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功名が辻★★★ 27回「落城の母娘」7月9日放送
今回は勝家とお市の最後だ。
どんどん、死んでいくよ~~。
二人は本当に愛していたと描かれている。
これまで、愛よりも織田家のためだけのお市だが、
その織田家が実質亡なくなったから、人として生きた。
ちょっと悲しいけど、勝家とお市の最後は何度も見てきた。
でも、お市の心情をここまでセリフにした大河は少ないかもしれない。
でも、戦の描き方は、ためもなく、スイスイ進む。
賤が岳の戦いも、佐久間の暴走から、あっという間だった。
たいまつの中を秀吉が北の庄へ攻め込むのも、
あっとうまに終わった。「利まつ」では、利家が
ちょっと辛い立場だったことを思い出した。
でも、今回は一豊と千代だから、早っぃ~~。
一豊が、お市を説得したのか?
茶々の永作さんが、もう年なのに、初々しく見えた。
本当に永遠の童顔なのだ~~笑い。
晩年の千代と茶々の因縁はなんだろう?
結局、一豊は秀吉から家康に乗り換えるのだ。
そこらに関係するのか?
(あらすじ)
解説はお市についてだ。長女は秀頼を産み、ごうは、家光を産んだ。ある意味、一つの時代を変えた親子だ。ビッグ・マザーだったんだ。
天正11年2月(1853年)、吉兵衛の死だ。
たきは、千代にお礼を言って、千代のもとから出て行った。
しばらくして、たきは自害したのだ。吉兵衛の手紙を開きながら・・
吉兵衛の弟が千代に報告に来た。弟「あの世で祝言を挙げている」。
千代は「置いておくのだった、人は何故、戦するのだ?」と悔やむ。
一豊も、新右衛門と二人でしみじみ吉兵衛を偲んでいる。本当に、3人トリオでやってきたのに・・・
勝家は市と仲良く、雪の寒さの中で話す・・・
しかし、雪の中を、まもなく出陣だ、長浜の部下も寝返ったのだ。
勝家は「天下分け目の戦だ」。市「生きて帰ってください」。
勝家が5000の兵を動かしてきたことは、秀吉のもとの黒田に
知らされた。寧々は、配下の7人の若武者に
秀吉を守るように檄をとばす。 秀吉「次の戦いが天下取りだ」。
賤が岳の戦いだ。石田三成が、若者7人のリーダーで、
まず、岐阜の織田を撃つ作戦を出す。そこで、勝家軍は
攻めてくるだろう。先に動いた方が負けだ。
黒田は賛成して、戦術が決まった。
一豊は・・・ちょっと、置いてきぼりだ、笑い。
もう、自分には、ちっとも分からない複雑な状況だ。
一豊は3500石の武将になった。それでも加藤や福島の若武者に嫉妬している。一豊「今度の戦いで、あやつらを見極めてやる」。
秀吉は大垣を攻めると、勝家軍の佐久間が挑発に乗ってしまう。
勝家は「動いた方が負ける」と諭す。しかし、佐久間は単独で攻撃した。
秀吉軍の高山、中山を簡単に攻め落とした。
三成「おめでとう」と言う。
秀吉は一豊に食料を調達するように
命ずる。三成はたいまつを民に用意されるように進言する。
三成は提案するが、一豊は命じられるばかりだ、違いは明らかだ。
賤が岳でいよいよ合戦だ。一豊は負傷するが、戦の所に行かないと、功名を立てられない~~、と歩く。
破れた勝家は市の北の庄に帰る。秀吉を頼れと言うが、 市は「穏やかな日々だった、これまで兄のために生きてきた、
今は、この年になって真のおなごになった」と決意を語る。
勝家と市は抱き合う。市「お供いたします」。
千代は夜、月を見る。子の米が起きてきた。
米は「賤が岳で、勝った、帰ってくる」。
千代「勝家さまも市さまも、岐阜で一緒に暮らしていた、
お市様には、娘の姫様を思うと・・・」。足羽山で、
秀吉は佐久間を磔にした。秀吉は、市のために
総攻めを躊躇している。秀吉「一豊、酒を城内に差し出し、
その間にお市様を連れ出せ・・そちの妻はお市さまの
お気に入りだ」。一豊は、おろおろと行く。
城の中で、一豊はお市様に会う。
お市は「秀吉に会うつもりはない、茶々たち姫を頼む、
姫を助ける気がないなら失せよ」と言う。
黒田は秀吉に「お市様を諦めなさい」。秀吉は
泣きながら「かかれ~~」と総攻めの合図をする。
一豊が帰ってきた「申し訳ござらん」と謝る。
しかし、茶々たち三姫がやってきた。
茶々「寄るな、汚らわしい、いつか滅ぼしてやる」。
城の中では、勝家と市は二人で煙が上がってきた。
筑前に城と遺骸は渡さない。相対し、小刀を向けて、
勝家が抱きつき、二人は自害する。そして、導火線で爆薬に爆発する。
それを見て、茶々はニ句詠む。
「さらぬだに 打ちぬる程も 夏の夜の 夢路をさそう ほととぎすかな」
(お市)と
「夏の夜の 夢路はかなき あとの名を 雲井にあげよ 山ほととぎす」
勝家の辞世の句
を詠む。ネットで検索しました。
茶々に千代は目通りする。
お市の形見の品を貰う。
「母は、そなたの縫った打ち掛けを着て、
北の庄で幸せに暮らしたと伝えてくれと」。
「生きよと言われたが、そなたの手を貸して欲しい、
筑前に復讐ことに手助けしてくれ」。
千代「2度も助かったことを喜び、恨んではいけない」。
茶々「もうよい」。この因縁は千代の晩年まで続く。
案内は、福井市、柴田神社(北の庄城跡)、
九頭竜川の舟橋など・・・
石田三成(中村橋之助) 毛利元就かと思った
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土曜は、北陸に帰った。大学の同門会があったのだ。
大学病院は、臓器別の外来になった。それで循環器のチーフは、
外に出てしまった。代謝内分泌内科と呼吸器内科をやることになった。
2年前に始まった新しい研修システムで、2年間新入医局員が0だった。
今年、後期研修ということで、何と久しぶりに1名の入局員が入った。
信じられないことだ。少ない年でも、3名は新人が入っていたのに・・
それでも、大変だと遠い昔10年前はボヤいていた。
前に勤務していた病院で、新しい院長になった先生と話した。
大きな病院で毎日70名の検診をやっている後輩と話した。老人中心のケアミックスの病院で働いている同級生と
今回の療養病床の医療区分について話し合った。
夜は、 30年ブリに自分の家に一人で泊まった。
これまで、親戚に貸していたが、母親も癌末期で
もうじき死ぬので、空けて貰った。
そして、残っていた古本や古着を始末しないといけない。
かみさんと3女が行って、少し整理した。
深夜、猫の鳴き声と、雨の雫の音に驚かされたが、
快適に一人で眠った。テレビもないのだ。
電気と水道はあるが・・物は殆どない状態だ。
キャンプみたいだ~~笑い。
意外とニンテンドウDSの遊び大全で遊んだ。
五目ならべは弱かった。花札が意外と面白かった。、
かみさんは、家の整理などで、お疲れだ。
いやウィンブルドンとWカップで夜更かしで
お疲れなのだ、笑い。
今日は、朝、10時に出発すると、
名古屋近辺も渋滞なく。14時過ぎに家についた。
雨は降っていて、仮眠した。その後、曇っていた。
早速、自転車男だ。いつもの周回コースを回る。
車道を走るようになって、スピードが上がる。
37分、15.4km、平均時速25.1km/hだ
。
降りてから、朝、 自転車店で購入したスプレー式のチェーンの洗剤で
初めて洗った。黒い油分が落ちた。布で拭き取る。
恐ろしいほど綺麗になった
。真剣にやれば新品同様になるかも・・
その後、水洗いして成分を落とした方がいいということで、
初めて、自転車に水をかける。その後、直ぐに拭き取った。
しかし、曇り空で、乾かない。
完全に乾くまで待てないで、 自転車用のサラサラの
スプレー式の油を塗る。それで、チャーンが軽くなった。
これなら、更にスピードアップできるかも・・・楽しみだ。