Aselluseの丸太小屋

Aselluseの丸太小屋

2011年08月12日
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終戦記念日が近づくと 母が毎年同じ事を言います。
TVでも 戦争の悲惨さなどの特集番組があるからなんですが。

1 好きな事は何一つできなかった。 おしゃれも振り袖も着られなかった。
2 蚊帳の釣り手も鉄瓶も供出で取られた。 蚊帳は紐で吊った。
3 お寺の鐘が なくなって 時間がよくわからなくなった。
4 おいもと雑炊ばっかりで 甘い物がほしかった。

鉄でできたものは みんな軍艦のために持っていかれました。
お寺の鐘もそうです。 当時は夕方5時にお寺の鐘が鳴って 家に帰ったものです。

そうやって作った軍艦は 役に立たず鉄くず同然になったと知り


父は予科練の志願兵でしたが あまり戦争の話はしませんでした。
思い出したくもなかったようです。
終戦は霞ヶ浦で迎えたと言ってました。
直前に大きな爆撃があって なぜか仕官など偉い方の人達がいた壕に
爆弾がボタボタ落ちて 壕にも入れなかった少年兵上がりの人だけが
助かって 死んだ人を ひたすら穴を掘って埋めるという作業に追われたと言ってました。
もう 人という感覚はなくなって 臭くて汚いものを埋めてしまわなくてはという事だけだったとか。
真夏の事ですから 二日も経てば腐って来ます。
人間の尊厳なんて 吹っ飛ぶもんだとも言いました。

私が 階段をドタドタ下りると 軍なら懲罰ものだと笑ってました。
潜水艦で 階段など足音を立てると 見つかってしまうからです。


母の鉄瓶の話は 叔父の事に変化していきます。
母の叔父は 招集直前に肺結核になり 隔離病院で亡くなりました。
あの頃 病院に入れる事ができたなんて かなり経済的にも大変だったようです。
見舞いには みんな行かなくて 母がお使いと見舞いを兼ねて行ったようです。
軽便鉄道という 狭い線路の汽車で 坂道では乗客が降ろされる超ローカル線にのって

そのせいか 母も軽い結核になりました。
医師は「肋膜炎」と診断したそうですが 後で慈恵医大の先生に聞いたら
軽い結核は 世間体を考えて「肋膜炎」と診断したのでしょうと・・・・・・

今は武力の戦争は減りつつありますが まだどこかでドンパチやってます。
やってくれないと困る国と会社があります。
そして お金による戦争も今の特徴ですね。
災害も 交通事故も 癌も戦争も 大きな意味で 自然淘汰なのでしょう。

ごーん  鐘の切れ目が縁の切れ目なんちゃって





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最終更新日  2011年08月12日 20時28分30秒
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