音楽が解るようになった1990年代半ばに角松さんが活動"凍結"というタイミングの問題で、角松さんは後から知った者でございます。 その間、初めて SING LIKE TALKING
のライブに行ったとき、既にブッチャー浅野さんがステージにいらっしゃいました。 その後、角松さん/ AGHARTA
や SALT BAND
や AOR Night
といったステージを観られました ―が、一方で角松ファン歴にブランクがあるし、J&B/JとBなど見たことのないステージもたくさんあります。 コアな角松ファンは知っているかもしれないけれど私は知りそびれた―というブッチャーさんの一面を見られました。 そして、青木さんのメモリアルライブはチケットが取れず、昨年9月の目黒のライブのチケットをダメ元で1日位と狙ったものの結局取れず。 なので、なおさら今回、このライブをやってくださったこと、そして神戸公演に行けたことに感謝いたします。 当時は、泣き過ぎて消耗したせいかショックからか、風邪を引いて気管支炎になってしまい、身体と心がつながっていることを痛感させられたものです ―が、ブッチャー浅野さんが素晴らしい音楽の種をたくさん残してくださり、地上の仲間達や下の世代のミュージシャンが受け継いで育てている、という構図を目の当たりにできたことで、自分の中でも一区切り付けられたように思います。 川内啓史君、2009年の「 SAX Triangle
」以来ですが―後でブログを見つけて読んで、また涙ぐんでしまいました。