私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2017年03月15日
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カテゴリ: 千の朝


 どんな意味ででも「何時」に対する感情を
 少しも持っていなかった。

 純然たるインド星学もなく、インド暦もない。

 そこで歴史が
 意識的な発展の知的表現物といっていいならば、
 インド史というものはない。

 この文化の有機的な部分は、
 仏教の発生とともに終わってしまった。


 知るところのないのは、
 紀元前第十二世紀から八世紀までの、
 確かに大事件に富んでいると思われる
 ギリシャ・ローマ史について
 知るところのないより以上なのである。

 両方とも、ただ夢幻的な神話的な形態をして
 そのまま固まってしまった。

 仏陀の後、満一千年を経て、紀元五〇〇年頃、
 初めてセイロンで
 かすかに歴史的記述と思わせるもの、
 すなわち『マハーヴァンサ』が生じたのである。


 非常に無歴史的な性格のものだということは、
 一人の著者の著わした本の出現を、
 一度でも時間的に確定された出来事と
 認めなかったことによっても知られる。

 特殊な個人の有機的な一連の著作のかわりに、

 掴まえどころのない一塊りの文句が
 だんだんと出てきた。

 そうして個人の知的所有とか、思想の発展とか、
 知的な新紀元とかいう概念は
 まったく問題とならなかった。

 インド哲学はこの無名的な形態
 ――これこそインド史全体の形態である――として、
 われわれの前に存在している。

「西欧の没落」第一巻 O・シュペングラー 五月書房





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最終更新日  2017年03月27日 07時40分04秒
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