仕事が急に忙しくなって、彩奈と会う機会も時間も減ってしまった。彼女も前よりもアルバイトに精を出しているらしい。若い褐色の表情。久しぶりに見る彼女の顔。春の陽光で日焼けしたのだろう。ファンデーションの広告風に表現すると、お嬢さん、太陽の光からお肌をしっかりガードしましょうという季節になっていた。
「どんなアルバイトをしているの?」
「庭師のまねごと。ちょっと職人っぽくてカッコイイでしょう。でも、実は結構な肉体労働。GATTINに載っているような。大きな植木を運んだり。今の時期はチューリップの球根を植えて、かなり忙しい。」
花や木に水をやる彩奈の姿。水を浴びても、彼女の肌は全てを弾き返す。そのみずみずしさは五月の太陽を受けた新緑を思わせる。
「地味そうだけど、君にはとても似合っているよね。」
「自分の植えたチューリップがどんどん大きくなるのを見るのはとっても好き。強烈なインスピレーションを受ける。力強く成長していく花たちが私に与えてくれる力ってすごいと思う。だらだらしているとしっかりしろって励まされるし。もっとお金になるアルバイトもあるんだろうけど、私はこのバイトが気に入っているの。何か生きているんだっていう実感も湧いてくるし。」
そう言えば、彩奈の体からは漂うかぐわしさ。それがどんな花のものかは僕には判らない。そう、その芳香から色をイメージすれば、純白。僕の単なる思い込みかも知れないけれど。
彩奈の言う通り、園芸のアルバイトは彼女にピッタリだ。テキパキとベテランの園芸職人の指示に従い、植えていく。きれいに整列されたチューリップの球根。あと数週間もすれば、一斉に咲き出す。原色がキャンバスに叩きつけられるような壮観さ。気絶しそうなvividなイメージ。僕の頭の中に広がるのはマチスの描くようなチューリップ畑
だ。そんなチューリップ畑で、薫風を感じながら飲む、暖かいレモンティー。何もさえぎるもののない、空間の下で沸かしたホットウオーターでいれるのだ。彩奈もティーカップに軽く口をつける。きれいな微笑。静かなシーケンス。僕はそんな想像にとても幸せな気分になる。
「私、来週の水曜からNYに行くんです。随分地道に働いたから。とうとうやったって感じ。3週間くらいNYにいるつもり。」
彩奈が僕にターナーを見るためにアメリカへ行くことを僕に告げる。春の陽ざしが力強い輝きを感じさせる午後。真っ青な空の下にそよぐ風は既に初夏の気配すらたたえている。季節の駈けぬけて行く速さに驚かされる一瞬。彩奈の表情もそんな移り変りの中できらめく。
「その予定からすると、彩奈は22の誕生日をセントラルパークで迎えることになるね。ひとりでは淋しくない?」
「私の夢が叶うんだから、大丈夫。むしろ新しい自分に生まれ変われるいい機会かもしれない。体の中の古くなってしまった血液をすっかり入れ換えるように。22年分の汚れをね。随分とあるでしょうね。」
僕のくだらない杞憂を、打ち消す彩奈のきっぱりとした口調。彼女は笑顔でいっぱいだ。てきぱきとした行動とはっきりした言動。僕のいわゆる常識を叩きのめす。気持ち良いほどだ。バッシという音さえ聞こえたような気がした。古くなってしまった血液をすっかり入れ換えなければならないのは、僕の方だ。
「出発便は?」
「午後4時半のNW便で。NW便はあんまり評判がよくないけれど、やっぱり格安で行くからしょうがないかな。初めての海外だから何でもいい経験になると思うし。」
「それじゃ、水曜日の3時に成田まで送りに行くよ。」
「「うぁー、うれしい。なんとなくドラマのヒロインになったような。でも、普通のドラマのヒロインはもっとお嬢さんっぽくて、もっとシックかしら。」
「いや、君の方がずっと格好いいんじゃないかな?庭師までやってお金を貯めて、ターナーを見に行くなんて、すごいことだと思う。」
僕の言葉を聞いた彼女。快活に笑う。彩奈の何にも因われない態度が僕には本当にまぶしく思えた。その時だ。ささやかだけれど、とても大切なものが僕の中に生まれたのは。僕はその大切なものの存在を確かに感じていた。
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