マスコミでは言えないこと。

マスコミでは言えないこと。

May 21, 2007
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 夜の商売をしながら子育てしているシングルマザーは少なくない。
 水商売イコール不幸の影というのは今では古いかも知れない。

 もちろん、遠くまできてしまった鏡のなかの自分を見つめ、たど
り着く岸辺はあるのだろうかと答えのない答えを探して、ふっと
過去を消しゴムで消したい気分になる。

 そんなとき、子供の笑顔だけが「今の幸せ」という現実に引き戻し
てくれる。

 決して不幸ではない。今が楽しいと彼女はいう。
 北関東出身で、今は関西の中堅都市に住んでいる。



 20才で子を産み、全てから逃れるように関東を後にし、わずかな
知り合いを頼りに関西に渡った。

 時代がバブルだったのは不幸中の幸いで、

「若くて可愛い」

 は最大の動産であった。夜の街では子供のハンディにならない。

 恋いもした。分かれもあった。そして子供がいた。

 コツコツと貯めたお金でマンションを買った。
 全ては子供のためだ。

 いつ、何が起きても、家があればなんとかなる。

 世間でいうところの「蒸発」をした時の経験則だ。
 人間住むところさえあればなんとかなるものだ。


 松は明けていないが、一にでも早くマイホームに住みたいと
その日に決めた。

 狭いアパート暮らしの荷物を全て入れても、広々とした
新居に無造作に子供オモチャを並べてみる。

 足の踏み場がある。


 そして一週間後。

 関西地方が大きく揺れた。
 未明のことで、とにかく子供だけはと抱きしめて、揺れが収まる
のをまった。

 母子2人だけの生活にさほどの家具はいらず、幸いした。
「全ての家具」は倒れたが、母子の生存スペースは充分に残してく
れたのだ。

 大きな地震だったなぁ。

 ぐらいに考え、家具は好き勝手な方向に倒れ、食器が割れ散ら
かったダイニングを眺め、片づけの大変さに目がくらみそうになっ
たが

「ママ、凄かったなぁ」

 と、すっかりネイティブな発音の関西弁を操る息子が無事だった
だけでも幸いと考えるしかない。

 後に阪神・淡路大震災と名付けられることになった地震で、命が
あっただけでも良しとするかとベランダから外を眺めると、世界が
傾いている。へんだ。

 マンションが傾いてしまっていたのだ。
 念願のマイホームに住んだ期間は1週間。

 住宅ローンの残りは4000万円。

 それでも彼女は笑っている。笑うしかないと。

 さて、彼女はシングルマザーだが、息子の父親欄には名前が
ある。

 彼女の親友のカレシだ。事実はともかく将来成長したときに
父親不在よりも名前だけでも父親がいるほうが良いだろうという
20才の結論だ。

 親友もカレシも彼女も皆20才。
 若い頭脳が集結しても文殊様にはほど遠い。

 本当の父親は北関東から一緒に「上京」してきた男だろうと
みられている。

 もちろん、真相は神様と彼女しか知らない。

 彼女は高校を卒業すると男と一緒に上京し同じ職場に勤めた。
 独身寮があったのが理由だ。

 男も彼女も漠然と、結婚を考えてはいたが手段も方法もわからず
バブルの絶頂期へと駆け上がる「東京」は、北関東ののどかな風景と
は違うぎらぎらとしたエネルギーがほとばしっており、それは人生
の階段を一段ずつ上がろうとするものをあざ笑っているようだった。

 彼女は少しだけ傷が癒え、新たなチャレンジをすることにした。
 転職だ。

 自分のことを知らない人だらけの、東京という街では少しずつ
癒されていくように感じた。

「あのことをこの街の人達は知らない」

 出会いというのは常に運命の女神の演出によるものだという。

 彼女が決めた転職先に「朝一番」のつもりで出社すると、もうす
でに雑巾掛けをしている人がいた。彼である。

 彼は彼女を見かけ用件を聞くと、担当部署に案内をした。
 3ヶ月後、彼女は彼の隣の部署に配属され同じフロアで時間を過
ごす。

 全くの偶然が2度も続けば惹きつけあう引力の法則を人類はいまだ
発見できていない。

 彼女と彼はつきあい始めた。

 一月後、告白する。
 まだ男と別れられていない。と。

 転職した際に別れを切り出し、そのたびに逆上して暴れ、暴力も
あったという。そして自然消滅を狙うと、アパートの下で待ち伏せ
している。

 あのこと以来のつきあいがあり、無碍にもできず、強引に身体を
求められ、拒否すれば暴れられる。
 恩義を感じている男を犯罪者にするわけにはいかない。
 その行為は人類愛からくるもの以外に理由を探すのは困難だった。

 育ちの違いに求めるのは間違いだろうと思いつつ、東京育ちの彼
と比べてしまう。

 告白に時間がかかったのは、彼を失う恐怖と、彼が男と顔を合わ
せることで起こるトラブルを怖れていた。
 そして何より、自分の過去を知られることを怖れていたのだ。

 彼はいう、一緒になりたいと考えている。
 彼女の辛い経験もひっくるめて背負っていきたい。
 一緒に歩いていきたい。

 下手なプロポーズだ。

 一緒に上京した男とちゃんと別れててくる。
 今回だけは一人でいかせて欲しい。
 そういう彼女に、彼は自分の父親の故郷の浜で幼いときに岩場
で見つけ、何度も磨いて宝物にしていた貝殻をお守りがわりに渡した。

 いつでも駆けつけるから、俺だと思って持ってて。

 青春というのは残酷なほど愚かだ。
 20才の彼の脳味噌にはおがくずと、ハーレクイーンロマンスが
詰まっている。もしくは安物の青春ドラマのカーボンコピーが。

 彼女は彼の前から姿を消した。

 別れ話が不調となった直後、吐き気に襲われた。
 ベタ過ぎる話しだが、つわりが彼女のもとを訪れた。

 彼女にとって2度目の妊娠だった。
 だから、生みたい。

 男とはもうない。しかし、子供は生みたい。

 夏祭りの夜、バイトの帰り道、早く帰宅して浴衣に着替えて
親友と遊びに行こうと「近道」した空き地だった。

 一度目の受精をした。見知らぬ中年男が父親だ。

 ボロ雑巾のように性のはけ口の被害にあった17才の
女の子に、口性のない近所の噂が追い打ちをかける。

 ちょっとした有名人の誕生だ。なりたくもない。

 命は尊く、地球よりも重いものなのだろうが、彼女は授けられた
命を殺すことにした。

「腫れ物に触るように」という言葉を体感していたときに、元気な
声で接してきたのが、その一年前の夏祭りで告白され

「ゴメンナサイ」

 とした男だった。
 親友を除いて始めての援軍だった。

 本当は短大に進学する予定だった。
 成績は中の中だったが、先生の覚えめでたい明るく優しい子で
推薦という手段もある。

 バイト先でコーラを紙コップに注いでいる際、氷を多くすると
コーラの量が減っちゃうな。じゃぁサービスで氷ナシにしたら、
お客さんが喜ぶぞと「氷ナシコーラ」をだして、クレームをうける
ぐらいの優しく、抜けている加減も愛されていた少女。

 進学は取りやめた。検討するにも値しない成績に急降下している。

 夏祭り以来、フラッシュバックのように蘇る悪夢と、周囲の好奇
の目なか、教科書と対峙しろというほうがムリだろう。

 そして、数少ない味方となったゴメンナサイした男との上京を
選び、家族もまたそれを認めるしかなかった。

 大震災から2年後、彼と彼女は再会した。
 彼が子供のことを聞いたのは、その時が始めてで最後だった。

「俺の子供じゃないの」

 と避妊をしっかりしていた彼が訪ねると、そうかもねといった
彼女の笑顔は、だったらいいねとあり得ない話しとが入り交じり、
しかし過去と決別するための決意を感じられるものだった。

 あの朝以来の再会で、別れを互いに確認した。
 突然消えた彼女への思いを引きずっていた彼にとって、お守り
変わりの貝殻をその時までずっと持っていてくれたことは救いだった。

 そして互いの運命の輪はもう重なることはないかも知れないが、
しかし、その一瞬だけでも真実の愛がそこにあった・・・と、思い
たい生き物が男だ。

 北関東の普通の家で育った少女。
 短大に進学して、結婚相手を見つけて幸せな家庭を作ることを
夢見ていた少女。

 少女が上京してからの人生は彼女が選んだもの。

 北関東から東京を経由して関西へ。
 彼女は今も住宅ローンを払い続けている。





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Last updated  May 21, 2007 11:55:25 AM
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