橋元さんは
石原さんと馴れ合ったときに維新を台無しにしたが、
結いの党との連携のおかげで
別れてよかった。
なぜあんなのに惚れたのかと
男女でよくあるような理不尽なことだった。
3月決算会社の株主総会シーズンなので、
彼は関西電力の大株主として大阪市長として出席していた。
これは歯切れがよくて、
以前から原発廃止を株主として要求し、
原発が廃止になったときのリスク管理についても要求していた。
それがまるで無視されているので、
経営陣は総退陣せよと迫った。
3分の制限を10分以上喋ったらしいけれど、
ほんとに昔から株主総会というのは酷いインチキなシステムだ。
総会屋は排除されたことにはなっているが、
今の強権国会と同じで、
いやそれ以上に昔から堂々たるインチキ儀式なのだ。
日本社会はそうして見せかけのシステムで成り立っている。
僕がある公益企業の新規事業である有料老人ホームの所初代館長を任されたとき、
清掃会社の委託先について
とうぜん公正に国益ならぬ館益に照らして決めようとした。
すると親会社の総務部から呼ばれた。
親会社の実績ある会社である
いわば指定業者と
何か後見者然とした
こわそうなのが同席して待っていた。
プロだから、
僕の説明を理解ありそうに聞いていた。
本社の担当も理解ありそうにふるまった。
つけいることができない如才なさだった。
結局は
見積もりを下げてもらって事荒げることなくすませたのだったけど、
総会屋業界のような影を僕は見た。
どこでもそうしているのだ。
橋元さんは、
モノ言う株主に市の持ち株を分散させても主張を貫くと言った。
それはそれでそうはうまくいかないけれど、
日本中で長年ヘドロ化した既得権益を崩していくことでしか、
日本の再生はない。
アベコベ氏は
言葉は巧みだが
そういう方向とは正反対なことばかりする。