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聖書の最初と最後に出てくる水、
創世記序章、
「 地は茫漠として何もなかった。
やみが 大水
の上にあり、神の霊が 水の上
を動いていた。」( 創世記1
:2)
天と地を創った当初、
神の霊と水しかなかった、
*モノの根源としての水の存在を示唆、
黙示録最終章、
「御霊も花嫁も言う。「来てください。」
これを聞く者は、「来てください」と言いなさい。
渇く者は来なさい。
いのちの水
がほしい者は、それをただで受けなさい。」( 黙示録22
:17)
*ここでいのちの水とは御霊、即ち聖霊を指す、
生命の根源は水であり、
同時にそれは御霊でもあることを示唆、
が、個人的に疑問の箇所が ヨハネ3章 、
3:4 ニコデモはイエスに言った。「人は、老いていながら、どうやって生まれることができますか。もう一度、母の胎に入って生まれることなどできるでしょうか。」
3:5 イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに言います。人は、 水と御霊
によって生まれなければ、神の国に入ることはできません。
3:6 肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。
2つ
(水と御霊)
が異質の印象があり、
ドーも、腑に落ちない、
が、翻訳の問題があることが判明、
水と御霊によって生まれるとは(pdf)
ヨハネ福音書の中では、《水》は聖霊を指す場合もある。
ヨハネ7章37-39節で、主イエスは 生ける水の川
のことを話された。
*ヨハネ7:37-39 さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立ち上がり、大きな声で言われた。 「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおり、その人の心の奥底から、 生ける水の川 が流れ出るようになります。」 イエスは、ご自分を信じる者が受けることになる御霊について、こう言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ下っていなかったのである。
そればかりか、主が水と言われたのは、聖霊を指している、と明確に書かれている。
もし7章で水が御霊を意味しているのであれば、3章でも同じ意味であってはいけない理由はない。
*3:5 イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに言います。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできません。
しかし、この解釈が受け入れられるためには、1つの問題点がある。
もし、「水」が「御霊」を意味する、と解釈するなら、この節の中で御霊が2回も(御霊と御霊によって)と繰り返されていることになってしまう。
しかし、「と」と訳されているギリシャ語(kai:カイ)は「すなわち」と訳しても問題はない(ギリシャ語辞典参照)。
したがって、この節は以下のようにも読める。
「人は、水、 すなわち
御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません」。
これがこの節の正しい意味であろう。
(ここまで)
ナルホド、
2つのこと
「水と御霊」ではなく
、
表現の言い換え「水すなわち御霊」だと、
交通整理ができたので、早速、本題へ、
昨日、オースティンの「水に聞く」と言うフレーズを見て、
私たちができる最も大事なことの一つは、
私たちの体の中の 水に耳を傾けること
です、
以前の自分なら、ニューエージっぽくて、
ちょっとおかしいのでは?となるところだが、
瞬時に浮かんだのが、
ヨハネ3章の「水と御霊」の聖句、
*人は水すなわち御霊によって生まれなければーー、
水に聞くとは、そのまま、御霊に聞くとなり、
これなら、ナットクの世界、
そもそも、人の体は分子レベルで99%は水分系、
意志をもって歩いているのは皮膚や骨格ではない、
エネルギーと言う表現を用いているが、
アンソニー曰く、
エネルギーとはスピリチャルの意であり、
エネルギーが歩くとは、
スピリット(霊)が歩くことであり、
「水すなわち御霊」の解釈から、
水(体の99%を構成する水分子)が歩くことでもある、
*聖書では
御霊が
水
になぞらえて出てくるが、
物理的水そのものも霊的な存在であるところがスゴイ、
それゆえ、オースティンが言った、
水に耳を傾けるとは、
(オカルトでも、ニューエイジでもなく、)
霊的存在に耳を傾ける意となり、
至極、妥当な表現と思われ、
但し、水なら何でもいいわけでない、
アナレマのマザーウォーターは、
高度に結晶化(構造化)された水であり、
水の完成形とも言え、
即ち、御霊(の性質)に近い存在かと、
余談になるが、
その昔、米国のクリスチャンカンファレンスに行くと、
年老いているにもかかわらず、
かなりの比率で実に
若々しい人達と会うことがしばしば、
当時、アナレマはなかったから、
彼らの体の中の御霊が、
体内の水分子を結晶/構造化していたんだろうな、キット、
*御霊が枯渇している日本の教会での若返りは難しソーだが、
とにかく、聖書の解説を抜きにして、
御霊の水を提供するアナレマの功績は大きいと思われ、
福音派も真っ青、
新しいエバンジェリズム(福音伝道)の登場だな、
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