私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2015年01月21日
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カテゴリ: 千の朝
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 ところが、パシフィコは被害を受けた家具代のみならず、裁判関係の書類もなくなったという口実で、途方(とほう)もない巨額の賠償金をギリシャ政府に要求したのである。

 ギリシャ政府はその補償責任を負(お)うことを拒絶した。

 そこで、当時のイギリスの外務大臣ヘンリイ・テンプルことパーマストン子爵は、イギリス海軍を派遣してアテネ港を封鎖し、港の中の全船舶を拿捕(だほ)せしめたのである。

 これに関連して、仲裁しようとしたフランスとの関係もまずくなって、駐英フランス大便がロンドンを引き揚げる事態にまで立ち至った。

 イギリス上院は、パーマストンがアテネに住むポルトガル系ユダヤ人の一商人の法外な要求を支持するために、英国海軍を派遣し、英仏関係を危険にした責任を問題にして弾劾(だんがい)決議をして辞任を要求した。

 この時のパーマストンの演説を有名にしたのが、シセロ(ローマの雄弁家)に由来する、「われはローマの市民なり」の原則であった。

 パシフィコは、少なくとも国籍はイギリス人、つまりイギリス市民である。

 その市民の財産が外国において破損されたのである。



 パーマストンは四時間以上に及ぶ議会演説において、議員たちを魅了し、恍惚(こうこつ)たらしめ、賛同の嵐を起こした。

 日本の生麦(なまむぎ)村で起こった事件は、このパシフィコ事件からわずかに十数年の後のことであるから、「われはローマ市民(イギリス市民)なり」の原則が発動されても不思議はない。

「日本史から見た日本人 昭和編」 渡部昇一 祥伝社





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最終更新日  2015年01月21日 05時39分47秒
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