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岩手山麓工房まつりに行って来ました。以前の日記で、東北巧芸舎さんの入れ子の器を手に入れたことを書きました。あれから「日曜市」に顔を出すようになり、「そばちょこまつり」では陶來(とうらい)さんのそばちょこを購入しました。そのときに話に出ていたのがこの工房まつり。以前からネットで検索して知っていたので、今年は行ってみたいと思っていました。今回で10回目だそうで、岩手山の麓のキャンプ場でのんびりゆったりやっているとのこと。午前中はダンナが今年最後の渓流釣りに。私は気になっていた水屋の整理と乾物の整頓を。思い切っていらない食器を処分し、賞味期限の過ぎた乾物や、いつ開けたかわからないものも処分しました。そしてすっきりしておまつりに。ところが、キャンプ場まで2kmくらいのところから渋滞!今日はとてもいいお天気だったので、岩手山への登山者で駐車場がかなり入っていたようで工房まつりのお客さんの車がなかなか停められなかったようです。30分くらい待ってやっと入ることができました。今日のお目当ては、漆器は東北巧芸舎さん、朱楽(あけら)さん、陶磁器では陶來さん、草風舎さん、ガラスの器はガラ舎さん、アケビ工芸の工房寿限無さん、布小物のA.O.さん、そして中国茶のしゃおしゃんさん。しゃおしゃんさんで中国茶の試飲をさせてもらいました。このしゃおしゃんさんは、盛岡市材木町の端っこに位置しています。材木町には、こちらに越してきて以来ずっと通っているパン屋さん(ベッカライベルクさん)があるのですが、そのご近所なのでしゃおしゃんさんも気になっていたお店だったのです。今回試飲させて貰ったのはまず気仙茶。淹れ方ももちろんのことながら、とってもまろやかな味でした。緑茶の爽やかさ、甘み、うまみ、わずかな渋みもすべてがおだやかに溶け合って美味しいお茶。私達よりも先に試飲していた小学生くらいのお子さんが「おいしいね!僕、100杯も飲めるよ!」と嬉しそうに話していました。そして次に千年古茶青プーアール茶。プーアールというと真っ黒のお茶を想像されると思いますがこの青プーアールは、茶葉はほぼ緑茶と同じような色です。香りも。薄めに入れた1煎目はあっさりした緑茶の味わい。2~3煎目は徐々に色と香りが強くなってきます。長めに蒸らした4煎目にはプーアールの香りがほわっと香ってきます。これもとても美味しいお茶でした。他にもお店には独自の焙煎を施したお茶があるようなので、今度はお店に伺いますとお話して、青プーアール茶と気仙茶を買って帰ってきました。明日もやっているこの工房まつり。明日はダンナがフットサルの試合に行ってしまうので、行けないかな?行けそうなら他のお店ももっとゆっくり見ようと思います。
2006年09月30日
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どうも気に食わないことがあったらしいです。自発的に箱に入って行っちゃいました。目が怒ってます。…でもなんで怒ってるのかわかんないんです。
2006年09月29日
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以前からスカパラは好きだったんですが、今回の歌物3部作が良くてついにDVD付きのCDを買いました。最初の「追憶のライラック」をラジオで聞いて、「あ、これいいな。」2曲目の「サファイアの星」は聞く機会がないままに3曲目の「星降る夜に」を聞いて、「あ~!ヒロトだ~~~!!!」そう、甲本ヒロト好きとしてはたまらない曲でした。しかも映像つきで見る機会もあったので、なおさら!ま、声が好きなので映像はなくてもいいんですが。ちなみに弟の甲本雅裕も好き。ダンナと二人で繰り返しDVDを見てました。そして勢いあまって…ブルーハーツのベストを買っちゃったりして。最近大声出して歌ってなかったしな~ちょっと発散!
2006年09月25日
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昨日ダンナが春巻きを揚げてくれたので、その油の始末をするのをきっかけにして台所を掃除することにしました。お盆以降から徐々に部屋をきれいにしていって、いろんなものを捨てているのですが台所はまだ中途半端になっていました。いらないものはだいぶ捨てて掃除もしていたのですが、まだまだ。今日やったところは、流し台正面の出窓と流し台の中。まず流し台の下から古い敷物をはがして、洗剤で壁や床を拭きます。新しい敷物をきれいに敷きなおして、必要なものだけ戻していきます。そうすると…あれれ?と思うくらい棚がスカスカに。何を無くしたかというと、てんぷら鍋とオイルポット、ホットサンドメーカー、持ち手つきのたこ焼き器。てんぷら鍋は中華鍋で代用が利くこと頻繁に揚げ物をしないので油をとっておいても酸化が進んでしまうことホットサンドメーカーは焦げ付いてしまうので使わなくなってしまったことたこ焼き器もさびついているし、新しくガスコンロ付きのものを買った事。これらのことから思い切って処分することにしました。開いた部分に出窓のところにおいていた天板やバット類を入れました。それでもすっかりきれいに。出窓の部分も棚がついているので、同じようにしてお掃除。こちらも今までよりもすっきりと物がおけるようになりました。いや~、嬉しい!築40年は経っているこの家ですが、手を掛けていくのが楽しい。少しずつでも家がきれいになっていくのが嬉しいです。今年中にはすっかりきれいになると思います。
2006年09月24日
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「怒らないこと」という本を読みました。仏教の教えを部分的に、わかり易く書いてある本でした。実家のゴタゴタも含め、自分がいかに「怒りやすい」人間であるかを見つめなおしたいと思って。子供の頃から無視されることが恐ろしく、その裏返しで怒ってしまいます。自分が大切だと思う人から軽く扱われることが我慢ならないのです。このよくない性格のために、何度ダンナとケンカをしたことか…(反省)しかもいきなりスイッチが入ったかのように、烈火のごとく怒り出す。とってもたちが悪い私です。この本で教えられたこと。「怒る人はバカだ」ということ。怒りによって、実は自分自身を傷つけているのだそうです。確かに気分は悪くなるし、胃は痛くなってくるし。怒りと幸福は裏表の関係にあって、怒りを感じることで幸福を失っていってると。「なぜ、自分が不幸になるようなことを自ら選ぶのですか?」「怒る人はとても頭の悪い人です」こんな言葉をお釈迦様はずっと伝えてきたのだそうです。そしてこのことは、実は世界の宗教で同じように、言葉を変えて伝わっているのだそうです。キリストは「赦しなさい」と言っています。まさに同じことを言っているのだそうです。聖書も読んだことがあるのだけど、どうしてもなじむことができない部分がありました。仏教には、同じアジアで生まれた宗教だけあって、日本人にはなじみやすいかもしれません。さて、怒らないためにはどうするか?「怒ることをやめること」なんだそうです。我慢することでもなく、溜め込むことでもなく。怒ること自体をしないこと。これがなかなか難しい。怒っている自分に気づき、エゴを捨てること。「私がこんなにまじめにやってるのに!」とか、「なんで私がこんなことしなくちゃならないの」などと思うことが怒りを作り出しているのだから。努力してみます…
2006年09月23日
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飛鳥王さんの日記を読んで、そのお友達(tabi-tabioさん)のブログにお邪魔しました。携帯から読んだので、後からパソコンからコメントしよう!と思っていたら、どうもモデムが逝かれたらしく、接続できませんでした(あ、今は復活しました)。考えてみたら、子供の頃から生きものがいない生活って、ほとんどなかったな。チャボ、うさぎ、セキセイインコ、犬、猫。あ、鮒とかも飼ってたことあった。一番多いときで3種類の生きものを飼ってました。奈良の山奥に住んでいる伯母夫婦の家に遊びに行くと、放し飼いにしていた犬が数頭いたので彼らと遊ぶのもとても楽しかったし。飼い犬というより、群れで暮らしている感じの犬達で、自由だけどきちんと規律を持って生活していたのです。伯母夫婦をボスと見ていて、伯母が野良仕事に出ると必ず近くにいて遊んでいました。知らない人が来たら吠えて知らせるし、私のような子供のそばについていて見守っているような犬達でした(代替りしているのと、今の犬はつながれています)。こんなふうに育ったので、私自身、生きものを自分と同じ目線で見るのが普通でした。今もそうです。今うちにいるにゃぁは、動物愛護団体から譲り受けた子です。彼も兄弟と保健所にいたのを保護されたのだそうです。ひどく淋しがる子なのに、小さい頃は手を頭の上にかざすだけでビクビクして怯えていました。物言わぬ彼らと向き合っていると、彼らも心を持っていることが当たり前にわかります。先代のにゃーは、私が声を上げて泣いているとおろおろして、彼なりになぐさめようとしてか、ゴロゴロと床に転がってみせる子でした(ある時それに気がついて泣き真似をしてみたことがあるのですが、やっぱりなぐさめてくれました)。ただ可愛いだけでなく、気持ちが通じていれば、物を捨てるように処分なんてできないのに。処分といっても、他人にその執行をまかせるなんて。自分の手を汚すことなく死なせるなんて。私にいったい何ができるのでしょう?団体に寄付すること?引き取ること?みんなと活動すること?まずは意識を持つこと。自分達のできる範囲で良いから、何かをしようと思います。
2006年09月23日
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今日帰ってきました。午前中は父を連れて警察署へ(母は仕事)。無事に免許の更新を済ませました。車を運転することはないのですが、身分証明書代わりと母が運転するときのオブザーバーとして、いざと言うときに備えてもらうために。今回のことで、私はこの夫婦の元に生まれてきたことを感謝しました。今までは「またケンカしてる」とうんざりしていたわけですがそれぞれの思いを目の当たりにして(それがいかに偏見に満ちていようとも。)その二人をそれぞれ受け入れている自分を確認できたからです。ケンカしていた二人にはかわいそうですが…もう少しきちっと考えて欲しかったのは、兄。ケンカを始めたのは先月の20日くらいで、その発端となる現場を見ていたにもかかわらずそれに母から手紙を受け取っていたにもかかわらず、こんなに長引かせてしまったこと。あんまり真剣に考えていなかったみたいです。帰ってから兄に電話してみたところ、「えっ!帰ってたの?ご苦労だったねぇ。」と笑いながら言うのです。ムッとする私。言葉少なに要点のみ話して受話器を置きました。横浜からのほうが盛岡からより近いのに…ふう。ま、丸く収まったので良しとしましょう。明日からまた仕事に精を出すことにします。あ~、疲れた。
2006年09月13日
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やっと父と二人きりで話しました。 今まで父とは突き詰めて話をすることがなかったので、とても緊張しながら話したように思います。 父から見た母の姿、これからの生活など。やはり話は片方から聞くのでは片手落ちなのだと改めて思いました。そして、父の話を聞こうと思い切って実家に帰ってきてよかったと。 免許の更新だけはしてほしいと言う母の意向を伝えてもいらないの一点張り。それからは、わかってくれないと感じていること。相手が変わらないと思っていること。自分は色々やったのに、相手が悪いと思っていること。 堰を切ったようにぶちまける父を見ていると、涙が出てきて止まりませんでした。 心配していること、二人仲良く暮らしてほしいことを伝えました。 夕方、父から 「明日免許の更新をするから警察に連れていってくれ」 と言われました。 おそらく私の顔を立ててくれたのだと思います。 ありがとう。お父さん。 少しずつ歩み寄ろうとしてくれているようです。 母。 私と気が合って、かなりきつい性格。 家の中が気まずいのがこたえてはいたようだけど、私が来たので味方が来たと思ったようです。 でも今回、私は母の味方をしにきたのではなく、中立の立場を貫こうと思っていました。 父との話の内容をかいつまんで話し、お互いに歩み寄る努力をしてくれるように話しました。 母は 「私はいつ出ていっても良いんだから」 などと言うので 「そういう言い方を続けるなら、もう仲裁はおろか一切関知するのを辞めるからそのつもりで。真面目に話さないならもう二度と来ないから」 と言い放ちました。 しぶしぶながら承知してくれたようです。 あぁ、なんとか収まってくれるといいな。 明日家に帰ります。 役目は果たしました。
2006年09月12日
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母が先日から弱り切っているのと、電話ではらちがあかないのとで、急遽実家に行くことにしました。 しばらくメール更新になります。
2006年09月11日
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本屋さんで見つけたこの本。100万人のキャンドルナイトの提唱者の辻信一さんと「昔の女性はできていた」や「鬼ババ化する女たち」を書いた三砂ちずるさんが対談をして著した本です。副題が「ゆるやかにしなやかに男と女の性と愛」となっています。もともとお産についての本をよく読んでいたのでこの手の本はなじみが深いです(子供はいませんが)。女性にも男性にも読んでみて欲しい本です。このなかに「タッチ・イズ・ラブ」という章があります。そこで紹介されているフィリス・K・デイヴィスの詩(訳 三砂ちずる)をご紹介します。「わたしにふれてください」もしわたしがあなたの赤ちゃんならどうぞ、わたしにふれてください今までわたしが知らなかったやさしさをあなたからもらいたいおふろにいれてくださいおむつを替えてくださいおっぱいをくださいきゅっとだきしめてくださいほおにキスしてくださいわたしの体をあたためてくださいあなたのやさしさとあなたのくれる快楽がわたしに安心と愛をつたえてくれるのですもしわたしがあなたのこどもならどうぞ、わたしにふれてくださいいやがるかもしれないし、拒否するかもしれないけど何度もそうしてくださいわたしがどうしていやがるのかわかってほしいからおやすみなさい、と抱きしめるあなたの腕がわたしの夜を甘くしてくれる昼間に見せてくれるあなたのやさしさがあなたの感じる真実を伝えてくれるもしわたしがあなたの思春期のこどもならどうぞ、わたしにふれてくださいもう大きくなったんだから、なんていわないでくださいあなたがわたしにふれるのをためらうなんて思いたくはないあなたのやさしい腕が必要ですあなたのおだやかな声を聞きたいのです人生は困難なもの、とわかったいま、わたしの中の小さなこどもがあなたを必要とするのですもしわたしがあなたの友達ならどうぞ、わたしにふれてくださいあなたがだきしめてくれるとわたしはあなたにとって大切な人だとわかるからあなたのやさしさが、おちこんでいる私も、かけがえのない存在であることを思い出させてくれるからそしてひとりではない、と思い出させてくれるからわたしにやすらぎをくれるあなたのありよう、それだけがわたしが信じられるものもしわたしがあなたのセックスの相手ならどうぞ、わたしにふれてくださいあなたは、情熱さえあれば、十分と思うかもしれないでも、あなたの腕だけが、わたしの恐れをとかしてくれるあなたのやさしくおだやかな指先をくださいあなたにふれられて、わたしが愛されているということを思い出すことができるわたしは、わたしなのだ、ということを思い出すことができるもしわたしがあなたの大きくなった息子ならどうぞ、わたしにふれてくださいわたしには、抱きしめるべきわたしの家族はもういるのだけれどそれでも、傷ついたときには、おかあさんとおとうさんにだきしめてほしいおとうさん、あなたといるとすべてがちがってみえるわたしが、たいせつなわたし、であると思い出すことができるもしわたしがあなたの年老いた父親ならどうぞ、わたしにふれてくださいあなたが小さかったときにわたしがあなたにふれたと同じようにわたしの手をにぎり、わたしのそばにすわって、わたしを力づけてくださいわたしの疲れた体によりそい、あたためてくださいわたしは随分しわくちゃになってしまったけれど、あなたのやさしさに力づけられるどうぞ、何もおそれないでただ、わたしにふれてくださいフィリスはアメリカ人のカウンセラーだそうです。日本人の私とは感覚が違うところもありますがこの詩に書かれていることは、人として大切なことなんだなと思います。最後の部分で、自分の父を思いました。私にとって父は畏怖する人物でした。20代後半に家庭内のゴタゴタで父に自分の心情を吐露するまで。昭和1桁の生まれなので、「優しさあふれる」という表現はできない人。睨みを利かせたり、時には叩いたりということで自分を表現してきた人。子どもの頃には、母が先に亡くなったとして、自分と父と兄だけになったらどうしようと本気で心配して、泣いて眠った夜もありました。自分もだんだん大人になり、妙な強さを身につけたある日、家庭内別居していた父に向かい、自分の意見を初めてはっきりと言ったことがありました。それ以来、父に対して持っていた畏れがなくなりました。畏れを克服したのだと思います。今では父の弱さもわかるようになりました。その父を労わってあげようと思います。
2006年09月07日
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私の話じゃありませんが。今日は外回りのお仕事。10時頃に会社を出発。国道をどんどん北上していきました。盛岡の北の端っこを走っていたとき、前方にカブっぽいバイクに乗ったおじさん、いや、おじいさん。どうもその後ろに載せているものが気になりました。いったい何を載せてるの?おじいさんの体の半分くらいの大きさで、何か垂れ下がってる。???実はワンちゃんでした。箱に入れられてるわけでもなく、斜め前を向くような感じでほんとにちょこんとお座りしていました。ちょっとビーグルが入っているのか、耳が大きく垂れているワンちゃんで体の色はゴールデンみたいな色。顔が白っぽかったので、けっこうお年寄りかも。なんだかくすっと笑えるくらいおじいさんとわんちゃん、とってもいい感じでした。
2006年09月05日
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夜9時過ぎに珍しく兄から電話がかかってきました。その内容によると、実家で両親が大喧嘩をしたらしい。それにプラスして、老齢による衰えのため車の運転をやめたいという父に対し、免許だけは更新して欲しいという母と兄の考えがあるらしい。実家に電話をするも、出る気配なし…20コール待っても出ません。再度かけても同じ。…妙な不安。9時半過ぎに再度かけなおしたら、受話器が上がりました。「…」「お父さん?」「おお。」もしもしくらい言え~~~~~~!!!!!父とは少し話が出来たのですが、寝るところだったとのことであんまり詳しくは話せませんでした。とにかく車の運転はもうする気は無いとのこと。車も売ろうと思うと言っていました。実家の近くには、歩いて買い物出来るところはなくなったので車は確かに必須です。でも父の「事故を起こす前に運転をやめようと思う」という考えもわかるのです。体がいうことを聞かなくなってきたので、なおさらなのだということも。母の考えを聞いていないので、なんともいえないのですがなんだか心配なのか、不安なのか、モヤモヤしています。はやくどうにかしたいけれど、あせってもどうなるものでもないし。実家にしても、婚家にしても近くにいないということはこういう不安が必ずでてくるということ。なんとかうまく解決する方法があるといいな。
2006年09月04日
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朝から良い天気!こんな日は洗濯をしましょう。洗濯をしながら、またチョコチョコ片付け。気になっていた水屋の引き出しの中身を入れ替えて、流し用のタオルと布巾を入れました。いらないものをどんどんゴミ箱に入れていきます。古い通帳やクレジットの通知なんかはシュレッダーに。これは今話題になっている電動のものではなく、手廻し。ぐりぐり。洗濯は普段着のほかに、トイレ・台所・お風呂マット類。二槽式の洗濯機で石鹸液は2回使うので、1回の洗濯で全自動の2セット分を洗います。そして二槽式の2セット分を洗って物干し場は一杯。きれいになって嬉しい、嬉しい。もう着なくなった服は掃除用のぼろ布にするためにちょきちょき切断。今度はその山で押入れが埋まってるかも…でもこれ、かなり便利です。外に洗濯物を干しに行ったとき、アルミサッシの外側が汚れているのが目に付きました。濡らしたぼろ布を持ってきてキュキュッっと拭き上げます。そのままゴミ箱にぽい。雑巾よりも細かいところが拭けるし、洗わなくてもいい。ティッシュ代わりに使ってます、鼻もかんでたりして…。かび臭いとくしゃみ連発なんです…。ダンナにも手伝ってもらって、スキーの時に使うザック類を長押に吊りました。今までは接着タイプのフックを使っていたのですが、全部落ちちゃってダメ。今回よく見てみたら、釘を使える長押部分を発見し、そこにヒートンをねじ込みました。(古い家で、取り壊す予定もあるのでどう使っても良いと言われています。)ザック類がきれいに収まったのが嬉しい。夏のシュノーケリンググッズは衣装ケースに収めたものの、まだカヤックに乗る予定があるので部屋に置いたまま。これが押入れに入る頃にまた大掃除開始かな。とにかく少しずつでもきれいになっていくのが楽しい。今年中にはすっきりからんとした部屋になってると良いな。
2006年09月03日
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午後から一人だったので、家の片付けの続きをしました。今日は寝室の押入れをメインに。ここにはお客用の布団セットと衣類、季節の電化製品などが入っています。それからはぎれや毛糸がたくさん。これを思い切って整理しました。思い出はあるけど着なくなった服や、使い古した布団カバー、カーテンなどいつか使うかも…、何かに使えるかも…と思っていたものばかり。小さめのゴミ袋に7つくらいになりました(汗)押入れはけっこうすっきり。隙間ができて、空気の流れが確保できています。あとはいらない空き箱をたたむ事。さてさて、あと残っているのは…居間の隣の物置と化している部屋。居間の本棚。ここが片付くと大まかにすべて手をつけたことになります。そうなったら第2弾の片付け開始。本当に必要なものだけを残してまた処分。片付け前の半分の物の量になるようにと思っています。いや、しかし。今回の片づけで思い知らされたのは、ほとんどが私の物だったという事。ダンナの分はほとんど片付けていないのだけど、それにしても多かった。ま、物置と化している部屋の押入れにはダンナのものがほとんどだからこれからかな。片づけが終わったら、スペースクリアリングを実行するつもりです。これもちょっと楽しみ。
2006年09月02日
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