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January 29, 2010
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カテゴリ: 教授の追悼記

 ついにこの訃報を聞く時が来たか、という感じがします。『ライ麦畑でつかまえて』の作者として知られるアメリカの作家、J・D・サリンジャー氏が27日、老衰のために亡くなりました。享年91歳。

 毎年、アメリカ文学概説を講じる際、サリンジャーのことに触れる時は「1919年生まれのサリンジャーが亡くなるのは時間の問題で、もし亡くなったらえらい騒ぎになりますから、彼の名前だけは覚えておいて下さいね」と学生たちに言うのですが、それがついに本当になってしまいました。


 サリンジャー。まさに我が青春でございます。大学の英文科でアメリカ文学を学んでいた頃、この作家の虜になりましてね。もう頭の中にはサリンジャーとその作品のことしかないという時代が二年くらい続きましたか。鞄の中には用もないのにサリンジャーの『ライ麦畑』を忍ばせ、図書館ではサリンジャー関連の研究書をむさぼり読み、彼こそは世界最高の作家なのだと信じていたという。かつてジョン・レノンを射殺した犯人が、レノンの死体のそばで警察がやって来るのを待っていた間、読んでいたのが『ライ麦畑』だったそうですが、下手すりゃワタクシだってそうなりそうな勢いでしたよ。

 が。サリンジャーってのはいわば文学的な「麻疹」でありまして、かかると大変なんですが、ある瞬間、けろっと治るんですな。で、治ってみると、何で自分はこの作家にここまで入れ込んでいたのか自分でも理解できない、というふうになる。そこで人はサリンジャーから卒業するんでしょう。私も大学4年生の時にサリンジャーを卒業してしまって、結局卒論は別な作家で書くこととなりました。

 しかし、それはそれ。我が青春の一時期、猛烈な愛情を注いだことは動かし難い事実なのでありまして、その意味でワタクシはまだサリンジャーのことを語り出すと熱いです。もちろん当時のように、彼こそは世界最高の作家だ、なんて思ってもおりませんが、それでも他人に生半可な批判はさせない構えでございまして。ハンナ・アーレントが、他人にハイデッガーの批判をさせなかったようなものでございます。


 で、サリンジャーといえば『ライ麦畑でつかまえて』に尽きるわけですが、まあ、その後のサリンジャーの評価はともかくとして、この作品だけはやはり大した作品であると言わざるを得ないでしょう。

 ホールデン・コールフィールド(この名前を口にするだけで、ファンはメロメロになるという・・・)という高校生の少年が主人公なんですが、彼は成績不振を理由に通っていた寄宿制の高校を放校になってしまうんですな。成績不振と言っても、本当は頭のいい子なんですが、ちょっと変わった感性の持ち主で、意味も分らず人に言われるまま将来のための勉強なんかできない子なわけですよ。自分の好きなもの、好きなことについては、随分色々考えたりもするのですが。

 でまた、決して自身、超俗的であるわけではなく、むしろ自分で自分の俗っぽさに気付いているところもあるのですが、あまり大人びた同級生たちのふるまいなんかを見ると、つい批判したくなって、弱いのに喧嘩を吹っ掛けてしまったりする。それでボコボコにされて自己嫌悪に陥る、なんてことを繰り返しているわけですな。同級生に対してだけでなく、大人の先生方に対してもそうなので、生活感溢れた老先生なんかを見ると、ついホールデンは気の毒になって、そういうバリッとしてないおじいちゃん先生なんかを見ているのが辛くなってしまう。

 もっとも、貧乏な先生のしけた生活感を見るのが辛いのは、ホールデンが金持ちの家の坊っちゃんだからこそなので、親の力で得たそういう見地に対し、ホールデン自身、自分が嫌らしいと思っているところがある。



 しかし、もちろんそんな夢のようなシチュエーションの場所は存在しないわけで、しかもホールデンが「無垢な存在」と見なす「幼い子供」も、本当に無垢な存在かどうか、あやふやなところがある。その意味でホールデンの夢は砂上楼閣なんですな。

 そしてその砂上楼閣が崩れる時が来る。ホールデンは、結局、逃げ場はないんだということに気づき、あきらめてこのエゴの渦巻く人間社会に弱弱しく戻っていく。それが『ライ麦畑』という小説の顛末でございます。

 で、この話の芯はどこにあるかと言いますと・・・

 他の同級生たちと違って、一風変わった感性を持っている繊細な少年・ホールデンの姿、これに読者全員が自己投影できる、というところ。ここだと思います。

 つまり、我々一般人は、少なくとも人生のある段階で、誰もが「自分は他人と違って、俗なるものには耐えられない」と思うんですな。全員が全員、「自分は他人とは違う」と思う(思いたがる)。その思いを、ホールデンが代弁した。そういうことなのではないかと。

 なぜそう思うかというと、ワタクシ自身がそうだったからです。

 でも実際にはそうじゃない。ワタクシもまた他人とそんなに違わないし、違わなくてもいいんだということが分って来る。そしてその時に、ワタクシはサリンジャーを卒業したわけですよ。

 だけど、卒業したからといって、当時の自分の気持ちを忘れるわけではない。だから、ワタクシはサリンジャーが分ると思うし、簡単には批判させたくない、と思うんですな。


 さて、そんなサリンジャーですが、『ライ麦畑』での成功に追われるように、この路線で作品を書き続けます。しかし、この路線は「大人の階段」を上りませんから、いつか行き詰ることになる。実際、行き詰ったサリンジャーは1965年以降、作品を発表しておりません。もう45年にわたって沈黙したまま。いわばホールデンのまま、凍りついた、と言いましょうか。

 噂によると(あくまで噂ですが)、この沈黙の45年の間、彼は何かとんでもない作品を書き続けているのではないかとも言われております。が、ワタクシはこの説にはいささか疑問でありまして、おそらく、彼の死後、論じる価値のあるような作品が死後発表されることはないのではないかと思います。

 でも、いいんです。彼は『ライ麦畑』を書いたのですから。この作品が未来永劫読まれ続けるとも思いませんが、この作品がきっかけで文学的麻疹にかかった数多くの人間がまだ生きている、ということだけで十分でございます。





これこれ!
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Last updated  January 29, 2010 09:45:00 PM
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再読欲です  
タミー さん
先生お久しぶりです。

昔買ったこの本は、ちょっといいブックカバーをかけて永久保存版にしてあります。 (January 30, 2010 12:46:29 AM)

Re:再読欲です(01/29)  
釈迦楽  さん
タミーさん

お久しぶり! 元気?

 ところで、「ちょっといいカバーをかけて」ってのは実にいいねえ。本ってのは、そうやって愛情をかけるもんですよ。僕も大好きな本は「この本棚のここに置く」みたいな決まりを作ってますからね! ライ麦畑、時間を置いて読むとまたいいものですから、是非再読して見て下さい。
(January 31, 2010 12:16:32 AM)

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釈迦楽@ Re[3]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  ああ、やっぱり。同世代…
丘の子@ Re[2]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 釈迦楽さんへ そのはしくれです。きれいな…
釈迦楽@ Re[1]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  その見栄を張るところが…
丘の子@ Re:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 知らなくても、わからなくても、無理して…
釈迦楽 @ Re[1]:京都を満喫! でも京都は終わっていた・・・(09/07) ゆりんいたりあさんへ  え、白内障手術…

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