木場公園は11時辺りから あちこちの保育園児の運動場になります。
豊洲にもありますがここは子供野球のグラウンドなので 公園の方が環境もいいです。
小さい頃 通った保育園には広い遊び場がありました。
ブランコ ジャングルジム 雲梯 シーソーなど
教室に囲まれた広い室内運動場は舞台が付いていて 学芸会やら行事はここでしました。
おひな祭りも確かやった記憶があります。
私は 当時としては珍しく2年保育でした。
まあ 最初の一年は母が帰宅まで ずっと付き添っていないと大泣きするガキでしたけど。
やっと2年目から送迎だけで 通う事がてきるという超どうしようもない子供。
当然 トイレなんて一人でした事もありません。
これは仕方ないのかもしれません。
田舎の事で いわゆる二本橋 子供が一人で用足しするには かなり危険なトイレでした。
当然 くみ取り式 肥桶で担いで回収というレトロなもの。
立川談志師匠に言わせると「肥桶の数には分数が必須なので 当時の方が分数は役にたった」
ビルの1階などに設置された保育園はまだいい方なのかもしれません。
駅ビルやショッピングセンターに設置の保育園も多いです。
ゼロ才保育 ここまでしないといけないのか これは私はまずいと思います。
一生のうち 一番お母さんが好きなのは10才まででしょう。
そして 一番必要なのは3才までだと思うんです。
自分の記憶をたどって 母がいないと絶対いやだと思ったのは4才辺りまで。
まあ その後は「うるさいおっかぁ」・・・・・だと。
ゼロ才から3才辺りまでは 一番かわいい時期ですよね。
クソガキの私でさえ 5才辺りまで 叔母は「ホント可愛かったよ」と今でも言ってくれます。
こんな時期を 保育園に預けるのって もったいない。
私は なぜか3才辺りまでは記憶があるのですが やはり甘えて愛情もたっぷりもらったと思っています。
この頃は「母だけ居ればもういい」という時期でしたね。
野良子はこっち見てね。
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