私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2015年12月23日
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カテゴリ: 千の朝
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 その交換は、利害や必要にもとづくのではなく、純粋な動機(交換のための交換)にもとづくものだ。

 交換のシステムのなかでは、女性や、物財や、言葉が、「価値」あるものになる。

 しかし、それらが、その「価値」ゆえに交換されるとか、利害動機や機能的な必要にもとづいて交換されるとか考えるわけにはいかない。

 あくまでも、交換のための交換が基本であり、それが特殊に変化・発達していった場合にだけ、いわゆる経済(利害にもとづいた交換)が現れるにすぎない。

 このような見解は、デュルケームの考え方に修正を迫るものだ。

 歴史は進歩の過程である、という十九世紀以来の発想にも打撃を与える。

 交換のシステムは機能の観点からとらえきれないというのだから、機能主義人類学にも批判をつきつけたかたちになっている。

 また、経済(下部構造)が文化や精神世界(上部構造)を規定するというマルクス主義の基本的な考え方にも、まっこうから対立するものだった。



「はじめての構造主義」 橋爪 大二郎 講談社現代新書





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最終更新日  2015年12月24日 05時07分05秒
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