私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2017年12月19日
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カテゴリ: 千の朝


 (国語)の時代にどっぷりとつかっていたせいで
 ――つまり、(自分たちの言葉)を発する人間の
 「オリジナリティ」という神話に
 どっぷりとつかっていたせいで、
 そもそも翻訳という行為がもっていた根源的な
 歴史的役割をも忘れてしまっている。

 翻訳とは、歴史的には、
 とことん非対称的な行為であった。


 はっきりしたヒエラルキーがあるのを
 前提とした行為だったのである。

 それは、たとえば、フランス語の小説を
 英語に訳したりすることではない。

 それは、たとえば、ラテン語を
 アンダーソンの言う「口語俗語」に
 訳すことである。

 翻訳とは、そうすることによって、
 上位のレベルにある(普遍語)に蓄積された叡智、
 さらには上位のレベルにある
 (普遍語)によってのみ可能になった思考のしかたを、

 (書き言葉)へと移す行為だったのである。

 その翻訳という行為を通じて、
 (現地語)の言葉が(書き言葉)として
 変身を遂げていく。

 ついには、

 (書き言葉)へとなっていく。

 (国民国家)の誕生という歴史を経て、
 その(書き言葉)がほかならぬ
 (国語)として誕生するのである。

「日本語が亡びるとき」 水村 美苗 筑摩書房





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最終更新日  2018年01月10日 08時28分10秒
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