私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2017年05月17日
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カテゴリ: 千の朝


 日本の開国がどうの以前に
 沖縄を武力占拠するつもりでいた。

 そう命じた当時のフィルモア大統領の記録もある。

 沖縄はすでにあのときから
 米国が確保すべき戦略要衝とされていた。

 実際、ペリーもそのつもりだった。

 東回りルートでインド洋を抜けた彼は
 上海で一休みしたあと、


 琉球の王は上陸を拒否したが、
 ペリーは強行上陸し首里城にまで闖入した。

 事実上琉球を占領したペリーの艦隊は那覇に居座り、
 そこから小笠原諸島への調査や
 石垣島の砲撃にも出かけている。

 この砲撃騒動が世に言う石垣島事件だ。

 前年、その辺を航行中の米奴隷船
 ロバートバウン号で積み荷の苦力が暴れ出し、
 乗り組み員を殺して船を乗っ取った。

 しかし苦力に操船は難しかった。

 船は座礁し、


 巡洋艦サラトガの任務は白人を殺した逃亡苦力の処罰で、
 石垣島に海兵隊を上陸させ、
 苦力の逃げ込んだ山岳部を砲撃した。

 百人ほどの苦力が捕まり、
 島民の見ている前で全員が処刑された。



 砲撃しょうが上陸しようが「俺たちの勝手」だった。

 サラトガは任務を果して那覇に戻り、
 次にペリーのサスケハナに随行して浦賀に向かった。

 米国はその後、国内て南北戦争を始めて、
 沖縄占領の方はいったんお休みになる。

 その間に日本は近代化を進め、
 沖縄のさらに南、台湾まで領有する。

 米国もハワイを乗っ取り、
 フィリピン、グアムを領有するが、
 沖縄が「西太平洋の戦略要衝」
 という認識は変わらなかった。

 日米戦争の終末に展開された沖縄攻略戦は、
 だから「本土の捨て石」としてではなく、
 百年かけた米国の太平洋戦略の
 最後の仕上げとなるものだった。

 彼らにとってその価値は今も変わらない。

 沖縄にあれだけの基地が集中している理由も
 それで理解できるはずだ。

「サンデルよ「正義」を教えよう」 高山正之 新潮社





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最終更新日  2017年05月17日 07時30分06秒
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