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16日の誕生日にチョコッと帰ってきたときは、あれをこれをとバタバタしててちゃんと「おめでとう」と言えなかった気がして 夜になってメールで彼女の赤ちゃんの頃の写真でも送ってやろうとアルバムを開いた。可愛らしい写真(親馬鹿丸出し)でちょっと涙が出たことをメッセージに添えたら「ママに会いたくなった(涙」と返事が来た。シメシメ怒ってもダメなら泣き落としの手もあったか…とは思わなかったけど(後になって考えた)日を改めてデートすることにしました。ちょっとご飯を食べるだけの3時間。会えば機関銃のようにしゃべる娘 ^_^;なんとコンビニのバイトしようと面接受けると言っていた。ある意味見栄っ張りで「コンビニやスーパーは嫌だ」と言っていたのに??今のバイトは週3日の夕方からで収入が足りないし、学校のことも決められそうだから「○○ちゃんがバイト行ってる間に近所でできるから」ってパートの主婦かい?(笑)まあ、進歩したと受け止めましょう。「ママは着物で来てくれると思った。やっぱり着物の方が似合うよ」洋服が似合わないってこと?(-_-;確かに洋服には、ほとんど執着が無いから 工夫も無いし努力もなかったかな…今は、遠慮なく着物に没頭できて幸せ。「着物で暮らす!」と宣言してよかった。途中、銀行に寄ろうと車から降りて10mくらい歩いたところで少し年上のご婦人がニコニコと寄って来られて「いいわね~着物。日本人はやっぱり着物よね~~」と言われた。思わず、ちゃんと立ち止まって指先そろえて「ありがとうございます」って立礼してしまった(笑)なんでだろ?でもちょっといい気分の1日。
2004/11/19
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着物着ちゃいました!遠足の日みたいに枕元に着物の一揃いを用意して朝起きたら そのまま着物に着替えました。毎朝、中学まで息子を送ってやるので 諦めていたのだけど寒くなったし「やってみよっかな」と思い立ち…昨日から2回目です。やってみたら 案外あちらで流行っているあの言葉!「雑作ないこと」でした。まあ、上っ張り着るので 帯を省いて伊達締めだけなので(笑)朝ごはんの終わった息子が二階に上がって学生服に着替えている間にチョコチョコっと。降りてきた息子も今更驚くこともなく次に降りてきた夫も別に気にする様子もなく「なぁ~んだ、何てことないじゃん!」て感じ。で、朝起きぬけから 夜お風呂に入るまで着てました。以前読んだ「きくちいま」さんの言っていた「着倒しの着物」を用意しよう! ちなみに着物と関係のない本日の事件 ↓ 彩日記(いろどりにっき)
2004/11/18
何だか身体に力が入らなくて…某キャンディさん(←ちっとも某じゃない?)から承ったお袖のセットもお待たせ中。でも出来ましたからね、明日マジックテープつけたらお送りします。お待たせしてごめんなさい。今月に入って夫の会社PCの設定を頼まれてお仕事アパートに通いました。なのにうまくいかない。接続がものすごく不安定。NTTに電話してプロバイダーに電話して…まったく繋がらないのなら それはそれでわかるんだけど。これ一応無償のお手伝いです。夫は、私に「仕事したこともないのに」って言うけど PCは、ほとんどダメ。私は、(未だにタグが使えないけど)説明書読みながらやってきたのよ。修理から返った電話の子機の設定も「やっといて」のひと言。自分に必要なこと、興味のあることにだけひたすら熱中するB型。ま、出張なのでPCのことは来週でよくなったのでいいか(笑)紬姐さん、ジョニーさんやキャンディさん、みなさんの宴のお話を生唾ゴックンしながら読ませていただきました。いいなぁ~いいなぁ~紅襦袢チラリにクラクラしながら「私も絶対参加した~~い!」と涙を流しつつやっと針を持つ情熱を取り戻しました。でも気が付けば もうすぐ年末じゃない!あれもこれもしなきゃ、やらなきゃと焦ります。とりあえずフリマに在庫の半衿出しました。前掛けも出したのでよかったら見ていってください。ポリの無双袖も出したいのだけど 画像がイマイチ綺麗じゃなくて。今日は、娘の16歳の誕生日。午後迎えに行って、少し話をしました。学校をどうするか?これから生活をどうしたいか?とりあえず学校と連絡をとらせて 課題の提出と補講で進級できる可能性があるということなので本人の口から「学校行ってみる」という言葉が。教室に入れない原因の相手と先生を介して話し合ってみることも提案されて彼女の中に少し希望が見えてきたみたい。かなり気を揉んだ1ヶ月だったけど 時間をおいたから見えたこともあるのかな。
2004/11/16
ここ数日、ちゃんと普段着きものしてます。紬姐さんみたいに「着物の方が楽」とは、まだまだとても言えないけど少し慣れたような 楽になったような(笑)やっぱり着付けを最初に習ったときの習慣が抜けなくてタオルで補正したりパットを使ったりいろいろ試すうちに昨日と今日は全部無しにしてみた。ついでにコーリンベルトもやめてみた。ちょっとのグズグズは直しながら着ていると…慣れるもんだわ ヾ(^v^) ただお尻が大きいのが気になって 半幅帯だけじゃ外に出られない。写真を載せることを意識すると取り合わせも気になるし お化粧もちゃんとした(笑)スーパーで近所の人に出会ってもうふふな感じ。 彩日記(いろどりにっき)追記 「小学校の時の担任の先生が病気で亡くなったから」と娘が帰ってきた。 明日は制服でお見送りに行くらしい。
2004/11/06
娘が帰ってきました。といっても一時帰宅。ちょっと里心がついたのかしら?ほんの少しお小遣いを与えて 冬物の服をちょっぴり買い与え冷蔵庫の食品をしこたま持って行きました(笑)あれほど父親に言われても出来なかった「お小遣い帳」もお金が無いから「家計簿」付けてるんだって。10日ほど携帯を止めたのもよかったのかな。「○○ちゃんが6時半に仕事行くから5時半に起きてお弁当作ってる」あれほど起こしても起きなかった子が?お弁当?料理できたの?正直、このまま行かせたくはないのだけど…修行に出すつもりでもう少し預かってもらった方がいいのかも。無理に連れ戻してもダメかな。「○○ちゃんがバイトから帰るから もう帰るね」「私のことでママがパパにきついこと言われてるんじゃないか気になってたよ、ごめんね」大きな袋←食品を下げて行く後ろ姿がちょっと大人になったみたい。一緒に送って行った息子に「おねえちゃん変わったね」と言ったら「うん、ちょっといいヤツになった感じ」(笑)そうそう弟は八つ当たりの対象だったもんね。ちょっと気になったのは、こんな話。「このまえ、幽霊見ちゃったの。病院の前に子供が立ってた」私の母は、見えないけど気配を感じる人だった。夫は子供の頃見えたらしい。娘の名前を決める時、姓名判断に見せにいった私の母が「女の子だから早めにお嫁に行けるように」頼んだらしい(-_-; ちょっと早め過ぎない?まだ孫の子守はしたくないし(笑)その母がポツリと「この子は、見えるタイプかもしれないね」と言ってたことがあった。マジ?
2004/11/05
子供の頃、大奥は見られなかった。結婚した頃 なんと再放送があって毎日見た。その後リメイクがあって もちろん熱中、ビデオにも撮った。記憶が正しければ あの時の春日局は栗原小巻?最後の滝山もそうだった?時代劇、水戸黄門系はあまり好きじゃないのだけど公家、大奥は衣裳も豪華で綺麗。お正月には決まって大作ドラマ「天障院篤姫」「和宮様御留」などなど演出やキャストで人物像も違ってきますね。ビデオに撮って観てると面白いことがあるの。衣裳の打ち掛け、掻い取り(かいどりとも言う)が使いまわされてる(笑)昔、佐久間良子の「篤姫」が着ていた打掛を数年後に大原麗子が「お玉の方」で着ていたり今日の春日局の松葉(かな?)の打ち掛けも見たことがあった ^_^;変な楽しみ方かな(笑)実は、今日出張だった夫が9時半頃電話してきて「バスが無いから迎えに来てくれる?」ま、なんとか間にあうから行きましたよ。二階の息子に声かけて出たんだけど ちょっと遅れたの。バタバタっと駆け込んだら 息子がビデオ撮っててくれた。毎週見てるのを知ってて 気を利かせてくれたらしい。たかがビデオなんだけど ちょっとあったかい気持ちになれた出来事。
2004/11/04

イーグルス大好きなんです。彼らが現役?だった頃は、そうでもなかったし「ホテルカリフォルニア」も大して好きじゃなかった。 友達の家で復活ライブを観てオメメがハートになりました。だってね、ベースのティモシー・シュミットが素敵だったんだもん。そのビデオをダビングして毎日毎日観ましたよ。ティモちゃんのヴォーカルの曲は、2曲あってこの曲が流れたらテレビの前に正座して(笑)当時息子は、幼稚園児。母に毎日聞かされるもんだから覚えちゃってある日トイレでオ○ッコしながら「ア~イ キャン テル ヨォ ワァ~ィ♪」と歌ってた (>__
2004/11/02
昨日は、叔母からもらったウールを着たんだけど他にもあったよな~って積み重ねた衣裳缶をゴソゴソ。この衣裳缶、昔からある金属性の花柄のです(笑)嫁入りの時に持ってきた着物用。いかにも樟脳の匂いが似合いそうな缶。他に家紋の入った塗りの行李?も持ってきたのだけど 着物用ってマンションなどの押入れには不向き。着物は、そのままきれいに納まるのに入れ物が押入れに納まらない(笑)だからいつも箪笥の上なんかでホコリを被っている。なんと今は、ベッドルームの床に置いてある←邪魔なのよね。ま、そんな衣裳缶をゴソゴソしてたらブルーのウールが出てきた。あんまり好きじゃない亀甲柄で 若い頃「地味」が好きだった私には、中途半端に地味。好きじゃないのに何故か縁のある亀甲柄。振袖の帯揚げも亀甲、おばあちゃんが買ってくれた伊予絣も亀甲。勿体無いことにまだ縫っていない。20年も寝かせてある。昨日のウールは、矢絣がちょっと入ってて好きなタイプだった。ところが叔母の若い頃のもので身幅が狭い。これも長いこと放り出していたのを「普段着、普段着!」ってやっと直して着ることができた。ところが…身丈も短いわ~ (;_q))だから亀甲柄の方もあまり着るつもりじゃなかった。出てきたから一応羽織ってみたら あら長いじゃない!身幅もすぐに着れそうだし(笑)瓢箪からコマじゃなくて衣裳缶から亀甲。これって叔母(健在)のじゃなくて亡くなった母方の伯母のだったのかも。そう思ったら何だか亀甲の着物が愛しくなってきた。晩年、と言っても40代で着物にハマった伯母の着物だったのか?形見分けで叔母のところに行ったのが回ってきてたのかな?伯母は仕付けの付いたままの着物を沢山残して逝ってしまったけどこれは、付いていないから着ていたの?だから着てみました。中途半端な「地味」が似合う年になったのかなぁ ^_^; 彩日記(いろどりにっき)
2004/11/01
夫の出張と娘の不在、心中複雑なのですが…息子と二人でなんとなく平和な一週間でした←いいのかな?とりあえず言い争い、叱咤の声が無く静かな毎日(心の中では、心配が渦を巻いているのですが)そんな中で息子のひと言にちょっと涙しながら日記に書かせてもらって一緒にホッとしてくださったみなさまにご挨拶。感謝の気持ちを込めて初めての顔出しします。 彩日記(いろどりにっき) 今宵一夜の限定です(笑)
2004/10/30
おじさまに好かれているような気がする。赤信号で停まっているときに隣の車のおじさんに覗き込まれることが妙に多い。???なんでかな?「夜目、遠目、傘の中」だったっけ、「夜目、遠目、車の中」だから映りがいいのかも?おじさま専門のフェロモン振りまいてるのかしら(笑)今日の着物 彩日記(いろどりにっき)これに書き込まれたコメントもなんだかおじさま?っぽい。娘は、まだ帰ってこないし ちょっと精神的に参っている。だからコスプレしてると少し和める。
2004/10/29
午後遅く、家出娘がちょこっと帰宅。お小遣いをねだりたかったようだけど渡したのは3000円。未払いで携帯が今朝止まった。それも知ってるけど取りあえず払わない。携帯のお金を払うためにしていたバイトを勝手にやめてしかも「バイトだから」と夜遊びをしていたのが今回の懲罰の原因。「自分で撒いた種は自分で刈り取る」…少し厳しいか?ちょっとの間懲らしめてやろう。連絡は、彼氏の携帯にメールできるし(笑)正直、小さな子供なら紐で括ってでも家から出さないとこだけど そういうわけにもいかないな。少し苦労をして欲しい、と思いながら家にあったカップめんやらジュース、お菓子を袋に入れて持って行かせる (-_-;「今週 パパが留守の間に帰るから」と言い残して戻って行った。母は、ちょっと切ない…。ボンヤリしてたら 息子から電話。小さくなった学生服を合わせに行くことになっていた。指定のお店でサイズを合わせてもらって ついでに同伴のサッカー少年たちを送ったら夕飯を作るのに遅い時間になっていた。息子は、ラーメンが食べたいという。昨日もサッカークラブのOB戦に行ったので外食。「今週は、いいもん食べてないね。二人だし」と言ったら「ママも今週は、のんびりしたらいいよ」「え?」???「あ、ごめん。目上の人みたいな言い方だった」「????」いやいや驚いたのは、そっちじゃなくて。父、母、姉の数週間の闘いを彼はクールにやり過ごしていた。自分に飛び火しないように。母は、息子の前では泣かないで頑張っていたつもりだったのに。バレていたか…いつの間にか身長を追い越され、声変わりしてヒゲもちょっぴり(笑)でもやっぱり子供だと思っていたから 正直言って驚いた。母をいたわってくれてるの?(涙小さいときになかなか気難しい子供で「これをやりなさい」と言ってもダメ 「これに触るな」と言うと必ず触る そんな子だった。ある本を読んで(たぶん『人を動かす』だったと思う)「これをやりなさい」のかわりに「これをやってみたら?」「できるかな?」「触るな」のかわりに「触らない方がいいよ」お手伝いは「これをしてくれたらママは助かるんだけど」と言ってみた。これは、成功!同じことも言い方で受け取り方が違うもの。夫には、「何で子供に気を使わなきゃいけないんだ」と言われたけど小さな子でも命令されるより「頼まれる」「頼りにされる」ほうが気持ちよく仕事できると思う。命令されたことだけをこなすより 気持ちよく人のために出来た方がいいんじゃないかな?また「甘い母親」って言われそう (>_
2004/10/27
オークションにハマって以来、洋服を全然買っていない貧乏彩です。今日は、紬姐さんの(←あんこ紬さんのお言葉を拝借)言われる「変装」で試合観戦。学校関係、サッカー関係は『着物厳禁令』の出している息子なので仕方ありません。しかし、他のお母さんから見るとどっちが「変装」なのかしら(笑)小学生サッカーの頃は、親が当番で試合について行ってたのだけど中学生になってからは、あまり試合を見に行くこともなくまして一年は、試合にも少ししか出ないので送迎だけでした。サッカー部の三年が高円宮杯を終わって やっと主役交代となり 区内の「新人戦!」というのでついに母もサポーターとしてデビューしました(笑)他のお母さんの中には「息子に来るなって言われてるのよ」という人もいて我が息子も「やりにくい…」と言ってたのを「でも行くから」と押し切りとりあえず8人の母が黄色い声援??息子たちに嫌がられるので小さい声で(笑)ゴールが決まれば そんなこと忘れて「ワ~ワ~!キャ~キャ~!」やかましい!!前回は、かなり楽勝だったんだけど 今日の相手は強かった。結局PK戦になったとき…あるお母さんが「PKのときは、ベンチも一列に並んだ方が勝つことが多い」というので「ホントかな?」と言いながらゴールの近くで8人整列して見守りました。あっちのお母さん方はバラバラ。で、念が通じたのか2回目で決まって狂喜乱舞の8人!久しぶりに大きな声を出して楽しかったです。明日ももう一試合あるので「変装」して行ってまいります。サポーター転じてフーリガンにならないように ^_^;
2004/10/23
一昨日の台風で延期になったランチに行きました。夏のお祭りに友達の子供ちゃんの浴衣の揚げを直したのでそのお礼にって誘われてたの。お金をいただくほどの仕事じゃないから「じゃ、こんどおごりね」って言ったら憶えててくれました。彼女も私も中学の役員なので体育祭とバザーが済んでからという約束で(笑)ここのところ沈みがちだったので 少し億劫だったんだけどゆっくりゆっくり着物を着るうちに元気になってきたような。 彩日記(いろどりにっき)この蝶々の着物を着て行ったのだけど この写真のときは、帯揚げを無難な蘇芳に。今日は、少し「抜いて」←変な表現ですが薄いカラシ色にしてみました。たかが それだけの変化なのにちょっと嬉しい!同系色で無難にまとめるのは、わりと洋服感覚。せいぜい調和の良い反対色で「締める」くらい。あるとき展示会でお見立て上手のおじちゃまが「え~??」って色を帯締めに持ってきたとき意外な取り合わせの妙に感動したことがあって色使いの感覚は無限にあるんだなぁと思いました。これってテキストだけじゃ学べない感覚なんじゃないかな。たくさんの着物や小物を見て、触って養える感覚。
2004/10/22
午後、娘に会いに行きました。思ったよりかなり元気 (-_-;新しいバイトもみつけたらしい。お金が無いのも今体験学習中。彼氏がうちに来たとき「おまえ、なんか感情剥き出しでおかしいぞ」って言われたらしい。かなり追い詰められていたんだろうなと思いました。少し気分転換したら早く帰っておいで。ママは、ちょっと淋しいよ。
2004/10/17
ついにやっちゃいました(-_-;私がシャワーを浴びているあいだに。家出、三回目なんです。初回は、オロオロ心配しました。書置きがあったのですぐに捜索願を出しました。あとで警察で事情聴取されて本人も絞られて「もうしません」と言ってたのに。二回目は、すぐに追いかけて新幹線に乗ったとこで捕まえた!家出したがる中高生を「うちに泊めてあげるよ」という大人がネットの中にはウヨウヨいる。でもこのときも未遂で捕まえた。上記二回は、若気の至りだと本人も反省していたはずだった。今回は、「ママには心配かけたくないから」と彼氏の携帯番号、アド、家の電話まで事前に教えていった。というか、「もしいなくなったら、ここに行ってると思ってね」だって^_^;家出は決していいことじゃないし、行き先を知っていても心配は同じ。でも今の状況から逃げ出すには仕方なかったのかな…少し頭を冷やして帰ってきたほうがいいのか…「裏切られた」という思いに涙もでたけど何回も「ごめんなさい」とメールをしてくる娘に「よく考えて早く帰っておいで」と送った。やっぱり甘い母親ですね。
2004/10/15
私の母は、洋裁が好きで高校を出て地元の洋裁学校に行ったけど満足できず「女はそろばんができればいい」と言ってたおじいちゃんを説き伏せて19才で上京、文化服装学院に行ったらしい。昭和20年代の終わり頃のこと。その後父と結婚するまで洋裁で身を立てていた。私の記憶にある母は、気丈な人だったけど病弱だった。事業に失敗した父を支えるために洋裁もしていたけれど 今思えばストレスによる自律神経失調症。近所の病院に行くのに不安で道路が渡れなかったらしい。これは、私が結婚してから聞いた話。一人っ子の私には、いつも気丈な姿しか見せなかった。仕事一途な父は、あまり家庭的ではなかったと思う。母は、「男の人は外で働いているのだから」と父を支えた。私は、そんな両親を見て育った。18才で進路を決める時、着物が好きなこともあったけど家で出来る仕事として和裁を選んだ。子供が帰ったときに「おかえり」が言える仕事がしたかったから。昨日に引き続き、娘のことで夫と話していたら結局、「社会を知らない母親が甘い」と言われた。更に娘を呼んで説教しているうちにエキサイトして…「ママは、仕事したことないから甘いんだ」「ママだって縫い物してるじゃん」「あれは、効率のいい仕事じゃないしママの自己満足…」あ~そう思っていたんだ。20才で和裁学校に通っている時からつきあってたのにあなたが学生の時に私は仕立て代をもらって仕事してたよ。「専業主婦のうちの家庭は、昭和30年代の形態だから」そうかもしれないけど…ゴミを出してと頼んだのは妊娠中に数回だけ、自治会も子供会もPTAも全部私だけでやったよ。ご飯を作ってもらったことも無いし、私が入院したときも 付き添いで泊り込んだときも子供は実家に預けることができた。バンドの練習もライブを観にいくのも釣りも一度も文句言わなかったはず。「パパはお仕事があるから」 …それがすべての理由。パパは「家族を養うために働いた」ことを言うけど家事や和裁は、お仕事として認められないみたい。じゃあ、悪いけどこれからも自己満足の世界にどっぷりと浸かりますから!
2004/10/14
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自宅内『保護観察』中の娘のところに陣中見舞いか?「彼氏」が来ました。8月に付き合い始めたばかりの「彼氏」が事故で急死して今日訪ねてきたのは、その子のお兄ちゃんでした (-_-;よ~わからん…でも明るい子で挨拶もして(しない子もいるんですよ)軽い夕飯も食べて「ごちそうさま、美味しかったです。」といたって普通の19歳の青年。娘の話では、結構複雑な家庭環境らしい。娘の「指導と観察」の毎日はさすがに疲れて 夫が出張のあいだに息抜きをしたつもりだった。ら、夕方「早く終わったから」と帰った夫と玄関でバッタリ (>_
2004/10/13
いやはや、娘の悪事に波乱の日々を送る彩でございます。といっても母ですから 我が娘を投げ出すわけにもいかず…夫が娘に家事の手伝いと謹慎を言いつけて保護観察処分。指導と観察するのは、私ですから疲れます。また、夫の新しい仕事で事務所になるアパートを探していたのでPCを占領され、また検索も手伝っていました。ここ数日、みなさんのところで読み逃げしていたのは そんなわけなのです_(._.)_でも!ぱよとぽよさんやジョニージョニーさんが半襦袢のことを書いてくださっているのをこっそり覗いては、ニンマリしていました。お二人に感謝です (^・^)Chu♪お袖に関しては、実は材料費は1000円くらいまで残りは、時間給1000円で仕立て代を計算しています。半襦袢も大体そんな計算です。パートで750~800円くらいの時給かな?だったら技術料乗せて…って考えたんですよ(笑)何にしてもお値段を決めるのは難しいですね。お外に出るのは、あまり好きじゃないので パートに通う通勤時間必要ないし合間にちょっと自分のも縫えるから なんて考えていたけど家にいると雑用もあったりダラダラ過ごしがち(-_-;一階に引っ越したのは正解でした。ちょこっと行っては、ゴソゴソ縫ってます。まだ付属の材料を二階に取りにいったり効率は悪いのですが明るい部屋でテーブルいっぱいに広げて縫ってます。ジョニージョニーさんのも事後承諾で写真撮らせていただきました。とっても可愛いので見てくださいね。 彩日記(いろどりにっき)これを縫いながら 次は何を縫おうか考えているのが楽しいです。
2004/10/09
フリマで注文してもらったジョニージョニーさんのお襦袢縫いながらどうしても気になって気になって半衿付けしちゃいました(ジョニーさんまたまたごめんなさい)ぱととぽよさんに対抗したわけじゃないんだけど派手派手長襦袢7枚にあれこれ悩みながら半衿選んで…で、今日は、久しぶりに着ましたよ。単衣の頃には、暑そうに見えて気が進まなかった会津木綿です。 彩日記(いろどりにっき)若い頃は、紺だの黒が好きだったし 今でも好きなんだけど去年、この会津木綿を見つけて なんだか「赤もいいかも?」って感じになりました。実は、帯のバリエーションが少なくて これは、よく締めている辛子色の博多。木綿の縞で半幅帯を作るのもいいかなぁ。今度は、フリマに着物用の前掛けを考えているんだけど帯も楽しいかも(笑)
2004/10/05
二階の一番奥の和室、というより箪笥部屋からお仕事道具一切をお引越ししました。小さな四畳半に箪笥を二棹、裁ち台と姿見を入れて着物を着ようと思うと 裁ち台をまたいで着物を出したたむ時は、お仕立て中の物を裁ち台から下ろす。やりにくかったわぁ~~で、夜中にゴソゴソと階下に引っ越したのです。私が最近寝ている十畳の客間?お仏壇もあるから仏間?とりあえず家を建てるときにこだわった「法事の出来るお部屋」(笑)テレビもあるし、台所も近いからちょっと煮物をしながら 半衿の一枚くらい付けられるもんね。ところが縫い物関係の荷物、道具って案外多い。大きな花梨のテーブルに折りたたみ式のヘラ台広げて向かい側にミシンもセットして仕立て途中のものを入れる籠と針箱でいっぱい。このテーブル、私たちの家族には不似合いな立派さ。私の両親が晩年になって 古い家具を少しずつ買い換えていったもの。母が大切にしていた螺鈿の入った飾り棚も今は、ちょっとごめんなさい。荷物を乗せています。 彩日記(いろどりにっき)これを見たら怒るだろうなぁ…とりあえず明日には、ジョニーさんのを発送します。ここで伝達事項をしたらダメかな(笑)
2004/10/03
ここ数日の落ち込みでお仕事遅れています。ジョニーさんごめんね。でも仕事場を二階から引越ししました。これでサッサと縫える…はず。
2004/10/02
着物着るんだ~って張り切ってたのに…なんか力が湧いてこない。昨日の延長戦はとりあえず無い。気分変えて 着物を出したら長襦袢に半衿つけてなかった、しょんぼり。
2004/10/01

ぱよとぽよさんの半襦袢、内緒で公開←本人に了解もらっているから 実は内緒じゃないんだけど(笑)替え袖にするつもりですって 以前画像を出した時 目ざとく「青い木綿、可愛いです(遠い目…)」と言ってもらえたので 出品まえに売りつけました ^_^; 私は、仕事がトロいのですが ここで呟いたことが少しずつ現実になります。ほんの少しずつですが(笑)最近、仲の良い友達がウツになってしまって 何もしてあげられなくて歯がゆいのですが彼女に以前「彩もウツの兆候あるんじゃない?」と言われたことがあって…「なぁ~んにもしたくない」そんな日がよくあります。まぁ、無理せず自分と付き合いながら ここで愚痴を吐きながら(苦笑)でも少しずつ少しずつ前に向いて動いているから良しとして。仕立て屋さんとしては、落第なんだけど「これ着たい!」「これ欲しい!」「これ、作りたい!」をポチポチと作りたい。あ、もう1枚 ぱよとぽよさんの半襦袢 布地で見るときより ずっと可愛いです。ぱよとぽよさんに会ったらちょっと脱がせて見てください(笑)
2004/09/26
昨日、私のキリ番を紬ねこさんが踏んじゃいました。紬ねこさんどうもありがとうございました!あこがれの「あたりまえに着物」の先輩です。だからとってもうれしいです。「着物365日に再挑戦!」なんて言っているのは、まだまだ肩に力が入っているからで紬ねこさんみたいにサラリとカッコよくきもの生活したいですね。一昨年、着物で出来る仕事を考えながらネットにヒントを探していました。「オークションの勉強」と言いつつハマり、箪笥と押入れは反物で溢れて隙間を作るのと軍資金を得るために手作りの半衿やはぎれをオークションに出品。そこで落札してくださった方とときどきメールをしています。はぎれを買ってくださったのですが、何に使うのか聞いてみたらブライスの着物もともと和裁をされる方じゃないのに とてもチャレンジャーでいろんなものを縫ってみたりわからないことを質問してくれたり 私も勉強になります。フリマに出した半襦袢のセミオーダーのアイデアは彼女からでました。そしてぱよとぽよさんが「裄長さん用が欲しい」と言ってくれた言葉に後押ししてもらってフリマ出品にこぎつけました。感謝!不思議ですよね、去年は、お顔もお名前も知らなかったのに。次は、半襦袢をたくさん売ってオフ会に参加したいなぁ。あ、これはフリマのCMじゃありませんよ。でも見てくださいね。ポチ大歓迎!(笑)
2004/09/22

今年は、お正月から「着物で暮らす」に挑戦して4月末に挫折(;_;)日記を読んでいただいてる方には、我が家の事情がおわかりかと思いますがなんとなく着物を楽しんでいるわけにはいかないような雰囲気があったのです。そして夏、準備した単衣も薄物もあまり出番が無く暑さに弱い私は、ダラダラと過ごしました(反省)さて少し秋を感じ始めて なにやらソワソワ(^o^)きもの生活に再挑戦するべく 着物本もパラパラと読みモチベーションも高め運動会も無事終わったので 10月から再チャレンジしましょうか!一昨日、本屋で「七緒」という新しい着物雑誌発見!ちょっと大人のコーディネートでいい感じですよ、お薦めです。子供の頃から 仕度、準備とかが好きで今は、秋からの着物の仕度にワクワクです。ミーナ★さんがバッグのことを書かれていたのを読んで 私も考えた結果「必要最低限ポーチ」を用意しました。お買い物履歴に出してあるがま口ポーチにお財布、免許証、ハンカチ、ティッシュ、口紅と携帯を入れてとりあえずいつでも持っておけるようにしていつも持って歩くバッグにシステム手帳やかさばる物と一緒にこのポーチをそのまま入れて大きなバッグの中で いつも鍵とか携帯を探していたけど これで便利になりそう。コンビニ寄ったらこのポーチだけ持って入ればいいもんねヾ(^v^)そんなわけで2800円のポーチをポチした言い訳をしました。「きもの365日」も群ようこさんがだんだんきものを着ていく姿勢が柔軟になっていったように気負うことなく「あたりまえに着物」って感じの女性になりたい。ひと夏のストレスは捨てて イソイソと着物の仕度を始めます。準備の一環として 買っちゃいました。あくまで準備のためです←言い訳ではありません…たぶん(-_-; 縮緬の縞です。
2004/09/20
今日は、中学2年の息子の体育祭でした。朝6時、ザアザア降りの雨で中止だろうと思い、息子一人分のお弁当を持たせて送り出したら8時前に「今日体育祭あるみたい、はちまき忘れたから…」お馬鹿な息子は、朝のシャワーのついでにはちまきを洗濯してました(-_-;慌ててアイロンで乾かして持って行きました。お弁当用意する時間なんてないですよ(笑)中学は、坂の上。本日は乗り入れ禁止で下の小学校の中に駐車することになってました。顔見知りの役員さんが駐車場係だったので 事情を話して入れてもらえるかと思ったら「ここにおいて歩いて上がって」…え、やっぱりダメ?坂道登っていたら、知り合いのお母さんたちが次々と降りてくる(笑)あの雨だったから中止と思うのも無理ないけど ハアハア息を切らせて届けてやりました。とりあえずまた家に戻ってシャワーあびて支度してもうお弁当作る気力は残ってないのでコンビニでおにぎり買って再び坂道。実は、先週息子が髪を丸めて坊主頭。友達と何を取り決めたか知らないけど5人くらいで坊主になったのです(爆サッカー部から野球部に転部したの?って言ったくらい9ミリの刈り込み。おかげで競技中、見つけやすかったです(笑)騎馬戦、棒上ハタ奪いは、亡父が得意だった競技 というか力いっぱい暴れてもいい 格闘技系の種目。男の子が欲しかった亡父には息子の誕生は、うれしかったはず。しかもじいちゃんそっくり(笑)顔つきは、うつぶせ寝の子らしく少し細いけど顔立ちと眉毛、さらに骨太の体つきもそっくり。そして坊主頭になったら、亡父の中学時代の写真にそっくり!!そして騎馬戦。お勉強は向いてないけど体力腕力はバッチリの息子。亡父が乗り移ったか、三回戦で三回とも相手の帽子取ってました。なんとなく母もうれしい(笑)来年3年生は、棒上ハタ奪いです。
2004/09/19

写真撮ったまま、置いてあったのですが先日、落札してもらった半襦袢とお袖です。落札者さんの許可いただいて載せました。 可愛いでしょ?新しいお袖の画像も撮ったので 今夜…たぶん今夜 出品します。たぶん…
2004/09/16
先週、台風が過ぎてから急に涼しくなって「着物着れそう!」って喜んだのに週中から風邪引いてグズグズと寝たり起きたりしてました。実は、小さい頃小児喘息だったので気管支が弱いのです。夜中に父に背負われて病院に行った記憶がうっすらとあったり…風邪を引くと咳がひどい。昨日は、咳が止まらず涙が出るほど苦しかった。限度を超えるともどしちゃうんですよね。てなわけでグズグズと過ごしてます。熱がグ~ンと出ちゃうともっと早く治るのに微熱(-_-;鼻の下は、カサカサになって もうグッタリ。やっと起きられるようになったら「暑くて着物着られな~い」←我儘?でもせっかく写メールで日記始めたんだし 着ちゃいました!コスプレ復活なるか!無理かな…このまえ「学校に行こう」って番組の「勘違いお母さんの参観日ファッション」で着物のお母さんが出ているのを見て 息子が(ー_ー)!!「ほらね」と言ったけどあんなお下品な『極妻』着物姿と一緒にされたくないわ!でも息子の目から見れば母も『極妻』か?こんなに可愛い母なのに ^_^;ウソです。可愛いのは着物だけです。 彩日記(いろどりにっき)
2004/09/13
と魚さんや縫さんが写メールで日記してるのを真似してみました。この前 機種変した携帯は、ドコモのSHで ずっとNシリーズだった私にはちょっと難しかったけど結構 画像が綺麗です。よろしければ のぞいてやってください。あ、でもまだ大した画像は、撮ってなかった(笑) 彩日記(いろどりにっき)
2004/09/10

最近あまりいいことが無い。先日、気になっていた友達に連絡したら「ウツ状態」になっていた。春から心配していたのだけど…。ごく身近で着物の楽しみを話せる相手だったのに 今は、着物どころじゃない。何もしてあげられないことが歯がゆい。正直、春から夏にかけて自分自身もウツになりそうなくらいだった。思わぬ事件や足元をすくわれるような出来事、悲しいことが多かった。ここ「楽天」で打ち明けたり慰めてもらったことがどれだけ支えになったことか。嫌なこと悪いことは、早めに捨てて 楽しいことを考えようと最近はちょっと前向き(笑)そんなわけで着物に対するモチベーションを高めるために先週 本屋さんに行きました。『きものこまち』『きものスタイルブック』『森田空美の知的きもの入門』 森田空美さんて前に読んだ本は、イラストが可愛らしかったのでもっと子供っぽいコーディネートを想像していたのだけど意外に大人の好み。無地や縞の紬と帯の取り合わせが落ち着いていて素敵でした。他には、 この本が欲しいなぁ… で、こんな生活を目指す!
2004/09/08
今日の台風、最大瞬間風速60mを記録したそうです。我が家は、団地の最前列。前は一段下がって公園、そして大きな集合住宅予定地。つまり と~~~っても広い空き地なのです。そこからの東風&南風は、強烈でした。今年は、台風の当たり年。ところが息子にとって『警報→臨時休校』しかし「台風なんて大したことなかった」という妙な図式のできるほど「大型で強い勢力」の台風の直撃が逸れて内心「今度も大したことないよ」と思っていたら…バチが当たった!前列左の瓦が4~5枚壊れて飛び ドーマー(屋根の上の飾り)から雨漏り。実は、築5年目の我が家 引渡し直前の大型台風で瓦の前列が1列飛ばされてその週末はオープンハウスの予定だったので 大至急で直してもらった前科があります。そのときに通常より補強してもらっていたので今回の記録的な風速60mでも4~5枚の損傷で済んだのかもしれないですね。 厳島神社の奉納舞台も全壊してしまったくらいだし これくらいで済んでよかったです。久しぶりに自然の怖さを見せられました。私は、家の前が空き地でスコ~ンと抜けた景色が好きなのですが、土地を選ぶときは台風の風の向きを考えることをお薦めします。
2004/09/07
台風の心配をしながら飛行機に乗っておばあちゃんの法事に行きました。父方の実家は、羽田で空港のすぐ近く。ただ今回は、叔父の家に行くことになっていたので直行で厚木でした。とんぼ帰りの日程だったので せっかく紬ねこさんが「お会いできたら」と言ってくださったのに本当に残念です。先週は、フリマの半襦袢も縫いながら 頼まれ物の長襦袢も縫って よく働いたのでこの調子で働けば紬ねこさんのオフ会に参加するための旅費くらい稼げるかもと皮算用しながら飛行機に乗ってました(笑)おばあちゃんの法事は、羽田のお寺でありました。本堂は昔のままだけど新しい建物が出来て法事の待合室みたいなとこもあってなんだか不思議。以前の建物の時は、渡り廊下や階段に古い写真が掛けてあって 本堂の落慶のときのお稚児さんの写真に自分とおばあちゃんを見ることができたのに もうありませんでした。おばあちゃんは、1900年生まれで明治の女性。面倒見がよい人で88歳で亡くなったときにはお通夜には、町会、婦人会、老人会の方々がたくさん来てくださいました。揃いの半纏を着た鳶のおじさん方(こんな表現でいいのかな?)が木遣で送ってくださったのに感動したのが昨日のことのようです。私が着物を好きになったのもおばあちゃんが原点かな。産着から七五三、振袖や色無地までおばあちゃんが関わっていたような…振袖も色無地もそろそろという頃に「白生地買ってあるからね」と電話。孫娘4人には、それぞれ作ってくれました。父の事業の失敗で東京を離れた私のことは、不憫に思ってくれていたようで小紋も付け下げも(内緒で)誂えてくれました。私の結婚式には訪問着で出席していたのだけど 歌を歌うことになっていたのに順番が来たときにお手洗いに行っていて 気を利かせた叔父が「今、ちょっとお色直しに行ってます」と言ったところバイト先の呉服屋の社長さんが「彩さんのおばあちゃんは、孫の披露宴で留袖から色直しをして訪問着を着てた。おしゃれなおばあさんだった!」その後お店に来られたお客さんに何度も話してました^_^;でも女友達には(既婚の子にも)振袖で来てくれるように頼んで 従姉妹も伯母たちも女性全員着物姿だったのは、今でも語り草。「やっぱり結婚式に着物が多いと格が上がりますね」と社長。商売に貢献できたかな(笑)おばあちゃんも亡くなって代が替わって法事でもないと羽田に帰ることもありません。おかしな表現だけど生まれた羽田にも「帰る」羽田から家にも「帰る」んですよね(笑)
2004/08/29

フリマにやっと出品しました。今回は、絽とモスリンの替え袖と半襦袢の身頃です。価格が高いかなぁとずいぶん悩んだのですが、材料と時間給で割り出しました ^_^;寸法を合わせるようにしたので 先に縫っておいて出すわけにいかずすぐに仕立てられるか心配でグズグズしてました。仕事がトロいもんで(笑)9月には、マジックテープで着脱できるタイプを出す予定です。身頃は、実用本位。お袖は遊びのあるものを作りたいので こんなのも出そうと思います。市販の仕立て上がりに比べたら高いのですが丁寧に縫ってあるのでよろしくお願いいたします。
2004/08/17
オークションにはまって着物を買いまくった去年。その元になったのは、母が遺した布地の山と自分が買った木綿と着尺を何かに活用出来ないかということでした。ネットショップ、オークションがどんな商売なのか勉強のつもりがあまりの安さに目からウロコ!ちゃんとした就職、お勤めは経験が無い私ですが仕立てやさん、パートの店番、営業はダメだったけど(笑)裏方として呉服屋さんに出入りしてきてある程度店頭の価格を知っているのでネットでのお値段には驚きました。欲しい普段着が実際に店頭には出ていない昨今、普段着に着物を着るにはネットは不可欠。ごく単純にお金を儲けたい気持ちはあるのだけど仕立て屋さんになりきるには、体力が続きそうにないし (-_-;依頼されたものを縫っていると自分の着物なんて縫っている暇が無くなるのもつまらない。家にある布地を何かに活用できて仕事になること…自分の着物生活ににも役に立つこと←欲張りですね(笑)半襦袢と替え袖の構想は春からあって試験的に縫った物5枚。先週縫った物は「うん、これなら!」って思ったのに洗ってみたら縮んじゃった(;_q))晒木綿も新モスも現代女性の裄の長さにマッチしてないぞ!というわけで、あきらめて晒木綿を少し巾を継ぎ足して身頃を縫うことに決定。衿、衣紋引き、紐の設定も大体決めてセミオーダーで出そうと思います。注文していただいてから寸法を合わせようと思います。何枚か着てみて「やっぱり寸法って大事だな」と痛感した結果です。替え袖を作って販売したかったのは、自分が着物を楽しみたい延長にあって渡された反物と寸法で仕立てるのは、楽しくないけど「この柄が振りから見えたら可愛いなぁ~」って考えながら布を選んで作ってみたかったこと自分の好きなものを「私も好き」って言ってくれる方が絶対にいるはずという変な自信 (^^)vでも自分が欲しくなるものでなければ売れないと思うのです。普段に気軽に楽しめる半襦袢、替え袖、木綿の半衿があればいいなぁ、じゃ作ってみようか?こんな感じ。ここまでは、半分趣味みたいな感覚だったのですよ。でも晒木綿で肩裄がとれないこと、新モスも縮むことで混紡の木綿でも作ってみたり。洗えるお袖の場合と正絹のお袖の使いわけ。お袖を外すことを考えて作ってみたり…で試作が5枚。普通、仕立て物で来る場合は湯のし、湯通しが済んで寸法が添えられて来るのだからその通りに仕立てればOK。あまり寸法や素材に責任が無いです。でも自分で販売するならお洗濯した後の着心地や寸法の変化も考慮して…かなり悩みました。結果、晒木綿を仮裁断して水を潜らせてから仕立てることに。衿を作る新モスも水通します。お袖を作りたい楽しみから「仕事!」の意識に切り替わってしんどかったけど楽しくなってきました。「試作」に苦労したけどパターンが決まればこっちの物!近日中に『彩の針箱3号店』の定番として出しますから見てくださいね。ちなみに晒と新モスを濯いで干してるとオシメか腹帯を干してるみたいでした(笑)
2004/08/15
他県に嫁いだ友達が帰ってきたので女6人で同窓会をしました。最近着物でお出かけしてなかったので夕方から居酒屋さんだし浴衣でもいいかなって(笑)麻混の浴衣にポリの夏帯、正絹のはちょっともったいない気がして…先日の半襦袢で「衿付き」に下駄とカゴ持ってチャラチャラ行きました。到着するなり「あ~~~着物着てる!」「どうしたの?」「自分で着れるの?」と ちょっといい気分(^v^)いひひ「子育て済んだら着物で暮らしたかったのよ」って説明していい気分(^v^)その後しゃべったしゃべった!なんといっても小学校の同級生なので遠慮もないし一人は幼馴染(母方の実家が広島なので)里帰りのときに近所で遊んでもらったマサコちゃん。「彩ちゃん幼稚園の頃と顔変わってないね(笑)」と言われても真実、その頃を知っているわけで言い返せません(-_-;その後、バイト帰りの娘も来たのですが、マサコちゃんに「彩ちゃんの子供の頃とそっくり!」と言われても逆らえません(-_-;彼女は、全部見ているわけだから…ま、いいんですけどね(笑)少し早めに帰ったのですが、帰り道…脇のトロトロと近づく黒い車から「彼女、なんで浴衣着てるの~」ん?ナンパされてる?「ぁあん?」と強気に聞き返す娘、「お母さんですぅ~」と言ったら「ごめんなさ~い」と走り去りました。この「ごめんなさ~い」の意味は? 1 娘が怒ったみたいに振り向いたならビビった。 2 おばさんに声をかけてしまったので逃げた。とりあえず私は振り向いておりません。
2004/08/12
と書くはずだったんだけど ごめんなさい。急に友達から呼ばれて着替える時間がなくてまたまたワンピでした行ったのは、呉服屋さんと古着やさんと…なんかなぁ最後のお店??最初の呉服屋さんは、昔からあるお店らしかったけどリサイクル着物の売り出しでした。でもなんとなくハズレだな、横柄なおばちゃんだったし。ちょっと欲しい紬の新反が8000円だったんだけどやめた。次に行ったのは、古い着物でお洋服を作っているお店。古い着物もたくさんあったけど…高い、ダメそれにおみせのお姉ちゃん愛想悪い!笑顔くらい見せたらどーよ!もう一度行きたいとは思わなかった。ベタベタくっついてくる店員もイヤだけど、あれじゃお客が寄り付かないわ。私が店長やってたら お客さん、買わなくたって入り浸りよ(笑)三軒目は、お祭りの衣装とか小物を扱うお店でした。おもちゃの刀とかバカ殿のカツラもあったり吊るしの浴衣やあずまスカートや肌着なんかもあって「○○衣裳」とかってそういう踊りとかの衣裳の専門店が出してる店舗らしいです。このお店は今週アルバイト雑誌にパート募集が出ていて ちょっと思案したのでとりあえず見てみようと乗り込んだのですが…店番も退屈かもしれない。やっぱり私がお店やった方が絶対お客さんが入る!だってお客さんの欲しがる物がわかるし←自分が欲しいから(笑)パートに出ようなんて雑念はらって お襦袢縫いましょ、着物縫いましょ!明日は絶対「半襦袢試験的着用日」にします。
2004/08/05

腕の痛みもかなり治まりました。心配してくださった皆さんどうもありがとうございました。今日は、半襦袢を縫ってました。とはいえ まだまだ細切れの時間だったので「今日は、頑張ったぜ!」というほどじゃありません。前から考えながら置きっ放しになっていた絽のお袖の半襦袢を作りました。 これなら浴衣の下でも遠慮がない!オークションで買った絽の着尺なんですが 残りもお袖にして半襦袢を作ってフリマに出す予定です。私の「よい癖?悪い癖?」で自分が使ってみないと売りたくないので急遽明日は着てみようと思います。半襦袢も工夫次第で着やすいか 難しいか分かれるところでちょっと悩みながら作っていたんですね。みなさんは衣紋引きとか 付紐付けられますか? 私は、最初に習った学校で付けるように指導されて着付けを習ったから ひも付きの方が着やすいです。今回のは、絽なので紐も絽の残りで作りました。いつもは、市販の安いモスのを半分に切って付けています。ほっそりした首じゃないので衣紋もきっちり抜いて(ボブだから抜かずに着ようなんて考えてません)着るためには衣紋引きは結構便利なアイテム。三河芯を入れて更にプラスチックの衿芯も入れてしっかり抜いたら 肩山で衿が寝るので肩幅が実際よりほっそり見えるような自己満足(笑)か細い首筋、華奢な肩に憧れているんですけど…
2004/08/04
今日は、娘の三者懇談でした。娘は、春先に喧嘩して以来手のひらを返したように私の着物に好意的!「学校に行く時は着物にしてね」というわけで本日は大義名分があったのに…昨日は、寝る前に遠足前日の子供みたく 着物を揃えて枕元に。ところが朝起きたら右腕に激痛!寝違えたのか??どちらにせよ腕が上がらない(>_
2004/08/02

なんか開き直りの彩です(笑)お外は台風余波の雨でちょっと涼しいので 思い切って着ちゃいました。 一昨日書いたように夏休みになってから ずっと閉じこもり家政婦みたいな生活だったんだけどま、いいか!って自分の楽しみを再開しよっと息子「どうしたの?」いぶかしげな顔。母「コスプレよん」息子「…(-_-;」勝った!って彼は、着物が嫌いというわけじゃなくて「母親が目立つ」のがイヤなんです。今から飼いならしていきましょう。昔、母が「商売人はお一日にお金を出したがらない」みたいなことを言ってました。始まりの日にお金を出すとその月は出費ばかりになるという意味だと思うのですが…お一日に着物を着たから 今月は、着物を着てばかりになるかしら(笑)
2004/08/01
今日は、台風のせいで近所のお祭りは中止。ここに住んで4年めで初めて行ってみようと思っていたのになぁ。ここは、新興住宅地なので神社関係のお祭りはありません。あ、あるにはあるんだけど 少し離れたところです。昔から人が住んでいた辺り。我が家辺りは、10年前はタヌキやキツネが暮らす山だったはず(笑)7月末のこのお祭りは、地域の小学校を開放してグランドいっぱいに縁日(PTAとか地域の団体が出します)バンドもあれば花火も上がる、なかなか派手なお祭りです。ただ御神輿は無いんですよね…まあバザーみたいな感覚のお祭りです。前に住んでいたところも似たような感じで秋祭りに子供の御神輿があると聞いてワクワクして行ったらまるでベニヤ板で出来ているような御神輿(泣カメラマンをしていた従兄弟が羽田神社の御神輿を撮影したビデオを送ってくれたことがありました。生まれ故郷という感じは無いんだけど 見ていると何か血の騒ぐ気がします。羽田神社は、元は空港内の敷地にあって亡父は子供の頃 あの鳥居の近くでよく遊んだそうです。御神輿も若い頃は大好きで 父が言うには「女物の着物を着て担ぎに行った」らしい。でも伯母たちは「貸すのを嫌がった…」当たり前ですよね、汚れるのに ^_^;御神輿が通る時は、バスも迂回して空港通りを各町会からたくさんの御神輿が出ます。何年も前から 毎年「行きたいなぁ」と思っているのに いつも少しズレた頃にお葬式だの法事だのってひと夏に2回も飛行機代は出せないし(;_q))来年こそは行きたいけど…あ、また6月に法事だわ。小学生の頃は、秋のお祭りに着物を着せてもらった記憶があります。その頃は、そんなことも別に珍しくもなかったような??私の年齢的なことでしょうか?田舎だからですかね?今は、七五三が済んだら晴れ着の出番はないのかしら?私は、四つ身の着物を揚げを直してもらって長く着ていたように思います。お正月とかお祭りに。決して豊かな家庭ではなかったのに着物は用意してもらっていたような…今は、用意はしてもらえないけど 自分で理由を作っては用意しています(笑)
2004/07/31

あら、気がついたら1週間ぶりの日記です。夏休みのバタバタと暑さのせい?先週出した半衿と腰紐を落札していただいたので メールで連絡、発送と楽しかった!!まだ他にも出したいと思いつつ…夏休みって忙しいですね(>_
2004/07/29
木綿の半衿を「今は、時期じゃないよね~」と思いつつ、フリマに出したんですが真夏に木綿てどうなんでしょう?肌触りも良いし洗濯も楽チン。手ぬぐいを半衿に使うのと感覚は同じですよね。盛夏の半衿は、絽が主役。透け物の『お着物』を着るのなら もちろんお約束事は守るとして普段着の『きもの』なら手ぬぐいだってハギレだって似合っていたらいいのかも!このまえの木綿のきものも厳密にルールだけで考えたら6月9月に着るもの。「浴衣に半衿」の感覚なら木綿のきものに半襦袢なんてOK?明治、大正の頃の着物を見ても「え~?」って思う柄や着こなしに出会うし 小物も工夫している。身近にきものの人がいなくて「きもの学院」で着付けを習うとルールばかりが気になってしまう。毎日きもので暮らしていたら自分で工夫して「きもの」を創っていくんだろうなぁ。今頃 気がついたなんて遅いですか?(笑)
2004/07/22
夏になって着物ネタ欠乏症の彩です(>_
2004/07/21
夕飯のあと 夫が釣りに行った。なんだか ちょっと解放された気分だったのに…11時過ぎに電話「車に鍵を閉じこみして…」仕方ないから鍵を持って高速飛ばして行きました。我が家は中国道のインターに近いので高速に乗ったら30分もかからずに届けられるはずだったのに目的の千代田インターの手前に千代田ジャンクションってのがあって「しまった!」と思ったら私は島根県に向かって走っていました(>_
2004/07/19

10日ほど前に仕立てあがっていたのですが写真を撮っていなかったので また置きっ放しでした。 かなりお派手^_^;会津木綿が2枚と右のは、川越唐桟←この字でいいかしら去年の春頃、何だか赤い物が着たくなって買いました。群ようこさんじゃないけど 会津木綿のイメージは「ねえやの着物」のつもりつまり家事をするときの労働着の予定で「それなら派手でもいいかな」って…でも ちょっと気が引けてきました(笑)
2004/07/18
以前は、ヤ○オクに出していたのですが今回初めて楽天フリマに出品してみました。慣れたら何でもないことだと思うのだけど…疲れたぁというわけで まだ1点だけ(笑)でも一撃のみのつもりが出来ていないし、どこが不備なのか自分でもわからないのでご覧になられて気づいたことがあれば教えてください。
2004/07/17
7月になってから着物を着ていない(-_-;絽も麻も長襦袢が無かったから…着物を着たい!と思いたったのが2年前。その年、呉服屋さんに週2日着物を着てパートで行っていたが→家庭の事情で7月からお休み。去年は、オークションで絽の長襦袢の反物を買ったまま…盛夏に着物を着て過ごしたのは、はるか昔であの頃は、自作の半襦袢だった。それも今は行方不明。5月から娘は自宅待機状態で 私がウキウキと着物を着るのもちょっとね…という感じ。やっと娘が学校に復帰したら 今度は夫。今年になって結構着物で過ごしたけど 暑い時期にエアコン効かせて着物を着るのも夫の手前 勇気がいるなぁ。じゃあ、いつでも着られるように準備だけでも。と言い訳しながら「でも必要なんだし!」と柄物の長襦袢をポチ。そう言えば 去年の夏の終わりにプレタの夏物のおまけに白の絽の長襦袢があったっけ(笑)仕立て上がりの長襦袢は、それらが初めてだったんだけど妙に衿が薄いような。自分で仕立てるときは、新モスを二重で衿を作る。ちょっと直してみようか?解いてみると薄い不織布の芯に表と同じ絽が1枚かけてあるだけ。薄いけど硬い感じね。結局、柄物2枚白1枚の合計3枚の衿を付け直しました(笑)ついでに衣紋引きもつけて腰紐を半分にしてつけました。そこまでするんなら手持ちの反物を縫ってもよかったかも(笑)でもこれで準備万端整ったし、早く着たいなぁ。
2004/07/13
このまえ参観日の日記書いたと思ったのに また参観日。前回は駐車スペースが無いということで遠くに停めたので授業に遅れた!今回は、グランドを解放してもらえるので早めに参加。もちろん洋服です(涙いつもは授業中に入るんだけど この場合は昼休み。波のように中学生があふれ出てくる中を教室へ。息子は、転校してきてから5,6年生でサッカーを始めてその役員をやったのでチームの子は顔を知っている。試合の帰りによく乗せて帰ったりもしたので ちゃんと挨拶もしてくれる…が、いままでチビチビだった彼らの大半が私よりデカい!まぁ中2だし大きくなきゃ心配なんだけど なんか汗臭い、暑苦しい(笑)さて授業は英語。一番後ろの席の息子を見ると…あら、斜め前は、サッカークラブで一緒だった○村くん?その前も○田くん?三人とも喋らずに授業聞きなさいよ!そのときドアの隙間から誰かがスカートの裾を引っ張る??サッカークラブの仲良しママが廊下で呼んでいる??でも○辺さんち、小学生しかいないよね(笑)○辺さんのご主人は、チームのコーチをしてくださっている。奥さんは、私と同年代、ご主人は年下←いいなぁ自分の子供さんが低学年で参加したときにコーチを引き受けて それ以来彼らをめちゃめちゃ可愛がってくださる。結局、息子たちの後ろに回って頭をパシッ!さらに2年生の6クラスを全部巡回。なんせ小学校の卒業式も中学の入学式も参観日も来てる!「初めてコーチしたこいつらが可愛くてね」って夫婦で来てくれて子供たちも大喜び…っていうか照れて逃げるくせに学校の帰りにみんなで○辺さんの事務所に遊びに寄ったり 自分たちの父親よりずっと年の近いコーチに内緒で相談事をしたり(笑)去年の夏休みは、コーチたち大人のチームから挑戦状をもらって夏休みの試合もあった。オーバー30(通称オヤジーズ)VS ○中サッカー部結果は、身体の大きさにモノを言わせたオーバー30の勝ちだったけど 試合後に中学生たちはケロっとしているのに大人のみなさんの息の荒いこと(笑)その後もオーバー30の練習にときどき参加させてもらっている。娘のことでは、ここでずいぶん悩みも泣き言も言ったけど 息子の場合、彼のおかげで地域の友達がたくさん出来た。一つのやりたいことに向かっている子供たちを応援するのはとても楽しく親同士も仲良くなった。クラブも残り1年で受験になって引退。それぞれが違うチームになるかも知れない。ちょっと淋しいけど 残りの時間を楽しんで欲しいな。大人になってもコーチたちに可愛がってもらったことを忘れないで 可愛がる側の大人になって欲しい。番外:クラスの男の子同士の喧嘩になったとき 一応巻き込まれたような状態になった息子から「俺は、手を出してないから」との報告。どっちも怪我をしたわけじゃなく学生服が汚れた程度。その後、先生から「○○くんと○○くんは手は出しませんでしたが、足が出てましたね。サッカー部ですからねぇ2人とも(笑)」┓(´_`)┏ヤレヤレ
2004/07/11
夫が友達のライブに行きました。なんか家の中が明るいような…ごめんなさい。娘がベイビーのとき、アトピーで夜中に痒がったときに「泣いたら掻いてもらえると思うから泣くんじゃない?ほっとけばいい」と言った??息子がベイビーのとき、男の子というのは重量感のあるもので←ま、重い赤ちゃんだったのです。外出時に夫に渡すとカバンのように脇に抱えた??「男同士で抱き合うのは気持ち悪い」という理由。それからは、重たくても私が抱っこしたので一度も抱き合うことは無かった。思うに愛情表現のヘタな…というか愛情が希薄な人だったのかも。9日の日記で私としては、かなり大きな愚痴を書いてしまったのだけど引き金になったのは、この10日ほどの夫の言動。私は兄弟がいなかったから兄弟喧嘩の経験が無いので喧嘩が苦手。文句を言わずに飲み込んでしまう。結婚当初、釣りにバンドに飲み!をしていた頃も「こんなものか…」と思ったし「会社をやめる」と言った時も別に文句は言わなかった。まず「私に出来ることは?」と考えた。確かに夫ひとりが働くことに頼り切っていたのは、間違っていたし やりくりはヘタというよりザルに近かった(-_-;急に「家計簿つけたら」「外食多いんじゃない」「毎月の出費の明細を出して」「若い頃、共働きしてくれていれば…」言いたいことはわかるけどもう少し言い方があるでしょう?次の仕事は、たぶん今まで可愛がってくださった取引先に引き受けようと言ってもらったらしいけど経済的な不安は、本人だけじゃなく私だって一緒。何故か私ばかりが責められているような気がする。そして子供たちにしつこく説教。ものすごく冷たい目をしてる。イライラするのはわかるけど 子供も私も夫の言動にビクビクしている。みんな目を合わさない。自分の部屋に逃げ帰る。私は、リビングにいるので逃げられない。24時間同じ家の中でいつあの冷たい目に捕まるのか怖くて仕方が無い。結婚以来、養ってもらってきたのだから逆らえないのだろうか。自分が一生懸命働いてきたあいだ、のんきに専業主婦をしてた私が憎たらしいのかな。このことを泣き泣き書こうと思っていたけど書いてるうちに何だかファイトが沸いてきた。何とかお金稼ごう。逃げ出すんじゃなくて堂々と生きてやる!
2004/07/10
着物のお話として日記をリンクしてくださっている方ごめんなさい。今日は、打ち明け話です。明日は、父の命日。私は一人っ子だと思っていたら父が亡くなったあと外に私以外の子供がいることがわかった。その後の母の気持ちは、察することができない。怒って怒鳴りつけたい相手はもう死んでしまっている。夫に「もし浮気をするなら絶対にばれないようにしてね」と言ったら「俺はそんなにヘタなことはしない」そう言ったのに…3年前にバレた。何だか怒る気にもなれず、言い出せず半年待って「離婚して欲しいけど 今、家を出ても住むところも無いので目処が立つまで置いててほしい」と申し出た。母が亡くなって家を処分し そのお金を全部出して今の家を建ててしまった。実家も兄弟も無い。夫の両親には、私も子供も本当に可愛がってもらっているので言い出せない。私は、呉服やの店番のパート以外にお勤めをしたことがなかった。あるのは、着物に関する知識だけ。その頃、娘は親の不仲を気づいたのか学校に呼び出されること数回。特に悪いことをしたというのでは無く、「眉が細い」「スカートが短い」「欠席が多い」そんな感じ。頼るものも無くて相談も出来ない。とても苦しかった。それでも呉服やのパートを見つけて少しでも収入を得ようとしたら 娘が家出した。一晩で連れ戻したけど結局4ヶ月でパートをやめてずっと家にいる。娘から目を離すのが怖かった。もう何も出来ないような気がして ただぼんやりと過ごしてきた。夫は、自分が事業を起こして収入をあげられたら 家の残債と養育費を出せるからと言って準備をしている途中で具合が悪くなり入院、腎臓結石。離婚の話は、そのままになっていた。その頃の私は、ウツに近い状態だったのかも知れない。一昨年の暮にネットで着物を買い始めて それまでに家を出る資金として貯めたお金を全部使った。毎日のように宅配が届く、それが幸せ。夫は彼女との別れ話がこじれて2年余りもめていた。結局、仕事が出来ずに迷惑を掛けていることを理由に先月で会社をやめた。今2ヶ月の有給をもらって自宅にいる。彼女とのことが終わったからと言われても私は、夫を信じて受け入れることは出来ない。娘は、昨年の夏も家出未遂を捕まえたけどウソばかり言っていた。結局、人の心なんて信じられなくなってしまった。最近の娘は、何でもよく喋るようになった。八割、本当のことを話してくれたらいいかと思う。死んでしまいたいなぁとよく考えるけど いい加減ではありながらもクリスチャン。自殺は出来ない。そんな母親を子供の一生の心の傷に残すわけにいかないから。何のために生きているのか どうすればいいのかわからない。このまえ「死ぬまでに…」と日記に書いたのは、こんな風に早く人生を終わらせられたら幸せなんじゃないかなぁっていつも考えていたこと。今は、届いた反物を箪笥に入れたり出したりしながら「これを縫うまで」「これを着なければ」と思うことが楽しみ。着物を扱う仕事をあれこれ考えながら。ウツな気分のときは、実行するエネルギーが足りない。
2004/07/09
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