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【路 その壱】
現代の路には、陸路・海路・空路がありますが、江戸時代には空路はありませんでした。また、日本の川は平野部や水の流れの遅い特定の川を除いては、人間や物資の輸送には用いられていませんでした。山国ではことにそれが言えます。会津の場合、新潟から会津盆地へ舟で上がってくるためには、難所が何ヶ所もありました。ですから、会津の路はそのほとんどが陸路です。それも、戦後になって開削された自動車道ではなく、荷車が通れる路が主街道でした。
この写真の下に写っている路は、この市町村では戦後まで、自動車が通れる主要道でした。峠道です。そして、この峠道の途中には、前述までの木地師の村が3つありました。そうした意味では、戦後までこの路が物流の路だったと考えられます。しかし、江戸時代にこの自動車道があったわけではありません。歩いてここを超える路はこの写真の山の方にありました。現在はまったく使われていません。
しかし、こうした山の中の旧道のルートと地理的形状には、極めて興味深いものがあります。現在は林道が開削されているところが多いのですが、その林道と同じ峠を越える山道が国土地理院の地形図に載っています。村の方にお伺いすると、そこが昔の路だったことが判りますが、江戸時代の情報はすべて、こうした路と通って運ばれました。原則として、それ以外に人の移動は不可能だからです。