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カテゴリ: 江戸末・明治以降


 ソビエト軍に逮捕された溥儀は弟の溥傑、他の満州国大臣らとともにチタというところに送られ、そこからハバロフスク収容所で囚人として肉体労働に従事しました。そこにはソビエトがポツダム宣言を破り連行された多くの日本人がいました。

 上の写真はハバロフスクでの溥儀の写真です。かつての「皇帝」からいきなり「囚人」になってしまったのです。現在も上の写真で溥儀の着ている囚人服が中国の瀋陽というところにありますが、皇帝服とはえらい違いです。

 そんな溥儀ですが、後、中国で中国共産党が「中華人民共和国」を建国、ソビエトは溥儀を中国に引き渡しました。

 当時、中国では日本の侵略に味方した中国人を「漢賊」として処刑することが多く、さすがに溥儀も「殺される」と思ったでしょう。

 しかし、中国は溥儀を収容所にいれ、殺すことはありませんでした。そのかわり、完全平等の国である中国人として生きていくため「再教育」を行ないました。

 溥儀はそこで一般の囚人と一緒に工場や炭鉱を見学して再教育されていきました。今でも、一般の人に混じって見学する溥儀の写真が残っています。

 再教育された溥儀は社会主義国で新たな人生を歩むことになります。






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最終更新日  2006年02月08日 13時27分36秒
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