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バイク通勤が、漸く心地よさを感じるようになった。 授業でThe Fall of Freddie the Leaf(葉っぱのフレディ)の 紙芝居を行いながら、 フレディの親友ダニエルの言葉がやけに心にしみる。 「We're all afraid of things we don't know. Changes are natural. Life lasts forever.」 わたしたちはみんな、知らないことに脅えるものだ。 でも、変化することは自然なことなんだ。 命は永遠に続くのだから。 冬が春になって、3年生を送り出して、また新しい子たちを迎える。 一生懸命駆け抜けた半年を最高の思い出として 先生を辞めようかとも考えた。 いちから関係を築く煩わしさや、 今までの自分に足りないことを補う努力、 わたしじゃなくてもいいんじゃないかという脅え…。 私はひょっとしたら、自分自身の変化を恐れていたのかもしれない。 「一生懸命やっとるんやで静かに聞いたれよ。」 「ラストは最後って意味やないの?」 「先生、よく、わかったよ。」 やっぱりこの仕事を続けたいと、強く思った。 誇りに思うから。 みんなの未来に私がいなくても、 みんなの今に関われたことを心から幸せに思っている。 永遠に続く命の今この瞬間が重なっている奇跡を、 どうしようもないくらい幸せに感じている。
2006年02月17日
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久しぶりの東京で、よく人にぶつかる自分がいた。 あぁ人をよけて歩くのも、慣れで、訓練なんだなと気付く。 私はもう、このまちの住人ではないのだと思い知るが、寂しさはない。 今いる場所がいとおしいから。 「でもやっぱりわたし東京好きやな。」 「ナカノがいいんかもね。」 「わたしは、今自分がいる場所が好き。」 御意。 わたしには、会いたい人がこのまちに沢山いる。 これから出会いたい、まだ出会っていない人も、 きっと沢山いるはず。 昨夜は一瞬の逢瀬ながら、とてもうきうきした時間でした。 いつぶりに乗るのか覚えていない程のムーンライトながらで、 びっくりするほどよく眠れたのは、 さえこちゃんお手製ホットドリンクのおかげにちがいない。けれど、 どうしてもトイレに行きたくなって目を冷ましたのもまた、 さえこちゃんお手製ドリンクのおかげに違いない。 お腹の中でイカの塩辛と蠣とあんこうと共に、 見事なハーモニーを奏でる。 おちょこ一杯の「ん」で、十分ほろりと酔いを感じ、 久々の日本酒もよいものですなと。 これがビールなら飲もうと思わなかったに違いない。 ありがとう。今回新しく出会ったすべての人に。 そこに住む大切な人たちに。 またね。 きっとね。
2006年02月15日
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みんなのこと、大好きです。とか言って、「オレの名前覚えとらんのやねーの?」とか、「私のナニを知っとるってゆーの。」と思うかもしれません。確かに、みんなの名前はうろ覚えで、深く話すチャンスもあまりなかったけれど、それでも私は、みんなに会えるのが嬉しくて、学校に行くのが楽しくって仕方ありませんでした。先生になる前の6年間、ギンザのOLとして働いていたときは、仕事に行きたくないよ~と思う日も沢山ありましたが、先生になってからは、一日もそんな日ありませんでした。私の役割はAETだから、みんなの英語能力が飛躍的に伸びてくれたり、俄然世界に興味が湧いたなら言うことなしですが、きっとそんなこと私にできたはずもなく、それは申し訳なかったとおもっています。ごめんね。けれど、合唱聴きに教室にまぎれこんだり、家族や恋で悩む話したり、「あいのり見た?」と聞かれたり、大雪の中、埃にまみれて大掃除したり、「軽トラってミッションやん!」と軽く驚かれたり、バッティングセンターいこっかと誘われたり、拾ったボールを遠投しすぎたり、プリクラちょーだいと言われたり、「バイク乗らしてよ」と無理なお願いされたり、一緒に帰っとったら不審者が中学生と歩いとる!と疑われたり、「先生の名前ってちかこなの?」と今更かよっ!て確認されたり、そんなことばかりが私の中に残っていて、ということはみんなの中にもそんな私が残っているんだとしたら、それで充分です。なぜなら、卒業したらこれっきりで、ハイさよーなら!とは思っていないから。あるとき、やっぱり英語って必要やと気付いて本気で英語に取り組もうとしたとき私を必要とするならば、これからもいくらでもサポートするし、何かでひどく悩んで誰かに相談にのってもらいたいと思ったときに私が思い浮かんだならば、いつでもどこででも話を聞くよ。私でよければ。それが、私が半年間みんなと同じ教室にいた意味だと思うから。卒業おめでとう。& I love Mino,too. Chikako Yamanaka
2006年02月13日
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「娘は、家族も友達も国も犠牲にして、彼の愛を信じてこの地にきたのです。 ですから、みなさんのサポートを、どうかどうかよろしくお願いします。」従兄弟が、エクアドル人の彼女と結婚した。5年の遠距離恋愛を実らせて。いろんな人の反対があった。けれど、ふたりは愛を貫いた。ふたりが出会うきっかけを作った私は、ずいぶん責められたこともあった。国際結婚の大変さは、想像以上だろう。だけど、ぶっちゃけて言えば、私は嬉しくて仕方ない。地球の裏側に親戚ができたのだから。彼女のお父さんの挨拶は、とても胸に沁みた。私は、always on her side でいたい。そしていつかきっと、地球の裏側の新しいファミリーに会いに行きたい。
2006年02月11日
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「人は、死ぬ直前に、自分は一生かけて何を貫いただろう、と自問自答するんです。」私は、何を貫けばいいのだろう。何を貫きたいのだろう。まだ見つからないということは、まだ生きていろということだろう。「その瞬間、自分の中の孤独がとけていく気がした。 すごい孤独だったんだなぁと、気が付いた。」人間は、フィードバックが返ってこないと自分の行動があとおされない。無力感を感じたくないが故に、自分の手の届く範囲で何かをしようとする。同じ言葉が残ったか?いろんな時間を、今一緒に過ごしているけれど、きわめて少ない言葉で伝わり、むしろ、伝わらなくてもいいところまで、わかってしまうことに、一緒に居過ぎると苛立つのは、出会った頃から変わっていない。お互い随分成長したはずなのに。だれもが羨む関係は、私達自身が、だれよりも感謝している。あたりまえの何気ない日常が、時折ひどく切なく感じるのは多分、今を今としてとらえ、明日も同じようにあると思っていないからだろう。24を見過ぎて寝不足なのはお互い様、でも私は、9時5時のオフィスレディ、ちょっとアンフェアなんじゃないの?しかし、私の孤独をとかすのは、悔しいけれど、結構な確率であなたです。
2004年10月05日
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ケンタえらい!コースケえらい!あんたたち、婿の貰い手がなかったら私が貰ってあげる!今シーズン初のドラゴンズ観戦in神宮球場。こっそりバッグにしのばせたメガホンが、早くオレを叩き鳴らせと、就業時間の私の気を散らせる。もちろん、一人。むしろ、一人。中途半端な関係の人とは到底いけるもんじゃぁない。ドラゴンズが好きな人と行くに限る。でも、悲しいかなここ東京には、圧倒的にドラファンが少ない。おかげでいつもすんなり野球場で野球が見られるんだけどね。神宮球場で見る野球はやっぱり好きだなぁ。小さい頃よく行っていたナゴヤ球場を思い出す。「ナゴヤ球場のうぐいす嬢になりたい」と夢を描いたあの頃は、燃えよドラゴンズを、お父さんから口うつしで教えてもらって完全に歌えるくせに声に出して歌うのを恥ずかしがったおしゃまさんだった。「一番彦野が塁に出て~二番立浪ヒットエンドラン~ 三番ゲーリータイムリ~四番落合ホームラン~♪」の時代だから、人が変われば歌も変わる、その変化にもついていっていた模範ファンだった。今なんて歌いたくて仕方がない。そんな私を、大満足させてくれた今日の試合内容。なんてったって、点が入るたびに歌う「燃えよドラゴンズ」を10回以上も大合唱できたもんね。「あんたは早く一緒にドラゴンズ戦行ってくれる人見つけたほうがいいよ。」それはそうなんだけどね、それもいいのだと思えるほど、ドラゴンズ観戦が終了後には、素敵なハプニング逢瀬が待っていた。連れられて行った焼肉屋のおやじがタイガースファンだったので、思わずどうしてもこらえ切れず、「首位、いただいちゃいました~!」と言ってしまった。あーいじわるだなー私。美味しい肉を食べさせてもらったというのにすまんおやじ。今日は本当に気分がいいのだ。ありがとうドラゴンズ。「ええ試合を見にいったなー。 今シーズン始まって以来の快勝やったやないか。」そうそう、この気持ちをわかってくれるのは、お父さん、あなたをおいてほかなりません。
2004年05月26日
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たかだか遊びに、どうしてここまでエネルギー使ってやったかって?それは、喜ばせたい人達だったからだよ。素直に喜んでくれる人達だって、知ってるからだよ。仕事だからとか遊びだからとかは関係ない。遊びだから適当でいいとは思わない。仕事は、努力に対してお金という報酬があるからわかりやすい。でも、遊びのアレンジは、大切な仲間からの信頼と、大切な仲間の時間を楽しく彩ることで、それぞれが日常の糧にしたりするというペイフォワードがある。これが、私が最も大切にしたいと思っている目に見えないものの価値。私は、いくらお金を積まれても、自分が好まない人には1秒も時間を費やしたくないと思う。私は、ただのプロデューサーではない。私は、究極のリミティションプロデューサーなのだ。というわけで本日のメインコースは、過去のAAPライフ台帳よりイチオシの、「アラブラブラブナイト☆」に決定。予約の電話を入れたときに、無理をいっぱい言ったのに全て聞いてくれてありがとう。「こーんなカワイイコのオネガイ、コトワレルワケナイジャーン!」アラブラブラブナイトは、そんな素敵なオーナーの心意気がみんなの心を射貫いた。食べ放題飲み放題コースではなく食べ切れない飲み切れないコースというのは看板に偽りナシ、である。みんな、これでもかってほど食べて、異空間でアラビアン衣装を身に纏い(まとわされ?)、オーナーの変な日本語に笑いが止まらず、皆まんべんなく、ほどよく阿呆であった。2度目ましての人々には、まさにビンゴな場所だった。むしろ、屋形船を超越したかもしれない。流れにまかせて、ボーリングへ。ペアで競うボーリング大会、バツゲームはキッス。いいねぇこういうノリがぴったりなメンバー。みんなだれがだれとペアになろうとも構わないくらいの関係が。まぁ、オトコとオンナですから人生イロイロシタゴコロ、なんでしょうけれど、わかってもわからぬふりで、こんな微妙な時期が一番楽しいのではないかと。無難に毎回ほどよく倒す人、(堅実)イキオイだけはいい人、(調子いい)奇蹟を起こす人、(土壇場に強い)見たまんまうまい人、(表も裏もない)性格でるよね。ミラクル続出のよーくはしゃいだボーリングでした。最高のミラクルは、右のガーターから左のガーターへ飛ばす前代未聞の長生きしても2度とみられないかもしれないスーパープレーでした。ありえへん。様子を見にきてくれた魔茶味。ありがとう。「着物じゃないと、あれ~?」とか言われて、ご愁傷様。それでも、ほのかに色づいた唇を私は見落とさなかったよ。誰のためでもない、自分のためにそれをするという喜びを見つけたあんたは、これからきっとみるみる加速していくに違いない。素材がいいんだからがんばれ。そしてダーツバーへ。もう終電は逃す覚悟。今夜は最後までみんなと過ごしたい。なんだかんだ言って私が一番、楽しんでいるのだ。これが、仕掛け人にとって一番大切なこと。こんなにしたのに、とか、ここまでがんばりました、とか、まして、自分がこれだけかぶってます、とか、そういうの見えちゃったら、仕掛け人としてほんっとイケてないね。そんなこと吐露するくらいだったらやらなくていいよと言いたい。本当に楽しい時間とは、自分ありきなのだ。人のために何かをしようと思ったって、人の望むことなんてよみきれない。だれかのために何かをしたら、ほかのだれかはつまらない。更には、してあげたのに精神でいくと、「頼んでない」といわれてがっくりすることもしばしば。時間も労力も費やしてやることは、まずは自分を喜ばせることでないと。自分が面白いことをやって、それに巻きこむ。このスタンスを持ちつづける限り、私はきっとずっと面白いことを思いつき続け、実行し続けると思う。おかげで今日も新しいことに巻き込まれた。ダーツ、それは未知なる世界だった。これは面白い!巻きこみ上手は巻きこまれ上手。バーでのトークは、私の心の日記帳に書き残しておきたいことが満載でした。キーワード備忘録。・葬式早びきで合コン・合コン後のホテル・血は争えない・フランスのシングルマザー率・タイミングの悪い告白・無人島・ナチュラルウェービーなロンゲ・昭和芸人と呼ばれし今・ソーリと呼ばれし時代・あれがあいつのアートなんだよ・赤い布団セット・ヘリで東京上空散歩・2万円の警帽に編みタイツ・ウォーズマンヘアに赤いエクステンション・月に向かって噴射・ビンボーでもビンボーじゃなくても出てくるよ~あぁ素晴らしきかな出会いの妙。自分を殺して先へ送る、送りバントとはすごいプレーだ。でも、やっぱり今夜も、楽しかった最大の理由は、集まったメンバーの心意気がもれなく楽しい方向に向いていたってこと。駅でナンパした初めましても、深夜の高円寺での初めましても、年の瀬迫るゴールデン街での初めましても、みんなに出会えてよかった。みんなが出会えて、よかった。またもや始発のサタデーナイトフィーバー。
2004年05月22日
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思いもかけないことが、いとも簡単にどんどん起こる。自分が思い描いていたようにならないことに対して、イライラしたり、こんなはずじゃないのに、ではなく、自分の思い通りにならないことこそ、ワクワクに変えて、それをどう乗り越えるか、が試されているんだと思う。折角素敵な人たちとの穏やかなる夜が、1通のメールで心に台風上陸。有り得ない予定変更のお願いのメールに憤ったのは、私がそれに参加したかったからではない。私が友達を何人も巻きこんでしまったから、楽しみにしている友達たちに対してどうしてくれよう、という気持ち。ちょっと軽んじ過ぎてやしないかい?という。その場で返事をしたら久しぶりに人を罵倒してしまいそうだったので、自分が冷静になるまで待って、返事をすることにした。すぐにケンカをふっかけていた昔の自分に今の自分を紹介して、「お手本にしなさい」と諭してやりたいほどだ。どうにもならないことに、どうしよう、と悩んでいてもどうにもならない。←これは無駄かといって、どうにかなるさ、ではどうにもならない。←これは怠惰やっぱり、どうにかしようとしなければ。←ここで、努力その不安は、みんなに伝わってはいけない。←これは配慮しきる私が不安なら、みんなも不安に感じてしまう。だけどその不安をまるっと全部ひとりでかかえこまない。ちょっとずつみんなに吐き出して、ひとりでしょいこまない。深夜2時まで付き合って、一緒にネット検索ありがとう。深夜3時まで付き合って、電話で不安解消、ありがとう。「切り替えの天才だな。やっぱりあんたのこと尊敬してるばい。」←最高の褒め言葉「ハプニング&サプライズの女王!」←はからずしてなーんて嬉しい言葉にあとおしされて、さてさて、何をしよう。でも、人がいれば、どこだって、何したって楽しいに違いない。←これが基本今までの私のAAPライフを振り返る。これが、どんな情報雑誌よりも役に立つ。←これは蓄積おぉ!あれがあった!ひらめきひとつを胸に抱き、さらにスパッと気持ちを切り替え、寝ることにした。(←ずぶとい。これが一番大切かも。)
2004年05月21日
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トモダチだから当たり前?そんなこと、言葉にするまでもない。当たり前以上に、当たり前のことなのだ。やらされてもやるわけがない。私がそうしたいからしてるのだ。「こんな時間までつきあってもらっといてなんだけど、 あんたってさ、ほんとに人がよすぎるよ。 なんかみかえり求めたほうがいいよ。」ほんとにまったく、あんたに言われることではない。でも、夜明けと共にようやく自分を取り戻し始めたあなたを見るのは、嬉しい。一人で越えられない夜は誰にでもある。そのときに無理にひとりで越えると、変な強さを身につけてしまう。屈折した強さは鎧になってしまうから。それも慣れれば悪くはないけれど。パスポートと多少のお金があればいい。そういうシンプルな生き方にたち戻って考えてみれば、私たちは、最初から、何ひとつ所有などしていなかったのだ。確かなものなど、何ひとつなかったはずなのだ。もとに戻ることを考えるな。未来は、新しいことで満ちている。新しい自分で勝負しな。そこにはきっと新しい関係が待っている。新しい関係でないと、意味がない。
2004年05月20日
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「営業のことを知りたかったら、 1ヶ月自分で営業体験してみたらいいんですよ。 それが一番よくわかるから。」ピンクの封筒でラブレターを送ってきたときは、正直ゲッと思ったけど、やはり人というのはじっくり話してみないとわからぬものだ。いろいろ勉強になりました。感謝ハムニダ。世の中にはいろんな人がいて、いろんなことをしようとしていて、いろんな切り口から社会に関わっている。最近出会う人はみんな元気だと感じるのは多分、お互いをお互いいいパワーで高めあっているんだと思う。夢が違っても、志が違っても、何かをしようとしている人を応援する姿勢をもって、うわべでない心からの言葉で後押しする。その言葉をもらえるかどうかは、自分がそれをできるかどうか。してもらおう、ばっかりでは、バランスがとれない。その人に直接返さなくても、自分ができる範囲でできることをしていますか?ということなんだと思う。みんな自分の尺度ではからない。その人その人の尺度を見てくれる。だから、誰にでも寛大なんだなぁと納得できた。はたからみたらそんなこと!というようなことでも、それがその人のしたいことで精一杯アピールしているなら、何もしていないよりは立派なんだ。本当に尊敬できる人って、相手の目線に立てる人だ。逆に、立派なことを言うだけ言っても、実行しない人は、言うことがどんなに立派でも、説得力がない。セミナーは、その話自体もそうだが、そこに集う人全てから、学ぶことがある。雨がざーざー降りのこんな夜だけど、心だけはほくほくでした。
2004年05月19日
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書き溜めていた日記を一気にアップし始めたついでに、久しぶりに人の日記にもお邪魔してみた。そうして気付いた。私について書いてくれている人や私宛てに言葉を贈ってくれている人が、思いの他いることに。その言葉は、ダイレクトだったり、私にしかわからない出来事だったり、私の行動についての考察だったり、私が贈った言葉をそのまま日記にしていたり、とにかく、公開日記は自分だけの備忘録として存在するわけではないのだ。またそういうことに気付けて嬉しかった。そしていろんな人のいろんな言葉から、いろんな元気をもらった。今更伝えないけれど、心でたっぷり感謝している。朝と夜に勉強する日々。この年になって再び通い始めた学校は、いろんな人が通ってきていて、実に興味深い。隣の社長さんクラスメイトに、「ノート貸してもらえる?」学生時代、ノートは借りる専門だった私が、ノートを貸す側になる日がくるなんて…。天国のひいおばあちゃんもさぞかし喜んでいることだろう。しかも、よろこんで貸したいと思う。だってみんなで進級したいもの。そんな学友たちと放課後トークを弾ませたいのは山々なのだが、今日は授業の後にバンドの練習。授業の後にバンド!なんて学生のノリなんだ!既に遅刻、スタジオ遠く、しかし、足取り軽く、胸がときめく。既に集まって私が参加するまでの1時間の成果を見せてくれるメンバーは、みな40代。(←見た目も含め)うっかり、ぐらいのノリで参加させてもらっているが、実は絶対、この人たち優れた自分経営者に違いないということは理解しているつもりだ。しかも楽器も歌もうまい。しかも半端じゃなく。うまくない人もイキオイがある。(←だれのことだ)私が担うパートはコーラスとダンサー、そして華を添えること。ライブでお客さんを巻きこんで盛り上げるのが任務だと心得ている。お客さんが真似しやすいような動きを考えながら、きっとカトリさんたちが真似してくれるに違いないと想像してニヤニヤ。いきなり爪弾く曲は、ビートルズの名曲だったりして、それに併せて、それぞれマイクを握ったりビートを刻んだりシャウトしたり。いいねぇこういうノリが。やみつきです。あぁリリも巻き込みたいよ、この空気に。それにしても更にみんなそれぞれ上達している気がする。メルマガに3時間かけたり、九州に日帰り出張したり、毎晩酔いどれていたりするのに、一体いつ練習しているのだろう。なんにせよ、尊敬している。そして参加できることに感謝している。今回から魔茶味も参加。彼女は音感がよく、楽譜がよめる。私ははっきりいって耳コピ音楽人生だから、彼女が大活躍。久しぶりに二人でばかばかしいことを真剣にひねり出し合ってその感覚が懐かしく楽しかった。彼女が今ここにいられることも、いろんなタイミングと意味があってのこと。こういう時間を忘れていた彼女が、その楽しさを思い出すには十分すぎる「さいこー」な時間だった。楽しくって仕方がないから、次の練習が待ち遠しいよ。「ライブまでは週に1回練習するよ。来週は月曜日ね。」うわー嬉しい、週に1回もあるのね!って、えええ???来週は、待ちに待ったドラゴンズ神宮3連戦なんですけど…。シンマ先生もドラキチなんでしょ、許してくれるかしら。楽しみが重なって全部消化しきれないなんて何よりものフラストレーション。しかも仕事も容赦ない昨今のワタクシ事情、何を手抜きする?いや、違う。手を抜く発想じゃなくて、手を抜かない発想。こんなときだからこそ、体調管理を怠らないことだ。仕事も遊びも体が資本。健康な体あってこそできることだから、よく食べてよく眠ることは、手を抜かないで生きよう。なーのーにー。どのこもこのこも!けどどうせ、「嫌いじゃないくせに~。」とか思ってるんだろうと思うと、しゃくだなぁ。
2004年05月18日
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伝えてほしいことがあるという。「おめでとう」と、あの人に伝えてほしいという。あなたの代わりに、あの人に、おめでとうと、伝えればいいんだね。私には、あなたがそれほど伝えたいというおめでとうが、どれほど喜ばしいことかわからないから、誰も代われないんじゃないか、と思うよ。
2004年05月17日
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アホみたいな話しだけど、みこしを見るために、3時間同じ場所でじっと待った。雨が降っていて、足場も悪くて、私は、そんな状況もあるだろうと予期して(ここまでくるとビバ自分)カッパ姿で、本を読みながら待った。2センチくらいの厚さの本を読み終えてもまだ、待つ必要があったが、その時間を全く無駄だとは思わなかった。警備のおまわりさんが、遠慮なく予定が遅れている旨を中間報告してくれると、待っていたお客さんが1人帰り、2人帰り、それでも、2人増え、4人増え、みるみる間に観覧者は膨れ上がった。私はその最前列を陣取って、心臓がいつもの場所よりちょっと浮いた感じ、これを多分、胸が高鳴ると表現するのだろう。こうやって、したいと思うことに、好きなように、好きなだけ時間を費やして取り組めている、このことを、幸せというのだろうと、感謝しながらじんわりかみしめていた。こんな日に限って、さなかにかかってきた電話が何件かあったが、いつもだったら電話にはほとんど出ないのに、わざわざ電話に出た上で「ごめんなさい、今三社祭なのでまたにしてください。」と言う自分が、自分の幸せな状況をアピールし過ぎのような気がしないでもないけど、言わずにいられないんだからしょうがない。一ノ宮と二ノ宮のお宮入りが終わり、私の目の前を通る三ノ宮のおみこしのときには興奮も最高潮、長い時間待っていてだらけていた空気も、みこしの気配に吹き飛ばされて、担ぐ人も、見る人も、理由のいらない一体感。私、祭りに向かっている人の気持ちが好きなんだなー。あーもう、祭りって最高。けれどやっぱり私は、見るよりも、やりたい。こうやって、人の心を動かしたい。それはどうやったらできるかってことを、幸せなことに私は知っている。それをやるチャンスも与えられている。無性に阿波踊りを踊りたくて仕方がなくなった。もうすぐ、シーズンが始まる。今年も沢山の大切な人達に、自信を持って「見にきてね」と言えるように。それにはやっぱり、日々の努力、厳しい練習、必要なんだな。モチベーションが上がった。心の底から満足な気持ちを抱いたまま、今日は、何もかもうまくいく気がして、すれ違い続けた連絡にも微塵もめげることなく、そして、会いたい人に会うことができた。帰宅は午前様、日曜の夜から夜遊びがすぎたが、また始まる一週間の糧になるいい時間を過ごしました。前向きな人との時間は、本当に楽しいねぇ。特に、いろいろあった末の前向き人は、挫折も、努力の先にある結果も、自信も、謙虚さも、そして、いい加減な良い加減さの大切さも、経験から理解しているから、前向きさがぶれることなく、すてきです。今週も良い週末でした。
2004年05月16日
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どうしても起きられないのは体が睡眠を欲しているからだ。だから、いざなわれるまま心ゆくまで睡眠をむさぼった。待たせてごめんなさい。それでも、私の状況を一生懸命考えてくれることが、見当違いだけどありがたかった。お気に入りのカフェの近くにひっそりと存在する古本屋に行って、棚の端から端まで、興味のあるなしにかかわらず、自分の感性に合った本を物色し続ける。気付いたらその本屋に2時間以上滞在していたが、その間、私以外のお客さんは近所のおばあちゃん一人だけ。店番の、長髪を束ねてメガネとマスクをつけた不審者系お兄さんと二人きりの空気も心地よくなってきたころあいを見計らって会計に望むが、気付けばレジ横に積ませてもらった私の感性を擽った本は、手がちぎれるほどの量になっていた。でも、ためらわなかった。どれをやめようかなんてもったいないこと思わなかった。古本屋で出会った自分の感性に合った本というのは、一期一会だから。中毒を恐れる余りタバコもお酒もマリファナもやらない私が、唯一、中毒と言われても、活字はやめられない。お気に入りカフェの杏仁豆腐をテイクアウト、そして、エバンゲリオンの考察本を手土産に再会。多分、あんた以外は喜ばないぜ。だから貰ってよね。「ねぇ、私に気遣いなんていらないって、あんたわかってるよね?」わかってますとも。だからこそ、いっぱいしたいのだ。私にされた仕打ちに対しての対価を何も求めないその無欲さ。多分それは、無欲とか欲とかいうことではなく、おそらく彼女にとってそれは別にたいした問題じゃなかったのだ。けれど多分、今お互いが許しあっている範囲のことは、第三者には理解しかねる領域であることは、意識して認識しておかなければならないけれど。まぁ、そんなあんたの存在が、私が人に対して欲をかかなくてすむ理由かもね。ついでだから言わせてもらおう。あんたが望むなら、私は何にだってなるし、私は、何だってすると思うよ。何だってしたいと思う。世の中の常識とか法律は関係なく。私のなけなしの誇りとかも、あっさり生贄にだせるだろう。けど、悪びれもせず小犯罪は重ねるが、品位、気位、そういうレベルで人間として汚いことをヨシとしないあんたが、ずるしたり、ずるさせたり、小細工したり、偽ったりして手に入れたいものなんてなくて、ちゃんと向き合って、努力して、そして自分で気付いて、自分の力で手に入れたいんだとわかるから、私はあえて、何も手助けはしません。ただいつでも、ココにいるから。必要ならば甘えてこい。こっちから甘やかさないよ。知ってると思うけど私も結構大変なんだよ。でも、慮れと望まないから、慮りもしません。マッサージされたかったらしてあげるよ。人にするばっかりでも疲れるでしょ。誉めて欲しかったら誉めてあげるよ。「なんにせよ、人前でべたべたするのは見苦しい。」まったくだよ。それって、渦中では気付けないもんなんだよね。叱ってほしけりゃ叱ってやるよ。冷静に、シビアに、がつんと言ってあげるよ。笑いたければ、いくらでも阿呆な写メール送りつけるし、寂しい夜は、添い寝してあげるし、足ぐらい絡めてやってもいいよ。マニアックな話には、意味はわからなくても相槌くらいうってあげよう。だから、毎日毎日、一日一日、長いだろうけどがんばるんだよ。がんばらなくていいんだよ、なんて甘いこと言ってあげない。途中でめげないで、がんばれ。本当に手に入れたいものを、手に入れるには、困難はつきものなんだよ。手に入れたいものがはっきりしているなんて素晴らしいことじゃないの。二人でしかありえなかった私達の関係に、スペシャルな彼女の参入で、私達は更に皆で、飛躍を目指す。みんなでならオッケイなのに一対一だとNG、人を受けいれるのはオッケイ、でも自分を受けいれてもらおうとはしない。心の鎧が固すぎて、誰も入りこめない。誰も、入れるつもりがない。傷つくくらいなら、最初から始めなければいいだなんて、何よりもつまらないじゃないか。誰に言ってるのか、誰に言いたいのか、言葉が私の心をちくりちくりと刺すのだが、マゾみたいな発言だけど、なぜか心地良いのは多分、鎧を貫通していることに気付いているからだろう。人の言葉も刺さらないような固い鎧を身にまとっていても、雨だれが石をうつように、どんなに固い鎧にも、穴があく。最初は小さな穴だけど、やがて大きくなるだろう。ありがとう。外は降り続く雨。洗濯物干しっぱなし。傘もなし。地下のバーでは、時間の流れが止まっていて、そしていきなり、朝がきた感じ。「また、お待ちしています。」というバーテンのお兄さんの言葉が、やけに嬉しい。話しに夢中で、楽しくて、面白くて、切なくて、その存在をすっかり忘れていたのだけど、あの場所を、あの空気を、あの空間を作っているのは、まぎれもない彼らなのだから。自分達さえ満足ならばよしとしたこの夜を第三者に認めてもらえた気がして嬉しかった。また来よう。傘を返しに。歌舞伎町にまたひとつ、好きな場所ができた。
2004年05月15日
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極秘の密会を意味あるものにするためには、私にできることはなにか、冷静に考える。今後の行動は、思慮深く。きっかけはさておき、この密会自体を楽しんでしまったってのはありかしら。ありだろう。だって、新しい関係はここにもうまれたわけだから。密会現場にはどこもかしこも相応しい高円寺よブラボー。この調子じゃまたくるなきっと。はまったに違いない。
2004年05月14日
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「生まれましたー(^-^)また見に来てやってください」ふるさとの友人から、嬉しい嬉しいメールが届いた。勇気をくれるものはいつでも愛を守る人達の強さ東京デイズ 半透明のゴミ袋をかかえながら星空に口笛よ響け 素晴らしき毎日
2004年05月13日
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私が今時間があったらしたいと思ってたことって、みたい新作映画をみて、もう1回みたい好きな映画をみて、話題の本を読んで、よみかけの本を読んで…気付けばできてる?ひょっとして、私の人生って豊かなのかも。あぁ、当たり前の幸せに気付くって、幸せだわ。
2004年05月12日
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夜の銀座はタクシーなんて乗るものではない。今宵、とても不思議な世界に足を踏み入れた。まだまだ知らない世界だらけ。
2004年05月11日
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海辺のカフカの上を、ようやく読み終えた。まだ下があるとは、嬉しいことだ。主人公のカフカは、森の中でひとりきりの時間を過ごす。 1冊の本を最初から最後まで読みとおすよりは、 重要だと思える部分を、理解できるまで何度もていねいに読みかえすこれ、したいわー。
2004年05月10日
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母から午前中に電話があった。「さっきおばさんから電話があってね、今年もまーちゃんから母の日に 素敵な花束届いたんだって。うちはなんにも届かないよー。なんでー?」母の日に物を要求するなんて恥ずかしいと思いなさい、と、軽くあしらっておいた。午後にもう一度、今度はびっくりするほど泣きながら電話があった。「ごめんね、お母さんが悪かったわ。今ほんっとに素敵なお花届きました。 もぅ大感激。さっき電話したときなんで黙ってたの?お母さん恥ずかしいわ。」さすがわが母、予想通りで、期待通りで。娘は、母が考えているよりもずっと、母のことを想っているのです。GWに帰郷したとき、花屋を継いだ友人に頼んできた母の日の贈り物。花のチョイスは友人に任せたけれど、さすがです。うちの庭を見て、うちの母と会って、お客さんを知って花を選べるのは、町の花屋のなせるわざ。世界一の花屋だよ。私の母を泣かせたのは、私だけじゃない、あなたの力もいっぱいです。あなたに任せてよかったよ。人を泣くほど喜ばすって、幸せです。
2004年05月09日
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この間、女友達の間で、「オトコの色気をどこで感じるか。」という話題で盛りあがって、「お尻」と「胸板」で分かれていたけれど、ギャロは、どちらも持ち合わせた人だと思った。記憶の中でストーリーが所々飛んでいるのは、寝ていたからじゃない。話しの内容よりも、ギャロの一挙一動に目を奪われていたからだ。バッファロー66は好きな映画のひとつだけれど、この映画を見ると、思い出す人がいる。それで、思いきって、「バッファロー66を見るとキミを思い出します。」とメールを送ったが、案の定返事はない。それでも多分彼は、この映画を少なくとも2度は見ていると思うし、主人公に、少なからず共感してるんじゃないかと思う。そうであってほしいというわけではないけれど、そうであるような気がする。そうであるならば、この映画について、いつか話したいと思う。くだらないことばかり記憶していると言われるだろうが、ボーリング場のロッカーの番号は、32 17 21だ。そういえば、この間久しぶりに行ったボーリングで、1回だけストライクを出しました。それと、1回だけレーンがおかしくなったときがあって、そのとき私はタップを踊ることを思いつかなかったけど、あぁこんなシーン、デジャヴ、と思っていたら、今日思い出しました。すっきりしました。それにしたって、この映画を今更劇場公開しようという映画館があるなんて、とても粋なことだ。早稲田松竹万歳♪
2004年05月08日
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いい時間を過ごした。帰り道では、鼻歌なんて歌ったりして。傘がオレンジで、お気に入りだから、駅を降りたときまだ雨が降っていて、嬉しかった。傘をバサっと広げたら、傘に残っていたさっきの雨が、隣の人にパラッとかかったから、「ごめんなさい」とちゃんと声に出していったら、一瞬不機嫌そうになった男の人の顔は、緩やかに変わった。良い変化だった。相手の出方は、自分次第なのだ。私は、なるべく人に迷惑をかけないでいきていきたいと思うけど、まったくそれをしないで生きていくのは無理だと思う。生きていれば迷惑もかけるだろうし、例えば、ふっと自分の中に湧いた別に吐き出すこともないほどのことを、「ねぇ、私って、リカでもさとみでもないよね。」なんてことを、おもむろに電話して伝えても、(迷惑は承知の上だけど)笑って聞き流してくれる人がいたりするのは、ありがたい。そういう人は大切にしたいし、一生繋がっていきたいと思う。ピカ☆ンチ→カンチ→東京ラブストーリー→究極の恋愛ストーリー→キルビル→バッファロー66→ザ・ブラウンバニー→海辺のカフカ
2004年05月07日
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「僕はいろんな女性と付き合った。 何人もと付き合ううちに、段々レベルアップしてきてね、 自分の理想の完璧な女性に近づいてきた気がしてたんだよ。 でも、完璧に理想の人と、さて結婚、と考えたときに、 おそらく三日で気疲れして、もう結構って思うなと、悟ったんだ。」だから、女性は完璧でなくていい。だって自分はこんなに完璧でないのだからつりあうわけがない。完璧になんでもできる女がよく思えるなんて、瞬間だけ。ちょっとぐらいぼろがいいんですよ、と上司が熱く語る。「ではワタクシは、これから少しずつ、 ぼろになる努力をしなければなりませんね。」「おまえさん、努力いらんよ。今のままで、十分です。」ちっとも誉められた気がしない。「おまえさん結婚する相手に一番大切なことは何だかわかるかね?」何でしょう。「自分をわかってくれるということだ。 そして自分がわかりたいと思う相手ならなおいい。 それさえあれば、あとはなんとでもなりますよ。 見合いだろうが恋愛だろうが、出会って間もなかろうが何年たとうが、 だれにでも、何にでも言えること。 そして、 これは、社員にも言えること。 言われたことをやるだけじゃなくて、自分の気持ちを汲んで動いてくれる。 そういうことが通じる相手が、いいんですよ。」オトコとオンナの話かと思って聞いていると社員と上司の話に、政治の話や生き方の話に、そうやってわかりやすく、世の中の仕組みを話し聞かせてくれる。「あーあ、一銭もならんのに、またこんなところで長く話しすぎたよ。」応接室に待たせたお客がいることをちゃんと覚えていながら一銭にもならない私相手に話すあれこれこそ、正直な気持ちなんだろう。一言一句、一挙一動、学ぶことが多いです。連休明けの気だるさ満点の私に、最良のカンフル剤ですな。
2004年05月06日
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昨日までの雨模様とはうってかわってお日様がのぞく。今日は地元の仲間が我が家に集って、庭のあずまやでBBQ。みんな集合時間に家を出る準備をし始めるのは計算のうち。買い出し組も、のんびり準備。花火なども買って、夜までコースをしっかり予感。帰京するなら今日の最終か、明日の始発か、なーんてちらっとでも迷ったのが無駄だった。こんな調子で盛りあがっているなか、帰れるはずがない。これは間違いなく、明日の朝までコースで、朝イチ新幹線だ。1輪車に乗れるかとか、竹馬に乗れるかとか、キルビルみたかとか、妊娠6ヶ月にもなるとへそがなくなるよとか、毛が濃くなったとか、結婚式でのこいつの司会がうまかったとか、そんな話しで大盛り上がりしているみんなから少し離れて、縁側に2人で腰掛けて話す。「まーそろそろえぇやろ東京は。帰ってこいよ。」「おまえが帰ってくると、面白いんや。」「おまえは何がしてーの?」私は…「私は自分の大切な人が幸せやったら嬉しい。」「勘違いするなよ。おまえの幸せは、おまえのもんや。 おまえの大切な人とおまえの幸せは違う。」「おまえはかしこいでなぁ。」「趣味が一緒とか、好みが合うとか、そんなことは本当はどうでもいい。 趣味も好みも変わる。人は、常に変わる生き物や。 仲間であることに大切なことは、根底のところで信用できるかってこと。 根っこが腐った人間は、いらん。」「おまえにはどういう奴が合うんやろうな。」私達2人が話していると、いつも周りは、その話しの内容に興味津々。みんな話しに加わりたくてしょうがないのはわかる。でも、たまには2人で話しをさせてよ。電話番号も、メールアドレスも知らないで今まできた私達は、多分これからもこのままだけど、いつか、力を合わせてこのまちを守っていく日が、変えていくときがくる気がする。そういう意味でのパートナーとして、大切な存在になるだろう。「ここにおるやつはええんや。 本当にこういう場所が必要なやつは、ここにこれんやつや。 こういう場所を知らんやつや。」そうなんだよ。私達は既に十分楽しい。私達だけ楽しければいいというときは終わったんだ。今回は、私達の同級生だけじゃなくて、後輩の代もきてくれた。そして、ここではないところからお嫁にきた子たちも、来てくれた。小さい頃から一緒に育ってきた仲間の輪の中に入るのは多少勇気のいることかもしれない。でも、それは、すごく歓迎したいことなのだ。私は、一生をかけて成し遂げるという意味で、何がしたいかを考えたときに、何を望むかと考えたときに、ふるさとが、愛すべき場所であり続ける、ということだと思った。大きな意味でいえばそれは、日本という国、地球という星、でも、一番根本からいくとそれは、家族であり、美濃であり、岐阜になる。その、一番根本の部分から私は、守っていきたい。変えていきたい。自分で何かをするにしても、世界を相手のビジネスではなく、顔の見える相手のために、力を注ぎたい。それは、小さいことだとは思わない。そのみんなの笑顔を集めて、世界にぽんっと飛び出せる人材を育てたい。見えなかった未来は、こういう時間を重ねることで見えてくるものなのかもしれない。日付が変わった頃に、明日の仕事も気にしながらみんなが帰り始める。そして最後に二人だけ残ったのは、私にかわらない正論を与えつづける友。みんなの前では絶対に吸わないたばこを取り出して吸い始める。彼女にとって、たばこが吸えるか吸えないかは、人間関係のバロメーター。たばこをくわえた彼女は、ようやく私のよく知る彼女になる。みんなの中にいるのか私の前にいるのか、どっちが本物の彼女なのか?どっちもなんだろう。たばこを吸っていることをみんなに隠し続けることを後ろめたく思っている彼女を、私はかわいいと思うけど。目標がないと不安定な彼女は、今はっきりとした目標を見付けてそれに向かって努力している。見付けても尚不安定なときがある彼女にとって、根拠のない確信をもって人生を突き進んでいるように見える私は羨ましい存在なんだと言う。だったらひとつだけ教えてあげよう。もっと、適当に力を抜くのがコツだよ。外が明るくなってきて、長良川と山間にのぼる朝日をバックに二人で写真をとって、始発の新幹線に乗るべく駅まで送ってもらう。「あのさ、帰ってきたら、 あんたが帰ってくるって言ったら、そりゃもう、 歓迎会は盛大やろな。 帰ってくるのに、理由なんていらんよ。 聞かんし。 帰ってきたかったら帰ってくればいいよ。 受け入れ体制は、ばっちりや。」ありがとう。私はねぇ、そうやっていろんな人が言ってくれる言葉に励まされて、帰る場所がある、待っていてくれる人がいるという安心に包まれているから強いのです。「私は知っとるもん。あんたはそんなに強くないって。」たまにはそうかもね。でも、みんなのおかげで強いんだよ本当に。別に強がってるわけじゃなくて、私は、自慢の仲間と故郷があるから、強いんです。それが私のゆらぎない芯になっているから。黄金な日々でした。
2004年05月05日
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屋根をうつ激しい雨の音で目が覚めた。魔茶味は熟睡。枕本にはマンガが散乱。起こさないように私だけ起きて、朝イチで友達の家に行く。彼女も今日陶器まつりに行きたいというのでお迎えに。彼女を連れて家に戻ってきてもまだマチャミは寝ていた。朝ご飯を三人で食べて、三人で陶器まつりに向かう。豪雨だろうが開催されるという友の言葉を信じて、ワイパーも役に立たないほどの雨の中を陶器まつりの会場に向かうが、本当にやっていたばかりか、結構な客の数。出かける直前に父から「傘は動きにくいで、カッパもっていけ。」と渡されたカッパは、私が中学に通うときに愛用していたアマガッパ。久しぶりにそでを通して、カッパ姿でまつり会場を徘徊。両手があいてるってすごいこと。さすが父。待ち合わせ時間だけ決めて、みんなそれぞれ好きに過ごす。陶器がものすごい量で並んでいて、市価の半値以下で販売されているので、毎年参加している私は今までいるものいらないもの含めて散々投資してきた気がする。けれど、今年の私は今までとは違い、作家さんの一点ものを求めて、作家ストリートを念入りに見てまわる。作家さんが自らブースにたって販売するのも、このまつりの魅力。東京から大阪から、いろんなところから来ている。作家さんはえてして接客に向いていない不器用な人が多いので、話しかけるまで口を開かないあたりも、初々しくていい。気にいった作品はためらわず購入。魔茶味も友達もあれやこれやと購入していて両手一杯の荷物を持っている。夜には東京で予定があるという魔茶味をシャトルバス乗り場まで見送る。「アングラ、おなか減ってない?」と、バス乗り場近くにみつけた屋台のたこやきをおごってくれようとした魔茶味、私に気を使うことなんてまったくないのに。雨がざーざー降る寒い日だったので、たこやきは人気でなかなか焼きあがらなくて、魔茶味は私にお金を握らせて、発車時間が迫ったバスに乗って、一足先に東京に帰っていった。私は、彼女のバスを見送りながら、彼女の残したお金でしっかりたこやきを買って、彼女の不器用でちょっと勘違いな愛をかみ締めながら、豪雨の中、傘もささずにたこやきを食べた。彼女を見送っている間に、私が目をつけていた器が売約済みになっていたことに対する悔しさは、たこやきで許すとしよう。友達と二人で家に戻る道中、私がいない間にまちで起こったいろんなことを話してくれる。私は、どんな些細なことでも、嬉しくて仕方がない。私の携帯のバッテリーがなくなって、充電器を持ってこなかったのでどうしようかと思っていたら、すぐにローカルネットワークを駆使して、「妹の携帯と同じ機種だから、うちで充電すればいい。」という返答をもらったりすると、あぁ人情って最高!と思ったりする。充電をさせてもらっている間には、美味しいお茶を出してもらったりおじさんやおばさんと話したり、うさぎに葉っぱをやって、犬とたわむれ過ごす時間は、私の糧になる。みんなの日常におじゃましているだけなんだけど、私はこういう時間が好きでたまらない。多分明日頃、うちのお母さんが「娘がお世話になったねぇ」といって、庭でとれたキャベツをもって挨拶にくるんだろう。今日もたっぷり、このまちを満喫しています。
2004年05月04日
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まず何はともあれしたかったこと。彼女が起きる前に準備をして、起きてきた魔茶味に朝ご飯を与える前に、庭の真ん中に椅子を置いて座らせる。そして、風呂敷を首に巻いて、ぞろぞろ伸びた髪を切ってあげる。「いいよ切ってくれなくて。美容院いくからー」という魔茶味の訴えは却下。私は、中学生くらいまで父が髪を切ってくれていたので、我が家には立派な散髪セットがある。だからいつの間にか、自分の髪を自分で切ることも普通にするようになって、弟の髪を切ってあげたこともあった。しかしあれははっきり言って失敗だったが。まるでつぶやきシローかほとちゃんかっていう仕上がりだったから、次の日弟は、朝イチで床屋に行っていた。そんなことは、魔茶味にはもちろんあえて言わず。母が、魔茶味からのお土産のぬいぐるみを持って、まな板の上の鯉状態のマチャミの周りを浮かれて徘徊。暇なら写真をとってと言って、青空美容室の写真を撮ってもらう。言われるがままに椅子に座っておとなしくしている魔茶味だが、内心どんなことになってしまうのか不安に違いない。空ではすずめがちゅんちゅん鳴いていて、時折すーっと吹く風が、心地いい。青空美容室を閉店して、向かった先は町で一番美味しいと思う蕎麦屋さん。彼女が福岡でも指折りの美味しい蕎麦屋の娘で、蕎麦にうるさいことは承知の上。それでもきっと、旨いと思うだろうという確信。注文を受けてからうって出してくれるから、待ち時間が長い。お店の人に言い残して、待っている間、うだつのあがる町並みを散策。町の中にもいっぱいの知った顔。「おー帰ってきたか!」「おかえり!」という言葉をいっぱいもらいながら、ゆっくり歩く。店番をしていた友達は、化粧をする暇もないほどひっきりなしにお客さんがきて忙しそうだ。お昼ご飯におにぎりとコロッケを商店街で買って差し入れる。「たすかるわー。」お安いご用。よーがんばっとるね。立派なもんです。「アングラちゃん。」「なに?」「魔茶ね、気に入ってるの。」「何が?」「この髪型。ありがとう。」かわいい奴だ。こんななんでもないときにふと告げたってことは、ずーっと思ってたんだろう。確かにかわいくなったよ。「確かにこれは美味しい。」東京の名店の蕎麦にも首を縦にふらなかった蕎麦屋の娘も納得の味。「これだったら東京に進出してもやっていけるよ。」すぐにビジネスに結びつけたがる魔茶味だが、この町の人は、多分、ここでやっていくことに誇りを持っていると思うよ。都会で沢山の店舗展開をするために、飲食店をやっているわけではない。その価値観の違いは、この町が好きだ、この場所が好きだ、というそれだけで、埋められてしまうことなのだ。都会のビジネスのあり方とは、違うのだ。昨日から、いいものを見つけるとすぐに「これは東京でも通用するよ。」といっていた魔茶味だけど、段々理解してきたようだ。この場所にあるから、いいんだよ。この場所にいるから、いいんだよ。この場所だから成り立つ、注文を受けてから蕎麦をうち、長いときは2時間待たないと食べられない蕎麦は、お客さんを待ち時間の間にぶらりと町を散策してみようという気持ちにさせて、町に人が流れて、町が元気になる。観光を一つの産業にしていこうとしている町にとっては、いい相乗効果。なぜかついてきたうちの母も交えて、三人でおいしく蕎麦を食べた後は、「お父さん以外には裸は見せないの♪」という母を家に送り届けてから魔茶味と二人で昼間っから温泉へ。風呂あがりに休憩所でマッサージ。マッサージ上手な彼女は、最近は専ら人にやってあげることが多い。マッサージが上手な人は、自分がマッサージを受ける気持ち良さを知っているから。だから、私にくらいしか言わないだろう、「もーんーで!」という彼女のわがままを、ここではハイハイ、ときいてあげる。ソフトクリームをふたつも食べる珍しい彼女もここではアリだろうと思いながら、次に、この町の人でさえ知らない私だけの桃源郷に案内する。教えたくない場所。私の秘密の場所。ここにくれば、どんな気持ちも流してしまえて、どんな心も清浄されて、体の痛みも、心の痛みも、すーっとひいていく、そんな桃源郷が、あるのだ。車で山の中に分け入っていく。車で行けるところまで行ったら、そこから歩いて、草を分け入って入っていくと、目の前に広がるのは、別世界。川底まで透き通った水が流れる川と、滝と、まっすぐに伸びた木々と、山野草があちこちに咲いていて、時折鳥のさえずりがきこえ、それでいて不思議なほどの静寂があり、地球に住んでいる実感。ちっぽけな自分と、大きな自然と、この場所に抱かれている安心感。二人とも、その場所の、別々の場所で、どこを見るともなく、たたずんでいた。ただ、たたずんでいた。「この場所を共有したいって思う人って、 そんなに多くないよね。」と二人で言いあいながら、お互い誰を思い浮かべていただろう。私にとっては、あなたもその一人です。あなたが私のふるさとを訪れてくれたときに連れていきたい場所は、はりきった観光コースではない。私の好きな人たちに会わせて、家族と談笑して、なんてことはない日常の会話に加わって、学校の帰りに買い食いしたやみつきコロッケを食べさせて、好きな景色を一緒に見て、秘密の場所を案内して、温泉でゆっくりして、全てフル方言の私で。それ以外のことは、別にわざわざここでなくともあんたに見せる機会は沢山ある。私という人間が出来あがった、そのルーツを伝えたい。私がふるさとにこだわる理由を、押し付けではなく伝えたい。それが、毎年GWにあんたが岐阜まできてくれる心意気への応えだと思っている。山から綺麗に咲いたフジの花をとって、花好きのおばさんちに届ける。逆にお礼をいっぱいもらって家に戻ると、母お手製の、ふるさとの味フルコースディナーが用意されていた。朝採ったばかりの庭でとれた筍、エンドウもキャベツも、みんな畑で採れたもの。漬物は家でつけたもの、米も田んぼで採れたもの。山菜のてんぷらは、母の解説付き。この山菜はどこで採れた、この山菜は手に入りにくい、など、美味しいものを食べさせてもらっているからには、黙って聞くしかない。魔茶味リクエストの桜海老は、我が家の野菜を贈るお礼におじさんちから毎年やってくる季節の贈り物。物々交換が成り立つ世界である。片付けもしなくていいと言われ、こんな上げ膳据え膳生活は極楽だなぁと思いながら、多分、普段自分でやっているからこそこういうありがたみが余計にわかるんだなぁと思うと、東京の日常も、意味があるなと思う。眠たくなったら床に入ればいい。健康的に、9時には一旦寝付いてしまったが、12時くらいに目が覚めて、そこから2人で映画を見始めて、結局寝たのは明け方だった。魔茶味はそこから更にマンガにはまっていた。多分東京じゃそんなことに時間を費やそうとは思わないんだろうけど、他にすることもないし、する必要もないし、あくせくしなければいけないことなんて何もないし、しなきゃいけないことも、ここまで持ってこれないし、で、マンガ。うちにはマンガといったらドカベンと釣りバカ日誌くらいしかないので、彼女が夢中になって読むマンガはもちろんうちのではなく友達が勤めている児童センター通称ジーセンから借りてきたもの。ジーセンには、まちの子どもはみんな小さい頃からお世話になっている。貸し出し期間は決められているのだろうけれど、友のよしみで無期限で借りているマンガも、これだけ読まれれば本望だろう。明日返しにいってこよう。なんてことを考えていたら、うつらうつらとしてきた。こんな夜の過ごし方もいいんじゃない。
2004年05月03日
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帰郷の準備をするということは、部屋を片付けるということ。汚い部屋に戻ってくることほど気分が落ちることはないから、きっと楽しく過ごすに違いないGWから帰ってきた自分がモチベーションを下げないように、せっせと部屋を片付ける。そうこうしてたら日が暮れて、魔茶味も一緒に岐阜に来るということで、二人で待ち合わせて、新幹線でいざ岐阜へ。「私さぁ、なんでGWに毎年あんたの故郷にいくのか、 考えるとよくわからないんだよね。 だから考えないことにした。」それはいい考えだ。意味なんてなくていいのだから考えても見つかるわけがない。ただ、あんたが時間とお金を使って岐阜にくるからには、私流の最高のもてなしをするまでだ。最寄の駅まで友が車でおでむかえ。そのまま、いつもの溜まり場のお店へ。営業は0時まで。時は既に0時30分。うっすらあかりがついた店内にずうずうしく侵入、「おー、おかえり!アングラが帰ってくると季節を感じるねぇ。」と言う小学校からの同級生の店長君に、「お腹減ってるんだけど何か作れる?」とおずおずとずうずうしく尋ねると、「おおもちろんええよ!なぁ?」と、厨房を担うこれまた小学校から同級生の料理人に同意を求める。「何が食べたいの?何でも作るよ。」と言ってくれる言葉にもりもり甘えて、「おすすめを。」とオーダー。出てきたものは、鯛メシ。激ウマ。魔茶味はオムライス。そんな手間のかかるもん頼んで、と思ったけれど、嫌な顔ひとつせず手早く作ってくれた。運転手君はコーヒーを飲みながら待っていてくれる。本当に、どのこもこのこも人がよくて最高です。前にきたときは、ここのインテリアにダメ出ししまくっていたが、更に拍車のかかった統一性のないインテリアに、今度はどんな毒舌吐くかと思っていたけれど…「このちょうちんは、うちのおかんが作ったやつや。」「あの和紙は、あいつんちの裏の和紙職人さんのやつで…」「この絵はあの人が書いたやつで…」と説明されることで、そのインテリアの統一感のなさのワケを理解したとみえる。そう、察しのいいあんたなら気付いたでしょう、ここは、湯布院のからあげ屋とおんなじなんだよ。だから今回はインテリアにダメ出しすることなく、むしろ初めて食べるここの料理の味に、「美味しい!東京でお店が出せるよ!」と言い出す。「そりゃ、ありがたい話やな。」といいつつ、店長君はちっともそんなこと考えていないだろう。だって20万もかけて釣り道具を一式揃えたような人が、ここを離れて生きていけるとは思えません。家に着いたのは2時近く。みんなすっかり寝静まっている家だけれど、魔茶味の訪問を歓迎するかのようにあちこちにあかりが灯されている。家にあがると、テーブルの上にはプリンが三個とのみものとおしぼりが用意してあった。我が母ながら、もてなしスピリットはさすがである。でもきっと明日の朝会ったらこう言うんだろうなー。「おしぼりはあったかいのを用意しといたのに、 あんたたちが帰ってくるのが遅いから冷めちゃったわよ!」(そして案の定、まさに↑こう言った。)母は素晴らしい気遣いともてなしの達人だと思うが、それを全て理解してあげないとすねる傾向にあるので、あちこちにちりばめたその気遣いともてなし心を私はひとつひとつ拾い、感謝を述べなければならない任務がある。けれど、魔茶味という人間は、そういう部分で本当によく出来ていて、他者の気持ちをうまく拾って相手に感謝を伝えることができるので、我が母にはもってこい。彼女が持参した、私には絶対くれるなよ、っていう母への手土産も、イチオクターブ高い声で大喜びする姿が容易に想像できるほど母好み。本当によくおわかりで。「だって、うちのお母さんと怖いくらい似てるから。」そうなんだよね。私達が理解しあえるのは、お互いの家庭環境のレベルからなんだよね。「普通」に見えて「特殊」な家族を、説明要らずで理解しあえるってすごいこと。ちなみに、今年こそは会えるかと期待していた我が愚弟、なんとカナダへ外遊中。この私の弟にして、初海外。驚くでしょー。けどもっと驚くのは、こんな彼だが、何年も塾講師として英語を教えていたということなのだ。英語の教免持ってる私より、確実に英語力あったみたいなんだけどね。初海外の感想はどんなだか聞くのは楽しみですが、やっぱり魔茶とはすれ違う運命なのかも、あんたが帰京する日の夜に帰国らしいよ。残念。「明日はオヤジと朝の4時からうなぎ採りに行く予定。」という運転手君、スペシャルサンクス。おじさんにまた「オンナの足なんてやっとるなよ!」と怒られたらごめんなさい。おばさんに、「結婚する気あるの?」と聞かれても、お茶をにごしといてください。
2004年05月02日
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オーストラリアでアボリジニに吹いてもらったディジュリドゥに出会ってから民族楽器というものに興味を持ち始めた気がする。ありくいに食べさせて穴をあけるというところとか、息をはき続けて音を出すとか、とにかく一筋縄ではゆかぬこの楽器の奏でる神秘な音に、まさか東京で再会できるとは思いもよらず。素朴な音が、逆に深みがあって心に染みる。昨日散々沢山の人と大騒ぎしたので、今日はゆっくり静かに過ごしたいと思って、「私話し疲れてるから、キミが喋り続けて。」という我侭なリクエストにも笑って応えてくれて感謝。けれども、話を導き上手で聞き上手だから、結局思い出すと、私は随分饒舌だったように思う。ガイアの感想も独特で面白く、私が、「感動したよねー。エレナのところ。」と言っても、「ただ象がかわいかっただけでしょ。」と言ってのけるところが新鮮。一緒に泣いてくれる人よりも、この人と見に来てよかったと思った。新しい側面から、ものごとを考えるきっかけをいくつかくれた。それは、話し続ける私にただ相槌をうつだけではなく、自分の見解を話してくれるから。私が行きたい場所にはもりもりついてきてもらったのに、手帳を買いたいというささやかな願いさえ聞いてあげない私と、また逢瀬してくれるかな?(いいともー!)
2004年05月01日
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いざ決行日。♪どこまでゆくの ぼくたち今夜 このままずっと ここにいるのか はちきれそうで 飛び出しそうで 生きているのが 素晴らしすぎるバスバースデーサプライズ。どんなことになるのか、誰もわかっていなかっただろうし、はっきりいって私さえ、想像がつかなかった。でも、間違いなく楽しいだろうという確信があった。いろんな不安要素はあったが、全く心配していなかった。これを人は、根拠のない自信というが、今回ばかりは根拠があった。集まる人が楽しむ心さえ持ってこれば、それは当初の思惑とは違うところにことが運んでも、それは間違いなく予想を越えた楽しい時間になるだろう、という。案の定、ハプニングは続出。時間ぴったりに全員集合の女性陣、時間に一人も集合しなかった男性陣、来る予定の人がこず、予定にない人が参加、主役の二人に関して言えば、一人は結局これず、もう一人はラスト30分の参加。それでも、大成功だった。このバカバカしいほどおおげさなサプライズ企画にみんな嬉しいほどワクワクしてくれて、サプライズを感じて、「楽しい時間だったなー」って気持ちをお土産にお持ち帰りできたこと、大成功だった、でしょう。着物で来てくれた、スカートできてくれた、主役の予定をサポートしてくれた、制服できてくれた、エロテックを提供してくれた、仕事を抜け出してきてくれた、意味もわからずきてくれた・・・参加してくれたみんなに、感謝。好き放題お誕生日を祝わせてくれて、感謝。そして、指名運転手の島田さん、あなたのトークは、計算があるのかないのか判断つきかねるけど、とにかく最高、感謝。おっと、そして忘れてならないのが、わざわざ赤飯送ってくれた母。理由も聞かずによくもまぁ。最高の親バカに、最大の感謝。 運転手さんそのバスに 僕ものっけてくれないか 行先ならどこでもいい こんなはずじゃなかっただろそう、こんなはずではなかったのだが、予期できる範囲のことを軽く超越した。 もう動けない 朝が来ても 僕はあなたの そばにいるから 雨が降っても 風が吹いても 僕はあなたを 守ってあげる 終わることなどあるのでしょうか 教えてほしい BH キスしてほしい「本当にありがとう。 へこんでいた僕でしたが立ち直りました。 これからもよろしくね。 最高の思い出をもらったよ。ほんとありがとね。 良いことがたくさん、たくさんふりそそぎますように。」ライフワークに、初めて手応えを感じた。10年、いや、もっとか、こだわり続けてよかった。この気持ちが終わることなどあるのでしょうか。教えてほしい。
2004年04月30日
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名古屋で、アホ友の結婚式。学生時代、同じサークルで4年間、散々阿呆をしまくった。今のような計算はなく、今よりも怖いくらいのイキオイで、共に阿呆なことをしまくった友。今は魔茶味との合言葉になっているAAPという言葉は、最初は彼女との共通言語だった。合言葉は、「アホになれ。」相手に怒るときは、決まって「アホがたらない。」「二人が一緒になると、手が付けられないよね。」といわれた。そんな私たちを、温かく見守ってくれていた仲間、というより、負けじと阿呆を目指す、ステキなサークル仲間であった。そんな彼女を嫁に貰おうだなんて奇特な人は、もうこの人をおいていないだろうという人、同じサークルの先輩。先輩達が4年生のとき、猿みたいにキャッキャしていた私たち1年生は、みんなまとめて本当に可愛がってもらって、いろんな遊びを教えてもらって、いろんなところに連れて行ってもらった。その遊びというのは、弁当とボールを持って芝生の広場に行ってスポーツする、だとか、遊園地に行ってひたすらジェットコースターに乗り続ける、だとか、三日間風呂に入らないほど、真剣に生粋のキャンプをする、だとか、私にとっては、最高に楽しい遊び方だった。クラブに行ったり、合コンしたり、そんなことよりもずっとずっと楽しいと思った。そもそも先輩は、私がサークルに入った当初から、「ステキステキ!」と言っていた人で、アホ友は、「あんたひょっとして、ぶさいくずき?」(あながち間違ってないけど…)と、失礼なことをのたまっていたのに、まったくびっくりである。けれど、二人がつきあうということを、誰よりも早く報告を受けたとき、だれよりも祝福したいと思った。「でしょー!」っていう気持ちだった。二人とも、「今日はアングラの好きにして。何やってくれてもええで!」言うので、私は、本気で阿呆になった。いつもの私が20%なら、フルパワーの私は、自分でも久しぶりだった。「アングラは本当にかわらんなー。」と言われたが、私にとっては、あの頃に戻った自分を久しぶりに感じた。みんなはなればなれになって久しいその間、私は確かにかわった。けれど、その間を知らないみんなにとっては、私は変わらないのだ。みんなの前だから、戻れたんだよね。今日の余興は、お嫁サンパ。しかも替え歌。更に、この私が考えたハッスルダンス付き。こういう阿呆なことに、何のためらいも感じないで、みんな一緒にやってくれる。阿呆だったのは新婦ばかりではない。サークル全体が、もれなく楽しかった。そんなみんなと過ごした最高にキラキラした日々を思い出しながら、全身全霊で踊って歌った。ほっとして美味しい料理をむさぼっていたら、司会の人がそそっと寄ってきて、「本日は、余興で宴を盛り上げていただきありがとうございます。」と耳打ちしてきた。そしてその後に、とてもサプライズな言葉を続けた。「途中、新婦様、新郎様がお色直しで退席されるのですが、 その際のエスコート役として、ご本人様からご希望を聞いたところ、 アングラ様にお願いしたいとのことでしたので、お願いできますでしょうか。」断る理由は何もない。「喜んでやらせていただきます。」けれどその後がサプライズだった。新婦のエスコートだとばっかり思っていた私は、「新婦様のエスコートは、新婦様たってのご希望により、お母様にお願いいたします。」というではないか。だったら私をエスコート役に希望したのは??!!「新郎様のエスコートは、新郎様たってのご希望により、 サークルの後輩でありますアングラ様にお願いいたします。」こんなふうに自分の気持ちが報われる日がくるなんて思ってもみなかった。浮かれる余り、飲んでもいないのに千鳥足になりながら、よろよろと高砂に先輩を迎えにいく。腕を組むと、私より10センチは身長が低い先輩をまるで拉致しているかのようだ。「アングラー、新郎ひきずってるぞ!」と、飲んですっかり良い気分の他の先輩たちに野次られながらも、まるでバージンロードを歩いているかのように有頂天で、どんな言葉もまったく意に介さないばかりか、その瞬間のことはよく覚えていない。友達がとってくれた写真の中の私は、とにかく笑顔、笑顔だった。そんな嬉しいサプライズの後は、私がサプライズの番。「トータス松本だったら、ちぎってもいいね。キャッキャッ」と新婦と語り合った純情満開ティーンな日々を思い出しつつ、こっそり新郎と打ち合わせしていた、ウルフルズの「いい女」を、私のブルースハープと新郎の歌で、新婦に贈った。長いこと待った、甲斐があった世界で一番 おまえが好きでほんとに出会えて よかったと思ってるよやっと見つけたよ オレのいい女オレを困らせる いい女 ウルフルズ いい女新婦は、歌詞など見なくても歌えるその歌を、一緒に口ずさんでいた。新郎は、途中で感極まって声を詰まらせた。人と人との付き合いって、共に過ごす時間をどう過ごすかということもさることながら、共に過ごす時間が終わって別々の人生を送り始めてから、しばらくぶりに会ったときに、心がどういう感覚になるかってことも大切だと思う。久しぶりに会っても、ひたすらわくわくとドキドキとやる気と元気と阿呆を与えてくれる仲間は、私の、元気のミナモトである。「あんたにはほんとにまいった。最高!」あんたの結婚式で阿呆全開せずに、一体いつするっていうのか。二人が結婚したおかげで、またみんなとも会って大はしゃぎできた。サークルの仲間は総勢30人あまりの大集合だった。二人の人柄が集めた仲間。2次会と3次会の合間をぬって、新婦に手紙を書く。書きなぐった字だけど、しかも広告の裏だけど、今伝えたいこの気持ちを、つらつらと書き連ねる。こんな素晴らしい一日に立ちあわせてくれたことに、二人の私への心遣いに、いっぱい感謝したい。ありったけの祝福を、したい。新郎の先輩は、とにかく人がいいので、わがままで阿呆なイキオイの新婦を知る人々が、何かと先輩をほめることが面白くないらしいが、真実なので仕方がない。けれどね、あんたは、私にとって、最高に自慢できる友達だから、二人は、よく似合ってるよ。最初はみんなして、「アングラ今日は泊まっていって明日の朝帰ればいいじゃん!」といってくれていたのに、2次会、3次会と進むにつれて、よいどれのみすけたちは、「あんたなんてアホー」とかいって、会話ができない。まるで昔のままだ。多分、新しい夫婦の家が新しい溜まり場になるんだろうな、そしたらまた、会えるんだろうな、と、寂しさを感じなかった。エンドレスな宴が朝まで続いて、明日私がいないことに気付いて、「いつからいないっけ?」とみんなで言ってることが想像ついて、そんな仲間が最高にいとおしいと思う。今日の天気のように晴れわたった、幸せ溢れる一日だった。一点の曇りがあるとすれば、欲しい欲しいと言って式でもらってきた花を、いとも簡単に新幹線の切符売り場に忘れてきたことくらい。
2004年04月29日
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どこから色がついたのか、2度もみたのに気がつかなかった。ただ、空の青と雲の白が鮮明に私の記憶に残っていた。モノクロ映画なんて、荒野のダッチワイフ以来だから慣れるまでに少し、時間がかかったけど。ホテルビーナス。救いようのないものは、例え映画でも悲しいから。最後に希望を感じるものがいい。映画をみて笑って泣いて、パフェを2回食べて満腹になって、トークを弾ませ満たされて、ボーリングしてハッスルして、「また来週末ね。」って別れて、完全なるデートを大満喫できたのは、ほかでもないあなたのおかげです。人生にハプニングはつきものだけど、私の人生は、どうやらその割合が多いらしいね。こんな日曜日になるとは、予想してなかったよ。今日の全てのハプニングは、ビーナスのしわざ。私の背中には、羽が見えますか?それともただの、肩甲骨?
2004年04月25日
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彼は、自分の想いを伝える言葉を知っている。彼は、自分の意見を伝えることに、ためらいがない。彼は、みんなに愛されたくて言葉を選んでいない。自分に恥じない自分でいるために、そのときそのときの自分を、発信している。そういう彼を、私は多分、羨ましいと思ってるんだ。それは、若いからって言葉で片付けられることでもなく、オトコだからということでもなく。なんにもしなくても、時は流れていく。何かをしても、流れていく。どんなときもおんなじように流れる時間を、私は、ちゃんと使えているんだろうか。私は、何がしたいのだろうか。私は、何を、残したいのだろうか。願いが叶うとしたら、何を願う?世界平和ではないことは確かだ。世界平和の前に、自分の家族の平穏を望む。今ここに、生きているだけで感謝なんですほんとうに。でも、欲をいうなら、人前で話すときに緊張しない人間にしてください。気持ちをうまく伝える言葉を知る人間に、してください。嗚呼ふたつも願ってしまった。しかも自分のこと。欲張り極まりないわ。でもこれが私。
2004年04月24日
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私は、面白いことのニオイを嗅ぎわける力があると思う。今日も、面白いことやっている人に出会った。次は仲間に入れてもらって、その次は、それを自分でやってみよう。それにしても、終電後が面白い。終電逃してどうしよう、じゃなくて、朝までどうやって遊び尽くすか。あっちにもこっちにも、過ごしたい人がいる。行きたいところがある。深夜なのに。深夜だから?0時から倶楽部を作るべし。早起きのススメを聞いたハナからこれですから。明日はきっと、朝寝坊。夜の講演会のために、鋭気を養いましょう。
2004年04月23日
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天気のいい昼間は、鎌倉へ洞窟探検に出かける。たづね入る 心深くば みほとけに あいなむ こゝは 観法の洞厳かでした。人の力でできたものだというところに感動を覚える。洞窟の入り口にあった、「観光気分の方はご遠慮いただきたい。」という言葉も、中に入ればよくわかる。この洞窟は、この世界と別の世界を結ぶ入り口のような気さえした。夜は友達の家でホームパーティー。通いなれたその家の使いなれたキッチンで、私じゃない人が料理をしている。「いつも作ってくれる側だから、今日はゆっくりしてよ。」もてなされるのは慣れないけれど、身を任せるのも楽でいいもんだ。スペイン語しか話せないペルー人のマリちゃんと、コミュニケーションに挑む。そのうち、なんとなくわかるようになってくる。二人で、通じてるのか通じてないのか、微妙なラインで会話を続け、スペイン語を教えてもらうに至った。マリちゃんを連れてきた友達が、「言葉が通じないから連れてくるの迷ったけどよかったよ。」と言っていたが、こんな面白いスペイン語教室受講できて私の方こそ感謝だよ。人って、心を許し合ったとき、言葉の力がいらないことがある。今日も沢山の新しい人と出会った。その人たちと、面白くて楽しい時間を過ごした。こんな風に過ごす時間に臆病じゃない自分であることがありがたい。
2004年04月18日
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深夜1時に、電話が鳴った。憧れの女性からだった。「朝まで高円寺で飲んでるからでておいで。」えーあのーちょっとそれは…。深夜2時に、メールが入った。お兄ちゃんからだった。「今、和カルボ」高円寺にあるお気に入りのカフェのお気に入りメニュー。なぞときみたいなキーワードに気付いたのは、しばらく後。そんな相次ぐ二つの呼び出し(後者は無言の圧力)により、私は、思いたって始めた冬服と夏服の衣替えにきりをつけ、明け方4時に家を出た。まだ空気はひんやりしていたが、寒さは感じない。「うわ、来た!」って、呼び出しといてそれはないだろう。初めましての美女二人と、お兄ちゃんと魔茶味。どういうメンバーなのかよくわからないが、初めましてのお二人も、もう3軒目のうえ、明け方近くなり、いいかげん出来あがっていて、多分しらふで昼間だったら、きっと素敵なレィディなのだろうが、ここで会ったが百年目、導入は、AAPで決まり。そして、縁とは素敵なもの、今月末のサプライズ企画に参加希望をいただいた。ラストオーダーも終わっていたカフェを後にして、憧れの女性がいる店へと急ぐ。電話では、「ラブリーにいるから。」といっていたので、ラブリーを探したが、見つけられず、(ラブリーではなく、がぶりと、のちに判明)更には携帯電話も繋がらなくて、夜が明け始めた早朝5時の高円寺界隈で、どうしたものかとうろうろしていた。「またお会いしたいです。」とメールを送って、肩を落としながら帰路についたら、すぐさまメールの返事がきた。「ホントに来てくれたの?愛を感じたよ。 今から始発で帰ります。」もう家に着きそうだったが、迷わずきびすを返して駅に猛ダッシュ。待っててください、というわけにもいかない憧れの人なので、間に合わないことにはどうしようもない。そして、ほんの5分くらいだけど、会って話しができた。この5分が、私にとっては、大切だった。今夜はとても、長かった。朝まで続く、夜だった。こんな夜も、たまにはいいもんだ。
2004年04月17日
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友達の妹が、夢を追いかけて海外に旅だった。しばらくは、帰ってこない。とても仲の良い姉妹だったので、落ち込んでるんじゃないかと思って電話してみた。電話を通してわかるほど落ち込んでいる様子がなかったから、元気づけるつもりで、「もっと落ち込んでるかと思ったよー。」とうっかり言ってしまったら、「あんたに何がわかるの?」と強い口調で返された。すぐに「ごめん、何にもわかってないね。」と言ったが、強がりな彼女の深い寂しさを、垣間見た気がした。彼女は、友達の間でも滅多に弱音を吐いたり愚痴を言ったりしないことで知られているが、それはただ彼女が強がりなだけかと思っていた。けれど、最近になって、それはどうしてかとふっと尋ねてみたくなった。私は妹に何でも話す。だから、わざわざ友達に話さなくても済む。と答えた彼女に、妹の存在の大きさを知った。電話を終えて、彼女からメールが届いた。「妹には見せなかったけど、見送ったあと、寂しくて、泣きました。」普通の友達なら珍しくもない言葉だけど、長い付き合いの中でほとんど見せてこなかった彼女の新たな一部分を見せてもらった。素直に泣けばいいのに、と思いながら、妹の新しい門出を笑顔で見送ろうとする精一杯な彼女の思いやりに口を出すと、また叱られそうなのでやめておいた。みんなどこかに、心のゴミバコがある。ゴミバコに捨てる言葉は、深い意味なんてなくていいのだ。ただ、聞いてもらえればいいこと。私は、自分の大切な人のゴミバコが、自分であったらいいなと思う。出会って15年目に、彼女との新しい付き合いが、始まった気がした。
2004年04月13日
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体は疲れきっているはずなのに、興奮して早くに目が覚めてしまった。母は、昨日私がまつりのごちそうを頂いた家や屋号入りのはっぴを借りた人のところに、花や赤飯をお礼に持っていったらしくて、すでにでかけたあとだった。父もすっかり起きていて、庭で芝生を刈っていた。私は、早起きだけど、遅かったみたい。コーヒーを入れて、パジャマのまま母のつっかけをはいて庭にでて、ぼーっと縁側に座っていたら、父が作業を中断して私の隣に腰かけた。ひざしも心地よい朝のひととき、池には、いたちに鯉を食べられてしまってから、父が少しずつ増やした金魚が元気よく泳いでいる。「指をつっこんでみな。寄ってくるから。」というので、池に指をつっこむと、金魚がむらむらと寄ってきて立ち泳ぎをして、私の指をぱくぱくかじろうとした。「かわいいねぇ。」というと、まるで自分をほめられたかのように嬉しそうに、「そうやろう。」と言いながら父も指をつっこむ。その途端、私に寄ってきた金魚たちは、あっという間に父の指にくらがえしてしまった。「金魚にも人がわかるんかなぁ。」「多分な。」という父の指先には、金魚が磁石についた蹉跌のごとく。金魚にしたわれている父がうらやましく、ひがなこうやって父にのんびりかまってもらっている金魚たちのこともまた、うらやましく感じた。朝ご飯を適当に作って食べようと思ったら、「お母さんがお前に食べさせたいものがあるらしいから 帰ってくるのを待ってなさい。」というので、負け試合でもドラゴンズの健闘を称えている中スポを熟読して待っていた。ほどなくして母が帰ってきて、用意してくれた朝ごはんは、黒豆が入った豆餅とよもぎ餅。我が家では今も木の臼と杵で餅をつく。薪炊きのかまどで、餅米をせいろで蒸して、昔ながらに餅をつく。けれどそれはとても手間のかかることだけに、年に1回、正月のための年末の行事だった。それが今年は、まつりにあわせて、私の好きな豆餅とよもぎ餅をついてくれたらしい。母は、「一週間前からお父さんと山によもぎを摘みに行ってね…」と、この餅が出来あがるまでのプロセスを私に細かく話していかにこの餅に手間と時間と愛情を込めているかを私に伝えようとするが、父は、「おいしいか?」とだけ言って、母のお喋りを制する。二人の、最高の愛情表現をかみ締めながら、「おいしいよ。」という言葉しか、言えなかった。それ以上何か言ったら、涙が出そうだった。その餅を持って、今度は自分で、昨日お世話になった人のところにプー太郎10日目の弟を足に使ってお礼に回る。町中のあちこちで、午後の奉納のために、それぞれの町内の山車蔵から、1年ぶりの日の光を浴びている山車が見られる。うつぼ猿のからくりや、えびすさま、浦島太郎、宝船…、それぞれの町内でお神楽のお囃子も違い、町内の境のあたりでは、耳に入ってくる雅な音色が、時折右と左と違う。ちょっとだけかしこかった弟は、まちにひとつの普通高校には行かず隣町の進学校にいったせいもあって、私ほどこのまちに愛着がない。まつりの日に仕事があっても、それを悔しいとも思わずにいたという。まつりの日に仕事があるなら辞めよう、と思った私とはえらい違いだ。「そういえばちゃんと山車見たの、初めてやなぁ。」都会での仕事も辞めて、多分これからはこの子も、このまちに根付いた生き方にスイッチしていくんじゃないかなぁ、と思った。年に1度このまつりでしか会わない中学校の時の恩師は、同じことを聞く。「おまえ今なにやっとるんや?」「毎年同じこと聞かんといてよ、東京で働いとるって言ったやん!」「まーだお江戸でねばっとるんか!はよ帰ってこい。 おめーみたいな田舎くさいやつは、ここがよく似合っとるぞ!」そんなこと、私だってわかっとるもん。東京生活が長くなっても、私のこのまちの色は褪せることがない。でもねぇ、私にとっては、今はもう東京という街も、いとおしい場所なんだよ。いとおしい人が沢山いる、好きな場所が沢山ある、そういうところになってきたんだよね。それぞれがそれぞれによくて、いったりきたりのこの調子のいい生き方が、今はとっても、気に入っているの。どっちか選ばなきゃいけないといわれたら、体をふたつに裂きそうなくらい、どっちも好きなんだよね。だからしばらくは、このスタンスでいこうと思うので、ご理解ご協力をよろしく。お礼に回った先々で、逆にいろんな土産を貰う。揚げたてのコロッケだったり、まんじゅうだったり、そうめんだったり。帰るころには、お礼にまわったはずが、みんなからの少しずつのお土産と沢山の愛情で、出たときよりも大荷物になっていた。午後には、少しはなれたところに住む知り合いのご夫婦が、まつりにあわせてはるばる我が家に遊びにきて下さったので、山車の神社奉納にご案内する。私の二の腕くらいはある望遠レンズを携えたアマチュアカメラマンたちが、この伝統的なまつりの決定的な瞬間を撮ろうとずらりと愛機を構えている。山車を引くの若い衆の中には、あちこちに知った顔。伝統あるまつりだけど、みんないい感じにいいかげんなので、行列の中に割って入って写真をとろうとしても、ノープロブレムウエルカム。アマチュアカメラマンたちの羨望を浴びながら、ふざけたポーズで最高の笑顔を見せるおまつり男達のショットを、私の愛機、手のひらサイズのデジカメで撮りまくる。長老たちも理解があって、笑顔でちゃちゃを入れてくる。「そんな青くさい男なんて撮ってもちっともよくねーぞ。オレを撮れ!」このまつり、一番まじめにやっているのは、慣れない化粧や衣装をきてお神楽をやっているちびっこたちに違いない。きっと、この時代に、こういうまつりを後世に伝えようとしている若い衆たちが沢山いるこのまちを、みんな誇りに思っているんだろうね。私も、誇りに思っています。このまちに生まれ育った自分を、このまちの誇り高き人たちを、阿呆な仲間を、新しくこのまちにうつってきた人たちを、このまちで過ごした時間を、この瞬間を、これからこのまちで過ごす時間を、このまちの変貌を、伝統を、言葉にできないほどの想いで大切にしています。ご夫婦を見送った直後、友達の妹にでくわし、「丁度良いところにおった!人が足らんで手伝って!」と頼まれて、友達の町内会の集会所につれていかれた。入ってすぐに、夕方から始まる「流しにわか」の女形の化粧をして、と化粧品ではなく、絵の具と筆を渡される。「にわか」とはおちがある寸劇なのだが、みこしは女が担ぐことが許されてきた昨今でも、このにわかはオトコだけしか参加できない。大袈裟な化粧と衣装とアクションで、社会を風刺して笑いをとる。化粧も、なるべく大袈裟にというのがにわかの醍醐味。私は、迷うことなくまゆげをつなげ、青いアイシャドウをこめかみまで入れ、はなのあたまを赤くぬり、泥棒ヒゲを書いて、頭にはおばさんパーマのかつらを被せた。私におもちゃのように遊ばれたその人は、「笑いがとれりゃいい。」と、絵の具の化粧もかわかぬうちに、三味線を奏でながらまちに繰り出していった。「ありがとう助かった!」と言う友達の妹に、こんな楽しいことして感謝されるってええなぁ、と思いながら、夕暮れのまちを写真に残そうと思って一人カメラを持ってぶらぶらしていた。こじゃれたカフェを見つけ、アルバイト募集のチラシに見入っていると、「週に三日でも、働きません?」とお店の人に声をかけられ、店先で立ち話。私がこのまちに住んでいた頃にはこのまちにいなかった人が、このまちのことを愛してここに移り住んでこんな素敵なお店をやっている。そこへ後ろからぽんっと肩をたたく人が。その人は、高校生のときの、私の憧れのヒトだった。連れだってカフェをあとにして、二人でまちをぶらぶら歩く。あの頃こんなふうにしたくてしかたがなかったなぁ、と、今更でも夢がかなっている現実に、どうしても浮かれる心が隠せない。まつりは、まつりのあとの宴までがまつりだというけれど、彼も私も今は東京で働いているので、今夜長居したら帰京できない。その宴までは到底いられない私たちは、その切なさもあって、今だけとてもわかりあえる二人になる。全部のにわかを見ることはできないから、目標を絞って、二人の共通の友達が出る舞台を探してまちをあちこちする。そこへ友達からの着信、「今からうちの前であっくんがやるよ!」と、ローカルネットワークが大役立ち。二人で駆け出して、友達の晴れ舞台を見にいく。友達は、はちきれそうなスカートにタイツをはいて、金髪のかつらに、見るに耐えない化粧をして、恥じることなく、堂々と芝居をしていた。その姿が眩しくて眩しくて仕方がなかった。演目が終わって、興奮しながら写真に一緒に写ったが、後で見返すとなんと汚いえづらだこと、ホントに見るに耐えません。これで涙が出そうになったという自分が、冷静になるとよくわからない。友達が名古屋まで送ってくれるというので、私と彼は急いでそれぞれの家に戻って荷物をまとめ、家族やまちに別れを告げて、まつりの終わりを待たずに、ふるさとをあとにした。母は、新幹線の中で食べるように、と、おにぎりやお惣菜、お茶を二人分もたせてくれた。見送ってくれる友達にも、今晩の夕食に、と、お弁当を作って渡してくれた。「ほんっと、泣けるねェ。」と、おにぎりをほおばりながら、都会で好きに生きている娘や息子を持つ親に、深く感謝のひととき。新幹線の中で話したことは、家族のこと、ふるさとのこと、仲間のこと。仕事や東京での遊びのことは、なにひとつ、話題にでなかった。新宿駅で、彼と握手をして別れる。ここで本当に、まつりでうかれた自分にも別れを告げる。二人とも、一晩寝たら方言が抜けていくんだろう。あしたからまた、忙しい日々が始まる。こんな素敵な時間を過ごした私は、どんな日々も、なんなく楽しく乗り越える自信がある。
2004年04月11日
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「おまつりのために実家に帰るの?」と、驚かれることが多いが、私にとっては、おまつりに帰らなくていつ帰るのかってほど、ふるさとのおまつりは大事なことである。嫁に行ったあのこも、就職してふるさとを離れたあいつも、全国からこのまつりのために、帰ってくる。昨日の夜仕事を終えて、そのまま新幹線に、まさに飛び乗って、体は疲れ果てているのに心が興奮して、結局一睡もできず、家に着いて床についたのは、深夜2時過ぎだった。それでも、朝6時半にははっきり目が覚めて、仏壇に手をあわせる。楽しいことだけど、今日はおみこしだから、指を失った友達もいるくらい、激しいことだから、今日の無事を祈る。奉納する神社の神様が女だからという理由で、女性がおみこしを担ぐことを禁じられていただけではない。きっと、危険だからというのもあるんだろう。だからこそ、女で担ぎ手として参加させてもらえる以上、こればっかりは適当に携わるわけにはいかない。この真剣さが、私の心をときめかせる。真剣なのは私だけじゃない。真剣にこのおまつりを楽しもうという人が集まっている、この空気がたまらない。「おー今年もきたか!」と、年に1度しか会わない顔なじみも沢山で、今更もう名前を聞けない人も沢山。新しい顔も沢山。友人の家の屋号入りのはっぴを着て、帯を締めて、豆絞りを首に巻いて、いよいよみこしが始まる。私たちの同級生は、本当にまつり参加率が高く、私はそのみんなを一同に介して記念に写真をとりたくて休憩に奔走する。みんな、「写真なんていらん。」とか硬派なこと言いながら、毎年まつりの後に、私がプリントしてあげたものが、暫く車にはってあったとか、まだ部屋の壁にはってあるとか、ちらほら伝え聞くから、ここは強引にいかせていただく。今年もいい写真が撮れた。自賛だけど、いい仲間だ。この仲間達が、同じように肩にみこしの重みを感じながら、この瞬間を過ごしていると思うと、担いでいるみこしが重いことはちっとも辛いことではなくなる。誘った友達も沢山見に来てくれて、あちこちの街角で待っていてくれる。みんなが口をそろえてかけてくれる言葉は「あんた輝いてるよ。」みこしは、町内で一基ずつ出て町中を練るが、若い衆は、勢いはいいものの最後までスタミナが続かない。片やおじさんやおじいちゃんは、神様の乗ったみこしを傾かせてはいけないという意地と誇りでもって、最後まで担ぎぬく。その姿を見て、若い衆は、年長者の真のすごさを知る。ひとつのみこしを、いろんな世代で担ぐことは、そんなこともごく自然に伝えられていく。言葉で「年長者を敬いなさい」というよりも、最も説得力のある機会だ。雲一つない晴天は、容赦なく体力を奪っていくが、樽でお酒が回ってきて、ときにはひしゃくで水をかけられ、町中のあちこちの軒先に、好意で氷水が用意されていて、ちっとも疲れを感じない。この通りを練ったら、今年のみこしも終わる、というところにさしかかると、もう寂しくて寂しくて仕方がない。1年間またこの日を待つことが、長く感じて仕方がない。永遠にこの肩からみこしの重みとアザが消えなければいいのに、と思うけれど、肩のアザが消える頃には、筋肉痛がやってきて、年齢の現実をちらりと感じる。無事に町内の蔵にみこしを運んだあと全員で三本締めをするが、私は、いろんな機会にする三本締めの中で、こんなに揃う三本締めってないんじゃないかと思っているほど、みんなぴったり、見事に揃う。ひとつのみこしを一緒につりきった仲間の絆を実感する瞬間。町の中の友達の家では、みこしを担ぎ終わった私たちのために、あったかいお風呂と、おまつりのごちそうが並べられて用意されているのも、毎年のこと。本当にありがたい。いろんな人に支えられて気遣われて、私はこのおまつりを満喫させてもらっている。最後の力でお風呂に入って、そのまま、用意されたごちそうも食べずに寝入ってしまう。外が暗くなって、お神楽の音が聞こえてくると、おまつりが夜の部にはいったことを知る。社会を風刺した寸劇の「にわか」は、もうおじいちゃんやおばあちゃんしか使わないようなベタな方言で演じられて、演じ手も知った顔だから、本当に面白くて仕方がない。箸が転げても面白いくらい、笑いがこみあげる。そのオチも見事で、脚本も衣装も全部手作りのこの芝居は、その場で味わうことが、何よりの楽しみ方。にわかを最後までみていたら、夜の10時を過ぎていた。家に帰ると、もう家族は全員寝ていたが、母の書き置きが居間のテーブルの上に残されていた。「ふるさとのおまつり、堪能できましたか。 お父さんとお母さんで、モンブランを美味しくいただきました。 けれど、お父さんは、体脂肪が500グラム増えたと嘆いていたよ。」ウエディングドレスよりもはっぴを着ていたい娘に、きっといろんな思いを抱いているのだろうけど、それほどおまつりに思い入れのない私の両親だけど、私がどんなにこのおまつりを楽しみにしているかってことを、この日ばかりは何も言わず、本当に深い理解で見守ってくれていることに、心から感謝したい。「おまえはおじいちゃんにそっくりだ。」このまちが大好きで、このまちを出ることなく一生を終えたおじいちゃんに連れられて小さい頃から見に行っていたおまつりに、今こうして参加している私は、紛れもなく、隔世遺伝でこの家の子だよ。
2004年04月10日
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気がかりが晴れた。晴れて気付いた。この気がかりが、どれほど私の心を占めていたかってことに。知らせは、父から受け取る初めてのメールで届いた。件名は、「おとお」。多分、「お父さん」と打とうとして、途中でうっかり送信したに違いない。何年も前からずっと、「お父さんのアドレス教えてよ。」と言い続けていたのに、「娘とメールのやりとりをする必要性を感じない。」とアドレスを教えてくれなかった父。そんな父に、私が一方的にメールアドレスを教えたのなんてもう何年も前のことなのに、多分こういうときのために、こういう抑え切れない家族の喜びがあるときに伝える手段として、きっと、研究室のデスクに、私のアドレスを書いたメモが貼ってあったんだろうって想像がつく。余程嬉しかったのだろう。「お母さんがんばったよ。たまには電話して誉めてあげて。」週末は帰るよ。何が何でも。お父さんの好きなモンブラン、私が東京一美味しいと思うやつ、買って帰ります。
2004年04月06日
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彼女と出会ってまだ三ヶ月。彼女は、第一印象からとってもキュートだった。しかし、おおげさなリアクションのその内に、私は見たり彼女の本性。「ねぇ、あなたホントはブラックでしょ。」「キャー!ばれた?」ばしばし私を叩きながら、彼女は私に「すごいねー」と言った。すごかない。あなたのその笑顔のみ信じる人が沢山いるってことがすごいっちゅーの。それからというもの、私にとって彼女は、相当面白い存在となり、彼女にとって私も、面白い存在であり、二人は、素敵な友となった。大人になってからの友達は、友情が深まらないというけれど、それは、いろんな知恵や利害関係がうまれるからではないか。彼女と私の間には、何にもない。よく考えてみると、本名もおぼろげで、多分年齢も、誕生日もはっきり知らない。あ、誕生日は今日か?昨日かも。そんなことは、ま、いいのだ。今彼女と同じ時代に同じ場所で生きていることが面白いのだから。彼女はきっと、泣き虫なんじゃないかと思う。彼女はきっと、ときどきものすごく落ち込んだりするんだろう。けれど、一緒にいるときは、とにかく腹がよじれるまで笑っているところしか思い出せない。いつも、笑っている。多分、いいのだ。無理に何かをしなくても。無理に何かをうちあけなくても。どうあるべきかは、ない。どうしたいかで、いい。私たちは、一緒にいるとき、笑っているのが自然なのだ。だって、楽しいことだらけだから。なにはなくとも、楽しいのだから。それにしても、彼女の大好きな「ぶっちゃけトーク」気付いているのだろうか、一番ぶっちゃけているのは自分だということに…。もしや、ぶっちゃけたがりなのか?そんな素直さがまた、かわいくもあり、素直に発せられるその言葉の数々には、本当に驚かされっぱなしである。これからも彼女には、きっと驚かされ続けるんだろう。彼女の魅力は、そんなところにあるのだけど、そんな彼女の魅力に気付ける千里眼を持った人は、そんなに多くないのがこの世の常ね。そしてあなた自身も、そろそろ自分の好きな人と、自分に合った人の見極めをいたしましょう。お誕生日おめでとう。ハレルゥヤ~♪
2004年03月18日
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朝から職場に刑事さんがやってきた。捕まえた泥棒が自供した余罪の中に、うちのビルの名前があったというのだ。長年本を専門に盗みを続けてきたその泥棒は、以前出版関係の仕事をしていた経験からどれが価値ある本かを見極める力が自分にはあると言っており、大学の研究室、図書館などにもしばしば侵入、正々堂々とスーツを着ての作業で、まさか泥棒には見えないということだった。うちの事務所からは4冊の本を盗み、10000円で古書店に買い取ってもらったと自供したらしい。10ヶ月も前のことなのに、自供した事務所の配置なども鮮明で、刑事さん曰く「自分の仕事(泥棒業)に誇りを持っている」らしい。だから、今回の自供も、余罪の110件は確かに自分がやったのだから、裏づけをとってほしいと言われたのだそうだ。そして刑事さんは続けた。「被害届を出してもらいたいんです。」こちらとしてはまったく寝耳に水の話で、泥棒に入られた意識もなければ、一体何の本を盗まれたか見当もつかない。1キロいくらの古本の世界で、4冊10000円だなんて、そんな価値有る本があったのかとびっくりした程。午後には出張から帰ってくる上司になんと報告すればいいのか、と、慌てて近所の古書店を巡って訪ね歩くが、盗まれた本の手がかりはつかめない。そうこうしているうちに上司が帰ってきてしまい、事情を説明するとこんな答えが返ってきた。「泥棒に入られたことも気付かず、 何が無くなったかもわからないというのは、 こっちが恥ずべきことです。 被害届は出す気は全くありません。 こっちに被害を受けたという認識がないのに出す必要はないでしょう。 それよりもその泥棒、たいしたもんです。 刑務所から出てきたら1度事務所に遊びにくるよう伝えてください。 ここに欲しい本があるなら、いくらでもあげよう。」71歳の泥棒は、4年間の刑務所暮らしが待っているということだ。出てきたときには75歳。ちょっと大変な4年かな。でも、あなたのことを待っている人がいます。あなたの知らない人だけど。
2004年03月17日
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上司にお昼に誘われた。初めてのこと。「今日はね、君のお祝いだ。」というので、「栄転ということでしょうか。」と尋ねると、「左遷に決まってるだろ。」とありがたいお言葉で間髪いれずスパンと返された。「わかっているつもりでもなんとなく関わってきただけでは、 実際はわかっていないものなんですよ。 一から勉強して、まずは全体に精通すること。 何をやるにも、仕組みを理解していないと空回りになる。 暫く時間を与えるから、何でもいいから吸収するつもりで、 どんな小さなことでも勉強だと思って取り組みなさい。」いきつけのおすし屋さんで、「今日はね、特上を用意してくださいよ。」と言った上司の、左遷する部下に対する想いに、私は報いたいと思った。しかし、こんな緊張した状況でも、お寿司を「旨~い♪」と感じた私は多分、左遷先が地獄の3丁目でも、生きていけるだろうな。
2004年03月16日
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春の訪れは、多くの人に歓迎されている。私も春は好き、だと思っていた。けれど、ここ数年、春になるとは体調を崩している。それも、入院だとか手術だとか長期療養だとかそんなことが必要なほど大袈裟に崩れる私の体調。この明るい予感がする季節にふさわしくないことが自分の身に毎年起こって、みんなが待っている春が、あんまり私にとっては待ち遠しくない季節になっていることに、なんだかひねくれものになった気分で、憂鬱になった。春とうまく付き合えないことに、悶々としていた。ふと、気付いた。私、春が嫌いなんじゃなくて、冬が好きなんだ。去りゆく冬に別れを告げ難く、体がダダをこねるんだろう。自分が生まれた季節を、人は無意識のうちに好むというけれど、雪の降る日に生まれた私は、だから雪に浮かれるんだろう。今年の春は、いっぱい良い思い出ができますように。カメラを持って、春を見つけに、外に出よう。
2004年03月14日
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妹の友達が、我が家にやってきた。私は布団の中でまどろみながら、夢うつつ、耳に飛び込んでくる若い二人の会話を聞くともなしに聞いていた。「かわいー!かわいー!これかわいー!これもかわいー!」多分、玄関入ってから20回くらい「かわいい」を連発した後、キッチンで10回、トイレと洗面所各5回くらいの割合で「かわいい」の乱れ打ち。「うちのインテリアは全部ネェネのセンスなの。」と自慢気に言う妹の声も聞こえる。彼女たちは、ものすごくきゃぴきゃぴしていて、ものすごく、生きてるっていう感じがした。けれど同時にそのイキオイは、炎のように、息を吹きかけたら消えてしまいそうなほど、儚くも思えた。同じ悩みを抱えた二人は、明け方まで、話はつきないようだった。ハタチって、何を考えていただろう。もう思い出せない。そういうとき、あの頃まめにつけていた日記には、鮮明に心の動きが残されている。私は、今の自分の感覚で、彼女たちにわかったようにアドバイスをしていることが、急に恥ずかしく思えた。私は、まったく忘れていた。私はもう、ハタチではない。ハタチには戻れない。私にできること、それは、わかったようなアドバイスではない。過剰な心配でもない。自分が通ってきた道だからこそわかる痛みや苦しみを避けて通る賢さは、伝えなくてもいい。自分で体験して学習していくことが大事。私は一生世話してあげられないんだから、そんな中途半端なことするほうが無責任だ。人生は、楽しいんだ、生きているって楽しいんだって、それを、私から感じてもらえるような私自身の日常を、私だっていまだに迷うんだ、いまだに悩むんだ、泣いたり怒ったり、普通にするんだよって真実も、弱さも強さもあってこそ人間なんだよって、ありのまま見せること。「楽しい時間が過ぎて、もぬけの殻になってしまうような時間は、 本当に楽しいとは言えないんじゃないかな。 本当に楽しいっていうのは多分、そのあとに、その時間を糧として がんばれる時間のことなんじゃないかな。」楽しい時間の後には、しばしばもぬけの私が言うのもなんだけど、時間は容赦なく流れる。その時間と、うまく付き合っていくことが、大事なんだなー。
2004年03月13日
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女が粋と書いて、ナイキ。Just do itの精神と、粋な女が集う会、それが女粋の会。最近ではその名も徐々に知られ、折に触れ「さすがナイキだね。」と言われるまでになってきた、かどうかはわからぬが、美味しいものを女ばかりで食べる集いは、定期化してきた。コアメンバーはいるものの、毎回の参加者は流動的。会を何度か重ねるうち、粋な女の友達は、粋だということと、粋な女は、人生を楽しむ術を知っているということがわかってきた。今宵の舞台は、シンプルごはんのキヨズ・キッチン。「ロマンスの相手もいないのに危うくロマンスカーに乗るところだったわ」という友のメールに、日比谷線に飛び乗った私こそ、どこに行くつもりだったのだろう。北千住にあるのはデリ、レストランがあるのは代々木上原ね、こんな具合で、今宵の宴をハナから撹乱しつつ、この後も私は、呼吸が出来ないほどみんなを苦しませることとなる。ぞうきんの立場からしたら、味噌汁の次に世話をしたくないのが牛乳、だとしたら、豆乳も確実に上位にランクイン。そんな豆乳を3回も倒して、私の正面に座っていた初対面のナオちゃんに浴びせた。ナオちゃんがかぶっていた白いニットの帽子さえ豆乳色に見えてきて、申し訳なくて、直視できなくなった。けれど3回とも、ナオちゃんは笑ってすませてくれた。「私っておいしいじゃん!」女粋の真髄ってものをみた気がした。しかも、そんな豆乳にまみれたナオちゃんを見て、声も出せないほどお腹を抱えて笑っている他の皆に、「ビバ☆ナイキ」と心の中で万歳三唱、あげた両手を合わせて拝んだ。お店の人も、温かかった。私はこうして、許されっぱなしで生きている。私の存在する意味って多分、完全でない自分を支えてくれている人たちに、すがすがしい笑いを提供することなんだろう。「こんなに笑うことってないよね。」という皆の言葉に、今宵私が北千住経由で代々木上原の集いに参加した意義を十二分に感じた。だけど、できることなら、誰にも被害を与えないですがすがしい笑いを共有したいものだと思った。次回はみんなでお弁当をもちよっての洞窟探検。川口探検隊もびっくりなほど、ドラマティックにアドベンチャーを楽しんでみせようぞ。今宵の女粋の会参加者ミホ・ナオ・ユミ(&もうすぐ誕生のベイビィ)・インディア・ヨチコ・ミチコ・豆乳ブチマケ女
2004年03月12日
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「神様はちゃーんと見てるんだからね。」先輩は、この言葉、どういうつもりで私に言ったのか?メモに値することだらけの研修に筆記具も持たずに参加して、「あとであんたのメモ、コピーさせてね。」業務は完璧にこなすのに、そういういいかげんなところ、一番尊敬いたします。いろんなタイミングが重なって、私は新しい業務を任されることになった。「えー」って思うようなことだったけれど、そのことを上司から呼ばれて言われたときに、考える時間をもらったあとで、「喜んでできるか?」と聞かれ、「喜んでやらせて下さい。」と言いきったときには、もう気持ちに嘘はなかった。いつもこうやって、新しいことは突然私の前にやってきた。組織で働くっていうのはこういうこと。「えー」と思えば「えー」ということ。けれど、後ろ向きな気持ちで取り組み始めたことも、結果として私を成長させてくれる要素となった。ならば始めから前向いてやればもっといいのかも、と発想の転換。折しも今日は母体企業の社員教育の日。全国の営業所から全営業が集められての大規模な研修の機会に、私も出席するよう言われ、初めて参加した。多分この話しを聞くか聞かないかでは、今後2ヶ月の仕事への取り組みと、モチベーションが全く違ってきただろう。いよいよ、勝ち戦を仕掛ける。勝てない理由は何もない。勝ち方をただ、覚えればいい。
2004年03月11日
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たまには早く帰って家族サービスしよう、なんてにわかマイホームパパみたいなことを思いながら、帰りの電車の中で今日借りた「蹴りたい背中」を読み始めたら、心の描写が沢山の例え話でされていて、例え話好きの私は、思わず最後まで読むために、立川まで行って引き返して、丁度高円寺につく頃、読み終えた。三鷹あたりで引き返したら多分、また東京に向かっていたかも。そんなこんなで結局、いつもよりは早いけど、けして早いとはいえない時間に家に着いたら、妹は、目一杯浮かない声で「おかえり」と迎えてくれた。「あんまり元気じゃないの。」と素直に吐いた妹を、少し強引に「散歩しよう」と外に誘い出す。「そんな気分じゃないんだよね。」という言葉は、聞こえていても聞こえないふり。今日はこっち行ってみよう、と、JRの駅とは反対方向に歩き始める。散歩開始から1分もたたないうちに、足が止まる。ここに越してきてから一度も開いているのを見たことがない近所の古道具屋に初めて明かりが灯っている。前を通り過ぎるときに、ガラスごしにいつも見ていた雑然と押し込められた様々な古道具は、ほとんどがガラクタでも、もしかしたらお宝があるかもというワクワク、ずっと興味があった。半開きの入り口で奥の気配に向かって声をかける。「すいませーん、入ってもいいですかー?」奥から、期待を裏切らない店主がもそもそっと出てきた。ぼさぼさの髪は私より長くて、輪ゴムで後ろでひとくくり。「入れないよ、狭いしごちゃごちゃしてるし。」「じゃ、あれ見たいんですけど。」とりあえず指差したのは、ヌメ皮でいい風合いになったドクター鞄。「あれ?気に入ってるんだよねー。欲しいの? じゃぁ値段つけなきゃだめだよね?」そんな質問は初めてされた。つけてもらえたらありがたいんですけど。「別に商売するつもりないんだよ。市場とかフリーマーケットとかが 好きでね、いろいろ買ってたらこんなに集まってさぁ。」店主はきさくで気負いがない。こんなにモノに溢れたこの店も、彼だけは何がどこにあるのかわかってるんだろう。「そんなのわかるわけないでしょ。」え。物には値段はついていないし、どこに何があるかもわからない?値段がついていないのは、時価の寿司屋のそれとは理由が違う。無作為な陳列は、ドンキ・ホーテの戦略的なそれとは全く異なる。銀座の高級寿司屋も安売りの王道ドンキも、太刀打ちできぬなぁ。店内に入るのは諦めて、店頭のものだけ見ることにした。店頭にも溢れかえるモノ・モノ・モノ。どこか違う場所で売られていたと思われる着物が、前のところでつけられていた値札そのままに、大量に柳行李に入れられて放置されている。着物は目下の関心事のひとつ、いい色合いのものを一枚くらい欲しいな、と思いながら物色する私に、「値札に関係なく1枚500円でいいよー。」と店主の声。え?あのー今なんと仰いましたかねぇ?これ紬ですけど。これ新品ですけど。これはちなみに長襦袢ですけど。「着物も羽織も全部なんもかんも。1枚ゴヒャクエン。それはそうと この鞄なんだけど、気に入ってるからさぁ、値段なんだけどね…」ドクター鞄の値段をいくらにするかだけで頭がいっぱいの店主と、1枚500円の値段をつけられた着物で頭がいっぱいの私。二人の思惑は全く別の所にあるまま、結果どうなったかというと、「全部まとめて一万円でもいい?」この人は、ひょっとしてお金の単位ってものを間違ってるんじゃぁ…。「その代わりさ、着物、全部持ってってくれる?」全部の定義は間違っていない。何の文句があるだろう。そんなわけで、私は柳行李にありったけの着物と、ドクター鞄と、ぞうりいくつかをおまけにつけてもらい、最後に、「いらないものとかあったら、これに入れてゴミの日に出せばいいよ。」と、丁寧に東京都指定のゴミ袋まで頂いた。こんな街がたまらなくいとおしい。妹と二人で柳行李を家に運びこんでから、やっと本格的な散歩を開始。ずっと気になっていた、近所の蔦の絡まった古い古い木造アパート。人の気配はないけれど、暗い電球がしょぼしょぼついていて、「入ってみようよ」と、怖がる妹の手をひいて侵入。「私霊感強いからこういうところ苦手」と言いながら手を強く握られると、さすがの私もちょっと怖い。全部で8部屋くらいあって、共同トイレが1階と2階にひとつずつ。「聞いて聞いて!私すっごい良いこと考えちゃった。」「ネェネがそう言うトキって、ホントにイイコトなんだよねー。何?」「ここを借りあげて、高円寺に憧れるみんなを呼ぼうよ! このぶんだと暫くしたら取り壊しだろうし、それまでって契約でさ。 好きなようにリフォームしてさ。あの子とあの子と…」と妹の親しい友達の名前を出していくと、妹も段々乗り気になってくるのが、つないだ手を通して伝わってくる。「でもここはお風呂がないよ。」「うちのお風呂を提供しよう。で、食事とか、おやつとかも付けて、 1ヶ月いくらかで我が家の合い鍵を貸し出すの。賄い業。」「えー、そんなの可能?!」可能かどうかなんてわからない。リアルには考えていない。けれど、楽しい未来を漠然と想像することで、足取りも軽やかにウキウキ。遅い時間の散歩は、シャッターのおりた商店街の中、駅から家路を急ぐ人達に逆流している。店じまいの準備を始めた手焼きのせんべいやさんや、かろうじて開いていたパンやさんに寄りつつ、この時間だと、「おやすみなさい。」でお店を後にするのがまた、あったかくていい。さっき買ったせんべいをかじったり、花を摘んだり、話したり、話したり、話したり…家に戻ってくる頃にはすっかり日にちがかわっていた。玄関を開けたらそこはかとなくおばあちゃんの家のニオイがして、手探りで電気をつけたら、柳行李の現実が目に入った。「どうするのこれ?まずは夏物なんとかしたほうがいいよ。」嫌味のひとつも言えるくらいに元気になった妹は、危ない予感のした今夜を、多分ぐっすり眠って過ごせるだろう。ときには散歩の速さで、街と付き合う。人と付き合う。自分と向き合う。この速さがいいときもある。
2004年03月10日
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「私ね、今の会社辞めて、自分で会社始めようと思うの。」「いいと思うよ。できると思う!」そんなことを、高円寺のタイ料理屋で話したっけねぇ。あれから本当にあなたは自分で会社を始めて、私は、そんなあなたが本当に素敵だと思っていた。思っていただけだったのが、今日は、そのあなたを間近で見る機会に触れ、いろんな刺激を受け、考えた。考えたいろんなことは、おいおい彼女に直接伝えるとして、私の中の大きな変化としては、新しいことを始めるのに時間がない時間がないって思って、身動きがとれない、なんて思っていたけれど、それは違うことに気付いた。一日が24時間から30時間になったところで私はやっぱり変わらない。だって今の自分の持ち時間、活かしきってないから。このだらだらとした生き様も、嫌いではないけれど、始めるのに時間がないなんてのは言い訳だ。本当にやりたいことは、きっとできる。やりたいことが生まれたんだから、幸せなことだ。始めることに決めた。彼女のところで、始めたい。彼女のアイディアが詰まった、彼女の夢の架け橋に、私も同じ夢を見たから。ところで、ひとつ懺悔。あなたに贈ろうと思っていたブツは、魔茶味に貸して戻ってきたときには、札付きの悪物になっていて、警察に持っていかれた。(今でもよくわからないこの真相)すごく驚いたんだけど、「ま、こんなこともアリだろう」と思った自分に一番驚いた。wwwに向かってごめんなさい。
2004年03月09日
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渡邉さんが渡辺じゃぁだめなように、ヰタ・マキニカリスもまた、イタ・マキニカリスではだめなのだ。この人たちが、日本のここ東京を舞台としている今、私は自分がここにいられることに本当に感謝しているくらい、それくらい、大好きな劇団、通称ヰタマキ。腹の底から笑わせてくれて、ちょっとほろっとさせてくれて、終わった後に、明日もがんばろうという気にさせてくれるそんな舞台を、毎度期待以上に魅せてくれるところ。何年か前に、歌をうたうことをなりわいとしている友が、舞台女優と結婚した。その結婚パーティーで知り合った新婦の友人から一枚のチラシを貰い、気軽な気持ちで劇団の芝居というものを初めて観にいった。映画とかテレビとか、手軽な「見る」世界しか知らなかったので、自ら情報を求めて、自ら足を運ばないとその世界に触れられない、汗や唾が飛んでくるくらいの距離で芝居を見る醍醐味、小劇場の舞台は、私にとって大発見の新世界だった。世の中にはこんな表現方法があって、こんな発想があって、こんなにも沢山の人がこの世界を知っていて目指していて、この世界を楽しんでいたのかと思うと、遅れ馳せながらもっともっと知りたくなって、イキオイで仕事を持ったまま劇団に参加することになる。どっぷりと携わったのはひとつの舞台だけだったけど、そのあとも、一緒に舞台を作り上げた沢山の仲間から、ちょこっとした手伝いや、新しい公演の誘いを受け、更にさまざまなそれぞれの世界へ引き込んでもらった。あれから沢山の劇団のさまざまな舞台を観た。まだ駆け出しだった劇団が、公演を重ねるごとにものすごい勢いで進化していく過程を見るのも面白かったし、どんなに救いようのないラストだったとしても、人が作るものだから、作り手の顔が見えることで安心した。手が届くところに作り手がいることもまた、面白いことだった。小さいステージだからといって小さい世界を描いているとは限らず、むしろその壮大さに宇宙を垣間見たりすることもあるし、小さいステージだからこそ、万人ウケしなくてもいいから自分のスタンスを貫く、という作り手の気概みたいなものも、それぞれに全く違う個性を作り出して、それがまた面白いと思った。そして、映画よりもテレビよりもわかりやすく、価値観が共有できる人が明らかになるのも興味深いこと。舞台は、観返すことができない。一旦停止もできない。流れる空気の中で、どの台詞が心に留まったか、どの表情が、どの動きが自分の心に残っていくか、それは、昨日と今日と明日、同じ演目で同じ人で演じる芝居でも、全く異なる。舞台って、生きているんだと思うことがある。生の醍醐味。だからときどき、毎日観たくなる舞台と出会う。2度、足を運んでしまうこともしばしばある。今回は公演日程が渡韓に重なり、帰国の翌日しか行ける日がなく、体力的にも業務的にも余裕があるか心配だったので、予めチケットをおさえておかなかったけれど、今日の仕事の目途がついたときにやっぱり観に行こうと決めてすぐさま役者の友に電話をしたら、本番直前にもかかわらず、ふたつ返事で席を用意してくれた。今日はキャンセル待ちも出たというのに、ありがたい計らい。感謝。今はすっかり慣れた様子で毎度のように劇中つまびくギターも、一緒に舞台をしていたころには、「次の舞台でギターマスターしなきゃなんないんだよねー」と言っていたことを思い出すと、自分のスキルを着実に積み重ねている彼が本当に眩しい。いろんなところのいろんな作品を観ても、やっぱり私はこのヰタマキが好きなんだなぁと、観る度毎回思いを強くする。このヰタマキワールドを、描く人も演じる人も、毎回異なる客演のセレクトも、命名のウィットもキャラクター設定も、そこから紡がれる言葉も、ギャグのセンスも、使われている音楽も全てが本当にたまらない。今日もいいもんみせてもらったよありがとう、の言葉と酒のつまみを友に差し入れ、静かな興奮に包まれたまま、劇場近くのカフェに向かう。全部で10席くらいしかない小さいところだけど、その空間は、私を包み込んで、素直に饒舌にしてくれる。本当は、三つくらいの言葉で今日一日のことを説明できるような言葉を知り、言葉に力を込められる人になりたいけど、沢山の言葉を用いたとしても、伝えられたなら、今の私にしては上出来ということで。昨日までの韓国の話、さっきの舞台の話、目に写るものの話、耳に入る音楽の話、お店の人を加えての世間話、これからの話…こうやって、なんでも思いつくまま人に話して、自分の頭の中を整理する時間は、なくてもなんなく時間は流れていくけれど、とても大切だと思った。私がもったいないっていう話、笑って聞いてたけど、やっぱり効きます。だって自分だってそう思ってるから、実はね。かいかぶらないでなんておこがましいこと思ってないよ。甘いんだよね、危機感がない。けどね、今は肯定していきたいの。そうすることでしか乗り越えられなかったから。それと、もうひとつだけ言いたいことは、もし私のいる環境が、私にとってもったいないと思うのならば、それは環境のせいではなく、私の責任。私のいる環境は、やっぱり素晴らしいと思うんだよね。自画自賛になってこれこそおこがましいけれど、私の上司も先輩も後輩も、グループも、やっていることも売っている物に対しても、私はものすごく誇りを感じている。それにもかかわらずここで輝けていないのであれば、それはこの恵まれた環境を活かしきれていない私自身の問題。それが周りに伝わるほどなら、私は、貢献できていないことに心苦しささえ感じる。どんなところだって、人が集まれば問題がうまれる。小さなことにとらわれて、大きなものが見えていない、小さなことに気をとられて、大きなものを見ていない。もっといったら、小さなことに取り組んでいるようにみせて、大きなものを見ようとしていない。変えたくて、動いて、変えられなかったならまだしも、余力を残して、変える気もなくして、おとなしくしているのは、怠慢以外のなにものでもない。自分の会社の悪口や、自分の上司の悪口を、耐え切れないほどいっぱい抱いているなら、辞めればいいこと。そこに所属している以上、そこを選択している自分自身の責任でもある。けれど、ごまかしているわけではないのでご安心を。少しずつ、変わっていくよ。ゆるやかに、無理なく。到達点は、まだ見えないけれど。今は見えないことが、楽しみでもあるのです。非日常が続いたあとは、いつも少し虚無な気持ちになるけれど、大好きな劇団の芝居と、とりとめのないおしゃべりのおかげで、いい日になった。明日もいい日になる気がする。日常が、こんなにもいとおしい日々。
2004年03月08日
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眠い。誰のせいにもできない。お腹も減っていない。けれど、私を起こした決定打は、「朝ご飯、あと10分で片付けられるってよー。」という声。なんてったって今の私は、体中胃でできている。そして午前中の交流メニューは、グループ対抗料理対決。我らがAチームは、お題で出されたキムチやお好み焼きやいなり寿司やあれこれを作る傍らで、余った食材を活かして創作料理を次々と生み出す。金太郎飴みたいな海苔巻つくろう、とか、味噌とコチュジャンを混ぜて調味料を作ろう、とか、あーでもない、こーでもない、と、みんなおそろいのピンクのエプロンをして思考することが楽しい。できたハナから、お互い「あーん。」「あーん。」と食べさせあう。この言葉の要らない愛くるしい交流が嬉しくて、お互い「あーん。」「あーん。」をひっきりなしに続け、果ては連れだって他のチームまで試食に出向いて、試食でお腹はまんぷく。今日も朝から食べてます。はちきれんばかりのおなかをかかえての、午後最初のプログラムは、「日韓衣装交流」。チマチョゴリ、それはこんな私のために計算されたかのような衣装。胸から下を全て覆い隠すその衣装は、満腹乙女の強い味方。ところでワタクシ、気付いてしまった…。どたばたパッキングでやっぱり忘れ物ありました。お母さんごめんなさい。折角送ってもらったのに、浴衣一式忘れました。えへ。ま、そんなことさえケンチャナヨー、楽しい時間は流れゆく。けれど、男性用の浴衣の数がたらないからといって女性用の浴衣を着て満足している韓国男性諸君に、「それはまちがっているよ」と誰も言わなかったのはなぜなんだ…。そして衣装を着たまま「日韓遊び交流」。韓国でポピュラーらしい蹴鞠のような遊びを上手にこなしている韓国男性たちにめろめろ。めろめろしてりゃいいものを、「私もやりたい!」とチマチョゴリの裾たくしあげて参戦、大汗かきながらはりきった。それに対して日本の遊び紹介としては、お手玉折り紙おはじきなどなど。アメリカやヨーロッパあたりで折り紙を披露すると「ブラボー!」「マーベラス!」の賞賛を受けるが、韓国はさすが隣国、似たような折り紙文化があるのでそういう類似点を見つけることも面白いなと思いつつ、女の子のインドア遊びを熱心にしてこなかった自身の人生をちっょぴり省みる。世界にはばたく際に披露できる程度に、嗜んでおこうかな。そんな熱気に溢れる室内、窓ガラスが曇っていて気付かなかったが、外には雪がちらつき始めていた。韓国ではこの季節に雪は滅多に降らないというが、今夜積もったら、楽しいことになりそうだ!という予感は大当たり。びっくりするほど積もった雪と降り続く雪の中で、雪合戦が始まった。オトコもオンナもなく、キャーとかイヤンとか言ってる場合じゃなく、年功序列の厳しい韓国でもこのときばかりは関係なく、真剣勝負の雪合戦。おおはしゃぎの雪合戦、容赦なし。油断すると両手両足つかまれて、新雪の中に放り込まれる。降る雪と、ぶつけられた雪玉で雪まみれになりながら、指先の感覚を失いながら、ほっぺたを真っ赤にしながら、こんな子ども心で雪の中はしゃいだのはどれくらいぶりだろうって思い返したりする。自分だけじゃなく、みんなおんなじ温度ではしゃいでいる。雪は、「あいにくの天候」なんかじゃない。どんな天気も、私達は楽しむ術を知っている。さすがに今夜は、ぱたんキュー。どこか遠くの方から、今夜も宴の声がする…。
2004年03月04日
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