
知ってる人は知ってるけど、
僕は日本生まれの日本人で、
地球規模では誠に限定した環境で棲息してきた。
生まれた時両親は甲子園球場のすぐ近くに住んでいて、
やがて河を経て5キロぐらいの今の町に家を建てた。
僕はそこでずっと暮らしてきたし、
東京で100日ほど暮らしたり、
100回以上出張したり、
海外に述べ5~60日滞在したりしたほかは
ずっとここに居て、徒歩数分以内のマンションとかを併用してきた。
地球規模ではまるでずっと一点に静止しているような生き物なのだ。
その僕以上に静止しているのはこの家なのだけど、
震災で全壊したとき補修しただけなので、
原型はとどめているが危険住宅だ。
僕はいつも思う。
自分とこの家とは同じように歳をとってきた。
家は僕自身に見える。
同病相哀れむ、というような感じだ。
不摂生といえば不摂生ぶりも同じだし、
あちこち不安だらけで、
汚れていて傷だらけで痛ましい。
いつ何時、
決定的に破壊される事態が起きるかわからないけれど、
そうかといって、
ちょっといいところもあるのも同じだ。
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今いるこの部屋の天井も、
大工さんが修復してくれて昔と同じだ。

僕自身の中にも、
こんなところはあるのかな。
健在であってほしいけれど。。。。