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大学の期末テストが無事すべて終了しました。ふっ~とりあえずホッとしてます。というわけで、夏学期が始まる一ヵ月後まで、の~んびり過ごそうと思っていたんですけど、テストが終われば終わったで、友達と遊ぶ約束や飲みに行く約束が次々と出てきまして、毎日”忙しく”遊びほうけておりますMr.DDIでございます。僕って気がつけば、いつもあわただしい生活を送っているんです。のんびりゆっくりボ~っとしようと思っていても、なぜか結果的にそうなってしまうです・・・・(笑)友達からはよく、忙しいのが好きだね~とか、ストイックな生き方が好きなのねとか、どこからそのエネルギー出てくるの??ちゃんと寝てる??死んじゃうよ!!(笑)な~んて言われてますので、僕もそれが自分らしい生き方なのかなあって思って、あんまり深く考えることはなかったんです。でもそれって、本当なのかなあって少し気になり始めまして。なんでいつもこう忙しく生きているのかなあって。なんとなく分かったような気になってるけど、そもそも自分らしい生き方って何やねんって思いまして。というわけで、今日昼過ぎに起きてから、さっきまでベッドの上で、久しぶりにボ~っとしながらこれについて考えていたんです。そしたら、とりあえず、一歩踏み込んだ答えに行き着きまして。たぶん僕って、「自分が持っているエネルギーをすべて使い切りたい」という衝動に駆られてるんです。自分の体の中に次々に湧き出てくるエネルギーを、形は有形であれ無形であれ、それが意味あるモノであれ、ないモノであれ、何か別のものに変換させたいと強く願っているんです。(これって経済学的に言うと、 marginal benefit(限界便益)が0になるまで 消費者は物を消費するという観念と同じです)実現可能かどうかは別問題として、これがしたい、あれがしたい、こんな事やあんな事にチャレンジしたい、って挙げればキリがないほど、次から次へとやりたいことが色々と出てきてしまうんです。それは、買い物に行くとか、友達と飲みに行くとか、自分の家でパーティーを主催するだとか、日常生活の中での単なる何気ない衝動であったり、他人から見れば、それって何のためにしてるの??そんな事やっても意味ないじゃん!!って変人扱いされるような奇怪な行動だったりします(笑)そして、それは、長期的なビジネスアイデアを考えて、それに対して挑戦したいと強く願う気持ちだったりもします。ここ2年間の自分の最近の生活スタイルを考えてみると、ビジネスのために費やした時間が、かなり長かったような気がします。いずれこのブログでも話すつもりですけど、実は、2年ほど前に美容ビジネスを友達と立ち上げたんです。まあ、そんなに大きな事業には発展しませんでしたし、その事業のために僕の人生を賭ける気にはなれなかったので、今では、その事業を友達に譲って、僕は一線からは退きました。でも、お客さんにはすごく喜んでもらえたし、僕の手元に優雅な学生生活を送れるだけのお金は残ったし、普通に考えると大成功だったと思っています。そして、その起業家としての経験を経た上で、卒業後は、あえて起業家としての道ではなく、某経営コンサルタントの会社に就職する進路を選んだわけなんですけど、やっぱりあの時の感覚が忘れられないんですよね。成功するかどうかはわからない不安定な状況で、自分が全てのリスクを背負って、寝る間も惜しんで自分のすべてをその事業に注ぎチャレンジする。そして、自分の起こした行動によって引き起こされた現象が、目に見える形で社会に現れて、それが、お金というわかりやすい報酬と、言葉では表現しつくせない満足感や達成感となって自分のもとに返ってくるわけです。メチャクチャしんどかったですし、何回も逃げたくなりましたし、”もうアカンわ~”って何度も思いましたけど、でも、なんとか踏ん張って頑張れたから、ある程度の成功をおさめることが出来たんです。ただ、たとえ起業してある程度の成功をおさめることが出来たとしてもそれが、自分の人生を賭けれる事業内容で自分の人生を賭けた一世一代の挑戦でない限り、本当に大きな成果はあげれないと思ったので、(例えば、僕の同じ大学の先輩の ソフトバンクの孫さんみたいにはなれないなあって)社会人としての第一歩は、自分を成長させる修行の意味でも、まずは、コンサルタントになる道を選択したんです。そして、当初は、来年の春に就職するまでの間は、学生時代にしか出来ない事に時間を使って、ビジネスからは少し離れての~んびり過ごそうと思ってたんですけど、やっぱり人間ってすぐには変われないもので、のんびりするどころか、相変わらず忙しい毎日ですし、また、新たなビジネスの相談を友達に持ちかけてしまっている自分がいたりして(笑)あ~、なんなんだろ~、自分・・・・・(苦笑)よく彼女(日本人)から「いつもテンテンしてるよね」って言われています。テンテンってなに??って思われるでしょうが、これは、彼女の造語です。僕の生活スタイルを的確に表した言葉だそうです(笑)特に意味はないみたいなんですけど、その響きが、僕の生活を的確に表しているそうで・・・。なんとなく意味は伝わるような伝わらないような(?)一ヶ月だけのバーケーションなんでの~~~~~んびりするつもりだったんですが、結局、スケジュール表はどんどん埋まり始めてます(笑)まあ、自分らしいからいいか。って、最初の議論に戻ってるよ!!!をいをい。
2005.05.25
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いや~、かなり久しぶりの日記です。皆さん、お元気ですか?ここ2週間ほど、テスト勉強でかなり追い込まれてまして・・・。もっと前からコツコツやってりゃなあ~っていつも思うんですけど、なぜか「まだ大丈夫!!」っていう何の根拠もない理由で自分を甘やかせてしまうんですよねえ~。は~、真面目な留学生にならなきゃね。とまあ、なんかテストがすべて終わったみたいな雰囲気出てますが、実は、まだ金曜日にもうひとつ残ってるんです(笑)「ゲーム理論」っていうクラスなんですけどね。このクラスは、テスト勉強をはじめた時は、どうなるかと思うぐらい”ヤバイ”クラスだったんです。(ヤバイ≒あまり勉強していない→焦り指数85 *焦り指数とは、30を超えるとやや不安な気持ちに襲われ、 一般的に60を超えると、非常に危険な状況を指します。 これがさらに進行し、75を超えると、 先行きの見えない不安から、腹痛に襲われ、 それまでの生活習慣を猛省する事が出来ます。 この瞬間だけは、真面目な人間に戻ろうと心に誓えます 笑)ですが、友達のナイスフォローと”気合”と”根性”で死ぬほど勉強しまして、なんとか明るい希望が見えてきて、少し余裕が出てきたんです。(フッ~、よかった~ ありがとうジェームズ!!!)というわけで、まだテストは終わっていないんですが、(油断するな!!って感じです 笑)今日は久しぶりにブログ書いてます。何について書こうかなあって考えてたんですけど、やっぱり、今の僕にとってホットなトピックという事で、今日は、「テスト勉強」について書こうと思います。そもそも、テストって何なんでしょうか。まず、作る側(先生)と受ける側(学生)がいて試す側(先生)と試される側(学生)がいるんですよね。大学のテストを例に取ると、教授は、何を試すかって言ったら、自分が教えた事をきちんと理解しているのか、このクラスの単位を与えるに相応しい知識を、この学期を通して身につける事が出来たのか。そんな事を試すわけです。もちろん、言うまでもなく、中学や高校の定期テストの趣旨も同じわけです。まあ、簡単な”確認”の作業です。では、それに対して、学生はどのように対応するか。たぶん、大学で単位を取ることや、中学や高校で言えば、赤点を取らないようにするのって、そんなに難しい事ではないと思うんです。ある程度、真面目に勉強したら、典型的な大学生のように、単位が足らなくて焦ることもないでしょうし、中学や高校で欠点を取る事もないと思うんです。だから、今日考えたい内容っていうのは、テスト勉強面倒くさ~い!!!テストなんかなくなればいいのに~!!!っていう議論ではないんですね。テストって、もし可能ならば、良い点数で、優秀な成績を修めたいわけですよね。100点とっても、決して悪い気分にはなりませんし。そして、実際、テスト勉強では、少し強引な言い方をすると、出来る出来ない、やるやらないは別にして、気合を入れてテスト勉強する学生は、(単位を取るためや赤点を逃れるためではなく)自分自身の何らかの目的・目標のために、良い成績を目指して努力するわけです。アメリカでは、大学院に入学する時に、大学の時の成績が重視されるので、大学院へ行くことを目指している学生は、必死になって勉強します。僕なんかも、将来はビジネススクールに行くかもしれないので、成績は、それなりに気にしています。ある中学生は、良い高校へ入るために内申点を気にして勉強するだろうし、昔の僕のような高校生ならば、良い成績を取って褒められようと努力するかもしれないですね。自己欲求のためだけに努力する人もいるだろうし、理由なんて、数え上げられないぐらいあるはずです。でも、よくよく思い返せば、本来のテストの意味って、「今まで習った事を本当に理解していますか?」っていう単なる”確認”にすぎないんですよね。だから、極端な言い方をすると、何も気合を入れて、テスト勉強する必要なんてないんです。きちんと勉強していたら、とりあえずは、パス出来るんですからね。ところが、そういう単なる確認の作業の結果に対して、色々な人間が、色々な付加価値をつけてしまったものだから、テストの本来の目的がよく分からないものになってしまったんです。もちろん、テスト結果が”点数”という”数値”で表現される以上、なんらかの付加価値を生むのは仕方がないと思います。実際に、その数値が、その学生の”一部”の能力を表しているのは事実ですし。ただ、だからと言って、テストでいい点数を取ることが、「勉強する」事の目的だと勘違いするのは、かなり馬鹿げた話ですよね。そんな事分かっているよって言われるかもしれませんが、実際、僕の周りのバークレー生や日本の大学に通っている友達を見回しても、そういう人は、意外に少なくないんです。だから、日本の多くの中高生も、「勉強する」って言う本当の意味を、分かっていないんじゃないかなあって思ったりしちゃいます。高校生当時の僕は、少なくとも全然分かってなかったですしね~。そういう意味では、「なんで勉強せんとアカンの?」「勉強したらどうなるの?」「勉強したら、偉くなれるの?なんで?」っていう小学生の質問って、的を得た質問すぎて、本当に驚かされますよねえ。「うん、それぞ、まさに論点だ!!」では、本当の意味で「勉強する」ってどういう事なんでしょうか。「テスト勉強」を通じては、本当の意味での「勉強」って出来ないんでしょうか。どうして僕は、テスト勉強をしょうもないと思うのでしょうか。今日は、これらについて話したかったんですが、そろそろ学生の本業に戻らないと、金曜日に冷や汗をかくことになりそうなので、これに関しては、次回のブログにまわす事にします。あ~、前置き長すぎたかな??(!)ちなみに、なんか偉そうな事を言っている僕ですが、ぶっちゃけたところ、明後日にテストを受けるゲーム理論のクラスからは、抽象的な考え方や、数式に対するセンスなど、本当に多くの事を学んだのは事実ですが、残念ながら、僕の定義する本当の意味での「勉強」という観点からは、あまり多くの「勉強」は出来ませんでした。どうしてなんでしょうね・・・・って、自分ではよく理由わかっているんですけどな~これが理想通りには、出来ないんだよな~(笑)では、お勉強に戻ります。
2005.05.19
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テスト勉強が忙しすぎて、ついつい忘れてしまう所でしたが、今日は、母の日です。今思い返せば、幼稚園や小学校の頃は、母親の似顔絵を書いたり、肩叩き券なんかを作ったりして、”お母さん、いつもありがとう”って、手紙なんかをあげたりしたものです。でも、中学校に入った途端、ほとんどそういう事をしなくなりました。高校2年生ぐらいから、ようやく花なんかを照れながらもプレゼントしはじめましたけど、それも不仕付けに、”母の日やから、花買ってきたったで~”とだけ言い残して、2階の自分の部屋に逃げるように駆け上がってましたから(笑)単に、恥ずかしかっただけなんですよね~。自分の気持ちを素直に表現する事が。今思えば、我ながらカワイイものです(笑)正直、高校を卒業した後も、アメリカに来るまでは、母親に面と向かって、ありがとうなんて、恥ずかしすぎて絶対言えませんでした。大阪人は、社交的でお笑い好きなんですけど、その分、照れ屋さんが多いんです(笑)でも、アメリカに来た事で、あらためて母親のありがたみを実感できるようになった気がします。僕が日本にいた頃は、家では、何もしませんでした。料理も掃除も洗濯も、家の事は、すべて母親がやってくれていました。ありがたいという気持ちは、日本にいた頃からすごくあったんですけど、一緒に暮らしていては、なかなか、そのありがた味は実感できないものです。母親が自分のためにやってくれていることを、”当たり前”のものと勘違いしちゃうんですよね。でも、アメリカで一人暮らしをはじめて、料理も掃除も洗濯も全部一人でやらなくてはならなくなって、そこであらためて、母親のありがたみを知ったんです。うちの母親は、専業主婦ではなくて、仕事もやっていましたから、朝早くおきて、僕を含めた兄弟の弁当を作ったり、夜に仕事から帰ってきて、息つく間もなく、食事の用意をしたりする事は、本当に大変な事だったと思います。たぶん、仕事で辛い時やしんどい事もあったはずなのに、そんな所は、少しも僕たちに見せずに、僕たち兄弟のために、毎日頑張ってくれていたんです。そんな母親の事を、遠く離れたアメリカから想うと、感謝の気持ちでいっぱいになります。あと、自分の気持ちを素直に伝えれるようになったのは、やっぱり、アメリカに来た事が大きかったように思います。というのは、アメリカ人って、英語と日本語の言語の差はあるとは言え、すごくストレートに表現するんです。母親は、何の恥ずかしさを感じることもなく、自分の息子を褒めて、こんな素晴らしい息子を持てて、自分の誇りに思うとか、平気でみんなの前で発言しますし、息子は息子で、母親に対して、普段は、日本人と変わらず、”うぜえなあ、うちのオカン!!”みたいな感じで愚痴っていますが、そんな奴でも、時と場合によっては、なんの恥ずかしさもなく、"I Love オカ~ン"とか言って、みんなの前でハグハグしちゃうわけです(笑)正直、最初は、見てるこっちの顔が赤くなるような思いで、すごく恥ずかしかったんですけど、こういう珍現象(?)は、別に母の日とか誕生日とか、そういう特別な日にだけ起こるのではなく、すごく日常的な事なんです。これぞ文化の違い!!って感じですよね。でも、慣れてしまえばすごく心地良いもので、すごくいい習慣だと思います。そして、そんな環境で二年間暮らしていたせいか、その習慣の影響をしっかりと受けてしまい(笑)ようやく、両親に対しても、面と向かって感謝の気持ちが言えるようになりました。とはいえ、まだまだ恥ずかしいので、年に1回か2回ぐらいしか言いませんが(笑)花束と手紙を日本時間の日曜日に着くよう手配したので、あと7時間後ぐらいには、うちの母親の手元に届いてると思います。母親に手紙を書いたのは、たぶん、幼稚園以来だろうと思います。というか、あの頃は、知ってる日本語が少なかったので、きちんとした手紙は今回が初めてです。だから、今年は、記念すべき「母の日」となりました(笑)もちろん、今まで書きたくても書けなかったあのフレーズもばっちり盛り込んでおきました。お母さん いつもありがとううちのオカンが喜んでくれることを願いながら、今日も一日テスト勉強に精を出すつもりです(涙)さあ、勉強だ勉強だ~!!!
2005.05.08
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ブログ閉鎖宣言からまだ2日しか経っていませんが、ブログ、やっぱり再開しま~~~~す!!!なんじゃそりゃ!!!って、思いっきりずっこけて下さい(笑)簡単に言うと、10年以内に世の中を変革したいって言ってる人間が、ブログで少々嫌な思いをしたぐらいで、何を落ち込んでるねんと、超前向きで元気モリモリのいつもの自分に戻ることが出来たからです(笑)そんな弱いハートじゃ、世の中渡っていけないですよね~、うんうん。正直、先週は週末にかけて、勉強に追われすぎていて、精神的な余裕がなかったというのも原因の一つなんです。でも、勉強にかなり明るい光が見えてきましたので、今日は、回りが見えていなかった自分を、出来るだけ客観的に分析していきたいと思います。(まあ、自分自身の事だから、 そんな事、絶対出来ないんですけどね・・・爆)僕は、とあるコンサルタントの会社でアナリストとしてアルバイトをしていましたので、批判的な意見を言われる事に対しては、かなり慣れているつもりです。皆さんの想像を超えるレベルで突っ込まれますからね~。「なんでそうなの?」「なんでそんな事がいえるの?」「それって本当?」「それじゃあ、お金にならないよ」「給料もらってるんでしょ?」僕が書いたレポートが、どれだけゴミ箱に消えていったことか……(涙)ただ、僕が上司から受けた批判的な意見って、すごく納得出来る批判的な意見だったんです。相手の言っている意見の立場も明確だし、その上、論理も通っていて、自分の間違いを、的確に示してくれるんです。もちろん、ストレスは溜まりますよ。「なんでやねん、ムカツクなあ」って、どれだけ友達にグチを聞いてもらったことか…(笑)酒で忘れた辛い経験もたくさんありました、うんうん。でも、時間が経って考え直すと、やっぱり、上司が指摘してくれた点は、ものすごく当たっているんですね。的を得ているわけです。だから、どんな批判的な意見も受け止めて、頑張れたんだと思います。脱線しましたので、ブログの話に。では、なぜ僕は、自分のブログについての批判的な意見に、そこまでイラついてしまったのでしょうか。批判的な意見を述べられる事には、慣れているはずなのに・・・。実際、教育論なんて答えがないわけだし、お互いに議論をして、それで考えを深めていく事にこそ重要なわけなのに・・・。ずばり、批判をおそれず言いましょう(笑)批判的な意見の論点が、全く見えないからです。僕に個人的にメールを送ってこられた方もおられましたが、はっきり言って、何を言っているのか、何を言いたいのか、全く理解出来ませんでした。僕は、わざわざ、個人的にメールを書いてまで理解を求めたのに、それでも、残念ながら、理解を得ることは出来ませんでした。(これは、僕の意見を正当化しようとしたのではなく、 僕の意見の”立場自体”を、理解していただこうとしたのです)前回も言いましたように、僕のブログの上での戦略については、(いかに読者の方に、わかりやすく自分の思いを伝えるか)もっと思考するべきでした。そこは、僕の完璧な誤算です。(だから、その点のご指摘は謙虚に受け止めるべきです)ただ、それを差し引いたとしても、僕のブログや、とある掲示板で書かれていた僕の批判は、あまりに論理を欠いたものでした。それを言うことで、何を言いたいの?じゃあ、あなたの考える立場はどういったもので、どういった考えを持っているの?あげ足ばっかりとるんじゃなくてもっと具体的な考えを見せてよ!!!僕の文章を熟読した上で、批判的な事書いてる??質問の論点ずれていない??こういう思いが溜まりに溜まって、メチャメチャ、イラついてしまったんです。今回の経験から学んだことは、世の中には、本当に様々な考え方で生きておられる方がいらっしゃって、どれだけ筋道を立てて、論理的に説明しても、分かり合えない方がいらっしゃるという事です。つまり、考え方や生き方に対する姿勢が、根本的に違うために、はっきり言ってしまえば、どれだけ時間をかけても分かり合えないのです。でも、僕が社会に出た時には、そういう方とも渡り合っていかなくてはならないわけで、今回のように、いかに自分にとって納得のいかない事を言われたとしても、それを受け入れ、出来るだけ歩み寄り、自分の意見を理解してもらえるように努力しなければならないんです。そうでなければ、きっと、今回のライブドア騒動の堀江社長のように、多くの方から、反感を買ってしまう事になるわけです。(例で出しましたが、 僕は、堀江さんの足元にも及ばないんで。 そこは、間違っても勘違いしてません。はい。 でも、夢は大きく持っていますけどね 笑)うまく説明できたかは分かりませんが、これが、この10日間で僕がブログから学んだ事だと思います。まだまだ、勉強する事が山ほどあって、どこから手をつければよいか分からない若輩者ですが、精一杯背伸びして、生意気に、教育について考えていきたいと思っていますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。追伸:最終回の書き込みで、励ましてくださった方、また、ブログで出会ったにも関わらず、個人的にメールで激励してくれた僕と同世代の学生の方々、そして、これまた、一度もお会いした事ないにも関わらず、僕のブログを読んで下さっていて、激励のメールを下ったバークレーの先輩方。本当にありがとうございました。まだまだ弱い人間ですので、これからも皆さんの助けが必要と思います。どうぞよろしくお願い致します。
2005.05.02
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