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今日、偶然あるサイトの書き込みを見たのですが、あまりにショッキングな内容だったために、最後に本当の自分の伝えたかった気持ちを述べて、このブログを終わりにしたいと思います。また、第7回「お詫びと訂正」をまずはじめに読んでいただいてから、今回の最後のブログを読んでいただければありがたいです。そもそもこのブログは、受験で悩んでいる中高生や、大学受験を失敗して途方にくれている人たちに対して、何か出来るのではないかと思い始めました。自分は大学受験に失敗しアメリカに来ることになったわけですが、大学受験失敗は、自分の人生で初めての挫折だったように思います。絶望感でいっぱいでした。友人の多くが東大や京大に行く中、自分だけ取り残されてしまったような感覚におそわれ、かなり長い期間、沈んだ生活をおくりました。この時点の僕は、学歴コンプレックスの塊でした。そして、その学歴コンプレックスを解消するために、僕は、アメリカにやってきたのです。大学受験を失敗したからというだけで人生を終わらせたくない。東大よりも世界ランキングが上の大学に入って見返してやる。不純ですよね。他の留学生からしたら、夢もへったくれもなかったでしょう。ただ、”自分の負け”を認めたくなくて、自分の力を証明するために、アメリカに来たわけですから。でも、そんな考えはアメリカに来て、徐々に変化していきました。アメリカという国で僕が出会った友人は、夢と希望にあふれている人たちだったからです。大学をドロップアウトした人たちや、高校も卒業していない人たち。日本にいた頃の僕ならば、友達になることも、出会うことすらなかったでしょう。ただ、交流を深めていくうちに、彼らにあって、自分に足りないものにようやく気づかされたのです。それは、夢です。僕は、大学受験に失敗するまでは、一流大学に入ることだけしか頭にありませんでした。それで、名誉もお金もすべて手に入ると思ったからです。しかし、アメリカで出会った彼らを見て、夢の大切さにすごく気づかされたのです。映画監督を目指しているやつや、画家を志しているやつ、歌手になりたいと、毎日、歌の練習に明け暮れているやつ。見た目もチャラチャラしているし、世間から見たらはみ出し者でしょう。アメリカといえども、それは例外ではありません。でも、彼らはすごく輝いていました。自分の夢に向かって、一直線に努力をしていました。本当に幸せな人生を生きていると思いました。すごくうらやましかったです。単なる学歴だけしか求めていなかった自分が、小さく見えました。若いから出来ると言われればそれまでですが、若いからこそ挑戦するべきなのだと僕は感じました。もちろん、彼らだって何も考えていないわけではありません。あと5年でダメだったら、他の仕事を見つけるよと、冷静な目も持ち合わせています。実際、僕の友達の何人が成功するのかはわかりません。ただ、結果に関係なく、夢に向かって突き進む彼らは、僕から見てすごくカッコいい人間です。そもそも僕は、不当なサービスで利益を貪っている企業が多い留学分野のビジネスにおいて、大きな変革を起こしたく、バークレー卒業後は起業を志していましたので、企業に就職するつもりは全くありませんでした。ただ、経験として就職活動をするのもいいだろうと思い、昨年の秋から冬にかけて、日本に一時帰国して、就職活動を行いました。僕が回った外資系の企業には、就職活動のために、一流大学の優秀な学生がたくさん集まっていました。夢や希望にあふれた同年代の学生もたくさんいて、すごくいい刺激をもらいました。しかし、その一方で、自分の夢や希望を見つける事が出来ず、とりあえず、一流企業に就職できればいいやと思っている学生が非常に多くて、そういう意味ですごくショックでした。もちろん、社会に出た後に、夢や希望を見つけられた方もたくさんいらっしゃるはずです。そういう意味では、彼らの姿勢がおかしいわけではないと思います。ただ、大学受験と同じで、一流企業に入ればなんとかなるという甘い幻想は、絶対に間違っていると思いました。実際、その甘い幻想が、新卒の離職率を高めているのではないでしょうか。そして、そういう甘い幻想を持っている限り、幸せな人生は送れないような気がしたんです。これは、僕の主観ですが、たとえ、一流大学に入ったとしても、夢も持てない人生だったら、つまらないだろうなって。別に、一流大学に入らなくっても、夢を持った人生を自分らしく歩めたら、どれだけ幸せだろうなって。僕の後輩で、大学受験に失敗して、それが原因で道を踏み外し、今は、いわゆるニートとして生活しているやつがいます。そいつは、本当に可哀想なやつです。僕と同じように、一流大学に入ることが目的だったので、その道を絶たれてしまったという理由だけで、自暴自棄になってしまったのです。自分の人生に、未来を見つけることが出来なかったわけです。かといって、変なプライドがあって、大学に行くことすら諦めてしまったのです。でも、よくよく考えれば、一流大学に入れるか入れないかは、ただのテストの結果であって、その人の人生のテストの点数でもなんでもないと思うんです。たかが、受験なんです。人生の上で、受験より大切なことなんていっぱいあるはずだし、実際、受験勉強で頑張ったあなたは、その経験から、色々な事を学んでいるはずなんですから。一番もったいない事は、受験の結果が悪かったから、自分自身を否定してしまうこと。自分の人生を、あきらめてしまうこと。自分が自分のことを嫌いになったら、誰が自分の事を好きになってくれるんでしょうか。大学に行くことは、目的を達成する手段であって、目的では決してないはずです。大学に入った後、そこで何を学び、どんな夢を持ち、そして、どんな人生を送ることが出来るのか。それの方が、よっぽど大切だと思うんです。しかも、それは一流大学でなくても、なんら問題ないと僕は思っています。これは、バークレーに入ったから言うのではありません。バークレーに結果的には入れましたが、アメリカで過ごす中で、バークレーに編入する前から、無名の短期大学で過ごしていた2年間を通じて、ようやく、この大切なことに気がついたんです。バークレーに入っていなくても、おそらく同じ事を言っていたと思います。そして、僕の挫折や色々な経験をブログで書くことで、大学受験で失敗して、自分の人生に未来を見出せない人や、大学受験をこれから迎える中高生が、少しでも広い視野で、自分の将来を見つめるきっかけを作ることが出来れば。また、僕みたいな学生がいうのもなんですが、受験を迎えられるお子さんをお持ちの親御さんたちと、深い議論をいっしょに出来れば、自分の経験が、何らかの形で生きるのではないかと考えていました。今は、ほとんどの人が考えたこともないであろう留学という選択肢についても、経験談を書くことで、色々と伝えることが出来たらなと考えていました。ただ、第7回でお話したように、僕はいくつもの過ちを犯してしまったので、それを今後続けていくことは、難しい事と判断しました。最後に、大学受験で失敗した皆さん、そして、これから受験を経験するであろう中高生の皆さんへ。別に偉そうな事が言える立場の人間ではありませんが、辛い経験をして、やっと分かった事を、ここに書かせてもらいます。大学受験は、結果の一つにすぎません。もし失敗したとしても、それはあなたの今後の人生が終わったわけでも、決まったわけでもありません。もし、どうしてもその大学に行きたいのなら、もう一度、チャレンジすればいいと思います。受験する必要がないと思えば、別の道を歩めばいいと思います。そして、もし、再度挑戦して、残念ながら、結果がダメだったとしても、絶対に投げやりにならないで下さい。たまたま、運が悪かっただけなんです。神様が、そういう人生を与えてくださったと前向きに生きていきましょうよ。僕も当時は、すごく自分の運命を恨みましたけど、今考えれば、前向きにアメリカで努力したから、自分の夢を見つける事が出来て、やりがいのある仕事を社会で見つける事が出来たんだと思います。今は、それにチャレンジがしたくて、うずうずしています。人生は、みんなと同じルートじゃなくてもいいんじゃないかなと思います。遠回りもなかなか面白いものです。浪人生活も、今考えれば、楽しいこといっぱいでしたし、いまでも、夢や未来について、アツク語ることが出来る友人と出会えたことは、すごく幸せなことです。自分の夢に向かって、努力していれば、必ず、幸せな人生が待っている気がしています。今は、また直感だけです。それを、これからの僕の人生で確認していこうと思っています。3年間、戦略コンサルで修行して、3年後には、自分でビジネスをおこして、留学や教育の分野で、ひとりでも多くの人に役立てるような会社を作りたいと思っています。最後になりましたが、多くの方にリンクをいただきまして、様々なご意見をいただきました。本当にありがとうございました。10年後ぐらいに、世の中を変革できるような男になって、また、ブログを始めようかなって思ってます。また、お会いできる日までさようなら
2005.04.30
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僕の住んでいる街は、バークレーから車で30分くらいのところにあります。日本みたいに便利なバスや電車があればいいんですけど、電車の駅は家からすごく遠くてバスは絶対時間通りに来ないので、(最高、30分近く待ったことがありました!!!どうなってるんだ!!アメリカのバス会社~~!!!)今は車で大学まで通っています。そんな僕の朝ごはんは、ほとんど毎日、決まってスターバックスで済ませています。家から2分くらいの所にちょうどあって、大学へ行く道中にあるのでついつい立ち寄ってしまうんです。しかも、ここの店長さんがすごく優しくて、ほとんど毎日行ってるからなんでしょうけど、いつもオマケをしてくれるんです。というのは、何を注文したとしても、ワンサイズ大きなサイズにしてくれてるんです。ちなみに、アメリカのスターバックスは、サイズが日本よりもワンサイズ大きいんです。一番小さいのでも、Tall(トール)で、続いて、Grande(グランデ)→Venti(ベンティ)ってな感じです。日本で一番小さいShort(ショート)サイズは、アメリカにはおいていなくて、お水用として店の片隅に置かれています。この春休みに、僕の所に遊びに来た友人は、日本では、Grande(グランデ)までしかおいていないので、Venti(ベンティ)の大きさをみて驚愕しておりました(笑)しかも、アメリカの方が、随分と値段も安いんですよ。というわけで、毎日オマケしてくれる事をいい事に、いつもTall(トール)を頼むことにしています(笑)ベンティは大きすぎるし、グランデぐらいがちょうどいいので。そして、最近はまっているのが、アイスパッションティーって日本で呼ばれていたやつで、確か、日本では限定販売だったから、もうやっていないのかなあ。基本的には、アイスティーなんですけど、ちょっとピンク色がかっていて、そこに甘いシロップと、僕の場合は、レモネードも混ぜてもらって、シャカシャカ振ってもらった飲み物です。というわけで、アメリカでは、Iced Shaked Coffeeって呼ばれています。これをここ1週間あたり、連続で注文しているんですけど、おとついあたりから、店長の息子さんが、僕の分を作ってくれるんです。息子さんは、3週間ぐらい前から働きだしたんですけど、これがまた、僕が言うのもなんなんですが、メチャメチャ不器用なんです!!(笑)僕より2つ年下の21歳で、見た目はすごく大柄で筋肉質だから、コーヒー作ってる姿が全然似合っていなくて、その上、一生懸命頑張ってるんで、僕が見ていても、かわいく見えてくるんです。(あっ、でもそっちじゃないので……ご心配なく!!)ちなみに、僕が注文しているアイスティーは、たぶん、僕でも作れるぐらい簡単なものなんですが、息子さんが作ると、結構時間がかかるんです。目盛りを気にしてシロップを量ったり、レモネードの量を気にして、何回も入れなおしをしたり・・・・・・。大きな体して、すごく神経質みたいです(笑)だから、親父さんにいつも、「はやくしろ!!朝は忙しいんだよ!!」って怒られています。でも、彼が作ってくれたアイスティーは、親父さんが作ったアイスティーと同じぐらいおいしいんですよ。まだ、働き出して間もないから、なかなか要領はつかめないんだろうけど、すぐになれはずだから頑張ってほしいものです。今朝、僕が頑張ってるねって声をかけたら、「親父がうるさいから、もうちょっとうまくならないと」って、笑って言っておりました。だから、僕は「勉強あるのみだね、頑張れ!!」って一声かけて、バークレーに向かいました。「勉強あるのみ・・・・・・・?」「頑張れ・・・・・?」それって、今の自分の状態じゃない??もしかして??先週、ブログにはまって勉強さぼったから、今追い詰められていて、水曜のテストはなんとか乗り越えたけど、来週のプレゼンに向けて、またまた必死こいて勉強してる自分のことじゃない??スタバを出る時に感じたこと勉強あるのみ・・・・・・頑張れ、自分!!!P.S.ブログ毎日更新、断念いたしました・・・・
2005.04.29
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(第3回の続き・・・・)思春期の時期にさしかかれば、誰しもが多かれ少なかれそうだとは思うんですが、他人から自分への評価が気になりだしますよね。僕なんかに関して言えば、小学生の頃から、そういう事に人一倍敏感だったわけです。それに、中学校に入れば、新しい環境で、新しい友達と出会い、何もかも新しい生活がスタートするわけですから、そういう事を必要以上に気にしてしまったのは、今考えれば、すごく自然な成り行きだったのかもしれません。自分自身の学校での立場やクラスの中での居場所みたいなものの確認の仕方は、本当にひとそれぞれだと思いますし、中学生ぐらいだったら、きっと、友達どうしのつながりや、クラブの仲間との友情なんかで確認するんだと思います。もちろん、普通の中学生と同じように、僕もそういうものに支えられて中学時代を過ごしました。ただ、僕が普通の中学生と違った所は、本当に異常なまでに、他人の目や他人の評価を気にしていたということです。他人からの評価といっても色々な評価がありますよね。その人の容姿や性格にはじまって、運動能力や社交性やその他の特殊な技能、そして、成績の良さや頭の賢さまで。たぶん、ほとんどの中学生が、自分のアイデンティティーを確立する上で、他人からの自分への評価というものを、何らかの形で活用していると思うので、上に挙げたいくつかの評価基準を、少なからずは気にしていると思うんです。ただよくよく考えれば、「他人から自分への評価」って、他人から自分への、本当の意味での”他人”の評価と、”自分”が考えている、他人から自分への評価という2通りの意味があると思うんです。その意味で考えると、前者の評価は絶対に知りえる事は出来ないわけですよね。自分は、他人には絶対になれないわけですから。ただ、それを少しでも知ろうとするために、友達や先生からの自分への発言なんかをもとに、自分の中での「他人から自分への評価」を作り上げるわけです。そして、僕は、この自分が作り上げた「他人から自分への評価」に翻弄されながら中学時代を送ることになるわけです。僕だけじゃなくて、多くの人が、ある程度は他人の目って気にすると思うんですね。それは変なことじゃないし、むしろ、人と交わって生きていく上では、当然の事だと思います。とは言うものの、いちいちすべての事において、他人からの評価を気にしていたら、自分の意思で何も行動できなくなりますよね。実際、他人って、自分が思っているほど、自分の事を見ているわけではないですし。それに、自分以外のすべての人が、自分の事を認めてくれるなんてことはありえないわけです。世の中には色々な人間がいるわけで、それぞれの人が、それぞれの考えで世の中を生きているわけですから。ただ、中学生の僕は、そういう風に考える事は出来なかったんですね。他人が自分の事をどう評価しているのかを、異常なまでに気にして、すべての事において他人から良い評価をしてもらいたいと思っていたんです。あの当時の僕は、たぶん、僕の頭の中にあった「理想の完璧な人間」を目指していたんだと思います。女の子からはカッコイイって言われてモテたいし、頭がいいとも思われたい。サッカーがうまいとも言われたいし、優しいところがあるとも言われたい。もうここでは書ききれないほどの、理想的な条件がたくさんあったはずです。でも、当時の僕にとっては、自分という人間が、実際、どのような人間であるかは重要ではなかったんです。自分自身が、こうありたいと思う本当の自分らしい自分であろうが、それとは反対に、自分の中ではこうありたいとは思っていない嘘の自分であろうが、どうでもよかったんです。他人から評価される自分でありたい。それだけが僕の願いだったわけです。「理想の完璧な自分」は、他人からの評価によって実現し得るものでした。人から良い評価をしてもらうためにはどうすればよいのか、どうすれば人は認めてくれるのか。友達は、何を基準に僕を見ているのか、先生からはどうすれば良い評価が得られるのか。そんな事ばかりに気をもんでいたような記憶があります。でも、そうやって他人の評価ばかり気にしていると、当然、中学生活の中でも、色々と問題が出てきてしまうんですよね。次回は、そのへんを振り返っていきたいと思います。
2005.04.26
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現在、アメリカ時間で、日曜日の夜の10時を少しすぎた所です。空は、カリフォルニアらしく澄み切っていて、僕が住んでいるアパートからも、きれいに星が輝いています。大阪に住んでいた頃は、こんなにたくさん星は見えなかったので、初めてアメリカに来た時は、まず、星の多さにビックリしたものです。そんな夜って、普通なら、心が癒されて、詩のひとつやふたつ、口ずさみたくなるじゃないですか。なんて夜空はきれいなんだろう。なんて星はきれいなんだろう。都会の喧騒が嘘のように思えてきます。しか~しえっと、僕、今すごく揺れています。あ~、どないしたらエエね~ん!!!って、すごく叫びたい気分なんです。なぜかというと、究極の選択に迫られているからなんです。というのは、今週の水曜日にテストがあるので、それに向けて、本来ならば家で大人しく勉強しないとダメなんですね。ただ、ブログをはじめて以来、毎日更新を目標にしてきたので、出来れば、ブログの更新は欠かしたくないんです。だけど、まだあんまり文章を書くのに慣れていないんで、一回更新するだけで、意外に時間がかかっちゃうんです。だから、ブログ更新に気合を入れすぎると、そのために時間がかかりすぎて、逆に、テスト勉強する時間がなくなってしまいそうで、どうしようかと迷っていたんですね。これが、一つ目の悩みです。そして、そんな悩める子羊の僕に、さらに追いうちをかけるように、もうひとつの悩みがやってくるわけです。それは、アメリカでは、若者にとっては、日曜日って意外と楽しい日だからです。たぶん、全てのバーがやってるわけじゃないと思うんですが、友達と”たまに”行く、サンフランシスコのとあるバーでは、日曜日だけ、飲み物がほとんど2ドルになるわけです。しかも、ここはオシャレで少しだけ高級感のあるお店なんですね。学生の僕たちにとっては、普段は、決して安くないバーなわけで、”たまに”しか行けないわけです。でも、大人の方々は、翌日に仕事があるので、あんまり日曜日は来られないんです。そういう理由で、日曜日は、お店側がサービスでお安くしてくれているんです。しかも、結構、隠れ家的存在のバーなんで、多くの学生にも、まだあんまり知られていない穴場なわけです。というわけで、普段飲めない高いお酒を、たった2ドルで飲めるという欲にかられて、どうしようか悩んでいたわけです。ただ、テスト前なんですから、お酒が安いというだけでは、僕も理性が働いて、たぶん、我慢していたと思うんです。すごくポイントとなっている点は、私の友達から先ほど連絡が入りまして、今日の夜、最近出会ったとてもかわいい○ィ○ァ○ーちゃんが、バーに来るというんです(笑)別に、何かを期待してるわけではないんですよ。ただ、かわいらしい女の子と普段行けないオシャレなバーでまったりと飲む。素敵じゃないですか・・・・・オシャレじゃないですか・・・・・すごく楽しそうじゃないですか・・・・・は~、どうすればいいんだ~(笑)そうこうブログを書いているうちに、30分近く経過している・・・・・・・。勉強しなきゃ、ブログ書かなきゃ、○ィ○ァ○ーちゃんと楽しくおしゃべりしなきゃ・・・・・。テストがあるんだから、一番最初の選択肢を選ばないとダメなのは分かってるんですよ。でも、クローゼットに目をやって、バーに来ていく服を選ぼうとしている僕は、たぶん、一番最後の答えを選んでしまうんだと思います。たまには、こんなカワイイ悩みにもぜひぜひ付き合ってください。皆さんのご意見、お待ちしております(笑)
2005.04.25
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(前回の続き・・・・)小学校6年生まで、自分としては順調に受験勉強をしていたつもりでした。塾での成績も良かったし、友達と同じように、名門私立中学に合格するものだと思ってました。でも、僕の体は悲鳴を上げていたみたいで6年生の9月頃に胃潰瘍になったんです。病院の先生からは、極めてまれなケースだと言われました。小学生が胃潰瘍になることは。自分は全然意識していなかったんですよ。塾に行くのは嫌じゃなかったし、小学校に行くのも楽しかった。でも、たぶんどこかでストレスが溜まっていたんでしょうね。僕は、小さい頃から人の評価をすごく気にする所があったんです。人が自分の事をどう思っているのか、どのように評価しているのか。常に自分の価値を、他人からの評価という物差しで量ろうとしていたんだと思います。そして、塾に行きだす事で、いつしかその物差しが、具体的で明確な点数や偏差値になっていったわけです。今思えば、テストの点数が少々悪かろうが、塾のクラスが一つや二つ下がろうが、それがどうしたって思います。でも、その当時の僕には、本当に重要な事だったわけです。極端な言い方をすれば、それらの数字が自分のアイデンティティーを形成していたわけですから。親は、塾に行くのをやめさせました。もう勉強はしなくていいからと言って。勉強の事は忘れて、毎日小学校の友達と普通に遊ぶんだよって。病院から退院した次の日に、別に誕生日でもないのに、おもちゃ屋に連れて行ってくれて、ファミコンやおもちゃをいっぱい買ってくれたのを覚えています。おもちゃ屋からの帰り道、喜ぶ僕を横目に、母親が泣いていたのがすごく印象的でした。今でもその母親の顔は忘れられません。その当時は、なぜ母親が泣いているのか全く理解できませんでしたが、今思えば、胸がつまる思いです。最初は、塾のない日々はある意味、気持ち悪かったです。いつもは、友達と遊ぶのもそこそこに、かばんを持って、電車に乗って塾へトコトコ向かっていたわけですから。でも、子供って不思議ですよね。(僕は今でもまだまだ子供ですが………笑)すぐに新しい生活のリズムに順応しちゃうんです。つい先日までは、夜遅くまで、一日何時間も勉強していたのに、それを、受験の事なんてすっかり忘れて、公立中学へ進学する友達と毎日、日が暮れるまで遊びほうけていたわけですから。母親は、当時を振り返って、僕が塾に行っていた頃よりも塾をやめてからの方が、よく笑うようになったと言っていました。毎日楽しそうに学校にも行っていたし、両親ともよく話をするようになったし、今まで以上に元気になったと。普通の小学生に戻れたんだと思います。ある意味、やっと解放されたんです。2年ぶりぐらいに。僕の事を無意識に縛りつけていた自分を映す歪んだ鏡から6年生の9月から受験シーズンまでの日々は、受験生にとっては、最後の追い込みのもっとも大切な時期です。その時期にまったく受験勉強をしなかったわけですから、僕は、公立中学に進むつもりでいました。親もたぶんそう考えていたはずです。でも、そんな時に、塾のある先生から電話があったんです。算数の先生だったんですが、僕をかわいがってくれた先生でした。僕もすごく好きだったし、だから、算数が得意になれたんだと思っています。そして、先生は、僕の地元の私立中学を受験するよう勧めてきたのです。その中学・高校は、今では、大学進学実績も伸びて、大阪府下でも有名な高校なんですが、(週刊ダイヤモンドに載ってました、先日見たら)僕が受験した約10年前は、正直、中堅かそれ以下の中学でした。だから、必死に受験勉強していた僕なら、ブランクが少々あっても合格するだろうと言うわけです。両親は、とまどったと思います。勉強もしていないのに、本当に合格するのか。しかも、もし受験して不合格になったら、僕がまた病気をぶり返してしまうのじゃないか。そんな両親を決断させたのには、2つの理由がありました。まず一つ目。地元の中学がすごく荒れていたんです。荒れているの度合いが、笑えないぐらい荒れていました。警察が、当時は常駐していたそうですから。たぶん、塾に行かせてくれたのも、親が、地元の中学に僕を行かせたくなかったからなんだと思います。次に二つ目。意外にも、僕が受験勉強を忘れていなかったから 爆 !!!子供ってすごいですよねえ。試しに、昨年度の問題を解いてみたら、算数と理科が100点だったんです(笑)これなら受かるだろうということで、出願しました。そしたら、合格しちゃったんです!!!というわけで、かなりの紆余曲折はあったんですが、地元の中高一貫の私立中学に進学することになったわけです。これで、全てがうまくいくと両親も思ったことでしょう。僕が目指していたようなレベルの高い中学ではないので、塾に通っていた頃のように、勉強で焦ることもないだろう。しかも、様々なクラブ活動で有名な文武両道の中学でしたので、ここに行けば、きっと健康的に元気な中学生に育ってくれるだろうと。しかし、ことは、そうすべて上手く運ばなかったんです。なぜなら、9月に塾をやめてから、ずっと忘れていたはずの「自分を映す歪んだ鏡」をこの中学に入学してからまた自分の手元に戻して生活をはじめてしまうからなのです。
2005.04.24
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(前回の続き・・・・)小学校4年生の冬に、自分から両親に、塾に行きたいと頼みました。別に、中学受験を真剣に考えていたわけではなく、ただ、友達がみんな行き始めたから、自分も行かないと不安だったという単純な理由と、塾に通う事でもっと賢くなれると、その当時の僕は、直感的に感じていたんでしょうね。両親は反対しました。行かなくていいの一点張り。他の人のマネしてるだけでしょって。なぜそんなに勉強がしたいのかと。確かにそうなんです。当時の僕に、塾に行く明確な理由なんてなかったんですから。ただ、僕はあきらめなかったんですね。この当時から、あきらめだけは悪かったみたです(笑)自分では、あんまり覚えていないんですけど、新聞に入っている塾の広告何十枚も集めて、大切に保管して、それぞれの塾の合格実績や特色を分析して(正確には、感想レベルでしょうが)その上で、両親に、”だからこの塾に行きたいねん!!”と直訴したらしいんです。ここまでされたら、さすがに、うちの両親も否定仕切れなかったようで、ついに反対を押し切って、塾に通い始める事になりました。僕が通っていた塾は、近畿圏において、中学受験ではかなり有名な塾で、僕の校舎だけでも、すごく優秀な小学生が集まっていました。ここでは、ありえないくらい勉強させられましたね。僕が途中入学ってのもあったんですが、5年生になった時には、小学校の勉強が一通り終わってましたから。う~ん、今考えてもまさに”詰め込み勉強の象徴”のような塾でした。まあ、この塾の良し悪しは別として、この塾では、徹底した偏差値教育が行われていました。クラスは10クラス以上に分類されて、毎月、テストの結果で入れ替わるんです。しかも、優秀成績者の名前は掲示板に張り出されて、生徒間の競争をあおるんです。クラスによって教える先生も違うし、また、使っているテキストも違うわけです。小学生の僕たちから見ても、明らかに上のクラスの生徒が優遇されるんですね。当然、小学生の僕たちの間で、間違った価値観が生まれても不思議ではありません。「賢い奴が偉い」「下のクラスの奴はアホ」実際、下のクラスという理由だけで、いじめられていた子も少なくありませんでした。そして、悲しいことに、僕もその価値観に強く影響を受けてしまうのです。本当に歪んでいたと思います。また、塾内でずっとトップクラスにいた事が余計にその当時の僕を歪めていったのだと思います。自分は、他の人間より賢い。賢いから何をしてもいい。自分が一番だ。たぶん、塾に通い始めて、半年ぐらいで、完全に歪んでしまったんじゃないかと思います。前回お話したように、うちの両親は、勉強に関しては全く口を出しませんでした。しかし、両親とはよく会話はしました。友達や学校の話を、毎日のように聞いてくれました。仕事で忙しい時も、家に帰ってきたら、必ず今日あった事を聞いてくれました。そんな両親との会話の時間は大好きでした。それが、塾に通い始め、そして、いわゆる反抗期というものの訪れと同時に、あんまり話さなくなったんです。両親は、いつもと同じように話しかけてくれました。でも、僕はそれを拒絶したんです。そして、ある時、少ない両親との会話の中でも、僕の歪んだ一面があらわれてしまったんです。たしか、「○○君は、ずっと下のクラスやからアホやねん」ってな感じの事を言ったんだと思います。思いっきり張り倒されて、家の外に放り出されました。反省するまで飯は抜き!!と数時間外に放置されたのを覚えています。冬だから、すごく寒かったです(涙)たぶん、両親に強く叱られたこれぐらいの時期からだったんじゃないかな。両親と会話をしたとしても、友達のことなどを聞かれたとしても、学校のことなどを聞かれたとしても、まったくの嘘をつくようになったのは。小さい頃から、人との接し方は両親に仕込まれましたし、たとえ歪んだ考え方をしていたとしても、世渡りだけはうまかったのを覚えています。友達はたくさんいたし、学級委員長も務めていましたし、結構、クラスの人気者だったと思います。自分の方が賢いと思っても、人を見下してはアカン。勉強が出来るということは、歌がうまいとか、ピアノがうまいとかいうのと同じもの。別に特別なことではない。だから、友達の良い所を見れるようにしないダメ。わかってるんですよね、頭の中では。だから、人に対しては、そういう風に考えているように行動が出来るんです。少なくとも、多くの友達は、(全員とは言いませんが)僕が歪んだ性格をしていたとは思っていなかったはずです。どちらかと言えば、お笑い好きのムードメーカー的な存在でしたし。それに、両親から教えてもらったまじりけのない純粋な優しさも持ち合わせていたはずですから。でも、本当に純粋な少年ではなかったんです。なぜなら、心の底では自分が賢いから自分が一番だと思っていたからです。塾で良い成績を取るたびに、父親にはいつもこう言われました。成績だけで人を判断したらアカンのやで。人間は、みんな違う良い所を持ってるんやから。お前は勉強が得意やけど、それは、一つの良いことにすぎひんのや。な~んも勉強なんてできんでも、世の中で頑張ってる人は、いっぱいおるんやからな。それは、絶対忘れたアカンのやで。でも、両親からそんな事を言われる度に、小学生の僕の中でのダブルスタンダードは、強くなるばかりだったんです。
2005.04.23
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これから数回に渡って、僕が小さい頃からどんな環境で育ち、どんな経緯でアメリカにまでたどり着いたのか大阪での少しだけ波乱万丈の人生をいっしょに楽しんでいただけたらなと思っています。僕もこんなにあらためて振り返るのは初めてのことなので、楽しいような恥ずかしいような複雑な気持ちです・・・・・・・。すごく唐突なんですけど、僕はこれまでの23年間の人生で、親から一度も勉強をしなさいと言われたことがないんです。うちの親は、礼儀作法とかに関してはすごくうるさいんですよ。言葉遣いは小さい頃からこっぴどく仕込まれましたし。あと、習い事なんかに関しては、普通の親御さんと同じように結構色々とやらされました。そろばんや習字、プールにサッカーと、みんなが思いつくような習い事は一通りやったんじゃないかと思います。習字なんかは、正直好きじゃなかったけど、無理やり行かされてました・・・・・・。でも、不思議なことに、塾にだけは一度も行けと言われませんでした。僕が住んでた地域は、教育熱心な方が多いところだったんで、だいたい小学校の4年生頃から塾に通い始める子が多かったんです。中学受験のために。小学生の僕はすごく不思議でした。他の習い事には行けと言われるのに、どうして塾にだけは行けと言われないのか。だから、聞いてみたんです。”なんで僕は塾に行かんでエエの?”って。そしたら、親にこう言われました。”生きていく上で、字は絶対書かんとアカンし、読む必要があるやろ。それに、あんたも字きれいな方がうれしいやろ。だから、習字には行かんとダメ。あと、計算もできへんかったら困るで。買い物行った時、まけてもらうのにも計算できなアカンやろ。だから、そろばんも行かんとアカン。プールは、あんた、海行っておぼれたらどうすんの。死んでしまうやろ。だから、プールに行って泳ぐ練習せなアカンのや。でも、塾には無理やり行かんでもエエ。勉強はできんでも、生きていけるからな。それに、勉強よりもっと大切なことあるっていつも言うてるやろ。女の子には優しくせなアカンし、人にやられたら嫌なことは、自分もやったらイカン。人のものは取ったらあかんし、困ってる人は助けてあげる。これ全部あんた出来てるんか?勉強はそれ全部出来たあとでエエんやそれに、あんた勉強そんなに好きなんか?好きちゃうやろ?ほんなら、行かんでもええやん”説得力があるのかないのかよく分からないですけど、とにかく、僕はこんな親元で育ちました。今思えば、本当にいい育て方してもらったと思います。でも、残念ながら、親の真意に気がつくまで、すごく長い時間がかかってしまうんですけどね。”子供は親の思う通りには育たない”とは、まさに僕の事を言うのだと思います(笑)当時を思い出すと、教育熱心な親が多い地域でしたから、それぞれの親は、子供の点数を上げようと必死だったんだと思います。よく友達が、”今度のテストで100点取ったら、ファミコン買ってもらえるねん”とか”今度、通知表の良が増えたら、自転車買ってもらえるねん”とか言っていましたから。でも、僕は自分の親から、一度も100点を取ったからといって、何かを買ってもらえることはありませんでした。”よく頑張ったね”たったこの一言だけでした。自分で言うのも変ですが、小学校の低学年の頃から勉強は得意でした。学校のテストは、ほとんどいつも100点だったと思います。だからこそなのかもしれないんですが、友達と比べて物足りなかった僕は、親にいつも詰め寄りました。”100点とったんやから、○○君みたいに、ファミコン買ってや!!”そう言いよる度に、僕は、いつもこう言い返されるのでした。”お父さんもお母さんも勉強してって、あんたに頼んだことないやろ??勉強は、あんたがしたいと思ったらしたらええねん。したくないんやったら、別に、せんでもええねんから。勉強は、お父さんやお母さんのためにするもんちゃうんやで。あんた自身のためにするもんや。だから、うちは100点とってもな~んも買えへん”今聞いても、すごくもっともな意見ですよね。うちの親は、小さい頃から僕自身に、勉強するという事の意味を教えようとしていたんだと思います。でも、小学生の僕は、その意味を理解することは出来ませんでした。僕は純粋じゃなかったので、素直に受け止める事は出来なかったんです(笑)そして、親の意に反して、こう考えるようになったんです。テストで良い点数を取ればみんながほめてくれる。先生は賢いって言ってくれるし、友達も友達のお母さんも、み~んなほめてくれる。うちの家はたまたま何も買ってもらわれへんけど、でも100点を取り続けたらうちの親も変わるかもしれへん。よし、これからも勉強頑張ってたら、いい事がいっぱい起こるはずや。この無意識にも似た感覚が、結果的に、自分の価値は他人の評価によってこそ決まるという間違った価値基準に変貌するまで、小学生とは言え、そう長くはかかりませんでした。そして、その価値基準は、テストの点数や、頭の賢さによって決まるのだとこれまた大きな思い違いをしてしまったのです。僕の親が、素晴らしい教育方針のもと育ててくれようとしたにも関わらず、僕は、その意に反するかのような人生を歩み始めてしまうのです。そして、小学4年生の冬に、僕は、自分から親に、塾に行かせてくれと頼みに行くことになります。これが、僕の辛くて長い”偏差値人生”の始まりでした。
2005.04.22
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○注意えっと、これに関しては、正直、このままの事を思っているんです。まだ、イントロダクションしか書いてませんけどね~。特に訂正する所はないかなあって。ただ、僕の結論がどこに行き着くのかはっきりと述べていないので、異論他論が多く出てくるとは思っていましたが。ここでは結論の落ち着く先を、すべて明らかにすることは出来ないんですが、アメリカの大学生と日本の大学生を比べると、明らかに勉強に対する姿勢が違うんですね。これは、たぶん間違いないんです。なぜなら、高校での教育のされ方が違うからです。しかも、これは僕の主観なんですけど、教授の学生に対する姿勢もアメリカと日本で、少し違うような気がしてましてね。そのへんを、アメリカに来て2年の経験をもとに、自分が感じるアメリカの大学教育についてと、日本の友達の東大生や京大生にインタビューして感じた日本の大学教育についてまとめていこうと思っていたわけです。ただ、ブログってすごく難しくて、一気に書き上げれないから、僕の真意がうまく伝えられないんですよね~。もちろん、最初に構想を練ってから、どういう風に伝えればわかりやすくて、どういう表現が適切なのか、また、どういうブログが受け入れられやすいのかっていう所を、もっと時間をかけて考えればよかったんですけどねえ。とりあえず、なんとかなると思って、なんとなく書き出したのが悪かったんです。いや~、この点は、本当に反省です。ブログだと思って、なめておりましたです。はい。結論は、波田陽区風に言うと、なんともなりませんでしたから~って感じですもん(笑)というわけで、これ以降のブログでは、もっと自分らしく、面白キャラを前面に出して、ザックバランに行こうと、書き方も全く違うものにしてみました。この方が、自分らしくて書きやすいですしね。うんうん。作ったキャラは、しんどいっす。というわけで、これ以降は、まず、僕の人生を振り返るという型式を取ることに決めました。その方が、より僕の事を知ってもらえると思ったので。ではでは、これからも「バークレー生が書いたやさしい進学のすすめ」楽しんで行ってください。よろしくお願いいたします!!!!前回お話したように、決して楽しいものではない長く苦しい受験勉強を経て、晴れて大学に合格した高校生たちは、通常、大きな勘違いをして大学に入学してきます。ほとんどの学生が、大学受験からの解放感なのか、サークルやバイトやコンパなどの事で頭はいっぱいで、大学で待ち受けている新たなアカデミックな刺激に、思いを巡らす学生は、稀有に等しいでしょう。ただ、高校生の時から、大学に入れば楽を出来るという甘い話や、卒業は簡単に出来るという固定観念を植え付けられているわけですから、苦しい受験勉強の試練を乗り越えたばかりの学生に、いきなり「学問」について考えなさい、というのは、少し酷な話かもしれません。それに、なにも私は、勉強ばかりしろという気は全くありません。むしろ、高校時代を受験勉強だけに費やしてしまったような学生は、クラブやサークルなどに入ってみたり、アルバイトをはじめたり、コンパに行ったりして、古臭い言い方をするならば、高校時代には経験できなかった青春を謳歌するべきです。また、高校生の時よりも自由な時間が随分と増えるわけですから、自分の趣味に打ち込んだり、行った事のない国へ旅行したり、今まで出来なかったことに挑戦したり、本当にどんな事でもいいと思うので、学問以外の部分で、様々な事を経験するべきだと思います。なぜなら、大学での新たな刺激や出会い、そして、大学以外の場所での新たな人々との交流が、勉強一辺倒だった優秀な高校生の人間性を豊かにし、より大きな視野で物事を考えられるようになり、その上で、自分の将来について真剣に見つめ直す事が出来るようになるからです。つまり、大学生活の上では、これらの学問以外の部分も非常に大切であり、決して、軽んずるべき事ではないということです。ただし、この部分については、これから数回に渡って考えていく「大学で学ぶということ」のポイントではありません。それは、ほとんどの学生が、自分の個性や性格に見合った大学生活を、「学問」以外の分野では、送ることが出来るであろうからです。では、「大学で学ぶということ」の議論のポイントは一体どこにあるのでしょうか。私がまずはじめに考る必要があると思うポイントが以下のものです。大学での「学問」を通じて、大学生は、どのような姿勢で、どのようなことを学んでいけばよいのか。少し具体性に欠けた質問ですが、この問いに対して、きちんとした回答を出来る大学生は少ないはずです。本当は、この質問にきちんと答えれる状態で、大学生活をはじめることが理想的なんでしょうが、残念ながら、誰もこの問いに対する答えを大学に入学したからといって”教えてはくれない”のです。なぜなら、大学は”高校”とは違うからです。では、続きは次回に。追伸:表現したい事はたくさんあるのですが、大学の勉強などのために、制約された時間の中でしかブログを書くことができず、一気に議論を進めることが出来ません。しかし、出来るだけ時間を作って、少しずつ論を進めていくつもりですので、読んでくださっている皆さんも、このブログの上で、様々な意見を述べていただくなどご一緒にお付き合いしていただければ、ありがたいです。
2005.04.21
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○注意これに関しても旧第1回同様です。ここに書いてある「高校で学ぶということ」は、あえて断定的な書き方で書いてありますが、本当は、ここに書いてある事以外にも、学ぶべきたくさんの事があると思っています。ただ、旧第1回の流れを受けて、あえて逆説的な書き方をしました。高校での勉強の事については、いつになるかはわからないですが、近いうちに、もう一度、自分の真意を書きたいと思いますので、それまでお待ちいただければ幸いです。本当は「大学で学ぶということ」というテーマで書くつもりだったのですが、その前に、私の高校教育に対する考え方を述べておいた方が、皆さんにとっても、また、私自身にとっても、整理して理解することが出来ると考えましたので、今回は、日本の高校教育について考えたいと思います。では、議論をはじめましょう。日本全国の一般的な高校生は、文部科学省が定めたカリキュラムにそって、一様の教育を受動的に受けます。”受動的”と表現したのは、定められた科目を、定められた範囲内でしか勉強する事がないからです。(総合学習などは例外ですが)そして、一流大学への入学を志すような優秀な高校生は、”一様な”文部科学省指定の教科書に加え、受験対策用のハイレベルな高校の授業を受け、かつ、学校が終わった後は予備校に通い、万全の体勢で受験対策に臨むわけです。しかし、これらのハイレベルな受験対策も、”受動的”な教育の域を出ないと私は考えます。なぜなら、有名高校に通っている高校生は、学校に行けば、ハイレベルな授業が”与えられ”予備校にお金を払って入学すれば、ハイレベルな授業が”与えられる”からです。結局、すべて受動的に受け取る教育なわけです。そして、こういう現状を改善するべく既存の授業科目の枠にとらわれず”能動的”な学習姿勢を強化するという目的で、平成15年から高校のカリキュラムの中にも、総合学習の時間が取り入れられたのです。もちろん、”受動的”な教育制度を変革しようとする意味では、歓迎されるべきことなのかもしれません。しかし、これらの総合学習は、小学校と中学校だけで十分ではないかと、個人的には思っています。(総合学習についての議論は、また別の機会に)つまり、あえて誤解を恐れずに言うならば、高校教育に関しては、”受動的”な形態のままでいいと私は思っています。(ただし、講義をただ聞くだけという ”受動的”姿勢は改善すべきです。 アメリカの高校生の能動的姿勢をぜひ見習うべきです)なぜなら、高校生の段階では、決められた科目の決められた範囲内で、”与えられたもの”を的確にこなすという基礎能力を、大学受験勉強を通じて、出来うる限り高めるべきだと考えるからです。確かに、長い目で見た時、現実の社会では、自分で”能動的”に今何をすべきかを見つけ出し、それに対するアクションを起こす”能動的”な能力が必要となります。いつまでも”受動的”な姿勢のままでは、社会に置いてけぼりを食らうことになります。しかし、実際のところ、”与えられた”ものすら”消化”出来ない人間は、実際に”能動的”に自分がやることを見つけたとしても、それを”消化”することは出来ないと思うのです。もちろん、社会に出た後、自分が見つけたものを”消化する”能力を伸ばす事は十分可能でしょう。しかし、それは、早かれ遅かれ必要となる能力なわけですから、大学受験を通じて、高校生の早い段階から身につけるということは、非常に効率的な戦略だと考えるわけです。では、その基礎能力とは、具体的には一体何なのでしょうか。それは、一流大学に入るための受験対策で、高校生が磨くべき能力を考えれば、すぐに理解することが出来ます。まず一つ目が、与えられた大量の情報の中から、必要なものを見つけ出すための情報処理能力。二つ目が、その情報を消化し、使える知識に変化させるための思考力。そして、最後が、その知識を出来るだけ多くインプットし、効率的にアウトプットするための記憶力。以上の3つの能力が、大学受験に必要で、かつ、高校生が磨くべき能力だと思っています。そして、これらの能力は、大学受験でのみ生かされる能力では決してありません。例えば、次回お話しする予定の大学や大学院での学問のクオリティを根底から支える基礎力となるのは、この3つの能力に他なりません。また、これらの能力は、学問の上だけで生かされるというわけではなく、先ほども言ったように、大学卒業後、実際に社会に出た時に大いに役立つ能力なのです。おそらくは、どのような職業であったとしても、これらの能力は必須と言えるのではないでしょうか。だからこそ、私はこれらの能力を基礎能力と呼んだのであり、また、一流大学生が、社会に出た後に活躍する確率が高いのは、これらの基礎能力を、大学受験時に身につけたからだと私は考えています。確かに、現状の”受動的”な高校教育制度には、詰め込み教育の弊害など、議論の余地は大いにあるとは思います。しかし、私が高校教育に関して結論として言えるのは、高校時代にやるべき事は、社会人としての基礎能力であり、大学で学問する上での基礎力となりうる・情報処理能力・思考力・記憶力 を鍛えるために大学受験に真剣に取り組むことだと思います。自分自身が現役・浪人時代を通じて、必死に受験勉強したから言うわけではありませんが、受験勉強で養った基礎能力がなければ、英語もろくにしゃべれなかった僕が、UCバークレーに入学することはなかったと思います。次回は、いよいよ本題である「大学で学ぶということ」に入っていきます。
2005.04.20
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○注意以下の文章なんですけど、わざと、一流大学とそれ以外の大学の差は、歴然としてるよ!!!だから、一流大学に行かなきゃダメなんだよ!!っていう、気取ったインテリ学生風に書きましたが、本当は、そんな事これっぽっちも思ってません。最初にこう書いておいて、ブログが進むにつれて、実は、僕こう思ってたんです!!!って書こうとしてたんです。でも、ブログの長期的な構成がこれをはじめに書いた時は、これっぽっちも出来ていなかったのと、予想外の反響があったもので、ちょっと訂正するタイミングを逃してしまいました。ですが、ある程度、自分の中で、ブログの構成が見えてきましたので、今の予定では、第4回か第5回に、番外編として、詳しく僕の真意を説明させてもらうつもりです。ですから、出来ればそっちの方とあわせて読んで下さい。でも、この文章、誰が読んだとしても、嫌な奴に見えますね~(笑)僕、そんなインテリ系ではなくて、むしろ、お笑い系なんで、ひかないで、引き続き日記のほう読んで下さいね。よろしくお願い致します。「エリート」という言葉は、どのように定義することができるのでしょうか。有名私立高校や地方の名門公立高校を卒業し、東京大学をはじめとした一流大学に入学。卒業後は、一流企業に就職するか、政治家や官僚への道を邁進する。これは、誰しもが想像するエリートの典型像でしょう。日本の大学では、大学に入学するという事が、すなわち卒業出来るということを意味するわけですから、一流大学合格に向けて、高校生が必死になって受験勉強をするのも納得がいきます。なぜなら、これまでの日本では、一流大学に入ることで、その人の人生は安泰なものになると保障されてきたわけですから。しかし、これらの神話は完全に崩れ去ったわけです。現在の就職戦線においては、東大卒の学生と言えども、その人が望むような企業に容易に就職できるわけではないし、そもそも東大卒という学歴は、あなたの過去の栄光を証明するものではあったとしても、あなたの未来を保障するものではなくなりました。日本の社会も、ようやく本質的な変革がはじまったわけです。では、東京大学に進学する魅力はなくなったのか。そんな事は全くありません。逆説的に聞こえるかもしれませんが、東京大学は、依然として東京大学です。マスコミが、東大生の学力が下がったと騒ごうが、東大生の就職率が他大学に比べて悪くなったと非難しようが、もし、あなたが大学受験生で、仮に100%東大に入るチャンスがあるとするならば、もし、あなたが親の立場で、仮に100%自分の子供が東大に入るチャンスがあるとするならば、あなたは何と答えるでしょうか。間違いなく、東京大学に進学すると即答するでしょう。世の中を生き抜くことが難しくなったのは、何も東大生だけに課せられた宿命ではないのです。その厳しい現実は、すべての大学を卒業した人間に課せられるわけなのですから。キレイごとを並べて、東大に進学することを否定する事には、何の意味もないと私は思っています。なぜなら、どれだけ世の中の流れが変わろうとも、高学歴神話は、世の中から消え去る事はないのですから。では、なぜこの高学歴神話はなくならないのか。その理由は、この高学歴神話というものが、ある意味では偽なのですが、またある意味では真であることに起因していると私は思います。昔のように、一流大学を卒業したからといって、あなたの人生が、一生保障されることはまずあり得ません。そういう意味では偽だと言えます。しかし一方で、多くの子供たちが受験戦争に飲み込まれ、受験勉強を通じて個人の能力を高め、その中でもさらに優秀な学生たちが、壊れかかっている高学歴神話に基づいて、一流大学に集まってくるわけです。つまり、高学歴神話は崩壊寸前の状態にあるとは言え、社会で成功を収める確率の高い優秀な人間が、その崩壊寸前の神話を頼りに、一流大学に集まってくるわけですから、この一流大学からは、結果的に、社会で成功する人間の輩出率が、他大学に比べて高くなるわけです。そして、一流大学へのこの優秀な人材の供給と輩出の安定的なバランスが、日本の高学歴神話の崩壊を寸前で食い止めているわけで、このような意味において、高学歴神話は真となりえるのです。そして、これは日本に限ったことではありません。私が住んでいるアメリカでも、全く同じ事が言えます。一流大学を卒業することは、その人の人生を保障することにはなりません。しかし、優秀な人材は、すべからく、優秀な大学、すなわち、一流大学に集まってくるのです。確かに、一流大学とそうでない大学との差は、様々なレベルで見ることが出来るでしょう。社会での知名度、研究費や研究施設の差、教授陣の差・・・・・・などなど、挙げ出せばキリがありません。しかし、大学の学部レベル(大学院は除く)において、アメリカでも日本でも、一流大学と、それ以外の大学との圧倒的な差は、先ほどから述べているように、「学生の質」の差にあると私は思います。そして、この差こそが、これから考えていく国際的なエリート論の上で、重要なポイントを占めてくるわけです。では、続きは次回に。
2005.04.19
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