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画像をアップしようとしたが不具合が起きているようだ。アップロードボタンを押した瞬間にフォト管理画面に入って全くアップできない。
2010/11/30
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2羽のカラスは庭ではなく空中を飛んでいました。一羽目は新幹線駅舎の手前二羽目は新幹線駅舎の左側高い建物の手前,ピンクの屋根のところでした。3888×2592の画像を原寸のままトリミング。
2010/11/30
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いえ,寒さに負けた。昨夜よほど寒かったのだろう,夕食が終わると母親は早々と布団に潜り込んでしまった。夜9時過ぎ起き出してきたが,今度は「お湯を入れてくれ」と,湯たんぽを持ってきた。風邪を引かれて肺炎にでもなったら大変だ。昼前に高級灯油を買いに走って,灯油ストーブを倉庫から出して埃を落とし,カートリッジタンクを満タンにした。カラスが2羽映り込んでいます。
2010/11/30
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クスノキが見事なくらいきれいに美男葛に覆われていました。
2010/11/30
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まるでカビの胞子の顕微鏡写真だな。
2010/11/29
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ネタがないので鶴さんのところに面会に行こうかなと思ったがそれも大儀,500mmレンズを引っ張り出さなきゃいけないし,この時期ではまだ愛情表現は見られないだろう。ということで『江戸に戻る少女』でお茶を濁すことにした。
2010/11/29
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トンネル内の非常用停止帯に止めて手持ち撮影を試みた。シャッター速度 0.5秒 絞り値f4.5(開放)ブレがほとんどないと言うことは,手のブレとカメラブレが打ち消しあったのかな?嬉しくもあり怖くもある。
2010/11/29
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あまん壺と言っても,別に猟奇的なものではない。(笑)あまんとは,鹿児島弁で『酢』のこと。ところがこの『あまん』という方言がわからず,酔仙さんに教えていただいた。黒酢を作る壺が,あまん壺。廃校になった小学校の庭に並べてあるが,今は使っていないのか蓋を外してあるものも見受けられた。坂元のくろず 360ml★坂元の黒酢全品 ポイントセール中★坂元の黒酢 1L
2010/11/28
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2010/11/28
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昔は触っても手折っても平気だったが,禁煙してから全く触れなくなった。今朝から昼過ぎまで『満州の丘に立ちて』の歌が頭の中で鳴り響いていた。1 静かに霧は流れ 雲の彼方に 月は輝きぬ 白く光る十字架 安らかに勇士は 丘に眠りぬ 面影わすれじ 永久(とわ)に 勝利の誓い はたさん やがて平和は来たりぬ 我等が上に(繰り返す)2 静かに霧は流れ 雲の彼方に 月は輝きぬ 白く光る十字架 安らかに勇士は 丘に眠りぬ なつかし母 若き妻 嘆き悲しむ 勇士を偲び惜しむ 全ロシア 静かに霧は流れ 雲の彼方に 月は輝きぬ エレキギターの音が青春だった世代には『さすらいのギター』と言ったほうがわかるかもしれない。
2010/11/27
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小春日和の中,紅葉を見にダム湖の周囲をさまよったがたいしたことはなかった。山の淋しい湖にひとり来たのも悲しい心胸の痛みに耐えかねて昨日の夢と焚き捨てる古い手紙のうすけむり
2010/11/27
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晴れていてもキリがふる。
2010/11/26
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。きょう地元の生産者が販売を行っている特産館で高級おにぎり弁当を2つ買った。お代は,298円×2個=596円也。いつも使っている小銭入れが小さいので膨らまないように,小銭での支払いは釣り銭がかさばらないようにしている。小銭入れに入っていたのは,500円玉が1個,100円玉が4個,10円玉が1個,1円玉が3個だった。600円支払うと,お釣りが4円だから1円玉が増えて7個になってしまう。そこでレジのお姉さんに601円渡した。当然のことながらお釣りは5円だ。貨幣の量目は,1円玉4個で4グラム,5円玉1個で3.75グラムだから膨らみも減るし0.25グラム軽くなる。するとお姉さんは「お客さん,596円ですから600円で足りるんですけど。」言いながら1円玉を返そうとした。「601円だとお釣りが5円になるでしょうが!!」『融通の利かん奴っちゃなぁ』←心の中で独り言「ああ,そうか。」どうも計算が苦手なようでした。だけど他の人はこんな支払い方をしないのかなぁ?
2010/11/26
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叫び困惑
2010/11/26
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日曜日朝のお勤めを終え駅へ向かった。『ゲキ★ヤス乗り放題きっぷ』を使うためだ。住んでいるところから博多までの往復割引切符が11700円だから,それを考えると土曜日だけで十分元は取っているが,使わなければもったいないような気がしたためだ。どこに行くとも決めていない,北に行けば肥薩線か豊肥線,南に行けば指宿枕崎線,日豊線,肥薩線,吉都線などがある。駅に着くまでの間に決めたことは,『とにかく上りと下り早くやってきた方の電車に乗る』ことだけだった。下りは10時44分着発,上りは不明。駅に着いて時刻表を見ると,上りは10時43分着発だったので,上りに乗ろうと決めた。行く先は,この時点でも未定。列車の中で,肥薩線の川線(八代⇔人吉)区間を乗っていないことを思い出した。車掌に尋ねると,一時間近く待たなければならないが人吉行きの九州横断特急があるという。八代から一時間くらいかかるから,山線(人吉⇔吉松)の接続もあると目論んだ。接続がなかったときには引き返せばいいと,特急を待った。新八代は,九州新幹線と同じホームでこれに接続する特急『リレーつばめ』と乗り換えができる。そのために,在来線特急『リレーつばめ』鹿児島本線から高架になっている乗り換えホームに上っていく。昼間はさほど感動しないが,夜にリレーつばめから新幹線に乗り換えると,町の灯りがだんだん闇の中に沈んで行くようで,まるで銀河鉄道999に乗っているような気分にしてくれる。今回初めて,高架に上がっていくリレーつばめを見ることができた。土曜日の弁当の失敗を教訓として,日曜日は駅弁を買って列車を待った。11時52分九州横断特急1号がやってきた。指定席は満席だが自由席には空きがあり一人でゆったりと座れた。弁当をいただき,JR九州のコーヒー割り引き券をもっていたので高級コーヒーを100円で飲んだ。観光特急だけあって,球磨川の案内などもしてくれる。日射しはまぶしいが快適な川線乗車だった。人吉が近づくと『いさぶろう・しんぺい号』の説明があった。そのなかで「『いさぶろうしんぺい号』は全車指定です」。『ウソッ,JR九州ホームページの時刻表には一部座席指定と表示してあったのに』と思いながら聞いていた。『乗れなければ引き返すまでよ』と思っているうちに12時59分人吉駅に到着。人吉駅は,上りの横断特急に乗る人でごった返していた。とりあえず『いさぶろうしんぺい号』が停車しているホームに向かった。列車に乗り込み客室係のお姉さんに尋ねると,「座席番号がついていない座席にお座りください。」との返事「あいているところないじゃん。」結局,1時間22分立ちっぱなしでした。写真撮って動き回るから,別に席はなくてもいいのだが撮影しないときは座りたかったなぁ。13時15分列車は,吉松に向けて動き出した。13:32分大畑駅到着,ここはループ線の中にスイッチバックがある珍しいところだ。停車してしばらくすると,「上り列車が入ってきます,ご注意ください。」のアナウンスが流れた。『えっ,ここの路線は一編成の列車が行ったり来たりしていたはず,なんで列車が来るの?』と思っていたら,上りのキハ40が入ってきた。休日は観光客が多いので臨時列車が出ているのだろう。この線で行き合いを見られるとはラッキーだ。4,5分停車して矢岳駅に向かって発車した。途中ループ線上のトンネルと交差するあたりで列車はいったん停車して,今まで停まっていた大畑駅を見せてくれる。2002年初めていさぶろう・しんぺい号に乗ったときは乗客は我々親子三人と矢岳駅の名誉駅長の四人だけだった。それが今は観光客一杯で,一日5往復の人吉⇔吉松間だけはドル箱路線に生まれ変わった。25パーミルの急な線路を上りきって14時01分矢岳駅着皆がSL展示棟にD51を見に行く間に,それとは反対側に走っていき,給水塔あとと使われなくなった手水鉢を撮影した。矢岳では8分間停車し次の真幸駅に向けて出発した。この駅は,肥薩線で唯一宮崎県にある駅だ。ここもスイッチバックを使って駅に入る。駅に入ると以前の「静かな山間の駅」という雰囲気は全くなく人が溢れかえっていた。駅の広場を使って地域のイベントが行われていると言うことだったが,列車が到着すると,ひょうきんな『ひょっとこ踊り』が披露された。ひょっとしたら与論の泡さんが紛れ込んで踊っているかもしれない。幸福の鐘も健在だった。上のひょっとこ踊りを撮影したらデジカメのバッテリーが切れてしまった。真幸駅を出て吉松駅でいさぶろう・しんぺい号の乗車は終わり,はやとの風に乗り換え,肥薩線を南下し鹿児島中央駅まで行き九州新幹線に乗り換えて帰宅した。この日で熊本県のJR路線も完全制覇した。
2010/11/25
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鶴観光と歴史的伝統建造物群の見学併せて動いている牛車,牛たちの牽引訓練が行われています。このコースは約一kmですが,牛さんたちはきつくなるとストライキを起こして立ち往生します。こうなる人間たちも「往生しまっせ。」
2010/11/25
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唐津から筑肥線と分かれて唐津線に入る,全線単線だ。(ただしモノレールではない。)高架線路から地上線路に変わって松浦川の川沿いを走っている。鬼塚駅に到着。この駅も川の堤防のようなところにある。ボーと外を眺めていると,川面に何かが流れてきた。オールで水をかく音も聞こえないので,スーッと流れてきたという感じだった。川の中の岩の上には,鵜の鳥がたむろしていた。川にいても紐がついていないので海鵜だろう。(わからない人はスルーしてね。)唐津線に限らず土地名・駅名には難解なものが多く,耳から入ってくると「そりゃなんかい,どんな漢字を当てるんかい?」と思うものがある。この唐津線とて例外ではなかった。鬼塚駅の次は,筑肥線と再び分かれる山本駅。その次の駅がおうち駅,「次はおうち」と言われても「おうちは鹿児島だ」と言いたくなる。漢字で書くと「相知」だった。その次が「いわや」,これは「岩屋」か「岩谷」のどちらかだろうと察しがつく。問題はその次「次はきゅうらぎです。」。「えっ,きゅうらぎ?」漢字で書くと「厳木」である。この駅には,明治32年に作られた給水塔がほぼ原型のまま残っていた。煉瓦積みがみごとだ。厳木を出ると次は多久。多久と言えば長崎自動車道に多久ICがあり,高速道路からも線路が見えている。頭の中で地図を描き高速道と鉄道線路を配置しても位置関係が全くつかめなかった。多久駅到着,列車の窓から見えた古い家は,まつげの生えた四角い眼と鼻,それに四角い口。人の顔に見えてきた。多久駅を出ると中多久・東多久と続いたが,「チック多久」や「キム多久」があったら面白いのにアホなことを考えてにやついてしまった。久保田駅からは長崎本線と併走する。(併走ですか《苦しい》!!)16時57分,佐賀駅到着。ホームは同じ紙の袋を下げた人でごった返していた。この日は佐賀市を中心に,「何かの全国大会」が行われていた。(だから,北部九州のホテルはどこも満室だったのだ。)ここもホームには売店がなかった。上り下りとも,博多・長崎まで一時間前後の距離だから売店を置く必要もないのだろう。みどり・かもめ・ハウステンボスの3本の特急が合体してやってくるが,この人間の数では座れそうもない。田舎ものはこの混雑が苦手だ。乗り換えの鳥栖まで20分弱だが,振り子電車のハイパーサルーンはカーブでも速度を落とさないから座らなければバランスを崩していまう。とにかく座席確保のために列の前方に並ばなければならない,それに最近は紅い国の人のように列を組まずに割り込んでくる輩も多くなっている。またまた食料を調達できなかった。腹は減るし持っていたお茶も底をつきそうだった。列車は5分遅れで到着,あまりの人間の多さに発車時間がまたまた遅れてしまった。17時40分過ぎ,鹿児島本線の乗換駅鳥栖に到着。鳥栖駅のホーム売店でやっと手に入った弁当は,前回の茶色のおかず弁当屋さんが作ったものだった。今回は「鶏めし」と画像の「焼売」,お腹がすいていたのでリレーつばめに乗り込んですぐにいただいた。焼売は父親が博多に単身赴任していた頃,よくお土産に買ってきてくれていたものだ。だが,食べてみて何か違っていた。昔は辛子と酢醤油を入れる小さな皿がついていて酢醤油も崎陽軒のように陶器の容器に入っていた。それがビニールパックに変わり,小皿すらついていなかった。味も・・・・・。料理は見た目も大事と言うことを忘れているようだ。リレーつばめを待っている間に,大分行きの「ゆふデラックス四号」がやってきた。久大本線の日田から大分までの区間を乗っていない。これに乗れば大分県をのり尽くすことになる。途中,新八代で九州新幹線に乗り換えて土曜日の列車乗りは終わった。
2010/11/24
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15時38分,唐津線で佐賀に向けて発車した。西唐津からの乗客は小生一人だった。ワンマン運転にワンマン乗客だ。唐津駅での停車時間は5分,しかしホームに売店はなかった。食料を調達するためには改札を出なければならないので諦めた。唐津駅に到着すると数人が乗り込んできた。電化区間の筑肥線を眺めながら,唐津線を佐賀へと下っていった。一日の画像アップ容量をオーバーしたためにここまで。
2010/11/24
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画像記ともに順番がかなり入れ替わっているが、平成筑豊鉄道のチクマル号を見送った後,12時16分再び新飯塚に向けて発車した。列車の中ではあの居眠りおじいさんを撮影。12時36分新飯塚に到着,6分待って篠栗線に乗り換え博多に向かった。ホームには二人のヤンキーがいた。列車で隣に来なければいいがと思っていたが,意に反して一人が座りやがった。大嫌いなKCの香りをプンプンさせていやがる,鼻が曲がるほどだった。これでは害国人だ。それに激しい貧乏揺すり,体がでかいだけに態度もでかく揺すり方もでかい困った奴だった。40分我慢して,博多駅に到着。列車を降りて,博多人形の店に直行し前の日記の土鈴を買い求めた。これから筑肥線に乗車だ。筑肥線の浜崎駅までたどり着けば福岡県内のJR路線すべて乗り尽くすことになる。今から41年前筑肥線が博多駅発の頃,一度だけ筑肥線に乗ったことがあるが,どこからどこまで乗ったのか全く記憶がない。そのとき芥屋大門に行ったのだが,どこで降りたかさえも覚えていない。あのときは一日で長崎まで行ったのだが,唐津から伊万里に行き松浦線(現:松浦鉄道),大村線に乗ったのだろう。覚えているのは早岐で乗り換えたことだけだ。筑肥線に乗り継ぐためには,地下鉄で姪浜まで行かなくてはならない。列車は福岡空港から西唐津まで直通だが地下鉄の切符を買わないと入場できない。博多⇔姪浜は290円,お隣駅行きの切符は100円。学生時代を思い出して,久しぶりにパイプ,いや煙管キセルをしようかとも考えたが地下鉄天神駅以西は未知の地下鉄だ。都市路線だから検札はこないだろうが,やってくると危ない。根が正直な小生は290円の正規の切符を買った。(もちろん,検札にはこなかった。)13時50分西唐津行きに乗車。41年ぶりの筑肥線だ。当時は地面の上を走っていたのだろう。当然昔の面影は何一つ残っていない。初めて乗る路線と同じだ。玄界島だと思っていた,姫島がずっと見えていた。14時59分佐賀県最初の駅である浜崎駅に到着。やった,これで福岡県内JR路線をすべて乗り尽くしたと同時に唐津市内に入った。東唐津駅付近から再び高架になっているので,松浦川を挟んで立派な唐津城がよく見えた。15時13分西唐津駅に到着駅に掲げられた駅名は勘亭流で書かれていた,この駅舎ができたときの駅長が歌舞伎のファンだったのかな?西唐津は筑肥線,唐津線の車両基地の役割を果たしていて何とも殺風景だ。昼が新飯塚駅で食べた小さめの高級おにぎり三個だけだったので小腹が空いていたが,駅の売店も名ばかりでタバコと賞味期限が切れていそうなカップに入ったスナック菓子が少しおいてあるだけだった。近くにはコンビニも食料品店もないところだった。九州内の電車はほとんど交流電車だが,この筑肥線だけは地下鉄に乗り入れているので直流電車だ。空腹のまま15時38分今度は唐津線に乗り佐賀へと向かった。
2010/11/23
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今回の福岡県内JR乗り尽くしで,筑肥線に乗り換えるときに時間があったので,博多駅にある博多人形のお店に行き,来年の干支の卯の土鈴を買った。これは玄関に一年間飾るもので,床の間に飾る干支人形は佐土原人形を注文しなければならない。昨年は十一月場所観戦を終えてから買ったが,今回は場所入りしないのでこの機会に買い求めた。
2010/11/23
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今朝は会議のために三日連続で,新幹線に乗った。新幹線を降りてタクシー乗り場へ。「C町のYまでお願いします。」「わかりました,C町のYですね。」運転手さんは,C町に車を走らせた。近くになってから,「生協の裏の通りに回ってください。」「はいわかりました。」と運転手さんは返事はしたものの,通常右折するところを通り過ぎてしまった。碁盤の目のように区画整理がされているから行けないことはないので,運転手さんに任せておいた。しばらく走って右折した運転手さんが,「あれっ,生協がない。」『生協はまだずっと東側なのに・・・・』「あっ,C営業所とY会社を間違えた。」右折して入った道路には通り抜けが出来ないように杭が立ててあるので,そのままバック走行で抜け出して会社に到着。料金メーターは途中でリセットしてもらったので損はしなかったが,新人運転手さんならいざ知らず年代的にはベテランさんのようだったが,どこに連れて行かれるのか不安になってしまった。九州新幹線では来年の全線開通に向けて新人車掌の実地研修が続けられている。指さし確認も大きな声と大げさと思えるようなアクションで見ていて気持ちがよい。
2010/11/22
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列車の窓からは,『ボタ山の三つ並んで見えとらす』でもシンスケしゃんも織江ももういない。後藤寺線ではこの風景を見たかった。セメント採取工場の敷地内を走るような場所だ。やってきたのは10月末に原田駅から桂川駅の間を走った,キハ3110だった。別の路線で再会するとは,何か変な気分だ。新飯塚から田川後藤寺に向かうとき,筑前庄内駅を出て速度がまだ上がりきっていない場所で,運転士が警笛を鳴らし続けて急ブレーキをかけた。乗客はみんなつんのめってしまった。停止してから窓の外を見ると,線路脇には老夫婦がきょとんと立っていた。踏切でも無いところで、この二人が列車の直前を横断したらしい。事故にならなくてよかったよかった,事故になれば気持ちの悪い初体験になるところだった。
2010/11/22
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取り組みがない日だったのでしょうか。多分練習疲れでしょうね。朝一〇時過ぎ,博多駅8番ホームにて。昼過ぎの列車の中はぽかぽかで心地いいです。早起きのおじいちゃんは眠くなったのでしょう。お昼一二時過ぎ,後藤寺線で。
2010/11/21
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日曜朝のお勤めを終えて11時前の新幹線にあてもなく飛び乗った。新八代で降りて肥薩線の川線にトライ,人吉からそのまんま山線に乗って吉松までいって,はやとの風(このブログの表紙の列車)に乗り換え肥薩線完全制覇。
2010/11/21
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竜ヶ水で行き違い停車。 桜島が丁度噴火。
2010/11/21
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デジカメのバッテリーが切れた。 残念!
2010/11/21
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この大きな注意書きのポスターは,九州新幹線ホームの安全扉に貼ってあった。安全扉だから列車がホームに入ると客の乗降のために引っ込んで見えなくなってしまう。ってことは,扉近くに並んでいる人はこれを目にすることが出来るが,後に並んでいる人は扉が開いてしまっているわけだから読めないことになる。動いて隠れてしまう安全扉に貼れば注意書きとして用はなさないので,ポスターの存在自体意味がないと思うひねくれ者は私だけかな?貼る場所を考えてほしいな。それにしてもすべての漢字にルビを振るとは,誰に読ませるための文章なんだろう。漫画ばかり見ているから漢字が読めなくなったのかな?
2010/11/21
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つばめ36号に乗り込んでいざ出発。でも今回は引っ張るだけのことはないな。
2010/11/20
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8時3分の新幹線で博多に向かった。10時12分博多に到着するとホームの反対側には,タマ駅長ラッピングの白いソニックが停車していた。そのままこれに乗り換えて日豊本線経由で南宮崎まで行きたかったな。口蹄疫から立ち直るためのがんばれ宮崎号
2010/11/20
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筑豊から戻って筑肥線で西唐津に着いた。 駅の周辺に店が全くない。 腹が減った。
2010/11/20
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本日これよりJR九州の福岡県内路線制覇に出かけます。母親が「泊まりがけもいいよ」と言いながらも寂しそうな表情をしていますので,夜には帰ってきます。ボタ山を見るのが楽しみだな。
2010/11/20
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先週,昼の勉強会の時に,『何が何でも我が道を往く』昔の娘さんのところで,短い間だったが『先生がどうのこうの・・・・』と何かおしゃべりをして騒いでいた。今週の勉強会で,その内容がわかった。どうも『何が何でも我が道を往く』昔の娘さんが,「先生が最近わたしに怒らなくなったから,なんたらかんたら」と言ったらしい。で,「相思相愛じゃないんですか?」と尋ねられた。「おいおいバカも休み休み言ってね。あたしゃ選ぶ権利は放棄しませんよ,怒らなくなったのは一所懸命教えても『糠に釘』『暖簾に腕押し』だから,ばかばかしいジャン(なんで浜弁になるの?)」「5のことを教えようとしても,2か3まで進むと理解も出来ていないのに別の質問を始めたり,勝手に別のことを始めるから怒る気力も失せるし諦めているだけのこと。」「その分,隣のUさんには迷惑がかかっていると思ってはいますがね。」選ぶ権利を放棄しないと言ったものだから派手に受けてしまった。Uさんいつも迷惑をかけてしまって御免なさい。世話人さんには話をしてありますので。
2010/11/20
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ただいまの室温15度弱,日射しはありますが外も気温が上がりません。
2010/11/19
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空を飛ぼうなんて 哀しい話をいつまで考えて いるのさあの人が 突然 戻ったらなんていつまで考えて いるのさ暗い土の上に 叩きつけられてもこりもせずに 空を見ている凍るような声で 別れを言われても こりもせずに 信じてる 信じてるああ 人は昔昔 鳥だったのかも 知れないね こんなにも こんなにも 空が恋しい飛べるはずのない 空 みんなわかっていて きょうも走っていく 走っていく戻らないあの人 私わかっていて きょうも待っている 待っているこの空を飛べたら 冷たいあの人も 優しくなるような気がしてこの空を飛べたら 消えた何もかもが 帰ってくるようで 走るよああ 人は昔昔 鳥だったのかも 知れないね こんなにも こんなにも 空が恋しいああ 人は昔昔 鳥だったのかも 知れないね こんなにも こんなにも 空が恋しい
2010/11/18
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11月18日朝九時過ぎに,つる観察センター到着。天気もよく北風も吹かない穏やかな日和だ。ツルたちは,遠くの方で羽を休めている。観察センター二階の展望室はまだ開いていない。田んぼの脇で福岡からやってきた年配の夫婦がいて,知っていることをいろいろと説明してあげた。ご主人が,「あそこに黒いのがたくさんいるがデコイをおいてあるの?」「いいえ,あれはすべて本物のナベヅルでデコイは置いてありませんよ。」「うそだ,絶対置物がある。」と言って,聞こうとはしなかった。二階の展望室が開いたので一緒について行った。今日も受け付けは教えお姉さんで,さっきのご主人は同じことを尋ねた。「あそこに黒いのがたくさんいるがデコイをおいてあるの?」と。「いいえあれは本物のナベヅルです。」「ありゃ,そうなんだ。私はこの人が嘘を教えたのかと思ってた。どうもすみませんでした。」すると奥さんが「ほんとこの人は疑り深いんだから・・・・」。そうこうしているうちに9時40分,森永小学校の子どもたちがやってきた。駐車場におりていくと,すぐ校長先生から呼び止められた。「マッチャンですね,仙人さんから聞いていますよ。よく小生だとわかったものだ。(笑)今年で32回目の二番穂籾を持ってきてくれた。最初に子供たちの代表が作文を読んで,鶴監視員に籾袋を渡した。32年も続けるとは並大抵のことではない,父兄や地域の協力があってこそできることだ。ただ,感謝するだけだ。バスから降ろした籾袋を軽トラに積み込んで,引き渡しは完了。軽トラは倉庫へ戻って行った。籾袋には,「森永小学校」と書かれていた。その後,子どもたちは2階の観察展望室へ行き,係員の説明を聞きいろいろ質問をしていた。2階での観察が終わって駐車場に戻ると,校長先生が「子供たちに挨拶をしてください。」『あわわわわ・・・・』宮川大介さんになってしまいました。その後子どもたちは,鶴の観察をしている荘(しょう)小中学校の児童・生徒達と交流会を行い,新幹線で鹿児島へ向かいました。校長先生と記念撮影。(許可をいただいていないので顔は隠しました。)
2010/11/18
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玉石垣の風景
2010/11/18
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山茶花を 雀のこぼす 日和かな正岡子規
2010/11/17
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楽しげに遊んでいました。
2010/11/17
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昨日で後期の『パソコン初心者講座』が終わった。最後の講座は,ネットの絞り込み検索「検索の言葉を二つ以上入れると,情報を絞り込めます」と言って見本として『日本代表 サッカー』とした。「それでは自分が調べたいことを,二つ以上入れて試しに検索してください。」それぞれのパソコンを見ると,全員が『日本代表 サッカー』としている。見本を見せないで検索してもらう方が,勉強になるようだ。最後の講座はメール。「簡単な文を相手に送りましょう。」「先生,何を書けばいいんですか?」『それくらい自分で考えんかい!!』 (`ヘ´)いやはや,一億総マニュアル人間になってしまうのでしょうか?
2010/11/17
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今朝七時前,突然自室の呼び出し音が鳴り始めた。普通の呼び出し音なら,『鳴っては停まる』を繰り返すが,そうではなくて,とにかく鳴りっぱなしになってしまい,♪どうにもとまらない♪状態,なすすべもなく電話機に繋がっているケーブルを外して音を止めた。この電話20数年前のマイクロカセットテープ式の留守電で,最近は受話器を持ち上げたときの「トゥーーーーーーーーー」と鳴っている音もしなくなっていた。電化製品が次から次へと寿命が来ているのかな。
2010/11/16
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畑に転がされたまんまの小さな西瓜,我が家では里芋の水分補給のために西瓜の皮は里芋の茎の周りに敷き詰めて土をかぶせている。一緒に埋められた種から発芽し実が出来たものだ。今年は発育が悪くて,食べられる大きさまでは成長できず置き去りにされた。来年の春までには土に戻るだろう。それにしても食べたのは楕円形のラビット西瓜だったのに,何故まるくなったのだろう。
2010/11/15
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珍しくこの時期につる観察センターに立ち寄った。東京からやってきた知り合いを案内したためだ。やはり 鶴=マンダム丹頂=白いと言うイメージが出来上がっているようで,目の前の田んぼにたくさん降りているにも関わらず,「鶴はどこにいるんですか?」「目の前の田んぼにいるのが鶴」「うっそー,白くない。」白い鶴はマンダム丹頂とソデグロヅルだけと,図を見せながら説明したらやっと納得した様子だった。さて,二階の展望室に上がると,受付にはパソコン教室の教え子ならぬ教えお姉さんが座っていた。いつもなら顔パスで入るのだが(おいおい),今日はお客様連れだったので大金420円を支払った。中に入ると観光課の鶴担当市職員が,手持ちぶさたにしていた。別に意地悪するつもりではなかったが,「森永小学校の子供たちが籾のプレゼントにやって来るのは,今度の木曜日か,それとも金曜日か?と尋ねると,「森永小学校・籾,なんですかそれ?」「毎年宮崎県K町の小学校の子供たちが鶴のため持ってきてくれるでしょうが!!」「わたしは今年担当になったばかりなのでわかりません。」市の職員がこれでは交流はほど遠いことだ。結局,受付にいた教えおねえさんに尋ねたら木曜日の午前中にやってくることがわかった。この時間だったら行けるかもしれないな。
2010/11/15
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しげしげと眺めたことがない送電線の鉄塔。高さ3m位のところについているこのパーツ何をするためのものだろう。春日三球さんだったら眠れなくなるかも。
2010/11/15
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今日,旧製品が高い電気屋さんで高級液晶ディスプレイのスペックを熱心に見比べていた。IPSパネルもいいし,TFTパネルだが色再現がよいこのディスプレイも良さそうだ。」パートタイマーらしいおばさんがやってきて,いきなり「お客さん,これはテレビじゃないですよ。」「わかってますよ,電気製品はあんたより詳しいですよ。」と言って帰ってきた。よほどテレビを欲しがっている爺さんに見えたんだろうなぁ。それにしてもむかつくバ〇アだった。このような物言いをされると自分チの社員の応対が気になってくる。【お取り寄せ】ナナオ 23型ワイド液晶モニター FlexScan EV2334W-TBK【smtb-u】【送料無料】【在庫あり】【17時までのご注文完了で当日出荷可能!】MITSUBISHI Diamondcrysta WIDE RDT231WM-X(BK)
2010/11/14
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数年前のある夜,とある準昔の娘さんがやってきて「いいことが書いてありますので是非これを読んで下さい。読んでいただいた頃を見計らって又よらせて下さい」と小冊子を置いていった。小冊子のタイトルは『目覚めよ』サブタイトルには《家族を大事にしましょう》と書いてあった。あのエ〇バの証人の宣教パンフだ。「夜遅く自分の家族をないがしろにしながら,何が《家族を大事に》だ。」ぱらぱらとめくって簡単に目を通しただけで,読みもしなかった。一方的な約束の通り,一週間くらい経ってからその準昔の娘さんはやってきた,しかも夜九時前に。「読んでいただけましたでしょうか?」と話しかけてきた。彼らの聖書は独特の聖書を使っているが,どこかの新興宗教のように「ポアせよ」などとは書いてないから,読んでもいないのに,ウソも方便「はいとてもいいことが書いてありますね」と答えておいた。「でしょう」と相槌を打ってきたので「でも,《家族を大事にしましょう》と説きながらどうしてこんな時間においでになるんですか?ご主人もお子さんもいらっしゃるんでしょう?教えと行動が矛盾していませんか?」と質問すると,「神の国を伝えるためだったら,家族は犠牲にしてもいいんです。」「それは詭弁ですよ,そんなことは聖書には書いてないはずです。帰って下さい」と追いかえした。あれから数年,我が家にエ〇バの証人の宣教者は全く寄りつかなくなった。ところが今日午前,道路を挟んだお隣さんちのワンコが吠え続けていたので外に出てみると,エ〇バの証人の数人が地図を見ながらうろうろしていた。その地図はしっかり色分けがされていた。なせ彼らがエ〇バの証人だとわかったかというと,彼らが市の施設を使って勉強会をやっていた時に数回出くわした人がいたからだ。もちろん女性は独特の地味な服装だ。小生は歩いて近所に出かけるふりをして道路に出ると,その中の一人が我が家の木戸口を入っていこうとした。すると,地図を見ていた一人が大慌てで「○○さんそこは違う,行っては駄目。」と制止した。今日のこの出来事で,我が家はエ〇バの証人の宣教ブラックリストにリストアップされていることが判明した。もちろん彼らから見ると悪魔の棲家そのものだろう。道理で全くやってこないわけだ。もちろんタノカンサーは立派な偶像だ。彼らは絶対に偶像崇拝しないし,彼らにしてみると国旗国歌も偶像である。
2010/11/13
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所用で田んぼ中の道路を走った。(念のために行っておくが,あの方とはちがって小用のためにわざわざ走ったのではない。あくまでも所用のため。)田んぼの水は落とされ稲刈りも終わっているので,田んぼはサンダルで入ってもぬかることはない。田んぼの送電線の鉄塔の真下に入り鉄塔を眺めてみた。なるほど幾何学模様がおもしろい。世の中には送電線鉄塔マニアがいると聞くが,違いがわかればおもしろさも湧いてくるだろうと思った。でも真下から撮影していると,高圧電流の電磁波を体に浴びてチン人間になってしまいそうだ。それとも,これ以上珍人間にはなれず正常人間に戻ってしまうかな?
2010/11/13
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麓まつりは,こちらの地頭であった山田昌巌(やまだしょうがん)の遺徳を偲ぶために始められた祭りだが,地元の人間でさえその墓の在処を知らない。見晴らしがいい山城の跡にあるので,蚊やニョロが出て来ない春秋は木陰もあるし静かに憩える場所だ。昨日,祭り以来二回目の墓参り(?)に行ってきた。三脚を持って行かなかったので,コンクリートのテーブルにカメラを据えて,距離を目測しセルフタイマーで記念撮影。画像は顔の部分はトリミングしてあるが,右下の石のところになにやら妖しい光が映り込んでいた。よく見ると6角形だからレンズのゴーストが出ていた。レンズのゴーストにしては形が崩れているようでもあるな。しかし,そのうしろ赤丸で囲んだ部分に人の顔のようなものが写っていた。どうも幽霊さんと一緒に記念撮影をしたようだ。この画像は元のサイズのまま。
2010/11/13
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もずが電線で啼いているおいらは写真を撮っている。綿引ぐるまは,見たことがない。コットン水車も端から無い。250mmのレンズより200mmのレンズがきれいに撮れる。画像は両方とも250mmズーム
2010/11/12
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「自分で『これだ!』と言う写真が撮れない。」と話したら,「そんな写真が撮れる時は,あなたがあの世に逝くときよ。撮れない方がいいのよ」と言われてしまった。
2010/11/12
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暗闇の中で測距用の青白い光を放ち撮影,危ない雰囲気だな。
2010/11/11
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