今の季節が夏というのも大きいのだろうがここよりはるか北にあるブルンクス地方は万年雪が積もるほどの極寒の地だと聞く。
それに比べればここはどれだけ過ごしやすい地なのだろうとアリスは行きかう多くの人々を見ながらぼんやりと考えていた。
だらかこそだろう。この町が北大陸最大の町となったのは。
ブルンクス地方から流れてくる大河を挟むこの町は商業、農業、あらゆる面で北大陸一と呼ぶにふさわしい風格を持っている。
しかし、おそらくその称号を手にしているのはこの馬鹿みたいに大きな塔のせいだろう。
「しっかしまじかでみるとほんとに大きいな」
アリスの横を歩くコフィが見上げながらいう。
「知ってるか? 星と雲と鳥以外を見上げるのは田舎者の証拠らしいぞ」
溜息を吐きながらアリスは言う。先ほどから妙にテンションの高いコフィに少々うんざりしているようだ。
「いいじゃん。現に田舎者なんだし」
「私まで見られるのが嫌なんだ! 全く、王都に比べれば小さいだろ、こんな街」
「あれはあれ、これはこれ。久々に大きな町なんだからいいじゃんか。まったく、胸の小さいご主人だぜ」
「心が狭いといえ!」
はたから見れば二人とも十分田舎者に見えなくもない。
そんなやり取りをしながら二人は近くの宿屋へとはいって行った。
アリスが受付で話しているとだれかが入ってきた。
「おや、これは珍しい顔がいるじゃないか」
ちょっと嬉しそうな声が入口から聞こえてくる。
その声に反比例してアリスの顔には不機嫌な色が広がっていく。
「コフィも元気そうだな」
「おう、ご主人が毎日メンテしてくれてるしな」
コフィも打ち解けた様子で入ってきた男と後ろに従っている女性に声をかける。
「うちのセリーユも見てもらおうかな。どうだいアリス、見てくれるかい?」
呼びかけられペンを握っていたアリスの手が震える。
「き、貴様…」
男は最初不思議そうな顔をしていたが、すぐに笑顔に戻りアリスに近づく。
「…もしかして、僕に会うのが恥ずかしいのかな?」
プチっと、何かが切れたような音がした。何が切れたかは言うまでもない。
「ふざけるなぁああ!!!!」
アリスは声の限り叫んだ。もっとも、この声に驚いたのは不幸な受付嬢だけだった。
「レディが大声をあげるのは好ましくないな。もっとも、そこが君のいいところではあるんだがね」
「貴様がなぜここにいる!」
未だ怒りが収まらないのか声を荒らげている。
「君と同じ理由に決まってるじゃないか。一応、同業者じゃないか」
そんなアリスを気にもしていないのか、にっこりと笑いかける。
「そんなことは分かっている! なんでよりによって同じ宿に来たんだと聞いているんだ」
「偶然に決まっているじゃないか」
「ほぉ、じゃあこの町に入る時、門の陰から見てたのも偶然だな。ずっと後ろからついてきていたのも偶然でいいんだな。」
「まぁ、世の中には作れる偶然と作れない偶然があってだね…。そもそも、何をそんなに怒っているんだ? 前会った時はもう少し友好的だったが」
その言葉にまた、アリスの顔がこわばる。
「お前、まさか忘れたとは言わせんぞ…」
「え~と、何を?」
にっこり顔で聞き返した。
「お前が私の取り分ごと仕事の報酬持ち逃げしたことだ!!」
二度目の咆哮。
「お前、後で渡すとか言っておきながら突然消えやがって。しかも後始末まで押し付けて! あのあと私たちがどれほどの飢えに苦しんだことか!」
男は腕を組み考え事をする。そして、ぽんと手を叩く。
「ああ、あれね。いや、急用が入ってさ、すまなかった。謝るよ」
「謝るだけなら猿でもできる。態度で示せ。手始めにここの宿泊料やらなんやらは全部払え」
指を突き立てアリスは言う。
「どうせ最初からたかるつもりだったんだろ? じゃなきゃ君がこんな高そうな宿に入るわけがない」
ため息交じりで男はいうが、あまりいやな気分でもないらしい。
「当たり前だ、何年私と付き合っているんだ。いい加減慣れろ」
ここでやっとアリスの顔にも笑顔が戻る。戻るという表現はおかしい気もする。そもそも彼女はあまり笑わないのだから。
「久し振りだなアル。セリーユも元気か?」
アリスはアルの後ろで静かに立っている女性に声をかける。
「お久しぶりでございますアリス様。私の方は問題はありません」
「そうか、まぁ後で一回診てやるから部屋にこい」
それを聞いてセリーユは深々とお辞儀をした。
「さて、あと一人来るはずなんだがな」
「ん? 珍しいな。お前が誰かと組んでいるなんて」
「今回は話によれば相当厄介な仕事らしいからな。ちょっと旧友に協力をしてもらうことにしたんだ。そしたら君がこの町に来たもんだから君にも手伝ってもらおうと思ってね」
アリスはその言葉を聞いて少し考える。旧友? こいつがそんな風に言うのは自分以外では…
「まさか、フィーネを呼んだのか?」
「ああ、迎えに行くと言ったんだが自分で行くと聞かなくてな…」
アルが深刻そうな顔になる。
何もフィーネの身を心配しているわけではない。彼女には有能なボディーガードもいるし安心していいだろう。
二人が心配しているのは彼女の特殊ともいえる能力のせいだ。
「ちなみに、何日前に来いと言ったんだ?」
「四日前だ。そろそろ着いてもいいころだと思っていたんだがな」
そんなことを話していると、再び扉が開かれる。
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