同じ年で仕事で知り合いになった「やっちゃん」は女性で建築の施工図面を書く仕事をしていました。
昭和60年頃の話です。
彼女は某有名百貨店〇縞屋の子会社で作図を覚えて、独立して図面書きになりました。
私も当時建築会社に勤務していて知り合いになり、同年輩ということで仲良しになりました。
図面をもらいにいったりしているうちに、「あんたも書いてみなよ」ということで練習がてら手伝うことになりました。
勤務する会社が終わったあとに、また仕事なのですが、こんな事は慣れっこで
図面屋は夜更かしの最たる仕事で、明け方一番電車で帰宅後1時間 仮眠して
会社に行くなんてことを平気でしていました。
えっ眠くないのかって-------会社で暇なら昼寝してました。あはは![]()
当時はまたCAD(PCで作図)はIBMのメインフレームのものだけで
一般には高くて手がでない頃です。PCは目ン玉が飛び出るほど高くてNECの9801が
200万くらいでした。まだワープロの親方みたいなもので一太郎くらいしかまともに動くソフトもなかったのです。

私は初心者なので平行定規という横だけはきっちり線がかける式のもの
これは横の定規だけが上下にスライドします。
縦の線や斜めは大きな三角定規で引きます。
毎晩せっせと通い、昼間寝て(オイオイ でも会社でも勉強になるので大目にみてくれました)
少しは線が書けるようになりました。
ついでに会社で図面の訂正もできるので会社はニコニコ![]()
図面の仕事が暇な時は、夜中に宴会です。わーい
夜中になにか買いに行って食べたりとか、女ばっかりで楽しくやっていました。
旅行はいつもワゴン車を借りて、運転手はあたちでしゅ。
あちこちみんなで行きましたね。お金がかからないように、おおきな会社の保養所や
お金持ちゃまの知り合いの別荘など、きゃあきゃあ騒いで楽しかったなあ。
別にどこでもよかったのです。皆でどんちゃん騒ぎができれば。
私も少しは図面らしい物もかけるようになり、やっと線がきれいに引けるようになってきました。
レイアウトが割りと評判がよかったので、事務所の家具の配置などの仕事もやりました。
あっどこかの外国の日本大使館の家具のレイアウトのたたき台も書きましたね。
なかなか面白かったですよ。
当時はみな手描きで、衣服は鉛筆の粉で黒くなるので、腕カバーと前掛けは必須でした。
数字はテンプレートで入れるときれいで、評判がいいのですが、時間がなくなってくると手描き私はもともとが事務屋なので、図面書きの書く数字と少しスタイルが違うので苦手でした。
8とか4 2 などは書き方が違うのです。
この続きは明日ね![]()
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