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国立モスク1957年8月31日のマレーシア独立後独立の象徴として国立モスクの建設が計画され1965年にこちらのモスクが建設されました・・設計は英国人のハワード・アシュリー氏(Howard Ashley)マレーシア人のヒシャーム・アルバクリ氏(Hisham Albakri)バハルディン・カシム氏(Baharuddin Kassim)が担当・・旧モスクは1000人規模の収容人数ですがこちらは1万5000人の収容が可能になっているそうです・・クアラルンプール・シティーギャラリー独立広場の南にあります・・2011年クアラルンプールについて詳しく知るためのギャラリーがオープン・・1898年築の古い英国コロニアル式の印刷会社の建物を利用し写真やパネルでクアラルンプールの歴史を展示・・クアラルンプールメモリアルや現在のクアラルンプール中心部や独立広場のミニチュア模型20年後に完成する予定の都市計画の完成模型などが展示・・1階には運営会社ウッドクラフトカンパニーアーチのショップが併設されています旧連邦事務局独立広場の対面にあるビル・・上部の銅製の丸いキューポラが目印ですイギリスのビクトリア様式・・スペインでよく知られるイスラムのムーア様式・・インドのムガール様式の融合したデザインはマレーシアに現存する植民地時代を代表する建物です・・左右対称で真ん中の時計塔は40m・・イギリス人の建築家アーサー・チャールズ・アルフレッド・ノーマンの設計により1894年~1897年に建てられました現在は最高裁判所となっているため内部の見学はできません・16時12分・・夕食のレストランへ卵焼き・・鶏肉・・酢豚風・・白米・・白身さかな・・エビ・・海苔のスープ・・キャベツ炒め・・八宝菜・・デザートはスイカ・・その後空港へ・・飛行機はクアラルンプール発・・22時40分・・MH0052かなり早くチェックインが済んだので残ったマレーシアのお金を使って免税店でお買い物あとはスタバで一休み・・ドーナツとコーヒーでまったりと・・飛行機は定刻通り出発1時間ほどして機内食・・お蕎麦は完食・・その他は少しだけ頂いてあとは毛布をかぶって爆睡・・約6時間の飛行・・日付が変わって翌朝に関西国際空港着・・05時40分・・直行便ということもあり中国からの団体さんと出会うこともなく無事帰国・・マスク不足と聞きすぐにドラッグストアに行くもどこも売り切れ・・やっと近くの内科の保険調剤薬局でマスクを手に入れて・・その時はこんなことになるとは思いもしなくて呑気に旅行を楽しんできました5月にはバスク地方に個人旅行の計画をたてていたのですがそれもすべてキャンセル・・しばらく海外旅行は無理ですね・・いい時期にマレーシアに行けたのはラッキーだったと思います終わり・・歩いた歩数・・17200歩 約11km・・FC2・・はこちらから
2020/05/22
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国家記念碑国家記念碑はマレーシアの首都「クアラルンプール」にあるモニュメントで周囲にはマレーシア国会議事堂のほかレイク・ガーデン・・パーク・アセアン彫像庭園などがあり緑の多い場所になっています入口にあるモニュメントの塔・・イスラムのシンボルが施された玉ねぎ型のドーム・・まわりを噴水に囲まれ夜にはライトアップされるそうです・・とても暑かったので風にのってかかる噴水の飛沫が気持ちよかったです・・長年続いたマレーシア独立戦争の功績を称えるために制作された記念碑は7人の兵士で構成されています・・一人は勝利を・銃を構えて防御を表す人・中央には仲間を介抱する兵士・下の方の倒れた人は敵を表しているそうです制作したのはワシントンにある海兵隊戦争記念碑の作者でアメリカ人彫刻家フェリックス・ウェルドン・・高さ15.54mの立体ブロンズ像があることで有名ですブロンズ像の台座に書かれた言葉「Dedicated to the heroic fighters in the cause of peace and freedom」自由と平和のために勇敢(英雄)な兵士達に捧ぐ「May the blessing of Allah be upon them」彼らにアッラーの祝福あれ入り口にあるモニュメントに向かって戻ります・・続く・・FC2・・はこちらから
2020/05/16
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王宮・・バスを降りると騎馬兵が・・思わず走り寄って(-p■)q☆パシャッパシャ☆マレーシアの王は各州のスルタンが5年ごとの互選で選ばれ現在の王がここで暮らしています・・2011年に完成したばかりで「新王宮(ISTANA NEGARA)」と呼ばれています・・観光客は門の前までしか見学できませんが黄色の模様とアーチが美しい門扉からは黄金のドーム屋根を持つ王宮を見ることができます門の両サイドには衛兵さんがいます左の衛兵さんは全く表情が変わらず・・どこでもそうだからこれで普通なんだけどどうしても笑わせたくて右の衛兵さんにちょっといたずらしたらなんと・・ちょっとだけど目元が緩んだの・・王宮の門の前でツアーで仲良くなった奥様とクマさん・・門の隙間から王宮がみえています・・門の隙間から王宮まではかなりの距離があります・・黄色と白のかわいらしい色合いの建物でマレーシア国王がいる場合は旗が掲揚されるという事です中央の黄色い旗がマレーシア国王旗その左右がマレーシア国旗その他のが州旗になります続く・・いたずらしたのところ・・じっと顔を見つめて丁寧に頭を下げてにっこりしただけなんだよ・・ちょっとオーバーに書いちゃったと反省・・FC2・・はこちらから
2020/05/05
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10時57分・・OPのバツー洞窟と国立博物館巡りが済むとホテルへチェックアウトまで40分あったのでシャワーを浴びて着替えをしてさっぱり・・バスとシャワーの両方あるから二人一度に浴びれるのはいいね・OPに参加していなかった人も一緒に12時ロビー集合バスに乗り込んでランチのレストランへ12時15分・・炉鼎記 (Lu Ding Ji・・ルーディンジ)へ・・左上から 海苔入りスープ・・のりの風味が良くてさっぱりと美味しかったチキンライス・・思ってたチキンライスと違う(チキン丸ごとでて来ると思った)団体だから少しづつ取り分けてるんだね・・マレーシアキムチ・・意外と辛くない・・春巻き・・ちょっとピリッとしたタレをつけて・・白身魚の酢豚風・・酢豚風のお料理はどこでもでたけど何処で食べても外れなし・・空芯菜・・油炒めしてあるものです麻婆豆腐・・これもあまり辛くなくて食べやすかったデザートはオレンジ食後はお約束の貴金属店へ徒歩で移動・・金貨買ってるおじさまやピアス・・ネックレスを買ってるおばさまたち・・私は全く興味なし・・仲良くなった奥様がピアスを選んでいたので一緒に見てました・・小ぶりのものと少し大きめのものが気になっていますで・・私も興味のあるふりして値段交渉・・定価45000円の大ぶりのピアス・・お値段を聞くと大きいほうが値引きが大きい小さい方はあまり安くなりません小ぶりのものは結構持ってるから大きいほうがいいかなぁ・・と奥様・・これ36000円になるのね?と確認・・20%引きだ・・高いよね・・30%くらいは引くはずとふんで奥様の耳元で囁いた・・45000円の定価・3万くらいなら買う?目配せしてOKとった・・30000円ちょうどにならない?!なるなら買うわ・・(⌒-⌒)ニコニコ...;;;;(;・・)ゞウーン・・ちょっと待ってください・・と席を立った・・30000円になりました・・奥様とっても喜んでくださって感謝されちゃった・・当然・・私も勧められたよ・・でも金属アレルギーがあるからと断ったぁ・・o(*^▽^*)oあはっ♪それでも全然損してないと思うわ・・・・……(-。-) ボソッFC2・・はこちらから
2020/04/22
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バツゥー洞窟観光後国立博物館へ・・10時15分着・・前身であったセランゴール博物館は1945年3月10日に連合国軍による爆撃で破壊され一部は引き続き使用されていましたが1957年の独立を機に新しい国立博物館が建設されることに・・1959年に建築家ホー・コック・ホーが設計を任され1962年に建設が開始され1963年8月31日に建物は完成・・建物はマレーシアの伝統を取り入れた宮殿風の造りです・・敷地内に入ると屋外にはクラシックなイギリス植民地時代の機関車や大砲が・・ここも春節の飾りがなされています・・コロナウィルスで大変なことになるなんて夢にも思っていなかったときでした・・各州スルタンでデザインが異なるスルタンのヘッド・ドレス・・スルタン1代限りのデザインで同じ州でもスルタンが代替りすればデザインも変わるようです右下の画像はマジャパヒット王朝の代表的な交易船のバッテラ船で1293年~1478年迄ジャワ島中東部を中心に栄えましたマジャパヒット王朝はインドネシア最後のヒンドゥー教王国・・左下画像は19世紀もしくはそれ以前のパハン州の王族が使用したボートの舳先で竜をかたどっていてジャック・フルーツの木で作られているそうです・・スパイダーリリーヒガンバナ科ヒメノカリス属 球根別名・・ササガニユリ・・ヒメノカリス・・スペキオーサ西インド諸島原産で花期は1~12月花言葉・・魅惑のささやき・・バスに向かう時魅惑のささやきで呼び止められました思わず(-p■)q☆パシャッパシャ☆続くFC2・・はこちらから
2020/04/13
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2020年1月22日(水) 晴れ目覚めるとまずはお天気のチェックとってもいいお天気です眼下にはホテルのプール・・朝食を済ませると午前中はOPに参加・・バトゥー洞窟と国立博物館・・8時25分ホテル出発8時50分バトゥー洞窟到着バトゥー洞窟はクアラルンプールから北へ約10kmヒンドゥー教の聖地である洞窟があります入口に立つムルガン神像最初に目に飛び込んでくるのが「入口に立つムルガン神像」世界で最も高い神像(42.7m)でバトゥ洞窟のシンボルになっています身体には300リットル以上もの金が使用されていると・・黄金に輝く神像はシヴァ神とパールヴァーティ女神のもう一人の息子でガネーシャの弟にあたるヒンドゥー教の軍神・・バトゥー洞窟は272段の急な角度の階段を登った先にありますので動きやすい服装と履きなれたスニーカーで行くのがおすすめです宗教施設なので半ズボンやノースリーブなどのラフで露出の多い服装は避け現地のルールを守ってお参りしましょう前日に馬さんから服装・観光の注意を受けていました周辺には数多くのサルが生息していて観光客の食事や飲み物などを奪い取ることも・・特に階段にはたくさんのサルが出現していました食べ物を見せないことやこちらから行動を起こさない限り襲ってはこないみたいです食べ物類は常にカバンに入れておくなどの対策が必要ですこの階段かなり急なのですが途中に何箇所か踊り場があるので思ったより楽に登れましたやっと頂上が見えてきました入口にはヒンドゥーの神々の像がまつられています・・階段を登りきると驚くほど巨大な空間が広がっています巨大な鍾乳洞の中にはヒンドゥの神々が数多く祀られていますまたヒンドゥー神話の展示や壁画も・・この洞窟を形作っている石灰岩はおよそ4億年の歳月を経てるそうです・・気の遠くなるような悠久の時の流れを感じます・・左の通路は信者さんが裸足でお参りをするところです私たちは右の奥の階段を目指して進みます更に進むと真上はぽっかりと穴が開いていて神秘的な光が差し込んでいました・・洞窟の端には軍神ムルガンの父ヒンドゥー教の三最高神の1人破壊と創造の神シヴァが祀られていました額には第三の目が開き・三日月の髪飾りや毒蛇のネックレス退治したトラの皮をはいだ腰巻きを身に着け悪魔を踏みつけ踊っている姿ですシヴァは舞踊の神様でもあります隣の女性はシヴァの妻であり軍神ムルガンの母パールヴァティです。またヒンドゥー教の大祭「タイプーサム」毎年1月中旬〜2月中旬の満月の日に行われ多くの崇拝者や観光客でとても大きな賑わいをみせます・・2020年は2月8日に開催されたようです・・「タイプーサム」とはヒンドゥー教の祭日でバトゥ洞窟での祭礼が有名・・シヴァ神の息子で勇気と忍耐という美徳の化身であるムルガン神に感謝の気持ちを捧げる祭りで・・信者は針金を体中の皮膚に刺してカバティと呼ばれる飾り神輿を運ぶことから世界の「奇祭」の1つと言われています今ではヒンドゥー教発祥の国インドでは行われておらずマレーシアとシンガポールでのみ見ることができます・・中を見学することができますが裸足でないと入れませんので外から覗くだけにしました・このあとトイレへ・・トイレは有料で和式が半分以上・・西洋人は洋式を探し回っていましたが私は和式を使用・・その時気になったのが西洋人の若い女性が手を洗わずに出ていった・・手を洗ってもハンカチを持ってないのか服で拭いたり・手を振って乾かしたり・・エッ(゚Д゚≡゚Д゚)マジ?続く・・FC2・・はこちらから
2020/04/08
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14時55分・・クアラルンプールへ約2時間40分のバス移動・・私達の泊まっているホテルの近くまで戻ってきました周りは工事の真っ最中・・途中でバスを降り徒歩にて夕食のレストランへ大きなショッピングモールの中にありました日本料理店・・サバの塩焼きセット・・茶碗蒸しにお味噌汁・サラダ・・サバの塩焼きとは聞いていましたが天ぷらくらいはついてると思っていたと皆さん口々に・・私もそう思ってた・・お値段をみるとサバの塩焼きだけで結構なお値段だったわ・・店内は春節の飾りでいっぱい・・19時15分・ホテルに戻る・・一旦部屋に戻り一休みしたらクマさんとツインタワーに行ってみようと話していたのですが工事中ばかりで暗いところが多くちょっと危険かなと思い・・近くのショッピングモールへ出かけることに・・このときはコロナウィルスがこんなに大変なことになるなんて夢にも思っていなかった・・続く今日歩いた歩数・・17451歩・・10.5kmFC2・・はこちらから
2020/04/01
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スタダイスの階段から続く丘の階段を登ってセント・ポール教会を観光後・・登ってきた階段とは別の階段でサンチャゴ砦へむかいますサンチャゴ砦の後ろ姿が見えてきます左に見えるのが登ってきた階段です・・反対側のこの階段を降りてきました・・この階段を降りるとサンチャゴ砦の内部を通り抜けることができます1511年・・ポルトガルのインド総督アフォンソ・デ・アルブケルケが征服し東南アジアにおけるポルトガル海上帝国の拠点ポルトガル領マラッカと・・ポルトガル時代には要塞(サンチャゴ砦)やキリスト教会(セントポールチャーチ)が建設され司令官が常駐していましたイエズス会のフランシスコ・ザビエルはここから東アジア布教に出発しています。別名サンチャゴ砦とも呼ばれシンプルですが堅牢で中世ヨーロッパのデザインを今に伝える貴重な建造物となっています後にこのマラッカを征服したオランダの東インド会社もこの要塞を利用しました1795年に英国が防衛上必要のなくなった砦を破壊するため爆薬をセットし破壊される寸前スタンフォード・ラッフルズ卿(シンガポール中興の祖)がこの建造物は偉大な開拓者の英知を後世に伝える貴重な資料だ!と力説し爆破が中止されたため現存するただひとつの砦として公開されています正面には、オランダの掘った装飾が・・サンチャゴ砦正面に刻まれた歴史を感じさせる彫刻宣教師と兵士・船が描かれています実はこの装飾ポルトガルによって描かれたものではなく後にオランダによって彫られたものと言われています時代の移り変わりとともに様々な国の支配を受けたマラッカならではの歴史の跡・・・ポルトガルがマラッカ王朝を占領した1511年に・・沿岸防備の為にセントポールの丘を囲む形で壁と4つの砦(出入りするための門)を築きました当時は、城壁の外は海!!現在建っている大きな建物がある場所は埋立地です・・4つの砦のうちの1つがこのサンチャゴ砦マラッカは交易の要衝となりポルトガル海上帝国と呼ばれる交易体制を作り覇権を握りました取り扱っていたのは香辛料いわゆるスパイス類だそうですが・・薬物やアヘンも含まれていたとか・・門の横には大砲が置いてありますがポルトガル時代のものではなくオランダのアムステルダムで1700年代に作られた本物が展示されているそうです・・続く・・FC2・・はこちらから
2020/03/29
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オランダ広場のすぐ後ろの小高い丘はセントポールの丘ですマラッカ海峡と街をのぞむ絶好のスポット丘の上には1511年にポルトガルに占領された後の1521年にイエズス会によって建てられたカトリック教会のセント・ポール教会の姿が今も残っています・・スタダイスからマラッカの丘へは遊歩道のような小道を登っていきます晴れた日で陽射しもきつかったのですが・・ふと足を止めると真正面にマラッカ海峡が見え心地いい風を感じます遠くに帆船がみえました・・セントポール教会が見えてきましたセントポール教会にあるフランシスコ・ザビエル像はザビエルの在マラッカ400年を記念し1952年に作られたものです・・禿げてない!私たち日本人は小学校の教科書で目にしてきた肖像画により「ザビエル=禿げ」というイメージが・・ザビエルは日本でも本当は禿げていなかったのです日本で有名なあの剥げた肖像画はカトリック教会の修道士によく見られる「トンスラ」という頭頂部を剃った「髪型」として描かれたものだったのです右手が無い!完成時にあった右手がなぜなくなってしまったのでしょう・・翌年の1953年に式典を行ったとき近くにあった大きなカジュアリーナの木がザビエル像を直撃し右手が欠けてしまったと言われていますローマのジェズ教会に聖人の遺物としてフランシスコ・ザビエルの右手が1614年から保管されていますが右手のないフランシスコ・ザビエル像とジェズ教会の右手と何らかの関係があるのでは?という逸話が・・ここから見える夕景は最高だそうです・・が・・残念ながらツアーなので夕景はみれません・・セントポール教会の跡地に足を一歩踏み入れるとそこには日差しが差し込む屋根のない空間が広がっていますオランダ占領時によるカトリック教会からプロテスタント教会への移り変わりそしてキリスト教会の建立により次第に見捨てられたセントポール教会それでもなお数百年という歴史の重厚感をまとい独特の尊厳を保つ建築物はただただ美しい・・こんな圧倒感に暫し言葉を失いますきらびやで華やかな教会を想像して行くとガッカリしてしまうかもしれませんが激動の時代を乗り越えてきたという歴史を知ることでこの教会跡地を風化が進んだ廃墟と見るか歴史的価値のある場所と見るか物の見方が大きく変わってきますね・・セントポール教会の中には数々の墓碑が並べられていますその多くは1600年代のものになります一つ一つの墓碑には氏名や没年が明記されています・・中国・上川島でのフランシスコ・ザビエルの没後インドのゴアに移送される1553年3月〜12月までの9ヶ月間フランシスコ・ザビエルが安置されていた場所がメインホールの中にあります・・IHSの文字に十字架これはイエズス会を意味するマーク・・フェンスで囲まれた中の下部にあるスペースにフランシスコ・ザビエルが安置されていたと言われています続くFC2・・はこちらから
2020/03/24
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昼食後はマラッカ観光・・観光客少ないでしょ・・春節の前だったからでしょうか中国人観光客はみかけませんでした13時25分青雲亭(チェン・フン・テン寺院)明の総督鄭和を称えて1646年に中国から運んだ資材で建てられたマレーシア最古の中国寺院です・・建物は中国南部の建築様式で風水の原則に従って配置されています・・屋根には陶器で出来た繊細で美しい装飾が施されています参拝者が絶えない美しい寺院・・周辺にはお線香の香りが漂っていました・・中に入る前に上をみあげると・・柱をしっかり支えていらしゃるお姿が・・入り口の両側には可愛い狛犬?さん・・口を開けているのが阿形(あぎょう)向かって右・・口を閉じているのが吽形(うんぎょう)向かって左・・本堂内部は漆塗りで調度品も含め絢爛豪華・・中央には本尊の観音菩薩が祀られています・・媽祖(まそ・天上聖母)航海・漁業の守り神・・長い顎髭を付けている像は関羽のようです・・ボケてますがわかりますか?長い顎髭が見えますね・・ここでお線香を売っています・・その後オランダ広場に移動・・青雲亭の周囲には紙でできた高級車やお札などを売る店が立ち並んでいますこれは亡くなった人があの世に行っても困らないようにと奉納をする仏教習慣のひとつだそうです・・通りにはトライショーのおじさん・・途中で出会った素敵な風景オランダだと言っても信じちゃう風景だよねぇ・・続く・・FC2・・はこちらから
2020/03/12
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9時56分・・マラッカに向け出発・・・途中トイレ休憩を挟んで12時03分お昼のレストラン惹娘(Nyonya Manis Sayang)今日のお昼はニョニャ料理・・マレーシア発祥の「ニョニャ料理」は15世紀前後に多くの中国人がマレー半島へ移り住み現地(マレー)の女性と結婚することで生まれた料理・・中華でもマレー料理でもないここでしか味わえないニョニャ料理・・上左から右へ順に・・パイナップルカレー・・パイナップルの酸味のきいたカレー普通に美味しかった・・焼き飯・・卵・・塩味のさっぱりした味つけ・・厚揚げの煮物・・普通豚肉・・魚の天ぷら・・ちょっと辛い味噌みたいなのをつけると更に美味しく・・もやし炒め・・普通デザートはチェンドル・・黒砂糖とココナツミルクのかき氷にタピオカが乗っていますタピオカ??緑色のがタピオカでした・・マレーシアの伝統的なデザートらしいですがタピオカが微妙・・マレーシアでしか味わえないニョニャ料理・・すごく期待したけど今までと殆ど同じ見た目・同じ味だった・・ちょっと残念・・続く・・FC2・・はこちらから
2020/03/09
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プトラ・モスク(ピンク・モスク)バラ色の花崗岩で造られたピンク色のドームが美しい1977年〜1999年に建設されたイスラム教スンニ派のモスクです外観が特徴的でピンク・モスクとして知られています・・建設費用は約2億5000万リンギット(約70億円)ドームの高さは50メートル・・収容人数は約1万5000人・・プトラ・モスクの入場料は無料・・肌を露出した服装で内部見学できないため女性と短パンなどの男性はローブを借りるためローブカウンターにつながる入り口から入ります・・ローブは可愛い濃いピンク色でピンク・モスクにぴったり・・羽織っただけで中にはいろうとしたら注意されましたマジックテープで前をしっかり閉じて頭もすっぽり隠さないと駄目みたいです・・画像が暗いですがわかりますか・・靴を脱いで中に入ります礼拝堂の中央にはイスラム教徒の方のみ入ることが許されていますので非イスラム教徒の私達はロープでしきられた場所までの入場になります内部は外からの光が差し込んで非常に明るくパステル色のピンクとローズピンクのデザインがとっても可愛いです・・1階は男性・2階は女性礼拝者の専用エリアだそうです 周りを取り囲むステンドグラスから差し込む光が美しさを際立たせています・・ピンク・モスクの中でも圧巻なのがモスク内部の天井に描かれた美しいアラベスクです濃淡の違うピンク色が美しいアラベスクと優しい青色のステンドグラスが心落ち着く鮮やかな調和を作り出していますプトラ・ムスク内の広場から首相官邸が・・ピカピカの床に写り込んで美しい・・ミナレット・・バグダッドのシーク・オマール・モスクにちなんでデザインされているそうです・・ミナレットの高さは116メートルで5層になっていますこれはイスラム教の5つの柱信仰告白・礼拝・喜捨・断食・巡礼を表現しています世界で4番目に高いミナレットだそうです・・角度をかえて・・首相官邸プトラ・モスクのあるプトラ広場の北側の高台に建つ首相官邸・・イスラム様式のデザインで大きなドームが特徴的な宮殿のような見事な建築物・・ピンク・モスクにはトイレがないため隣接するフードコート内にあるトイレを使用しますピンク・モスクを出て右に行くとエスカレーターがありそこを降りていきますここからピンク・モスクの裏側がみえる!人造湖のプトラジャヤ湖に浮かんでいる用にみえます・・素晴らしい・・時間がなくて大急ぎで撮った画像です・・このあと・・走って集合場所へすでに皆さん集合していましたフリータイム40分は短い・・もう少し周りの散策がしたかった・・続く・・FC2・・はこちらから
2020/03/06
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2020年1月21日(火)晴れ8時30分・・ホテル出発マレーシアの首都クアラルンプールから南へ車で40分ほどの場所にある行政都市プトラジャへ・・プトラジャヤは政治や行政の中心地としてマレーシア国内でも大きな役割を果たしている都市です町中には行政機関を中心にスポーツ施設プトラ・モスク(ピンクモスク)首相官邸のプトラ・ビルなどさまざまな文化・政治的施設が点在していますその中心エリアに位置しプトラジャヤ随一の観光スポットになっているプトラモスクへバラ色の花崗岩を使用して造られたピンク色のドームが特徴的で「ピンクモスク」とも呼ばれています9時14分プトラ・ムスク(ピンクモスク)プトラモスクはマレーシアの国旗と13の州旗がはためくプトラ広場に面していますマレーシアの国旗・・赤・白・青の3色はかつて宗主国であったイギリス国旗の配色に由来します赤と白の横線は独立時の14の州を・・黄色はサルタンの権威を表わし月と星はイスラム教を象徴しています気になったので州旗も調べてみましたペナン州・・中央にデザインされている樹はビンロウというヤシ科の一種でペナン島の名前の由来になった植物・・青は海・黄色は繁栄を表していますジョホール州・・ネイビーブルーは宇宙または州政府を・・赤は州を守る戦士を表しイスラム世界を象徴する月と星がデザインされていますスランゴール州・・イスラムの象徴の月と星が描かれています赤は勇気を象徴・・黄はセランゴールのスルタンの王族を表していますケランタン州・・中央の州に由来して赤地に白い勲章で構成されています月と星・2つの槍・鞘のないクリス(マレーシア地方の短剣)で構成されています赤は誠実さを表し白い紋章は尊厳をあらわしていますサラワク州・・黄色は法・統一・多様性の安定性を維持することの重要性を示しています赤は勇気を表し・黒はサラワクが所有する豊富な天然資源の象徴ですペルリス州・・黄色はペルリスの王を表し青色は人々を表します黄色の帯が青色の帯の上にあるため旗は王とペルリスの人々の間で築かれた密な関係を表そうとしていますトレンガヌ州・・白はトレンガヌ州のスルタン(国王)を意味し黒は州の市民を意味します黒地を囲む白い境界線はスルタンの義務を表しています星と月はイスラム教を示していますサバ州・・左上にある山はサバ州のシンボルでもあるキナバル山をイメージしています濃い水色は平和と静けさを・薄水色は団結と繁栄を・・濃い青は強さと調和を表しています白は正義・赤は勇気と決意を・・ケダ州・・赤はケダ州の伝統的な色といわれていて繁栄を意味します黄はスルタンの権威を・盾は強さと権威を意味します左上のリースは特産物の米を・・三日月はイスラムを意味しますペラ州・・旗の三色のストライプはペラ王室を表しています白はペラの王スルタン・黄は皇太子・黒は皇太子の後に継ぐ人を示していますマラッカ州・・赤・白・青・黄とマレーシア国旗と同じ色を使うことによりマレーシアの州の一つであることを表していますイスラム国家の象徴である月と星を取り入れていますパハン州・・黒は人々を白はパハンのスルタンを表します黒の上に白があることによりパハンが王室の主権国家でありスルタンの権利を表しますヌグリ・スンビラン州黄はスルタン・赤は市民を黒は4人のアンダン(伝統的な首長)を表しています13州しかありませんね・・どうしてでしょう??もともとは赤と白のストライプはシンガポールを含む14州を表すものだったのですが1965年にシンガポールがマレーシアから独立マレーシアは13州となったのですが国旗は変わらずそのまま使っているんだそうです続く・・FC2・・はこちらから
2020/03/04
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19時30分そろそろ暗くなってきたのでレストランの隣にある船着き場へ・・ライフジャケットを渡されて船に乗り込みます船は20~30人乗りでエンジン付き凄いスピードで走るので波しぶきがあたって顔がびしょびしょ・・ホタルの生息するマングローブ目指してぐんぐん進みます・・マングローブの傍までくると船はスピードを落として静かにマングローブの傍へスランゴール河流域に生息する蛍は Pteroptyx Tener(ペトロプテックス)という種類でそれぞれの個体の寿命は3ヶ月程度次々に世代交代していくので1年中いつでも見ることが出来るそうですマレー語でBermbang(ブルンバン)と呼ばれる木の花蜜を求めてホタルが葉に集まります幼虫もまた川の近くにいる貝などをエサにしていてこの種のマングローブの川岸のみホタルが生息します条件としてはブルンバンの木が密集していること・沼地・・湿気の多い気候が蛍の繁殖に絶好の環境だそうですマレーシア語でKelip-Kelip:クリクリと呼ばれ 日本の蛍とは種類が違いかなり小さいです・・この日はホタルが少なくてこの程度しか撮ることができませんでしたこの画像はお借りしてきました・・多いときならこんなにたくさん見ることができるようですフラッシュをたかないでと注意をうけていたのに中国人の家族がフラッシュたきまくり・・ったく!!(`×´)丿ウザイ!!20時15分・・鑑賞を終えて戻ってきましたトイレをすませてバスに乗り込みクアラルンプールへ・・トイレがかなり汚い・・洋式は便座が尿だらけ・・中国人は便座をあげないで中腰で用をたすみたい私は旅の途中から和式を使うことにしました水で綺麗に洗い流してつかうと清潔だから・・20時25分出発・・21時50分ペトロナスツインタワーライトアップ鑑賞・・22時05分今夜のホテルロイヤル・チュラン・クアラルンプール・・★★★★★広くて綺麗なお部屋ですバスタブとシャワールーム・トイレが別になっていますバスタブの右にある木製の窓を開けるとベッドルーム・・私がバスタブでゆっくり足のマッサージをしている間にクマさんはシャワーですっきり・・明日もこのホテル泊だから荷物の整理はしなくてもいい・・コーヒーを淹れてまったりしてからベッドに速攻で眠りに落ちた・・( ~-ω-~)zzz~今日歩いた距離・・約4km・・6840歩・・FC2・・はこちらから
2020/02/25
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16時30分集合・・1時間50分ほど時間がありますKLセントラル駅のエスカレーターを降り直進するとNUセントラルショッピングセンターへ・・エスカレーターを登ると入り口です・・とても広くて綺麗なショッピングセンター・・一番したの階にスーパー(SAM’S GROCERIA)がはいっています・・食材から日曜品までほとんどのものが売っていますかなりお安い・・ここで・・ドライマンゴーや紅茶・チョコレート・お菓子他色々と物色・・ドライマンゴーがあったけどお値段が書いてない・・店員さんに聞くとこの機械にバーコードを通してくださいと・・オオーw(*゜o゜*)w価格が表示されます・・こういうの日本にないね・・【壁】ョω-)+ スゴイヮ…レジで精算してすぐとなりにある果物屋さん(MBG Fruitshop)へ・・果物そのものの販売をしているのですがその果物を使ったフレッシュジュースも売ってますトロピカルフルーツが食べたくてこの二種類をチョイス・・ちょっと座りたいと上の階へ移動・・コーヒーショップでラテをオーダー(*・・)ヾ^☆しまった・・・・・ ここでホワイトコーヒー飲むべきやった・・この果物もここで食べてもいい?と聞くとOK!!と笑顔で返してくれました赤いのがドラゴンフルーツドラゴンフルーツはサボテン科ヒモサボテン属ピタヤとも呼ばれています以前シチリアで食べたとき甘くて美味しかった・・これはどうかな・・(*「´・∞・`)?甘くない・・全然甘くない・・ぞ・・なんでぇ~~~~~?!マンゴーはまちがいないでしょ・・が!!これまた固くて甘くない・・そういえばタイに住む長男もタイの人は甘くなくて硬いマンゴーを食べるって言ってたな・・マレーシアでもそうなのかしら・・・・・( ̄  ̄;) うーん今までデザートで出てきたフルーツもスイカ以外は甘くなかった・・なんでやろ・・なんて思っていたら集合時間まで残り25分・・皆さん早いのでトイレを済ませて集合場所の駅までむかいます・・続く・・FC2・・はこちらから
2020/02/19
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10時50分今日のランチのお店に到着お店はまだ開店準備中で開いてませんでした皆さんトイレに・・私はゴミ箱を見つけて吐いた袋を捨てに・・顔色の悪い私に気づいた方が大丈夫?と声をかけてくださって・・その方もトイレで( )ノ_...オエェ...だったみたいです・・レストランはこのお店の奥にあります・・椅子に腰をかけて待ってたらクマさんが木に実がなっているのを見つけて馬さんに聞くとランプタンという果物でマンゴスチンみたいなのだそうですお昼はマレー料理・・鶏の酢豚風・ナシゴレン(焼き飯)・カレー味のシャコ・・烏賊と海老のなにか・・豚肉の唐揚げ・魚・青梗菜の炒めもの・デザートはガヴァ・・私はナシゴレンを少しと豚肉の唐揚げを少し・・味付けは少し辛めですが美味しかった・・デザートのガヴァは甘くなかったな・・昼食後はマレー鉄道へ・・12時18分・・TAPAH ROAD(タパー・ロード)駅着・・ここでバスと一時お別れ・・クアラルンプールまで私達は鉄道でドライバーさんは一人でバスへ・・マレーシアでは鉄道に乗る方が少ないそうです電車は12時35分発です・・私達の他にはお客さんは殆どいませんでした定刻通り電車が入ってきました新しくて綺麗な電車です・・私達はB車両・・座席指定になっています・・内部も新しく綺麗でした・・もちろんトイレもありますクアラルンプールまで約2時間・・車窓から見えるパームヤシの畑を楽しみながら移動です14時38分・・クアラルンプール着・・広くて立派な駅です・・ここでバスが到着するまで2時間ほどのフリータイム・・駅とショッピングモールが一緒になっているのでかなりウロウロできそう・・続く・・FC2・・はこちらから
2020/02/17
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次に向かった先はキャメロンハイランドで栽培している紅茶畑8時20分CAMERON VALLEY・・到着・・眼下には広大な茶畑が広がっています茶畑の中を散策することもできるようですテラス席に座ってのんびりお茶・・この紅茶はサービスで出してもらったものですお味は・・うーん・・(〃 ̄ω ̄〃ゞイマイチ・・試飲だから美味しいのはだしてもらえないのかなぁ・・このお味なら購買意欲がわきません・・その時・・歓声が上がって・・そちらの方を見ると・・ツアー仲間の男性がドローンを飛ばしてた・・画像を見せてほしかったけど一足遅かったぁ・・残念!!皆さん色々お買い物しています・・純マレーシア産の紅茶「BOH TEA」マレーシアのキャメロンハイランドは一級紅茶の生産地・・でもスーパーでも売ってるし・・・な・・ということで・・ここではパス・・買いませんでした・・9時25分出発・・行きは広くて綺麗な新道でしたが帰りは旧道・・道路の幅が狭くて急なカーブばかりですカーブミラーがないのでブレーキを踏みながらクラクションを鳴らして下っていきますこれがお腹にくる・・途中では車と車の追突事故・・そんな時ガンガンに効いた冷房の中なのに汗が・・( ̄ー ̄?).....??アレ??と思っているうちに気分が悪くなってきた・・我慢してたけどムカムカしてきて・・急いでバッグからビニール袋を取り出し|電柱|ヽ(_ _|||)))) おえぇぇぇ!!生まれて始めての車酔い・・(=xェx=) モ、モウダメそれに気づいたクマさんが大丈夫か?黙って首を横に振ってダウン・・朝はろくに食べてなかったので吐くものも大してなかったけどあんな辛い思いをしたのは初めて・・続く・・FC2・・はこちらから
2020/02/14
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2020年1月20日(月) 曇りのち晴れ6時起床・・カーテンを開けテラスに出てみる・・ホテルに入ったのは夜だったので気づきませんでしたが・・・とっても素敵なホテル・・テラスからの風景です・・7時から朝食・・ちょっと早めに行ったのですがすでに大勢の方が食事をしてました・・8時ロビー集合・・皆さん早いので7時55分に出発・・年寄りばかりで朝が早い・・ヾ(≧▽≦)ノギャハハ☆スーツケースはそれぞれ自分でバスまで運びますそのほうが早くてスムーズ・・バスの内部・・派手でしょ・・座席は1席2席の3席だからかなり大きいです・・足元もゆったりしてて楽です・・暖房がないクーラーがガンガンに効いてて・・温度調整ができないので車内はかなり寒いです・・カーディガンをずっと羽織ってました・・車窓から見えた洗濯物・・生活感があっていいね・・向かったのは昨夜ちょっとブラブラしたタナラタにある小さな市場・・ホテルからバスで5分・・一番下の画像が入り口になっていますお店があってその奥が市場になっています・・朝食を食べていた女性(左端に後ろ姿が)・・すっごくいい香りがしてました・・本当に小さい市場で皆さんが入るともう入れなくてみなさんが出てきてから私も入ってみました新鮮な野菜や魚が沢山並べられて・・その奥に行くとココナッツミルクを売ってるお兄さんが・・ココナッツを割って削って絞る作業をしていましたおじさんがお買い物・・写真撮らせていただきました・・おじさん・・写真を見せて欲しいと・・写真を見ると凄く素敵な笑顔で微笑んでくださった・・お兄さんにも声をかけて(≧∇ノ■ゝハイ、チーズ♪周りを見るとヾ(゜0゜*)ノアレアレー?誰もいません・・外にでても誰もいない・・ε=ε=ε=工エエェェΣ(;゚Д゚ノ┃柱┃何それ!!クマさんもいないし・・慌てて下のバスのところまで・・ダッシュ!≡≡≡ヘ(*--)ノ 皆さん見るものないしと早々とでてしまったみたいですクマさんまで私をほったらかした・・(#`Д´)ノゴルァァァァァ!!おると思っとった・・ヾ( ´( ェ )`)ノ フッと言いよった・・続く・・FC2・・はこちらから
2020/02/12
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15時55分・・ブキッ・メラ・ レイクタウン発キャメロンハイランドへ・・常春の楽園キャメロンハイランドはマレーシアの軽井沢とも言われるリゾート地・・暑いマレーシアとは思えないほど涼しい丘陵地帯はイギリス統治時代から紅茶の生産が盛んな地域です・・曲がりくねった山道をひたすら登るのですが新しい道路だったので幅も広くて対向車がきても問題なく快適に進んでいましたが・・皆さん結構なスピードを出していますのでちょっと怖い・・途中で反対車線の側溝に突っ込んでひっくり返ってるワゴン車が警察やレスキュー?などが来ていましたがスピードの出しすぎでうまく曲がれなかったのでしょう・・マレーシアはよく飛ばすので事故も多いと馬さんが・・私達のドライバーさんは安全運転だったので安心して乗っていられました・・マレーシアでイチゴを栽培できるのはキャメロン・ハイランドだけだそうで・・マレーシアで売っているイチゴはキャメロンハイランドで収穫されたものだそうです・・馬さんいわく・・甘くはない・・と・・山の斜面至るところに凄い数のビニールハウス・・イチゴだけでなく野菜も育てているようです・・19時05分・・レストラン着・・小雨が降ってきました・・ちょっと肌寒い・・夕食はスチームボート・・魚のすり身・・ちくわ・・だんご・・クレソン・・エビ・・きのこ・・えのき茸・・白身の魚・・ソバ・・店員のお姉さんが作ってくれ食べごろを教えてくれます・・まずスープを一口・・優しくてとっても美味しいお出汁です・・皆さん美味しいので箸がすすんでいます・・せっかくなのでいちごジュースをオーダー・・馬さんが言ってたみたいに甘くはないです・・が・・濃厚で意外とさっぱりしたお味でした・・締めのソバはチキンラーメンのような食感・・もう・お腹いっぱい・・食事をしている途中から凄い雨・・スコールですね・・20時20分・・レストラン出発・・タナラタの街の散策・・傘を持っていきましたがスコールもおさまって小雨に・・細長い商店街をo(- ̄*o))))...ウロウロ...((((o* ̄-)oイチゴが生産できるのはここキャメロンハイランドだけ・・Tシャツもイチゴ柄・・ スタバ発見・・こんなところにもあるんですね・・すぐ先ではチキンをツボにぶら下げて焼いてました・・すっごくいい香り・・思わずパシャッ! Σp[【◎】]ω・´)小さなスーパーもあって皆さん・お水やお菓子を買っています・・30分ほどのフリータイムでした雰囲気だけは味わってきました21時過ぎ今夜のホテルヘリテージ・ホテル・キャメロンハイランド・★★★★・着・・お部屋は広めで清潔・・バスタブ付き・・湯沸かし器もついています・・お湯を沸かしてコーヒーを入れてちょっとまったり・・バスタブにお湯を張ってゆっくり足のマッサージ・・今日歩いた距離・・約8キロ・・約12900歩・・続くFC2・・はこちらから
2020/02/10
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このリハビリセンターには20頭のオランウータンがいるそうです寿命は50年位・・しばらく進むと今のボスのビージェーがビージェーは32歳だそうです・・まだまだ大きくなりそうですね・・飼育員の方をじっと見ています・・お口を開けてなにか食べてますね・・蜂蜜水だそうです・・蜂蜜水甘くて美味しいんだね・・この子はヒロシ君・・飼育員さんからパパイアをもらっています器用に棒を使って飼育員さんが落としたパパイアを引き寄せて食べていました・・戻るときにとっても愛嬌のいいオランウータンが・・こっちを指差したり・・手を上げたり・・※*+。:.゚ヵワヽ(´∀`。)ノエェェ゚.:。+゚*※船は1時間に一本だそうでそろそろ集合時間です・・中にはちょっとしたお土産と飲み物が売ってました・・船に乗り込んで戻ります階段がとっても急でしょ水位が相当下がってるからみたいですこれ以上下がると船が運行できなくなるそう・・続く・・FC2・・はこちらから
2020/02/08
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昼食後はオランウータンリハビリセンターへ・・韓国がつくったペナン橋を渡ります・・本土とペナン島を結ぶ橋で1985年に建造・・マレーシア国内では2番目に長く13.5kmあります・・橋の通行料はペナン島に入る時だけかかり出る時は無料マレーシア国内で1番長い橋は2014年に中国が作ったペナン島南東部のバトゥマウンと本土のバトゥカワンを結ぶ全長24キロメートルのペナン第二大橋・・私達は二番目に長い橋を渡ってブキッ・メラ・ レイクタウン オランウータン保護島へ・・ペナン大橋を渡りマレー半島を南下したところに「ブキッ・メラ・レイクタウンリゾート」という広大なテーマパークがありその中にオランウータンの保護地区がありますパーク内には7000エーカーの湖がありその中に浮かぶ小島がオランウータン島ですオランウータン島まではボートで10分ほどですが1年のうち何日かは湖の水位が下がりボートを運航できずオランウータン島へ行くことができない日があるそうですチケットは手首にブレスレットみたいにはめてくれますブキッ・メラ・オランウータンリハビリセンターボートで約10分・・あっという間にオランウータン島に到着・・この島でオランウータンは保護され暮らしています・・マレー語で「森の人」の意味を持つオランウータン・・もともとマレーシアではボルネオ島にしか生息をしていない希少な動物なのですが森林伐採や密猟などにより今では3万匹にまで減ってしまい絶滅の危機に瀕していますオランウータン保護区ではそんな生息地を失って行き場を亡くしたオランウータンたちがリハビリテーションを受け元気になった証として森へ返される仕組みになっています・・ブキッ・メラ オランウータンリハビリセンターではオランウータンができるだけ自然に近い環境で暮らせるようにという配慮から柵の中に人間が入って見学するスタイルになっています・・進んでいくと2012年に亡くなった初代ボスが出迎えてくれます(≧∇ノ■ゝハイ、チーズ♪実物大の初代ボス・・でかっ!!クマさんが可愛く見える・・ヾ(≧▽≦)ノギャハハ☆続く・・FC2・・はこちらから
2020/02/06
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寝釈迦仏寺院(ワット チャヤマンカララーム)ペナン島が英国に統治されていた1845年にビクトリア女王から与えられた土地に1900年に建設されたタイ式のお寺です・・本堂の前には巨大な龍や7つの首を持つヘビ・・ハヌマンや半人半獣の神などの極彩色の像が並んでいて壮観です本堂に入ると「リクライニング・ブッダ」と呼ばれる33メートルの寝釈迦仏像が目に飛び込んできますその巨大さと金色の服を纏ったきらびやかさに圧倒されますタイ・ミャンマーのものに次いで世界で3番目に大きい寝釈迦仏像ですこの寝釈迦仏はお釈迦様が悟りを開き涅槃の境地に達した様子を表しています寝釈迦仏像の下に全身金色の座禅を組んだお坊さんがおられますがこれは本物のミイラで金箔に覆われています・・裏側には信者の骨壷が納められています流石に写真は撮ってません・・亡くなった方は土葬か火葬となるそうです・・土葬の場合はお墓に納め・・火葬の場合は涅槃仏の裏にある棚に骨壷を納めるんだそうですお昼は東方海鮮航で店内に入るとたくさんある水槽に生きた魚・エビ・蟹・・その中に大きなシャコがあり・・思わず・・パシャッ! Σp[【◎】]ω・´)馬さんはメインは「きしめん」と言ってましたがきしめんより幅広いワンタンって感じ・・優しいお出汁がとっても美味しかったです・・回るテーブルにはチキンの酢豚風・・キャベツ炒めもの・・厚揚げの甘辛煮・・もやし炒め・・魚の酢豚風・・デザートはスイカ・・残念ながら写真は撮れませんでした・・マレーシアに来て初めての中華料理どれもとっても美味しかったです・・温かい烏龍茶がサービスで出たのは嬉しかったな・・続くFC2・・はこちらから
2020/02/04
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次に向かったのはCHOCOLATE & COFFE MUSEUMチョコレートの作り方からコーヒーの歴史までイラストでわかりやすく書かれていましたお土産コーナーに並んでいるチョコレートは全て試食ができます・・「Beryl's」のティラミスチョコが美味しかったので買いたかったのですがまだ観光の初日・・ずっとバスの中に持って入るのは荷物になるしスーツケースに入れるときっと溶けちゃう・・諦めましたマレーシアで人気のホワイトコーヒー・・これちょっと気になる・・ホワイトコーヒーとはマレーシアで飲まれている伝統的なコーヒーでコーヒー豆を焙煎する過程でマーガリンを一緒に入れて浅めに焙煎することが特徴的で苦味がないものの味は濃厚でマレーシアでは大人気な飲み物・・ホワイトコーヒーの発祥地はマレーシアのペラ州にあるイポーという都市そのために「イポーホワイトコーヒー」と呼ばれることもホワイトコーヒーが生まれたのは19世紀・・もともとマレーシアではコーヒー豆を焙煎する段階でマーガリン・砂糖・小麦粉を混ぜる伝統があったそうです砂糖の代わりに加糖練乳を加えて淹れるのが一般的でベトナムコーヒーと共通します・・試飲はできなかったけど豆を購入してきました・・入り口のところにカカオの実が・・取らないでって注書きがあります・・確かにこれ見ちゃうと取りたくなっちゃうよね・・o(*^▽^*)oあはっ♪続く・・FC2・・はこちらから
2020/02/03
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春節の飾りでいっぱいですね・・一番下の画像・・大きなネズミが飾っているのが見えますか・・年男のお祝いをしているようでした・・順番に名前を呼ばれて壇上に上がっていましたクマさんも年男・・2月には72歳になります・・記念に(≧∇ノ■ゝハイ、チーズ♪カピタン クリン モスク1801年裕福なインド人のイスラム教徒カウダー・モフディーンによって建てられたマレーシアでも最大のモスクのひとつで「カピタン・クリン」というモスク名も彼の名にちなんでつけられました建物はインドの伝統的なムガール様式でドームには美しいミナレットがついていて礼拝堂も洗練された荘厳な雰囲気だそうです移動しているといい匂いがマレーシアは屋台がとっても美味しそうです・・馬さんからは食べないでといわれたので横目でみるだけ観音寺ペナン島に入植した広東人と福建人によって建てられたペナン島最古の中国寺院・・1800年代に造られたもので柱や屋根には美しい彫刻が施されています建物は風水にのっとって建てられていて寺院内には慈悲の女神と呼ばれる観音様が祀られています熱心な参拝者が朝早くから次々と訪れお香の絶えることがありません寺院近くではお線香などを売る露店が賑やかに並んでいましたセント・ジョージ教会1818年に建築された東南アジア最古のイギリス教会大理石の床と高い尖塔をもつ白亜の建物で広い芝生と樹齢を経た木々の緑が美しさを際立てています続くFC2・・はこちらから
2020/01/31
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ジョージタウンの散策で人気なのはストリートアート=「壁絵」めぐりですがチャイナハウスの近辺はそのゴールデン・スポット・・ジョージタウンは2008年にユネスコ世界文化遺産に登録された街で世界遺産登録記念を祝う祭典として2010年から毎年ジョージタウンフェスティバルが開催されていますアーネスト・ザカレビッチ(Ernest Zacharevic)さんは2012年に開催されたジョージタウンの世界遺産登録を祝う「George Town Festival 2012」で発表されたストリートアートで一気に有名になりましたその町の人々の生活や文化に寄り添った作品が数多く眺めているとその街でいきいきと遊び生活している人々のノスタルジックな世界に引き込まれます・・また自転車やバイク・イスなどを使いインスタレーションとグラフィックを組み合わせている点も特徴です世界各地で壁画アートの制作をしていますがマレーシア国内ではクアラルンプール・イポー・ジョホールバル・クチンなどの街でも壁画を描いていますアーネスト・ザカレビッチさんは1986年生まれでリトアニア出身のアーティスト・・幼い頃から新聞にクレヨンで落書きをしてたそうです11歳の時からアートスクールで学びロンドンに留学してファインアート学士号を取得・・Little Boy with PetDinosaur小さな男の子が描いた恐竜が絵から抜けだしたので恐竜に首輪をつけて散歩させているという絵でしたバイクの少年の驚いた顔は恐竜を散歩させている男の子を見て?Boy on a Bike / Old Motorcycleアーネスト・ザカレビッチさんの作品バイクは本物・・赤い扉に書かれた少年がバイクに座っているように見えます歴史ある古い壁や扉をそのまま生かしているところも趣があっていいですね・・朝早かったからでしょうか私たち以外の観光客がいなかったのでゆっくり写真を撮ることができました・・この辺りには多くの中国寺院があります世徳堂謝公司(チャーコンシー)は謝一族の住宅兼道教寺院(1873年建設)でペナンでも最も古い寺院の一つだそうです・・芝生の広い庭が目を引きますね・・バイクに乗る少年&男の子とペットの恐竜自転車に乗る子供たちの壁画は世徳堂謝公司(チャーコンシー)を挟む形で位置していますここが一番有名な壁絵のある所です・・先客がいますね・・Little Children on a Bicycle / Kids on Bicycleアーネスト・ザカレビッチさんの作品姉の背中にしがみつく弟・・初めての自転車なのか怖いながらも楽しそうですね・・子供時代を思い出させてくれる作品です・・ペナンのウォールアートの中でも特に有名な作品で謝公司(Cheah Kongsi)が所有する敷地に描かれた壁画です・他にもたくさんの壁絵があるようですが馬さんが案内してくださったのは以上でした・・アーネスト・ザカレビッチさんの作品が主ですね・・みなさんも行かれる機会がありましたらたくさんの壁絵を探しながら歩かれるといいかと・・ツアーでは時間の制限があるのでちょっと残念・・続くFC2・・はこちらから
2020/01/29
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2020年1月19日(日)晴れ6時頃イスラム教の朝の祈りの放送で目が覚める・・朝食は6時30分からホテルのレストランでビュッフェ形式7時前にレストランに行くとツアーの多くの方がすでに食事中・・参加者は殆どがリタイアされたご夫婦・・女性二人組・ご兄弟がそれぞれ一組一組だけ娘さんとご両親の三人参加で若い方はその娘さんだけでした・・ホテルの前は春節の飾りが施されています・・8時20分ホテル出発・・今日の観光は世界遺産であるジョージタウンマレーシアのペナン島にあるジョージタウンは18世紀・・英国の植民地となりアジア・中東・ヨーロッパを結ぶ貿易港として栄えた町・・植民地時代の美しい街並みが今も残り世界遺産となっていますジョージタウンには中華系・インド系・・マレー系といった様々な人種が生活をしていて多彩な文化とグルメが楽しめるのも魅力またストリートアートといった新しい文化も生まれ散策がとても楽しい町となっています・・18世紀に英国の植民地となったジョージタウンにはその当時に建てられたヨーロッパ風の建造物が数多く残っています上の写真は1903年に建てられたシティ・ホール(市庁舎)です・・コーンウォリス要塞1786年に東インド会社のフランシス ライト(Francis Light)が初めて上陸した所に建造された要塞ですコーンウォリスとは当時の東インド会社提督の名前で当時は木造だったそうです1810年頃に現在のようなレンガつくりに建て直されました当時はこの周りは海だったそうです・・朝早くてまだ開いてなく中に入ることはできませんでした目の前にマラッカ海峡・・一番上の画像は車窓からバスを降りて西洋・中国・イスラム・ヒンドゥー文化が融合する独特の雰囲気を持つ町並みの中を徒歩で移動・・向かった先は・・続くFC2・・はこちらから
2020/01/28
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2020年1月18日(土)晴れ午前4時過ぎに自宅を出発・・神戸-関空ベイシャトルに着いたのは5時40分・・6時30分の出発まで時間があるので握ってきたおにぎりにかぶりつく・・神戸から関空まで船とバスで40分ほど・・関空の団体受付で受付を済ませ荷物を預けて窓側の席をゲット・・ゲート13にて午前8時20分に撮った画像です・・朝日がとっても綺麗でした・・マレーシア航空・・MH0053・・09時55分発・・クアラルンプール・・クアラルンプールまで約7時間・・昼食はチキン・ビーフ・ジャパニーズから私たちはジャパニーズ・・お蕎麦は美味しかった・・ご飯がネチネチで煮物はとろみがつきすぎて・・残念なお味・・軽食はアイスクリームとカップケーキこちらは美味しくいただきました・・機内では「マレフィセントⅡ」を見て・・その後「IT」それが見えたら終わりをみていましたが途中で眠りに落ちてしまいほとんど見ていません・・クアラルンプールが見えてきました眼下にはパームヤシの林が・・時差は-1時間・・現地時間15時47分予定通り到着・・ここで乗り換えてペナンまで行きます空港内の移動は電車と聞いていたのですが電車が動いていなくてバス移動に・・今回は現地ガイドさんだけで添乗員さんはいません・・チケットでZONEを確認して自分たちで移動です・・今夜の食事はついていませんので軽く食べることに手前の丸いのは揚げパンの中に餡・・細長いのがよくわからないけどクリームっぽいものが下のがサンドイッチでちょっとピリ辛・・クアラルンプール発18時55分発・・MH1162・・ペナン・・飛行時間約1時間・・ペナン着19時55分・・荷物をとって外にでると現地ガイドの中国系の馬(マー)さんが待っていました・・今回のツアーは26名・・バスは2席・1席の3席で広くてゆったりしたシートです20時25分バスでホテルへ・・バスの中で現地のお金と両替・・1リンギット=30円馬さんが10000円分を用意していました21時30分・今夜のホテル着画像はホームページからお借りしました・・ベイビューホテル・ジョージタウン★★★★・・中に入るとここは中国か?!という飾り付けがされていました春節が近いからだそうです・・お部屋は広くて清潔でした・・お水もサービスでついています・・ポットもコーヒー・紅茶も揃っています・・ゆったりした広めのベッドで爆睡・・続く・・FC2・・はこちらから
2020/01/27
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1月18日~23日まででかけていました今朝は早朝に関空着ほとんど寝てなくて帰宅するとクマさんと二人で爆睡・・ここはどこでしょう・・か・・o(*^▽^*)o~♪FC2・・はこちらから
2020/01/23
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厳島神社から次に向かったのは広島の平和記念公園・・平和記念公園は広島市の中心部にある広大な公園で世界の恒久平和を願って爆心地に近いこの場所に建設されました園内には原爆投下当時の広島の様子を展示した広島平和記念資料館や世界遺産に登録されている原爆ドームや原爆死没者慰霊碑・国立広島原爆死没者追悼平和祈念館・・広島国際会議場などがあります原爆死没者慰霊碑ずっと来たいと思っていたところ・・目の前に立つと・・凛とした空気が身体の中を吹き抜け・・不思議な感覚に襲われた・・怖いとか悲しいとかいう感覚と全く違ったもの気がつくと深く頭をさげていました・・平和への願いを込めて鳴らされる平和の鐘の音は環境省が選んだ残したい日本の音風景100選にも選ばれていますぴあちゃんがポットさん・その鐘ついてもいいんだよ・・そっとついてみると心の隅々まで響く清らかな音色・・目を閉じて安らかにと祈りました・・原爆ドームとはもともと行政機関の事務所として使われていた建物で第二次世界大戦当時は「広島県産業奨励館」と呼ばれていましたチェコ人の建築家ヤン・レッツェルによるネオ・バロック風の設計で1915年に開館当時3F建ての大胆な西洋風建築はめずらしく広島県産業奨励館は広島の名所の1つに数えられるほどでしたしかし原爆投下によって美しい建物の本体が全壊し中央のドームとその周囲の枠組み外壁だけが残りました周囲の建物のほとんどが爆風で吹き飛んだのに対し原爆ドームだけが残存した理由としては「ほぼ真上で爆発が起きたこと」が挙げられています1996年にユネスコ世界遺産に登録されました少し時間は早いけど渋滞にあって新幹線の時間に間に合わないといけないので広島駅に移動です・・思ったよりスムーズに移動ができ車を止めた場所が駅直結のビルだったのでお茶することに洒落たお店はどこもいっぱい・・ぴあちゃん・・あそこなら空いてると思うと向かったお店はカープの喫茶店・・お客さんは私達だけ・・思いっきりゆっくり出来ましたケーキは店員さんお勧めの瀬戸内レモンケーキ・・レモンの酸味がさっぱりしてて美味しかったぁ・・名残惜しかったけどぴあちゃんとはここでお別れです・・ぴあちゃん・・すっごく楽しかったよ・・゚・:,。★\(^-^ )♪ありがと♪( ^-^)/★,。・:・゚FC2・・はこちらから
2019/11/02
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2019年7月11日(木)日付が変わりチェックインが始まりましたAM1時40分発・・JQ671便で・・ダーウィンからシドニーまで4時間のフライト機内に乗り込むと爆睡・・シドニーで1時間の時差・・6時30分着・・スーツケースを持って国内線から国際線にバス移動です・・バスの場所がわかりにくくてo(- ̄*o))))...ウロウロ...((((o* ̄-)o無事バスに乗り国際線でチェックインをすませ・・お腹が空いていたのでクロワッサンサンドとラテで朝食・・待ち時間に免税店を覗いてみたりちょっとしたお土産を買ったりして時間つぶし19時55分・シドニー発・・QF337便にて関空まで10時間の飛行・・少し遅れて出発は10時30分でした・・楽しかった思い出をいっぱい抱えてオーストラリアにさようなら・・早速映画のチェック行きにキャプテン・マーブルとアクアマンをみたのでクリント・イーストウッドのTHE MULE(運び屋)・・ホラー映画のアス・・アリータ・バトルエンジェル・・MEG ザ・モンスター・・をみていました食事はメインがローストチキンのサラダ・・全粒粉のペンネ・・クリーミーベーコン・・ドレッシング和え生姜醤油の豚バラ肉の角煮・・シャロットのせコシヒカリ蒸し魚のレモン・ケッパーズソース・・さつまいもののピューレ・・スナックエンドウを添えて以上の三種類から選べます私はチキン(上画像)クマさんは豚バラ肉の角煮ガーリックとハーブのフォカッチャ・・ブレッド・アンド・バター・プディング・・ミッドフライトスナックにアッサムティーとライチのバターバースト・ビスケットかWeisアイスクリーム私達はアイスクリームに・・到着前には(画像下)かぼちゃのフェタチーズのタルトか飲茶盛り合わせ・生姜醤油と共に・・二人とも飲茶に・・カンタス航空の機内食美味しいしエコノミーでも充実していました・・少し出発が遅れたので予定より20分遅れの19時20分(日本時間)関空着・・これでオーストラリア3000km縦断の旅はおわりとしますFC2・・はこちらから
2019/10/26
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15時03分テリトリー・ワイルドライフパーク出発ダーウインへ戻る途中ベリースプリングス・ネイチャーパークをみかけ立ち寄ることにダーウィンの南60km・・熱帯雨林の中にある美しい泉がベリースプリングスです・・一帯は自然公園ベリースプリングス・ネイチャーパークになっていてウォーキングトラックも整備されています泉では乾季なら遊泳も可能ですたくさんの人達が遊泳を楽しんでいました入場は無料で市民の憩いの場となっているようでした・・30分ほど散策をしてダーウィンへ・・市内に戻ってスーパーの駐車場に車を止め時間つぶし・・お腹も減ってきたのでお店を物色しているとタイ料理のお店発見そろそろ違った味が恋しかったので入ることにまずはビールとコーヒーフロートで(ノ゜▽゜)ノ ☆:*:・おつかれさま・:*゜☆左が平ったい麺で作った焼きソバ・・右が焼き飯・・とりあえず二種類だけオーダーして大正解すっごく量が多くてしかも・・激ウマ!!空港に行くにはまだ時間は早かったけどうろうろするところもないし空港に向かうことに空港の手前でガソリンを満タンにしてレンタカーを返却・・空港には19時35分着レンタカーの窓口でキーを返却し終えたのは20時くらいだったかな・・飛行機は夜中出発なので4時間ほど空港で時間つぶしです・・続く・・歩いた歩数・・17541歩・・約11km・・FC2・・はこちらから
2019/10/21
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2019年7月10日(水) 快晴昨夜の下痢は何だったのか????みたいにお腹もいたくないし体調も問題なし体調はすこぶる快調です・・昨日スーパーで買い出ししたパン・ポテトサラダ・西瓜・苺・ヨーグルトでテラスで朝食・・チェックアウトの10時までまったり・・ホテル9時50分出発先ず空港の場所を確認その後向かったのはテリトリー・ワイルドライフパークベリースプリングスに隣接した約400haという広大な敷地を持つ動物園です園内ではノーザンテリトリーで見られる野生動物が自然に近いかたちで飼われていますいくつかのゾーンにわかれていてゾーン間を連結自動車で移動しゾーン内は勝手に歩いて見て回るというスタイルです夜行ゾーン・・ここは動物の餌を作るところ・・コウモリ・蛇・トカゲ・カエル・・ゾーンを移動する連結自動車で移動です連結自動車は園内をぐるぐる回っていますから少し待てばすぐに来ます・・鳥のコーナーに大きなトカゲも・・バラマンディ(下真ん中画像)魚料理といえばでてきたバラマンディ白身でとっても美味しかったです・・スズキ目アカメ科に属する大型魚で成魚は全長2m・体重60kgまで成長します・・ディンゴ・・ガイドが餌をもっているのでガイドの姿を見つけると姿を表します鉄屑で作られた牛・鳥・・・うまく作ってますね・・こういうのがあちこちに飾ってます・・広い園内にはカンガルーもいると思ったのですがみることが出来ませんでしたオーストラリアで一度もカンガルーを見なかった・・な・・メインステーションまで戻ってラップサンドとスプライトで軽くランチ・・15時03分出発・・続くFC2・・はこちらから
2019/10/17
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ジャンピングクロコダイルを楽しんだ後は今夜のホテルに向かいます12時38分出発・・暫く走ると゚+.(ノ*`・Д・)ノ*.オオォォ☆゚・:*☆ビルの立ち並ぶ町・・自然の中ばかり走ってきたからビルの立ち並ぶ町が新鮮・・13時35分今夜のホテル・・オーストラリア最後の夜を過ごすアルガスアパートメント・ダーウイン着すっごく綺麗な高層ビルです・・チェックインは14時からということでロビーでしばし休憩・・14時前にはキーをもらえましたエレベーターはルームキーをあてないと上がれませんセキュリティーもバッチリですねドアを開けるとスゴ━━ヽ(●'∀`*●)ノ━━イッ☆★めっちゃ広くて綺麗です・・2ベッドルームにそれぞれバス・シャワー・トイレ・・今回は私達がツインベッドの方をツインベッドの方はバスタブ付き・トイレ別ですOちゃんご夫婦はいつもシャワーしか使わないしダブルでいいよと・・キッチン・ダイニング・リビング・バルコニー・・キッチンはアイランド式・・お洒落ぇ・・・テラスが広くて素晴らしい風景が目の前に広がっています身体を乗り出して見ると海が見えました・・徒歩圏内にスーパーや賑やかな通りがあるのでちょっと町の中を散策に・・繁華街を通り抜けると海が広がっていましたこの日はとにかく暑くて・・日陰に入るととっても気持ちが良かったです・・海を見て・・スーパーのところまで戻ることに・・スーパーで明日の朝食の食材やビール・・お土産用にクッキーや紅茶を買い込んできました・・オーストラリアはイギリス領だったから紅茶が美味しいからね・町中には道端に座り込んで物乞いをしたりお酒を飲んで奇声を上げるアボリジニの人たちの姿が・・警察署前にはカートをもったアボリジニのおばあさんが座り込んでたし・・町中の写真も撮りたかったけど躊躇してしまって撮ってません・・思い過ごしかもしれませんが揉め事に合うのが個人旅行では一番怖いですから・・ツアーなら撮ってるな・・・・……(-。-) ボソッ一度ホテルに戻り食材を冷蔵庫に入れてテラスで冷えたビールとOちゃんおすすめのチーズをおつまみに・・“o(><)o”くう~! 美味しい・・最後の夜はちょっと豪華に海まで出たときに見つけておいたシーフードレストラン・・CHAU・・店内でなくテラス席で・・ツーリストメニューにブロ友さんのご指摘でTRUSTとありますシェフの一押しと言ったところでしょうか・・・ツーリストだと思いこんでいました訂正いたします・・料金は二人からオーダーでき一人前99ドルです・・日本円にして一人8000円弱です・・私達の食べたいものが盛りだくさん・・牛肉・魚・タコのマリネ・肉団子・刺し身・・どれもとっても美味しかった・・デザートはシャーベットとアイスクリーム・・もうお腹パンパン・・目の前の海が夕日で染まってきてロケーションも最高・・オーストラリア最後の夜に相応しいディナーで大満足・・ホテルに戻るとテラスからの夜景が素晴らしくて・・お風呂にはいってビールでも飲もうと話していた時・・Oちゃんの旦那様が車のキー持ってる?Oちゃん・・私・持ってないけど・・リュックをひっくり返して探したけどない・・あちこち探しても見つからなくてもしかしたらお店で落としたか途中で落としたかも・・Oちゃんご夫婦は鍵を探しに出かけていきました二人がでかけた後・・クマさんがWi-Fi繋ぐってテーブルのところでしてたけど見なかった?(゜O゜;アッ!・・見た・・見た・・車のキー・・テーブルの上にあった・・Wi-Fiの暗証番号がキーに書いてることが多くて見たわ・・間違いない・・2時間後・・色々探したけどなかったから警察に届けを出してきたと・・帰ってきた二人・・私・テーブルの上に置いてるの見たよ・・絶対にあった・・Oちゃんの旦那様・・すぅ~~と自分たちの部屋に行ってごそごそしてると思ったらカバンにしまったの忘れてた・・と・・キーを手に・・エッ(゚Д゚≡゚Д゚)マジ?テーブルに置いてるのを見て車のキー・・しまっとくでって言った・・と・・Oちゃん・・そんなん私聞いてえへんし・・ここで行き違っちゃったのねぇ・・最後に運転したのがOちゃんだったからOちゃんが持ってると思いこんでしまったみたい・・なかったらどうしようと思ってたとOちゃんほんまに人騒がせな人やな・・ほんでもあってよかった・・と笑ってた・・こんな状況で笑って話すOちゃんスゴィッ(*゚д゚ノノ私だったらマジ切れしてるな・・気持ちも落ち着いてところでOちゃんとビールを飲みながらお喋り・・町中を鍵を落としてないか辿っていたとき警察署の前に座り込んでいたおばあさんがまだいてパトカーで送ってもらってたよ・・タクシー代わりにしとんかなぁ・・と話してくれましたでね・・Oちゃんご夫婦を待っている間にクマさんと私・・お腹は全く痛くないのにトイレにすわるとシャーーーー!!下痢しました・・Oちゃんにその話をするとポットちゃんも????私も旦那もやねん・・トイレに座るとシャーーー!!お腹は全然痛くないんやけど・・なんや変やな・なんやろ???体調も悪くないしお腹も痛くないし・・何だったんでしょう・・(○ ̄ ~  ̄○;)ウーン・・・その夜は遅くなったけど明日は特に予定もいれてないし飛行機は夜遅い便なので朝はゆっくりできるし・・とにかくキーがみつかって良かった・・良かった・・続く・・歩いた歩数・・15100歩・・約10km・・FC2・・はこちらから
2019/10/14
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2019年7月9日(火)快晴今日はジャビルからダーウィンまで約251kmの車移動です朝・・8時35分出発車にスーツケースを積み込んでいたら昨夜の女性が走り寄ってきて・・やけどした指をみせ・・すごく楽になりました・・ありがとう・・とハグしてくださいました・・薬を塗った指先にはきちんとラップが巻いてありそれを見た私は安心したのでした・・お互いにいい旅をと言葉を交わし別れを告げて最初に向かった先はマムカラ・バードサンクチュアリ・・到着したのは8時58分・・カカドゥを代表する大湿原で入り口にあるバードウォッチング小屋から湿原に生息する数々の水鳥がみられます集まってくるのはホワイトフェースヘロンやグレーターイグレットなどのサギマグバイグースやウィスリングダックなどの野鴨・・ペリカンなどですが時間がおそかったのか見えたのは鵜・鷺・シギのみでしたしかも遠くて写真には撮れませんでした・・9時12分出発途中でダーウィンにはいりました・・10時40分ダーウィンにやってきたら見逃せないジャンピングクロコダイルフォッグダム保護区からほど近いアデレード川で数社がクルーズを運行しています私達はアーネム・ハイウェイ沿いのアデレードリバー・クルーズに参加することに・・5~11月は毎日・・9:00・11:00・13:00・15:00で約1時間のクルーズです・・なんとか11時前について受付に行くと満席でキャンセル待ちということでした暫く待っているとキャンセルが出たよ・・と男性が声をかけてくださって・・この後の時間も満席だったので最悪・明日の予約を取るしかないねと話していたので凄くラッキー!!現在トップエンド地区には約6万頭のワニが生息していますその一部は人をも襲うイリエワニでアデレード川にはおよそ1600頭余りのイリエワニがいるそうです・・出航すると間もなく船目指してワニが泳いでやってきます船からひもに肉を付けて川面にたらすとその肉の真下にワニがやってきますガイドのおじさんがタイミングを見計らって肉を引き上げるとつられてワニが水上へジャンプします目の前で豪快にジャンプするイリエワニの姿は大迫力!ワニ以外にも船の周りに集まるトンビに餌付けをします運が良ければシーイーグルやジャビルーを見ることも出来るらしいですが今回は残念ながらみれませんでした・・こんな体験初めてでめっちゃ楽しかったけど川に落ちると・・・死ぬな・・・クルーズが終わったのが12時過ぎお腹も空いてきたので売店でカプチーノ・クロワッサンのサンド・チキンサンドで軽いランチを食べて出発したのが12時38分・・続く・・FC2・・はこちらから
2019/10/09
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ウビアのロックアートやアーネムランドの絶景を楽しんだ後15時30分出発ホテルに戻る前にスーパーへよりビールを買いたいと思ったのですが小さい町だからリカーショップはないよ・・とお店の方が・・16時20分ホテル着プールサイドのバーでビールを飲むことに・・“o(><)o”くう~!うまい!!ちょっとゆっくりして18時頃昨日と同じレストランへ・・レストランはここしかないんだよねぇ・・ビールを買った同じカウンターでオーダー・・昨日のメニューと比べるとちょっとだけだけど変わってました・・ランプ肉・・ハワイアンピッツァ・・卵のキッシュピッツァのチーズが美味しい・・ランプ肉も柔らかくて(゜∇^d) グッ!!ゆっくり食事を楽しんだあと部屋へシャワーを浴びて部屋に戻るとまたまたOちゃんが椅子に座って涼んでました・・二人でまったりした時間の中でお喋り・・この時間・・最高なんだよ・・夜・・寝る前にトイレに行くと子供を叱っているお母さんの声がお子さんの不注意でお母さんが指にやけどをしたみたいずっと水で冷やしていました気になって声をかけるとやはりそうみたいで指先3本にやけどしてて水ぶくれになってる指もありました・・ちょっと待っててねと声をかけて薬を取りに部屋へ戻って来て薬を塗ってあげ・・薬を分けてあげました・・痛みがおさまるといいなと思いながらベッドに・・速攻で眠りに落ちました続く今日歩いた歩数9800歩・・約7kmFC2・・はこちらから
2019/10/08
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13時34分・・ホテル出発ガソリンを入れるためガソリンスタンドに立ち寄りロックアートの宝庫ウビアへ・・14時20分・・UBIRR ART SITE着・・カカドゥ国立公園の名前の由来は地元のアボリジニ「ガガジュ族」に因みます土地のほとんどはアボリジニ所有のものでその祖先たちが残した2万年前の貴重な壁画(ロックアート)は必見です・・主なロックアートギャラリーはウビアとノーザンジーロック・・先に(19)でご紹介したノーザンジーロックに続いて今回はウビアを観光します・・アボリジニのロックアートは基本的に2種類あるそうです1・・絵自体が大切な教えのあるロックアート・・2・・絵を描く行為が大切なロックアート・・上の画像ですが・・木漏れ日が差してて凄く見にくいですのですが・・よぉ~~くみるとなんとなくわかっていただけるかと・・ウビアも人間や動物の骨格を細かい線で表現するX線画法という手法が用いられています泥棒をしてはいけないという教訓漁師のマブユが釣りをしててかかった魚の釣り糸をたぐっていた時・・釣り糸を切って魚を盗んだ人がいましたその夜・・マヴユは泥棒が彼の魚を食べイーストアリゲーター川の近くの洞窟の中で眠るのを待ち巨大な岩で洞窟を塞いでしまったのです・・翌日・泥棒たちは洞窟からでてくることが出来ずに死んでしまったと・・A Home Becomes An Art Galleryアボリジニの人々は2万年以上ウビア周辺に住んでいますウビアの住民の生活の中で重要なイベントを記録した芸術(ロックアート)は世界遺産となりました・・生活の中で現代の出来事を説明するために古い絵の上から絵を描いたようです絵を描くことは彼らにとって古い芸術作品よりも重要でした・・というようなことが書かれていました魚の絵が多いです・・黄土色の絵の下に20000年前の古い絵がある・・どんな絵だったんだろうと想像してみてくださいワクワクしませんか・・上を見て・・見上げると・・こんな高い所にどうやって描いたんだろうという場所に絵が・・説明を読んでみるとアボリジニの人々はMimiの精霊が魔術師を描いたと信じています(Mimi??これが何なのかわからない)Mimiの精霊はとても背が高くて薄いので思いがけない場所に絵を描くことができますMimiの精霊はほとんどの人には見えませんがアボリジニの人々に伝統的なデザインの絵をたくさん描くように話しました・・ティラシン(Thylacinus cynocephalus)・・有袋類のオオカミ(タスマニアンオオカミ、ティラシン)は絶滅した哺乳類でありティラシン科の唯一の種です更新世の終わりから完新世の初めにかけてティラシンはオーストラリアとニューギニアに広く分布していましたが最後の数年間はタスマニアでしか見つかりませんでしたティラシンは肉食で主にカンガルーとワラビーを食べていましたウォンバットのように子供を袋に入れて移動しますディンゴがオーストラリアにやって来てからテイラシンの個体数は減少し始めたと考えられていますこの画像は絶滅前に描かれた可能性が高いため少なくとも4000年前と推定されています・・ディンゴのことを書いているとクマさんがディンゴは野生の犬っていわれてるけど違う種とか言ってたよ・・とで・・調べてみるとこういうのが研究者ら20人は生物分類学の国際学術誌「Zootaxa」で5日に発表された論文でディンゴにはイエイヌや野生化した犬とは異なる多くの特徴がありオオカミやキツネが属するイヌ科の他の野生動物とも違うと主張1000年以上にわたりオーストラリアという地理的に隔絶された環境に生息し家畜化された痕跡もないことからディンゴを犬とする「証拠はほとんどない」と結論付けたBB NEWSより抜粋・・マークされた順路を歩きます・・ロックアートの保護・・ロックアートは風・ゴミ・雨・動物・植物・人間によって簡単に傷つきますのでマークされた順路を通りアートに触れてはいけませんロックアートを若者に引き継ぐ・・若者は親族男性から氏族のデザインを学び・・文化的知識や経験をつみかさね力をつけると次の世代に伝えていきます・・こうして20000年前から脈々と引き継がれてきたロックアート凄い!!そんな言葉では表現しきれない感動・・アボリジニの人たちは昔からのしきたりにそって生活しています子どもたちにしきたりを教え・・破ると罰があたえられると教えています・・ここから更に上に上がると・・アーネムランドが見渡せる絶景・・岩に腰掛けて頬にかかる風を感じながら自然に溶け込む・・心が開放された気分・・最高!!ここはカカドゥ国立公園随一のサンセットポイントとして有名です・・見たかったけど時間の関係で風景だけで我慢ですそろそろ下に降りることにもと来た道と違う道で戻ります・・骨が晴れている人(一番下の画像)イーストアリゲーター川の近くの下流の聖地の石を乱し病気にかかったひと・・アボリジニの人々の神聖な場所を汚すことは危険なことです・・ウルルでも小石や砂を持ち帰った方が事故や病気になり送り返している現実があるそうです・・神聖な場所にお邪魔させていただいているという気持ちを絶対に忘れてはいけません・・続く・・FC2・・はこちらから
2019/10/04
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2019年7月8日(月) 快晴朝6時30分起床目覚めは最高!外にでると澄みきった空気が清々しい・・入り口の前の椅子に座って鳥の声を聞きながらコーヒーを飲む・まったりした贅沢な時間・・7時30分ロッジ出発今日は無数の水鳥と迫力満点のイリエワニに出会えるイエローウォーター・クルーズに参加・・8時20分イエローウォーター・クルーズの集合場所であるクーインダ・ロッジ・カカドゥ着ここから船着き場までバスで移動です・・私達は9時のツアーまだ少し時間が・・朝食をゲット・・どこでもこういうものばかりでちょっとうんざり・・味は悪くないけど朝からは重い・・イエローウォーター・クルーズはカカドゥ観光のハイライトといっていい2時間クルーズ・・一番早いのが6時45分で朝食付き99ドル・・9時&16時30分出発は90ドル・・6時45分はちょっと無理だねということで9時に・・予約は昨日カカドゥロッジで済ませています・・朝一番のクルーズが戻ってきました入れ替わりに私達が乗り込みますちなみにトイレはありません・・白鷺(シラサギ)はこのあたりでよく目にする鳥です真っ白な羽が青空に映えますね・・白鷺は日本で見かけるのと同じでした・・イリエワニが魚を捕獲したところを(-p■)q☆パシャッパシャ☆一見何もなさそうな木の下をよく見ると大量の鳥が・・これはカザリリュウキュウガモというカモの仲間でみんな暑いので日陰にいるようですそれにしてもすごい数・・他の木陰でも大量に見かけました・・・・その直ぐ下にはイリエワニが・・オーストラリアクロトキ ペリカン目トキ科に属する鳥類の一種でアカアシクロトキとも呼ばれますボートは蓮の花やウォーターリリーの咲く湿原の中を進みますジャビルー(セイタカコウ)やブログガ(オーストラリアツル)マグパイグースやグレーターイグレットなど数多くの野鳥から体調3mを超えるイリエワニまで湿原で生きる野生動物の姿を間近に観察できますBlack-necked stork(Jabiru)ズグロハゲコウ(上画像)黒と白の体・・光沢のあるダークグリーンと紫の首・・そして黒いくちばしの大きなこの鳥はオーストラリア唯一のコウノトリの仲間・・ジャビルー・・オーストラリアヘビウ・・羽を乾かしているところです・・私達の乗っている船に向かってイリエワニがやってきました・・今回のクルーズでみたイリエワニの中で一番大きなワニ・・左下にペリカン・・右下は鷹の一種だと・・11時12分リバークルーズ終了・・英語ガイドで説明が殆どわからなかったけど面白かったぁ・・バスで最初のところまで移動して11時30分出発一旦ホテルに戻りますその前にスーパーへ立ち寄りお昼ごはんをゲットすることに・・店内をウロウロしているとOちゃんの旦那さまがいつもの焼きサンドとかハンバーグ飽きたからカップ麺がいいんと違う・・と・・私も飽きてきてたので(*゜▽゜)*。_。)*゜▽゜)*。_。)ウンウンカップ麺はチキンとビーフに・・後のはよくわからなかったのでスルー・・暑かったからスイカアイスを買ったけどこれが・めっちゃ甘いぃ~~~~~12時40分カカドゥロッジ着・・カカドゥロッジの全体図です・・矢印のところが私とクマさんの部屋・・そのとなりがOちゃんご夫婦の部屋です・・真ん中のプールのある所にレストランとバーがあります広いでしょう・・午後からの観光が有るので早速お湯を沸かしてカップ麺を食べる・・これがなかなか美味しい・・クマさんビーフとチキンの2種類を完食(〃^∇^)o_彡☆あははははっ続くウルルからここ(ジャビル)まで約2700km走破・・後約300kmで最終目的地のダーウィンです・・FC2・・はこちらから
2019/09/29
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16時05分・・ノーランジーロックから35kmのカカドゥロッジ着カカドゥロッジはカカドゥ国立公園内にありますホテルの入口(画像上)フロントでチェックインをすませ部屋にロッジには55室の客室があり私達の泊まった部屋は細長い長屋風の建物の一室・・ダブルベッドに二段ベッド・・冷蔵庫・・ポット・・コーヒー・・紅茶・・冷蔵庫には冷えた水と牛乳・・どこに泊まってもこのセットはあります一休みしてからレストランが近くにないか車で探索・・スーパーはあったのですがリカーショップはなしレストランもありませんでしたのでカカドゥロッジに戻ることに・・カカドゥロッジにはレストラン・プールバーがあります広いプールでは子供たちが奇声を上げて遊んでいますその姿を見ながらの食事ですまずビールで(*  ̄▽)o□☆□o(▽ ̄ *) カンパァーイッ♪パスタ・・バラマンディー(魚)・・ピッツァ・・どれもとっても美味しかった・・特にピッツァはとろっとろのチーズがたっぷりで大満足・・部屋にはトイレもお風呂もありません部屋の真ん前に共同のトイレとシャワールームがあります裏に回ると洗濯機・乾燥機が揃っています私達の部屋の2つ隣の部屋はキッチンになっていてトースター・電子レンジ等々・・自炊出来る道具が揃っています・・私達みたいに部屋を借りている方もいますが多くの方が広いキャラバンパーク・・キャンプ場にキャンピングカートレーラーを止めバーベキューを楽しんでました夕食をすませゆっくりしてからシャワーを浴びに・・部屋に戻ろうとしたらOちゃんが部屋の前の椅子に座って髪の毛を拭きながら涼んでいましたその姿がなんとも良い雰囲気で私も隣に座ってしばしお喋り(画像はクマサンで我慢・・)頬を撫でる風が心地よく・・空には星が瞬いて・・最高の気分・・続く・・FC2・・はこちらから
2019/09/22
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駐車場からの1本道が途中で周遊ルートになる約1.5キロの遊歩道を進みます・・壁画群があるのはアンバンバンギャラリーシェルター・・インクラインギャラリー・・アンバンバンギャラリーの3か所2万〜6000年前までアボリジニがシェルターとして使用していた岩に描かれたロック・アートをみることができます・・アボリジニは文字を持たなかったため絵を描くことが重要なコミュニケーション手段だったそうです岩壁に絵を描きその絵を使ってさまざまな出来事や決まりごとを伝承してきました子供や若者たちにとっては教育の場でもありましたまたX線画法と呼ばれるアボリジニ独特の手法で描かれていて輪郭線の中に描かれた多数の線は内臓や骨を表し文字を持たない彼らはこの図で生き物の食べられる部分を伝えたのだとも・・顔料によって岩に浸透する度合いが違い黒→白→オレンジ→黄→赤の順で残っているため赤い絵ほど年代が古いと推測することができるそうです巨大なワラビーの絵(右上)は赤い色だけが残っているのでかなり昔に描かれたものだということがわかります下(見にくいですが)の人のように中に線などが描かれているのは比較的新しい絵だそうです・・オレンジ色の人と実際よりも大きく描かれたワラビーが描かれていますよく見ると人間の持っている槍には先が尖ったものがついています先住民の手形・・このギャラリーはカカドゥの他の絵画と比較して比較的最近のものでおそらく過去1000年の間に描かれたものだそうです・・「儀式で踊る人たち」など壁画の一部には風化で消失してしまうことを防ぐために絵の具を上塗りし修復しているものがありますその作業ができるのはオリジナルの絵を描いた部族の子孫だけとのことで太古からの伝統が脈々と受け継がれています・・Anbangbang Gallery (アンバンバンギャラリー)描かれた壁画はナマルゴン(namarrgon・雷男)の伝説を絵にしたものでほかではみられない独特の雰囲気をもっています・・真ん中で目立っているのがナモンジョク(Namondjok)・・妹との近親ソウカンの掟を破ってワニに変えられてしまったとかその右の頭に二本の角がある虫のようなのがナマルゴン(Namarrgon・雷男)この辺りの天地創造物語に出てくる精霊・・ナモンジョクの左下がバラギンジ(Barrginji)でナマルゴンの妻二人の子供はカカドゥに生息する赤いバッタ・・・約6000年前に描かれたといわれ今もその伝説が岩の形や雨季の到来とブッシュフードの食べ頃を示す季節のサインとしてアボリジニの間に生きているといわれているそうですX線画法で描かれた独特のタッチはじっくりと見ていたくなる不思議な魅力が・・Nar-bull-win-bull-winこっちはヤムイモで女性を叩いて食べてしまう精霊・・アボリジナル文化の発想の豊かさと独特な感性が浮き彫りに・・ここはアボリジニの女性の出産場所・・(左上)妊婦は出産の時になるとここに入り煙がたかれる中で出産するのだそうです・・ちょっと見えにくいですが右側の岩に出産のシーンが描かれています赤ちゃんのほうが大きく描かれている不思議な絵でした・・岩場を上がってナウランジャ(Nawurlandja)展望台にたどりつきましたノーランジー・ロックは古代から先住民アボリジニが秘儀を行った場所であるため「気」が非常に強いといわれているスピリチュアルスポット・・アボリジニにとってはこのカカドゥ国立公園のすべてが聖なる場所でありパワースポットだといえます・・続く・・FC2・・はこちらから
2019/09/18
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13時30分Mary Riverドライブイン着カカドゥ国立公園の入口のところにありますトップエンド観光のハイライトがカカドゥ国立公園です点在するアボリジニの壁画やかつての生活の跡など自然・文化両面から貴重であるため世界複合遺産に登録されています公園一帯の敷地は実に2万平方kmにも及び日本の四国とほぼ同じ大きさです・・ジャビルーとクーインダの間カカドゥ・ハイウェイから東へ入った所にある岩山ノーザンジーロックまでキャサリンから約3時間30分の車移動・・15時10分ノーランジーロック・・・カカドゥ国立公園内に位置する先住民の方々がおよそ2万年前より暮らしていたとされる住居の跡や当時の生活の様子を先住民の方々が描いた壁画で知ることができます・・そんなロック・アートがたくさんありますアボリジニがロック・アートに使用する岩石の説明板色の異なる岩を砕いて粉状にして色を作っていたようです・・続く・・FC2・・はこちらから
2019/09/16
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昨夜のホテル・・マタランカロードハウスはWi-Fiが使えませんでした確かめたいことがあったので無料Wi-Fiのつながる車で15分程のところにあるキャサリン・ビジター・インフォメーション・センターへ・・近くにスーパーもありますキャサリン・ビジター・インフォメーション・センター・・10時30分着・・無料Wi-Fiをつないで無事確認出来ましたここでカカドゥ国立公園の入場チケットを購入・・目の前にあるスーパー・・ウールワース(Woolworths)へ・・お水を買ってからイートインコーナーへ移動・・パン屋さん(左下)を通り過ぎると量り売りの惣菜屋さんが・・小さい方のパックは焼きソバorご飯類1つとおかず1つ大きい方はご焼きそばoご飯類1つとおかず2つ大きい方のパックを選んでご飯は白いごはんと焼き飯のどちらか1つおかずは数種類ある中から2種類を選択・・焼き飯と・・八宝菜?・・牛肉炒め・・久しぶりのお米は美味しかったなぁ・・おかずもいいお味で大満足・・朝昼一緒になったけどお腹いっぱい・・11時43分・・ジャビルーの手前約20km・・カカドゥ国立公園内のノーランジーロックへ向け出発・・続く・・FC2・・はこちらから
2019/09/13
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2019年7月7日(日)快晴7時過ぎの画像です・・木々の間から真っ赤な朝日が・・一番右端のお部屋が私の部屋・・こういうタイプの所に泊まったの初めてで・・面白かったです・・すっごくコンパクトにまとめられてるの小さな冷蔵庫もあったし(牛乳とお水入ってました)湯沸かし器とコーヒー・紅茶・砂糖も・・クマさんと二人部屋の前の椅子でまったりとモーニングコーヒー・・チェックアウトするとき昨日の責任者だという女性が笑顔ででてきて・・よく眠れた?と声をかけてくれて・・うんうん・よく眠れたよ・ありがとう・・o(*^▽^*)o~♪昨日のまくしたてるイメージが一新・・凄く気持ちのいい旅たちになりました・・背中がわの腕の付け根の疼くような痛み痛み止めが効いてすっきり・・さて・・今日はジャビルーまで約411kmの移動・・7時30分出発・・マタランカから約84kmにあるカタカタ鍾乳洞へ・・スチュアートハイウェイを進むと看板が出てきますそこから約1キロ進んだところにありますロケーションがよくないのでレンタカーが必要ですカタカタ渓谷ビジターセンター(左上)8時18分着毎日6回のガイドツアーでのみの観光となります私達は9時~9時50分のツアーに参加することに・・そろそろ皆さんが集まってきてビジターセンターから鍾乳洞に向かいますここはオーストラリア大陸北部を覆っていた熱帯雨林の残骸・・ロックワラビーの姿を見つけたのですが動きが早くてカメラでは撮れませんでしたガイドが先導し洞窟内に入ります英語なので詳しくはわかりません・・大きな蛇の抜け殻がたくさんぶら下がっていました本物には出会えませんでしたが・・今から5億年ほど前から形成されてできたものでオーストラリアでは最大規模の鍾乳洞といわれています公園内ではこの辺りのアボリジニの部族の1つジャオイン族(Jawoyn)の活動の後が発見されています・・アボリジニにとって非常に大事な場所だったのでしょうね1900年頃にこの地域で働いていた牧夫が白人の第一発見者でメインの鍾乳洞を発見し「Smith's Cave」と命名その後第二次世界大戦のときに訪れた軍人により「16マイルCave」と名付けられた記録が有ります1967年に入ると現在の 「The Park & Wildlife Service」が管理を始め暫くしてツアーが始まりました1979年にこの地域は「Cutta Cutta Cave Nature Park」と命名し直されましたこの・カタカタ(Cutta Cutta)とはアボリジニの部族の1つジャオイン族(Jawoyn)の言葉で "A Lot of star"(たくさんの星)という意味で・・クリスタルがきらきら光るところから名づけられたそうですキラキラ光っているのがわかりますか?ツアーが終わるとガイドと一緒にもと来た道を戻るか少し遠回りになりますが違う道で戻るかになります私達は違う道から戻ることに蛇・・鳥・・小動物がいるようですがロックワラビーに一瞬の間だけ出会えただけです・・鳥は残念ながら声だけで見つけることが出来ませんでした蛇がでてこないかとドキドキしながら歩いてました変わった実のなった赤い花・・調べて見ましたが名前がわかりません・・10時15分出発・・さて・・お腹もすいてきたし・・どこかで休憩しないとです・・続く・・FC2・・はこちらから
2019/09/11
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2019年7月6日(土) 快晴6時40分起床・・外はまだ暗いです・・7時26分ホテル出発・・マタランカまで約556kmの移動です・・最初にガソリンスタンドによりガソリン補給と朝食・・焼きサンドとハンバーグ・・同じようなものしかありません・・高速道を走っていると前方から・・なんと自転車・・テナントクリークから北にダーリーウォーターを越えるとあたりには徐々に灌木が増えだしトップエンドが近づいてきたことが実感できますマタランカの町から南東へ8kmほど入った所にノーザンテリトリーでは数少ない温泉が湧き出すマタランカプール・ネイチャーパークが・・ここでちょっと休憩・・ランチはハンバーガー・・途中にあったシャワールームで着替えをすませ温泉へ・・温泉といっても日本のそれとはだいぶ趣が違いジャングルに囲まれた温かめの小さな泉といった感じ・・周囲はジャングルに囲まれ熱帯の日の光は水面に輝き周りのうっそうとした緑が波に揺れています光は清明な水をとおって泉のそこまで照らしています見た目には浅く見えるこの泉入ってみると首までつかる深さがあり結構深いです・・他の方は細長い浮き輪?を持って遊んでいます画像中の左にピンクの長いものわかりますか・・これが浮き輪で形をかえることができます・・水温は34度前後でじっとしていると横を魚がゆっくり泳いでいきます15時40分今夜のホテル・・マタランカロードハウス着・・インフォメーションはガソリンスタンド併設のお店の中に・・チェックインして部屋に行くとツインを二部屋予約していたはずなのに一部屋はダブルの部屋・・調べてもらうとあちらの手違い・・満室で部屋があいていないということでしたが従業員のつかっているダブルの部屋をもう一部屋提供してくれることに・・ツインの部屋はOちゃんご夫婦につかってもらい私達は別々に・・ガソリンスタンド併設のお店で冷たいお水やジュースを買って冷蔵庫に・・このお店生活用品も扱っていてアボリジニの方も洗剤他大量に買い込んでいました・・支払いはカードだったな・・夕食は近くのレストランへまずはビールで(*  ̄▽)o□☆□o(▽ ̄ *) カンパァーイッ♪ステーキと魚(バラマンディー)と海老・・食事をしていると電話がかかってきて・・ホテルの責任者という女性からの電話で部屋がどうのこうのと・・すぐに戻るからと返事をしてホテルに・・従業員のつかっているダブルの部屋をつかってもいいという話駄目だと・・いいと言ったよというと・・私が責任者!!と強い口調で・・話をゆっくり聞くとあの部屋はオーナーの部屋で使うことが出来ないから私が使っている部屋を使って欲しいと言うことでしたただし・・トイレもお風呂も使用禁止・・クマさんは寝るだけにそちらの部屋へ・・夜・・クマさんがいなくなってから右の背中側の腕の付け根あたりが急にズキズキ疼きだしてイタイョョョォ p(。>ω<。)q一昨日こけたのが原因としか考えられません夜も遅かったし裏ではイヌが鳴いてるしその夜は痛みに耐えながらウトウトしただけ・・朝・・クマサンを起こしに行き昨日の夜からズキズキ疼いて痛いと話すと筋を痛めたかもしれんなと・・クマさんが坐骨神経痛を持っているのでいつも念の為に持ってきているロキソニンの湿布と痛み止めクマさんに持ってこなかった?言われて・・Σ(・o・;) アッ・・忘れてた・・湿布貼ってもらって痛み止め飲みましたしばらくすると痛みが治まって楽になりましたその後の旅は湿布と痛み止めのお世話になることになりましたが持ってきてて本当に良かった・・この日歩いた距離約5.6km・・8400歩・・続く・・FC2・・はこちらから
2019/09/09
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高速道を走っていると水を汲み上げる風力ポンプ?を見かけます昔・西部劇でこういうの見たな・・15時30分・・テナントクリーク着今夜のホテル・・エルドラド・モータインは道沿いにありすぐに見つかりました・・チェックインを済ませ部屋に・・クマさん・・ベッドに大の字になって・・身体を伸ばしてますコーヒーを飲んで一息ついたら車で5分のリカーショップへ・・町の道路脇どこを見てもアボリジニの人々ばっかり・・夜はホテルからでないほうがいいねと・・アボリジニの人達みんなが危ない訳ではないけど時々奇声を発したり・・明らかにちょっと変わった雰囲気を感じます小さな田舎町だとしても今までの町とは雰囲気が全く違います・・リカーショップにもアボリジニの方がたむろしててすでに酔ってる雰囲気・・婦人警官もいたし・・治安はよくなさそうです・・ビールを買ってさっさとホテルに戻りました夕食はホテルの中に中華料理店がはいっていたのでそこで・・18時からオープンということで18時過ぎにお店に・・17時30分からテイクアウトもしてるようです・・まずはビールで(ノ゜▽゜)ノ ☆:*:・おつかれさま・:*゜☆お店は中国人の方が経営してるようでした・・お料理はどれもとっても美味しくて・・( ̄▽ ̄)b グッ!特に酢豚が最高でした・・デザートは・・アイスクリームの揚げたのサクサクの衣の中にバニラアイス・・アイスの天ぷらだね・・Oちゃんの旦那さまバナナを選んだら揚げたバナナが添えてあるバニラアイスでした・・お腹いっぱいになってそれぞれの部屋に戻り・・シャワーを浴びて冷やしてたビールを飲んで・・ベッドにはいると速攻でo( _ _ )o...zzzzzZZ今日の歩いた距離約7km・・11000歩・・FC2・・はこちらから
2019/09/06
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13時18分アリススプリングスから約400kmのところにあるオーストラリア大陸の中央部(アウトバック)北部に位置していてレンタカーかオプショナルツアー以外での訪問は非常に厳しいデビルスマーブル・・スチュアートハイウェイから案内の標識に従って未舗装の道路へ入りしばらく走ると突然現れます・・デビルスマーブル・・・ダベンポート山脈の一角に出来た自然のオブジェです・・巨大な岩石があたり一面に転がっている景観は地球のものとは思えないほど・・駐車場脇からデビルスマーブルの奇景をたのしむトレイルがありますそこら中に蟻塚が・・Oちゃん・・頭からネットをかぶっていますね・・小さな蝿がおおくて・・口の中や鼻の中に飛び込んできます・・鼻をかんだら小さな蝿がでてきたぁ・・・ギク!ξ(*〇o〇*)ゞデビルズマーブルとは一体なんなの?直訳すれば悪魔の大理石となりますがこれは大理石ではなく花崗岩から出来ています写真ではなかなか伝わりにくいですが地域の面積は約1800ヘクタールもの大きさで道の両サイドで非常にたくさんの奇岩を見ることが出来ます始まりは約1億7千万年前までさかのぼります今日見ることが出来るデビルズマーブルズはもともと地中に埋もれた大陸地殻の表面にある花崗岩でしたその際砂岩や土などにより強い圧力がかかって大きな岩に固められていきました・・時間が進み地質が変化し花崗岩が持ち上がり砂岩が侵食すると地面から花崗岩が出てきますそして圧力がかからなくなると花崗岩に亀裂が入りたくさんの大きな四角い形のブロック状の岩に割れてその後雨や風にさらされ侵食が起こり今のような状態になったと考えられています周囲は果てしない砂漠・・真冬の7月でもものすごく暑かった・・ひびが入ったり完全に2つに割れてしまったりしている岩を見かけます・・これは昼と夜の寒暖の差が岩を膨張させ時には岩を壊してしまう事が原因と考えられています・・着いたと思ったら違う駐車場でした・・私達の車はもっと先・・デビルズ・マーブルズはワルムング族(Warumungu)ケイティト族(Kaytetye)アリアワー族(Alyawarra)ワールピリ族(Warlpiri)の人々の昔からの土地にあります。デビルズ・マーブルズはアボリジニの言葉で「カール・カール(Karlu Karlu)」と呼ばれますこれは直訳すると「丸い巨石」という意味です・・もちろん聖地の1つに崇められていてアボリジニの人々にとって非常に重要な場所です・・アボリジニの部族の1つケイティト族(Kaytetye)はデビルズマーブルの事を虹色の大蛇の卵と信じているそうですガイドブックによると地域差はあるもののレインボー・サーペント(虹色の大蛇の卵)はオーストラリアじゅうの様々な部族のあいだに伝説として伝えられているそうです虹蛇とは・・レインボーサーペント(RainbowSerpent)ともいうオーストラリアの先住民アボリジニ達が崇拝した蛇の精霊の総称で・・色彩や容姿や部族ごとや登場する物語によって異なっている一周4kmを約1時間で回りました・・デビルズマーブル・・ツアーでは絶対に来れないところ・・個人旅行のレンタカーでの3000km縦断の旅だからこそ訪問出来たところです・・Oちゃんトラベル・・最高!!続く・・FC2・・はこちらから
2019/09/04
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2019年7月5日(金)晴れ昨日スーパーで買い込んでいた食材で簡単な朝食をすませ8時33分出発・・テナントクリークまで約514kmの車移動・・赤土の大地にスピニフェクスなどの砂漠植物がわずかに生えるだけのレッドセンターその中心都市アリススプリングスから大陸中央部を縦断するスチュアート・ハイウェイを北へ・・南回帰線を越えても変わることのない景色が延々と続くように感じるこの地の旅はオーストラリアが世界で最も乾燥した大地であることを知る旅となりました・・10時30分ガソリン補給のためTi TREE ROAD HOUSEへ10時52分出発・・12時30分Wycliffe Well Holiday Park入口に宇宙人のオブジェやUFOがあり?と思いましたがこのあたりはUFOの目撃が多いらしいです・・キオスクを覗いてランチをゲット・・丸い揚げパンみたいなのは揚げたてがでてきたので熱々で美味しかった・・ミートパイ・・ウインナー・・普通に美味しい・・10時52分出発・・大陸北端のトップンドと呼ばれる地域に近づくにつれ灌木が少しずつ林をつくり人の背丈を超えるような無数の蟻塚が・・牛・発見・・柵がしてあったので飼われている牛さんですね・・スピードが速いので車窓からの写真がうまく撮れてませんが雰囲気だけはわかっていただけるかと・・ウィキペディアから画像をお借りしましたスチュワートハイウェイを走っていると上のような長いトラックをよく見かけますロードトレインです・・以下・・ウィキペディアより・・ロードトレイン(Road train)はオーストラリアで用いられている長大なトラックのことコンテナを積載したトレーラーを大型トラックに複数連結しハイウェイを利用して大量の貨物を輸送するその長さは100mを超えることもあるロードトレインは主に鉄道網の発達していない地域に大量の物資を輸送するための手段として用いられている特に近年まで鉄道が完成していなかったダーウィンに向けてのアデレードからの輸送に多く利用されたオーストラリアの大陸中央部の道路は直線部分が非常に長いため100mを超えるような車両でも時速100kmという高速で走行可能でありこの地域では多くのロードトレインが見られる一方多くの都市が発達し鉄道網も整備されている大陸東部ではほとんど見ることができないなおロードトレインが走行時に発生させる風による巻き込みは非常に強力であるので事故を避けるためにもロードトレインとすれ違うときには注意が必要であるいやいや・・本当に凄いの・・向こうからロードトレインが来るのを見つけるとハンドルを握りしめてスタンバイ・・それでも車が煽られて揺れます・・怖ッ!!!Σ(ll||д゚ノ)ノこれを追い抜くのがまた怖い基本このロードトレインはそこそこのスピードで走っていますが極たまに荷物量か荷物の種類(家畜等)なのかゆっくり走ってることがありますで追い抜きをかけるのですが先頭までたどり着くのにかなり時間がかかります長いからね・・唯一の救いは向こうの道路はずーーーーーーーーっと直線が続いてること対向車が着たら遥かかなたでも発見できますなのでその点は安心でも対向車もかなりの速度で爆走してくるから油断はできません・・続くFC2・・はこちらから
2019/09/02
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高速道を時速130kmのスピードで爆走・・道路端にワラビーの死骸・・マヂ!!! ギク!ξ(*〇o〇*)ゞしかも・・1時間ほどの間に3匹も・・ワラビーだけでなく牛も轢かれてました・・皮だけになったものや骨だけのもの乾燥地帯なので匂いもありません・・そのまま放置のようです・・1時間ほど走ると右手にマウント・コナーが・・アリススプリングス方面へ向かうラセターハイウェイ東約95キロの場所にあるカーテンスプリングス牧場の一角にマウント・コナーがありますハイウェイ沿いに展望台が設けられていますのでそこから眺望できますマウント・コナーは世界最大級の大きな1枚岩で見事なテーブル型の姿をしています私有地なので一般車の立ち入りはできません・・アリススプリングスからウルルに向かう方はこのマウント・コナーをウルルと勘違いされる方もいるとか・・13時・・Erldunda・Roardhouse・Rizortにてランチ・・エミューがいました・・ランチといってもガソリンスタンドに併設されているコンビニみたいなところで簡単なものを買って済ませます・・ハンバーガー・・焼きサンド・・フライドポテト・・普通に美味しかったです・・13時18分出発風景が変わってきましたねアリススプリングスはオーストラリアのほぼ中央に位置する人口12万4000人程の町で1871年・・ジョン・ロス・一行がポートオーガスタとダーウィンを結ぶために内陸を探査途中この地で泉をみつけそれを当時の電信総監チャールズ・トッドの妻アリスにちなみアリスの泉=アリススプリングスと名づけたのが始まりです現在はこじんまりした市街地にショッピングセンターやレストラン・カフェが並び快適な宿も多いです車・バス・列車で砂漠の中をやってきた旅人にとってまさに泉のように息を吹き返させてくれる町です15時30分今夜のホテル・・アリスオントッドアパートメント着2ベッドルーム・キッチン・リビング・テラス・シャワープールも有りました・・荷物を置いて町のスーパーまで買い物に・・町に出るとアボリジニの方がたくさんたむろしてて・・お酒を飲んで酔ってるアボリジニの方も・・スーパーのなかでもアボリジニの若者が群れをなして・・買い物をするでもなくあっちへ行ったりこっちへ行ったり・・ちょっと異様に感じる光景で写真撮ってません・・スーパーでステーキ・・スパゲティー・・ポテトサラダ・・ハム・・チーズ・・茹でた海老・・パン・・ビールなどを買い・・オーストラリアでお酒を買う際は日本のようにスーパーでは買えませんので 買うときは酒屋さん(ボトルショップ)に行きますボトルショップはスーパーの中にありました・・18歳以上でないとお酒は買えませんので年齢確認のためパスポートの提示を求められますホテルに戻って部屋でゆっくり食事・・どれもとっても美味しかった・・食事が終わるとクマさんとOちゃんの旦那様はリビングで私とOちゃんはキッチンでそれぞれお喋りを楽しんで・・お部屋は1つは画像のシングル3つの部屋とキングベッド1つのお部屋の2ベッドルーム・・Oちゃんご夫婦にはシングルの方をつかってもらいました130kmで爆走・・絶対に疲れてるはずだもの・・ゆっくり寝ていただきましょう・・ベッドに入ると・・クマさんは数秒で眠りに落ちて・・=^-^=うふっ♪歩いた距離・・約7.3km・・約13027歩FC2・・はこちらから
2019/08/31
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2019年7月4日(木)晴れAM7時05分・・ホテル出発・・カタジュタ・・日の出ポイント7時32分着・・日の出ポイントも何箇所かあります朝日に照らされて赤く染まるカタジュタ・・変化をゆっくり楽しんで・・7時47分・・ここからカタジュタの風の谷に移動です風の谷・・8時35分着・・コースは2種類・・私達は今日は441km移動しないといけません時間の関係で一番短いコースで我慢です整備されているとはいえ足元はゴロゴロした石・・第一展望台(カル展望台)まできました観光客は殆どいません・・強い風が身体を吹き抜けていきますつるっ!!.....Σヾ(;☆ω☆)ノギャアアーー!!顔からこけた!!右手はしっかりコンデジを握りしめてポケットに左手は顔と眼鏡を守って・・両足はまっすぐピンと伸ばして・・前を歩いていたクマさん・Oちゃんご夫婦がびっくりして振り返ったら・・下向きでまっすぐに寝た姿勢で転んでいる私が目に飛び込んでクマさん飛んできた!!大丈夫か!!起こそうとリュックを持ち上げた・・やめて!!痛い!!・・やめて!!離して・・わたしゃ・・ババタレ猫か!!真っ直ぐに伸びた両足では立てません・・ゆっくり体勢を横向きに直し・・f(○´д`○)アダダダ半分起き上がってクマさんに手を貸してもらいましたさっきまで殆どいなかった観光客が沢山上がってきます次々にAre You OK!?と心配そうに声をかけてくださいますI'm Ok!! Thanks!恥ずかしかったぁ・・起き上がって最初にコンデジチェック・・OK!・・メガネも顔も無事・・鼻の先っちょがちょっと痛い・・右手の平を少し擦りむいて左スネがちょっと痛いけどジーンズも上着も破れてない・・丸くてごろごろした石だったから助かったぁ・・これが尖った石だったらと思うと(*´口`*σ)σぞぉ~Oちゃん・・凄く心配しながらも・・ポットちゃん・足真っ直ぐにのばして・・綺麗にこけてんねやもん・・びっくりしたわ・・大したことなくてホンマによかった・・鼻の頭と顎の先のお化粧がとれてんで・・(*^^*)記念写真撮ってくれた?Σ(・o・;) アッ・・忘れた・・ほんまや!あんなに綺麗にこける事まあないで・・撮っといたら良かったな・・次は撮っとくわ・・二人顔を見合わせて大爆笑・・笑い話ですんで良かった・・良かった・・このコース約1時間と書いてありましたが私達全員かなり歩くの速いので1時間かかりませんでした9時10分には出発・・車窓から最後の一枚をパシャッ! Σp[【◎】]ω・´)9時50分・・ガソリンスタンドにより満タンにしてトイレを借りて・・左足を見てみましたがスネを少し擦りむいてるだけでした・・こけた時の痛みもほぼおさまって・・ここからアリススプリングスまで約441kmの移動です・・続く・・FC2・・はこちらから
2019/08/26
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今夜はサウンド・オブ・サイレンスに参加・・17時・・ホテルにお迎えのバスが来ますフロント前に行くとすでに数人が・・しばらくすると大型バスがやってきて・・バスで移動すること20分ウルルの見える丘に登りシャンペン片手にウルルの夕日鑑賞・・ウエルカムドリンクはシャンパン・ビール・ワイン・ソフトドリンクなど飲み放題・・オードブルもワニの肉を使ったものなどいろいろな種類が・・Oちゃんご夫婦と一緒に(≧∇ノ■ゝハイ、チーズ♪シャンパン片手にウルルの夕日を楽しんだ後はディナー会場に移動です私達はオーストラリア人の家族連れと同じテーブルに・・Oちゃんの旦那様の隣には小学生の兄弟が・・食事はスープ・メイン・デザートの3コースでメインとデザートはバイキング形式・・ウェイターがテーブルごとに順番に呼んでくれます・・メインコースはカンガルー・ラム・チキン・エミューソーセージ・・バラマンディー(白身さかな)が・・メインはコックさんが炭火で調理してくれます野菜・サラダもたっぷりありましたパンとスープ・飲み物はウェイターが持ってきてくれます赤白ワイン・ビール・シャンパン・ソフトドリンクは飲み放題カンガルーやラム・チキンのステーキが香ばしくてとっても美味しかった・・暗くてうまく撮れてませんが・・エミューのソーセージは普通にソーセージでした真っ暗な砂漠の真ん中でテーブルの上に置いたランプの灯りと満点の星空が最高!すぐ後ろでは・・白人の男性が吹くアボリジニの楽器のブオーブオーの音・・食事が終わるとスタッフが詩を・・(英語だからわかんない)最後に「sound of silence」と言うとみんながお喋りをやめて静寂を楽しむ・・当日は新月だったこともあり星がとっても綺麗でした・・この日は日本の団体が入っていたので日本人ばかりを集めて日本女性のスタッフが星の説明をしてくださいました・・私はみんなから離れたところに移動して設定を変えながら撮ってみたのがこの画像です天の川・・わかりますか・・この後少し離れたところに天体望遠鏡がありそこで土星の輪っかを初めて見ることができました・・一通りおわるとデザートタイム・・デザートも色んな種類があって楽しめましたそうそう・・ちょっと離れたところにトイレもありました・・帰りもバスでホテルまで送ってくれます21時18分・・ホテル着・・お風呂にお湯をためて身体を温め足のマッサージ・・今日の疲れをほぐしてベッドへ・・続く・・FC2・・はこちらから
2019/07/31
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12時35分ウルル到着・・登っているのが見えます・・カルチャーセンターのトイレのところから見えた場所です・・私達も早速登ることに・・Oちゃんご夫婦が先に登りはじめて・・私は鎖のあるところまでどうやって登ろうか・・;;;;(;・・)ゞウーンまず最初の難所がここです・・諦める方はここで諦めるようです私は・・行くぞ!!と心を決めて・・12時40分・・登山開始・・クマさんの後に付いて登ることにクマさん・・さっさと登っていきます・・が・・私は這いつくばって登ります・・降りてくる方もあまりの急斜面にお尻から滑るようにして・・やっと鎖のところまで・・ここからが更に急斜面になっていて鎖がないと危険です高低差300m近くを一気に登ります・・鎖の半分くらいは鎖から手を放しても立っていられますが急なところは鎖につかまって体を引っぱり上げます最大斜度は48度・・高所恐怖症の方は足がすくむでしょう・・私もめっちゃ怖かったから鎖をしっかり握りしめてましたそれでも一気に登ることが出来ないから休憩しながら自分のペースで登っていきますクマさんは私の少し前を私を気遣いながら登っていきます休憩するときは鎖を握っていると後から来る人の邪魔になるからこっちにおいでと・・休憩しやすいところを探して誘導してくれます・・私は鎖から手を放して横にそれるのが怖くて怖くてそれでもクマさんの指示どおりにゆっくり足場を確保して邪魔にならないところに座り込んで休憩です・・クマさんはといえば・・鎖を持つこともなくスイスイとさすがのクマさんも最後のところではここは鎖をもたんとあかんと鎖を持っていましたが・・鎖が終わったあたりで高さ3分の2距離3分の1は登ったことになります見晴らしのいいところで休憩・・クマさん~~~んこっち向いて(≧∇ノ■ゝハイ、チーズ♪ここで日本人男性に声をかけられて・・自転車でオーストラリアを一人で回っているそうです10000km走破するとおしゃってました・・その方の写真を撮って差し上げ・・クマさんに任せて私は先を進みます何しろ時間がかかるので・・ウルルの上部は表面が波打っていて白い点線が引かれた登山道を短い周期の登り降りを繰り返して頂上をめざしますしばらくするとクマさんが追いついて来てまた私を誘導しながら登ってくれました・・急な切り込みのV字のようなところが数箇所あり白い点線通りに行くと危険なのでクマさんが歩きやすいところを探して誘導・・それでもV字を避けることは出来なくて降りるときは後ろ向きにゆっくり手と足を岩の切れ目にいれボルダリングのように降りていくのですがズルっと滑り落ちそうになって・・。。゛(ノ>
2019/07/29
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