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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。わたしは、3年半に渡り、セミナーや講演、個人セッションを中心に活動してきましたが、昨年末に、「あ!これがやりたかったんだ!今生、これにチャレンジしたかったんだぁ!」ってことにとうとう出会ってしまいました。それは、音楽の活動をしていくことでした。昨年の早い段階から、(正確には何年も前から)いろんなカタチで音楽に関するサインが届いていました。(ポノポノのヒュー・レン博士にも、音楽やりなよぉ~って言われてたっけ)で、友人からは、音楽を使って、こころや幸せ、成長を融合させたものをやっていきたいという話が入ってきていました。で、いくつものサインが届いてきて、ある日、「あ!俺、これやりたいんじゃん!」、「チャレンジしたいの、これなんじゃん!」ってところに至ったんです。で、このことに気づいてからは、毎日がワクワク。ホントにこころからやりたいことは、ワクワクとコワさとが一緒にやってくると言いますが、「ワクワクしかないじゃーん」って思っておりました。ところが、いざ、一緒にやるメンバーに話をする段になったら、メチャこわくなっちゃいました(笑)!友人は、「マスターがどんな話を持ってきても、「うん」って答えるつもりでした」と言ってくれましたが、当のマスターは、「えぇ~?マスターが音楽ぅ~?」なんて言われたら、どうしよう~!!!って状態でした(笑)。もし、腕組でもされて、「ふぅ~ん」なんて言われようものなら、即座に3歩さがって土下座して(笑)、「お...恐れ多いことを言っちゃいましたぁ!どうか、今のは忘れてくださいー!!!!命だけはご勘弁を~!!!」と言ってしまいそうな勢いでした(笑)。さて、こんなところからスタートした音楽活動の話、バンドのメンバーは、募集して集めるんじゃなくて、「7人の侍」のように、引き寄せようとはじめから思っていました。そしたらまぁ、すごい人たちとどんどんつながってしまいます。それも、とんとん拍子で(汗)。2年連続コンテストで優勝されたというフジワラさん(汗)。そしてフジワラさんに「ドラムなら絶対この人!」って紹介いただいた、タダさんからは、「やらせていただいていいんですか?」ときかれて、「お願いするのは、こっちの方ですよぉ~(汗)」状態(笑)。タダさんのブログに、マスターとの2ショット写真出てます↓http://blog.livedoor.jp/kenchans/archives/51477705.html#moreさて、マスターの担当は、詩の作成となんとボーカル。詩は、(字数を揃えたりはまだあまりちゃんと出来てませんが)ウィスキーをくいっとやって、緊張を飛ばしたら、調子よくすらすら書いちゃえるのですが、(友人の北川涼子ちゃんには、酔拳の使い手と言われてます(笑))とにかくキャー!なのが、ボーカルの練習。友人のライブハウスで、先日ボーカル練習をスタートしたのですが、なにせ、自分以外の人たちは、プロとセッションをやってきた人や、音楽で食べてきた人ばかり。そんな中、小学校時代は音楽は最低の成績で、もっとも嫌いな授業のひとつだったわたしが、なんの経験もなければ、音符もほとんど読めないわたしが、もうめっちゃ緊張とプレッシャーで、あがるは、はずかしいわっ(笑)!!!!でも、やめるか?って言われたら、もはや引っ込みがつかないのもあるけど、そんな気はさらさらありません状態。でも、めちゃ緊張です。もう、勇気以外出すものない状態です(笑)。人生はまさにチャレンジだと、わたしのメンターたちも、みな異口同音に言っていましたが、ホントにホントに、ホントでした(笑)。緊張するけど、コワいけど、でも、サイコーに楽しいのです。なによりも、仲間たちがすごく楽しんでくれて、喜びの場があって、そんな場に関われていることが、なによりも嬉しいんです。人生はまさに、チャレンジです。無難な人生、できることを出来る範囲でやるのも、ひとつの選択ですが、おっかなくても、ホントにやりたいことにチャレンジして生きる人生は、やっぱめちゃエキサイティングです。勇気以外出せませんが(笑)、勇気出して、そしてめっちゃ楽しんで、喜びをばら蒔きますね。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのおこしを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。PS マスター&北川涼子トークライブの受付がスタートしましたぁ http://www.bar-aars.com/200903talk_live.html
February 26, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。以前友人と話していた時、友人がとても印象的な一言を話したことがあります。それは、「一度でも本物の愛に触れると、もう戻れなくなる」というものです。これは、ある映画の感想を友人が話していたときに出た言葉なのですが、映画の主人公は窃盗団の少年なんです。少年は窃盗グループの一員だったのですが、ふとしたことから愛ある老夫婦に触れ、自分の中の愛や正義を貫くようになっていくというお話でした。で、友人が発した言葉がこの、「一度でも本物の愛に触れると、もう戻れなくなる」というものだったんです。わたしがこの3年セミナーをやってきて、セッションをやってきて感じることがあります。それは、多くの人は、知識でこれがいいと思っていることが、ハートとつながっていないことが、多くの人の人生を難しくしているんだなということです。世の中には多くの成功者の知恵が溢れています。こうすれば成功するであるとか、こうあれば成功する、こういう言葉遣いをすることで幸せが訪れるなど、多くの幸せや成功の知恵が溢れています。けれど、わたしたちの多くは、それらを知識として知ってはいても、それがこころから「その通りだ」と腑に落ちていませんでした。思考とハートがつながっていない、別々の状態、バラバラの状態だったのです。ゆえに、心と思考が綱引きをして、願っても願っても、願う成功や幸せとは違う結果を創り出してきたわけです。わたしたちの多くは、世界に溢れる幸せや成功の知恵を耳にして、「あ、それ知っているよ」ということは言えるけど、「本当にまったくその通りだったよ」と、こころからそう言えるところには、いませんでした。今日、友人と話していてあらためて理解したのは、わたしのとても大切な役割のひとつは、ちゃんと接触していなかった思考とハートの回路をつなぐ機会を提供していたことだったんだなということでした。そしてそのもっとも大切な要素が、自分の中の本物の愛に触れるというものです。自分の中の深い、そして偽りのない愛に触れた時、はじめてその人の人生の、エンジンのセルモーターが回り始めるのだと、わたしは感じています。そして一度まわり始めた人生は、紆余曲折はあるかもしれないけれど、でも、もう戻ることがないんだなと感じています。そして、自分で言うのはなんだかこっぱずかしいのですが、自分の中の愛に触れに、わたしに会いに来ていただければなと思うんです。一度でも自分の中の本物の愛に触れると、もう元にもどることはありません。本当に大切なものに気づいたなら、もうそれを粗末には生きられなくなるのでしょう。自分の中の本物の愛に触れて気づいた時、そのこころの声にしたがって、人は生きはじめます。人はその人がもっとも輝く形で、愛を表現していくのが、その人の人生の目的であり、ライフワークなのだとわたしは感じています。そして、そのもっとも大切な一歩が、自分の中の本物の愛に触れ、気づくこと、知ることなのでしょう。よかったら、会いにきてくださいね。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
February 25, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。以前から知識としては知っていましたし、なんとなくは感じていたことだったのですが、最近になって、深く理解するようになったことがあります。これは、とても大きな豊かさをうけとっている、幸せな人生の成功者たちは、深く理解しているものです。それはなにかというと、「この世界には目に見えない大きな流れがある」というものです。大きな流れが向かっている先は、全体(本質)が、より高度に進化していくというもの。そして、わたしたち全員が、この大きな流れの中で、そのための役割をになっています。そして、この役割には、無自覚な役割と、自覚のある役割があります。このことは、以前から知識としては知っていましたし、なんとなくそうなんだろうなとも、感じていました。ですが、最近は、本当にそうなんだなと、だんだんリアルに感じるようになってきました。自覚のある役割とはどんなのかというと、自分がどんな人生の目的を持っているかに気づき、自分の才能を使うという方法で、もっともその人らしいカタチで、愛を分かち合っていくというものです。以前にも書かせていただいたことがありますが、わたしたちの人生の目的とは、もっとも自分らしいカタチで、愛を分かち合っていくこと。そして、他の人には真似が出来ないほど、その人が輝く愛の表現をできるのが、その人の才能、天才性なようです。自覚のある役割を生きる人たちは、自分の才能を使って、愛を分かち合っていくということをやっていきます。世の中の人たちに、注意を払ってみていくと、有名な人たちでも、それとなく、とても深いレベルでこの場所に立っている人たちが、すごくたくさんいることがみえてきます。これが自覚して、役割を生きている人たち。自分の役割を理解している人たちです。もうひとつの役割が、自覚はないけど役割を生きている人たちです。この人たちは、自分が重要な役割を分かち合っていることを、意識では理解していませんが、様々なカタチで、大きな流れのための役割をになっています。時にポジティブなカタチで、時にネガティブなカタチで、この人たちは、無自覚ながらも、役割をになっています。このことを深く理解し始めたのは、去年体験したある痛い体験からでした。去年、わたしは、あるきっかけから、無意識の深い領域にあった痛みがあがってきて、ものすごく痛みを感じる時期がありました。その時は、どうしてこんな目に遭うんだろう?と真剣に思いましたし、そのきっかけになった人に対して、「なんてひどいことをするんだ!」と感じていました。ところが、あんなにしんどい思いをした体験が、自分が大きく意識が切り替わるためには、必要な、重要な体験だったことが、今は明確にみえてくるんです。その人のことをわたしは、とうてい許すことはないだろうと思っていたのですが、でも、今はとても不思議なことに、「あのことがあったおかげで、大きな意識の変革をすることができた」という、感謝に近い思いがあるんです。今みえてくるのは、きっかけになったその人は、無自覚な役割をやってくれていたんだなというものです。この世界に、不必要な人は存在しないといいますが、本当にそうなんだなということを、どんどんリアルに感じるようになってきました。この世界のうしろには、多くの人にはみえていない、大きな流れがあるようです。そして、全ての人が、その流れの中で、自分の役割を生きています。自覚をして、役割を生きている人。無自覚に役割を生きている人。どちらもが、不可欠に、密接にこの世界の進化に、重要な役割を生きています。ですが、深い喜びの中で生きるのは、自覚のある役割を生きることだと、深く感じています。そしてこれからは、自覚のある役割を生きる人たち、(厳密には、本当の意味では無自覚なのかもしれません)つまり、自分の才能をつかって、愛を分かち合っていく人たちが、きっとどんどんたくさん現われだすんだろうなと感じています。楽しみですね。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
February 22, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。実は、90年代、マスターは東京の四輪雑誌の編集部に籍をおいていました。そう、実はマスターは、モータージャーナリストでもあったのです。長いこと、クルマもバイクも乗っていませんので、その手の話題は、話すことも書くこともありませんでしたが、今日は車のお話を、ちょっと書きたいなと思ったので、書かせていただきますね。2007年に日産自動車が発表したニッサンGT-Rは、国産車ではじめて時速300キロオーバーの性能を持つ、スーパースポーツカーとしてデビューしました。世界一過酷なサーキットとして知られる、ドイツはニュルブルグリンクサーキットで、市販車として世界最速のタイムを記録したことでも、とても話題になりましたよね。そして、それだけの超高性能のクルマでありながら、誰でもがどんな天候、状況でも扱える、マルチパフォーマンス・スーパーカーというコンセプトも、世界のどの自動車メーカーにもないコンセプトでした。でも、世界の自動車評論家たちをもっとも驚かせたのは、それだけの超高性能車が、700万円台という、ポルシェの半額で変えてしまうバーゲンプライスだったことでした。で、多くの自動車評論家は、こう言いました。「日産は、これでは利益が出ないのではないのか?」と。そう、そのとおりなんです。そして、別の意味で、とても大きな利益にもつながっているのです。世界の名だたるスーパーカーをつくるメーカーの多くは、実は小さな会社です。ほとんど手作業のような状態で、高級なパーツをふんだんにつかって、生産されます。それは、その手のクルマを購入する層、いわゆる富裕層、ハイエンドユーザーに、的を明確にフォーカスしていることで、それが可能になっています。ところが、ニッサンGT-Rは、ほとんどの工程を、普通量販自動車と同じライン工程でつくっています。実はこれがとてもすごいことなのです。GT-Rも、量産ラインでつくらずに、他の高級スポーツカーのように、手作業で製作していたら、価格は3000万円くらいになっていたそうです。でも、このクルマを低価格で生産するためには、なにがなんでも、通常の量産ラインにのせなければなりませんでした。ところが、このクルマに要求された部品精度、部品と部品の整合精度は、とても通常のラインで生産は不可能なほど、精度の要求されるものでした。ゆえに、試験的にラインに乗せたときは、たった一台のGT-Rがラインにのっただけで、何十分もラインがとまってしまう事態が起きたそうです。ラインが止まって、工場の工員の方たちは、そりゃもう、ブーブー言っていたそうです。それは、部品製造メーカーも同じで、絶対にできっこないという要求の連続だったそうです。ですが、製作総指揮の水野氏の情熱と、不可能を可能にしたいという多くの人の思いとチャレンジが、絶対不可能としか思われなかった壁をブレークスルーして、世界最高性能のクルマを、驚きのバーゲンプライスで実現しました。そう、すごいことというのは、バーゲンプライスにできたことではありません。絶対不可能と思われた精度を、部品メーカーも、量産ラインでも、実現したこと。これがすごいことなんです。通常のラインで、すさまじく精度の高い工業製品を製造する。ということは、ラインの人たちのレベルは、超高い精度の仕事をできるスペシャリストたちに成長します。製造技術、技術者の能力ともに、飛躍的に高いものになり、他の製品の精度、品質もひじょうに高いクオリティが可能になります。そしてなによりも、すごいことをやりとげた、素晴らしい情熱の産物をつくっているのだという、誇りも、関わった多くの人たちが共有したことでしょう。「日産は、このクルマでは利益が出来ないのではないか?」とコメントした評論家の言ったことは、事実です。なぜなら、GT-Rの利益率はとても低いからです。ですが、GT-Rを生み出したことによって得られたものは、今後の日産、そして日本の製品、果ては世界の製品の水準を大きく変えていくものになるでしょう。一台のクルマとしては、利益は出ないでしょうが、このクルマがその後、生み出すであろう、利益(お金だけでなく)は、とてもつもなく大きなものです。モーター・ジャーナリストの清水氏が、GT-Rに試乗した際、「他のメーカーが、もしかしたらいろんなことを言うかもしれないけど、じゃあ、つくってみろよって、言いたくなるよね」と、コメントしていたのが、とても印象的でした。あのポルシェが、GT--Rがドイツで出したタイムに、「おかしいじゃないのか?」と抗議したという話題が、ニュースになっていましたが、開発者の水野氏は、「ちゃんとしたデータですよ」とさらり。王者ポルシェが、株を下げるカタチに。GT-Rが、世界最速タイムを記録してからというもの、いろんなメーカーが、どんどんタイムにチャレンジして、現在GT-Rのタイムは、世界第8位。でも、そのいずれもが、価格度外視のスペシャルな仕様のクルマです。量販市販車としては、やはりGT-Rが世界最速です。(水野氏は、GT-RのスペシャルモデルのスペックVでは、タイム計測するつもりはないと言ってます特別仕様のクルマで出したタイムには、意味がないからやらないと)でも、どのメーカーのどのクルマが世界一速いかということは、本当の意味では重要ではありません。多くの人の技術と、チャレンジスピリットを刺激し、不可能を可能にする体験を、多くの人が共有し、そして、なににも変えがたい体験と誇りを提供したこと。そして、今後の大きな技術進歩も実現したこと。これが、すごいことなんですよね。世界的な経済不況が叫ばれる中、でも、このチャレンジが無駄になることは決してありません。かならず、このスピリットと、クオリティは、大きく花開く時がくるでしょう。なにより、素敵だなと感じたのが、雑誌の取材に応じた関係者たちのコメントで、「絶対に無理って思ってた」と言いながら、みなとてもいい笑顔をしていたという記事でした。長いことクルマには乗っていませんが、ニッサンGT-Rのオーナーになりたいなと思いはじめたマスターでした。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
February 20, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。2年前の秋、坐禅修行に行っていたときのことです。坐禅をしていた禅堂の窓から、木々が風に揺れるのがみえていました。揺れる木々を見ていたある瞬間悟ったのが、時間というものはそもそも存在しないのではないかということでした。存在するのは、今という瞬間だけ。そして、永遠の今の中、一瞬も同じでなく、常に変化し続けるものをみている。人が歳をとったり、子供が大きくなったり、鉄が錆びたりなど、あらゆるものが変化するのをわたしたちはいつも目撃しているので、時間というものが存在しているのだと思ってきました。けれど実は、事実存在するのは「今」だけで、永遠の今の中、常にうつろい変化しているのを目撃にしているにすぎないんじゃないのか?ということに気がついたんですよ。で、これが「諸行無常」というヤツだなと思って、食事の後の時間に、老師にそのことを話したんですね。すると老師は、「こいつ、面白いことを言い出したゾ」みたいなニヤっとした笑顔を浮かべながら、他の参禅者たちに、「濱田くんがおもしろいことを言うから、みんなききなさい」って感じに、声をかけたんです。で、「永遠の今」を発見したことを話したんです。そしたら、そしたらですよ。老師は、満面の笑みを浮かべながら、こう言ったんです。「そんなことは、どうでもいい(笑)」ありゃりゃ、「どうでもよかったですか」って感じ(笑)。で、今ならよくわかるのは、(当時もなんとなく知っていましたが)老師が言いたかっは、「どうでもいい」ということではなかったということです。老師が言いたかったのは、「とてもいいところに気がついているゾ」、「でも、その発見を手柄のようにして、そこにふんぞり返ったりしないことだ」ってことだったんだろうなということです。わたしたちって、こういうことを知らず知らずにやってしまうものですが、こころのどこかでは、そのことをよく知っていて、どこかで「ダサイことをしているな」って感じているものですよね。それをすかさず、見抜かれちゃったという感じでした(笑)。「自分でも、手柄にしようとしていることに気づいておろうが」、「そんなことにとらわれて、自分を下げなくてもよろしい」、「そんなところにとどまっていないで、おおいに修行しなさい」って伝えられたんだろうなって思います。なによりも、「そんなことはどうでもいいんだ(笑)」って、言った時の老師の満面の笑みが、そのことを伝えていたんだなと感じます。すごく愛のある人だなぁ、いい師に出会えたなぁと思うのです。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
February 19, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。今日、炊事場に、浄水器の水を汲みにいったら、同居している母が近づいてきて、面白いことを言いだしました。「占いの勉強してみたらどう?」「はい?」まったく想像の範疇を越えた一言に、なにを言い出すのかとビックリ。母がわたしに声をかけてくる時といえば、以前に比べたら、ほとんど言われなくなったけれど、(以前は顔見るたびに言われてた(笑))ちゃんと税金払えてるのか?とか、ちゃんとやってけるのか?とか、手堅い仕事しとかないと、なにかあった時に、困るぞとか、およそ何処の親でもいいそうな(笑)言葉をかけられてました。で、今日も「東京にはいつから行くんだ?」って聞いてきたものですから、「ちゃんとやってけるのか?」みたいな会話が、そこからいつものようにはじまるのかな(笑)なんて思ったら、予想の範疇にもない一言だったわけです。で、あまりに意外な一言だったので、「面白いことを言い出したので、聞いてみたくなったんだけど、なんで、占いなの?」って聞いてみました。そしたら、「層がひろがりそうだろ」、「幅広い層の人たちが来るようになったら、もっといいじゃない」という言葉。そして、「その時は、ちゃんとした人に、師事するのがいいよ」という言葉が続きました。で、このやりとりすごいなって思っちゃったんです。占いをやるかどうかは、今はいったん横に置いといて、母としゃべる直前まで、30分ほどいつもの坐禅をしてたんですね。(最近毎日30分の坐禅をかかさずやってます コレ、とっても楽しくなってきたんですヨ)で、禅の後、ふとした瞬間、2つの感覚が出てきたんです。ひとつは、無限の豊かさを、「今」うけとろう。(今まではまだ、有限だとどこかで思ってました)今既に幸せで豊かです、本当にありがとう。みんな、大好き!って、世界にむけて感謝を発信しちゃったんですね。(不思議と気負いも無理もなく、「気がついたら」やっちゃってました)不思議だけど、とてもやわらかな感覚でした。そしてもうひとつは、自分のやり方に固執して、ひとの言ってくれていたこと、きこえてなかったのかもなって、感覚でした。これまでも、他人の姿を通して、そんなあり方をよく目にしていましたので、自分がそうだったのかもって、判断、評価なしに、みてみようというところに、立ってみたんです。そしたら、自分のやり方に固執してる部分が在るとしたら、それが自分を結果的には苦しめていることになるんだろうから、そりゃあ、あほらしいわなぁ、だって、そんな状況嬉しくないもん。で、自分のやり方に固執するの手放しますわって、これも世界になげてみた感覚だったんですね。そしたら、その直後の母の言葉だったんです。わたしが感じたのは、母がなにを言ったかの内容以上に、母が自分を応援してくれているとういことを、リアルに実感したことです。よく幸せな成功者たちは、「自分が宇宙に感謝したり、他を応援すればするほど、自分に豊かさが帰ってくる」と伝えてくれてきました。これまでも、なんとく「そうだなぁ」とは思っていたのですが、こんなわかりやすいカタチで帰って来ると、ホントにそうなんじゃん!と、ポンっと手を叩きたくなります(笑)。たしかに、禅のあとで、感謝を世界に発信した感覚のときは、損得勘定一切なしの、無条件での発信だった感じです。こうやって書いているうちにも、母が応援してくれている感覚がだんだんリアルに感じられるようになってきて、ありがたいなぁって感覚をあじわってきています。とっても興味深い体験をしたマスターでした。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
February 11, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。「もうなにもいう必要がないのだろう?」この言葉は2年前、7日間の坐禅の最中、一緒に参禅していた友人が老師から言われているのを、横にいて耳にした言葉です。当時のわたしには、この言葉が伝える真意を理解することは出来ていませんでした。わたしたちは、感情で「ああ、そうか!」、「まったくその通り!」と、青空の下、ポンと手を叩くような、空が隅々まで晴れ渡るような感覚を味わえない時でも、なんとか納得したいという欲求の感情にやられます。たとえ腑に落ちていなくても、感情で納得できなくても、理屈ででもなんとかおとしどころをみつけたいという衝動を抑えられないものです。そしてわたしたちの多くは、自分がその衝動を抑えられなくて、もがき苦しんでしまってきたことに、気づかないことさえ、気づかずにきました。それほどまでに、わたしたちは腑に落ちなくてでも、どこか納得できそうな、理解できそうな、「おとしどころ」、「つかまれそうな綱」を持っていたいようです。でも、本当に腑に落ちる時、または、追い求めていたものに答えがそもそもないということが見えるとき、または、自分が答えが出ないものに、無理やり着地点を作っておきたかったと気づいた時。わざわざそれを、証明することも、説明することも必要のないところに辿り着きます。証明したり、説明したりする必要などそもそもなったよな。探していたのは、おとしどころではなく、実は自分の居場所が欲しかったんだな。「自分は、ここにいるよ。」「だから、自分のことを忘れないで。」「ちゃんとこっちをみてよ。」「自分、これだったらいい?」って、ところにいたことに気づく時、寂しかったことに気づくとき、アピールしないと、誰もみてくれないと信じていたことに気づくとき、自分がその場所にいたことが、はじめて見えてきます。そして、そのことに気づいた時、もうなにもいう必要がないところに至りました。そして、もうなにもいう必要がないと気づいた時、はじめから、なにもいう必要がなかったことに、ようやく気づくことができました。不足を感じさせられていたのではなく、不足は自分が信じていた幻想だったのです。本日は当店に、お越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
February 10, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。先日からお伝えしていますが、「今、この瞬間にいる」、「今、ここに在る」、「今を生きる」を生きはじめると、不安などの思考に振り回されることのない、とてもおだやかで、みたされた状態になります。探してもみつからなかった青い鳥は、「ここにあった」という状態です。すごくおだやかで、静かで、それでいて、何かをする時はとても集中して、情熱とともに取り組んでいる、そんな状態です。この感覚は、本当に体験してみないことには、思考では理解できない状態です。さて、この今にいる状態に「気づく」には、体の感覚に気づいている(目覚めている)ことが、とても重要な鍵になります。怒りにしろ、不安にしろ、感情が動き出す時には、必ず体に何らかの反応が起きます。胸の辺りや、お腹の辺り、体のどこかに、もやっとした感じや、チクっとした感覚など、なんらかの感覚が発生します。で、これは、無意識の状態、つまり無防備でボーっとしてると、この反応、感覚に気づけずに、そのまま怒りや、不安や悲しみなどの「自動反応」につながってしまいます。そこからは、感情のドラマにどっぷりで、いろんな連想が、まるでネットサーフィンがやめられないみたいに、ずぅ~と続いてしまいます。感覚に気づいていると、感覚が感情のドラマにつながる前に、相手にしないで、ほおっておくことが出来るようになります。そうすると、不安やら怒りやらのドラマに振り回されず、今、この瞬間に、波に流されることのない船のように、イカリをおろせるようになります。これにとても効果的なのは、「今の感覚」に気づくことです。「あ、今胸の辺りで、なんかチクっとした」とか、「今、もやっとした感覚が動いてる」って感じです。さて、わたしがこの感覚を、感じられるようになったのは、2年前に7日間の坐禅と、10日間の山篭り修行をしてからのことです。それまでは、思考偏重していたようで、この感覚を感じることはありませんでした。わたしには、厳しい修行が必要だったのです。と こ ろ が、先日のセミナーで、参加者の方たちに、「胸の辺りに感覚を感じた方、どれくらいいます?」ってきいてみたら、けっこうな人数の手が挙がるではないですか!そう、わたしが目覚めた頃とは、もうなにかが違うんです。「今にいる」人の近くにいると、今にいることが容易になるとはききますが、それにしても、「速いっ!」スポーツ競技のタイムでも、誰も破れなかったタイムを、誰かひとりがやぶって、みながそれを知ると、容易に他の人も破れるようになるといいます。今にいる人たちが、どんどん増えてきて、これと同じことが起きているのでしょう。うう、2年前は、結構タイヘンだったんだけどなっ.....(涙)。すごい時代になってきたなと、思ったマスターでした。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
February 9, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。先日の土曜日、京都で親子関係をテーマにしたセミナーをやらせていただきました。切り口は親子関係ですが、けれど行き着く先はどこから入ったとしても、「幸せで在る」人生というテーマに行き当ります。マスターのセミナーでは、去年の夏以前は、深いワークの中で、痛みを受け入れたり、感謝の感情がわきあがって来て、涙が流れてくるという体験がよくありました。けれど、去年の秋から始まったセミナーでは、ワークで涙を流すということは、ほとんど起こらなくなっていました。泣かなくてもいい、楽しいセミナーと、わたし自身は思っていたのですが、でも、こころのどこかで、泣かせないセミナーにしているのを、感じてはいました。前回のブログでも書きましたが、去年の夏は、あることがきっかけとなって、無意識の領域の奥深いところにあった痛みが、強烈にあがってきて、ものすごく感情を揺さぶられる体験をしました。ちょうどセミナーのない期間だったのですが、この時期、かつて経験したことのない、強烈な痛みを感じて、本当に辛い思いをしました。この痛みは、秋には沈静化したのですが、でも、それはアタマ、思考、理屈で、自分を「納得させた」状態で、本当に受け入れただとか、こころが平安になった状態ではありませんでした。ですが、2月には、いい流れに変化するという予感どおり、「今ここにいる」、「今ここに在る」という生き方を思い出したとき、こころ静かで穏やかな人生が、わたしのもとに戻ってきました。いろんな方のサポートあってのおかげです。本当に感謝しても、感謝しつくせません。そして、今この瞬間の満たされた、なにも欠けていない状態を体験しだした時、泣かせないセミナーをやっていたワケが、明らかになってきました。わたしは去年の夏、こっぴどく痛みの感情にやられて、その痛みがあまりに痛かったものですから、無意識のうちに、感情を深く感じることを、恐れるようになっていたようです。「もう、あんな痛みは感じたくない!」、そして、「あんな痛みは、他の人にもさせたくない」そんなとこに、立っていたことが、みえてきました。そして土曜日のセミナー、深く感情(感覚)を感じ、その人本来の、深い愛に触れていく、深いワークをやっていくことができました。自分で言うのもなんなのですが、いい仕事ができたなという感覚です。そして、「マスターが帰って来た」と、自分の中ではっきりとした手ごたえを感じていました。それも、以前よりずっと静かに、パワフルに。今日、セミナーに参加してくれている古くからの友人からの電話で、「昨日のセミナーは、ホントに素晴らしかった」、「はまちゃんが、パワーアップして復活したって実感した」と伝えてもらいました。そして彼から、「おかえり」との言葉をプレゼントされました。強い痛みをどうにも出来なかった頃、「なんでこんな思いをしなくちゃいけないんだ!?」、「なにか、悪いことでもしたっていうの?」、「誰でもいいから、どうにか助けてよ!」って感覚を、連日味わっていました。その痛みは、まるで永遠に続くかのようでした。でも、ふと目に留まったのは、「夜明前が一番暗い」という言葉でした。永遠に思えた痛みの中、その言葉を信じ、耐え続けた感じでした。そして今、「今この瞬間を生きる」、「今ここに在る」という生き方を思い出し、実践している中、あの経験が、今の自分のあり方を、ずっと大きく、ずっと強くしてくれたんだなと感じられます。生きててよかったなって感覚です。自分で自分に言っちゃうけど、「マスター、お帰りなさい。」本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
February 8, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。先日京都で行ったトークライブの中で、ふと小学生の頃に飼っていたインコのことを思い出して、驚いてしまいました。実は小学生の時、うちで黄色いインコを飼っていました。ところがある日のこと、そのインコは野良猫に殺されてしまいました。(逃げたと思っていたけど、殺されていたのを思い出しました)すごくショックで、長いこと泣いていたのを覚えています。ところが、それから2週間くらいしたある日のこと、部屋の中に鳥が一羽舞い込んできたんです。で、その鳥は、青い色をしていたのですが、よくみたらビックリ。青色のインコだったんです。黄色のインコが、青い鳥になってなって帰って来たんです。わたしはこのインコを、虫網でつかまえて、飼うことになったんです。このことは長いこと忘れていたことだったのですが、トークライブの中でふと思い出しました。青い鳥のお話といえば、「探している間は見つからないけれど、実は『ここに在った』ということの象徴ですよね」(実はこれ、ものすごく深いんです)でも、うちの家には青い鳥が「帰って」来ました。これ、なんだろうな?って、考えるのではなく、感じてみて、答えが降ってくるに(気体や執着をせず)まかせていました。そうしたら、降りてきたのは2つの答え。ひとつは、去年の初夏ごろからの自分の状態についてでした。去年の初夏ごろから、実はわたし、ものすごく強烈に感情を揺さぶられるのを体験し、(潜在意識の深い深いところの痛みが、あるきっかけから表面化したのです)感情にどっぷり、思考にどっぷりの世界にはまり込んでしました。勘のいい方は、去年の夏ごろからのマスターの文章と、それ以前の文章、何かが違うなって感じられたかと思います。強烈な痛みからは、秋ごろになんとか抜けることが出来ましたが、でも、それはアタマでの理屈で解釈するカタチで、なんとか自分を納得させていた状態で、こころ静かで平安な状態ではないことは、どこかで感じていました。ところで、わたしには不思議なことに、「2月になると、いい流れに変っていくな」という予感がありました。こういう予感は、なんの根拠もないのですが、でも、これまでもそのとおりになっていましたので、今回もきっとそうになるだろうなとは思っていました。そうしたら、いろんな方のサポートが入り始め、いろんなカタチでのサポートも入りはじめました。そして、去年の夏ごろからすっかり思考と感情に溺れてしまって、忘れていた、ただ「今に在る」ことを思い出し、その勘を思い出し、それを実践して生きるようになったんです。そうしたら、ものすごく静かで、穏やかで、満たされた感覚が蘇ってきました。しかも、以前よりもずっと楽に、その楽な状態を楽しめるようになったんです。その状態になってみてよくわかるのは、去年の痛みを感じる体験が、あまりに痛かったものですから、知らず知らずのうちに、「感じる」ということを避けるようになって、思考と感情の世界にかえってはまってしまっていたんだなということです。今この瞬間に「在ること」、今ここの瞬間に「いる」ことは、思考や感情に振り回されることのない、静かで、満たされて、生きている感、生きている至福の幸福感を、今ここで感じる最高の時間(実際には時間のない世界)です。探してもみつからなかった青い鳥が、実ははじめからそこにいたという物語が伝えているのは、このことだったわけです。そして、子供の頃、黄色のインコが青い鳥になって帰って来たのは、見失った自分が、「大丈夫、ちゃんとまた帰って来るよ」というサインだったんだのかなとうけとりました。それがひとつ目の答え。もうひとつの答えは、今まではごく一部の特別な修行をした人しか体験できないことなのだろうと、多くの人が信じてきたであろうこの状態。でもホントは、誰もが本気で決めて取り組みさえすれば、可能なものだということを、多くの人が思い出していくんだろうなということを表しているんだなきっとと感じ取りました。そして、この「今ここに在る」状態を多くの人が生きるようになるサポートをこれからやっていくのが、ホントにやりたいことなんだなとリアルに感じています(勿論、音楽もね)。それでは、また。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
February 5, 2009
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