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日本将棋連盟会長の米長邦雄永世棋聖(68)が、
特別公式対局でコンピューターソフトに敗れたのは
ひと月ほど前である。
「私は勝てるだろうか?」
対局の直前、夫人に尋ねている。
◆近著『われ敗れたり』(中央公論新社)によれば、
夫人の答えは「勝てません」。
全盛期に比べて、
決定的に欠けているものがあるという。
「あなたは今、若い愛人がいないはずです。
それでは勝負に勝てません」
◆実戦は米長さんが序盤で優位を築いたが、
コンピューターが挑んできた角交換の“斬り合い”を、
穏便にいなしたあたりから形勢が逆転した。
睨(にら)みつけてきた相手の〈視線を避けてしまった〉と、
米長さんは表現している。
◆思い当たったという。
「そんな意気地なし?」という大切な誰かの声が、
勝負どころで胸をよぎるか、よぎらないか…。
愛人談議に託し、夫人は意気地を語っていたのだと。
「円熟」ではなく闘争本能健在の老成「角熟」を唱えたのは、
元日本医師会会長の武見太郎氏だが、
米長さんの回想も将棋を離れて、
老後の生き方の参考になりそうである。
◆心に若い愛人を――
家では口にしにくい格言も、たまにはある。
「心に若い愛人を」は、
その意味合いはなんとなく伝わってくる、普段の生活がマンネリ化している勝負師が、
ドーして、勝負事に勝てようか? かな、
ズキーン!
ちなみに、「心に若い愛人を」で
その対比で出てきた「角熟」とは、芳村思風の 言葉、
円熟ではなく、角熟を目指す今までは、
円熟という欠けたものがないものを理想としてきました。
人間には短所があり、個性があり、
失敗しながら、罪を犯しながら成長していきます。
まん丸にはならないのです。
角張ったまま成長していくのです。
これが「角熟」という生き方です。人間は、不完全だから、
どんな人間にも長所が半分、短所が半分あります。
短所を気にしてはいけません。
短所をなくす必要はありません。
長所が伸びれば短所は人間味、味に変わるのです。
短所が味に変わるまで長所を伸ばすこと。
円熟ではなく、角熟こそ最も個性ある生き方です。
個性のある本物は、角張ったまま熟していくのです。
角張ったまま熟していくところに、
個性ある本物の人間の姿があります。
現実を肯定し、現実を活かしきる感性を原理にして、
欠点があり、短所があり、
角張ったまま熟していく生き方を人間の理想にしていくこと。
個性ある人間の理想は、角熟です。
円熟にならなくていい、
角張ったところはそのまま残し、長所を伸ばす。
円熟をめざすな、角熟をめざせ。
最初から円熟を放棄しているのは正解だと思うけど、
だから、角熟を目指せ!?ウウーン、
ちょっと、抵抗がなきにしもあらずーー、
(円熟も角熟も、大して変わらんだろうに、)
で、上の読売のコラムニストは、と言えば、
おそらく、その角熟の一環で、 「心に若い愛人を」を推奨したんだろうなと思ったり、
その角熟の推奨者の講演などを聞いてみると、
愛することは赦すこと、
愛することは認めること、
愛することは待つこと、
愛することは信じること、
愛することは学ぶこと、これを、人がやるの??
なにやら、
道徳の講演を聞いているようなーー、
やっぱ、無理があるんちゃう、
(ちょっと、しんどソーやで、)
但し、 「心に若い愛人を」の精神は、
大事な希ガス、
私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。
それは、この測り知れない力が神のものであって、
私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。
IIコリント4:7続く、4:16節で、
だから、わたしたちは落胆しません。
たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、
わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。
フムフム、
土の器たる「外なる人」の衰えは、
例の「 空腹 」で補い、
「内なる人(魂)」は、
”宝”たるご聖霊に 輝いてもらって、
日々新たにされる、
これぞ、円熟の人生の方程式!
ってことでOK?
更新日時 2012年3月7日 23時22分54秒
追記)
スゲー魅力的だけど、
所詮、土の器なんだよね、土の器に、土の器を入れても、
結局、土の器のままだぜ、と思った、

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