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2021年05月09日
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カテゴリ: 音楽


亭主は吉松隆氏の「調性で読み解く…」を読んで以来、そこで抜け落ちていた教会旋法の話が気になっていたこともあり、少しネット上で調べてみました。すると、教会旋法はビザンチンのオクトエコス(八調)を基盤として成立したとあり、しかも主要なグレゴリオ聖歌が作曲された後に入ってきたようです。(八調とは前述の4旋法に加え、それぞれについて4度下がった音を終止音とするヒポ〇〇旋法を加えた8旋法を指します。なお、教会旋法の導入目的は、これら8旋法に基づいて聖歌を分類・整理するためだったとも。)

ではラ(A)やド(C)を終止音に持つ旋法はどうなったかというと、スイス出身の音楽理論家ハインリッヒ・グラレアヌス(H. Glareanus、1488-1563)が1547年にバーゼルで出版した「ドデカコルドン」という著作でそれらの旋法があることを明示したことで、広く認知されるようになったとされているようです。(ここで追加されたのはラで始まるエオリア旋法、ドで始まるイオニア旋法、およびそれらの4度下のヒポ〇〇旋法で、これで都合12旋法となります。)

ちなみに、ピタゴラスなどに発する古代ギリシャの音楽理論はどうなったかというと、プトレマイオスが集大成したものが他のギリシャ文明の遺産共々アラブ・イスラム世界に伝承され、そこでさらに発展を遂げた後、中世〜ルネサンス期のヨーロッパに(ラテン語を通じて)伝わったようです。(ローマ帝国の衰亡〜古代世界の末期にボエティウスがまとめた 「音楽教程」 全5巻もギリシャの音楽理論をよく伝えているとか。)

というわけで、16世紀も半ばになってようやくこんにちの調性音楽の基になっているエオリア・イオニア旋法が登場するわけですが、バッハより前の音楽が教会12旋法に基づいていたとすると、それらを〇〇長調だの××短調と呼ぶのはおかしな話ということになります。鍵盤音楽でもフローベルガーやルイ・クープランの時代はそのような時代です。

ところが、例えば彼らの作品を録音したCDの曲目表示を眺めると、実際にはへ長調やニ短調という表示がされています。亭主もこれまでは全く意識していませんでしたが、こうなってくると妙に気になり始めました。

それはさておき、昨日テレビのチャンネルをサーフィンしていたところ、「偉人にチャレンジ」と銘打った番組に遭遇。しかも、表題の「アレグリのミゼレーレ」を1度聴いただけで譜面に起こしたという、かのモーツァルトの伝説を再現すべく現代の若者たちが挑戦するという趣向に、思わずのけ反りつつも終わりまで見てしまいました。

残念ながらいずれの挑戦者もモーツァルトのようには行かなかった(?)ようですが、彼らが書きつけた譜面には2つのフラットを持つト短調の調号が書かれており、前述のようなギモンを持っていた亭主の関心はむしろそちらの方に向いてしまいました。

作曲者のグレゴリオ・アレグリ(1582-1652)は17世紀前半に活躍した音楽家で、1629年からヴァチカンのシスティナ礼拝堂で歌手を務めていました。件のミゼレーレもその頃に創作されたと思われ、今でもア・カペラ教会音楽の中で最も有名な作品とされています。作曲年代を考えればト短調というのも何だか腑に落ちないので、その点について色々と検索で調べたものの、残念ながら答えになるような情報にたどり着けず。

一方で、この調べ物の途上で予想外の発見もありました。まず、この作品を飛び抜けて有名にしている「高音C」からの下降旋律についてです。この部分、曲の途中で唐突に始まり、まるで突然ハ短調(?)に転調したかのよう。思わず息を呑むような劇的な華麗さで、亭主も若い頃この曲を聴いて一発でやられました。が、実はこの部分、何とアレグリの原曲にはなかった、というのが事実のようです。(初めてシスティナ礼拝堂聖歌隊によって録音されたという原曲がYouTubeに落ちていましたのでリンクしておきます。)



では、そのような改変はいつ誰が行ったかというと、やはりシスティナ礼拝堂の歌手・指揮者だったトンマーゾ・バイ(ca.1650-1714)とされていますが、彼こそはあのドメニコ・スカルラッティの前任者です(世の中は狭い…)。

というわけで、亭主の中では今まで単なる「名前だけ」だったトンマーゾ・バイさんの株が大いに上昇しました。






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最終更新日  2026年05月11日 08時54分39秒
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Re:アレグリのミゼレーレはト短調?(05/09)  
エガル さん

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