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新横浜に用事があり、ワイフと一緒に出かけて行ったついでに、新横浜駅の近くにある「ラーメン博物館」を見てきました。オープン当初からラーメン大好き人間の小生がに、とっても気にしていた博物館です。300円の入場料を払って入ると、まず目に飛び込んでくるのが映画の看板。SF映画「地球防衛軍」、懐かしいですね。「鳴門秘帖」、ワクワクさせられました。こんな昔ながらの映画館の切符売り場も作ってあります。大人170円、学生130円、小供80円、指定席210円と表示されています。昭和30年は安かった。映画は庶民にとって最大の娯楽で、小生も兄に連れられ「笛吹童子」なんぞを観に行きましたっけ。行けば1日かけて2回は観てきたものです。昔は入れ替え制ではなかったですからね。「ラーメン博物館」のコンセプトは、昭和30年です。まだ、日本が貧しくもみんな懸命に生きていた時代でした。路地裏を歩くと、こんな張り紙もあります。芸が細かいです(^-^)。肝心のラーメンですが、目下、山形の赤湯からみそラーメン「龍上海本店」、旭川は「蜂屋」、東京荻窪の「春木屋」、博多の「ふくちゃんラーメン」、和歌山の「井出商店」、熊本「こむらさき」、札幌「らーめんの駅」、他に「支那そばや」、会津若松の「牛乳屋食堂」などのラーメンが食べられます。小生は旭川ラーメンを食べたかったのですが、長蛇の列のためにあきらめ「春木屋」に入りました。荻窪ラーメン発祥の店で、昔から人気のラーメン屋です。店内もレトロっぽく作ってあります。食べたのがワイフは「昔味のらーめん」。昭和30年の味を再現したラーメンで、1日限定60食。値段は600円。小生が食べたのは「中華そば」800円。「中華そば」は煮干しの香りがプンプン。「昔味のらーめん」も、こちらの「中華そば」も癖になる味で、とっても満足できる味でした。しかし、1杯800円とは、値段だけは昭和30年ではないんですね(^-^)まだ夏休み期間とあって子供連れの家族が多く、中二階から眺めるとかなりの賑わいで、日本人は老若男女を問わず、なんとラーメンが好きなのだろうかと改めて認識させられたのでした。
2009年08月25日
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8月22日の夜19:00から、「世田谷区たまがわ花火大会」が、二子多摩川の河川敷で開催されました。今回で31回目だそうです。打ち上げるのは6000発。調布の花火大会は1万2000発でしたから半分です。ところが毎年のことですが、対岸の川崎市と同時開催で、川崎市側でも6000発を打ち上げますから、数的には調布とおなじです。17:30ころ、息子と息子の彼女、それにワイフと小生の4人で、ビールとおつまみと敷物を携えて出かけて行きました。我が家から歩くこと約40分。多摩川の土手に出て、川に沿ってさらに二子多摩川方面に歩きます。広い河川敷の芝が生えたサッカー場までくると、点々と敷物を敷いてくつろいでいるグループが見え、その片隅に敷物を敷いてスタンバイOK。やがて空は暮れなずみ、主催者の挨拶があって花火大会の開始です。上の写真の右下に小さく、花火が写っていますが、これは川崎側の花火です。花火がはじけている感じですね。花火大会は19:00~20:00間での1時間で、調布より30分ほど短い時間でしたが、内容は充実していたような気がします。座っていた河川敷が風下とあって、しばらくするとハラハラと何か顔に当たるモノがあります。花火の燃えかすでした。花火大会に出かけて行って、燃えかすを浴びたのは、これで二回目です。以前、和泉多摩川の花火大会があったとき、首が痛くなるほどの近くで見ていて、燃えかすを浴びたのですが、そのとき「花火の燃えかすが落ちてきますから、上を見上げないでください」とのアナウンサーのコメントに、「じゃあ、どやって見ろって~の」思ったものでした。往復で約100分ほど歩き、帰る途中でワイフと居酒屋へ。なんせ、せっせと歩いたものですから汗びっしょり。その時飲んだ生ビールの旨さに、日本人で良かったことを、しみじみ噛みしめたのでした。
2009年08月23日
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昨年、フライショップで購入したマティリアルの「CDCフェザー」。さて、これをどうやって使うかを考えているうちに、1年あまり放りっぱなしになっていました。普通、CDCフェザーといえば、ストークにファイバーが生えているもので、エルクヘアー・カディスのアンダーウイングなどによく使われますね。フライフィッシングをやる人なら良く知っているように、この羽根はカモ類の、ケツ(尻)の油を分泌する部分に生えてるため、油分が付着して軽くて良く浮きます。ただ、非常に柔らかい。小生が買ったCDCフェザーは、ストークにファイバーが生えているものではなく、ファイバーが細かく刻まれたものです。ウイングにできるようなマティリアルではありません。そこで、これはスレッドによりつけてボディにするしかないのではと思い、「Xカディス」のボディにすることにしました。テールをつけ、CDCフェザーでボディを巻き、レッグ用のハックルをとりつけます。ハックルをまきつけ、エルクヘアをウイングにします。「Xカディス」の完成です。CDCがボディに巻いてあるので、かなり浮力は高いはずです。早速、先日出かけた雑魚川で試してみましたが、かなり波にもまれても良く浮いてくれました。しばらく使うと水が浸透して水面直下を流れますが、イマージャーとしても有効ではないかと思いました。#12~16サイズの「Xカディス」を巻いて、本格的に試してみようかと思っています。この「CDCフェザー」はウイングなどには使えませんが、ウイングなどを巻いて余ったCDCフェザーなどがあったら、捨てずに切り刻んで取っておいて使っても良いのではないかと思います。
2009年08月15日
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今年のお盆は、高速道路がどこまで行っても1000円ということで、いつもの時期より混雑は必至です。ということで早々と、須坂市にある両親のお墓にお参りに行ってきました。でもせっかく長野まで行くのですから、渓流を見てこない手はありません。そういえば昨年もお墓参りに行った時には、上田菅平で高速道路を降り菅平高原に上る道路沿いを流れる神川に入りました。その時は5センチほどのイワナが1匹という、情けない状態でした。で、今年は標高の高い川がいいだろうということで、奥志賀高原を源流とする雑魚川に寄ることにしたのでした。11日の丑三つ時(午前2時~2時半)に東京を出て、関越道、上信越自動車道をひた走って、早朝5時には志賀高原に着いていました。折しも兵庫県では大雨の被害が続出し、台風9号が関東に接近中、おまけに後で知ったのですが、牧ノ原付近では地震で東名がストップという、「これでもか!」と言うほど自然災害が発生している時でした。雑魚川は標高1600メートルの志賀高原を源流とし、秘境といわれた秋山郷の切明温泉で中津川に合流します。中津川もイワナの川で、昔、3度ほど通って面白い思いをした懐かしい渓流です。雑魚川に沿った林道に車をとめて外に出ると、水の流れるすごい音が聞こえてきます。川の様子を見る前から増水していることが手に取るように分かりました。それでも、ここまで来てロッドを出さないわけにはゆきません。支度をして川に降りると、降りた所から動けない。うっかり立ち込んだら流されそうです。水は透き通っていましたが、両岸いっぱいに水が流れていました。3~4カ所ポイントを換えて入ってみましたが、どこでも写真上のような状態。こういう増水時、イワナは流れの緩いヘチに寄っていることが多いので、遡行できなくとも小さなポイントを丁寧に探ってみましたが、全く反応がありませんでした。イワナがいないはずはないのですが、地元の釣り師の話では、「増水時にイワナは腹一杯餌を食うから、食い気がなかったんだろうな」ということでした。釣っている最中、霧が出るし、にわか雨が降るしで、天候はめまぐるしく変化。それでも「庄内」ナンバー、「多磨」ナンバー、「厚木」ナンバーの車が、林道のところどころに停まっていました。上の写真は志賀高原漁協の看板です。雑魚川では20センチ以下のサイズはリリースしなければなりません。この川では原種保護の活動が行われており、雑魚川の各支流は種の保護のために永年禁漁になっています。また本流筋でも自然産卵場があり、種の保存に力を入れていることが伺えます。帰り道、高原の上でコオニユリの群落や、秋の七草のひとつである「フジバカマ」が花をつけていました。「フジバカマ」は都会ではめっきり少なくなっていますね。お盆も過ぎると高原にも、足早に秋の気配がただよい始めるようです。
2009年08月12日
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先日、フライショップの老舗で、浅草にショップがある「T釣具店」に仕事で行ってきました。そのときに見つけたのが、下記のグッズです。これは「マグネティック ティペット スレッダー」というグッズ。何かと言うと、フライフックのアイにティペットを通す道具なのですね。写真のように、溝の端にフックのアイをあてがい、スレッドを溝に沿って滑らすと、アイに通すことができます。アイを置く部分が結構強力なマグネットになっていて、フックが動かないようにセットすることができます。上の写真のようにフライをセットして、溝にそってティペットを送り込むと、自然にアイに通る仕掛けになっています。これはMade in the U.S.A.で、いかにも不器用なアメリカ人が、考えそうな道具だと思いませんか。この道具は老眼になってしまった小生ようなフライマンや、薄暗くなりアイにティペットを通しにくくなった夕マズメ時に、急いでフライをチェンジしなければならないような場面に便利、なように見えます。ただ、使ってみて思ったのですが、これはハックルが厚く巻いてあるフライや、ミッジなど小さなサイズのフライ、また8Xくらいの細いティペットの場合、少しでもハックルなどに遮られると糸が曲がってしまい通しにくいのも確かです。ある程度、練習をすればもっとスムースに通せるようになるかもしれませんが、果たして老眼フライマンの救世主になってくれるのでしょうか、、、、?
2009年08月09日
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東京の町中を歩いていると、「こんな所に、こんなモノが」と、思わぬ発見をして楽しくなります。そんな中から、歌碑を取り上げてみました。上の写真は「上野駅」にある、『ああ上野駅』の歌碑です。日本の高度経済成長期に、東北から中学・高校を卒業した農家の次男、三男が就職列車に揺られ、東京で就職するために集団で上京しました。集団就職は1954年から1975年までの21年間つづきましたが、東京で成功した人もいたでしょう。夢やぶれて故郷に帰った若者もいたに違いありません。彼らは「金の卵」と呼ばれ、経済成長期の日本を支える原動力となったのでした。上野駅は東京に入る玄関でしたが、同時に故郷につながる出口でもありました。故郷を懐かしんで上野駅にやって来た若者の心情を唄った『ああ上野駅』は、昭和39年、井沢八郎によって唄われるや、ご存じのようにたちまち大ヒットとなりましたね。上は有楽町マリオンとマリオンの前にある『有楽町で逢いましょう』の歌碑です。フランク永井が昭和32年に唄い、今もなおカラオケなどで唄われているヒット曲です。道路を挟んでマリオンの正面には、数寄屋橋公園があります。数寄屋橋はラジオ・ドラマ『君の名は』の主人公・真知子と春樹が半年ごとの再会を約束して待ち合わせした場所です。「あなたを待てば 雨が降る~」なんて、なかなかの名調子だと思いませんか。三題目は『学生時代』の歌碑です。平岡精二が作詞・作曲し、ペギー葉山が昭和39年に唄った青春歌謡ですね。ペギー葉山は青山学院女子高の生徒でしたから、この歌が青学の第二校歌と言われるのも、うなずける気がします。歌碑は渋谷区青山にある、青山学院構内の本部の前にあります。「つたのからまるチャペルで 祈りを捧げた日~」なんて、甘酸っぱい気持ちにさせられる歌詞だと思いませんか。小生の学生時代は、40年も昔のことになってしまいました。学生運動華やかな頃で、ロック・アウトで授業が休講になったり、それを良いことに彼女と映画を観に行ったり、いろいろと甘いようなほろ苦いような思い出が鮮明に残っています。
2009年08月01日
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