彩

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カテゴリ

カテゴリ未分類

(67)

きもの

(15)

和裁

(4)

追憶

(0)

日々のこと

(10)

着物を着た日

(8)

音関係

(1)

息子ネタ

(0)

娘ネタ

(1)

心乱れた日

(0)

人形の着物

(0)

コメント新着

コメントに書き込みはありません。

お気に入りブログ

北海道チーズケーキ… New! ハナタチバナさん

胃カメラを受けに行く New! ★SAO★さん

手長ザルの着物 つぐみんまぎーさん
きものライフ あや@大阪さん
と魚のよろず帖 と魚さん
2004/10/14
XML
カテゴリ: 和裁
私の母は、洋裁が好きで高校を出て地元の洋裁学校に行ったけど満足できず

19才で上京、文化服装学院に行ったらしい。昭和20年代の終わり頃のこと。
その後父と結婚するまで洋裁で身を立てていた。

私の記憶にある母は、気丈な人だったけど病弱だった。
事業に失敗した父を支えるために洋裁もしていたけれど 今思えばストレスによる自律神経失調症。
近所の病院に行くのに不安で道路が渡れなかったらしい。
これは、私が結婚してから聞いた話。
一人っ子の私には、いつも気丈な姿しか見せなかった。


母は、「男の人は外で働いているのだから」と父を支えた。

私は、そんな両親を見て育った。

18才で進路を決める時、着物が好きなこともあったけど
家で出来る仕事として和裁を選んだ。
子供が帰ったときに「おかえり」が言える仕事がしたかったから。



昨日に引き続き、娘のことで夫と話していたら
結局、「社会を知らない母親が甘い」と言われた。

更に娘を呼んで説教しているうちにエキサイトして…

「ママは、仕事したことないから甘いんだ」
「ママだって縫い物してるじゃん」
「あれは、効率のいい仕事じゃないしママの自己満足…」


20才で和裁学校に通っている時からつきあってたのに
あなたが学生の時に私は仕立て代をもらって仕事してたよ。


「専業主婦のうちの家庭は、昭和30年代の形態だから」


そうかもしれないけど…

ゴミを出してと頼んだのは妊娠中に数回だけ、自治会も子供会もPTAも全部私だけでやったよ。

子供は実家に預けることができた。
バンドの練習もライブを観にいくのも釣りも一度も文句言わなかったはず。


「パパはお仕事があるから」

             …それがすべての理由。

パパは「家族を養うために働いた」ことを言うけど
家事や和裁は、お仕事として認められないみたい。


じゃあ、悪いけどこれからも自己満足の世界にどっぷりと浸かりますから!









お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2004/10/18 12:50:21 AM
[和裁] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: