として、還元的な基準を、本然のアダム、エバが堕落しなかったその基準に還元させるための巡礼路程としてこの地を訪問しました。 このすべてはお父様が願われて……、お父様の創造理想的なみ旨を中心とした恨に満ちた堕落した世界を整備するための数多くの受難の路程を今一度、思い起こさせてください。その時々に代表者を立てられ、犠牲的な供え物の祭壇を、個人から家庭・氏族・民族・天宙まで高めてこられ、韓国を中心として真の父母がこの地に来ることになりました。 その中心の前に三千里半島が統一された立場にあり、キリスト教の旧教、新教が統一され、東西が統一され、それだけでなく、南北の貧富貴賎を統一させて、地上世界と天上世界の分裂した心情的な個人から神様の心まで無限にある壁を清算しておかなければなりません。 一つの本然の心情として、アダムの勝利的な解放圏をこの地上に宣布するため、主人となった資格を持って海洋還元の主人、大陸還元の主人、天地還元の主人、四大心情の主人的な基盤をこの地に立てました。 それゆえ、新たに第四次アダム圏を宣布することで、真の父母の恨を解いて、人類の恨を解いて、天上世界における地獄、楽園から連なるすべてのものを整理するための全体を整備し、還元の基準を集め、きょう、八月の三番目の日、再出発する三番目の日のこの時間、十二時を中心として、この場に来て、全天宙全体の還元的な勝利の決定をお父様の前に通告するものでございます。 このすべての還元の中心である神様を中心に、神様の愛を中心に、血統的に永遠なる真の父母、そして真の父母と連結された祝福家庭全体が、天上世界と地上世界の一つの血族として、一つの木のごとくなり、一つの葉の細胞が生命全体に代わる時代となりました。一つの細胞に属するすべての家庭の悲しみと困難までも、お父様の愛により解怨成就され、あなたが持てる清いものとして、分別して分けられるものではなく、丸ごと抱いて、あなたの所有権として、全体を還元するための全体宣布の時間を願うものでございます。 このすべてのものを創造の心を抱いて、大いなる心を拡張させ、小さい所から全体まで、相対理想を中心として、真の愛の道理の道を連結させるための心根の心情を再び抱いてくださいませ。 この全宇宙のすべてを真のご父母様に従って愛したく願いますゆえ、主体なるお父様と息子・娘が一つになり、一つになったその場に夫婦が一つになり、子女となり、家庭的な定着とともに天宙の堕落圏にあったすべての家庭を再び編成して、お父様の前に解怨成就の実体の供え物として、還元的な喜びの愛の対象さながら奉献したものをお受けくださるよう願いますゆえ、この時間を抱かれまして、望みを持って、全天宙全体が注目するこの場を中心とした決着……連結して全天宙をあなたの愛の心情の主管のもとに束ねてくださるよう切にお願い申し上げます。 この目的のために南北が一つになり、東西が一つになり、南側の世界と北側の世界の貧富の格差を埋めてしまい、地上世界と天上世界の統一圏をもたらせるよう、天上世界と地上世界が心身一体圏を備えて、お父様に侍ることのできる忠孝の道理を果たさせてくださいませ。 お父様の解放の喜びの千千万万世の自主的な愛の主管圏内で、統治されうる解放の地上・天上天国となり、その国民となり、その直系の血族となりえて、王権を中心とした血族として、この地上に主体的な使命を引き受けて余りあり、万物とともに、全天上世界とともに、お父様とともに愛を受けて余りある祝福の対象物となるよう許諾されますことを切にお願いいたします。 このすべてのものを合わせて、この時間、お父様の前に総生畜の礼物として、真の父母がこれを収めて、お父様の前にお捧げし還元いたしますゆえ、喜びでお受けください。あなたの自主的な実権をもって、個人から全体まで、万物の果てから全天宙の果てまで、自主理念による統治を行使なされることができますよう切にお願いするものです。 このすべてを喜びで宣布いたしますのでお受けくださいませ。真のご父母様の御名により還元式の全体を奉献いたします。アーメン! アーメン! アーメン! (二○○○年八月三日、済州島南済州郡地帰島)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.23
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「第四次アダム心情圏の還元」宣布二○○○年七月一日、漢南国際研修院において、大陸会長など約七十名の指導者が参席して第十回七・一節の記念式典が開かれた。その席で、真のご父母様は、「第四次アダム心情圏の還元」を宣布なさった。 祝祷 愛するお父様、今日は二〇〇〇年七月一日、第十回目の七・一節を迎える記念の日でございます。神様が天宙の平和と理想を中心として、永遠なる祝福の日を記念しうるこの日を設定してくださってから十年目となります。過ぎ去りしすべての歴史過程において、このような表題の整理のために、天地ご父母様が一体となって、天と地を整理してこられました。数多くの内情の曲折を越えて、勝利の表題の前に一体的な理想圏、一心一体となり、地上定着を宣言しうる海洋還元と陸上還元と天宙還元、すべての心情的な還元を中心として、第四次アダム圏摂理の還元時代を迎えうる七月の初めの日を持たせてくださったことにお父様、感謝いたします。 今私たちに望まれる家庭、天とともに上下が一体となった家庭の標準が設定され、氏族の標準、民族の標準、国家の標準を中心とした勝利の覇権を制定されました。サタン世界の権限をすでにルーシェルを中心として、天上世界から統一的な恩寵のうちに、天に符合され、その残党たち一切も収拾し、分立されたすべての宗教圏を統合できるようになりました。 イエス・キリストを中心とした父母の伝統を探してくることのできる、すべての基準が未完成なことにより、霊界で新しい楽園、神様の創造理想になかった組織的な形態が現れたのを、全体祝福という観念を立てておいて、これらすべてを否定し、聖人と悪人がともに祝福されて、兄弟の因縁が分立されていたアダム家庭の破綻したすべての事実、父母の心情にくぎを刺したすべての事実、天地父母様の前にくぎを刺した歴史的なすべての恨の峠を、すべて清算させてください。解放勇士の特権を備えて、祖国光復という課題を前にして、地上世界と天上世界、最後に残った霊界を清算すべき統一家の全体・全般・全権・全能的なみ旨を背後にして、その目標を標準として前進していくすべてのみ業が日ごと発展するよう、許諾してくださいませ。 この国を中心に南北が分立したのも、人間始祖の堕落によって、善悪の先祖が生まれ、心と体が分立したのを起源としております。ですから、今やその国で世界・天宙が統一されて、世界が家庭の恵みのうちに抱かれ、真に青少年問題と家庭問題の破綻を糾合して、一体圏を備え、個人・家庭・氏族・民族・国家・天宙まで一元化されますように。そうして、天地父母に持ることのできる愛の歴史的な平行線と縦的な基準と霊的・肉的な天地父母と度数を合わせ、平行線を中心として、愛を中心として、三六〇度循環するのに、支障がないよう、あなたの創造理想の地上天国基地を造成なさってください。 天上に縦的な世界と連結できる解放圏を備えて、その中において白昼のごとく輝くことで、暗い世界は過ぎ去り、光明なる天地が訪ねてくることのできる時代となりました。天の愛の主権を中心として、一方通行により全体を収拾できる全権・全能の時代を前にして、私たちすべてが一体となり、天の前に感謝する七・一節を迎えたことを心より感謝いたします。 今日を中心として統一家において、六五〇〇双が七数を迎えて八数を越え、九数を過ぎ、十数を見いだすこの年にあって、残されたすべての歴史的な願いを成就させてくださいませ。今、中国と中心とした大会とソ連を中心とした大会、韓国を中心とした大会で計画しているすべてのことが、あなたの導きのうちに一致完成されて、天宙の解放的な第四次アダム圏、天と地の前に代表的な若い青年、知性人たちを立てて糾合するものでございます。そうして、天下は私たちの天下であり、この世界は私たちが新しい伝統を立てるべきという第四次アダム圏の実権、あなたの勝利的な覇権主義、主権時代を迎えられるよう、解放の恵みを全天地に施してくださったことに感謝いたします。 この解放の行列に従いゆくすべての環境的な予見を収拾し、天のすべてのものとして捧げることのできる生きた供え物の総献納をなさり、天だけがお座わりになれる復活的な実体を迎えた地上・天上天国が一元化された、幸福の自由天地における愛の主権世界が還元できるよう、祝福してくださることを切にお願い申し上げます。 過ぎし日に人類が堕落することによって失ってしまった象徴的な実体を再び奉献することにより、人間的な象徴実体、実体的な実体を中心として、愛の基地を中心とした天の定着を宣言しうる日となれるよう許諾してくださることに感謝いたします。万物を代表し、人間を代表し、神様を中心として地上に平面的な中心に立ち、天理の大道の勝利的な覇権の基地を定着しうる、天の恵みが定着しうる七月一日となるよう許諾してくださるようお願いいたします。 祝福万世永遠を祝福するこの日を中心として、時代を中心として、新しい定着基地としてくださるよう切にお願い申し上げます。愛を中心として、すべての恨めしいことを還元する定着のこの日が本部のこの場で成就するよう、許諾してくださるように切にお願いいたします。きょう、施されるすべてのこと、行うすべての行事が、あなたの勝利とこの日を讃美しうる十分な日として天地に和平の道理、和合の道理、統一の恩寵の道理としてお父様、お受けくださるよう切にお願いいたします。この日を代表して、真のご父母様が地上・天上をあわせて、生きた供え物の献納すべてを条件として捧げるこの場を基地とされ、勝利の万国万天下に千年万年万世、万世の讃美を備えることができるよう祝福してくださるよう、切にお願いしながら、真のご父母様の御名により宣布いたします。アーメン! アーメン! アーメン! み言 南北統一の課業が残っています。そのために準備してきましたが、アメリカを中心として蕩減復帰しうる、国家的な基準で協力しうる次元で、再びこのみ業を韓国と連結させるのです。アメリカで築かれたその基準を韓国に繋ぐことができるよう、水平をとっていくのです。祖国光復です。韓国が世界の中心となって、神の国を築かなければならない時です。それで南北を統一しなければならないのです。先生もすべての環境を創造しました。外的なすべての環境を築いておいたのです。そこでは必ず主体と対象が一つにならなければなりません。この世界的な版図の上に統一教会の理念を中心として、環境的な与件をすでにみな築いておいたのです。それで青少年問題と家庭問題は統一教会でなければ解決できないのです。知識世界だけでなく、一般世界の人たちもこれを認定できる環境となっています。 ここに国家的な主体と対象がなければなりません。必ず環境の中には、主体と対象があります。神様が日と月を、水と空気を、天と地をつくっておかれましたが、それは必ずペアシステムとして創造したのです。植物や昆虫、すべての動物をペアシステムでつくったのです。 すべての環境は、主体と対象になっていますが、国家がそうした環境的な与件を備えなければなりません。天地を中心として祝福環境与件を備え、国を中心として主体と対象圏を合わせておけば、すべてのものが一つになるのです。ここに引っかかりました。サタンが歴史を通して偽りの父母と偽りの愛を中心として、国家基準で歴史を汚してきたのです。今や国家的な基準でこれをひっくり返して打ち込むことによって清算するのです。この宇宙の環境与件が完全に主体圏と環境与件(対象圏)が一つになることによって、分かれていた天地父母、分かれていた家庭、分かれていた体と心、分かれていたすべてが一つになりうる時代になっていくのです。 それが何にかかっていますか? 統班撃破です。個人を中心として、夫婦を中心として、家庭を中心として、班を中心として、その次には統です。これが問題なのです。それが三代を中心として定着しなければなりません。神様が一代ならばアダム、エバが二代であり、アダム、エバの息子・娘が三代です。三代を中心として果たさなければならないのが氏族復帰の路程です。 今は再臨時代です。個人時代のヤコブ時代は十二支派を中心として、モーセ時代は七十二族長を中心として、イエス様時代は百二十門徒、統一教会時代は百八十門徒を中心として……。門徒ではありません。使頭時代です、百八十使頭。頭の時代が来ました。使頭という言葉を知っていますか? 聖徒たちの中心は使徒です。使徒はイエス様の弟子ですが、この弟子たちの頭になりうるのが使頭なので、イエス様時代に一二〇家庭を築けなかったのを、再臨時代においては一六○数を越えて、一八○家庭を中心として統合し、国家的メシヤが出てくるのです。 イエス様が失敗した氏族的メシヤ、一族・民族を連合させて国家的な次元を越えて、ローマに行進しても反対できない環境的な与件を築いておいたのです。ですから、皆さんが一八○家庭を中心としてこの作業をしなければならないのです。それがカイン的な家庭です。カイン的な家庭というのは、自分の血族を中心として、自分の一族を中心として、相対的な関係を築くことにより、ホームチャーチ理想としていた三六〇家庭が一つになることです。 氏族的メシヤは、三六〇家庭をホームチャーチ家庭の形態に整えなければ入籍が不可能です。それで歴史全体がイエス様の聖徒を中心として使徒に、使徒を中心として使徒たちの頭である使頭時代に前進していくのです。使頭という言葉が何か分かりますか? 国家的基準が一つになって越えることにより、使頭時代になるのです。使頭はイエス・キリストの頭になるのです。イエス・キリストの上に行くのです。 イエス・キリストはこれまで霊界の楽園に一人でいました。自分の家庭や一族を救えずに分立した立場で暮らしていたのです。これが氏族的メシヤの基盤が地上で完成されて、百八十使頭時代に入ってきたのです。百二十門徒を中心とした祝福時代を越えて、民族解放の四三〇家庭、それから七七七家庭を越えて一八〇〇家庭です。一八〇〇家庭が七数であり、六〇〇〇家庭、六五〇〇家庭は九数であり、九数を中心として、十数を越える還元時代において三万双、祝福世界化時代になっていくのです。ですから、一八○家庭を中心とした使頭時代の完結は、氏族・民族を連結させて世界に行ける頭を連結するのです。使頭時代とは何か分かりましたか? ですから、今からこれを決定しなければなりません。入籍して天の国の憲法を中心として祝福できる世界的な代表家庭、功臣たち、表彰しうる人たちを中心として、使頭時代に十二支派型を編成するのです。一八○家庭を天に入籍させる家庭の代表たちを中心として、新たに天地父母を中心とした先祖の編成が展開されるのです。一代、二代、三代、四代……。そのように進むのです。 これからそのような時代になれば国がありません。神様の自由圏内ですべてのものを合わせることができます。一時に編成するのです。数千年間失ってしまった家庭と民族・国家・世界、破壊されたすべてのものを一時に探すのです。真の父母が来られて、一代にしてすべてのものを完結しなければならないのです。アダム一代に完成することができたのと同じように、再臨時代にも家庭理想を中心として、国家形成とともに世界編成が一時に可能なのです。そうして解放的な地上天国世界、神様の自主的な愛の理想主権時代になってきてこそ、地上天国・天上天国が連結されるのです。 ですから、天国に入るのは、家庭を手本にしなければなりません。息子・娘を中心として完全に一つになっていなければなりません。この三六家庭ならば、三六家庭でも家庭が問題になった者は再評価しなければなりません。それで今、祝福の過程が家庭祝福時代から国家祝福時代になっていくのです。国家祝福時代を越えて世界祝福時代を越えなければなりません。それが残っているので、今まで統一教会で誤った家庭をすべて赦してあげるのです。本来は赦すことができないのです。赦せません。 国家が見つからなかったので、ありとあらゆるよこしまなものが現れました。それで国家的な基準でこれを解放してあげなければなりません。国家を越えて解放すべき善悪の祝福圏、聖人と悪魔、殺人鬼と同一な祝福圏を中心とすることのできる特権期間が残っているので、今まで祝福されて誤ったことを放してあげるのであり、今後はそのような時代もすべて越えていきます。国家を見いだして憲法を制定してしまったのに、過ちを犯せばすべて別の所に分立されるのです。分立された世界に行くでしょう、北極でも南極でも。祝福された人たちが、人の境界線から抜け出て動物と生活する所に送られて、そこで生き残れるかどうか? それこそ何と言いましょうか? 大整理時代なのです。すべてのものを分立します。誤った家庭は、分立して住まなければならないのです。そうした氏族を残さないというのです。氏族を残しません。そのような氏族を神様は再び見られないというのです。 堕落したアダムの後孫たちが地獄をこしらえ、これまでは楽園を中心として祝福してあげました。楽園で祝福されたとしても、すべてが一度に天の国に行きません。暗い日陰で黎明が次第に明るくなるように朝の陽を迎えて昼の陽、事物を観察でき主管でき、関係を完全に清算していける国家的な形態を越えなければならないのです。そうした過程が残っているので、霊界に行っても育つべきその世界があります。ですから、神様ご自身が苦心されたすべてのものを真の父母の治める圏を通じて強力な措置により、その期間を短縮させるための革命的な課題が残っているのです。これがどれほど複雑ですか? ですから、国を中心として地上から始めて処理する方法を知らなければなりません。天の国を治めることのできる憲法を地上で定めるのです。地上で完成できる解放的な条件を設定しなければならないのです。それで実体的な体制を整えなければなりません。家庭的な体制、氏族的な体制、国家的な体制を実体的な圏において、保護できる法律が出てこなければなりません。 神様のみ言を通じて、実体が展開されるのと同じです。み言が中心です。法が中心です。法を中心として絶対に順応できる世界に越えていかなければなりません。地上に、また天上世界にサタンが残した歴史的なすべての汚い法、汚い実体を否定させ、整備された天国に一元化させなければならないのです。 天上世界に私たちが行って、ある限界を設けられないので、他の世界、他の天国を築けるのです。堕落したアダムによって地獄になったのが、完成したアダムが願えば、無限なる天国、新しい天地を築くのです。そうしてから氏族に会うのです。その前には見ることもできず、会うこともできません。特別な何かがあれば、場所ごとに移動できるようにして、新たに天国に加入できる入籍手続きを通じて受け入れるのであり、前進的な発展をする形態も、そのままでは神様も見るのを嫌われるのです。 地上にいるときに、早く処理せよというのです。この者たち! 自分の財産、自分の国は今後、すべてなくなるのです。今、帰っていって一つにならなければ、すべて落ちていきます。国もそうです。現政府や北朝鮮政府も自分勝手にやってはいけません。勝手にはできません。密室で議論して決定したならば統一教会が……。自分たちが難しいならば頼むのです。北朝鮮が難しいならば、また韓国が難しいならば、私たちに頼むのです。今回、会議するときも、私たちが背後から操ったのです。リトルエンジェルスを通じて平壌学生少年芸術団を十日で連れてきました。十日間で決定したのです。世の中にそのような歴史がどこにありますか? ですから、先生のみ言に従って早くこれを清算しなければなりません。統班撃破をこの四年間でやらなければなりません。六月が過ぎて、今日、七月の初めの日、七・一節これは天下を中心として、大勝利の統一を祝賀する日です。これを中心として還元式を行うのです。還元するのに海を還元して、陸地を還元して、天地を還元して、第四次アダム圏時代を還元するのです。第四次アダム圏時代を還元するための勝利的な条件が何ですか? ここに本当に夢のようなことが起こりました。きのう、その還元式をやりました。それが何かというと、男性、女性の生殖器がすべて地に落ちて、地獄のどん底に行っていたのを復活させ、還元してくるという式を行ったのです。それで第四次アダム圏と連結して、することができるのです。 今後、皆さんが愛するのも勝手にはできません。自分を中心として考える心をもってしては、愛せないのです。基本的に変わらなければなりません。愛は自分のためにという所では生まれません。相対に尽くす所から始まるのです。尽くす所から天下が変わるのです。個人主義が存在しえません。天宙主義です。全体主義ではありません。天宙主義なのです。天宙主義は垂直が連結されるのです。個人的な垂直、家庭的な垂直、小さな所から大きな所まで連結されれば、天宙主義となるのです。 男性、女性にとっていちばん貴いものは何ですか?(男根石、女根石の写真を見せられる)これが何ですか? こうしたものが復活して人を通じて、ここまで訪ねてきました。地に落ちて石のように……、石にも劣ります。万物を嘆息させたものを復活させて、万物の峠を越えて、人間の峠を越えて、真の父母にまで戻ってくることにより、誤った血統の転換式、還元式が可能だったということは、驚くべきことです。 このような石、女根石とか、男根石とかそういうものが多いと言いますが、このように精密なものはないのです。歴史がどうなったか話してごらんなさい。その器官について、どのように表現しましたか? 愛の王宮であり、生命の王宮であり、血統の王宮であり、良心の王宮です。根本です。神様がこのために天地創造をなされたのです、愛ゆえに。こうした歴史は夢のような話です。 それを誤ったことにより、天の恨、人類の恨、万物の恨が生じました。すべてが嘆息する中にあるようになったのは、この器官を誤って使用したためです。その器官のすべてのものが、逆さに地に打ち込まれたのです。サタンに押さえられてしまったのです。これは石ですが、石の恨、自然世界の恨を解放しようとするのです。真の父母の所に来て、人間世界で解放された条件を備えて、神様までも解放的な立場に立てるようにしたのです。嘆息の条件を万物から人間、それから真の父母から神様まで元返すことができ、還元しうる一つの中心機構がこれです。 ですから、むやみに生きることができません。神様の愛は絶対・唯一・不変・永遠なので、男性も女性も自分たちが持っている生殖器自体が絶対的であり、唯一・不変・永遠なのです。その主人は自分ではありません。女性のものが女性のものではなく、男性のものが男性のものではありません。男性、女性のものの主人が自分たちではなく、神様だというのです。 神様から始まったものが逆になっていたのが、復活して再び帰ってきて……、万物の嘆息圏、人間の嘆息圏、神様の嘆息圏まで解放されたので、このようなものが出てきたのです。嘆息の喚声の解放条件として、真の父母の所に来ることによって、平均的な価値を抱くのです。万物、人間が平均点で、アダムの完成も地上で平面の場を築いて、そこに縦的な神様が臨在されることにより、完成できるようになるのです。その中心本部がこれなのです。 これが今後、このような伝統的な歴史を通じて嘆息圏内、万物の嘆息、人間の嘆息、神様の嘆息圏内を越えて、解放された第四次アダム圏時代を迎えて使用されうるのです。嘆息の与件のない、完全解放圏の実体を持って神様がいつも臨在され、いつでも自分の生命圏を拡大させることのできる、繁殖しうる一つの器官として使用できるように願うのです。そのように保管すべきなのが、自分たちのものなのです。ですから、息子・娘を生まなければなりません。独身生活とか何とか……。それが自分たちのものではありません。 自分のものと考えるのが堕落です。天使長も自分のものと思って、エバも自分のものと思って、アダムも自分のものと思って、勝手に神様の根を否定したのです。そのようにひっくり返ったものを再び探して、公的なものの中の公的なものとして、絶対・唯一・不変の愛の圏を代表する真の父母の愛の理想を定着させ得る時代が来ました。万物解放、人間解放、天宙解放を実現した上で、一つになった愛の主人の立場、伝統の基盤の上で地上・天上天国が築かれるのです。 一日が二十四時間ならば、三時間に一度として八回、二時間に一度ならば十二回、四時間に一度考えれば六回、すべて心に刻まなければなりません。アダム、エバの堕落によって、こうした地獄のような世の中になりましたが、その部分がその恨の本体だったという事実をいつも心に刻むのです。本体の基準を再び回復すべき運命の道を占めるには、絶対夫、絶対妻を見いだして、神様の絶対愛と連結させ得る平面的な水平基盤が必要です。 男性、女性が一つになった水平基盤に神様の愛の中心が生まれるのです。そうした器官であることを考えながら生きなさいというのです。それを考えるときは、自分たちが淫らに生きた痕跡と意識までもきれいに洗い流さなければなりません。そうした意識を洗い流せなかった者は、先生に従っていけません。ですから、今後こうした写真を、写真ではありません。このような道具を男性たちも……。男性たち、貴い性を喪失しませんでしたか? 男性も女性もそれを貼って生きなければならないのです。貼ったものを誰がはがしますか? 自分の夫がはがし、妻がはがしてこそ、はがれるのであり、そうでなければはがれません。はがせない標的を通じて浄化運動、一つの防止記念物として使うかもしれないというのです。 昔、ヨーロッパにどのような器具があったと言われていますか? 貞操帯というのがあるでしょう? 貞操帯よりは、服の中にそうした写真を保管しておかなければなりません。入れておいた写真を誰が抜いてあげますか? 夫が抜いてあげて、妻が抜いてあげるのです。それをむやみに使ってはなりません。こうした厳命を中心として、訓練を経て、夢でも自分はそれを保管できる主人の資格があるのは間違いないというとき、それを脱げるのであり、そうでなければ脱げません。そのような訓練が必要だと考えるのです。 今から四年間、独身生活させるかもしれません。どうですか?先生がそのように命じれば、そのようにしますか? それが恐ろしいのです。しかし、いちばん恐ろしくて貴いのは、自分たちの持っているものです。それが動物と違うので、人間は霊物であり、神様の友達になりうるのです。 先生で言えば、父母の日、子女の日、万物の日、一九六〇年から一九六八年の一月一日まで……。父母の日から始まりました。そのときから絶対愛の時代に越えていくのです。絶対愛圏です。お母さん! 私たちがそれを守ってきたでしょう? 男性も女性も慕わしいのが何ですか? 慕わしいものがどこに行って交差しますか? 男性も女性もそこです。 彼らが平和の起点において、一つになれなかったそれを慕いながら、歌もそこで歌います。愛の歌がそこに行って命を得ます。これが何ですか? 幸福と平和と統一の調和の箱です。何と言いましたか? 幸福と平和と統一の調和の作男玉手箱です。ここに統一がなければなりません。ここに幸福がなければなりません。ここに平和がなければなりません。間違いないのです。間違っているか、合っているか考えみなさい。間違っているようですか、合っているようですか? 永遠に間違いない事実です。 平和の立て札、碑石を立てるのが、女性の「節概」と男性の「志操」です。そのようになれば男性も女性も絶対に信じます。これが水平にならなければならないのです。永遠に水平になるのです。そうすれば幸福なのです。なぜですか? 自分たちにとって宝物の中の宝物が何かというと、半分のかけらだった女性が夫を占領することです。男性も占領しましたが、それは天地が半分のかけらだけだったのが一つになるのです。上弦、神様の側に下弦、息子・娘が生じるのです。上下関係が生じるのです。それから夫婦関係です。これを中心として四方に広がっていきます。そうして前後関係を中心として初めて家庭に定着するのです。前後関係は兄弟です。兄弟を持たなければなりません。上下関係・左右関係・前後関係です。 その器官を完全に定着させなければなりません。ですから、唯一私にあるのは何ですか? 男性には妻一人しかいません。財産とか何とかすべて捨てるとしても、これは取り換えることができません。ただ一つの宝物です。それを研究しなければなりません。一等美人の女性を連れてきて、服を脱いでその生殖器が触れても、動じてはなりません。そうした訓練まで経なければなりません。でなければ、神様の愛する息子・娘を任せることができないのです。先生はそうした過程を経たので、誰であれ皆、すべて任されているのです。だからといって自由に生きません。数千名の美人たちが服を脱いだ中で、最高の美人の前に裸の私を投げ入れたとして、生殖器が触れたならば動じますか?動じたらいけません。そのような否定の過程を経なければなりません。 最愛の者を怨讐に任せて福を祈ってあげられる神様の心を知るには、そうした過程を経なければなりません。それが動じてよいですか? 動じなければならないですか? いけません。そんなことでは怨讐に対して福を祈ることができません。そのような神様の心情の苦衷を知らなければなりません。それが道の最高の完熟した立場です。 皆さんが夫妻同士で愛してクライマックスに入るとき、零点に飛び出してこられるそのような訓練をしなければならないのです。それが怨讐です。熱い水に冷たいものを入れたら爆発するでしょう?そのようなものです。そのような立場になってこそ堕落しないのです。 あの世の修養路程は、それが千年かかるか、万年かかるか分かりません。夫婦の間で暮らすにも問題が大きいのです。それで天の国に統一教会の家庭たちのため、家庭的な楽園が生じるのが避けられなかったのです。その楽園をどう処理しますか? 血筋が連結されているので、それは難しいのです。何度も死んで逆さに地獄のどん底に入ったり、出たりして、溶鉱炉に入ったり、出たりすることをしなければなりません。それが燃えてしまわなければなりません、燃えてしまわなければ。純金にならなければ、純金を駄目にする不純なものは、燃えてしまわなければならないのです。 私たちのお母様が立派なのは、先生の言葉をすべて信じたことです。先生を絶対に信じて先生が語ったとおりに絶対に順応しようとしたことが、お母様が偉大な点です。数多くの女性たちが反対する立場ですが、それを消化してお父様として信じられる娘の立場になったのです。復帰路程なので、娘としてお父さんに欠点があっても、自分がすべて責任を負うと言えてこそ、エバが罪の根を抜くことができるのです。 この男根石、女根石の写真を、「絶対、絶対に堕落はない」という者に一枚ずつ配ります。そのような誓いをなして、天地の前に恥かしくなく、神様のものを私が代わりに抱いていると考える者たちがいれば、この写真を一枚ずつ分けてあげるのです。女性たちがヒルのようにくっ付いても手を出さずに、つばを吐いて、いっぺんにはたいてしまえるという男性、女性、そうした夫、そうした妻を連れて暮らす者は幸福な夫婦です。 神様が創造を完結なされたので、創造物を破壊させた張本人であるアダムの代わりとなる完成者がその地を築くためのみ業をなすのです。韓国と換えられない地域を私が準備するため、南側の国に行っているのです。私は水を愛するので、二十五年間、船に乗りました。また陸地で十年以上、狩猟しました。戻ってきて五大洋、六大州に水産事業の基地を拡大させておき、これを還元式しなければなりません。アメリカに行って還元式を行うのです。ロングアイランドサウンド(Long Island Sound)とか、ハドソンベイ(Hudson Bay)とか、ニューヨークベイ(New York Bay)とか、マンハッタンベイ(Manhattan Bay)を中心として、そこから出発したのが何年前ですか? 三十余年前になりますが、それを再び追慕して還元する立場においてアラスカを経て、アラスカから初めて南極と連結しうるのです。地球星を代表するのです。 北極から、アラスカのコディアックで水産事業を手がけたのが、今や南極まで(結べる)トップオーシヤン(Top Ocean)という船をつくり、南北を連結させるのです。夢の国以上に考えながら指示した内容を見つめて還元式を行いました。海のすべてのものを還元する式を行い、陸地の還元式をすべて行ったのです。これを連結させるのです。陸地では地球星を中心として霊界と連結させて還元式をやらなければなりません。その還元式にあたって、天宙還元式とともに心情圏を還元するのです。 きょうの祈祷の内容もそれです。愛を中心として第四次アダム圏時代にすべてのものを解放させてあげるのです。そのためには本然的な男性器、女性器が現れなければなりませんが、このみ業をすでにすべて成就したので、その還元式まですべて挙行する内容となったのです。 今は還元するものがありますか、ないですか? これからは、それぞれの国を捧げなければなりません。この地上に人間……、堕落した世界の基準である国を捧げなければなりません。家庭時代は過ぎ去りました。家庭を捧げる前に国を捧げることで、国が一日で復帰されるのです。国が復帰されるのです。 ご父母様が蕩減路程を通じて、サタンが讒訴していたものをすべて取り崩したので、問題がありません。国家がいっぺんに天国に入っていける時代になったのです。国家を完全に水平時代で解放させようとするので、国家の根本となった神様の祖国光復が必要なのです。できなければ私がつくってでもやるのです。南北米を中心として旧教、新教がカイン、アベルとなって、その上で神様に侍ればよいのです。ご父母様が行って神様に侍ることのできる基準を連結させれば、アジアを放棄してもよいのです。 そのような質問をして、すべてを聞いてみて、自分たちが絶対、どんなことがあっても統班撃破して祖国光復を命じたとおりに行い、今、ここで七・一節を行うのです。すでに私が行っているはずでしたが、条件に引っかかって今回残ったのです。 ですから、きょうは記念日で忙しいでしょうが、これは必ず知らなければなりません。今から何をしなければなりませんか? 統班撃破です。家庭を全体に一元化させなければならないのです。祝福された家庭を今まで放っておきました。祝福はこのように流れるように、放っておくものではありません。一八○家庭ずつやったならば、これを収穫して自分の一族を中心として姉妹血縁を結び、彼らと自分の一族が結婚しなければなりません。統一天下と同じです。サタン世界のカイン、アベルが、聖人と殺人鬼が一つになったのと同じです。 祝福家庭は予備祝福を受けたのではありません。祝福したその家庭を中心として自分の一族と結び、これが主体対象として一つになったその立場で、自分たちが国家メシヤとして復活しなければなりません。復活するその時間が国を見いだして入籍する時間です。すべて放っておきませんでしたか?途中で投げ出してみ旨が成就しますか? 締めくくって還元すべきでしょう。統班撃破を通じて還元しなければならないのです。それは一つ一つ、皆さん大韓民国の民が、ここで祝福された民がやらなければなりません。先生はそれを克服して超越しました。アメリカが反対するのも屈服させてきたのです。それは韓国より世界的です。 全世界的にやらなければなりません。興進もこれをやらなければなりません。原理研究会を別動部隊にするのは、どういうことかというと、第四次アダム圏の完成は小学校時代から二十四歳までです。十二歳から二十四歳、大学生まで純潔運動するのが第四次アダム圏の青年運動です。ですから、これは前時代と後時代が違います。青年活動を中心として、この青年たちが統班撃破の主人公にならなければなりません。 きょうは七月の初めの日ですが、この七月は神様が七数の月を見いだしたのと同じです。解放の新千年の七月、月の主人となり八月、九月まで三か月間に基盤を整備しなければ、九月になってどんなことが起こるか分かりません。九月まで解決しなければならないと、すでに先生が言いました。やらなければ、どんなことが起こるかは言いません。 今回も何ですか? 海洋還元、大陸還元、天地還元、第四次アダム圏心情圏を中心として生殖器還元まで来ました。すべての恨の条件を越えることができ、ぶん殴ることのできる象徴です。鉄窓とは何だと思いますか? 鉄窓が何ですか? 新聞社ではありません。鉄窓というもの自体の言葉を代表したのが新聞社です。鉄窓が何かと言うと、男性の生殖器です。世の中でそうした話は初めて聞くでしょう? 生殖器に神様に侍ったよりももっとよく侍り、神様よりも愛さなければなりません。そうしてこそ、神様が喜ばれるのです。世の中にそうした話がどこにありますか? 宗教界で聞いたら、ぱっと飛び上がってひっくり返りますが、それは事実です。神様以上に愛に侍ってこそ、神様が定着しうる基盤が生まれるのです。生命より大切で、世の中をあげて、天地をあげて、神様まであげても換えることのできないものです。妻の生殖器を創造物の全体を合わせた以上に崇拝して、それ以上に愛し、それ以上の価値を認定してこそ、神様が我が家を訪ねてこられるのです。(二〇〇〇年七月一日、漢南国際研修院)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.20
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「天宙還元」宣布二〇〇〇年六月二十九日、午前八時四十分、ソウルの漢南国際研修院において、真のご子女様ら三名と約六十名の指導者たちが参加した中で、真のご父母様は「天宙還元」を宣布なさった。 み言 宇宙を縮小させた自己所有権を、サタン世界で失ってしまったものを、縮小した供え物の時代を越えて、生きたそれ自体として天の前に捧げることができるので、宇宙の生きた条件を、真の父母を通じて、神様の前に献納しなければなりません。これまで、そうしたことをやるのに、統一教会はすべて泥棒さながらでした。 そこにおいて自分を中心として貯金通帳を持って、息子・娘を考え、将来を考えますか? だとしたら将来はすべてなくなります。それを否定するのです。完全に否定です。絶対否定圏を越えるためにです。ですから、蕩減の歴史は、供え物を捧げる歴史です。半分に裂けば死にます。それで霊界と肉界、地獄と天上が分かれているのです。生死の境に分かれていますが、これを一つにするための総生畜なのです。生きているものを供え物として捧げるわけです。生きているのです。旧約時代も生きており、新約時代も生きており、成約時代も生きています。すべてが生きており、その生きた供え物を総献納するのです。 サタン世界は総生畜ではありません。生きた供え物ではなく死んだ供え物です! 献納ではありません。分納圏が地獄なので、半分に裂くのです。地獄圏内に自分の所有権を中心として、何かをやろうという者たち! 自分を中心として何かをやろうという者たち! それは狂った者たちです。自分が何かを持っているのではありません。献納のみ業をなすのです。神様が献納する時を準備して、真の父母が献納する時を合わせて、神様に捧げる献納の時代なのです。 生死の境、死亡圏を除去して生命圏に一体化させなければならないのが、総生畜献納です。献納は何ですか? 献納物です、物!「祭」というのは、所有権を決定するために条件を立てることです。祭祀を執り行うことです。 それは総生畜献納物です。献納物体、生きた物体! ですから、自分自身も生きており、堕落しないエデンの園におけるすべてのものが生きています。それが神様のものです。死亡の圏内にひっくり返っていたので、逆に置くのです。捧げるには、自分の名前までもすべてなくしてしまわなければなりません。自分の国までもなくしてしまわなければなりません。丸ごと神様に捧げて、丸ごと神様のものになるのです。神様の願うアダム、エバのすべての基準、その相続的な相対圏がないので、それを真の父母の前に相対的な条件物として差し出すのです。 その条件物は死にませんでした。生きた物を接ぎ木して、家庭に接ぎ木し、氏族・民族・世界全体の家庭と連結されて捧げることが因縁となり、清算されてこそ、存在する世界が神様の物の世界になります。神様の物です。そこには供え物時代がないのです。そのようなものが総生畜献納です。 すでに十六数を合わせていきます。サタンがこれまで侵犯したのが、四×四が十六、十六数です。韓国にも国連軍十六か国が来たでしょう? 日本の組織を見ても十六です。韓国も十六でしょう?総決算する時代だからそうです。それを皆さんは知らなければなりません。 いつも顔を見るとき、そのように考えなければなりません。目を見ると目が一つですか、二つですか? 二つです。ですから、ついたてがなければなりません。目がこの世で勝手に遊んでいました。皆さん自体が心の世界にも二つの目があり、体の世界も二つの目があります。四つの目が合わさって一つになるのです。これが水平にならなければなりません。水平となってカイン、アベルです。目のうちで、どちからが先に生じましたか?「始め!」と言っていっぺんに生じましたか、どちらかの目が先に生じましたか? 二つの目がいっぺんに生じることができますか? 目も生じるときは、必ず順番に生じてきたのです。 息をするときも「ふうっ」と吐き出せば、「はあっ」と吸い込まなければなりません。いっぺんに息を吐き出して、吸うことはできません。同じことです。目も同様に出発するとき、お兄さんがいて、弟がいるのです。それとも「よーいドン!」と言って生じたでしょうか? 順番に生じたのです。目を見るとこれが分かれています。プラス、マイナス、主体対象なのです。目が自己主張できますか?「ああ、私は右目が嫌いだ!」と言って「おまえは閉じよ、私は開く!」そのようになっていますか?いつも中心を中心として統一です。目は水晶体を中心として円形をなすのです。 中心に侍るために必ず水平になって、主体対象とならなければなりません。神様が創造するときに環境をつくられました。宇宙のすべての環境には、必ず主体対象がなければなりません。主体対象がありますが、いっぺんに「やあ!」と言って生じましたか、主体が先に生じましたか、対象が先に生じましたか? どちらが先ですか? 同じことです。いつもそれを考えなければなりません。瞬きするとき、片方の目ができなければどうしますか? 一つになっていますか、なっていませんか? いつもそれを考えなければなりません。教育のうちこれ以上の教育がありません。五官の、天地の調和を実体で象徴しているのです。 生殖器を見れば、どうなっていますか? 女性はどうなっていますか? 上下になっており、男性はどうなっていますか? 中心にシンボルがあります。シンボルがあり、睾丸は横的になっています。それが天地の道理です。 ですから、いつでも考えなければなりません。耳がともに聞こえなければ共鳴ができません。それは違いがありますか?右の耳、左の耳が「君は君、私は私!」そう言いますか?互いに尽くすのです。左側は右側が一つになれるのを願うのです。そうでなければ大変です。右側は左側が一つになれるのを願うのです。そうするには為に生きなければなりません。自分のためにという立場は破壊します。問題が生じるのです。 自分がどこにいますか? バランスを取らなければなりません、バランス! バランスを取れなければ滅びます。天地の調和がどこにありますか? 手がこうして何をしますか? このようにつかめますか? このようにつかまなければなりません。手をつかんでみなさい。どちらの手が上に来ますか? 左手が上に来ましたか、右手が上に来ましたか? すべて違います。右手が上にきた人、左手が上に来た人、すべて違います。違うのです。どんなに違っても、これがこのようにして一つになりますが、すべて水平です。水平にならなければなりません。全体をこのようにして、つかむようになると、全体が合わさるのです。 ですから、自分がどこにいるのか、上にいるのか、下にいるのか、それを考えなければなりません。それゆえ、すべてがカイン、アベルです。カイン、アベルなのです。バランスを合わせるようにする人が主人となるのです。 「柳寛順会」は何をするためにあるのですか? 韓国の男性ならば男性、女性ならば女性として家庭で柳寛順のようにお手本を示してあげるのです。柳寛順にとっては、日本は自分を叩き殺した怨讐です。ですからその怨讐を愛せませんでした。どうして怨讐と相対を結んであげますか? しかし、怨讐があってはいけません。怨讐を持った人は天国に行けません。自分が嫌いな者、東西四方にそうした者がいなくなることを願う人はサタン側です。「あの人たちがいなかったなら助けてあげる。誰よりも私が助けてあげる」という人が天国に行くのです。「あいつ、滅びればいいのに!」こう言ってはいけません。 私を見なさい。アメリカに行きましたが、アメリカは私にとって怨讐の中の怨讐です。キリスト教の先導的な国家として、宣教師たちが統一教会をめちゃくちゃにしました。フランチェスカと朴マリアと金活蘭を中心として、三人の女性がめちゃくちゃにしてしまいました。めちゃくちゃにしたのです! しかし、先生がその怨讐の存在を考えたら越えていけません。彼らを救ってあげなければなりません。金日成が怨讐です。彼を祝福してあげなければなりません。宗教の教祖たち、釈迦牟尼とか誰それも……。キリスト教がこれまで怨讐でした。彼らを祝福してあげなければなりません。 先生に怨讐がいますか? 怨讐がいますか、いませんか? いません。怨讐よ滅びよという考えがありません。怨讐があってはなりません。天国を築けません。私が好むことのできる基盤において、良いものを取る前に、怨讐がいたらそれを忘れてしまわなければなりません。 ですから、先生は聖人と殺人鬼を祝福してあげました。聖人の子供と殺人鬼の子供を祝福してあげたのです。今からそのような時代になっていくので、日本人たちは今後、すべて交差結婚するのです。怨讐だった韓国人と一〇〇パーセント交差結婚するのです。そうすれば一つになるのです。アメリカの教会団体が一〇〇パーセント交差結婚します。地上世界と天上世界が一〇〇パーセント交差結婚するのです。 弟妹を立てるのに、いちばん幼い者を立て、お兄さんたちが崇拝してこそ、地獄と天国がひっくり返るのです。今後、統一教会は三歳の子供を重く用いるでしょう。三六家庭とか頭にいる者たちを見ると、いつもどこかに入ってくるにも、三六家庭、責任のある者が先に入り座るべきだと考えています。そうではありません。端に座って、自分たちが雰囲気を盛り上げられるようにしなければなりません。環境があって、環境圏内に主体対象がなければなりません。環境は無視しておいて、自分のやることはやれないで、環境を流して主体の立場、対象の立場を求めていこうとしているのです。この滅びる者たち! この者たちを私が整理しなければなりません! 心しておけというのです。 目で見て左側です。私が右目か左目かというのです。先生が主人の立場にいれば右目です。私は絶対にその右目と合って瞬きするとき、歩調を合わせるというのです。鼻でいうと右の鼻を合わせるのです。右側を韓国語では正しい側と表現するでしょう? それが道理です。ならば右の鼻の穴を左の鼻の穴に合わせなければなりません。自分勝手にやれば二つとも滅びるのです。すべて滅んで死ぬようになっています。 唇もそうです。上唇と下唇が閉じて、開いて、話すときに合わせなければならないでしょう? 歩調を合わせなければ。いつも話すのに歩調を合わせますか、合わせないですか? どれほど不思議でしょうか? 口の先生に学びなさい。鼻の先生に学び、目の先生に学び、耳の先生に学び、手の先生に学びなさいというのです。そこに一つになれずに、かきまわして探すような恥かしい姿勢をもって、天地の自然環境に向かって、主体対象が逆になり、天地を滅ぼすのです。 私には怨讐がいません。私が教えた原理は、怨讐を愛していかなければならないのです。私がアメリカを生命と財産を捧げて愛したので、戻ってくるのです。三十三年の歳月を、いちばん重要な歳月をいたずらに過ごしたのです。それを誰かが違うとは言えないのです。サタンが知り、天が知り、アメリカの地が知っています。そのようにやったので、それを中心として生きた供え物の総献納物をアメリカ自体として天の前に捧げなければならないのです。 それで体と心を整えて一つにするのです。政府と宗教が怨讐です。アメリカでその作業をやるのです。キリスト教を中心として国家的に分裂したのを一つにする作業をするのです。政府の後援の下で-それはカインです-今、十四万教会を設ける運動を始めました。イエス様が来るとき、十四万四千名が最初に復活すると言いましたが、先生のときは十四万四千の群れではありません。そのときは国家時代でしたが、今は世界時代であり、地上・天上天国を築く時です。ですから、十四万教会を中心とした復活国家を建設するのです。違うのです。 このような時代に、自分のふろしきを背負えば連れていくのです。自分のものを中心としてすべて投入しなければなりません。投入してから韓国が主体国という権限を立てることができるのです。自分を中心としてノラ犬の子とそのふろしきを背負った者を連れて、そのみ業をなすことができますか? そのような者はノラ犬です。ノラ犬たちです。 右目を立てたのに、左目が右目をどうこう評価できますか? 絶対に何ですか? 絶対服従が絶対の道理です。水平にならずに他の何かの存在があってはいけません。そこに合わせなければなりません。百歳のお年寄りであっても合わせなければなりません。神様が今、先生の前に合わせています。違いますか? 先生の蕩減復帰を神様は思いどおりにできません。先生に合わせるのです。その代わり、むやみに行けば手をつけられます。このような原則を知って、神様の本質的な内容をすべて知っているので、私がそのように暮らして峠を越えに越えて、その峠の残りの仕事を処理するというのです。 すでに霊界は私が手をつけ始めました。宗教圏の統一! メシヤ、イエス様は父母です。父母の伝統を連結させてきました。イエス様がこれまで長成的な父母の立場で完成できなかったので、そのイエス様の道理をすべて……。イエス様を兄として侍ったのです。兄弟が合わさってこそ天地父母、天は夫であり、地が妻として一つとなるのです。 ですから、宗教が一つになるのです。それを誰がつくりましたか? それは神様ができません。それは私に特権があります。それで革命するのです。「これをやれ!」と言うのです。霊界は今まで夫婦の間がすべて分かれていました。地獄であれ、どこであれそうです。それで交差するのです。 一昨日、女根、男根のことを聞いたでしょう? それはどうなりましたか?それを私がどれほどありがたく思ったことか。万物世界でもこれを神様の代わりに侍るということなのに……。万物も神様の代わりにそれを崇拝するのです。 それが故障したので、そこから解かなければなりません。それを何で証拠として? それが地中に入っていたのですが、突き出てきました。復活したわけです。「いやあっ! 愛は死亡圏を撃破して天に向かい、神様に向かって出てきたものである。出動命令できる根拠がこれか」と言ったのです。私が出動命令を考えている者ではないですか? ここに訪ねてくるようになっています。 その主人が誰ですか? 先生が主人ですが、何の主人ですか? 真なる根本の女根石として見つけましたが、女根石の象徴は何ですか? 形状は人で実体は神様です。女根何ですか? 女根人、女根愛! 愛の根であり、神様の根であり、万物の根です。根本がこのようになったのを知りません。先生が初めて発表したのです。 そうした貴いものを付けて行き、何を探して回りますか? すべての存在を総合してそこに装飾品として、ピラミッドならば、ピラミッドに金の装飾を施したように装飾したのが女根物、人、神です。それが装飾物です。それが髪飾りです。宇宙を所有できるそれがカギであり、宇宙を開くことのできる夫婦です。カギなのです。 女性のカギ、男性のカギ、それを誰が開けてあげますか? カギが違います。女性のカギを開けるのは男性が持っており、男性のカギを開けるものは女性が持っています。互い違いに持っています。ですから、それがなければすべてのものを開けられないので、天地に自分が干渉もできず、また所有することもできません。それがいちばん貴いものです。愛がいちばん貴いのです。 ですから、そうしたことを知れば、男性は男性をどこに置いておかなければなりませんか? 韓服のズボンを着れば分かりませんが、背広のズボンを着れば男性はどこに置いておかなければなりませんか? 右側にすべきですか、左側にすべきですか? 右側です。皆、そうしていますか? 女性はありません。男性がいてこそ、他の側が生じます。 女性はないので「自分たちをつかまえて」と言っています。受けるようになっているでしょう?門を開ければ、門が長くなりますか、丸くなりますか? 丸くなって、その丸くなったのが手本ではありません。その丸くなったものより、さらに大きく丸くなるところに幸福があります。分かりましたか? こうした言葉は、失礼ですが、女性たちは小さな主人が入ってくるのがよいですか、大きな主人が入ってくるのがよいですか? 女性たち、どうです? 丸いところに、それを狭めて入ってくるのがよいですか、広げたり狭めたりするのがよいですか? 世の中の道理、愛の谷間、愛のすべての内容をぴったり通して座り、天地を料理するというのです。それ以外にはありません。そのような象徴的な物が……。ですから、女根人・女根神! そこにすべてのものがみな入っています。それが死ねば、その家は滅びます。誤まって使えば、混乱が生じます。ですから、行く道が一つなのです。男性がいれば、それが逆に立っていますか、まっすぐ立っていますか? まっすぐ立っているのが、下に広がっているのであり、それが後に上がっていけばどうなりますか? 自分勝手にやればどうなりますか? 逆に立っていないで、かけてぶら下がっているようになれば、どうなりますか? この世における地獄の中の地獄です。 これが大きくなっても、その道がいかに大きくなりますか? 九〇度以上にならなければならないのです。男性はそうしてこそ男性になります。小便をシャーッとするときに、壁を越えてこそ、その後孫がうまくいくのです。子供のときはおしっこをすれば、スーッと出ます。うんちをしてお母さんがおむつを替えるとき、おしっこをピユッとして、目や鼻にもかけてしまうのです。九〇度を越えなければいけないのです。 若いときは九〇度を越えるので問題です。男性が女性をいじめますか、女性が男性をいじめますか? 男性は五十一秒ごとに女性に手を出すようになっています。それをあげなければならないでしょう? あげなければどうなりますか? 滅びるのです。あげるのは最後まで、無限にあげたいのです。それが欲望です。無限にあげたいのですが、それを誰にでもあげるようにはなっていません。錠前ならどんなカギでも合うのですか? 二つが合う錠前はただ一つです。私たち統一教会の信徒の中で、錠前を二つ持って生きるという者たちは気違いです。地獄のいちばん底なのです。厠のうじ虫のようなものです。愛の世界における糞! そのようになっています。女性はそうした男性が、骨が砕けるように抱くことを好むようになっています。男性はまた骨が砕けるように抱くものです。それで男性が大きいのです。女性は大きいのを好みます。男性が大きいのを好みますか? 男性は大きいです。女性はその大きいものを好みます。 そのようなことを考えるとき、「文総裁が契約の箱の中の二つの石板はアダム、エバを象徴する!」と言いましたが、それを象徴するのです。至聖所がそこです。誰もが手をつけることができません。手をつけたら皆、滅びませんでしたか? 至聖所がそこです。それからアロンの芽が出た杖!杖が何ですか? 永遠に死なないというのです。死んだ杖から芽が出たので、永遠に死なないのです。何を中心として? 本然の愛! 愛がなければ死にます。それでアロンの芽が出た杖が出てくるのです。そうしたみ旨があるので、聖殿において侍ったのです。ですから、神様の体を象徴したのが聖幕です。体が聖所であり、至聖所というのがまさにその場なのです。 愛しているとき、その女性におしっこを漏らせばどうなります? 本当におしっこしたいのに、愛する人がしきりに求めてきて、おしっこを催すのを忘れて抱いたのが、愛していきなりセイ液とおしっこを漏らせばどうなります? 審判を受けますか? 審判を受けなければならないですか、どうなりますか?「そのような時間まで私にくれるとは、どれほど夫が愛していることだろうか!」と言うのです。それ以上の幸福がないのです。 何を保護しなさいと言いましたか? 最近は「気を保護せよ!」と言いますが、気とは何の気ですか? 愛の気です。気がどういう漢字ですか? 気運の気でもありますが、足場を表わす基という字にもなるのです。愛の気を指すのです。気が単独で活動することはできません。そのように激しく慕って生命以上に願うところで、天運の気が挙動するのです。超越的な力に接するのは、愛しかありません。 すべてのものが自分の先生です。私の体が先生です。腹が立ったとき鏡を見ると、目が語るには「私に似なさい! 私に似て水平になりなさい!」と言うのです。右目と左目が一緒には動かないと考えるので、問題になるのです。夫婦も同じです。目を見て学ぶのです。夫が右目ならば、自分は左目ですが、左目が先にまばたくことができますか? 永遠に一緒に動かなければならないのです。 ところで、夫はいつも縦的なことを願い、女性は横的なことを願います。現実的なことを願うのです。しかし、現実はしばしの間です。一日の生活の満足を求めるのが女性です。男性は永遠なる未来の幸福を求めていくのです。ですから、未来の幸福の前に女性は合わせなければならないのです。合わせないで目を見開いてふざけていたら孤独単身、なくなるのです。 鼻の穴も右側の穴は誰を象徴しますか? 夫を象徴します。では、左側の鼻の穴は? 妻を象徴します。夫の鼻の穴は、妻の鼻の穴がマイナスになるならば、「別々に息をせよ!」と言えますか?別々に息をするという者は気の狂った者たちです。そうすれば、その世界のその場に入っていけないのです。定着点を探せません。互いに衝突が起こるのです。それを考えなければなりません。 口もそうです。上唇は? 夫であり、下唇は妻です。女性の唇は下唇が厚いですか、上唇が厚いですか? 女性の唇は下唇が薄いです。それで小さくても振動します。男性は上唇がとても厚いのです。ユ・ジョンヨンのように厚いのです。 上唇が大きい人はゆっくりと話します。女性たちを観察してみると分かるのです。下唇が薄くて上唇まで薄い人は問題です。いつでもしゃべるのです。しゃべられなければ病気になります。ただどこに行っても騒ぐのです。下唇が別個に動かなくてはなりませんか、一緒に動かなくてはなりませんか? 一緒に動かなければなりません。 体を犠牲にすれば精神が発展するのです。逆に体の享楽を求めれば、精神が下っていき、穴に落ちてしまいます。後には二つが分かれて死んでしまいます。滅びるのです。天地の道理がそのようになっています。足というのは、いつも逆向きでしょう? 一方が先に行けば、もう一方は後ろに立ちます。左足が右足を考えるときは、いつも右足は先です。右足が先に歩いたならば、左足というのは右足の代わりに出なければならないのです。歩調を合わせるということです。 和合を合わせるのです。そこに中心が設定されます。それをいかに否定できますか? 先生の言葉に間違いありません。けんかできますか? すべてカイン、アベル問題です。カイン、アベル問題は宇宙の根本です。主人の立場から、神様から、愛の源泉地からそれを拡大させたものです。それを四方にプラスにするのです。そうすると、生存的な与件が自動的に生まれてくるのです。 アダムを先につくりましたか、エバを先につくりましたか? アダムを先につくりました。ならばアダムがエバを支配しなければならないですか、エバがアダムを支配しなければならないですか? アダムがエバを支配しなければなりません。天地の道理がそうです。女性が男性に従うべきですか、男性が女性に従うべきですか? 女性が男性に従っていかなければなりません。ところが、堕落した世界は逆になっています。 カイン、アベルの歴史がこれまで逆になってきたので、それを愛さなければなりません。愛を失ってしまったので愛して、サタンよりさらに愛して、愛を受けてこそ、天国に入っていくのです。それが先生の生活ではないですか? そうでしょう? 怨讐を愛した後に初めて故郷に帰っていくのです。私が世の中の人たちを、数多くの民族たちをお兄さん以上、お母さん以上に愛しました。なぜですか? 本来ならば、このみ言はお母さんに先に話して、お兄さんに先に話して、一家に先に話さなければなりません。しかし、皆、一言も話してあげませんでした。 この群れに、そのふろしき自体をほどいてあげました。そこで種を収穫して、私たちの真の父母を、神様を訪ねていき、祭祀を生きた供え物として捧げるのです。神様が創造した生きたものを捧げるため、このようなみ業をなそうとしたのに、そうした者たちが一人もいません。 私が今お母様を出てこさせて、祈祷しようと思います。三十日、明日ならばできるのです。海と陸地が合わさり、還元されることを私が通告してあげなければなりません。一昨日は陸地還元を通告したので、海と陸地の還元を通告するのです。済州島に行って漢羅山を眺めながら、白頭山を連結するみ業を海でやるのです。全世界の海と全世界の陸地を連結するのです。私が平原地帯を、土地を買うように言いました。南米に土地を買うのです。これを山と連結するのです。 それで済州島の地帰島に行って、船に乗り、漠羅山を眺めながら白頭山を連結させるのです。海の権限と陸地の権限を、平原地帯から山までも抱いて還元しましたと祈祷しなければならないのです。今日が二十九日でしょう? 六月までに私が解決しようとしたすべてのことを韓国に訪ねてきてやるのです。本来は済州島に行って祈祷しようとしましたが、ここで漢羅山と白頭山、海から-南米は平原地帯です-大陸、平原地帯から山岳地帯に連結して、神様の前に還元しなければなりません。還元の祈祷をしなければなりません。 祝祷 愛するお父様、天地の愛の理想を中心とした大道の道が……、光明なるあなたの愛と共に宇宙を光で覆って残るべき本然の心情世界に、人類始祖の失敗が、このように歴史的な恨の、恨の、恨の峠を残しました。数千数万の人々の犠牲とともに全宇宙の嘆息圏の峠を、垣根を積み上げてきたものを取り崩すため、天が復帰のみ手をつけ始めた歴史的な事実を私たちは知っております。そのようなご苦労をかけたこの創造物が、お父様の前に犯した親不孝、不忠がどれほど大きかったかを、よく存じている統一教会の群れであり、真の父母でございます。 今や天と地の秘密がすべて暴かれ、神様の事情を知り、神様の心情を知り、神様の願いの成就に向けた一念の基準が今日、私ども家庭を中心として理想的な実体、結実として植えられ、収穫しうる万苦の解放の家庭設定を願われるお父様の心情があることを知っております。 この地上に、真のご父母様がそのような心情を知り、これまでキリスト教を中心とした統一的な方向を据えるため、四十余年の受難の道をたどりました。今や第四次アダム圏以降に、キリスト教が願った真の父母の再臨のその時を中心として、新しい家庭を設定するための神様の愛を中心に、神様の生命圏を連結し得る、神様の血統的な起源を再び連結できる天宙史的な大革命的期間でございます。 キリスト教、新教・旧教が一つとなり水平的な基準において、神様を心情的垂直に侍りうるご父母様に侍られなかったことで、反対の経路により、お父様が、これまで苦労されてきました。そのすべてを、もう一度、第一次アダム圏、第二次アダム圏の失敗したそのような道を家庭的な四十年荒野路程をたどって再会し、祝福の世界化のために霊界、肉界をすべて解放できるようになりました。 韓国の地において、最後の終着基準、南北統一と共に連結させ得る最後の勝利的な覇権を立てるべき戦争を前に控えています。この場において真の父母は、海洋世界の還元と陸地世界の還元とともに海洋と陸地を連結させうる、最終的な還元をすべて宣布するため、済州島を中心として地帰島の上から漢羅山を眺めながら、白頭山を越えてヒマラヤ山頂、エベレスト山を越えて平原の世界に連結し、再び川を越え、海の世界に本然の世界を還元させる責任を中心として、お母様と共に韓国を訪問いたしました。 これまで因縁となって祈祷して、宣布したすべてがお父様、済州島に代わったこの場において、お父様の前に宣布して、全宇宙の前に宣布しますので、この日を記憶してくださいませ。今や六月の最後の日となりますので、六月まで私が計画していたすべてを完結できませんでしたが、条件的な基準を、八○パーセント以上の基準を立てることによって、サタンといかなる関係もないあなたの願いを成就させる一念を抱いております。万事を勝利の決定的な覇権の場に移すことのできる権限を知ることにより、真のご父母様の相対的な基準でこのみ業を支えて成就、成就、成就、解放圏の世界に転換されることをこの時間、全天宙の全体還元式に代わって宣布いたします。 全天宙とともに神様の愛の圏内で、全霊界とともに地上の祝福家庭が一心一体となり、地上・天上天国に定着できる還元の祝福をこの天地に真の父母が、天地父母が合わさって全宇宙の前に宣布いたします。このみ業を成就させることにより、統一家の行く前途には、すべて万事が都合よくはこぶ勝利の覇権が続くようお願い申し上げます。 きょう、六月二十九日、朝八時四十分を中心として、このみ業を宣布しますので、天上世界に一つの標的として立てられ、この基準を中心として天地のすべての行く道を分かつようにしてくださることを切にお願いしながら、全天宙還元式に代わったことを宣布しますので、真のご父母様の御名と共に天地父母、全宇宙がここに抱擁され、ここに消化できるよう祝福されることを願いながら、真の父母の御名により天宙還元式を宣布いたします! アーメン! アーメン! アーメン! み言 皆さんを信じます。皆さんが海の主人であると同時に川の主人、平地の主人、山の主人になるべき本然の神様の前にすべて失ってしまったものを真の父母によって還元されたという信念を抱くのです。そうして、一方通行により処理できる自信を抱いて、今後のすべてのことに臨むことを願います。神様が願われるみ旨が早く促進されることを知っているなら、そのように援助することを願いますか? 八時四十分を中心として発表したのです。覚えておきなさい。 今や本来の世界に帰っていくのです。これから家庭が中心であり、氏族が中心であり、民族を中心として国家基準を越えることで、サタン世界の国家基準が地下に下っていける時が来たのです。ですから、南北統一は家庭的な事実として、私たちが宣布したように、その責任遂行に主体的な行使をするために、南北の前に影響を及ぼすべき私たちの行動が残っています。完全なるプラスは完全なるマイナスを再創造するのです。ですから、深刻なのです。(二○○○年六月二十九日、韓国・漢南国際研修院)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.20
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お母様が言われた"小さな針"とは?一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.19
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第900回天心苑特別徹夜精誠 李基誠苑長のみ言 2023年11月10日(日本語訳要約)2023/11/142023年11月10日、第900回天心苑特別徹夜精誠における李基誠苑長のみ言を日本語訳、要約したものの音声です。BingのImage Creatorで背景画像を作成しました。▼2023.11.19 教会長説教より(第900回天心苑特別徹夜精誠 李基誠苑長のみ言から)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.17
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「陸地還元」宣布二〇〇〇年六月二十四日午前、真のご父母様は、韓国で活動中の国家メシヤたちをソウル漢南洞の公館に呼ばれ、祖国光復についてのみ言を語られた。引き続き午後の集会では、全国十六の市・道(ソウル六名)の連合会長十九名を任命された。新任の連合会長たちが簡単な会議の後、「二〇〇三年までに祖国光復と解放のため身命を捧げて南北統一を完遂する」と決意して、敬礼を捧げると、真のご父母様は午後五時三十分、祝祷を通じて「陸地還元」を宣布なさった。 み言 国家メシヤの後継者は、神学校を卒業して、行って杭を打たなければなりません。すべて計画を立てなさい。いちばん能力のある者を天に捧げるのだと考えなければなりません。この世の中では泡のように流れてしまう者が多いのです。いちばん貴いのは、その一族がどれだけ天の国の民を教育し、国の中心人物となりうる人材を育てたかということです。その功が大きいのです。世の中では霊界の事実を知らないのでそうなのです。 今は皆、故郷に行かなくてはならないでしょう? 皆、自分の故郷に帰っていきますか? どうなっていますか? 縁故地で四名ずつの班を組むでしょう、教育する班を。縁故地に行ってそこの教区長や教域長と合わさって、四名が一つのチームになり、自分たちが活動していきながら、再び四つのチームに分割するのです。その下に教会長を中心として、そのようなことをして統・班に下っていきながら、能力のある全国的に優秀な家庭は、外国に送り出すのです。何の話か分かりますか? 今、十六の市・道を中心として見ると、一か所に十一名以上が行くのです。百八十名が行けば、一つの道に何人ずつですか? 万一病気で責任を果たせないときは三か月が過ぎれば人事するのです。病気だからといって、そのまま置くわけにはいきません。そうでなければ、自分の妻とか息子・娘を配置するのです。できないときには人事措置をしなさい。 そして一八〇家庭を祝福してあげましたが、彼らはカイン的な基準なのです。自分の血族ではありません。自分の直系の家庭たちを配置して家庭とともに、自分の一族とともに集まり、姉妹血縁を結んで、ともに祝福してあげなければなりません。アダム家庭は兄妹同士で結婚したでしょう? ところが、カイン、アベルが怨讐になりました。そのように結婚させて国境を撤廃するのです。 自分たちが祝福してあげた一八○家庭をそのまま放っておくのではありません。自分が金氏ならば金氏の一族も、劉氏ならば劉氏の一族、近い親戚を束ねるのです。姻戚の八等親までもかまいません。母方の親戚まで合わせて一八〇家庭を束ねて、三六〇家庭を築くのです。家庭教会をやっていたその運動基準を築かなければなりません。こうして、その三六〇家庭が国家メシヤを手助けするのです。外国に宣教に行かなければならないのです。そうしてこそ、氏族たちが世界に行くことのできる道がつながります。自分につてがあってこそできるのではないですか? ですから、今や優秀な人は、自分の息子・娘のうち天才的な素質のある人は、混迷する世の中に置いておくより、天の前に奉献しなければなりません。今後、私たちは神学の勉強だけではいけません。必ず世の中の勉強をして神学校に行けというのです。二つ以上の学位を持たなければならないのです。 それで、霊的な基準である神学校を中心として今後体制を教育していくのです。心が体を支配していたのと同じようにです。外的な活動をしていても、心の命令を受けるのと同じく、信仰基準を中心とした教養を持った基準で社会生活、経済生活してこそ、社会が浄化します。今後は、すべて行く道がそうなのです。優秀な人たちをそのようにしなければならないのです。 世の中を見ると、ゴミ箱のような者たちが神学校に行っているでしょう? 私たちの考え方を根本的に直さなければなりません。卒業試験するときに評価して、優秀な人を国家が指定して神学校に送るのです。そして、自分たちが勝手にはできません。十二支派ならば十二族の編成が展開されるからそうなのです。十二の月というのは何ですか? 春夏秋冬と季節が違いますが、十二の月は自分の季節的な特性を代表しうる主体なのです。 ですから、それを今後、協議にかけてどの学校に送るか指定しなければなりません。自分の息子・娘をお金があるからといって勝手にはできません。どんなにお金がたくさんあっても、勉強ができなければ行けないのです。今はそのようにできる時です。三か月が過ぎれば人事措置をするのです。 今の時がそうです。皆さんが南北統一に対する主体的な力量を持って、南北統一運動をしなければなりません。南北統一が進まないからと、摂理のみ旨の前において、いつも延長させることはできません。三年以内に、四年までに片付けなければならないのです。 そのためにはいかにすべきですか? 北朝鮮との南北統一が問題ではありません。韓国を中心として見れば、南側の国のいかなる国であれ、姉妹関係を結ぶのです。これは国境ではありません。大陸を境界線で一つにできるこれを選んでおかなければなりません。 そのような意味から、韓国を中心とした南側の国であるウルグアイをすでに十八年前に、二十年前から先生が準備したのです。それで、そこで大統領をした人物たちが、三人の前職大統領が今も生きていますが今回、辞任したのがサンギメティー(フリオ・マリア・サンギメティー)です。この人を私が使おうとしています。私の側の人物として南米を中心としてUPI通信社に代わって大陸の責任者として使おうと思います。 それから大陸を中心として、南米三十三か国が責任者を立てるのです。UPI通信社をそのようにしなければなりません。三十三か国の国家のうちには責任者がいるので、UPIを中心として新聞社を後援するのです。大統領の経歴のある人物たち、有名な言論人、その国の著名人たちが後援しているので、新聞社を媒介にしてUPIが吸収しなければなりません。フランスでも何でも全部です。いちばん最初には多いですが、二か所はプラス、マイナスにするのです。UPIを支持できる立場で取りまとめて、統一してしまわなければなりません。あれこれと複雑な道がありえないのです。 それで、国家ならば国家の内にあって新聞社を中心として、教育機関、学校と束ねてなさなければならないのです。また、この通信社は世界の各国の新聞社と束ねてなさなければなりません。それから宗教と国家を超宗教超国家連合で束ねていかなければなりません。残るとするならば新聞社と通信社です。新聞社と大学連盟です。これは人脈を必要とするのです。キャンパスを中心とした学者たちを中心として、これは一国の新聞社も必要として、世界の新聞社も必要とするのです。これを連合して国家的な教育と世界的な教育を連結させなければなりません。これが分かれてはいけないのです。 今はそれが通じないのです。世界の言論機関は手ごわいのです。皆、優秀ですが、連結しておかなければなりません。その次に超宗教超国家連合も連結させるのです。 では、残ったのは何かというと、金融機関です。金融機関は、政治と経済問題を連結させるのです。今後、政治の世界というのは管理体制であって指導体制ではありません。政策というのは計画を立てる必要がありません。原理的な観点で平和のために暮らすのです。国家のために全体の前にお手本を示すことのできる、為に生きる管理体制であって、指導体制ではありません。 その管理体制で何をしますか? 経済的な問題、人が食べて暮らす生活が重要なので、生活面を指導的に解決できるようにすべきなのです。ですから、生活するにあたって上・中・下の三階級に分けて上級は生活基準がどれだけ、中級はどれだけ、といった具合に、これを中心として平準化するのです。中級になるときを中心として連結させ平準化しなければなりません。そうするには世界が必ず国連と一つにならなければなりません。整備管理を徹底しなければならないのです。政策を誤まって立てれば、経済の管理体制を破綻させてしまいます。 ですから、一家の生活のような計画を立て、一年にいくら、全世界の予算がいくらかかるかということ、上はいくらで、中はいくらで、下はいくらというのが出なければなりません。そして上はできるだけ中を中心として降りていきながら下を引き上げ、平準化させて合わせていかなければならないのです。そうした体制を築かなければならないのです。 ですから、政策的な方向がすべて異なれば、経済的に行くべき方向が無数に分かれてしまいます。そうすれば問題が生じるのです。平和の世界は、絶対に訪れないのです。それで政治体制が一つの管理体制にならなければならないのです。 いちばんの問題が政治問題です。政治家たちが詐欺をすることはできません。管理体制になっていきます。法によって保障された道を行かなければならないのです。問題は何かというと、お金の管理です。食べて暮らすのに、誰が良いものを食べて、誰が良いものを持つかというのです。これが問題なのです。良いものを互いに持つと言ってはいけないのです。良いものは全体のために与えて、中以下のものを自分が願うようにすれば、自動的に平準化がなされるのです。 それで今後、いちばんの問題が何かというと、公金の活用です。これがいちばんの問題です。その次には人事措置です。この二つです。人事措置を自分の系列を中心として行い、民主主義とか何主義とか言って野党、与党に分かれたのです。ですから、国家の傷跡がどれほど大きいですか? これまで携わった仕事に熟達した人たちが、負けて流れていってしまうのです。そうでなければ、中間で負けてしまい、そこでそれ以上は上がっていけないのです。その場で回りながら下っていくのであり、上がることができません。ですから、政治がなくなります。管理体制となるのです。すべて管理するのです。お金を分配してうまくやるか否かを管理するのです。 ですから、いちばん初めには服も制度化させるのです。そして今後、物の良し悪しを何で区別するかというと八色で区別するのです。今も何か良い品物を買うには色を見るのです。どんな色かというのです。虹の色があるでしょう? 人は色をうまく合わせなければなりません。服もお金があるからと高級服を買って着ますが、色が合わなければめちゃくちゃです。そのような面から相当に発展しなければなりません。そうであるだけに今からそうした訓練がなされていなければなりません。 自分の家庭を中心として標準化してはいけません。その村ならば村の上・中・下を中心として、そこに合わせて暮らさなければなりません。そうして、一か月に一度ずつ私たちの上・中・下の生活基準がいくらであるとして、主生活費はいくらで、経費はいくらで、消耗費はいくらと、その基準を中心としてどこに何をして、どのようにしていくかという、自動的に会議の結果によって翌月はどのようにしていくかが定まれば、そこに合わせて暮らさなければなりません。 私たちの生活方法を保障するのはいつも法です。月給をいくらかもらえば、今月は何パーセントの人の金額がいくらだ、というようにです。上・中・下によって比例基準が異なるのです。それを鉄則として守るのです。それが間違えば、霊界の自分の生活に侵害を受けます。霊界がそのようになっています。 資本主義社会のようにお金を積み上げて、暮らすことはできません。私はお金を積み上げていません。今後、息子・娘と共に暮らしても息子・娘の村全体の平準基準が三人ならば、三人を基準として四人、五人になれば生活を比べた基準を自分たちが協力して付加しなければなりません。百世帯が住むならば、百世帯が分割して赤ちゃんの多い家を助けるのです。兄弟なので甥や姪のように考えなさいというのです。それで今後、村で結婚するのです。助けてあげた家、助けてあげた因縁に従って連結されることによって、平和の基盤がだんだん拡大されていくのです。 国家メシヤたちが一八○家庭ずつ祝福しましたが、皆どこに出してしまいましたか?皆、いますか、いませんか? どこかに引っ越せば報告させ、住まいに関する問題も管理しなければならないのです。こうして自分の一族を中心として会議して話を聞いて、一八○家庭をやった外部の人たちを集めて、劉氏ならば劉氏の家門の一八〇家庭と結んであげるのです。結んで一つにして、今後結婚させなければならないのです。村の中でいえば、李氏とか、金氏とか、朴氏とか皆、境界線があるでしょう? そのようにすることによって、境界線がすべてなくなるのです。 そして、これからは国際結婚しなければなりません。自分の何代かの後孫のうちに、数か国の人たちが入ってきて暮らすようになるのです。それで、村に世界各国、百八十か国の人たちが集まって暮らすのです。私たちはアベル的な国際結婚をした人であり、彼らはカイン的な国際結婚をした人です。国際結婚した人は寂しいのです。どこに行っても集まって住むのです。こうして保護して国際結婚した人のクラブが自国の人たちが集うクラブよりも大きくなると、その世界を包摂するのは問題ないのです。 先生の家庭も孫の時代には、国際結婚させなければなりません。三代目には国際結婚するのです。世界民族を編成する先祖たちです。そのような概念がなければ、世界人類が一つになりうる道がありません。先祖の心を持たなければなりません。先生の家庭の二代直系子女は国際結婚させることができません。そうすれば問題が生じるのです。 さあ、それでは行く道を先生に任せるのです。それ以外にもう一つ話すべきことは、皆さんが南北統一を四年間に成就できないときは問題が生じるのです。問題が生じるというのです。宿命的な課題をおいて、決定的な運命を打開すべき立場に立っているということを知らなければなりません。 それがもし、できないときは、どうなるかというのです。それで、このような準備をするのです。東西があります。平面に東西です。横的に一つになったのは民族的な基準ですが、縦的な基準で南北が一つになりえなければならないのです。二重民族です、二重民族! 韓国とウルグアイがそうです。 ウルグアイの国は地の果てにある国で、極です。そこに新聞社を設け、銀行も設け、ホテルも設け、教育機関である学校まで設けようとするのです。やったならば、すべてやったでしょう。 世の中の人たちは皆、百人いれば百人が後退して放棄するものと見ていたのです。先生は放棄しません。損しながらもやるのです。それがその国において、誰よりも信任できる一つの伝統になるのです。 今、大統領もそうであり、前職大統領の三人は完全にみ旨を中心として、全国民の教育を私に任せました。六十余名をやれば、統一するのは問題ないと言ったのです。その次に二百名? 二百名はいっぺんに呼んで三日だけすればすべて終わるのです。ALC(アメリカ指導者会議)教育をするのです。そのようにできる時が来ました。国を復帰するのは難しいことではありません。アメリカで実践しているのです。韓国も知っていますか? 日本も知っていますか? 帰っていってそのようにやるのです。本をもってそのままそのやり方でやるのです。 その次には大学に行かなければなりません。キャンパスに出入りする人たちを軍隊の訓練をするように、すべて思想武装をしてしまわなければならないのです。そうすれば、すべて終わるのです。どこに反対する人がいますか? 今や私に反対せよと言ってもできません。反対したとしても得することはありません。力で見ても、何で見ても世界的な版図を築きました。今、アメリカの国務部が私たちの本を学ぶのです。大会を開くと、国務部が私たちの下に来て学ぶようにと言います。 以前、アジアの言論人と西欧社会の言論人が集うといったとき、国務部が笑ったのです。レバレンド・ムーンは手しかないのに、誰を集めるのかというのです。自分たちがどんなに集めようとしてもできなかった人たちがすべて集まってきたので、私に大使館を連結させて働かせることができるように許可してくれと言ってきたのです。それで、それを連結しようと許しを得てそうしたのです。私たちの世界の人脈にかなわないのです。それを知っていますか? 彼らを教育さえしてみなさい。すべて終わるのです。 ですから、そのような教育をすることができる訓練がなされていなければなりません。これから皆さんが国際舞台に出て、生存基盤を築かなければならないのです。国家を越えて世界に連結させるという召命的な責任を完遂できるか否かという試みの過程に入っていくのです。公式的にやらなければならないのです。それが早道です。 皆さんが何かをするようになれば頭が複雑になるのです。単純化させなければなりません。それで原理講義も公式化するのです。単純でなければなりません。十人、百人が入ってきてもそれが良いのです。公式を崩してしまえば、ありとあらゆる立派な人たちが統一教会に入ってきても、すべてぼろ切れのようになるのです。自分が暮らしてきちんと定めておいてこそ、それを中心としてそこに補っていくのです。第一、第二、第三分野まで拡大して、それ以上は必要ありません。 教本を皆持っているでしょう? 皆にあげるように言いましたが、もらってきましたか? 英文になっていますが、英語の勉強をしなさい。それをすらすらと覚えれば、英語もすぐに学ぶのです。大したことはありません。英語は暗記する方法しかありません。 どのようにしようと言いましたか? 私がこれから祈祷しなければなりません。皆さんが四年間に南北統一に責任を持つかというのです。決定的に責任者だというのです。できないときには、民族をすべて追い払ってしまわなければなりません。放棄してしまわなければならないのです。大移動するのです。それで皆さんを収容できる済州島ほどの土地を買うのです。統一教会の信徒は、いくらでも食べて暮らし、押し込めば何でもすべてできるのです。 どのようにしますか? 私が先に海洋還元祈祷をしましたが、これから大陸還元祈祷をしてあげなければなりません。済州島に行って、海洋と大陸を結んであげる祈祷をしていかなければなりません。そうすれば、私の責任は終わるのです。皆さんに任せたので、やるならやり、やらないならやるなというのです。ウルグアイで現在、家を買って宮殿のように立派に建てておきました。皆さんは働くならば働き、やらなければやるなというのです。私は今そこに行って休むのです。皆さんに任せてもよいでしょう? 問題ないでしょう? 日本もそうです。日本はフィリピンに匹敵し、韓国はウルグアイに匹敵します。極と極を設けなければなりません。フィリピンが日本の占領地でした。そこはアメリカの領土でした。アメリカを料理するためには、フィリピンを前に立てなければなりません。日本の女性たちがフィリピンの女性たちを連れてアメリカに行って働ければ、通訳させて、とてもよいのです。妹のように従えることができるのです。 南北統一ができるように日本が助けなければなりません。日本人たちが財産を処分するか、何かを売るかして、三分の一を中心として、北朝鮮の人たちを食べさせることをやれば、統一は問題ありません。どのようにしますか? そのままあなたがたが、この四年間に南北統一に責任を持って、突き進むというならば、そのような祈祷をしなくてもかまいません。どうしますか? それを決定するのです。 万全の備え? 完全統一することが万全の備えです。それが万全であって、他に何がありますか? 第二の案として良いものがありますか? 韓国人にすがって泣きわめいて血筋が動き、骨がきしみうる、同化しうる環境が縦にも、横にもすべてありますが、異国の地に行けば問題が生じます。 それを決定しなければなりません。本当に国に責任を持つかというのです。責任を持てなければ、皆さんの親戚とか、何とかすべてが分かれて、ふろしきに荷物をまとめて私たちは離れていかなければなりません。だからといって悪くなるのではありません。南北が連結されて一つになるのです。横的に、水平に一つになるのが、縦的に一つになるのです。縦的というのは、立場が二つではありません。違います。横的には立場が同じでしょう? 縦的な立場に立って、同じ氏族を中心として、横的な面において板門店を中心として、横的に連結するのです。そうすれば、横的基準はすべて消化できるのです。それができずにいるので、縦的な面を中心として対峙しておいて、今やアメリカさえ一つにすればいいのです。アメリカさえ一つになれば、すべて一斉に解決されるのです。ですから、教育が残りました。それでソ連も教育するのです。中国とソ連に命じて北朝鮮に影響を及ぼそうとするのです。日本を通じても影響を及ぼさなければなりません。 早く決定するのです。それには、どうすればよいですか? 間違いなく責任を完遂しますか? それが何かというと、皆さんが責任を果たせなければ、皆さんをすべて置いて、先生の家庭だけ治めて、このみ旨を果たしていくのです。その国に行って教化させるのです。南北を旧教と新教を中心としてアジア大陸以上に一つにするのです。そこは資源があり、文化の面で基盤が整っています。移すことができるのです。アジアでイエス様を殺すことによって、西側にすべて行ったのと同じことです。 私がこの民族に対する責任を、それ以上にすべてやったのです。北朝鮮と韓国が私の言葉を聞けば、世界的な基準をかちっと移してあげるのです。いっぺんに世界基準に上がっていける道をすべて整備しておきました。 決定しなさい。それはどういうことかというと、皆さんが決定すれば、皆さんは仕事をして、私は南米に行って存分に暮らしてもいいのです。あなたがたを助けるお金をもって、そこで暮らせばいいのです。北朝鮮を助けて、あなたがたを助けることのできるお金を、韓国を助けることのできるお金をそこで使えば、韓国以上に一つにできます。 どうしますか? 責任を持ちますか? 責任を持てなければ、祈祷するのです。国家メシヤたちは、イエス様のように楽園で神様のみ旨が成就するときまで、待たなければならないというのです。それができなければ、再び世界が復帰されうる時を数千年でも待たなければならないのです。今、韓国で生まれる赤ちゃんたちは、先生の運勢に乗って立派な子が生まれます。最近、電子世界の先端を走るのも天の運勢によるものです。 私が韓国人に反対され、韓国のキリスト教に反対されたことを考えると、とてもむしずが走ります。今はなぜ私がこのようになったか分かりません。かわいそうだったのがさあーっと引いてしまいます。本当に私も不思議な人です。昔は朝鮮半島の故郷の山河を思うとほのぼのとしたものですが、今は次第にそれが薄れていきます。天が離れるのです。私が共産党を中心として何度ですか? 統班撃破を三回までやりました。三回までやっても失敗したら、それにすがることができますか? どう考えますか? それで、孫たちを国際結婚させて、孫の嫁や夫を立派に育てなければと考えるのです。韓国人よりはましでしょう。 ウルグアイの人たちは、ブラジル人とは結婚しません。また、アルゼンチンをばかにしています。それは教育を誤まったからです。信仰の伝統が立っていないのでそうです。私が連れて働かせれば、おじいさんとして若者たちが一生懸命に従わないことはありません。 私がそうする余力があるのです。畑を耕してもそうであり、船に乗ってもそうであり、穴を掘れと言っても、誰よりも早く掘るのです。肥料工場に行って三年間、肥料の山を掘ったのです。ですから、つるはしを扱うのも上手ですし、シャベルを扱うのも上手です。今でもそうです。私が食べて暮らすのは心配しません。どこに行っても何の仕事でもさっさっとこなすのであり、遅れを取らないのです。ですから、どこに行っても恐さを知らないのです。パンタナールに行ってアナコンダ(大蛇)の棲む園に行って暮らしても、私は生き残れると考えるのです。 皆さんが責任を果たせない日には、他の国に行くのです。すでに約束しておいて、できないときは、先生はふろしきを包んで、皆さんを置いて引っ越すのです。本来ならば先生の息子・娘を誰よりも愛すべきでしょう? それを歓迎する環境が、韓国になるのです。 神様がイスラエルを失ってしまわれた悲しみ、キリスト教を無にした悲しみ、私もそれを感じなければならないというのです。韓国を無にした悲しみ、それよりもみ旨をもっと愛する心があるので、悲しみを忘れて回れ右して、行かなければならないのです。 日本はフィリピンと一つにならなければなりません。韓国がやらなくても、やらなければなりません。日本が責任を果たせませんでした。アメリカを料理するには、日本人自体ではだめです。フィリピンを抱いて、フィリピン人を通じてやるのです。皆、英語ができるでしょう? 日本人は英語ができますか? 難しいでしょう。兄弟のように結んでカイン、アベルのように二つの国が協力しなければなりません。それで、アメリカとフィリピンを近づかせて、北朝鮮も包括してそのようにしなければならないのです。 どうですか? 皆さんが南北統一を受け持ちますか? 他の国を加えますか? 主導的な役割は皆さんが果たさなければなりません。それでは中心的な役割とは何ですか? 南北統一をして大統領も皆さんが立て、国会議員も皆さんが思いどおりにすることができなければなりません。それをやるために教育しなさいというのではないですか? 教育すればそれが可能なのです。間違いなく可能です。八〇パーセント以上です。あらん限りの精誠を尽くしてやりなさい。 先生は難しい環境において、これまでアメリカを中心として三十三年間、闘ってイエス様の三十三年を蕩減して、復活させるみ業を展開してきたのです。個人復活ではありません。宗教復活です。 皆さんは一生の間、責任を果たしたことが一度でもありますか? 先生が整えておいたその道の上に橋をかけて、機関車までつくり、レールの上を走る車に乗って回るだけだったでしょう。そうかといって、家庭といっても、天の前にささげることのできる家庭を持ちましたか? 家庭の垣根になれるのが氏族であり、氏族の垣根になるのは国ですが、氏族もなく、家庭もそのようになっていません。国の垣根も持ってこそ、安着できる環境になるのに、それもできないで何をしますか? 国家メシヤたちが来て何をしますか? 祖国光復をしてこそ、自分の妻と息子・娘を生かすことができるでしょう? 配置するとき、そのようになっているでしょう? できなければ、息子・娘に会えません。蕩減する前には、また繰り返さなければならないでしょう。それで再臨してすべて反対するようになれば、先生が繰り返すのと同じようにしなければなりません。公式がそうです。誰かを信じてはいけません。自分の責任があれば、自分がやらなければなりません。本部から助けが必要とか、どうこう言ってはいけません。 きょう、新しく任命した責任者たちは、棒を持つか、野球のバットを持つかして、殴ってでもてっぺんから統・班の責任者たちまで、教育を完了させなければなりません。ですから、挙国的な国民思想武装を行うのです。そして、今回、選択した責任者たちに絶対に従っていきなさい。年齢とか、先輩だとか、家庭の事情とか、すべて公認しません。この目的の達成のため、一人の責任者を絶対的に信奉して歩むことを命令するのです。 そして、日本はフィリピンを助けなさい。二つの国が兄弟にならなければならないのです。そうすればウルグアイは本流なのです。その代わりに皆さんが生命を懸けてやらなければなりません。 祝祷 愛するお父様、二〇〇〇年六月二十四日を中心として、韓国に来て南米と北米を連結させる海洋還元を決定した後、今や大陸の南端にある朝鮮半島に来て、アジア大陸を中心として全世界六大州を連結させうる大陸還元が可能になりました。海洋と大陸が創造理想のうちにつくられたあなたの本然の園にあったものが、海と陸地の還元を中心として、天地ご父母様の前に連結させたものを、今日、この時間を期して、真の父母の御名をもって全天地に宣布いたします。 霊界の祝福された全家庭と地上の祝福された家庭が、新しい神様の真の愛を中心とした血統的な基盤を通じた、一つの入籍の権限を地上に立て、南北統一の完成を一族の血統を中心として築かれた因縁を通じて、持続的な権限をもって、主体意識を持ってやらなければなりません。 真なる主体は、真なる対象圏を消化、完成させるという原理基準から見るとき、韓国の野党、与党を、すべての基準を一つにして、絶対ご父母様の愛の心情を抱いて、心情的に北朝鮮の地を消化して、残ることができるよう祝福してください。そうして、あなたが願われた祖国光復の恨を解かれ、神様の祖国としての千年万年、永遠なる地上に地上・天上天国の基本に据えてください。全宇宙の被造万物の解放とともに、その中に主人となった人間が地上地獄・天上地獄にあったのを開門して、地上・天上天国の一つの祝福された家庭として、神様が選択した勝利の家庭として、永遠なる自主的な心情一体圏を備えた、単一民族的な血統を備えた、天地父母の血族として立ててくださいませ。 そうして万国を統治できる統一の世界に前進するにあたり、体、心がともに衝突がなく、家庭の夫婦と父子関係、また兄弟の関係、一族の関係を越えて、一国を越えて、全世界が統一的な伝統をもって、神様が自主的な立場で個人から天宙全体まで、自由に往来することのできる自主的な愛の主権国家を完成なさってくださいませ。全天宙の解放とともに、万世の勝利の栄光を全宇宙の存在世界とともに受けられ、栄光の天国の生活を図ることのできるよう、祝福してくださることを切にお願いいたします。 今や真の父母は今日、この時間を期して海洋とともに陸地を還元して、創造理想の愛の心情を通じた血統的な因縁の本然的な還元を宣布いたしますので、あなたが自主的な立場で主人となられて、億千万世の権限を中心として全体・全般・全権・全能の行使を整えられ、愛の全主権国家、愛の全主人の保護を受ける万物世界となるよう、許諾してくださることを切にお願いするものでございます。 きょう、六月二十四日、この時間を期して、すべての全体が還元されたものをお返しいたしますので、真の父母の代わりに天上の創造主が受けられて、永遠に勝利の覇権をもって、一方通行により平準化された天地を備え、地上・天上天国に前進することを願いながら、真のご父母様の御名により新たに還元完成を宣布いたします! アーメン! アーメン! アーメン! み言 今や国を見いだしたことを知らなければなりません。そこに反するすべてのものは除去されるという信念を抱いて突き進めというのです。 第二次世界大戦直後に再臨主が、この地に来たとき、カトリックと新教が合わさり一つになっていたならば、祝福された彼らが先祖となって、自分の母、父を祝福してあげるのです。今やそうした時代に帰っていくのです。それで国際結婚も怨讐同士で行うのです。三六家庭も好まない者同士を組み合わせたのです。 今回、自分の道(県)に行けば道議員から訓読会をやるのです。そのようにやるからと反対する者はいません。「南北統一がこの方法以外にあるか調べてみなさい!」と言うのです。堂に入ってやるのです。自分の側にするには既成教会に行って訓読会をやるのです。そうすれば、自分の側がたくさんできるのです。生命を投げ出してやれば、できないことがないのです。人は冒険をしてこそ発展するのです。(二〇〇〇年六月二十四日、韓国国際研修院)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.16
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「世界児童平和美術大典」大会の辞2000年6月23日 ソウル市内のロッテワールド民俗博物館で国連NGO(非政府組織)の世界平和教育者国際連合(IAEWP)韓国支部などが主催する「世界児童平和美術大典」が開かれました。 真のお母様は、その場に名誉会長として出席され、IAEWPが制定したグランプリ平和賞を受賞されました。IAEWPは一九六七年に米国で設立され、一九七三年に国連NGOとなり、現在、全世界百か国以上に支部を置いています。 その授賞式に先立って行われた「韓国動乱五十周年写真展および世界児童平和美術大典」のパンフレットに掲載された真のお母様の大会の辞を翻訳したもの。 「韓国動乱五十周年写真展および世界児童平和美術大典」に参加してくださった内外の貴賓の皆様に心から感謝いたします。愛と平和の象徴である子供たちが平和統一を祈願して開かれる今回の美術大典は、いつにもまして貴重な意味を持ちます。 きらきらと輝く彼らの目を通して映し出された絵は、器量の面においては大人と差があるかもしれませんが、内容の面においては、むしろ分断の悲劇と平和にもとづく南北統一への熱望がよりいっそう真率に描かれています。 私は、夫である文鮮明総裁とともに、国内外の各分野において国際的な平和団体を設立し、生涯を南北統一と平和世界の実現のために努力してきました。地球上で唯一の分断国家として、南と北の統一は、単純に韓半島が一つになるということにとどまらず、共産主義と民主主義、唯物論と唯心論の葛藤が克服され、統一されるということを意味し、永遠の平和世界のモデルが誕生するということを意味するのです。 このような南北統一の成就のために何よりも重要なことは、真の愛の心とその実践です。このことだけが、さまざまな障壁を崩すことのできる土台となるからです。南と北の統一は、条件なく与えて、さらにまた与え、ために生きて、さらにまたために生きるという真なる愛の心があるときに可能なのです。 戦争と葛藤と暴力に染まった二十世紀を超えて、平和と和解と愛のあふれる二十一世紀を成し遂げるためには、わたしたち全員が子供のような純粋な愛の心で世の中を変えていかなければなりません。 わたしたちは、平和の秘訣を子供たちから見いだすことができます。子供の世界には闘争と分裂がありません。ただ平和と愛と純粋さがあるだけです。 それは、空のように明るく、海のように青い本性の願いどおりに生きるからです。子供たちのように真の愛を中心として生きていくとき、わたしたちの心と体が一つとなり、家庭の構成員が和睦し、国と国が和解し、地球村に人類大家族を実現した平和の世界が成し遂げられるでしょう。 この平和美術大典を通して、戦争の傷によって苦痛を受けるこの地の数多くの離散家族の痛みを慰労し、また祖国の統一を念願する情熱の炎を燃やす貴重な契機となることを願いながら大会の辞を締めくくりたいと思います。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.15
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【イエスの教え③】迫害される者は幸いです~2023/11/12 #ポッドキャスト #聖書 #信仰I am enough!平野耕一牧師のショートメッセージです。マタイによる福音書/ 05章 10~12節 義のために迫害されてきた人たちは、 さいわいである、 天国は彼らのものである。 わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。使徒行伝/ 07章 52節いったい、あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者が、ひとりでもいたか。彼らは正しいかたの来ることを予告した人たちを殺し、今やあなたがたは、その正しいかたを裏切る者、また殺す者となった。ガラテヤ人への手紙/ 05章 11節兄弟たちよ。わたしがもし今でも割礼を宣べ伝えていたら、どうして、いまなお迫害されるはずがあろうか。そうしていたら、十字架のつまずきは、なくなっているであろう。テモテへの第二の手紙/ 03章 12節いったい、キリスト・イエスにあって信心深く生きようとする者は、みな、迫害を受ける。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓ 全国弁連に牛耳られた岸田政権2023/11/13国際勝共連合(IFVOC)街頭演説 2023年11月10日街頭演説「このままでは日本は滅びる」からの抜粋です。
2023.11.13
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「海洋還元」宣布二〇〇〇年六月十七日、アメリカのアラスカ・コディアックにあるノースガーデンで真のご父母様は朴久培、尹キビョン、井上、神山氏など四名が参席した中で「海洋還元」を宣布なさった。 祝祷 愛するお父様! 今は海洋産業が定着できる時代となりました。すべてを成し遂げて、過ぎ去った日々を深く回想するものでございます。一九六三年から出発しました海洋事業が、今や世界的な版図を中心として、海洋圏の頂上の場をうかがうあらゆる準備をなし、過ぎし日を回想するとき、海を抱いて愛したその心を慰労できる子女たちがおらず、海の自然物を主人の立場で守ってあげる、そのような息子・娘がいませんでした。真の父母が現れてそのような事実を知り、その仕事を代わりにするために、五大洋を中心としてさまよった過去の歴史に思いをはせるのでございます。 その中にあって、天が万民の前に残す祝福の恵みのすべての礼物を、天の望みとともに、人類の望みとともに、真の父母の望みとともに一筋に連ねて、天の主人、地の主人、万民の主人として奉献できるその日を願って、これまで過ごしてきたすべてを今コディアックに来て……。 この地は歴史時代において、統一教会において忘れることのできない八定式を発表し、天父主義を宣布した所でございます。この日から世界の大変革をもたらした歴史的な起源を定めて、再び世界的な大混乱を収拾して海洋世界と陸地世界を連結させ、今や天の主人が海洋の主人を越えて、陸地の主人まで連結させられるようになりました。海と陸地がプラスとマイナスの相対圏を整えて、天に奉献できる摂理史的な宣布の内容と教えたすべての内容をもって、今やこの日を峠にして韓国の地に帰っていく道を残しております。 韓国の南北統一前進大会を中心として統一教会の全体食口は、国の主権が問題ではありません。サタン世界の与党、野党、南北のすべての主義が叫んで動くすべてのこと、欲望を通じて望んでいたすべてを踏み越え、ひたすら神様の心情的な願いを安着させ得る一日の基地を求めて喘ぎ、築きいく統一教会の群れをお父様、祝福してくださいませ。 この統一教会の国家メシヤたちは、長子権国家であるアメリカと一つになり、南北アメリカを連結させると同時に、世界の祖国光復とともに相対的な世界圏を築くため、四年間、韓国に配置され、その母と息子・娘は国家メシヤの基準を守ることとなりました。新しい体制に任命したすべては、一時のあなたの理想的な創造圏を望んだそのみ旨を終結させるための、最後の障壁を崩すためのものでございます。 このように配置して一心一体となり、あなたの心情が安着できる、本然のエデンの園に堕落のなかったアダム家庭が定着できるその日を抱くことにより、家庭を代表して氏族・民族・国家・世界・天宙を代表して愛の本宮であり、生命の本宮であり、血統の本宮であり、解放的な真の愛の基盤を無限なる世界に連結させ、祖国と全世界と天と地が真の父母の心情と一致して安着できる、全体定着の一日を発表するための南北の統一時代をもたらせるよう、許諾してくださるように願う心を抱いて、韓国を訪問いたします。 南北韓の首脳が発表した内容を中心として、世界がざわついておりますが、そのすべてを天の勝利の権限として、いかに結実させるかというのが、天のみ旨に対する統一教会の群れたちが行くべき道でございます。ですから、厳粛に真なる意味において、これを一つの最後の焦点として見つめながら、心と体の限りを尽くして、ここに天の心情を植えんと願う、解放的な祖国光復の日を与えてくださるよう願って歩まれる真の父母、天地父母の道の前に永遠なる勝利と平和と栄光と尊貴がともにあることを切にお願いいたします。 韓国において祖国光復という言葉、解放の地上天国という言葉を私たちが新しい挨拶の法として発表したこの時から、第四次アダム圏……、天の進む前途に障害物を除去して、天上世界と地上世界にふさがっていた壁をすべて取り壊してしまい、地獄解放圏までともに備えて、地上の中心に定着できる祖国光復とともに解放の天国、天上世界が完結することをお父様、切にお願い申し上げます。 さらには北側と南側のすべての海洋事業を連結させて、これをお父様の前に奉献するこの時間をお受けくださいませ。今や海洋とともに陸地を連結させうるときを持とうと願う韓国の首脳を抱いてくださるようお願いします。 生命が水と空気によって維持されるのを考えるとき、新しい水、新しい空気、新しい生命体を持った解放の愛と共に和合できる一体理想の、あなたが安着できる全体を代表した家庭、国家を代表した祖国光復の基盤を整えられますように。億千万世、解放の天国を感謝しうるその原理……、真のご父母様の、天地ご父母様の恨を越え、解放の国に向けた万国が一つの厳粛なる国連国家形態を備えるすべてのみ旨の前に一念を整え、全人類がその目的に協助するようにしてください。地上天国・天上天国の国民とその一族となり、万物となって、天の主権の前に恥じることなき主権と民と万物をあなたの愛全体における勝利権限のうちに捧げてきました天宙に、永遠無窮にすべての全体の標的となり、一つの目的的な結果の基盤となりうるよう、祝福してくださることを切にお願いいたします。今や残された道、あなたの願い、なされるみ業が、お父様の祖国光復のため、アメリカとソ連と中国を中心としてオセアニアまで一つにならなければなりません。これは歴史的にすべての天の責任を果たす真の父母の願いが成就されたのでございます。このすべての大会を準備するのが、日進月歩に勝利の天国を開門できる起源的な行事となるよう、許諾してくださるよう切にお願いいたします。 地上と天上が一致圏となり、地獄と天国が一つになりうる時代において、南北の良心的な人物たちが一つとなり、祖国光復の脈を立て、天の血統的な因縁を備えて、循環の法度に天地が調和し、万物と海洋の万物が一体となりますように。そうして、受難のお父様の心情的な起源と永遠に通じることのできる自由解放圏、地上天国理想の完成、愛の統治主権世界に億万世、億万世、億万世、継続できるよう、祝福完成してくださることを切にお願いいたします。 この朝に、真の父母、天地父母、万物万象が注目する頂上において、このみ業をお父様の前に通告いたしますので、許諾されたみ旨と願いに一致されて、勝利と尊貴と栄光により、天の解放的な天上天国の愛の主権を備えるよう、許諾してくださることを切にお願いいたします。 この全体をお父様の前に通告いたします。天上の祝福された群れと地獄から解放された群れ、三十三名の彼らを中心として自分の分野の長として任命し、その世界を収拾して全権を抱いたイエス様を中心として、四大聖人と哲人、聖賢を中心として中間霊界、地獄まで収拾できる体系を完成することを通告するものでございます。ですから、このすべてが霊界から始まり地上世界に終着の起点として終えられるよう、全地上・天上世界の祝福された群れたちが一心一体となって、その目的に向かって前進、全宇宙解放圏を成就するよう許諾してくださいませ。そうして、天が永遠無窮に真の愛の主権の上に万世の主権権限を中心として、永遠に地上・天上天国勝利と栄光が溢れる世界に導いてくださることを切にお願いいたします。 この朝に、お父様の前に通告したことを記憶なさり、天上世界と地上世界に祝福の因縁を整えたすべての良心的な人物たちが、先祖や地上の祝福された家庭が一つになって、天上世界と神様の主権の権限を持って自由に現れうる全体・全般・全権・全能の世界に前進、前進、前進できる恵みを許諾してくださるようお願いしながら、真のご父母様の御名でこの朝に宣布いたします! アーメン! アーメン! アーメン! み言 今朝、先生が祈祷した内容を中心として「海洋還元宣布式」を行うのです。海洋世界の還元、帰っていくことを宣布するのです。このようにすることで、今や海上のすべての悪霊たちが、自分勝手に徘徊し、自分勝手に行動していた悪なる者たちがすべて除去されるのです。ですから、海でこれをなしたので、陸地と連結させなければなりません。 国連世界平和教育者国際連合(IAEWP)で、真の父母に賞を与えることにしました。国連五十五周年を記念した世界子供平和美術大典の授賞式とともに、韓国動乱から五十周年を記念するこの期間を中心として、国連の名前で賞を授かることに大きな意味があるのです。そうすることで、お母様を中心として四十万の子供たちに本立てを与えるのです。 今回、美術展を行ったのです。真の父母が子供たちとともに記念の表彰を受ければ、全世界の四十万の美術世界に関係している父母たちを連結できる一つの好ましい体制をつくることができます。このような重要な転換の時になると見通して歩む道であることを皆さんが記憶するように願います。 今からは私たちが魚を家で育てて送り出すのです。鶏を育てるのと同でように養殖して海に多くの種類の魚を送らなければならないのです。送ってあげて、愛してから捕って食べるのです。愛された万物は、主人の前に報いるために生命を生きた供え物として奉献するのです。それは万物が人間たちの前に食べ物を供給することなのです。それで今からは捕ることよりも、養ってから放さなければならないのです。 一九六〇年代には狩猟をして豚を捕まえたり、何かを捕まえたりして供え物としたのです。その次には海に出て、大きな魚から捕って……。今、私たちが海洋事業の分野で頂上の位置まで上がってきました。海のためになし、人類のために働いたすべてのことが、今や頂上の位置に上がってきたのです。 今やトップ・オーシャン号(Top Ocean)が、南極に行ってクリル海老を捕るのです。クリル海老は高機能タンパク質なので、万物を育てられる資源となるのです。小さいときからすべての動物たちを食べさせていける飼料になるのです。これは人類のための飼料です。万物のための飼料として私たちが供給していかなければなりません。それで、こうしたことを続けることで、海から人類の食糧問題を解決するのです。人類の食糧問題を解決する道は、この道しかないのです。 ですから、砂漠地帯までパイプを埋めて養殖場をつくることができるのです。私が何を言っているか分かるでしょう? アラスカにある石油をアメリカ本土まで数千万里を移送するのと同じように海水をどこにでも、また淡水をどこにでも移すことができるのです。淡水をそのようにするには、アマゾン河しかないのです。これを世界に送って砂漠地帯においても養殖を行うのです。魚を愛によって育てて食べて暮らすのです。 それと共に養殖場を砂漠につくれば、そこで水草をいくらでも育てることができるのです。今、陸地が次第に砂漠へと変化しているでしょう? その反対に人工的に養殖場を営み、それを中心として海洋の水草を育て、陸地の樹木とともに栄養素をいくらでもつくり出すことができると考えています。 私たちが養殖をやるのは、一つの分野だけに限りません。大砂漠ででも養殖ができます。食糧を無限につくり出すことができるのです。朴久堵がその責任者となっています。 海洋事業の最後の終着点を築くこと、コディアックと南極を連結しようというのが、夢のような話でしたが、今や実現しているのです。それで私がウルグアイに造船所をつくろうとしましたが、金クァンインが逃げてしまいました。造船所に関心ないでしょう? どうですか? 私たちは中間の造船所が必要です。韓国の金海にある造船所を私たちが買おうとしました。それが五万トン級です、五万トン級。それを買おうとしましたが、結局は二万トン級の造船所を買いました。 五万トンから十万トン級さえ越えたら……。それ以上の船はつくりません。中型船、五万トンから少しだけ大きくなれば七万トン、十万トンまで船をつくるのです。埠頭さえ一つつくれば、いくらでも拡大させられるのです。アルゼンチンに売るというのを私たちが交渉して……。アメリカがやったならば、本格的に建設したでしょう。今回、行ったら食口たちに連絡して調査するように言いなさい。 私が金クァンインに連絡します。現在、韓国から注文を受けたものを南米でつくることができます。私たちの造船所が今、二年以上の物量の注文を受けています。ですから、それを中心として包摂すれば……。大きな船をつくる時代は過ぎ去りました。今やそれは飽和状態です。日本とか、韓国とか、ドイツでそうした時代がすべて過ぎ去りました。大きな船はつくりません。中型の船をつくるのです。 中型の船をつくって今後、輸送船として使うのです。今後、ケミカルタンクやガスタンクをつくって原資材、化学原料とガスを世界に早く運搬しなければなりません。そうするには大きな船など必要ありません。五万トンから十万トン級が必要です。十万トン級以上は必要ないと見るのです。それを考えているので、売りに出ているなら、それを早く買えるよう交渉しなさい。 韓国に立ち寄って、私はすぐにアメリカを経て南米に行くでしょう。この期間にソ連と中国を中心とした大命アメリカで五十州を中心としたALC(アメリカ指導者会議)大会をやるのです。一万五千名の機関要員たちが教育を受けるので、完全に一つの方向に回っていくのです。こうなると、アメリカに来ている全世界の大使館と国連大使館の教育がすべて終わるのです。 そして、これまで私たちが世界的に訓読会をした要員たちを中心として、国家的な次元で束ねようとするのです。ですから、UPI通信が必要です。これまで私たちがサミットクラブ(世界平和頂上会議)とか、世界の人脈を組んだのを中心として、六大州のUPI、それから各国家のUPI代表を任命するのです。それで通信社を設けるのです。アメリカの通信社とイギリスの通信社、フランスの通信社がありますが、それが問題ではありません。 各国代表を中心として一方向に連結させて、私たちが今や国家を中心としてALC活動のような活動をすることで、完全に世界的な風土を造成して、言論を中心として……。三権分立が問題ではないのです。 大学連盟と言論界を中心として、その次に金融関係を中心として連結するのです。超宗教、超国家、超金融、これを中心としてその世界の重鎮たちをUPIの顧問団や理事にするのです。大統領を経験したこうした者たちは、年を取ってやることがないのです。言論界は死ぬまでやれるのです。ですから、六大州にそのような基盤を造成しようとするのです。 ソ連と中国がどんなに勢力基盤を持ったとしても、やられません。数干、数万の言論機関を中心としてそこに影響圏を持つときは、その方向性を中心として提示するとおりに動かなければなりません。ですから、各国家では大学連盟が国家の行く道を教育して、世界的な指導体制はUPIを中心として方向を整え、国連がここに協助できる国家形態を形成すれば、世界はそこですべて収拾されると考えます。 それで金融関係を一つにしなければなりません。フランスならばフランス自らの領土を中心としてドル圏と対峙して、スペインは自分の領土を中心として南米に力を往いで、アメリカと対峙しますが、それではいけません。その時代は過ぎ去ったのです。ですから、それを叩きつぶすには、私たちが何を持つべきかというと、海洋圏に対する基準を早く準備しなければなりません。 これまで造船所をやってきましたが、金クアンインがつぶしました。一興水産もなくなりませんでしたか? 韓国で一興水産の会社がなくなりませんでしたか? 一興という会社が問題ではありません。私たちは世界的な分野で委譲できるこの道を歩んでいかなければならないのです。 今から私は魚を捕って食べません。ですから、私が捕ったのは食べないのです。食べないで来ました。初めて捕ったものは生きた供え物として捧げるのです。死んだ供え物ではありません。今や生きた供え物として捧げなければなりません。一九六〇年代には捕って供え物として捧げましたが、これまでは捕るために供え物を捧げましたが、今は生かしてあげなければなりません。海から育てて、養殖して放してやらなければなりません。 動物も絶滅させてはいけません。すべて私たちが育てて放してやらなければならないのです。このような動物園をつくるのです。展示する動物園であると同時に、生産する動物園をつくらなければならないのです。 南米のアマゾン河地域とか、パンタナール地域には三千六百万種の昆虫がいます。昆虫も保護しなければならないのです。植物とか動物たちの餌なのです。これを保護して育てなければなりません。世界に種がなくならないように、保護しなければならないのです。 パンタナールには三千六百種類の魚がいます。この三千六百種の魚を中心として魚場を造成すると考えてみなさい。小さなものを育てるには、ビルを建てて一か所で管理しなければなりません。すべて平面的に管理できません。ビルを建てて管理しますが、温度を調節して人工的に熱帯地方、寒帯地方をつくりだすのです。 それを他の所でやるのではありません。パラグアイ地域を中心としてそのようなことをやるのです。それで植物と動物の種が絶滅しないよう保護しなければなりません。水草も保護するのです。自然公園地域のような地域をつくらなければならないのです。 飼料としてクリル海老以上のものはありません。アマゾン河で育つ昆虫がどれほど多いですか?海水と淡水の間で育つのです。虫たちも大量に育てようというのです。それがすべて餌になるのです。魚の餌です。草と他の魚を食べさせるよりも昆虫を食べさせて育てるのです。 神はいないと否定する無神論の共産主義は永続できません。神がいるという主義は、永遠に続くことができるのです。神がいないという論理は永遠に続きません。 科学の世界でも、弁証法の論理とか進化論は過ぎ去った歴史の遺物として残されたのです。科学的に神様がおられることを実証できる時代になったので、唯神論の世界に越えていってこそ平和の世界が訪れるのです。 平和の道は二つにはなりえません。一つでなければならないのです。一つにするのは統一教会しかできないので、統一教会は今や名実共に世界の一つの道であり、また霊界の解放圏を備えたので、神様解放の道になりえます。理論的な記録としてすべて見せてあげられる、誰でも認定できる時代圏内に来たので、世界は私たちの時代へと向かうのです。 朴久培がその中で海洋事業について養殖を出発するというのは良いことです。産業の復興と食糧に扶助できるこの道を行くのに、スタートが良いのです。クリル海老を中心として始めるのです。クリル海老が餌としてどれほど良いでしょうか? 無尽蔵なのです。それを売る必要がないのです。魚をもっとたくさん育てて食糧を補強しようというのです。 それで先生の考えは何ですか? ゴビ砂漠や、アメリカなど、大きな大陸には砂漠があるでしょう? その砂漠を開発するのです。潮水とか淡水を引っ張ってきて淡水魚、海水魚を育てるのです。海水をもっていくらでも養殖できるのです。こうしたことを見るとき、いくらでも養殖できるのです。海水がなくなりますか? 世界の砂漠地帯を養殖地帯に転換させるというが先生の考えです。 それで南極と北極を私たちが占めなければなりません。世界的な共同管理時代に向かえば、いかに管理するかというのです。それを保護して、管理できる国民がいません。自国の一か国の利益のために進むので、北極と南極の原資材がすべて飛んでしまうのです。共同管理できる一つの世界のため、貯蔵された産業復興のための原資材とは考えないのです。それを元返して管理して新時代の一つの資源地帯として活用しなければならないのです。 北極をどうするかという話をしたでしょう? 港を造成しなければなりません、港。船が寄港できる港を造成して、造船所をつくろうというのです。アメリカが先導的な立場にあるので、それをやるのに問題はないのです。 真の父母が死海を中心として海洋を踏査したのです。たくさん損害も被りましたが、人類の幸福に向けたその基地を連結させるため、そのようなことをしたのです。 これからパクー(Pacu)を養殖するのです。朴久培がパクーに似ているので、パクーについて関心を持つのは良いことです。私がここに来て知ったことは何かというと、ブラックフィッシュです。ニューヨークの沿岸にブラックフィッシュがいます。噛みつきさえすれば隠れるのです。そのブラックフィッシュに関心があります。ブラックフィッシュは日光を好むというよりは、日光を避けると見るべきです。陰鬱なるところに集まって棲みます。 砂漠に養殖場をつくるという試みは、たぶん私が初めてでしょう。陸地で養殖するのが収入は良いのです。飼料としてクリル海老を捕って、海の草と陸地の植物を混ぜて粉にして、化学食糧もつくり、化学飼料もつくるのです。飼料はいくらでもつくることができるのです。廃棄物を利用しても飼料をつくれます。木の腐ったのもあるでしょう? すべて飼料にすることができるのです。(二〇〇〇年六月十七日、アラスカ・コディアック)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.12
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韓国超有名作家キム・ホギョン氏の統一教教祖(文鮮明総裁)に対する証言https://www.youtube.com/watch?v=r7uYWqp7L882023/06/14改めてリンクを下記に入れておきますので、関心のある方はお読みください。<新刊掘出し閲覧>文鮮明評伝ーー人類を愛した平和の聖者[Book] 文鮮明評伝―― 人類を愛した平和の聖者https://search.shopping.naver.com/book/catalog/32503845625<本の紹介>文鮮明、彼は誰なのか?時代の異端児であるかそれとも人類を愛した平和の聖者か?極と極の称賛と非難を一身に受ける世界人物、文鮮明、果たして人間としての彼の人生はどうだったの?- 最初に出版された文鮮明一代記 統一教会(世界平和統一家庭連合)教主文鮮明が2012年9月に聖和(他界)してから満3年が経った。生前の文鮮明の評価は両極端だった。これは韓国だけではなく、統一教が旺盛な活動をしている日本、米国、欧州、南米でも同じだ。文鮮明は1970年以降、日本の入国禁止令が下され、ヨーロッパの多くの国でも入国が禁止された。なぜ少なくない国で文鮮明の入国を禁止したか。 彼は生涯6回刑務所に収監されており、彼の言葉と言動はいつもマスコミの追跡対象となった。 6回の監獄生活にもかかわらず、彼はどのように企業、教育、芸術で驚異的な業績を遂げ、数多くの議論と非難にもかかわらず、光復後、韓国の新興宗教として初めて統一教を世界宗教に育てたのだろう? 文鮮明、その名前だけで - 彼の言葉のように - 世界はワイワイうるさくなる。なぜ、何が、どのような理由で、彼は常に議論の真ん中であったか彼のいくつかの言葉が彼をいんちき階層的に追い詰めて行き、彼のいくつかの教義が、キリスト教からの攻撃を受け、どのような行動が、1970年代以降、韓国と世界を騒がせたか。彼の名前を言う自体がなぜ冒涜とまで考えられているか統一教会に接したという理由だけで指弾を受ける理由は何ですか? この本は、1920年1月6日文鮮明の誕生から2012年9月3日に聖和(死去)するまで92年の間、彼が行なったすべてのもの、彼が主張していた教義、彼がしたスピーチ、彼が成し遂げた成果、彼が訪れたところ、彼は作った機関や団体、組織などを網羅して、取材して、探検し、綿密に分析した最初の本である。主観的立場と教義を徹底的に排撃しながら客観的資料で彼の行なったスピーチ、行動に基づいて、果たして文鮮明は、韓国と世界にどのような影響を及ぼしたかを綿密に探検した。<続きはリンク先にて>
2023.11.12
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Web説教「消えることのない信仰の火 ~悪に対する敵愾心~」2023/11/10 #世界平和統一家庭連合 #Web教会 #礼拝家庭連合Web教会 礼拝説教題目:「消えることのない信仰の火 ~悪に対する敵愾心~」説教者:柴沼邦彦ノアやアブラハム、モーセなど、信仰の基台のある人は、悪に対する強い違和感を持っていました。悪や罪に対して、絶対それを許してはいけないという敵愾心を持たなければ神の人とは言えません。許しは、やった行いをただ許してあげるのではなく、罪を犯した人が悔い改めた時に七たびの七十倍までも許すのが真の愛です。罪に対する敵愾心が無く許したならば、神無きヒューマニズムになってしまいます。今回は、罪に対する敵愾心を持つことについて、イエス様や真の父母様のみ言から考えていきましょう。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.11
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第38回「真の万物の日」記念礼拝の御言成約八年 2000年6月2日(陰暦5月1日)ニューヨーク市 きょうは何の日ですか? (「『真の万物の日』です」)。きょうは「真の万物の日」ですが、何の日から始まりましたか? 「真の父母の日」です。「真の神の日」を立てる前に、「真の父母の日」と「真の子女の日」と「真の万物の日」を立てることによって「真の神の日」が始まるということを知らなければならないのです。 「真」という言葉をつけたのですが、そのような意義があるということを知らなければなりません。「真の万物の日」です。「真の父母の日」と「真の子女の日」と「真の万物の日」を持つことができるようになったので「真の神の日」が始まりました。「真の神の日」が立てられるまで、小さいところからずっと千年まで発展してきたのが蕩減復帰の路程であり、創造理想完成の路程なのです。 いちばん下は何かというと、万物です。「真の父母の日」、「真の子女の日」、「真の万物の日」です。すべてここに帰らなければなりません。帰ろうとすれば、神様を解放しなければならないのです。神様を解放するにおいては、人間から上がっていくのですが、「真の万物の日」の前に「真の子女の日」があり、「真の子女の日」の前に「真の父母の日」があり、「真の父母の日」の前に「真の神の日」があります。 平面的な万物の日が出てきたというのです。万物を食べて暮らすすべての人が真の人になれるのではありません。それは、真の父母の教育を受け、真の父母の道に従っていくことによって真の人となり、真の夫婦として一つになり、真の天の国を解放しなければなりません。 そのようにして摂理の歴史は始まり、すべての正道を通過するのです。ただ一つ残るものは、神様の愛と神様の生命を中心とした血統と家庭と世界です。神様の恨は何かというと、真の愛の血統によってつづられた家庭と氏族、民族、国家を中心として世界を一つにし、天上世界と一つになり、天上世界の自由奔放な解放圏と地上世界の自由奔放な解放圏を成し遂げようとしたことであり、それが堕落以降の救援摂理史における全体目的であったのです。アーメン。(「アーメン」) それで、きょうが何の日なのですか? (「『真の万物の日』です」)。きょうは、どのような話をしてあげればよいでしょうか?。どのような話ですか? 皆さんのことに関する話をしてあげればよいでしょうか、万物に関する話をすればよいでしょうか、人に関する話をすればよいでしょうか、真の父母に関する話をすればよいでしょうか、神様に関する話をすればよいでしょうか? もし万物と真の父母と人間が一つになったとき、その全体が掲げるあるものを、自らの代身として自分のもののように愛すれば、全体を愛したという条件になるということを知らなければなりません。 ですから、蕩減条件が必要なのです。蕩減条件です。全体を代表し、過去、現在、未来を代表します。個人時代、家庭時代、氏族時代、民族時代、国家時代、世界時代、いかなる時代を横的に代表するとしても、その条件を立てるにおいて、夜も昼も、過去や現在や未来においても変わらない内的なものが、神様の救援摂理史上に現れた蕩減条件であるというのです。条件的な表示物が重要であるということを皆さんは知らなければなりません。分かりますか? きょう皆さんと「これを(チョークを持って話される)持つ人には天下を上げる」という約束をしてから、これを放り投げ、ある人が足を先に出してからこれを左手で間違いなくつかんだならば、これを持った人に天下を渡さなければならないでしょうか、渡してはならないでしょうか? (「渡さなければなりません」)。渡してあげなければなりません。 さあ、それでは、きょうはどのような話をしましょうか?。いちばん良い話や悪い話をしますか、悪い話、良い話をしましょうか?。統一教会の教会員は、このような集会のときには必ずイヤホンを持ってこなければなりません。 一か所で日本語、韓国語、また世界各国の言葉でそれぞれの国の人々に話をして皆が理解できるようにしなければならないのです。そのようなことをジャルジン修練所で訓練しているのですが、イヤホンを持ち歩いていますか、持ち歩いていませんか? 日本のメンバーでイヤホンを持っている人、手を挙げてください。アメリカのメンバーでイヤホンを持っている人、手を挙げてみてください。一人もいませんね。ただが好きな西洋のメンバー、いつも持ち歩きなさい。分かりましたか? (「はい」)。それをいつも準備しなければなりません。ドイツ人が十人来て、韓国語が分からなければ強くけ飛ばしてしまうのです。 このような日には、ここで必ず韓国語で話すようになっています。先生は、韓国語で話すようになっているのです。英語や日本語が分かっても、それらの言語で話すようにはなっていないというのが原則なので、話を理解できるように韓国語を分かる人が英語や日本語に通訳してあげなければなりません。橋を架けざるをえないのです。他の国の言葉を話す人のかわいそうな立場であるということを知らなければなりません。ノーメンですか、アーメンですか? (「アーメン」)。ノーメンは、KNOWでもよいです。NOではありません。 さあ、良い話からしましょうか、悪い話からしましょうか?。悪い話からしましょうか、良い話からしましょうか?。どちらですか?。選択したとおりに……。(「悪い話からしてください」)。なぜ悪い話からするのですか?。きょうは良い日ではないですか? 見てください。良いものでも良く、悪いものでも良いというならば、本当に良いでしょう?。皆さん、見てください。手をこのようにしてください。いちばん長い指はどれですか? (左右の手の中指を立てて、合わせながら)やってみてください。両手でこのようにしてみてください。 大きいもの(左右の中指)同士、左手と右手の両手でこのようにすれば、どのようにしたいですか?。どちらが長いのか、二つともぴったりと同じものを合わせてみたいでしょう?。大きいですか、小さいですか、ぴったり同じですか? (左右の中指を前後に動かしながら)このように比べてみても、このように比べてみても同じでなければならないというのです。 男性と女性では、男性が大きいですか、女性が大きいですか? (「男性が大きいです」)。男性と女性は、何を中心として同じなのですか?。愛を中心として同じなのです。男性と女性は、何を合わせるのですか?。真ん中を合わせます。真ん中です。 この宇宙の中心になることができ、最も高い所から最も低い所にまで通じることができるので、それを合わせるのです。それが真の愛であるというのです。男性と女性が同じであるためには、真の愛を中心として高低がない一つの体にならなければなりません。アーメンです。分かりますか? (「はい」) (中指を指しながら)これは何番目ですか?。これは良いところです。(親指から数えて)一、二、三番目で、良いところです。(小指から数えて)一、二、三、すべて良いのです。この二つが一つになってこそ……。(片方の手の五本の指先をつけて)このようにつかむとき、皆さんの手の親指がどこにつくかというと、これ(中指)と比例します。 一度やってみてください。(中指と親指の先をつけながら)このようにしてみてください。このようにするのです。(五本の指先をつけながら)これ(親指)は、どの指にでもついてまわります。(四本の指が親指の)囲いになるのです。これ(中指)が男性、これ(薬指)が女性です。それから、(人さし指と小指が)息子・娘であり、(親指が)神様です。このように、このすべての宇宙がぴたっと四位基台になるのです。 合っていますか? (五本の指をつけられながら)これがぴたっと四位基台です。ですから、これ(中指)を中心としてこれ(薬指)も喜び、これ(小指)も喜ぶのです。良い話でも喜び、悪い話でも喜ぶということです。中心さえ立っていれば、真の愛さえあれば、悪口を言っても喜び、褒めても喜ぶのです。アー (「メン」)。(笑い) ですから見てください。(親指から数えて)一、二、三、三数です。(小指から数えて)一、二、三。三です。(親指から数えて)一、二、三、四、五、(小指から戻って)六、七、八(中指に戻る)。三・八。三八度線は宇宙的な壁です。 心と体の三八度線、夫婦の三八度線、父子の三八度線、家庭と氏族の三八度線、氏族と民族の三八度線、国家間の三八度線、天地の三八度線、すべて三八度線が問題なのです。それゆえに、韓国の三八度線が撤廃される日には、それらのすべてが撤廃されるのです。 これを見てください。赤ん坊が腹中にいるとき、手をどのようにしていますか? (親指を外に出して手を握られながら)このようにしていますか、(親指を中に入れて手を握られながら)このようにしていますか? (親指を出して)このようにすれば、つめが引っかかります。何に引っかかるのですか?。子宮です。ぴたっと(親指を中に入れて)このようにすれば、引っかかるところがありません。 ですから、腹中でこのように(親指を中に入れて)手を握っているのではないですか? (親指を外に出しながら)このように握っているのはばかだというのです。引っかいてしまいます。ですから、しっかりとこのように(親指を中に入れて)握るのです。 (親指を立てられながら)これは何ですか?。ナンバーワンです。ナンバーワンとは何ですか?。神様を象徴するのです。二性性相です。二性性相を中心として、一、二、三、春夏秋冬、十二か月がぴたっと神様を中心としているのです。男性性相、女性性相、二十四の節気です。四位基台を中心として二十四の節気が一つになるのです。 それゆえに、人間は、二十四の節気を守らなければなりません。節気に従って自分が行うべき礼法を備えて生活することができなければなりません。法度に合わせなければならないのです。西洋は、このことを何も知りません。そのような意味において、東洋思想には偉大な内容があるということを、皆さんは知らなければならないのです。 これを見てください。(目を指されながら)これは神様でしょう?。人が行ったり来たりしながら、このように回るのは何によってですか?。これが回るときは、何によって回るのですか?。体がいくら大きくても、目によって回るのです。 この宇宙は、神様によって回るのです。これは何ですか? (おでこを指されて)これは霊界を表します。これ(おでこの下の顔の部分)は複雑な地上です。地上には耳もあり、すべてあるのです。この代表が鼻です。鼻で呼吸するのですか、鼻でご飯を食べるのですか?。鼻でご飯を食べるのですか、鼻で呼吸をするのですか? (「呼吸をします」) 呼吸をするのは、何を食べることですか?。空気を食べることです。口では何を食べるのですか?。見えるものを食べなければなりません。見えるものと見えないものを一緒に食べなければならないのです。口と空気の穴は通じていますか、通じていませんか?。これ(鼻)をふさいでも、「ふふふ」……。(口をふさいで鼻で呼吸をされる)しかし、ご飯を食べなければ死んでしまいます。ご飯が必要でしょう?。空気を食べることがより必要ですか、ご飯を食べることがより必要ですか?。 共産党は「ご飯だ」と言うのです。「ご飯によって生きる」と言っています。生きていくのに、空気がより必要ですか、ご飯がより必要ですか? (「空気です」)。わたしはご飯です。(「空気です」)。この者たち。ご飯です。(「空気です」)。そうです。空気がより必要なのです。 統一教会に入れば、四十日断食は普通に行います。四十日食べなくても生きていけますが、空気はどうですか?。十五分だけでも呼吸しなければ、二×七は十四で、十四分過ぎただけでも死んでしまいます。(鼻をふさぐジェスチャーをされる。笑い) ですから、生命がどこにかかっているのかといえば、ご飯にかかっているのではありません。見えない空気の世界に生命要素があります。それは、すべての骨と肉に育っていくことができるものなのですが、この体は、肉を維持する食物を食べているのです。分かりますか?。それで鼻は、次元の高いものを食べるのに必要なのです。 神様の生命は何かというと、愛です。神様は空気も吸います。それは霊界にもあります。しかし、神様にとって最も重要なものは何であるというのですか?。お金は必要ありません。お金はいくらでもつくることができます。神様は知識の王です。権力の王です。 地上では、大統領になると、お互いに死ぬか生きるかという、あらゆることをしていますが、それはすべて流れていってごみ箱に入っていく者たちです。しかし愛だけは、神様にとって絶対に必要なのです。そうですか、そうではないですか? (「そうです」)そのことをどうして知っているのですか?。愛が一番なのかどうか、どうして知っているのですか?。愛を行ってみれば分かるのです。分かりますか?。行わない人は、愛がご飯よりも劣り、空気よりも劣ると考えるのです。 しかし、愛の味を感じた人は、ご飯を食べることよりも、空気を食べることよりも、愛を食べるほうがもっと素晴らしい味があるというのです。どのようにして食べるのですか?。むしゃむしゃ。一度むしゃむしゃと言ってみてください。(口を開けてむしゃむしゃとする音を出される)では、愛を食べてみましたか? 男性と女性は、なぜ生まれたのですか?。男性はどうして男性として生まれ、女性はどうして女性として生まれたのですか? 「愛を食べるために生まれた」というのは合っていますか、そうではないですか? (「合っています」)。その愛を食べる食器はどこにありますか?。愛を食べることのできる食器はどこにあるのですか?。ご飯のお皿がどこにあるのかというのです。どこにありますか?。わたしも知りません。学ぼうと思っているのです。愛を食べることのできるお皿がどこにあるのかと尋ねているではないですか?。この者たち。(「生殖器です」)。何ですか、生殖器ですか? 「生植器」と言えば、韓国語では「生きているものを植えておく皿」という意味もあるのです。 それでは、その生殖器で何を食べるのですか? (「愛です」)。何ですか?。愛を食べるのですか?。愛を食べるのを見ましたか?。見てはいませんが、味を知っているのです。 本物の男性となり、本物の女性となり、そのふたりが夫婦になれば、生殖器を通して愛を食べる味が分かりますか、分かりませんか?。郭クァク錠煥氏。(「分かります」)。梁昌植シク氏。(「分かります」)それから、この優秀だという人、分かりますか、分かりませんか? (「分かります」)。どうして分かるのですか? (「食べてみました」)。食べてみてどうでしたか? (「おいしかったです」)。味がどうなのかと聞いているではないですか? (笑い)(「言葉では言えません」) 五官がストップして、死んだ人が口を開いて笑っているように寝入ってしまうのです。愛の味がそうなのです。いろいろな悪口を言い合いながら死ぬか生きるかというほど、めちゃくちゃにけんかをしても、愛を味わえば、すべてが溶けて、愛に酔い、「夜よ、早く来い、早く来い。昼よ、早く来るな」と、あらゆることをしても幸せだというのです。(笑い)なぜ笑うのですか? 「統一教会の教主であるという人が、あのような話ができるのか?。やあ、まったくあのようにして教主の役目ができるのならば、わたしもなってみよう」と思う人がたくさんいるでしょう。しかし、味が違います。他の人の味と、わたしが教えてあげた味とは違うのです。それゆえに、統一教会の人々が愛の味を知ってみると、文先生が教えてくれるものがいちばん良いので、その先生に従わざるをえません。それが何のことか、わたしには分かりません。 先生が好きですか? (「はい」)。(拍手)じっとしていてください。夫婦で座っているときに、自分の夫や妻よりも先生がもっと好きなのかと尋ねれば、その夫や妻に失礼ですか、失礼の反対の得礼ですか? (笑い)ですから、それよりももっと良い「父」というものをつけたのです。分かりますか? 「父」とは、幼いときから愛の味を教えてくれたかたであり、母もそのようなかたです。 父と母の懐に入っていって愛を受けるときには……。母親の懐に抱かれてオッパイを飲むとき、左のオッパイを飲んでいる赤ん坊が「お父さんが来て、右のオッパイを飲むのを見たい。触りたい……」と思いながら、お父さんが来ることを願うでしょうか、願わないでしょうか? 郭錠煥氏。きょうは良い日なので、良い話を尋ねているではないですか? (「考えれば結論が出ると思います」)。考えなければならないということは、愛の味を知らないという話でしょう。 自分が左のオッパイを飲んで母親が胸を出しているのに、お父さんが右のオッパイを飲んだからといって赤ん坊が足でけ飛ばし、顔をがりがり引っかいたりするでしょうか、顔をさわって……。(「喜びます」)。喜ぶのなら、「喜ぶ」と言わなければならないでしょう?。そのような説明をしなければ分からないほど鈍いので、「天国に行きなさい」といってもびりに近いということを知らなければなりません。(笑い)分かりますか? 夫婦で赤ん坊を生んで、右のオッパイを飲ませるとき、その息子は、お父さんがお母さんの左のオッパイを飲んでくれたらよいという思いがないことはないということを知らなければなりません。そのようにすれば、お母さんと子供とお父さんと一つになっていますか、なっていませんか? (「なっています」)。何を中心としてですか?。お母さんを中心としてです。だれか、そのような家庭がありますか?。そのような家庭があるのかと聞いているではないですか?。なければ偽物です。 「お母さん、赤ん坊がオッパイを飲む?」と夫が言えば、妻は「どうしたのですか?」と尋ねてきます。そして夫が「分かっているでしょう。赤ん坊が飲みたがっているよ」と言い、妻が「そうですか」と答えれば、統一教会の教会員たちは、赤ん坊よりも先に胸に飛びついていって……。赤ん坊も、オッパイを飲もうとすれば、口が渇くではないですか。 ぱっとくわえてぬらしてあげて、自分が教えてあげると言いながら、ちゅうちゅうとすれば、それは失礼ですか、有礼ですか?。そのようにしたからといってお母さんが夫を足でけ飛ばすでしょうか、歓迎するでしょうか?。アメリカの女性たち、どうですか?。アメリカのお母さんたち、どうですか? 妻と夫が、「お父さん」、「どうした」、「赤ん坊にオッパイを飲ませましょうか」という、やりとりをするようになるのです。「口が渇き、乳首が乾いているので、うまく飲めるようにしてください」ということです。そうして、ちゅうちゅうと吸ってあげれば、それを見て赤ん坊がオッパイを飲むことを学ぶのです。それをお母さんが見詰めるとき、不幸でしょうか? (赤ん坊がオッパイを飲むのをまねされる) 両手でお父さんとお母さんを抱いて……。それで寝転がってもよいのです。赤ん坊を抱いて愛するようにです。分かりますか?。お父さんとお母さんがこのように暮らしていたということを子供に教えてあげてもよいのです。そのようにすれば、不幸な家庭になるでしょうか、幸福な家庭になるでしょうか? きょう、わたしは何の話をしているのでしょうか?。きょうは「真の万物の日」なのに。(笑い)このくらいで終えればよいでしょう?。終えればよいですか、やめればよいでしょう? (「NO」)。「ノー」はKNOWです。それも「ノー」です。ああ、これほど照れくさい話をしているのですが、いつまた聞けますか?。十年後、二十年後に統一教会を離れずにいれば、その話を聞くことができるのであり、その前に離れれば聞くことはできないでしょう。 きょうは、「真の万物の日」です。「真の万物の日」を、真に分かりました。(板書される)韓国語は、本当に難しいのです。わたしはお母様に学んできました。真に分かりました。このように書かなければならないのです。お母様、ありがとう。真に分かりました。言ってみてください。(「真に分かりました」)。本当に分かりました。(「本当に分かりました」) 「本当」と「真」とは、どのように分かることですか?。真の味を知ったあとは、「本当に分かりました」と言うのです。愛が「真」であるならば、愛の味を知ってからは、「愛が本当に分かりました。愛が分かりました」と言うのです。「愛が本当に分かりました」と言わなければなりません。 全員、愛が本当に分かりましたか?。分かりましたか、分かりませんか?。この者たち。分からなければ、ろくでもない者たちでしょう。愛が本当に分かりましたか、分かりませんでしたか? 「フリーセックスが真の愛である」と言うことができますか? (「できません」) わたしは、のどがかれてつらいのです。今ではもう八十を超えました。語る時間を好むでしょうか、嫌うでしょうか?。八十になった老人は語る時間が長いことを願うでしょうか、短いことを願うでしょうか? 今まで先生が語ったものの中で、一時間、二時間、十時間とありますが、十六時間四十五分まで話したことがあります。ですから、通訳をしながら大便をもらし、小便をもらし、ありとあらゆるにおいをかぐ生活をしたのです。歴史が多いのです。 それはなぜですか?。数多くの群れを生かしてあげようとするからです。話は簡単です。真に分かりました。真の愛が本当に分かりました。本当に分かりました。そして、「気がついてみると、死にそうです」。そうすれば、それですべてです。 韓国人が、ときどき言うでしょう? 「ああ、うれしくて死にそうだ」と。何がうれしくて死ぬのですか?。愛の味がそのようであるというのです。ですから、韓国人の言葉を聞いてみると、「ああ、うれしくて死にそうだ」と言い、人に会えば「出会えたことがうれしくて死にそうだ」、「ああ、あなたの顔を見て、喜びで死にそうだ」と、すべて「死にそうだ」という言葉をつけるのです。奇妙でしょう? そのような民族は、良いものをうれしく思い、悪いものまでもうれしく思うことができ、内外共に身もだえしながら暮らしても「不幸だ」と思わずに幸福の道を開拓することのできる民族性があるのです。神様の心の中に記憶されうる民族とならざるをえないのです。ノーメン?。アーメン? (「アーメン」)。よく知っていますね。 それでは、郭クァク錠煥氏。尹貞恩さん(郭錠煥会長夫人)が好きで死にそうですか?。一度キスしてみてください。(笑い)してみてください。拍手してください。(歓声、拍手)そのようなキスを神様の前に行ってしなければならず、国の王の所に行ってしなければならず、祖父の前でもしなければならず、父の前でもしなければならず、自分の子女の前でもしなければなりません。そのようにして自由解放の時代が来るのです。 それでは、これから服を着て暮らさなければなりませんか、脱いで暮らさなければなりませんか?。実際に愛するときは、服を着て愛しますか、脱いで愛しますか?。わたしは分かりません。女性たち、夫と愛し合うとき、良い下着、ありとあらゆる色とりどりの布団をかぶって愛しますか、パンツまで脱いで愛しますか? (笑い)尋ねているのですから、笑わずに答えてください。 新郎の部屋に入っていくとき、たくさん服を着て入っていきますか、何かを履いて入っていきますか、かぶって入っていきますか、脱いで入っていきますか?。服だけ脱いで、このようにしていれば、どのようになるでしょうか? (笑い)解放です。夫婦関係は、男性と女性の生殖器を中心として、恥ずかしいことをすべて解放することができ、その主人を選択することが夫人であり、結婚式なのです。このことから知らなければなりません。 ですから、夫の前で胸を出して「吸ってください」と言うことは恥ずかしいことですか、誇らしいことですか?。おばさん、どちらですか?。アメリカの女性はよくするはずですが?。吸ってくれることを願っているというのです。夫の前で胸を出すことを妻は恥ずかしく思うでしょう?。郭錠煥氏? (「思いません」)。(笑い) この胸が踊らなければならないでしょうか、泣かなければならないでしょうか?。このことを知らなければなりません。胸が踊ります。胸が踊るので、胸とおしりが合うのです。前の山と後ろの山の二つがバランスを取るのです。(爆笑) おしりも踊ります。胸とおしりが踊れば、上には手がぶら下がっていて、下には足がぶら下がっているので、手と足が踊ります。このようなことをするのです。そのようにすれば、自分自体が思いどおりに解放されるのです。このようになるのです。(笑い) これは常識として知っておかなければなりません。自然の法則です。文総裁が特別な話をしているようですが、これは自然の道理なのです。愛の立ち居ふるまいの一つの象徴的な姿を語っているだけであって、心の世界では、それ以上に激しいことを願っています。祝福を受けた人、手を挙げてください。分かりましたか?。今からそのように暮らすのです。分かりましたね? さあ、女性たちも、百里の道、千里の道を汗をかきながら歩いてきて足が疲れたときに、「お父さん。わたしの足が痛くて死にそうなので、ちょっともんでください。靴下は履いていましたが、汗をかいたので、においがするかもしれません。においがしたらいけないのですが」と夫に言って、夫がにおいをかいだとすれば「この悪い夫」と思いますか、「良い夫だ」と思いますか?。良い夫であると思わなければなりません。 「そのようににおいをかいだのなら、それだけでなくこの足を一度なめてみてください」と妻が言ったとしても、夫が本当に妻を愛していれば、飛び出していくでしょうか、なめるでしょうか? 愛に汚いものがありますか、ありませんか?。皆さん、キスをしてから、鼻の穴まで鼻をすべて掃除してみましたか?。今から、それを全員しなさいというのです。(笑い)なぜ笑うのですか?。口からいちばん近いのに、鼻の穴も掃除すれば、どれほど気分が良いでしょうか?。そのような夫と暮らす女性は幸福ではないですか?。そうでしょう?。他のところに十回嫁に行ったとしても、夫の顔が醜くても、その夫のところに再び訪ねてくるというのです。 さあ、それでは、においのする足にキスしなさいと言えば、キスできますか?。アメリカの女性たち、できますか、できませんか?。赤い色ばかりを好むアメリカの女性たち、東洋の人が本当に愛する白、七種類の色が一つになった白を愛することを好む東洋の人。赤いものを好む西洋の人になりますか、白を愛する心を持った東洋の人になりますか? 良いものと悪いものの七種類の色を合わせた白い色を好きにならなければなりません。愛には色がありますか、ありませんか?。愛には色がありませんか、ありますか?。真の愛には色がありますか、ありませんか? (「ありません」)。どのような色ですか?。白です。白は降伏を意味します。 夫がここに墨を塗ったとしても、「お母さん、これが消えないので、舌で消してください」と言えば、消してくれるのです。先生のおしりがかゆくて、「ああ、かゆい。ここをちょっとかいてください」と言えば、かいてあげなければなりません。 女性が最も愛するものは何ですか?。男性のあれでしょう?。それのために生まれたのです。この者たち、なぜ変に思うのですか?。それが創造原理でしょう。わたしが作った話をしているのではありません。 神様が男性と女性を愛するときに、最も愛するのはどこですか?。それを愛するのです。絶対、唯一、不変、永遠な愛の起源を愛するときには、寝ていた神様も、夢を見ていた神様も、ぴくっと起き上がり、「わたしのものだ」と言って訪ねてこられるのです。分かりますか、分かりませんか?。理解したという人は手を挙げてください。理解したことはしたのですね。下ろしてください。そのように暮らさなければなりません。(「はい」) パンタナールに行けば、鳥が本当にたくさんいます。朝寝坊の鳥がいるはずです。メスは楽にしていて、オスが捕まえてくれる魚をもらって食べながら暮らし、オスは明け方から日が暮れるまで、急降下して魚を捕まえてメスを養うのですから、どれほどくたびれるでしょうか? くたびれて帰ってきて、妻が準備した食事を食べようとするとき、座ってこっくりこっくりと居眠りをすれば、「この悪い夫」と言ってけ飛ばさなければならないでしょうか、布団を敷いて愛して、食事は次の日の朝、食べるようにしなければならないでしょうか? 自分勝手に暮らしてはいけません。自分のために夫が疲れたのなら、それを慰労してあげて、新しい希望の朝の一日を迎えることができるようにしてあげなければならないのです。夫が困難な谷間にいればそこを満たしてあげ、自分に良いことがあれば、それを夫のために与えてあげなければなりません。水平にしなければならないのです。水はいつでも水平です。 水平にしてくれるのは水です。水は、どのような形態にでもなり、生命を永遠に養殖することのできる元素になっているということを知らなければなりません。水は、どのような形にでも合わせることができます。人の体の四分の三は水なのです。女性たちは、家庭における平和な水面のようにならなければなりません。 女性一人が過ることによって、すべて……。おじいさん、おばあさん、八代先祖、数百人がいたとしても、ぴったりと形を満たすことができるのは、女性が水のような……。 愛も水のように流れます。そのような水のように流れる愛の起源を養成するのが母親です。おなかから息子、娘を生んで愛で育てるのです。愛には形がありません。いつもお皿を充分に満たしてあげることのできる女性にならなければなりません。そのようにすることのできる家庭だけが幸福な天国の家庭を受け継いでいくことができるのです。アーメンですか、ノーメンですか? (「アーメン」)。アーメン、ノーメン? (「アーメン」)。わたしはノーメンです。(「アーメン」) さあ、それでは、「真に分かりました」と一度言ってみてください。(「真に分かりました」)。何を真に分かったのですか?。神様を真に分かったのですか、真の愛を真に分かったのですか?。どちらがより良いのですか?。神様を真に知ることが良いのですか、神様が分からなくても真の愛が分かることがより良いのですか? (「真の愛です」) 有名な画家が描いた傑作品があるとします。その傑作品を描いた画家のことは知らなくても、その絵が好きで毎日のように泣きわめき、「ああ、素晴らしい」と言いながら一週間、過ごしたとすれば、その傑作品をつくった主人はその絵をその人に上げたいと思うでしょうか、上げたいと思わないでしょうか?。世界のために生き、本当に自分の傑作品を愛する人に上げたいと思うでしょうか、上げたいと思わないでしょうか? (「上げたいと思います」) それは、神様も同じことです。宇宙をつくられた主人が神様ですが、その傑作品をあなたたちが愛し、その愛を千年万年と神様よりももっと愛すれば、神様ご自身が男性も女性も万物もすべてのものを皆さんに与えることができるという話が通じるということを理解しなければなりません。アーメンです。分かりますか? (「はい」) 神様は分からなくてもよいのです。神様は分からなくてもよいのですが、真の愛の味を知って死ぬほど愛し、その愛を世界的にまいていけば、神様が訪ねてこられて……。神様は種をつくるということを知りませんでした。「それを教えてあげましょう」と言って、神様がその種を持つようになるときに、男性と女性がそのように愛して種が生まれてこそ、その種を神様がさらに愛することができるのです。 ですから、愛する息子と娘が真なる男性と女性となり、だれよりも愛するようになれば、自分にあるすべての才能と主人の位置まで与えるということが起きるので、より愛する人、最も愛する人が全体の王となり、主人となることができ、相続権を持つことができるのです。アー 何ですか? (「メン」)。「アーメン」は「エイメン」です。ナンバーワン・メンのことです。アーメン。 さあ、それでは、神様が喜ぶなら一体どれほど喜ばれ、愛するならどれほど愛されるのかというのです。神様が本当に愛されるのならば、五官の中の耳が一つない四官だけの人に対して、五官の中のなくなった五分の一の分を減らして愛するでしょうか?。それとも、五分の一がないとしても同じように愛することこそ、真の愛でしょうか?。 「五分の一を減らした愛でしか愛せない」と言ってこそ、それが真の愛なのでしょうか? 「五分の一がなくなったとしても、百パーセントのもののように愛することができる」というのが真の愛でしょうか?。 どちらが真の愛なのでしょうか?。目をすべて取ってしまったらどうですか?。目まで取ってしまったら、五分の二がなくなるのですが、五分の二に制限して愛するのが真の愛の主人であられる神様なのでしょうか?。五分の二がないとしても、そのことが「よりかわいそうだ」、「それよりももっと良い耳と目をつくってあげよう」という心を中心として、愛する心がさらに大きくなっていく主人になってこそ、真の愛の主人となるのでしょうか? どちらが主人になると思いますか?。後者ですか、前者ですか? (「後者です」)。そうです、後者です。知っていることは知っているのですね。愛するものが五分の五なくなったのを見るとき、「ああ」と言って、ごみ箱に投げ捨ててしまうでしょうか? かわいそうに思って五分の五を自分がもう一度つくってあげて、「あなたが本当に神様を愛することができ、天地に対して尊敬されることのできる道がある」という、その道を神様は選ばざるをえない、という結論を出さざるをえないのです。アーメン。(「アーメン」)。そして、そのような神様は、「怨讐を憎め」と言うことができるでしょうか、「怨讐も同じように愛しなさい」と言われるでしょうか? (「『同じように愛しなさい』と言われます」) きちんと答えが出ました。怨讐をも同じように愛さなければなりません。神様は、すべてを奪われてしまいました。神様はお一人です。宇宙のすべて、水の中にいるカニからすべての昆虫、最も小さい微生物から人間まで、すべてを奪われてしまったのです。すべてを奪われてしまいましたが、神様は、この奪われた世界を中心として、奪われる前に愛していた本来の心を失ってしまわれた神様になるでしょうか、「それよりももっと愛そう」という神様になりたいと思われるでしょうか? 「どちらになられたいだろうか?」という問題を尋ねれば、神様はどのように答えられるでしょうか?。すべてを失ってしまった空の位置において、「失ってしまった」と身もだえし、「わたしは死ぬ」と言って、世界をすべて壊してしまう神様になられるでしょうか?。すべてを失ってしまったとしても、すべてを失う前より以上の愛の心を育てていけるのかという問題に対して、どのように答えなければならないのかというのです。 石竣昊氏。(「はい。……」)。なぜ黙っているのですか?。答えなければならないでしょう。(「もっと愛さなければなりません」)。ええ、何ですか? (「もっと愛さなければなりません」)もう一度言ってみてください。もっと愛さなければなりません (「もっと愛さなければなりません」)。もっと愛さなければなりません。 さあ、サタンとはどのような者ですか?。愛の怨讐です。どのような愛の怨讐ですか?。神様は、この万宇宙を自分の代わりとして、愛するすべてのものをつくったのですが、それを一度に滅ぼしてしまいました。滅ぼしたのではなく、一度にすべて盗んでいったのです。 神様が空になりました。自分がつくって愛していたものや、昔のことを思い出しても、あまりのことに言葉も出ないのです。それらを見詰めながら希望を抱いていたのですが、それがどれほど真っ暗闇の天地となり、地獄のような世界になってしまったことでしょうか? サタンがすべて奪っていって暮らしているのをごらんになるとき、「こいつ、きょうからめちゃくちゃに雷に打たれろ」と考えられるでしょうか? 「おい、サタンよ。わたしの怨讐だが、愛することのできる限界線まで、わたしがすべての精誠を尽くして愛して満たせば、すべてをわたしに渡しなさい。おまえ以上の愛をわたしが教えてあげる」と考えられるというのです。 そのようにできるサタンならば、サタンにはなれません。そのようなサタンは、復帰されるのです。それは何のことか分かりますか?。すべてをサタンに渡して、それを神様が愛そうとするとき、どれほど憎らしく思われたでしょうか?。憎らしく思われたでしょうか、保護されたでしょうか?。尋ねているではないですか?。保護されたでしょうか、憎まれたでしょうか? (「保護されました」) なぜですか?。神様が憎めば、神様の威信を立てるときが永遠になくなります。憎めば、それで終わりです。審判したとすれば「すべてサタンのものになった」という結論になってしまいます。 どのように考えられたでしょうか? 「そこはサタン側だが、わたしが委託し、任せてあげただけである。わたしの時代、わたしが愛することのできる時代が残っている」と、愛する時代が残っていると思われたでしょうか、愛する時代はないと思われたでしょうか? 神様は、サタンよりも優れていなければならないでしょう?。サタンは、「神様が愛することのできる時代はない」と考えます。しかし神様は、怨讐の悪党に「おまえの愛以上の愛を願う相対がいれば、愛せないときが来るはずだから、そのときになればわたしがそれ以上に愛する道も教えてあげておまえに与えてあげる」と言われるのです。 神様ご自身が「所有しよう」と言われるのではありません。怨讐のサタン側の山であっても、自分の種を植え、リンゴや柿の木を植え、実を結んだものを中心として、その怨讐が取って食べながら喜び、売ってお金持ちになれば……。 人はそうなのです。恩恵を受ければ返さなければならないので、柿を売ったり、何かを売ったりして、秋が過ぎて利益が生じれば、何百分の一であったとしても返したいという思いを持つでしょうか、持たないでしょうか?。持つというのです。 最後はそのようにならざるをえないのです。神様を中心として変わらずに愛するときには、その愛に入っていって自分のすべての過去を夜寝るように洗い流すのです。そして、朝のように新しい太陽を吸収して歓喜の同参者となり、昔主人を悲しませた何百倍、何千倍も主人を歓迎してあげて孝子となり、忠臣となるというとき、神様も「わたしの心に似たな」と言われるのです。そこで、「わたしに似た」といって一緒に暮らすことのできる道がないことはないということを考えなければなりません。分かりますか? 天の国の最も良いものもすべてサタン世界に行ったのです。家庭の王は母親です。女王を奪っていきました。母である女王を奪っていったのです。女性たちをサタンがすべて奪っていきました。 そのようにして女性たちをじゅうりんするのがサタンです。夫の名によって愛するという条件を立てましたが、女性を売ってあらゆる道理に背く行動をし、女性の胸に釘をたくさん打ち込み、罪のふろしきにくるまって暮らしていながら恥ずかしさを知らないサタンの後継者がたくさんいるでしょう?。分かりますか?。たくさんいるのです。 そのような女性たちは、どのようにならなければなりませんか? 「このサタンめ。恨みを晴らさなければならない。男性という種は怨讐だ。切り捨ててしまわなければならない」と言うのです。そのようにすれば、女性たちは天国に入っていくことができますか? 「男性たちはすべてどろぼうであり、全員道理に背く者たちだ」と言って切り捨ててしまい、無視し、蔑視するならば、天国に入っていくことができるでしょうか? 天国は夫婦で入っていく所です。男性が滅んで、女性が天国に入っていくことができますか?。ヨルダン川を越えていく前にモーセがネボ山で死んだのと同じことです。嘆息して三度祈祷しても、神様が「だめだ」と言われました。天国に入っていくことはできません。 このことが分かったとき、女性は「ああ、この世の中で最も愚かな男性の中の愚かな怨讐の男性を、わたしが同じ愛で愛すれば、「最も高い愛を行った女性」という看板がつく」と考えるのです。そして、そのように生きてあの世に行き、天国の門に入るとき、「私は、怨讐である男性たちを愛しましたが、天国に入っていこうとすれば、つえのような男性が必要なのに、その男性がいません」と言えば、神様が「おいおい、心配するな」と、すぐにりっぱな男性をつけてくださり、どのようにしてでも天国に送り出してあげることができるのです。 真の愛を持たなくては、天国に行くことはできません。真の愛の世界において、王になりたいですか、なりたくないですか?(親指を立てて右手を前に出されて)王になりたい人は皆、このようにしてください。真の愛の世界である天の国に行って王になりたい人は皆、このようにしてみてください。全員、なりたいのですね。お母様はしないのですか?。お母様。このようにしてみてください。(笑い) もう一度やってみてください。このようにしなければならないでしょう。神様のあごを支えるようにしなければなりません。全員なりたいでしょう?。そのようになれば、間違いなく一等賞を下さるはずですが、一万人が一等ならどのようになるでしょうか?。万等に分けることができますか? 一万人全員が一等であると言うとき、神様が賞を下さるでしょうか、下さらないでしょうか?。尋ねているではないですか?。下さるでしょうか、下さらないでしょうか? (「下さいます」)。同じだからです。ある人とある人を入れ替えても同じです。全員が同じなのです。どれを取っても一等であるというのです。 ですから、世界の女性たちがそのようにして一等になり、全員が王圏の立て札を掲げていれば、世界の愚かな男性たちは喜ぶでしょうか、幸福でしょうか?。最も幸福になることのできる男性は、どのような人でしょうか? 世界で一等の女性が、世界で一番のびりの男性を訪ねていって神様以上に愛そうというとき、神様が関心を持たれるのです。一等の女性が一等の男性を愛そうというのと、一等の女性が一番びりの男性を愛そうというのでは、どちらが神様の注目の対象になるでしょうか? びりですか、一等ですか?。びりですか、一等ですか? (「びりです」)。びり、言ってみてください。(「びり」)。びり (「びり」)。今、自分で答えましたか、先生が「言いなさい」と言ったので一緒に答えたのですか?。自分で答えたならば、その一等に先生がなれなくても自分がなることができるのです。「先生が一等になれなくても、その一等はわたしである」というようになります。ですから、そのような人は極から極までの愛を行ったので、天の国の博物館において、神様が愛される場に同参できるのです。 そのようになった人は、天の国に行って神様の玉座から遠い位置に座るのですか、近い位置に座るのですか?。わたしには分かりません。どちらですか? (「近い位置に座ります」)。本当ですか? (「はい」)。本当であると思う人は両手を挙げてみてください。おうおうおう。もう説教はすべて終わりました。(笑い)説教はすべて終わったというのです。 それでは、きょうは「真の万物の日」なのですが、この地上でだれがいちばん万物を愛しましたか? 「神様ではなく、わたしです」と言えるほど愛してみましたか?先生は、パンタナールに行って、夜も昼も、雨が降っても台風が吹いても、「神様は、わたしのように、このような万物を愛することはできなかっただろう」と神様と競争してみるのです。 最初は大きい動物を愛して「オーケー」です。それから手で地面を掘って虫の幼虫が出てくるのを見て、「神様がこのようなものを愛することができなかった」と考え、「この土地だけでなく、あの山の谷間、北極の雪の下に隠れている虫まで神様は愛することができなかったが、わたしは、それまで愛するので神様に負けない」と思いながら、愛し精誠を尽くしていくと、南米の濁水の天地にあらゆる動物が暮らしていたのです。 人間が捕まえて食べるので、人間を恐れます。ですから、隠れるのに良い所が濁水の天国です。パンタナールの水は濁水です。その濁水の中にあらゆる原初的な動物がすべてすんでいます。なぜですか? 人間たちは見つけさえすれば捕まえて食べます。捕まえて殺すというのです。ですから、見えない所にすみます。いくら泳いで入っていっても、水の中が見えなければ捕まえることはできません。十メートルどころか五メートル先も見えないので、捕まえることができないのです。ですから、地獄のような水の中に魚の群れがすんでいるのです。 この魚を神様が創造されたとき、澄んだ水に放してあげたでしょうか、濁った水に放してあげたでしょうか?。濁った水に放してあげたと思う人、手を挙げてください。その手を切ってしまいなさい。(笑い)そのように考える頭を切ってしまいなさい。そのように考える人は、一人もいないということです。 神聖で、とても美しい万物を神様が精誠を尽くしてつくられ、澄みきった泉の中に放ちたいと思われたものが、どうしてこのように濁った水で暮らしているのですか? 「地獄に行く人間たちがわたしたちを残さずに捕まえてしまい、価値も分かってくれず、怨讐に捕まえられて食べられるのよりももっと人間たちが恐ろしく、絶滅させようとするので、ここに来て隠れているのです」と言うのです。その答えは、正しいですか、正しくありませんか? 「おまえたち。真の父母は、この濁った水を澄んだ水にして、ここですんでいる魚がすべて絶滅しないように、澄んだ水、泉のような水であらゆる種類のものを育てて分配し、神様が理想としていた原初的な愛の解放された魚にしたい」と言うのが先生なのです。そのような心で、このアンデス山脈の谷間から流れてくるアマゾン川やパラグアイ川の水をきれいにして、全体を解放して魚が澄んだ水の中にすむことができるようにするのです。 そのような魚のように、行く道が分からずに地獄の天地に暮らす人間たちを解放するために、汚れた水を澄んだ水にして解放の王子となり、そのために人類が動員されてそのことを成せば、人類は自動的に解放され、明るい天国に入っていくのです。アーメン (「アーメン」) それゆえに、海を愛する文総裁になったのです。文総裁は滅びなければならない 「ノーメン」ですか、「アーメン」ですか? (「ノーメンです」)。「ノーメン」は「NO」でもよく、「KNOW」でもよいのです。どちらでもよいのです。 それでは、文総裁に従っていきますか、従いませんか? (「従っていきます」)。それでは、パンタナールの濁った水を飲みなさい。アメリカは今から、濁った水を飲みなさい。おいしい泉の水よりもさらにおいしく、湧き水でも何でも、ろ過器を……。長雨になって、豚のふん、何かのふんと、ふんの天国のように、ふんが混ざったものを薬であると思い、「おいしい」と言って飲めば、薬の中の薬になるのです。 信じて飲めば、病気が治るかもしれないでしょう。濁った水を飲み、濁水の中で体を洗い、魚以上に汚い水の天地で暮らしたとしても愛することのできる、主人の代わりになろうという人がいれば、文先生がそのようになろうと言えば、それを歓迎できる人はどのくらいいますか?。歓迎できるという人は、永遠に生きることができます。 では、「文総裁がしようと言うとおりに、パンタナールの水辺を湧き水のような澄んだ水にして、神様が澄んだ水にすむように魚を創造されたように、魚たちが神様の原初的な基準において解放的で統一的な群れとなるよう、神様の代わりに再創造の王になろう。アーメン」と言うことのできる人は手を挙げてみましょう。わわわ、わわわ、先生がするとおりに従っていきますか、従っていきませんか? さあ、海を愛しましょう。澄んだ海だけを愛する人、そのような人が、サタン世界を料理することができるでしょうか?。良い面が澄んだ水で、悪い面が濁った水とするならば、濁った水を嫌う統一教会の群れが、明るい世界をつくることができるでしょうか?。できますか、できませんか? (「できません」) 絶対にできます。(「できません」)。唯一的にできます。(「できません」)。不変的にできます。(「できません」)。永遠にできます。(「できません」)。神様の属性は絶対、唯一、不変、永遠です。 雨が降る日には、そこにどれほど……。泥と水でひどい状態ではないですか。一度滑れば、氷の路面よりひどいのです。足をこのようにしたとしても、地は粘土になって、いくつもの手錠をがちゃっとかけられたように自由に動けなくなります。じっとしていても、いくらでも滑っていってしまいます。 さあ、そのような統一教会の教会員を見れば、すべて……。統一教会の女性たちは、楽に暮らそうとして足が偏平足だと思います。偏平足では軍隊に入ることもできません。姜賢實シルさんは偏平足になりましたか、土踏まずがある足になりましたか?。ソ連に行ってきて、凍った路面を最頂上から平地まで押し出されてしまうのですか? 今回、百六十匹を釣りにいって、「ああ、わたしには死んでもできない」と報告していましたね。氷の世界でいつ女王になることができるのですか?。水を貯蔵することができてこそ、氷も溶けずに万年雪が残るのでしょう。 水が嫌いな人、手を挙げてください。水が嫌いな人、手を挙げてください。それでは、水が好きな人、手を挙げてください。知っていることは知っているのですね。(笑い) 「水が嫌いな人、手を挙げなさい」と言ったときには、悪口を言っても黙っていましたが、それでは水をどのくらい好きなのですか?。水が好きだというのならば、どのような水が好きなのかということが問題になります。 澄んだ水が好きですか、ふんの混ざったような水が好きですか?。水はすべて好きなのですか?。澄んだ水が好きですか、汚水が好きですか?。好きだといっても、いくつもの系統があるのです。三百六十度があるということを知らなければなりません。 それでは、先生が好きですか? (「はい」)。本当ですか? (「はい」)。皆さんは方向性が分かっていません。自分を中心として、自分の基準に合うものだけを好んでいます。先生が好むものをすべて好むのですか?。地獄までも天国にしようとしている先生を好きだというのですか? 「パンタナールに来なさい」と言っても、来る人は一人もいません。今回も、グロスターで海洋事業を始めました。四十年前、四十三年前です。そのようにしたので、その結末をつけるためにです。このニューヨークなど、魚がどのように暮らしているのかすべて調査したところです。 ヘーソン港、ニューヨーク港、ロングアイランド・サウンドなどで、海洋事業の出動を中心としてここにいる魚から大洋に広がっていく魚までをわたしが捕まえ、それを中心として神様の前に祭事をささげ、海洋の勝利の王子となって帰ってきて最後を締めくくってあげたのです。今回、帰ってきてそのことをしました。他の人がついてくるので、昔は眠らずに明け方二時にグロスターに出発しました。 そこで準備をしようとすれば、一時間以上かかります。準備に一時間かかるので、五時に行こうとすれば四時から準備をしなければならず、一時間半前に準備しなければならないときもあります。運動をして、祈祷もしなければならないでしょう? ですから、家で一緒に暮らす人の中でわたしを好む人は一人もいません。「ああ、いつまであのようにするのだろう?。早くやめればよい。続けようとするなら病気にかかればよい」と考える者たちがでてくるのです。 郭錠煥氏が近くにいれば、そのように考えたかもしれません。柳光烈ニョル氏は、本当にそのように考えたかもしれません。詩を書いて、筆をつかんでそのようにしていますが、何をしようというのですか? 「わたしが死ぬか、先生が死ぬか、二人のうち一人が死ななければならない」と、そのように考えているのではないですか? (笑い)それは、当たっているでしょう? 「ああ、あのような姿をいつまで見るのか?」と思っているというのです。そのような姿を見るのは皆好きではありません。 そのような姿を見るのを好まないということを知っていながら、わたしはなぜそのようにするのですか?。この地に教えてあげなければなりません。地に負債を負いました。主人に出会うことができなかったので、主人を教えてあげなければならないのです。水も主人に出会うことができなかったので、教えてあげなければなりません。 霊界に行った霊人たちも自分たちがしたことを好むのであって、先生がしたことを好まないのです。これを清算し、澄んだ水辺で、愛する園で遊んでいたアダムとエバの基準を復帰するという心情からそのことをしているのです。分かりますか? ですから、水というものは、濁水にも、汚水にも入っていって踏みしめていかなければなりません。(アメリカの女性が何か答える)ありがとう、アメリカの女性。そのようなときは早いのです。世の中の人と同じように出世しようというのですか?。分かりますか? 水をどのくらい愛していますか?。水を愛していますか、いませんか? (「愛しています」)。愛していなかったとしても、きょうは「百パーセント愛している」という仮説を定めてでも、そのようにしなければならないでしょう?。何パーセントですか? (「百パーセントです」)。仮説が本当になれば解放されるのです。 目も水が必要です。水が出るでしょう?。鼻も水が必要です。鼻が乾けば、鼻くそが乾くでしょう?。水分が必要なのです。口にも必要です。耳にも必要です。これを乾かしてみてください。耳かすで、耳がふさがってしまいます。いつも湿気がなければなりません。 水が必要なのです。自分の生命をもって生きていく生涯の路程は、水と調和を成しながら生きていくのです。そうですか、そうではないですか? (「そうです」)。わたしたちの体の四分の三は水です。肝臓の水が違い、胃の水が違い、大腸の水が違い、小腸の水が違います。すべてに水がありますか、ありませんか?。そこにある脂肪はすべて水です。脂肪の水分は六十パーセントであり、脂が四十パーセントです。脂だけではいけません。絶対に水が必要です。水、言ってみてください。(「水」) おなかがすいてご飯が食べたいと思うのと、のどが渇いて水が飲みたいと思うのでは、どちらがより切実ですか?。皆さん、「のどが渇いて死にそうだ」ということを、よく言うでしょう?。おなかが空いて死にそうでも、そのようなことは言いません。水から離れては生きていくことができないのです。 (服を指して)ここに水分がなければ、ぱさぱさになります。水が絶対に必要なのです。体の五臓六腑にある多くの種類の水を補充するのに、この地球上にあるあらゆる種類の水の要素を吸い込んで貯蔵して生きているのです。 それでは、神様の本性的なきれいな水を補給できる自らになっているのか、仮の水で補充できるのかというのです。長雨で濁った水になり、豚が流されていき、虎の子どもが死に、何かのふんや人が流されていった水、黄土が混ざった水、それらがすべて混ざっている水でしょうか? 神様をお迎えし、皆さんの中にある水をすべて搾っておささげすることができるでしょうか、めちゃくちゃになって肥料の山に持っていって捨てるものになっているでしょうか?ですから、ろ過器に何回くらい入っていけば神様をお迎えすることができますか? きのう、わたしはニューヨークの貿易センターの約二、三百メートル前で釣りをしました。(録音がしばらく途切れる)……それをそのまま流せば、その水はどのようになるでしょうか?。汚水になるでしょう?。これを、ろ過装置を通して水蒸気になるのにちょうどよいくらいの海水と差がない水になるので、魚が飲むのです。酸素補給、窒素補給、すべてのことを考慮しても分量が適切なので生きることができるのです。そうでしょう? 事実をみれば、トイレから出てきた、その水です。混ざっているでしょうか、混ざっていないでしょうか?。小便を上に浮くようにして、これをろ過装置にかけて澄んだ水をつくれば、それを飲んで病気になるでしょうか、死んでしまうでしょうか? 小便や大便を貯蔵していた水をこして澄んだ水をつくっても、魚も喜び、人間もそれを水道水として飲んで生きるのです。循環です。循環します。それゆえに、空気なら空気、窒素、酸素……。木が二酸化炭素や窒素を吸って酸素を吐き、循環しながらろ過したものを飲んで生きているのです。ですから、一人で生きるということは、罪悪の中の罪悪です。分かりますか? ですから循環するということです。そのような原則から、良い人とはどのような人ですか?。アメリカ人、ドイツ人、皆、怨讐です。日本人、アメリカ人、ドイツ人、韓国人は怨讐ですが、怨讐の国の人が皆、喜ぶように、ろ過器を通してこして、自分の父と母、自分の愛する人以上に愛すれば、神様の友達になることができるのです。 ろ過装置を通せば、だれでも飲むでしょう?。王でも飲むでしょう?。だれでも、上下高低を問わず、平均的に供給することができます。王も飲むことができ、使い走りも飲むことができ、同じ生命を維持し、この宇宙に堂々と存在の価値を維持するにおいて欠如しているものはないというのです。同じことです。 皆さんがろ過装置を通した水を、どのくらい取り入れて生きているのか考えてみましたか?。皆さんをそのままぎゅっと搾って水を出しておけば、だれが喜ぶでしょうか?。自分の愛する夫が喜ぶでしょうか?。湧き水のように澄んだ水はだれもが、夜でも昼でも、一年中、永遠を中心として喜ぶようになっているというのです。同じことです。 そのような水を持つことのできる自分の水源をつくらなければならず、そうでなければ、ろ過器でもつくって暮らしなさいというのが、宗教という機関なのです。宗教とは、ろ過装置のようなものです。そのように考えればよいのです。 では、皆さんは百パーセント純潔な水にならなければなりませんが、皆さんは何パーセントの水ですか? 「わたしは百パーセントの水である」という人、手を挙げてください。 皆さんは、〇点以下でしょう。宗教でみれば、〇点以下です。自分が天の国に入っていくときには、ろ過装置にかけられた純潔な百パーセントの価値を持っていなければなりませんが、その前にろ過装置を百回、千回、万回以上通過してきれいに、きれいに、きれいになることができる過程を経なければなりません。 それは、なぜでしょうか?。堕落の血筋から神様の血筋に変えようとすれば、どれほど大変でしょうか?。宇宙も反対します。このように汚れたものがこのように良くなろうとすれば、これが転換されなければなりません。ろ過の過程をすべて経ていかなければなりません。分かりますか? ろ過の過程を経ましたか、経ていませんか?。経ていますか、すべて終わりましたか、経ていこうとしているのですか?。どれですか? (「経ていこうと思います」)。いつ終わるのですか?。死ぬ前に終えなければなりません。 そのようにしようとすれば、どのようにしなければなりませんか?。真の愛は、どのような水であっても、ろ過させて浄水をつくることができる源泉なのです。分かりますか?。真の愛の水さえ経ていけば、取るに足らないものでもすべてろ過されるのです。細菌までろ過されるというのです。 では、真の愛のろ過器を持っていますか、持っていませんか? 「先生の話を聞けば、わたしは真の愛のろ過器を持っています」という人は、手を挙げてください。一人もいませんね。ですから、洪水の水辺からくんできた、うじ虫がうようよし、あらゆる種類の昆虫や菌がいる、そのような水です。ろ過器を何回通過したのですか? では、統一教会に入ってきて涙を流して悔悟したことがあるでしょう?。それでは、十パーセントくらいになったでしょうか、二十パーセントくらいになったでしょうか?。二十パーセントろ過されて、八十パーセント汚れたものをだれが食べるのですか?。つばを吐くというのです。 絶対にろ過装置が必要ですが、ろ過装置の過程を経ていくということは真の愛であり、真の愛のろ過装置を経ていこうとすれば、自分のために生きるということがあっては、本当の本質的な百パーセントの源泉水の位置に到達することはできますか、できませんか? (「できません」)。できませーん、一度言ってみてください。できませーん(「できませーん」)。できませーん (「できませーん」)。なーい (「なーい」)。命令形にしなければなりません。「できません」は相対的であり、「ない」は「わたしには必要ない(断定=絶対という意味)」です。 神様は百パーセント、浄水ろ過装置を準備されたでしょうか、されなかったでしょうか?。神様が百パーセント、ろ過装置を人間のために準備されたでしょうか、されなかったでしょうか? (「されました」)。あなたは準備したと思いますか? (「……」)。「準備した」と思うのかというのです。 それでは、そのろ過装置を一番の都会のうじ虫がわくような所に設置されたでしょうか、白ペク頭山の頂上、エベレストの山頂、ヒマラヤ山脈最高のエベレストの山頂よりも、もっと高い頂にろ過装置を設置されたでしょうか?。だれもがやたらと来ても困ります。 まじめに一所懸命働き、至誠を尽くして、神様まで起こしてでも自分が称賛することのできる、そのような精誠を尽くした所にろ過装置を設置しなければなりません。「訪ねてくることができる人は訪ねてきなさい、そうでなければだめだ」と言うことのできる場所に、ろ過装置を設置しておくのです。だれでも行くことができるのではありません。 サタンはそれを知っているでしょうか、知らないでしょうか?。問題はそれです。サタンが知っているでしょうか、知らないでしょうか?。サタンがろ過装置を持っていったら神様が困るのではないですか?。サタンは、いくらやっても持っていくことはできないというのです。 サタンは「自分のために生きろ」と言ったのです。ですから、これを持っていこうとすれば、どうなるでしょうか?。持っていったその結果、サタンが神様よりも「ために生きる」ことができるようになれば、「神様、より「ために生きる」ことのできるあなたが願う所にろ過装置をおきましょう」と言うのです。分かりますか? 大変なことであったとしても、ろ過装置を経ていくためには、ついていかなければなりません。九十九・九九九九になって〇・〇〇〇一が残っているとしても、その一つを満たすために、「あらゆることが起きて険しくても行けないところはない、行ってあまりあり、千回、万回でも行く」と言うことのできる人、「ために生きよう」という人だけが、ろ過装置の門を通過できるのです。 柳鍾寛氏が何かの長(責任者)をしていたとしても、わたしが足でけって、「こいつ、なぜこのようにするのか?」と言えば、三言も言わず顔をしかめて、「なぜ、わたしにだけつらくあたるのか?。郭クアク錠煥のことは愛しておきながら」と思うのです。そうなのです。わたしは郭錠煥氏を愛していません。見た目のどこが良いのですか?。どこに見るに値する所がありますか?(笑い)しかし、郭錠煥氏は、心の使いどころがあなたたちと違います。だれかが誤ったことをすれば、だれが何をしたのか、先生はすべて知っているのです。最近でもそうではないですか? 責任者のだれだれから報告を受けておいて、それを郭錠煥氏は先生に直接、報告しなければならないはずなのに、そのことを聞いてみると郭錠煥氏は「知りません」と言うのです。「こいつ、わたしがすべて知っているのに知らないのか?。見なかったのか?」と言うと、そのときになって、やっと「見ました」というのです。 それはどういうことなのかというと、「自分が責任を執る」ということです。しかも、それで終わるのではありません。「そのようなすべてのことは、自分が注意して統一教会の一つの標準になります」という、その心情が貴いのです。先生をとらえるのはその心情です。分かりますか? アメリカの女性たち。「先生が好きだ」と大騒ぎして、先生がどこかに行けば旗を掲げて大騒ぎしていますが、最近では皆、前に座って目をむき、「先生はどのような話をするのか」と思いながら、悪い話はすべてノートに記録し、良い話はポケットに入れているというのです。悪い話を中心として後でこき下ろそうとしています。そのようなことはあってはならないというのです。 悪い話は、「自分が責任を持とう」と思い、「自分がアメリカ人を代表し、天上天下を代表して、自分が見て自分が語ることには、自分で責任を持とう」と思わなければなりません。わたしは、五十年前に天地の秘密をすべて知っていましたが、話しませんでした。なぜでしょうか? 「わたしが責任を持つ」というのです。困難な苦労の峠が問題ではありません。困難であれば困難であるほど、「そのことが早く解決されることが恐ろしいので、千辛万苦して狭いろ過装置の穴を通らなければならない。血と汗を流し、またが裂けても通過する」という一片丹心なのであって、分裂した心ではありません。そのような人は、浄水の中の浄水になるのです。アーメンです。分かりましたか?。真に分かりましたか? (「はい」) それでは、ろ過器を通過した浄水になるのですか、浄水をつくる浄水器になるのですか?。二つとも好きにならなければなりません。浄水を好む以上にろ過器を好んでこそ、浄水のためにそれが願うとおりに動いてあげてこそ、浄水になるということを知らなければなりません。分かりますか? (「はい」)。真に分かりました。何になりたいですか?。水の中できれいな水です。 世界は、「水」で象徴されてきました。今日、地獄のような濁り水を解放した源泉によって、すべての万物をつくろうと苦心している先生の後に影が天下をすべて……。ここから三八度線と「以北(北朝鮮のこと)」が生じました。統一教会の人はどこに行っていますか?。先生が受難の道を行っているので自分が道案内をし、先生が楽に行くことができるようにと船をつくり、「折れないさおと切れない釣り糸を準備してさしあげよう」と思いながら、「苦労する先生を助けてあげよう」と考える人は一人もいません。わたし一人で成してきたというのです。 そうです。先生は、かわいそうな人なのです。そのような先生を中心として苦労させる神様は、もっとかわいそうなかたです。なぜ、苦労させるのですか?水蒸気をつくって雲になるようにし、この天下でよく肥えた土地に雨を降らせればよいでしょう。雨を降らせるにしても、根まで濡らす必要はありません。季節にしたがって少しずつ少しずつ貯蔵して、貯金通帳からお金を引き出すようにすればよいというのです。 洪水を起こして、汚いものを一度に洗い流してしまうようなこともしなければなりません。そのようにしなければ、土地が腐り、草木が死んでしまうのではないですか?。そのような悲運の歴史がわたしの生涯にはあり、環境的条件の均衡を崩して、死ぬか生きるかという混乱した問題が起きるのです。 さあ、それでは、浄水器、ろ過器を通すべきでしょうか、通すべきではないでしょうか?(「通さなければなりません」)。アメリカが世界を支配しようとすれば、アフリカの最も貧しい国を王のように侍らなければなりません。そのようにしてこそ、いかなる国の人でもアメリカの水をおいしく飲むことのできる浄水器になることができるのです。 世界の人は皆、アメリカ人を嫌っています。アフリカに行っても、「ヤンキー、ゴーホーム」と言っているのです。それでは、世界は自分の思いどおりになりません。浄水器を通さなければなりません。ろ過器を通さなければなりません。では、ろ過器はどこにありますか?。機械に愛を通すことができますか?。そのろ過器は、浄水器をつくる機械のチャンピオンですが、その機械として来るのがだれかというとメシヤなのです。救世主です。 しかし、それは「救世主」ではいけません。「救世主」は、世の中の救いだけです。救世主は、世の中を救ってくれる存在です。必要なのは、「救父母主」です。世の中を救うのですが、父母を救わなければなりません。父母を救うのですが、兄弟を救わなければなりません。兄弟を救うのですが、家庭を救わなければなりません。それをなしてから世界を救うのです。 真の父母によって真なる父と母になり、真の息子、娘を育てて真なる家庭を備えなければならず、そこから世の中に繁殖していって世の中を救うことができる礎となり、その礎に合わせて家を建ててこそ、すべての世界が入ってきて暮らせる平和な家庭になることができるのです。理論的にアーメンです。分かりますか?。分かりますね? (「はい」) それでは、ろ過器になりますか、水になりますか?。先生は、水ですか、ろ過器ですか? (「ろ過器です」)。水ですか、ろ過器ですか? (「ろ過器です」)。あなたたちは何ですか? (「水です」)。洪水で五万種類のものが入っている汚い水です。 最初に泉がわき出る所には、ろ過器は必要ありません。見えない穴で菌までを抜き出す必要はありません。雑巾の切れ端のようなものはろ過されるのです。それを知らなければなりません。 そして、統一教会に入ってきて、入るやいなや皆、「先生に会う」と言うのです。きょうも、だれかがここに先生に会いにきましたね。この位置がどのような位置ですか?。天の前に敬礼して礼を尽くさなければならないのです。神様に敬礼する前に、人を使って道に外れたことをさせることはできません。 きょうも、だれか大統領が会おうというのを「だめだ」と言って、飛ばしてしまいました。その人は今、先生に会いに来て、ニューヨーカー・ホテルで待っているというのです。しかし、わたしが終わるときまで会うことはできません。天に侍ることのできる礼法、環境条件を整え、そこにおいて自分がろ過器になったのかどうかが重要です。ろ過させることのできる主人となり、ろ過器に通さなければならないのですが……。 嫌でも、捕まえて逆さまにしてでも、横向きにしてでもそのようにできるのならば、ろ過器を通過するようにしてあげることが愛の中の愛であり、名声を得た一等の人になれる道がそこにあるので、良い人の中でも最高に良い人なのです。アアアアアアアア、言ってみてください。アアアアアアアアアアアア(「アアアアアアアア」)。すべて入りました。メメメメ。アーメーン (「アーメン」)。解放だということです。(拍手) では、先生が「しなさい」と言うとおりにしなければならないでしょうか、してはならないでしょうか?。先生も、神様がろ過器を制作する方法を教えてもらってつくったので、これを通らなければなりません。これは不可避的な運命ではなく、宿命的な責任です。父子の関係なので、死んでも分けることはできません。分かりますか? 先生がろ過装置をつくり、最も困難で耐え難いことをすべて行ったので、千の峠があるならば、自分がそれを越えていこうと思う人たちが、百の峠を越えたのか、千の峠を越えたのかということを比較した基準に従って、天の国で神様に侍ることができる序列や、系列における自分の位置を永遠につかむのです。アーメン。(「アーメン」) 何回死にますか?。穴がこのくらいでも出ていくのは大変です。百回、千回、万回ろ過器を通らなければならないのなら、万回死んで目覚めても自分を否定しなければなりません。「理解してほしい」と思ってはいけないというのです。 「ああ、文総裁。絶対信仰、絶対愛、絶対服従、独裁者の王だ」と、このように思ってはいけません。それで何をしようというのですか?。わたしがその機械をつくるのは簡単です。み言がその機械です。み言どおりにしなければなりません、この者たち。「訓読会」をしていますか、していませんか? アメリカの上下院議員、連邦政府の国会議員やトップの人たちを皆、集めておいても、これに感動するようになっています。全員が「そのとおりです」と言うようになっているのです。天下が公認することのできるろ過装置を準備したので、み言の過程を経ていかなければなりません。経ていかなければ落第です。 いくら博士の学位を持っていたとしても、責任教授のサインをもらわなければなりません。そのようにしようとすれば、責任教授の子供を育ててあげる生活を六か月訓練するということまでしてでも努力すれば、サインをもらうことができるというのです。すべてに通じなければなりません。 柳鍾寛氏は、先生から訓練を受けていません。(「受けています」)。わたしは訓練していません。「昔から道を築いて峠を越えていきながら、このような峠もあり、このような橋も築いたのだなあ。ああ、先生が苦労され、わたしは見物して越えていったなあ」というのではないですか? あなたをここに送るために、食口たちが血と汗を流しながら苦労し、支援したのです。そのような困難な事情を知っているのですか?。負債を負って生きています。「ここには飛行機に乗ってきたので、一日でも断食していかなければならない」と考え、三食のうち一食でも蕩減条件を立てて生きていくことができなければなりません。わたしは、そのようにしています。 わたしは、一日に大きなお金を使うことのできる力を持っていますが、一銭も使いません。あなたたちのために使うのです。それが原則です。だれの世話にもなりません。それゆえに堂々としているのです。 アメリカを滅ぼすためではありません。生かすためなのです。国をつくるためです。日本を苦労させるのも、日本を滅ぼすためではありません。より次元の高い国にするためです。韓国を苦労させるのも同じことです。わたしが統一教会員を苦労させるのも、あなたたちが生きてきた国以上に良い国をつくるためなのです。 この世が嫌うところに天の国が訪ねてくるのです。この世が嫌だということを「好きだ」ということができる所で天国が完成するのです。分かりますか?そのことが分かりませんでした。今では、真に分かりました。分かりますか?。結論を出しましょう。 神様は、サタンが本当に愛していたものを愛することができるのでしょうか?。答えてみてください。一人の女性を中心として、サタンが抱いていたその女性を神様が愛することができるのでしょうか?。この答えが出てこなくては復帰の道がありません。柳鍾寛氏。(「はい」)。答えてみてください。(「……」)。郭錠煥氏、答えてみてください。 どのようにして愛することができるのかというのです。それを愛することはできません。絶対にできません。それで「真に分かりました」なのです。真に分からなかったので「真に分かりました」という言葉が出てくるのです。 国の王がいれば、その王の十倍、百倍愛するのです。千年の事情を抱えて完成した「わたし」が愛した階級は、だれもついていくことができない愛であり、そのような千万倍高い次元で愛するのです。その怨讐の妻を自分の勝利の王宮の最高の位置で愛する、それ以上の愛で愛そうという心情があったというのです。ですから、薬を飲めばすべての汚れたものをすすぎ落としていくことと同じです。相対できないもの、相対しない位置で……。 統一教会はそうです。父と母がいて、おじいさんとおばあさんがいるのに、なぜ先生に従っていかざるをえないのかというのです。母親という標準があれば、「母親以上に愛することのできる心情をどのようにして人類に対して持てるのか?」ということを神様が考えなければならないということです。これが問題になるのです。 サタンがどれほど悪辣だったか知っていますか?。七代の先祖にいる、すべての王女たちを犯したのです。神様の前でです。三代は普通です。おじいさんとおばあさんの三代ではありません。七代です。曾祖父、高祖父、それ以上までです。それをどのようにして愛するのですか?。そのように汚されたものをどのように愛するのですか? 自分が愛したその愛を人々が知れば、数万年間愛した自分に対して、全体がついてくるというのです。蘇生、長成級ではなく、その何段階以上の次元の高い愛を行ったので、その愛の味を知った人は、永遠にそこには行かないというのです。 統一教会には、そのような何かがあるのです。そのような伝統精神を立てました。怨讐の妻を、自分が愛するだれよりも愛し、怨讐の娘を、怨讐の母親を、怨讐の女性の一族を、悪なる王が天の国の女性を道理に背く行動をして滅ぼした、その何千倍、何万倍の愛で愛したので、サタンはその道についていくことができないというのです。それゆえに、その心情を思うとき、怨讐を愛する心情は、怨讐同士で親戚になることが問題ではないというのです。分かりますか? 怨讐が「三代の妻たちを取り替えて暮らそう」と言えば、神様は驚くというのです。しかし、問題はありません。他の人々の何十倍愛するので、他の人々には絶対についていかず、自分についてくるというのです。柳光烈ニョル氏。(「はい」)。それが何のことか分かりますか? (「はい」)。分からなければ、新しい女性と暮らす資格はありません。 サタンが屈伏して、自分の一族の三代まで、おばあさんまでが三代ですが、三代をすべて任されるようになれば、それまですべての精誠を尽くして生きてきた、その愛が問題になるのです。 わたしの愛には、完全に溶かされてしまうのです。歴史上のいかなる怨讐であっても愛してあまりあり、そのるつぼの中に入っていけば、金だけが残るのであって、石はすべて煙となって流れていってしまうのです。そのような心情です。怨讐を愛する心情が問題ではありません。 今から、柳鍾寛氏が「現在の妻をおいて、サタン世界の怨讐の国のおばあさんと暮らしなさい」と言えば、暮らしますか? (「……」)。尋ねているではないですか? (「お父様が『暮らしなさい』と言えば、暮らさなければなりません」)。わたしが「暮らしなさい」と言うのですか?。自分が願わなければならないでしょう。(「相当に難しい質問だと思います」)。難しいでしょう。しかし、そのような質問はまだまだ普通です。 ですから見てください。タマルが義父とくっついたのです。怨讐の嫁が来たとしても、歓迎の意を表さなければならないというのです。そのような心情を持たれた神様が、どれほどかわいそうであられるか理解してみてください。世の中から見れば、かわいそうでしょう。涙を浮かべて進んでいかなければならない路程があったということを知らなければなりません。分かりましたね? 神様が何度、結婚しようとされましたか?。アダム時代、それからいつですか?。イエス時代、再臨主時代、それから第四次アダム時代です。四度目に定着したというのです。歴史的な怨讐に汚された愛を天の愛に変えなければ、霊界にいるアダムの後孫、イエス様の後孫、再臨主の後孫を救う道理がないのです。その愛の前には、サタンの千年の事情、万年の事情がすべて溶けてしまうのです。何のことか分かりますか? 「愛には汚れたものはない」と言ったでしょう?。サタンは汚れたものではありません。本来、抱いて愛することのできる天使長です。一つの家で暮らそうという心情をいつも持っているのです。「わたしが解怨されるとき、おまえにも相対をつくってあげよう」という、そのような心情は変わりません。 そのようにするために、わたしが橋を架け、捨てられたすべてのものを救ってあげるために、億千万世を経て数多くの人が犠牲になりながら、さまざまな社会の複雑に分かれた幾重もの道を経て、埋め合わせてきた歴史であったということを知らなければなりません。ですから、「わたしは嫌いだ」、「好きだ」と言うことができますか? 「わたしにはできない」と言うことができますか?。分かりますか? では、もう本当に分かりました。今回、わたしがインディアンが住んでいるネバダ州の農場に行ってみると、そこには男性が六十二人で女性が二人しかいませんでした。それをそのままにしておけば、どのようになりますか?。絶滅です。五十年すれば、すべていなくなるというのです。それを見てどうするのですか? 統一教会の子女たちは放っておいて、女性たちを連れてもう一度嫁がせて……。そのようにして、「自分の娘であっても嫁にして後孫を残そう」と、そのような女性を探してペアを組もうというのです。「罪にならないように、わたしが防波堤をつくってあげよう」。先生は、このような考えを持っている人です。 梁昌植シク氏。(「はい」)。自分の妻が自分の娘を連れて、そのようにしたらどのようにしますか? (「……」)。尋ねているではないですか? (「……」)。できないでしょう?。自分の愛する人を譲り渡してあげることのできるほどの雅量がなければなりません。 中国は、今から十年、二十年後になれば、大変なことになるのです。一人しか産めないようにしていますが、男性ばかり残しているのです。女性がいません。皆、死んでしまったというのです。どのようにするつもりですか? 最近、韓国人が結婚するときには、歩き回りながら結婚相手を探してくるのですね。上手ですね。道を築いておいたので、これからは、韓国の女性たちを世界じゅうに生んで満たしておけば、そのように結婚相手を探してくることはできません。平準化して、地獄までも穴を埋めてあげようと考えているのが先生なのですが、どうですか?。そのようなことまで考えているのです。 六十を超え、七十を超えた男性は、器官が衰退するでしょう?。郭錠煥氏。(「はい」)。何歳ですか? (「六十四歳です」)。昔と同じではないでしょう? (「違います」)。劉正玉オク氏。(「はい」)。どんどん曲がっていくでしょう。(「はい」)。(笑い) 六十を超えれば、老けた妻が世話をするよりも、世話をしてくれる娘がいたり、孫娘がいれば、孫娘を連れてくるほうがよいというのです。妻が世話をしてくれるのは、不便でしょう?。そこで子供、孫がたくさんいるので、中国人を一人連れてきて二世が生まれて、「天下にない傍系の系列をつくって、二つの世界の父に一度なってみよう」ということです。 神様がそのようなことをなさっているのです。何のことか分かりますか?。神様が、正にそのようなことをなさっているのです。自分が最も愛する人を怨讐に分け与えるのです。そうですか、そうではないですか? (「……」)。そうですか、そうではないですか、この者たち。(「そうです」) できないことはないというのです。国を取り戻さなければなりません。何が体面ですか?。一族を残すことができ、一国を引っ張っていくことのできる伝統を立てれば、滅びません。 さあ、そのような意味で、今まではよく分かりませんでしたが、今では「真に……」何ですか? (「分かりました」)。「分かりました」。周囲にいる女性たちを、かわいそうな男性たちを助けてあげるために動員し……。 「二十年、三十年くらい一人で暮らしなさい。寺に行って精誠を尽くし、天国に行って天の国の皇族圏内に入っていくことのできる特権がある」と言って連れて行き、解放的なことをするかもしれないということです。 そのようにしたからといって、神様が「おいおいおい、真の父母がそのようなことを考えてはいけない」と言うことはできないというのです。そのように言うことができないので、心配でしょう。全員、分かったでしょう? (「はい」)。さあ、分かりましたか?。真に分かりました。(「真に分かりました」) ですから、怨讐の妻と自分の妻を取り替えたとしても、それを愛してあまりある真の愛によって天の国をつくれば「オーケー」です。怨讐と親戚関係を結び、その娘を嫁だと思い、その息子を婿だと思うことは問題ないということです。 そのようにしてこそ、国境がなくなり、怨讐がなくなるのです。そのいちばんの近道がそこにあるということが分かったので問題ありません。いつでも「オーケー」です。分かりますか? 今からの課題は、自分にどのような願いがかけられたとしても、それを断行することができるかどうかです。「息子に対して、妻に対して、娘に対して、新しく願われることがあれば、天下を改革するためならばどのようなことでもできる」ということです。分かりますか? (「はい」) 先生は、側近をすべてそのように整理していくことができるのです。何のことか分かりますか?。分からなければ、石にしがみつくように自分の頭をかかえて祈祷してみるのです。その心情が分からなければ、真の父母を解放することができる安息基盤の礎石を置くことはできません。そのようにしてこそ、神様を解放する根源ができるというのです。西洋人には考えられないでしょう。 真に分かりました (「真に分かりました」)。今までは真に分かりませんでした。(「真に分かりませんでした」)。どのように生きるべきなのか分からなかったのですが、怨讐を愛することは何でもありません。怨讐に家を買ってあげ、怨讐に福を与えてあげることは何でもありません。 怨讐の国の王が敗亡し、その一族をすべて生かしてあげるための道を、自分が責任持たなければならない立場に立っているということを知らなければなりません。サタンの王宮を尊重視することのできる価値(観)を持ってこそ、サタンが千年、万年屈伏するというのです。そこに「怨讐だ」という心があれば、「いつか復讐してやる」という心が消えないということを知らなければなりません。何のことか、分かりますか? (「はい」) 今まで、真に分かりませんでしたが、今では本当に分かりました。万物を愛し、昆虫、魚、万物から人類全部を愛するのです。私たちの園は、百八十五か国の孤児と、その国の王子王女が暮らす園にならなければならないというのです。そのような家にならなければなりません。 神様は、その複雑な環境を成して地上天国をつくっているという大王陛下なのです。一つの園、一つの国の国境内において、一つの大陸内においてそれを成し遂げることは問題ありません。分かりますか? (「はい」) アメリカの国民が「オーケイ、オーケイ」と言うのは、「オー・キング」という、そのような意味があります。先生を中心として「オー・キング」の位置で、世界のどこでも、天国のどこにでも通じることのできる道を相続させてあげても嫌だという国民は、どのようになりますか?。滅びる兆しが見えるというのです。 あなたたちはしっかりして、このような膨大な「ために生きる」愛、ろ過器を通るために、ために生きなければなりません。なぜですか?。浄水になるためには、すべて投入して忘れるのです。 世界を一つにするためにどのようなことでもする、このように「より、ために生きよう」という人は、その人からために生きてもらった人たちが、その人を父のように侍り、女王のように侍り、神様のように侍るのです。アーメン。(「アーメン」)。分かりますか? ために生きると、「私」を受け入れて、中心の位置に立てるのです。それゆえに、「父の代わり、王の代わり、神様の代わりに、永遠に絶対ために生きよう」という位置には、父の代わり、国の王の代わり、神様の代わりに侍ろうと思うので、そのような位置を経た人たちは、神様の直属の息子、娘になることができるのです。それゆえに、天の国に行って王子王女、皇族の中でも主流の皇族になることができるのです。アーメン。(「アーメン」) 万物からために生き、人間のために生き、そのようにして新しい水、浄水のようになって、すべての人が浄水のようになって王の位置まで上がっていくためには、ために生きて、ために生きるのです。 そのようにすれば、すべてのものが逃げていくのではなく、すべて一つに集まって自分を中心存在として侍ろうとするのです。天運が、天の運勢が訪ねてくるのです。ですから、それを収拾するまで時間がかかるだけであって、継続していけば天運が「私」に侍って、中央の位置に立てるというのです。 徒党を組んでけんかをし、民主主義の大統領、共産主義の大統領になろうとすれば滅びるのです。自然屈伏して整理され、自分を中心として、天運とともに侍ることのできる中心が環境的条件に設定されれば、この世界は天の国の王圏とともに地上の王圏が、千年万年続く幸福と平和の基地となるのです。アーメン。(「アーメン」)。神様解放、真の父母解放、万民解放、万宇宙解放、神様の本然の……。 ブラジルに行けば、ホテルアメリカーノ(支店)は基礎聖地、「源焦聖地」です。「源焦聖地」とは何かというと、神様の創造理想の聖地です。それから何ですか? 「根源聖地」です。 人類歴史の根源は堕落です。堕落を知らなければなりません。神様を失ってしまったのです。父母を失ってしまい、すべてを失ってしまいました。神様を失ったので、地を失ってしまい、家庭の父と母を失ってしまいました。根源を知らなければなりません。「根源聖地」です。堕落した道です。 それから「勝利聖地」です。蕩減復帰勝利完成を成さなければなりません。そのような三つの名称を持った聖地を決定したのです。ですから、その家庭を中心として祝福家庭四十日修練を中心として、その運勢に従って、源焦基準の解放者であり、根源基準の解放者であり、勝利基準の解放者として、南北統一とともに入籍時代を再び準備するのであり、今この時は、先生が世界的な運勢をすべて決算する、そのような時であるということを知らなければなりません。アーメン。(「アーメン」) それゆえに、霊界と肉界の統一、地上世界の統一、そしてアメリカにおける朝野、上院と下院の統一をするのです。宗教と国の統一、このようなことを清算しなければならず、今年六月を中心とした、新しい統合運動を全世界的に提示しなければならないのです。そのような集まりの出発が、今回の第三十八回「真の万物の日」に参加した皆さんが待っている時間なのです。アーメン。(「アーメン」)。ですから、意義深いというのです。 解放の位置において、愛の主人である神様の位置に立って万物を愛して食べ、食べて愛したその万物は、神様と万物と人類全体を愛することのできる位置から本源地に帰っていくのです。そのことによって、地上、天上天国解放の天地、万事が「オーケイ」となり、「キング・オブ・オーケイ」時代が来るのです。アーメン。(「アーメン」) わたしたちは、そこに向かって突進します。前進しますか、突進しますか? (「突進します」)。前進ではありません。突進です。跳躍しますか、飛躍しますか? (「飛躍します」)。エレベーターのようにさーっとです。エレベーターに乗って昇っていかなければなりません。そのような時が来たのです。 家庭の基盤を築いてあげ、国の基盤を築いてあげ、世界の基盤を築いて、神様の玉座の前にさっと……。自然の世界で暮らしながら動物たちに命令して、あらゆることをする人を何と言いますか?。ターザンです。ターザンとは何ですか?。乗り回す商売がターザンです。上手に乗るではないですか?。猿も他の動物も、ターザンの声さえ聞けば、朝から集まってくるのです。 神様の前に、神様の息子、娘に代わるターザンになって「アーアーアー」と言えば、全世界がわあっと押し寄せてくるのです。このようにすることのできる所が、一つに統一された天国であったのです。そのような「ターザン王宮のターザン王」になるためのものが、統一教会の飛躍する者たちがしていることなのです。アーメン。(「アーメン」)。千年、万年、アーメン。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.10
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旧統一教会会長らが会見 解散請求受け対応を説明(2023年11月7日)世界平和統一家庭連合(旧統一教会)は、7日午後2時から記者会見を行う。東京地方裁判所から解散命令請求の正式通知が届いたことを受け、田中富広会長と改革推進本部長の勅使河原秀行氏が今後の対応方針を説明する。旧統一協会田中会長 解散命令請求は「信教の自由、法の支配の観点から到底受け入れられない」「国と国民の皆さんを巻き込んでこのような事態に至ったことを深く反省」と謝罪一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.07
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完全整備時代成約八年 2000年4月30日ニューヨーク州・ベルベディアニューヨーク州のベルベディア国際修練所の聖日礼拝で語られたものです。 アメリカの人たち、手を挙げてください。(日本人が多いのをごらんになって)ここは日本の教会ですね。英語で話さずに、日本語で話さなければなりませんね。(笑い)第二次大戦の時はアメリカが勝ちましたが、信仰の世界においては完全に日本に負けていますね。 なぜ、そのようになったのでしょうか?。イギリスが責任を果たせなかったからです。イギリスが責任を果たせなかったので、そのようになりました。イギリスがエバ国家だったのですが、その責任を果たせなかったのです。イギリスは母親で、アメリカは息子です。母子が責任を果たせませんでした。それゆえに、イギリスの代わりに、怨讐の国である日本を選んでエバの国として立てたのです。 なぜ、日本を選んだのでしょうか?。日本は島国です。島国は、いつも大陸を慕うのです。ですから、その島国のエバが訪ねていくべきところは大陸です。しかし、一人で大陸を訪ねていくことはできません。息子を立てて訪ねていかなければならないのですが、その息子が何かというとアメリカです。母親と息子が一つになり、来られる主を迎えなければなりません。ところが、これが一つになって来られる再臨主に反対しました。蕩減です。 アメリカはキリスト教国家であり、イギリスはアングリカン・チャーチ(英国国教会)ですが、アングリカン・チャーチは完全な新教とは違います。ですから、旧教との中間にいるイギリスとアメリカが母子の関係で一つになり、ヨーロッパとアメリカ大陸を一つにして、来られる主を歓迎していたならば、世界は統一されるのです。 これは、エバが堕落し、長男がみ旨を破壊して殺戮戦が起きたことを蕩減するためのものであり、アメリカとイギリスが一つになり、来られる主と一つの家庭的基準において連結し、世界家庭、世界国家、世界天宙家庭形態を成し遂げるべきなのです。ところが、これを成し遂げることができなかったので、すべてを失ってしまいました。このように、サタンがこれを占領して頭をつかんでいるので、怨讐の国をエバ国家として訪ねていって天の前に立てたのです。東洋に帰ってきたのです。 日本は、イギリスの文化を受け継いでいます。そして軍隊はドイツ、法はイタリアから吸収しました。ヨーロッパの新しい文化を完全に受け継ぎ、アジアにおける新しいヨーロッパとして立つことのできる基準を持って現れたのです。そうしてサタン世界と共になしてきました。 イギリスとアメリカを握ることによって、サタンが頭を握るようになったので、しっぽに当たる日本という島国が選ばれたのです。それで、今現在に至るまで、ヨーロッパの経済問題、電子化などの問題、このような電子世界のすべての分野において日本が世界の記録を所有してきました。そうしてアメリカとヨーロッパのすべての経済圏、すべての技術を完全に日本が占領するのです。 一方、韓国は世界的アダム国家なので、いくら日本が頑張っても及ばないほどの潜在的力を持っています。ですから、日本が最も恐れるのが韓国なのです。技術オリンピック大会では、韓国が連続してチャンピオンを出してきています。そのくらい頭が優秀で、天才的な素質を持っている国なのです。韓国人たちは、世界のいかなる有名な会社がつくった物でも、それが市場に出てから同様な物を一週間以内でつくり上げてしまうというのです。 あれは、どこだったでしょうか?。アメリカ人をはじめとして西洋人が物を買う所です。(「梨泰院ですか?。」〈お母様〉)。梨泰院です。梨泰院では、世界のいかなる商店の物でも思いどおりに買うことができます。それも三分の一の価格で買うことができるのです。それゆえに、日本がいくら研究しても、三か月ですべて奪われてしまいます。 ですから、日本が最も恐れる所はどこですか?。中国を恐れるのではなく、韓国を最も恐れるのです。それは、技術的な面においてです。 第二次大戦以降七十年を過ぎれば、韓国では天才的な人たちがたくさん生まれるようになるので、すべての電子世界、インターネット、Eメールの世界における最高記録を持つことができる時代が来ます。ベンチャー産業において、今、韓国人が世界の最先端にいるのです。 IMF(国際通貨基金)問題で、いったんは産業が復興できなくても、このような電子世界のベンチャー産業が、韓国の難しいIMF経済問題を押し出して、乗り越えていくことのできる力を持つようになりました。しかし、世界的に一つの国家形態の組織以上に活動できる体制を持った所は、統一教会しかありません。(「アーメン」)。(拍手) アメリカの国務省も、それを認めています。世界の学者を集めることでも、大会を行うことでも、どのような大会を行っても、統一教会に太刀打ちできる国はありません。その活動が何か知っていますか?。神様が期待しているのは、統一運動です。ですから、わたしたちは何でもできるというのです。芸術分野や体育分野、すべての分野でわたしたちが……。 今、バレエでもそうではないでしょうか?。ユニバーサルバレエ、キーロフバレエ、リトルエンジェルス、これは東洋無形文化、西洋無形文化を代表するものです。また、体育分野でもそうです。体育分野でも一和天馬サッカーチームを中心として、すべての面において先頭に立っているのです。 それで今現在、先生は、南米のサッカーチームを中心としてアメリカとサッカー連合をつくり、世界的な体育分野までも組織化しようとしています。今から見ていてください。アメリカンフットボールよりも、サッカーがもっと大きく発展できるのです。これが世界的だからです。ブラジルも、指導できる能力がありません。それは今、先生がアメリカと連合して計画しています。 アメリカの高位階層、ヘッドたちを全部、教育しています。上院議員、下院議員、州議員、全員を教育していくのです。三日間ですべて回ってしまいます。今、「アメリカが世界一だ」と言う人々は、今後のアメリカが行くべき方向をつかむことができずに苦しんでいるのですが、わたしたちのみ言を三日間だけ聞けば、「やあ、これだ。新しいアメリカとして発展し、世界をリードしよう」と言うのです。 今まで、アメリカのワシントンで五次にわたって千五百人を教育しました。彼らは皆、上院議員、下院議員などのトップレベルの人たちなのですが、彼ら全員に火がついて「自分たちの州が一等になる」と言って、競争が始まったのです。 彼らを中心として全国的な教育を行い、放送局を通して教育することは簡単だと考えています。今まで、統一教会を覆い隠して聞くことができないようにしていたのですが、Eメールやインターネットで完全に公開されました。 さあ、このようなことを知っているので、今後、すべての分野において統一教会に太刀打ちできる国家体制もできていませんし、いかなる宗教団体もこのような膨大な基盤を備えた所はないということを、皆さんは知らなければなりません。 アメリカのCIA(中央情報局)やFBI(連邦捜査局)も統一教会を恐れています。しかし、統一教会が神様を中心としたキリスト教文化圏を背景にしているので、嫌でもしかたがないというのです。歓迎せざるをえません。 また、いかなる宗教も、いかなる教理をもってしても統一教会に太刀打ちできないということを知っているので、やむをえずに歓迎せざるをえないという段階に入ってきているということを知らなければなりません。 統一教会は、キリスト教の基盤の上に現れたのです。このことを知らなければなりません。それゆえにキリスト教は、統一教会を知らなくては旧教と新教が分からないようになっています。 今回の大会を通して、三日間学んで知ることによって、「今まで自分が三十年、五十年信じてきた旧教や新教が、すべてうそをついていたという事実が分かった」と言って、憤慨しているということを知らなければなりません。そのようになっているのです。ですから、どれほど恐ろしいでしょうか。問題は、頭の闘いなのです。 それでは、頭の最高の頂上はだれかというと、神様です。(拍手)考えてみてください。レバレンド・ムーンは、第二次大戦以降五十年間、これほどの迫害を受けながら……。どれほど複雑でしょうか?。その中から出発して世界の頂上まで上がってきたのです。 今は霊界と肉界です。霊界までもすべて直すのです。神様は思いのままになさることはできません。神様とサタンの闘いを、神様も止めることができず、サタンも止めることができません。 その闘いをだれが止めるのかというと、完成したアダムです。創造理想を完成した絶対夫婦です。それは何でしょうか?。四位基台を完成した絶対夫婦、家庭です。それが何かというと、真の父母の家庭です。真の父母だけが、サタンと神様の闘いを止めることができるのです。 神様に「あなたは、これこれこのような内容があるので闘うのでしょう?。」と伺い、「サタンよ、おまえは、これこれこうだから闘うのだろう?。」と言って、この二つの問題を解決すれば平和になりますね。平和にすることは神様でもできないのです。 それでは、どうすればよいのでしょうか?。人類をすべて取り戻して神様にささげるのです。そのようにすれば、どのようになりますか?。神様が解放され、サタンは自然屈伏しなければなりません。 そのようにしようとすれば、どのようにしなければなりませんか?。解決方案は簡単です。闘う人同士、神様の怨讐、サタンの怨讐同士が結婚することです。怨讐国家の間柄といえば、日本人と韓国人、ドイツ人とアメリカ人、旧ソ連人とアメリカ人です。分かりますか?。 それで今回、霊界にいる少年たちを結婚させてあげたのですが、彼らは霊界でも大きくなるのです。その霊界にいる十六歳以上の青少年たちを中心として結婚させるにおいては、必ず自分の父母の怨讐や、国の怨讐同士で結婚させてあげたのです。何のことか、分かりますか?。 なぜ、そのようにするのかというと、今まで霊界では結婚できませんでした。独身生活をしてきました。すべて別れているというのです。そして結婚させる力を持った人がいませんでした。神様も思いどおりにできず、サタンも思いどおりにできません。 これは、真の父母だけができるのです。なぜでしょうか?。サタンが偽りの父母となって、偽りの結婚をさせてきたので、真の父母でなければ、これを正すことはできません。神様もできず、サタンもできません。 偽りの父母をたたきつぶして霊界を取り壊し、地獄の門を閉めて天の門を開いてすべてを解放するのです。そして地上で自分勝手に結婚した人、それから法律上の名目だけの結婚のようなもの、フリーセックスのようなことをした者たちは、霊界で結婚できずにいますが、このような人たちをすべて結婚させてあげるのです。 彼らは、この地上にいる六十億人類を中心とした先祖の立場で降りてきて、サタン世界のサタンの手先に支配されているものをすべて清算してしまいます。先祖の位置で結婚し、地上にいる後孫をすべて逆さまに……。これからは、統一教会に入ってきて祝福を受けるように導くというのです。 サタンが主導して地上の人間や家庭を破綻させてきましたが、これを神側を中心として家庭を完成させるために、祝福によって正して整備してしまうのです。それで昨年と一昨年の二年間、霊界がどれほど統一教会を協助したか分かりません。世の中が随分と変わったでしょう?。 (「はい」) 今までは、「統一教会」という言葉を聞いただけでも嫌っていたのですが、今では「統一教会」という言葉を聞けば、自然と心が引かれていくというのです。地上にいる六十億の人類は、霊界の何千億の霊人たちが降りてきて、一人に数十人がついて押し出していきます。後孫がアベルですが、霊界は、アベルが祝福を受けることを手助けすることによって、アベルを立てて入っていかなければなりません。 地獄は何かというと、カインがアベルを殺して入っていきましたが、今回は、アベルが祝福を受けて本来の基準ができるので、霊界は従って入っていくのです。今まで霊界と肉界が混乱したのは、悪の活動舞台を完全に整備するためです。 先祖なので、天使長の位置で祝福を受け、後孫を連れて入っていきます。カインとアベルが分かれ、家庭破綻によって地獄と天国に分かれたものが、カインとアベルが一つになることによって天国と地獄が一つになるのです。分かりますか?。 (「はい」) それゆえに今後、統一教会に反対した人は、秋が来れば木の葉が落ちるように、すべて落ちるのです。整理されるのです。(「アーメン」)。(拍手)ですから、世の中で名前の通った人、お金があって政治勢力を持った人は、すべていなくなって水平になるのです。 今、アメリカも指導者がいません。世界をリードする人がいません。それでは、どこに行くのかというと、統一教会です。英雄や大胆でりっぱな人は、先に統一教会に入ってくるというのです。 ここにいる統一教会の人たちは、「アフリカに行きなさい」と言っても、「アフリカには行かない」と思いながらも行きます。「北極に行って開拓しなさい」と言えば開拓します。そうですか?。 (「はい」)。わたしは分かりません。(笑い)世の中のすべてのものが整理されるのです。霊界の整理、世の中の整理、きれいに整理するというのです。 さあ、ここで国際結婚した人は手を挙げてください。そうですか。手を下ろしてください。これからは国際結婚した人が出世します。今まで、国際結婚した人は悪口を言われてきました。しかし神様だけが、神様の真の愛だけが人種問題、国境問題を解決できるのです。 電球の中にあるフィラメントを見ると、それは真っ黒です。そこに電気が通ると黒いですか、明るいですか?。 (「明るいです」)。明るいのです。同じことです。神様の愛の光に照らされれば、黒人はもっと美しいというのです。 皆さん、七色の虹の光を一度に合わせれば、無色の白色光になります。同じことです。白人はそれです。白人は、虹の光を合わせたものと同じです。単純です。自分が一番高いと思いながら「わあ」と言っています。 虹の七つの色は、すべてその屈折率が違います。それをすべて広げることによって、宇宙の美を生みだすことができるのです。白(無色)では何もできません。白(無色)のペイントで絵を描いてみてください。それでは描いていないのと同じです。名作たりうるためには、白黒のめりはりが大きくなければなりません。分かりますか?。 昼があって夜があります。高い低いも同じことです。自然の理知に順応できない人は、除去されるのです。統一教会は、七色のカラーで展開させることもでき、一つにもすることができるのです。ですから統一教会がナンバーワンです。それは無色の白い光のようですが、ここを見れば五色(人種)のまばゆい光が輝いています。 白人と黒人が結婚することは悪いことですか、良いことですか?。 (「良いことです」)。そのようにすればどうなりますか?。 (「茶色です」)。(笑い)興味深いのです。愛するにおいても、頂上と谷が一つになるのです。 見てみなさい。ボクサーは黒人が強いですか、白人が強いですか?。 (「黒人が強いです」)。どれもこれも同じです。黒人が強いのです。最近では、サッカーでも何でも、すべて黒人がやっています。アメリカン・フットボールも黒人が強いのです。 イエス様が十字架を背負われたとき、シモンが代わりに十字架をずるずると引いていったということは、終わりの日に黒人たちが力の世界のチャンピオンになるということです。そして、歌なども同様です。 世の中は回っていくのです。ですから、白人は自慢してはいけません。白人絶対主義はだめです。そのためにアメリカが滅びつつあります。わたしは、それを救ってあげるために、白人たちを助けてあげているのです。 アメリカは新教の独立国家です。それは歴史に初めて現れたのです。そのために、わたしはここに来てキリスト教を生かすために苦労しているのです。三十年間、アメリカ人から反対されながらも、あらゆることをすべて行っているというのです。 アメリカを生かしてあげれば、白人だけでなく、黒人、世界の人類をすべて生かせるのです。キリスト教文化圏を生かさなければなりません。その責任をアメリカが持っているのです。 さあ、それでは、レバレンド・ムーンがそのような内容を持ってきて、それを行ったでしょうか?。最近それが明らかになってきたのです。それを それでは、どのようにしなければならないのでしょうか?。わたしがアメリカについて行かなければならないでしょうか、アメリカがわたしについて来なければならないでしょうか?。 (「アメリカがお父様について行かなければなりません」) レバレンド・ムーン一人とアメリカ政府とで、被告のレバレンド・ムーンと原告のアメリカ政府と闘ってだれが勝ちましたか?。 (「お父様が勝ちました」)。では、気分が良いですか、悪いですか?。アメリカの人たち?。 (「気分が良いです」)。なぜですか?。今のアメリカは死に、復活したアメリカが生まれるのです。 ですから、「死なんとする者は生き、生きんとする者は死ぬ」のです。そのような死なざるをえないアメリカが生きるためには、真なる神様でなければ生かせる道理がありません。それならば、どうなりますか?。 アメリカ人は、「レバレンド・ムーンは死ね」と言いながら、ありとあらゆることをし尽くしましたが、「死ね」と言われたレバレンド・ムーンは、この怨讐の国を生かすために今まであらゆる苦労をしながら、この国の人々を生かそうとしました。そうして、レバレンド・ムーンに希望を持つことができる道を開拓してきたというのです。それは驚くべきことです。(拍手) 何をしようとして、レバレンド・ムーンはここに来て、このようなことをしているのですか?。あなたたちが一銭のお金でも助けてくれましたか、どうですか?。悪口ばかり言って、あらゆることをしたというのです。 レバレンド・ムーンは三十年間、死ぬほどの苦労をして、なぜこのようにしているのですか?。そのようなものを韓国で使えば、韓国を生かしても余りあるはずなのにです。そのような韓国を捨ててまでも投入してきたのです。 アメリカは、神様が初めて新教国家を立てられた独立国家であり、世界を指導することのできる位置に置かれたのです。そのようなものが、すべて崩れていくことを知っているので、このようにしてきたのです。 それは何でしょうか?。第三イスラエルは何かというと、神様の祖国です。神様の祖国がありません。神様の祖国をつくろうとしたのですが、完全に崩れてしまったというのです。分かりますか?。 それで三十年間犠牲になりながら、今、アメリカの宗教界がレバレンド・ムーンに反対できない段階に入ってきました。ですから、今から教派主義を捨てなければなりません。教派とは何ですか?。アメリカ人は、すべて個人主義になったのですが、教派も個人主義になっています。アメリカを生かすためには、あなたたちが連合教会をつくらなければならないというのです。今、その運動を行っています。そのようにしなければ、アメリカを救うことはできません。 全世界に根を張ったキリスト教を再び生かすためには、この巨大なアメリカという国が正しく立たなければならないので、キリスト教を生かすために、レバレンド・ムーンはこのようなことを避けることができず、せざるをえないということを知らなければなりません。 そして、皆さんが知らなければならないことは、統一教会が霊界に対して明確に知っているということです。理論的に知っているのです。今後、皆さんが知らなければならないことは……。 あの大きい木がありますが、大きい木が貴いのですか、木の大きな根元が貴いのですか、見えない根が貴いのですか?。 (「根です」)。根です。今の時は、根の時代が来たのです。 インターネットで「世界で最高に良いものは何か?。最高に価値のある根が何か?。」と問う、このような時代になったのです。すべてが分かるようになっているのです。統一教会の原理のみ言や、今まで秘密にされていた話をインターネットを通して公開すれば、これを見れば人々の頭が……。最高の知性人たちが関心を持つでしょうか、持たないでしょうか?。持たないですか、どうですか?。 (「持ちます」) はちが一度みつを味わえば、尾をつかみ取っても、羽が落ちても、それを放そうとはしません。統一教会の教会員たちは、真理のみ言が分からなくて、すべて背いてしまったのではな この真理のみ言が世界に明らかになるということを考えてみてください。数十年前からの歴史です。五十年間してきた秘密の話が、すべて明らかになるのです。ですから、世界が完全に統一教会の網に引っかかるようになっているというのです。 あなたたちはどうですか?。高等学校、大学に小学生のような者たちが来て座っているというのです。どうですか?。あなたたちがしっかりしなければ、世界の最高の知性人たちが、連結された言論人たちがにおいをかいだときには、あなたたちよりももっと先に来るのです。 レバレンド・ムーンが話をするといえば、数万人の記者たちが早朝からここに来て座り、ここは取材しようとやってきた人でいっぱいになり、大騒ぎになるのです。世界の言論界で、「レバレンド・ムーンに対してインタビューしたくない」と思う人がどこにいますか?。世界の言論界から数万人が走り寄ってくるのです。そのような宝を持っているのです。 ここにいるあなたたちは、先生が「これをしなさい」と言えば、「ああ、また苦労ばかりさせて、何がどうだ……」と言っていますが、ダイヤモンドや黄金のある洞窟を探すことがどれほど大変でしょうか?。 統一教会がインターネット上に霊界までものせ 今の時は、源泉となるものが問題です。第一の原料が問題です。原板が問題です。写真でいえば、原板が問題だというのです。ですから比較できるものがありません。たたけば、すべて壊れていくのです。オリジナルは壊れません。統一教会の思想に勝る思想はありません。 統一教会で主張する真の愛に太刀打ちできる者はいません。真理と真の愛、愛と真理、この二つです。真の愛と真なる真理です。この二つですべて終わるのです。ですから、神様までも真理を逃してはならず、神様もこの愛を逃してはならないというのです。レバレンド・ムーンがこの愛をしっかりとつかんでいれば、神様も「嫌だ」と思いながらも逃げることができずに、ピタッとくっついているのです。分かりますか?。 (「はい」) それでは、神様がわたしに夢中になったでしょうか、わたしが神様に夢中になったでしょうか?。 (「ふたりともです」)。「ふたりとも」とは、どういうことですか?。ふたりのうちでどちらですか?。 (笑い) この二つの手の親指は同じですか?。主体と対象は同じですか?。神様の解放は神様にはできません。レバレンド・ムーンがするのです。サタンを自然屈伏させることは、神様にはできません。レバレンド・ムーンがするのです。 二つの世界を一つにすることができるというのです。怨讐同士が愛することができるようになり……。み旨を知って地上、天上天国がすべて成し遂げられ、天下を統一することが怨讐を愛することによってできるとすれば、それを知れば「ああ、わたしが先にする」と、こうなるようになっています。それを信じますか、信じませんか?。 (「信じます」) 先生は、頭が大きくて体がずんぐりとしています。女性が見れば、体を見ても良く、頭を見ても良く、体形を見ても良く、男性らしいというのです。運動ができないでしょうか?。できないことがないというのです。 先生は、霊界でもどこでも、すべて占領できる力も持っています。さあ、アメリカの女性たちも、先生のような夫を一人もらいたいと思う人は、手を挙げてください。(笑い)わわわわ。(笑い) 特別に女性たちがわたしを好み、そのことで男性たちはわたしを……。女性たちが皆、好むので、男性たちはわたしを嫌うのです。(笑い)女性たちは皆、レバレンド・ムーンの後ろについていこうとします。レバレンド・ムーンの後ろに女性たちがついていこうとするので、男性たちはその女性の後ろについてこなければならないので、どれほど気分が悪いでしょうか?。ですから、レバレンド・ムーンが反対されるようになっているのです。それゆえに、「祖母どろぼう」、「妻どろぼう」、「姉どろぼう」、「娘どろぼう」と、このような言葉があります。ですから反対するのです。このように、女性たちが皆、好むようになっています。 さあ、数多くの女性たちは、神様を好むでしょうか、好まないでしょうか?。 (「好みます」)。なぜですか?。神様をなぜ好むのですか?。神様は男性格主体です。男性格主体なので、どれほど強く、どれほど格好良いでしょうか?。女性は何ですか?。対象です。神様は主体であり、女性は対象なので、対象が主体を好むようになっているというのです。そうですか?。 来られる主は何ですか?。真の父母は何ですか?。神様に似た主体です。ですから、たくさんの女性たちが好むというのです。それでは、レバレンド・ムーンは女性たちをどのように考えているのかというのです。女性たちを妹のように思っているのです。妹です。 そこには姉もおり、母もおり、祖母もいて、すべているのです。それは親戚です。一つの血族です。ですから悪いことはできません。こうしてついてくる女性たちを皆、教育し、憎んでいた男性たちを皆、教育し、女性が男性を教育し、相対をつくって祝福してあげて、天の国に連れて入っていくというのです。 皆さんの夫は、天使長の立場なのです。それを皆、天使長ではなく、アダムの代身者にして結婚させてあげるのです。これが祝福です。それゆえに、祝福を受けなければ天国に入っていくことはできません。 さあ、きょうは何の日ですか?。 (「日曜日です」)。日曜日なのですが、四月の最後の日でしょう?。一年の三分の一にお別れする日です。お母様も、五月八日には南米に行かなければなりません。ですから、四日にはここを出発しなければならないのです。 さあ、それを見ると、先生は悪い夫ですか、良い夫ですか?。 (「良い夫です」)。「良い夫だ」と言いますが、お母様を世界の前面に立てて、困難な講演をさせるのが良い夫ですか?。 (「はい」)。なぜですか、どうしてですか?。 先生に接ぎ木してあげなければなりません。このくらい上がってきたら、同じ位置に立ててあげなければなりません。分かりますか?。七年間で、先生が生涯かけて備えた歴史的なすべてのものを相続してあげるのです。 お母様が語ることは、お母様が発見したのですか?。それはだれのものですか?。 (「お父様のものです」)。それを上げるのです。それでお母様は上がっていくのです。 今回、韓国では南北統一……。祖国を取り戻すべき時が来ました。南北統一です。南北を統一することのできる前進大会を行い、それを日本で四か所、アメリカで十二か所、南米で十二か所、(その他、ヨーロッパなどを含めて)合計四十か所をお母様がすべて行うのです。それを母親として、世界のすべての人々を子供たちのように結ばなければなりません。 南北米はカイン、アベルの関係です。これを中心として、世界に対してもカイン、アベルの関係です。それで、さっと帰ってきて……。今回のこの講演は、女性たちを前面に立てるためのものです。すべての女性たちは、すべて同じレベルです。 女性は、今からお母様とともに世界の男性たちを教育する責任時代が来たのです。子女として責任を果たさなければならない時が来ました。それで統一教会のお母様が、その分身としてあなたたちを送り、このような講演をするのです あなたたちはお母様の代身です。そのバトンを受けて世界の果てまで行くのです。母親のように教育するのです。そして母親たちが一つになって、天使長である男性を引っ繰り返して打ち込むのです。このようになるのです。アダムをつくって、お母様にかき抱いてもらうようにするのです。共産世界と民主世界はカインとアベルです。 天上でも同じです。真のご父母様を中心として入れ替わって、天国に入っていくのです。サタン世界の男性たちは、すべて天使長の分身です。政治、国というものは、宗教を迫害して殉教させ、血を流させてきました。この怨讐を、宗教圏で消化させて天の国に連れて行くのです。それで、天使長は天使長の位置に、アダムはアダムの位置に、神様の直系王圏を中心として、神様の皇族圏を中心とした体制を立てるので 霊界と肉界をはっきりと知っているので、今からは人間が堕落しようとしてもできない時代に入っていくのです。理論的にそうです、理論的に。分かりますか?。 (「はい」)それで女性解放をしなければなりません。統一教会の食口の中で高等学校以上、大学を出た人たち、専門大学以上を出た人を全員集めて再教育しなければならないというのです。分かりますか?。そして、すべての男性たち、いかなる国の王から長官まで、すべて教育しなければなりません。 そのように見てみると、堕落していないエバの位置に立っているので、天使長世界にいる男性たちは皆、我知らず引かれてくるようになっているのです。何のことか分かりますか?。女性が天使長に逆さまに引かれていったので、女性が蕩減復帰しなければなりません。そうしてこそ、女性たちが解放されるのです。分かりますか?。 それゆえに今、お母様が世界の四十か所を中心として最後の講演を行っているのです。男性世界や女性世界にお母様が登場することができるように、お父様が築いたすべての権限を、「真の愛の実践」とも言える巡回を通して七年間ですべて渡してあげるのです。分かりますか?。それをしなければなりません。 今後、国連を通して大移動が起きます。大移動が起きるというのです。国連に対するNGO(非政府組織)活動も、世界のいかなる国にも負けないものとなり、国連が認めざるをえなくなってきているということを知らなければなりません。あなたたちが知らないことをしているのです。知らない人は平安でしょう。(笑い)知っている人は実践しなければなりません。 このようなことをコントロールできる頭が先生になければならないのです。責任を持つということは易しくありません。先生を見れば、ばかみたいに見えるでしょう?。 (「いいえ」)。世の中がいくら悪口を言っても、目をつむって……。 先生は生涯、そのように生きてきました。そして今、目を開けてみると春の季節になっていたのです。目を開けてみると統一教会が、「ああ、レバレンド・ムーン時代が来たなあ。天地が歓迎するのだなあ」という状況になっていたのです。(拍手) そのようになろうとすれば、あなたたちが正しい種から育った木になったのか、そうでなければ接ぎ木した木になったのか、この二つのうちどちらか一つにはならなければなら それでは、きれいになりましたか、どのようになりましたか?。このハドソン川の水は流れている水ですが、それがきれいな水になるためには、何回濾過装置を入ったり出たりしなければなりませんか?。 (「何回も出入りしなければなりません」) それでは、皆さんは「自分は一度濾過装置に入っていって出てこなければならない」ということを感じたことがありますか?。 (「はい」)。何回ですか?。一度もないというのです。濾過すれば、どれほどかすが多いでしょうか?。しっかりしなければなりません。霊界に行けば、赦されないというのです。ここでは分からないので、すべて覆ってぐずぐずしていますが、霊界では、そうはいかないのです。 あなたたちが霊界に行けば、先生が行く霊界に行くのですか、どの霊界に行くのですか?。 (「真のご父母様が行かれる霊界に行きます」)。真の父母とは、何の真の父母ですか?。アメリカ人は、アメリカ人が行く所に行くのではないですか?。 あなたたちは、先生がアメリカナイズされることを願いますか、あなたたちがレバレンド・ムーナイズされることを願いますか?。 (「レバレンド・ムーナイズです」)。(笑い)言ったら、それでおしまいなのでしょう?。 「ムーナイズ、ひひ」とは何ですか?。 「ムーナイズ」と言わなければならないのに、目をつむって「ムーナイズ~」と言うのをだれが信じますか?。ムーナイズ (「ムーナイズ」)。目をつむって言ってはいけないというのです。(笑い)笑いごとではありません。どのくらい濾過しきらなければならないのでしょうか?。汚水と言っては、よくないでしょう?。自分勝手に生きた川の水と同じです。 皆さん、ラジオやテレビなどの受信機を持っているでしょう?。それらは、カラーで見たとしてもきれいなものを願い、音がきれいなものを願うでしょう?。 (「はい」)。どちらですか?。一番良いものを願うでしょう?。そのようにしようとすれば技術が必要であり、複雑な装置をすべて経ていかなければなりません。その技術は自分が知っている この中で大学を卒業した人は、手を挙げてください。高く挙げてください。今回、世界じゅうに行って「訓読セミナー」を行い、全員そのようにしなければなりません。それをしなければなりません。 世界の国々は、アメリカの女性を好みますか、東洋の女性を好みますか?。東洋の女性の中で、日本の女性を好みますか、中国の女性を好みますか?。どちらですか?。 (「中国の女性を好みます」)。「中国の女性を好む」と言うのを見ると、中国人のようですね?。 (笑い)それではいけないというのです。国際結婚です、国際結婚。(笑い) 世界が統一されるのは簡単です。西洋と東洋が完全に交差結婚すればできることであり、ロシアと中国が怨讐なので、交差結婚すればよいのであり、韓国と日本が怨讐なので、交差結婚すれば世界は平和の世界になるのです。 さあ、それでは、その子供たちは、頭が鈍くなるでしょうか、スマートに(賢く)なるでしょうか?。 (「スマートです」)。なぜスマートですか?。それは渡り鳥と同じです。南の方で暮らして北の方に行き、北の方で暮らしていたものは、南の方に行って交流しながら結婚するのです。そのようにすれば、優秀な種が生まれるのです。それゆえに、統一教会は国際結婚するので、今後、世界を指導することのできる天才的な人々がたくさん出てくるというのです。 あなたたちは「国際結婚したので良くなる」と言っていたでしょう?。本当にそうですか?。 そのようになるというのです。(「ありがとうございます」)。(笑い)三代かけて国際結婚すれば、天才が生まれるというのです。世界を指導する人が生まれるのです。 統一教会では、国際結婚することが伝統になっているので、天才的な後孫がどれほどたくさん生まれるでしょうか?。世界を統一教会の人たちが指導せざるをえない時代になるのです。これは理論的です。そのような意味で、世界はわたしたちが神様のみ旨の中で指導するというのです。神様の秘密の結婚方法を行っているので、神様が主管なさることのできる世界は、わたしたちの後孫たちが治めるのです。アーメン (「アーメン」)。(拍手) ですから、今から二〇〇〇年度さえ越えれば、先生は、国際結婚した人を統一教会の指導者としてたくさん選択するのです。(「来年を越えればですか?。」)。四年だけ過ぎればです。分かりますか?。国際結婚です。 今後は、自分の後孫が十代目くらいになれば、「何か国の人の血が混ざって一族を形成しているのか」ということを中心として、たくさん混ざっているほど、そこに天才的な人たちが集まるというのです。そしてこれからは、一族で約百の家庭が暮らして、それが一族だというとき、そこにいろいろな国の人々が入ってきて暮らすのです。 それでは、そのように暮らす人たちの中で、イギリス人は英語を話せばよいと考え、ドイツ人はドイツ語を話せばよいと考えるのですが、どこの国の言葉を使わなければならないでしょうか?。 (「韓国語です」)。そうですか?。なぜ韓国語ですか?。 (「真のご父母様の言葉だからです」)。では、あなたは英語を話していますか、韓国語を話していますか?。 (「英語です」)。ですから、言うことと実際が違うではないですか?。 これからは、必ずそのようになるのです。遠からずです。今、一世、二世、この人たちは、すべて国際結婚です。それは、神様が願われるのです。そのようにしてこそ戦争がなくなるのです。このようになるのです。分かりますか?。 (「はい」) それゆえに、三か国語は話さなければならないというのです。その三か国語は、自分の国の言葉まで合わせれば、四か国語でしょう?。 (「わあ」)。そのようになれば、どこに行っても通じることができるのです。そのようにしながら、後で言語が統一されます。一つの言葉を使うのです。 さあ、それでは今、先生のみ言が三百巻以上の本になっているのですが、続ければ、どれほどたくさん出てくるでしょうか?。皆さんが読もうとすれば、原語を読まなければなりませんか、翻訳した本を読まなければなりませんか?。 (「原語です」)。なぜ、どうしてですか?。 翻訳したものを読んだ百人の教授がいて、原語を読んだ一人の人がいたとすれば、原語を読んだその人が、たとえ知的に劣っていたとしても、その人の言葉を聞かなければなりません。知的に劣っていても、その人の言葉を聞かなければならないというのです。「原語がこうなのに、翻訳したもので何を言うのか?。」と言えば、静かになるのです。 韓国語は、言語学的な面で世界的に最高の基準にあります。発音できない言葉がありません。優秀なのです。このミスター金キム(金キム孝律ユル氏)も、途中から英語を学びましたが、彼が発音して聞き取れないアメリカ人はいないというのです。 韓国語は優秀なのです。宇宙の言葉のすべて、四十九億の発音ができます。英語は何でもありません。日本語もそうです。それゆえに、だれもが韓国語を学ばなければなりません。 また韓国語は、どこの国の言葉でも、その発音を韓国語で書いてそのまま読めば、そのまま聞き取れるのです。しかし、日本語で書いても聞き取れません。英語で書いても聞き取れません。何度もしなければなりません。 ですから、日本人が外国語を学ぶのに苦労するのは何なのでしょうか?。韓国人は、どこの国に行っても一年で、すべて通じることができるのですが、日本人が発音しても聞き取れません。一度発音して聞き取れないので、どんどん前進するのではなく、後退するのです。韓国人は聞き取れるので、話せば話すほど面白くなって、どんどん前進するのです。 McDonald を日本語では「マクドナルド」と言うのです。聞き取れますか?。 (笑い)その言葉を発音できないのです。「マクドナルド」とは何ですか?。速く発音しても合わず、ゆっくり発音しても合わないのです。分かりますか?。 ですから、あなたたちの子供を「国際結婚させない」という人は手を挙げてください。イギリス人とアメリカ人はお互いに避けていますが、そのような人もどうなると思いますか?。 (「します」)。これは異端者でしょう。(笑い)何であっても良いのです。神様が喜ばれるのです。宇宙の大将が喜ばれるので、わたしがそのようなことをさせて滅びずに成功したというのです。 頭の悪い人が統一教会を信じることができますか?。 (「できません」)。今回も、ロシアと中国とアイビーリーグ(ハーバードやエールなどの名門大学を含む米国東部の大学リーグ)の四百人以上を教育したのですが、競争が起きました。そして三つの国を中心として、これから若者層をどのように教育していくのかというのです。 世界の学生たち、世界の知性人たちをどのように指導するのかということを中心として連結しようとするので、中国とロシアが大騒ぎになりました。すべて試験をするのです。英語がうまく、成績が良い、そのような人たちを選ぶのです。 それから、アメリカ人とロシア人を中国に連れて行って教育し、ロシアでもう一度そのようにして、三回だけすれば、どのようになるでしょうか?。社会主義や共産主義、どのような主義もすべて超えて一つになるのです。神様主義なのです。 中国だけでも二十五の大学があり、ロシアもそのくらいになります。み言の教育を受けさせるために「天才的な人たちを選ばなければならない」と言いながら、大使館では大騒ぎしているというのです。ロシアでもそうです。そして、どのような教育をするのかということに関心を持っているのです。 彼らは、レバレンド・ムーンがロシアや中国で教育している内容を知っているので、「レバレンド・ムーンが教育するものは心配ない」と言っています。そしてお互いに競って「教育を受ける」と言っています。(拍手)レバレンド・ムーンが好きだというのです。 さあ、それでは、中国の学生とロシアの学生が感動するのと、アメリカの学生が感動するのを比較すれば、どちらが、より感動するでしょうか?。ここにいたアメリカの学生は、「レバレンド・ムーンが悪い」といううわさを聞き、どうだこうだと、あらゆるくだらないことを聞いていました。 そのような人たちと、全く純潔な人たちが来て教育を受けて感化されるのとは、どちら側がより感化されるでしょうか?。それが問題なのです。(「中国、ロシアの人です」)。中国人とロシア人です。 それでは、アメリカ人は何ですか?。アメリカは頭ですか、しっぽですか?。学生で世界的な組織をつくれば、だれが、その長になるのでしょうか?。そして今回、カープ(CARP= 世界大学連合原理研究会)活動を中心として顯進を立て、全世界のカープ責任者たちは、どの国でも中心的な責任者になり、カープを中心として若者たちや学生を完全に指導するのです。その準備をするのです。(「顯進様は第三メシヤです」)。(笑われる)第三メシヤですか?。 あなたはメシヤが必要なのですか?。第四次アダム圏時代に入ってきたのに、メシヤが必要なのですか?。分かりますか?。 「第三メシヤ」という言葉を使っています。(笑われる)メシヤは必要ないというのです。(「これ以上のメシヤは必要ありません」)。そうです。父母がメシヤです。メシヤは神の国の王です。分かりますか?。 これからは国境を越えて思いどおりに……。国連で国境を撤廃し、思いのままに行って暮らさなければなりません。すずめがアメリカでも暮らすことができ、どこに行っても暮らすことができることと同じです。ですから、旅行しながら暮らさなければなりません。 したがって、船の操縦もでき、飛行機の操縦もできなければなりません。今回、(真のご父母様ご聖婚)四十周年記念ストライプトバス釣り大会をしたので、パンタナール、コディアク、世界百八十五か国で釣り大会をすることができるのです。その準備をしています。 そこに参加したことは歴史的なことなので、皆さんの子供や後孫たちが「お父さんとお母さんは第何回の参加者ですか?。」と聞いてきたときには、どうするつもりですか?。参加しなければならないでしょうか、してはならないでしょうか?。 (「しなければなりません」) 南極でも北極でも、どこでもしなければなりません。(「はい」)。北極も良いのです。しろくまをハンティングすれば、どれほど良いでしょうか?。問題ないというのです。できますか?。 (「はい」)。良い響きですね。(笑い) さあ、その話は終わりにして、国際結婚です。(「はい」)。間違いなく、そのようになるのです。一部落に百二十か国の人が来て暮らしたとしても、呼び笛をピューと吹けば、一族のように動くのです。 それでは、そのように理解して、皆さんが「国際結婚」と「後孫たちを世界に送り出す」という約束をして四月を送り、希望の五月と夏を迎えて繁栄に次ぐ繁栄を神様が願われるように、わたしたちはそのようになるべし。アーメン。(「アーメン」)。(拍手) ところで、女性の乳房はいくつありますか?。一つですか、二つですか?。 (「二つです」)。二つです。それでは、ここで、右側には白人の赤ん坊、左側には黒人の赤ん坊、もう一人は黄色人の赤ん坊がいるのですが、どのようにしますか?。 乳を飲ませながらチュッ、チュッ(キスするまねをされる)と、このようにかき抱くことができる姿、このような歴史における人種を愛する最高の傑作品の写真をだれが先に撮るのでしょうか?。これが先生のなぞです。 ふたごではなく、三つ子でもよいのです。それは傑作品だというのです。天の国の博物館の第一等の位置に行くのです。(「アーメン」)。それを研究してください。「わたしの何代目の後孫はそのようになることを願います」と思って、精誠を尽くすのです。 さあ、白人の女性がそのようにするのがよいでしょうか、黒人の女性がそのようにするのがよいでしょうか?。 (「オールカラーです」)。いいえ、オールカラーよりも黒人カラーです。なぜですか?。白人たちは嫌がるのです。それが習慣になっているというのです。そうなのです。そのような習慣性があるのです。本当です。 それゆえに、ここで人種差別する人は頭がおかしい人です。いくら醜い黒人の女性であったとしても、高い霊界に行けば美人の中の美人になるのです。(「アーメン」)。「アーメン」ですか、「オンマ」ですか?。 (笑い) さあ、そのように理解して、年を取っている人は、子供に「産児制限をしないでたくさん生みなさい」と言ってください。たくさん生んで飢え死にしたとしても、たくさん生んだ人は、天国の良い所に行くのです。 そのように理解して、国際結婚を心で考え、そのようにできる人たちの福を祈ってあげ、国会議員たちは、そのような人を訪問しなければなりません。学びなさいというのです。そうしてこそ、霊界に行って問題がなくなるのです。数多くの民族が一つの所に行くのです。 それでは、アメリカにおいて黒人が統一教会にたくさん入ってくるでしょうか、白人がたくさん入ってくるでしょうか?。 (「黒人です」)。白人ではないことでしょう。白人は、すべて比較するのです。「わたしもこのように勉強したし、どうだこうだ」と言いながら、四方に照らし合わせてみたりするのです。率直ではありません。黒人たちは、口を開けて喜ぶことでしょう。 将来、アメリカの大統領には黒人がたくさんなることでしょう。どうですか?。 (拍手)レバレンド・ムーンの思想は、アメリカ人たちが受け入れざるをえません。遠くない将来において、そのようになるのです。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.06
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真の御父母様の御聖婚「第二次四十年路程出発」及び「第四次アダム圏定着時代」宣布二〇〇〇年四月二十日、アメリカのイーストガーデンで、真のご父母様の「御聖婚四十周年記念日」の翌日にあたる四月二十一日、御聖婚四十周年を記念する「第一回釣り大会」に参加した韓国、日本、アメリカの指導者、百二十余名の前で、真のご父母様の聖婚「第二次四十年路程の出発」と「第四次アダム圏定着時代」が宣布された。 成約時代には、霊界を知らなければなりません。霊界を知らなければ、先生が分かりません。霊界を知らなければ、先生が手がける仕事を理解することができません。霊界の内容を中心としてこそ、相対的な世界にあって、歴史と共に蕩減していく過程をすべて理解できるのです。 蕩減するこの過程が、霊界の実相と相対的な関係によって変遷していくので、神様も意のままにできないのです。神様が教えることができず、人間も分からなかったことを、真の父母がきて告げるのです。天のすべてのことを整理できる責任を神様は担えないのです。真の父母が天に要求することによって、実相をすべて報告し、照らし合わせます。そうして、私たちの生活に一致させることによって、解放圏が展開します。先生が蕩減しておいたすべてに、そのまま乗っていってこそ、解放されるのです。 霊界はそのようになっているのです。ですから、霊界がそのようになっていることを知ることによって、解放されるのです。霊界の事実を知らなければならないのです。疑う余地がありません。 先生が話したことにつべこべ言うなというのです。教えてあげたその内容が、霊界に行けば、そのままの通りに展開するのです。事実なので、どうするのかというのです。「それ以上に信じる」と言えてこそ、霊界に行って、疑うことなく、その拡張された世界を理解できるのであって、この限界圏内に制限された内容の報告も信じられないならば、無限拡大世界の全体を信じることができないというのです。 歴史的に初めてのことです。ですから、今後、言論界に向けて発表しなければなりません。人類が今、霊界を知りません。霊的なことをすべて取り入れなければならないのです。共産党が反対しても何をしても、すべて事実なので、そのようにわきまえて、今回その新しい観念を抱かなければなりません。先生の「御聖婚四十周年記念日」のあと、「第二次四十年路程」が新たに出発する日がきょうです。四十年、御聖婚の記念日が過ぎて、四十年を新たに出発するにあたって、霊界の事実を新たに理解しなければなりません。過去の信仰と違って、確実に理解して、すべてのことを検証していきながら、自分の地上生活を合わせていかなければならないのです。 後孫たちが先祖を解放してあげなければなりません。その時代が過ぎ去れば、今後、先祖たちが来て、後孫たちを導くのです。今からそのような時代になるのです。先祖たちや霊界の祝福を受けた家庭がすべて来て、祝福を受けていない者も、祝福を受けて地上で暮らしている者たちも協助しなければならないのです。 ですから、先祖たちが願うのはみ旨の道であり、神様の創造理想の道なので、そこに適合しないときにはいくらでも制裁できるのです。神様の愛する子女が堕落することによって、地獄圏になったのと同じように、善なる先祖が皆、実体圏を中心として彼らの生死の境まで支配できるようになるので、善なる先祖に従わないわけにはいきません。さもなければ、必ず制裁があります。制裁しなければ、後孫たちの行いが先祖全体の道をふさぐので、制裁しないわけにはいかないのです。 蕩減復帰時代は母が協助する母子協助時代であり、完成時代は父子協助の時代です。神様と息子が一つにならなければなりません。同体です。一つの体です。父が願う通りに息子が行き、また息子が願う志を神様が叶えてくださるのです。それが愛です。愛の理想を神様が主導されるのです。 お金をもって、知識をもって、権力をもって闘うのではありません。愛の理想を中心として、天上世界に完全なる神様の血族として住める、その資格を地上で得られるように指導するのが父母の責任なのです。それができなければ、できなかった分だけ、父母が天の国に行って責任を追及されるのです。地上生活というのは、そのように貴いものなのです。 私たちが全国的に活動をして教育するときには、原理のみ言を中心として統一されて動くので、一つになり、闘わないのです。全羅道の者、慶尚道の者、北朝鮮の者、韓国の者とかいう境界線はないのです。一つになって進むのですが、サタン世界は、慶尚道や全羅道という地域争いが次第に熾烈になっていきます。南北が打つ手もなく、争いが次第に熾烈になっていきます。どんなに人間が調停しようとしても、できないようになっているのです。その世界で私たちが手本にならなければなりません。東西が全羅道と慶尚道です。南北が北朝鮮と韓国です。その次には霊界と肉界が反対になっています。 そうするには東西統一、南北統一すべきですが、これは何ですか? 上下関係は父子関係であり左右関係は東西です。そうすると、前後関係が霊界と肉界なのです。霊界、肉界が闘っています。霊界で闘っているのです。カイン、アベルの闘争歴史を抜け出す道がありません。それで地上で統一的な東西と南北を中心として克服し、手本を見せてあげて、霊界と肉界の家庭的に行く道を整えることにより、地上・天上天国が完成するというのです。 霊界が何かというと、善なる霊界と悪なる霊界とがカインとアベルの関係なのです。そして地上において東西、夫妻が共に一つになり、父子が共に一つになり、その基盤の上に……。一時代に上下・左右・前後をすべて総決算したので、今回真の父母が来られて「南北統一前進大会」を開くのです。ですから、慶尚道の人間であるとか、全羅道の人間であるとかいう地域争いは、統一教会にはありません。あってはならないのです。 そして北朝鮮から来た失郷民と韓国の人に隔たりがあります。その隔たりを抱いて生きます。慶尚道の群れ、全羅道の群れ、北朝鮮の群れ、韓国の群れという群れをなくさなければなりません。群れをなくすのです。これらが一つになってこそ、霊界の群れを決定づけることができるのです。 先生が上下関係、左右関係、前後関係、それから息子として見ると、カインとアベルを中心として、息子の中の息子たる長子権の責任、左右の父母のうちで真の父母、王権を中心として上下関係のこのすべてを、個人から世界まで統一的な基盤を築いておいたので、皆さんが真の父母を中心として絶対信仰、絶対愛、絶対服従することによって、対等な立場に上がっていくのです。 完全なるプラスは、完全なるマイナスをつくるのです。そうした原則があるので、エデンにおいて神様が創造されるとき、絶対信仰によって創造されたのです。絶対信仰でつくったので、信仰の上につくった諸物は絶対愛の実体なのです。信仰の核にならなければならないのです。信仰の核になるのが愛の実体です。愛の実体、核になるといった場合の核は、何もせずに生まれたのではありません。絶対的に為に生きるところから生まれたのです。これが原則的な基準です。 それが家庭を中心として一つに定着するのです。上下関係、左右関係、前後関係に定着できるのです。完全に真の愛を中心にして核となったので、真の愛を中心として夫婦関係を定立し、子女関係を定立し、父子関係を定立し、最後に霊界にまで展開されると解放がなされるのです。 ですから、蕩減時代を消化し、神様の創造理想を中心とし、上下関係、左右関係、前後関係を中心として、定着することによって、「第四次アダム圏時代」が生まれるのです。蕩減時代です、蕩減時代。蕩減というのは蘇生、長成と上がっていくでしょう? これが縦的に蘇生、長成、完成となるので、長成級でサタン圏を終わらせ、完成圏で解放圏を越えて、本然の場に入っていくのです。 それで「第四次アダム圏時代」は縦的な蕩減時代、旧約時代、新約時代、成約時代の基準をすべて横的に展開することによって、旧約時代と新約時代、これが一つです。真の父母が来て、旧約の完成、新約の完成、成約の完成をすべてなしました。縦的な基準をすべて完成することによって、絶対信仰、絶対愛、絶対服従するようになると、旧約時代、新約時代、成約時代を経ていくのです。第四次アダム圏時代が何かというと、母子協助時代ではなく、父子協助時代です。母がいなくても息子が母を訪ねて侍ることができ、また父が母を訪ねて侍ることができるのです。 世の中でも孝子がいかなる者かというと、母が亡くなったならば、一人暮らしの父に対して、再婚させる者を孝子と言うのです。また真なる夫ならば、自分の妻が死んだからといって、そのままでいてはいけないのです。死んだ妻の代わりに蕩減役事をなして、その女性を解放させるために妻を得ることが善となるのです。 時代が違ってくるのです。これまでは母子協助時代でしたが、今は何時代? 父子協助時代です。父母時代ではありません。父母時代は母になりません。母が一つの体です。父と母が一つになっているなら、父と息子さえ一つにすれば良いのです。母はすべて体と同じです。 きょうから何が始まりますか?「第四次アダム圏定着時代」に突入するのです。ですから、絶対信仰です。絶対信仰、絶対愛、絶対服従です。創造されるとき、神様がそのようにされました。何もない立場において「語った通りになる」と言われたのです。絶対信仰です。その「なる」ということ自体が愛の相対です。その愛の総意は、絶対主義というものなのです。 愛を中心として神様の属性を見ると、絶対、唯一、不変、永遠となります。「絶対、唯一、不変、永遠」というのは真の愛しかありません。父子関係、父の愛、それから、真の夫の愛、そして真の息子、真の兄の愛、これが三大愛です。それがすべて堕落することによって壊れました。長子権復帰、それから父母権復帰、王権復帰です。世界時代に分割して、これまでの歴史はカインとアベル、長子権復帰です。 長子権を復帰したあとに父母権復帰です、真の父母復帰。一九六〇年代に祝福結婚がなされました。キリスト教が支えていたならば、今のお母様がお母様ではありません。聖進君のお母さんがお母様になっていたのです。既成教会がすべて既成の信仰を中心に、北朝鮮から来た群れが、永楽教会を中心として統一教会に反対したのです。先生の家庭をすべて破綻させてしまいました。先生の一族をすべて破綻させてしまい、国をすべて裂いてしまいました。天地を、地上・天上世界を統一したすべてのものを再び裂きました。裂いたというのです。 ですから、先生は「真の父母」を宣布して、「真の孝子」を宣布しなければなりません。それで今回、「南北統一前進大会」において、八十歳以下のすべての人たちを「私の弟や妹である」と宣言しました。「弟や妹でない者は、手を挙げるように」と言いましたが、一人もいませんでした。皆が弟や妹になるというのです。「すべて女性は私の妹である! この女たち!」。妹に悪口を言ったからといって、気を悪くしてはいけないのです。数千年ぶりにお兄さんができたのに、成功したその権限をもって、女性たちが堕落しだのを、皆はんだ付けしてあげるためにそう言うのです。 女性がお兄さんを愛せず、お兄さんを夫として愛せず、夫を父として愛せませんでした。息子、娘を中心として教育するために、父に侍ることができるように母親が教えてあげなければならないのです。堕落したあとに何を失いましたか? 兄の愛、妻の愛、そして父の愛を失ってしまいました。父の愛に続いて祖父の愛があり、王の愛が出てくるのです。 その父に仕えることができ、父を敬うことができるように誰が教えてあげるべきですか? 母親です。母親が教えるのです!父から息子娘を授かったでしょう?息子は右側であり、娘は左側です。三人が一つになりますが、この三人というのは、母の中でカインとアベルが妊娠したのと同じです。性相と形状が神様の理想的な懐に抱かれるのと同じなのです。これを育てて神様に捧げなければならないのです。ですから、生まれて育つまでに成熟する期間が必要なのです。成熟して上がっていかなければならないのです。 女性たちが双子の息子と娘に乳を飲ませるときには、右の乳は息子に飲ませて、左の乳は娘に飲ませなければならないのです。息子を生んだならば、母が乳を飲ませるとき、左の乳を飲ませてはいけません。右の乳を飲ませるのです。右側の乳を飲ませてから、左側の乳を飲ませなければなりません。逆にやってはいけません。 ですから、母は息子と娘を育てなければなりません。息子と娘を育てて何をするかというと、父を愛することのできる教育をしなければなりません。それが何かというと、父を中心として一つになることです。夫を中心として息子、娘が一つになることを誰が教えるべきかというと、母親です。母親。地なのです。地は天の国の影と同じです。 時代が違ってくるのです。誰の名前で祈祷しますか? 皆さんが国に責任を負えばどうなりますか? 南北が統一されるとどのようになりますか? 私の国があるというときどのようになりますか? その国に皆さんの家庭の種を植えなければならないのです。それで「真の父母の勝利圏を受け継いだ祝福家庭の名前で祈祷いたします」と言うのです。祝福家庭の時代も過ぎ去ります。国を探さなければなりません。 第四次アダム圏と国と越える時に来ているので、互いに南北統一の主人は自分であると考えています。偽者たちはすべて崩れてしまいます。これを着実に伝統をもって行政区分の末端の統や班から、上部まで教育しなければならないのです。教育しなければ、外国人を動員するのです。これからジャルジンで四十日修練を受けた者たちはすべて大移動が始まります。三か国、韓国、日本、アメリカの国を中心として、地域を中心として番号中心にくじ引きをするときに、祝福された者は、父母の国と長子圏の国、祖国を追及しなければなりません。 そうすると、どこで生まれるべきでしょうか。日本人だからといって日本で生まれたと考えてはいけません。自分の本然の場に行かなければなりません。兄弟圏を通じてです。すべてがそうなのです。アメリカが長子ならば人口が日本の二倍になります。また日本と韓国を見ると韓国が七千万なので日本がその二倍になるのです。二倍。それが重要です。分ければサタン側と神側の半分に分けることができるという話です。そうでしょう? 七千万だと言ったでしょう? 日本の国民が一億二千五百万ですから半分です。日本は韓国の倍、アメリカは日本の倍です。それはなぜですか? 先に生まれたのです。二種類に半分に分けておかなければならないのです。 今、くじ引きするならば、韓国人が日本に移動するかもしれません。そうなれば、ふろしきに荷物をまとめて移動しなければなりません。韓国であれ、日本であれ、アメリカにおいては永住権を中心として解放されます。ビザ問題がすべて解放されるのです。最近のビザは複数回(マルチプル)入国ですか?(「十年の複数回入国です」)。自分の国と変わりないのです。 日本が今、反対しています。この者たち! 日本はどんなにやっても韓国に勝てません。日本は夫に引き渡すか、息子に引き渡さなければなりません。日本の祝福を受けた女性たちは、日本にある技術を自分の息子に引き渡すのです。交差結婚しなければなりません。日本の女性は韓国の男性、韓国の女性は日本の男性と結婚するので、互いに良いものは引き渡さなければなりません。 それで今、交差結婚した者たちが日本の責任者になりました。韓国も交差結婚した者たちが副教会長になりました。 これからの第二次四十年時代において、世界組織指導者は、国際結婚した者たちを主に立てなければなりません。これから祝福するときはすべて国際結婚です。二世たちはすべて国際結婚です。それで先生の孫たちの時代からは、国際結婚させるのです。その前には国際結婚させることはできないのです。 ですから国際結婚することによって、カインの国とアベルの国二つの国を愛することのできる愛国精神を持たなければなりません。そうすることによって、すべて半分に分けるのです。半分の立場に立ちましたが、一つになるのです。それだけ領土が倍になるので、何回か祝福、交差結婚すれば世界は一つになるのです。 これから国境を持ったすべての国々は、交差結婚するのです。さらに盛大にやるのです。東洋と西洋、南北が交差結婚するのです。南北すべて貧富の格差があります。交差結婚すれば世界は一つになるのです。これからは数代、十二代ならば十二代において、どれほど純粋な民族が、十二代圏内において、祝福した国家が連結されているかを……。そうして編成されたその一族が出世するのです。 これから何時代になると言いましたか?「第四次アダム圏時代」とは何ですか? 父子協助の時代です、父子協助時代エデンにおいて父子協助ができなかったでしょう? 父の命令に絶対服従しなければならないのです。そうした伝統を立てるのです。絶対信仰、絶対愛、絶対服従! ですから今後、家をすべて売り払って引っ越すように命じれば行くべきですか、行かないべきですか? 行かなければなりません。ですから、これからはすべて父母に侍らなければならないのです。ご父母様は真の父母であると同時に王です。家庭の王であり、氏族の王であり、民族、国家、世界の王なので、国を建て世界が税金を捧げる以上に税金を捧げなければなりません。 三〇パーセントです。それで聖人たちも霊界に三〇パーセント……、三三パーセントは無条件祝福です。結局は統一教会を中心として一つにならなければなりません。すべての宗教圏は一つになるのです。そうしたみ業が霊界で展開していきます。地上でもそのようにしなければなりません。そのために国を求めて大移動が始まるのです。 兄弟を探して大移動です。父母を探して、王を探して大移動するのです。その兄、父母、王が誰かというと真の父母です。三時代の先祖なのです。旧約時代の先祖であり、新約時代の先祖であり、成約時代の先祖です。ですから、すべての霊人という霊人は皆、三時代の先祖の血族となるので、先生が思いどおりにやるのです。今のこの時は、サタンが人類解放圏を許諾したので、地獄をすべて砕いて解放させてしまうのです。 世界的にすべて、『霊界の実相と地上生活』の試験をしなさい。原理試験をするのと同じです。本然を知らなければならないのです。地上で生きていくのにためらう時があります。やるべきかどうか迷ったとき、これを参照するのです。すると、私が今考えていることが、どの圏内に属するかすぐに分かります。はっきりと分かるので、参照するやいなや着々と進んでいくことができます。足踏みしたり、とどまっている時間がなくなるのです。知らないようではいけません。 李相軒氏に責任があるのです。むやみに嘘をついたら問題が大きいのです。打ちのめされます。ですから、絶対信仰、絶対愛、絶対服従なのです。同じです。今まで、何だかんだと言っていた言葉、どうのこうのと言ったすべてを……。清平でもそうです。それを誰が認定しますか? 先生が認定するのです。 神様の摂理のみ旨の前で福を受けたとき、先祖を救い出すのです。先祖を救わなければなりません。中国もそうであり、日本もそうです。そして、アジアで儒教思想を一番初めに重視した国は韓国です。先祖を大切にすれば先祖が解放されるのです。 これからはそうです。既成教会では墓参りなどさせないでしょう? そうした時代は過ぎ去ります。先祖を敬わなければなりません。先生がこの地を離れればすべて……。いかなる先祖であれ、篤く敬わなければなりません。そうすれば福が来るのです。先生が積み上げた福、天地のすべての解放的な福が息づいているので、その一族の前に流れていくのです。水道のパイプのように、このパイプよりも大きなものをつくれば、ほかの所にある水さえもすべてそこに向かうのです。 いまだにそのような国がありません。儒教を中心として、仏経を中心として、キリスト教を中心として、三時代に三宗教を中心として主権を動かしたのです。キリスト教が動かしてきました。そうでしょう? キリスト教が動かすなら、先生は反対されません。儒教圏が動かすとなると、どのようになりますか? キリスト教が反対して放っておきません。キリスト教文化圏がすべて吸収されそうになったので、全面的に反対したのです。天の摂理がそうなのです。家庭を中心として天地を復帰しようとしたので、天地が動員されて反対したのです。その反対を完全に屈服させなければなりませんが、屈服させるのが大変なのです。神様について知らないからです。知らない世界を中心として、どのように屈服させられますか? 真の父母が来られて、知らない世界の事実を実際の世界で再創造して、示すことのできる勝利圏を整備したので、すべて屈服しなければなりません。違いますか? 成約時代は何かというと、旧約時代の完成、新約時代の完成、成約時代の第四次アダム圏の完成を意味するのです。ですから、歴史時代において霊界に関係したものを完全に覆すことができるのです。先生の代身として教えたので、誰でもできるのです。それで自分の先祖のために、氏族的メシアをつくったのです。国家的メシアをすべてつくったでしょう? ひっくり返すのです。そういう時が来たのです。ためらうなというのです。 霊界がそうであることを知らなければなりません。皆さんはもう十四代の解放をしたでしょう?皆祝福してあげたでしょう? 呼び出して、どこに行くにも先頭に立てて、連れて歩かなければなりません。 今、一つの場所にすがって生きるのは愚か者です。百二十か国、ほかの所で……その本部を中心として、各国からどれほど多くの人がその国の本部を訪ねてくるかを誇ることができるのです。それを表彰しなければなりません。大移動や訪問できる地域が世界の名勝地となるのです。 ですから、功労賃を受けた人たちが住む所はすべて名勝地になります。一番になったら、「あの人はどこどこの大会で一番になった!」とうわさが立って、今後、訪問客が来るのです。じっとしていても食べて暮らせます。仕事をしなくても食べていけるのです。違いますか? 一番になれば、その村とその国が有名になるのです。 そのようになり得る環境が広がっていくのです。趣味産業というのは、小学生から死を間近に控えた百歳の老人まで、誰でも願うようになっています。「そこに私も一度行ってみたい」。と言うのです。ですから、飛行機会社もつくり、バス会社もつくり、車やら、船やら、何からすべて準備するようになれば、すべてが私たちの基盤を利用するというのです。 ですから、今後、飛行機のチケットなども三代、百二十年間使えるチケットを買おうというのです。そのようになれば、自分のうちのお祖父さんもいますが、ずっとは乗れません。百二十年間もどうやって乗りますか? ですから、「三代がお祖父さんの買ったチケットで乗っていきます」と言えば、どれほどお祖父さんが喜ぶでしょうか。このようにお祖父さんに侍っていくのです。そのような運動をしなさい。 ですから、どこにおいても皆さんは趣味産業の国家責任者となるのです。地方の責任者となり得る人たちは皆どの世界においても観光産業の社長になれるのです。ですから、自動車の運転も習わなければなりません。トラックの運転まで習うのです。 こうして誰でも来るようになるなら、人が百人来れば、五十人ずつトラック二台で、ハワイならばハワイに向かって走り、飛行機なら飛行機に乗せるのです。そのためには、飛行機を操縦できる人も必要で、ヘリコプターとかもすべて操縦しなければなりません。 それで先生は、五大洋、六大州を中心として大きな船、数千名が暮らせる家のような大きな船をつくることを考えています。そうして五大洋、六大州を回るのです。そこはヘリコプターで周辺を回りますが、一年間旅行をするといっても一年間そこにいるわけではありません。一か月間はどこどこに行き、その次の月はどこどこに行って、世界一周がずっとできるのです。 ですから、ここに参席した者たちは今後、「私が趣味産業に車を一台ずつ、またはバスを一台ずつ、または飛行機を一台ずつ寄付できたらいいな」と、このように考えろというのです。それでこそ、自分の息子や娘が豊かに暮らせるでしょう?先生の名前と共に……。 先生の名前はなくなりません。永遠に、永遠にあるのです。地上でこのような功臣となって霊界に来れば、霊界の序列が相対的な会議グループをつくり、地上を協助できるみ業が展開するのです。観光の地上・天上天国になるのです。 そうなれば、天使たちが霊界から降りてきて、霊界がそのような役事をすべてやってくれるので、どれほど良いでしょうか。踊って歌って大騒ぎになります。それは混乱ではありません。心のときめくすてきな騒動の場となるのです。 ですから、一つの場所に暮らす者たちは愚か者だというのです。それで国際結婚をした三世……、一族のうち氏族的メシアを中心として、一八○家庭すべてが国際結婚するようになれば、親戚同士が訪問し合って、互いに交流して暮らすのです。生活舞台を単一化させて、五人でも六人でも暮らせるコンドミニアム・システムを世界的に築いて、自分の国、自分の家として、どこに行っても暮らせるのです。それが理想的なのです。そのような世界を築こうというのです。先生が計画すれば、その計画したことは、千年も万年も残って流れていかないのです。実現するようになっています。そのようなことを始めるのです。 今や「夏の休暇はパンタナールに来なさい!」と言えば、その休暇は三か月になるかもしれません。放送局を通して伝道するので、皆さんは招待されて行く所が多くなります。百名ずつやるのではありません。荒野にマイクの設備をすれば、四十日修練を十万名でもできるのですが、もっと便利な方法でやるのです。「皆、本をもって覚えるように!」と言えば、それを覚えさせて、試験すればいいのです。違いますか? そうしておいて私たちはゆっくりと旅行をするのです。神様が創造した世界がどれほど美しく、水の中に住む魚がどうであるかを知るために旅行するのです。 それを知ってから逝かなければなりません。魚を知って、地上の鳥や動物も知って、木のような植物もすべて知って愛してから逝ってこそ、神様がご自身の息子、娘のために万物を創造なさった甲斐があるというものでしょう? すべてのものは、その一つを取って見ても、神様を賛美できる環境的な要件を……、一生を通じて一時間、一秒でもそのような心を抱いて、神様に栄光をお返しして生きてこそ、孝子となり、忠臣、烈女になれるのです!「アーメン」と言うのです。死んでも「アーメン」です。生きても「アーメン」なのです。ですから、死んでも行くべき道を行かなければならないのです。「アーメン」はどういう意味ですか? 自分の願う通りに行くのです。答えた通りにやるということです。 (二〇〇〇年四月二十一日、アメリカイーストガーデン)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.05
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霊界の各宗団三分の一以上を祝福する指示二〇〇〇年四月十三日、真のお父様は郭錠煥会長に、霊界の各宗教圏と思想圏、哲学圏を三分の一以上ずつ祝福するように、清平から電話で指示された。四月十八日には、アメリカのイーストガーデンであった訓読会に参席した四十余名に、四月十三日に指示された内容を報告するように郭錠煥会長に語られ、四月二十三日には、釣り大会に参加した百二十余名の食口たちにこの内容を説明された。 郭錠煥会長の報告 先日、四月十三日は韓国の投票日でした。宗教圏と思想圏・哲学圏に二分して、三分の一以上ずつ祝福するようにというお父様のみ言がありました。それから、楽園を中心として楽園と地獄を一元化するようにと語られました。地獄の底から楽園まで、滞りなく霊界の門をすべて開き、完全に開放して祝福するにあたって、祝福を受けた人や指導者たちが巡回教育して、全霊界、地獄の底まで解放圏に連結するようにと言われました。 それから政治圏については、百二十代を経た王たちと大統領、一つの国の最高権力者たちを皆祝福して、その当事者たちだけを祝福するのではなく、祝福されたその者たちの十四代の先祖までいっぺんに祝福するようにと言われました。 地獄から楽園まで、すべての門を開こうとする目的は何でしょうか? とにかく全霊界を祝福させて、楽園級に引き上げるためです。そのためには段階も必要であり、あらゆることを実施すべきですが、霊界で放送を実施して……。地上でインターネットなどの電子媒体によって急速に進行するように、霊界でもそのようなシステムを利用して祝福とお父様のみ旨を波及させ、恵沢を受けた祝福された霊たちは、地上の放送界とインターネット界のような役割を果たすようにと言われました。 その次に、聖人と殺人鬼を共に祝福なさいましたが、祝福されたすべての霊たちを動員して悪霊界を完全に解放するようにと言われました。 その次に、お父様の使命が、神様の心情と事情を解怨することなので、それを天使と祝福家庭が一心となって、協力するようにと言われました。 それから、サタンが祝福家庭を様々に苦しめてきたのは、過ぎし日の歴史でありますが、それとは逆に、地上の祝福家庭を保護し、支援し、協助する、完全に反対の現象が起きる時代が到来したということです。 その次に重要なこととして、首脳会談の発表後、霊界で金日成と共産党の幹部すべてに祝福を受けさせ、アメリカの現在の指導者たちに多くの協助をして、真のご父母様のみ旨を受け入れさせよと言われました。そして、共産党の霊たちもみな祝福を受け、段階的に開門して協助させるようにという、み言がありました。 お父様の願いは何かというと、霊界で祝福の革命が起こることです。全霊界が、地獄の隅々までもすべて真のご父母様の真理と祝福の光が差すように、壁を完全に取り壊すようにと言われました。このために宗教、哲学、政治圏がすべて動員され、すべての壁を取り壊して、全部を楽園化させなければならないということです。革命的なこのような役事が起きて、地上は地上なりに、霊界と一心同体になってこそ、神様の恨を解いてさしあげることができると言われました。(二〇〇〇年四月十八日、イーストガーデン) み言 今霊界はイエス様、釈迦、孔子、マホメットなど、組織の系列がすべて違います。霊界の組織の系列が違うのです。いかにしてすべてを引き上げるかというと、イエス様を中心として、真の父母になり得る責任的召命をすべて告げなければなりません。それを分配してあげなければなりません。 旧約時代、新約時代、成約時代の骨子は何ですか? 救いの摂理の骨子と目的が何かというと血統転換です。血統転換して何をしようというのですか? 偽りの愛の根源を暴き、真の愛の根源を回復するのです。そうしないでは神様と父子関係を結ぶことができません。 神様と父子関係を結んで、神様を中心として家庭と国家を引き継ぐことのできる道は、成約時代に来られる再臨主が、第一次アダムと第二次アダムが失敗したすべてを復帰し、第三次アダムにまであった蕩減条件を完全に克服して、第四次アダム解放圏を迎えることです。そのような時にあるので、成約時代の内容を中心に教育しなければならないのです。 今まで霊界はすべてふさがっていました。霊界自体を知りませんでした。自分が知っている限界圏内にすべてとどまっているので、それをすべて開かなければなりません。地獄がどうなっていて、中間霊界、楽園がどうなっていて、天上世界がどうなっているかを知らずにいるのです。ですから、これからは一つの体制のもとに真の父母に侍る成約時代に、真の父母と真の愛の血統的な因縁を中心として、家庭完成、氏族完成、民族完成、国家完成を中心として、一致しなければならないのです。そのようになれば、全天地、霊界と肉界は、完全に統一圏に入っていきます。 それで今回、先生が八十歳の誕生日を中心として宣布したのが何かというと、「南北統一前進大会」です。これは「国を探そう」ということなのです。神様の祖国を探すことができる時代に入ったので、霊界もそこに方向が一致しなければならないのです。 旧約時代には、モーセがカナン復帰の四十年路程を勝利できず、新約時代には、イエス様を中心として、四十年間で世界統一天下を築くことができませんでした。それで再臨時代には、先生が祝領家庭を中心として、イエス様が四十歳で万王の王となるべき基準を、七年ですべて蕩減しなければならず、四十歳で全天下の王権を踏まえて指導しなければなりませんでした。しかし、その立場に立つことができませんでした。それは、キリスト教が、新約時代の基準となった霊的基盤の勝利を築き、中心圏であるイエス様を中心として一つになる起源を結ぶことができなかったからです。 それで、ねじれたので、霊界もねじれ、地上もねじれていったのです。それを先生が地上において、真理と真なるみ言を中心として教育し、統一教会を編成して、収拾してきたのです。 統一教会の個人は、宗教圏の中でもキリスト教を篤く信仰する信者たちよりも、高い位に上がらなければなりません。ですから、信仰生活において、いかなる宗教、いかなる信仰者よりも、最高の神様を信じることによって代表者となり、神様を愛することにおいて代表者となり、サタン自身があらゆる面で、その個人を中心として屈服し得るようにならなければなりません。 サタンが「あの者たちはすべての面で私たちより上だ」と言うような基準に立って、屈服する暁には、霊的世界の悪魔の権限が完全にキリスト教圏に屈服する立場に入っていくのです。仏教圏とか他の宗教圏に屈服するのではありません。真の父母の宗教圏に屈服しなければならないのです。今は主流宗教なのです。神様が願う宗教であり、神様の息子、娘が一体となり、神様の家庭が一体となって、永遠に侍ることのできる宗教なので、主流宗教だというのです。 個人的な主流、家庭的な主流、国家、世界、天宙的な主流の宗教圏を代表することのできる勝利の基盤をこの地上に立て、すべての悪を清算するために来られた再臨主、真の父母を中心として、完全に結束しなければなりません。そこにおいて一つになってこそ大移動が始まるのです。 去る四月十三日に韓国で選挙が行われました。南北統一の問題をめぐってひっくり返る混乱時代が来るのです。そのような時代になったので、南北統一の問題を中心として、これからは霊界まで動員するのです。今まで霊界で祝福したすべての家庭、地上の祝福家庭が一体となって動員するのです。それを知らなければなりません。 祝福家庭、地上世界の祝福家庭と霊界の祝福家庭が一つとなり、真の父母に侍るにあたって、エデンにおいての神様の創造理想的な個人完成、家庭完成、氏族、民族、国家、世界、天宙完成的な内容を中心として見ると、国家的基準を越えることのできる、この立場に立てることによって……。 サタンが最高の権限を行使するのは、サタンの国を中心としてなのです。天が国を中心として探し求めてきたことを知っていて、数多くの国をつくったのです。百八十か国、百八十か国だけではありません。今、国連に加入した国が百九十三、百九十四、百九十五と、しきりに膨らんでいます。二百十か国以上にまで膨らんでいくほど多くの国々をつくりあげたので、神様が一つの国をアジアで探そうとしても、アジアを統一しようとしても、サタンの国が多いので大変なのです。ですから、六大州の多くの国々を統一するのが、どれほど大変かということです。 ですから、神様が願われる国を何によって築きますか? 混乱した環境を乗り越えるために、地域ごとに環境を解決する指導権を立てるためのいくつかの宗教が現れました。仏教、儒教、回教など、勝手な宗教が出てきたのです。勝手に出てきた宗教をすべて霊界で糾合しなければなりません。霊界で糾合するとともに、地上でも糾合しなければならないのです。 糾合するのは神様もできません。神様に糾合する責任があるならば、エデンの園の堕落も起こりませんでした。アダム家庭の殺戮線が起こらなかったのです。それは神様もできないのです。さらには、サタンが破壊行動をするために、願うことすらできないのです。 サタンは破壊行動を続けることで、神様が救いの摂理を個人的に放棄し、家庭的に放棄し、氏族、民族、国家、世界的に放棄することを願うのです。神様が地上天国、地上・天上天国の統一圏を放棄することを願って、死にもの狂いで反対してきたのがサタンなので歓迎する道理がないのです。 このように神様とサタンが闘うのを止めることのできる方が誰かというと、真の愛の主人なのです。真の愛の主人が出てこなければなりません。神様も真の愛の主人になれず、サタンはさらになれないというのです。 真の愛の主人が現れて、神様の前に「あなたは真の愛の主人になるために、アダム家庭をつくられたのですか?」と尋ねるとき、神様は「そのとおり!」と答えるのです。個人的に聞いても「そのとおり」、家庭的に聞いてみても「そのとおり」、氏族、民族、国家的に聞いてみても、世界的、天宙的に聞いてみても「そのとおり」と言える立場に立っているので、神様が「然り!」と公認なさるのです。 それから「サタン、おまえは個人を破壊し、家庭を破壊し、氏族、民族、国家、天宙を破壊して多くの国をつくり、様々な方面から反対して神様の前に抗議の矢を放ったではないか」とサタンに言うと、サタンは「支配できる権限を失わないために仕方なくそうしました」と答えるのです。「そのようなことを続けて幸福か?」と聞くと、「いいえ」と答えます。「それではおまえの願いとは何か? 本然の神様を中心として神様に侍り、アダムとエバに侍っていける解放された基準を願うのではないか。真の父母が神様も解放してあげ、おまえもそのような立場においてあげるから、そこで和合できるか? 統一できるか?」と聞くと、サタンも「オーケー」、神様も「オーケー」と言うのです。 そのような「オーケー」と言える環境圏なのですが、地上・天上世界の人たちは皆、分かれているのです。家族のすべてが、家庭のすべてが四方に分かれていたのを、「祝福」という過程を中心として一つにできるようになるのです。これまでは地獄に行って、数多くの霊界に分かれていきましたが、真の父母の命令によって、統一教会を信じるその基準が、個人から家庭、氏族、民族、国家、天宙に至る勝利圏をもつようになりました。その権限を中心として見るとき、その完全なるプラスは、完全なるマイナスを再創造することができるのです。 完全なるマイナスがあれば、必ず完全なるプラスが生まれてくるのです。原因を中心として、神様と真の父母がそのような完全なるプラスの立場にあり、その相対的な立場の統一教会が絶対信仰、絶対愛、絶対服従の一体圏を備えたので、その主体が願い、相対が願った一体解放圏によって、完成させることができるという論理が出てくるのです。 神様も賛同し、サタンも賛同できるような主張をして、天上世界のすべての階級を超越して門を開いておき、統一教会の信者を中心とした霊界解放圏が展開するのです。完全なるプラス、完全なる対象圏を中心として、地獄に行った者をすべてかき分けて探し、新しく入籍させるのです。それで蘇生、長成、完成、新しい氏族と民族を築いて、国家的な基準を立て、国に侍ることのできる環境的与件を望む家は祝福してあげるのです。 ですから、祝福を受けたすべての霊人たちは、国の解放のために総動員する条件に引っかかっています。神様も命令し、サタンも命令し、真の父母も命令しなければならないのです。真の父母の命令が、神様の命令に先立ち、サタンの命令に先立っているという事実を知らなければなりません。なぜですか? 真の父母が、真の愛の道をすべて判別しておいたので、血統的に汚れた血筋をすべて引っ繰り返せるのです。それを引っ繰り返しておいてこそ、神様も本来の位置に、サタンも本来の位置に戻っていけるのです。そのような全権的な大行事を、真の父母が手がけるのです。 真の父母が現れることによって、血統を中心とした真なる父子関係、真なる夫婦関係、真なる兄弟関係を築いた家庭編成を拡大し、民族を超越し、世界を超越し、世界だけではなく地上世界と天上世界に同じ祝福の圏を完成して、一元化し得る行事が可能な時となったのです。 これまで霊界には、回教とか、仏教とか、儒教とかいった宗教や哲学が、みな自分勝手に存在していました。イエス様が「真の父母」の伝統を植えるため来られた新約時代の霊界一体圏、成約時代の霊・肉界の一体圏を中心として統一するのです。成約が何かというのです。結婚しなければならないのです。 男性として生まれ、女性として生まれて、地獄に行って、ありとあらゆる千年万年の恨を抱き、自分がいかに生きるかということを考えることができませんでした。そのような自分が解放されて祝福を受け、家庭を持てるというのは夢のような話です。アメリカを中心として、霊界と肉界に統一的な祝福の門を大きく開いたのです。 回教圏、仏教圏すべて怨讐です。宗教の怨讐です。これを中心として、キリスト教を中心として、「真の父母宗教」の血統的な基準の愛を中心として宣言するのです。「今やすべての宗教は、真の父母の道理、父の道理を学び、長子圏の道理を学ばなければならない」と言うのです。イエス様が長子になるのです。長子になったので、これまでのキリスト教文化圏から学べというのです。 これまで仏教とか何とか、すべての宗教が手がけてきた形式的なすべては天の国に通じません。天国の道理を受け継いでいけないので、今は霊界で統一教会を中心として新約時代の霊界を統一した、キリスト教文化圏と一つになれというのです。 地上で霊肉を中心とした統一教会を中心として、霊界で一つになったすべてが、地上に向かい統一されるのです。このようにして、新しい家庭を編成し、新しい民族、新しい国家を編成するためには、アダムに代わって家庭理想を抱いた「真の父母」一代を中心として、二代、三代……、世界万民がすべて再び祝福を受けて、その隊列に入っていかなければなりません。そうすることによって、天地が一つの主流的な思想圏内に方向を定め、天国を越えて神様の宝座の前に行き愛を受けることのできる、公認された息子、娘の立場に帰っていけるのです。 個人だけではありません。その家庭が公認され、その一族が公認され得る時代が来るのです。ですから、統一教会の祝福家庭はその一族、「七代孫」を一つにしなければなりません。これが一八五家庭です。これをすべて収拾して入籍しないことには、真の父母が一代、二代、三代、代の数に入っていくことができません。 それでアダム家庭を築いて、天国に一代から二代、三代、四代、五代……これをぎっしりと満たして、地上・天上天国を完結できなかったのが、初めて真の父母が霊・肉界の統一圏を築いて、代の数を合わせてこの地上の万民が支派として編成された中に一人も漏れないように、祝福された人たちがそこに入籍するのです。そうすることでサタンは入籍した彼らを、必ず永遠に崇めなければならないのです。原理がそうなのです。 日本の国とか、アメリカの国とか、そのような考えすらも持つなというのです。それは何かというと、すべてがうじ虫の餌であり、肥溜めのようなものなのです。そのような時代となったので、今や「仏経」や儒教の「経書」を中心として行う自分たちの礼拝形式を、すべて否定するのです。霊界からです。 ですから、教派を克服せよというのです。キリスト教ならばキリスト教に統一されなければなりません。キリスト教が多くの教派に分かれていたら、数多くの宗教がキリスト教を訪ねてくるとき、どこに行ってくっつかなければなりませんか? 一つの宗団にならなければなりません。一つの宗団となって、宗教圏を越えなければなりません。宗教を越えた真の父母の宗教、父母の宗教になるのです。個人の救いではありません。父母を中心として一族、一国の救いの解放圏へと越えなければなりません。 今、聖人たちは祝福されましたが、一二〇代、イエス様を中心として一二〇国家が一つにならなければならないのです。それが一つになれなかったので、全世界を越えることができるように一二〇名の祝福を中心にそれを拡大して、宗教圏すべての信者の三三パーセントを祝福させるのです。蘇生、長成はサタン圏です。完成は解放圏なので、七年路程を中心として、三三パーセントをすべて祝福してやれというのです。 これは真の父母の命令です。回教のマホメットとか、仏教の釈迦牟尼が問題ではありません。こうやって、その伝統的なすべてを伝授しなければなりません。ですから、今まで信じていたすべてを切ってしまい、「仏経」、「コーラン」の上に、「原理のみ言」を中心として接ぎ木しなければなりません。 そのようなことを断行せよと命令したところ、四月十三日、韓国の選挙問題を中心として混乱が生じたのです。地上には混乱が生じ、霊界には統一が実現するのです。 ですから、神様とサタンは闘えないようになっているのです。ルーシェルが「降伏状」を書いて、ルーシェルの一族まで反対するのを屈服させるのです。聖人と殺人鬼、第二次世界大戦のヒットラー、ムッソリーニ、東条英機を中心に祝福してあげたのです。これは国家時代、連合国時代です。それから共産主義は世界時代です。連合国ではありません。 世界を丸ごと呑み込もうとしましたが、これをすべて祝福してあげたので、彼らは偽りの王が自分たちを利用して、天の真なるものを治めてきたということを知っているのです。祝福されたので回れ右して「こいつら!」と言って、自分のてっぺんにある者たちを立たせ、彼らが言うことを聞かなければ、天使たちを前に立たせて押し切ってしまうのです。 サタン側まですべて、天の側に回れ右したのが分かりますか? 聖人と殺人鬼まで天の側になったので、その中にいるサタン世界の手下どもは、いっぺんにふうっと吹き飛ばしてしまうのです。四年間にすべて清算しなければなりません。ですから、南北統一は自動的になされるのです。 こうした措置を取るよう、私が文書をこしらえて清平に行って、そのまま実践するように指示したのです。これまで十四代を中心として百八十代、二百十代まで解放圏を許諾したので、地獄がなくなる環境になっていますが、氏族的メシアが入籍できないときは地獄が残ります。残るのです。ですから、先祖を解放しなければなりません。 救援摂理は、二世を通じて一世を救うのです。誰が堕落したかというと、母が堕落したのです。ですから、母子協助しなければ生きられません。今その時代は過ぎました。統一体を考えなければなりません。家庭から世界や国家を連結するのは父子時代です。絶対プラス圏の父を中心として、男性を中心として、女性たちが皆一つにならなければならないのです。 女性は先に立つことができません。女性が先立つには血統、息子や娘を生んで、子女と一つになって父よりも上になってこそ、先に立つことができるのです。女性が一人で生きていては相続できません。息子や娘がいてこそ相続できるということを知らなければなりません。息子や娘、血筋があってこそ相続できるのです。 今日、世の中の制度は、離婚をすれば半分ずつ分けますが、息子や娘がいなければ、分けてあげることができません。そうしたことが法的に解決方法を知らずに混乱しています。こうした整理すべき複雑な問題が残っているのです。それで早く国を建てなければならないのです。 ですから、韓国語を知らないようではいけません。祖国語を知らないというのはだめなのです。祝福を受けて生んだ息子、娘に韓国語を学ばせなければなりません。祖国に帰らなければなりません。帰っていって入籍しなければならないのです。 昔、イエス様の時代、ローマの諸王が誰かというと、地方長官です。アメリカで言うと州知事と同じです。その入籍の手続きをしにいく道すがらイエス様を生みませんでしたか? 同じなのです。入籍しなければなりません。入籍しなければ国がありません。入籍する所に自分の夫、妻、一家庭全体の生と死の問題がかかっているのです。すべてを犠牲にしても国を探さなければならない立場にあることを知らなければなりません。神様の祖国がありません。 日本の国がどこにあり、アメリカの国がどこにありますか? 駄犬の子たち! ひっくり返さなければなりません。それを信じて愛したら、天の国に行っても地獄から抜け出せません。それを否定してこそ抜け出せるのです。血統的な痕跡、象徴的な影もご覧になりたくない神様なのです。そのような時代が来たので、霊界に大革命が起きるのです。 統一教会の真の父母の氏族圏を中心とした純潔運動と同じように、真の愛を中心として解放圏を一元化させるための時代に入っていくので、それを知らない家庭は天国に入っていけないのです。祝福を受けられないのです。 先生は完成したアダムであり、第一代の先祖です。第二代はイエス様の宗教圏代表です。そして第三代は何ですか? サタン世界の無宗教圏の人たちにも、宗教圏以上の立場を付与できる特権があるのです。サタンを除去するためにそのようにできるのです。何も知らない者たちが強制的に引っ張られて祝福を受けて、天国に入れるチケットが分け与えられるのと同じです。 そのような大統一的な指示を、先生が出しているそのような時代に動いて……。その動きは、地上の皆さんの家庭を協助できるみ業なのです。ですから家庭が妨害するようになれば、すべて今後は即決処分です。連れていきます。サタンが天の人を殺して地獄に引っ張っていこうとしましたが、今後は、地獄の世界を築こうとする者をすべて殺してしまうのです。その傷が全霊界の後孫に及ばないようにするために、早く連れていくのです。 ですから、統一教会の信仰の良かった人たちが、突然に交通事故に遭ったり、癌のような悪い病気にたくさんかかったりして死ぬのです。ほとんどそうです。統一教会の中で有名な者たちがたくさん癌で死にました。蕩減法を教わったならば、その蕩減法を自分が実践しなければなりませんが、それとは関係なしに生きていくので、自分が引っかかって倒れていくのです。不思議でしょう? 皆さんもそうです。「良いなあ」と言いながら引っかかって倒れていくのです。どんなに「良い」と言ったとしても、あの木の端の芽にぶらさがった葉でも、その葉は、中心の根とか、幹とか、すべての枝の栄養を代表的に取らなければ、その芽となる立場の葉は残ることができません。代表的な基準に立っていなければ、すべて落ちて離れていくのです。自分でも分からないのです。そのような恐ろしい時です。 ですから、先生がそのような責任をすべて果たしたという条件を立てようとして、第四次アダム圏を宣布しました。祈祷も真の父母の御名でしないようにと言ったのです。真の父母にすがって、ああだこうだと言えません。 今までの救いの時代では、イエス様にすがって「なぜ私を救ってくれなかったのですか?」と言えました。ところが、再臨主が来られてからは、再臨主にすがって「私たちを救ってください」と言っても、再臨主は責任をすべて果たしたのです。ですから、誰の名前で祈祷するのですか? 自分の名前で祈祷するのです。何を中心として? 祝福を受けたことを中心としてです。 先生が今、祝福を世界化させ、サタンも分別したのです。蕩減条件がないので、絶対基準を中心として、真の父母の勝利圏を受け継いだ祝福家庭某の名前で祈祷できるようになったのです。真の父母の実であるならば、その子女が大きくなって結ばれた実が植えられたら、粟なら栗、稲なら稲、豆なら豆というように、自分の先祖の姿に似なければなりません。誰かを恨む道理はないのです。 祝福家庭ならば、エデンの園のアダム家庭と同じように完成せよというのです。彼らはどのように生きるのですか? 自分の家庭のために生きる者はうじ虫になります。真の父母が地獄の底に下りていって人類のために様々に整理してきた、伝統的な道に従っていかなければならないのです。それで絶対信仰、絶対愛、絶対服従の一致圏を築くことによって解放されるのであって、自分たちを中心として、どんな学位を取り、どんな博士になっても意味がありません。それは駄犬にしかなりません。そのような革命を提示しました。 ですから、大革命が起こるのです。全霊界が先生を中心として、世界全体に対してすべてを合わせておきました。個人的に合わせ、家庭的に合わせ、氏族、民族、国家、天地に至るまで、すべてを合わせておいたのです。 ですから、自分自身が堕落を忘れたこの場に立ち、アダムを中心として堕落していない立場に立って、神様と真の父母の血統的な因縁を中心として、絶対信仰、絶対愛、絶対服従で一体になることによって、ご父母様が成就したすべてのことを、血統的な因縁を持って生まれた息子や娘が自動的に相続できるようになるのです。 それを可能にするための地上・天上世界共通の標語の基準が何かというと、絶対信仰、絶対愛、絶対服従です。創造なさるとき、神様ご自身も絶対信仰をもってつくられました。絶対信仰でつくられた相対もまた、絶対愛の対象体としてつくられたのです。その愛の対象体がご自身よりも一〇〇パーセント永遠に優れていることを願われ、永遠に投入して投入して忘れてしまおうとする思想を中心としてつくられたのです。 その公式的な基準に一致することによって、主体と対象が相対的な立場で一つになり得る道が開かれるのです。その道が何かというと、真の愛の道です。その真の愛の道は、個人が永遠に行ける道であり、家庭が永遠に行ける道であり、氏族、民族、国家が永遠に行ける道であり、モデルなのです。 一つの公式を中心に、千人、万人がすべてぴったり合うのと同じように、モデル形態の個人、家庭、氏族、民族、国家……八段階の基準をすべて整理して標語をつけ、第四次アダム圏によって、この標語を勝利したモデル基盤の上に、皆さんを立てておいたのです。 個人的なモデル、家庭的なモデル、氏族的なモデル……八段階のモデルを相続し、ここに愛の八段階の主人に神様がなれなかったならば、皆さん自身が腹中時代から、神様が愛の主人になり得るようにしなければなりません。神様を愛の主人にしてさしあげるのは息子と娘です。神様ご自身ではできません。息子と娘がしなければなりません。そうでしょう? 八段階とはそのことなのです。そのような原則的な内容をすべてはっきり教えてあげました。 今回、「南北統一前進大会」で語ったみ言に五つの内容がありますが、そこにすべてが入っています。抜けたものがありません。私たちの盟誓文よりも全体の内容がすべて入っているのです。神様の祖国が理論的にすべて出ています。南北統一の理論が完全に出ています。 ですから、祝福家庭の皆さんは、北朝鮮の無神論者とキリスト教の有神論者を兄弟として抱かなければなりません。キリスト教を消化し、キリスト教が長子圏に立ったならば、次子圏のサタンは、父母と一つになった長子の前に自然屈服するようになっています。キリスト教を消化しなければなりません。 民主世界は有神論世界です、有神論。唯心世界です。そうでしょう? それから共産世界は何かというと、無神論世界です、無神論。唯物主義です。キリスト教を右手に抱き、反対するサタンを左手に抱いて、統一させなければならないのです。家庭がそうであり、氏族、民族、国家、世界が代表的な基準において、神様がそのようなカインとアベルをすべて統一できる、主体的な内容が具備されたその基準において、個人から家庭、氏族、民族……八段階を越えてこそ、地上・天上の解放圏が展開して、神様の宝座の前に行って、初めて最高の座において、全天地の天民を代身して相続権を受けるのです。家庭では受けられません。南北を統一すれば、世界が統一されるようになっています。これをはっきりと知らなければなりません。 それで先生の四十年を中心として越えるのです。時代が変わってきます。時代が移り変わります。日本の国がありません。アメリカの国がありません。世界の国が共に滅びなければなりません。すべてこれを取り崩してしまえというのです。み言をもって、どこに行っても撃破できるのです。国家の放送局を通して、四十日だけ訓読会をしてしまえば、すべての国が回り、世界が回る内容なのです。それは既に地上で実験済みの実証的な事実です。恐いものがありません。(二〇〇〇年四月二十三日)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.04
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[旧統一教会]絶対信仰に奇跡が起こる朴ポーフィ先生のみ言葉2023/11/04今日は1996年9月 城成教会にて朴ポーフィ先生が語られたみ言葉の一部をご紹介します厳しい迫害のこの時 かつて朴ポーフィ先生が語られたみ言葉は大きな力を与えてくれます。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.04
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♪勝利の日まで♪ 前田つよし 2023/10/31Tsuyoshi Maeda(前田つよし) 前田つよし時速2キロで歩く真理の道一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓ 【関連記事】愛唱歌「信仰の翼♪」 by 前田つよし(Youtubeer)(2023.08.18)
2023.11.04
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第41回「真の父母の日」記念礼拝の御言成約八 2000年4月5日(陰暦三月一日)九里市 中央修練院 (郭錠煥先生が一九六八年の「父母の日」のみ言「父母は歴史の起点である」を訓読された後、真のお父様が壇上に立たれる) きょうは何の日ですか? (「『真の父母の日』です」)。「真の父母の日」です。今、朗読したみ言を聞いて、真の父母とはどのようなかたなのかが分かったと思います。真の父母とは、堕落した世界全体に責任を持ち、それを解放すべき主人について言う言葉です。地上世界の人類解放はもちろんのこと、天上世界にいるわたしたちの先祖も解放し、すべてを解放してこそ、神様を解放することができるということを知らなければなりません。 堕落がこのように、途方もない結果をもたらしたという事実です。エデンにおいて一人の男性と一人の女性が過った愛の因縁を結んだことによって、歴史を通してこれほど数多くの犠牲の代価を払うことになりました。また、そのようにして復帰路程の正道を捜し出そうと苦労してきましたが、正道を捜し出すことができませんでした。メシヤが来て、救世主が来て……。 救世主とは何のことかといえば、破壊された愛の秩序を正すために来られるかたなのです。その救世主がだれなのかといえば、真の父母であるというのです。サタン世界の絡まったすべての環境与件を収拾し、正道を行くことのできる標準的な基準に立ったかたがメシヤです。 そしてメシヤを中心として、そこに家庭が現れるのです。そうではないですか?。メシヤを中心とした息子、娘を中心として、氏族、民族、国家、世界、そして天宙まで行きます。メシヤを中心として、その直系の血統を中心として行くのです。 堕落したアダムの後孫、カイン的な息子、娘が残っているので、これを処理することのできる方法を考えるとき、そのままではメシヤの直系の息子、娘だけが天国に行くことができるのです。これを救うために、これを一つにするために、個人から家庭、氏族、民族、国家基準まで天は摂理してきました。そのようにして準備されたのがイスラエル民族なのです。 イスラエル民族を中心として考えるとき、イスラエルという国は、イエス様が来られるときに、環境的与件において個人的な環境を継いでさしあげる民族であり、家庭的環境を継いでさしあげ、国家的環境を継いでさしあげるべき民族なのです。 そのように考えるとき、父母というものは、カインとアベルの上にいます。父母が現れるためには、父母が生まれるためには、カインとアベルを生んであげなければなりません。闘うカイン、アベルではなく、一つになったカイン、アベルです。皆さんは、このことを知らなければなりません。 復帰の路程には、必ず環境があります。神様が創造されるとき、環境を創造されましたが、その環境の中には必ず主体と対象があります。落ちてしまったので、逆に上がっていかなければならないのですが、神様の創造理想が堕落によって失われても、環境的な与件は、個人を超えて氏族、民族、国家、世界、天宙まで残っているのです。その環境の中には、必ずプラス・マイナス、主体・対象があります。 このように考えるとき、その環境を代表した主体が堕落していない本然のアダムとエバです。アダムとエバが堕落しなかったならば、カインとアベルのように二人が横的に一つになったところに父母を迎えることによって、家庭的な平和の起点ができました。息子、娘が孝行の道を行くことによって、その父母は幸福になるのです。 幸福な父母は、自分が持っているものをすべて愛する孝子、孝女に相続してあげ、さらに与えたいと思います。それが父母の心なのです。その父母の心の伝統を受け継いで生まれた息子、娘には、その伝統を通して歴史が引き継がれ、父子の血縁的関係が代々、歴史を通して完全に連結してきているのです。 その伝統基準が立てば、今日のわたしたちが暮らしているこの世の中に何千代、何万代の後孫が広がったとしても、その伝統は、神様を中心としてつづられた伝統であるがゆえに、変わることなく発展していくことができたのです。 しかし、堕落することによって、この伝統的環境がすべて崩れてしまいました。ですから、蕩減復帰原則において、国家的基準がサタンの基準なので、そのサタンの基準を超えるべきイスラエル民族が国家形態をもってローマを消化し、世界と人類を吸収するための道を行かなければなりません。その道を行くためには、この地上にメシヤが来なければならないのです。メシヤが来る目的は、そこにあります。 イスラエル民族において、カインとアベルのような環境与件を必要としたのであり、イスラエルの国がカインであり、イスラエルの宗教(ユダヤ教)がアベルです。この二つが一つになって、教会ごとに一つになり、そして国が一つになったならば、どのような宗教でも国と一つになることができるのです。 それゆえに教会において、来られるメシヤに侍るようになれば、イスラエルの全国が国家的環境と一つになることのできる立場に立つのです。そして、その息子、娘、カインとアベルの基準を中心として一体となることによって、エデンにおけるアダムとエバの家庭においてカインとアベルが闘い、長子が次子を殺した、この環境的与件を必ず埋め合わせるようになるのです。 歴史時代において知らなければならないことは、カイン・アベル問題、主体と対象の関係が絶対に必要であるということです。それが一つになるとは、どういうことでしょうか?。環境は、自然的摂理の創造理想の中にあるので、カインとアベル、アダムとエバが一つになれば、その環境与件は、神様が中心に立たれて一体となることができるということです。 蕩減するためには、逆さまに上がっていくのです。カインとアベルを一つにすることと同じように、イスラエルの国とイスラエルの教会が一つになったその基準に、イエス様を中心として家庭を出発していたならば、イスラエルの国家全体が祝福を受けることができました。そして、家庭的に接ぎ木をして、イエス様が統治することのできる一つの国となるのです。分かりますか? これが環境的世界舞台を中心として見るとき、一つの国の基準がアベル的基準であるイスラエルであり、カイン的基準がローマなのです。それでは、このような立場において環境的与件がローマなのですが、摂理上において見るとき、イスラエル民族が一つになっていたならば、中東が一つになっていたはずです。 それから、アジアにおける仏教や儒教など、このようなすべての宗教が、アジアにおいてイスラエル民族と一つになっていたならば、中東を経て、アジアを経て膨大な地域になります。 中東やインドなどの膨大な地域が一つになっていたならば、ローマは問題になりません。ローマは人本主義であり、神様に仕えるのではなく、人に仕え、人を絶対視する基準なので、カイン圏です。このような宗教圏が一つになっていたならば、ローマを吸収し、アベルがカインを抱え込み……。 それでは、カインとアベルが一つになることのできる方法とは、どのようにすることでしょうか?。力でするのではありません。「怨讐を愛する」という伝統を立てれば、ローマ自体もイエス様を中心とした宗教圏に吸収されるのです。そのようになっていたならば、イエス様は天下の「王の中の王」になっていたと思うのです。 イスラエル民族がイエス様を受け入れることができなかったため、イスラエル民族は、この膨大な摂理の歴史、世界的な摂理の歴史において誤った民族となり、天の前に立つことができない立場になりました。 それは正に、エデンにおける堕落したアダム家庭と同じ立場なので、イスラエルの国は流れていき、第一イスラエルは消えてしまうのです。第二イスラエルであるキリスト教文化圏がこれを引き継ぎ、国家的基準を超えて世界的基準で出発したのですが、それは霊的なのです。国がない立場です。 イエス様が体を失ってしまわれることによって、これを再び取り戻すための霊的基準を霊界において……。霊界の統一圏をつくって一つになったその基準において、地上と連結させることができます。 なぜ、そうなのかといえば、霊界が一つになってこそ、地上世界に来られる再臨のときにも協助することができるので、霊的世界の統一圏をキリスト教がつくったのです。 ですから、キリスト教の願いが何なのですか?。記録にあるように、小羊の婚宴をすることです。そして、終わりの日にキリスト教の霊的基準の勝利圏を中心として、地上に成し遂げられたものがキリスト教です。キリスト教の旧教と新教なのです。 この旧教と新教が闘っています。カインとアベルなのです。このカインとアベルを一つにすることができるかたがメシヤです。メシヤは父です。父母が父母の愛の中心なので、自分の利益のために闘っていた兄弟も、父母が現れればそれを否定して共に……。一人は右手に、一人は左手に抱かれて、「お父さん、お母さん」と言うことのできる立場になるのです。 そのようにならなければならないのにもかかわらず、キリスト教が受け入れることができなかったことによって、問題が生じました。来られる主の前に霊的基準において勝利した天国を持って地上に来たのですが、地上には旧教があり、新教があり、それと同時にその周辺にたくさんの宗教があるのです。これを一つにして収拾するために、メシヤは真の父母として来られるのです。 旧教と新教は今まで闘ってきましたが、彼らの父母はだれであり、神様の摂理的起源の出発がどのようになっていて、方向がどのようになっていて、未来の目的がどのようになっているのかを分からずにいます。 アダムが無知によって堕落したのと同じように、知ることができないでいます。父母が来て、神様の秘密と歴史の秘密と悪魔の秘密を完全に知り、彼らを教育することによって、旧教と新教が葛藤することなく一つになることのできる道が開かれるのです。 そのような立場を中心として来られるメシヤは、その版図を成就させるために、どのようにしなければならないのでしょうか?。本来の創造理想は、霊的世界を成すためのものではありません。地上で国を成してから霊界の国ができるので、反対に蕩減復帰するために、肉的な国の勢力圏を持ったすべてのサタン勢力によって霊的な国を創造していくキリスト教が迫害されたのです。 それゆえに、キリスト教は殉教の境地、宗教の中でも悲惨な血を流した殉教の宗教になってきたということを知らなければなりません。そして、終わりの日に来る小羊の婚宴、父母が現れることができるその日を願ってきたのですが、父母がどのように来て、メシヤがどのようなかたであるのかということを、教えてあげることができないのです。 堕落して無知に陥ったので、人間世界においてそれを捜し出して解決しなければなりません。解決すべき内容をすべて捜し出して解決していかれるかたがメシヤなので、メシヤさえ絶対に信じるようになれば、メシヤが知っている内外すべての摂理の内容を、いつでも相続することのできる内容を備えるようになるのです。 それゆえに、メシヤになることのできるかたは、霊界に行って霊的世界の統一を成し、地上世界の統一をしなければならないということです。分かりますか? (「はい」) メシヤは、何を統一しなければならないのですか?。霊的キリスト教文化を築こうとすれば、その上に立たなければなりません。数多くの分派に分かれた霊界をすべて収拾して、統一してから現れなければなりません。 それゆえに、メシヤと言えば、宗教の問題、神様の摂理の問題に関して知らないことがないのです。そこにキリスト教文化圏が備えられていたならば、七年もかかりません。旧教と新教の責任者たちを中心として……。 そうではないですか?。責任者は多くありません。旧教で言えば法王であり、新教で言えば総会長です。教派が多くても、総会長を三、四人だけ一つにすれば、すべてのキリスト教、旧教と新教を統一することができるのです。そして、聖書の未知の事実が明確にされることによって、自分たちの出発が誤っていたということ、また進む方向が誤っていたということを知るようになります。 目的が違うということを知るようになるので、その教えを通して出発が正され、方向が正され、目的が正されます。それによって、今まで旧教と新教が闘ってきたことは、神様のみ旨の中において赦しがたいことであるということを知り、悔い改めてメシヤの前に一つにならなければならないのです。そのように、ここに立った真のご父母様の前で、代表的な基準を中心として連合されなければなりません。 それゆえに、韓国で出発したのですが、韓国において旧教と新教が一つにならなければなりません。分かりますか?。これは世界的です。先生の前に現れれば、小さいものであったとしても、世界的な内容の意図を持って教えてあげるので、未来においてその小さい存在は、先生の意図と一致するのです。未来の基準までの差は七年なので、どのようにしても一時代において起こりうる内容なのです。 ところが、韓国においてキリスト教が反対することによって、神様のみ旨を成し遂げることのできる基準がなくなりました。もし、キリスト教が……。 皆さんは、梨大事件、延大事件のことを知っていますが、それは六大キリスト教宗団によって起きた事件です。そこにおいて韓国政府と女性が問題でした。朴パクマリアが副総長であり、金キム活ファル蘭ランが総長であり、三番目が大統領夫人のフランチェスカです。それが四位基台になっているのです。梨花女子大学さえ先生と一つになっていたならば、政府とすぐに一つになっていたのです。 政府と一つになっていたならば、いくらアメリカの軍政時代が来たとしても、軍政が教会を統治することはできません。国家的基準において教会基盤を築いたならば、いくら宣教師が反対したとしても、宣教師を指導していた指導層が一つになっているので問題にもなりません。 もし、問題になれば、公開討論をするのです。そのようになれば、すべての面において、キリスト教は統一教会の原理に勝つことはできません。これは主流思想なのです。 そのようになっていたならば、そのとき、大韓民国全体を中心として祝福行事までするのです。分かりますか?。大韓民国の構造的内容を見れば、家庭がその単位です。家庭が根本です。それゆえに、そのとき、三千万人いたならば、三千万の民族の前に家庭さえしっかりと祝福すれば、国であれ何であれ、すべて家庭を中心として一つになります。 家庭さえ一つになり、個人、家庭、氏族、民族、国家のカイン・アベル圏を中心としてキリスト教が一つになれば、宗教圏を中心としてカイン、アベルが一つになります。国を一つにするようになっているのです。 それから、宗教圏が一つになれば、民族全体が法を通して一つにならざるをえない環境になっていました。そして、その環境と一つになった祝福された家庭を天国に植えることのできる、移していくことのできる国となるので、それまでキリスト教思想において願ってきた希望のイスラエル民族を中心として国家編成を完成するのです。 その完成した基準というものは、ローマ時代ではありません。今の時代、世界的時代において初めて神様の祖国の主権復帰がなされることによって、これを全世界に連結させ、一元化することによって、地上天国、天上天国が形成されるのです。 いくら地上天国と天上天国の形態が形成されたとしても、横的な人類全体は兄弟です。分かりますか?。兄弟です。カインとアベルです。その中心になることのできる父母がいなければならず、子女がいなければなりません。それが上下、左右、前後です。 また家庭の形態を見れば、上が父親であれば息子は下であり、左が妻ならば右は夫であり、前後は子女たちです。この三つの基準が国家的基準において成し遂げられ、完全に統一される日には、上下、前後、左右……。そうではないですか?。 上下になることのできるこの基準を中心として、上下、左右、前後にならなければならないのですが、これに反対することによって韓国と世界の行く道が塞がれてしまったのです。分かりますか? (「はい」) そのような環境において、先生は追い出されて一人になったのです。神様の愛で世界を統治する使命と国家を治めるべき使命、そしてまた、蕩減復帰の内容を払っていくべき個人的な責任を中心として、すべてが着地しなければなりません。着地の目的は何かというと、神の国なのです。 アダムは家庭を失いましたが、イエス様は国を失ってしまいました。分かりますか? (「はい」)。ですから、国を取り戻すことによって、家庭は取り戻されるのです。分かりますか? それゆえに、神の国を建てるためのすべての横的な基準を中心として真の父母に侍ったならば、家庭的父母になり、氏族的父母になり、民族的父母になり、国家的父母になります。そして、祝福の環境が全世界的に広がれば、これは自動的に縦的な世界の天宙と神様まで連結されるのです。 神様まで連結されたこの八段階の父母の心情圏が横的な世界に連結されれば、祝福の完成が完全になされ、真の父母を中心とした祝福完成を成し遂げることができます。新しい血統を中心とした血縁的関係が真のご父母様の家庭から皆さんの家庭に接ぎ木され、真のご父母様に接ぎ木されたすべての家庭は、カインとアベルが一つになっているので、同等な価値を持つようになるのです。ですから、氏族は民族を消化して、民族は国家を消化することのできる統一圏が広がるようになれば……。 難しいことを言うよりも、結論は簡単です。今、問題なのは、わたしたちに国がないということです。イエス様が血を流したのは、ユダヤの国が第二イスラエル圏においてローマを吸収すべきでしたが、それを失ってしまったので、それを世界に拡大して消化するためでした。 ですから、皆さんは左翼、右翼という言葉を知っているでしょう? (「はい」)。それがカイン・アベル問題です。人類はサタンによって父母を失い、孤児となって独りさまよう歴史を経てきましたが、父母を迎えるようになれば、アベルは右側に行って手を握り、闘っていたカインは左側に行って手を握り、「お父さん、お母さん」と呼ぶようになるのです。分かりますか? ですから、左翼と右翼は、カインとアベルであり、家庭においても同じです。カインとアベルです。アベルは右側であり、カインは左側です。これは父母を中心として言うのです。 イエス様がこの地上に来て、アダム時代に家庭において失ったものを国の基準において立てようとするので、国において闘う兄弟が、アベルに当たる人は右手をつかみ、カインに当たる人は左手をつかんで一つになります。そして、「お父さん、お母さん、行くべき道を早く行きましょう」と言って、訪ねていく所がローマならばローマに対して、ローマ民族を中心として中東を消化し、すべての宗教圏を消化してローマを統一することは問題ないのです。一瞬のうちに発展する内容を、ローマの国民はすでに知っているのです。 統一教会は、世界的にうわさになっていますが、復帰の過程で多くの受難の峠を越えてきました。しかし、統一教会について調べてみると皆、「良い」と言うのです。人も良く、家庭も理想的であり、内容で見れば、思想的世界においてどの世界にもないものであり、どこを見ても宗教圏を凌駕することができ、思想界を凌駕するものなのです。 一つの統一天下を中心として真の主人であられる神様に侍り、平和の基地となり、解放の基地となることができ、万民すべてが地上天国の相続者になることのできる栄光の家庭から国家になるのです。それ以上、何があるでしょうか? 昨年、日本で祝福をしようとしたのですが、もし、この母の国が祝福に責任を持ち、国の責任者が中心となって「これは歴史上にない、一人しかない母として行うことができる責任の祝福です。すべての息子を代表し、解放するための世界的な条件を立てるこの祝福を日本が行うので、日本と外交関係を持つすべての首相と大統領を招聘します」と言えば、来るでしょうか、来ないでしょうか? (「来ます」) それは、「来るな」と言っても、来るようになっているのです。そのようにして祝福を行ったならば、日本はどのようになるでしょうか?。世界がそこに同調し、世界が歩調を合わせることができるようになれば、日本自体が「母の国の資格を持たない」と言っても、世界が受け入れ、その環境を称賛することができるようにさえなっていたならば……。 日本の人たちは見ていなさい。統一教会に反対して残る群れはありません。個人が統一教会に反対して倒れ、家庭が倒れ、氏族が倒れ、民族が倒れ、共産党が統一教会に反対して滅びました。 また、民主世界が統一教会に反対しながらよく見てみると、キリスト教の聖書における未知の事実が統一教会の原理の中に有り余るほどあり、世界の思想圏をすべて凌駕するということをアメリカが気づき始めたということです。 反対していたことを悔い改め、今年は上下院合わせて三百人以上が集まり、先生が歴史にない……。自由と信仰と家庭と奉仕、これは四大条件です。(注:今年二月二日、米国ワシントンDCで行われた「米国の世紀賞」晩餐会で、真のお父様は「自由・信仰・家庭特別生涯功労賞」を受賞された)一世紀(二十世紀)を中心としてですが、それはただの一世紀ではありません。今まで何千年の歴史を代表した一世紀なのです。この一世紀はそうです。「この期間において、この四つの分野に功労がある人々に賞を与えよう」と、国会が元になって六十二人が賞をもらったのですが、一人に一分野ずつ賞を与えました。 一人に一分野ずつであって、二つの分野ではありません。分かりますか? (「はい」)。何のことか、分かりますか? (「はい」)。(拍手)すべての分野で一人ずつ賞をもらって喜んでいました。しかし、「この四大分野をすべて統一した基盤において、アメリカが行くべき伝統の道を受け継いで功労を立てた人を捜そう」と言いながら、いくら捜してもいなかったのです。個人主義の世界には、いるはずがありません。 今、「冷戦時代を終結させ、共産党を破滅させた人は文総裁である」という看板を世界の歴史家たちがつけたことを、皆知っています。日本の食口たちは知っていますか? (「知っています」)。知っていますか、知りませんか?。大きな声で答えてください。(「知っています」)。しかたなく、答えていますね。(笑い) そして、レバレンド・ムーンに国家が反対し、CIA、FBIがありとあらゆることをしたという、そのような背景をすべて知っている高位階層の人々や国会の上下院議員たち、また彼らと組んでレバレンド・ムーンと統一教会をなくすために活動していた人々が、公に賞を与えると発表し、言論機関など、すべての機関を通してこの四大分野に功績のある人を捜したのです。 それで、開票した結果、「そのような人は、わたしたちが最も憎んでいたレバレンド・ムーンだ」と、このようになったというのです。(拍手)それで、アメリカのヘイグ元国務長官とワインバーガー元国防長官が来たのです。彼らは、レーガンから三時代にわたって活動していた人たちです。カーターやレーガン、ブッシュのときまで、国務長官などをした有名な人たちです。 彼らが冷戦時代に共産党と闘う責任を任され、コーナーに追い込まれて「死ぬか生きるか」と苦しんでいるときに、わたしが現れ、それをすべて解決してあげたのです。ですから、彼らはよく知っているのです。そのふたりが出てきて、「歴史以来、レバレンド・ムーンを凌駕する人はなく、アメリカは彼について行くこともできない」と称賛しながら、わたしに賞をくれたのです。 わたしが賞を望んだのではありません。賞をもらって何をするのですか?。わたしは、たとえアメリカ自体をくれたとしても、もらうかもらわないか、というのにです。アメリカをもらって、内的に腐敗したものを消化しようとすれば、どれほど大変でしょうか?。苦労だけではありません。日本を一つにするのに、どれほど苦労が絶えないでしょうか? しかし、み言を中心としては……。皆さん、訓読会を知っているでしょう?。今年に入って時が満ちたので、「優秀な人たちを連れてきてセミナーをしよう」と言ったのです。 郭クァク錠煥氏、どこに行きましたか? (「ここにいます」)。目がセメントのように固まり、心配事が山のようになったのです。「やりなさいというのに、やりもせずになぜ心配するか。やってみてできなかったら心配するものだ。ごたごた言わずにやりなさい」と言ったのです。 それで、やってみると夢のようなことが起きるのです。先生のみ言は、とても膨大な内容なのです。どんなことでも、難しい問題を質問すれば、すべて答えました。ですから、高位階層を中心として世界百八十か国から集まって七次までしたのですが、七次まで訓読会をしてみると、反対する人がいません。反対する内容があるでしょうか?。霊界を知っているでしょうか、摂理歴史に対する観を知っていますか? あれこれと長く話をしようとすれば、時間がたくさん過ぎてしまいます。何時になりましたか? (「十一時四十分です」)わたしはのどがつまり、目が腫れているのです。今、総合健康テストをしようと、あらゆる薬を飲みました。胃腸の菌が多いらしいのです。きつい薬を飲んだら、健康になるどころか、ぶくぶくに腫れたのです。足が重く、こちらに来るときも、ふらふらして来ました。 しかたなく、テーブルをつかんでこのようにしているのですが、「ああ、先生は、健康な姿そのものだ」と言うのですが……。これが明日までに終わるので……。しかし、医者が総検査した結果が何かというと、その医者は有名な博士で、総合病院の副院長ですが、「世の中にこんなことがありうるのか?。年齢が八十を超えた人が、どの分野を見ても、驚くべきことにすべて百パーセント青年そのものであり、たった今、産まれた赤ん坊のような体質を持っている」と判読していたのです。(拍手) このような話を聞けば、黒人でも、白人でも、日本人でも、怨讐でもだれでも皆、喜びます。今日、この韓国では、わたしたちに反対していたキリスト教会も「文先生は長生きしなければならない」と言っているのです。(笑い)(拍手) 今まで「死ね」と言って、あらゆることをいくらやっても死ななかったのです。(笑い)死ぬようにと祈祷しても文総裁だけが残っているので、「ああ、あの人は死ぬ人ではない。神様の代身かもしれない。また生涯の数十年の間、国ができないことを成しても横柄に威張ってもいない。悪いと思っていたのに、すべての面において比較して調べてみると、目が引っ繰り返って、舌を巻くほどだ」と言っています。(拍手) ですから、一つの事実として分かっていることは、文総裁は間違いなく、韓国五千年歴史に初めて現れた愛国者であるということです。(拍手)それは、だれに尋ねてみても反対する人はいません。今では、先生の悪口を言う人を、若い人や血気盛んな分子が、即座にこぶしで殴っています。それでは、良い時代になりましたか、悪い時代になりましたか?。良い時代です。では、キリスト教にとってはどうですか? (「悪い時代です」) 大韓民国が四十年間、八代の大統領が反対してきました。文総裁が滅びることを願って反対し、「国家の威信を損傷させる」と言ってあらゆる悪口を言ってきましたが、今では大韓民国の主権も文総裁を必要としているのです。 いくらやっても民族を収拾できないのに、怨讐の日本人、怨讐のドイツ人、アメリカ人を一つにしているのを見ると、怨讐視していない韓国民族を一つにすることは問題ありますか、ありませんか? (「ありません」)。あります (「ありません」)。あなたたちが勝ちました。先生に勝ってみると、気分が良いのではないですか? (笑い)そのような時代になりました。 今では、北韓までもそうです。文総裁の思想でなければ、北韓も生きる道がないということを知っているので、十年間、誕生日ごとに礼物を送ってきました。それを皆さんは知りません。先生が話をしませんでした。 今、平和自動車工場をつくっているでしょう? (「はい」)。それはそのときに約束したのです。十年前の約束を守るのです。契約をしたならば、契約を成さなければならないのではないですか?。それを放り出してしまう人は、背反者になるのです。ですから、わたしがつくった環境がどんどん大きくなっていくので、このままいって大韓民国がそこと一つになると自分たちが困るのです。「その前に」と思って、自分たちからわたしたちに与えるようになっているのです。 現代があらゆることをして、金クム剛山観光などを行っていますが、目的は自動車工場を建てることです。しかし、いくら交渉してもできません。これは、金キム日イル成主席が生きている時の遺言として残した言葉であり、遺訓事業となっているので、それに反対する人は首を切られるようになっているのです。 そのように考えれば、わたしが少し苦労しましたが、日本の食口に、「ああ、思いきり働いて、わたしが愛する母の国にしよう」というのは、悪いことですか、良いことですか?。母親は、息子、娘に使われなければなりません。統一教会の青少年を教育するために、今から皆さんは日本で活動して、公的な血と涙を流す役事が起こらなければなりません。 この世界人類の生死がその綱にかかっているということを思うとき、それを自分の手に巻きつけて引っ張るということが、すべての国において……。日本もそこに入っていくのです。それでは、先生が「そのようにしなさい」と言えば、滅びるでしょうか、発展するでしょうか? (「発展します」)。いいえ、滅びるかもしれません。してはなりません。しかし、み旨を知っている人は、先生が「するな」と言っても壁を越えてもするようになっているのです。 皆さん、先生のことが一番好きなのですか?。どのくらい好きですか?。一番好きだという人、手を挙げてください。いやぁ、こんなに多いのですか? (笑い)ですから、日本の国は文総裁に反対し、大韓民国の大統領も、国民全体が文総裁に反対したのです。 皆さんが先生を一番好むので、自分たちが一番びりではないですか?。ですから、彼らは先生に反対するでしょうか、しないでしょうか?。彼らのことも好きですが、文総裁がもっと好きなのです。 国を愛するにおいても自分たちの何百倍、国民のことを心配するにおいても何十倍です。世界を超えて功労を立て、この民族を助けてあげるために準備した基盤を、今、この民族が知る時になりました。 夜中には分からなかったのですが、日が昇れば、いくら見渡しても統一教会にしか希望がないのです。民族や反対していた父母も、喜んで希望を持つようになることによって、文総裁が生きていくことを願うようになるのです。アーメン。(「アーメン」) 皆さん、先生が何歳くらいまで生きるのが良いですか?。答えてみてください。(「永遠に生きるのが良いです」)。永遠に居れば、木が枯れて、飛んできていた鳥も立ち寄らず、虫も訪ねてこなくなります。そうなってもですか?。それ以上悲惨なことがどこにありますか? (笑い) 「程良く仕事を終えて逝かれればよい」と祈祷しなければなりません。そうではないですか?。今ではもう、先生がすべき仕事はすべて終えました。霊界がどれほど複雑か分かりません。日本の人たちが、いくらわたしを一番愛しているとしても、わたしはそれをすべて捨て、韓国の人たちを捨て、愛を知らない霊界を解放するために行かなければなりません。霊界はどれほど待っているでしょうか?。数千億が待っているのです。 最近、日本の人口は一億二千万だというのですが、先生のことを好きな人は何人くらいになりますか?。この世界は何億くらいになるのですか?。あの世に行けば、すべてを一つの方向に統一した基準を中心として、一瞬で国家を超えて……。 仏教なら仏教圏を完全に解放、マホメットならマホメットのイスラム解放、日本民族がいれば日本民族まですべて解放することができるのです。きょうは何の日ですか? (「『真の父母の日』です」)。山に花が咲き、チンダルレ(からむらさきつつじ)が咲き、ケナリ(れんぎょう)が咲くので、見物しに行きます。結論を出しましょう。 今、世界でレバレンド・ムーンを知らない人がいると思いますか、いないと思いますか? (「いません」)。乳飲み子は知らないかもしれませんが、幼稚園から小学校以上の人は文総裁のことを知っています。 それは、うまく宣伝できたのですか、できなかったのですか?。気がつけば、見渡す限りの砂漠に、その広い平原の上にきちんと基礎を築いてしまったのです。地球星に大異変が起きて、横になっていた大きな山脈が逆さまになり、雲が集まって雨が降れば、平原を流れていくのですが、流れていく道をつくっておけば、どのようになるでしょうか?。川筋、水流の主人になるのです。分かりますか? (「はい」)。その主人の思いどおりに土地に水を供給することができ、動かすことのできる世の中になるのです。そのようなとき、そこには理想郷ができるのです。分かりますか? (「はい」)。目を開けて分かったのですか、目を閉じて分かったのですか? (笑い) 今から南北統一です。今、どこまで来たのかといえば、世界、アメリカもキリスト教文化圏も行く所がなく、わたしのおしりにぶら下がっているのです。反対して文総裁を追い出した南北米のキリスト教基盤を訪ねていき、旧教と新教を一つにすることができるように今までしてきたのですが、条件的に成す以上のことをしたのです。 そして、そこに学校を建て、すべての施設を建てたので、アメリカで二十七年、三十年間かけてしたことを、南米では四年間で平準化させました。今からは、旧教も新教もレバレンド・ムーンが教えてあげる「原理」のみ言に従っていかなければ、キリスト教は滅亡するのです。蘇生する道がありません。それゆえに、そのような雰囲気が盛り上がってきたのです。 訓読会も、教会内でも訓読する責任がありますが、社会を中心として国を治め……。政治をする人たちは、宗教は怨讐です。そうではないですか?。国家が宗教人たちを虐殺したでしょう? (「はい」) サタン国家が宗教人たちの首を切りました。宗教は怨讐なのです。教会で訓読会をするのと同じように、この怨讐の群れを集めて政治の分野、経済の分野、思想の分野における未知の環境に苦しむ彼らの前に、新しい希望を伝えてあげることができる内容のセミナーを行ったので、彼らは皆、降参したのです。哲学者、宗教家、経済学者、政治家が皆、降参しました。 今では、アメリカの上下院が、統一教会の「原理」の内容を中心として第二建国の世界を……。「神様の下の一つの国家」というアメリカ第一主義だったものを、今からは「神様の下の一つの世界」という言葉を中心として、「もう一度わたしたちが世界の主導国家の権限を堂々と持つことができるようにするためには、これを建国思想として上下院を通させ実行しなければならない」という喊声が広がり始めました。(「アーメン」)。(拍手) 日本の国は、統一教会の教会員を拉致してあらゆることをしているのですが、今からはアメリカの国務省が手を出すのです。国連と一つになって訪ねていく前に、最近では国自体の中から忠告するということが起きているのです。 国連とアメリカが出てくるのに、日本はついていきますか、ついていきませんか?。良いものに調子よく合わせるのが日本人ではないですか? 「はい、はい」と言いながらです。(笑い)そうではないですか?。昼間にあらゆることをしていた妻が、ふすまを開けて入ってきた夫に「お帰りなさい。ようこそおいでになりました。待ちに待ってこのような姿で敬礼いたします」と言うのです。 皆さん、考えてみてください。祝福したのは何日ですか?。祝福したのは二月十三日でしょう?。二月十三日だったのですが、そのときに祝福が終わり、何日からこの(南北統一前進)大会を始めましたか? (「二月二十一日から三月十二日まで行いました」)。二十一か所の大会を行ったのです。 オリンピック主競技場を予約して、八日目の三月十二日に大会を行いました。十日間で、メーンスタジアムをぎっしり埋めて余りある力が統一教会にはあります。統一教会には底力があるのです。分かりますか? (「はい」)。国会議員をしようという人たちが、文総裁に会おうとお互いに大騒ぎなのです。 わたしが一言、言ってあげれば、(出世する)可能性が大きくなるということを知っているからです。分かりますか?。このような騒がしい、競争の激しい世の中で、わたしたちは「南北を愛することのできる指導者を養成しなさい」と言って、「国会議員が来るか、来ないか見てみよう。この者たち」と、このようにしながら教育しているのです。 教育をすれば、あまりにもその成果が素晴らしいので、与党も野党も「統一教会のせいでつぶれる」というのです。頂上はそのように思っているのですが、「気をつけ 前に進め」と言えば、国会議員たちが一か所に進んで行くことのできる、そのような雰囲気が芽生えてくれば、驚くべきことなのです。分かりますか? (「はい」) イヤホーンで皆、聞いているのですか?。わたしが日本語で話す必要はありませんね。韓国では、絶対に韓国語で話さなければならないでしょう? 「アーメン」と言ってください、日本の人たち。(「アーメン」)。韓国語が分からなくて「アーメン」と言えば、うそになるのです。(笑い)分からないでいてはいけません。 韓国語ができれば四十九億の発音ができ、どの外国に行ったとしても外国語の発音を学ぶことができるのです。宇宙にある、どのような言葉でもできます。神様は韓国に、言葉の中で高次元の言葉を許可したのです。いかなるものよりも、文化の出発は言葉からです。分かりますか?。韓国語は発音するのが大変でしょう?。大変でしょう?。どれほど大変ですか? 韓国人は、あらゆる言葉を話すことができるのです。それで、わたしも韓国人として生まれたことを誇らしく思うでしょうか、反対されて気分が悪いと思うでしょうか?。 もうお昼ですが、おなかがすいているようですね?。なぜ、そのように答えるのですか? (笑い)誇るでしょうか、誇らないでしょうか? (「誇ります」)。なぜですか?。神様を知ろうとすれば、神様が立てた民族を愛さざるをえないからです。それで、わたしたちのような人を捕まえて、この民族を消化しようというのです。ですから、神様の祖国の主権復帰です。 伝統的歴史の材料がすべての国を消化することができ、天上世界にいるすべての人を消化することのできる内容がそこにあるので、悲惨な韓国を愛さなければなりません。韓国に先生が来たということは……。これは本当でしょうか、うそでしょうか? (「本当です」) 歴史を通して蕩減してきました。歴史時代に九百三十二回も侵略されました。それでも国を失いませんでした。単一民族です。志操。さらには、女性たちにおいて、外国人と結婚するということはありません。 日本人と大東亜時代に結婚するようになったのは、間違いなく非法的な愛を結んでしたのであって、自ら進んで嫁に行った人はいません。ですから、韓国は東洋礼儀の国であるということを知らなければなりません。最近では、日本の女性たちも韓国人と結婚することを嫌がるでしょう?。ええ? 日本には、明治時代以降の姓名があります。日本は、親戚間、四親等でも結婚するでしょう?。韓国は、文氏なら文氏、金氏なら金氏とは結婚しません。血統を尊重します。そのような面で見るとき、神様が愛する民族であることを知って、そこに接ぎ木することができるように女性たちを祝福しているのに、しり込みをしたら、これからどうなるでしょうか? これからは、混血児と(結婚)するのでしょう?。その家庭と日本人同士が結婚した家庭と、どちらが先頭に立つでしょうか?。アベル家庭とはどのようなものですか?。混血の家庭だということを知らなければなりません。それを知っていますか、知りませんか?。なぜ、答えないのですか?。それでは、堕落した後孫です。 神様が「しなさい」と言えば、すぐに「そのようにします」と言わなければなりません。「知っていますか?」と言えば、「知っています」と言わなければならないのです。もう一度、聞いてみましょう。知っていますか、知りませんか? (「知っています」)。(笑い) いつでも、悪口を言われて蕩減するのです。悪口を言われてその峠を越えるのです。 そして韓国において、南北統一を主導すべき責任があるので、二十一日間このようなことをし、そのときに宣布したものが何かというと、「ここで八十歳以下の人は、わたしの弟である」と言ったのです。(拍手) 韓国の伝統は、一か月でも誕生日が遅ければ、その相手を「兄さん」と言わなければなりません。日本はそうではないのですか?。日本でも、そのようなものがあるでしょう?。韓国は一日でも早ければ兄なのです。分かりますか? ですから、先生が八十歳なので、十万人以上集まった聴衆の中で八十歳以上の人は二十人にもなりません。その二十人にもならないグループに入る人がわたしです。ですから、年齢が七十九でもわたしの弟に当たりますか、そうではないですか?。他の人たちが答えるときに「弟に当たります」と言うのであって、「わたしが兄である」と言うことができますか?。そのようにすれば、ほおを強くたたいても、「申し訳ありません」と言うようになっているのです。 そして、女性はすべてわたしの妹なのです。妹を呼び捨てにして、何か恥ずかしいことがありますか?。妹を呼び捨てにしたからといって、何か罪がありますか?。罪がありますか、ありませんか? (「ありません」)。日本でもそれは通じるでしょう? 優れている人も、愚かでも、博士でも、すべての女性はわたしの妹です。そうですか、そうではないですか?。拍手してください。拍手してもだめなので、手を挙げてくださいと言ったので、全員手を挙げたのです。全員、見たでしょう? (「はい」) 全員、見ましたか、見ていませんか?。見ていない人は手を挙げてください。(「全員見ました」)。全員見ました。見て、決意する拍手をしましたか、手を挙げましたか?。二つのうち、どちらもしていない人はいません。全員したでしょう? (「はい」)。全員したので、全員がやらなければなりません。(笑い)分かりますか?。全員したので、全員、何ですか? (「やります」) ですから、町内に行って「教育を受けなさい」と言うときは、うわさになっているので、それを知らない人はだれもいないのです。また、女性たちには、指輪を千五百個も分けてあげました。その千五百個の指輪をもらった人は、本当にわたしの妹です。分かりますか? 堕落したエバにおいては、兄を失ってしまったのであり、夫を失ってしまったのであり、父を失ってしまったのであり、祖父を失ってしまったのであり、王を失ってしまったのです。真の父母はそのようなかたなのです。個人完成、弟も完成、兄も完成、父母完成、夫婦、祖父母完成、ですから、女性たちはすべて先生に引っかかりましたか、引っかかりませんでしたか? (「引っかかりました」) きょう、わたしが一つ良い約束をすればよいと思いますか、しなければよいと思いますか?。日本の人たちだけです。一つ良い約束をすればよいでしょうか、悪いでしょうか? 楽しくて良いこととは何ですか?。日本の人たちは、今の責任も果たせていないのですが、これから韓国の女性たちに指輪を一つずつ、一つずつ……。指輪はいくらにもなりません。一つずつ買ってあげなければならないと決心する人は手を挙げてください。 これは何ですか?。ここは、なぜこのようにしているのですか?。それがどれほど貴いか知っていますか?。兄弟ができるのです。日本の国が母の国になろうとすれば、兄弟を結ばなければなりません。分かりますか?。カインとアベルの兄弟が一つになってこそ、父母の立つ位置ができるのです。 それで今回、指輪を分けてあげたでしょう? (「はい」)。アメリカでもそのようなことをするのです。これは、あなたたちの民族同士でするのではなく、世界が一つの国のようにならなければなりません。一つの家庭になっているので、アメリカ人、日本人、韓国人、世界の妹と姉を通して、愛の表示として、結束の約束として指輪を交換しなければならない時が来たのです。(「アーメン」)。(拍手) そのようになれば、けんかはしません。その指輪は、韓国民族は四千万にしかなりません。日本はどのくらいですか?。三倍なのです。アメリカは二億四千万なので、何倍ですか?。何倍の指輪が入ってくるでしょうか?。その指輪をすべて北韓にいる女性に二つずつ、三つずつ贈れば、「もらう」と言うでしょうか、「もらわない」と言うでしょうか? (「『もらう』と言います」) アメリカの女性から日本の女性、韓国の女性、韓国の僑胞の女性が、彼女たちに「会いましょう」と言えば、会わないでしょうか、会うでしょうか? 指輪を分けてあげる人たちに会えば、二千万同胞の女性たちが皆、「外国に行ったり来たりして一つになることのできる姉妹ができた」というとき、みすぼらしい人のようにあの隅っこの世界で暮らしたいと思うでしょうか、自由に思いどおりに忙しく暮らそうと思うでしょうか?。自由世界の日本やアメリカに行って暮らしたいと思うでしょうか?。どうですか? 北韓にいたいと思うでしょうか、外国に行って姉や妹と一緒に暮らしたいと思うでしょうか?。ですから、「荷物を包んで出動するな」と言っても心がそわそわして、春の季節になると娘たちの心がうきうきして春の庭をさまようようにしてでも、訪ねて行かざるをえない環境になるのです。そのようなことを思うとき、文総裁の戦略的な方法は良いですか、悪いですか? (「良いです」)。(拍手) さあ、よく聞いてください。時間がありません。拍手の音をあまりにも聞きすぎて、わたしはおかしくなりそうです。(笑い)考えてみてください。兄も弟も皆、お金持ちです。さあ、それでは、自動車も一台ずつ寄付し、お金のある人は、自動車も三人、四人に上げることができ、二台でも上げるそのようなことが起きるのです。情が流れる所には物がついていき、その家族まで移動するのです。そうでしょう? (「はい」) それゆえに、このような環境を適用することによって、外部に引き出して闘わずにその国を消化できる道がないことはないだろうと思って、このようなことを言うのです。ないことはないでしょうが、完全なものですか、不完全なものですか? (「不完全です」)。不完全です。今は成し遂げられていないからです。 しかし、先生が構想することは、必ず成し遂げられるようになっていますか、なっていませんか? (「なっています」)。なっていません。この者たち (「なっています」)。(拍手)わたしが「嫌だ」と言いましたが、拍手するときには大きくしなければならないでしょう。それは何ですか? (拍手) 先生の頭は複合的になっていて、こちら側が空っぽのようだったのにぎっしり詰まっており、こちら側でもぎっしり詰まっていると思ったのに、こちら側に行ってみると空間があるのです。ですから、複雑な考えも……。 どれほど複雑であれば、神様の秘密の包みをこのように解き、神様と闘って「あなたの言うことはうそではないですか、この者」と言って……。(笑い)「父が何ですか?。息子にその包みを解いて見せてください。事実でしょう?。わたしの言うことが正しいでしょう?」と言うので、それを解いてみなければならないでしょうか、解いてみてはならないでしょうか? 解いてみるとき、わたしの言うことが正しければ、どのようになるでしょうか?。天下の神様にも勝利した大王陛下です。頭を下げるのです。神様をたくさん泣かせましたが、神様から敬礼されるということもしたのです。(拍手) 今では、わたしがこのようなことを言っても、世界が……。わたしがワシントンの真ん中に行って、どのようなことを言ったとしても、皆が「あのかたが言うことは何気なく言う言葉だが、間違いなくそのようになる」と思うのです。 ビルディングの高い階で、回転いすに座って、たばこをふかし、天下に号令していた者たちも、文総裁が来れば頭を下げて、「わあ、文総裁が来てどのようなことを話していったのか?」と言っています。それゆえに、わたしが講演すれば、超満員なのです。 さあ、韓国、日本……。日本は去年、祝福ができなかったので離婚したのと同じ立場です。それで、わたしが責任を持つことにしたのです。エバが責任を果たせなかったので、わたしが責任を持って日本を抱きかかえ、四十日以内に昨年二月七日の三億六千万双国際合同結婚式をしたことを知っているでしょう? それを日本で行っていれば、どれほど恵みを受けたでしょうか。今から、次に祝福をするときは、大統領が世界に出て、これを先導して招請せざるをえない環境をつくるのです。今は、そのようにすることのできる時になりました。しかし日本が、そのようにできずにいます。 フィリピンはそのようになるのです。また、台湾はすでに二月七日に結婚式をする万全の準備をしていました。しかし、そのようにすれば日本が飛んでいってしまうので、しかたなく韓国でしたのです。 また、エバがアダムを復帰しなければならないでしょう?。エバが天使長と一つになってアダムを堕落させたのでしょう?。分かりますか?。天使長国家のアメリカ、エバ国家の日本。事実がそうではないですか?。二つの国が一つになって、韓国のIMF(国際通貨基金)事態を助けてあげなければならないのです。 自分の財産を売ってでも助けてあげなければならないのに、ここでお金をもうけていこうと横行する者たちは滅びます。わたしがほうっておきません。脅迫ではありません。事実がそうです。復帰原理で見れば、そのようになっているでしょう?。エバと天使長が一つになってアダムに謝礼をしなければならないのです。 エバ国家は日本の国です。その国に生まれた息子、娘の立場なので、お母様が行く道を母と娘が協助しなければなりません。協助しておかなければならないというのです。今までは、母子協助時代だったのです。 今まで日本は、内的な面で母と娘の協助がなされていました。それと同時に、先生においては「父子協助時代」に入ってきました。母親がいなくても、すでに息子が家庭を持ち、国を持つことができ、父が家庭を成して国を持つことができるのです。ですから、母親がいなくても、母親は父親の力で捜し立てることができ、息子の力で捜し立てることができます。そのような立場に立ったということが、今現在の立場です。分かりますか? み言を失ってしまったのが、エバです。それで「聖本」を中心として、済州島に七百七十七人が来ました。生きようと、もがきながら「先生に会おう」と言うので、わたしが会ってあげたのです。大会を行っているときなので、忙しくて時間がないのに会ってあげたのです。時間もない中、時間を割いて、かわいそうなエバ、追い出されたエバを収拾しました。 ですから、「聖本」を先生の身代わり以上に愛さなければならないのです。蕩減です。み言を愛さなければなりません。それから、日本の国をだれよりももっと愛するのです。わたしが愛する以上に日本の国を愛さなければなりません。お嫁に行くために、日本の国を愛するのです。分かりますか?。夫を訪ねていくためです。 そして、夫を訪ねていって一つになってどうするのかといえば、夫に導かれて神様を訪ねていかなければなりません。そのようにしなければならないのは、堕落前の所有権は神様のものだったからです。愛の血統の因縁を結び、神様が喜ばれることのできる祝福の時間、それ以降に万物の所有権が出発するようになっていたということを知らなければなりません。堕落した後孫がいくら百万長者であったとしても、すべて自分のものではありません。それは、主人が訪ねてくれば、いつでも返さなければなりません。 総生畜、何ですか? (「献納祭です」)。献納です。それで、教会を建てなければなりません。全世界にです。文総裁を敬い、尊ばなければならないのです。わたしたちの教会は、今後、神を中心とした国を取り戻すための整地基盤になるのです。教会自体がなることはできません。教会の責任者が神の国の指導者、主権者になるのです。それを形成するために、きょうが過ぎれば二十日まで延長になります。 劉正玉オク氏 (「はい」)。十日という限界線を二十日まで、十九日まで延長することができます。今回の日本の責任に対して、み言と一体になり、神様の国を取り戻すための南北統一に日本の食口が先頭に立って力を注がなくては、生きる道がありません。 南北に分けたのは、だれですか?。エバでしょう?。(「はい」)。日本民族で、そのように考える人はいません。わたしが、統一教会の韓国人と日本人、世界の人を犠牲にしてでも一つにすれば、国が取り戻されるのです。神様の祖国が生まれるのです。分かりますか? 神様の祖国が生まれ、神様の息子、娘、神様の国、神様が愛していたすべての聖賢、賢哲、道人たちがはじめて故郷に定着し、千年万年、神様に侍って暮らすことのできる大宇宙家庭を編成するということが神様の創造理想であったのです。分かりますか? (「はい」)。(拍手) そしてきょう、このような日、「真の父母の日」に集まって決意し、何かの記念を祝賀することも必要ですが、残された最後の障壁である南北統一のために、全世界の統一教会の教会員をして方向を正し、ここに焦点を合わせて神様の国、真の父母の国、真の家庭の国、真の家庭の世界、真の家庭の天地を一元化させることによって、地上に神様が理想とされていた天国ができるのです。個人の天国ではありません。 数千万年の歴史にわたって受け継いでいく天国が、ついに蘇生するのであり、この蘇生した天国は、アダムとエバの失敗によってそれまで空だった天国に穴を開けて一度に埋め合わせるのです。 そのことによって、堕落していない本然の神様の位置を取り戻し、万国の主人となって統治することのできるそのような世界は、わたしたちが暮らすことのできる永遠不変の天国の地であり、祖国であったのです。アーメン。(「アーメン」)。(拍手) そのために、何よりも神様が一番苦労し、真のご父母様が二番目に苦労したので、皆さんが三番目に苦労する王子、王女にならなければなりません。そのことがみ旨であるので、今回、「神様の王子・王女が行くべき生涯路程」という講演を行っているのです。分かりますか?。分かりますね、韓国の人たち? (「はい」) あなたたちは、お姉さんです。また、お兄さんにならなければならないのです。兄が弟を愛して、教えてあげなければなりません。それで、韓国人が日本に行って教えてあげているでしょう?。日本が追い出されるのを、先生が防いでいるということを知らなければなりません。分かりますね? (「はい」) 一つの国です。日本と韓国が一つになって、天使長と息子を愛さなければなりません。南北統一においては、アメリカの国務省がわたしに引っかかってくるようになっているのです。 先生は、普通の頭ですか、非常に良い頭ですか? (「非常に良い頭です」)。老いた人の頭は、ごみ箱のように、ぼろぼろになっているはずなのに、何が「非常に良い頭」ですか?。非常というのは、正常ではないということを意味するとも言えるのです。 南北統一を決定する大移動が起きます。今から入籍式です。ジャルジンに行って先生に祝福されたのは、入籍の手続きのためです。そこで祝福された人は日本人、アメリカ人、全世界の人々が、今からここに移動してくるようになっています。 韓国のような所に、約四千万の外国人が入ってくれば、戦争が起きるでしょうか、起きないでしょうか?。その人々がお金を持ってきて、韓国の土地をすべて買ってしまうのです。 そのような意味で、南北統一は、わたしたちの神様の祖国主権復帰です。故郷も取り戻し……。故郷は地球星であり、わたしたちの永遠な祖国は天の国です。神様を中心として永遠に侍って暮らすことのできる、祖国主権復帰のために生きることのできる義勇軍であり、勇士としての出動命令が下れば、その行進はゆっくりしますか、急いでしますか? (「急いでします」)。そのような勇士になるという人、両手を挙げて誓いましょう。(「アーメン」)。わあ 拍手してください。 さあ、このくらいにしましょう、わたしもおなかがすきました。きょうは、薬のためにご飯もおいしくありません。目も腫れ、足もどれほど重いか分かりません。ですから、このように立って話せば、先生がかわいそうなのでこのくらいにしましょう。 あなたたちは、「時間になったので、ご飯を食べるために終わりたい」と思い、わたしは「疲れたのでやめたい」と思う、二種類の「やめたい」がありますが、多くの人たちがそのことを願うので、わたしは原理原則に従っていく人ですから、皆さんのために退かなければなりません。アーメン。(拍手) 真のお父様の祈祷(真のお父様が、祈祷されたあとに再びみ言を語られる) 終わるときは、全員の心がご飯に向かっていくというのです。それよりも切実な心で、ご飯を食べることも忘れてしまう宣言をしなければならないと思って出てきました。分かりますか? (「はい」) それは何かというと、きょうが真のご父母様の聖婚式四十周年の日なのです。分かりますか?。これを永遠に、四十年、四十年と続け、一次、二次、三次、そして百次、千次と継続することができるということを、この日、天地に宣布します。分かりますか? (「はい」) それで、第二次四十年、百次四十年と、先生が教えたすべてのみ言とともに一致するときは、サタン世界は、その四十年蕩減勝利圏内に一歩も踏み込むことはできません。 ですから、そのような権威を歴史的に連結させなければならないという責任が真のご父母様にはあるので、皆さんが四十年間にできなかったことを……。皆さんが第二次四十年を充分に満たし、後孫たちがまた、新しい四十年を輝かしく迎えることができるように、歴史を通してするのです。 アーメン。(「アーメン」)。約束するでしょう? (「はい」)。そのように伝授しなければなりません。分かりますね、郭錠煥氏? (「はい」)。黄善祚氏? (「はい」) その意味が分かりますか? (「はい」)。一次、二次、百次、千次。何千年も続くのです。永遠に続くのです。ですから、先生のみ言を中心として一つになった人、み言の実体になった人は、天国直行です。約束します。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.03
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※ 『祝福家庭』17号(2000 夏季号)より:真の愛は本然の対象圏価値観の完成二OOO年四月二日、聖日、韓国の本部教会において真のご父母様が集った教会員にみ言を語られました。 百回、干回読み、すべて覚える 私が御言を語りますか? (「何章を訓読しますか?」)。今回の大会の時に訓導したものがあるではないですか。「神様の王子・王女が行くべき生涯路程」です。(「はい」)。南北をするためには、それをすべて覚えなければなりません。皆さんはその本を百回、干回読み、すべて覚えてこそ、摂理観が明確になり、今後、私たちが行くべき方向が明確になります。「王子・王女」とは、堕落していないアダム・エバのことをいうのです。 (訓読会をされる) 他の話をすれば、この御言がすべて消えてしまいそうで恐ろしいです。先生の御言が必要ですか? (「はい」)。 きょうは二日ですから、私は四日後には出発しなければなりません。それで、仕方なくきょうここに来たのです。忙しいし、風邪も31き、憾もかれています。それでも、御言を語ってほしいと願うのですか? (「はい」)。もう一度すべて読んであげて終わりにしましょうか? 深刻な御言です。レバレンド・ムーンは、神様の国がないので苦労するのです。神様も同じです。皆さんも、どのようにして私個人が完成するか、ということが問題です。神様の御旨の前に、東西南北、四方な塞がれず進むことのできる人、あるいは、中心的位置でどのような犠牲でも覚悟して進むことのできる、そのような人になったのか、そのこと自体が問題なのです。それさえ解決すれば、南北統一戦線も問題ありません。いくら地上が地獄になっていても、地獄の門を開放するのは問題ないのです。結局は、「私」にかかっているのです。 南北統一、祖国光復、そのようなすべての願いは、国が願うのではありません。アダムとエバが男性と女性を代表して堕落したので、男性と女性の完成的基準を中心としてみるとき、摂理のすべては,男性という「私」、女性という「私」のために動いてきたという事実を意識しなければなりません。 六十億人類の救援というものは、堕落圏内にあるのです。救援が必要な私であるということを思うとき、その救援は個人の救援ではありません。家庭を越え、家庭救援、国家救援、世界救援と、天地が地獄とに分けられていることをすべて解放し、神様までも解放してさしあげなければならないのです。 今日の数多くの宗教は、神様の前に恩恵を受け、人間の解放圏をなそうと願っています。神様の心情世界の本然的根本を掘り下げて考えてみれば、アダムとエバによって神様は、そのような苦痛の立場に立つようになったのです。孝子、忠臣・聖人、聖子の道埋を完成すべき息子・娘が、一つも成し遂げることができず、そのような目的はそのまま神様の心の中に埋められているのです。対象がいないのです。対象を探し出すために苦しむ神様なのです。その対象がいないというのです。すべてが怨讐なのです。 それで、神様が実体対象の位置で、僕の位置・養子の位置、庶子の位置を経て、直系の息子の位置、次に,父と母の位置を経ていく復帰の道があるということを、今まで分かりませんでした。 すべてが行くべき摂理的終着点であり、復帰の目的である祖国光復、地上天上天国というものは、私たちが必ず果たさなければならない宿命的な課題です。運命ではありません。運命は代わりを立てることができますが、宿命は代わりを立てることができません。父子の関係で、代わりを立てることができますか? 代わりを立てることはできません。また、夫婦の関係で、代わりを立てることはできません。 このようなすべてのことを見るとき、この全体の願い、摂理的目的を解決することのできる一つの基盤、国を中心として宗教圏が起きた地域を、サタン世界が歴史を通して今に至るまで、破綻させ、環境と世界の舞台にまで引きずり出して攻撃してきたのです。神様は保守的な立場で、あちらは攻撃的な立場です。天は打たれて奪ってくる戦略をしてきたのです。それゆえ、神様の苦汁は、どれほど大きかったことでしょうか? 歴史を通して願われてきた神様の家庭、真なる孝子・孝女の家庭がありません。孝子・孝女が暮らすことのできる国がありません。国家がないというのです。国家基準さえ連結されれば、サタン圏内を乗り越えられるのです。長成期完成級で堕落したのです。その基準を乗り越えるので、完成(期)は、蘇生基盤を中心として入っていくのです。完成(期)は、サタン世界が解放されるのです。それが摂理観です。 宇宙の勝敗がかかっている厳粛で宿命的な天の願いを遂行するのが、この短い人生 このようなすべてを中心として完成するのです。それゆえ、問題はだれかというと、家庭ではなく、男性一人、女性一人だというのです。血統が変わってしまったのです。 神様の血統を受け継ぎ、天の国の直系の王子・王女になり、その天の国の王家、王圏をft表した家庭的代表が、堕落していない完成したアダムです。神様が一代、アダムが二代です。三代を経て、アダム時代において多くの息子に対することによって、横的に発展し、民族に発展して、国家形態になることを願っていたのです。 国家を越え、世界、天宙までなし、神様が理想としていた本然の天国理念を完成し、神様が父母となるのです。全人類は、直系子女の環境を備えた地上・天上で暮らすようになるのです。そのような所が、堕落していない本然の神様の理想世界です。私たちで言えば、理想天国です。このことを知らなければなりません。 このすべてが、個人・アダム、個人・エバです。彼らによって血統が汚されてしまい,断たれてしまったので、すべての完成の解法点は、「私」によってなされるというのです。そのような原理的な内容、その伝統的公式路程を、今まで分からずにいたのです。 統一教会に入れば、個人としてどのように完成するのか、知ることができます。家庭完成、氏族完成、民族完成、国家完成,世界完成、天宙完成までなして、神様まで上がっていくのです。 神様は、梯子を反対にして人間世界に降りてこられ、堕落していない本然の個人個人を迎えて家庭形成をなし、家庭、氏族・民族、国家形態を備え・世界に新しい祝福的血統的環境を拡大させることが、統一教会に対する神様の願いであり、希望なのです。ですから、今日、統一教会は国際祝福という課題を中心として、全人類が家庭的血統を転換し、神様の伝統的血統に連結させ、接ぎ木をしてきたのです。それが国際合同結婚です。それは国家から始まるのではありません。皆さん個人から始まるのです。 真のご父母様が完成して出発したことと同じように、その伝統的内容で、皆さんが完成の出発をなすことのできる基準に連結されてこそ……。種ができ、実になって、世界に繁殖するのです。神様の創造理想が地上に満ちあふれ、天上に満ちあふれ、(神様を)愛の主権の大王陛下として侍り、アダム・エバをこの地上の大王陛下として侍り、一体理想を中心としてすべてのものが解決され初めて、復帰摂理が完結するのです。 それで、宗教圏の解放、人類のすべての国家、民族の解放がなされるのです。今まで堕落圏内にあったすべての伝統的習慣を否定し、本然の基準に一致させ、私個人から天の国の玉座まで直行できる高速道路を走る皆さんにならなければ、天国に入ることはできません。分かりますか? 天国です。天国は、だれにかかっているのですか? (「私にかかっています」)。神様にかかっているのではありません。神様にかかっているのならば、神様の思い通りにして、すでに成し遂げていたでしょう。血統が変わってしまったので、神様は審判できないのです。これは必ず、息子・娘を再び取り戻し、堕落の血統ではない完成した個人から、完成した家庭、氏族……。これは理論的です。このようなすべてのことが、「私」にかかっているというのです。どれほど厳粛で、どれほど深刻でしょうか? 私たちの生涯は、七、八十年です。「宇宙の勝敗がかかっている、厳粛で宿命的な天の願いを遂行するのが、この短い人生だ」ということを骨髄に染みるほど感じなければ、その道を行くことはできません。人間がその道を行くことができないので、メシヤ、真の父母を送り、絶対信仰、絶対愛、絶対服従という一体圏の位置に入っていき……。 完全な主体は完全な対象をなすように、不足ですが,皆さんも真のご父母様に侍り,絶対信仰、絶f愛、絶対服従で一つになることによって、初めて、神様の後について行くことができるのです。 愛によって一体となることのできる本然の血統的根源が顕現し、その息子・娘の位置に立つことによって、「父の所有は息子・娘の所有」と、このようになるとき、天の国に直行し、すべてが私の国になるのです。ぞのような人になれば、天地のどこに行っても、制裁を受けず、自由奔放な解放の世界になるのです。それが私たちが願う理想天地です。アーメン! (「アーメン!」)。 この七年路程で歴史的なすべてのものを蕩減しなければならない もっと御言を語りますか? だれにかかっていると言いましたか? (「私たちにです」)。男性の私、女性の私、二人が問題です。これが問題です。結婚を過ったのです。神様の血統を伝授され得る夫婦にならなければなりません。そのようになれば・そこに生まれた息子・娘には、信仰や宗教は必要ありません。天の国に直行できるように、先生が道を築いておきました。分かりますか? それゆえ、受難の道、人類歴史でいかなる人よりも苦労の道を行かなければなりません。地獄の底まで、すべて掘り返さなければなりません。サタンが打ち込んだ根を抜いてしまわなけれになりません。 人間世界において、受難の道を行かなければならないのです。救援摂理の歴史は六千年ではありません。何千万年です。長い歴史の恨を抱いてきた父の心を、どのようにして元返すのか、これが問題です。堕落のゆえに恨を抱いた父母を,どのようにして解放するのですか? この地上でだれよりも受難の道を行き、その道において勝利しなければなりません。 それゆえ、サタンは、天の人々が行こうとすることに反対し、これを転覆させ、迫害し、すべて殺してしまねうとするのです。それを越えて、越えて、越えて、越えて、勝利の道を行かなければなりません。 キリスト教を中心として基盤を築き、来られる主と一つになっていたならば、七年以内に終わっていました。七年もかかりません。四年以内にすべて終わったのです。そのような歴史的な総蕩減時代が、二〇〇〇年から二〇〇三年までです。また、その前は、一九九七年から九八、九九、二〇〇〇年の四年路程です。この七年路程で、歴史的なすべてのものを蕩減しなければならないのです。 神様が環境を創造した後にアダムとエバをつくられたように、今まで環境的与件を世界につくってきました。今からの問題は環境圏内において、国を中心として、主体的な国になれば、その国が祖国光復の基台になることができるのです。それが南北韓だというのです。 これは、共産主義・唯物思想と唯心史観の終着地です。闘いによって始まったので、最後の決定は、平和の基準で愛することによって終わりを迎えるのです。兄が弟を愛し、北韓が南緯を愛し、この環境を解決しなければ、地上天上天国理念は完成できないのです。なぜですか? アダム家庭において兄が弟を殺し、殺戮戦が起きました。これを解決するためには、国家的基準において解消しなければなりません。そうしてこそ、天国を代表し得る国家となり、世界の国家を兄弟国家として統一することができるのです。そのような環境がすべて整っているのです。分かりますか? (「はい」)。 どのような犠牲があったとしても、南北統一という必然的な運命的課題を、宿命的な課題として、私個人・私の家庭、私の一族、御言七代子孫が、必ず,越えなければならないのです。宿命的課題です。 このような御言を真のご父母様が詳しく語ったのにもかかわらず、皆さんがこれを越えることができず、それを実行しなければ、歴史的な七代の後孫たちの前に、アダムが堕落し恨みを受けたことと同じ結果になるのです。皆さんを再び救援するための摂理はありません。 このようになれば、今まで恨みの喊声(かんせい)を聞いていた神様は、真のご父母様が天上世界に行けば、世の中と関係のない境地、地獄と関係のない境地で、これをすべて断ち切り、堕落したアダム・エバのためにつくった宇宙以上の天国を再びつくり、新しい天上天国,地上天国を形成することができるのです。二度と救援摂理はありません。分かりますか? (「はい」)。 それで、宗教というものは、今すべて滅んだのでず。そのようなことを知らなければなりません。 そのような責任を、各自がもつことができますか、できませんか? (「もつことができます)。思っているのですが、分かっているのですか? (「分かっています」)。では、分かって、自覚しなければならないでしょうか、してはならないでしょうか? (「自覚しなければなりません!」)。 自覚できるという人は、条件的にでも手を挙げるのです。「その御旨の前について行くことができる人、実体にはなれなくても影のように、昼があれば夜のような位置で、天国があれば影のような世界に行き、解放的救援完成の民族、国家、人類,万民になる! アーメン!」という人は、手を挙げてください。(「アーメン!」)。(手を挙げる)(把手) 今から四年間、このことに生死を懸ける 何によって天国人になることができるのですか? 私はどのようにして、天国の人になることができるのでしょうか? 血統が変わらなければなりません。この大韓民国も、堕落した世界の戦争によって分立された一分派の国です。数多くある国の中の一つにすぎません。神が願う本然の国ではありません。これは堕落した、過った,整備されるべき国なのです。 それゆえ、終末になれば、人間は希望をもつことができなくなるのです。分かりますか? 政治、経済、文化、自分が愛する家庭に対しても、すべて不信するのです。絶望しています。そして、絶望しているところに、このような新しい世界観が出てきたのです。 今、そうです。インターネット時代、電子メール時代も来ました。放送すれば、世界は四日以内に真のご父母様が願う世界に、サッと帰っていくのです。そのようにすることのできる時が来たのです。 今から、皆さんが責任を果たすことのできない日には、先生は韓国を放棄してもかまいません。候補の国……。先生は完成圏内に移行したので、世界的です。天地の最高の位置に移行しました。完成圏内には、多くの国が入っているのです。韓国を放棄することのできる準備をすべてしてきました。分かりますか? イスラエル民族がどのようになりましたか? 来られた主を迎えることができず、歴史にない、血を流す悲惨な民族になってしまいました,韓国は今後、どのようになるのでしょうか? 血は流さないでしょう。しかし、呪いと瑚弄(ちょうろう)の民族として、陰で暮らさざるを得ない、悲運な位置に立つことを心配しているのです。 本来、日本で三億六千万双の祝福をしようとしたのです。それができないので、四十日以内に韓国に来て、昨年の二月七日になしました。寒い時です。それで、神様の前に日本の国がなくなってしまうのです。それゆえ、私が責任をもって……。 過去の時代は母子協助時代だったのですが、今の時は父子協助時代です。神様の御旨の中で、エバ国家、母の国が責任を果たせなければ、どこにでも母の国を立てることのできる版図を形成して……。それゆえ、三つの国を一つの国として扱うのです。三つの国は一つの国です。分かりますか? (「はい」)。 祝福家庭は、ジヤルジン四十日修練を受けて、総生畜献納をしなければならないようになっています。皆さんが愛の位置に行く前に献納するのです。すべての所有は、神様の所有です。愛の血統を受け継いで、愛の息子・娘を結婚させて、初めて、相続権が生まれるようになっているのです。これは言葉だけではありません。そうしてこそ、サタンの足場が、きれいに完全になくなるのです。 霊界と肉界、地上の祝福家庭はプラスであり、霊界の祝福家庭はマイナスです。そのような天使長兼家庭が生まれたのです。これは原理にはありません。創造理想世界にはありません。堕落することによってそうなったので、この二つが一つになり、祝福家庭はここから垂直に上がっていくのです。個人解放時代から、今は国家時代に上がってきました。上がってきて全体統一です。 そして、これを越えることができるものが南北統一なのです。南北統一ができなくても、私が国をなすことのできる基盤をすべて築いておきました。 皆さんが責任を果たせなければ……。今から四年間です。ある人は,四十年だと言うのですが、それはだれが話したのですか? 皆さんが今から四年間、このことに生死を懸け、御言を理解し、家庭を救援することのできる内容だということを理解し、個人を救援することのできる内容だということを理解し、一族を救援することのできる内容だということを理解し、民族を一つにして救援することのできる内容だということを理解し、これに責任をもたなければなりません。責任を果たさなければならないのです。死ぬ時まで……。 「死なんとする者は」、どうなると言いましたか? 「生きる」と言ったでしょう。サタン世界の血統をもってそのまま生きれば、地獄に行ってしまうのです。これを踏み越え、復活しなければなりません。重生の過程を通して復活することによって、サタンの血統を否定し、天の血統を受け継ぐのです。これがメシヤ思想です。これが旧約時代・新約時代を経て成し遂げられるのです。 旧約とは何ですか? 結婚できないのです。神様の御旨と血統を連結させる、結婚の基盤を失ってしまったのです。新約とは何ですか? イエス様が来られて、小羊の婚宴……。再臨時代に小羊の婚宴をすると言ったのですが、そうではありません。イスラエル民族が、絶対信仰、絶対愛、絶対服徒していたら、国と世界を取り戻していたのです。そのことと同じです。そのような位置に立つことができずに、失ってしまったのです。 そのことによって、先生はイエス様の代わりに、世界的な基盤で成し遂げなければならない立場に立っているのです。真の父母を中心として、四十年を中心として四千年歴史を蕩減し、世界人類を祝福圏内に導き・解放圏をなすことのできる現実的時代を成し遂げたのです。 第一の問題が青少年問題です。家庭破綻の問題は、どの国の主権も、だれも、解決策が分かりません。それを解決することのできる特権をもっているのが文先生なのです。分かりますか? 真の父母だというのです。 霊界の秘密、地上歴史の秘密、これをすべて解怨成就しました。堕落してこのように拡大し、ここに立っているのです。先生がこのすべてを蕩減して勝刊したので、皆さんはここに、絶対信仰、絶対愛、絶対服従で一体とならなければなりません。昼も、夜も、一体圏をなしたという時は、この位置に、真の愛を中心として上がっていくことができるのです。 真のご父母様が許可することは、真の愛の血統、真の愛の一族、真の愛の民族を編成することです。そのような歴史上の何にも代え難い、天の宝である相続権を、個々人の家庭に伝授したのです。それが祝福家庭だということを知らなければなりません。分かりますか? (「はい」)。 すべては真の愛と因縁をもたなければ完成できない 御言をもっと語りますか? 何時ですか? (「七時半です」)。 さあそれでは、私がどのように個性完成し、原理観において歴史を整備し、解放されるか話をします。題目は「真の愛は本然の対象圏価値観の完成」です。 真の愛は!(「真の愛は」)。本然の!(「本然の」)。対象です。一人で存在するものはありません。愛という概念を中心とすると、一人という存在はありません。ペア・システムになっています。鉱物世界もぺア、植物世界もぺア、人間世界もぺア、天地もぺア、皆さんの心と体もぺアです。対象圏をもっているのです。被道世界のすべてのものも、対象圏の価値観! その価値観は、神様が好み、神様が喜ぶことができ、神様が共にいることのできる価値観なのです。分かるでしょう。この目もそうであり、すべて相対になっているのです。 それゆえ、上下、前後、左右、自分が立つ位置が確定するためには、上下関係、左右関係、前後関係が必要なのです。そのような立場に立った自分が、どのようになればすべての解放をなし、サタンから解放された者になるのか、これが問題なのです。 真の愛は九〇度、四X九=三十六でしょう。九〇度でしょう。堕落することによって、角度が変わってしまったのです。それゆえ、真の愛が定着するためには……。男性と女性が一つになったその中に、中心が生まれるのです。分かりますか? 主体と対象が授け受けすれば、必ず中心が生まれます。ペアになって運動するところには、愛を中心として、中心が生じるのです。 ここもそうです。小さいものも見れば、これがプラス・マイナスです。これを中心として主体となり、千態万象の基準がすべてこのようになっています。これがプラス・マイナスです。これが九〇度です。分かりますか? これがプラス・マイナスです。霊界がプラス、地上がマイナスです。すべて相対的基準ができてこそ、この中心と横が九〇度になるのです。 そのような意味で真の愛は、堕落していない、神様の本然の対象圏の価値をもっているのです。価値は、一人では成立しません。価値があるものとは、相対的な関係においてお互いに取り替えることのできる存在のことをいいます。価値があるということは、物を買うときも、二人の人・売る人と買う人、二人が認める以上の位置に上がっていくのです。対象圏価値観の完成がなされるのです。 題目の内容は分かるでしょう。(「はい」)。 それでは、神様はどのようなお方でしょうか? 私たちが知っている神様の属性は何ですか? 絶対的なお方です。それから、唯一なる存在です。それから、不変です。それから、永遠です。神様自身も、心と体のようになっているのです。分かりますか? その属性である「絶対」が必要なのが何かというと、「創造」です。これがプラスならば、これがマイナスです。(図1を板書しながら語られる)「唯一」では「主体」、「不変」は「関係」、それから、「統一」。この二つが一つになり、神様は人格的神だというのです。 何を中心としてですか? 真の愛がなければ、これはすべて必要ありません。皆さんも、真の愛は絶対的であることを願うでしょう。そうでしょう。ただ一つの、唯一であることを願うでしょう。不変であることを願うでしょう。永遠であることを願うでしょう。 それゆえ、この二つが一つになるので、神様は人格神だというのです。愛の主体になることができるのです。これが縦約基準に立っています。人間における価値とは何ですか? 人間の価値は知情意です。知情意があるのです。 皆さん、「知」という字の「口」は「御言」を表します。それゆえ、御言の矢です。標的をつくるのです。知識を得ることによって、標的を中心とした環境と関係を結ぶことができるのです。ですから、学ばなければなりません。知識が必要だというのです。 次に「情」です。人は情的です。「情」は何かというと「心」という字です。「心が青い」です。春夏秋冬、変化がありません。真の愛は変わらないのです。知情意の「意」は、志を立てるうえで、愛を中心とした志だというのです。「立」という字と「曰」(曰〔いわ〕く)という字と「心」という字です。これが「意」です。御言の心を立てるのが「意」だというのです。分かりますか? 知情意です。人は、そのようなものをもたなければなりません。そこに必要な相対的な価値が何かというと、真善美です。それが相対的価値です。真でなければならず、美しくなければならず、善でなければなりません。これは人格としての相対的関係です。 これは内的な世界、これは外的な世界、内的な人格・外的な人格,これはプラスであり、これはマイナスです。私たちはこれを必ず知らなければなりません。情を立てなければならず、目的をもたなければなりません。それから、真善美です。 「善」と「美」には、二つとも「羊」が入っています。羊は犠牲的です。真善美を探し出すためには、真善美自体が要求することは、「犠牲にならなければならない」ということです。 知情意の人格、個人の人格、家庭の夫婦の人格、この二つが一つになってこそ、そのような男性と女性が真の愛で一つになってこそ、家庭が生まれるのです。この二人が一つになってこそ、家庭が生まれるのです。家庭破綻は、このすべてをばらばらにしてしまうのです。それゆえ、神様が相対する価値がないのです。 絶対性、唯一性、不変性、永速性、創造性、主体性、関係性、統一性を中心として、知情意の観点、知情意の価値、このすべてのものがここにあるのです。ですから、結婚がどれほど……。分かりますか? 神様と人間が一つになることなのです。すべての内外が一つになって、家庭をなすのです。すべてのものが真の愛です。真の愛は、本然の対象圏価値観の完成です。分かったでしょう。 内的・外的、プラス・マイナス、これは横的な基準で、知情意はプラス、真善美はマイナスです。この二つが一つになれば、家庭というものが形成されるのです。 それゆえ、絶対性が必要なのです。絶対性と通じることができるのです。絶対性があるので創造したのです。創造は何かというと、唯一なので、主体性がなければなりません。男性ならば絶対的な主体性、女性ならば絶対的な主体性です,これは不変なので、変わらないようにしようとすれば、二つが一つにならなければなりません。内外が一つにならなければならないのです。内外が一つにならなければ、夫婦で暮らしていても、一言でも誤れば,ねじれてしまうでしょう。不変の相対的関係です。 それゆえ、この世の中を見れば、関係の世界です。個人関係、家庭関係、氏族関係・民族関係、国家関係、世界関係、信仰関係,すべての関係が集まっているのです。その関係は、どのように主体性を中心として一つになるのでしょうか? その主体性は、神様の創造の絶対性と、どのように一つになるのでしょうか? このようになっているのです。 永遠は、統一です。それゆえ、皆さんには創造性があるでしょう。何かよいものをつくりたいと思い、自分にプラスになるものを願っているのです。その主体になりたいと思うのです。主体になって、何をするのですか? 相対が必要であり、関係が必要だというのです。相対に出会ってこそ、二つが一つになって、統一がなされるのです。「統一」という言葉は、一つの存在でなされる言葉ではありません。それゆえ、このような属性的内容を中心として連結し、神様の愛を主体とした人格が生まれるのです。人格です。 これを中心として、このような人々が一つになり、完成した家庭ができあがるのです。分かりますか? 一度、してみてください。絶対性は創造を必要とし、唯一性は主体を必要とし、不変性は関係があり、それが一つにならなければ変わってしまうのです。それから,永遠性は、縦的な世界を代見代身して九〇度で連結して一つにするためのものです。それが人間世界では、知情意です。知情意であり、真善美だというのです。これを中心として、知って、よい志を抱き、このすべての真理……。 ここから真の愛が抜けたならば、すべて意味がありません。真の愛を中心として知ることのできる、知識、情、意です。真善美も、真の愛がなければ駄目なのです。 それゆえ,真の愛は、本然の対象圏価値です。男性が真の愛の道から離別すれば、それは天宙の前に犯した犯罪だというのです。夫婦が立つようになれば、上下、前後関係が正しくなるということを娃らなければなりません。男性と女性が出会うということは、神様から分かれた分性が、再び出会うということなのです。宇宙の核が、霊肉に分かれていたものが、縦横を通して、九〇度で出会って定着したものが家庭だというのです。分かりますか? (「はい」)。 では、皆さん、知情意を中心として、何をしようというのでしょうか? 真善美を求めていくのです。相対圏のことです。 このような過程において、絶対、唯一、不変、永遠であり、創造、主体、関係、統一が願い、それから、知情意が願い、真善美が願うすべてのものは、真の愛と因縁をもたなければ完成できないのです。これが結論です。 祈 祷 愛するお父様! 流れていく歴史を止め、その中に自らの位置を立て、上下、前後、左右、周囲の環境が自分を批判し、ただの一人も天が願う位置を探し出して立つことができない、かわいそうな堕落の血統を受けた全人類となったという事実を知らずに生きてきました。 今、真の父母との因縁に従い、このような内外の相対的理想が地上世界と天上世界に、断ち切ることのできない因縁として、真の愛の関係が綴られているということを知っている統一教会の群れは、昼も夜も、青春時代も老年時代も、生涯を通し、この伝統的な使命と宿命的な目28的の前に一致し得る個々人の完成とともに、家庭理想を中心として、氏族、民族、国家、世界、天国を編成し、神様に侍って暮らすことのできる大家族理想天国の国民となるよう、許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げます。 この四月は、春を迎え、すべての方物万物が蘇生する季節であり、葉が育ち、花が咲く、そのすべての事実を見るとき、秋の収穫の実が、百倍、千倍以上になることを願い、育つすべての万物と同じように、統一教会においても歴史的な恨の峠を越え、また越え、今、春の季節を迎えることのできる時になりました。 真の父母を種として、ここに葉が生い茂り、花が咲き、全天下の万民が真なる愛の収穫の実を、今まで空いていた天の国の倉庫に収穫し、満ちあふれてあまりある、このような希望的な責任を果たすうえで,すべての精誠を尽くすよう許諾してください。 神様が創造された過程を思うとき、太陽と月と水と空気と地をつくり、生命が存続することのできる環境をつくられ、そこで、絶対的な原則で主体と対象圏が一体となることができるようにつくられました。 同じように私たちが生きるうえでも、環境はすでに神様が創造し、そこに、男性と女性が主体と対象となり、この二人が一つになれば、地上の家庭が天上の家庭となり、地上の国家が天上の国家に連結し、そのような希望を成し遂げるべきはずだったのですが、アダムとエバの堕落によって、すべてが引っ繰り返してしまったのです。今、真の夫婦が来て、すべての道を提唱しました。そして、歴史的なすべてのものを、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の基準を中心として、真の父母が代身して蕩減いたしました。 それゆえ、父母を絶対信仰し、絶対愛し、絶服従することによって、真の愛で一つとなり、サタンの血統を否定し、サタン世界の地獄を否定し、解放の位置に立ち得るすべてのことが、理論的な結果だということを知っていける統一の群れは、そこまで行くための個人的環境を打開し、氏族、民族……、八段階の蕩減復帰歴史をすべては行くことができなくても、それ以上の苦労の心をもって,絶対信仰、絶対愛、絶対服従で、神様と天地父母と一つになることができるという、そのような希望をもち、生涯のいかなることも越え、また越えることのできる勝利的継承者となるよう、祝福してくださいますことを懇切にお願い申し上げます。 願う天国が私たちの目前に近づいてきましたので、その前に立ち、ご父母様が治め、懐に抱かなければ行くことができない彼らを、お父様の愛で抱き、このすべての人類と地獄にいる人を解放して抱いてくださり、あなたの本然の真の天地父母の位置を回生し、万国が統一された愛の主権時代の解放時代を迎えるよう、許諾してくださいますことを懇切にお願い申しヒげます。 今、本部教会に来て、このような集いをもつようにしてくださったことを感謝申し上げ、四月の忙しい路程を残し、世界のために責任を果たさなければならないご父母様の願いを完成する道に向かい、それぞれの環境においても、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の心をもって一心一体となり、一つの天宙を代表した家庭的兄弟姉妹の血族となるよう、許諾してくださることを懇切に願いながら、このすべての天上世界と地上世界の一体圏を協助してくださいますように。すべての祈りを真のご父母様のみ名によって祝願いたします。アーメン! アーメン! アーメン! 皆さん、今後は全員班長になり、都市でほ統、班、地方では里長、面長の位置に立たなければなりません。それは問題ありません。占領したとしても、それが永遠に定着するためには「訓読会」をしなければなりません。これは霊的な糧です。分かりますか? 肉的な糧を慕い、それをおいしく食べてこそ成長するのと同じように、霊的な糧をおいしく食べてこそ成長するのです。このように家庭的定着をすることによって、地上に解放が展開するのです。分かりますか(「はい!」)。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.11.01
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「神様の王子・王女が行くべき生涯路程」この講演文は、2000年3月9日から12日まで開催された文鮮明先生御生誕80周年祝賀南北統一前進大会で語られたみ言です。 南北統一を熱望する指導者、そして紳士淑女の皆様 たった今、始まった新千年は、二十世紀の遺物である分裂と葛藤が清算され、和解と統一の地球村一家族という理想が実現されるときです。皆様の各家庭に新千年の祝福が共にあることを祈願いたします。 まず、わたしの八十回目の誕生日を祝賀してくださるために、世界(全国)各地から訪ねてきてくださった皆様に心から感謝いたします。そして何よりも、この日まで見守ってくださり、共にいてくださった神様にすべての栄光をおささげいたします。 わたしの生涯を振り返ってみるとき、ただのひとときも平坦な時期がありませんでした。韓半島を取り囲む列強の狭間で、あらゆる苦難の道を歩んできた民族の受難史とともに歩んできました。 わたしは、十六歳(数え年)の少年時代に、祈祷している中で突然、天のみ旨と出会い、その後、生涯を通じて神のみ旨を成就するために全身全霊を傾けてきました。 そして気がつけば、人間の不幸の根本原因は、人類始祖の堕落によって霊的無知に陥り、神様との関係が断絶された結果でした。 このことによって、神様と人生と宇宙の根本問題等に対して無知に陥ったのです。今までわたしは、世界各地の公式席上において、一万回以上、語ったみ言を通して、神主義に立脚した真の人生観、世界観、歴史観を提示してきました。 それらの内容は、世界各国の十二の言語に翻訳され、すでに三百巻以上の本として出版されました。これは、文献による総合的な研究や学問的な探求の結果として解明したものではなく、有形・無形世界を自由に行き来しながら、原則的で根本的な解答を解き明かしてきたものなのです。 今日、わたしは、この意義深い場に感謝しながら、わたしたち民族の宿願であり、世界の冷戦問題の最後の決算であるというべき韓半島の統一問題を念頭に置き、その方案に対する根本的な解答として「神様の王子・王女が行くべき生涯路程」という題目でお話ししたいと思います。 内外の貴賓の皆様 皆様は、どこの国の国民ですか? 大多数の人が韓国の国民であると思います。そうすると、韓国が皆さんの祖国です。そうではないですか? それでは、神様の祖国はどこになりますか? 今、神様の祖国はありません。この世界のすべての国家の起源はどこですか? 神様が起源になっていますか、そうでなければ、他のところが起源になっていますか? このような、すべての国家の歴史的な起源が問題になっているのです。 この世の国々は、すべて闘いによって分かれて生まれました。それゆえに、ある二つの国があるとき、その二国の境界線は、深い恨みが積もった境界線になっている場合が多いのです。第三国、第四国との境界線よりも、隣接した境界線を中心としてより熾烈な闘いを繰り広げ、より多くの血を流した歴史的な事実があるということをわたしたちはよく知っています。このように、二国家間、二つの民族間の障壁が最も高いのです。 闘いは常に、何万里も離れた所に飛んでいってするのではありません。昔から、隣接する二国家の境界線を中心として闘いが起きてきました。ですから皆さんも、最も近い隣人との間から闘うようになっています。なぜなら、人間が堕落したからです。隣人との間から闘いが起きるのは、堕落による結果なのです。 堕落とは何ですか? 神様と人間との間に葛藤が生じるようになったことであり、神様とサタンとの闘争が起きるようになったことであり、人間とサタンとの闘争が起きるようになったことです。人類歴史において、この地球上に数多くの国があったということは、数多くの闘争があったということを証明することだという結論を下すことができます。 そのようにして生まれた国はどこに行くのでしょうか? すべての国が平和の世界を追求しますが、「平和の世界に行くことができるのか? 」という問題が、今人類共通の課題として残っているのです。 平和の世界というものは結果の世界ですが、過った出発、すなわち過った原因から平和の世界に到達するということは、論理的な矛盾と言わざるを得ません。それゆえに、このような戦争の起源を克服して乗り越えていくことのできる運動を展開するところにおいてのみ、理想世界に向かう出発点を捜し出すことができるのです。原因が完全であるために結果が完全であり、平和で始まるがゆえに平和の過程をたどることができ、平和の目的に到達できるということは、理論的に妥当なのです。 このように見るとき、自分の国と隣接している国が歴史的な怨讐国家であるといって、ずっと憎み続けようとするならば、永遠に平和の世界には到達できないということを知ることができます。それでは、いくら理想郷を慕い、理想郷に向かって前進したとしても、その目的達成は不可能です。このような闘いが始まった、その動機を否定し、過った歴史を消し去るためには、その反対方向の内容を主張する運動が必要であるというのです。 内外の貴賓の皆様 皆様は、国のない民と同様です。それでは、過去には国があったのでしょうか? 歴史上に、「わたしの国である」ということのできる形態の国があったでしょうか? そのような国の形態も、持つことができなかったのです。それでは、その国を取り戻すために苦労した人がいなくてそうだったのでしょうか? そうではありません。その国は、過去の歴史時代の人が考えていた位置では、捜し出すことができないために迎えることができなかったのです。その時代圏内において、内外を備えた基準を中心としてその国を捜し出すことができなかったので、その国を迎えることができなかったのです。わたしたちが取り戻さなければならない祖国というのは、今日、この地上に存在する、いかなる歴史と伝統を持った国でもありません。そのような国とは本質的に次元が違うのです。 わたしたちは、次元が違う、その国を受け継ごうとするならば、そのようにできる思想的な主体性を持った国民にならなければなりません。しかし、その主体的な思想は、絶対的な創造主がおられるならば、その創造主の思想と一致する思想でなければなりません。絶対者が願う国を成そうとするならば、その国の主権を中心として国民が一致することのできる国となることを願わなければなりません。そのような国民性を持って国家形態を備えなければならないのです。 一つの国が形成されるためには、主権がなければならず、国民がいなければならず、国土がなければなりません。天の国もやはり同じです。主権に代わるものが父母であり、国民に代わるものが息子・娘であり、国土に代わるものが国なのです。この中のどれ一つとして除くことはできません。これは鉄則です。最も重要なことは何ですか? 世界と国のために生きることです。そのようにさえすれば滅びません。滅びない所が限界点です。 国をために生きる基準で実際に行動をしていて死んでいった人々は、死んでもその国の民になります。その国がなくなるときまで残るようになるのです。国が形成されるためには、国土がなければならず、国民がいなければならず、主権がなければなりません。 主権とは何ですか? 根源である神様と因縁を結ぶことです。国を統治する人たちは、国民が深く寝入った後に、神様と因縁を結んで政治を行わなければなりません。そして、主権者は、国民と一つにならなければなりません。国民と一つになり、自分の持つすべてのものは自分のためのものではなく、国のためのものであると考えなければならないのです。 そのようになれば、その国は繁栄します。そのような観点から、地上に天国を実現するという問題を考えてみるとき、天国の主人はだれでしょうか? 主権者はだれでしょうか? 間違いなく神様が主権者です。そして、国民はだれですか? 国民は万民です。それでは、国土はどこですか? 地球星です。地上天国はだれに似ているのでしょうか? 「わたし」に似ているのです。一つの国を見れば何がありますか? 主権、国民、国土があります。これは人間と同じです。 地上天国はだれに似ているというのですか? 「わたし」に似ているのです。「わたし」という個人が集まって国になるのです。したがって、「わたし」に心があるように、国にも主権がなければならず、人格体なので国民がいなければなりません。人間には万物があるように、国土がなければなりません。 このような原則から、国土は人に支配され、国民は主権に支配されるのです。この国土、国民、主権が国家形成の三大要素です。そのようになっています。 人について見てみるとき、心は体を支配し、体は万物を支配するのが原則です。この原則があるために、全世界を見れば、天地人であるという決定的な結論が出てきます。天は何ですか? 人間の心と同じなので主権と同じです。人は国民であり、地は万物です。結局、国はだれに似たのかというと、「わたし」に似ているのです。 いくら大きい社会、いくら大きい国家であっても、人に似なければなりません。それは、神様がご自身の形状に似たものを好まれるからです。それでは、人が最も好むものは何ですか? 自らの形状に似たものです。ですから、理想的な国家とは、何に似なければならないのですか? 人に似なければなりません。天地人に似るのです。 統一教会の用語で祖国というものは、大韓民国という一つの国ではなく、世界的な国のことをいうのです。世界的という言葉は、堕落した世界圏でも使われる言葉なので気分が良くありません。それで、このような祖国を捜し求めていく主義を統一教会では天宙主義というのです。 その祖国は大韓民国ではありません。神様が願われる祖国は大韓民国ではなく、米国でもありません。共産国家でもないのです。その祖国は神様が願う祖国です。ゆえに、わたしたちは、新しいその祖国の文化をつくりあげなければならず、その祖国の歴史をつくりあげなければなりません。 わたしたちは、新しい理想的な祖国を立てるために、新しい基準を定めなければなりません。わたしたちの生活を変えなければならないのです。その世界は、今のこの世界と全く違います。言葉も違うのです。「原理主管圏」や、「相対基準」、「相対基台」、「復帰基台摂理」という重要な言葉を、世の中の人々は知っていますか? ですから、違うというのです。 統一教会が願う国が建設されれば、統一教会の看板をはずさなければなりません。そして、統一教会が願う世界が形成されれば、統一教会が立てた国はなくさなければなりません。大韓民国の韓民族を中心とした文化と人格だけのための宗教は捨てなければならないのです。世界のために生きる宗教であってこそ、これからも残る宗教になるのです。 満場の内外の貴賓、紳士淑女の皆様 神様のみ旨を受け継ごうとする人がいるならば、彼はどのような主張をしなければならないと思いますか? この世の人々が好むような方向に行くようにという主張は絶対にできません。むしろその反対の道に行くようにと主張しなければなりません。それに該当する代表的な標語が「愛の心を持って怨讐を愛しなさい」というものです。「怨讐を愛しなさい」このみ言は、誤った歴史を元に戻すことができるものであり、台風に揺さぶられる船の錨や錨綱のようなものです。 しかし、復帰摂理歴史を通じて「怨讐を愛しなさい」というみ言を実践してきた人はいませんでした。もし、怨讐を愛することができる人々がいるならば、そのような人々によって一つの組織的な形態を備えた世界的な版図を確保しなければなりません。このような結論が出てくるので、そのような運動を神様が提示なさらなければならないのですが、神様によって提示されたその運動の反映体が、歴史に現れた宗教運動であるということを皆さんは知らなければなりません。 今までで、神様が最も愛することのできる人はだれでしょうか? イエス様なのです。イエス様は、闘っているこの世界に新しい方向を提示してくださいました。ローマやイスラエルのような圧迫国家と非圧迫国家の間には、お互いを怨讐視する高い障壁があるのですが、イエス様の哲学は、それを壊してしまうべきであるというものです。イエス様は「ローマよ、あなたは力でわたしを征服しようとするが、わたしはその反対に愛であなたを征服する」と考えられたのです。それで、十字架に架かりながらも怨讐のために福を祈ってあげたのです。 そのような思想は、ローマの兵士たちに対して「彼らは、自ら犯した罪が分からないので、彼らを赦したまえ」という驚くべき宣言として現れたということを知らなければなりません。イエス様がそのようになさることによって、世界のすべての国がお互いを怨讐視することを乗り越えることができ、二つの国家間の国境を乗り越えることができる、一つの原型、または模範となりました。 イエス様は、個人的な怨讐がすべてではないということを知っていたのです。家庭的な怨讐があり、氏族的な怨讐があり、民族的な怨讐があり、国家的な怨讐があり、世界的な怨讐によって四方から縛りつけられているということを知っていました。これは、自分に従い、自分が行く道を行こうとする人には、数多くの怨讐が待っているということなのです。そして、「家庭的に行けば家庭的な怨讐が待っており、氏族的に行けば氏族の怨讐が待っていて、熾烈な闘いが予想されるけれども、そのときごとに怨讐を愛しなさい」というみ言です。このような精神を持っていれば、いつかは勝利できるというのです。 それでは、神様の理想国家の実現、すなわち祖国主権復帰はどこから実現されるのでしょうか? 怨讐を愛するという思想を持った個人から出発するのです。それゆえに、「神様がいらっしゃるかぎり、愛で国境を崩し、すべての環境と文化的な垣根を越えて怨讐までも抱こ う」という運動を提示したキリスト教は、世界的な宗教にならざるを得ないのです。大豆を植えれば大豆ができ、小豆を植えれば小豆ができ、真っ赤な花の種からは真っ赤な花が咲きます。同じように、あだを討つサタンの種をまけば、あだを討つ悪の木が育つのですが、怨讐を愛する善の種をまけば、怨讐を愛する善の木が育つということです。これは自然の道理なのです。 神様の祖国は、どこからどのような道を訪ねてくると言いましたか? それは、怨讐を愛する道、個人の怨讐を愛して、家庭の怨讐を愛して、氏族の怨讐を愛して、国家、世界の怨讐を愛する伝統を残す道から訪ねてくるのです。そのような道でなければ、神様の祖国は現れることができないということを皆さんは知らなければなりません。 見ていてください。米国が反対したゆえに、国務省が反対したゆえに、国会が反対したゆえに、わたしは、国会で勝利したという賞状を受け、国務省から勝利したという賞状を受け、米国で勝利したという賞状を受けることができる時が来るはずです。それで、反対する国務省の中にも友人ができ、国会の中にも友人がたくさんできています。勝利は、わたしに返ってくるようになっています。 わたしは、そのような友人が一人もいなかったとしても、あらゆる反対を克服して勝利に導くことができるという確信があります。反対すれば反対するほど、こちらの怨讐を愛する内容が相対的により大きくなるので、反対が激しいからといって落胆する必要はありません。 自然の道理は、一方が低気圧ならば、もう片方は高気圧になっています。一方が高気圧になれば、もう片方は低気圧になるのです。米国の国務省が高い所から反対するとき、わたしが低気圧圏を成していれば、高気圧が低気圧に吸収されるように、米国の国務省はわたしに屈伏してしまうはずです。 わたしは、非難されながらも闘わずに彼らを愛すると、彼らはわたしの友人になり、友人の家庭ができ、友人の氏族ができ、友人の国ができたのです。 怨讐を愛する精神を持った人々によって構成された国が現れれば、その国は、神様が願う理想境となることができ、人類が入っていくことのできる理想郷になることができるということを知らなければなりません。 わたしは、とても見すぼらしい男です。事実、そうではないですか? 皆さんは「違う」と言いますが、世の中の人たちは、わたしが愚かな人であると思っています。しかし、神様は、わたしがいちばんお好きです。世の中がわたしを愚か者扱いしたとしても、神様が認めるので、世の中に対して堂々とした立場で攻撃できるのです。 怨讐を愛する心を持てば、言えないことがありません。なぜですか? 神様が送った男性であり、美男子というならば、そのような人が美男子です。りっぱな人というならば、そのような人がりっぱな人です。堂々として勇ましい人というならば、そのような人が堂々として勇ましい男であると考えるので、わたしは、それを栄光に思い、世の中に対して自信を持って攻撃するのです。 わたし一人がこのように陶酔して活動すれば、何が起こるのかご存じですか? このようにすることによって、神様を喜ばせる若い青年男女が生まれ、神様を喜ばせる五色人種の家庭が生まれ、神様を喜ばせる民族が編成され、神様の祖国の主権復帰が可能になるのです。 「怨讐を愛しなさい」と言ったので、最も憎むべき人をも愛さなければなりません。いちばんの美男子にいちばんの醜女を夫婦として結んであげたとしても、怨讐を愛する以上に愛さなければなりません。そのような人は、この世の怨讐を愛するにおいて最高の王子の旗を掲げて前進する人の候補者です。事実そのような人がいるならば、どれほど素晴らしいか考えてみてください。そのような人は、民族の国境をさっと越えることができるというのです。 愛する心だけを持って暮らす日には、すべての障壁が崩れていき、復帰摂理歴史が短縮されて天国が近づいてくるということを知らなければなりません。 わたしの哲学は簡単です。わたしは、やってみなかったことがありません。農民にもなってみて、労働者にもなってみました。やれることはすべてやってみました。漁夫になってマグロも釣りました。そのようにして生涯を生きてみると、一人だと思っていたのに、振り返ってみると英国人がついてきて、米国人もついてきて、世界の数多くの人々がついてきています。ついてくるなと足でけ飛ばしてもまたついてきて、後ろに飛ばされてもまたついてきます。ですから統一教会を、いくら研究してみてもその内容のすべてを知ることはできないのです。 内外の貴賓、そして紳士淑女の皆様 今から行くべきなのは、どのような道ですか? いくら氏族を編成したとしても、サタンの国の主権が残っているかぎり、皆さんは国のない人々です。ここが皆さんの国ですか? 皆さんには国がないのです。いくら氏族があるとしても、その主権が天を中心とした主権でないときは、この氏族の首を切ることもあり得るのです。そうでしょう? それゆえに、天が歓迎することのできる国を訪ねていかなければなりません。今日、この地上における第一イスラエル圏というものは、天全体が歓迎でき、個人も歓迎し、家庭も歓迎し、氏族も歓迎し、民族も、教会も歓迎することのできる、そのような地になるべきです。ところが、今日の統一教会を中心として見ても、既成教会を中心として見ても、大韓民国を中心として見ても、全体が歓迎できる立場に立ったでしょうか? そのようになることができませんでした。方向が違います。方向が違うのです。大韓民国が進んでいるのは外的です。そうでしょう? 神様を中心としたものではなく、世の中を中心として外的に進んでいます。この国の主流的な思想がないというのです。 したがって、この国の主流的な思想を中心として天と連結させ、新しい立体的、あるいは平面的内容を備えた新しい国家観を形成し、その形成された国家観を、今日の国家を中心としたもの以上の内容として備えていかなければ、祖国の主権復帰の時を迎えることはできません。 今日の「解放」というものは第一の解放です。今、統一教会においては、第二の解放が必要なのです。大韓民国も第二の解放が必要です。ここで大韓民国が第二の解放を迎えれば、国家と民族は、そのことによって願いを成就できるかもしれませんが、統一教会は第三の解放を必要とするのです。そのようになるのです。大韓民国は第一の解放により、初めて内外において今の国家形態を備えましたが、第二の解放が必要な時が来ました。南北が統一されなければならないというのです。 その国はどのような国ですか? その国は、歴史過程において、民族が悲惨な路程をたどらねばならず、蕩減復帰の原則に一致することのできる国民性を持たねばならず、歴史的な伝統を引き継いできた国でなければなりません。その国はどのようにならなければならないのでしょうか? 完全に統一された国にならなければなりません。今日の大韓民国がそのような国になろうとするならば、どのようにならなければならないでしょうか? その国の基準に上がっていくためには、南北を統一しなければなりません。北朝イスラエルと南朝ユダのように分かれた南北韓を、一つに統一しなければなりません。カイン・アベル国家に分かれたのと同じように南北に分かれたのですが、これを統一しなければ一つの勝利的イスラエル国家は現れないのです。 それでは、この国において、大韓民国を中心として北朝鮮と韓国は、どのように統一されなければならないでしょうか? それは、新しい世界主義的な思想を持たなくては統一することができません。この時に備えて、新しい思想を掲げていこうというものが、今日の統一教会が主張する統一思想です。分かりますか? 今、わたしたちは、二つのことをしなければなりません。世界において、いかなる国家もついてくることができない団結した民族を形成しなければならず、そして、いかなる宗教もついてくることができない鉄のような信仰で団結した宗教国家を成し遂げなければならないのです。このような思想を中心として、南北が統一された国家が成し遂げられなければなりません。そうしなければ、神様の国、世界に誇ることのできる天国の主権は誕生しないのです。これが、今日のわたしたちの行くべき地上の第一目的地であるということを知らなければなりません。 祖国を取り戻すことができなければ、サタン世界の国家を凌駕することのできる天を中心とした一つの国を持つことができません。その国を持つことができなくては、世界のサタン国家を打つことはできません。押し出せないのです。宗教、統一教会をもってしてはできません。統一教会の思想を中心として、国が方向を定めて進んでいかなければなりません。このような問題が残されているということを知らなければならないのです。 このような観点で見るとき、イスラエル国家の精神的な支柱がユダヤ教であったように、今日の韓国において統一教会がユダヤ教と同じ立場であるならば、統一教会の思想が韓国の主流的な思想になるのです。ある人たちは、そのように言うのです。国会議員たちもそのように言います。統一教会の思想を国教にすれば、共産党は問題ありません。 紳士淑女の皆様 今日、天のために行く人々は、サタン世界に派遣された密使です。個々人において、大小、広狭、高低の差はあるかもしれませんが、各自が置かれている生活自体においては、密使の生活から離れてはなりません。そこには、いつも生死の危険が伴っています。まかり間違えば、永遠の生命の問題が左右される立場に立つようになるのです。 それゆえに、永遠の生命を支えることができ、永遠の生命を保護してくれるわたしたちの祖国を取り戻すという観念が、その環境より何百倍も強くなければ密使の生活はできません。「祖国の栄光を願う心を持って祖国の恨を解いたとき、すべての万民が喜ぶ」ということを考えながら、新しい歴史を創建し、祖国主権復帰の一日を迎える、その時に、自らの功労が現れることを思いながら、現在の立場を無視してしまうことができなければなりません。そのような心が先立たなければ、密使の使命を遂行することはできないのです。別の言い方をすれば、祖国主権復帰のための希望が現実の希望より千倍万倍強くなってこそ、今の生命をささげる恨があったとしても、それを克服して密使の使命を遂行することができるのです。 もしそのように責任を果たそうとして、不意の事故で犠牲になったとしても、そこには新しい責任者を再び派遣できるのです。すでに彼が死んでしまったとしても、彼の友人になることができ、彼の側に立つ人々が出てくるはずです。彼が模範となる立場で生きてきたゆえに、たとえ彼が犧牲になったとしても、そこには彼の側に立つ人々が残るのです。このような人々が残っているかぎり、神様がその基台の上に代わりの者を送ることができるのです。しかし、そうでない立場で死んでしまうときには、そこで彼がいくら苦労したとしても、それで終わってしまうのです。 このような立場で、皆さんは今、新しい時代を迎えてどのような姿勢を持たなければならないのでしょうか? 祖国主権復帰のための信念が、何よりも高く、胸の中で燃えていなければなりません。別の言い方をすれば、六千年間、神様が待ち焦がれた祖国を建設する旗手となり、先鋒に立った精鋭部隊の一員として開拓者になる、この途方もない使命に責任を持っているという自負心を感じなければならないのです。過去に生きた数多くの人々が持つことを願いましたが、持とうとしても持つことができなかった、一つしかなく、この一時にしかない特権的な使命を担ったという厳粛な責任感を持たなければなりません。 したがって、食べること、寝ること、行くこと、来ること、すべての生活が祖国創建のためのものでなければなりません。「神様から特別に派遣された密使として、りりしく見事にこの使命を遂行しよう」と立ち上がってくれることを神様がどれほど期待していらっしゃるでしょうか? 今までは、ひどく追い込まれ、激しく追い回されました。国家の基台を備え、全体の内容を提示して一度も広げてみることができなかった天のみ旨、祖国を立てることができる、そのようなみ旨を立てなければなりません。今までそのみ旨を、一度も立てることができなかったのです。 しかし、今からはそのような祖国を立てることができます。その祖国には、主権があり、その祖国には国土があり、その祖国には国民がいます。また、そこには、単一民族の血統が因縁となっており、他の民族が持つことができない歴史があります。そのような祖国のためにわたしたちは密使の使命を遂行しなければなりません。そのような使命を自分自ら早く完遂して、やり遂げればやり遂げるほど、祖国主権復帰の基台が自分によって徐々に近づくのです。きょうの苦労を代価として払うことが祖国主権復帰の一日を早く迎えることのできる基台になるのです。このような事実を思いながら、皆さんは生きて密使の使命を完遂するという決意を持っていかなければなりません。そうでなければ、これから神様がわたしたちに与えてくださる世界史的な祝福と天運を、わたしたちのものとして迎えることができないのです。 わたしたちは、天国を地上に建設しなければなりません。地上でその国を復帰し、その国の中心と一つになって、天の国において、天が願ったその希望の基準を備えてお父様のみ前に帰ってこそ、面目を立てることができるのではないかというのです。 ところが、皆さんに国がありますか? 持っていないということを考えるとき、死ぬに死ねないのです。死ねば、どこへ行くのかというのです。お父様のみ前に行って面目のないことと恥ずかしさをどのように免れるのですか? 自分の生命の長さというのは制限されているのに、その期間内にしようとするのですから、どれほど忙しいでしょうか? そこで悪なるサタンの環境はわたしたちに反対し、怨讐たちはわたしたちの道を妨げるのです。これを切り開いていこうとするので、いつも密使のような行脚の路程を避けることはできないのです。 わたしが行き来するのも、その国を取り戻すための、祖国主権復帰のための建国の功臣になるためであり、そのような使命を担い、あるいは天の密使として指令を受けて今日の悪なる世界に来てこのことを行っているという事実を思いながら生きていかなければなりません。 そのようにしなければ皆さんは、今後、訪れる国の国民として、その威信と体面を立てることができないということを知らなければなりません。 皆さんは個人的に影響を与えたいですか? 家庭的に影響を与えたいですか? 国家的ですか? 世界的ですか? どのように影響を与えたいですか? 世界的に影響を与えたいでしょう? しかし、世界的な舞台に上がっていこうとするならば、一人ではできません。国がなければなりません。しかし、皆さんの国があるでしょうか? ですからわたしたちは、夜も昼もその国のために食べて、寝て、暮らそうとするのです。そのために生まれたということを、皆さんが天地を中心として誓う生活をしなければならないということを知らなければなりません。寝ているときにも、世界の数多くの人々のベッドを集めて、その頂上で寝ていると考えなければなりません。食膳を見てもそのように考え、どこにいても自分一人で座るのではなく、世界の人種をすべて集めた頂上の玉座に座っているという心を持たなければならないのです。天の息子はそのようでなければなりません。 サタン世界の権限を凌駕する位置に立つことができ、その栄光の位置に立って生きなければならないのが天の息子・娘の生活であるということを、皆さんは知らなければなりません。神様が息子・娘を愛そうとするならば、そのような息子・娘を愛すべきなのであって、サタンにさえも劣る息子・娘を愛すれば、父の威信が立たないのです。皆さんは、そのような信念を持って今後、全世界と手を結んで日々の生活をしていかなければならないということを、新しく決心しなければなりません。そこにおいて、統一戦線の基盤は確固たるものになると思うのです。 「わたしは、たとえサタン世界圏内にいたとしても、天の密使だ、天の一大使だ」と考えなければなりません。密使には、その国の国王と直接連絡することのできる道があるのです。ほかの人には分かりませんが、そのような密使の使命と威信のために生きているという信念を持っていかなければならないのです。このことを皆さんは、はっきりと知らなければなりません。国の国王も密使の報告を待っているのです。それと同じように、わたしたちがこの地上で、そのような使命を持っているならば、神様もわたしたちの報告とわたしたちの要求を待たれるようになるというのです。 したがって、自分が密使の立場で「至急に願うものを送ってください」と言えば、あらゆる冒険を克服しながらでも送ってあげようとするのではないでしょうか? これと同じように、皆さんがそのような信念を持って神様の特権的な栄光の息子・娘であることを認識しながら「わたしはこれを願うので成し遂げてください」と言えば、成し遂げてくれるのです。そのようにすれば、生きていらっしゃる神様を発見でき、生きていらっしゃる神様が働かれるのを見ることができるのです。 そのようになってこそ、指導者になることができ、病気の者がいれば病気を治すことができ、困難なときには、神様が直接助けてくださるようになるのです。そのような生活を通じて多くのことを学ばなければなりません。そうしてこそ自信が生まれ、そうしてこそ信念を持ってすべてのものを打開していくことができるのです。 紳士淑女の皆様 わたしたちが行くべき所はどこですか? 個人を尋ねていくことが、わたしたちが行くべき目的ではないのです。また、家庭を尋ねていくことが現在のわたしたちの目的ではありません。わたしたちが行くべき道は、国を尋ねていくことです。分かりますか? 父、母、息子などという区別なく、これを尋ね求めなければならないということです。ところが、今日の統一教会の教会員たち、祝福を受けた家庭、氏族圏内にいる人々は「ああ、国だとか何だとか、教会だとか何だとか、そんなことは知らない」と言います。そのようになれば、すべて落第です。原理的にそうなのです。 死ぬときまで国を求めていき、持てる精誠のすべてを尽くして、まさに天国の主権復帰のために祝典を行い、祝賀することができ、勝利の凱歌を上げることができる、そのときを迎えなければなりません。 イエス様の言葉ならば何であっても、その一つだけしか知らないというようでなければなりません。方向を提示するにおいては、二つではなく一つです。行こうと言えば行かなければなりません。そのようになっています。そのようになっていますか、いませんか? それでは、夫を捨てて、息子を捨てて、家庭を捨てて行こうと言えば、行かなければなりませんか、行ってはならないでしょうか? 統一教会のためにそのようなことはしないのです。国のためにそのようなことができなければならないというのです。 今、以北ブク(朝鮮半島で休戦ライン以北をいう語。北朝鮮)では、家庭の戸籍をすべて作り直しています。これはどういうことだと思いますか? サタン世界が先に行うということなのです。国のためには、自分の夫や、妻、父母、息子など、すべて捨てて立ち上がることができなければなりません。そうしなくては、希望の国を取り戻すことができません。その国を復帰するとき、その国とともに父母を取り戻すようになるのです。国を見いだすことができなければ、血を流す父母を見なければならず、血を流す妻を見なければならず、血を流す子女を見なければなりません。それ以上に悲痛なことがどこにありますか? それゆえに、国を取り戻す前には妻を愛することはできないのであり、父母を愛することはできないのであり、息子を愛することはできないのです。これがキリスト教が行くべき道であり、統一教会が行く道なのです。 皆さんは、自分自身を否定して、その国とその義のために生きる人にならなければなりません。いかなる困難な環境にぶつかったとしても、皆さんは、自分自身に対するお父様の願いがあることを思いながら、その環境と闘って勝つ人にならなければなりません。そのような皆さんになって初めて、神様の真の息子・娘であると言うことができるのです。 それでは、神様の国を建設できる人はどのような人でしょうか? それは、自らの一身を否定し、切ない心で天のために生きる人です。自分を否定して、社会と民族、国家、世界のために生きる人が、まさに神様の国を建設することができる人であるというのです。さらには、国家と世界を否定してでも天のために生きる人が天国を建設することのできる人であるというのです。また、いかなる辛い環境にぶつかったとしても、自分一身のゆえに悲しむのではなく、社会と国家、世界、さらには天のために悲しむ人であってこそ神様の国を建設することができます。 それだけでなく、皆さんは、神様の国と神様の義を捜し立てる過程において、サタンとの闘いに敗北せずに勝利して、皆さんが個人から家庭、社会、民族、国家、世界を一つに連結させることができなければなりません。すなわち、皆さんがどのような立場に立ったとしても、そこでサタンと闘って勝利する人にならなければならないのです。社会に出れば、その社会のどのような環境の中にあってもサタンと闘って勝利すべきであり、国家に出れば、その国家のいちばん難しい問題に責任を持ち、サタンと闘って勝利しなければならないのです。 六千年間神様を縛りつけてきたサタンが、そのまま素直に「ああ、わたしは降参します」と言って、目を伏せて帰ると思いますか? 皆さんは雑巾でも、捨てようとすればもったいないと思うでしょう? 雑巾でも、引っ繰り返してにおいをかいでみてから捨てるのです。サタンは、そのまま退いてはいきません。ですから、がむしゃらな闘いをしてくるのです。それゆえに、中心に合わせなければなりません。統一教会の文総裁も、中心から外れるようになるときには負けてしまうのです。方向が合わなければ、発展しないということです。 その国を取り戻すのは世界を取り戻すためであり、世界を取り戻すのは霊界のためなのです。そうして何をするのでしょうか? 神様を地上にお迎えして、そして定着し、万国が神様を中心にお迎えして、その神様の前に勝利の栄光をお返しするために行くのです。そのような闘いをしなければならないのがわたしたち統一教会の使命であるということを知らなければなりません。 わたしたちは、はだしで出ていき、祖国を創建しなければなりません。食べ残したもので、この国を生かすことができますか? 食べること、着ること、行き来することに、いつ神経を使うことができるでしょうか? はだしで、素手で開拓していかなければなりません。このようなことを行うところが統一教会なのです。 皆さんは祖国を捜し出さなければならない勇士ですか、それとも滅ぼす亡国の士ですか? 勇士とは国を代表し、ほかの人ができない仕事をできる人のことをいうのです。だれでもできる仕事をする人を勇士とは言いません。そのような人は兵士です。同僚たちができずに後退するとき、その仕事をやり遂げることができる人であるならば、その人は勇士です。「勇」という字は、「すばしこい」という意味です。だれよりも早く走り、鉄砲玉もよけるほどにならなければなりません。だれでもできる仕事をする人を勇士とは言えないのです。 国を建国するにおいて、開拓の勇士となるべき先鋒に立つ将軍はだれですか? そして、国を成すことのできる基台はどこですか? 一つの国を成そうとすれば、主権がなければならず、国土がなければならず、国民がいなければなりません。それでは、天の国を中心として見るとき、国土となりうる基盤は何ですか? それは、教会の人と物しかないというのです。そうでしょう? この韓国に立てられる国は、どのような国でしょうか? 互いが流通し、交流するようになるときは、共産国が立てられるでしょうか、それとも今日の大韓民国としてそのままにしておくのでしょうか、そうでなければ、どちらでもない新しい国を追求するのでしょうか? このような問題について見るとき、わたしたちの時もますます近づいてきているということを感じるようになります。皆さんが、このことをなして、責任を負うべき統一の群れであるならば、それに対する責任感をどのくらい持ち、また、どの程度の犠牲の代価を払うことができる決意ができているのかというのです。自信がありますか? 三八線の以北に越えて、以北にある五つの道の市、郡を中心として、わたしたちの基地を準備しなければなりません。 人員が不足なこのときに、だれが北韓の地の、定州ならば定州の責任者になるのかを考えてみなければなりません。定州の郡ならば定州の郡を中心として、「わたしが責任者にならなければならない」と、十年、二十年準備して、それでもなれなければ、後孫に「おまえは一所懸命に勉強して、一所懸命に準備をし、その日を迎えたら定州の地の天との因縁を代身した責任者になりなさい」と、遺言を残してから死ぬことのできる、そのような精誠を尽くす皆さんになってみましたか? わたしは今まで、そのように思って準備してきました。 そのようなことを考えるときに、若い者たちは地方に帰って自分の子女と妻を連れて、笑いながら暮らすようになっていますか? そのように暮らすようになっていますか、いませんか? 死んでも国を残していかなければなりません。死んでも、子女たちに国を残してあげなければなりません。新しい決心をしなければならないのです。 「わたしは、ソ連と満州に隣接する地方に行って共産党と額を突き合わせ、朝夕に銃声を聞きながら国境地帯の見張り役をする責任者にならなければならない。国が理解してくれず、だれも理解してくれなかったとしても、生命と取り替えても、国を愛する忠節の心は変わらな い」という決心をしなければなりません。それで満点です。世の中が分かってくれなくてもかまいません。霊界に行けば、すべて明らかになるようになっているからです。 このようなことを考えるとき、人が足りないということを皆さんは知らなければなりません。分かりますか? 人が不足しているということを知らなければなりません。かかしのような男性であってもラッパをかつがせ、あるいはロボットをつくって北韓の地を歩き回らせてラッパを吹かせたいというのが、わたしの心情であり、神様の心情です。口があり、感情を持った男として生まれ、それも二十歳、三十歳の若い心と体を持っていながら、原理のみ言を語ることができないというのでは話になりません。 目玉が腐って飛び出すくらい、夜、寝ずにでも勉強をしなければなりません。おなかがすいて、骨と皮だけになったとしても、準備をしなければなりません。そのようにして骨と皮だけになったやせこけた体が、天の愛をすべて受けることができる体となるのです。神様は、そのか細い一人の男性ならば男性に、すべての期待を持つことができるのではないかというのです。 イエス様も、国を建てられるために来られました。祖国がなければ、かわいそうなのです。祖国がないので、宗教人たちは悲惨でした。審判しようとすれば、個人と家庭、氏族、民族、国家、世界が不変の基準に立ってこそ、その基準を基台として審判するのです。祖国は、最後の希望です。祖国の中には、民族も、氏族も、家庭も、個人もすべて含まれているのです。 この三サム千チョル里(朝鮮半島の別称)が祖国になりましたか? そのようになっていないので、清算しなければなりません。神様が望まれ、イエス様と聖霊が望まれる祖国を創建するために、わたしたち全員が一イル片丹心シムで頑張らなければなりません。 善というものは何でしょうか? 家庭のために個人が犠牲になり、氏族のために家庭が犠牲になり、祖国主権復帰のために氏族が犠牲になることが善です。祖国主権復帰のためにすべてが犠牲になって、祖国主権復帰が成し遂げられれば、すべての人が愛国の忠臣となるのです。国家的基準の前に忠誠を尽くして国家基準を立てれば、家庭、氏族の基盤を築いたという公認を受けるようになります。道義の基準とは、神様のために絶対忠誠することです。そのようにすれば、その過程のすべてのものは認められるようになるのです。 わたしたちはどのようにすべきでしょうか? イエス様は「わが父よ、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさってください」と言われました。ここにおいて、「わたしの思い」とは世の中の思いであり、 「父のみこころ」とは神様のみ旨です。統一教会員である皆さんは何をしましたか? 忠臣の道理を立て、またその実績を持ってきましたか? 孝子の道理を果たして、その実績を持って、個人、家庭、氏族、国家、世界的な闘争をする覚悟ができていなければなりません。イエス様は祭物の使命を持って来られました。皆さんは世界的な闘争をなしていきながら、民族的な基盤を築いていかなければならないのです。メシヤとの相対的な価値を備えなければならないのです。指導者が世界を開拓するところにおいて、指導を受ける皆さんは、民族的な道を築いていかなければなりません。数多くの人々が主権復帰の道を願いながら死んでいきました。いつになるとしても「必ず成る」という信念を持って死んでいったのです。 統一教会員は、個人から民族、国家基準まで築いてきました。今からは、全世界の人類とすべての国家を動員しなければなりません。わたしたちは、祖国主権復帰、自由、平等、幸福の日を捜し出していかなければなりません。その道が困難であっても行かなければなりません。それが、わたしが望む観点であり、神様が望まれる基準です。イエス様はこの基準を望みつつ、歩まれている途中で亡くなりました。わたしたちは祖国主権復帰の過程において、苦労しながら行かなければならないのです。 韓国は、わたしたちが責任を持たなければなりません。今日も明日も変わることのない祖国創建という覚悟と信念を持って、イエス様の祖国、聖霊の祖国、先知先烈ニョル(預言者と、義のために戦って死んだ烈士)の祖国、神様の祖国、その祖国を成せなかった恨を解かなければなりません。そうでなければ、面目が立たないのです。 わたしたちは、祖国を取り戻さなければなりません。祖国を取り戻そうとすれば、祖国のために生きなければなりません。祖国のために生きることができない人は祖国を見いだすことができません。それでは、どのように生きることが祖国のために生きることになるでしょうか? 世界を自分の祖国と思って世界のために生きなければならないのです。そのような人は、祖国を創建することができます。食べること、寝ること、歩いていくこと、すべての生活と行動が祖国創建のためのものとならなければなりません。 それゆえにわたしたちは、共産党から白昼、刃物で刺される覚悟をもって闘っているのです。この民族ができないときは、わたしたちがしなければなりません。この民族が行くことができなければ、わたしたちが行かなければならないのです。そのためには、だれよりも祖国を愛さなければなりません。ご飯を食べるのも祖国のために食べ、結婚するにしても祖国のために結婚しなさいというのです。わたしたちの祖国のためにです。 今は、わたしが言えば、何でも聞くことができる群れが生じ、わたしが方向を提示すれば、動くことができる群れが生じましたが、これで幸福を感じる男ではありません。統一教会を犠牲にしてでも、祖国主権復帰を約束できる、そのような基台を広めていくのです。六千年摂理の中心的み旨として立てた家庭を、信奉することのできる教団と民族と国家がなければなりません。神様を信奉することができる、そのような基台を準備し、それが一時に連結することを願って送られたのですが、それが粉々に壊れたゆえに、再び収拾しなければならない運命が残るようになったのです。これを収拾するために先頭に立って走らなければなりません。 夜になって寝床に入る時間にも、その願いの国とともに寝なければなりません。今は国がありませんが、その国の国民の一員として、その国のために眠るのであり、目覚めるときもその国を建国するための一員として眠りから覚めなさいというのです。見て、聞いて、感じるすべての感覚も、祖国という命題を思うことなくしては感じてはならないというのです。その日が来るまでは、死んではなりません。その日が来るまでは忙しいのです。そのことを成すためには、激しい受難と逆境を克服しなければなりません。 成すべき仕事があれば、寝るのが遅くなったとしても解決しなければならないのです。祖国の主権復帰というものが時間を中心とした犠牲の量を加重させてこそ訪れてくるということを思うとき、自分の涙と精誠の量を、きょうこの時間を通じて、少しでも補充すべき責任があるのにもかかわらず、安らかに寝て、伸びをしながら起きられるのかというのです。起きては腰を曲げて「お父 様 あなたが訪ねていかれる明日の安息の住みかであり、あなたが行使されたかった世界を支配することのできる勝利的国家の基台に向かっていく、寂しく孤独な男の行く道が、このように悲惨であることを感じます。わたし自身がそうであるのに、天が訪ね求めてこられる道はもっと悲惨なのではありませんか? 」と、祈祷しなければなりません。 疲れたといって思いのままに横になることができないのです。死んでも国のために死ななければなりません。それゆえに、年を取って疲労を感じる、そのような立場で、自分がもし死の場に行くとすれば、その場で残すことができる一つの願いが何かというとき、それは「天のためにできることはすべて果たした。その国のためにできることはすべて果たした」という言葉を残すことです。 イエス様は「あなたがたは、何を食べようか、何を飲もうかと思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたはまず神の国と神の義とを求めなさい」と言われました。このように聖書の主流思想は国です。国、その国を求める思想なのです。自分の幸福を求める思想ではありません。国の民として生まれ、夫を持ったとしたならば、その夫は国を代表した夫です。ゆえに、国を愛した後に夫を愛さなければなりません。妻も国を代表した妻であるので、国を愛した後に妻を愛さなければならないのです。死ぬにしても「わたしがなし得る力をすべて果たし、わたしはこれ以上できないというその位置で死なせてください」と言えなければなりません。「これをやっておけばよかったのに」という言葉を残して死んではなりません。それゆえに、やってもやっても忙しいのです。行っても、また行かなければならないのです。ほかの人が休む時間に、わたしたちは一歩でもさらに進まなければなりません。「サタン世界よ、休んでいろ サタン世界よ、おまえは何もしないで遊び暮らしていろ。われわれはその国のために歩むのだ」と思わなければならないのです。 南北統一を熱望する愛国同胞の皆さん 特に女性の使命として、子女格である青年男女、および学生たちを、真の教育を通じて真の子女として復帰しなければなりません。 さらに、母と子女が一つになって模範を示し、教育を通じて夫までも真の天の息子として復帰し、真の父母に従い、神様を中心に侍り、地上天国理想を復帰しなければなりません。 改めて、きょうのみ言が、南北韓が共に真の愛で出会う、その日を早める汎国民運動になることを願いつつ、わたしの話を終わりたいと思います。 神様の祝福が皆さんと皆さんの家庭に共にあることを祈願いたします。 ありがとうございました。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.31
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神霊役事の池承道おばあさま(#2)🍇幻の中で釜山の家を見る🌺既成教会に追われる時、神様が慰めてくださる❤️一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.29
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「兄弟主義時代」宣布二○○○年 二月二十一日真のご父母様は、二○○○年二月二十一日から三月十二日まで、韓国の二十一都市で聞かれた南北統一前進大会において、「兄弟主義時代」を宣布された。 すべての天の秘密は、文総裁が明かした内容でなければ解決の道がありません。ここにいる二人が、私を紹介するとき、「真の父母」であると言いましたが、「真の父母」とは一体何でしょうか? 真の父母がどこにいますか? どこにいるのですか? 天にいるのです。神様がすなわち真の父母です。そうですか? 今日の人類、堕落した世界のすべての宗教は、神様を「父」と呼ぶのです。天地を創造したその主人たるお方が誰でしょうか。父です。誰の父! 私の父です。私の父ですが、父の内容のうちで何を中心として父子関係となっているのですか? 神様の愛です。神様を中心として、堕落していないアダムとエバの生命が、愛に結ばれるのです。 堕落していない本然の神様の愛を中心として、堕落していない本然の大本の先祖、アダムとエバは、神様の愛に燃えて一体となるはずでした。男性と女性を間違いなく一つにできるのは、絶対的に必要な愛だけです。それが一つになってこそ一体となるのです。本来は神様の愛によって……。神様は絶対、唯一、永遠、不変なるお方です。絶対的な神様の愛は二つではありません。男性が持った愛と女性が持った愛は二つではありません。一つです。それを知らなければなりません。ところが、それを知らずに生きてきたのです。 それでは男性と女性が父の息子や娘になるには、どのようにしなければならないのですか? ここで三者の愛と生命と血統が三位一体となり、愛を中心として男性と女性、父と母の血筋が合わさって煮えたぎらなければなりません。沸騰しなければなりません! 渦巻くその中に赤ん坊の種が植えられ引き継がれていくそこにおいて、「私」という存在、「息子・娘」という存在が生まれるのです! それを否定できますか? 自分を愛する前に神様の愛を誇り、自分を誇る前に神様の愛と一つになった父母を誇り、父母を誇る前に私を生んでくれた血筋を誇ることを知りませんでした。これが問題です。何の血筋ですか? 神様の愛と一体になった血筋、父も母も私も、すべてがこの血筋に絡まっています。愛というのは横的です。父と母の愛は一代に一つですが、血筋は億万年に連結されるのです。この血筋を台無しにしたのが堕落であるということを知らなければなりません。 このような話は初めて聞く内容です。私が発見したものではありません。霊界に入っていって、秘密を調べてみて分かったのです。それはなぜですか? 神様が、そのような愛の目的を完成できる真なる息子、真なる娘を失ってしまったので、それを再び捜すためのものです。それで、その愛と生命と血統を中心として、堕落していない本然の神の愛と一体になれる血統を中心に、千倍、万倍、きれいに維持するためのものなのです。人倫道徳のうち一番貴いことは何かというと、血統を守ることです。血筋を守ることなのです。大韓民国は倍達民族(韓民族の歴史上の称)ですが、その倍達の民族が先祖の血筋ではないのですか? それを中心に民族が生まれ、すべてがそうなるのです。 神様が創造理想として願われた血筋が、神様の血統と直結した血筋を残して、家庭出発から氏族、民族、国家形成と世界の平和、地上天国を築いて、天上天国を築くはずでした。「地上天頂」と「天上天頂」とは何ですか? 神様が私の体に住まわれ、家庭で住まわれ、国で住まわれ、世界で住まわれ、無限なる霊界にすべて通じた環境で住むことのできる、愛の家がなければならないのです。私個人は、個人の真の愛を中心として神様が入ってきて住まわれる家なのです。家庭において夫婦は男性と女性それぞれが違います! 極です、極! エデンにおいて、神様が愛によって一つになったその家に入って住まわれるのです。そのためにあるのが家庭です。その父と母は万代の神様の血統に連結した種によって実を結ぶのです。それが神様の孫息子、孫娘なのです。 「堕落」とは何ですか? 神様が一代目ならばアダムは二代目です。三代目となる血筋の孫を持てなかったのが堕落です。孫を持てなかったのが堕落なのです。ご覧なさい。堕落してから息子、娘を生みましたか、堕落する前に息子、娘を生みましたか? 堕落してから息子、娘を生んだのです。誰が結婚式をしてあげましたか? 神様と関係なしに追い出されて結婚して生んで、サタンの子になったというのです。今日、六十億の人類は、神様の前から追放され、隠れて誤った結婚をして生んだ、その血筋の連結された息子、娘なのです。それゆえに地獄に行くのです。神様とは関係がありません。 それゆえに真なる宗教は、「出家だ! 家を出よ! 天地であれ、国であれ、すべて投げ出して家を出よ! そして独身生活せよ!」と言うのです。神様と関係ないこの環境を嫌うのです。明日には結婚する新婦を、サタンが泥棒して汚してこの世をつくったのです。そこにおいて、ふかふかの布団のある金の部屋に神様が入ってこられて、気分良く休まれて、息子や娘として抱いて愛されるでしょうか? キリスト教を信じて「神様を愛する」と言いますが、キリスト教はすべて滅びました。宗教もすべて滅びました。 このような根本を知らなければなりません。それでは、滅ばない道とは何でしょうか。万代を越えて真の愛の血統を今日の六十億の人類、未来の世界にまで連結させなければなりません。変わらない血統となり、大きな木の中心の根、幹から芽まで、四方八方に広がったすべての枝が、全部一つの体のように感じられる血族的な連結体にならなければならないのです。このように連結されたのが国ならば、それは国の天国であり、世界ならばそれは世界の天国であり、天地ならばそれは天地の天国になるのです。 そのような内容があるのに、真の父母になれずに、すべてを失ってしまいました。ですから、真の父母にならなかった堕落した父母は、偽りの父母であり、偽りの愛であり、偽りの家庭、偽りの氏族、偽りの国、偽りの世界です。それで滅亡へと向かうのです。世界はどうしたらよいか知らないでしょう。ですから、「神様の救いの摂理」とは何かというと、本然に帰っていくことです。復帰なのです。病気になったので、病気にならなかった本然の世界に戻っていかなければなりません。神様の血統的な因縁をどのように回生しますか? ですから、このように滅びるべき者たちを放っておくことができないのです。野生のオリーブの木に真のオリーブの木を接ぎ本ずるのです。 皆さん、今、韓国で一番高い山が何ですか?(「白頭山です」)。白頭山に一番高い峰があるでしょう? あるのです。金剛山にも「ピロ峰」という一番高い所があるのです。そこを登るときどれほど大変ですか? 登っていって旗を立てる者は皆、白頭山の峰を占領した隊長になるのです。人類の歴史も同じです。堕落したためにこれをすべて上がって切ってしまい、堕落したので高い所に上がって切ってしまって、そこから新たに始めなければならないのです。 ですから、父母が二つですか、一つですか?「真の父母」という言葉が二つですか、一つですか?皆さんは今、父母がいますか? その父母と文総裁が語る「真の父母」とは何が違いますか? 私がこの「真の父母」という言葉を教えてあげたので悪口を言われました。その息子や娘が皆、統一教会に夢中になって家に帰ると、「父や母の言うことは嘘だ」と言って聞かないのです。否定してみなさいというのです。どんなに正そうとしても、言うことを聞かないのです。 真の父母は永遠に一つです。真の父母は神様と直系の血統を持ったので、真の父母自体は心と体が闘いません。皆さんは心と体が闘うでしょう? ここで八十歳以上の者はいないようですね。それでは皆私の弟や妹です。弟や妹にしましょう。文総裁は悪口を言われましたが、世の中の万民が追慕する「真の父母」という方の前で、兄弟の契りを結んで損することがありますか? 弟や妹として扱いましょう! 女性たちは、私より若い者は妹にしましょう、妹です! それをいやがる者は出ていきなさい。いやな者がどうしてここに入ってきたのですか? これで親密になったでしょう? 文総裁と兄弟の契りを結んだので……。 このように束ねました。悪口を言っても、お尻を叩いても、ほおを叩いても文総裁が、八十歳までこのような天理の大道をもって、万民求道の道に旗を立て、天下に名をはせて、帰ってきたのに、いつ道端で「お兄さん!」と呼んでみましたか? できなかったのです。ですから、笑って、忘れて、赦しましょうというのです。過ぎし日を忘れてしまい、今から兄弟の友愛です。なぜですか? 真の父の中の父が神様です、神様! 神様ですが、数千代の後孫の立場で「お父さん!」と呼びますか、それとも直接神様のあごの下で「お父さん!」と呼びますか?「あなたは私のお父さんですか?」と聞けば、「そうだ、そうだ」と言われますか、「違う」と言われますか? ですから、一家族と考えるのです。 真の父母は個人にも必要であり、家庭にも必要であり、国にも必要であり、世界にも必要であり、神様にも必要です。皆さん、考えてみましたか? 神様とサタンが闘うのに、その闘いを誰が止めると思いますか? 今まで闘ってきたのです! 皆さんも心と体が闘うでしょう? その闘いを誰が止められると思いますか? 誰も止めることができません。とすると、神様が父ならば、父なる神様も心と体が闘うでしょうか、闘わないでしょうか? 闘わないとするならば、人間は堕落して病んで役に立たなくなったということを公認すべきです。ですから、この闘いを止めてあげなければならないのです。その闘いはサタンと神様の闘いなのです。これは、歴史の出発から世界を経て戦争の歴史が興亡し、いまだに終わっていないのです。 皆さんの体の世界において、統一的な休戦と終戦をしなければ、世の中に平和の世界はありません。アメリカも同じです。全世界が一つとなって、心の世界の戦争を終戦させ、休戦させることができなければ、平和の世界と永遠なる天国の幸福の世界はありません。心の闘いを誰が止めますか? 神様だけが止めることができます。神様が止めようとするので、サタンが体にくっついて、分裂して、闘いを起こすのです。それが民主世界と共産世界です。有神論と無神論です。 どこから出発しましたか? 心と体の闘いから出発しました。これを根こそぎ抜いてしまわなければなりません。根こそぎ抜いてしまう論理と思想体系は、神様も説明することができません。教えてあげられません。人間アダムとエバの責任分担を神様ご自身が立てたので、それを完成するためには、本人がやらなければなりません。大学を卒業してから修士や博士になるには、論文を書いてこそ修士となり、博士となるのです。責任を果たせない分野を教えてあげることのできない神様であるということを知らなければなりません。 文総裁を中心として、今日、すべての心と体の闘いを終結させることができます。それは神様だけができることです。そのためには、神様とサタンの闘いにおいて、サタンを除去してしまわなければなりません。個人としてサタン解放、家庭的にサタン解放、国家的にサタン解放、天宙的にサタン解放、神様の前でサタンを解放しなければなりません。 堕落によってそのようになったのを整備するためには、真の父母が、神様の真の愛の血統を引き継げば、個人、家庭、夫婦……永遠なる平和の世界は、自動的に展開するのです。天地の真の父母によって、平和の世界が到来します、アーメン!(二〇〇〇年三月三日、仁川室内体育館) 一九四八年に、南の韓国が混乱して一つになっていなかったので、北朝鮮で金日成が三十四歳で登場するのです。イエス様が三十三歳で亡くなったでしょう? イエス様の代わりに外的な王権の代表として登場するのです。ですから、李承晩博士(大統領)が、アメリカを退けて反共の捕虜を強制的に釈放したので、それなりの基盤を築くことができたのです。 その政府が私に反対しました。北朝鮮も私に反対して、韓国もキリスト教を中心として反対しました。双方が合わさって私を世界にまで追い出したのです。最近もそうでしょう? 何かデモのようなことがあれば、カトリックやキリスト教のおばさんたちが、ご飯をこしらえたり、もちを準備したりして運動を助けるのです。これを断絶してしまわなければなりません。 四十年ぶりに新しい春を迎え、返り咲いたならば、統一的なキリスト教を収拾しなければなりません。最近は先生が何を言っても、既成教会の長老や執事に「弟よ!」と言っても、「はい!」と答えるのです。 ご覧なさい。先生が「真の父母」を宣布したのです。ソ連に行ってきて一九九〇年四月に「真の父母」を宣布しましたが、今は「真の兄弟」を宣布しなければならないでしょう?。それが何ですか?「私はお兄さんだ! おまえは弟や妹だ! 八十歳以下は皆、私の弟や妹だ!」と言ったのです。 モーセが八十歳にカナンの地に向かって出発しましたが、私たちは出発ではありません。カナン復帰家庭天国です。境界線をひっくり返したのです。これが個人、家庭、氏族、民族、国家基準を中心として、北朝鮮までひっくり返さなければなりません。政府が反対しても、何をしても、ひっくり返して燃やしてしまわなければならないのです。それが原理観です。返り咲くのと同じです。(三二○-九、二○○○年。三月二十四日) 今回、先生が韓国に入ってきて「祖国光復、南北統一前進大会」をしましたが、神様を中心としてこの地で「真の父母」を宣布したのです。真の父母がこの地上に現れて、堕落しない解放的な真の父母が現れたと、絶対的に宣布したわけです。真の父母が現れたので、息子と娘も真の父母となり、その教えを受けたすべての者も、真の父母になることができるのです。堕落することによって、「真の父母」という言葉、「真の父母」という存在すらありませんでしたが、今回、ご父母様は「真の父母」を宣布し、二十一か所の大会路程では、「南北にいるすべての者、世界にいる八十歳以下の男性や女性は、先生の弟や妹である」と宣布しました。兄弟だというのです。(二○○○年五月二十一日、ベルベディア) 前進大会で「父母の日」を宣布して、「兄弟の日」を宣布しました。今や「家庭連合時代」を宣布し、家庭連合で第四次アダム圏時代に突入したのです。「父母の日」、「兄弟の日」を探したので、「家庭の日」を探さなければなりません。それを探そうとして、父母が犠牲になり、兄弟が犠牲になり、家庭、国までが犠牲となったのです。ですから、初めて神様中心の世界となって、「父母の日」、「兄弟の日」、「家庭の日」を探すことにより、天下のすべてを得て定着時代に入るのです。(二○○○年六月一日、イーストガーデン) 解放の第四次アダム圏時代なので、四億双の未婚男女の祝福解放時代に入ったのです。祝福を受けた人たちと真の父母が、年齢を中心として兄弟となって解放されることにより、青少年たちが自在に祝福を受けることができるのです。それで四億双の祝福が一次を終えたので、今や第四次までやって終えなければならないのです。 キリスト教で教派を越えて結婚し、宗派を越えて結婚することによって、世界はすべて一つとなり、祝福時代へと越えていく時なのです。大転換時代です。祝福を自在(自由)にできるので、祖国光復が実現して解放されるのです。祖国が必要なのです。祖国光復をしなければなりません。 それから宗教が一つになり、世俗的な国と祝福するのです。世界を祝福するにあたって、個人個人を祝福し、家庭を祝福して、氏族たちが反対しましたが、氏族を乗り越えたので、氏族がすべて復帰されるのです。教会を連結して国へと向かうのです。ところが、今日、祖国光復に向けた私たちの祖国がありません。故郷がなく、祖国がないので、複雑な問題が起こってくるのです。祖国を探し求めなければなりません。何としても故郷を求め、祖国を得なければならないのです。 母がなすべきことは、女性たちの解放です。真の父母が来られて、祖国光復を準備するので、世界の女性たちは真の父母と一つになって、国を求めなければなりません。それで日本で今、四十の地域を中心として、世界の女性解放のために巡回講演をやっている最中なのです。 その国というのは、統一された韓国です。ですから、どんなに困難があっても、宗教世界を一つにして祖国に帰っていくことが、神様の創造理想なのです。それで、そのようなことを収拾するために、お母様が巡回講演を行うのです。今まで先生を中心としたお母様の講演は、今回が最後です。 それでお母様の講演が終わると同時に、全世界の高卒以上の大学生はみな、全世界の女性を通じて、お母様の代わりに家庭、氏族、民族、世界を求道すべき責任を負うのです。お母様に代わって世界の拡張運動をするので、すべての女性たちは自分の一族、一つの国に責任を持って、お母様の代わりに女性を連結できる運動を世界化しなければなりません。 今、全世界にいるすべての大学出身の統一教会のメンバーは、清平で教育を受けています。大学の出身者は皆、二十歳を越えています。全世界の女性たちは、母の立場、解放された二十歳以上の立場に立ったので、全世界の男性たち、堕落した世界の個人、家庭、民族、国家、世界を解放する責任があるのです。父や母が世界を復帰する前に、皆さんの国と民族を救うためには、祝福家庭、ご父母様から相続をした家庭が立ち上がらなければなりません。それで女性が出ていくのです。国を復帰するのに、女性が先頭に立てませんでした。ですから、女性がやらなければなりません。その国がありません。国境を無視する時が来ました。国境を主張していては、人類は滅びます。 皆さんは故郷を持っていますか? 私たちは、故郷がありません。祖国はどうですか? 父が神様です。神様の国です。祖国はこの全宇宙……、堕落しない完成した神様を中心として愛の主権の前に、一つの国となり得る国を指すのです。ですから、皆さんは地上に故郷も持てず、祖国も持っていないのです。 皆さんが生まれた所が、皆さんの故郷ではありません。堕落後に持つようになったそのような故郷は、神様の前で清算されなければならないのです。故郷とはこの地球星です、地球星。故郷が一つですか、二つですか? もっとたくさんありますか? 一つなのです。アメリカに住んでいる国民たちの故郷は「アメリカ」という一つの国です。人類には、この地球星が本来の故郷にならなければならないのです。 それでは、このアメリカに祖国がありますか? 祖国は神様が介在されるのです。神様を迎えて暮らす天国が祖国なのです。アメリカという国は、神様がご覧になり、神様が生まれることのできる故郷になれず、神様が住むことのできる祖国になれないのです。 それでは、神様と人類先祖の故郷はどこですか? エデンの園です。エデンの園。一つの国なのです。そこで一つの国が始まるのです。そこで一つの人類、一つの主人が生まれるのです。堕落したので分かれました。それで戦っているのです。国境があって、すべてが怨讐となっています。それを撤廃しなければなりません。 ですから、今回、「南北統一前進大会」で世界が一つになり得る内容を宣布したのです。このようにしなければなりません。このように発表したので、そうしなければなりません。南北が首脳会談するのもレバレント・ムーン抜きではできません。北朝鮮も、南北を統一できる中心はレバレント・ムーンであるということを知っています。韓国もまた知っているのです。(二〇〇〇年五月二十一日、ベルベディア修練所) お母様の大会は、韓国でお父様が「南北統一前進大会」を始めて、その次に日本の四か所でやったのです。お母様がやるべきことは、四位基台を継承することです。父と母の基盤を中心として、イエス様は四位基台を中心として十二弟子、新教の十二弟子と旧教の十二弟子、ロシア正教は旧教の本山地なので、お母様が根本を一つにするのです。息子と娘、根本が一つになって、真の父母の四位基台、四十か国を通して、お母様が一つの世界的な頂上に登り、女性たちを立てることのできる旗をさすのです。 エバがすべてのものを失ってしまいました。ですから、今このときにすべてのものを復帰して清算するのが、お母様の責任です。それで、四十か所の巡回講演をすることによって、地上天国と天上天国が再出発できるようになりました。ですから、すべてのものがサタンから解放されるようになります。サタンが存在できる場がありません。私たちがすべての万物をその主人であられる神様にお返しするのです。 それを清算しようとするのです。皆さんの心で清算できるならば、清算して、そこまで越えていける真の父母に侍って祖国を持ち、真の父母の四位基台の基盤を中心として、アダム、エバ、息子娘の四位基台です。母を中心として三人の息子です。ノアの時も同じです。三人の息子を中心としてこのように出てくるのです。ですから、三人の息子のようなものが何かというと、旧約時代新約時代、成約時代なのです。 旧約時代は旧教ですが、旧教もカインとアベルです。東の旧教と西の旧教があります。ロシア正教とローマ正教の二つです。二つに分かれてカインとアベル、旧教と新教、南米と北米、このようなったのです。これが復帰過程において長子権を復帰したので、その長子が南米を連結するのです。南米と息子、娘を中心として母がすべて復帰するのです。こうして祖国光復の因縁を結ぶのです。 ですから、今回参席した人たちは皆、祖国光復をして入籍すべき時代に突人するのです。それに合わせて、全世界の大卒以上の者たちや女性たちが集中してやるべき責任があるのです。アメリカから、その次は韓国、日本から、またその次は相対的なウルグアイを中心とした南米です。そしてアメリカまで連結し、カナダとイギリス、ソ連まで連結して、かつて失ったものをすべて取り戻さなければならないのです。そのようにしてカバーしながら、サタンを切ってしまい、神様を迎えなければならないのです。 世界の賢い女性たちは、お母様の代身者です。全世界に今回講演した内容を、家ごとにその門前に立て札を立てて、それに合格したか否かを点検させなければならないのです。それを女性たちがやるのです。全体の女性を動員してやるのです。女性が天使長圏、天使長の国であるアメリカが長子圏となっているので、天使長の場に訪ねてくるのです。(二〇〇〇年五月二十一日、ベルベディア修練所)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.29
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涙の歴史涙でつづる 主の道は 孤独な父を慰めて 神の歴史を紐解いて 涙でにじんだ1ページ 早く過ぎ去れ 青春よ 血のにじむ闘いの中で ただひたすら待ち続けた 真の母を捜して 異国の地へとただ独り 神の御言葉携えて 自分の命を投げ捨てて 神の願いを果たす為 早く過ぎ去れ 青春よ 闘いは子女達が受けて ただ苦労を追い続けた 真の父母を捜して 血と汗と涙の祈りから 産声が上がる 信仰よ 炎と燃え上がれ 世界の果てまで 早く過ぎ去れ 青春よ 血のにじむ闘いの中で ただひたすら待ち続けた 真の母を捜して 早く過ぎ去れ 青春よ 闘いは子女達が受けて ただ苦労を追い続けた 真の父母を捜して一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.27
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「二〇〇〇世界ハンマダン体育大典」開会式の祝辞日付:二〇〇〇年二月十四日場所:韓国、ソウル、オリンピック公園体操競技場行事:第四回「世界ハンマダン体育大典」 内外の貴賓の皆様、そして本大会に参席するために異国まで万里の遠い道をいとわず、心情の本郷であり、信仰の祖国である大韓民国を訪ねてきた全世界の青年会員の皆様。本大会は、世界の若者たちが、統一された平和世界の具現という神様の絶対的な願いをこの地上に定着させるために、力と技と美を競い、人類本然の姿を取り戻し、心情文化世界を発展させるための平和の祭典です。 今回、第四回として開催される二〇〇〇年の「世界文化体育大典」は、世界の各分野を代表する著名な学者や宗教指導者、政治家、言論人、青年指導者、女性指導者、学生などが、神様を中心とした地球村の一つの家族の一員として出会う祝典です。本然の理想世界は、神様の真の愛と真の生命と真の血統を受け継いだアダムとエバが、真の子女、真の兄弟、真の夫婦、真の父母の心情圏を完成することによって成し遂げられる世界です。そのような世界において、神様の息子、娘たちが一つの場に集まり、力と技、そして美を競い合う心情文化の祭典の中で、純潔な善男善女が祝福を受け、真実で幸福な家庭を成し遂げていれば、神様はどれほど喜ばれていたでしょうか。 しかし不幸にも、人間の始祖であるアダムとエバは、青少年期に神様のみ旨に背き、天使長との不倫な血縁関係を結んで悪魔の血統を受け継ぎ、人類の歴史は悲惨な罪悪の歴史となったのです。 このすベての堕落の起源は、正しく青少年期に発生したのであり、そのことによって人間は悪魔の奴隷となってしまいました。この事件が、神様の胸にぬぐい難い恨として残されたのです。青少年期は、人生において最も重要な時期です。青少年期に正しい価値観を形成し、純潔な価値観を確立して、真の家庭を通じた健康な社会、希望にあふれた国家と世界をつくっていかなければなりません。 ところが今日、青少年と青年たちは、悪魔の仕業によって利己主義化、個人主義化され、性倫理と性道徳が崩壊し、フリーセックスや性暴力、若年層の未婚の母、堕胎、同性愛、エイズ問題などにより、健全であるべき家庭が破壊され、青少年の犯罪が急増しているのが実状です。また、至る所に淫乱物が氾濫し、売春と援助交際が過激さを極めています。 このことにより今日、全世界の人類は地上地獄で苦痛と不幸を味わいつつ生きているのです。ですから、神様は、人類を救援するために悪の文化を一掃し、地上地獄を解放し、神様の絶対的な真の愛の基準を中心として、このすベてのものを復帰してこられたのです。すなわち、神様は、人間と家庭を破壊している悪魔と対決して人間を救援するために、その反対の経路を通じて、真の父母を中心とした真の家庭のモデルを立ててこられたのです。それで、再び来られるメシヤである真の父母には、堕落文化を根絶して、それを収拾すべき極めて重大な責任があるのです。 私は、人間堕落の根源である罪の根と堕落の経路を究明した結果、それは正に悪魔との不倫の愛であることを知りました。私たちは、人類社会のすべての闘争の歴史がそこから始まったという事実をはっきりと認識しなければなりません。ですから、今日、二世たちが先頭に立って、まず淫乱と退廃の文化と不義を清算し、フリーセックスと暴力を追放して、神様を中心とした新しい心情文化を創建し、真の愛の伝統をこの地上に定着させ、地上天国を建設していかなければなりません。 私は、宗教と文化、思想と理念、人種と言語、信条などで引き裂かれた人類を一つにまとめ、統一された理想世界をつくるために、生涯をかけて血と汗と涙を流してきました。神様の愛と絶対価値を中心として、世界の指導者を糾合して各分野別に団体をつくり、その影響力を世界的に拡大し、神様が望まれる一つの世界に向かって進軍してきました。そのために私は、神様の真の愛を投入しては、また投入しながら、真の愛と真の家庭の実体である真の父母を中心とした世界的な基盤を造成してきたのです。 一九六〇年の三家庭の祝福をはじめとして、数多くの祝福行事を挙行してきました。昨年の一九九九年には、三億六千万組の祝福の基盤の上に、「天地父母天宙統一解放日」を宣布したのです。また、青少年の純潔運動を通じてのサタンの血統根絶とともに、昨日は四億組の祝福式を盛大に執り行うことによって、名実相伴う第四次アダム圏の時代が到来するようになりました。また、「科学の統一に関する国際会議」、「世界平和教授アカデミー」、「世界言論人会議」、「世界平和宗教連合」、「世界平和連合」、「世界平和女性連合」、「世界平和青年連合」、「世界平和学生連合」、「世界平和統一家庭連合」、「世界平和超宗教超国家連合」などを結成して、神様を中心とした善の環境的基盤を拡大してきました。 今回、「二〇〇〇年世界文化体育大典」は、このような神様の総体的基盤が一つの場に集まり、人類大和合と新しい心情文化世界の創建のため、意義深い跳躍の基台を準備するための祭典なのです。このような意義深い行事の一環として開催される第四回「世界ハンマダン体育大典」は、人種や宗教、思想、理念を超越し、五大洋六大州の多様な文化圏の伝統と価値が一つになることができるという信念を再確認させる平和の祭典として、心情的統一文化の地平を開いていく大和合の場なのです。 そして、このような心情的統一文化運動の土台は、原理運動であり、新しい真の愛の実践運動です。世界各国の若者たちに広く知られている原理運動は、没落した共産圏はもちろん、価値観の混沌の中で彷徨する自由民主世界を生かす「共生共栄共義主義」と「頭翼思想」によって創造本然の理想世界を具現しようという若者たちにとって、希望にあふれた原動力となっています。 新千年紀の初めに執り行われる今回の第四回「世界ハンマダン体育大典」は、今までのいかなる時よりも、神様と人類の前に胸いっぱいの期待と希望を抱かせる祝福された大会であるという事実を知らなければなりません。 二十一世紀の未来の世界を導いていく青年、学生の皆様。皆様の生涯の中で最も重要なものは何でしょうか。 それは、真の愛の実現であり、真の愛は独りで成し遂げられるものではなく、相対から来るものです。ですから、相対のために生きてこそ、真の愛を成就することができるのです。人間の価値の中で最も高貴な価値があるとすれば、それは正しくために生きる価値です。皆様は、ために生きる価値観を確立して、未来を準備していく若い青年、学生たちとならなければなりません。 人間は、健全な精神と強靭な肉体が一つとなった関係の中でのみ、創造的、自主的、統一的な活動をすることができます。どんなに精神が健全であっても、肉身が衰弱すれば、自らの理想を開くことができませんし、肉身が健康であっても精神が正しくなければ、正しい人の役割を果たすことができません。このような事実をはっきりと知り、皆様すべてが今回の体育大典を通じて、心と体の正しい統一を成就していくことができるよう、精進を重ねてくださることを願います。 皆様は、熱い情熱と純潔な人生、そして聡明な理性を通して、長い歳月にわたって神様が追求され、人類が念願してきた真の家庭を完成し、真の父母、真の師、真の主人の三大主体思想で武装し、一つの統一された平和世界の建設のために共に進軍しましょう。 今後、皆様は、国境と人種、宗教と文化の障壁を越え、統一文化世界を具現し、私たちの前に残された当面の課題である南北統一と東西文化の格差、そして南北の貧富の格差を平準化して、統一の世界を創建し、神様と人類の念願を果たしていかなければなりません。 皆様の純粋な情熱と不撓不屈の精神で神様の心情を体恤し、万世の願いの勝利者となれるよう、惜しみなく心と体を投入することを懇切にお願いします。これが正しく、新千年を迎え、真の父母と共に一つの時代を生きていく若い青年、学生たちの進むべき方向です。 どうか皆様の気概と決意で、理想世界の実現のために強く大胆であってくださることをお願いいたします。皆様の前途に、神様の無窮の祝福と天運が常に共にあることを願いつつ、祝辞に代えさせていただきます。ありがとうございました。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.27
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神霊役事の池承道おばあさま(#1)🍓神様の導きで再臨主に会う🍇断判祈祷で再臨主が来る国を知る✳️一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.26
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「天宙真の父母連合」宣布二〇〇〇年 二月十三日 真のご父母様の「御聖誕八十周年記念」の行事中、二〇〇〇年二月十三日、リトルエンジェルス芸術会館で「天宙真の父母連合」と「天宙平和統一家庭堂」が創立された。「天宙真の父母連合」は、ジャルジン宣言の最後の第八宣言に該当し、この二つの団体は摂理の最後の機関である。 関連のみ言 韓国に行って「世界真の父母侍衛連合」を宣布しなければなりません。侍衛連合なのです。それは何かというと、真の父母を認定するすべての者たちが加わるのです。ですから、教育を受けたならば、レバレント・ムーンが真の父母に違いないということがはっきりと分かるのです。「真の父母」を各国の大統領を中心として国会で宣布しなければなりません。そうなれば、私たちの国となるのです。その段階まで既に来たのです。そうならなければ、国連を叩きつぶして、宣布した国々を合わせて、国連まで占領するのです。国連の真の父母団体なのです。アメリカの議会が真の父母のみ言を語り、国連を中心として、万民が「真の父母の日」を受け入れるというのです。 それで今回、写真も皆、撮ってあげたのです。ジャルジンで祝福家庭と写真を撮ってあげたように、高位層の人々にすべてを教えてあげ、「君たちも皆、写真を撮っておくように」と言って、撮ってあげたのです。写真を撮ってあげた者たちは皆、内的なジャルジン勝利の基準の前に相対的な基準となって、国家を収拾する準備をして、手紙を出すのです。 それは夢のような話であり、あたかも茫々たる大海に浮かぶ小舟のようです。行くべき道を知らないのに、いかに訪ねていきますか? 心です。心の故郷が羅針盤にならなければなりません。世の中がここまで来たのは驚くべきことなのです。 誰がみ言の通りになると考えましたか? 浮雲ではありません。地上です。来られる再臨主が千年王国を築くのですが、千年王国は地上と天上の解放圏なのです。地上に来られて歴史的なすべての汚いくぼみまで清算し、この地上に雲の世界のような解放圏を形成して、千年王国を築いたというのです。それがどれほど大変ですか? 雲は水蒸気が蒸発したものでしょう? 便所のつぼに残った糞のかたまりのようなものをすべて溶かして、共産党の寒帯文明、温帯文明や寒帯文明まですべて溶かして、そこにいる群れたちを地獄から引き出して祝福したでしょう? 夢のような話です。 それは神様もできないことなのです。「今や解放された基準で「全体全般全権全能」を行使なさってください!」と言うのです。ですから、私がやるようにやるのです。聖人と殺人鬼を祝福してあげたのです。神様にはできません。私に命令することができないのです。先生自身が知って証明したので、神様が私の後ろについてこられるのです。 神様とサタンの闘いを、神様も止められず、サタンも止められないのです。偽りの父母によってそのようになったので、真の父母が来て止めることができるのです。すべての解決策があるのです。未完成で行使したサタン圏を無視して、完成の場において行使できる、解放的な神様時代なのです。 それで勝利的な基盤にあって、第四次アダム圏に入っていくのです。「全体」というのはサタン世界の全体と同じです。「全般」というのは一つにすることです。全体を合わせて一つにするのです。「全権」というのはサタンの権限です。サタンの権限を全能の権限によって抑え、全般、全能の天地創造本然の軌道を中心として、宇宙を再創造できる理想圏を形成するのです。 先生が願えば、アダムとエバを創造したとき以上の天国を再びつくることができるのです。堕落した世界の人間を捨てて、再び創造し直すこともできるのです。本来は、「救ってほしい」という請願の言葉さえ、真の父母と神様は聞きたくないのです。 ですから、今、皆さんの家庭がそのようにしていたらどうなりますか? 個人個人が、かつての天国に入っていく待合室、家庭的な楽園圏内に行って、橋をかけて渡ってこなければならないのです。兄弟同士で争って泣いたりしていますが、自分の方が偉かろうと、相手の方が偉かろうと、すべて切ってしまえというのです。気を引き締めなければなりません。 今や国を求める時が遠くありません。今、先生のみ言どおりにやれば国はすぐに得ることができます。二〇〇〇年の六月までかかるか、かからないかといったところです。それを率いていくためには、生死の境を越えなければならないのです。世界にすべてを宣布しておいて、準備するように発表するのです。御聖誕日を記念する前に、八十年の生涯による世界的な勝利基盤をすべて整備し、南北統一の理念を天宙統一にまで連結させる立場に立ったのです。そのような立場に立ち帰って語るみ言なのです。『訓教経』のようなものです。国民と世界と天地の前に、「訓示の宣言である」と言って、発表するのです。(三一五-二〇八、二〇〇〇年二月六日) 「ジャルジン八大宣言」 尹晶老! 七大宣言について話してみなさい。 (「ジャルジン第一宣言は、神様が絶対信仰、絶対愛、絶対服従によって人間と万物を創造されたように、私たちも神様に絶対信仰、絶対愛、絶対服従で報いなければならないということです」)。 相対の立場に立たなければなりません。それでこそ、一つになって相続できるのです。 (「ジャルジン第二宣言は、神様は絶対、唯一、永遠、不変です。それで、神様の子女である私たちも、絶対、唯一、不変、永遠の子女となり、絶対、唯一、永遠、不変の夫婦となり、絶対、唯一、永遠、不変の父母となり、絶対、唯一、永遠、不変の家庭にならなければならないということです」)。 そのような家庭となって、国まで求めていかなければなりません。 (「ジャルジン第三宣言は、神様が第一創造主ならば、アダムとエバは第二創造主であり、アダムとエバが生んだ息子と娘は、第三の創造主にならなければなりません。第一創造主、第二創造主、第三創造主が一つの家庭に共に暮らさなければなりません。神様が一番悔しいことは孫息子、孫娘を得られなかったということです」)。 三代が共に暮らさなければなりません。 (「ジャルジン第四宣言は、『宿命的な提案解怨』宣言です。神様と私たち人間は、父子関係であり宿命です。宿命なので子女が父母の恨を解いてさしあげなければなりません。神様の恨、父母の恨は子女のゆえに生じたので、子女が絶対的に父母の恨を解いてさしあげるのです。ご父母様は、神様の恨を解いてさしあげるために生きてこられました。神様に『このようにして恨を抱かれたのでしょう?』と提案をすると、神様は『自分では語れないが、それゆえに恨を抱いた」とおっしゃいました。そのような父子関係の因縁をもって、神様の恨を解いてさしあげるために苦労してこられたのです。これが第四宣言の要旨です」)。 (「第五宣言はアラスカでの『四・四節』宣布です。神様がアダム家庭を失ってしまったというのは、第一代の四位基台を失ってしまったことです。そしてアダムとエバの息子と娘たちである孫息子、孫娘を失ってしまったのです。そのためにご父母様がこの地に来られ、アダムの代わりに家庭で一代の四位基台を探し立て、それからアダム家庭の息子と娘の四位基台を、天の前に正しく探し立てました。それで地上に天が願った第一代の四位基台と第二代の四位基台をいっぺんに取り戻しました。そうすることによって、南北統一が可能となり、天地が統一でき、全世界が統一できる条件となりました。そうして、神様が失ってしまった一代目の四位基台と二代目の四位基台を取り戻したことを記念して、『四・四節』宣布をするにいたったのです。その日が一九九八年九月八日です。それで、その日付の数をすべて合わせると四十四数となります。そのときから、『総生畜献金』も十六数を蕩減するという意味で捧げることになりました。裂かれた献金ではなく、裂かれてはいけない『総生畜献金』をしなければならないと説明されました。かつてはカインとアベルに裂かれたものが、今や復帰されたので、そっくり捧げる時代が始まったのです」)。 (「第六宣言は『サンパウロ宣言』です。総霊界を解放させました。その霊人たちは神様の前に解放されることによって、祝福を受けられますが、何もせずに祝福を受けてはいけません。「地上に再臨して地上天国の建設を協助せよ」というのが第六宣言です。それで霊人たちにすべて任地を割り当てました。イエス様はアメリカ、ヨセフとマリアは南米、釈迦牟尼は韓国、孔子様は中国、このようにして任地を与えました。なぜ、霊人たちを祝福してあげ、任地を割り当てたのかというと、地上天国が先に建設されてこそ、天上天国が建設されるからです。解放されて祝福を受けたとしても、ただ何もせずに受けてはいけないのです。それで、すべての霊人たちが地上に総動員して、天国建設に協助しなければならないのです。これが骨子です」)。 (「第七宣言は、お父様が『天宙的な四・四節』と名づけられ、一九九九年一月八日、ウルグアイのプンタデルエステでみ言を語られました。その内容は何かと言うと、地上天国を建設するには、天上に恨を抱いた霊が一人もいてはならないというものです。特に未婚の霊たち、結婚できなかった者たち、あまりに幼くして死んだ者たちも祝福してあげなければなりません。その霊人たちは皆、幼いときに死んだとしても、教育を受けて成長してから、男性、女性として祝福を受けられる恵沢にあずかるのです。それから、地獄の殺人鬼までも聖人と祝福を受けられる門を開いてあげました。そのようにプンタデルエステで宣言されたその日を、真のお父様は『天宙的な四・四節』と呼ぶようにと言われました。霊界に地獄がなく、恨を抱いた霊たちがいなくなって、霊界が先に整理されてこそ、地上に天国が到来するのです。地上天国は、恨を抱いた者や地獄にいる者が一人もなく、解放されてきれいに整理されてこそ始まるのです。ジャルジン宣言がなされた場所は、ジャルジンというブラジルのある限定された場所ではありませんでした。ジャルジンはブラジルの言葉で『庭園』という意味であり、『エデンの園』一を意味する象徴的な意味があります。ジャルジン宣言は、コディアックで語られたこともあり、プンタデルエステで語られたこともあり、サンパウロで語られたこともありますが、真のお父様はそれらをみな『ジャルジン七大宣言』と呼ぶように語られました。私たちが天国理想を実現するにあたって、このような宣言の通りに生きるように語られました。ジャルジン宣言は、私たちが天国生活するにあたって守るべき宣言であります」)。 それでは、最後の「ジャルジン第八宣言」は何でしょうか? 天地父母に侍らなければなりません。「天宙真の父母連合」なのです。それはジャルジンで宣言したのではありません。本部に戻って宣言したのです。出発から再帰一、ここで発表しました。ここで終わる前にそれを構成するように話したのです。 明日の誕生日がそれほどに重要なのです。考えてみなさい。一九九八年の標語が何ですか?(「真の神様を絶対に誇り、愛することは三億六千万双の祝福完成とサタン世界の血統断絶です」)。一九九九年の標語は何ですか?(「真の祝福天宙化とサタン血統根絶です」)。二〇〇〇年の標語は何ですか?(「真の愛の天宙化は新千年天国完成です」)。それが神様の家です。東洋で言う「天宙」とは、「神様の家」という意味です。 宇宙の「宇」も家を表し、「宙」も家を表します。「宇宙」と言うと家なのです。家という概念です。家で生まれ、家で食べて暮らし、家で逝くのです。小さな家から大きな家……家庭から国、国から世界、世界から天国、そのように行くのです。世界を越えていかなければならないでしょう。国を越えて世界に行かなければならないので、聖人を立て、世界を越えて永遠なる世界の神様のところに行こうとするので、聖子を立ててはしごをかけたのです。そうすれば、すべて終わるでしょう? きょうの話もそうでしょう? 歴史時代の主流として残すべき伝統的な思想が必要なのです。それが孝子、忠臣、聖人、聖子の道なのです。今やすべて終わりました。ですから、私が皆さんを連れて回りながら、教育すべきですか、放っておくべきですか? 今や皆さんの子供たちも成長したでしょう? 皆、息子と娘が十八歳以上になったのです。結婚したなら、その赤ちゃんまでが後ろを振り返らないように、棒でぶん殴って追い立てなければなりません。 ですから、先生は、既に宣言しました。「息子と娘をすべて分家せよ」と言ったのです。これまで、先生は育てなければならないという責任を果たせませんでした。統一教会において、行くべき方向を定めてあげるご父母様ではありませんでした。天地のすべてを整備できないで、どうしてそれができますか? 子供を捨て、家庭を捨て、国を捨てて、それを果たしたので、それを整備した後に、最後において行く道を定めるのです。 真の父母と一緒に生活しながらも、真の父母の価値を知りませんでした。今や家を離れてみてこそ、統一教会の食口たちが、イーストガーデンに来るのをどれほど切に願っているかが分かるのです。それでカインの立場にある弟たちの立場を知るようになるのです。立場を変えて同情し合い抱き合ってこそ、弟たちも兄たちがどれほど大変かが分かるのです。「私たちの家で父や母に侍っているけれども、世界の家でもよく侍ろう!」と言ってこそ、統一天国になるのです。きれいにすべてを整理するのです。ですから、自分の父や母よりも、食口よりも……。 イエス様は「誰よりもわたしを愛さなければ、わたしの弟子にはなれない」と言いました。そして「汝の十字架を背負ってわたしを愛さなければ、わたしの弟子になれない」と言いました。「十字架の蕩減の道が残っている」と言ったのです。それが偉大なのです。そのような言葉を語ったイエス様の内的な心情を、誰が知ることができましたか? 誰も知りませんでした。 先生の代でそれをやるのです。三十三名と七百八十名は、天の国の主権を中心として祝福を受ける中で、国家次元を乗り越えられる基盤なのです。その基盤をすべて準備したのです。先生がどうして嘘をつけますか? 原理原則から見てぴったりと合っているのです。 「天宙的四・四節」とは何ですか? ですから、いつでも、どこよりも、その場を愛さなければなりません。それでパンタナールを私が愛しました。世の中の誰もが行きたがらない所に行って愛したのです。夜も昼も時間さえあれば行ったのです。誰もいないときに出かけようとし、誰もいないときに帰ってこようとしました。私はそのように暮らしてきました。主人の因縁を万物世界に残したのです。 李相軒氏の報告を見ると、霊界でも心霊状態の高い人は、すべての動物と和合するというのです。万物を解放しなければなりません。それゆえに、私がパンタナールに精誠を尽くしてきたという事実を知らなければなりません。魚や獣たちをつかまえて食べますが、これからは、その先祖をなくしてしまっては、根を抜いてしまってはいけないのです。先祖を残しておいて、種を永遠に保存できてこそ、神様が自分たちのために礼物のようにつくってくれた万物が残っていてこそ、それを見つめながら神様の前に威信を立てられるのであって、それがなくなれば、威信を立てることができません。 それで種を保存するために、どこでも農園をつくるのです。庭園をつくり、花園から、動物園から、養殖場までつくるのです。そのようなものを作れる適地がパンタナールなのです。それを皆、軽んじているでしょう? (三一六-五三、二〇〇〇年二月九日) 「天宙真の父母連合」を結成した意味 今回の大会で団体をつくりました。それが「天宙真の父母連合」です。真の父母連合。これが何かというと、神様も、真の父母の冠をかぶり、被造物も真の父母の冠をかぶらなければならないのです。その冠が何ですか? 血筋を清めた冠です。ですから、復帰摂理の神様は、完全なる神様ではありません。その神様が復活しなければならないのです。ですから、全天宙が真の父母の連合体です。真の父母は、天宙と国家の連合体なのです。すべての連合に通じている魔術師です。 万物、植物、鉱物世界のすべてが、真の父母の冠をかぶらなければ完成できません。霊界もそうです。霊界と肉界のどこにおいても、魚もどこでも、獣の子、植物や鉱物まで、すべてが「真の父母」の名を返してもらわなければ解放されません。 そのような意味で、「天宙真の父母連合」です。天宙自体が既に一つになったのです。その天宙は神様を中心として一つになっているので、地上にあって、必ず一つにならなければなりません。国家がいまだに統一天国になっていないでしょう? それぞれの国家を、国家メシアたちが一つにしなければなりません。カインとアベルが一つになるのです。カインとアベルが一つになることのできる、国家メシアの責任の完了が今できていません。国家メシアたちが、今からカインとアベルを中心として……大統領を中心として、国会もカイン、アベルが上院と下院です。その国の総督と同じです。天の全権の権限を持って、カインとアベルを一つにしておかなければなりません。それでこそ、ご父母様が縦的な父母となるのです。これは原理です。 ですから、今から私たちが取り組むことは政党の消化です。国を消化しなければなりません。政党を消化しなければなりません。サタンの血筋から変わらなければならないのです。その全体平和の峠を乗り越える、第四次アダム圏時代に乗り越えるその境界線に解決すべきことがあるので、女性たちを選ぶのです。女性がお母様の分身にならなければなりません。お母様の分身の立場に立って、息子と娘を一つにしなければなりません。真の父母は、民主世界と共産世界が一つになるその骨髄を連結させ、地上地獄、天上世界が分かれたのを一つにできるようにすべてを連結しておきました。ですから、真の父母を中心として、完全に一つにならなければなりません。昼も夜も四六時中、青年時代から老年時代、水深時代まで一つにならなければなりません。 ですから、あらゆる小さなものの完成も父母であり、大きなものの完成も父母なのです。真の父母を抜きにしては一つになることはできません。連合されるものがありません。連合とは団結を指すでしょう? 天宙が団結する中心なのです。その中にすべてが入っているのです。その中にすべてが入っています。 この世の中は一つになっていません。ですから新天宙平和統一です。カインとアベルが一つになっていません。水平になっていないのです。統一教会の女性連合と日本の家庭連合が一つになっていません。この隔たりができたのを一つにしなければなりません。 社会では、これまですべて破綻してきたでしょう? 社会のすべてが乱れてしまいました。愛の秩序、血統的な整理がこれまでできませんでした。完全に混沌のうちにあります。純潔運動と家庭の破綻を収拾するための仕事を、今やるのです。それが私たちの全権です、全権。特許権です。どこに行っても妨げはありません。栄えている国、先進国においても後進国においてもそうです。 ですから、「天宙平和家庭堂」です。「家庭堂」とは何ですか? 実体となられた真の父母、真の師、真の主人の権限がここにすべてあるので、それに備えて、分かるように絶対に教育しなければなりません。絶対信仰です。絶対信仰、絶対愛、絶対服従をして、野党と与党が一つになれば、国がさっと回ります。原理がそうなのです。与党と野党が一つになれば、その中央に天が臨むのです。必ず中心の縦的基準に臨むのです。家庭統一、氏族統一の中心となるので、すべてが連結されるようになります。 この内的基準の前に互いが衝突しないように、平準化を目指すのです。ですから、教育するのに必要なのが何かというと家なのです。何の家ですか? 神様に侍り、真の父母に侍る家で教育するのです。それでは、み言が何かというと、個人完成、家庭完成、氏族、民族、国家、世界、天宙完成をするみ言なのです。そのようなみ言がすべてあります。そこに絶対に一つになることによって、急速に発展するのです。地獄からすうっと飛び上がって、世界のために生きようとして、さっと地の果てまで関係を結ぶことのできるはしごが連結しているのです。これは絶対に必要です。 これまで「世界平和家庭連合」は、サタン世界のアベル的な家庭だったのですが、カイン家庭と一つになっていません。それを一つにすることのできる基盤として、吸収できるプラスの磁石のようにならなければなりません。今はすべて絶縁体となって通じていませんが、それを引っ張ってでも真の愛の母体である神様の愛の圏を中心として一回りさえすれば、自動的に上がってくるのです。回せば上がるのです。運動すれば下っていきません。上がったり下がったりするのです。 この二つの団体をつくったのです。その団体は何かというと、自分の家です。下の町にある家は心身一体、私の家です。それに対して、天の一番上の町におられる王、大統領を中心として上院と下院、プラスとマイナスになっているのです。これが一つになっているのです。大統領と一つになって、私たちのメシアと一つになれば、その中で中心点において、天と自動的に連結するようになっています。 ですから、今や問題は、野党と与党が統一に向かうようにしなければなりません。「文総裁が願う理想的な国はこうあるべきである」というその原則にすべての国を結束させるためには、どうしても第四次アダム圏に定着することができる基盤が必要なのです。それでその中心基盤、完全なるプラスが生じたのです。完全なプラスは完全な対象を創造するのです。それを連結させるためには、み言を通してやっていくのです。そうすれば、自然に大きくなって上がっていくのです。対象の立場で大きくなるのです。 何かあっても女性が先頭に立って息子と娘を教育し、それから夫を教育しなければなりません。女性たちが追い出したでしょう? カインとアベルが怨讐になったでしょう? 夫も、自分も滅亡時代に入ったので、女性がこの仕事をすべてするのです。女性がこれまで歴史時代に責任を果たせなかったので、揺れ動く天地となったのです。すべてが体を売る娼婦たちとなり、引っ張り回されて滅んで混乱が生じたのです。 「母観」を探さなければなりません、「母親」を。ですから、息子と娘が母親を尊重しなければなりません。「私たちの母は、この国の代表的な母である」、また夫までも「この国では私の妻が代表的な妻である」と言えなければなりません。国を代表できてこそ世界に行くことができ、世界を代表したときに天の国に行くことができるのです。それが原則でしょう? 息子たちが「我が国の代表的な母である、神様の似姿である」と言わなければなりません。夫が「私の妻はこの国の代表であり、神様の新婦にもなれる」と言わなければならないのです。そのような家庭になりましたか? 母親の責任は何だと言いましたか? 息子と娘が一つになって、「私たちのお母さんは国と世界を代表している」と言わなければならないのです。夫が「世界に女性は多いが、私の妻が一番である。神様の前に紹介してあげられる妻であり、息子と娘の前に、隣り町の前に代表として立てる責任者である」と言わなければなりません。誰がそのようにつくるのかというと、妻たちがつくらなければなりません。 「天宙真の父母連合」、真の父母が絶対プラスです。これが世界に統一されるときまでは、神様も先生の言うことを聞かなければなりません。神様も先生に対して絶対信仰、絶対愛、絶対服従なのです。創造当時の結果になってこそ、すべてが成就しませんか? そのようにしてこそ、目的を達成できるのです。神様も意のままにできません。ですから、祈祷して「文先生はどこにいますか?」と言っても教えてあげません。自分が訪ねていかなければならないのです。てっぺんに行って捜さなければなりません。 なぜ「祈祷して精誠を尽くすように」と言うのでしょうか? まったくあきれてしまいます。イエス様も精誠を尽くし、先生も精誠を尽くしているのです。神様も「祈祷するように、一生懸命に祈祷するように」とおっしゃっています。空高くどんどん上がっていってこそ占領できるのです。そのようにわきまえて、解怨成就の最後のページに皆自分の名を記録し、サインし、回れ右した場合には、天国に直行するようになるのです。そのような特権を与えようとしているのに、立派に成し遂げなければなりませんか、成し遂げなくてもいいですか? 立派に成し遂げなければなりません。 郭錠煥、万歳をしなさい。ちょっと待ちなさい、これを書いておきましょう。(「真のご父母様の平和統一家庭堂万歳! 統班撃破万歳!」と板書されてから、万歳五唱がある)。自由に会議でもして、指示すべきことをまとめて風呂敷にぎっしりとつめて、元気に出発して、死なないで再び会えることを願います。(三一六-二八二、二〇〇〇年二月十五日) 全世界で訓読大会をしながら、真の父母の看板を高く掲げなければなりません。真の父母の中にすべてが入っています。真の父母を嫌うのは、すべてを失うことです。「天宙真の父母連合」を創設したのはなぜですか?「世界平和家庭連合」は地上でしかだめなのです。水平なのです。天宙が入っていません。「天宙」というのは「家」を指します。愛の家です。家の中に必要なものが、すべて入るでしょう? 納屋まで、田んぼの端まで草を刈った古い鎌までも、そこにおいて使わなければならないのです。すべてが入ります。「真の父母」の御名、「真の父母」の権限を完全に一〇〇パーセント必要としてこそ、神様が自由にこの地上で治め、天上で治めることができる家になるのです。安息所なのです、安息所ですから家です。皆さんの心には、すべて骨髄の家があります。私の家、我が家なのです。新婦の家は新郎です。妻の真なる愛の家は夫です。夫の真なる愛の家は妻です。父母の真なる愛の家は子女であり、子女の真なる愛の家は父母です。その両者を裂くことはできません。裂けばすべてが分かれていきます。すべて壊れてしまいます。相対的な理想にならなければだめなのです。(三一六-二四七、二〇〇〇年二月十五日) 先生が今や渡してあげなければならないので、代理人を立てました。代理会長を立てたのです。それが誰ですか?(「郭錠煥会長です」)。国家的な代表です。先生が天地の代表ならば、地上で国家的な代表を中心にして、先生を代理できるのです。アメリカの代理代表、日本の代理代表……。そこにおいて成立した公式を中心として、全世界において一元化していくのです。 それゆえに「天宙真の父母連合」です。それから「天宙平和統一家庭堂」です。平和は水平です。そして統一は縦的です。「天宙平和統一家庭堂」です。家庭が責任を果たせませんでした。縦横の一体圏、天の父母と子女、上下、左右、前後の関係が築かれていません。 問題は家庭を中心として、上下関係、左右関係、前後関係を形成することです。先祖を中心とし、真の父母を中心として、子女の立場に立ち、真の父母のように祝福された家庭となり、息子と娘を生むことによって、堕落してない本然の基準で真の血統を中心に定着することができるのです。サタンがいないので自然に定着できる環境となり、それを決定できる時代に入ったのです。それは歴史的な最後の総決算であると同時に、最後のサタン世界の終末、天の世界の新しい出発、地上、天上の理想的な愛の王権時代へと越えていくのです。 先生のみ言は霊界の憲法になります。霊界と地上において、柱になるということを知らなければなりません。そのまま適用するのです。(三二〇―四四、二○○○年三月二十五日) 「天宙真の父母連合」を創設したのは、今や天と地の問題を中心として、全権をもって結束したからです。周辺のすべては、カインとアベルの分かれたものであり、父母が分かれたもの、国が分かれたもの、世界が分かれたものなのです。外的にそのようになっているのです。心と体が分かれて、個人が分かれ、家庭が分かれ、国家が分かれ、世界が分かれ、天地が分かれたのです。外的にそのようになっているのですが、それをいかに統一させますか? この根本に、すべてが一体圏とならなければなりません。それで「天宙真の父母連合なのです。真の父母は、天宙のすべてが連合した中心なのです。 神様を見ると、真理と人格と心情世界がありますが、それを中心として個人的な心と体が一つになり、家庭が一つになり、国家が一つになる、心情的な統一を完成しなければならないのです。そのような内容を中心として一つになるのです。ここはすべてが分かれています。分かれた一番てっぺん…………蕩減時代が過ぎて私たちが自由にできる時代が到来したので、てっぺんの与党と野党、彼らの夫人たちを中心として、真の父母、お母様と一つにならなければなりません。お母様が教えたその基準を中心として、変遷していく立場にあるのです。また、カインとアベルが統一されて、今霊界と肉界が変遷していく立場にあるのです。 ですから、そのような内容を中心として訓読会をしなければなりません。訓読会をすれば個人完成がどのようになり、家庭完成がどのようになり、国家完成がどのようになり、天地完成がどのようになり、解放がどのようになるか、すべて出てくるのです。そのとおりにやらなければなりません。 今や「世界平和統一家庭連合」を創設しましたが、これが何かというと、サタン世界において天が探したカインたちです。カイン型なのです。その基盤を通じて、天側の世の中と天側のアベルがいるので、長子権を復帰できる土台となるのです。そこにおいてすべてが一つにならなければなりませんが、一つにするのは国家から出発します。ですから、四十代以降は放棄するのです。先生は四十歳で世界的にみ旨を成就しようとしました。 四十歳の基準を中心として、そのようになるので、すべての母親たち、夫人たちは、夫をすべて後ろにおいて、振り返ることなく一つにならなければなりません。何と一つになるのでしょうか? 息子、娘と一つになるのです。息子、娘と一つになれば、その次は夫婦が一つになって、自分の夫を前面に立てるのです。基盤を整備して夫を前面に立てますが、立てた夫が真の父母と一つにならなければなりません。それが国家的な基準で完成すれば、すべてが終わるのです。(三一七-九、二〇〇〇年二月十五日) 「天宙真の父母連合」と「天宙平和統一家庭堂」を設立した意義 統一教会の信徒は多いでしょうか? わずかな数を中心として、世界の平準化運動をどれほど多くやったことでしょうか。誰がそのようなことを願いますか? 先生はその仕事をやってのけたのです。ですから、非常に骨が折れるのです。 今もそうです。訓読会をやったのですが、訓読大会をして六大州に組織をつくったので、郭錠煥が今やその位置に就いてしなければなりません。ですがそれも私が行って道を開いてあげなければならないのです。来る者たちは先生に会おうとしているのです。郭錠煥に会おうとするのですか? ですから、先生は体制を中心として進みますが、中間の責任者として、その体制を保護しなければなりません。体制は一方的ではありません。四方の平準化体制をいかに整えるかというのです。ですから、教育して人員を拡張するのです。原理原則がそのようになっています。それで先生が一生の間、時間さえあれば皆さんに会って語ってあげました。それが教育なのです。いつ遊びましたか? 一生を通じて教育してきたのです。 そのような横的な基盤を整備しなければ、縦的な基盤はなくなります。すべての思想や運動全体がそうです。ですから、神様が創造するとき、横的な基盤である環境を造成して、そこに主体と対象であるアダムとエバを創造しました。創造がそうです。ですから、すべてペアシステムなのです。鉱物世界、植物世界、動物世界、すべてがペアシステムになっているのです。 天地創造がそうでしょう? 日と月をつくり、水と空気と地を創造して、生物が存続できる基盤を造成してから、そこでその環境が連関関係を結び、中心となり得るアダムとエバ、主体と対象を創造したのです。大本の主体と対象です。主体と対象といっても一つです。 それが創造原理の組織的な原則でしょう? 先生が歩んでいくのは、共産党をつぶすためです。 「天宙真の父母連合」が何ですか?これは相対的なのです。東洋と西洋、天と地、すべてが分かれています。政治も野党と与党の相対世界です。それをすべて総合するのです。何によって? 真の愛によってです。 それから「天宙平和統一家庭堂」です。ここにも平和が入ります。平和が実現して、統一が実現するのです。ここで真の愛によって統一されるのです。統一家庭堂です。家庭は何かと言うと、横的に広がらなければならず、縦的に接ぎ木するというのです。縦的なものは既に皆知っています。 個人完成をいかに成就するかというと、自分を伝道した者に従っていくのではありません。真の父母に従っていくのです。神様に従っていくのです。ですから、縦的な基準は既に完成しています。個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙まで、解放圏、祝福圏がすべて連結していますが、横的基準が完成していないでしょう? それで天宙平和、それから理想家庭なのです。 堕落とは何ですか? 理想家庭にならなかったことです。破壊家庭になったことです。理想家庭を中心として「平和」なのです。平和は横的です。統一しなければなりません。何によってですか?東西南北のうちに、中心を中心として横になってこそ可能です。中心を中心として三六〇度、すべてが同じ位置において回転するためには、「真の愛」でなければなりません。それが家庭理想です。 祖父がいても全体の家庭に尽くさなければなりません。自分たち夫婦だけのために生きてはなりません。父母がいても、自分たち夫婦だけのために生きてはなりません。上下、前後の秩序を合わせて、全体が回ることのできる平面的な面に合わせていくのです。それが「天宙平和統一家庭堂」です。 なぜ家庭ですか? 家庭が問題なのです。「家庭堂」だからと言って、何かのお堂をつくるのではありません。家庭において堂の主体が生じるのです。野党と与党の中心がそこで設定されるのです。それで「家庭堂」です。ですから、「家庭堂」は左翼や右翼を問わずに、連れてきて教育するのです。彼らの夫人たちを教育しなければなりません。それが韓国の婦人、北朝鮮の婦人ということでしょう? 北朝鮮の婦人と韓国の婦人を一つにするのが一番の早道です。今回もそうです。群れを意味する「黨(党の旧字)」という字を書いてみなさい。なんと騒々しいことでしょうか。家を表す「堂」の字で書いたので、女性たちを前面に立てるにあたって平安なのです。金正日も同じです。 文総裁が何をやりますか? 女性たちを中心として「家庭堂」をつくって教育するのです。立派な妻にしてあげるのです。男性には皆妻がいるでしょう? 立派な妻にしてあげ、立派な母にしてあげるのです。ですから、私たちの家庭を愛国の家庭にするのです。それが目的です。 立派な妻がいれば何をして、立派な息子と娘がいれば何をしますか? 立派な愛国の家庭となるのです。愛国の家庭になったら何をしますか? 国をつくるのです。それでは国があれば何をしますか? 聖人の道を行くのです。世界に尽くすのです。世界があれば天地に尽くすのです。天地があれば神様に尽くすのです。公式がそのようになっているのです。このような全体を解明できる内容として、今回二つの団体を創立したわけです。これを連合しなければなりません。 「天宙真の父母連合」です。真の父母を中心としてすべてを創造しませんでしたか? 創造がそうでしょう? 天宙が何によって形成されていますか? 霊的な世界の左右と前後の関係が、真の父母を中心として形成されたのです。 真の父母の中心は何ですか? 神様とアダムとエバが一致して、愛に定着するのです。愛の中心に定着できるポイントが軸となり、それからアダムとエバの夫婦が横的になりませんか? それが上弦、下弦です。男性は右弦であり女性は左弦です。神様を中心としてみると、神様は上弦で、真の父母は下弦ではないですか? 愛を中心として前弦と後弦、息子と娘が出てくるでしょう? それが根本です。その根本を合わせなければならないのです。ここは超党的です。政治、経済、文化の面がそこに連結されなければならないのです。上弦、下弦、右弦、左弦、前弦、後弦です。これが上下関係と夫婦関係で一つになってこそ、息子と娘が出てくるでしょう? 息子と娘を持てなかったのが堕落でしょう? その原則を中心として帰結させたのが、この二つの団体です。それで今回、この二つの団体を発足させたのです。 それで神様と天地父母です。それから祝福された家庭、祝福家庭の息子と娘が、その愛に一致できる立場で神様に侍り、平和の家庭を築かなければなりません。それでこそ平和の基準にも合い、統一の基準にも合い、上下全体の理想的な面で回るにも互いに衝突しません。そのような組織形態なのです。 「天宙真の父母連合」を中心として、世界、個人完成、家庭完成が連結されるのです。それを中心として横的な内容……小さいので個人が回るのも三六〇度、氏族が回るのも三六〇度、互いに衝突しないでバランスを取るのです。どこに行っても、その中心を中心として回っていくのは水平なのです。水平が大きくなれば大きくなるほど、縦も大きくなっていくのです。縦が大きくなっていけば、前後も大きくなっていくでしょう? それを離すことはできません。三位一体です。それで上下、前後、左右です。 堕落とは何ですか? 上下、左右を完成しましたが、前後を完成できなかったのです。息子と娘を持てませんでした。サタンが上下、前後、左右を束ねたのです。それを正さなければなりません。 それがだめで、家庭がすべて合わないので、家庭を教育するのです。「家庭堂」で教育するのです。「絶対孝子となり、絶対忠臣、絶対聖人、絶対聖子の家庭になれ」というのです。神様と常に離れられない、定着できる家庭を築くのが、神様の創造理想です。それが根本です。それが根本にならなければ、すべてのものがねじれてしまいます。それで「家庭堂」という言葉が出てきたのです。はっきりしています。 それが創造理想です。この軸を中心に三六〇度ですが、一八〇度はいつも主体と対象の関係です。一八〇度の主体と対象が編成されてこそ、三六〇度が出てくるのです。少しねじれただけでも壊れてしまいます。完全に九〇度に合わせなければなりません。球形世界は、ここはすべて三六〇度です。垂直に通じる三六〇度は、この一点を通じるのです。 愛と連結していない存在は、運動する球形体制において、一つの要素として残ることができません。理論的なのです。先生は八十歳にカナン復帰するのではありません。八十歳に地球星に着地するのです。それは、どういう着地ですか? 天下をすべて収拾して着地するのです。その着地家庭は、天地を代表し、氏族も天地を代表し、神様の心情世界、すべてを代表した着地基盤だというのです。 四十年ぶりに帰ってきて、カナン地球星に着地するのです。天地にいたるまで、すべてを一斉に祝福したので、家庭さえ築いて組織編成し、着地できる日には、世界は一つになるのです。その道がないというのに、上下の間をどのように一つにまとめますか? 上下がこのようになりますか? 垂直にならなければなりません。左右がこのようになりますか? 水平にならなければなりません。前後も水平にならなければなりません。三つのかけらを合わせて球形を形成するのです。二つのかけらではだめでしょう? ですから、「堕落」とは何ですか? 上下関係と左右関係は持ちましたが、息子と娘、前後がないので、血筋が断たれたのです。それで最近になって強調するのが血筋です、血筋! 上下関係も血筋のゆえ、夫婦関係も血筋のゆえ、愛と生命も血筋のゆえにあるのです。息子のためにあるのです。息子を生めなければ、アダム家庭一つだけで神様が生きられますか? 孫もいないのに何がおもしろいのですか? 郭錠煥も孫を愛しますか?(「はい」)。それが原則です。そこから根本が定着して家庭を元返さなければなりません。個人の体、心が一つにならなければなりません。 神様が私たちの心の中におられるのです。私たちが個人の家ではないですか? 男性は神様が性相的に分立した神様の家です。女性は神様が形状的に分立した神様の家です。二人が新しい一つの主体として、大きな主体となるために、夫婦を中心として家庭形成の主体的な形状になるのです。真の愛がなければ、心と体が一つになれず、プラスとマイナス状態が一つになりません。愛がなく、二人がだめになれば神様が離れます。神様が離れれば、私の心も離れるのです。男性の心も離れて、女性の心も離れるのです。なぜ、離れるのですか? 神様が離れるからです。 家庭もそうです。息子と娘がいて、三代が一つになって、互いが必要であると感じなければなりません。祖父母も必要であり、父と母も必要であり、夫婦が必要であり、息子と娘が必要でなければなりません。お互いが必要なのです。「あいつがいなければだめだ」と、お互いすがらなければならないのです。そうして、築いたのが家庭です。それが核となって、さらに大きいもののために投入するのです。 そのような家庭が十家庭あるとして、その十家庭のために投入すれば、中心家庭になります。十家庭のためにより多く投入すれば、結果的に十家庭の中心になるのです。そのようになるのです。原理の内容が、先生が語ったその原則を中心として、すべて連結されているのです。 宇宙全体がそうです。上下においてもそうであり、前後においてもそうであり、左右においてもそうであり、すべてが連合なのです。天宙真の父母。天宙が運動しているでしょう? 「天宙真の父母連合」と言えば、すべて入るのです。上下関係、前後関係がこれを中心として、育っているのです。 真の父母とは何でしょうか? 神様の愛を中心として、生命圏を中心として、血統圏を中心として、良心圏を中心として、すべて一体になることができるのです。真の父母が定着できるのは、そのような場です。それが芽となって、そこから育って世界に枝が伸びれば、国家、世界、天地がすべて連結されるでしょう? それは移動するものではありません。 神様は絶対、唯一、不変、永遠なので、定着する基準も絶対、唯一、不変、永遠でなければなりません。何によって? 政治力ではありません。手段によってではありません。力によってでもいけません。真の愛によって為に投入するようになれば、より多くの価値を持つようになるのです。 真の愛を中心として、為に投入すれば、それは絶対になくなりません。発展するのです。入力よりも出力が大きいのです。なぜでしょうか? 宇宙がそうです……頻繁に現れれば宇宙が来てくっつきます。真の愛も核が現れれば、来てくっつくようになっています。磁石も鉄分があれば、鉄分の配合比率によって引っ張る力が違うでしょう? 同じなのです。真の愛が宇宙を引っ張るのです。 神様は、真の愛をもって創造されたでしょう? 一人ではいけません。真の愛があっても、一人で何をしますか? 女性がどんなに美人であっても、一人で愛や生命、血統があっても、一人ではすべてなくなるでしょう? あってもないような存在になります。ですから、女性と男性はどうしてこんなにも慕い合うのですか? なぜ、数千年が過ぎても慕って、相対がなければ生きられず、生命を投げ出してまでも互いに保護しようとするのかというのです。それは真の愛があるためです。 「天宙真の父母連合」について分かりましたか? 核です、核! この中心は、相対的な面で水平を持てなければ球形になりません。これが大きくなりません。それで総決算的な永遠の定着基盤を中心として、韓国で摂理するために、このような組織を組んだのです。 永遠にいかなる存在であっても、真の父母が絶対に必要なのです。真の父母の愛が必要です。私たちの四肢に生命がぶら下がっているでしょう? 生命がぶら下がっており、愛がぶら下がっています。神様の愛は永遠に生きていて、その愛の本体なる力が、生命をもって動かすことができるので、永遠となるのです。愛だけが永遠なのです。愛だけが常に縦的なてっぺんに立つことができます。愛し合う夫婦は横的になります。 愛と生命がここで和して、血統が連結されるのです。分かれていたのがここに入ってきて合わさるのです。合わさって上がっていったのが下りてきたので、下りてきてこちらに広がっていくのです。血統が重要だというのです。血統を残さなければなりません。 愛の根である神様から、数多くの先祖を経て生まれ、だんだんと大きくなりますが、一なるこの中心は変わることはありません。血統は永遠だからです。神様の血統的な根源の相対になれば、ぴったと一挙にくっつきます。神様を中心として世界の球形を形成すれば、自動的に連結するのです。そのような意味から天宙何ですか?「真の父母連合」です。 真の父母が何ですって? 真の愛です。絶対、唯一、不変、永遠なる愛の基準において、中心の立場にいるのが真の父母です。すべて相対的な基準が必要です。誰しも相対が必要なのです。小さいものは小さな相対が必要です。小さいものは小さいながら、主体と対象を中心として球形を形成し、大きいものはこれを中心として球形を形成するのです。こうしてさらに大きいものとなっていくのです。神様は根本であられるだけに、始まりから終わりまで球形を形成するのです。宇宙がすべてその愛の圏に入るのです。 だからといって、小さい存在はそのままでは存在しません。真の愛ゆえに存在するのです。個性真理体の理想が何ですか? 私の細胞が四百兆以上にもなりますが、その細胞を一つも無視できないのです。それでは「天宙真の父母連合とは何ですか?」と聞かれれば、どのように説明しますか? 今、先生が説明したことを話すのです。 「天宙平和統一家庭堂」とは何ですか? 根源の場に合わせることのできるのが、家庭です。家庭が合わせることができるのです。個人時代の家庭、氏族時代の家庭、民族時代の家庭、それが水平にならなければなりません。ですから、自分の家庭よりも大きいのが氏族なので、氏族のために完全に投人して生きていくのです。そのようにしてこそ広がっていきます。自分の家は上がって、投入したものは下がっていきます。それで水平になるのです。 ですから、縦的な基準の権限を持ってどこでも行けるのです。一つになったならば、神様が行かれる所にどこでも行くのです。神様はこのように高いのですが、一つになったので、個人時代から八段階が一つになったので、縦的に連結され、この軸を連結して、この軸を中心に回るのです。宇宙がその圏内に入ってきているので、神様のものとなり、私のものとなるのです。それは私だけではいけません。神様もそのような息子と娘を願うのです。 ですから、この真の父母の思想を連結できる横的な基盤があって、主体との相応的な内容が連結されてこそ、球形となるのです。それは神様のものであると同時に相対のものです。 ですから、夫と妻は互いにそれを壊すことはできません。壊せばそれまでの基盤がすべてなくなります。再びやったとしても、二度目は下がっていくのです。世界から国家基準に落ちて、下っていくのです。後には、愛も何もかもすべて無視してしまいます。「愛が何ですか? 組織が何ですか?」と言うのです。 このように離れて下がっていったので、必要のない愛になります。愛を求めていきましたが、生命の価値を見いだせずに無視されたので、自殺するようになるのです。理論的にそうなります。「何が残るというのか? ひどく苦労しながら、ああでもなくこうでもなく生きるなんて!」と言うのです。「きれいな青春時代に愛の傷跡をつけず、生命を害さないで生きられないならば、きれいな立場で死のう」と言って、若者たちの中に自殺する者が増えるのです。この内容を知らないからそうなるです。 それで「天宙真の父母連合」、「天宙平和統一家庭堂」です。どこに行っても縦と横を連結しなければなりません。心と体が一つになれというのです。夫と一つになれというのです。氏族の中には数多くの家庭が入っています。自分の家庭を中心として数多くの家庭を犠牲にしようというのは破壊分子です。ですから、氏族のために家庭が犠牲になるのです。民族に対しては氏族が犠牲となり、国家の前では民族が犠牲になるのです。これが存続の原則です。先生が考え出した適当な手段的論理ではありません。天理の原則です。 間違いなくそうやれば、どんなに端っこの位置にいても、ぱっと真ん中に来るのです。あなたたちがここで全体を中心として、そのような立場でやるようになれば、次第に近くに来るのです。中心の立場に立たされるのです。近くに来て中心にならなかったとしても、その中心の相対的な立場に立つことによって、知ることによって、時間が過ぎれば自然と中心を代身できる立場に入っていくのです。 この両者が合わされば、さらに別の中心として現れるのです。体制が変更すればそうなります。家庭時代と氏族時代は違うのです。自分の家庭時代の習慣を持ち出してはいけません。ですから、今、統一教会が問題です。家庭時代の習慣、昔の習慣性がどれほど恐ろしいでしょうか? 自分の活動基準を中心として、家庭時代の活動をそのまま世界時代に適用しようとすればだめなのです。天が協助しません。 中心が大きくなるのに、家庭時代の基準でよいでしょうか? これは破壊です、破壊。消耗です。じっとしている方がましなのです。ですから、新しい分野に責任を負えば、新しい分野において歴史時代のいかなる者よりも、立派に成し遂げなければなりません。立派にやる者以上に立派にやり遂げるのです。その者が十時間動けば、私は十一時間動くというのです。十分でも多く動いてこそ、発展するのです。 先生は南北統一だけやるのではありません。世界の頂上に向かわなければなりません。それで今、準備しているのです。今回、全世界的にそのような組織を築いたのですが、ずばぬけた者たちが参席したので、文総裁が願う基準を中心として、ここに来た者たちを平準化しなければなりません。この者たちはそうなっていますが、全体はなっていないのです。国家を中心として回って、その基準まで来ていないので、回って教育して、一つの基準を中心として連結しなければならないのです。 個人完成してくっつけ、家庭完成してくっつけてこそ、三六〇度が大きくなっていきませんか?人間の構造を見ると、すべて中心になっています。人間を見てみると、ここからずっときて、鼻から、唇から、鼻の下から、あごから……あごも二つに分かれます……腹、生殖器まで、一直線になった人は良心的なのです。 皆さんが鏡の前に立って、生殖器をじっと見れば、どのようになっていますか? 角度がねじれているか分析しなければなりません。左側かそれとも右側かというのです。娘をたくさん生むか、それとも息子をたくさん生むかというのです。角度が違うのです。女性たちもそうです。歪んだ女性たちもいるのです。それは浮気をするのです。男性たちもそうです。 木を見ると、どんなに丸くても、てっぺんがどこかを探さなければなりません。そのようなことを考えないでしょう? てっぺんと一つになり得る垂直関係がどこにあるかというのです。その木は、育っても円満に育つというのです。(三一七-二六三、二○○○年二月二十八日) 今や韓国から始めて世界の女性を動員するのです。新しい戦線です。それで「天宙真の父母連合」と「天宙平和統一家庭堂」を創設しました。これが新しい戦線の標的です。これらの組織を完成すれば終わりです。それ以上はありません。それ以上、タイトルを掲げられる表題がありません。最後なのです。(三七-一四八、二○○○年二月二十四日)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.25
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真の愛は誰もが願う日付:二〇〇〇年二月十三日場所:韓国、ソウル、リトルエンジェルス芸術会館行事:第四回「世界文化体育大典」祝賀会 尊敬する内外の貴賓の皆様。公私共にお忙しい中を、「世界文化体育大典」に参席してくださった皆様に、心から感謝を申し上げます。 一人の神様のもとの一つの世界 理想家庭を通じた真の平和世界の具現のために、私が生涯をかけて追求してきた各種の平和運動は、神様のみ旨を地上に成就してさしあげるための一環として、推進されてきました。分裂と葛藤の一世紀が終わり、平和と統一を模索しながら出発した新千年の希望は、漠然と成就するわけではありません。 神様の創造理想を中心として全世界が、「一人の神様のもとの一つの世界」を指向するという具体的な青写真をもって、各界各分野で具体的な実践運動が世界化されなければならないのです。 私は、かつて十六歳(数え)の少年時代に天のみ旨に接して以来、楽園のイエス様をはじめとする歴代の聖人たちと自由に霊通しながら、生涯を通じてあらゆる試練に打ち勝ち、神様のみ旨を成就する一念で、全身全霊を投入してきました。その中で私は、神様のみ旨は、地上と天上に、自由と平和と解放の天国の建設にあることを知りました。本然の神様と人間の関係は、永遠の父母と子女の関係です。堕落とはその断絶を意味し、復帰とは父母と子女の関係を回復することをいいます。 私がこれまで設立した各種の平和団体と国際組織は、「一人の神様のもとの一つの世界」を構想してこられた神様のみ旨成就のためのものです。特に、皆様が参観された国際祝福行事は、堕落によって受け継いだ人種、宗派、国家間の葛藤を根本的に解決するための神様の戦略です。五色人種が一つに調和し、真の夫婦として出会うことにより、「一人の神様のもとの一つの世界」を追求する、聖なる理想が実現するのです。 きょう、私の八十歳の誕生日の祝賀行事と第四回「世界文化体育大典」の歴史的大会を終えながら、皆様と共に考えてみようと思う話の題目は「真の愛は誰もが願う」です。 愛は必ず相手を求める 皆様。人間にとって最も重要で必要なものとは何でしょうか。それはお金や権力、あるいは知識ではありません。生命よりも貴く、空気よりも必要なものは、真の愛です。真の愛が、私たちにとってこれほどまでに貴く、重要なのは何のためでしょうか。 人間が生きていく上で、神様に会うことを願うように、神様も真の人間に会いたいとお思いになります。しかし、神様が人間の中でも男性と女性のどちらか一方に先に会いたいとおっしゃるならば、恐らくもう片方が不平を言うでしょう。 ですから神様は、愛を前に立てざるを得ないのです。愛さえ前に立てれば、男性と女性は一緒に会うことができ、一緒に触ることができ、一緒に分かち合うことができるからです。世の中で最も貴いものがあれば、男性と女性は互いに自分のものにしようと争うのですが、それが愛であるということが分かれば、二人は互いに一つになって、互いのために所有しようとするのです。 このように、愛は、誰もが好むということだけではなく、愛のみが人間の欲望をすべて均等に充足させることができるという原則があるので、神様の救援摂理も可能なのです。 愛とは本来、神様のものです。しかし、いくら神様のものだといっても、神様一人では所有できるものではありません。愛は必ず相対を要求するようになっているのです。男性一人、または女性一人だけでは愛は成立しません。ですから、男性の愛のために女性が、女性の愛のために男性がいるということになります。醜い男性も、醜い女性も、愛の対象が現れることを願うのです。それも、最も高い愛の対象であることを願います。 ですから、宇宙のすべての存在を見れば、みな主体と対象、プラスとマイナスのペアになっています。鉱物界、植物界、動物界、そして人間の世界もすベてペアシステムになっているのです。なぜならば、すべてがこのような相対関係を通じて真の愛を願うからです。 そして、この宇宙の中で絶対に一人では所有できないのが愛ですが、反面、相対が現れることによって、愛で連結されたすベてのものを所有するようになるのです。同じように、子女なしでは、子女を愛することのできる父母の愛は現れず、子女に対する父母の愛の主人にもなれないのです。 ですから神様も、真の愛で愛するために、その相対として宇宙と人間を創造されたのです。このように子女の愛や兄弟の愛、夫婦の愛、そして父母の愛のすべてが、主体と対象が一つになることによって現れるのです。主体と対象が一つになれば、これら二つは分けることができません。もし分けるとするならば、真の愛が破壊されるのです。本来、離婚という概念はあり得ないのです。 真の愛の本質 男性が愛を感じるからといって、それは自分によるものではありません。女性から始まったものです。また女性が愛を感じるからといって、それもまた自分によるものではなく、相対である男性に由来するものです。すなわち、愛の主人は相対です。ですから、愛を貴く思う以上にその相対を貴く思い、相対の前に感謝して、ために尽くしてあげなければなりません。 これが、祝福を受けた夫婦が永遠に共に暮らすことのできる根本の道理です。このように夫婦が、互いにために生き、尊重し合い、真の愛によって完全に一つになるとき、これを通じて堕落したサタンの血統が根絶されるのです。 真の愛とは、横的な水平関係だけでなく、縦的な垂直関係においても成就されます。真の愛の横的関係が、縦的にだんだんとその次元を高めれば、結局、その頂点に到達するのですが、その場が「真の愛の王」である神様の位置なのです。その位置では、すべてのものが結合し、抱かれ、愛と化し、そして花咲くことができるからです。 ですから、宇宙の中にあるすベての存在は、愛によって和合することを願い、愛の中で生きることを願うという結論になります。愛のために生まれ、愛のために生き、愛のために死ぬということになります。 真の愛は人間のみならず、すべての万物も願います。ですから、万物の霊長である人間は、神様の造られた万物を抱いて愛してあげるべき責任があることを知らなければなりません。万物たちは、このような主人を探しています。このような基準に私たち自身を照らしてみながら、自分を恥ずかしく思わなければなりません。 宇宙いっぱいに満ちたすべての存在は、それぞれの位置で相対と共に存在していますが、結局さらに高い愛の次元に吸収され、上昇するようになるという原則に従うのです。すなわち、鉱物は植物に、植物は動物に、そして結局は人間にすべて吸収されることを願うのです。 ですから、すべての存在は、捕まって食べられたり、吸収されたりして、さらに高い愛の次元に上がり、最後は愛の根源であられる神様の最も近い愛を受ける位置にまで進んでいくようになるのです。このようにすべての存在が究極の目的地とするのは、正に真の愛の本質です。 ダーウィンの「弱肉強食」という言葉は、このような愛の論理によって再解釈されなければなりません。ですから、ありや微生物までも真の愛を願うだけではなく、自分を愛してくれる主人のところに行って死のうとするのです。このような原則から神様の愛の最も高い対象として造られた人間は、すべての万物を食べたり、所有したりできる立場にいるのです。 私たちは、すべてのものを食べ、所有したとしても、これらを造られた神様の真の愛の心をもって食べたり、所有しなければなりません。万物の中で長い形のもの、例えば、うなぎや、魚が好きなみみずのようなものは、大概、薬材として使われるのです。どの段階であれ、すべてが食物連鎖しています。そうでなければ、宇宙は存立することができないのです。 男性と女性の愛の秩序が宇宙の根本 神様の理想は、アダムとエバを種として家庭をつくり、氏族をつくり、国をつくって、膨大な天の国の民をつくろうというものでした。天の国の民は、このような神様の真の愛の伝統に従って繁殖するのです。私の言葉とチャールズダーウィンの理論は正反対ですが、平和の世界は、私の言葉のとおりに成し遂げられるのです。なぜならば、これが創造理想を実現する根本原理だからです。 進化論と創造論の論争が続いてきましたが、「創造」という言葉には、既に「創造主であられる神様がいらっしゃることを認める」という意味が前提にあるのです。神様が主体と対象の授受作用を通じて形づくられた被造世界には、方向性と目的観が前提となっていますが、唯物論に基づいた共産主義の理論には、このような方向性も目的観もありません。神様の創造には真の愛の目的がある反面、共産主義には闘争と破綻があるのみなので、結局すべて消え去ってしまうしかないのです。 すべての万物の中でも最も貴い存在が人間、すなわち男性と女性であり、その中でも最も重要な部分は、鼻や目、手、頭脳ではなく、愛の中心器官である生殖器です。この愛の器官によって、宇宙のすべてが再創造されるのです。 植物も動物も、この生殖器によって繁殖し、拡大していくのです。最も価値があり、一つとなった素晴らしい家庭も、それが一つとなった夫婦から現れるのです。一つとなった夫婦によって理想家庭が始まります。この愛の器官こそ、愛と生命の本宮であり、血統と歴史が連結する絶大な価値をもつ所なのです。 神様が宇宙を造られた根本原理は、雄と雌の概念を通すというものです。この雄と雌が絶対的な愛を願うならば、そのペアが二つであってはいけません。ただ一つ、絶対に一つでなければなりません。永遠に絶対男性と絶対女性でなければならないのです。それで神様は、アダムを二人造ったのではなく、エバを二人造ったのでもありませんでした。ただ一人ずつ造ったのです。 ところが、今日の世の中を見ると義理の父が十人もいるケースを見かけます。いかに偽りで汚れた世の中でしょうか。女性も男性も貞操を守り保護することは、宇宙を保護することと同じことなのです。それは男性と女性の愛の秩序が宇宙の根本だからです。 ですから、これを動物のように濫用してはいけません。愛の主人は神様なのです。その中でも真の愛の「真」は、二つを許すのではなく、ただ一つだけであり、絶対に一つなのです。 真の愛と関係を結ぶには 「真の愛」とは、誰も語れるものではありません。唯一、神様のみが、本当の真の愛で愛することができ、真の愛の絶対主人になられるのです。ですから、神様の真の生命も、神様の真の血統も、神様の真の良心も、真の愛を必要としています。このように、神様の最も根本的な本質は真の愛なのです。 また、この真の愛と関係を結ぶには、神様と関係がなければなりません。自分の父母がけんかをせずに豊かに暮らしているからといって、真の愛で愛しているとは言えないのです。恋愛する若い未婚の男性と女性が、互いに命を懸けて愛し合っているからといって、それが真の愛であるというわけではありません。神様が介在していないので、真の愛ではないのです。真の愛は必ず神様を中心としなければならないのです。 神様の息子、娘になるには、神様の血統と生命と愛に関係しなければなりません。権力や知識やお金、軍事力だけをもってしては、真の愛の世界では歓迎されません。真の愛は誰もが願うものですが、愛とは、ために尽くすことによって可能であるという原則を知らなければなりません。相手のために奉仕し、犠牲になってあげなければならないのです。「私のために生きよ」という心で人に接すれば、みな逃げていってしまうのです。 このような利己的な個人主義は、サタンの戦略であり、目的であり、道具です。ですから、その結果は地獄にほかなりません。全体のために生きなければなりません。人のために、全体のために犠牲となって奉仕すれば、みなやって来て、私を愛してくれるのです。 神様と共に永生する道 子女として造られた人間が、兄弟となり、夫婦となり、そして父母の位置に進む過程ごとに、神様はそのすベての真の愛の主人になるのです。すなわち、人間が育つ過程を見ながら、神様はそのすベての段階の愛の主人として定着されるのです。 したがって、神様をしてすベての愛の主人とならしめた人間こそは、神様よりも貴い存在であると見ることもできるのです。ちょうど自分の愛する人を、自分よりも何千万倍も価値があるものとして貴く思うようにです。 ですから、より貴いもののために、神様は投入しては忘れ、また投入してはお忘れになるのです。一〇〇パーセント投入されたのち、一〇〇パーセントお忘れになるので、続けてさらに投入できるのです。 自分の夫が立派になることを願う妻は、夫のために投入しては忘れ、また投入しては忘れることによって、夫を成功させることができます。投入して忘れることを続ければ、その愛の段階が高まって、究極的には、神様の位置に連結されるのです。そうして神様と共に父子の関係を結んで永生するのです。 誰もが天国に行きたいと思うのですが、「私のために生きよ!」という思いばかりをもっていては天国に行くことができません。真の愛は、神様がお造りになったすべての傑作を抱き、ために生きるところから始まり、全世界の人類と究極的には神様のために生きることによって、天国に至るようにするのです。 一生に三回以上は、生命を懸けて、ために生きようとしなければなりません。人類は、アダムとエバの堕落、イエス様の十字架、そして再臨主の家庭を追い出した迫害のすべての歳月を蕩減しなければなりません。 神様に出会うには、三度死の境地を通過しても、神様に自分のことを分かってもらうことを望むより、神様のためにもっと尽くそうとしなければならないのです。そのような人々が生きる世界がこの地上にあるならば、そこが正に天国です。この道を私が教えており、そのような世の中をつくっているのです。 愛によって形成される存在はすべて球形 子女は父母の愛の実ですが、愛の実というのは、愛と生命と血統が合わさって形成されるものであることを知らなければなりません。子女たちは「自分のもの」を主張しますが、「自分のもの」の出発点は父母です。父母は根であり、幹です。父母がいなければ、すべて孤児です。父母につながっている愛の梯子を切ってしまったら、根と幹につながつて生きることはできないのです。 真の愛の起源となられる神様を父母として、私たち人間は、息子、娘の立場に立てられました。また父母は本来、子女のための愛の最高の主人です。父子の関係が縦的な垂直関係であるのに比べ、夫婦関係は横的な水平関係です。 ですから、父子関係と夫婦関係が互いに直角を形成し、ここに前後関係である兄弟関係が合わさることによって、すべての愛の関係が球形を形成するようになるのです。それで、愛によって形成されたすベての存在は球形なのです。宇宙全体が球形になっているのです。このように形成された球形の中心位置ですベての愛が統一され、定着するのですが、その場に神様がいらっしゃるのです。すなわち、神様とその息子、娘である人間の垂直関係を中心として、男性の愛と生命と血統が右に定着するならば、左には女性の愛と生命と血統が定着するのです。 ここに兄弟の愛が前後の方向に定着すれば、そのすベての愛を中心として宇宙全体がバランスを取るようになるのですが、これらが一番の核として出会うところに神様がいらっしゃるのです。これを平面的に横にして見れば、愛の根、生命の根、血統の根、そして良心の根に神様がいらっしゃるのです。 このように神様を中心とした家庭では、縦と横、そして前後の愛が一つになるのですが、このような家庭から氏族になり、民族、国家、世界、そして天宙に至るまで拡大していくのです。その根本的中心は、常にお一人の神様であられるのです。 善悪の転換点で善人と悪人を共に祝福 アダムとエバが堕落していなければ、真の夫婦の愛のモデルが現れていたはずであり、彼らから愛の教育、すなわち愛することを学んでいたはずです。彼らが子女をもてば、誰がその子女を結婚させるのでしょうか。それは父母です。それでは、果たして今日、この社会で父母がどれほど子女たちの結婚に関与しているかを考えてみなければなりません。 統一教会には真の父母がいるので、世界の人々を父母の立場で祝福結婚させてあげています。ここでは、人種の差別を超えるだけでなく、誰でも分け隔てなく一緒に結婚させているのです。 真の父母は、悪の愛、悪の生命、悪の血統を、接ぎ木によって転換し、否定させることによって、アベルの命を奪ったカインを排除せずに、同じ立場で祝福してあげるのです。潮水を見るとき、出ていく水と入ってくる水が出会い、水平になった時のように、歴史的に救援摂理の蕩減復帰が終結する善悪の転換点において、善人と悪人を共に祝福してあげることによって、サタンが完全に追放されるのです。 そしてエデンの園で誤った結婚をしたことが堕落なので、今は真の父母が正しく結婚させることによって、これを再びひっくり返すのです。偽りの父母が犯したことを真の父母が清算することによって、地獄を撤廃し、数百数千億の霊界の先祖たちまでも祝福結婚させ、真の愛を中心とした本然の真の生命と真の血統を取り戻し、真の父子関係を復帰するのです。 こうして、神様の創造理想である八段階の真の愛のモデル的な主人を完成するようになります。すなわち、腹中時代、幼児時代、兄弟時代、思春期時代、約婚時代、夫婦時代、父母時代、真の祖父母時代、真の王と真の王妃の時代を経て、永遠に変わらない真の愛の伝統を立て、父子関係である真の愛のモデルが完成するようになるのです。 新しい家庭革命と道徳革命を主導せよ 真の神様の真の愛と真の生命、そして真の血統は、絶対、唯一、不変、永遠なので、子孫万代の不変な真の愛を中心としたモデルとして相続されるのです。そして真の愛を中心としては、父子一体、夫婦一体、兄弟一体になるのです。 父を愛の主人にしてくれるのは息子であり、夫を愛の主人にしてくれるのは妻であり、兄を愛の主人にしてくれるのは弟です。反対に、子女に父母がいなければ、妻に夫がいなければ、兄に弟がいなければ、それぞれ愛の主人の立場を見いだすことができないのです。 真の愛の主人になるためには、相手を自分よりも高め、相手のために尽くさなければなりません。ですから、個人においては心身一体、家庭では夫婦一体、兄弟一体、そして国家一体を形成し、八段階の理想モデルである愛圏を完成するのです。 そうして父母と子女、夫婦、兄弟姉妹、そして国々がすべてこのような真の愛を中心に八段階モデルの主人になることを願うところが、私たちの理想家庭と国家です。ここから永遠の世界的平準化が始まるので、地上天国が出発するのであり、また天上天国も自動的に築かれるのです。 今、新たに始まった二〇〇〇年代には、世界の至る所で活動している私たち祝福家庭が、天地父母様と一つになり、真の愛を中心とした新しい家庭革命、世界的な道徳革命を主導することによって、すべての地上と天上に永遠の平和と統一と幸福の理想天国を創建することが神様の願いなのです。 皆様がこの神聖な聖業に同参し、神様の真の愛圏を受け継ぐ主人になってくださることを願います。皆様の御家庭に神様の祝福が共にあることをお祈りします。ありがとうございました。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.25
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天宙は私の故郷と祖国この講演文は2000年2月10日、韓国ソウルのロッテ・ホテルで開催された文鮮明先生御生誕80周年記念の祝賀晩餐会で語られたみ言です。 尊敬する内外の貴賓の皆様! 今日、私の八十回目の誕生日を祝賀してくださるために公私共にお忙しい中、全世界の至る所から、ここ韓国を訪ねてこられた各界各層の指導者の皆様に、心から感謝申し上げます。私は、今日まで共にいてくださり、見守ってくださった神様に、このすべての栄光をお返ししようと思います。 私は生涯を通して、ただひたすら神様の創造理想実現のために諸般の難問題を解決しようと心を砕いてきました。 十六歳(数え)の少年のころに天命を受け、楽園のイエス様をはじめとする歴代の聖賢たちと自由に交流しながら、神様のみ旨の究明とともに、人類救援のための復帰摂理歴史を完結するために、孤軍奮闘してきました。 知ってみると、神様は栄光と尊貴の玉座にいらっしゃるお方ではなく、堕落し地獄に落ちた子女たちを救うために苦労してこられた、悲しみと嘆息と苦痛の神様であられました。 この意義深い日、私たちが心に刻まなければならないことは、私たちがみな、神様の心情と完全に一つになることであり、さらには神様のみ旨を成し遂げることです。 人間は堕落によって霊的無知に陥ることにより、神の実存および人間と宇宙に対して根本的な無知に陥りました。したがって、肉身をもってこの世をどのように生きるべきか、死後の霊界の実在とそのための準備として地上生活がどのようでなければならないかということを知らないまま生きてきました。 神様のみ旨と心情を知って生きてきた私の生涯は、一言で言えば、昼夜を忘れ、季節も環境も超越して、ただみ旨を成就するために全身全力を尽くす道でした。 私の八十年の生涯を振り返ってみるとき、これまでの多くの苦難と迫害にもかかわらず、この場できょう、皆様と共に過ごすことができたのは、ただただ神様が助けてくださったからです。 私はこれまで、世界の至る所の公席で一万回余り話してきました。これは既に三百巻余りの本として発刊されました。 きょう、世界最高の指導者の皆様と出会ったこの意味深い場で、これまで私が考え、教えてきた内容の一端を「天宙は私の故郷と祖国」という主題でお話ししようと思います。 理想的な存在のモデル 本来、天宙は、人間が主人となって暮らすように造られた巨大な家です。そしてこの天宙の中心となった人間は、上下、左右、前後の関係性、すなわち父子関係、夫婦関係、兄弟関係の中で球形として存在します。神様は、この上下、左右、前後である一、二、三、四、五、六の中心である第七の位置にいらっしゃいます。それで神様は、私たちの日常生活を指導されながらも、見えない中心の位置にいらっしゃるのです。 人間は、堕落したサタン圏内での拘束と苦衷の中から、神様の助けにより自由と解放を受け、真なる息子、娘として成長したのちに、相対に出会い、真なる夫婦となり、さらに子女を生み、真なる父母となることが正しい人生路程です。ゆえに、私たちは、真なる子女を否定することができず、真なる夫婦を否定することができず、真なる父母を否定することができません。これを否定すれば、宇宙の原則に逆行し、自らの存在を破壊することになります。 それゆえ人間は、真なる父母と共に、真なる夫婦と、真なる息子、娘によってなされた真なる家庭を成し遂げなければならないのです。これがすなわち、理想的な存在のモデルとなるのです。 人間は、家庭で真なる父母の愛を完全に受けなければならず、真なる夫婦の愛を完全に受けなければならず、それから真なる息子、娘の愛を完全に受けなければなりません。このようなすべての人間関係を完成させるのは、お金でもなく、知識でもなく、権力でもなく、物質的な力でもない、均衡をなす神様の真の愛しかありません。 真の愛は、投入する力です。与える力であって、受けることのみの力ではありません。すべてを与え、零点(ゼロ・ポイント)の位置に入っていくのです。完全に空いた場になるので、零点の位置には、何が入ってきてもOKです。 それで、与える力が永続するので、戻ってくる力が加重され、永続することによって、永遠なる均衡がなされるのです。それゆえ、真の愛を中心に「ため」に生きる世界は、授受作用を通して完成されるのです。 天地のすべてのものが相対的関係で存在しているのも、このように授けて受ける作用を通して、真の愛の世界を成すためなのです。 相対関係において、すべての授ける力に対して、戻ってくる力が運動することによって、その中心点は永遠に定着することができるのです。すなわち、天運の数である七のような真の愛の中心位置に神様がいらっしゃり、全宇宙が均衡をなして運行しているのです。天運というのは、このように受けて返す巨大な天宙的な流れです。 その中で、愛も流れ、空気も流れ、水も流れ、光も流れます。しかし、その流れは、回り回って、再び円形に戻っていくのです。 天宙が私の故郷であり、私の祖国 内外の貴賓の皆様! 善なる人とは、どのような人ですか。様々に定義することができるでしょうが、一つは、受けたものを踏み倒す人は悪なる人であり、受けたものに対してプラスして恩返しする人は善なる人であるというのです。 それゆえ、子供が自分よりも低くなることを望む父母はいないのです。高くなることを望みます。また、夫は妻を、そして、妻は夫が自分よりも素晴らしくなることを願います。また、兄は弟を、弟は兄がもっと立派になることを願うのです。 ゆえに、受けたものよりも、もっと大きなものを返そうとするのが父母の願いであり、夫の願いであり、子女の願いであり、万物の願いであり、結局、宇宙の願いでもあるのです。 一歩進んで、大きな心で「天宙が私の故郷であり、私の祖国である」という考えをもった人だけが、自由と解放を受け、天宙的に歓迎されるのです。すなわち、個人的に歓迎され、家庭、国家、世界、天宙的に歓迎されてこそ、結局、神様の真の息子、娘になることができるという結論が出てくるのです。 私たちが暮らしたい本然の故郷 それでは、皆さんはどこで暮らしたいですか。自分が生まれた本然の故郷で暮らしたいはずです。しかし、本然の故郷は、広い意味で考えるとき、天宙の中でも地球星であり、祖国は私たちの先祖である神様がいらっしゃる所です。 この地球星で堕落していない本然の父母、兄弟、息子、娘が共に暮らすならば、そこがすなわち、私の故郷です。そこには、黒人、黄色人種、そして、白人が共に調和して暮らしているのです。 このすべての人種は誰の息子、娘ですか。父母は一人の方であられます。ゆえに、宇宙で、東西南北のどこに行ったとしても、共にいらっしゃる神様が人類の父であらざるを得ないのです。 例えば、米国の主人が白人であったり、黒人であったり、黄色人種であるという考えは、誤りです。米国の主人は神様であられます。 韓国も同様です。ただ皮膚の色が違うのは、住んでいる地域によって、保護色を合わせるための気候と環境の影響のせいなのです。それで、雪の多い地域には白人が多いのです。反対に太陽の光が強いアフリカのような所には、黒人がたくさんいるのです。しかし、人はみな根本的に同じなのです。 例えば、血の色や、皮膚や骨の形はみな同じです。そして、互いに愛し合うことも同じです。ゆえに、人種の差別はあり得ません。 それで、統一教会では国際合同結婚式を通して、人類を平等化してきました。自然の道理と原則を尊重してみると、五色人種が互いに結婚するようになったのです。黒人と白人が結婚することは、北極と南極が一つになることと同じです。また、黄色人種と黒人が結婚すれば、お互いの長所を受け継ぐようになり、より優れた後孫を生むと考えるのです。 愛があるところには、藤がありません。たとえ、皆さんの生まれた故郷と祖国は異なるとしても、一つ間違いのないことは、信仰の本郷地であり、平和と統一の本郷地というのは、真の愛を中心とした祖国と故郷であるということです。 人間世界で最も重要なこと 人間世界で、最も重要なことは真の愛、真の生命、そして真の血統です。真の愛には真の生命があり、真の血統が連結されます。真の血統が連結されなくては、真の愛が成されないのです。また、真の生命が連結しない愛は、偽りの愛です。真の生命は、真の愛と、真なる血統の因縁の中で懐妊されるのです。 このように、真の愛と、真の生命と、真の血統を通して、永生の道が開かれるのです。真なる人となり、真なる愛と、真なる生命と、真なる血統を後代に残すことが神様の創造理想なのです。 永遠なる真の愛、永遠なる真の生命、永遠なる真の血統の主人であられる理想的な神様に似た人が、天の国の完全なる真の息子、娘になるのです。 どうして結婚をするのでしょうか。まさしく、このような真なる血統的伝統を、過去、現在、未来に連結するためです。堕落する前、アダムとエバは神様に直接、自由に接することができたのですが、堕落したのちには、以前のように神様に接することができなくなってしまったのです。 さらには、堕落したアダムの子女たちであるカインとアベルは、神様の血筋を受けることができず、サタンの血筋を受け継ぎました。ゆえにイエス様は、ヨハネによる福音書第三章三節で「よくよくあなたに言っておく。誰でも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない」と言われたのです。 人間は、血統的に誤った愛によって、誤った生命をもっている自分自身であることを自覚しなければならないのです。人間は、自分たちが愛の怨讐であり、生命の怨讐であり、血統の怨讐の位置にあるという事実を、この上なく恥ずかしく思わなければなりません。1 神様は、今日の世界でフリー・セックスやホモセックスが乱舞していることを御覧になって、言葉にできない悲しみと苦痛を感じていらっしゃいます。しかし、そのような怨讐の息子、娘を自分の息子、娘よりも、もっと愛さなくてはならないというのが神様の立場です。投入し、忘れ、また投入し、忘れながら、失ってしまった息子、娘を再び取り戻そうとするのが、神様の救援摂理です。 堕落した生命を生かすためには、それよりももっと強い生命力を投入しなければなりません。堕落し、偽りの種で腹中に宿された子供を見ながら、悲惨に感じている神様がどんなに哀れでしょうか。そのような子女が繁殖し、今日の六十億の堕落人類となったのです。 人間は本来、三時代を通過するようになっています。母の腹中時代は水中時代であり、地上世界は土と水と空気の時代であり、死後の世界は愛の時代です。 胎児が母の腹の中で栄養をもらって育つのと同じように、人間の肉身は、地球星で、万物を食べながら成長するのです。それで、人間は、地を母のように愛さなければならないというのです。 霊界は、太陽のような光が、夜も昼もさす所です。太陽系は、常に昼です。霊界もこれと同じです。 霊界での愛の光は、変わることがありません。朝でも夜でも、北極でも南極でも、愛は変わることがありません。そのような真の愛が充満した世界が霊界です。霊界は、春夏秋冬という季節を通して実を結んだものを収穫し、倉庫に貯蔵する所と同じなので、地上世界の人生が結実した所です。 メシヤは人類の理想的核の家庭の主人 復帰歴史路程で、これまで神様の直接的な真なる血統が連結され、真の生命をもって出生した人は、イエス様しかいません。 ゆえに、これまで堕落した人類の中で、地上や霊界で、神様の直接主管圏に入っていった人は一人もいませんでした。それで神様は、これまで一人、孤独な悲しみの歳月を過ごしてこられたのです。 ゆえに、人間も悲しく、万物も悲しい世界となってしまったのです。それで神様は、信じることができる一人の人、すなわち、血筋を浄化させ、真の生命に重生させ、神様の真の愛を受け継ぎ、解放の主人になることができる一人の男性、メシヤを探してこられたのです。 皆さんも御存じのように、アダム以降、旧約時代の歴史は、メシヤを迎えるための選民の歴史です。準備された選民、イスラエルを通して、イエス様がメシヤとして来られ、万民をイエス様の家庭と接ぎ木し、真の血統を世界化しようとされたのが神様のみ旨であったのです。しかしユダヤ民族の不信により、イエス様が十字架にかかられることによって、その歴史は再臨理想として残されました。 したがって、再び来られる再臨主は、人類の真の父母の立場で、再び真の愛の家庭を取り戻し、天地父母の位置を経て、人類救援摂理を完成しなければなりません。 メシヤが出発しなければならない起点は、アダムとエバが堕落しないで完成した家庭よりも、もっと神様に栄えある立場で、もっと素晴らしく侍ることができる孝子、孝女の家庭とならなければなりません。 メシヤは、真の愛を中心とした父の立場で、真の生命と真の血統を連結し、新たに出発しなければならない人類の理想的な核となる家庭の主人です。ここから、祝福結婚した家庭を連結し、地上天国、天上天国の完成をみるのです。ゆえに、メシヤは人類の前に真なる父母として来られなければなりません。 絶対信仰、絶対愛、絶対服従を実践してこそ 来られるメシヤは、サタン世界の愛とサタン世界の血統を否定し、神様の真の愛で連結した、完成した個人、家庭、氏族、民族、国家、世界と天宙を成さなければなりません。 すなわち、真の父母の愛によって、全人類が新たな祝福結婚をすることによって、新しい血統的家庭の相続を受けなければならないのです。そしてこれは、真の愛でなくては道がないという事実を知らなければなりません。こうして、サタン世界の地獄圏を解放しなければなりません。 ゆえに、すべての人類は、八段階の復帰過程を経て、神様の子女の立場を取り戻さなければならないのです。すなわち、腹中時代を経て、幼児時代、兄弟時代、婚約時代、夫婦時代、父母時代、祖父母時代を経て、王と王妃の時代までの八段階を復帰しなければなりません。結局、人間は、神様の子女として、王子、王女として、天地の大主人になるという目的で生まれたことを知らなければなりません。 皆さん! このように、私たち人間は本来、成長し、男性は女性に出会って王となり、女性は男性に出会って王妃となり、天の国の王子、王女として、天の国のすべてのものを相続される相続者の位置にまで行かなければなりません。 そのためには、地獄の底から、八段階の蕩減条件過程を通過して、天国まで一体化させなければならないのですが、これは、メシヤとして来られる真の父母の祝福を通してのみ、可能なのです。このような祝福家庭(bless couple)は、世の中の前に助けとなる、主体的なプラスカップル(plus couple)にならなければなりません。 このように、完全に生まれ変わった新しい人になるためには、神様を中心として、絶対信仰、絶対愛、絶対服従を実践しなければなりません。私もやはり、生涯を通じて、これを実践してきました。 神様は、宇宙を創造されるとき、絶対信仰をもって造られました。さらに、神様は私たち人間を愛の絶対的パートナーとして造られました。絶対従順とは、自分自身までもすべてなくして、完全投入することを言います。 このように投入しては忘れ、投入しては忘れ、最後には自分という概念まですべてなくなるゼロ・ポイントになるのです。 愛を否定されてももっと愛し、投入してももっと投入してこそ、怨讐を真の愛で自然屈服させる位置まで進むようになるのです。神様がそのような道を歩んでこられ、天地父母がそのような道を歩んできたのです。 投入し忘れてしまい、投入し忘れてしまうことを続ける人が中心者となり、全体の相続者となり、孝子の中の孝子となります。家庭の中でも、おじいさん、おばあさんなど、十人の家族が暮らすとしても、最も「ため」に生きる者が家庭の中心となるのです。国において、愛国者も同様です。投入し忘れてしまうほど、忠臣、聖人、さらに進んで聖子として決定されるのです。 神様は、人類歴史始まって以来、いかなる存在よりも、真の愛を中心として、より一層「ため」に投入し忘れてきたのであり、また、永遠に継続して忘れて投入することができるお方であるので、「ため」に生きる者の王となり、先祖となることができるのです。 私が導いてきた統一教会が、短い期間に世界的な宗教団体として成長したのも、まさしくこのような原理原則で努力してきたからです。 自分の生涯を振り返ってみるとき、私が人類救援の道を行くとき、今日に至るまで、有形・無形世界の億万のサタン勢力が反対し、多くの宗教指導者たちが反対し、各国の政権が反対しましたが、私は堂々と彼らのために生きてきたので、いつの間にか、彼らの中心位置に立つようになったのです。 真実を理解できず反対する彼らのために生き、反対する彼らの子女たちのために投入し、反対する政権のために生きてくると、いつの間にか、レバレンド・ムーンを尊敬するようになったのです。 国際合同結婚式の意味 私たちはここで、天の戦法とサタンの戦法がどのようなものであるかを学ぶことになります。すなわち、天の戦略は打たれて取り戻すことであり、サタンの戦略は打って失ってしまう戦略です。 このような原則のもとで、レバレンド・ムーンは、人類救援のための方便として、五大洋六大州に広がっている五色人種を「一人の方、神様のもとの一つの世界」を成すために、国際合同結婚式を挙行し、数千数万双の若者たちを祝福結婚させてきました。 東洋と西洋が結婚を通して一つとなるとき、世界で最も大きな文化的葛藤はなくなるはずです。米国人とドイツ人が結婚し、夫婦が真の愛で一つとなれば、怨讐であった二つの国が神様の真の愛によって一つになるのです。 さらに、レバレンド・ムーンは、霊界にいる霊人たちまで、真の愛により、祝福してきました。地上と天上に天国が成されるためには、霊界にいる霊人たちまでも祝福を通して解放しなければならないのですが、それは、地上にいる真の父母を通してのみ、可能であるのです。 人類の先祖が偽りの父母として、罪悪の種を蒔いておいたので、メシヤは、人類の真の父母として来て、地上と霊界のすべての人類を解放してあげなければならないのです。 血統で誤った問題に対する解決は、全知全能であられる神様でさえも、一人ではなすことができないのです。もし、神様がなすことができるのであれば、既にずっと以前にされたであろうし、また、堕落もさせなかったはずです。人間に賦与された自己の責任分担は、原理法度の神様においては、一切干渉されることができないのです。 ゆえに、再び来られるメシヤは、人類の真の父母として来られ、血統を汚した原罪をもった人間を真の愛によって重生してあげなければなりません。 このような点から、私が主導してきた国際合同結婚式の意味は、単純に、男女が配偶者として出会うところにのみあるのではありません。本然の神様の生命の種を賦与され、真なる神様の子女として生まれ変わるための、神聖な重生の儀式なのです。このように、蕩減原則を通して、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙的蕩減時代を経て、最終的には、霊界解放と、地上解放時代を迎えたのです。 世界が、数千数万の民族に分かれ、父母、夫婦、子女まで分裂し、宗教圏も、キリスト教、イスラム教、儒教、仏教など四大文化圏に分かれてきましたが、今私たちは、大統一家庭化時代を迎えたのです。新約時代を経て、完成時代である成約時代を過ぎて、堕落がなかった本然の第四次アダム圏時代に進入して、天国の時代に入っていくようになったのです。 言い換えれば、今は、国家主義時代が過ぎ、世界主義時代を越えて、天宙が一つの神様のもとで、一つとなる時代に進入したのです。さらに地球星が全祝福家庭たちの故郷となり、神様がいらっしゃる天上世界は祖国になり、一つとなることによって、永遠なる祖国主権復帰である地上天上天国が始まるのです。 神様の国とは 内外の貴賓の皆様! 私は、新千年が始まる午前零時に、全世界に送るメッセージを通して「真の愛の天宙化は、新千年天国完成」というみ言を宣布しました。 「真の愛の天宙化」という言葉は、天と地を真の愛の家にしようという意味であり、新しい千年を迎え、全体世界を通して天国を完成するということになります。 天宙は、神様から出発したので、その対象的立場にある愛の家の完成のために、家庭や氏族、民族、国家、世界が同じ公式原理の家を求めて、一つにならなければなりません。 国は、家庭が入ることができる愛の家であり、世界は、国が入ることができる愛の家であり、さらに天宙は、世界が入ることができる愛の家です。その中でも、真の愛の家庭というものは、巨大な天の国の家、天宙の出発点であり、核になるのです。家庭で夫は、妻の真の愛の家であり、妻は、夫の真の愛の家であり、父母は、子女の真の愛の家であり、子女は、父母の真の愛の家です。 神様の国は、真なる自由と、信仰の理想が花咲き、実を結ぶ所であり、真の愛と真の生命と、真の血統が結びついた真なる家庭がとどまる所です。さらには、永遠なる真の愛と幸福が充満した千年王国時代が始まる所です。 私がこれまで主唱してきた天地安息圏の中心が、神様が共にされる真なる男女が結合した家庭であるために、真なる家庭の価値を説き明かしてきたのです。ゆえに、私たちは、聖書でいうエデンの園をこの地球上に具現させなければなりません。 成約時代とは 今、新たに迎えた新千年は、六千年間の救援摂理が完結され、創造理想を中心とした本然の天の国が建設される時です。旧約と新約の約束が成される、成約の時代をいうのです。二度と涙がなく、死亡がなく、哀しみ痛む声が聞こえない、新しき天と新しき地をいいます。 水晶のような澄んだ生命水を、代価なく分け与えられる、条件のない真の愛の時代をいうのです。霊界と地上が一つに通じ、天上と地上に神様の国が成される時代です。生きていらっしゃる神様の直接主管が、復帰された長子権、父母権、王権を通して、全体、全般、全権、全能の新時代を開く時です。 以上お話ししたように、地球星は人類の故郷であり、霊界は人類が完成、到達しなければならない永遠なる祖国を意味するのです。 そしてついに「一人の神様のもとの一つの国(One nation under God)」を越え「一人の神様のもとの一つの天宙(One cosmos under God)」として、天の父母を中心とした地球星大家族主義の世界が成される時です。 ゆえに、神様と人間の根本関係である父子の因縁を心に刻み、「天宙」すなわち霊界と地上を「私たちの故郷と祖国」として創建するために、積極的に先頭に立ってくださるようお願いいたします。 重ねて、この場を訪ねてくださった全世界の指導者の皆様に感謝し、四海同胞がお互いに真なる兄弟姉妹となり、平和と自由と正義があふれる新しい千年王国が始まることを祈願しながら、み言を終えようと思います。 皆様の国と、各家庭に神様の祝福が共にあらんことを祈ります。ありがとうございました。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.24
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世界と南北の統一は真の愛でこの講演文は、2000年2月10日、韓国ソウルの蚕室オリンピック体操競技場で開催された文鮮明先生御生誕80周年記念式の時に語られたみ言です。 世界と南北の統一を熱望する内外の貴賓、そして紳士淑女の皆様! 今正に始まった新千年は、分裂と藤の前世紀の遺物が清算され、和解と統一の地球村、一つの家族の理想が実現されるときです。皆さんの各家庭に、新千年の祝福が共にあらんことを祈願いたします。初めに、私の八十回目の誕生日を祝賀してくださるために、世界と全国の各地から訪ねてこられた皆様に心から感謝申し上げます。何よりも、この日まで見守ってくださり、共にいてくださった神様に、このすべての栄光を捧げます。 私の生涯を振り返ってみるとき、一時も平坦な時期がありませんでした。韓半島を取り巻く列強の狭間で、あらゆる苦難の道を歩んできた民族の受難史と共に歩んできました。 私は、十六歳(数え)の少年時代に祈祷をしている最中、突然、神様のみ旨に接したのち、生涯を通して神様のみ旨を成就するために、全身全力を尽くしてきました。そうして、知ってみると、人間の不幸の根本原因は、人類始祖が堕落することにより、霊的無知に陥り、神様との関係が断絶された結果であったのです。これによって、神と人生と宇宙の根本問題などについて無知に陥ったのです。 これまで私は、世界各地の公式席上で、一万回余りのみ言を通して、神主義に立脚した真なる人生観、世界観、歴史観を提示してきました。これは、十二種類の世界各国の言語に翻訳され、既に三百巻余りの書籍として出版されています。これは、文献による総合的な研究や、学問的な探求の結果として解明されたものではなく、有形、無形世界を自由に行き来しながら、原理的であり、根本的な答えを説き明かしてきたものです。 きょう私は、意義深い場を感謝しながら、我が民族の宿願であり、世界の冷戦問題の最後の決算と言える韓半島の統一問題を念頭に置いて、その方案に対する根本的な解答として「世界と南北の統一は真の愛で」という題目で、お話ししようと思います。 人類歴史とは蕩減復帰摂理歴史 我が国の統一は、単純に国土の統一だけでなく、これは堕落によって引き裂かれた人間の心と体の統一問題から始まり、東西の二大世界に引き裂かれた全世界の統一のためのモデル的路程です。したがってこの問題は、神様の救援摂理的側面から理解しなければならない事案であるがゆえに、摂理的次元から解いていかなければならないのです。 人類歴史は、人間始祖が堕落により失ってしまった本然の世界を再び取り戻すための蕩減復帰歴史です。ゆえに歴史は、神様の創造理想を実現させるための目標を置いて、サタン側と天側の善悪闘争の歴史なのです。 歴史の背後ではいつも、善なる側には善霊が協助し、悪なる側には悪霊が協助してきました。人間の堕落により始まった分裂の歴史は、家庭、氏族、民族、国家、世界へと範囲を拡大しながら、結果的に人本主義と神本主義の根幹となった無神論と有神論の対決として現れたのです。 二千年前、ユダヤ民族がイエス様を受け入れていたならば、イエス様はユダヤ教を基盤として、ユダヤの氏族と民族を統一して、十二支派の後孫たちが住んでいたアラブ圏を統一していたことでしょう。さらに、イエス様の思想が中東地域とインド地域を経て極東にまで伝播され、一方では、ローマ帝国と全ヨーロッパを掌握し、イエス様の時代に統一された一つの世界が成し遂げられていたことでしょう。最終的には、イエス様を中心として、一つの新しい宗教文化圏を形成し、王の王にならなければならなかったのです。 しかし、イエス様が十字架にかけられることによって、それ以降、外的な肉身の文化圏である人本主義のヘレニズムが先に発達し、ローマの中心文化を形成しました。一方、内的な心の文化圏である神本主義のヘブライズムを代表するキリスト教は、四百年の間、ローマからあらゆる迫害を受けたのです。 人間始祖の堕落によって引き裂かれた善と悪の闘争歴史の背後で、サタンは今、何をねらっているのでしょうか。神様をはっきりとねらっています。永遠、不変、絶対、唯一であられる神様が、天地創造時に理想とされた基準も永遠、不変、絶対、唯一でなければなりません。サタンはそのような神様の絶対的なみ旨を破壊しようとするのです。 神様にお尋ねしてみれば、神様は、その事実を認められることでしょう。サタンが神様に、「神様! 最初に、私を天使長として立てられたときには、一時的な愛で立てられましたか。でなければ、永遠なる愛のために立てられましたか」と質問するならば、神様は、どのように答えられるでしょうか。考えてみなければなりません。 神様は、永遠に愛するために立てられたと語られることでしょう。一時的な愛で立てたとするならば、一時的な神様となります。永遠に愛するという基準をもたなければ、いつかはサタンの前に神様の権限を行使することができなくなるのです。ゆえに神様は、サタンがどんなに反対しても、彼を愛したという条件を立てざるを得ないのです。 サタンを自然屈服させるための神様の戦法 それで、神様は悪に対しては「無抵抗主義者」なのです。それはどうしてでしょうか。神様は、この地球上に天国理想の世界を成就する時まで、どのような環境の中でも、堕落してサタンとなった天使長を愛さなければなりません。 神様は、サタンがいくら暴れ回るとしても、罰したり、打ってしまうことができないのです。どのような状況でも愛したという条件と基準を立て、サタン自身が「ああ、本当に神様は神様であられる。幸福でした」と告白しない限りは、神様は、完全なる勝利を成し遂げることができません。それが問題なのです。 神様がそのようにサタンを愛することによって屈服させることが、復帰原理的な道であるならば、神様の子女である私たちも、やはりその道を行かなければなりません。世界的に迫害を受けても、世界的な怨讐圏に立つとしても、彼らを愛したという条件を立てなければなりません。このような側面から、悪を自然屈服させようとする神様の戦法は「怨讐を愛せよ」ということでした。話は、簡単ですが、これが神様とサタンの間で勝敗を分ける境界線となってきたということを誰も知りませんでした。 神様がサタンを敵であり怨讐であるとみなし、彼に対して復讐しようという思想をもったとするならば、絶対に勝利の頂を占領することはできません。反対に神様は、「怨讐を愛せよ」と言って、愛の作戦を繰り広げてきました。 神様のひとり子であるイエス様は、サタンが役事して自分を殺そうとした怨讐に対して、彼らを許し給えと祈祷したということは、偉大なことです。もし、イエス様が十字架で死ぬときに、怨讐に対して敵愾心を抱いたならば、摂理は逆転したことでしょう。福を祈る愛の心をもって、死を克服したために、サタンが自然屈服したのです。 永遠に、神様の子女として残ることができる資格が、そこで生まれたのです。サタンもこれを認め、「あなたは、本当に神様の息子である」と、サインするのです。 皆さんも、神様の前で、「サタンよ、私が神様の息子であることに間違いないだろう」と問えば、「はい、間違いありません」、また、「神様の息子としての相対圏を拡大していくであろう。個人から、家庭、氏族、民族、国家、世界圏に拡大するのに異議はないだろう」と言えば、「はい、それは、原理原則なので仕方ありません」と答えるように行動しなければならないのです。 神様は、このような条件に従って、キリスト教文化圏を中心として、摂理を推進してきました。犠牲の道、殉教の場、血まみれの境地においても、神様を愛し、怨讐までも愛する運動を展開してきたのです。私たちは、家庭、社会、国家、世界においても、この運動を展開しなければなりません。 キリスト教の愛の精神によって、激しく迫害を加えてきたローマ帝国が屈服しました。キリスト教は、そのようにして世界的な宗教になりました。これまで、クリスチャンは、個人的な怨讐だけを考えてきたのですが、そうではありません。怨讐国家や、さらには怨讐世界も愛さなければなりません。 怨讐国家の中心に天国の出発点があるので、そこに真の愛の伝統基盤をつくって出発しなければ、地上天国は成し遂げられません。このようにして、伝統が立てられれば、これ以上の思想、これ以上に消化できる主義は生じません。 韓国が日帝のもとにあったとき、韓国、日本、ドイツ、米国など、主要摂理四大国家は、互いが怨讐の関係でした。その当時の状況では、日本と韓国が怨讐の関係であり、日本と米国が怨讐の関係であり、米国とドイツが怨讐の関係です。 ところが私は、このような怨讐関係にある日本人とドイツ人を米国に連れていき、「米国が神様を無視し、神様を失ってしまったら、滅んで死んでしまうので、米国を生かさなければならない」と言って、真の愛の道を実践しました。日本やドイツの人々に「敵対関係であった米国を、自分の祖国以上に愛することができる伝統を立てることなくしては、神様が望まれる新しい世界理念を立てることができない」と強調し、真の愛の伝統を教えたのです。 怨讐関係である国家を、自分の祖国以上に愛することができる基盤と伝統を成さない限り、地上に天国は顕現できません。このような歴史的な伝統の樹立は、神様の真の愛の中でのみ可能なのです。 私は、米国連邦政府より屈辱を受けて罪なく法廷に立ったとき、米国の未来を心配し、保守正論紙、ワシントン・タイムズを発行し、放送局を設立させるなど、むしろ米国のために、あらゆる努力をしたのです。 近来では、共産主義の没落以降、ロシアと中国の未来を心配し、数十種類にも及ぶ各種の教材を出版し、青少年を中心とした倫理教育に、多くの支援をしています。 皆さん! 日帝のもとで反日地下運動をしていた私にとって、日本民族は怨讐でした。民族的にはもちろんのこと、個人的にも怨讐でした。しかし、日本が敗戦したのち、私は、日本人を愛しました。地下独立運動をしたからといって引っ張っていき、むごい拷問をした日本の警察官たちは、私が一言言えば、みな処刑される運命だったのですが、反対に、追われている彼らを安全に送ってあげたのです。 今日、日本の多くの若者たちがなぜ、私に永遠なる命を懸けて忠誠を尽くしているのか分かりますか。因果の法則に従って、報いなければならない原則があるためです。それは、私が国家を超越し、神様の心情的なみ旨に従って、世界に向かって真の愛を植えたからです。国家的な怨讐を愛して生きる道に導く心情的な基盤を植えたので、自分たちも知らずに天命に従っているのです。 私は、日帝のもとで当時の日本にも恨みがあったのです。しかし、日本は、既に敗者でした。天は、滅びる者をさらに打つことはしません。自分の罪を自白して、謝罪する者に対しては、哀れみをもって対するのです。そのような天があるので、敗者にさらに刃物をもって打てば、打った者の後孫が滅びるのです。 米国もやはり、私を敵対視していた国家です。しかし私は、道徳的に塗炭の苦しみに陥った米国を救うため、父母、兄弟をあとにして、祖国を振り返ることなく、カイン世界を救うために、私に属しているすべてのものを捨てました。 また、既成教会が統一教会をどれほど憎んだことでしょうか。しかし、怨讐のように闘ってはいけません。お互いに、愛で和合しなければならないのです。二つが和合して、大韓民国を天のみ旨の前に立て、北朝鮮を消化しなければなりません。解放直後に、既成教会と統一教会が一つとなっていたならば、すべてのことが解決されていたことでしょう。 しかし、そのようにならなかったので、私たちが行く道の前において、個人的、家庭的、氏族的、民族的、国家的な怨讐と対峙するようになり、それでも闘わないという条件を立てるために、無限なる犠牲を払いながら、受難の道を克服してきたのです。 南北を統一することのできる方案 内外の貴賓の皆様! 既に北朝鮮の人たちは、全国民が金日成の主体思想で武装しています。私たちは、彼らを消化することができる神様の真の愛の思想で武装しなければなりません。北朝鮮は、ソビエト文明から来た冷たい風が吹きつける、北方文明です。私たちは、温帯圏文明によって彼ら自身が自ら溶けていくことができるような作戦をとらなければ、お互いが滅びるのです。ゆえに私たちは、徹頭徹尾、真の愛の思想武装をしなければなりません。 私たちの思想は、個人の欲望のためのものでなく、世界人類を救うためのものです。自分を中心としたものではありません。より大きなもののために生きようという思想です。しかし、共産主義者たちは、共産党員の何人かの幹部を中心としてなそうとするのです。それで、彼らは、自分の敵が現れれば、除去してしまうのです。 私たちは、そうではありません。「相対的環境と和合し、一つとなって、より高い次元の相対的基準を成そう。すなわち、カインとアベルが一つとなって、より高い父母を迎えよう」という思想です。言い換えれば、生活的に感服させ、人生観や、人格的な基準を中心として、共産主義の思想で武装した彼らを凌駕することのできる私たちとならなければなりません。 私たちが彼らに影響を与えることのできる環境をもたなくては、カイン国家を復帰することができません。カイン国家を復帰できなければ、天の国を中心とした世界的な国になり得る復帰の国家が、成立しないのです。したがって、南・北韓は分断されましたが、北朝鮮と闘わずして解放しようというのです。ゆえに、お互いに利益となることのできる愛を探し求めなければならないのです。 皆さん、現在、南と北の目的が食い違っています。方向が異なった立場で、一方は南に、もう一方は北に行こうとする分かれ道にいるので、その目的が異なっているのです。 どのように統一されるかという問題をおいて見るとき、深刻です。その主体的使命を誰がしなければなりませんか。それを南韓がするというとき、北朝鮮が反対するでしょうし、北朝鮮が主導するというとき、南韓が反対することでしょう。互いが、「我々がしようと言うとおりにしよう」と言うときには、成されないのです。自分自身に固執する立場からは、必ずまた決裂することでしょう。 これをどのように克服するか、ということが問題です。問題は、南韓の人が南韓を愛する以上に北朝鮮をもっと愛するという人が出てこなければなりません。同様に、北朝鮮の人が北朝鮮を愛する以上に南韓を愛する人が出てこなければならないのです。それ以外に、模索方案、解決方案がありません。 南韓の誰よりも、もっと国を愛する人、北朝鮮の誰よりも、もっと国を愛する人、そのように一つの道を行く人がいるとき、そこから超国家的な統一方案が出てくるのです。それ以外に道があるでしょうか。どんなに考えても、それ以外に道はありません。 それでは、これをどのように実践するのかが問題です。それは、北朝鮮の人よりも、もっと苦労し、南韓の人よりも、もっと苦労することです。このような苦労の中で立てられた超民族的な愛国心が南北を生かす近道であり、解決方案なのです。 悪なる世界と善なる世界を統一するのも、やはり同じです。これまで、私たちの先祖が立てた忠臣の道理以上の忠節を、主張することができる人が現れてこそ、決裂した歴史を収拾することができるのです。 そのような観点から見るとき、イエス様は偉大でした。ユダヤ民族が不信し、十字架の道を行かざるを得ない立場になられると、神様のために生き、イスラエル民族のために生きる道は、神様のために死に、イスラエル民族のために死ぬことしかないと考えたのです。それが十字架の道理なのです。 人類を愛することにおいて、歴史始まって以来、誰よりも人類を愛し、神様を愛することにおいて、歴史始まって以来、誰よりも愛したので、滅びつつあった歴史が、そこから新しい方向に向かって、より次元の高い善の目的の世界に進出したのが、キリスト教文化圏です。それは歴史的事実です。 南北統一はどこからどのようにするか ゆえに、南北を統一することができる方案は、南と北のために死ぬことができる群れとなる道しかありません。それ以外に、統一することができる道はありません。本当に、共に生きたいという心がなくてはなりません。 人間がどのように生きるのか、あるいは、私たちの人生航路をどのように行くべきかということを念頭において見るとき、その骨子を要約するならば、孝子が行く道、忠臣が行く道、聖人が行く道、聖子が行く道の根本があるはずです。 まさしく、永遠に共にいたいと思い、共に生きたいと思う心です。上、下を問わず、共にいたいと思い、前後左右、昼夜を超越し、生涯を越えて、共に生きたい思いに満ちた人生のことではないでしょうか。このような結論が出てくるのです。 「共に、一緒に生きたいなあ」という、その内なる共通分母とは、何でしょうか。それは、権力ではありません。権力は、歴史を超越できません。それは、一時のものです。知識もやはり同じです。知識世界は、発展するものです。知識の世界で、この学問と共に、永遠に共に生きたいという思いがあるでしょうか。間違いなく私たちが共に生きることができるのは、知識でもなく、金銭でもありません。 このように見るとき、上や、下や、前後左右の区別なく、過去、現在、未来の時間性を超越した立場から、共通的に認定することができる一つの分母とは何でしょうか。これがすなわち、神様を中心とした真の愛だというのです。 ですから、孝子は、家庭で父母を限りなく愛して生きる人です。また、愛国者は、国をこの上なく愛して生きる人であり、聖人は世界万民をこの上なく愛する人であり、聖子は、人類と神様をこの上なく愛しながら生きていく人なのです。 したがって、愛国者の心のように、民族と共に生きたいと思い、民族が困難なときには、その困難がすなわち自分のことであり、自分の痛みであり、喜びがあるとすれば、それが過ぎ去る喜びでなく、私たちすべての喜びとして永遠に残ることができるものでなければならない、と誓うことができる真なる心情の基盤が問題なのです。 真なる愛と心情の因縁をもった人は、統一圏に同参できる特権があります。 皆さん、全く字を知らない女性でも、博士と結婚して、愛の因縁を結ぶならば、一日にして博士夫人になるでしょう。このように、共に生きようという情の因縁をたくさんもった人は、今日、統一圏に堂々と参席することができる特権があるのです。 神様御自身がそのようなお方であるために、一つとなることができる生活内容をもてば、同参することができる資格が自動的に賦与されるのです。 それでは、南北統一は、どこから、何をもってするのでしょうか。力で屈服させるならば、相手側の力がもっと大きくなるとき、また闘いが起こるようになります。その方式では、統一を成し遂げることができません。たとえ、以南の地で暮らしていても、北朝鮮で暮らす彼らと、真心から共に暮らしたいという心、一つにならなければならないという心があってこそ、統一の道が開かれます。 北朝鮮を思いながら、胸が詰まり、哀れに暮らす私たちの同胞のために涙を流し、あなた方の困難と共に私は生きている、解放の一日を準備して、あなた方の前に現れることであろうと誓いつつ、統一のための真の愛の実践運動がここに起こるならば、統一の日は遠くありません。 皆さん、その最初の段階として、郷土と、どのように生きるのかを考えてみなければなりません。自分の父母と共に生きたがらず、郷土と共に生きたくない人が国を愛するというのは偽りです。国と共に生きてこそ、世界と共に生きるようになっています。そして、世界と共に生きてこそ、神様と生きるようになっています。ゆえに、郷土を愛し、その地域社会を愛してこそ、愛国も可能なのです。 政治をする指導者たちが国をどれほど愛していますか。彼らに、国民と共に、真心から共に生きようという心がないときには、そのような政治家は流れ去ってしまうのです。どんなに優れていても、水の泡のように流れ去ってしまうのです。 引き裂かれた南と北が、そのまま一つとなることはできません。愛国同志たちが闘争するその過程では、夜寝ることもせず、時間を超越して、困難な環境を克服することができる心の決意と実践が必要なのです。 「本当に、共に生きたい。死んでも共に死に、生きても共に生きたい」という、そのような心を互いがもつようになるときに、南北統一運動が始まるのです。 南北統一を成し遂げれば、民主世界と共産世界の統一も、ここから起こるのです。ですから、韓国問題を心配する場合は、世界を代表した立場に立って、六十億人類を代表し、三十億のアジア人を代表し、民族の将来、世界の将来を見通さなくてはなりません。 そして、「私は、あなた方と共に、本当に共に生きる運動を展開するだろう」という誓いをしなければなりません。それが聖人の道理に通じれば、聖人に似るのであり、聖子の忠節をもって、神様に対して実践すれば、「神様の相続者」「み旨の後継者」となるということを、私は、生涯を通して確認したので、きょう、皆さんにこのようなみ言を伝えているのです。 真の愛とは何か 内外の貴賓の皆様! 神様の真の愛を中心として互いに因縁を結べば、必ず、主管権と所有権、それから、相続権をもつことができる特権が付与されます。力学では、入力よりは出力が小さいですが、真の愛の世界では、入力よりも出力がもっと大きいのです。 真の愛とは何でしょうか。「ため」に生きる愛であり、与えてはそのまま忘れてしまうものです。ことさら与えたことを、記憶もしないのです。また、どんなに降り注いでも、疲れるということを知りません。九十歳を越えた父母が、七十歳になった息子に、「息子よ! 車に気をつけるんだぞ」と言っても、不自然でなく、何十年間、その言葉を数限りなく繰り返したとしても、嫌気がさしたり、疲れるということがありません。 堕落した世界の父母がこのようであるのに、いわんや、本質世界で、父母なる神様の愛を授け受けするとき、疲れるはずがあるでしょうか。人生で、真なる神様の対象圏を確定し、真の愛の栄光が不変であるということを、初めて知るようになるとき、永生の論理を妥当化させることができるのです。 私が、去る一九八四年に何の罪もなく米国の監獄に入り、獄中のベッドに一人で横たわっているとき、神様が訪ねてこられて、信じる人は私しかいないので、ニカラグアの事態を解決しなさい、と命令されました。神様が訪ねてこられる人間が、どうして私しかいないのでしょうか。 先進国を代表するという米国には、二億四千万という国民と、数限りなく多くの教役者(注:宗教活動に携わる人)がいるのですが、彼らを訪ねていくことができず、私を訪ねてこられた神様が、どれほど哀れであられるか、推し量ることができるはずです。しかしながら、神様は、強い引力の愛を訪ねていくことができるので、昼夜、世界のために心配する私を訪ねてこられたのです。その時、私がワシントン・タイムズを前面に立てて助ける仕事を展開しなかったならば、南米は思想的に既に廃虚になっていたことでしょう。 真の愛の主体者になろう 紳士、淑女の皆様! 我が民族の念願である南北統一は、この時代の神様の願いでもあります。北朝鮮と韓国を統一させ、神様が安息することができる基盤を、皆さんの家庭と、私たちの教会と国に築くことを天は願っているというのです。 それでは、神様に何をもって侍るのでしょうか。何をもって、これをすべてきれいに洗い流さなければならないでしょうか。何をもって洗い流してこそ、神様がきれいだとおっしゃるのかというのです。ほかでもなく、自分の父と母を愛する以上、夫、妻を愛する以上、子供を愛する以上の真の愛を中心として、その環境をつくり、祭物的な祭壇を積もうというその立場から、初めて、理想的な南北統一が出てくるのです。理想的東西文化の統合が起こるのです。分離した地上世界と天上世界の理想的統一が起こるのです。地獄と天国の解放圏が開かれるのです。それで、真の愛の鍵が必要なのです。 私の心と体の愛による統一は、家庭的な愛の統一と、常に互いに通じることができるのです。家庭が和合した愛の夫婦は、家族だけでなく、その氏族と国家と世界にも通じることができます。 愛し合う夫婦が一つになれば、誰がそしり、踏みにじることができるでしょうか。和合した家庭、和合した民族、和合した政府、和合した世界、和合した天と地、和合した真なる人間愛と、神様が一体となった、そのような世界が、真の愛のユートピアではないでしょうか。 すべての植物が、太陽の光を生命の要素として吸収するのと同じように、人間には、愛が生命の要素となるのです。私たちの願いは、永遠に真の愛と共に、慕いながら生きることのできる地上天国や、天上天国が建設されることです。 しかし、この世の中には、すべてのものの主人格として、登場することができる驚くべき人生の価値と、その特権的な権限をもった真の愛の主体者、あるいは対象者が、果たしてどれくらい存在するでしょうか。 きょう、この場に参席された皆さんは、どうかこれを忘れないで、心と体が一つとなるように努力することによって、自らの夫婦同士で、より高く「ため」に生きることができる愛で愛し合うことから、家庭と、民族と、国家と、世界を愛することができる真なる人と家庭となることを願います。 もし、そのようになれば、南北統一は、既に成就したも同然です。どんなに強い主体思想であっても、神様の愛の中では、力なく収拾され、消滅してしまうことでしょう。真の愛で愛する心をもつようになれば、南北統一は絶対問題ではありません。 それだけでなく、東西問題や、世界的南北の貧富の格差問題も、この神様の真の愛をもって完全に解決することができます。 このような神様の理想を中心として、世界の理想を消化し、そこから国家理想を消化し、国家理想から民族、家庭、個人にまで連結することができる理想世界の平和的無限境が成し遂げられることによって、この地上には、真の愛の平和世界が建設されることは間違いありません。 内外の貴賓の皆様! 私は、四十年余り前より、ここでお話ししたように、統一の根本原則を宣言し、国内外で、神主義を中心とした理念運動を土台として、周辺四大強国に、統一の国際的な基盤を造成してきました。韓国や、日本、米国などに、各々数百万を超える会員たちが、国際勝共連合、カウサ活動などを通して、民間基盤を構築してきたのです。 これまで、私が主唱してきた神主義は、唯物論、無神論の相反する価値観の統一はもちろんのこと、世俗的人本主義を解放することができる唯一の思想として、世界各国の指導者たちと思想界で検証されました。 韓民族と世界平和のために南北統一を信仰化しよう 南北統一を熱望する愛国同胞の皆様! 私たちは、みな共に、真の愛の神主義で、私たちの価値観を定立し、国民思想武装に総決起しましょう。私たち自身と、韓民族と世界平和のため、南北統一を信仰化しましょう。 そしてこの時代、歴史と天の召命を受けて立ち上がり、南北統一運動に私たちすべてが先頭に立つ義人と指導者になりましょう。真心より共に生きたいと思う真の愛、怨讐までも愛する心で、真の愛の温風を北方の地の同胞たちに送りましょう。 特に、人類歴史の始まりに、エバの失敗によって歴史が誤ったので、終わりの日には、女性たちが先頭に立って、真の愛の母性愛で、青少年の和解と統一の新しい歴史を創造していきましょう。 特に、女性の使命は子女のような立場である青年男女および学生たちを真なる教育を通して真なる子女たちに復帰しなければなりません。さらには、母と子女が一つとなって、手本を示し、夫までも教育を通して真なる天の息子として復帰し、真の父母に従い、神様を中心として侍り、地上天国理想を復帰しなければなりません。 いま一度、きょうの話が南・北韓が共に真の愛で出会うその日を早める全国民運動となるように願いながら、話を終えようと思います。 神様の祝福が皆様の家庭に共にあらんことを祈願します。ありがとうございました。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.23
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創造理想から見た芸術世界「世界平和美術祭典二〇〇〇」における御言2000年2月9日ソウル・芸術の殿堂・美術館 尊敬する内外の貴賓の皆様 世界平和美術祭典に珠玉のような作品を出品された作家の皆様 初めに、私の八十回目の誕生日を祝賀してくださるために、世界各地より、歴史的な本行事に参席された皆様に深甚なる感謝を申し上げます。特に、北韓をはじめとして、米国、中国、ロシア等、多くの海外の作家たちが席を同じくしていることは、大変意義深いことであると言わざるをえません。 美を追求し、それを表現しようとすることは、人間の本性です。神様の創造理想に似た人間の内面世界は、知、情、意の三機能を発揮し、人間の肉身は、その心の命令に感応して行動します。 その結果、人間は常に愛と、真理と、美を追求しているのであり、おのおの、宗教と科学と芸術が、その表現手段であるのです。結局、宇宙万象は創造主、神様の内的性相の多様な実体としての外的形状であるのです。 太初に、被造物を創造された後、神様が上げられた感嘆の声は「見るに善かった」でした。愛と真理と美の実体が、それぞれ線と角度と面を異にし、宇宙空間の至るところで、自らの位置を占め、調和と統一の一つの空間を成すときに、初めて神様の創造目的は成し遂げられるのです。 したがって、純粋な芸術世界では分裂はありえず、葛藤はありえないのです。より外的であり、積極的な美の表現が舞踊や音楽であるならば、美術は、より情的にあらわれる心の世界の表現です。 私は、かつて一九六○年代に、リトルエンジェルスを創団し、韓国の美しい芸術世界を全世界に宣揚してまいりました。そして、これを土台に『愛天・愛国・愛人』を建学理念とする仙和芸術学校を創立しました。さらに、ユニバーサルバレエ団を韓国に、そして米国の首都ワシントンにキーロフバレエ学校を設立し、ニューヨークには、ニューヨークシンフォニー・オーケストラを創団しました。 一方、ニューヨークの世界日報社の社屋内には、常設美術展示場があり、作家たちの世界的な交流を援助しているのです。 内外の貴賓の皆様 芸術をものす心の極致は、一つ一つ、手ずからつくられた作品であるさまざまな万物、万象を通して、無限に喜ぼうとされる創造主、神様の心情世界に到達しようとすることです。 与えても、さらに与えようとし、ために生きても、さらにために生きようとし、条件なく投入しても、忘れてしまおうとされるのが、神様の心です。その心情世界の根本は、真の愛です。 被造世界に対する神様の創造理想は、その心情から出発なさったものです。芸術の原点は、その心に似ることにあります。ゆえに、芸術世界には国境はありえません。特定理念や思想の道具になってもいけません。 調和と統一が基本原理です。分裂と葛藤は、堕落性の果実です。したがって、作品世界においても、東洋は西洋を理解し、西洋は東洋を受け入れて、四方性、世界性を帯びなければなりません。それぞれが追求する分野において、創造主、神様を畏敬し、その理想を表そうとする純粋芸術の追求、それ自体が最も美しいのです。 特に芸術世界を通して、半世紀の間、引き裂かれていた南北韓の同胞が共にまみえ、さらに東西世界が交流することは、一なる神様の下の一つの世界、さらに、ひいては神様の下なる一つの宇宙を追求してこられた神様のみ旨と一致するのです。いま一度、私の八十回目の誕生日を期して、韓国と世界を代表する美術人が席を同じくしたことに対して、心より感謝を申し上げます。 新千年には、各自、皆様の分野で、より一層大きく発展されることを祈願いたします。皆様と、皆様の家庭に神様の祝福が共にあるよう祈願いたします。 ありがとうございました。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.23
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終末時代に人類とアメリカが進むべき道この講演文は、文鮮明先生が2000年1月22日、アメリカのワシントンD・Cで開かれた80回目の御生誕祝賀集会で語られたみ言であり、韓鶴子総裁が2000年5月、世界巡回講演の時、南米とヨーロッパの36の都市で語られました。 尊敬する内外の貴賓の皆様! きょう、私の八十回目の誕生日を祝賀してくださるために、全世界から参席してくださった各界各層の指導者の皆様に、心から感謝いたします。特に、今日まで常に共にいてくださり、守ってくださった神様にこのすべての栄光をお返しし、深く感謝申し上げます。 私は生涯を通じて、ただひたすら神様の創造理想実現のための諸般の難問題を解決するために、心を砕いてきました。 知ってみると、神様は栄光と尊貴の玉座にいらっしゃる方ではなく、堕落して地獄に落ちた子女たちを捜し、救援するために苦労してこられた、悲しみと嘆息と苦痛の神様であられました。 このような神様のみ旨と心情を知った私の生涯は、一言で言えば、夜も昼も季節も環境も超越し、ひたすらみ旨を成し遂げるために全身全霊を尽くしてきた日々でした。 過ぎし八十年の星霜を振り返るとき、ありとあらゆる迫害と苦難を受けたにもかかわらず、きょうこの場を皆さんと共にすることができたのは、神様が共にいてくださったからです。この意義深い日に、皆さんと共に神様の摂理的な観点から歴史と世界を理解するために、「終末時代において人類とアメリカが進むべき道」という題目でみ言を分かちたいと思います。 終わりの日とはどのような時か 神様の救援摂理的歴史観の立場から見るとき、歴史の終末はサタン主管圏の悪なる歴史の終末であり、同時に神様の主管の善なる歴史の出発の起点となります。したがって終末は、天の摂理の全般を完成させなければならない時です。すなわち、個人完成を完結させるべき終わりの日であり、家庭、民族、国家、世界、ひいては天宙完成を完結させなければならない終末だというのです。 神様は摂理路程で、終末期を迎えるごとに、神様中心の理念圏へと人類を導いてこられましたが、実に人類は、自ら責任分担を果たすことができず、悪なる歴史を整理して善の立場に立つことができませんでした。 しかし神様は、絶対、唯一、永遠不変の方であられるので、神様のみ旨に対する予定も絶対的です。ゆえに神様は、堕落によって人類が失ってしまった真の個人、家庭、社会、国家、世界、そして真の主権の復帰を通じて、天上と地上に神様が運行できるその世界を取り戻し、成し遂げられることでしょう。 神様が求めていらっしゃる本然の世界とは、どんな世界でしょうか。その世界は、真なる父母を中心とした真なる世界です。ところが人類は、堕落によって歴史過程においてではなく、歴史の初めに、人類の真なる父母と真なる世界を失ってしまいました。 その結果、堕落によって私たちが住んでいるこの地も、人類が所有している理念も、どれ一つとして真の父母と直接因縁を連結させてあげることのできるものがありません。ですから人類はまず、「真」を求めなければなりません。 そうして真なる父母、夫婦、子女、民、万物、主権、宇宙が真なる神様の心情を通じて動じ、静ずることのできるその日が、人間世界において悪なる世界の終わりの日となるのです。 このような理想が成就する時が終末であり、再臨の時期です。したがって再臨期は、火の審判や地が崩れたり、信じる人が空中に引き上げられるなど、天変地異現象が起こるのではありません。もつれた曲折の悲運の歴史を蕩減し、個人から家庭、社会、国家を経て、世界を正しく立てる時なのです。 縦的に失った個人、家庭、社会、民族、国家、世界を再び取り戻し、横的に連結させ、歴史的な個人、家庭、社会、国家、世界を成す時です。その日を願って生きてきたのが人類の所望であり、人類歴史が行くべき終着地だというのです。 ところが、個人も家庭も国家も行く道を失ってしまいました。世界には各種の公害問題、食糧問題、さらに宗教間の藤、人種間の対立などが至る所で起こっており、各種の紛争の主要な原因となっています。 レバレンド・ムーンの教えの核心 誰がこの世界に責任をもちますか。深刻な問題です。過去の共産主義国家群も、自分の民族主義を超えることができませんでした。今日、強大国であるアメリカも、汎アメリカ主義の理想を超えることができずにいます。 自国の利益のみを優先するときは、世界を指導することができません。自らを犠牲にするとしても世界人類を抱き、より次元の高い理想的国家へ前進しようという理念で団結した、ある民族や宗教が必要な時です。 このような側面から私は、神様の命を受け、ここアメリカに来て青年たちを教育しながら、没落していくアメリカの道徳的危機に強力な警告をするとともに、地に落ちたキリスト教の再復興のために全力を尽くしてきました。 皆さんは、レバレンド・ムーンの教えの核心とは何なのか、気になることでしょう。その答えは簡単です。 第一は、「より大きなもののために犠牲になって生きよ」ということです。個人は家庭のために、家庭は氏族のために、氏族は民族のために、民族は国家のために、国家は世界のために、世界は神様のために生きよというのです。そうすればその神様は結局、「私」を訪ねてこられるのです。 家庭でも、父母は子女のために生き、子女は父母のために生き、夫は妻のために生き、妻は夫のために生きなければなりません。より多く「ため」に生きる者が、善の中心者になるのです。 第二は、「怨讐を愛せよ」ということです。神様は堕落して悪魔サタンの子になってしまった人類を救うために、ひとり子イエスを送り、犠牲の道を行かせました。怨讐を本当の子供よりももっと愛するところには、サタンも自然屈服するのです。 いつも、サタンの戦略は打って奪われるのであり、天の戦略は打たれて奪ってくるのです。それが公式です。私が全生涯を通じて、多くの迫害と苦難を受けてきたにもかかわらず、今日全世界百八十五カ国に宣教基盤を築いたのは、このような天理に従って生きてきたからです。 キリスト教の宣教歴史を見ても、イエス様を信じるキリスト教徒たちが行く道は、追われる道であり、迫害の道であり、殉教の道でした。そのように二千年の歴史を経て、殉教の血の跡が土壌となり、民主世界という巨大な体制を発展させてきましたが、今日では、その原動力となったキリスト教が危機に瀕しています。 キリスト教理念を中心とした国家群が、神様を否定し、イエス様を否定し、さらには神様の摂理を否定しています。甚だしくは「神様はいない」「神は死んだ」という神学までも主唱しているのを見るとき、真なる子女を捜してあらゆる犠牲の道を歩んでこられた神様の心情は、いかばかりでしょうか。 堕落人間に対される神様の心情 内外の貴賓の皆様! 神様が今まで投入して犠牲になったすべてのものは、誰のためのものでしょうか。それは、アメリカのためのものでもなく、キリスト教自体のためのものでもありません。結局は、堕落によって失ってしまった「私」一人を救うためであったということを知らなければなりません。堕落が一人の個人から始まったので、救いも一人の個人から始めなければなりません。 したがって代表的な一人が出てきて、「この時代の責任を果たそう。人間が神様に負ったすべての負債を清算して、堂々と善なるものをお返しできる私になろう」と自覚せずしては、復帰する道がないのです。漠然とした立場では、絶対に蕩減復帰をすることができません。観念的であってはいけません。 神様を身代わりして、悲惨なことがあれば、悲惨な目に遭う当事者以上の心情をもたなければ、神様の心情に到達することができません。 皆さんは、皆さん自身が死んでいくというそのような深刻な心情で、六十億の世界人類のために祈祷されたことがありますか。皆さん個人を犠牲にして、家庭を救い、氏族、民族、国家、世界を救うために、どれほど精誠を尽くされましたか。 そのような点では、誰も簡単に自信をもつことができないはずです。そのような絶対的な基準の代表者として来られる方が、再臨主です。 メシヤ思想の核心 人間始祖が堕落したのち、救いの摂理を展開してこられた神様は、アダム以後二千年目にアブラハムを探し立てられ、その後孫を選民とされ、新しい家庭、氏族、民族を編成されましたが、それが正にイスラエル民族です。メシヤを迎えるための勝利的な基台の上に召命された選民がユダヤ民族だったので、将来メシヤを実体として迎えるための主流民族になったのです。 その主流の要を求めていくと、人間始祖アダム・エバができなかった使命を再現するための基準と理念が必要ですが、それが正にメシヤ思想であり、クリスチャンの立場から見れば、新婦思想だというのです。 主を新郎として迎えるための新婦としての資格を準備することが、最も重要なキリスト教の使命なのです。 このような莫大な使命をもっていたのに、ユダヤ民族がイエス様を十字架で処刑することによって、第一イスラエルとして召命されたユダヤ民族は、流れ去ってしまい、第二イスラエルであるキリスト教が、その使命を継承してきたのです。この一つの目的を中心として神様は六千年の摂理をしてこられましたが、その摂理の終盤が、今のこの時代なのです。 それではメシヤ思想の核心とは何でしょうか。それは世界を救い、統一させるための思想であり、本然の理想家庭を建設することのできる教えであり、人間始祖が堕落によって失ってしまった位置である真の父母の立場を取り戻すことです。 新・旧約聖書の教えを見ても、メシヤは父の権勢をもって来られ、聖霊の実体である女性神に出会い、真の父母の立場を回復されるのです。ヨハネの黙示録に預言されている「小羊の婚宴」後の新郎新婦は、真の夫婦の段階を経て、真の父母になるのです。 このような使命で来られた方が、イエス様でした。イエス様はイスラエルの不信によって民族と国を失ってしまいましたが、神様が願われた世界と天国のために生命を捧げました。 十字架にかかられたイエス様の苦難の行路は、神様と共に歩まれた苦難の道でした。イエス様は死の場でも「彼らの罪を赦し給え」と切に祈られたのです。死にゆく場でも未来の勝利を期して、ローマと、反対する群れを祝福したのです。 したがってイエス様の生涯は、一代三十三年で終わったのではなく、神様の協助によって歴史と共に残り、その精神を継承したキリスト教は世界的な宗教にならざるを得なかったのです。 人類の文明の循環 内外の貴賓の皆様! アメリカが今は世界で一番の強大国だと言いますが、神様の摂理線上にまっすぐ立たない限り、いつまでも栄え続けることはできません。 人類文化史を見れば、古代文明の発祥は主に熱帯圏から始まりました。マヤ文明、インカ文明、エジプト文明、インド文明、中国の黄河文明など、古代文明の発祥地は亜熱帯圏ないしは熱帯圏でした。 人間が堕落しなかったならば、春の季節の温帯文明から始まるべきでしたが、熱帯文明から始まって、その次は秋の季節の涼帯文明圏に属するようになりました。これが自由世界を中心とした温帯文明圏に属するようになり、西洋文明がその中心です。大体赤道を中心として見るとき、北緯二三度圏で連結されていますが、アメリカ、イギリス、ドイツなど、西側の先進諸国がこれに該当します。 秋の季節の涼帯文明が終わりつつ、冬の季節の寒帯文明がしばらく押し寄せるようになります。これが共産主義の出現です。多くの知性人たちは、ソビエト連邦が解体したのち、以前の冷戦体制は終わったと思っていますが、いまだに唯物論と無神論は、無力化された民主と共産の二大思想の代替理念として世界の至る所に蔓延しているのです。 本来、神様の創造理想は春の季節の温帯文明から始まるべきだったのに、堕落によって熱帯文明から、原始的な状態から出発したのです。今こそ涼帯文明の危機と寒帯文明の脅威を貫いて、古代から人類が追求してきた本当の春の文明である温帯文明が現れることでしょう。 誰が、寒帯文明の冬の季節を溶かすことができますか。権力や経済、科学や知識をもってしては不可能なのです。 河川と海岸を中心とした文明の循環を見てみても、文明は巡礼します。ナイル川、チグリス川、ユーフラテス川を中心として発達した文明は、ギリシャ、ローマ、スペイン、ポルトガルを中心とした地中海文明に移り、この地中海文明は再びイギリス、アメリカを中心とした大西洋文明を経て、最後にはアメリカ、日本、韓国をつなぐ太平洋文明で結実するようになるのです。 このような文化史的観点から、韓半島の位置はとても重要です。韓国は、北の方にはロシアと中国を結ぶ寒帯文明圏の極地点であり、南の方はアメリカと日本を結ぶ涼帯文明の極地点です。したがってここで、涼帯文明を消化することのできる世界史的な春の季節、温帯文明圏が誕生するというのは摂理観的です。 このような側面から、涼帯文明の結実地として人類的課題として残された南北問題と東西問題を解決するために、生涯を捧げてきたレバレンド・ムーンが韓国から出てきたということは、神様の摂理的な帰結だと言わざるを得ないのです。 神様のみ旨成就において最も重要なこと 実際に私が、生涯を通じて人種と理念と国境を越えて「神様のもとの一つの世界」運動を展開してきたのは、このような神様の摂理による道であったということを申し上げたいと思います。 これは摂理史的な原則であって、私が作り上げた特別な理論ではありません。 天のみ旨を悟った私は、理論だけでなく、このような神様の構想を現実化するために、外的には五大洋六大州に影響を及ぼさない所がありません。 アラスカ、南極、南米三十三カ国、旧ソビエト連邦各国とアジア、アフリカ大陸の各国など、全方位的な宣教と事業基盤を通じて、到来した新千年時代に人類が当面した公害、食糧問題などを解決することのできる準備をしてきたのです。近年ではブラジルのパンタナールとアマゾンを中心に、地球環境保存について実際に基盤を築いてきました。 一方、これまで内的には、国際合同結婚式および真の家庭の価値誓約運動を通じ、約四億三千万双が参与することによって、神様が長い間待ち望んでこられた理想家庭を土台にした地上天国建設に拍車をかけてきたのです。 内外貴賓の皆様! その間、世界は政治、軍事、経済において優越した力をもった国々が支配してきました。しかし、神様の摂理と一直線上に立たないとき、永遠の国はありません。燦爛たるギリシャ・ローマ文明の滅亡はその良い例なのです。 今日、超強大国としてそびえ立ったアメリカは、過去のローマのような立場です。ローマの滅亡は、外からの侵犯よりは内部から崩れ始めた道徳的堕落に起因し、天の運勢が離れたからです。 一時期は、労働者、農民を主体視した唯物論と唯物史観に立脚した政治勢力が、旧ソ連と中国を中心に、世界人口の三分の一、地球面積の三分の二を占領したこともありました。しかし、それは永遠ではあり得ませんでした。 これからは、神様のみ旨を代弁する宗教人たちが勢力を得る時が来ることでしょう。宗教指導者は、神様のみ旨を地上に宣布し、人類に進むべき方向を提示してあげなければならない預言者です。しかし今のように四分五裂し、続いてきた教派間の藤と宗教間の争いは神様の摂理に障害物となるだけです。 それで私は、ずっと以前から教会全体の予算の半分以上を超教派、超宗派運動に投入し、宗教間の藤を解決しようと努力してきました。さらに「世界平和宗教連合」を創設し、宗教間の和解と一致によって、人類平和増進の先頭に立ってきたのです。 近年には「世界平和超宗教超国家連合」を創設し、これまでにここワシントンD・Cで七回にわたって「国際訓読セミナー」を行ってきました。 すべての人類は、人種と宗派を超越して、創造理想世界の実現のための神様の摂理を理解し、究極的には神様の心情と一致点をもたなければなりません。 堕落によって失ってしまった神様との心情的関係を回復し、本然の父母と子女の位置を取り戻さなければならないのです。したがって、神様が約束された終末は、真の父母が顕現される時です。言い換えれば、堕落によって父母を失ってしまった人類が、本然の父母を再び迎えることのできる希望の時です。したがって真の父母は、人類歴史の希望の結実体であり、願いの結実体であり、勝利の結実体です。 統一教会は、このような伝統を国際合同結婚式を通じて世界化してきました。民族と人種、皮膚の色を超えて、黒人と白人、黄色人が一つの兄弟姉妹としてまみえ、夫婦となるのは、地球村を一つにしようとされる神様のみ旨成就において、最も重要なことの一つです。 今日、このように人類は、失ってしまった本然の兄弟姉妹、夫婦、父子の因縁を回復し、究極的に、子供を失い、嘆いてこられた神様を解放してあげてこそ、真の幸福の道が開かれるのです。 これまで民主主義は、「人間の自由」と「人間の解放」を主張してきました。これに比べて私たちは、「神様の自由」と「神様の解放」を主張しなければなりません。この問題を解決するならば、人間解放はもちろん、人間の自由回復は自然に成し遂げられるのです。 アメリカに対する神様の希望 内外貴賓の皆様! 特別に、きょうアメリカの首都ワシントンD・Cで、神様の摂理を語っているのは、深い意味があります。 アメリカは、いろいろな面で神様の祝福によって準備された国です。アメリカを建国した先祖たちは、信仰の自由のために命を懸けて自由の国を求めてきたピルグリム・ファーザーズ(Pilgrim Fathers)です。 彼らは、真の信仰の自由を求めて、愛する父母、兄弟、故郷と離別し、さらには国まで捨てるという覚悟で、命を懸けて大西洋を渡ってきました。 メイフラワー号がニューイングランドに到着した時は一六二〇年十一月、晩秋でした。その年、初めての冬を越えながら共に到着した百二名の中で、寒さと飢えによって半分以上の人々が死亡しました。彼らが素晴らしかった点は、後孫たちのために翌年に蒔く種を残しておいて、自分たちは飢えて死んでいったという事実です。 清教徒たちは、何をするにしても神様のみ旨のために生きているという信仰が徹底していました。彼らは、初めの年の収穫をもって神様に感謝を捧げ、教会と学校を先に造ってから、彼らが住む家を造りました。 清教徒たちが開拓する路程で、農業をする時も、戦争をする時も、常にまず祈祷をしました。独立戦争当時、あの有名な最後の激戦地フォージ渓谷(Vally Forge)で、ジョージ・ワシントン将軍は、戦闘で激戦に臨む瞬間、命を懸けた祈祷をしたはずです。神様のみ旨を先立てた戦闘で、神様はアメリカに手を挙げてくださいました。 当時、世界的な強大国であったイギリスは、国王と国民が一つになって戦いましたが、アメリカは、神様と神様が愛する息子、娘たちが共に戦ったのです。それで、アメリカという自由信仰の国家が成立するようになったのではありませんか。 今もアメリカは、国会が開院される時は、祈祷から始めます。大統領が就任宣誓をする時、聖書の上に手を置いて神様の前に誓い、聖職者の祝祷を受ける国です。 さらには、貨幣にも「我々は神を信ずる(In God We Trust)」という言葉を書いている唯一の国です。このようにしてアメリカは、地球上に唯一、プロテスタントを信奉する世界的な形態を備えた国家となったのです。 ところが、今のアメリカはどうでしょうか。公立学校では、公式的に祈祷を禁じています。創造論よりは進化論を教育しています。さらには五〇パーセントに至る離婚率は、家庭の神聖さをことごとく破壊してしまっているのです。 このような現実を心配されている神様の声を聞いた私は、既に一九七一年に祖国と家族をあとにしたまま、アメリカにやって来ました。何度も全国を巡回しながら私は、「火事になった家に消防士として来た。病気になっているアメリカを治療するために医者として来た」と叫びました。 その時私は、既にアメリカを離れていらっしゃる神様を発見しました。アメリカのいかなる所にも神様がいらっしゃらなければならないのに、反対に至る所で神様が離れ始められたのです。人々の心から、家庭から、学校から神様が離れていっていらっしゃいました。 振り返ってみると、ニューヨークのマンハッタンの五番街を歩きながら、アメリカを離れていかれる神様にしがみついて限りなく涙を流したのが、きのうのことのようです。不幸にもアメリカは私が予言したとおり、道徳的に衰亡の一途をたどっています。 皆さん! レバレンド・ムーンがなぜアメリカで反対されながらも苦労してこのように叫んでいるのでしょうか。私は、神様が今日アメリカを訪ねてこられるまでに流された血と汗と涙の苦労を誰よりもよく知っているので、去る三十年間、アメリカにいながら一日たりとも楽な気持ちで過ごしたことがないのです。 アメリカの主人は誰ですか。ホワイト・アメリカンやブラック・アメリカンではありません。神様がアメリカを愛されるようにアメリカを愛する人が、本当のアメリカの主人です。 アメリカは地上に神の国を立てるために選ばれた長男のような長子権代表国家なので、今もイエス様は霊的にアメリカの地に主にいらっしゃりながら、そのみ旨を果たしてくれることを切に祈っていらっしゃいます。 一方、私は神様のみ旨に従って一九八二年にワシントン・タイムズ社を設立し、アメリカが行くべき方向を提示する保守正論紙として、アメリカの世論を主導してきました。そして真の家庭の価値運動と青少年たちのための純潔運動を通じて、強力な救国救世運動を展開してきました。このすべてのものに、アメリカが神様の摂理の前に正しく立つことを願う心から投資してきたのです。 私が一九六五年にワシントンD・Cを訪問し、指定したホワイトハウスの近くの聖地には、今も夜を明かしてアメリカのために祈祷する群れがたくさんいます。皆さんすべては、心の門を開き、あのピルグリム・ファーザーズから歴代の愛国の烈士たちの切なる願いを聞くことができなければなりません。 今は旧約と新約の約束が成就する成約時代 内外の貴賓の皆様! 今始まった新千年は、六千年の間追い求めてこられた神様の救援摂理歴史がみな終わり、エデンの園で失ってしまった創造理想が天宙的に実現される時です。 人間の堕落によって主人を失った万物の嘆きも解放される時であり、長い間別れていた父母と子女が再び出会い、これ以上涙のない新らしき天と新しき地が成し遂げられる時であり、霊界と地上が一つに通じ、地上と天上に神様の国が成就する時代です。 生きていらっしゃる神様の直接主管が、全般、全能の権勢として現れる時代です。さらに東西両洋全体が、天地父母を中心に「一人の神様のもとに一つの宇宙」として地球星大家族主義の世界が実現される時です。 これは、聖書に預言された旧約の約束と新約の約束が成就される、成約時代の完成を意味します。 今、時が来ました! アメリカが再び目覚めるべき時が来ました。第二の建国運動を挙国的に展開し、神様を中心とした真の父母、真の家庭、真の国家、真の世界を取り戻すべき時です。そうして離れようとされる神様を再びお迎えしなければなりません。 六千年間も準備して訪ねてこられた神様が、アメリカを離れられたら、どこに行きますか。神様さえ正しくお迎えすれば、家庭問題、倫理問題、青少年問題、人種問題は自動的に解決されます。五色人種が一つに相まみえて生きていくアメリカは、地上天国のモデルなのです。 この時、私たちみんなが一致団結して、人類が進むべき道を開かなければなりません。長子の国であるアメリカが先頭に立って、天の父母様に侍り、世界各国を神様の前に導く先導者的な使命を完成すべき時です。この歴史的な課業を完遂するために、共に同参してくださるようお願いいたします。 もう一度この場を訪ねてくださった皆様に、深甚なる感謝を捧げ、天と地に平和と自由と正義があふれる新たな千年王国が始まることを願いつつ、話を終えようと思います。 皆様の家庭と国に神様の祝福が共にあらんことを願います。ありがとうございました。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.22
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第三十三回「真の神の日」敬礼式後の御言第三十三回「真の神の日」の敬礼式が、二〇〇〇年一月一日午前七時より、米国・ニューヨーカー・ホテルのグランドポールルームで行われました。敬礼式後、真の父母様が韓国語で御言を語られました。 天上世界と地上世界が統一された位置で「家庭盟誓」を唱和する 統一教会の祝福家庭には、「家庭盟誓」があります。皆さんがこれを唱和する時、ただ何気なく、毎日習慣的に唱和するのではなく、天上世界と地上世界が統一された位置で唱和しなければなりません。 一番目は何ですか?。私たちの家庭は?。一緒に大きな声で言ってみてください。私たちの家庭は (「私たちの家庭は」)。真の愛を中心として (「真の愛を中心として」)。本郷の地を求め (「本郷の地を求め」)。本然の (「本然の」)。創造理想である (「創造理想である」)。地上天国と天上天国を創建することをお誓い致します (「地上天国と天上天国を創建することをお誓い致します」)。私たちの家庭において、この責任が重要だというのです。 神様の創造理想は、天上と地上を統一しなければなりません。統一して創建し、一つにしなければならない責任が私たちにあるのです。そのような誓いをしているのです。それを、自分の八十年の生涯で、すべてなせると思いますか?。できません。人類の先祖であるアダム・エバが堕落していなかったならば、その時に、このことがすべて成し遂げられていたのです。 その時、神様の息子・娘の立場に立っていれば、創造理想を再創造する必要はありませんでした。そのまま地上天上天国を完成し得るすべてのことを失ってしまったので、人類の先祖と共に、このことをなさなければならないのです。自分たちだけではできないのです。真のご父母様と天の父母が一つとなり、すべての蕩減過程を乗り越えることのできる位置に入り、祝福を受け、「家庭盟誓」をもったということは驚くべき事実です。そのことを知らなければなりません。 何ですか? 「家庭盟誓」です。盟誓というものは、それに一点一画でも背くことはできません。あなたたちが背けば、すぐに引っかかります。霊界に入っていく時、問題となります。拡大鏡があり、自分たちがどのように暮らしてきたのか、それが足の先から頭のてっぺんまですべて、白昼のもとで透き通って見えるようになるのです。 そのような基準に立つべき自分自身が、そうなれなかった場合、引っかかったその暗闇自体が影となるのです。そのような影が残れば、神様から遠く離れた影の残る位置に立たなければなりません。ですから、夫と妻は、一心一体にならなければなりません。 創造の原則は正分合作用 皆さん、創造の原則は何ですか?。正分合作用です。共産党は、正反合作用です。反対です。神様の真の愛が実体から分かれ、アダム・エバが生まれたのです。アダム・エバが生まれた目的は何かというと、大きい愛を受けるためです。衝撃的で、刺激的な愛を受けるために分かれたのです。 皆さん自身を見ても、個々人、愛をもっています。愛の性稟をもっています。愛をもっているというのです。生命をもち、血統をもち、良心をもっています。しかし、皆さん自身がもっているこれらのものは見えません。見えないのです。どのようにしても見えず、感じることができません。愛を一人で感じることができますか?。生命というものは、「男性の生命体だ」「女性の生命体だ」「私の生命体だ」と、生命が一人で、主体的な何かをもって現れることはできません。必ず、相対が現れなければならないのです。 それゆえ、一人でいれば、心と体が一つになっているので、感じることができません。心と体が一つになっていれば、感じることができないのです。皆さん、瞬きをし、呼吸をし、脈を打つこと、それを一日何度くらい数えたり、感じたりしますか?。できません。一つになっているので、感じることはできません。 「一つになっていて感じられない」という立場は、神様も同じです。神様は、愛の主体、生命の主体、血統の主体、良心の主体として、一人でいるのです。一人の位置で心と体がバランスをとっているので、感じることができないのです。ぴたっと中心になっているのです。 神様ご自身が、愛がどのようなものであり、生命がどのようなものであり、血統がどのようなものであるのか、そのすべてを感じることのできるものが何かというと、愛でもなく、生命でもなく、血統だというのです。皆さん、血統は生きているのです。血統は永遠に死にません。アダム・エバから今まで、数千代、数万代にわたり、私たち自身はその血統に連結されているので、その血統は生きているというのです。千年、万年、億万年、生き残る血統なのです。 ですから、血統が存在することによって、本然の愛と関係を結ぶことができ、本然の父母の生命体と因縁をもつことができ、そして、自分を中心として永遠なる後代の子孫と因縁を結ぶことができるのです。 自分がもっているこの血統は、一代でなくなるのではありません。根から、ずっと永遠に続くのです。血統は永遠に続きますが、皆さんの愛は一代、一代、違うのです。父母の愛、祖父母の愛、数千代前の先祖の愛、今日、地上にいる横的な数多くの家庭の夫婦の愛、後代の子孫、万代、億千万代の後孫の愛……。愛というものは、一段階、一世、一世に分かれているのです。これを一つに結ぶことができるものが何かといえば、動脈・静脈と同様の立場にある血統だというのです。分かりますか? 堕落の問題とは、愛を失ってしまったこと、父母の生命体すべてで失敗したことです。それも恨めしいことですが、それが問題ではないというのです。以前に過ちを犯し、過ったことを後で修正するということが蕩減復帰ですが、そのようなもの(愛を失った恨み、生命体で失敗した恨み)は問題視しないというのです。その一番の問題が何かというと、血統だというのです。分かりますか? 血統は垂直に降りてくるものです。神様は縦的な父母であり、地上の人類始祖は横的な父母です。九〇度です。九〇度になる焦点があり、これが一つにならなければなりません。一つになろうとすれば、すべてのものは正分合作用によって三段階で発展します。私個人は、神様から分かれて出てきました。神様を中心として見れば分かれているのです。男性の中にも女性性稟が、女性の中にも男性性稟があります。正から分かれて一つになるのです。 心と体が一つにならなければなりません。一つになるのは、何によって一つになるのかというと、それは真の愛です。愛だけが、心と体を統一させることができるのです。それ以外のものではできません。 体を、世の中のすべてのダイヤモンドで美しく装ったとしても、心の中を統一することはできません。心の世界の華麗な神様の栄光と全権を相続したとしても、それが絶対的に心と体を一つにすることはできません。心と体を一つにするのは、真の愛です。神様の愛なのです。分かりますか? 一人でいれば感じることができないのですが、対象の立場に立つことによって、神様の性稟を感じることができるのです。神様の性稟です。男性なら男性、女性なら女性、個々人の人格を中心としたその性稟と神様が水平になり、バランスがとれているので感じることができませんが、相対圏が出てくることによって強く感じるのです。このような心と体の一体圏が、正分合の一番目です。 それゆえ、心と体が絶対的に一つになっていない人は、天国に行くことができません。真の愛は、水平においての中心の位置、全体存在世界の中心の位置を突き破ることができるのです。縦的です。軸だというのです。軸をつくるものは真の愛しかありません。 ですから、ここにおいて私個人を中心として、一心、一つの心にならなければなりません。一つの心です。何を中心としてですか?。愛を中心としてです。縦横の私自体も、愛を中心として九〇度にならなければなりません。 こうして心と体が一つになり、日常生活から永遠な生活にまでも合わせることができるようにならなければなりません。モデル型としてです。九〇度に合わせなければなりません。それが何によって一つになるのかというと、真の愛だというのです。 ですから、一つの性相と形状的個体が全体に展開して分かれ、神様を中心とした二番目の結実が女性です。そして、三番目の結実が夫婦です。四位基台形態をなして完成した男性、完成した女性です。正分合によって一体となることのできる、そのような男性と女性が一つになるのです。 個体完成した人が夫婦として一つになるのです。これが、天地合徳(天と地が一つになるという意味)です。天の国と地上の国の合徳、東洋と西洋の合徳、前半球と後半球の合徳です。そのような球形体を成し遂げるためです。 これは水平になるので、天的な真の愛が天から降りてくるのです。垂直です。分かりますか?。これは個人的な垂直完成です。夫婦の垂直完成は、男性と女性の家庭を中心として頂上から降りてきて一つになった位置で、四位基台形態を中心として子女を生むのです。これが種になるのです。モデルです。このモデル形態を中心として結実するために、ここから子女が出てくるのです。 子女というものは何ですか?。神様は、この地上に存続するすべてのものを歴史的に感じることができませんでした。それは、一つになっているので感じることができませんでした。しかし、このようなアダムをつくることによって、見えない無形の神様が実体の神様として現れる時までの、神様が育ってきたその事実を、実体として感じることができるのです。それがアダム・エバだというのです。 無形の神様は、霊界に行っても見えません。無形の存在が相対的実体圏として現れたならば、そこには喜びがあるのです。神様にも、幼い少女時代があったのです。皆さんも自分の少年時代の写真を見ると、喜びがあるでしょう。衝撃を受けるのです。「あ、これはかわいい」と、キスまでしたくなります。 神様が過去に、見ることができず、感じることができなかったことを、このように感じることができるのです。愛が停止して感じることができなかったのに、(アダム・エバが)神様自体の実体対象となって現れることにより、「わ」と、揺れ動くのです。それがアダム・エバをつくった目的です。 男性と女性を一つにするのは真の愛 それと同じように、結実した男性と女性は、神様の分かれた性稟が一つになり、相対的立場で、水平でぶつかることによって一つになるのです。こうして一つになる力は、男性がいた位置、女性がいた位置を越え、一つになり入っていくのです。 一つにならなければならないのですが、男性と女性が全く同じであるならば、これは対立するのです。力も同じならば、ぴたっと対立してしまうのです。それゆえ、男性が主体なので中心に立ち、弱い女性がその周囲を回るのです。そのようにして一つになり、水平の世界をなしていくのです。そのことを知らなければなりません。分かりますか? (「はい」)。 では、本性的にみるとき、男性と女性を一つにするものが何かといえば、それは真の愛です 神様の愛です。横的に伸びていく愛であると同時に、垂直に降りてくる神様の愛を中心として一つになるのです。神様が祝福するようになれば、真の愛の主人は神様なので、だれが相対的に喜びを感じるでしょうか?。横的な夫婦が感じるのです。天地合徳です。 男性と女性というものは、この世界で言えば、プラスの世界とマイナスの世界と同じです。また、無形世界と実体世界です。これを一つにするのは真の愛しかありません。そこでは、政治的力、知識の力、経済力というものは、全く無力です。一つにすることはできません。お金で一つになろうとする世界は滅びます。力で一つになろうとする世界は滅びます。また、知識で一つになろうとする世界は滅びるのです。 本当に愛する相対は、億千万のお金をもらっても取り替えることはできません。そうですか、そうではないですか?。真の愛がそうだというのです。それから、力で強制してもできません。強制では、千年、万年、回ることはできません。強制ですれば、点を中心として永遠に回転することはできないのです。強制ですれば、回りながら、どこかにいって壊れてしまいます。この宇宙から追放されるのです。 知識をもった人は、すべてを競争と考え比較します。知識には比較能力があるのです。知識には内外の内訳をすべて比較して、重い、軽い、ということを測定する能力があるので、知識では絶対に定着することができません。比較して少しでも高ければ、自分が上に行こうと考えるのです。 世界的な学者たちでも、今新しく発見された一つの単語を先に知っている人が、世界で最高なのです。「自分が一番だ」と考えるのです。知識は、頂上を占めるための道具となっているのです。それでは統一できません。 また、一つにし得るものは、政治の力でもありません。分かりますか?。今まで神様は、政治を通して世界を一つにしようとはしませんでした。この世の中の政治が、すべてを滅ぼしてきたのです。また、今まで神様は、お金で世界を一つにしようとはしませんでした。お金で愛を買うことはできません。お金で、知識で、愛を買うことはできないのです。 このような原則的基準から見るとき、真の愛よりもお金、真の愛よりも力、真の愛よりも知識を重要視し、求めていく人は、脱落の祭壇に上がり、地獄行きだというのです。これを踏み越えて、この政治の力を踏み越えて、情(愛)の政治をしなければなりません。政治とは、自分の利益のためにするものではありません。全体のためのものであり、神様の力の作用の比準に合わせた全体のための力なのです。 知識を得れば、神様のように自分が兄となり、知らない人を指導しなければならないのですが、今日の堕落した世界では、一つでもより多く知っているということで支配しようとするのです。それは、すべて邪悪な悪魔であり、天地大道の理想圏を破壊する邪悪な者たちです。この邪悪な者たちを撃破しなければなりません。命とお金を取り替えることはできません。愛を、お金、力、知識と取り替えることはできません。 今、女性解放時代が来て、今から大学出身の女性が多くなるのです。女性を貴く思う時代が来れば、世の中がよこしまな世の中になります。今までは、男性第一主義で来ましたが、女性を重要視するので、学校でも女性が多くなります。女性の値打ちが上がるのです。女性を重要視する時になれば、修士や博士の女性が多くなるのです。 女性は神様の前を歩くことはできません。罪を犯したからです。終わりの日に(この世を)滅ぼすフリーセックス、ホモ、レズビアンは、だれがするのかというと、男性よりも女性なのです。愛の志操を守れないのは、男性よりも女性なのです。 女性に対して、十回押して倒れない者はいないと言うでしょう。韓国の格言です。十回押して倒れない木はないとは、堕落したエバの後裔なので倒れるようになっているということです。それは力で征服することができます。力を誇って征服することができ、それからお金で征服することができ、知識で征服することができるのです。 真の愛で征服しなければなりません。お金を越えて絶対従順な女性、力を自由自在に乗り越えることのできる女性、知識を自由自在に乗り越えることのできる真の愛をもった女性は、何人いますか?。堕落した世界には一人もいません。種がありません。 女性を中心として見る時、妹になり得る種を失ってしまい、姉になり得る種も失ってしまい、妻になり得る種も失ってしまい、母となり得る種も失ってしまい、おばあさんになり得る種、女王になり得る種も失ってしまいました。だれがその種を失うようにしたのですか?。女性です。(「アーメン」)。男性と女性です。それも「アーメン」と言わなければなりません。女性のゆえに、すべて「アーメン」なのです。このような女性は滅びる運命です。 朴普煕 (「はい」)。私たちは舞踊団をつくっていますが、女性はみな化粧をしているでしょう。(「はい」)。化粧はだれがしてあげるのですか? (「各自がします」)。しかし、「手伝ってあげなさい」と言えば、女性は男性に化粧をしてあげたくなり、男性は女性に化粧をしてあげたがるのです。そのようにすれば問題が起きます。きれいに唇を塗れば、男性も女性も「唇を合わせたい」と思うでしょうか、思わないでしょうか? 「このように美しく、花の香りがするものと一度キスしてみたい」と、問題が起きるのです。 ですから、統一教会の舞踊団では、女性には女性が化粧してあげなさい。男性には男性がするのです。絶対に、交代して化粧してはならないのです。踊りを踊る時は、仕方なく体が触れ合いますが、普段は手をつなぐことはできません。「自分の相対とのみ手をつなぐ」と考え、心がわくわくし、胸がどきどきしてはいけません。初愛の電線が切れていれば、いくらキスしても通じません。しかし、連結されていれば、少しでも触れればスパークするのです。雷が落ちます。 以前、私が自然の結婚式の話をしたでしょう。天地に雲が生じるのは、人間世界のすべての存在が結婚式をするその代表です。愛する時、声を出すでしょう。猫は「ニャオン」、ネズミは天井で「チュー、チュー」と大騒ぎします。愛すれば声を出すのです。 それから、二人は喜び、目を閉じ、愛の光が天地を振動させるのです。そして、「私はなくなります。その力が世界に伸びていき、全世界に、神様の真の愛の圏の中心に花を咲かせ、刺繍するようにしてください」と、祈祷するのです。このように願うのです。それが愛の位置なのです。では、男性と女性は愛する時、声を出しますか、出しませんか?。鳩も「クククク」と言います。一度言ってみてください? (「クククク」)。九×九は八十一です。これはサタン数です。「再出発の王だ」、これが八十一です。分かりますか? 「クク、クク」。それはサタンです。これは八十一です。掛ければ拡張する以上なので、解放圏が展開するのです。それゆえ、一九九九年に「九・九節」があったのです。「三・十節」とは何かというと、旧約時代完成、新約時代完成、それから成約時代完成です。今まで縦的な三段階の祭物を捧げてきた歴史を、「九・九節」と「三・十節」で横的に捧げたので、サタン世界は終わるというのです。 一数、二数、三数、一数は神様の数ですが、二数圏をサタンが占領してしまいました。一数、二数、三数、四数……、すべて神様の数になったのです。数理的原理原則を通して創造された被造世界の主人が、神様です。数理的原則を知り得ない者は、この世界の主人になることはできません。サタンには、この自然が唾を吐いてしまいます。このように解放時代をつくったのです。 神様の命令なしに行ったことは一つもない 男性も、女性も、なぜ結婚するのですか?。男性も半分であり、女性も半分です。これが一つにならなければなりません。一人で暮らす女は滅びるのです。愛の主人はだれですか?。愛の器官の主人は自分ではありません。女性には、自分のものが一つもありません。胸とお尻が大きいのは、だれのためですか?。赤ん坊のためです。 統一教会の女性たちには、悪口を言われ、地獄に引かれていく者がたくさんいます。自分勝手にする者。今から、先生と離別です。生き別れるのです。別れる時が来たというのです。今回の八十歳の誕生日を過ぎれば、全員故郷を離れなければなりません。先生が助けてあげていることを、すべて切ってしまわなければなりません。あなたたちの思い通りに生きてみなさい 先生は、世の中の人々にすべての面で勝ちました。個人的に勝ち、家庭、氏族、民族、国家、世界的に勝ちました。仕事をするうえでも、農村に行けば農村のチャンピオンであり、海に行けば漁夫のチャンピオンであり、学界に行っては学界のチャンピオンであり、宗教界に行っては宗教界のチャンピオンであり、政治、経済、すべてにおいてチャンピオンです。 そのような父の言うことを聞かない者たちは、そのままにしておくことはできません。さっさと整理するのです。天地すべてが呪うのです。呪われないために、八十歳以降、全員出発しなければなりません。 私は以前に勧告しました。あなたたち統一教会の人々はお父様の後を歩んできたので、労働者の時は労働者の生活をしなければならず、漁夫の時は漁夫とならなければならず、監獄に行ったならば、監獄に行く悲しみも感じることができなければなりません。子女は父母の血統を受け継ぐのです。その父母の血統の中には、歴史過程の血統がすべて含まれているのです。曲がりくねった道を三代をかけて一つにしてこそ、垂直になるということを知らなければなりません。三代が一つにならなければなりません。ですから、神様の愛とは何かというと、父母の愛、夫婦の愛、子女の愛という三大愛が一致し、一つの核を中心として結束するものが神様の愛だというのです。 この中で日本人は手を挙げなさい。西洋の人、手を挙げなさい。何のことか、分かりますか?。すべて焦点を合わせなければなりません。言葉が分からないのに、どのようにして焦点を合わせるのですか?。言葉は一つにならなければなりません。 神様が使う愛の標準語は、どの言葉ですか?。考えてみましたか?。それは真のご父母様が使う言葉です。違いますか、違いませんか? (「正しいです」)。尋ねた先生が間違えば、激しく攻撃しなさいというのです。先生が間違ったことが何かありますか?。神様の命令なしに行ったことは一つもありません。 病人が死んでいくので、ハンセン病にかかった人を治療しようとして、自分がハンセン病にかかり、その自分を通して治療方法を探し出す、ということもしたのです。何のことか分かりますか? 「ハンセン病を治すために千万種類の調査と千種類の鑑定を行い、そのもとでハンセン病の根源を知り、このように治した」。こうしたためにハンセン病にかかり、ハンセン病患者になったからといって、「こいつ。おまえは地獄に行け」と言うでしょうか? 「おまえは地獄にいる人ではない。天国に行かなければならない。その汚れを私が洗ってあげ、絹のおくるみで包み、天の国の宝として立てるであろう」と言うというのです。 「家庭盟誓」です。「家庭盟誓」で始まったでしょう。(「はい」)。再創造歴史は、ただそのまま再創造されるのではありません。復帰は、ただそのまま復帰するのではありません。蕩減復帰です。直系の子女も蕩減復帰です。あなたたちも、ただで得てはいけません。統一教会の血肉を中心として、先生の血肉を削って得たすべてのもの、宝、ダイヤモンド、天下を与えても用いることができないものを用いるためには、相対的苦労の価値を備えなければなりません。分かりましたか?。この者たち 荷物をまとめて一度思い通りに生きてみなさい。今はそのような時です。今では、先生の御旨はすべて成し遂げられました。先生は優れた男性です。愚かな男性ですか、優れた男性ですか? (「優れた男性です」)。女性という女性は、西洋の女性でも東洋の女性でも、先生と結婚したくないという人に、一人も会ったことがありません。八十歳の老人でも、今「結婚する」と言えば、「先生が八十歳でも私はお嫁に行く」という女性がたくさんいるのです。(笑) 負債を負うにもほどがある 「家庭盟誓」の第一は何ですか?。本郷の地を求め……。本郷の地を失ってしまいました。故郷を失い、本郷の祖国がありません。国のない者たちです。米国に来ても、市民権がなければ、犬の糞のような扱いを受けます。故郷がなく、祖国を失ってしまったかわいそうな群れは、すべて地獄の居間に引かれていくのです。そのことを知らずに暮らしています。 皆さんの故郷はどこですか?。霊界だということができますか?。地球です。地上で生まれたのです。そのような観念から、米国やどこどこの国、このぼろぼろの服のような国は、すべて滅びるのです。すべて滅びるというのです。世界の主人がいません。 自分の息子・娘を主管することのできる父母がいないのであり、妻を主管する夫がいないのであり、夫を愛で抱くことのできる女性がいないのであり、息子・娘も自分の息子・娘ではありません。どこからかもらってきた息子・娘です。神様はそのような息子・娘を、自分の息子・娘よりももっと愛したというのです。サタンがそこに屈服するのです。 統一教会の行く道は、カインを自分の息子・娘よりももっと誇り、自分の妻よりも世の中にいる女性をもっと尊重視するのです。それが神様の教えです。家庭を復帰し、再び入っていくためです。蕩減するためなのです。罪を犯したために、蕩減しなければ進むことができないのです。蕩減法を適用して上がっていくのが、統一教会の文先生が行った道だというのです。その公式的な原理が、個人的公式、家庭的公式、氏族、民族、すべてが一つの線に連結されているのです。真の愛の道だけが、一つの道となるのです。 お金の線はこちらに行き、知識の線はあちらに行き、権力の線はこちらに行き、自分勝手にあちらこちらに向かっていますが、真の愛の道は直行です。永遠に直行です。太陽の光が間違いなく二十四時間後には再び帰ってくるのと同じように、日が沈む姿も同じです。千年、万年、ずれることがありません。そのような直行的な行路、原則的な行路がないので、人間は千態万象なのです。 これを一つにするために苦労してきた先生です。真のご父母様です。真のご父母様を引きずり、荒れる大海を越えていかなければならず、次に泰山を越えていかなければならず、無限なる世界の曲折、迫害のわなの峠を埋めて、また埋めながら、これを平地にしてきたという事実を、天地のだれも知りません。先生が何をしているのか、あなたたちも分からないのです。この者たち、負債を負うにもほどがあります。 そのことをよく理解し、全員で一章を一度読んでみなさい。(「私たちの家庭は真の愛を中心として」)。真の愛を中心として (「本郷の地を求め」)。本郷の地を求め、本郷の地を失ってしまいました。求めて何ですか? (「本然の創造理想である」)。本然の創造理想を破壊したのです。本然の原則的基準を破壊したというのです。(「地上天国と天上天国を創建することを」)。地上天国と天上天国をつくることを失ってしまったので、私たちがそこに入っていき、完成ではありません。完成する材料がありません。創建するのです(「アーメン」)。 二番目は何ですか?。真の愛を中心として、神様と真のご父母様に侍り……。侍るということにおいて、自分勝手にするのではありません。この者たち。今まで自分勝手に生きてきました。体をばらばらにしてはげ鷲の餌にしなさいと命令があれば、私はそのようにします。怨讐の中の最高の怨讐の息子を、最高に愛する位置に立てることはできない、というのが(本来の)天理です。それは理論的に間違いありません。しかし、今はそのような道を行かなくてよいのです。 今日の祝福は、霊界の怨讐を中心として行っているのです。聖人と殺人魔は怨讐です。聖人の息子と、スターリン、ヒットラーの息子・娘とを結婚させました。国境が怨讐なので、国境を中心として交差結婚すれば、平和な世界が来るのです。 そのような父の御旨をなしてきたのですが、自分勝手に、自分の思い通りに消化し、踏みにじっているのです。私は、みっともない者は見たくはありません。こん棒で足を切って、はげ鷲の餌にする。そのような先生の性格を知らず、自分勝手に動いている者たち。私の目で見たくありません。思い通りにしてみなさい。 あなたたちも同じです。先生の子女が過ったことを天法によって治め、それを第一号として、その通りに行うので、第二号、第三号は問題ありません。それゆえ、八十歳になる今年を中心として、先生と皆さんは分かれます。今年を中心として清算する期間です。これが九七年からの三年です。九七、九八、九九、二〇〇〇年です。十です。ここから、四、五、六、七です。二〇〇三年までに、私たちはすべてのことを終えなければなりません。分かりますか?。青少年純潔運動で結ばれた者たちも、三年後までには、すべて祝福してあげなければなりません。 今、そのようなことをしているのです。エデンの園に帰ってきたので、マッチング運動です。世界のいかなる息子・娘もマッチングされ、三分の一も「嫌だ」とは言いません。これを三年後までにすべて終えれば、先生一代で、すべてのことを清算できるのです。先生がどのくらい生きるのか、皆さん、考えてみなさい。この地上に長く生きていたくありません。 第二は何ですか?。真のご父母様に侍り (「天宙の代表的家庭となり」)。代表的です。頂上です。こうして見ても頂上であり、こうして三六〇度回りながら見ても、一つの頂上なのです。一つしかないのです。そのような位置で代表的家庭となり、それがそのままそのように上がっていくのではありません。中心があるのです。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界を代表して、逆さまに立つのです。逆さまに立てるものが代表なのです。代表的家庭であり、それから何ですか? (「中心的家庭となって」)。中心的家庭です。 ここに行き勝利し、神様の前に、頂上に上がっていき相続を受け、「おまえは私の息子・娘だ。万歳。堕落したすべてのものを清算し、解放圏に立ったのだ」と、こうならなければなりません。 そのようになれば、その次にはそのまま降りてくるのです。世界の代表であり、国家の代表、氏族の代表であり、民族の代表、家庭の代表であり、個人、夫婦の代表の位置に来るようになるのです。代表的家庭が中心的家庭となり、それから家庭では? (「孝子」)。どのような家庭ですか?。神様に侍る家庭です。 神様の前に孝子がいません。孝子となり、それから何ですか?。神様の国がありません。今に国を復帰する時が来るのです。国の前に忠臣となり、天の前に世界がありません。家庭と国を連結し、世界には祝福家庭が広がっています。天地に満ちあふれているのです。 今では家庭を引っ繰り返して打ち込んだので、家庭さえ復帰しておけば、国は考えなくてもよいのです。国は、どこに行っても立てることができます。何のことか、分かりますか? (「はい」)。 「文総裁はお金がたくさんある」といううわさがたちました。済州島の何倍にもなる島国を一つ買い、「統一教会の全信徒、大移動」とすれば、国は一瞬のうちにつくることができるのです。つくることができるでしょうか、できないでしょうか? (「できます」)。「大移動の準備をしなさい」と言いましたか、言っていませんか? (「言いました」)。 全員、ジャルジン四十日修練です。ジャルジン四十日修を行う修練所の名前は何ですか?。世界平和統一家庭連合、何ですか? (「教育本部です」)。どのような教育ですか?。祝福家庭を教育するのです。 天上世界、霊界を代表した者たちとこの地上の人々を祝福しました。祝福した霊界の先祖たちは、カイン的立場です。サタン側である左をすべて満たし、真のご父母様を中心として、「四・四節」を中心として右と左を一つにし、すべての祝福家庭が四位基台となり、真のご父母様と写真を撮ることのできる時となったのです。 あなたたちの家はどこですか?。あなたたちの父母はだれですか?。今まで自分がこの世の中の大将や大統領であったとしても、それはおしめにしかなりません。それをすべて片付けて、「私たちの父母は真の父母しかいない」と、ならなければなりません。 初めて、先生が写真を撮ってあげるのです。あなたたちがいくら不足で、病気であっても、写真を撮ってあげたので、神様の血族圏内に入っていくことのできる権限が与えられるのです。 だれでも写真を撮ってあげるのではありません。真のご父母様と写真を撮りたくない人は手を挙げなさい。一人もいませんね。撮りたい人、手を挙げなさい。わわわわ、見たくありません。資格があって手を挙げるのならよいのですが……。警告します。 統一教会は血統を中心とする 家庭では孝子、国家では忠臣、世界では聖人、天宙では聖子の道理を完成できなかったことが、イエス様の恨であり、真のご父母様の恨であり、神様の恨であり、イスラエル選民の恨であり、宗教圏にいるすべての人々の恨であり、良心的な人々の恨なのです。 それゆえ、今の時は、宗教を信じ、真の愛を中心として生きようという人々と良心的な人々が動員されなければなりません。「労働者、農民は動員されなければならない」と言っていましたが、すべて崩れていきました。 今までは、頭にあたる知識者、次に、力のある者が出世しました。次に、腹で出世する腹の時代が来ました。マフィアを中心として腹でやるのです。分かりますか?。そして次に、手足の時代が来ました。この手足が、労働者と農民の時代です。このようにみな出世したのですが、良心的な人々と宗教圏の人々は、今まで一度も出世できませんでした。 ですから、良心的な人々と宗教圏の人々が動員されなければなりません。天下に統一の主人が来て、その方の両手両足と一つになって天地の大中心となり、一回りぐるっと回れば、天上世界、地上世界が、完全に球形的統一理想世界になるのです。ノーメンですか、アーメンですか? (「アーメン」)。 私たちの故郷はどこにありますか?。故郷がありません。ですから、先々週の聖日に先生が総評してあげました。私たちの故郷がどこかといえば、地球です。モーセは四十年の荒野を経て、イスラエルを中心として故郷と国を復帰するための道を歩んでいきましたが、今日の文先生を中心とした統一教会は血統を中心とするのです。血統が中心です。 宗教圏の理想は何かというと、結婚を誤ることによって、過去の血統、現在の血統、未来の血統が直行することのできる血統的伝統を失ってしまい、反対にサタンの血統を受け継いでしまったので、これを切って元返し完成させ、万民を神様の血統に接ぎ木することなのです。 そのような神様の血統的関係をつくるために、再び祝福し、再び愛の伝統を立て、新しい血統、神様と真のご父母様の血統に結ばれた者が、祝福家庭だというのです。そのことを知らなければなりません。祝福家庭、分かりますか?。どれほど貴いでしょうか。 先生は監獄に六回も入りました。あなたたち夫婦が(信仰ゆえに)一度ずつ、三年間、七年間放り込まれても、お互いに「監獄を避けていこう」と思ってはなりません。「行く」と思わなければなりません。だれもがその道に従っていかなければなりません。 復帰の道は開拓していく道であり、原理の道はそのまま従っていくのです。復帰の道は知ることができず、神様も教えてくれません。神様も(先生を)利用してしまうのです。訪ね求めていく道です。先生がこの道を探し出すために、どれほど苦労したか知っていますか? 涙のかわく日がないほど身もだえし、ありとあらゆる闘争歴史を経て、神様の千年の恨を解放し、囚われの身の神様を解放して、天上世界と人間、サタン世界においては個人と家庭、このように分かれていたものをすべて連結し、サタンがついてくることができないほどに、あの北極にまで広がって大きくなり、中央部まで占領したのです。 祝福がどれほど貴いものであるか分かっていない 真のご父母様の名を知らずに霊界に行けば、いる所がありません。そのことを知らなければなりません。地獄にも行くことができません。地獄はなくなりました。先生の手中に……。神様とサタンを和解させたのは先生です。 「神様、あなたの創造理想はこのようなものではなかったのですか?」「そうだ」「アダム・エバがこのようになって、すべての天地の大王の身である神様も……。神様も、愛の相対は何千万倍、立派であることを願われましたか?」「そうだ」 「それと同じように、神様ご自身が天地を創造した主人ですが、愛の相対は自分よりも何千万倍、立派であることを願うということが、御旨の本質的な要求だったではないですか?。しかし、堕落により血統が転換することによって、このすべてを失ってしまったのではないですか?。真のご父母様が血統を復帰する時までは、理想の全権行使を中心として、世の中と霊界のすべてを元返して打ち込み、神様が思い通りに治めることのできる権限がありますか、ありませんか?。原則が明確になったので、その原則に符合しない偽りのものは、すべて除去します。これでオーケー」。何がオーケーなのですか?。除去がオーケーなのです。 そして、サタン世界に「おい、おまえ、真の愛の道理がこのようなものであるということが分かったか?。神様の孝子の道理がこうで、国の忠臣の道理がこうで、世界の聖人の道理がこうで、天上世界の聖人の道理と聖子の道理がこうなのだが、おまえは、そのどこか一部分でも足を踏み入れることができるか?。こいつ。おまえの心に、神様の愛のために生きる、という血統が通じているのか?。血が途絶えているのか?。そのような行動をしてみたのか?。こいつ。していないだろう。していないのだから、この天理の大道の原則を中心として、為に生きる愛の全体圏……。きょう話した愛の執権内に、サタンはいることはできないではないか?」「そうだ」 そこで生きようとしても苦しいのです。小学校しか出ていない者が、どこかの博士の所に行き、威厳をもって威信を立てることはできません。一言言っても恥ずかしいのです。見える行動一つが恥ずかしく、万事が恥ずかしいのです。はっきりと知らなければなりません。先生が行く天国に、むやみやたらにだれでも行くことができるのではありません。 それで、「おい、サタン。このような勝利的な基盤を築き、神様を安息させた主人の前におまえも順応するのか?。本来、創造の愛の代表である神様の愛の相対は、何千万倍、立派であることを願うのが愛の道理の原則である。そのような王子が現れたのだが、反対するのか、順応するのか?。神様が順応するのだから、もともと神様に順応すべきおまえは、百回、千回順応することが原則ではないのか、こいつ」と、腹を蹴って死んだとしても、「そうです」と言わせることのできる位置に立ってこそ、サタンが屈服するのです。ルーシェルが屈服しましたか、していませんか?。昨年三月二十一日にサタンが降伏しました。 主と真のご父母様の名によって、万民を代表した統一教会の祝福家庭の名で、勝利した覇権を握っているのです。サタン世界、いくらでも打ってみなさいというのです。めちゃくちゃになります。すべての霊界が押し寄せ、滅びるのです。それゆえ、先生に反対した国家や個人は、すべて滅びました。米国も滅びつつあるではないですか。仕方なく、文総裁のお尻にしがみついて、「助けてください」と言う段階に来ています。ソ連も滅びました。 では、神様とサタンの闘いを、だれが止めたのですか? (「真のご父母様です」)。真のご父母様とはだれですか?。完成したアダム・エバです。統一教会で完成したアダム・エバとは、だれですか? (「真のご父母様です」)。 そのような完成した覇権主義、愛の主体的軸を立て、縦横を中心として球形が、万世、千万年運動したとしても歪まない、完全な円になることのできる家庭形態と世界形態をつくったのです。それをだれがつくったのですか?。偽りの父母が破壊し、歪め、くちゃくちゃにしたものを、真のご父母様が現れて、刀で完全に丸くしたので、解放的地上天上天国、神様が思い通りに地上に往来するのです。 それでは、あなたたちは世話になりましたか、なりませんでしたか? (「なりました」)。世話になった代価を支払おうとすれば、一億ドル払って、個人復帰の資格を買うことができますか?。十億ドル払って、買うことができますか?。天地を与えても買うことができません。個人完成もそうなのに、夫婦完成は、何千倍、何万倍でしょうか?。地球、この宇宙を与えても買うことができません。それを買うことができるなら、神様がつくって、すぐに復帰していたのです。 この者たち。祝福がどれほど貴いものであるか、分からずにいます。今から憲法ができ、神の国を復帰する日には、少しでも過って訓読会の御言に引っかかれば、即刻、条件に引っかかります。千年の恨を中心として、その条件を解消するための道を、自分がこの地上で歩んで清算しなければならないのです。世の中では、帰ろうとすれば何周にもならないのですが、蕩減というものは何千周を行かなければならず、暗闇の世界に落ちていって苦痛を受けながら、子女たちがみな祈祷して再蕩減しなければ、水平になることはできません。とてつもない事実です。 自分勝手に「私は祝福を願っていなかったのに、先生が与えた」と言う者たちは、こなごなにして、はげ鷲の餌にしなければなりません。見ていなさい。先生から離れて、自分勝手に結婚してみなさいというのです。ちょっとやそっとの冷遇ではありません。世の中から指さされ、天地から指をさされるのです。今後、十年、五十年後に、あなたたちの二世、三世が八十歳になれば、三×八=二十四、二世紀、三世紀以内に、完全に整備されてしまうのです。 四大心情圏を蹂躙された 次に、三節は何ですか?。四大心情圏とは何ですか?。堕落することによって、子女の心情、兄弟の心情、夫婦の心情、父母の心情を失ってしまいました。四大心情圏を蹂躙されたのです。この女性、エバが手足を広げて天使長と併合することによって、神様のモデルになるべき理想的な愛の定着基地を破壊してしまったのです。 千年、万年、返しても返すことができない負債者が、なぜ、騒いでいるのですか? 複雑多様な蕩減の道を経ていくことはできません。行くことができないのです。先生は頑固で激しい人なので、来ることができたのです。一度決心すれば、天下が崩れたとしても後退しない性格なのです。それは神様が与えてくれた性格であって、私がつくった性格ではありません。その性格を恨んだときが多いのです。「この性格ゆえに、私はこのような滅びの道に入り込んだ」と思ったのです。 生涯、滅びの道を訪ねていきました。発展する道を訪ねていきましたか?。そのようにしてみると、穴を開け鉄道を敷き、十年かかって行く道を一時間に短縮したのです。掘り進んでいくと、太陽が照りつける荒野時代が来たのです。ぴたっとそのようになりました。穴を掘り、太平洋を越えていったことと同じです。そのような父母に、自分勝手に侍ってはいけません。 今からはだまっていません。今までは国を探しだすことができない私が、子女の前に、国の前に、孝子の道理、忠臣の道理を教えることができませんでした。国を中心として父母が見せてあげる生活をすることができなかったので、忍耐しているのです。見せてあげる生活ができていれば、国の忠臣が行くべき道を訓練しているのです。旗を掲げ、総出動できる時が来るのです。 今では、もう私がすべきことはなくなり、死ぬことしかありません。「死ねばよい」と思う人は手を挙げなさい。「長く生きればよい」と思う人は手を挙げなさい。全員、挙げましたね。長く生きて、何をするのですか?。先生の背中に乗って、自分がするというのではないですか? (笑) 三番は、四大心情圏です。子女の心情、兄弟の心情、夫婦の心情、父母の心情を蹂躙しました。一瞬の愛の関係が、このようなとてつもない天理の大道、天上と地上を破壊してしまったのです。そのことにより、東西文化の壁が生まれ、南北の格差、貧富の格差が生まれ、そして、戦争で全体が揺れ動く世界になり、希望がなく、絶望がこの世界を覆ってしまいました。 今では、文総裁しか希望がありません。霊界に行ってみなさい。死んでみなさいというのです。最近では、それをみな知っているでしょう。霊界は、統一教会の人でぎっしりいっぱいです。霊界の人と地上の人が結婚するのです。薫淑もそうです。喜進もしてあげました。統一教会をよく信じている女性たちは、歴史的な聖人たちと祝福してあげました。崔元福の夫はだれですか?。崔元福。夫はだれですか? 三番目の報告書(李相軒先生が霊界から送ったメッセージ3)で、弟の興進が兄の孝進にお願いしています。「霊界に来てみると、これほど貴い父母であり、生前私は真のご父母様が教えてくださる御旨の内容を知ることもできず、侍ることができなかった恨があるので、お兄さんとお姉さんは、どうか生きている間に私の代わりによく侍ってくれることをお願いします。私には体がないので、そのようにしたくてもすることができません」 この息子は。今まで……。しっかりしなければなりません。 四大心情圏を蹂躙したことを、女性たちがすべて復帰しなければなりません。それゆえ、統一教会の女性たちにとって、(男性は)先生一人だけです。世界の女性たちがそのような心を中心として、一つの軸をなさなければなりません。母の位置、次に新婦の位置、次に妹の位置、次に双子の位置です。そのようなすべてのことを清算し、天上世界と地上世界に引っかからないようにしたのは先生です。そのような高速道路を築いたのです。愛の高速道路を築いておいたのです。 それゆえ、統一教会はすべて交差結婚です。日本と韓国です。国境が怨讐です。国境をおいて闘い、怨讐になったのです。国境が怨讐になったのです。国境を越えて、交差結婚しなければなりません。日本の男性は韓国の女性と、韓国の女性は日本の男性と、日本の女性は韓国の男性と、韓国の男性は日本の女性と、交差結婚しなければなりません。そのようにすれば、完全に平和の世界になるのです。 大移動 そして、大移動です。地球において大移動し、故郷を訪ねていかなければなりません。今から、父母の国、長子の国を中心として、大移動です。先生の八十歳のご聖誕日を過ぎた後に、祝福を受けた人でジャルジンの四十日修練会を受け、総生畜献納祭基金をなしたすべての人は、条件的にでも加担することができるように特許を下しました。そこに加担しない者は知りません。何のことか、分かりますか? (「はい」)。 一九九七年から二〇〇三年までには行くのです。時間まで教えてあげました。一番びりになれば、アフリカや、虎が住む洞穴の前に行って暮らすようになるのです。そこが自分の故郷になるのです。虎を育てて、乗りまわすのです。そのような不可避的な大移動が展開します。 それゆえ、五色人種が混ざるのです。韓国にも、五色人種がすべて入ってきます。祝福家庭が入ってきます。そのようになれば、反対していた家庭は、すべて追い出されるのです。それは国連を通して、世界的な神様の天理を通して決定するのです。すべてのものが平準化されます。愛の天理に従って平準化させることのできる家庭を復帰していくので、国境がありません。 愛の関係を中心として天の圏内に立っているので、サタン世界の愛の道、サタン世界の経済の道、サタン世界の知識の道、サタン世界のお金の道は、無力なのです。それらをすべて捨て、荷物をまとめて流れ者の立場になったので、天の国の家庭から国の故郷を越え、天国まで入っていかなければなりません。祖国というものは、永遠の天の国です。私たちにとって祖国とは地上ではありません。地上は故郷です。分かりますか? (「はい」)。 先生の故郷が定州ならば、そこが統一教会全食口の故郷になるのではありません。数千代の後孫として生まれたことと同じように、三千里半島、地球全体が故郷になるのです。堕落がなければ、本来の地球、統一された地球、神様のもとの一つの地球が故郷なのです。その故郷を失ってしまったので、それを復帰してくるために数千万年かかったのです。六千年ではありません。 人類文化史は、水平になっていなければならないでしょう。今まで人類の歴史を知りませんでした。文化史は宗教圏を通して生じるのです。その前は水平なので、千万年たってもゼロです。その時から、始まるのです。 堕落以降、数千万年、神様は監獄に捕らわれていました。国を失った大王陛下は、サタン世界の囚われの身となり、千万年の恨を中心として悲しみに満ち、力の権勢を振るうことが一度もできず、自分の圏を一度も立てることができずに、生きた屍のように暮らしてきた神様であったのです。 だれが、そのようにしたのですか?。アダムがそのようにしたのです。それゆえ、来られるメシヤは、その神様を解放しなければならないのです。それがメシヤの責任です。 真のご父母様は、愛の圏まで解放し、愛の居間から、国の居間、天国の王圏の居間まで案内してさしあげるべき責任をすべて完成したのです。それがアダム完成です。完成したアダムの位置です。完成したアダムが、神様まで解放し、地上世界、天上世界の解放圏をつくったので、第四次アダム圏時代が来るのです。 ここでは信仰は必要ありません。神様を絶対的に信じる必要はありません。自分の父母を中心として、絶対信仰、絶対愛、絶対服従すれば、天理の大道の原則の答えが出てきます。四大心情を蹂躙したので、復帰し、神様を王としてお迎えし、皇族にならなければなりません。分かりますか?。四大心情圏と王圏です。 王圏を中心として皇族となったすべての忠臣、烈女の直系血統、家庭から国、世界、あるいは天宙の聖子の道理を完結した理想的家庭を完成し、神様に侍り得る最後の理想家庭、終着的な目的となる、そのような家庭を私がなし、主人とならなければならないというのが、堕落したアダム・エバが行くべき宿命的な路程だったのです。そのことを知らなければなりません。(「アーメン」)。 生涯を懸けて千辛万苦の受難の道を開拓してきた 私は言葉を早く話す専門家です。夜、夢で話しても、間違わないのです。先生が五十年前に話した内容は、今教えていることよりももっと詳しい内容です。その時は、私がいつ死ぬか分かりませんでした。死ぬ前に、御言を残しておかなければならなかったのです。そのような悲しく、無念な生涯を出発したという事実を知らなければなりません。キリスト教が文総裁に反対して恥をかくようなことをしたので、旧教も衰退し、新教もすべて衰退しました。 統一教会のあなたたち自身もそうです。ありとあらゆるよこしまな者たちがたくさんいます。ろくでもない、はげ鷲の餌にもならない者たち。そのような者たちは、下水にほうり込まなければなりません。私はそのように恐ろしい人です。 そのような性格をもった人が我慢しようというのですから、どれほど大変でしょうか?。神様はもっと激しい方なのに、耐えることが、どれほど大変でしょうか?。ぶるぶる震える時が多いのです。体の節々がずきずき痛むことなど、問題にもなりません。全身の節々が、ずきずき痛むのです。我慢しようとするので、歯ぎしりをするのです。そのような道を開拓してきたということを知らなければなりません。分かりますか? (「はい」)。はっきりと知りなさいというのです。 二〇〇〇年を迎え、新しい千年を迎え、三〇〇〇年に向かって出発するこの時、三数の完成数を迎えるこの時だというのです。恥ずかしくないようにしなければなりません。三数が出発でしょう。(「はい」)。三〇〇一年です。三〇〇〇年と一年を合わせるのです。それゆえ、ここで上下がすべて合うのです。三〇〇一年、そうしてこそ、ここで合うのです。二〇〇一年ではありません。そうでしょう。横的に見れば、そうではありませんが、縦的に見れば、すべて三〇〇一年にならなければなりません。 三数は完成数なので、摂理史において、先生の八十年と二〇〇〇年を越えて三〇〇〇年に向かう出発の道に合わせるために、生涯を懸けて、千辛万苦の受難の涙の道を開拓してきたのです。そのことを知らなければなりません。きょう、私は祈祷がよくできませんでした。祈祷すれば、痛哭するのです……。それを知らなければなりません。 それできょうは、真の愛の天宙化は愛の家です。どこに行っても自分が住みたいと思い、神様をお迎えして、どこかの藁屋でも入っていき住みたいと思う、それはどれほど素晴らしいでしょうか。 世界を遊覧しながら、豊かに暮らしているのか、貧しく暮らしているのか、と訪ねていき、貧しく暮らしている人には神様と真のご父母様が現れて、慰労してあげたいと思うのが、天であり、真のご父母様の心なのです。貧しく暮らしている人に対してです。豊かに暮らしている兄弟の所にあるダイヤモンドや何かを、何としても手に入れ、与えたいと思うのが、貧しく暮らす子女をもった父母の心だということを知らなければなりません。 第八節、絶対信仰、絶対愛、絶対服従によって、神人愛一体理想を成し、地上天国と天上天国の解放です。「解放」を外そうという、狂った者たちがいます。解放がなければ、すべて死んでしまうのです。そのような父母、地獄までも解放です。天上、地上、千万段階を平準化して解放させたということを知らなければなりません。分かりますね? (「はい」)。 きょう、私はこのようなすべての誓いをしましたが、その家庭盟誓の実体になったのか、なっていないのか、そのことを空中を見ながら問うのではありません。見つめる妻に公表するのです。そのような盟誓文であることを自覚しながら唱えなければなりません。分かりましたか? (「はい」)。そのようにすると誓った人は手を挙げてください。(「アーメン」)。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.21
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伝道に行って会った共産党員🍓共産党に入籍して妻からは逃げられ✳️素晴らしかった息子たちもずっと少年院に🌰原理の力を再確認❤️Yさん(日本・男性)の証し一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.20
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奇跡的な神様の導き🌹神様の導きを感じできる限り尽くす🍇日本、Kさん(男性)の証し🌰1980年代の証し❤️一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.20
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世界での日本食口の活動🌷ー 世界に影響を与える ー🍓イギリスでのSさん(男性)の証し🎁1980年代一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.18
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文総裁が興南刑務所から解放されて南下したとき、聖書によって共産ゲリラの嫌疑から逃れることができた、という証しです。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.17
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世界の平和GG鈴木チャンネル「信教の自由と解散請求権」2023/10/15文化庁が(旧)統一教会に対して散々質問をした挙句、やっぱり解散を請求することにしました、ということになった。行政権に自由に宗教団体を解散させる権限を与えてしまうとろくなことにならないから、行政からの請求があった場合に限り、司法がその可否を判断することになっている。今回の場合、宗教団体側は必ずその解散請求は、憲法20条の信教の自由を侵害するものなので不当な行政行為である、と主張するはずだから、これは最高裁にまで行き、そうなると有斐閣が発行する「憲法判例百選」に記載される事案であろうと思う。おそらくそのタイトルは、「信教の自由と解散請求権」というようなものになり、最高裁の判断が記載され、法律を学ぶ学生は誰しもそれを学ぶようなことになるだろう。その判断をする前提として、我々は、そもそも宗教とは何か、を知る必要がある。宗教についての自分の理解はこうだ。人はそもそも本来の自分の中に様々な(108個かそれ以上の)煩悩を抱えている。それは水中に油分が小さなしずくとして混入している、コロイド溶液状態であると言えよう。宗教は、このコロイド溶液状態から、「本来の自分」と煩悩という本来自分のものではない油分とを、はっきり分離するシステムであろう。そうして水と油を分離できれば、人は本来の自分という方を動機として行動することによって、行動を変容させることができる。コロイド溶液だった自分とは別人格の自分になれるのだ。かくして油分の方は行動が伴わなくなってくるので、自然に除去されることになる。これまでの宗教においては、そのプロセスはたいがいつらく、厳しく、痛くて、葛藤を伴うものだった。それでもその結果は貴重なので、人はそのつらい道を行く。その過程の中には、カネを捨てろ、というものもある。イエスは富める者が天国にはいることはらくだが針の穴を通るよりむずかしいのだ、と主張している。幸せになりたければ、まずカネを捨てろ、とのきびしいお達しだ。そして、家族を平和にさせるために来たのではなく、剣を投げ込むために来た、とも語っている。(旧)統一教会がかつてしていたことがカネを捨てさせ、家族を離反させることであると言うなら、それはまさに宗教の王道であったものだ、とも言える。そんな王道の宗教団体がメディアの目の敵にされていることの思い当たる理由としては、半世紀くらい昔にさかのぼる話だが、学生運動が華やかだったころ、共産党下部組織の民主青年同盟や全共闘などの反体制運動に対して正面切って立ちはだかった勢力が、(旧)統一教会傘下の原理研究会だったから、ではないかと思う。原理研究会のメンバーはその後、統一教会に入り、それはさらに家庭連合というものに進化した。民青だったメンバーは今でも日本共産党の中高年者として党を支えている。組織力が弱かった全共闘は大方が「挫折」し、その後大手メディアに入ったり、弁護士になったり、政治家になったりした。彼らは自分たちの青春時代に原理研究会にひどい目に会った仕返しをしないと、挫折した心の平安が得られないために、今(旧)統一教会つぶしに燃えているという、これは長い時間をかけた奇妙な復讐譚なのではないかと思う。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2023.10.17
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