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なんと言えばいいのか。目の前で起こっていることにあいた口がふさがらない。 日米合意文書には、「辺野古」の文字が明記されていて、内閣に示される文書の中には「辺野古」の文字がないという。「辺野古」移設に反対している社民党への「配慮」なのだろうが、この「案」を考えた人間はいったい誰なのか? 「これが政治というものです」と言いたいのか?「苦渋の決断です」とでも言いたいのか? 国民を馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。目の前で堂々とこんなことをやられて心底気分が悪い。政治に対する嫌悪感を増幅するような事をやったバカヤロウの責任を問いたい。
2010.05.27
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司書のAさんが、「へぇー」と驚いた声を出しているので、「どうしたん?」と訊ねますと、「新聞三紙に同じ本の書評が載ってる」との事。その本がこの『天地明察』でした。 書評を眺めると、渋川春海による貞享暦の製作に関する本であるという事。関孝和も出てくるとの事。丁度、世界史ではモンゴルのところをやっていて、郭守敬によって製作された授時暦には西アジアの影響があると教科書には書いてあります。さらに、小さなコラムには、以下のような解説が記してあります。 授時暦 この暦は中国の暦のなかでももっともすぐれたものと評価され、日本でも、江戸時代に授時暦の研究がさかんになった。この暦をもとに、中国と日本との間の経度差などを考慮して、日本の貞享暦が作られた。 この『天地明察』の後半部分のクライマックスは、実はこの解説に書いてあることにまとめられてしまいます。 主人公は渋川春海。又の名を安井算哲といいます。安井の名は、碁打ち衆として登城を許された安井、本因坊、林、井上の四家の一つであり、算哲自身、その本業とするところはあくまで碁打ちです。しかし彼の中には、そこにとどまりたくないという気持があり、その気持は彼を算術という道へと駆り立てています。当時は神社に算額なるものを奉納することがありました、算額とは、今でいう幾何学の問題を額に書いてそれに対する解答を募るというものでした。江戸に出てきて神社を廻り、一際難しいと思った問題群に春海は出くわすのですが、さらに驚いたことには彼が中々解けなかった問題にさらりと答えが書いてあり、そこには関という署名があるではありませんか。 春海は、関という名前を鮮烈に脳裏に刻む事になるのです。 春海は命じられて日本各地を天測して歩く旅に出ます。その旅の途中で春海は当時使われていた宣明暦に間違いが生じていることを月蝕の観測を通じて知ることとなります。 現在では日蝕、月蝕ともに何年何月何日の何時何分何秒にどの地点で観測されるかまで予測されていますが、当時も、計算上の値によって予測を行っていたのです。しかし、宣明暦が使用されはじめてからすでに八百年が経過しており、一年単位ではわずかな誤差が積もり積もって見逃すことのできないような間違いが起こるに至っていたのです。「安井算哲、お主、本日が実は明後日である、と聞いて、どう思う?」と観測隊の一員であった建部から問われて、春海は初めて、暦の誤差というものに思い至ります。 そして、春海の知らないところで、歯車は最初は小さく、しかし確実に回り始め、最後に、かちりと春海の生きる方角を指し示すこととなります。 この本を読んでいて、眼が吸い込まれたのは、p274から記されている保科正之という人物についての事績でした。 凶作と飢饉は天意に左右されるゆえ、仕方なしとすれども、飢饉によって飢餓を生み、あまつさえ一揆叛乱を生じさせるのは、君主の名折れである、という思いを実行して「会津に飢人なし」を実現し、幕府の要職に就いてのちは戦国の世から太平の世への転換を図った正之の実行力と、段階を踏んでゆく着実さには驚かされました。 正之の周到さは、「改暦に伴う影響を考察せよ」という要請を春海を代表とする改暦事業への参加者に投げかけた部分で頂点に達します。時間と空間を支配する基準を策定するという事は、それ以外のものを許さないという統制につながり、暦の製作とその頒布とは莫大な利益の元となります。改暦という事業の進め方如何によっては朝廷と幕府との対立が引き起こされる危険もはらんでいます。それをどう予想し、避けるか。どのような手段を講ずるか。 改暦の必要性を白日の下に曝すためには、月蝕の予想で決着をつけることが一番と考えた春海は、宣明暦による予想に対して、授時暦の予想をぶつけます。圧倒的に完勝する筈であったこの勝負、しかし、授時暦は予想を外してしまったのです。 嘲笑を浴び、「生きたまま墓に埋められる」様な日々が過ぎていきます。彼を救ったのは、関孝和の一喝でした。 授時暦そのものが誤っているとは、思いもよらなかったと、そう言うかッ! 春海は目が醒めます。彼は、授時暦絶対という考えを捨て、素直に観測値に向かい合い、以下の結論を得ます。 授時暦が作られた中国の緯度と、日本の緯度、その差が、術理に根本的な誤差をもたらしていたことを実証したのである。北極星による緯度の算出、その「里差」の検証、さらには漢訳洋書という新たな視点によって、その誤謬が確実なものとなった。(p442) そしてさらに春海は一歩を進めます。 膨大な数の天測の数値を手に入れ、何百年という期間にわたる暦註を検証した結果、太陽と月の動きから、この春海がいる地球そのものの動きが判明したのである。 地球は、太陽の周囲を公転し続けている。そのこと自体は天文家にとって自明の理である。 だがその動きが、実は一定ではないということを、春海は、おびただしい天測結果から導き出したのだった。 近日点通過のとき、地球は最も速く動く。逆に遠日点通過のときには、最も遅く動いているのである。これは、たとえば秋分から春分までがおよそ179日弱なのに対し、春分から秋分までは、およそ186日余であることから、実は既に明らかになっていることでもあった。 後世、「ケプラーの法則」と呼ばれるもので、この近日点通過と、遠日点通過の地点もまた、徐々に移動していく。となると、地球の軌道はどんな形になるか。太陽を巡る楕円である。(p442~443) 渋川春海は、後世、貞享暦と称されるようになる暦を作る過程で、驚くべき地点に至っていたという事になります。 私は、数学はわからず、和算もわかりません。算額の問題もわかりませんし、この本に書いてあることのどこまでが歴史的事実で、どこからが作者のフィクションであるかも判定できません。しかし、たいそう面白く読めました。多くを学び、蒙を啓かれました。
2010.02.10
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大阪府警淀川署は21日、JR北陸線の富山発大阪行きの特急「サンダーバード」の車内で昨年8月、大阪市内の会社員の女性(当時21歳)に暴行したとして、滋賀県湖南市石部南、解体工、植園貴光被告(36)を強姦(ごうかん)容疑で再逮捕した。当時、同じ車両には約40人の乗客がおり、一部の乗客は異変に気付いたものの、植園容疑者にすごまれ、制止できなかったという。植園容疑者は、昨年12月にも同様に車内や駅構内で女性に暴行したとして今年1月、滋賀県警に逮捕され、強姦罪などで現在公判中。 調べでは、植園容疑者は、昨年8月3日午後9時20分ごろ、福井駅を出発した直後に、6両目の前方から2、3列目にいた女性の隣に座り、「逃げると殺す」「ストーカーして一生付きまとってやる」などと脅し、繰り返し女性の下半身を触るなどしたという。さらに、京都駅出発後の午後10時半ごろから約30分間にわたり、車内のトイレに連れ込み、暴行した疑い。女性は車両前方のトイレに連れて行かれる途中、声を上げられず泣いていたが、付近の乗客は植園容疑者に「何をジロジロ見ているんだ」などと怒鳴られ、車掌に通報もできなかったという。 植園容疑者は昨年12月21日、JR湖西線の普通電車内で女性(同27歳)に暴行し、さらに大津市のJR雄琴駅で電車を降り、同駅のトイレに女子大学生(同20歳)を連れ込み、暴行したとされる。 JR西日本によると、同社の大半の車両には連結部付近に通報ブザーをつけているほか、トイレにも体調悪化などに備えたブザーを設置。いずれも車掌に連絡が届くようになっている。また、特急など停車駅間が長い列車の場合、車掌の車内巡回を励行しているという。同社広報部は「引き続き車掌の見回りなどを強化し、乗客の安全確保、防犯対策に努めていきたい。事件を目撃したら通報ブザーを活用してほしい」と話している。【鵜塚健】 『毎日』の今朝の紙面を見て驚いた。強姦罪で公判中という奴がまたおなじ事件を冒したことにも驚く。こういう奴は死刑にしてもいいんじゃないか。いや、ホントに。私は強姦を繰り返すような奴は殺人犯と同等かそれ以上と思っている。 おそらく、女性がトイレに連れ込まれた後で誰かが通報して逮捕につながったんだろうけれど、被害にあった女性にしてみたら二重のショックだっただろうと思う。見ている人がいて、何をされるか分かっていて周囲の人が助けてくれなかったんだから。 自分がその場にいたら・・・と考えてみる。 にらまれたら怖いから下向いて黙っている。だけど、トイレに入ってしまったらすぐに周辺の人たちと相談する。ケータイで緊急に連絡してもらう。男何人かで組んでまずトイレのドアを蹴って怒鳴り、男が出てきたところをバッグ(固い奴)のカドで後頭部をどつく。車内に剣道や空手、少林寺などの有段者がいたら良いんだけれど。男がそれでもめげなかったら、後はもうヤケクソ。男の後ろにいる人間が何かするか、足をかけてこかして、上から踏みつけ、蹴るしかない。そのために男が死ぬような事があったら・・・・その時はその時だ。 新聞記事では30分、とある。 それが一番残念だ。最善は、引きずり込まれるまでに数人で連携して止めさせる事だけれど、次善の事も考えておこう。 30分は長すぎる。
2007.04.22
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