昭和33年と言う設定だと、あの男の子たちとオイラは同じ年代ですね。
たしかに着るものも、お粗末でした。
食べ物もカレー (ライスカレーといふ)なんてご馳走でした。
フラフープなんてのも流行りました。
ホッピングという竹馬とバネの組み合わせみたいなのもありました。
乳母車は今のようなチンケなのではなく、堂々たるもので、
子供は小学低学年なら、なんとか赤ん坊と一緒に乗せて貰えるくらいでした。
買い物もこの中に放り込み、とにかく便利なものでした。
当時のおばあちゃんは、本来の使用方法ではなく、買い物車にしていたくらいです。
使い捨て時代ではないので、あちこち親戚を回りまわってボロボロになるまで使いました。
とても高価だったから。
靴下も継ぎ接ぎ、セーターは穴が開くと、他の毛糸で繕い、スカートやズボンは
上げがたっぷり取ってあり、大きくなるにつれて、上げをおろしてはいたものでした。
色が焼けているなんて、への河童です。
おいしいお菓子も ご馳走もないし、ゲーム機もありません。
遊ぶのは、空き地で陣取り、おはじき、缶けりなど。
青っぱなたらして、腹ペコになるまで遊んだものです。
でも不幸だと思った事はなかったです。いじめだってありましたよ。
悪ガキやガキ大将もいて、たたかれたりからかわれたりもしました。
でも自殺するような子供はいませんでした。
旅行とか、親が遊園地などに連れていってくれるなんて5年に一度くらいしかなかったし、
でも給食費も、親はちゃんと払っていました。
なんだか今の時代の方が、子供は不幸な気がします。
習い事、勉強、陰湿ないじめ、こんな事ばかり。
食事はインスタント・レトルト・コンビニ弁当と家庭料理も食べていない子もいるとか。
お金を渡され、これでちゃんと買いなさいって、かわいそうだよね。
お年玉は少ないと「えっ、これっぽっち」なんて平気でいう子供。
もらうのが当たり前という子供----親はもらうものが多いと出て行くのも多いというのに。
「お母さん、去年のお年玉の5万円貸してあるんだから、ちゃんと返してね」なんて
いう子供を見ると張り倒してやりたくなります。
私はお年玉は、絶対に子供に直接渡しません。
必ず、親に渡して「お母さんに何かいい物を買ってもらいなさい」といいます。
高校生までこれは適用しています。
親があるから、お年玉も来るのだということを、ちゃんと判らせてやるのです。
直接もらえば、ありがたみもないのです。
お金は正月には降ってくる、クリスマスはクリスチャンでもむないのに、物をもらう日となり、
与えられることばかりの子供たち。
自分のしたい仕事が見つかるまで、探しなさいというアホ親。
好きな仕事をして、お金を稼いでいる人なんか、世の中にわずかだというのに、
なんでこんなバカな事を親はいうのでしょう。
この映画をみて、益々そういう気持ちが強くなりました。
時代が違うという一言で、片付けてほしくないです。
また堅い話で 
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