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海辺のカフカ(下巻)海辺のカフカを読み終えた。感想:最高!私は村上春樹オタクではないけれども、(村上春樹さんの作品を全て読んでない辺り。)作品の世界観や、言い回しが好きです。正直言うと非常に回りくどい言い方って感じるけど、「それ」をより正確に表現するために、「それ」の数ミリ・数ミクロン外側まで正確に表そうという試みだと思う。その結果、表現の仕様がない場合はそのように文章化される。とってもかゆい所に手が届く丁寧な文章だと思う。一番はまった作品は「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」だったんですが、それと繋がるのがこの「海辺のカフカ」ここであっさりとお伝え出来ない物語の内容です。彼の作品には共通して出てくるワードが多く存在します。猫・森・図書館・喫茶店・学生運動・死などなどそれと同じく共通して出てくるテーマみたいなものも多く存在します。偏見・争いをすることで生まれるもの・善と悪などなどパズルのピースのように作品内に転がっている単語とテーマ。それらを拾い集めて思考を巡らせます。読んでいると気づくがピースが所々足りない。でも村上春樹さんはわざと足りなくしているのかなとも思う。それによって、空いたピースに自分を当てはめたり、周りの状況を当てはめたりして想像が広がるから。「海辺のカフカ」のカフカとはチェコ語でカラスを意味する。ユダヤ人の作家フランツ・カフカに影響を受けているらしくそこからこの題名は来たらしい。というわけで、単純な私は早速フランツ・カフカ作の「変身」を購入。私の期待する村上春樹ワールドと似た共通点があるといいな。カフカ短編集
2007年10月27日
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今村上春樹の「海辺のカフカ」をもーれつな勢いで読んでます。どれくらいモーレツかと言えば1日で半分読んでしまいました。(これ読書苦手な私にとってすごいこと!)海辺のカフカ(上巻)海辺のカフカ(下巻)まだ最期の部分読んでないですが、春樹さんの表現力には毎度のことながら圧巻です。微妙な雰囲気をよくもまあ言葉で表現できる。しかも現実では考えられない状況を、現実で感じることのように。ロシア語・村上春樹★世界の終わりとハードボイルドワンダーランド「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」に近い世界観。どちらに於いても感じることは正しいと思うことはしっかりやり遂げる。そこから逃げてはいけない。逃げてもあとから追ってくる。自分が正しいと思ったことをやれない人間は、影が薄くなり、いる意味が無い。生きる意味をきちんと持つために今自分のやるべきことをきちんと進める。そうまた強く思った今日この頃。
2007年10月21日
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今週の土日は出勤だったので、くたくた。しかも両日12時間立ちっぱなし。くたくたのまま月曜、火曜と出勤。今日ようやく振り休でお休みでした。最近の私はもう凄く凄く働きたくって、正確に言うと働きたいというのではなく「今自分が出来ることを全てやり遂げたい」という気持ちでいっぱい。一つ前の日記にも書いたけど、人生は一回しかないし、この瞬間は一生やってこない。だからこの仕事から離れることになったとき「あれやっておけばよかった」なんて絶対思いたくない。であれば、今出来ることを今したい。でも時間が足りない。24時間しかない。というわけで2連続徹夜…。今日ようやくお休み。分かってるよ、夜遅くまで働くのは良くないってこと。残業してるからって仕事してるとは限らないってこと。でも終わらない、やりたいことが多すぎる。お昼までぐーぐー寝た。久々に良く寝た。お気に入りの新宿ルミネに入ってるベトナムアリスでご飯。ここのサービスは細かいところが気持ちいい。例えば箸置き。落花生ですよ、落花生。くぼみに箸が収まります。また小さなビーカーのようなガラスの小瓶にはパクチーがささっています。一見すると生け花のように見えますが、好きな人だけお料理に入れれる仕組み。味噌ダレと辛味もちょこんと置いてあってさりげない。駅ビルに入ってる店って総じてあんまり美味しくないって思ってますがここだけは例外。ちょこっと高いけど、美味しいし雰囲気が好きです。家についてすぐに近所のマッサージ屋さんで75分のマッサージ。平日って料金が安いんだね。もうくたくたの私はそれに飛びつきました。お姉さんもびっくりするくらい疲れていて、「無理しないでね」と言われた。「無理です。」苦笑。身体がほぐれたところで一人で近所の温泉へ。どんだけ疲れてんだ。。という突っ込みを自分にしながらipod聴きながら徒歩15分。秋の夜の宇多田ヒカルに胸を締め付けられます。自分はこれでいいんだろうか。お風呂に入って、サウナに入って思うことは随分と自分は強くなったなあということ。他人と比較するとまだ弱いけど、数年前の自分と比べると格段に強い。一人でいる時間が苦痛で仕方なかったのに、今は大丈夫だ。温泉にも一人で行けるし、映画も一人で観られる。歳をとったのか、自立したのか。よくわかんない。10時からの働きマンに間に合うように温泉を出た。帰りはミスチルを聴く。「叫び」「彩り」を聴いてやっぱり「自分はこれでいいんだろうか」と思い岐路に着く。働きマンを演じる菅野美穂を観て、母から「あやみたいだね」と言われる。「そうだね。」と返す。同じようなことで悩んでいる主人公を観て共感する。今日の日記特に書きたいことはない。ただ思ったことを書いただけ。明日も仕事だ。悔いを残さないようにまた頑張ろう。
2007年10月17日
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入社して2年6ヶ月。1年目はただただ突っ走ってました。2年目は後輩が出来てやっぱり突っ走ってました。3年目はそれに+マネジメントです。でももっと他のこともやっています。今いる部署はまだ小さな部署で、今成長をしようとしているタイミングです。その為ルールの整備や、商品の刷新や、メンバーの入れ代わりなど様々なことが起きるタイミング、つまり過渡期です。大学卒業して初めての社会人生活になるのでこの会社(もっと言うとこの部署)のことしか分からないですが小さな部署の上司のにはいろーーんな種類の仕事が降りかかっているように思います。大きな組織になれば営業のことだけに集中できるものも小さなところだと、営業・企画・経理・人事などなど・・・・しかも過渡期ともなると全ての分野で急成長を求められる。目の前にある仕事が膨大なのに、そんな状況は分からず2年目を振り返るとすごく文句を言っていたように思います。「言われてないからやりませんでした。」「言われてないので出来ませんでした。」「時間が無いから出来ませんでした。やりませんでした。」「商品がいけてないので売れませんでした。」「企画書の作りが変なので説明が難しく売れませんでした。」今言っていた言葉を見ると恥ずかしくて仕方ないです。後輩が出来て分かりましたが、上の人は下の人にもっと高度なレベルを要求しています。でもそのレベル感はなかなか伝えられません。昔の料理人の世界にはこれがあったでしょう。料理人の傍で技を盗み、皿洗いや掃除、そういった基礎の部分を完璧にする。背中で語る。でも今の部署は背中で語るのは難しいので伝えなくてはならない。では伝えられない場合(上のような過渡期状態)のときはどうするのか。やっぱり部下が頑張るしかないと思うんです。だから文句言うなら自分がやるべきなのです。「言われてないからやりませんでした。」→言われてないことも自分で考えてプラスアルファでやりました。「言われてないので出来ませんでした。」→言われてなかったですが、調べて実行しました。「時間が無いから出来ませんでした。やりませんでした。」→時間は無いですが工夫してやりました。→時間が無いのですがどちら優先に進めればいいですか?と事前に聞く。「商品がいけてないので売れませんでした。」→この商品のこの部分を変えたほうがもっとよくなると思うので上司に掛け合う。 そして自分が商品企画に加わる。「企画書の作りが変なので説明が難しく売れませんでした。」→だったら自分でいいと思うものを作って上司に見せて使用許可を得る。こう変わりました。もちろん今でも「また上が求めているレベルに達してなかった」ということは多々あります。でもこの半年自分が急成長したように感じます。新卒のレベル(商品知識等)が低いと思えば自分で勉強会を開催する。商品が売りづらいと思ったら何が何でも売れるようなツールを考える。上の二つとはちょっと違うけど営業以外の業務のレベルを上げたいと思えば、社内報委員会に立候補する。などなど・・・・これが今やっていること。それでもまだまだ足りないことがあって自己嫌悪に陥ることも多い。それでも確実にこの部署の為に何かがしたいという思いが毎年強まっているから、自分の行動が変わってきた。人生は一回しかない。今この瞬間は一生やってこない。取り戻せない。他社がうちの部署よりも大きなシェアを占めているならば自分が高速スピードで動かない限り、数年後、さらに差は開いている。過ぎ行く時間を後悔の時間にしないよう。全力で動くしかないのだ。のだ。
2007年10月05日
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