私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2014年01月23日
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カテゴリ: 千の朝
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数式という体裁をとって科学的法則を提示されれば、われわれはそれを真理だと思う。

なぜそう思うのか、その根拠についてカントは徹底的に考察した。

 理性に裏づけられた科学技術の発達は、その恩恵に浴して富を蓄積できる強者とできない弱者とに二極分解させ、貧富の格差を生み、階級対立を生みおとした。

そうなれば、否応なく道徳問題が出てくるであろう。

 それを予見するかのごとく、カントは第二批判『実践理性批判』を書いていた。

 自由主義と社会主義の対立は、自由競争で富全体のパイを大きくすれば幸福になれるという正義論と、富は計画して作り上げ平等に分配されるべきだという正義論の対立であり、互いに正義を主張した。

 東西両陣営が、それぞれ社会主義、自由主義の正義論を精緻に体系化して譲らなかった。

 イデオロギーというのは正義の体系である。



 相異なる信念のぶつかりあいであり、自由か平等かという道徳の価値をめぐる争いであった。

 両体制は、それぞれの正義を生産力で誇示し、社会主義陣営は計画経済による生産力の上昇をめざし、資本主義陣営は自由競争による生産力の上昇をめざした。

 大量生産、大量消費の誇示であった。しかし、そこに落とし穴があった。

 資源の乱獲による自然破壊であり、大量廃棄物によるゴミ問題である。両体制はともに環境破壊を招いた。

 もはや自由主義と社会主義のどちらが善かを論じている時代ではない。

 環境問題は体制を超えた地球の問題である。

 宇宙に浮かぶ地球は、その四六億年の歴史の流れを経過するうちに、火の球から水の球へと転身した。

 地球はあたかも崇高なる美に向かっているともみえる。

 カントは、真や善が理性のうちに働くのに対して、快-不快など五感に訴えかけてくる領域の存在が立ち現われてくるのを予見していたかのごとく、最後の第三批判書『判断力批判』を書いた。

 それは美と崇高を扱っている。

『「美の文明」をつくる』 川勝平太 ちくま新書





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最終更新日  2014年01月23日 08時46分36秒
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