私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2014年11月19日
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カテゴリ: 千の朝
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 かやうな働きがなければ、無論向上といふものはないわけで、批評は創造の鹽である筈だが、この傾向が進み過ぎると、一向鹽が利かなくなるといふをかしな事になります。

 批評に批評を重ね、解釋は解釋を生むといふ具合で、批評や解釋ばかりが、鼠算の様に増え、人々はそのなかでうろうろして、出口がまるで見付からぬ、といふ事になる。

 當人達にしてみれば、うろうろしてゐるどころの段ではない。

 烈しく働いてゐる積りであらう。

 又、確かにこの働きはジャアナリズムの上に現れて、そこに文化の花が咲いてゐる様に見えもしよう。

 併し、賓は、凡そ堪(こら)へ性のない精神が、烈しい消費に悩んでゐるに過ぎず、而も何かを生産してゐる様な振りを、大眞面目でしてゐるに過ぎない。

 まことに巧みに巧んだ精神の消費形式の展覧である。

「無私の精神」 小林秀雄 文藝春秋





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最終更新日  2014年11月19日 07時29分07秒
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