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June 24, 2014
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カテゴリ: 教授の読書日記
 ジョン・クラカワー著『荒野へ』を読了しましたので、心覚えをつけておきます。

 先日、某書店をぶらぶらしていた時、何故かこの本に気を引かれ、つい買って、つい読んでしまったのですが、何と言うか、割と印象に残る本でして、読了後もなんだかこう、本の中に書かれていたことや、本の中で描かれる荒野の冷たい空気が、いつまでも胸の中に残っているような気がして仕方がないというね。


 これ、ノンフィクションなのですが、1992年にアメリカで起こった事件、というか事故を取材し、本にしたというもの。で、その事件・事故というのは、二十代の青年の餓死にまつわるものでありまして。

 その青年というのはクリス・マッカンドレスという名で、知的で裕福な中流階級の家に生まれ、何不自由ない青春時代を過ごし、エモリー大学を優秀な成績で卒業した才能豊かな若者だったのですが、この若者が大学卒業を機に、両親との接触を一切断ち、就職もせず、進学もせず、ただ2年もの間、時折アルバイトなどでお金を稼ぎながら、とにかくヒッチハイクや徒歩でアメリカの僻地を旅して回っていたというのですな。両親からは捜索願が出されていますから、いわば正式な行方不明者だったわけ。

 ではなぜ、マッカンドレスが自らの意思で行方不明者になったかと言いますと、大きな要因としては、両親、とりわけ父親との不和、ということが挙げられる。マッカンドレスは、父親の後妻の子なのですが、父親が前の妻と離婚するかしないかでもめていた頃、一時的にではあれ、実質的な重婚をしていたことがあったらしいんです。若者というのは一般に潔癖ですから、自分の父親が、理由はともあれ、二人の妻、二組の家族を養っていたという事実に衝撃を受け、不潔に感じ、それでまず父親を避けるようになったと。

 しかしまあ、「重婚」というのはアレですけれども、息子が父親に反発する、というのはどこの社会でもよくある話ですし、またビート・ジェネレーションやヒッピーやフラワー・チルドレンなど、アメリカには1950年代から続く「ドロップアウトする若者」の伝統がありますから、若者が親に反発して家出をし、行方をくらます、ということだけだったら別にそれほど珍しいケースではないですよね?

 だけど、マッカンドレス青年が他の家出人と少し違うところは、彼の「荒野」への強い憧れ、なんです。

 マッカンドレスは、幼少の時から一度こう思ったら絶対に曲げない頑固なところのある子だったのですが、その頑固さが、彼の中で理想化された「荒野」というものと結びつき、とにかくたった一人、文明と決裂し、荒野の中で荒野が恵んでくれるものだけを食しながら、弧絶された世界の中で一人充足したい、という強烈な願望を抱いてしまうわけ。ソローやトルストイなどを自らのヒーローとし、そうした先人に真似て、自分もいつか荒野に分け入るのだ、という絶対の価値観にとりつかれてしまうんです。

 といって、彼が必ずしも人間嫌いだとか、エクセントリックな男だったというわけでもないんですな。事実、彼はハイスクール時代、結構な人気者であったし、自分が望みさえすれば、相当女の子にもモテた。また2年間の放浪中、彼に出会った人は皆、彼の人柄や育ちの良さ、そして特異な才能に惹かれ、強い印象を受けている。中には、彼を自分の養子にしたいと願った老人もいたほど。つまり、彼には社交的な面も十分にあったし、そういう意味でも実に魅力的な青年だった。



 そして、彼の中で「十分に準備ができた」と思える瞬間があり、1992年の4月に、彼はヒッチハイクをしながら北に向い、そしてアラスカの原野に一人、入っていくんですな。

 そして、それから3カ月以上経った頃、無残に餓死したマッカンドレス青年の死体が発見されることになる。

 で、裕福な家の出のちゃんとした若者が、アラスカの僻地で餓死するという衝撃的なニュースは、すぐに全米で話題になり、ある雑誌に取材記事を載せた本書の著者、ジョン・クラカワーのところにも多くの反響が寄せられるんです。

 が、その反響の大半は、マッカンドレス青年を批判するものだった。

 曰く、経験も知識もないぼんぼんが、いい気になって「荒野」ごっこをして、挙句の果てに餓死をするなんて愚の極み。自業自得であると同時に、アラスカという土地への敬意を失しているのであって、要するに「いい加減にしろよ!」と。そういう意見が大半だったんです。

 そんな批判の嵐の中、しかしながら、本書の著者は、「それはちょっと違うんじゃないか」と思うんですな。馬鹿な青二才が、良い気になって自分勝手なことをした、と言ってしまったら、マッカンドレスがやろうとしたことを見誤るのではないか、と。

 確かにマッカンドレスのやろうとしたことは「無茶」ではあった。しかし、「無知」ではなかった、と、クラカワーは言います。しかも、その「無茶」は、「覚悟の上の無茶」であり、逆に言えば、無茶をするためにマッカンドレスは荒野に入ったのであって、十分に装備を固めて安全に荒れ地での生活を楽しむことは、そもそもマッカンドレスのやろうとしたことではない、と、喝破するわけ。

 ジョン・クラカワーがそういう確信を持っているのは、実はクラカワー自身も、かつてマッカンドレス青年と同じような衝動に駆られ、登山に打ちこんだ経験があるから。そして彼自身も危うく遭難の憂き目にもあっている。彼もまた遭難して餓死する可能性があったのであって、そうならなかったのは単に運が良かったからに過ぎない。

 たまたまマッカンドレス青年は、よほどの専門家でなければ区別のつかない毒草をそれと知らずに食べてしまい、それによって栄養摂取の効率が極端に落ちてしまって、餓死することにはなったけれど、彼が追い求めようとした純粋かつ求道的な生き方を全否定してしまったら、それこそ、青年を青年たらしめている何か、アメリカをアメリカたらしめている何かを失うことになるんじゃないの?

 愚考するに、著者はそういうことを言いたかったのではないかと。

 ま、それはともかく、マッカンドレス青年は、別に何か偉大なことをし遂げたわけではないですし、ただ、自身の性格と成行きから餓死という悲惨な死に方をした無名の人物なわけですが、そんな無名の人物であっても、じっくり見ていくと、その生涯には唯一無二のものすごいドラマがある。そしてそのドラマを知れば、やはり同じ人間として、感銘を受けざるを得ない。そういう種類の感銘を、私はこの本を読みながら感じていたのであります。




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Last updated  June 24, 2014 09:27:53 PM
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釈迦楽@ Re[3]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  ああ、やっぱり。同世代…
丘の子@ Re[2]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 釈迦楽さんへ そのはしくれです。きれいな…
釈迦楽@ Re[1]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  その見栄を張るところが…
丘の子@ Re:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 知らなくても、わからなくても、無理して…
釈迦楽 @ Re[1]:京都を満喫! でも京都は終わっていた・・・(09/07) ゆりんいたりあさんへ  え、白内障手術…

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