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許します・・・ということですね。
自分はこれを神様の試験と呼んでます、
でも怒っちゃうんですよね~
その繰り返しです。ニュアンスが違うんだけど、
ま、それはいいや、そもそも、
赦しを自分でやっていたら、
永遠にできないだろう、まさに繰り返しである、
赦すと言う行為は、
人の行為ではない、神の行為 である、
ソー言う意味で、
イエスの言葉は面白い、いくつか見てみよう、
七の七十倍までも赦しなさい、
「そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか 七の七十倍までも赦しなさい。 」(マタイ18:21-22)
神を愛せよ、隣人を愛せよ、
そして彼らの中のひとりの律法学者が、イエスをためそうとして質問した、「先生、律法の中で、どのいましめがいちばん大切なのですか」。イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なる あなたの神を愛せよ 』。これがいちばん大切な、第一のいましめである。第二もこれと同様である、『自分を愛するように あなたの隣り人を愛せよ 』。これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」。(マタイ22:35-40)
福音を伝えなさい、
それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、 福音を宣べ伝えなさい 。信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」 (マルコ16:15-18)
これら、当然、
助け手が必須なわけで、しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。(ヨハネ16:7 )
イエスが昇天した後、
聖霊が全世界に降臨する、
聖霊なくして、
赦しや、愛、伝道などありえない、
が、巷には、いまだに、
ご自分でやる方(自称信仰者)が多くいらっしゃる、赦したり、愛したり、伝えたり、
これらを、自分でやるとドーなるか?宗教の世界になる、
言葉はあれだけど、
自力信仰のサタニズムの世界、それゆえ、
”聖書信仰”という言葉を聞くと、
ゾッとする、活力の源が紙の聖書??
聖書通読と暗誦、精読・精査こそ、
信仰生活の要だと、
(自分でも、ちょっと懐かしいけど、)
彼らは、残念ながら、
異次元の人たちで、
自分とは縁遠い人たちである、
イエスの命令を、
真に受けるのは結構だが、
サタンが口を大きく開けて待っている、
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