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『羅生門』芥川龍之介 、文春文庫 芥川龍之介といえば、日本でもっとも有名な作家で、『羅生門』は彼の代表作の一つである。それでは、この門はいったいどこにあるのか。 平安時代、京の都のことを平安京といった。中国の様式を取り入れ、碁盤の目のように道を通して区画の整理をした。いちばん奥に内裏があって天皇が住んでいた。平安京のいちばん南から内裏に向かうメインストリートが朱雀大路で、その起点に立っていたのが羅生門だ。つまり、平安京の入り口にあたる。京都駅から南西に約1㎞の地点にあった。 本書は極端に短い作品だ。仕事を失った一人の男が、羅生門で雨宿りをしていた。このところ、天災や飢饉、火事などが続き、京の都は荒れ果てていた。男は、これからどうして食っていくか、餓死するか盗人になるかを思案していた。 はしごで二階に上ってみた。そこには、死骸が何体かあって、老婆が女の死骸から髪の毛を抜いていた。それを見た男は強い怒りを感じ、盗人になることよりも餓死を選んだ。 男は、老婆に何をしているのかを質した。彼女は、髪の毛で桂を作るのだ、悪いことかもしれないが、こうでもしないと生きてゆけないのだ、と答えた。 彼がその後、どうしたのかは書かれていない。読者の想像力に任せるということだろう。芥川は、人間は生きるか、死ぬかというような極限状態では理性が失われてしまう、ということが言いたかったのではないか。ホーム・ぺージ『推理小説を作家ごとに読む』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.03.14
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『草の陰刻』松本清張 、講談社文庫、単行本初版1965年8月(光文社) かなりの長編になる本書、松本清張の『草の陰刻』は、警察と検察の確執をひとつのテーマにしている。 愛媛県にある松山地方検察庁杉江支部の庁舎が、火事になった。焼けたのは古い捜査資料が収められている倉庫と宿直室だった。宿直室からは、当直だった平田事務官の焼死身体が発見された。 検事の瀬川は状況から判断して、放火の疑いが濃いと考えた。しかし、警察に弱みを見せたくないという理由から、失火で処理した。これが、そもそもの間違いだった。 火事の後、平田が管理していた事件簿のうち、昭和25年4月から昭和26年3月までの事件目録簿が、紛失していることが明らかになった。その詳しい内容は火事で消失している。 瀬川は、犯人はその間の事件にかかわった者と見た。そして、当時、杉江支部の検事だった大賀庸平に手紙で問い合わせをした。 返事には、何も覚えていないとあったが、その数日後、大賀はトラックにひき逃げされ死亡した。 火事が放火でないため、警察は動かない。瀬川は、自分の力で事件の解決を迫られることになった。ここから若き検事・瀬川の苦悩のたたかいが始まる。 かつて杉江支部で大賀が担当したのは、殺人事件だった。警察は、山口という男を容疑者とした。しかし、大賀は取り調べの中で、山口は犯人ではなく、別の男が真犯人とにらんだ。 ここでも、検察と警察の確執が、捜査の妨げになった。その事件は、あと1ヵ月足らずで15年、つまり時効を迎える。 ストーリーそのものは、かなり込み入っていて、『砂の器』を思わせる。大賀が死んだ後、彼の娘から、父親の遺品の中から事件を記録したメモを発見し、読んだと瀬川に手紙が届いた。 その直後、瀬川は群馬県の前橋地方検察庁に転勤になる。そこで、担当した事件の中心人物が、かつて大賀が犯人とみた男だった。かなりの社会的地位についていた。 若き検事・瀬川良一は、放火事件から出発して、15年前の殺人事件に行きつき、その容疑者をつきとめた。 ところが、結末は、読者の予想を大きく外してしまう。ホーム・ページを全面的にリニューアルしました。ぜひ、ご覧ください。 http://bestbook.life.coocan.jp
2012.02.26
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『世界の果ての庭』西崎憲 、第14回日本ファンタジーノベル大賞、創元SF文庫 本書は「ショート・ストーリーズ」と副題がついているように、2ページから4ページぐらいの短い55の章からなっている。 その上、いくつもの柱立てでストーリーが進行する。 まず、主役は30代後半で独身の小説家・リコ。彼女の母親はリコが中学生の時に駆け落ちをした。 しかし、5年たって帰って来た。リコも父も母を受け入れた。その時、母は「若返る病にかかっている」と言った。母の年齢は38歳だったが、確かに若く見えた。 母が帰って来てからの3人の生活、これがひとつの柱。 二つ目。リコが出版関係のパーティーでスマイスという長身のアメリカ人と出会う。リコはスマイスと親密な関係になった。 スマイスは日本の大学で講師をしていた。日本の近世の思想と国学を研究しており、江戸時代の皆川淇園、富士谷成章・御杖の親子がその対象だ。3人の思想や研究内容がまるで論文のように展開される。 三つ目の柱。リコは作家になる前は、英文科の大学院にいた。最後の1年、大学のお金で、イギリスに留学する機会に恵まれた。 もともと庭について興味を持っていて、イギリスの大学で週に一回講義をしながら、庭園を見てまわった。 その庭について論文のような記述がされている。 四つ目。リコの祖父は戦前、ビルマに行かされた。そこで終戦を迎え、捕虜になった。そして、脱走するが、気が付いたら異次元の世界にいた。多分、未来。 そこでの物語が展開されている。 5つ目。物語の流れからすべてリコにかかわるストーリーだったが、いきなり江戸時代の江戸にタイムスリップする。本所に辻斬りが出没し、それをとらえる話しだ。 とにかく本当に短い章が、あっちに飛び、こっちに飛び、油断して読んでいると訳が分からなくなるので注意を。ホーム・ぺージ『推理小説を作家ごとに読む』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2010.07.15
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『夜明けの街で』東野圭吾 、角川文庫 本書は不倫、いわゆる浮気をテーマにしている。 建設会社に勤める渡部は、不倫をする奴はバカだと思っていた。近くに、不倫で家族も仕事も失った例があったからだ。ところがそのポリシーを覆すことがおこった。 仲西秋葉(31)が、派遣社員として同じ職場に入って来た。渡部とは26人いる職場の仲間の一人だったが、担当が違ったので話すこともなかった。 ところがある日、渡部が友人3人と飲んだ後、バッティングセンターに行くと、秋葉がバットを一心不乱に振っているのに出会った。渡部たちが、カラオケに誘ったら付いて来た。 カラオケでは秋葉の独り舞台だった。また、秋葉はよく飲んだので、帰る頃にはかなり酔っていた。渡部が彼女のマンションまで送っていった。これが一つのきっかけとなって、親密な関係になっていった。 渡部には有美子という妻と4歳の娘がいた。有美子は専業主婦で、良妻賢母を演じ、何の不足もなかった。しかし、渡部は週に1回は秋葉のマンションで逢瀬を重ねた。 ある日、秋葉の実家に行った。豪邸だった。誰もいないと思っていたら父親が車で出るところだった。秋葉は父・達彦に渡部を紹介し、中に連れ込んだ。 リビングに入ると、ここは人殺しのあった部屋であることを秋葉から打ち明けられる。父の秘書・本条麗子が殺されたのだ。犯人はまだ、見つかっていない。来年の3月31日で時効を迎えるという。 警察は犯人を麗子に恨みを持つ者と考えた。麗子は達彦の秘書であると同時に愛人だった。つまり達彦を妻の綾子から麗子が奪ったと考える秋葉と伯母の妙子があやしいと、警察はにらんでいた。 本書は、ますます深みにはまってゆく渡部と秋葉。また、麗子殺しの犯人を追う刑事と麗子の妹。この二つの柱で、時効の3月31日に向かって進んでゆく。 そして、事件の真相は3月31日に明かされる。 ホーム・ぺージ『推理小説を作家ごとに読む』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2010.08.22
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『Dの複合』松本清張 、新潮文庫、単行本初版1968年光文社 松本清張の本書『Dの複合』は、事件の起こる場所が、地理的な一つの法則にもとづいている。 作家の伊瀬忠隆は、『月刊 草枕』という旅行雑誌を出版している天地社から、新たにできる「僻地に伝説を探る旅」というコーナーへの寄稿を依頼された。伊瀬は民俗学の知識があり、その方面での随筆をいろいろと書いているからだ。 浜中三夫という編集次長が彼の担当になり、まずは浦島太郎の伝説をもとめて、近畿方面に旅に出た。初日、丹後木津温泉に泊ったとき、街で殺人事件が起きた。 そのため紀行文に殺人事件も挿入し、読者からの評判は上々だった。 二回目は、羽衣伝説を求めて三保ノ松原を始め、各地を旅した。 その後、第二、第三の殺人事件が起こる。 本書『Dの複合』は、民俗学に造詣の深い松本清張ならではの謎解きになっている。浦島伝説と羽衣伝説に共通するものは何か? それは「浦島・羽衣伝説の淹留(えんりゅう)説」というものだ。浦島伝説は、浦島太郎が竜宮城に抑留され、羽衣伝説は、天女が地上のどこかに抑留されるというものだ。 これをヒントに、伊瀬は調査を始める。 基本的に伊瀬が、探偵の役を演じるが、寄稿の依頼を直接した浜中三夫が、重要な役割を演じている。一連の殺人事件は、昭和16年に起こったある海難事故がもとになっていた。浜中はその関係者の子孫だった。 また、ストーリーに色を付けているのが、数字狂の坂口まみ子の登場だ。いち早く、伊瀬の旅の行程が、ある法則に基づいていることを発見する。 ちなみに、数字狂の女性の登場は、松本清張の他の作品にもある。 ストーリーがかなり入り組んでいて、いったいどこでどう結びつくのか、落ちが楽しみになる作品だ。ホーム・ページを『推理小説を作家ごとに読む』も、ぜひご覧ください。 http://bestbook.life.coocan.jp
2012.04.02
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