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実子が生まれると相続でもめるから、籍を入れない仮養子と言われた子どもの頃の、言動による威圧を思い出すと、辛い日が続くことがあります。東京に居所があった頃は、それを解消するための移動が可能で、事情を知っている方の家にお伺いすることもできました。 お互い後期高齢者になると、その様なことも出来なくなります。外国人旅行客の増大で、全国的に宿泊費がかなり値上がりして、予約が取れにくく、移動が事実上制限される時代になりました。
2026.09.07
子どもの頃の教えで、畳の縁と敷居を踏まないようにして暮らし、神社仏閣巡りでは、特に留意してきました。先日、大阪のホテルでユニットバスの手前と内側の極端とも言える段差で転倒したことを踏まえ、宿泊施設では、入室直後に、室内の段差を目視と体験で確認することにしました。危険性が排除できない場合は、敷居を踏み、出入りすることにしました。自宅では、廊下に大きなガラス戸が並んでいるので、敷居と畳の縁を踏まないようにしてゆっくり歩くことにしています。洗濯物を干す際に、東側、南側の段差の多い廊下を、衣類を伸ばしながら歩いていたのを止め、台所と茶の間を通り、廊下に干す直前に乾きやすくしてから、学生時代から使っている長方形のハンガーなどにつるしています。今回の反省を踏まえ、時間に余裕をもって行動することを心掛けています。
2026.09.07
紛争、戦争は、社会的インフラ、資産の破壊、人命の損失、多くの障害者、新たな差別を生み出しています。兵器使用によって、化学物質、二酸化炭素、金属廃棄物が大量に出て、地球温暖化を早め、生態系のバランスを崩しています。 海の生態系に変化をもたらし、昆虫、鳥の飛来が減り、それに加え大雨で、受粉出来ないで枯れる花が多いことが、食料危機につながることを実感しています。氷河の崩壊が世界各地で続き、海面上昇、土石流により、生活空間と多くの人命が失われていることを重く受け止め、国連の平和維持機能が有効になるようにするための活動が必要不可欠です。
2026.09.06
8月14日午前、遅めの朝食を準備している時、窓の外で動く大きめの昆虫が目に入ったので、注視していると、オオクマバチが飛んでいました。何故か、台所上の屋根などの雨水を地上に戻す縦樋の付け根の周りを巡っていました。 この時期に巣作りする可能性は無いですが、念のため、蚊取り線香を短くした6本に点火して、ガラスウールの台にのせ、風呂場の窓から煙を出し、人間の生活場なのをお知らせし、ご遠慮願いました。季節外れの巣が出来て、駆除剤を使用するのを避けるための方策です。
2026.09.06
近隣諸国との経済格差を無くす努力が、紛争、戦争の抑止につながるとの考え方を思い出しています。スペインの首都マドリードで、当時のゴンザレス首相との単独会見に陪席した際に、中米の紛争終結に関する説明を受けている時に聴いた話です。 日本も、世界各地で、無償と有償の政府開発援助を続けています。地域の経済格差を無くす努力を継続することで、紛争の小規模化、解決に向けた希望が見えてくることが、平和への道筋になると思います。その為には、国内で暮らす人々の極端な経済格差の解消へ向けた努力と、環境と人々の暮らしを尊重する中での、緩やかな経済成長が必要です。難民への食糧支援も考慮しながら、荒れた農地を再び耕し、食料自給率を上げる努力も必要です。 参照:ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース2024年ODA実績は7.1%減、ウクライナやアフリカ向け減少、2025年も減少予測、OECD(アフリカ、中東、欧州、米国、日本、ウクライナ)調査部中東アフリカ課2025年05月02日OECDが4月16日に発表した政府開発援助(ODA)実績に関するプレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、OECD開発援助委員会(DAC、注)メンバーの2024年の援助合計額(暫定値)は前年比7.1%減の2,121億ドルとなった。2023年は、ウクライナへの支援増加もあり過去最高額で、5年連続の増加だった(2024年4月23日記事参照)。2024年は、各国から国際機関への拠出額の減少、ウクライナへの援助の減少、難民受け入れの支出の減少などにより6年ぶりに減少に転じたという。 OECDがDAC加盟国を対象に実施した調査に基づくシミュレーションによると、2025年はODAが9~17%減少するとの予測もある。 支援先をみると、ウクライナ向けのODAは前年比16.7%減の155億ドル(ODA合計のシェア7.4%)だった。また、アフリカ向けのODAは1.0%減の420億ドルで、このうちサブサハラ・アフリカは2.0%減の360億ドルとなった。 拠出は米国が最多、日本4位2024年の拠出国のODA実績(暫定値)では、引き続き米国(633億ドル)がシェア30%で首位、ドイツ(324億ドル)、英国(180億ドル)、日本(168億ドル)、フランス(154億ドル)の順だった。日本の外務省によると、日本のODAは円ベースでは前年比7.8%減、ドルベースでは同14.4%減となった。 OECDの報告書によると、OECDでDAC非加盟のトルコが74億ドル、イスラエルが3億2,400万ドルのODAを拠出した。また、OECD非加盟でDACの参加国(Participantステータス)では、アラブ首長国連邦(UAE)が16億ドル、クウェートが10億ドル、カタールが6億5,600万ドルとなり、中東諸国でもODAを拠出する国もある。 国内総所得(GNI)比で0.7%のODA拠出という国連目標を上回った国は、デンマーク、ルクセンブルク、ノルウェー、スウェーデンの4カ国だったという。 なお、米国は米国国際開発庁(USAID)など対外援助プログラムの実施を一時停止しており、世界銀行によると、米国の援助停止が⻑期化した場合、アフリカ諸国などHIV/AIDSやマラリアの発⽣率が高い国、国内避難⺠の多い国では⼤きな影響を受けるという(2025年1月28日記事、4月25日記事参照)。 (注)DACは、OECD加盟国(38カ国)中の31カ国にEUを加えた32メンバーが加盟。日本もOECD加盟に先立ち1964年に加盟した。 (井澤壌士) (アフリカ、中東、欧州、米国、日本、ウクライナ) ビジネス短信 c9af921f4a38904e
2026.09.05
8月13日、ヤカンに入れた水をガスコンロで沸かし、お供え用のお茶を用意している時、薬缶の蓋が裏返り、蒸気が、右腕の付け根を直撃し、その熱さに驚きました。直ぐに水道水を流しながら冷やしましたが、翌朝、手を洗う時、赤く腫れていて、水が当たると痛みを感じました。
2026.09.05
戦前戦中に生まれた人、戦後の疲弊した時期に生まれた人が、減り続け、戦争の影響で人生の進路に影響を受けた世代が、後期高齢者になっています。戦後80年の夏は、自然災害が多発し、戦時下と戦後の混乱期の国土の疲弊が影響していることも考えなければなりません。 戦争で、多くの自然が失われ、それを元に戻す計画の中で、自然の摂理を活かした形で行われなかったことの影響が続いています。戦争への道を歩まないために、日々の生活への影響を考えて、語り継がなければなりません。
2026.09.04
8月13日夜、千葉県での被害映像を見て、翌朝、リュックサックに入れている防災用品の点検をしました。自動車の窓を割る緊急脱出用ハンマーとシートベルトカッターのセットを、取り出しやすいところに入替ました。それは、大阪の親友から頂戴して以来、必ず携行していて、発売当初の物ですが、現在も殆ど同型です。大きめのハンドバックであれば、女性も手持ち出来ます。その良き友とは、来年1月で交友50年になるので、ラインで、感謝の言葉を送信したところ、「非常用装備が、未使用であり続けることを祈念しています。」との心温まる返信がありました。防災の観点から、列車で長距離移動する際は、キャリーバックを事前に別送し、飲酒をしないことが基本です。
2026.09.04
9月1日火曜日、ホテルで塩トマト蒸しパン二個とミネラルウオーターで昼食を済ませて、東京国立博物館に向かいました。入場券購入の行列、入場前の50分弱の行列後に、「特別展 空海と真言の名宝」を2時間30分程、鑑賞しました。この日も、高校時代に古文を勉強する時間が極めて少なかったことを猛省しました。以前は、特別展で外国籍の方が多いのを身近に感じられたのですが、日本語を話す人が大半でした。明らかに一神教の信者と分かる方がおられなかったので、偶像崇拝と戦争にについて考えました。紛争や戦争で、人類の遺産とも言われていた歴史的文化財の多くが失われたことを思い出しました。それは、日本でも空襲で川崎大師が灰燼に帰し、木造でない大きな境内建物で布教が行われていることが、脳裏に浮かびました。特別展の展示を拝見して、これだけの文化をインド、中国を経て、日本人の生活に深くかかわるようにして来られた先人の智慧に畏敬の念を覚えました。その様な、歴史、宗教、文化に造詣の深い人々の言論を弾圧して、戦争への道を歩んだ歴史の真実の解明には、明治維新の武功者が優遇され、閨閥を現在まで活用し続けていることに対する批判的精神も欠かせないと考えています。山口県出身の、職場の先輩がおられた時に出た話を思い出しながら書きました。
2026.09.03
9月1日火曜日、ホテルで塩トマト蒸しパン二個とミネラルウオーターで昼食を済ませて、東京国立博物館に向かいました。入場券購入の行列、入場前の50分弱の行列後に、「特別展 空海と真言の名宝」を2時間30分程、鑑賞しました。この日も、高校時代に古文を勉強する時間が極めて少なかったことを猛省しました。以前は、特別展で外国籍の方が多いのを身近に感じられたのですが、日本語を話す人が大半でした。明らかに一神教の信者と分かる方がおられなかったので、偶像崇拝と戦争にについて考えました。紛争や戦争で、人類の遺産とも言われていた歴史的文化財の多くが失われたことを思い出しました。それは、日本でも空襲で川崎大師が灰燼に帰し、木造でない大きな境内建物で布教が行われていることが、脳裏に浮かびました。特別展の展示を拝見して、これだけの文化をインド、中国を経て、日本人の生活に深くかかわるようにして来られた先人の智慧に畏敬の念を覚えました。その様な、歴史、宗教、文化に造詣の深い人々の言論を弾圧して、戦争への道を歩んだ歴史の真実の解明には、明治維新の武功者が優遇され、閨閥を現在まで活用し続けていることに対する批判的精神も欠かせないと考えています。山口県出身の、職場の先輩がおられた時に出た話を思い出しながら書きました。
2026.09.03
共同住宅管理の関係で、井戸の整備とミネラルウオーターの備蓄をしています。尿検査における㏗が、7.0から下がったことを考慮して、アルカリ性ミネラルウオーターを購入しています。 自然の恵みのお陰で、尿酸値は、驚くほど下がり、尿管結石の痛みは出なくなりました。麺類を茹でる時は、水道水にして、調理には、ポット型の浄水器で沪過した水にしています。2025年までは、浄水を沸かしたお湯で麦茶類を作っていましたが、2026年の夏からは、時間の節約とエネルギー消費を考慮して、ミネラルウオーターで水出しにしています。水出し後のティーバッグで、油物を入れた食器類を擦りながら洗うと綺麗になるのが分かり活用しています。大分擦っても、袋が破れないので、生ごみと一緒に畠の肥料にし、油分を除去できる化学反応を知りたいと思っています。飲酒関連費用を大幅縮減し、健康に留意し、医療関連費増を抑制する努力中です。
2026.09.03
昨年までは、戦友会、遺族会の解散に関する報道が多かったように記憶しています。終戦80年の今年の夏は、各地の戦争の記憶と記録保存の報道が多くなっているように感じています。 各地の神社仏閣巡りを続けていると、戦没者慰霊碑、空襲で亡くなられた人々の慰霊碑があります。その修復維持が厳しいところが増えているようですが、宗教施設内にある慰霊碑の管理に、国と自治体が関与できない問題点の議論も必要だと思います。
2026.09.02
10年以上前に、世田谷区奥沢の居所を出て、生ごみを集積所に運んでいる時、カラスが近寄って来たので、手で払ったら、その後何度も低空飛行で脅かされました。カラスが子育てしているのを知らずに、世田谷区の等々力通りを歩いている時、左耳下を強く突かれてから、通行路を変更しました。それから数年して、目黒区自由が丘駅前商店街の電線に止まっていたカラスの脱糞が、禿げ頭を直撃しました。それ以来、リュックサックにタオルを入れて、頭上を確認しながら歩いています。多賀城のカラスは、人が歩くと逃げていくのですが、油断はできません。8月初めに、隣の二階建ての屋根上のテレビアンテナにカラスの雛が止まっていて、間もなく、親鳥がアンテナの上の段に番で飛来しました。 子育て中のカラスは、襲撃してくることがあるので要注意です。小鳥たちには、いても良いよと声を掛けますが、カラスの側は、無言で通り過ぎます。
2026.09.02
昨年まで、共同住宅通路灯周囲と家屋周囲の通路に多かった蜘蛛の巣が無くなり、小鳥が気付きにくい通路天井の四隅、植木の表面で、小さな虫を捕食しているのが目立つようになりました。北側玄関や、南側廊下天井の隙間から、室内に入ってくる昆虫もいます。 夜になると光を求めて、扉の開け閉めの際に移動する蚊もおり、8月3日早朝に刺され痒くて目覚めました。8月8日の午後、熱暑でガラス戸にへばりついて、動かないものの、明らかに体が鼓動している蜂に似た虫がいました。二つのガラス戸と網戸を交互に動かし、ガラスをたたきながら、カーテンを束ねてある柱のところから、室外に逃がすのに時間がかかりました。生き物たちの空中通路を整備し、小鳥が巣作りしやすい庭にしたところ、通路と小鳥の留まりやすい場所の周辺から蜘蛛が撤退したようです。大震災・大津波後の生態系変化は、それ以外の人為的用件もあるとの学説に接し、検証中です。これは大事な問題なので、生物に詳しい方々の情報提供をお待ちしています。
2026.09.01
昨年まで、共同住宅通路灯周囲と家屋周囲の通路に多かった蜘蛛の巣が無くなり、小鳥が気付きにくい通路天井の四隅、植木の表面で、小さな虫を捕食しているのが目立つようになりました。北側玄関や、南側廊下天井の隙間から、室内に入ってくる昆虫もいます。 夜になると光を求めて、扉の開け閉めの際に移動する蚊もおり、8月3日早朝に刺され痒くて目覚めました。8月8日の午後、熱暑でガラス戸にへばりついて、動かないものの、明らかに体が鼓動している蜂に似た虫がいました。二つのガラス戸と網戸を交互に動かし、ガラスをたたきながら、カーテンを束ねてある柱のところから、室外に逃がすのに時間がかかりました。生き物たちの空中通路を整備し、小鳥が巣作りしやすい庭にしたところ、通路と小鳥の留まりやすい場所の周辺から蜘蛛が撤退したようです。大震災・大津波後の生態系変化は、それ以外の人為的用件もあるとの学説に接し、検証中です。これは大事な問題なので、生物に詳しい方々の情報提供をお待ちしています。
2026.09.01
28歳で、仕事の関係で、関西に滞在する日が増え、深夜まで移動する日がありました。同僚の運転する車で移動すると、寺院内、集落内、田んぼの中の墓地にライトが当たりぞっとすることがありました。 星の印が有り、石塔の先端部分が尖っているものが多く、同僚の話では、戦没者の方のお墓とのことでした。宗教協力による平和推進活動をしておられる宗教者にお聴きしたところ、神道のお墓に多く見られる特徴で、天皇家が皇室神道で、戦争関係で亡くなられた方々は、天皇に奉公したからとのことです。 亡くなられた方個人と家族の宗教と墓石については、詳しく知りたく、今後の課題として取り組みます。
2026.09.01
筆者の財産は、書籍だけなので、東京の居所での書籍特約保険額を、多賀城に定住後、自宅で契約の保険に追加しました。その分の地震保険契約増額と、個人損害賠償保険付帯の手続きを終えました。 従来の、クレジットカード付帯の損害保険の三倍の金額です。様々な損害賠償訴訟があることから納得して二重契約にしています。
2026.08.31
かつて、大阪に出張中にテレビの報道で知った軍用墓地の現状について検索したところ、公的ホームページで確認できました。 参照:大阪市ホームページ旧真田山陸軍墓地2025年11月21日ページ番号:449215(写真略) 大阪市に所在する日本で最初に設置された軍用墓地の旧真田山陸軍墓地について紹介します。 旧真田山陸軍墓地について 旧真田山陸軍墓地は、明治4年(1871年)に日本で最初に設置された軍用墓地です。 陸軍創設期に亡くなられた兵士をはじめ、西南戦争や日清・日露戦争、第1次世界大戦、第2次世界大戦における軍人・軍関係者の戦死者、病死者など、日本国民の生命・財産を守り、その使命を果たすために殉じた方が埋葬されております。 旧真田山陸軍墓地には、5,000を超える墓石、8,000を超える方が眠る納骨堂などがあり、全国でも最大規模の軍用墓地になります。 所在地(地図略)【最寄駅】・Osaka Metro(長堀鶴見緑地線)「玉造駅」から 南西 に徒歩約5分・JR (大阪環状線)「玉造駅」から 西 に 徒歩約5分 本市における維持管理 昭和21年(1946年)6月、大蔵次官・内務次官通知「旧軍用墓地の処理に関する件」により「旧軍用墓地は都道府県又は地元市町村に無償貸付するものとする」「維持管理、祭祀は地方の実情に応じ市町村、宗教団体、遺族会等において行うものとする」とされたことから、本市は国と国有財産無償貸付契約を締結し、昭和21年8月から本市が善良な管理者の注意義務をもって当墓地の除草・清掃・緊急修繕などの維持管理を行っております。 管理・維持保全に関する要望書について 大阪市では、平成30年11月8日(木曜日)に大阪市長が内閣官房を訪問し、旧真田山陸軍墓地の管理・維持保全について、内閣官房長官に要望書を提出しております。要望書 要望書(PDF形式, 193.89KB)(中略)公益財団法人 真田山陸軍墓地維持会の活動について 昭和22年(1947年)には、当墓地の維持管理や祭祀などを実施するための団体が設立され、現在では、「公益財団法人 真田山陸軍墓地維持会別ウィンドウで開く」として、本市と「旧真田山陸軍墓地に関する確認書」を交わし、除草・清掃等の環境維持活動をはじめ、崩壊の危機に直面している墓碑の修復事業や当墓地見学者などに対する案内・普及・啓発活動も行うなど、次の世代に引き継ぐための活動を行っており、当墓地の維持管理に多大な協力をいただいております。 関連リンク公益財団法人 真田山陸軍墓地維持会別ウィンドウで開く清掃等の日常管理および祭祀(慰霊祭)を行われている「公益財団法人 真田山陸軍墓地維持会」のホームページになります。 (後略)
2026.08.31
筆者は、旅先で、その地域の歴史と自然に関する情報を得る為に、ローカルニュースを視聴しています。8月の旅では、戦争関連の内容が多く、全国に放送されればと思う内容がありました。 年末年始対応の番組編成で多忙な時期に、再放送が増えるのですが、既存の全国各地の映像を活用して、戦争関連情報を、国民全体で共有できるようにして頂けないかと思っています。各系列各社が、協力して、全国の戦争関連特集番組を12月に報道することで、消え始めている戦争関連の文物、日記、記憶をデジタルデータとして残すことが出来ます。 生まれ故郷、勉学の場、仕事で住んだことがある地域の歴史を知ることから、平和産業で、経済発展を続けられる国造りへの叡智を結集できるのではないでしょうか。
2026.08.30
公的図書館でも、記述の一部を切り取られた書籍等があるので、長年交友が続いている方々への公開に限定しています。公的に出版されていて、切り取られる恐れの無い資料は、拙宅内での公開に留めて、必要部分を、公的図書館で、著作権法の範囲内で複写する方法をお伝えします。
2026.08.30
1942年(昭和17年)、当時の多賀城村に、多賀城海軍工廠が設置され、村内で空襲を受けたのは、その地域だけだったと言われています。多賀城海軍工廠の歴史に詳しい方々の話によれば、連合国軍が進駐して来る前に、機密処理などが行われたそうです。多賀城海軍工廠で製造に使用していた機械類などは、宮城県沖の日本海溝に海中投棄されたそうです。戦後処理を乗り越え、東日本大震災による大津波を免れた工場に残っていた旋盤は、その後、廃棄処分されたそうです。
2026.08.29
ネルソンマンデラさんとの記念写真を元養子先に預けていたところ、意図的に処分されたので、貴重な写真は、デジタル保存しています。 湿気と酸化で大分傷んだのもありますが、貴重な写真は、歴史の証拠としてデジタル保存したいと思っています。
2026.08.29
旧職時代から、様々な報道番組を録画していましたが、深夜までの仕事、土日、祝日勤務で、再生できずに保存しているVHS映像が、一間幅の押入れに満杯になっています。 ゴミに出して、報道機関に迷惑をかけてはと思い、専門家に相談したく、判断を先送りしています。 ブルーレイディスクに保存している録画は、途中から録画番組一覧表を作成して、保存版のデータから再生できるようにしています。偶に、歴史、宗教関係の確認資料として活用しています。
2026.08.28
気候変動で、参加者の健康被害を避けるために、平和祈願式典などが、涼しくなってから行う団体もあります。8月15日に行われた平和祈願法要に関する仏教タイムス記事を参照引用します。 参照:仏教タイムス2026/8/27日蓮宗 68回目の千鳥ヶ淵法要若い世代へ記憶伝える法華経が説く共生世界の実現を祈念 日蓮宗(光岡潮慶宗務総長)は15日午前9時から、東京都千代田区の国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑で第68回「千鳥ヶ淵戦没者追善供養並世界立正平和祈願法要」を厳修した。檀信徒約100人が参列して焼香。一般参列者のために設えた祭壇にも、途切れることなく献花の列が続いた。団扇太鼓で荘厳された「南無妙法蓮華経」の唱声と蝉の声が和す中、戦没者が経験した苦難を銘記し、平和への願いを新たにした。 光岡総長を大導師、東京四管区宗務所長を副導師に、総勢35人が出仕。墓苑の前屋から六角堂へと進列し、海外各地で落命した身元不明の戦没者ら37万1167柱の遺骨が納められている中央の陶棺を囲んで着座した。 正面に奉祀した「大曼荼羅御本尊」に向かって、光岡総長が墓苑の精霊と全戦没者諸霊の追善菩提を祈念。導師表白では、仏教の平和理念と日蓮聖人の教えの根本を繙き、立正安国・共生世界の実現を誓った。修法師らが堂内を散華しながら行道。さらに争いの種となる悪因縁を断ち切る木剣を勇ましく打ち鳴らして加持し、力強い題目で平和を祈願した。 光岡総長は法要後、独善的な正義と正義がぶつかって起こされる戦争の愚かさを指摘。同宗の行動理念「いのちに合掌」に触れ、「全てのいのちが支え合い、平和を分かち合いながら生きるために、それぞれの立場で行動を」と呼びかけた。 挨拶に立った(公財)千鳥ヶ淵戦没者墓苑奉仕会の保松秀次郎理事長は、長年にわたる法要継続に感謝した上で、「全ての戦没者の尊い犠牲があって、今の日本がある。私たちにはそれを若い世代へと伝える責務がある」と強調。「ここ数年、毎年参列している」と話す高齢の女性も、「絶対に戦争の記憶の継承を途絶えさせてはいけない」と語った。 法要には、同宗有縁の国会議員(法華一乗会)の姿もあった。世界立正平和運動を推進する同宗は、同墓苑が建てられた昭和34年(1959)から戦没者追善供養法要を営んでいる。 毎年、日本山妙法寺の僧侶も参列し、法要後に慰霊平和行脚を実施。今年は十数人が参加し、墓苑から四ツ谷駅まで横断幕を掲げながら歩いた。
2026.08.28
終戦処理で、様々な文書の焼却が行われ、歴史の検証が難しくなりました。土中に埋められた化学兵器の処理は、現在も続いています。参照:内閣府ホームページ内閣府ホーム 内閣府の政策 遺棄化学兵器処理担当室 事業の経緯遺棄化学兵器処理事業の経緯遺棄化学兵器処理事業の概要中国遺棄化学兵器問題とは、旧日本軍が先の大戦終了時までに中国に遺棄した化学兵器の処理に関わる問題であり、平成2(1990)年に中国よりその解決を日本国政府に対して要請してきたことに端を発する。我が国が平成7(1995)年9月15日に、また、中国が平成9(1997)年4月25日に、各々化学兵器禁止条約を批准し、同年4月29日に 同条約が発効したことから、我が国は、同条約に基づき遺棄締約国として中国における遺棄化学兵器の廃棄を行い、中国は領域締約国として廃棄に対し適切な協力を行うこととなった。平成11(1999)年7月30日、日中両政府で「中国における日本の遺棄化学兵器の廃棄に関する覚書」に署名した。平成12(2000)年9月黒竜江省北安市において、第1回発掘・回収事業を実施して以降、これまでに中国各地から約15.4万発(令和6(2024)年度末現在)の遺棄化学兵器を発掘・回収し、保管している。一方、多数の砲弾が埋設されていると推定される吉林省敦化市ハルバ嶺のほか、まだ各地に化学兵器が残っていると見られる。(注)遺棄化学兵器廃棄処理事業の処理対象は、旧日本軍の化学兵器のみ。(外国の兵器、旧軍の通常兵器は対象外。)具体的には、中国政府の通報を受け、外務省が現地調査を実施。当該調査の結果、旧日本軍の遺棄化学兵器であることを確認した場合、当室において発掘・回収を実施する。なお、発掘・回収の過程で出てきた対象外のものは中国側に引き渡しを行っている。平成22(2010)年10月、江蘇省南京市において、移動式処理設備による遺棄化学兵器の廃棄を開始した。平成24(2012)年6月、約3.6万発を廃棄し、南京市での事業を終了した。平成24(2012)年11月、ハルバ嶺における発掘・回収を開始し、同年12月、河北省石家荘市において移動式処理設備による遺棄化学兵器の廃棄を開始した。平成29(2017)年1月、2,567発を廃棄し、石家荘市での事業を終了した。平成26(2014)年12月、ハルバ嶺において廃棄処理を開始した。また、同年同月、湖北省武漢市において南京から移設した移動式処理設備により遺棄化学兵器の廃棄を開始し、平成27(2015)年7月、264発を廃棄し、武漢市での事業を終了した。令和元(2019)年5月、黒竜江省ハルビン市において移動式処理設備による遺棄化学兵器の廃棄を開始した。これまでに南京、石家荘、武漢、ハルバ嶺で廃棄したものを含め約11.8万発を廃棄済(令和6(2024)年度末までの累計)。(以下は内閣府ホームページをご参照ください)
2026.08.27
ある一神教の信者さんたちを、大阪、京都を案内している時に、四天王寺で頂戴したのは、お守りだと記憶していました。資料整理中に、書類を入れた封筒から、ピカピカの綺麗な五円玉がついたキーホルダーが出てきたので、御仏の前に置いています。キーホルダーとして販売しているのか、お守りとして有価で渡しているのか確認したく、四天王寺に参拝に行かなければと思っています。
2026.08.27
仙台白松の栗羊羹は、学生時代から賞味期限が1年半と長いので、非常食として保存していました。就職してからも同様にしていましたが、退職後には、購入する余裕が無くなりました。 海外出張の際には、何が起きるのか分からないので、個人的なお土産用と、非常食として持参していました。コロナ過後から、京都や大阪へのお土産として持参していますが、個人用としては大きすぎるので購入していません。
2026.08.26
戦後の混乱期に、没収されたヤミ米がどのように流通していたのかの統計は無いようです。米価に関する報道に接するたびに、子どもの頃に聞いた不正の連続を思い出します。 来年の夏に向けて、テレビ局が、ヤミ米流通の実態と庶民の暮らしについて、事実を覆い隠さないドキュメンタリードラマを制作されることを期待しています。
2026.08.26
93歳の東北にルーツがある大阪市在住の元新聞記者とは、旧職の関係で知り合い、戦中、戦後の経験談を、何度も聴きました。学生時代に、ヤミ米などを運んでいる際に、列車内で取り締まりが行われ、多くの人々が、警察に没収される中で、下宿先での自食用として認められたとのことです。ヤミ米を自食用として、家族の為に、何度も運んだそうです。今日、その方に電話をしたところ、自宅廊下に手すりを設置する工事の立会い中でした。戦中、戦後の混乱の語り部が激減する中で、長生きして語り続けられることを願っています。
2026.08.25
9月下旬に、3DK(木造二階建ての一階)と1K(木造二階建ての二階)が、空室予定です。詳細は、点検整備後に公表します。 仙台平野の元ミニイグネ旧眞山荘管理人 佐藤芳博 携帯電話 ライン プラスメール 090-3330-5237
2026.08.25
書籍と資料を整理していると封筒の宛名書きや差出人名から、様々なことを思い出します。多くの方々との出会いに感謝しながら資料の整理をしました。 半世紀ほど前の資料で、名前を思い出せない方からの便りは、後刻確認するように残しました。
2026.08.25
筆者は、子どもの頃、両親と兄と別れて暮らした期間に起きた様々な出来事を思い出し、78歳になった現在でも、涙が出てくることがあります。地球上の様々な国、地域での、戦争、紛争で、毎日恐怖の中で暮らし、満足な食事もできずに命をつなぐのに必死の努力をせざるを得ない子どもたちが数えきれない程いることを瞬時も忘れてはならないです。
2026.08.24
国立国会図書館と文化庁宗務課の資料は、ホームページで検索できて、保存、印刷が可能です。 しかし、様々な資料の原本のページをめくりながら、年度別に比較して、必要な部分だけを引用保存したいので、それらの資料原本は、順次に時系列整理を行う予定です。
2026.08.24
10年ほど前に、同世代と話をしている時、戦時国際法を全くご存じない方がおられました。その時、義務教育、高校教育の現場、入学試験でも、議論のある戦争関連の教育を避けがちだった教育行政の結果なのかと思いました。 高校時代に、理科系なのに、日本史と政治経済の時間は、興味深く、精神を集中して授業を受けていました。そのことが、就職後に、更に学ばなければとの想いを深め、一番勉強したのは、政治の裏方をしていた時代でした。 昨今の国際報道に接し、戦時交際法を無視した非人道的な、武力紛争、戦争が、60か所以上で続いていることに驚き、心を痛めています。各国で、戦争の悲惨さと、その歴史的経緯を踏まえて締結された戦時国際法に関する教育時間を、確保しなければならない多国間条約が必要ではないかと思う日々です。
2026.08.23
手帳、名刺、貴重な名簿、感謝の気持ちを脳裏に刻んでおかなければならない年賀状は、保冷効果のある厚めの段ボールに入れて、書棚の下段で保存しています。必要に応じて、確認資料とするとともに、時間に余裕が出来たら、感謝の言葉を添えながら目を通したいと思っています。
2026.08.23
旧職時代に、宗教協力による世界平和にむけた諸活動に参加してきました。仏教タイムスの過去記事から、関連記事を紹介します。 参照:仏教タイムスホームページ2332026/8/10比叡山宗教サミット39周年対立と分断 宗教間対話で架橋 平和の鐘の音が響く中、諸宗教者が黙祷を捧げた 超宗教で世界の恒久平和を祈る比叡山宗教サミット39周年・第40回「世界平和祈りの集い」が4日、滋賀県大津市の天台宗総本山比叡山延暦寺で開催された。比叡山上に参集した諸宗教者ら約450人が、山内に鳴り響く平和の鐘の音に乗せて「日本仏教の母山」から世界中に祈りを発信。軍事行動を伴う大国の自国第一主義が平和的共存を謳う国際秩序を破壊している現状を再確認し、来年の40周年記念大会に向けて、世界に蔓延する対立・分断を諸宗教間対話で架橋すると誓った。 一隅を照らす会館前「祈りの広場」で、「平和の祈り」。次代を担う若手宗教者を代表して仏教の河原浩紀氏(浄土宗)とキリスト教の久保彩奈氏(日本キリスト教団)がステージに登壇し、「平和のために祈ることは、平和のために働くこと、そして平和のために苦しむことですらある」とする比叡山メッセージの全文を交互に読み上げた。 藤光賢天台座主「御名代」の堀澤祖門次席探題をはじめ、仏教・神道・キリスト教・イスラム教などの各教宗派・団体の代表9氏がステージに登壇。午後3時半、文殊楼横鐘楼の「世界平和の鐘」を天台仏教青年連盟の代表3氏が打ち鳴らし、参加者全員が起立して黙祷を捧げた。 堀澤次席探題が主催者代表挨拶で、藤座主のメッセージを代読。「私ども宗教者は、対話による相互理解を深め、共に祈りを捧げつつ、世界平和を希求し続けねばならない」と説いた。(続きは紙面でご覧ください)
2026.08.22
長年、東京と多賀城の二重暮らしをしていたので、分別の違いに留意してきました。多賀城に定住してからも、出したごみが確実に収集されたか確認するようにしています。迷った時は、市役所が配布している『各年度版ごみ収集カレンダー』の「ごみを出す際の注意事項」で確認して、外から見えるようにして、金属製の集積所に出しています。ビン類、缶類は、集積所脇のプラスチックのケースに書いてある種類別に分けて、出しています。電気製品などの、判別しにくい製品を出す際には、市役所に電話で確認しています。インクカートリッジ、小型家電などは、市役所の回収ボックスに持参しています。収集許可業者さんに直接電話して回収して頂くこともあります。
2026.08.22
戦前、戦中に、一生懸命に働き、戦争が終われば、領土が増えて、土地が安くなるとの宣伝を信じた国民が一定数いたようです。筆者の両親は、家を二軒購入できる程度の貯金があり、川に挟まれた借家を購入する計画をしていたことを、兄から聴いたことがあります。夏に日本脳炎が流行する前に、学校で、自己負担で希望者に予防接種をしていました。母は、お金を用意できないので、勉強しなくても良いから、疲れないようにすることを優先するように話してくれました。生きていれば良いことがあるからと言い続けた母の平和への想いと、倒産企業の労働債権優先の活動を続けていた父が、80歳を超えて入院する半年ほど前に、筆者と二人だけになった時に、預金通帳と遺族年金受給額を明示して、これだけ残すから、母の面倒を見てくれと話してくれました。 戦争に翻弄された両親の、人生を思い出し、今日も絶対非戦の誓いを新たにしています。
2026.08.21
7月31日、プロパンガス発電機の外回り点検後に、最寄りの営業拠点に電話したところ懇切丁寧に教えて頂きました。製造会社のホームページで確認したところ、現在も発売中で、カタログと説明書をダウンロードできました。エンジンオイルを購入する際に必要な容器と廃液入れを購入し、最寄りのガソリンスタンドでエンジンオイルを購入しなければなりません。エンジンオイル購入時に、廃液を有料で回収して頂けるかの相談もしなければなりません。発電機の購入先、建築会社、建築基準法等に詳しい居住者の方々と相談し、日程調整をして、毎年1回の試験運転をしなければと思っています。まず、歩いて行ける最寄りのガソリンスタンドを探さなければなりません。
2026.08.21
東日本大震災以降、防寒対策については、電源が無くても何とかしのげる方法を工夫してきました。旧眞山荘で、夏場に冷たいのは、地下水由来の水道水と井戸水だけです。 水道水が止まり、電源が確保できない時に、井戸水を汲み上げるホースは、別に準備してあります。今、防災用必携器材として探しているのは、井戸水を汲み上げる交流電源以外のポンプです。出来れば手動式が良いのですが、乾電池式でも良いですので、ご存じの方は、ご教示ください。最悪の場合は、金属製バケツに水に浮くロープをつけて、汲み上げる準備をしていますが、猛暑の日は、きつい作業になり効用が激減します。
2026.08.20
絶対非戦への流れを強めるために必要不可欠な、外交防衛、宗教、税制、政治、政治家に関連する資料の整理は、8月19日で一段落しました。多賀城と東京の二重暮らしを始めた頃の他の分野の資料、日本レンゲの会関係資料、中学、高校同窓会関係資料は、9月になって涼しくなったら詳細分類し、絶対非戦の発信を続けておられる、先輩諸兄、友人知己の発言記録を抜き出さなければなりません。 二台のプラスチック製引出付き収納ケース車輪付きの中にある資料は、殆どが、最新版があるものなので、挟んである資料を確認の上、整理出来そうです。そのケースを再活用して、平和・人権・環境に関する発言、発信が多い宗教団体の資料を、税制を含めた項目別に分類整理して、今後の発信への時間短縮に活用します。
2026.08.20
2026年08月17日 午後11:30 〜 午後11:40に、NHK総合で放送された『時論公論 戦後81年 身近な戦争資料をどう残すか』は、NHK ONEで視聴できます。『「時論公論」ニュース一覧』から、詳細内容を読めるようになりました。
2026.08.19
平屋西側 天水桶 はしご兼用脚立 特大・大・中・小各1脚平屋北東の壁 大型消火器2台共同住宅各階に1台平屋北側 井戸 電動汲み上げポンプ平屋北東の物置 井戸水汲み上げ用バケツ3(水に浮くロープ付)//プロパンガス発電機// 延長コード付き防水タップ4//テーブルタップ1//だるまストーブ1//火鉢大1//七輪1//炭(茶道用 火がはねない炭)//木材//ブルーシート 大・中・小各2枚 大(古いの)3枚//踏み台2//ステップチェア二段式1//水運び用バケツ多数//二トン油圧ジャッキ//他に様々な工具・用具有平屋内 太陽光発電機、充電器各1台//火鉢中1・小1//炭(同前)//火起し器1//火消壺2//停電でも使用できる旧型電話機1台//据置型ガスコンロ1台//折りたたみ長テーブル3//折りたたみ椅子9//乾電池 単一 単二 単三 単四 9ボルト 以上
2026.08.19
充電器の製造会社に電話をしたところ、充電残量を60%に保つのが、器材を長持ちさせるのに良いと言われ、コンセントから充電後に100%にしたままになっています。 夜、パソコンでの作業に充電を利用し、翌日、茶室入口前で充電をする暮らしのリズムを取り戻そうと思ったら、降雨続きで、それがかないません。天気が悪い時期のスマートホン充電には、乾電池と手回し充電兼用のラジオを利用できるようにしています。 単一、単二、単三、単四乾電池を常備していますが、省エネ小型器材が増え、単四の消費が一番多いです。単一は、プロパンガス用ガスコンロに欠かせず、LED懐中電灯にも利用できます。 単二は、古い時計と懐中電灯に利用していましたが、現在は、居住者からのご要望が無ければ、自然消耗するだけになります。単三は、使用機材が減りつつあるので購入量を減らしていますが、単一用のLED懐中電灯に付属部品をつけると利用できます。 最近発売の機材は、単四1個か2個で機能する製品が多いので、大災害時に、単四乾電池が不足することを想定してスーツケースに余分に入れています。自宅に居る時には、プロパンガス発電機を、物置から出して、市道から2mほど高い共同住宅前まで運び、発電出来るようにしています。共同住宅建て替えの際には、その構造物の一部屋を管理人用として、そこに、プロパンガス発電機を常備できるような構造にしなければなりません。この発電機が稼働すれば、物置脇の井戸からポンプで水を汲み、飲料以外の用水として使えるように、様々な大きさのプラスチック製バケツを用意しています。
2026.08.18
2026年08月14日 午後11:30 〜 午後11:40に、NHK総合で放送された『時論公論 なぜ戦争をするのか “知の巨人”たちの戦争論』は、NHK ONEで視聴できます。『「時論公論」ニュース一覧』から、詳細内容を読めるようになりました。
2026.08.18
子どもの頃は、実子が生まれたら相続でもめるからとのことで、仮養子で、旧職退職後に法的養子となり、その後、叔母の夫の実弟の子どもを養子にする為、裁判で離縁手続きをしました。義理の叔父は、何度も、軍服を着せて棺に入れるようにと話していて、そうしたそうです。 筆者は、軍隊時代を賛美する考え方に極めて強い抵抗感があり、その姿を見ませんでした。予定していた新しい養子縁組は、断られて、叔母の葬送後に、筆者が祭祀を継承しました。 今年のお盆は、降雨が続き、晴天になった15日、全国戦没者追悼式のテレビ中継が終えてから、穀類無しの朝食を摂り、元養子先の菩提寺五峰山松音寺に向かいました。筆者が祭祀を継承してから、田中家代々、叔父、叔母の塔婆供養をしています。
2026.08.17
二階建て貸家の窓に、風で飛ばされてきた物が直接当たらないようにするために植えた桃の木の結実を、神棚にお供えすることが出来たのは、数年前の1個だけです。今年は、その木と、屋敷神様の前の桃の木に、それぞれ6個ほどの結実を確認しました。実が大きくなり続けていたのですが、カラスが地面まで降りてくるようになってから、徐々に数を減らし、7月末で0になりました。貸家前の桃の木の下には、食べた後の種が、コンクリートの土留めと雨水路に1個ずつ残されていたので、8月1日16時頃に記録写真を撮りました。烏が、他の生き物を捕食する量を減らすためには、桃の結実をそのままにした方が良いのか、降りてこないように、網をかぶせた方が良いのか悩みどころです。小鳥が、引っ掛かり、命を失っては、本来の目的に沿わないので、2年後に、庭の総合整備をお願いする時まで、自然に任せます。
2026.08.17
旧職時代は、お盆の期間も必ず、事務所で仕事をしていました。子どもさんをお連れして、追悼式、慰霊式に参列された方々が来訪され、貴重なお話をお聴きすることが出来ました。毎年8月15日は、NHK総合テレビ中継を視聴し、追悼と平和への祈りをしています。昨日の全国戦没者追悼式のテレビ中継は、午前11:50 〜 午後0:15でしたが、他のニュース報道もありました。今朝、番組欄で確認したところ、NHKBSの中継は、午前11:50 〜 午後0:25となっています。高齢者や子育て世帯では、BS契約をしていないご家庭もあるので、来年からは、総合テレビのサブチャンネルで、同様の放送をされることを強く望みます。
2026.08.16
足の機能が回復して速足が出来るようになった筆者は、自宅玄関を出てから、JR仙石線多賀城駅のホームまで5分で歩けるようになりました。それ程、駅に近いので、不動産業者から、土地売却のおすすめの極めて迷惑で不愉快な書類が三社から届きました。 郵便物開封直後に、それぞれの会社に電話して、今後の連絡を一切謝絶しました。グーグルマップで確認すると、緑が多く神社のように見えると言われることもあります。 そこを一括開発するのは、法的規制で無理なので、市役所に圧力をかけかねない大手資本からの郵送物に留意しています。道路沿いに垣根が伸びると、自宅や駐車場への入口に煙草の吸殻が増えるので、毎日拾うようにしています。小さな生き物達のことを考えて湿気を保つように草をある程度伸ばしていると、空缶、空瓶、ビニール袋に入ったごみが目立つようになるので、頻繁に拾っていると、捨てにくくなるようです。 植木の剪定をしていると近くで小鳥が囀ることもあるので、巣が無いことを確認しながら進めるので、毎年、植木のふくらみが増しています。農業政策の極端な変遷と生産者の疲労困憊を考える場として、自宅の畠で夏野菜を栽培しています。 これらの作業は、生涯、より自然に近い形で生産された食材を活かした旨さを味わい続けるための工夫です。立ったりしゃがんだりする姿勢の変化は、健康維持にも欠かせません。
2026.08.16
防災用に冷凍保存しておいたお粥類を、冷蔵庫で解凍しておいたところ、融けたものの固まったままでした。数回そのまま食べてみたところ、食味と歯ごたえを感じることが出来ませんでした。 その後、土鍋に入れて浄水を追加して食べたところ、それなりに満足できました。14日夜、更に海藻類と葱の乾燥スープを入れて食べたところ、食味に満足できました。 人間にとって塩分の大切さを実感するとともに、手間がかかるので防災用品としては不向きだと感じ、ご飯類を備蓄する予定です。戦時中の話を聴いているので、ジャガイモと野菜類を主食代わりにして、戦争関連番組を再生視聴して、穀類を食べ無い食事もしています。 戦後、仙台、多賀城でも米が手に入らず、父が、衣類を持参して、福島県の実家や姉妹宅で物々交換してきた時代に想いを寄せています。母は、祖父が病死した後、曾祖母が経営していた下宿屋の残りの食事で、食べた経験が多い、雑炊、お粥、うどんは、好みませんでした。 母が、病床にある時、おかゆを作ろうとした筆者に、普通のご飯が食べたいと言ったことは、忘れることが出来ません。最低限の食事もできなくなる戦争絶対反対の発信を続けます。
2026.08.15
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