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2006年02月08日
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カテゴリ: 江戸末・明治以降
             シベリアでの溥儀

 ソビエト軍に逮捕された溥儀は弟の溥傑、他の満州国大臣らとともにチタというところに送られ、そこからハバロフスク収容所で囚人として肉体労働に従事しました。そこにはソビエトがポツダム宣言を破り連行された多くの日本人がいました。

 上の写真はハバロフスクでの溥儀の写真です。かつての「皇帝」からいきなり「囚人」になってしまったのです。現在も上の写真で溥儀の着ている囚人服が中国の瀋陽というところにありますが、皇帝服とはえらい違いです。

 そんな溥儀ですが、後、中国で中国共産党が「中華人民共和国」を建国、ソビエトは溥儀を中国に引き渡しました。

 当時、中国では日本の侵略に味方した中国人を「漢賊」として処刑することが多く、さすがに溥儀も「殺される」と思ったでしょう。

 しかし、中国は溥儀を収容所にいれ、殺すことはありませんでした。そのかわり、完全平等の国である中国人として生きていくため「再教育」を行ないました。

 溥儀はそこで一般の囚人と一緒に工場や炭鉱を見学して再教育されていきました。今でも、一般の人に混じって見学する溥儀の写真が残っています。

 再教育された溥儀は社会主義国で新たな人生を歩むことになります。






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最終更新日  2006年02月08日 13時27分36秒
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すごい精神力  
すごい精神力だったんでしょうね。
私なら捕まりまた戻されるとなると、不安やら屈辱で耐え切れず、自殺してしまうかも。。。
中国人として生きていくため「再教育」。
考えられますね。 (2006年02月08日 14時44分00秒)

こんにちわ  
「よだれ倶楽部」新入部員のまんまる姐さんと申します。
ラストエンペラー、映画ではじめて知りました。溥儀さんもそうですが、弟君もかわいそうな方でしたね。本当につらい人生だったと思います。
またうかがいますので今後ともよろしくお願いいたします。 (2006年02月08日 20時02分23秒)

それは・・・  
チタからハバロフスクへ…ですか。
それは冬期、恐ろしい位の寒さですよ。
エンペラーの座から囚人に転落というのもかなり厳しい試練ですが、この凄まじい寒さの中で、この様なおそまつな囚人服で過ごすというのもまた大変な事です。露西亜の冬を経験した者でなければこの冬の寒さがどれ程のものか、分からないでしょうね。あれはしっかりした防寒具がないとすぐ病気になってしまいます。よくこの試練を耐え忍んで行かれたと感心させられます。 (2006年02月12日 23時22分33秒)

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