PR
Calendar
Freepage List
脳性まひの障害が重いけれど、わかっていることがたくさんあって、それをなんとか伝えようとしている中学生がやってきた。少しずつ字を書くことにチャレンジしているという2年生の女の子だ。
私も中学1年のときに気管切開をして声のかわりに字を書く練習をした。それまではホントに手段がなくて、笑っても動いてもかろうじて「イエス」しかなかった。それが文字となって、なんでも自由になったのだ。この喜びは今でも思い出してもとり肌モノだ。
ただし、話せるようになれることがわかってから、なれるまでの道のりが苦しくて長かった。麻痺の身体は本当に手ごわい。うまくコントロールできないのが脳性まひなんだから。 自分の障害そのものに立ち向かうことそのものの深みにはまって、 練習すればするほどできなくて超くるしい。
おまけに中学2年生というと思春期の入り口で、なにもかもむかついた。とくに母親はいつもべったり近くにいるから、女どうしだし、ホントに苦しかった。まあ、私の話はいいんだけど、だから彼女も練習あるのみ。だけど、 これから苦しいかもしれない。
だけどすごくいいことは、すでに、 もっと話したいと信じてくれる人が近くにいることだ。 親以外にそういう人がいることはものすごく力になると思う。私は始めは親だけだったからなかなか客観性がなかった。
100枚カードがあっても101枚目のことを言いたいかもしれないと母が話していた。そう。ほとんどが101枚目なんだよ。だんだんそのことに慣れて、あきらめていく。あー、吐きたくなってきた。 このトラウマは消えないのではないかと思うよ。
がんばって字を書いてほしい。がんばっているのに悪いけど、これだけは、がんばった方がいい。 自分が自分になれるかどうかの瀬戸際だよ。