老犬が側溝から助け出されたのは、一週間前のことでした。
あの日、夫は午後になって今度は車でその犬を預かってくれている農家に出かけていきました。バールを借りたお礼と犬用の缶詰やカリカリを持って―。
自分が中心になって犬の救助にかかわった以上、”あとは知らん振り”という気持ちにはなれないのです。
私にも、完全にはホッとできないものがありました。
農家の女性が、犬を預かってくださるときにおしゃったという
「動けるようになるまでなら...」という一言が気になります。
じゃ、ワンちゃんが動けるようになったら、どうなるのだろう、といろんな想像を
してしまうのです。
動けるようになったら、また放浪しなければならないのだろうか?
そうなったら、今度こそ野垂れ死にしてしまうのでは?
いや、その前に保健所に…?
このまま飼ってもらえれば、それほどありがたいことはありません。
夫は、「あの奥さんはほんとにやさしそうだから、それはダンナさんしだいだろうな」といいます。
ダンナさんが帰宅して、その老犬を見たら、果たしてなんて…?
「可哀想な犬だ、このままずっと面倒みてやろう」といってくださるだろうか?
それとも、怒り出して…?
夫の報告は、どちらでもありませんでした。
ダンナさんは、まだ戻ってはいなかったのです。
犬は広すぎる立派な犬小屋で寂しそうにポツンといました。
「すこし元気になったみたいだったよ」
老犬の本当の落ち着き場所を見届けるまで、毎日、タケル&ギルとの朝の散歩は、同じコースにするという夫。
私もそうしてほしいと思いました。
夫は、ほんとうに翌日の朝も2匹を連れて老犬に会いにいきました。
次の写真はそのときの一枚です。
元気になりつつはあっても、まだよく動けません。
ああ、冷たいだろうに、オシッコをしてもその場に…!
この日、私たちは暇さえあれば、老犬の話をしていました。
犬の救助に協力してくれた上に、その犬をともかく預かってくださった農家の女性。この人の老犬にむける眼差しはまこと温かいそうで、犬が動けるようになったからといって、簡単に追い出すような人でないことはわかります。
やはりダンナさんの出方が、老犬の運命を大きく左右するのでは…?
天気予報も気になります。
明後日あたりから、寒波がくるというのです。
できることなら我が家で飼ってやりたい。
でも、すでに犬2匹、猫6匹、それに兎も1羽いて、二人とももうこれ以上生きものは飼えないということがわかっています。
二人は心の中に、「もうだめ、飼うのは無理」という鉄棒をもった鬼を住まわせているのです。
ところが、夫がこんなことをいいだしました。
「タケルがやけにあの犬のことを気にするんだよな~」
主人が犬小屋に入って老犬のフンのしまつなどをしている間も、おとなしくしていて、さぁ、帰ろうといっても、なかなか動こうとしないで、じっと老犬のほうを見つめたままでいるというのです。ギルもタケルにならって、おとなしくしているそうです。
つまり夫は、これならその老犬をわが家へ連れてきても大丈夫といいたいのです。
実は私も、離れて心配しているくらいなら、いっそその老犬をうちに連れてきて最後まで面倒みてやったらどうだろうか、と思うようになっていたのでした。
ここまでくると、お互いの心の鬼を追い出すのは、簡単でした。
たちまち、その老犬を我が家に連れてくることに決定。
それにしても、犬はいくつくらいなのでしょう?
相当年をとっているようだし、そうは長くは生きられないかもしれない。
そのときがきたら、山で眠っているニコとサクラの近くに埋葬してやろう。
それまで、精一杯幸せに過ごさせてやろう。
私たちは、どのみち市内に動物保護センターができたら(目下、この話は進展していません)、そこでボランティアをするつもりでいたので、これもその一環と思えばいいのです。
「そうと決まれば早いほうがいい。明日にでも、動物病院で診てもらって、そのまま連れて来よう」と夫。
明くる日は、つまり老犬が側溝から助け出されて三日目。
夫は、まず老犬を預かってくださっている農家の方にこちらの決心をつたえてくるからと、タケルとギルを連れて、いつものように朝の公園をつっきっていきました。
彼らを見送りながら、どうか、ワンちゃんが無事待っていてくれますようにと祈らずにはいられません。
心配はいろいろに膨らみ、お会いしたこともない農家のご主人ですが、怒ってもう老犬をどこかにやってしまったのでは、とそんなことも思わないではないのでした。
驚いたことに、その私の心配がまるで現実となったような光景を夫が出かけた先で目の当たりしたのです。
足早のタケルとギルに引っ張られながら犬小屋に近づいて鳥肌がたちました。なんとモヌケノカラだったのです。食器もきれいに片付けられていました。
これは、ひょっとしたら…!?。
一足遅かったのかもしれない!?
ドキドキしながら農家の庭に回り込みましたが、やはり、老犬の姿はありません。
もしかしたら、家の中に入れてもらっているのでは!?
まさかあの汚れたワンちゃんが…!?
きっと、ダンナさんにうけいれてもらえなかったのだろう!?
息詰る思いで呼び鈴をおしました。
例の女性がとびきりのニコニコ顔であわてて出てきました。
もうそれだけで、夫から不吉な予感が消え、女性の次の言葉に胸が熱くなったそうです。
「あんた、一足違いだったがね~、。あの子、飼い主がみつかったんだよ~」
言いながら、彼女は声を詰まらせ、あわてていおうとして次の言葉がでてきません。
ようやく口をついて出てきたのは、なんとなんと、
「うちの人が、そこらじゅうに電話をかけまくってくれてさ、とうとうゆんべ遅くに…」
老犬の飼い主は、夫婦でやってきました。それは涙涙の対面だったそうです。
やがてその老犬は、温かい毛布にくるまれ大事そうに奥さんに抱かれて、車でいってしまったそうです。
夫の話を聞いている私の方も、顔を手で押さえずにはいられませんでした。
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