私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2017年12月12日
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カテゴリ: 千の朝


 個人の幸福がもたらされるものではないのに、
 大衆は、
 社会や制度にこそ個人の幸福のすべてがある
 として現在の個人の「不幸」は
 社会制度のせいだと考える。

 このために、
 大衆はみずからが不幸だとの認識において
 社会に対する憎悪と怨念を煮えたぎらせ噴火させる。


 社会制度の改革をアピールし煽動すれば、
 大衆の大暴走が生じて革命が起爆される。

 ル・ボンの言うように、
 「民衆は、灯火に向う昆虫のように、
 幻想を提供する修辞家のほうへ本能的に向うのである。
 ……むしろ誤謬でも魅力があるならば、
 それを神のように崇めようとする」
 からである。

 すなわち、大衆社会とこの大衆を主体として
 その政治参加が神聖視される
 デモクラシー制度がある限り、


 せいぜい休火山である。

 だから二十一世紀の自由社会においても、
 雲仙普賢岳を懐に入れている政治状況が
 改善されることはないのである。

 要するに、大衆とは、

 そして現在の制度(秩序)に変化がありさえすれば、
 未来にこの追求は実現し何事も好転するという
 不断の夢想に立脚した思考しかしないとすれば、
 二十世紀に破綻したはずの「進歩の宗教」は
 二十一世紀には「進歩の信仰」に格下げされても
 力強く残ることになる。

 全体主義への革命の情動(マグマ)はなくならない。

「正統の哲学 異端の思想」 中川八洋 徳間書店





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最終更新日  2017年12月12日 08時06分46秒
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