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「ヨセフへの御告げ」
甲斐慎一郎
マタイの福音書、1章18~25節
救い主の法律上の父に選ばれた「ヨセフへの御告げ」について学
んでみましょう。
一、ヨセフの離縁の決心(18、19節)--人に対して真実に
生きる
ヨセフは婚約者であるマリヤが自分と「まだいっしょにならない
うちに......身重になったことがわかった」時(18節)、どんなに驚
いたことでしょうか。彼は、あのザカリヤとエリサベツのように、
「神の御前に正しく、主のすべての戒めと定めを落度なく踏み行っ
てい」ました(ルカ1章6節)。
ヨセフは、、自分といっしょにならないうちにマリヤが身重にな
ったことがわかった時、次のような三つの対処の方法のうちのどれ
か一つを選ばなければなりませんでした。
1.人を恐れて、その場をつくろい、マリヤの子を自分の子
であると偽って認知することです。
2.「婚約中の処女の不貞または辱しめを受けたことに関す
る律法」に従って、石打ちの死刑にして彼女をさらし者にする
ことです(申命記22章23、24節)。
3.内密に離縁することです(19節)。
第一の方法は、良心の呵責を感じる偽りであり、第二の方法は、
律法としては正しくても愛のないやり方であり、第三の方法は、マ
リヤに対する愛と真実に満ちたものです。
神の御前に正しい人であるヨセフは、自分の子ではない子を宿し
た「彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと
決めた」のです(19節)。
私たちも自分は正しく、相手が間違いを犯したと思った時、人に
対する愛と真実に満ちた方法を選ぶことが必要です。
二、主の使いの受胎告知(20~23節)--自分に対して真実
に生きる
ヨセフがマリヤと離縁することを心に決め、「彼がこのことを思
い巡らしていたとき」、主の使いが夢に現れて、「恐れないであな
たの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊による
のです」と彼に告げました(20節)。
ヨセフにしてみれば、婚約者であるマリヤが自分の子ではない子
を宿した事実を認めることも、またその事実をうやむやにしないで、
離縁の決心をすることも、心を引き裂かれるほどつらく、苦しいこ
とであったにちがいありません。しかし、どんなにつらく、苦しく
ても、現実から目をそらしたり、逃避したりせずに、最善の方法に
よって対処しようとしました。ヨセフがマリヤに対して愛と真実に
満ちた第三の方法を選ぶことができたのは、自分に対して真実に生
きたからです。
このようなヨセフに対して神は、聖霊による処女懐胎という全く
新しい事実を示し、ヨセフが妻マリヤを迎えるという思いもよらな
い全く新しい道へと導かれたのです。
私たちも、たとえ自分は悪くなく、相手が間違いを犯したと思っ
たとしても、どこまでも自分に対して真実に生きることが大切であ
り、このようにする時、神は、私たちを最善の道へ導いてくださる
のです。
三、ヨセフの服従と節制(24、25節)--神に対して真実に
生きる
眠りからさめたヨセフは、「主の使いに命じられたとおりにして、
その妻を迎え入れ」ましたが、「子どもが生まれるまで彼女を知る
ことがなく」自制しました(24、25節)。
このようなことは夫婦の間でしかわからないことですから、もし
ヨセフが人の前に生きる人であったなら、自制することはなかった
でしょう。しかし彼は、神の前に真実に生きた人でした。ヨセフが
このように神に全く服従して自制することができたのは、彼が最初
にマリヤに対して正しく対処し、また神がそれにこたえて彼を正し
い道へと導かれたからです。たとえ人にはわからなくても、神は、
すべてを見ておられるのですから、その神の前に真実に生きること
が大切であり、そのようにする時、神は私たちを正しい道へ導いて
くださるのです。
甲斐慎一郎の著書→ 説教集