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毎朝弟の体調にひやひやする。本当はこういうひやひやも、弟は嫌なはずだ。そういう心の動きには敏感で繊細な弟だ。今朝はなんとか無事に登校できたので私の予定もできました。
昨日は朝から色々な予定がつまっていて、センターに送ってもらった後も弟が学校で大丈夫かと気になっていた。センターの帰り道に病院で検診があったので、その間も留守番してるかな~とか、休めているかな~とか、 心ここにあらず、であった。
両親も連絡を取り合ったりして、心配している様子が伝わるのだけど、私の嘔吐の時のように、一刻一刻を過ごせているかと、心配するほうも疲れるものだ。自分が心配する人になってみてよくわかった。こんなふうに心配されていたのだと改めて知る。
心配されているときは、自分のことでいっぱいなわりには、心配されることにもうっとうしくてムカついたり、いらいらしたりしたものだ。
しかし、心配するほうも、なんか、自分の時間がうわのそらって感じで、気がたっている。
そんなときに行った病院で、たまたま、駐車場でものすごくおっかないおじさんに、怒鳴られて超びっくりした
。
開いた場所に母が車を入れたら、後ろからすごい音量でクラクションを何度もならされた。 俺が止めるところだ、とすごい声で怒鳴られた。
知らなかったし、障害者車両なのだから、誰がとめてもいいのだろうけど、横入りされたと思ったのだろう。あやまって、別のところに移動した。
私はものすごくびっくりして、そのあと、怖くなって、すごく緊張が強まってしまった。 ついでに、胃ろうの交換もしたり、今後の手術の話なんかもしたりして、汗いっぱいになって戻れなかった。
一同どなり声にうわ~っ、となって、周辺の人たちも固まったのですが、母は「暑くて気が立っていたんじゃないの」と、ヘーゼンとしているので、そっちにもびっくりした。
でも、寝るころになって、あ~怖かったね~、と思いだしていた。 私はず~っと怖くて、怖いと思いだすと緊張する。だいぶ吐いた。
恐怖というのは後からもけっこう現実味をもって思い出されるものらしい。 シーツブランコの怖い思い出を根に持つように、恐怖を気持ちの中で昇華させるのには時間がかかる。
心配が恐怖に結びついた時、そりゃ~、どんだけ、心に残るだろう。思い出すのも怖い。 弟はそんな思いが嵐のようにうずうずになって、本当に不安の中で戦っているのではないかと思うのだ。
私の恐怖は自分の中にしつこく出てくる死の恐怖だった。これはこれで手ごわかったが、弟は環境の中に放り出された大海原の木の葉状態みたいに見える。不安定そのもの、だ。
心配するほうも、される方も、恐怖を噛み砕いて消化したら、ぷっとオナラにして大気に捨てましょう
昨日の恐怖がまだ残って思い出されるうちは、昨日の分はまだ私のお腹の中にある。きっとこのオナラは最大級で、かなりクサイかもしれませんね~~~(ひゃひゃひゃ)
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