灯台

灯台

2024年11月09日
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ホモンクルス


“ぼく”は覚醒めた。
錬金術師こと“博士”はここは、錬金術工房だと半笑いで言った。
眼鏡をかけた、髭を生やした老人。
白衣の出で立ちをしている。
眼が充血し、疲労だろうか体温が少し低いのが表面を見た時に想った。
透視してみると、内臓の具合が少し悪いようだ。

「詐欺師は、かく語りき。人の精 液をフラスコに入れ、
最高に腐った馬糞と一緒に密閉せよ。
四〇日間以上で命が宿り、動き出すのをすぐに見られるであろう―――と・・」

錬金術工房は、無菌室のように清潔だった。
自動扉を潜った。
頭の中には自動的にルートが出てきて、何処へ向かうか、
何歩で到着するかなどが理解できた。十全。

「どうだったんですか?」
「最高に腐った匂いがするこの世のものではないおぞましいものが、
薫ったのであろうよ。シュールストレミングや、スカンク、死臭、
動物の排泄臭の吹き溜まりなんかよりはマシだったろうがね」

“博士”は辛辣である。
しかしその口ぶりとは裏腹に“ぼく”に対する態度は違う。
終始優しそうな瞳をし、歩行に問題がないかなどを見て取っている。
感情のウェーブは緩やかでいささかハイになっているのかも知れない。
何だか“おとうさん”という気もした。
もちろんホムンクルスに父親などというものはいない。

「ただ、脱法ハーブを混ぜ込めば、“トブ”ということも有り得る。
魔女の闇鍋作業さ。色んな不浄なるものをぶちこめば悪魔だって生まれる。
創造してご覧、
四十日以上も“トブ”鳥落とす勢いでシャブシャブしていたのだ、
それはもうさぞかし、この世ならざる世界の入り口・・、
まったくすごいことですぜ、パラケルスス先生様。
シャーロックホームズと比肩する社会不適合者・・・」

“博士”はそして、容赦なく似非錬金術師、詐欺師を笑い飛ばす。
鼻孔に、食欲をそそるような料理の匂いがした。

「そんな臭いことを言う奴は、十中八九、政治を煽っている人間のようなものさ。
ホモンクルスには、道化や人形や奴隷などのキーワードを思い浮かべられる。
生命というよりもこの場合、非生命―――蹂躙されてきた命のね・・。
だからフラスコの中のホモンクルスは聡くなければいけなかったのだよ。
それは復讐代行の存在であり、すべてを平等にするための、
いかさまの装置でもあったのだ」

さて、お腹が減ったろう、沢山の料理を用意したよ。
料理を見るだけでラベルが降られ、内容量、
どういう食べ方があるのかまで理解できた。
“博士”はテーブルの上に所狭しと料理の皿を並べていた。
が、もちろんそれは“博士”が用意させただけで、
“博士”ではなく、監視カメラの向こうにある人達だろう。
料理には歴史があり、伝統がある。
“彼等”はそれを伝えたいの―――だ。
どうして?
それはいくら、読み込もうとしてもわからなかった。
だが、食事という気分には正直なれなかった。
椅子に座りながら、“博士”に尋ねた。
もし口を割ってくれなかった場合は、自分の身体を人質にとるわけではないが、
椅子から転げ落ちるというパフォーマンスが必要だとは察していた。
しかし杞憂だった。

「では“博士”―――ホムンクルスはどうやって作ったのですか?」
「作ったのではなく、用意したのだよ。
魂なき、限りなく不完全な人間の肉体をバイオテクノロジーで製造した」
「それでは“博士”はマッドサイエンティストなのですか?」
「そういう見方も率直にあるだろうが、そうとも言い切れない。
何故ならバイオテクノロジーはコピー商品を作っているにすぎない。
遺伝子操作、それは神をも恐れぬ所業といえるだろう。
それはマッドサイエンティストの領分というもの―――だよ。
だが、私は、魂をその人形に入れてみたかった。
医学的に、あるいは生物学的に、
人間の肉体と呼ばれるものを作り上げたあとに、
交霊術をした。この交霊術は、沢山の理解ある人達によって秘密裏に行われた。
わたし達は、魂が入り、そしてどんな風に過ごすのかを見たかった」
「“ぼく”は魂があるのですか?」
「さてね、ただ、君はどこから見ても人間―――小さな子供のように見える。
理智的な瞳、容姿端麗だよ。
ただ、肉体は成長しないし、困難も待ち受けているので、
どれだけ生き延びるかも不明だが、
わたしは君と話せて最高にハッピーだよ」
「この研究の最終目的は何だったのですか、“博士”」

眼鏡の奥が一瞬光った。
それは―――邪悪な魔物のような光を遮るものにも見えた。
だが、それはおそらく、“光と影の作用”というものではないか。
そもそも、悪とするなら自殺を選ぶのが最適解となる。
その決断を促すべきか否かの裁量も委ねられている以上、
“博士”の心理をこれ以上、読み取るべきではない。

「―――わたしはたんに、精巧な人形に魂を入れてみたかったのさ。
脳の代わりに、人工知能を搭載することもできる。
現代は二五三二年、霊界と交信も出来、四次元も発見された。
宇宙開拓も順調に進み、様々な異世界人との話し合いの場もある。
けれど、わたし達は魂を入れることができない。
魂のようなものなら―――いや、何だったら魂よりもはるかに高度な、
もっと様式美を持ったものを授けることもできる天使の羽根のようにね。
でも未熟であるばかりにかぐわしい魂とかいうもので、
すべての話が通じている、かのローマの言い伝えみたいにね」
「でも“ぼく”に魂があるかどうかはわからないんですね」
「哲学と一緒だよ。見えている現象だけでは説明しきれない。
数字や記号を使って、これから“ホモンクルス”は研究されてゆくのさ。
そしてわれわれは食事の後に、かの中世の時代、
パラケルスス先生様のもとへ届けようと思う―――といって、
それはそのものの時ではない、また違う時だ、
様々な時と呼ばれるステージの中の分岐点の一つだ。
無限回廊―――は、霊界とコンタクト時に発見された・・。
もはや、時の声さえも、破られた時代なんだよ」
「“ぼく”は何をすればいいのですか?」
「君が想う通りにやればよろしい、
パラケルススを殺害したいならそうすればよいし、
パラケルススを使って時代を傀儡したいならそうすればよい。
君には時を操る力もある、人を動物に変換させたりする力もある。
手を銃にマテリアルチェンジすることも出来る。
進みすぎた現代科学により、たった一瞬で惑星を滅ぼすことも出来る。
フラスコの中に入っている必要もない、すべてありのままにさ。
何より、今までの時代の情報が君の頭脳の中にある。
―――神のようにね」
「・・・・・・なるほど、“博士”や、その協力者のしたいことが、
いまの発言で、わかったような気がします」

テーブルに並べられた料理に口を付けると、本当に美味しかった。
生物としての喜びは、エネルギーを摂取することではなく、
その食事の味にある。
錬金術ではエリクサー、賢者の石、煉丹術では仙丹、
日本では変若水、古代ギリシャではネクター、
インドではアムリタ、ソーマ・・・・・・。
それらはすべて、嘘っぱちだと相場は決まっていた。
だが、それは“存在った”のだ・・・。
“博士”はやり遂げた後人特有の溜息をにこやかに、吐いた。
そして、申し訳なさそうに前時代的な異物のシガレットをくわえて、
火を点けた。
―――二五三二年、“ぼく”の瞳を通して、
神を探す旅が終わったことを告げた。
神が何を考えていたのかではなく、神をも一つのタイプとして、
様々な時代を総合的に判断する時代が始まろうとしている・・・。
生きることにも死ぬことにも、何かであることも、何かでないということにも、
そもそも意味や理由をなくした―――瞳の向こう側のシナリオ・・。

「―――世界に完璧な情報がないという根拠は存在しない、
神というものがいないという根拠も存在しない、
ゆえに―――ゆえにだ、ホモンクルスのイエス・キリストのような君、
仏陀のような君、何もかもをすべて変化させてしまう資質とは、
どのようなものであるのか、世界とはそれを入れうる器であるのか、
たった一つのゼロ、究極のゼロ、進むことも戻すこともできるものが、
本当に何をなすべきだったのかを見なくてはいけな―――い。
わたし達は期待している、
今日、すべてを夢見た神が死にゆく時のように、
あるいはすべての宗教が滅び、すべての嘘が破られた時に、
本当に望むべき、“進化の道”とは―――」













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最終更新日  2024年11月09日 22時06分09秒


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