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緊張感を持って出社。なぜかっていうと、前日の夜に同じ客先からメール4通。クレーム2通。(^_^;一件は、搬送ベルトが見積依頼と提出した見積と型式が違っていて、依頼した方は、片面が滑らないようにしてあるのに今回入荷したのは両面すべすべだというもの。確認したら、4年前に廃番になっており、後継型番とのこと。おそらくこれで苦情はでないと思う。裏に滑り止め処理を特別に行うという解決策もあるのだが、なにせもう中国に行ってるからなぁ。もう一つは、昨年から注文して、やっと入って中国に送ったモーターカバー。入ったのが寸法が違う。ポンプメーカーの特殊品で、モーターの部分は、電機メーカーの特別製作品。やりかえると鋳物の材料から調達するので、60日くらい掛かるとのこと。現地は困ってるのに・・・・。中国人の担当者からは、伝言できないような、恐いメールが届いたとのこと。雇用も十分に保証されていない国だから、あれこれ担当の中国人に対して気の毒だ。胸が痛む。ただ向こうは今日から旧正月の春節。しばらくお休みだ。この間に何か対策を打たなくては。メーカーの方には、間違ってしまった経緯を書いた弁明書を要求し、代替品でも緊急に入らないかと検討をさせている。仕入先の音成君、この一週間連絡取れず、事務のおねえさんもはっきりしたことを言わない。いつくるのって聞いても分からない。やめるのってきいてもそうではないという。はてどうしたんだろう。この業界は労力が掛かる割には報われないからなぁ。また新プロジェクトが結成されるらしい。こんどもメンバーに入れられてしまった。すでに時間を圧縮して仕事してるのに、またきやがった。親会社のLANシステムの状況調査と、今後どう持っていくかのプロジェクト。なんて事はない。いまひとりが抱えて離さないのを4,5人がかりで聞き取りしてオープンにしようというもの。別に担当じゃないのに、ひとりで握り込んでいるらしい。あと今後のあるべき姿も考える集まりになりそうだ。(^_^;
2003/01/31
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誤解の反対は正解だったっけ?反対語辞典がなかった。ネットにもなかった。ぼくは、ひとのまじめな答えは、すべて正解だと思う。でも気に障ると、とてもいや~なことを言ってしまう。キーワードは平等、人権、自由、思想に関すること。外に対してのスタイルや頻繁に使用される言葉は、とても気になる。それほどまでに意味を持たせなければならないのか、意味はあまりないに超したことはない。自分の自由をなぜそこまで強調しなければならないのか。ひとの自由を強調することとはぜんぜん違う。若いときサルトルを読んで、なんか分かった気がした。自分が変わらないと相手も変わらない。相手の心になにがしかの変化をもたらさないとぼくを再認識してくれないし、ぼくにとって好ましくない関係性に変化を与えることはできない。そのように理解した。精神科医のR.D.レインも、実存主義的手法を精神分裂病の患者に応用していた。相手の一番いやな部分に切り込んで、心を揺さぶっていく方法をとったりすることもあった。ともあれ、まじめに考え感じたことは、そのひとにとって正解なのだ。しかし、日常は、誠意か悪意か分からないノイズの連続だ。正解か誤解か嘘かも分からない。しかしながら、ひとの思いは正解だ。正しさは自分の中にこそあるべきだ。
2003/01/30
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とっても目が素敵さぁかわいいくちびるさ~♪初めて出会って、輝きが心の中に飛び込んでくる。その輝いた感じがなぜ襲ってきたかなど考え及びもせず、その輝きに触れた感動で心がいっぱいになる。脳全体を刺激する。そのイメージは粛々とやり過ごしてきた日常を一変させる。何の脈絡もなく、鮮烈に飛び込んでくる。また普通の存在から自分のなかでその場所ができてしまうことがある。一つずつ問題事項を照らし合わせると、ちゃんとクリアしていく。どこまでいっても奥が深い。突き詰めていくと存在しなくなるので、そういう奥の深さを味わいながら、存在を感じている。行きつ戻りつ、ほくほくした心は、冷や水を浴びせても、まだほくほくしてる。事実は必ずしもぼくのこころを揺るがさない。信じることや想うことで、それでいいではないか。例え決別があるとしても、ぼくの想いは変わらない。ぼくはこうであり、彼のひとはこうであった。それでいい。 岩波国語辞典で「こころ」を繰ってみたが、この記述では意味をなさない。やっぱ再定義が必要なのかなぁ。「こころ」、「意識」、「意志」。うーむ。
2003/01/29
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ここに来てはじめに気付いたのは、「不倫」という言葉があふれかえっていた。つい言葉の響きに誘われて、彷徨ってみたことがある。岩波国語辞典第四版では。不倫:人が踏み行うべき道からはずれること。と書いてある。いうなれば、ひとの歩むべき倫(=道)じゃないよ、っていうことらしい。でもこのごろの使い方としては、婚姻関係にありながら他の異性と関係を持つことと特別な意味がある。青少年が社会に反抗するように、大人たちの社会の仕組みへの反抗なのだろうか。単なる恋愛なのだが、たまたまどちらかあるいは両方に婚姻関係があっただけなのだろうか。不倫というセンセーショナルな言葉に魅せられて、もぞもぞした状態を突破するための活路を見いだしたのだろうか。たまたまなってしまった関係を、流行の不倫という言葉で理由付けをしようというのだろうか。この辺は、女性に直接聞くと、ざっくりと明快にそれぞれの言葉で斬ってくれる。どうも自分と関係があることに関しては肯定的に考える習性があるらしい。関係ないと一般論で考える。この習性こそが女性を逞しくしているものなのかもしれない。本質的なことは深く考えないらしい。行動原理は自分の気持ちがベースにあるらしい。じっくりすりあわせをしながらお話しするとちゃんとお話し合いができる人もいるのだけれど、それは数少ない。・・・と書きながら男もそうだなとおもう。(^_^;きょうは失敗だ。また課題ができた。こころ、意識、意志という言葉をまだ混同して使っている。一度再定義をしておかなくては。
2003/01/28
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ぼくは、時系列的に見ると辻褄が合わないことをいう。またひとによって話すことを変える。言葉の意味はひとによって色が付きまくっている。個人のイメージ、観念といっていいだろう。岩波国語辞典の意味通りに使ったつもりでも、標準化に歩み寄っていただけない日常は、同じ日本語なのに意味が全く違うものに・・・・。このごろは、相手の言葉を信用していない。このひとはなぜ、こんな事を言うのだろうか?と動機が理解できて初めて、相手の言葉の意味を考える。言ってることとその言葉の動機が見えなければ、つい質問してしまう。深読みと言えば深読み。相手の言葉や表現力を信じてないと言えばそう。ぼくが実感できるものしか信じない。世にまことしやかに美辞麗句を並べていい気持ちのさせる人は多いもの。たまに汚い言葉を並べ立てて、感動させて上げたいなどと夢想するぼくだった。
2003/01/27
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グループのシステムを考えることをこの1ヶ月以上休止していたが、そろそろはじめようかという気になってきた。だがまだベストを尽くすという気まではなっていない。新しいシステム会社の力のほどが分からないから。しかも、慎重さは感じるが情熱は感じられない。どういうスタンスでぼくらに対応しているのかすら分からない。つまり、まだ信頼関係が成立していないということだ。どの時点でそんな信頼関係が成立するか、システムの成功を大きく左右するだろう。そしてうちのシステムは早くても来年の4月の稼働になるだろう。一年遅れた。以前まとめたものを再度構成し直さなければならない。以前構成したものは、今のシステムを前提にして作っているが、今のシステムを知らないところが作るので、その説明もしなければならない。こりゃ、膨大なものになる。これだけ膨大なもの説明は、いまの説明方法で伝わるかということも考えなければ...。孟嘗君が食客数千人を抱えていたとき、誰か忘れたが、「長い刀よ、帰ろうよ。」そして「食に魚なし。」とか「食に肉なし。」といって待遇を上げさせた食客がいた。ちゃんとその食客は、問題が発生したとき仕事はこなした。信頼されるものにとって信頼されている分、仕事をすると理解してしまった。評価以上のことはしないし、期待とのギャップはすぐ埋めて上げる。相手の理解のすりあわせをする癖がある。行動原理は何なのか。ぼくにとって大切なものは行動原理。それが魅力がなかったら萎えてしまう。行動原理があって、信頼があれば固い。みんな太田黒さんでした。合掌「グッド・モーニング、ベトナム」をNHKで見た。上映されてすぐに見たかった映画。もう10数年経っていたらしい。写真に関係したものにとって、ベトナムは、大きい事柄だった。戦争で初めて一般人に膨大な情報が流れ込んできた。明らかに侵略戦争。多くのカメラマンが亡くなった。サッチモのWhat a Wonderful World が流れる時の映像が悲惨な映像だった。なんて素晴らしいこの世界 の曲が流れているのに、爆撃や処刑や悲惨な映像が繰り広げられる。とても印象的だ。これでも素晴らしい世界なのか、そんなことを乗り越えて素晴らしい世界に なのか。
2003/01/26
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毎週、写真を撮ろうと決めて2度目の撮影。前回は、熊本城だったが、今度はごく近所の、白川沿いの十禅寺、平田周辺。お目当ては、白川の中に大きい木が生えて、広いエリアがある。白川の中でもここ一帯が一番広い。その土手周辺を歩いてみた。区画整理がぜんぜん行われていなくて、新築の家はあるのだが、車が離合できるスペースはない。ひどいところは車すら入らない。いい木を何本か見つけた。なかなか品のある木。いい木があるところはいいところ。そうなぜか信じている。敷地の隅に墓地があるのもこの地域の特徴らしい。しかも国道3号線と白川の間の地域だ。それ以外は、昭和40年ごろまでは、畑だったのだろう。いくつかの発見といくつかの疑問。今日は二時ごろの光はいい光だったが、曇りが強くなって、写真向きでなくなった。秋から冬にかけて午後の日射しが好きだ。光がないと写真が撮れないし、その風景やものを光が浮き上がらせてくれる。ひかりの強さや高さや色はとても大切。歩くスピードでものごとを感じながら、そして考える。気持ちがいい。Mapきょうまで熊本城の撮影から
2003/01/25
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昨年の喪失感を取り戻しつつある。ひとの意欲を感じる事ってとても暖かいこと。巨大な途方もない仕事をことこつと切り分けて、最善のことを模索している姿は美しい。とても励まされた。いつも共感できるだれか一人でもいればやれると思う。自分一人だったらやらない。ぼくが出る幕がなければ、それは世界にとって意味がない。そんな風に長い間決めている。あとはぼくの役割を明確にして、今まで得たことを緻密に盛り込んでいかなければならない。◇◇◇春宵って「しゅんしょう」って読むのね。初めて聞いた言葉。春暁なら聞くんだけど。みんな言葉を探したり、いままでの意味を整理しはじめている。これが日記の文化なのだろうか。とても素晴らしいこと。自分にとって状況とは、世界が自分の中に押し寄せてくる様々なことを感じ取る自分のなかで浮かんだこと、そしてその総体。それをいまの自分にとってぴったりした言葉を探す作業。ジグソーパズルのように当てはめていく。イメージもおぼろなのだが、ピース化されたささやかなこころのゆらぎに耳を澄ませて、となりのゆらぎとの響き合いを確認して、くみ上げていく作業。いつもちゃんとしたものになることはない。ジグソーパズルと違うのは、それにどんな絵柄があるか誰も知らない。作るたびに違う絵柄が現れる。採用決定。鶴屋にいた人~♪全部で6人と会った。朝は早くから営業を片っ端から捕まえて文句を言って廻る。またよくもこれだけ掟破りを平気でするものだ。夕方は、仕事を早めに切り上げて、岩本さんと大塚さんに謝罪と途中経過を報告しに行く。話す中でまた多くの問題点が浮かび上がってくる。前途多難。人が集まってどんなに懸命にやっても、人の能力以上のことができるわけがない。システムは、いかに問題点を暴き出して、新しいアイデアを出していき、それが実用に足るのかをイメージとして検証できるかどうかだ。ほんとうに道は険しい。大塚さんは、元気になっていて安心した。写真の話、ネットの話...。いろんな話を2時間ほどした。ゆっくり時間を掛けて、一緒に仕事をしたかった。信頼は、かけがいのないものだ。しかし、信頼できる人は少ない。減って行きこそすれ、簡単に増えることはない。信頼は傷つきやすいもの。ここも見に来てくれてるんなら、たまには書いてくださいね。去年の彼宛の日記もやっぱ見ていてくれたんだって~♪
2003/01/24
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ギリシャ神話だったか、パンドラの箱というのがあって、開けていけないと言われていた箱をパンドラが開けて、災厄や病気が世界に広まって、その箱の最後に残っていたものが希望だった。というお話がある。目的がない、何をしていいか分からない、してもしなくても一緒。そんな想いがこの経済状況の体たらくとともに蔓延している。(ひょっとするとぼくだけ?)敗北感や無力感。愚かなことも素晴らしいこともあらゆることが粛々と進行している、まるで自分とは無縁のように・・・・。しかし、無縁ではない。グローバル化した社会では、多様性を認め合いながら、折り合いをつけていく社会になっている。それは共通認識だ。(一部国家としてそうでない国もあるが・・)個人は過去の亡霊に支配されているかのように見えることもあるが、それは思い過ごしだ。多様性ということは、個人の様々な経験や考えが生かせる場があるということだ。個人の経験は、一般化できるが、存在から見れば、とてもオリジナルなことだ。自分が存在し続ける希望(願い)を持ち続けたい。いまは見えなくても、見ようとしなければ見えないものがある。 訪問者と電話で忙しかった。東京からは頻繁に電話があり、あれこれ依頼されるし、面接は二人こなし、仕入先は来るは、しかも若い担当者は、退社するとかでてんやわんや。向こうがじたばたしてるので、気持ちが少し伝染してしまう。面接した女性二人は、経験的なものとひとあたりはいいものだった。珠算、英検、簿記って持ってるし、接客の経験や経理の経験もある。PCもある程度さわれるし、6,7年前市内で面接したときと比べればレベルが高くなったと感じた。あす3人面接して、最終決定をする。うちのような慌ただしい会社では心の余裕や懐の深さが大切だと思う。いまのところひとも指導していた36歳の女性が最有力かな。U社の野尻くんが退社するとのこと。昨年から会社に不満があって、だんだん切れてきていたのだが退社しますと挨拶に来た。あの感じはデリケートじゃない若い所長がいやになったという感じがする。あの所長の感じは細かいことは気にしない。結果がよければいいじゃないか、だから耐えきれなかったのかなぁ。本質的な問題を見つめられない感じがする。うちとの関係がうまくいっていなかった担当者だが、知的好奇心があっただけにちょっと惜しい気がする。逆にこの業界の人間にしては考えすぎていたのかも。システム打ち合わせは3時間以内で終わった。ほとんどのやりとりが聞き取りで、本社のMさんばかりが説明し、だいじょうぶかいなと不安になる。仕事の流れは分かっているのにシステムとして仕事の内容を再構成できていない。行程管理、原価管理はデータをパーフェクトに入力するのが不可能なので、折り合いがとても難しい。帳尻あわせで仕事をしていたのに、そんなアバウトなことをシステムに盛り込んでうまくやってかなければならない。至難の業だな。
2003/01/23
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写真を撮るとかシャッターを押すという行為はどんなことなのだろう。一般のひとが写真を撮る場合、どんな状況が考えられるだろうか。1.好きなもの(風景も含む)。好きな人。2.記念あるいは記録として撮っておきたいと感じたもの。3.(無理矢理撮らされた。)もうひとつ、写真を撮るときの態度として、撮りたいと思ったものは何でも撮る、という考え方と、いい写真しか撮りたくないし、無駄なことはしたくないという省エネ的な考え方がある。(後者の考え方ならばもう読まないでいい。)写真はデジカメの普及により、記憶メディアの容量とバッテリーが許せば、どれだけでも撮れる。だからいつでも消せるし、写真なんて写真が出てこないと分からないところがあるのでどんどん撮ってみよう。写真の撮り方として、決定的に二つの考え方がある。コマーシャルフォトのようなイメージが先にあって、それに合わせて写真を撮ろうとする考え方(コンテストの写真もこの類に入るだろう。)と写真を撮る行為の中でファインダーの向こうの世界と撮るこちら側を含めての新しい発見や出会いや認識を大切にしようという考え方だ。いみじくも福島辰夫が、「自己認識の方法・世界認識の方法」(以前これについては書いたと思う。)という方法だ。最近、ハッと思った写真に春宵さんのスパゲティらしきものを食べた後の空になったテーブルに置かれたお皿の写真がある。普通そんなものは撮らない。しかし、敢えて撮るところに何らかの彼女の情熱を感じるのだ。それが写真を見ることによるぼくの発見である。そのように撮る者の感覚が研ぎ澄まされ、撮ろうという情熱を感じることはぼくにとって大切なことだし、ぼくもそんな多様な感受性を持って写真を撮っていきたいと願う。春宵さんとこからとって来た写真そういやきょうは45歳の女性のパートの面接がある。なかなか感じのいいひとだったが、ちゃんとコンピュータを20年くらい使っていないとのこと。実は経理的なこともしてもらいたいので、このひとはだめかなぁ。本人も大変さは想像できたようだった。「いいひとがあればそちらへ・・・」っていって帰っていった。あすは、36歳と40歳の面接。そうそう、中国の輸出の時、輸出貿易管理令の指示する非該当証明が必ず必要なのだが、非該当証明がないので、ND社に電話して、早く欲しいという。「もう、送りました。」とのこと。でもきていない。それであれこれ話していると非該当証明のオリジナルは、破棄しているとのこと。「さしあたり、FAXで至急下さい。」といってあるのだが、オリジナルは要らないとか一度も言ったことはない。従来、営業が週一回来るときに渡してもらっていた。ダイレクトで渡すこともあるようだから、来ているものだとばかり思っていた。あまりの感度の悪さにわざと声を荒げて、怒鳴った。こんな日本語もなかなか理解できない人が増えている。
2003/01/22
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言葉に力があった時代。存在に力があった時代。写真に力があった時代。わだかまりが寄生虫のようにうごめいている。 ひとだまのように漂っている。いっそ、この身の皮を剥ぎ、いっそ、この身の肉を削ぎ。臓物をとりだして、骸骨になって、風の通りをよくしよう。がちゃがちゃとガイコツ踊りもおつなもの。
2003/01/21
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つなひきお前は海でもなく 俺は山でもない呼べば答える男と女信じる信じないはともかくひえた身体をあたためあうきのうは花のようで 今日は風のようで欲ばかりの男と女賭けたいのちはとうといが賭けるいのちはどっちが強い好きだの嫌いだの騒ぎたて道草ばかりの男と女だけどいつも悟れずにくやしさかみしめ身をけずるぼくらの愛は信じられるかいぼくらの愛は他とちがうだろうぼくらの愛はユメじゃないだろうぼくらの愛はとっても強いだろうとっても目がステキさ かわいいくちびるさそれではすまぬ男と女くされくされるその時に日の目を見ぬ男と女家もあります 子供もいます悲しいことばかりじゃない男と女心のすみでうたがっても強く深く結ばれていますぼくらの愛は信じられるかいぼくらの愛は他とちがうだろうぼくらの愛はユメじゃないだろうぼくらの愛はとっても強いだろう+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++また泉谷しげるの唄。泉谷しげる、中山らび、ジョルジュ・ムスタキは、子守歌代わりに寝てるあいだずっと聞いていたので、薫製のかおりのように染みついている。ある使い古したイメージを後生大事に、死んだ幼子の齢を数えるようなイメージに出会うと「あなた、頭悪いんじゃない?」とつい言ってしまう。悪しきイメージとの決別するために、もがき苦しんだのではなかったのか?それともまだ乗り越えるイメージが自分の中にできあがってないのだろうか。苦しむのがいやで、同じイメージを暖めて、それに呼応する日溜まりを探そうというのか。言葉は消費される。固定した意味は持てない。時代とともに変質していく。その変化はとても激しい。言葉に寄りかかってはならない。寄る辺は、己の渦を巻くようなエネルギーだ。そしてそれに触れてくる感覚だ。ひとを振り回しているのが、「人類の歴史にとって、その多くが、ほんの短い期間の習俗や文化や流行に過ぎない。」ということをはっきり認識しておいたほうがいい。個人の存在なんて、壮大な宇宙をイメージすれば、そのなかに浮かんできた泡みたいな存在だ。どこで「つなひき」にしようかと思ったが、また言葉で引っかかってしまった。綱引きは、体感的なものだからなぁ。そう、駆け引きも・・・・・。つなひきするとお互いがよく分かる。いいに付け、悪いに付け。もういやって事もあるだろうなぁ。ひきつ、ひかれつですりあわせ、どれだけつなひきができるんだろか。12月もこれ引っ張り出していた(^_^;
2003/01/20
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ぼくは広角が好きだ。35mmカメラ換算で28mmのレンズが一番好き。レンジファインダーのTC-1は、おそれおおくも28mmが付いていて、しかもオートフォーカス。IXY DIGITAL初代は、35-70mmのズームなのだが、35mm近辺はなかなか広角っぽい。ただデジカメはCCDが小さいので、レンズ設計もありこれ以上の広角は無理とのこと。どうしてもデジカメの広角が欲しければ、一眼レフタイプの広角を使うしかない。昨日の撮影で木の幹をあれこれ撮ってみたのだが、ちょっとカメラの角度を変えるだけで、映像が大きく変化する。見るために寄れ、見るために引けって、まさにこんな事。あいにく、明るさの幅がひどかったので、明るいところは飛んでしまった。しろさん、2000ゲットおめれとさ~ん。なんにもでないけど・・・(^ヘ^)v++ ぎっくり腰や股関節がおかしくなったとき ++何かの拍子にぎっくり腰や股関節がおかしくなることがある。ヨーガは、日々やっていないと体全体がなじんでいないので、対症療法としてヨガを使うのは難しいと感じている。そこでぼくがやっているのは、比較的簡単な方法だ。足を上げる運動。まず、左足を軸にして、右足を膝を伸ばした状態で反動をつけずに正面に振り上げる。正面、右、後ろを各10回ずつ繰り返す。今度は同じ方法で、右足を軸にして、正面、左、後方と10回ずつ振り上げる。この回数は、10~20回程度が適当だろう。分かるかな。
2003/01/19
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床屋行った。久しぶり。去年から生きたかったのだが、風邪気味でこの上寒い目に遭うとまたぶり返しそうだったので遠慮していた。桜の咲く頃のお天気で今日がチャンス~♪それから下通の「上海ハウス」で久しぶりに担々麺を食べる~♪横浜中華街の味と書いてある。あちこちで担々麺を食べるが、ここの味にかなうところを見つけたことがない。ベスト電器コンピュタウンでPowerbookG4を見る。15インチのPowerbookなかなかいい。欲しい!!12インチのはどんなものになるのだろうか。やっぱ15インチかなぁ。iBookとは比べものにならないほどいい。ダイエー、喜久屋で「MacOSXv10.2 UNIX的徹底活用講座」を買う。これでサーバー構築も一歩前進。熊本城行って写真撮影。あちこち工事中。楠がいっぱいある。級の目当ては、梅。白梅は、咲き始めだったが、紅梅はかなり汚くなっていた。125枚撮ったけど、画質をまちがえて使い物にならない。小さくすればどうにか見えるかもしれない。(^_^;夕食は「月の膳」にて。
2003/01/18
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状況は前触れもなく、ひたひたと忍び寄ってくる。ささやかな日常や面倒な仕事や、微妙に変化する気候や自然、あるいは体調から、あるいは年齢から、あるいは自分の信じ込んでいる節目から、さまざまな要因が状況を作る。ときにはいらいらし、ときには人恋しくなり、ときにはやさしくなり、ときには所在なさを感じ、ときには孤立する。この感覚は今しか持ち合わせできないものだし、この感覚と人の関係も含めた状況は今だけだ。今しか考えることができないことがたくさんある。だけど今をかみしめすぎていると、いつのまにか過去に置いてけぼりにされる。ふとひとりの世界に入り込むとどの場所にいるのか、どの時代にいるのか分からなくなる。この世と接触するときに、引っ張り出されてる気がする。ぼくはシャガールの絵のように浮遊している。そのくせ、引っ張り出されると時間軸が正常に動き出す。そしてたまに狂う。ぼくはどこから来てどこに行くのだろう?ぼくの座標点Pはどこ?そんなこと考えたってわからない。この宇宙空間で、どこかの重力に捕まって落下しているのか、たまたま生まれたときの慣性だけで移動しているのか、たまに近づいてお互いの持つ質量によって発生する引力が影響し合ったり、ときおりぶつかってあらぬ方向へ飛んでいく。どこへ向かっているのか何も分からない。宇宙で東西南北や上下左右は意味がない。ただ動いているという事実だけがある。
2003/01/17
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寝る前にあれこれ考えて、起きてから書くんだけど、ぜんぜん思い出せない。あ!!・・と思わせぶり。でも下手に書くとなぁ。ちょっとデリケートだったので、起き抜けの頭がまわんない状態じゃ無理だな。大王さんが言っていたsafariの新バージョンを発見。早速落として試したけど、やっぱここにログインできない問題は継続している。きょうは、昼一時から2時間打ち合わせのために誘拐されて、帰ってみると注文の山。慌ててこないしているとおととい送った商品の送り状に記述ミスが。。。そしてその荷物の梱包の破損がたくさん。写真をメールで送ってきた。クロネコさんにメールを送ると、カーゴごと向こうに送るからそんなはずは・・との返事。じゃ、一昨年から依頼していた手順書を書いてというと今度移転したために変わった営業所ではこころよく引き受けてくれた。ああ、苦節1年半。来週からどうなる事やら・・・自由時間が1/3か1/4になりそうだ。週末にスケジュールを更新しとこ。<(_ _)>そうかぁ。ぼくにとってあらまほしい人物像をイメージしていたんだな。かなりおつきあいを絞っている生活を続けていたから。全方位外交を続けるほど人生は長くない。図らずも感情的な悪しきものを受け止めることは自分にとっていいことではない。情と見ることはまったく違うのだろうけど、対話はそういう危険性を帯びている。
2003/01/16
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深夜に煙草をくゆらせながら、言葉を出そうとして、うんうん、うなっている。左の肩の後ろが痛くて、指がしびれている。背後では、ファンヒーターが高い音を立てながら燃えている。ここでは時間軸がおかしくなる。無数の記憶が、経験が、いまのぼくに味付けされて。微妙に変質している。守るべきものは少ない。人を意識することで、はじめて自分がおぼろげながら、現れているような存在だ。サッカーのようにすぐスペースを探す。それはぼくの居場所だし、場に足りないものであったり、ひとのこころのすきまだったり。存在と非在を比べれば、非在を知るものにとって存在はかけがいのないもの。それは物理的な存在ではなく、存在を感じるものにとって、上席に位置しているかということ。忘れていること、欠けていることは多い。すり減らし気味な日常で、大切なことを意識させてくれる人は少ない。それは、相手の記憶や経験ではなくて、ぼくを驚かせたり、感動させたり、はげましたり、そんなことをしてくれるのは、相手の感受性や感性だ。待っても何も与えられない。貪欲に探してもなにも見つからない。うたかたの世に投げ出された、共生ともいえるさまよいだ。まきさんとぼく - 誰が撮ったの?
2003/01/15
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氷河の深いところで、ずずっとずれはじめている。低い音を出しながら静かに動いている。写真のことを考えはじめたからか、ひとの傷つきやすさにたまたま触れたからか、原因ははっきりしない。人を傷つけて悔やむようなぼくではなかった。確信的な行為の見返りとして、冷血漢と呼ばれてもあまり気にならない質だし・・・言いたいことは人が傷つくかもしれないと分かっていても必ず言ってしまう。ぼくはいつもあなたのそばにいる。ということは写真か。写真は過去からの決別である。撮るために過去は邪魔だ。少なくとも自分が今いる空間で、新しい世界を発見するには、目の前の世界に集中しよう。写真というのは、撮影する主体があって初めて成り立つ。じゃあ、ぼくって何。今まで何をしてきたの?何をしたいの?撮影するためにいろんな事をそぎ落とさなければ...。そしてそぎ落とせない事情が、心の中で垣間見れる。向き合えない事情が、いつのまにかたくさんできている。低空飛行だ。高度を保つために、バラストを捨てろ。書を捨てて、街へ出るまでの準備が大変だ。◇◇◇楽天のリンクは、減らしました。自分のなかで消化しちゃうと興味がなくなる悪い癖です。あんまり深い関係の人じゃないから、消費しちゃってるけど許されて。◇◇◇あろさん、写真撮った?え?・・・ああ、3日間風邪ひいて寝込んでました。◇◇◇21日から週2日、5時間の打ち合わせが始まる。◇◇◇永井さんの白血病だった中学生のお子さんが亡くなった。一時は、骨髄移植で持ち直したそうだが、再発して、とうとう....。
2003/01/14
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微妙な心のバランスの中に成立している「宙」のコミュニケーション。多くのひとが自分にとっての意味を喪失して、中毒化した状態でさまよい出てるのではないだろうか。匿名性故に相手の状況を手探りしながら、言葉を選んでいく。元よりそんなことを一切考えないひともいるだろうが...。多くのひとが、自分流のスタイルを作ることで失敗しているように思う。お笑いと違って、普通の人がスタイルを作ることは、怠慢に近いように思える。そこに仕事の情報とかがあれば、まだコミュニケーションとして成立するかもしれないが、「宙」はもっと一期一会のように思う。きょうは、るつぼ宙をひとつ閉鎖した。誰も知らないところ。ゆうごう宙は、まだ残しておこう。コミュニケーションも少ししぼっとこう。来週から、消耗戦が待っている。やっと気力が戻りはじめてきた。♪~見るために寄れ、見るために引け~♪カメラを持ってファインダーを覗くと、四角に仕切られた世界が現れる。しかし人間の視覚は、四角に仕切って見ているわけではない。ただ漫然と見ているし、カメラを持って撮ろうとするとき、写したい対象ははっきりしている。僕らはいま何処にいるのだろう。 僕らはなぜシャッターを押そうとしているのだろう。今いる状況をもっとよく見るために、たまには遠ざかってみよう。ほとばしる被写体のエネルギーを感じるために、ぐっと近づいてみよう。僕らの被写体への思いをシンクロさせるために、僕らは様々な距離を試してみよう。きっと新しい世界を発見するはずだ。おまけ- 露出補正 -写真の露出というのは、写真が始まって以来ぜんぜん変わっていない。ガラスに乳剤を塗りつけて、露光し、コンタクトをそのまま写真にしていたアジェの時代からそのままだ。フィルムもCCDも必ず最適な露出(露光量)が存在する。通常のフィルムで考えれば、ASA感度。いまKodacromeを見てみたら、ISO64/19°と表示されている。具体的に通常のカメラでどういう事をしてるのかというと、シャッタースピードと絞りで最適な露出を決定しているのだ。ある光の環境で、f=2.8 シャッタースピード=1/250f=5.6 シャッタースピード=1/125f=8 シャッタースピード=1/60f=16 シャッタースピード=1/30 は、同じ露出なのだ。しかし、写そうとする世界は、顔や背景や空それぞれに適正な露出があり、通常本当に写したいものに露出を最適化して撮影しなければならない。上記の例で自動で撮影する場合、人の顔が逆光であったら、f=8 シャッタースピード=1/60のときは、絞りを f=2.8 シャッタースピード=1/60にするか、絞りを f=2.8 シャッタースピード=1/15にする。カメラのマニュアルにある「露出を補正する」-2,-1,0,+1,+2 で設定できるようになっているが、逆光で被写体が暗い場合、+2で設定する。デジカメを持っているならば簡単にコンピュータに取り込めるので実験してみればいい。 あろさんと中根さん
2003/01/13
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今日はいい天気~♪(≧∇≦)さん、深夜に宙閉めちゃった。(≧∇≦)さんの性格としては、書き込んでる人にちゃんとお返しできないのが、自分で許せなくなったのね。まあ、(≧∇≦)さんらしい。僕が知ってる限りでは一番の人気宙だったからなぁ。ま~た、お手伝いしちゃった。(^_^;大矢さんから夜8時電話。軽運送の仕事をしているが、長い間やってる豆腐屋の仕事を首になったらしい。お酒を飲みながら電話してきた。高校時代は詩が好きで、雑誌でなく、本にも載ったらしい。詩は生き方で職業じゃない。言葉は言い放つものではない。と常日頃から言っているのだが、いっこうに分かろうとしない。どんなにののしっても彼は僕が好きらしい。学生の青い息吹が懐かしいのだろうか。酒を飲んで電話してきたが、くれぐれも暗いこと考えて深酒しちゃだめだよと言っておいた。大矢さんは根暗じゃないんだから。夏に遊びに来た大矢さん
2003/01/12
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泣くといえば・・・・・子供の頃、泣き虫で、風呂に入ろうとして、熱いと泣くし、ビックリすると泣くし、構ってくれないと泣くし、意のままにならないと泣いていた。あるとき、30分くらい泣いていたら、ふとなぜ泣き始めたのか思い出そうとして、思い出せないことがあった。(^_^;それからちょっと恥ずかしくなって、むやみやたらに泣くのをやめた。たっぷり泣いてみるとよく分かる。自分のことを客観的に理解する第一歩だった。きょうはスモさんとミニオフ会だぁ。ああ、久しぶり。オフ会は、おとどしの阿蘇以来~♪いってきま~~す。PS:実は、昨年の春、とおるさんとオフ会やっていたのを忘れてた。 二次会で行ったショットバー
2003/01/11
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失語症ってほどじゃないけれど、仕事がばたついて、言葉が出なくなってしまった。言葉がなかなか浮かんでこない。感じることがあって、それに対して言葉が付いてくる。仕事のルーチンでばかり考えていると、他のことが入り込む隙間がなくなる。大切なことを忘れている気がしている。それがはっきりしない。頭の中に浮かんでは消えていく。頭でっかちだ。感じることがベースだというのに。とにもかくにも街へ出なければ・・・中国関係が3月までは十分忙しいだろうし、来週から週2回、5時間の打ち合わせが始まるだろう。今回は、記録に徹しておこう。会社ではインフルエンザが猛威をふるっている。半分、倒れかかっている。中にいる人が特に・・・立ってるのはあろさん
2003/01/10
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昨日から小中高校生の姿を見るようになった。やっと始まったんだ。がっこ。超ミニスカートで足のすらりとした女子高生が菊池電車に乗り込むのを発見した。あんな短いスカート着ていけるんだ。でもなぜ着るのだろう?男の視線を引きつけるのは分かってるのだろうけど、性的な視線を集めるのだということは分かっているのだろうか?「性的」が抜けているとしたら、自分の存在を強くアピールしたいのだ。自分の存在って大きいのに、周りはそう見てくれない。そんな周囲に対するプロテストなのだろうか。そんなパワーがあるうちはいい。群衆を見ながら、ふと目線が止まってしまうことがある。そのことをもっと自分の中に引き寄せよう。やっとタイトルがきまったな~♪ (≧∇≦)さんリクエスト
2003/01/09
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昨夜は、久々に気心の知れた人と話せた~♪それで思ったのだけれど、話す本人には、いくつかタイプがある。1.相手は誰とでもよくて、自分の頭に浮かぶことが話せればいい人。誰でもいい誰かと時間がつぶせればいいと思っているらしい。2.自分に一方的にイメージがあって、一方的に話す人。話すことで自分の考え方を再認識するタイプ。3.相手に敬意を持てて、相手と自分が織りなす海で、深いところまでお互いの心の動きを感じながら話す人。話をするのは、自分が何者かを相手を通じて知ることができるし、相手の考え方を知ったり、感じ方に触れることで新しい感覚が自分の中に芽生えてくる。スーパーでジョナゴールドがあまりも恥ずかしげな赤だったので買ってきた。写真を撮ったら、よく色がでなかった。だからアップはやめて、過去の写真を~♪バードさんもアキレオさんとこでルミナリエの写真を出してた。でも写ってたの全部出したでしょ。まあ、いいんだけど、夜景って難しいからね。深夜の飲屋街を何回か撮影に行ったことがあったけど、妙に自分に籠もって来る写真しか撮れなかった。静かすぎる。もっと猥雑さや欲望なんかも織り交ぜれたらよかったんだけど、ロートレックやブラッサイのようにはなかなか行かないわね。いままでのデジカメで撮ったり、フィルムスキャナーで取り込んだスライドをずらっと眺めてみた。そう悪くない。一コマ一コマの心象風景であったり、あるいは一心行の大桜のようなものだったり、知り合いの写真だったり。写真とは何だろう。また考え直しはじめているが、まずは自分の存在の復権だ。見る自分として、まず目の前の現実を感じなければならない。それから写った写真の自分にとっての評価だ。そして写った写真が見る者にとってどういう印象を与えるのか。一枚一枚はずるい方法なのだが、いまはこの表現しかできない。
2003/01/08
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春にいく本妙寺の茶店 -開店は日の出から日没まで-明日の朝起きた。\(~o~)/誰もいない。ま、いつものことだ。寝過ぎているせいか、眠りが浅い。ずっと半覚醒状態のまま、朝陽を浴びた自然や朝の様々な映像が幻覚のように次から次へ飛び込んでくる。まるでスライドショーのように。美しい映像だ。ありありと鮮烈に見える。新聞を読んで一日が始まる。◇◇◇会社へ行くとみんなまた年始の挨拶へ。今日で終わりなのだが、中国の方への設備の移動が始まっていて、見積依頼や出荷や次の出荷の段取りで大わらわ。しかも途中で年始の挨拶は来るは..。2ヶ月来から依頼している見積の督促等々...。グループの新しいシステムを担当することになった、TA社は、昨年こちらの想いと違って日程を読みまちがえていたらしく打ち合わせに来なかったと本社の責任者から報告があった。システムに関しては、うちの商社の部分が所定のコストの範囲で納まるかはなはだ疑わしく、サイトで内容をアップして、内容を再検討してもらえるように今度の休みを使って修正する。◇◇◇写真については昨日のようにまた書いていこうと思うし、まだ生硬な文章なのでもっと柔らかく表現を変えていこうと思う。書こうとしたが、さすがに時間がない。春に撮った本妙寺の写真でごまかしておこう。(^_^;まとまったら、左の方に書き足していく。デジタル化してないスライドだったら1,200枚以上はあるんだけどね。モノクロなら20,000枚以上かぁ。未現像もあり(^_^;◇◇◇ログ見ると楽天外からのアクセスが多い。今日は最高の81アクセス/day。今度は、大王さんに見つかっちゃった。よろしくね~♪スモさんとは週末に初顔見せの二人オフ会をします~♪◇◇◇今日も書くことが多い。気になったことだけ書こうとするのだがすべてが止めどない。今日、アメリカ海兵隊を夫に持つ日本人の女性の日記を見たときに、サンディエゴ港から、イラクに向けて夫が出港と朝5時頃日記で見たのだが、昼のNHKニュースでそのことが報じられていた。ネット日記恐るべしだと感じた日だった。
2003/01/07
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♪~僕らは気持ちのいい写真が撮りたい~♪30年くらい前から、カメラはとても身近な物になった。カメラは自動露出機構を備え、オートフォーカスになり、使い捨てカメラが飛ぶように売れ、デジタル化の波が押し寄せ、写したものがすぐに公開できるようになった。ハレのときにケレのときに、一族郎党が集まり、特別に撮影していたものが、お手軽に撮影できるようになった。写真はシャッターさえ押せば大抵写る。そんな時代にあって、写真は写っていればいいのだろうか?僕らの好む被写体を写せばいいのだろうか?僕らの意図通りに写真が撮れればいいのだろうか?僕らが撮影した写真を見るたびに写真は僕らを映す鏡であることに気付くだろう。僕らが撮ろうとしていること、撮ろうとしている世界との関係性を意識しないではいられない。様々な僕らを取り巻く環境を意識しないではいられない。写真はそれをあからさまに写し込む。僕らはそれでもなぜ写真を撮るんだろう。それは写真が世界と僕らをつなぐ接点だからだ。僕らが写そうとしているのは世界なのだ。僕らは色んな状況を引きずりながら写真を撮る。僕ら自身を知ってる僕らのために、僕らは気持ちのいい写真が撮りたい。3日の夕方から、今朝の5時までほとんど寝てた。よく寝れるものだ。よく寝たものだ。汗も掻いた掻いた。やんなきゃいけないことがいくつかあったんだが、パスしてしまった。メルマガを久しぶりに2日掛けて出そうかと思ってたが、流れちゃったし((;・・ヘ)本も読み損なったし・・・・早くサーバー立てたいよー!!まあ、これも天の思し召し~♪アッラーは、我とともにあり。さ、きょうは写真が撮れるだろか?ま、ともかく一枚は撮らなきゃ。じゃ、いってきま~す。うん、29枚撮ったけどやっぱだめだな。使えるのは移動中の車中からはないや。ま、ともかくたくさん撮ってここにアップしなきゃ。なかったらストックを使おう。バキッ!!☆/(x_x)倉谷さんより年賀状来る。旦那からも来ていたが、いつも「水町さんとは別よ。」と言って年賀状をくれる。中国の太極拳の大会で2位だったと。何の大会かはよく分からないが、まあ凄い。また太極拳やりたいなぁ。そういや、旦那のうちあての年賀状は旧住所だった。移転届けも一昨年出してるのになぁ。(^_^;
2003/01/06
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朝、起きたら雪。起きたと言っても、熱と悪寒に浮かされた丸一日だった。汗をビッショリかいて、寝てたときは幻覚が出ていた。熱のせいなんだろうな。僕はめっきり熱に弱い。午前中に雪は消えてしまった。晴れて明るい日射しが部屋の中に降り注いでいる。灯油がなくなったので、ガソリンスタンドへ灯油を買いに、それとIXY DIGITALのバッテリーを~♪それから待望のカツ丼。オーダーを取りに来たおばさんは、壁に寄っかかってオーダーを取っている。冷たい蕎麦茶をすぐにつぎに来る。うう、まだカツ丼は僕の体力には早すぎた。みこしうどんでは、なぜか終始浜崎あゆみの曲がかかっていた。うどん屋にはとても合わない曲。早く出てってくれ~と言ってるように聞こえた。 うちの近所 to 匿名希望様へ匿名希望さんに熱に浮かされた夢の中で賢明に返事を書いてる夢を見る。(^_^;そうそう、今年は僕の干支だっぺ~♪こりゃ、体調管理をしくじってしまった。仕事は、待ってくれないし、追っかけてくるからなぁ。今週はうまくやり過ごそうっと~♪
2003/01/05
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(o_д_)ゴロン(_Д_o)ゴロン(o_д_)ゴロン(_Д_o)ゴロン悪寒、発熱、咳が止まらない。昨日の夕方から、こりゃいかんという状態になった。今日の朝。3時間寝たと思って時計を見ると一時間しか経ってない。それを3回繰り返した。風邪を治すのはともかく布団のなかで暖まっていること。(o_д_)ゴロン(_Д_o)ゴロン(o_д_)ゴロン(_Д_o)ゴロンローヤルゼリーをホットミルクに入れて飲む。だいぶ良くなった。悪寒も取れたし、熱もだいぶ下がった。・・ちょっと悪寒があるかぁ。こんな状態になったのは何年ぶりだろう。天が与えた不思議な時間。ひとってやわなのよねぇ。
2003/01/04
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風邪はだいぶいい。タバコが減らせたら、直りが早いだろう。今朝の掲示板でのやりとりで、写真を撮ろうという話になったので、まあ、自分のだけは、ちゃんとアップしていきたいなぁ。悠之輔君、訪問。ビール2杯と神の河の水割りで一気に体が冷えて、頭痛がして、悪寒が走り・・・一気に風邪へまっしぐら・・・(^_^;夕方からまた2回寝た。体が重たいとなんも頭が働かない。(≧∇≦)さん、えらいなぁと改めて関心。気持ちが自分以外に向かないもの。毎日写真を撮ってるが、なかなかアップできる状態じゃないなぁ。写真が悪い。それでもいいかな。今日は悠之輔ちゃんの後ろ姿と僕のMacを~♪
2003/01/03
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まあ、きょうはなんていい天気~♪ \(~o~)/一日中、雲一つない青空が広がっていた。あんな空はもうまた再び見ることができるだろうかと何の根拠もないが、そんな気分になってくる。ごほごほ・・走る悪寒...。温泉センター(優祐健康ランド)に初めて行ってきた。循環泉だから、カルキ臭くて目が痛くなるし、お風呂もぬるい。サウナでたらたら汗をかいても悪寒は治まらない。お風呂にいる人より、椅子に寝そべって、TVを見てる人が多かった。おっさん、おばさん、年寄り、子供ばっか。今日はいい天気だったせいか、少ないとの話だった。11:30~15:00迄居て、帰りにヤマダ電機でコンパクトフラッシュ128MBを買った。明日は、専用バッテリーをカメラのキタムラで買おう。MacOSX導入パワフルガイドブックは、半分以上読めた。あんまり詳しく載っていないことが分かった。これを読み終わってもサーバーのことは分かんないだろう。(^^ゞ明日は昼から悠之輔君が来るとのこと。彼の入院見舞い以来かなぁ。酒もタバコも飲めるようになったとのことだから、よかった、よかった。(ぞくぞく)
2003/01/02
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毎年朝10時に両親と弟のいる実家に妹夫婦とうちが集まるのが恒例になっている。親父殿は、いつもいつも壊れたテープレコーダーのように同じ事を話す。彼は記憶を探ることが能力が高いと勘違いしている。天皇の系譜を言えたところでなんにもならない。「そのなかにだぶって登場している女帝がいます。さて、だれでしょう。」と質問をする。茶化しているのだが、そういうことには興味はないらしい。知識は人を感心させるためにあるのだとも勘違いしているらしい。
2003/01/01
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